ガラテヤ人への手紙 2章19節(ガラテヤ2:19)

19 というのは、わたしは律法りっぽうによって律法りっぽうに対たいして死しんだからだ。それは、神かみに対たいして生いきるためだった。わたしはキリストとともに十字じゅうじ架かにつけられた。

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この節を含む箇所ケパを非難するパウロガラテヤ2:11-21

前後の聖句(2章17–21節)

17 では、キリストにあって義ぎと認みとめられようとした結果けっか、わたしたち自身じしんも「罪人ざいにん」だと分わかったとしたら、キリストは罪つみに仕つかえる者ものだということになるのだろうか。決けっしてそんなことはない。

18 もしわたしが、いったん壊こわしたものをもう一いち度ど建たて直なおすなら、自分じぶんこそ律法りっぽうを破やぶる者ものだと証明しょうめいすることになる。

19 というのは、わたしは律法りっぽうによって律法りっぽうに対たいして死しんだからだ。それは、神かみに対たいして生いきるためだった。わたしはキリストとともに十字じゅうじ架かにつけられた。

20 生いきているのは、もはやわたしではない。キリストがわたしの内うちに生いきておられるのだ。今いまわたしが肉にくにおいて生いきているこの命いのちは、わたしを愛あいし、わたしのために自分じぶんを差さし出だしてくださった神かみの子こを信しんじる信仰しんこうによって生いきているのだ。

21 わたしは神かみの恵めぐみを無むにはしない。もし義ぎが律法りっぽうによって得えられるのなら、キリストは無駄むだに死しなれたことになるからだ。

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