「目」(め)が出てくる聖書の箇所

「目」(め)は口語訳の743か所(旧約603・新約140)に出てきます。「目する」「眼」も含みます。日常訳第1版では938か所。

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743か所を200か所ずつ4ページに分けています(4ページ目)。

ゼカリヤ書(14か所)

ゼカリヤ書14:12 エルサレムを攻撃こうげきしたもろもろの民たみを、主しゅは災わざわいをもって撃うたれる。すなわち彼かれらはなお足あしで立たっているうちに、その肉にくは腐くされ、目めはその穴あなの中なかで腐くされ、舌したはその口くちの中なかで腐くされる。

マラキ書(2か所)

マラキ書1:5 あなたがたの目めはこれを見みて、「主しゅはイスラエルの境さかいを越こえて大おおいなる神かみである」と言ゆうであろう。

マラキ書2:17 あなたがたは言葉ことばをもって主しゅを煩わずらわした。しかしあなたがたは言いう、「われわれはどんなふうに、彼かれを煩わずらわしたか」。それはあなたがたが「すべて悪わるを行おこなう者ものは主しゅの目めに良よく見みえ、かつ彼かれに喜よろこばれる」と言いいい、また「さばきを行おこなう神かみはどこにあるか」と言ゆうからである。

マタイによる福音書(25か所)

マタイ5:29 もしあなたの右みぎの目めが罪つみを犯おかさせるなら、それを抜ぬき出だして捨すてなさい。五体ごたいの一部いちぶを失うしなっても、全身ぜんしんが地獄じごくに投なげ入いれられない方ほうが、あなたにとって益えきである。

マタイ5:38 『目めには目めを、歯はには歯はを』と言いわれていたことは、あなたがたの聞きいているところである。

マタイ6:22 目めはからだのあかりである。だから、あなたの目めが澄すんでおれば、全身ぜんしんも明あかるいだろう。

マタイ6:23 しかし、あなたの目めが悪わるければ、全身ぜんしんも暗くらいだろう。だから、もしあなたの内うちなる光ひかりが暗くらければ、その暗くらさは、どんなであろう。

マタイ7:3 なぜ、兄弟きょうだいの目めにあるちりを見みながら、自分じぶんの目めにある梁はりを認みとめないのか。

マタイ7:4 自分じぶんの目めには梁りょうがあるのに、どうして兄弟きょうだいにむかって、あなたの目めからちりを取とらせてください、と言いえようか。

マタイ7:5 偽善ぎぜん者しゃよ、まず自分じぶんの目めから梁はりを取とりのけるがよい。そうすれば、はっきり見みえるようになって、兄弟きょうだいの目めからちりを取とりのけることができるだろう。

マタイ9:29 そこで、イエスは彼かれらの目めにさわって言いわれた、「あなたがたの信仰しんこうどおり、あなたがたの身みになるように」。

マタイ9:30 すると彼かれらの目めが開ひらかれた。イエスは彼かれらをきびしく戒いましめて言いわれた、「だれにも知しれないように気きをつけなさい」。

マタイ12:22 そのとき、人々ひとびとが悪霊あくりょうにつかれた盲人もうじんのおしを連つれてきたので、イエスは彼かれをいやして、物ものを言いいい、また目めが見みえるようにされた。

マタイ13:15 この民たみの心こころは鈍にぶくなり、その耳みみは聞きこえにくく、その目めは閉とじている。それは、彼かれらが目めで見みず、耳みみで聞きかず、心こころで悟さとらず、悔くい改あらためていやされることがないためである』。

マタイ13:16 しかし、あなたがたの目めは見みており、耳みみは聞きいているから、さいわいである。

マタイ17:2 ところが、彼かれらの目めの前まえでイエスの姿すがたが変かわり、その顔かおは日ひのように輝かがやき、その衣ころもは光ひかりのように白しろくなった。

マタイ17:8 彼かれらが目めをあげると、イエスのほかには、だれも見みえなかった。

マタイ20:33 彼かれらは言いった、「主しゅよ、目めをあけていただくことです」。

マタイ20:34 イエスは深ふかくあわれんで、彼かれらの目めにさわられた。すると彼かれらは、たちまち見みえるようになり、イエスに従したがって行いった。

マタイ21:42 イエスは彼かれらに言いわれた、「あなたがたは、聖書せいしょでまだ読よんだことがないのか、『家造いえづくりらの捨すてた石いしが隅すみのかしら石いしになった。これは主しゅがなされたことで、わたしたちの目めには不思議ふしぎに見みえる』。

