「罪」(つみ)が出てくる聖書の箇所
「罪」(つみ)は日常訳第1版の986か所(旧約747・新約239)に出てきます。口語訳では901か所。
986か所を200か所ずつ5ページに分けています(5ページ目)。
ヨハネによる福音書(22か所)
ヨハネ5:14 そののち、イエスは神殿の境内でその人を見つけて、こう言った。「よかったね、君はもう元気になった。これからはもう罪を犯してはいけない。そうしないと、もっとひどいことが起きるかもしれないから。」
ヨハネ8:7 彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言った。「あなたたちの中で、一度も罪を犯したことのない人が、まずこの女に石を投げなさい。」
ヨハネ8:11 わたしもあなたを罰しない。行きなさい。これからはもう罪を犯さないように。」
ヨハネ8:21 わたしは去って行く。あなたがたはわたしを捜すだろう。でも、自分の罪を抱えたまま死ぬことになる。わたしが行く所に、あなたがたは来ることができない。
ヨハネ8:24 わたしはあなたたちに、あなたたちは自分の罪のまま死ぬことになると言った。もしわたしがその者であることを信じないなら、あなたたちは自分の罪のまま死ぬことになるからだ。」
ヨハネ8:34 イエスは彼らに答えた。「はっきり言っておく。罪を犯す人はみな、罪の奴隷なのだ。
ヨハネ8:46 あなたがたのうち、だれがわたしに罪があると責められるだろうか。わたしは真理を語っているのに、なぜあなたがたはわたしを信じないのか。
ヨハネ9:2 弟子たちがイエスに尋ねた。「先生、この人が生まれつき目が見えないのは、だれかが罪を犯したせいですか。本人ですか、それとも両親ですか」
ヨハネ9:31 わたしたちは知っている。神は罪を犯す者の願いは聞かないが、神を敬い、その思いのとおりに生きる人の願いは聞いてくださる、ということを。
ヨハネ9:34 彼らは言い返した。「おまえは生まれたときから罪にまみれていたくせに、わたしたちに教えようというのか。」そして彼を外へ追い出した。
ヨハネ9:41 イエスは彼らに言った。「もしあなたたちが見えないのなら、罪はなかっただろう。でも今、あなたたちは『見える』と言い張っている。だから、その罪は残ったままなのだ。」
ヨハネ15:22 わたしが来て彼らに話さなかったなら、彼らに罪はなかっただろう。でも今となっては、彼らは自分の罪について言いのがれることはできない。
ヨハネ15:24 もし、ほかのだれもしなかったことを、わたしが彼らの間でしていなかったら、彼らに罪はなかっただろう。でも実際には、彼らはそれを見たのに、わたしのことも、わたしの父のことも憎んだのだ。
ヨハネ16:8 それが来ると、罪について、義について、そして裁きについて、世の人が間違っていたことを明らかにする。
ヨハネ16:9 罪について、とは、人々がわたしを信じないことだ。
ヨハネ18:29 ピラトは彼らのところに出てきて、こう言った。「あなたたちは、この人にどんな罪があると訴えているのか」
ヨハネ18:38 ピラトはイエスに言った。「真理とは何なのか。」そう言うと、彼はまたユダヤ人たちのところへ出て行って、こう告げた。「わたしには、この人に罪など何一つ見つけられない。
ヨハネ19:4 ピラトはもう一度外に出て、人々に言った。「さあ、この人をあなたたちの前に連れ出す。わたしはこの人に何の罪も見つけられない。それを知ってほしいのだ。」
ヨハネ19:6 祭司長たちや警備の者たちはイエスを見ると、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは彼らに言った。「あなたたちが引き取って、十字架につければいい。わたしには、この人に罪は見つからない。」
ヨハネ19:11 イエスは答えた。「あなたには、わたしに対する権威など何もない。それが上から与えられていなければね。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪のほうが大きいのだ。」
ヨハネ20:23 あなたがたが赦す罪は、だれの罪でも赦される。あなたがたが赦さずにおく罪は、そのまま残る。」
使徒行伝(14か所)
