「律法」(りっぽう)が出てくる聖書の箇所
「律法」(りっぽう)は日常訳第1版の337か所(旧約106・新約231)に出てきます。口語訳では368か所。
337か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。
ヨハネによる福音書(14か所)
ヨハネ18:31 そこでピラトは言った。「あなたたちがこの人を引き取って、自分たちの律法で裁けばいい。」ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません。」
ヨハネ19:7 ユダヤ人たちはピラトに答えた。「わたしたちには律法がある。その律法によれば、この男は死罪だ。自分を神の子としたのだから」
使徒行伝(22か所)
使徒2:23 このイエスは、神があらかじめ定めた計画と、すべてをご存じの神のお考えによって、あなたがたに引き渡されました。あなたがたは、律法を知らない者たちの手を借りて、このイエスを十字架につけ、殺したのです。
使徒4:5 次の日、指導者たちと長老たち、律法学者たちがエルサレムに集まった。
使徒5:34 ところが、最高法院の中の一人が立ち上がった。ガマリエルという名のファリサイ派の人で、律法の教師として民全体から尊敬されていた。彼は、使徒たちをしばらく外に出すように命じてから、
使徒6:12 こうして彼らは、民衆や長老たち、律法学者たちをあおり立て、ステファノのところへ押しかけて彼を捕らえ、最高法院へ引いていった。
使徒6:13 そして偽りの証人たちを立てて、こう言わせた。「この男は、この聖なる場所と律法に逆らう言葉を語るのをやめようとしません。
使徒7:53 あなたたちは、天使たちを通して律法を受け取ったのに、それを守らなかった。」
使徒13:15 律法と預言者の書が朗読されたあと、会堂の管理者たちが二人に人をやって言った。「兄弟たち、もし皆さんに人々を励ます言葉があれば、話してください。」
使徒13:39 モーセの律法によっては義と認められなかったすべてのことについても、信じる者はみな、このイエスによって義と認められる。
使徒15:5 ところが、ファリサイ派の中から信者になっていた人たちが立ち上がり、こう言った。「外国の人たちにも割礼を受けさせ、モーセの律法を守るように命じなければならない。」
使徒18:13 そして言った。「この男は、律法に反するやり方で神を礼拝するように、人々をそそのかしています。」
使徒18:15 だが、問題が言葉や名前、それにあなたがた自身の律法についてのことなら、自分たちで解決しなさい。わたしは、そんなことの裁判官になるつもりはない。」
使徒21:20 それを聞いた人々は神をあがめた。そして、パウロにこう言った。「兄弟、あなたも知っているとおり、ユダヤ人の中には信じるようになった人が何万人もいます。しかも、みんな律法を熱心に守る人たちなのです。
使徒21:24 この人たちを連れて行き、いっしょに身を清めてください。そして、彼らが頭をそれるように、費用を出してあげてください。そうすれば、あなたについてのうわさは事実ではなく、あなた自身もきちんと律法を守って生活していることが、みんなにわかるでしょう。
使徒21:28 こう叫んだ。「イスラエルの人たち、助けてくれ。この男は、どこでもだれにでも、わたしたちの民と律法とこの場所に逆らうことを教えている。おまけに、ギリシア人まで神殿に連れ込んで、この聖なる場所を汚したんだ。」
使徒22:3 「わたしはユダヤ人で、キリキア州のタルソで生まれました。しかし育ったのはこの町で、ガマリエルという先生のもとで、先祖代々の律法を厳しく教え込まれました。そして、今日ここにいるみなさんと同じように、神のために熱心に生きてきたのです。
使徒22:12 そこに、アナニアという人がいました。律法を忠実に守る信仰深い人で、その町に住むユダヤ人みんなから信頼されていました。
使徒23:3 それでパウロは彼に言った。「白く塗った壁のようなあなたを、神が打たれる。あなたは律法に従ってわたしを裁くために座っていながら、その律法を破って、わたしを打てと命じるのか。」