マタイ24:42 だから、目めをさましていなさい。いつの日ひにあなたがたの主しゅがこられるのか、あなたがたには、わからないからである。

マタイ24:43 このことをわきまえているがよい。家いえの主人しゅじんは、盗賊とうぞくがいつごろ来くるかわかっているなら、目めをさましていて、自分じぶんの家いえに押おし入いることを許ゆるさないであろう。

マタイ24:51 彼かれを厳罰げんばつに処ししょし、偽善ぎぜん者しゃたちと同おなじ目めにあわせるであろう。彼かれはそこで泣なき叫さけんだり、歯はがみをしたりするであろう。

マタイ25:13 だから、目めをさましていなさい。その日ひその時ときが、あなたがたにはわからないからである。

マタイ26:38 そのとき、彼かれらに言いわれた、「わたしは悲かなしみのあまり死しぬほどである。ここに待まっていて、わたしと一緒いっしょに目めをさましていなさい」。

マタイ26:40 それから、弟子でしたちの所ところにきてごらんになると、彼かれらが眠ねむっていたので、ペテロに言いわれた、「あなたがたはそんなに、ひと時ときもわたしと一緒いっしょに目めをさましていることが、できなかったのか。

マタイ26:41 誘惑ゆうわくに陥おちいらないように、目めをさまして祈いのっていなさい。心こころは熱ねっしているが、肉体にくたいが弱よわいのである」。

マタイ26:43 またきてごらんになると、彼かれらはまた眠ねむっていた。その目めが重おもくなっていたのである。

マルコによる福音書(15か所)

マルコ8:18 目めがあっても見みえないのか。耳みみがあっても聞きこえないのか。まだ思おもい出ださないのか。

マルコ8:23 イエスはこの盲人もうじんの手てをとって、村むらの外そとに連つれ出だし、その両方りょうほうの目めにつばきをつけ、両手りょうてを彼かれに当あてて、「何なんか見みえるか」と尋たずねられた。

マルコ8:25 それから、イエスが再ふたたび目めの上うえに両手りょうてを当あてられると、盲人もうじんは見みつめているうちに、なおってきて、すべてのものがはっきりと見みえだした。

マルコ9:2 六むい日かの後あと、イエスは、ただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連つれて、高たかい山やまに登のぼられた。ところが、彼かれらの目めの前まえでイエスの姿すがたが変かわり、

マルコ10:21 イエスは彼かれに目めをとめ、いつくしんで言いわれた、「あなたに足たりないことが一ひとつある。帰かえって、持もっているものをみな売うり払はらって、貧まずしい人々ひとびとに施ほどこしなさい。そうすれば、天てんに宝たからを持もつようになろう。そして、わたしに従したがってきなさい」。

マルコ12:11 これは主しゅがなされたことで、わたしたちの目めには不思議ふしぎに見みえる』」。

マルコ13:33 気きをつけて、目めをさましていなさい。その時ときがいつであるか、あなたがたにはわからないからである。

マルコ13:34 それはちょうど、旅たびに立たつ人ひとが家いえを出でるに当あたり、その僕ぼくたちに、それぞれ仕事しごとを割わり当あてて責任せきにんをもたせ、門番もんばんには目めをさましておれと、命めいじるようなものである。

マルコ13:35 だから、目めをさましていなさい。いつ、家いえの主人しゅじんが帰かえって来くるのか、夕方ゆうがたか、夜中よなかか、にわとりの鳴なくころか、明あけ方がたか、わからないからである。

マルコ13:37 目めをさましていなさい。わたしがあなたがたに言いうこの言葉ことばは、すべての人々ひとびとに言いうのである」。

マルコ14:34 「わたしは悲かなしみのあまり死しぬほどである。ここに待まっていて、目めをさましていなさい」。

マルコ14:37 それから、きてごらんになると、弟子でしたちが眠ねむっていたので、ペテロに言いわれた、「シモンよ、眠ねむっているのか、ひと時ときも目めをさましていることができなかったのか。

マルコ14:38 誘惑ゆうわくに陥おちいらないように、目めをさまして祈いのっていなさい。心こころは熱ねっしているが、肉体にくたいが弱よわいのである」。

マルコ14:40 またきてごらんになると、彼かれらはまだ眠ねむっていた。その目めが重おもくなっていたのである。そして、彼かれらはどうお答こたえしてよいか、わからなかった。