使徒2:38 ペテロは答えました。「悔い改めなさい。そして一人ひとりが、イエス・キリストの名によってバプテスマ(洗礼)を受けなさい。そうすれば、あなたがたの罪は赦されます。そして、贈り物として聖霊を受けるのです。
使徒3:19 だから、心を入れかえて神に立ち返りなさい。そうすれば、あなたがたの罪はぬぐい去られます。
使徒5:31 神はこのイエスを、導き手として、また救い主として、ご自分の右に高く上げられました。イスラエルが心を入れ替えて神に立ち帰り、罪を赦されるためです。
使徒7:60 そして、ひざまずいて大声で叫んだ。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」こう言うと、ステファノは息を引き取った。
使徒10:43 預言者たちもみな、イエスについてこう証ししています。イエスを信じる人はだれでも、その名によって罪をゆるされる、と。」
使徒13:27 エルサレムに住む人々とその指導者たちは、イエスがどういう方か分からなかった。安息日ごとに読まれる預言者たちの言葉も理解しなかった。そして、イエスを罪ありと決めることで、かえってその預言のとおりのことを実現させてしまったのだ。
使徒13:38 だから、兄弟姉妹よ、知っておいてほしい。このイエスを通して、あなたたちに罪の赦しが告げ知らされているのだ。
使徒19:40 今日の騒ぎのことで、わたしたちが暴動の罪に問われる危険もあるのです。しかも、こんな騒ぎについて、説明できるような理由は何もありません。」
使徒22:16 さあ、何をためらっているのですか。立ち上がって洗礼を受け、その方の名を呼び求めて、あなたの罪を洗い流してもらいなさい。』
使徒25:7 パウロが姿を現すと、エルサレムから下って来たユダヤ人たちが彼を取り囲み、いくつもの重い罪をぶつけて訴えた。しかし、それを証明することはできなかった。
使徒25:11 もしわたしが罪を犯し、死刑に当たるようなことをしたのなら、死ぬことを拒みはしません。しかし、この人たちの訴えにまったく根拠がないのなら、だれもわたしを彼らに引き渡すことはできません。わたしは皇帝に上訴します。」
使徒25:16 そこでわたしは彼らにこう答えました。訴えられている者が、告発する者たちと直接顔を合わせ、その罪について弁明する機会を与えられる前に、その人を引き渡すのはローマ人のやり方ではない、と。
使徒26:18 それは、彼らの目を開き、暗やみから光へ、サタンの支配から神へと立ち返らせるためだ。こうして彼らは、わたしを信じる信仰によって、罪をゆるされ、聖なる者とされた人々の中で受け継ぐべきものを受けるのだ。」
使徒28:18 ローマ人はわたしを取り調べたうえで、釈放しようとしました。わたしには死刑に当たる罪が何もなかったからです。
ローマ人への手紙(52か所)
ローマ2:1 だから、人をさばくあなたには、言い逃れができない。あなたは他人をさばくことで、自分自身に罪を宣告している。さばくあなたも、同じことをしているのだから。
ローマ2:12 律法を知らずに罪を犯した人は、律法とは関係なく滅びる。律法のもとで罪を犯した人は、律法によって裁かれる。
ローマ3:9 ユダヤ人もギリシア人も、みんな罪の下にある。それはもう証明したとおりだ。
ローマ3:20 律法を守ることによって神の前で正しいと認められる人は、一人もいないからだ。律法によって明らかになるのは、自分が罪を犯しているという自覚だけである。
ローマ3:23 すべての人は罪を犯し、神の栄光を受けられなくなっているからだ。
ローマ3:25 神はこのキリストを、その血によって罪を償ういけにえとして立て、それを信じる信仰によって受け取れるようにされた。それは、これまで人が犯してきた罪を見逃してこられたことについて、ご自身の義を示すためだった。
ローマ3:26 神はこれまで忍耐して罪を見逃してこられた。そして今この時に、ご自分の義を示された。それは、神ご自身が正しくあり、同時にイエスを信じる者を義と認める方であるためだ。
ローマ4:7 「罪をゆるされ、不法をおおわれた人々は、幸いである。
ローマ4:8 罪を主に数え入れられることのない人は、幸いである。」
ローマ4:25 わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが正しい者とされるために復活させられたのだ。