使徒23:9 大きな叫び声が上がった。ファリサイ派の律法学者の何人かが立ち上がり、激しく主張した。「わたしたちは、この人に何も悪いところを見つけられない。もし霊か天使が彼に語りかけたのなら、どうだろう。」
使徒23:29 調べてみると、彼らの律法をめぐる問題で訴えられているだけで、死刑や投獄に値するようなことは何もしていませんでした。
使徒24:14 ただ、これだけは認めます。わたしは、彼らが「分派」と呼んでいるこの道に従って、先祖の神に仕えています。そして、律法に書かれていることも、預言者たちが書き記したことも、すべて信じています。
使徒25:8 パウロは弁明して言った。「わたしはユダヤ人の律法に対しても、神殿に対しても、皇帝に対しても、何も悪いことをしていません。」
使徒28:23 彼らは日を決めて、パウロの宿泊先に前よりも大勢でやって来た。パウロは朝から晩まで、神の御国について語り、証しをした。そして、モーセの律法と預言者の書に基づいて、イエスのことを彼らに納得させようとした。
ローマ人への手紙(48か所)
ローマ2:12 律法を知らずに罪を犯した人は、律法とは関係なく滅びる。律法のもとで罪を犯した人は、律法によって裁かれる。
ローマ2:13 律法を聞くだけの人が神の前で正しいとされるのではない。律法を実行する人こそ、正しいと認められるのだ。
ローマ2:14 異邦人は律法を持っていない。それでも、その律法が命じることを生まれつき行うことがある。そういう人たちは、律法を持たなくても、自分自身が自分にとっての律法なのだ。
ローマ2:15 彼らは律法の要求が心に記されていることを、行いによって示している。彼らの良心もそれを一緒に証しし、心の中の考えは、あるいは互いを責め、あるいは弁明する。
ローマ2:17 もしあなたが自分をユダヤ人と名乗り、律法を心のよりどころにして、神を誇りにしているなら、
ローマ2:18 御心を知っている。律法に教えられて、何が大切かを見分けることができる。
ローマ2:19 あなたは律法の中に知識と真理の形を持っているとして、自分は目の見えない人の案内役、闇の中にいる人の光、
ローマ2:20 愚かな人を教え、幼い者を導く教師だと。あなたは律法の中に、知識と真理を形にしたものを持っていると思っている。
ローマ2:23 律法を誇りながら、律法を破って神を辱めている。
ローマ2:25 割礼には、もちろん意味がある。ただし、それはあなたが律法を守っている場合の話だ。でも、あなたが律法を破っているなら、その割礼は無割礼と変わらなくなってしまう。
ローマ2:26 もし割礼を受けていない人が律法の求めることを守るなら、その人は割礼を受けていなくても、割礼を受けた者とみなされるのではないだろうか。
ローマ2:27 それは、律法をきちんと守っている、生まれつき割礼を受けていない人が、あなたを裁くことになるからだ。あなたは、聖書の教えと割礼を持っていながら、律法を破っているのだから。
ローマ3:19 わたしたちが知っているとおり、律法が語ることはすべて、律法のもとにいる人たちに向けて語られている。それは、すべての口がふさがれ、世界中のすべての人が神の前で責任を問われるようになるためだ。
ローマ3:20 律法を守ることによって神の前で正しいと認められる人は、一人もいないからだ。律法によって明らかになるのは、自分が罪を犯しているという自覚だけである。
ローマ3:21 でも今、律法とは関係なく、神の義が現された。それは律法と預言者たちも証ししているものだ。
ローマ3:28 わたしたちは、こう考えている。人が神に正しいと認められるのは、律法を守る行いによるのではなく、信仰によるのだ。
ローマ3:31 律法は信仰によって無効になるのか。そんなことはない。むしろ、わたしたちは律法を確立するのだ。
ローマ4:13 世界を受け継ぐという約束がアブラハムとその子孫に与えられたのは、律法によってではない。信仰による義によってである。
ローマ4:14 もし律法に基づく者たちが相続人であるのなら、信仰はむなしいものになり、約束も無効になってしまう。
ローマ4:15 律法は怒りを引き起こす。そして、律法のないところには、それを破ることもない。
