「律法」(りっぽう)が出てくる聖書の箇所

「律法」(りっぽう)は日常訳第1版の337か所(旧約106・新約231)に出てきます。口語訳では368か所。

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337か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

ヨハネによる福音書(14か所)

ヨハネ18:31 そこでピラトは言いった。「あなたたちがこの人ひとを引ひき取とって、自分じぶんたちの律法りっぽうで裁さばけばいい。」ユダヤ人じんたちは答こたえた。「わたしたちには、人ひとを死刑しけいにする権限けんげんがありません。」

ヨハネ19:7 ユダヤ人じんたちはピラトに答こたえた。「わたしたちには律法りっぽうがある。その律法りっぽうによれば、この男おとこは死罪しざいだ。自分じぶんを神かみの子ことしたのだから」

使徒行伝(22か所)

使徒2:23 このイエスは、神かみがあらかじめ定さだめた計画けいかくと、すべてをご存ぞんじの神かみのお考かんがえによって、あなたがたに引ひき渡わたされました。あなたがたは、律法りっぽうを知しらない者ものたちの手てを借かりて、このイエスを十字じゅうじ架かにつけ、殺ころしたのです。

使徒4:5 次つぎの日ひ、指導しどう者しゃたちと長老ちょうろうたち、律法りっぽう学がく者しゃたちがエルサレムに集あつまった。

使徒5:34 ところが、最高さいこう法ほう院いんの中なかの一人ひとりが立たち上あがった。ガマリエルという名なのファリサイ派はの人ひとで、律法りっぽうの教師きょうしとして民たみ全体ぜんたいから尊敬そんけいされていた。彼かれは、使徒しとたちをしばらく外そとに出だすように命めいじてから、

使徒6:12 こうして彼かれらは、民衆みんしゅうや長老ちょうろうたち、律法りっぽう学がく者しゃたちをあおり立たて、ステファノのところへ押おしかけて彼かれを捕とらえ、最高さいこう法ほう院いんへ引ひいていった。

使徒6:13 そして偽いつわりの証人しょうにんたちを立たてて、こう言いわせた。「この男おとこは、この聖せいなる場所ばしょと律法りっぽうに逆さからう言葉ことばを語かたるのをやめようとしません。

使徒7:53 あなたたちは、天使てんしたちを通とおして律法りっぽうを受うけ取とったのに、それを守まもらなかった。」

使徒13:15 律法りっぽうと預言よげん者しゃの書しょが朗読ろうどくされたあと、会堂かいどうの管理かんり者しゃたちが二人ふたりに人ひとをやって言いった。「兄弟きょうだいたち、もし皆みなさんに人々ひとびとを励はげます言葉ことばがあれば、話はなしてください。」

使徒13:39 モーセの律法りっぽうによっては義ぎと認みとめられなかったすべてのことについても、信しんじる者ものはみな、このイエスによって義ぎと認みとめられる。

使徒15:5 ところが、ファリサイ派はの中なかから信者しんじゃになっていた人ひとたちが立たち上あがり、こう言いった。「外国がいこくの人ひとたちにも割礼かつれいを受うけさせ、モーセの律法りっぽうを守まもるように命めいじなければならない。」

使徒18:13 そして言いった。「この男おとこは、律法りっぽうに反はんするやり方かたで神かみを礼拝れいはいするように、人々ひとびとをそそのかしています。」

使徒18:15 だが、問題もんだいが言葉ことばや名前なまえ、それにあなたがた自身じしんの律法りっぽうについてのことなら、自分じぶんたちで解決かいけつしなさい。わたしは、そんなことの裁判さいばん官かんになるつもりはない。」

使徒21:20 それを聞きいた人々ひとびとは神かみをあがめた。そして、パウロにこう言いった。「兄弟きょうだい、あなたも知しっているとおり、ユダヤ人じんの中なかには信しんじるようになった人ひとが何なん万まん人にんもいます。しかも、みんな律法りっぽうを熱心ねっしんに守まもる人ひとたちなのです。

使徒21:24 この人ひとたちを連つれて行いき、いっしょに身みを清きよめてください。そして、彼かれらが頭あたまをそれるように、費用ひようを出だしてあげてください。そうすれば、あなたについてのうわさは事実じじつではなく、あなた自身じしんもきちんと律法りっぽうを守まもって生活せいかつしていることが、みんなにわかるでしょう。