ローマ5:12 この世に、ひとりの人を通して罪が入り込んだ。そして罪を通して死が入り込んだ。こうして、すべての人が罪を犯したので、死はすべての人に広がった。
ローマ5:13 律法が与えられる前にも、罪はこの世にあった。でも律法がなければ、罪は罪として問われることはない。
ローマ5:14 しかし、アダムからモーセまでの間も、死はずっと支配し続けた。アダムのように神の命令を破って罪を犯したわけではない人たちさえ、その支配を免れなかった。このアダムは、これから来る方を指し示す型なのだ。
ローマ5:16 ひとりの人が犯した罪の結果と、この贈り物は違う。裁きの場合は、ひとりの罪から、罪ありとする判決が下された。でも恵みの場合は、多くの人の罪過から、義とされる結果になったのだ。
ローマ5:17 もし一人の人の罪によって、その一人を通して死が支配するようになったのなら、なおさらのこと、あふれるほどの恵みと、義という贈り物を受け取る人たちは、一人のイエス・キリストを通して、いのちの中で支配するようになる。
ローマ5:18 だから、こういうことだ。一人の罪によってすべての人が有罪とされたように、一人の正しい行いによって、すべての人にいのちを与える義がもたらされる。
ローマ5:20 律法が入り込んできたのは、罪が増し加わるためだった。でも、罪が増したところには、恵みがそれをはるかに超えてあふれた。
ローマ5:21 罪が死によって支配していたように、恵みもまた、義によってわたしたちを支配し、わたしたちの主イエス・キリストを通して、永遠のいのちへと導くためだ。
ローマ6:1 では、こう言うべきだろうか。「恵みが増えるように、罪の中にとどまり続けよう」と。
ローマ6:2 絶対にそんなことはない。罪に対して死んだわたしたちが、どうしてまだ罪の中で生きていけるだろうか。
ローマ6:6 わたしたちはこう知っている。わたしたちの古い自分は、キリストといっしょに十字架につけられた。それは、罪に支配された体が力を失い、わたしたちがもう罪の奴隷にならないためだ。
ローマ6:7 死んだ者は、罪から解放されているからだ。
ローマ6:10 キリストが死んだのは、罪に対してただ一度だけ死んだのだ。でも生きている今は、神に対して生きている。
ローマ6:11 罪に対しては死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に対しては生きている者だ。あなたがたも、自分自身をそのように考えなさい。
ローマ6:12 だから、罪にあなたたちの体を支配させてはいけない。あなたたちの体はいつか死ぬものだ。その体を罪に明け渡して、体の欲望に従ってはいけない。
ローマ6:13 自分の体の一部を、悪の道具として罪に差し出してはいけない。むしろ、死者の中から生かされた者として、自分自身を神に差し出しなさい。そして自分の体を、義の道具として神に差し出しなさい。
ローマ6:14 罪があなたたちを支配することはない。あなたたちは律法の下ではなく、恵みの下にいるからだ。
ローマ6:15 では、どうなるのか。わたしたちは律法の下ではなく、恵みの下にいる。だから罪を犯してもいいのだろうか。絶対にそんなことはない。
ローマ6:16 あなたがたは知らないのか。だれかに従うためにその奴隷として自分を差し出せば、あなたがたは自分が従うその相手の奴隷になる。それが罪の奴隷なら行き着く先は死であり、従順の奴隷なら行き着く先は義だ。
ローマ6:17 でも、神に感謝しよう。あなたたちは以前、罪の奴隷だった。でも、伝えられた教えの型に、心から従うようになった。
ローマ6:18 罪から解放され、義の奴隷になったのだ。
ローマ6:20 あなたがたが罪の奴隷だったときは、義に対しては自由だった。
ローマ6:22 でも今は違う。あなたがたは罪から解放され、神に仕える者となった。その実として、あなたがたは清められていき、たどり着く先は永遠のいのちだ。
ローマ6:23 罪が支払う報酬は死。でも神が与えてくれる贈り物は、わたしたちの主イエス・キリストのもとにある永遠の命だ。
ローマ7:5 罪の欲望が、律法によってわたしたちの体の中で働いていた。そして、死に至る実を結ばせていた。というのも、わたしたちが古い自分のままで生きていたころは、そうだったのだ。
