コリント人への第一の手紙 14章24節(コリント第一14:24)

24 でも、もしみんなが預言よげんしていたら、そこに信しんじていない人ひとや何なんも知しらない人ひとが入はいってきたとき、その人ひとはみんなの言葉ことばによって自分じぶんの罪つみを示しめされ、みんなの言葉ことばによって問とわれることになる。

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この節を含む箇所預言と異言コリント第一14:1-25

前後の聖句(14章22–26節)

22 だから異言いげんは、信しんじている人ひとたちのためではなく、信しんじていない人ひとたちのためのしるしだ。一方いっぽう、預言よげんは、信しんじていない人ひとたちのためではなく、信しんじている人ひとたちのためのものだ。

23 だから、もし教会きょうかい全体ぜんたいが一ひとつの場所ばしょに集あつまって、みんなが異言いげんで話はなしていたら、そこに何なんも知しらない人ひとや信しんじていない人ひとが入はいってきたとき、彼かれらは「あなたたちは気きが変へんになっている」と言いうのではないだろうか。

24 でも、もしみんなが預言よげんしていたら、そこに信しんじていない人ひとや何なんも知しらない人ひとが入はいってきたとき、その人ひとはみんなの言葉ことばによって自分じぶんの罪つみを示しめされ、みんなの言葉ことばによって問とわれることになる。

25 その人ひとの心こころの隠かくれた思おもいがあらわになる。そして、その人ひとはひれ伏ふして神かみを礼拝れいはいし、「本当ほんとうに、神かみはあなたたちの中なかにおられる」と告白こくはくするのだ。

26 では、兄弟きょうだい姉妹しまい、どうすればいいのだろう。あなたがたが集あつまるとき、ある人ひとは賛美さんびの歌うたを、ある人ひとは教おしえを、ある人ひとは神かみからの示ししめしを、ある人ひとは異言いげんを、ある人ひとはその解とき明あかしを持もっている。そのすべてを、たがいの成長せいちょうのために用もちいなさい。

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