ローマ4:16 このようなわけで、約束は信仰によるのだ。それは恵みによるものであり、すべての子孫にこの約束が確かなものとなるためだ。律法に立つ人だけでなく、アブラハムの信仰に生きる人にも、そうなるのだ。このアブラハムは、わたしたちすべての者の父である。
ローマ5:13 律法が与えられる前にも、罪はこの世にあった。でも律法がなければ、罪は罪として問われることはない。
ローマ5:20 律法が入り込んできたのは、罪が増し加わるためだった。でも、罪が増したところには、恵みがそれをはるかに超えてあふれた。
ローマ6:14 罪があなたたちを支配することはない。あなたたちは律法の下ではなく、恵みの下にいるからだ。
ローマ6:15 では、どうなるのか。わたしたちは律法の下ではなく、恵みの下にいる。だから罪を犯してもいいのだろうか。絶対にそんなことはない。
ローマ7:1 兄弟姉妹よ、あなたがたは知らないのだろうか。わたしは律法を知っている人たちに話しているのだが、律法は人を、その人が生きているあいだだけ支配するのだ。
ローマ7:2 夫のいる女性は、夫が生きている間は、律法によって夫に縛られている。でも夫が死ねば、夫に関するその律法から解放される。
ローマ7:3 夫が生きている間に、その妻がほかの男のものになれば、彼女は不倫の女と呼ばれる。でも夫が死ねば、彼女はその律法から解放される。だから、ほかの男のものになっても、不倫の女にはならない。
ローマ7:4 だから、わたしの兄弟姉妹たち。あなたがたも、キリストのからだをとおして、律法に対して死んだのだ。それは、あなたがたが別の方、つまり死者の中からよみがえった方のものとなるためだ。こうして、わたしたちは神のために実を結ぶのだ。
ローマ7:5 罪の欲望が、律法によってわたしたちの体の中で働いていた。そして、死に至る実を結ばせていた。というのも、わたしたちが古い自分のままで生きていたころは、そうだったのだ。
ローマ7:6 でも今は、わたしたちを縛っていたものに対して死んだので、律法から解放された。だから、古い文字にではなく、新しい霊によって仕えるのだ。
ローマ7:7 それでは、どう言えばいいのだろう。律法は罪なのか。そんなことは決してない。むしろ、律法がなければ、わたしは罪というものを知らなかった。律法が「欲しがってはならない」と言わなければ、わたしは欲望というものを知らなかったのだ。
ローマ7:8 罪は、その戒めをきっかけにして、わたしの中にありとあらゆる欲望を引き起こした。律法がなければ、罪は死んでいるからだ。
ローマ7:9 わたしはかつて、律法とは関係なく生きていた。でも、その戒めが来たとき、罪が生き返った。
ローマ7:12 だから、律法そのものは聖なるものだ。そして戒めも、聖であり、正しく、善いものだ。
ローマ7:14 わたしたちは、律法は霊的なものだと知っている。でも、わたしは肉に属する人間だ。罪に売り渡されて、その奴隷になっている。
ローマ7:16 もし自分が望まないことをしているなら、律法は正しいと、わたし自身も認めていることになる。
ローマ7:22 神の律法を心から喜んでいる。わたしの内側にある本当の自分は、そう感じている。
ローマ7:25 わたしたちの主イエス・キリストによって、神に感謝します。つまり、わたし自身は、心では神の律法に仕えているのに、肉では罪の律法に仕えているのだ。
ローマ8:3 神は、律法にできなかったことをしてくださった。律法は、わたしたちの弱い肉のせいで、それができなかった。神は、罪の肉と同じ姿をとらせて、罪を扱うために、自分の子を送った。そして、その肉において罪をさばいたのだ。
ローマ8:4 律法が求めるものが、わたしたちのうちで満たされるためだった。わたしたちは、肉ではなく霊に従って生きているのだから。
ローマ8:7 肉の思いは神に敵対している。神の律法に従わないし、従うこともできないからだ。
ローマ9:4 彼らはイスラエルの民だ。神の子とされる特権も、栄光も、いくつもの契約も、律法が与えられたことも、礼拝も、数々の約束も、彼らのものだ。
ローマ9:31 でも、義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法にたどり着けなかった。