使徒21:28 こう叫さけんだ。「イスラエルの人ひとたち、助たすけてくれ。この男おとこは、どこでもだれにでも、わたしたちの民たみと律法りっぽうとこの場所ばしょに逆さからうことを教おしえている。おまけに、ギリシア人じんまで神殿しんでんに連つれ込こんで、この聖せいなる場所ばしょを汚よごしたんだ。」

使徒22:3 「わたしはユダヤ人じんで、キリキア州しゅうのタルソで生うまれました。しかし育そだったのはこの町まちで、ガマリエルという先生せんせいのもとで、先祖せんぞ代々だいだいの律法りっぽうを厳きびしく教おしえ込こまれました。そして、今日きょうここにいるみなさんと同おなじように、神かみのために熱心ねっしんに生いきてきたのです。

使徒22:12 そこに、アナニアという人ひとがいました。律法りっぽうを忠実ちゅうじつに守まもる信仰しんこう深ふかい人ひとで、その町まちに住すむユダヤ人じんみんなから信頼しんらいされていました。

使徒23:3 それでパウロは彼かれに言いった。「白しろく塗ぬった壁かべのようなあなたを、神かみが打うたれる。あなたは律法りっぽうに従したがってわたしを裁さばくために座すわっていながら、その律法りっぽうを破やぶって、わたしを打うてと命めいじるのか。」

使徒23:9 大おおきな叫さけび声ごえが上あがった。ファリサイ派はの律法りっぽう学がく者しゃの何なん人にんかが立たち上あがり、激はげしく主張しゅちょうした。「わたしたちは、この人ひとに何なんも悪わるいところを見みつけられない。もし霊れいか天使てんしが彼かれに語かたりかけたのなら、どうだろう。」

使徒23:29 調しらべてみると、彼かれらの律法りっぽうをめぐる問題もんだいで訴うったえられているだけで、死刑しけいや投獄とうごくに値あたいするようなことは何なんもしていませんでした。

使徒24:14 ただ、これだけは認みとめます。わたしは、彼かれらが「分派ぶんぱ」と呼よんでいるこの道みちに従したがって、先祖せんぞの神かみに仕つかえています。そして、律法りっぽうに書かかかれていることも、預言よげん者しゃたちが書き記しかきしるしたことも、すべて信しんじています。

使徒25:8 パウロは弁明べんめいして言いった。「わたしはユダヤ人じんの律法りっぽうに対たいしても、神殿しんでんに対たいしても、皇帝こうていに対たいしても、何なんも悪わるいことをしていません。」

使徒28:23 彼かれらは日ひを決きめて、パウロの宿泊しゅくはく先さきに前まえよりも大勢おおぜいでやって来きた。パウロは朝あさから晩ばんまで、神かみの御み国くにについて語かたり、証あかしをした。そして、モーセの律法りっぽうと預言よげん者しゃの書しょに基もとづいて、イエスのことを彼かれらに納得なっとくさせようとした。

ローマ人への手紙(48か所)

ローマ2:12 律法りっぽうを知しらずに罪つみを犯おかした人ひとは、律法りっぽうとは関係かんけいなく滅ほろびる。律法りっぽうのもとで罪つみを犯おかした人ひとは、律法りっぽうによって裁さばかれる。

ローマ2:13 律法りっぽうを聞きくだけの人ひとが神かみの前まえで正ただしいとされるのではない。律法りっぽうを実行じっこうする人ひとこそ、正ただしいと認みとめられるのだ。

ローマ2:14 異邦いほう人にんは律法りっぽうを持もっていない。それでも、その律法りっぽうが命めいじることを生うまれつき行おこなうことがある。そういう人ひとたちは、律法りっぽうを持もたなくても、自分じぶん自身じしんが自分じぶんにとっての律法りっぽうなのだ。

ローマ2:15 彼かれらは律法りっぽうの要求ようきゅうが心こころに記しるされていることを、行おこないによって示ししめしている。彼かれらの良心りょうしんもそれを一緒いっしょに証ししょうしし、心こころの中なかの考かんがえは、あるいは互たがいを責せめ、あるいは弁明べんめいする。

ローマ2:17 もしあなたが自分じぶんをユダヤ人じんと名乗なのり、律法りっぽうを心こころのよりどころにして、神かみを誇ほこりにしているなら、

ローマ2:18 御み心こころを知しっている。律法りっぽうに教おしえられて、何なんが大切たいせつかを見分みわけることができる。

ローマ2:19 あなたは律法りっぽうの中なかに知識ちしきと真理しんりの形かたちを持もっているとして、自分じぶんは目めの見みえない人ひとの案内あんない役やく、闇やみの中なかにいる人ひとの光ひかり、