マルコ16:4 ところが、目めをあげて見みると、石いしはすでにころがしてあった。この石いしは非常ひじょうに大おおきかった。

ルカによる福音書(19か所)

ルカ2:30 わたしの目めが今いまあなたの救すくいを見みたのですから。

ルカ4:18 「主しゅの御ご霊れいがわたしに宿やどっている。貧まずしい人々ひとびとに福音ふくいんを宣のべ伝つたえさせるために、わたしを聖別せいべつしてくださったからである。主しゅはわたしをつかわして、囚人しゅうじんが解放かいほうされ、盲人もうじんの目めが開ひらかれることを告つげ知しらせ、打うちひしがれている者ものに自由じゆうを得えさせ、

ルカ4:20 イエスは聖書せいしょを巻まいて係かかりの者ものに返かえし、席せきに着つかれると、会堂かいどうにいるみんなの者ものの目めがイエスに注そそがれた。

ルカ6:20 そのとき、イエスは目めをあげ、弟子でしたちを見みて言いわれた、「あなたがた貧まずしい人ひとたちは、さいわいだ。神かみの国くにはあなたがたのものである。

ルカ6:41 なぜ、兄弟きょうだいの目めにあるちりを見みながら、自分じぶんの目めにある梁はりを認みとめないのか。

ルカ6:42 自分じぶんの目めにある梁はりは見みないでいて、どうして兄弟きょうだいにむかって、兄弟きょうだいよ、あなたの目めにあるちりを取とらせてください、と言いえようか。偽善ぎぜん者しゃよ、まず自分じぶんの目めから梁はりを取とりのけるがよい、そうすれば、はっきり見みえるようになって、兄弟きょうだいの目めにあるちりを取とりのけることができるだろう。

ルカ8:20 それで、だれかが「あなたの母はは上うえと兄弟きょうだいがたが、お目めにかかろうと思おもって、外そとに立たっておられます」と取次とりついだ。

ルカ9:32 ペテロとその仲間なかまの者ものたちとは熟睡じゅくすいしていたが、目めをさますと、イエスの栄光えいこうの姿すがたと、共ともに立たっているふたりの人ひととを見みた。

ルカ10:23 それから弟子でしたちの方ほうに振ふりむいて、ひそかに言いわれた、「あなたがたが見みていることを見みる目めは、さいわいである。

ルカ11:34 あなたの目めは、からだのあかりである。あなたの目めが澄すんでおれば、全身ぜんしんも明あかるいが、目めがわるければ、からだも暗くらい。

ルカ12:37 主人しゅじんが帰かえってきたとき、目めを覚さましているのを見みられる僕ぼくたちは、さいわいである。よく言いっておく。主人しゅじんが帯おびをしめて僕ぼくたちを食卓しょくたくにつかせ、進すすみ寄よって給仕きゅうじをしてくれるであろう。

ルカ12:46 その僕ぼくの主人しゅじんは思おもいがけない日ひ、気きがつかない時ときに帰かえって来くるであろう。そして、彼かれを厳罰げんばつに処ししょして、不ふ忠実ちゅうじつなものたちと同おなじ目めにあわせるであろう。

ルカ16:23 そして黄泉こうせんにいて苦くるしみながら、目めをあげると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見みえた。

ルカ18:13 ところが、取とり税ぜい人にんは遠とおく離はなれて立たち、目めを天てんにむけようともしないで、胸むねを打うちながら言いった、『神かみ様さま、罪人ざいにんのわたしをおゆるしください』と。

ルカ19:42 「もしおまえも、この日ひに、平和へいわをもたらす道みちを知しってさえいたら……しかし、それは今いまおまえの目めに隠かくされている。

ルカ21:1 イエスは目めをあげて、金持かねもちたちがさいせん箱ばこに献金けんきんを投なげ入いれるのを見みられ、

ルカ21:36 これらの起おころうとしているすべての事ことからのがれて、人ひとの子この前まえに立たつことができるように、絶たえず目めをさまして祈いのっていなさい」。

ルカ24:16 しかし、彼かれらの目めがさえぎられて、イエスを認みとめることができなかった。

ルカ24:31 彼かれらの目めが開あけて、それがイエスであることがわかった。すると、み姿すがたが見みえなくなった。

ヨハネによる福音書(23か所)

ヨハネ1:36 イエスが歩あるいておられるのに目めをとめて言いった、「見みよ、神かみの小羊こひつじ」。

ヨハネ1:42 そしてシモンをイエスのもとにつれてきた。イエスは彼かれに目めをとめて言いわれた、「あなたはヨハネの子こシモンである。あなたをケパ(訳やくせば、ペテロ)と呼よぶことにする」。