ローマ10:4 キリストは律法の終わりだ。信じる人すべてが義とされるためである。
ローマ10:5 モーセは、律法によって義を得る道について、こう書いている。「律法を行う人は、それによって生きる。」
ローマ13:8 誰に対しても、借りを残してはいけない。ただ、互いに愛し合うこと、これだけは別だ。人を愛する者は、律法をすべて果たしたことになる。
ローマ13:10 愛は隣人に悪いことをしない。だから、愛は律法を完成させるものなのだ。
コリント人への第一の手紙(7か所)
コリント第一9:8 これは、ただ人間の理屈で言っているのではない。律法だって、同じことを言っているのだ。
コリント第一9:9 モーセの律法にはこう書いてある。「脱穀している牛に口輪をはめてはならない。」神が気にかけているのは、本当に牛のことだろうか。
コリント第一9:20 ユダヤ人を得るために、ユダヤ人にはユダヤ人のようになった。律法のもとにある人を得るために、自分は律法のもとにいるわけではないのに、律法のもとにある人にはそのようになった。
コリント第一9:21 律法を持たない人を得るために、その人たちにはそのようになった。とはいえ、わたしは神の律法を無視しているのではなく、キリストの律法のもとにある。
コリント第一14:21 律法にはこう書いてある。「わたしは、外国の言葉で、外国人の唇によって、この民に語りかける。それでも、彼らはわたしの言うことを聞こうとしない」と主は言われる。
コリント第一14:34 女性たちは教会の中では黙っていなさい。話すことは許されていない。律法も言っているとおり、従う立場にありなさい。
コリント第一15:56 死のとげとは罪であり、罪の力とは律法だ。
ガラテヤ人への手紙(26か所)
ガラテヤ2:16 でも、人が義と認められるのは律法を行うことによってではなく、ただイエス・キリストへの信仰によるのだと、わたしたちは知っている。だからこそ、わたしたち自身もキリスト・イエスを信じた。律法を行うことによってではなく、キリストへの信仰によって義と認められるためだ。律法を行うことによって義と認められる人は、だれ一人いないのだから。
ガラテヤ2:18 もしわたしが、いったん壊したものをもう一度建て直すなら、自分こそ律法を破る者だと証明することになる。
ガラテヤ2:19 というのは、わたしは律法によって律法に対して死んだからだ。それは、神に対して生きるためだった。わたしはキリストとともに十字架につけられた。
ガラテヤ2:21 わたしは神の恵みを無にはしない。もし義が律法によって得られるのなら、キリストは無駄に死なれたことになるからだ。
ガラテヤ3:2 一つだけ教えてほしい。あなたたちが霊を受けたのは、律法を守る行いによってか、それとも聞いて信じたことによってか。
ガラテヤ3:5 あなたたちに霊を与え、あなたたちの間で力ある働きをなさる神は、それを律法を守る行いのゆえにするのか、それとも聞いて信じたことのゆえにするのか。
ガラテヤ3:10 律法を守る行いにたよる人は、みな、のろいのもとにいる。こう書いてあるからだ。「律法の書に記されたすべてのことを守り続けて、そのとおりに行わない者は、みな、のろわれる。」
ガラテヤ3:11 律法によって神の前で義と認められる人はだれもいない。それははっきりしている。「義とされた人は信仰によって生きる」からだ。
ガラテヤ3:12 律法は信仰によるものではない。「これらを行う人は、それによって生きる」とあるとおりだ。
ガラテヤ3:13 キリストは、わたしたちのためにのろわれた者となって、律法ののろいからわたしたちを買い取ってくださった。「木にかけられた者は、みなのろわれる」と書いてあるからだ。
ガラテヤ3:17 わたしが言いたいのはこうだ。神がすでに正式に決めた約束を、四百三十年後にできた律法が無効にして、その約束を打ち消すことはできない。
ガラテヤ3:18 もし受け継ぐものが律法によるのなら、それはもう約束によるものではない。しかし神は、約束によって、それをアブラハムに与えてくださったのだ。