ローマ2:20 愚おろかな人ひとを教おしえ、幼おさない者ものを導みちびく教師きょうしだと。あなたは律法りっぽうの中なかに、知識ちしきと真理しんりを形かたちにしたものを持もっていると思おもっている。

ローマ2:23 律法りっぽうを誇ほこりながら、律法りっぽうを破やぶって神かみを辱はずかしめている。

ローマ2:25 割礼かつれいには、もちろん意味いみがある。ただし、それはあなたが律法りっぽうを守まもっている場合ばあいの話はなしだ。でも、あなたが律法りっぽうを破やぶっているなら、その割礼かつれいは無む割礼かつれいと変かわらなくなってしまう。

ローマ2:26 もし割礼かつれいを受うけていない人ひとが律法りっぽうの求もとめることを守まもるなら、その人ひとは割礼かつれいを受うけていなくても、割礼かつれいを受うけた者ものとみなされるのではないだろうか。

ローマ2:27 それは、律法りっぽうをきちんと守まもっている、生うまれつき割礼かつれいを受うけていない人ひとが、あなたを裁さばくことになるからだ。あなたは、聖書せいしょの教おしえと割礼かつれいを持もっていながら、律法りっぽうを破やぶっているのだから。

ローマ3:19 わたしたちが知しっているとおり、律法りっぽうが語かたることはすべて、律法りっぽうのもとにいる人ひとたちに向むけて語かたられている。それは、すべての口くちがふさがれ、世界せかい中じゅうのすべての人ひとが神かみの前まえで責任せきにんを問とわれるようになるためだ。

ローマ3:20 律法りっぽうを守まもることによって神かみの前まえで正ただしいと認みとめられる人ひとは、一人ひとりもいないからだ。律法りっぽうによって明あきらかになるのは、自分じぶんが罪つみを犯おかしているという自覚じかくだけである。

ローマ3:21 でも今いま、律法りっぽうとは関係かんけいなく、神かみの義ぎが現あらわされた。それは律法りっぽうと預言よげん者しゃたちも証あかししているものだ。

ローマ3:28 わたしたちは、こう考かんがえている。人ひとが神かみに正ただしいと認みとめられるのは、律法りっぽうを守まもる行おこないによるのではなく、信仰しんこうによるのだ。

ローマ3:31 律法りっぽうは信仰しんこうによって無効むこうになるのか。そんなことはない。むしろ、わたしたちは律法りっぽうを確立かくりつするのだ。

ローマ4:13 世界せかいを受うけ継つぐという約束やくそくがアブラハムとその子孫しそんに与あたえられたのは、律法りっぽうによってではない。信仰しんこうによる義ぎによってである。

ローマ4:14 もし律法りっぽうに基もとづく者ものたちが相続そうぞく人にんであるのなら、信仰しんこうはむなしいものになり、約束やくそくも無効むこうになってしまう。

ローマ4:15 律法りっぽうは怒いかりを引ひき起おこす。そして、律法りっぽうのないところには、それを破やぶることもない。

ローマ4:16 このようなわけで、約束やくそくは信仰しんこうによるのだ。それは恵めぐみによるものであり、すべての子孫しそんにこの約束やくそくが確たしかなものとなるためだ。律法りっぽうに立たつ人ひとだけでなく、アブラハムの信仰しんこうに生いきる人ひとにも、そうなるのだ。このアブラハムは、わたしたちすべての者ものの父ちちである。

ローマ5:13 律法りっぽうが与あたえられる前まえにも、罪つみはこの世よにあった。でも律法りっぽうがなければ、罪つみは罪つみとして問とわれることはない。

ローマ5:20 律法りっぽうが入はいり込こんできたのは、罪つみが増まし加くわわるためだった。でも、罪つみが増ましたところには、恵めぐみがそれをはるかに超こえてあふれた。

ローマ6:14 罪つみがあなたたちを支配しはいすることはない。あなたたちは律法りっぽうの下もとではなく、恵めぐみの下したにいるからだ。

ローマ6:15 では、どうなるのか。わたしたちは律法りっぽうの下もとではなく、恵めぐみの下したにいる。だから罪つみを犯おかしてもいいのだろうか。絶対ぜったいにそんなことはない。