ローマ7:7 それでは、どう言えばいいのだろう。律法は罪なのか。そんなことは決してない。むしろ、律法がなければ、わたしは罪というものを知らなかった。律法が「欲しがってはならない」と言わなければ、わたしは欲望というものを知らなかったのだ。
ローマ7:8 罪は、その戒めをきっかけにして、わたしの中にありとあらゆる欲望を引き起こした。律法がなければ、罪は死んでいるからだ。
ローマ7:9 わたしはかつて、律法とは関係なく生きていた。でも、その戒めが来たとき、罪が生き返った。
ローマ7:11 罪は戒めにつけこみ、この戒めを利用してわたしをだまし、わたしを殺したのだ。
ローマ7:13 では、その善なるものがわたしにとって死になったのだろうか。決してそうではない。死をもたらしたのは罪なのだ。罪が罪であることをはっきり示すために、その善なるものを使ってわたしに死をもたらした。それは、戒めを通して罪がどこまでも罪深いものだと明らかになるためだった。
ローマ7:14 わたしたちは、律法は霊的なものだと知っている。でも、わたしは肉に属する人間だ。罪に売り渡されて、その奴隷になっている。
ローマ7:17 だから、それをしているのは、もはやわたしではない。わたしの内に住んでいる罪である。
ローマ7:20 もし自分の望まないことをしているなら、それをしているのはもうわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのだ。
ローマ7:23 でも、わたしの体の中には別の法則があるのが見える。それは心の法則と戦い、体の中にある罪の法則のとりこに、わたしを引きずり込んでいくのだ。
ローマ7:25 わたしたちの主イエス・キリストによって、神に感謝します。つまり、わたし自身は、心では神の律法に仕えているのに、肉では罪の律法に仕えているのだ。
ローマ8:1 だから、キリスト・イエスと結ばれている人には、もう罪に定められることはない。
ローマ8:2 キリスト・イエスにある、いのちを与える御霊の原理が、罪と死の原理からあなたを解放したからだ。
ローマ8:3 神は、律法にできなかったことをしてくださった。律法は、わたしたちの弱い肉のせいで、それができなかった。神は、罪の肉と同じ姿をとらせて、罪を扱うために、自分の子を送った。そして、その肉において罪をさばいたのだ。
ローマ8:10 もしキリストがあなたがたの内におられるなら、体は罪のせいで死んでいても、霊は義のゆえに生きている。
ローマ8:34 だれがわたしたちを罪ある者だと決めつけるのか。キリスト・イエスは死んで、いや、よみがえって、今は神の右にいて、わたしたちのために神にとりなしてくださっている。
ローマ11:27 これが、彼らの罪を取り除くときに、わたしが彼らと結ぶ契約である。」
ローマ14:23 疑いながら食べる人は、罪に定められる。信仰にもとづいて食べていないからだ。信仰にもとづかないことは、すべて罪なのだ。
コリント人への第一の手紙(11か所)
コリント第一6:18 性的な乱れから逃げなさい。人が犯すほかのどんな罪も、からだの外にあるものだ。でも、性的に乱れる人は、自分自身のからだに対して罪を犯している。
コリント第一7:28 でも、もし結婚しても、それは罪ではない。結婚していない女性が結婚しても、罪ではない。ただ、結婚する人たちは、この世の暮らしの中で苦労を抱えることになる。わたしは、あなたたちにそんな思いをさせたくないのだ。
コリント第一7:36 もし、婚約している娘に対して自分がふさわしくないことをしていると思う人がいて、その相手が結婚にふさわしい年ごろになり、どうしても結婚すべきだというなら、その人は思うとおりにすればいい。それは罪ではない。二人は結婚しなさい。
コリント第一8:12 こんなふうに兄弟姉妹に対して罪を犯し、その弱い良心を傷つけるとき、あなたはキリストに対して罪を犯しているのだ。
コリント第一11:27 だから、ふさわしくないままに主のパンを食べたり、主の杯を飲んだりする人は、主の体と血を汚す罪を負うことになる。
コリント第一11:32 しかし、わたしたちは主にさばかれることで、世とともに罪に定められないように、正しく導かれているのだ。
