ローマ人への手紙 3章20節(ローマ3:20)

20 律法りっぽうを守まもることによって神かみの前まえで正ただしいと認みとめられる人ひとは、一人ひとりもいないからだ。律法りっぽうによって明あきらかになるのは、自分じぶんが罪つみを犯おかしているという自覚じかくだけである。

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この節を含む箇所義人はいないローマ3:9-20

前後の聖句(3章18–22節)

18 彼かれらの目めには、神かみを恐おそれる気持きもちがまったくない。

19 わたしたちが知しっているとおり、律法りっぽうが語かたることはすべて、律法りっぽうのもとにいる人ひとたちに向むけて語かたられている。それは、すべての口くちがふさがれ、世界せかい中じゅうのすべての人ひとが神かみの前まえで責任せきにんを問とわれるようになるためだ。

20 律法りっぽうを守まもることによって神かみの前まえで正ただしいと認みとめられる人ひとは、一人ひとりもいないからだ。律法りっぽうによって明あきらかになるのは、自分じぶんが罪つみを犯おかしているという自覚じかくだけである。

21 でも今いま、律法りっぽうとは関係かんけいなく、神かみの義ぎが現あらわされた。それは律法りっぽうと預言よげん者しゃたちも証あかししているものだ。

22 その神かみの義ぎは、イエス・キリストを信しんじる信仰しんこうによって、信しんじるすべての人ひとに与あたえられる。そこに区別くべつはない。

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