ローマ7:1 兄弟きょうだい姉妹しまいよ、あなたがたは知しらないのだろうか。わたしは律法りっぽうを知しっている人ひとたちに話はなしているのだが、律法りっぽうは人ひとを、その人ひとが生いきているあいだだけ支配しはいするのだ。

ローマ7:2 夫おっとのいる女性じょせいは、夫おっとが生いきている間あいだは、律法りっぽうによって夫おっとに縛しばられている。でも夫おっとが死しねば、夫おっとに関かんするその律法りっぽうから解放かいほうされる。

ローマ7:3 夫おっとが生いきている間あいだに、その妻つまがほかの男おとこのものになれば、彼女かのじょは不倫ふりんの女おんなと呼よばれる。でも夫おっとが死しねば、彼女かのじょはその律法りっぽうから解放かいほうされる。だから、ほかの男おとこのものになっても、不倫ふりんの女おんなにはならない。

ローマ7:4 だから、わたしの兄弟きょうだい姉妹しまいたち。あなたがたも、キリストのからだをとおして、律法りっぽうに対たいして死しんだのだ。それは、あなたがたが別べつの方かた、つまり死者ししゃの中なかからよみがえった方かたのものとなるためだ。こうして、わたしたちは神かみのために実みを結むすぶのだ。

ローマ7:5 罪つみの欲望よくぼうが、律法りっぽうによってわたしたちの体からだの中なかで働はたらいていた。そして、死しに至いたる実みを結むすばせていた。というのも、わたしたちが古ふるい自分じぶんのままで生いきていたころは、そうだったのだ。

ローマ7:6 でも今いまは、わたしたちを縛しばっていたものに対たいして死しんだので、律法りっぽうから解放かいほうされた。だから、古ふるい文字もじにではなく、新あたらしい霊れいによって仕つかえるのだ。

ローマ7:7 それでは、どう言いえばいいのだろう。律法りっぽうは罪つみなのか。そんなことは決けっしてない。むしろ、律法りっぽうがなければ、わたしは罪つみというものを知しらなかった。律法りっぽうが「欲ほしがってはならない」と言いわなければ、わたしは欲望よくぼうというものを知しらなかったのだ。

ローマ7:8 罪つみは、その戒いましめをきっかけにして、わたしの中なかにありとあらゆる欲望よくぼうを引ひき起おこした。律法りっぽうがなければ、罪つみは死しんでいるからだ。

ローマ7:9 わたしはかつて、律法りっぽうとは関係かんけいなく生いきていた。でも、その戒いましめが来きたとき、罪つみが生いき返かえった。

ローマ7:12 だから、律法りっぽうそのものは聖せいなるものだ。そして戒いましめも、聖せいであり、正ただしく、善よいものだ。

ローマ7:14 わたしたちは、律法りっぽうは霊的れいてきなものだと知しっている。でも、わたしは肉にくに属ぞくする人間にんげんだ。罪つみに売うり渡わたされて、その奴隷どれいになっている。

ローマ7:16 もし自分じぶんが望のぞまないことをしているなら、律法りっぽうは正ただしいと、わたし自身じしんも認みとめていることになる。

ローマ7:22 神かみの律法りっぽうを心こころから喜よろこんでいる。わたしの内側うちがわにある本当ほんとうの自分じぶんは、そう感かんじている。

ローマ7:25 わたしたちの主しゅイエス・キリストによって、神かみに感謝かんしゃします。つまり、わたし自身じしんは、心こころでは神かみの律法りっぽうに仕つかえているのに、肉にくでは罪つみの律法りっぽうに仕つかえているのだ。

ローマ8:3 神かみは、律法りっぽうにできなかったことをしてくださった。律法りっぽうは、わたしたちの弱よわい肉にくのせいで、それができなかった。神かみは、罪つみの肉にくと同おなじ姿すがたをとらせて、罪つみを扱あつかうために、自分じぶんの子こを送おくった。そして、その肉にくにおいて罪つみをさばいたのだ。

ローマ8:4 律法りっぽうが求もとめるものが、わたしたちのうちで満みたされるためだった。わたしたちは、肉にくではなく霊れいに従したがって生いきているのだから。

ローマ8:7 肉にくの思おもいは神かみに敵対てきたいしている。神かみの律法りっぽうに従したがわないし、従したがうこともできないからだ。

ローマ9:4 彼かれらはイスラエルの民たみだ。神かみの子ことされる特権とっけんも、栄光えいこうも、いくつもの契約けいやくも、律法りっぽうが与あたえられたことも、礼拝れいはいも、数々かずかずの約束やくそくも、彼かれらのものだ。

