ガラテヤ人への手紙 2章16節(ガラテヤ2:16)

16 でも、人ひとが義ぎと認みとめられるのは律法りっぽうを行おこなうことによってではなく、ただイエス・キリストへの信仰しんこうによるのだと、わたしたちは知しっている。だからこそ、わたしたち自身じしんもキリスト・イエスを信しんじた。律法りっぽうを行おこなうことによってではなく、キリストへの信仰しんこうによって義ぎと認みとめられるためだ。律法りっぽうを行おこなうことによって義ぎと認みとめられる人ひとは、だれ一人ひとりいないのだから。

ガラテヤ2章全体を読む

この節の翻訳記録を見る(日常訳プロジェクト)

この節を含む箇所ケパを非難するパウロガラテヤ2:11-21

前後の聖句(2章14–18節)

14 でも、彼かれらが福音ふくいんの真理しんりに向むかってまっすぐ歩あゆんでいないのを見みて、わたしはみんなの前まえでケパにこう言いった。「あなたはユダヤ人じんなのに、ユダヤ人じんらしくではなく、外国がいこくの人ひとのように暮くらしている。それなのにどうして、外国がいこくの人ひとたちにユダヤ人じんらしく生いきるよう強しいるのですか。」

15 わたしたちは生うまれながらのユダヤ人じんで、外国がいこく人にんのような「罪人ざいにん」ではない。

16 でも、人ひとが義ぎと認みとめられるのは律法りっぽうを行おこなうことによってではなく、ただイエス・キリストへの信仰しんこうによるのだと、わたしたちは知しっている。だからこそ、わたしたち自身じしんもキリスト・イエスを信しんじた。律法りっぽうを行おこなうことによってではなく、キリストへの信仰しんこうによって義ぎと認みとめられるためだ。律法りっぽうを行おこなうことによって義ぎと認みとめられる人ひとは、だれ一人ひとりいないのだから。

17 では、キリストにあって義ぎと認みとめられようとした結果けっか、わたしたち自身じしんも「罪人ざいにん」だと分わかったとしたら、キリストは罪つみに仕つかえる者ものだということになるのだろうか。決けっしてそんなことはない。

18 もしわたしが、いったん壊こわしたものをもう一いち度ど建たて直なおすなら、自分じぶんこそ律法りっぽうを破やぶる者ものだと証明しょうめいすることになる。

有名な聖句をもっと読む