ガラテヤ3:19 では、律法は何のためにあるのか。それは、違反があることをはっきりさせるために、後から加えられたものだ。約束を受けたあの子孫が来るまでの間のもので、天使たちを通し、一人の仲介者の手によって定められた。
ガラテヤ3:21 では、律法は神の約束に反するものなのか。決してそうではない。もし、いのちを与えられる律法が与えられていたのなら、義はほんとうに律法によって得られたはずだ。
ガラテヤ3:23 この信仰が来る前、わたしたちは律法のもとで見張られ、やがて現される信仰の時まで閉じ込められていた。
ガラテヤ3:24 こうして律法は、わたしたちをキリストへと導く付き添い役となった。それは、わたしたちが信仰によって義と認められるためだ。
ガラテヤ4:4 でも、時が満ちると、神はご自分の子を送られた。その子は女から生まれ、律法のもとに生まれた。
ガラテヤ4:5 それは、律法のもとにいる人々を買い取って自由にし、わたしたちを神の子として迎えるためだった。
ガラテヤ4:21 律法のもとで生きたいと思っている人たちに聞きたい。あなたたちは、その律法が何と言っているか、ちゃんと聞いていないのか。
ガラテヤ5:3 割礼を受ける人みんなに、もう一度はっきり言っておく。その人は律法の全部を守る義務を負うことになる。
ガラテヤ5:4 律法によって義とされようとするあなたたちは、キリストとの関係が切れてしまい、恵みから落ちてしまったのだ。
ガラテヤ5:14 律法全体は、たった一つの言葉の中に完全にまとめられている。それは「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」ということだ。
ガラテヤ5:18 でも、もし霊に導かれているなら、あなたたちは律法の下にはいない。
ガラテヤ5:23 柔和、自制だ。こうしたものを禁じる律法など、どこにもない。
ガラテヤ6:2 たがいに重荷を担い合いなさい。そうすれば、キリストの律法を実現することになる。
ガラテヤ6:13 割礼を受けている人たち自身も、律法を守ってはいない。それでもあなたがたに割礼を受けさせたいのは、あなたがたの体のことを自慢したいからだ。
エペソ人への手紙(1か所)
エペソ2:15 こまかな規定からなる律法を、廃止したのだ。それは、二つのものを自分にあって一つの新しい人へと造り上げ、平和を生み出すためだった。
ピリピ人への手紙(3か所)
ピリピ3:5 わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出で、ヘブライ人の中のヘブライ人だ。律法についてはファリサイ派だった。
ピリピ3:6 その熱心さのあまり、教会を迫害していた。律法が求める義については、非のうちどころのない者だった。
ピリピ3:9 そして、キリストの中にいる者と認められたい。自分自身の義、つまり律法から来る義ではなく、キリストを信じる信仰によって与えられる義、信仰にもとづいて神から来る義を持つ者として。
テモテへの第一の手紙(3か所)
テモテ第一1:7 彼らは律法の教師になりたがっています。でも、自分が何を言っているのか、何を自信たっぷりに主張しているのか、自分でも分かっていないのです。
テモテ第一1:8 わたしたちは知っています。律法は、正しく用いるならば、よいものです。
テモテ第一1:9 つまり、こういうことです。律法は、正しい人のために定められているのではありません。それは、法を無視する人、従おうとしない人、神を敬わない人、罪を犯す人、聖なるものを大切にしない人、俗っぽい人、父を殺す人、母を殺す人、人を殺す人、
テトスへの手紙(2か所)
テトス3:9 でも、くだらない議論や、延々と続く先祖の話、律法をめぐる言い争いや争いには関わってはいけない。そういうものは何の役にも立たないし、むなしいだけだ。
テトス3:13 律法に詳しいゼナスとアポロが旅を続けられるよう、しっかり支度を整えて送り出してほしい。何も足りないものがないようにね。
ヘブル人への手紙(14か所)
ヘブル7:5 レビの子孫のうち、祭司の務めを受け継ぐ者たちは、律法に従って民から、つまり自分の兄弟たちから十分の一を取るように命じられている。その兄弟たちも、同じアブラハムの子孫であるのに。