ローマ9:31 でも、義ぎの律法りっぽうを追おい求もとめていたイスラエルは、その律法りっぽうにたどり着つけなかった。

ローマ10:4 キリストは律法りっぽうの終おわりだ。信しんじる人ひとすべてが義ぎとされるためである。

ローマ10:5 モーセは、律法りっぽうによって義ぎを得える道みちについて、こう書かいている。「律法りっぽうを行おこなう人ひとは、それによって生いきる。」

ローマ13:8 誰だれに対たいしても、借かりを残のこしてはいけない。ただ、互たがいに愛あいし合あうこと、これだけは別べつだ。人ひとを愛あいする者ものは、律法りっぽうをすべて果はたしたことになる。

ローマ13:10 愛あいは隣人りんじんに悪わるいことをしない。だから、愛あいは律法りっぽうを完成かんせいさせるものなのだ。

コリント人への第一の手紙(7か所)

コリント第一9:8 これは、ただ人間にんげんの理屈りくつで言いっているのではない。律法りっぽうだって、同おなじことを言いっているのだ。

コリント第一9:9 モーセの律法りっぽうにはこう書かいてある。「脱穀だっこくしている牛うしに口輪くちわをはめてはならない。」神かみが気きにかけているのは、本当ほんとうに牛うしのことだろうか。

コリント第一9:20 ユダヤ人じんを得えるために、ユダヤ人じんにはユダヤ人じんのようになった。律法りっぽうのもとにある人ひとを得えるために、自分じぶんは律法りっぽうのもとにいるわけではないのに、律法りっぽうのもとにある人ひとにはそのようになった。

コリント第一9:21 律法りっぽうを持もたない人ひとを得えるために、その人ひとたちにはそのようになった。とはいえ、わたしは神かみの律法りっぽうを無視むししているのではなく、キリストの律法りっぽうのもとにある。

コリント第一14:21 律法りっぽうにはこう書かいてある。「わたしは、外国がいこくの言葉ことばで、外国がいこく人にんの唇くちびるによって、この民たみに語かたりかける。それでも、彼かれらはわたしの言いうことを聞きこうとしない」と主しゅは言いわれる。

コリント第一14:34 女性じょせいたちは教会きょうかいの中なかでは黙だまっていなさい。話はなすことは許ゆるされていない。律法りっぽうも言いっているとおり、従したがう立場たちばにありなさい。

コリント第一15:56 死しのとげとは罪つみであり、罪つみの力ちからとは律法りっぽうだ。

ガラテヤ人への手紙(26か所)

ガラテヤ2:16 でも、人ひとが義ぎと認みとめられるのは律法りっぽうを行おこなうことによってではなく、ただイエス・キリストへの信仰しんこうによるのだと、わたしたちは知しっている。だからこそ、わたしたち自身じしんもキリスト・イエスを信しんじた。律法りっぽうを行おこなうことによってではなく、キリストへの信仰しんこうによって義ぎと認みとめられるためだ。律法りっぽうを行おこなうことによって義ぎと認みとめられる人ひとは、だれ一人ひとりいないのだから。

ガラテヤ2:18 もしわたしが、いったん壊こわしたものをもう一いち度ど建たて直なおすなら、自分じぶんこそ律法りっぽうを破やぶる者ものだと証明しょうめいすることになる。

ガラテヤ2:19 というのは、わたしは律法りっぽうによって律法りっぽうに対たいして死しんだからだ。それは、神かみに対たいして生いきるためだった。わたしはキリストとともに十字じゅうじ架かにつけられた。

ガラテヤ2:21 わたしは神かみの恵めぐみを無むにはしない。もし義ぎが律法りっぽうによって得えられるのなら、キリストは無駄むだに死しなれたことになるからだ。

ガラテヤ3:2 一ひとつだけ教おしえてほしい。あなたたちが霊れいを受うけたのは、律法りっぽうを守まもる行おこないによってか、それとも聞きいて信しんじたことによってか。

ガラテヤ3:5 あなたたちに霊れいを与あたえ、あなたたちの間あいだで力ちからある働はたらきをなさる神かみは、それを律法りっぽうを守まもる行おこないのゆえにするのか、それとも聞きいて信しんじたことのゆえにするのか。

ガラテヤ3:10 律法りっぽうを守まもる行おこないにたよる人ひとは、みな、のろいのもとにいる。こう書かいてあるからだ。「律法りっぽうの書しょに記しるされたすべてのことを守まもり続つづけて、そのとおりに行おこなわない者ものは、みな、のろわれる。」