コリント第一14:24 でも、もしみんなが預言していたら、そこに信じていない人や何も知らない人が入ってきたとき、その人はみんなの言葉によって自分の罪を示され、みんなの言葉によって問われることになる。
コリント第一15:3 わたしは、自分も受け取ったいちばん大切なことを、まずあなたがたに伝えた。それは、キリストがわたしたちの罪のために死なれたということ。これは聖書に書かれているとおりだ。
コリント第一15:17 そしてキリストがよみがえらされていないのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお自分の罪の中にいることになる。
コリント第一15:34 正気に戻り、正しく生きなさい。もう罪を犯してはいけない。あなたがたの中には、神を知らない人がいる。恥ずかしいことだが、あえてこう言う。
コリント第一15:56 死のとげとは罪であり、罪の力とは律法だ。
コリント人への第二の手紙(6か所)
コリント第二3:9 人を罪に定める務めにさえ栄光があったのなら、人を義とする務めは、はるかに大きな栄光にあふれているはずだ。
コリント第二5:19 つまり、神はキリストのうちにあって、世をご自分と和解させ、人々の罪を問うことをなさらなかった。そして、この和解を伝える言葉を、わたしたちに委ねてくださったのだ。
コリント第二5:21 神は、罪を知らなかったキリストを、わたしたちのために罪とされた。それは、わたしたちがキリストのうちにあって、神の義となるためだった。
コリント第二11:7 それとも、わたしは罪を犯したのだろうか。あなたがたを高く引き上げようとして、自分を低くしたことが。神の福音を無償であなたがたに伝えたのだから。
コリント第二12:21 そして、もう一度そちらに行くとき、わたしの神があなたたちの前でわたしを打ちのめし、わたしが多くの人のことで嘆くことになるのではないか。以前に罪を犯しながら、その汚れた行い、みだらな行い、放縦な行いを悔い改めていない人たちのことで。
コリント第二13:2 二度目にそちらにいたときにも言ったが、今は離れていながら、前もって言っておく。以前に罪を犯した人たちにも、そのほかのすべての人にも言う。もう一度行ったときには、容赦しない。
ガラテヤ人への手紙(3か所)
ガラテヤ1:4 キリストは、わたしたちの罪のために、ご自分をささげてくださった。わたしたちの神であり父である方の望みにしたがって、今の悪い時代からわたしたちを救い出すためだ。
ガラテヤ2:17 では、キリストにあって義と認められようとした結果、わたしたち自身も「罪人」だと分かったとしたら、キリストは罪に仕える者だということになるのだろうか。決してそんなことはない。
ガラテヤ3:22 しかし聖書は、すべてのものを罪の下に閉じ込めた。それは、イエス・キリストを信じる信仰によって、約束が、信じる人々に与えられるためだ。
エペソ人への手紙(4か所)
エペソ1:7 このキリストによって、わたしたちは、流された血のおかげで解き放たれ、罪をゆるされている。神の豊かな恵みによるものだ。
エペソ2:1 あなたたちは、かつては罪を犯し、神に背いていた。その罪のために、あなたたちは死んでいた。
エペソ2:5 罪のために死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かしてくださった。あなたたちが救われたのは、神の恵みによるのだ。
エペソ4:26 怒ることがあっても、罪を犯してはいけない。太陽が沈むまで、怒りをかかえたままでいないように。
コロサイ人への手紙(3か所)
コロサイ1:14 この御子によって、わたしたちは自由にされ、罪を赦されている。
コロサイ2:11 このキリストにあって、あなたがたは割礼を受けた。それは人の手によるものではなく、罪に支配された肉の体を脱ぎ捨てる、キリストによる割礼だ。
コロサイ2:13 あなたがたは、罪の中に死んでいて、肉の割礼も受けていなかった。しかし神は、そんなあなたがたを、キリストと共に生かしてくださった。わたしたちのすべての罪を赦して。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一2:16 そして、異邦人が救われるようにとわたしたちが語るのを、じゃまし続けている。こうして、彼らはいつも自分の罪を積み重ねているのだ。しかし、神の怒りはついに彼らの上に及んだ。
