ローマ人への手紙 3章21節(ローマ3:21)

21 でも今いま、律法りっぽうとは関係かんけいなく、神かみの義ぎが現あらわされた。それは律法りっぽうと預言よげん者しゃたちも証あかししているものだ。

ローマ3章全体を読む

この節の翻訳記録を見る(日常訳プロジェクト)

この節を含む箇所キリストを信じる信仰による義ローマ3:21-31

前後の聖句(3章19–23節)

19 わたしたちが知しっているとおり、律法りっぽうが語かたることはすべて、律法りっぽうのもとにいる人ひとたちに向むけて語かたられている。それは、すべての口くちがふさがれ、世界せかい中じゅうのすべての人ひとが神かみの前まえで責任せきにんを問とわれるようになるためだ。

20 律法りっぽうを守まもることによって神かみの前まえで正ただしいと認みとめられる人ひとは、一人ひとりもいないからだ。律法りっぽうによって明あきらかになるのは、自分じぶんが罪つみを犯おかしているという自覚じかくだけである。

21 でも今いま、律法りっぽうとは関係かんけいなく、神かみの義ぎが現あらわされた。それは律法りっぽうと預言よげん者しゃたちも証あかししているものだ。

22 その神かみの義ぎは、イエス・キリストを信しんじる信仰しんこうによって、信しんじるすべての人ひとに与あたえられる。そこに区別くべつはない。

23 すべての人ひとは罪つみを犯おかし、神かみの栄光えいこうを受うけられなくなっているからだ。

有名な聖句をもっと読む