ガラテヤ3:11 律法りっぽうによって神かみの前まえで義ぎと認みとめられる人ひとはだれもいない。それははっきりしている。「義ぎとされた人ひとは信仰しんこうによって生いきる」からだ。

ガラテヤ3:12 律法りっぽうは信仰しんこうによるものではない。「これらを行おこなう人ひとは、それによって生いきる」とあるとおりだ。

ガラテヤ3:13 キリストは、わたしたちのためにのろわれた者ものとなって、律法りっぽうののろいからわたしたちを買かい取とってくださった。「木きにかけられた者ものは、みなのろわれる」と書かいてあるからだ。

ガラテヤ3:17 わたしが言いいいたいのはこうだ。神かみがすでに正式せいしきに決きめた約束やくそくを、四百よんひゃく三十さんじゅう年ねん後ごにできた律法りっぽうが無効むこうにして、その約束やくそくを打うち消けすことはできない。

ガラテヤ3:18 もし受うけ継つぐものが律法りっぽうによるのなら、それはもう約束やくそくによるものではない。しかし神かみは、約束やくそくによって、それをアブラハムに与あたえてくださったのだ。

ガラテヤ3:19 では、律法りっぽうは何なんのためにあるのか。それは、違反いはんがあることをはっきりさせるために、後あとから加くわえられたものだ。約束やくそくを受うけたあの子孫しそんが来くるまでの間あいだのもので、天使てんしたちを通とおし、一人ひとりの仲介ちゅうかい者しゃの手てによって定さだめられた。

ガラテヤ3:21 では、律法りっぽうは神かみの約束やくそくに反はんするものなのか。決けっしてそうではない。もし、いのちを与あたえられる律法りっぽうが与あたえられていたのなら、義ぎはほんとうに律法りっぽうによって得えられたはずだ。

ガラテヤ3:23 この信仰しんこうが来くる前まえ、わたしたちは律法りっぽうのもとで見張みはられ、やがて現あらわされる信仰しんこうの時ときまで閉とじ込こめられていた。

ガラテヤ3:24 こうして律法りっぽうは、わたしたちをキリストへと導みちびく付つき添そい役やくとなった。それは、わたしたちが信仰しんこうによって義ぎと認みとめられるためだ。

ガラテヤ4:4 でも、時ときが満みちると、神かみはご自分じぶんの子こを送おくられた。その子こは女おんなから生うまれ、律法りっぽうのもとに生うまれた。

ガラテヤ4:5 それは、律法りっぽうのもとにいる人々ひとびとを買かい取とって自由じゆうにし、わたしたちを神かみの子ことして迎むかえるためだった。

ガラテヤ4:21 律法りっぽうのもとで生いきたいと思おもっている人ひとたちに聞きききたい。あなたたちは、その律法りっぽうが何なんと言いっているか、ちゃんと聞きいていないのか。

ガラテヤ5:3 割礼かつれいを受うける人ひとみんなに、もう一いち度どはっきり言いっておく。その人ひとは律法りっぽうの全部ぜんぶを守まもる義務ぎむを負おうことになる。

ガラテヤ5:4 律法りっぽうによって義ぎとされようとするあなたたちは、キリストとの関係かんけいが切きれてしまい、恵めぐみから落おちてしまったのだ。

ガラテヤ5:14 律法りっぽう全体ぜんたいは、たった一ひとつの言葉ことばの中なかに完全かんぜんにまとめられている。それは「あなたの隣人りんじんを自分じぶん自身じしんのように愛あいしなさい」ということだ。

ガラテヤ5:18 でも、もし霊れいに導みちびかれているなら、あなたたちは律法りっぽうの下したにはいない。

ガラテヤ5:23 柔和にゅうわ、自制じせいだ。こうしたものを禁きんじる律法りっぽうなど、どこにもない。

ガラテヤ6:2 たがいに重荷おもにを担にない合あいなさい。そうすれば、キリストの律法りっぽうを実現じつげんすることになる。

ガラテヤ6:13 割礼かつれいを受うけている人ひとたち自身じしんも、律法りっぽうを守まもってはいない。それでもあなたがたに割礼かつれいを受うけさせたいのは、あなたがたの体からだのことを自慢じまんしたいからだ。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ2:15 こまかな規定きていからなる律法りっぽうを、廃止はいししたのだ。それは、二ふたつのものを自分じぶんにあって一ひとつの新あたらしい人ひとへと造つくり上あげ、平和へいわを生うみ出だすためだった。