テモテへの第一の手紙(5か所)
テモテ第一1:9 つまり、こういうことです。律法は、正しい人のために定められているのではありません。それは、法を無視する人、従おうとしない人、神を敬わない人、罪を犯す人、聖なるものを大切にしない人、俗っぽい人、父を殺す人、母を殺す人、人を殺す人、
テモテ第一2:14 そして、だまされたのはアダムではない。だまされて罪を犯したのは女性のほうだった。
テモテ第一5:20 罪を犯し続けている人は、みんなの前で正しなさい。そうすれば、ほかの人たちも恐れを抱くようになる。
テモテ第一5:22 だれかに軽々しく手を置いてはいけない。ほかの人の罪に加わってもいけない。自分自身を清く保ちなさい。
テモテ第一5:24 ある人たちの罪ははっきり見えていて、さばきへと先立って行く。でも、ある人たちの罪は、あとからついて来る。
テモテへの第二の手紙(1か所)
テモテ第二3:6 その中には、人の家にもぐり込んで、心の弱い女性たちを思いのままにあやつる者がいる。相手は罪を積み重ね、さまざまな欲望に振り回されている女性たちだ。
テトスへの手紙(1か所)
テトス3:11 そういう人は、もう道を外れていて、罪を犯し続けている。自分で自分を裁いているのだ。
ヘブル人への手紙(29か所)
ヘブル1:3 御子は神の栄光の輝きであり、神という存在そのものを写し出す姿である。そして力に満ちた言葉によって、すべてのものを支えている。御子はわたしたちの罪をきよめる働きを成しとげたあと、天の高いところで、偉大な神の右の座に着いた。
ヘブル2:17 だからイエスは、あらゆる点で兄弟姉妹たちと同じにならなければならなかった。それは、神の前で、あわれみ深い、そして忠実な大祭司となり、民の罪を償うためだった。
ヘブル3:13 だから、「今日」と呼ばれている間、毎日互いに励まし合ってほしい。あなたたちの中に、罪の巧みなごまかしにだまされて、心をかたくなにする者が出ないように。
ヘブル3:17 では、神が四十年もの間、怒りを覚えたのは誰に対してだったのか。罪を犯し、荒れ野で倒れて死んでいった、あの人たちに対してではないか。
ヘブル4:15 この大祭司は、わたしたちの弱さを分かってくれないような方ではない。むしろ、あらゆる点でわたしたちと同じように試みに遭われた。それでいて、罪は犯さなかった。
ヘブル5:1 大祭司はみな、人々の中から選ばれ、人々のために神の前に立つ役目を与えられている。罪を償うためのささげ物やいけにえを、神にささげるためだ。
ヘブル5:3 そしてその弱さがあるからこそ、彼は民のためだけでなく、自分自身のためにも、罪を償うささげ物をしなければならない。
ヘブル7:27 この方は、ほかの大祭司たちのように、毎日いけにえをささげる必要がない。彼らは、まず自分の罪のために、それから民の罪のためにささげていた。でも、この方は、自分自身をささげることで、ただ一度ですべてを成し遂げたのだ。
ヘブル8:12 わたしは彼らの不正を赦し、彼らの罪を二度と思い出さない。」
ヘブル9:5 その箱の上には、栄光に輝くケルビムがいて、翼を広げて、罪が赦される「贖いの座」を覆っていた。だが、これらのことを今ここで一つ一つ語ることはできない。
ヘブル9:7 だが、奥の部屋には、大祭司だけが年に一度入る。しかも必ず血を携えて入り、その血を、自分のためと、民が知らずに犯した罪のためにささげた。
ヘブル9:15 だからこそ、キリストは新しい契約の仲立ちとなられた。それは、最初の契約のもとで犯された罪から人々を買い戻すために、ご自分の死をもって成し遂げられたことだ。こうして、神に招かれた人たちは、約束された永遠の恵みを受け継ぐことができる。
ヘブル9:22 律法によれば、ほとんどすべてのものは血によって清められる。そして、血が流されなければ、罪が赦されることはない。
ヘブル9:26 もしそうなら、世界が造られたときから何度も苦しまなければならなかったはずだ。しかし実際には、キリストは今、時代の終わりに、ただ一度だけ姿を現された。ご自分をささげることで、罪を取り除くためだ。