ヨハネ4:35 あなたがたは、刈入かりいれ時ときが来くるまでには、まだ四よんか月げつあると、言いっているではないか。しかし、わたしはあなたがたに言ゆう。目めをあげて畑はたけを見みなさい。はや色いろづいて刈入かりいれを待まっている。

ヨハネ6:5 イエスは目めをあげ、大おおぜいの群衆ぐんしゅうが自分じぶんの方ほうに集あつまって来くるのを見みて、ピリポに言いわれた、「どこからパンを買かってきて、この人々ひとびとに食たべさせようか」。

ヨハネ9:6 イエスはそう言いって、地ちにつばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人もうじんの目めに塗ぬって言いわれた、

ヨハネ9:10 そこで人々ひとびとは彼かれに言いった、「では、おまえの目めはどうしてあいたのか」。

ヨハネ9:11 彼かれは答こたえた、「イエスというかたが、どろをつくって、わたしの目めに塗ぬり、『シロアムに行いって洗あらえ』と言いわれました。それで、行いって洗あらうと、見みえるようになりました」。

ヨハネ9:14 イエスがどろをつくって彼かれの目めをあけたのは、安息あんそく日ひであった。

ヨハネ9:15 パリサイ人にんたちもまた、「どうして見みえるようになったのか」、と彼かれに尋たずねた。彼かれは答こたえた、「あのかたがわたしの目めにどろを塗ぬり、わたしがそれを洗あらい、そして見みえるようになりました」。

ヨハネ9:17 そこで彼かれらは、もう一いち度どこの盲人もうじんに聞きいた、「おまえの目めをあけてくれたその人ひとを、どう思おもうか」。「預言よげん者しゃだと思おもいます」と彼かれは言いった。

ヨハネ9:18 ユダヤ人にんたちは、彼かれがもと盲人もうじんであったが見みえるようになったことを、まだ信しんじなかった。ついに彼かれらは、目めが見みえるようになったこの人ひとの両親りょうしんを呼よんで、

ヨハネ9:21 しかし、どうしていま見みえるようになったのか、それは知しりません。また、だれがその目めをあけて下くださったのかも知しりません。あれに聞きいて下ください。あれはもうおとなですから、自分じぶんのことは自分じぶんで話はなせるでしょう」。

ヨハネ9:26 そこで彼かれらは言いった、「その人ひとはおまえに何なんをしたのか。どんなにしておまえの目めをあけたのか」。

ヨハネ9:30 そこで彼かれが答こたえて言いった、「わたしの目めをあけて下くださったのに、そのかたがどこからきたか、ご存ぞんじないとは、不思議ふしぎ千万せんばんです。

ヨハネ9:32 生うまれつき盲もうであった者ものの目めをあけた人ひとがあるということは、世界せかいが始はじまって以来いらい、聞きいたことがありません。

ヨハネ10:21 他ほかの人々ひとびとは言いった、「それは悪霊あくりょうに取とりつかれた者ものの言葉ことばではない。悪霊あくりょうは盲人もうじんの目めをあけることができようか」。

ヨハネ11:32 マリヤは、イエスのおられる所ところに行いってお目めにかかり、その足あしもとにひれ伏ふして言いった、「主しゅよ、もしあなたがここにいて下くださったなら、わたしの兄弟きょうだいは死しななかったでしょう」。

ヨハネ11:37 しかし、彼かれらのある人ひとたちは言いった、「あの盲人もうじんの目めをあけたこの人ひとでも、ラザロを死しなせないようには、できなかったのか」。

ヨハネ11:41 人々ひとびとは石いしを取とりのけた。すると、イエスは目めを天てんにむけて言いわれた、「父ちちよ、わたしの願ねがいをお聞ききき下くださったことを感謝かんしゃします。

ヨハネ12:21 彼かれらはガリラヤのベツサイダ出でであるピリポのところにきて、「君きみよ、イエスにお目めにかかりたいのですが」と言いって頼たのんだ。

ヨハネ12:40 「神かみは彼かれらの目めをくらまし、心こころをかたくなになさった。それは、彼かれらが目めで見みず、心こころで悟さとらず、悔くい改あらためていやされることがないためである」。