ピリピ人への手紙(3か所)

ピリピ3:5 わたしは生うまれて八よう日か目めに割礼かつれいを受うけ、イスラエルの民たみに属ぞくし、ベニヤミン族ぞくの出でで、ヘブライ人じんの中なかのヘブライ人じんだ。律法りっぽうについてはファリサイ派はだった。

ピリピ3:6 その熱心ねっしんさのあまり、教会きょうかいを迫害はくがいしていた。律法りっぽうが求もとめる義ぎについては、非ひのうちどころのない者ものだった。

ピリピ3:9 そして、キリストの中なかにいる者ものと認みとめられたい。自分じぶん自身じしんの義ぎ、つまり律法りっぽうから来くる義ぎではなく、キリストを信しんじる信仰しんこうによって与あたえられる義ぎ、信仰しんこうにもとづいて神かみから来くる義ぎを持もつ者ものとして。

テモテへの第一の手紙(3か所)

テモテ第一1:7 彼かれらは律法りっぽうの教師きょうしになりたがっています。でも、自分じぶんが何なんを言いっているのか、何なんを自信じしんたっぷりに主張しゅちょうしているのか、自分じぶんでも分わかっていないのです。

テモテ第一1:8 わたしたちは知しっています。律法りっぽうは、正まさしく用もちいるならば、よいものです。

テモテ第一1:9 つまり、こういうことです。律法りっぽうは、正ただしい人ひとのために定さだめられているのではありません。それは、法ほうを無視むしする人ひと、従したがおうとしない人ひと、神かみを敬うやまわない人ひと、罪つみを犯おかす人ひと、聖せいなるものを大切たいせつにしない人ひと、俗ぞくっぽい人ひと、父ちちを殺ころす人ひと、母ははを殺ころす人ひと、人ひとを殺ころす人ひと、

テトスへの手紙(2か所)

テトス3:9 でも、くだらない議論ぎろんや、延々えんえんと続つづく先祖せんぞの話はなし、律法りっぽうをめぐる言い争いいいあらそいや争あらそいには関かかわってはいけない。そういうものは何なんの役やくにも立たたたないし、むなしいだけだ。

テトス3:13 律法りっぽうに詳くわしいゼナスとアポロが旅たびを続つづけられるよう、しっかり支度したくを整ととのえて送おくり出だしてほしい。何なんも足たりないものがないようにね。

ヘブル人への手紙(14か所)

ヘブル7:5 レビの子孫しそんのうち、祭司さいしの務つとめを受うけ継つぐ者ものたちは、律法りっぽうに従したがって民たみから、つまり自分じぶんの兄弟きょうだいたちから十じゅう分ぶんの一いちを取とるように命めいじられている。その兄弟きょうだいたちも、同おなじアブラハムの子孫しそんであるのに。

ヘブル7:11 さて、もしレビ族ぞくの祭司さいし制度せいどによって完全かんぜんに到達とうたつできたのなら——民たみはこの制度せいどのもとで律法りっぽうを与あたえられた——どうしてこの上うえ、アロンの系統けいとうではなく、メルキゼデクと同おなじ系統けいとうの、別べつの祭司さいしが立たてられる必要ひつようがあっただろうか。

ヘブル7:12 祭司さいし制度せいどが変かわれば、律法りっぽうも必然ひつぜん的てきに変かわることになるからだ。

ヘブル7:16 この方かたが祭司さいしになったのは、血筋ちすじに基もとづく戒いましめを定さだめた律法りっぽうによるのではなく、決けっして滅ほろびないいのちの力ちからによるのだ。

ヘブル7:19 律法りっぽうは何なん一ひとつ完全かんぜんにすることができなかった。でも、それに代かわって、もっとすぐれた希望きぼうが与あたえられた。この希望きぼうによって、わたしたちは神かみに近ちかづくのだ。

ヘブル7:28 律法りっぽうは、弱よわさを持もつ人間にんげんを大だい祭司さいしに任命にんめいする。でも、律法りっぽうのあとに与あたえられた誓ちかいの言葉ことばは、永遠えいえんに完全かんぜんな者ものとされた御子みこを、大だい祭司さいしとするのだ。

ヘブル8:4 もしこの方かたが地上ちじょうにいたなら、祭司さいしにはならなかっただろう。律法りっぽうに従したがって供そなえ物ものをささげる祭司さいしたちが、すでにいるからだ。