ヘブル7:11 さて、もしレビ族の祭司制度によって完全に到達できたのなら——民はこの制度のもとで律法を与えられた——どうしてこの上、アロンの系統ではなく、メルキゼデクと同じ系統の、別の祭司が立てられる必要があっただろうか。
ヘブル7:12 祭司制度が変われば、律法も必然的に変わることになるからだ。
ヘブル7:16 この方が祭司になったのは、血筋に基づく戒めを定めた律法によるのではなく、決して滅びないいのちの力によるのだ。
ヘブル7:19 律法は何一つ完全にすることができなかった。でも、それに代わって、もっとすぐれた希望が与えられた。この希望によって、わたしたちは神に近づくのだ。
ヘブル7:28 律法は、弱さを持つ人間を大祭司に任命する。でも、律法のあとに与えられた誓いの言葉は、永遠に完全な者とされた御子を、大祭司とするのだ。
ヘブル8:4 もしこの方が地上にいたなら、祭司にはならなかっただろう。律法に従って供え物をささげる祭司たちが、すでにいるからだ。
ヘブル8:10 主は言われる。その日の後、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。わたしは自分の律法を彼らの思いに授け、彼らの心に書きしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
ヘブル9:19 モーセは、律法にあるすべての戒めを民全体に語ったあと、子牛の血を水とともに取り、赤い羊毛とヒソプの枝を使って、その血を巻物にも民全体にもふりかけた。
ヘブル9:22 律法によれば、ほとんどすべてのものは血によって清められる。そして、血が流されなければ、罪が赦されることはない。
ヘブル10:1 律法には、これから来るすばらしいものの影があるだけで、その実物の姿はない。だから、年ごとに絶えず同じささげ物をくり返しても、神に近づこうとする人たちを完全にすることは決してできない。
ヘブル10:8 まず「あなたはいけにえも、ささげ物も、焼き尽くすささげ物も、罪のためのささげ物も望まれず、喜ばれなかった」と言われている。これらは律法にしたがってささげられるものだ。
ヘブル10:16 「あの日々の後、わたしが彼らと結ぶ契約はこうだ、と主は言われる。わたしは自分の律法を彼らの心に授け、彼らの思いに書き記す。」
ヘブル10:28 モーセの律法を破った者は、二、三人の証人がいれば、あわれみを受けることなく死刑になった。
ヤコブの手紙(8か所)
ヤコブ1:25 でも、自由を与える完全な律法をじっと見つめ、それを守り続ける人は違う。聞いてすぐ忘れる人ではなく、実際に行う人だ。そういう人は、その行いによって幸いになる。
ヤコブ2:8 もしあなたたちが、聖書にある「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」という、王にふさわしい最も大切な律法を本当に守っているのなら、それは立派なことだ。
ヤコブ2:9 でも、もし人を差別するなら、あなたたちは罪を犯していることになる。そして律法によって、掟を破る者だと明らかにされてしまう。
ヤコブ2:10 なぜなら、律法全体を守っていても、その中のたった一つでもつまずけば、すべてを破ったのと同じことになるからだ。
ヤコブ2:11 「姦淫してはならない」と言われた方は、「殺してはならない」とも言われた。だから、たとえ姦淫はしなくても、人を殺せば、あなたは律法を破る者になる。
ヤコブ2:12 だから、自由をもたらす律法によって裁かれる者らしく、語り、行動しなさい。
ヤコブ4:11 兄弟姉妹よ、たがいに悪口を言ってはいけない。仲間の悪口を言ったり、仲間を裁いたりする人は、律法の悪口を言い、律法を裁いているのだ。もし律法を裁くなら、あなたは律法を行う者ではなく、裁く者になっている。
ヤコブ4:12 律法を定め、裁くことができる方は、ただひとりだけだ。人を救うことも、滅ぼすこともできる方だ。それなのに、隣人を裁くあなたは、いったい何者なのか。
ヨハネの第一の手紙(1か所)
ヨハネ第一3:4 罪を犯す人はみな、律法にも背いている。罪とは、律法に背くことだからだ。