ヘブル9:28 それと同じように、キリストも多くの人の罪を背負うために、ただ一度だけささげられた。そしてもう一度、今度は罪とは関係なく、ご自分を待ち望んでいる人たちを救うために姿を現される。
ヘブル10:2 もしできるのなら、ささげ物はもう終わっていたはずだ。礼拝する人たちが一度きよめられて、もう罪の意識を感じなくなっていたはずだからだ。
ヘブル10:3 ところが実際には、そのささげ物によって、年ごとに罪が思い起こされるのだ。
ヘブル10:4 雄牛や雄やぎの血では、罪を取り除くことなどできないからだ。
ヘブル10:6 焼き尽くすささげ物も、罪のためのささげ物も、あなたは喜ばれなかった。
ヘブル10:8 まず「あなたはいけにえも、ささげ物も、焼き尽くすささげ物も、罪のためのささげ物も望まれず、喜ばれなかった」と言われている。これらは律法にしたがってささげられるものだ。
ヘブル10:11 祭司はみな、毎日立って務めを果たし、何度も同じいけにえをささげている。でも、そのいけにえは決して罪を取り除くことができない。
ヘブル10:12 ところがこの方は、罪のためにただ一度いけにえをささげ、それでずっと有効なものとして、神の右の座に着かれた。
ヘブル10:17 そして、こう続く。「わたしはもう、彼らの罪も不法も思い出さない。」
ヘブル10:18 これらが赦されているところでは、もう罪のためのささげ物はいらないのだ。
ヘブル10:26 真理を知ったうえで、なお知りながら罪を犯し続けるなら、罪のためのささげ物はもう残されていない。
ヘブル11:25 神の民と一緒に苦しむほうを選び、罪の楽しみを一時だけ味わうことを退けたのだ。
ヘブル12:1 だから、わたしたちもこれほど多くの証人たちに、雲のように囲まれている。それなら、あらゆる重荷と、まとわりついて離れない罪を脱ぎ捨てよう。そして、目の前に置かれた競走を、忍耐強く走り抜こう。
ヘブル12:4 あなたがたは罪と戦ってきた。それでも、まだ血を流すほどまで抵抗したことはない。
ヘブル13:11 動物の血は、罪のためのささげ物として大祭司によって聖所へ運び込まれるが、その体は宿営の外で焼かれてしまう。
ヤコブの手紙(8か所)
ヤコブ1:15 そして欲望がはらむと罪を生み、罪が育ちきると死を生み出す。
ヤコブ2:9 でも、もし人を差別するなら、あなたたちは罪を犯していることになる。そして律法によって、掟を破る者だと明らかにされてしまう。
ヤコブ4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神もあなたたちに近づいてくださる。罪を犯している者たち、その手を洗いなさい。心が二つに割れている者たち、その心をきよめなさい。
ヤコブ4:17 だから、良いことだと分かっていながら、それをしないなら、それはその人にとって罪になる。
ヤコブ5:6 あなたたちは正しい人を罪に定め、殺した。その人は、あなたたちに手向かいもしなかった。
ヤコブ5:15 信仰から出た祈りは、病んでいる人を救う。主がその人を立ち上がらせてくださる。もしその人が罪を犯していたとしても、その罪は赦される。
ヤコブ5:16 だから、互いに罪を打ち明け合い、癒されるように互いのために祈りなさい。正しい人の祈りは、大きな力となって働く。
ヤコブ5:20 覚えておきなさい。罪を犯した人を間違った道から連れ戻す人は、その人の魂を死から救い出し、たくさんの罪をおおうことになるのだ。
ペテロの第一の手紙(5か所)
ペテロ第一2:22 この方は、罪を犯したことがなく、その口には偽りもなかった。
ペテロ第一2:24 この方は、わたしたちの罪をその身に負って、十字架の上でその罪を背負ってくださった。わたしたちが罪に対して死に、義のために生きるためだ。この方の傷によって、あなたたちはいやされたのだ。
ペテロ第一3:18 キリストも、罪のために一度だけ苦しまれた。正しい方が正しくない者たちのために苦しみ、あなたたちを神のもとへ導くためだった。キリストは肉体では死なれたが、霊においては生かされた。
ペテロ第一4:1 だから、キリストは肉体で苦しみを受けた。あなたたちも同じ覚悟で自分を武装しなさい。肉体で苦しみを受けた人は、罪との関わりを断ち切ったのだ。