ヘブル8:10 主しゅは言いわれる。その日ひの後あと、わたしがイスラエルの家いえと結むすぶ契約けいやくはこうだ。わたしは自分じぶんの律法りっぽうを彼かれらの思おもいに授さずけ、彼かれらの心こころに書かきしるす。わたしは彼かれらの神かみとなり、彼かれらはわたしの民たみとなる。

ヘブル9:19 モーセは、律法りっぽうにあるすべての戒いましめを民たみ全体ぜんたいに語かたったあと、子牛こうしの血ちを水みずとともに取とり、赤あかい羊毛ようもうとヒソプの枝えだを使つかって、その血ちを巻物まきものにも民たみ全体ぜんたいにもふりかけた。

ヘブル9:22 律法りっぽうによれば、ほとんどすべてのものは血ちによって清きよめられる。そして、血ちが流ながされなければ、罪つみが赦ゆるされることはない。

ヘブル10:1 律法りっぽうには、これから来くるすばらしいものの影かげがあるだけで、その実物じつぶつの姿すがたはない。だから、年ねんごとに絶たえず同おなじささげ物ものをくり返かえしても、神かみに近ちかづこうとする人ひとたちを完全かんぜんにすることは決けっしてできない。

ヘブル10:8 まず「あなたはいけにえも、ささげ物ものも、焼やき尽つくすささげ物ものも、罪つみのためのささげ物ものも望のぞまれず、喜よろこばれなかった」と言いわれている。これらは律法りっぽうにしたがってささげられるものだ。

ヘブル10:16 「あの日々ひびの後あと、わたしが彼かれらと結むすぶ契約けいやくはこうだ、と主しゅは言いわれる。わたしは自分じぶんの律法りっぽうを彼かれらの心こころに授さずけ、彼かれらの思おもいに書かき記しるす。」

ヘブル10:28 モーセの律法りっぽうを破やぶった者ものは、二、三にさん人にんの証人しょうにんがいれば、あわれみを受うけることなく死刑しけいになった。

ヤコブの手紙(8か所)

ヤコブ1:25 でも、自由じゆうを与あたえる完全かんぜんな律法りっぽうをじっと見みつめ、それを守まもり続つづける人ひとは違ちがう。聞きいてすぐ忘わすれる人ひとではなく、実際じっさいに行おこなう人ひとだ。そういう人ひとは、その行おこないによって幸いさいわいになる。

ヤコブ2:8 もしあなたたちが、聖書せいしょにある「自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣人りんじんを愛あいしなさい」という、王おうにふさわしい最ももっとも大切たいせつな律法りっぽうを本当ほんとうに守まもっているのなら、それは立派りっぱなことだ。

ヤコブ2:9 でも、もし人ひとを差別さべつするなら、あなたたちは罪つみを犯おかしていることになる。そして律法りっぽうによって、掟おきてを破やぶる者ものだと明あきらかにされてしまう。

ヤコブ2:10 なぜなら、律法りっぽう全体ぜんたいを守まもっていても、その中なかのたった一ひとつでもつまずけば、すべてを破やぶったのと同おなじことになるからだ。

ヤコブ2:11 「姦淫かんいんしてはならない」と言いわれた方かたは、「殺ころしてはならない」とも言いわれた。だから、たとえ姦淫かんいんはしなくても、人ひとを殺ころせば、あなたは律法りっぽうを破やぶる者ものになる。

ヤコブ2:12 だから、自由じゆうをもたらす律法りっぽうによって裁さばかれる者ものらしく、語かたり、行動こうどうしなさい。

ヤコブ4:11 兄弟きょうだい姉妹しまいよ、たがいに悪口わるぐちを言いってはいけない。仲間なかまの悪口わるぐちを言いったり、仲間なかまを裁さばいたりする人ひとは、律法りっぽうの悪口わるぐちを言いいい、律法りっぽうを裁さばいているのだ。もし律法りっぽうを裁さばくなら、あなたは律法りっぽうを行おこなう者ものではなく、裁さばく者ものになっている。

ヤコブ4:12 律法りっぽうを定さだめ、裁さばくことができる方かたは、ただひとりだけだ。人ひとを救すくうことも、滅ほろぼすこともできる方かただ。それなのに、隣人りんじんを裁さばくあなたは、いったい何者なにものなのか。

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一3:4 罪つみを犯おかす人ひとはみな、律法りっぽうにも背そむいている。罪つみとは、律法りっぽうに背そむくことだからだ。

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