ペテロ第一4:8 何よりもまず、たがいに深く愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからだ。
ペテロの第二の手紙(3か所)
ペテロ第二1:9 しかし、これらを持っていない人は、目が見えない。近くのものしか見えず、自分の過去の罪がきよめられたことを忘れてしまっているのだ。
ペテロ第二2:4 神は、罪を犯した天使たちさえ見逃さなかった。それどころか、彼らを暗い穴に落とし、鎖につないで、さばきの時まで閉じ込めておかれた。
ペテロ第二2:14 その目は、いつも不倫の相手を求めていて、罪を犯すのをやめられない。彼らは、心の定まらない人たちを誘惑する。その心は、欲ばることに慣れきっている。彼らは、のろいを受けた子どもたちだ。
ヨハネの第一の手紙(16か所)
ヨハネ第一1:7 でも、神が光の中におられるように、わたしたちも光の中を歩んでいるなら、互いに交わりを持つことができる。そして、神の子イエスの血が、すべての罪からわたしたちを清めてくれる。
ヨハネ第一1:8 もし、自分には罪がないと言うなら、わたしたちは自分を欺いていて、真理はわたしたちの中にない。
ヨハネ第一1:9 もし、自分の罪を認めるなら、神は真実で正しい方だから、わたしたちの罪を赦し、すべての悪からわたしたちを清めてくださる。
ヨハネ第一1:10 もし、自分は罪を犯していないと言うなら、わたしたちは神を嘘つきにしてしまう。そして、神の言葉はわたしたちの中にない。
ヨハネ第一2:1 わたしの子どもたちよ。あなたたちが罪を犯さないように、わたしはこれらのことを書いている。でも、もし誰かが罪を犯しても、父のもとにわたしたちを弁護してくれる方がいる。正しい方、イエス・キリストだ。
ヨハネ第一2:2 この方こそ、わたしたちの罪を取り除く、その償いそのものだ。しかも、わたしたちの罪だけでなく、世界中すべての人の罪のためでもある。
ヨハネ第一2:12 子どもたちよ。わたしがあなたたちに書くのは、イエスの名によって、あなたたちの罪が赦されたからだ。
ヨハネ第一3:4 罪を犯す人はみな、律法にも背いている。罪とは、律法に背くことだからだ。
ヨハネ第一3:5 あなたたちも知っているとおり、キリストは、わたしたちの罪を取り除くために現れた。そのキリストの中に、罪はまったくない。
ヨハネ第一3:6 キリストの中にとどまっている人はみな、罪を犯し続けることはない。罪を犯し続ける人はみな、キリストを見たこともなく、知ったこともないのだ。
ヨハネ第一3:8 罪を犯し続ける人は、悪魔の側にいる。悪魔は初めからずっと罪を犯しているからだ。神の子が現れたのは、この悪魔のしわざを打ち壊すためだった。
ヨハネ第一3:9 神から生まれた人はみな、罪を犯し続けることはない。神のいのちがその人の中にとどまっているからだ。神から生まれたのだから、その人は罪を犯し続けることができない。
ヨハネ第一4:10 愛とはこういうことだ。わたしたちが神を愛したのではない。神がわたしたちを愛し、その子を送ってくださった。わたしたちの罪を償うためだ。
ヨハネ第一5:16 もし誰かが、自分の兄弟姉妹が罪を犯しているのを見ても、それが死に至る罪でないなら、その人のために願いなさい。そうすれば神は、死に至らない罪を犯しているその人に、命を与えてくださる。死に至る罪もある。それについては、願いなさいとは言わない。
ヨハネ第一5:17 不正はすべて罪だ。でも、死に至らない罪もある。
ヨハネ第一5:18 わたしたちは知っている。神から生まれた人はみな、罪を犯し続けることはない。神から生まれた方がその人を守ってくださり、悪い者は手を触れることができない。
ヨハネの黙示録(3か所)
黙示録1:5 また、忠実な証人であり、死者の中から最初によみがえった方であり、地上の王たちを治める方であるイエス・キリストから、恵みと平安がありますように。キリストはわたしたちを愛し、その血によって、わたしたちを罪から解き放ってくださった。
黙示録18:4 それから、わたしはもう一つの声が天から響くのを聞いた。「わたしの民よ、あの都から出て来なさい。あの都の罪に加わってはいけない。あの都が受ける災いを、いっしょに受けないためだ。
黙示録18:5 あの都の罪は積み重なって天にまで届き、神はその悪い行いを忘れずに覚えておられる。