ヨハネ16:8 それがきたら、罪つみと義ぎとさばきとについて、世よの人ひとの目めを開ひらくであろう。

ヨハネ20:25 ほかの弟子でしたちが、彼かれに「わたしたちは主しゅにお目めにかかった」と言ゆうと、トマスは彼かれらに言いった、「わたしは、その手てに釘くぎあとを見み、わたしの指ゆびをその釘くぎあとにさし入いれ、また、わたしの手てをそのわきにさし入いれてみなければ、決けっして信しんじない」。

使徒行伝(14か所)

使徒2:25 ダビデはイエスについてこう言いっている、『わたしは常つねに目めの前まえに主しゅを見みた。主しゅは、わたしが動うごかされないため、わたしの右みぎにいて下くださるからである。

使徒4:29 主しゅよ、いま、彼かれらの脅迫きょうはくに目めをとめ、僕ぼくたちに、思おもい切きって大胆だいたんに御お言葉ことばを語かたらせて下ください。

使徒6:15 議会ぎかいで席せきについていた人ひとたちは皆みな、ステパノに目めを注そそいだが、彼かれの顔かおは、ちょうど天使てんしの顔かおのように見みえた。

使徒9:8 サウロは地ちから起おき上あがって目めを開ひらいてみたが、何なんも見みえなかった。そこで人々ひとびとは、彼かれの手てを引ひいてダマスコへ連つれて行いった。

使徒9:9 彼かれは三みっ日間かかん、目めが見みえず、また食たべることも飲のむこともしなかった。

使徒9:18 するとたちどころに、サウロの目めから、うろこのようなものが落おちて、元もとどおり見みえるようになった。そこで彼かれは立たってバプテスマを受うけ、

使徒9:40 ペテロはみんなの者ものを外そとに出だし、ひざまずいて祈いのった。それから死体したいの方ほうに向むいて、「タビタよ、起おきなさい」と言いった。すると彼女かのじょは目めをあけ、ペテロを見みて起おきなおった。

使徒16:27 獄吏ごくりは目めをさまし、獄ごくの戸とが開ひらいてしまっているのを見みて、囚人しゅうじんたちが逃にげ出だしたものと思おもい、つるぎを抜ぬいて自殺じさつしかけた。

使徒20:31 だから、目めをさましていなさい。そして、わたしが三さん年ねんの間あいだ、夜よるも昼ひるも涙なみだをもって、あなたがたひとりびとりを絶たえずさとしてきたことを、忘わすれないでほしい。

使徒22:11 わたしは、光ひかりの輝かがやきで目めがくらみ、何なんも見みえなくなっていたので、連つれの者ものたちに手てを引ひかれながら、ダマスコに行いった。

使徒22:13 わたしのところにきて、そばに立たち、『兄弟きょうだいサウロよ、見みえるようになりなさい』と言いった。するとその瞬間しゅんかんに、わたしの目めが開ひらいて、彼かれの姿すがたが見みえた。

使徒26:18 それは、彼かれらの目めを開ひらき、彼かれらをやみから光ひかりへ、悪魔あくまの支配しはいから神かみのみもとへ帰かえらせ、また、彼かれらが罪つみのゆるしを得え、わたしを信しんじる信仰しんこうによって、聖別せいべつされた人々ひとびとに加くわわるためである』。

使徒28:13 そこから進すすんでレギオンに行いった。それから一日ついたちおいて、南風はえが吹ふいてきたのに乗じじょうじ、ふつか目めにポテオリに着ついた。

使徒28:27 この民たみの心こころは鈍にぶくなり、その耳みみは聞きこえにくく、その目めは閉とじている。それは、彼かれらが目めで見みず、耳みみで聞きかず、心こころで悟さとらず、悔くい改あらためていやされることがないためである』。

ローマ人への手紙(4か所)

ローマ3:18 彼かれらの目めの前まえには、神かみに対たいする恐おそれがない」。

ローマ8:24 わたしたちは、この望のぞみによって救すくわれているのである。しかし、目めに見みえる望のぞみは望のぞみではない。なぜなら、現げんに見みている事ことを、どうして、なお望のぞむ人ひとがあろうか。

ローマ11:8 「神かみは、彼かれらに鈍にぶい心こころと、見みえない目めと、聞きこえない耳みみとを与あたえて、きょう、この日ひに及およんでいる」と書かいてあるとおりである。

ローマ11:10 彼かれらの目めは、くらんで見みえなくなれ、彼かれらの背せは、いつまでも曲まがっておれ」。

コリント人への第一の手紙(5か所)

コリント第一2:9 しかし、聖書せいしょに書かいてあるとおり、「目めがまだ見みず、耳みみがまだ聞きかず、人ひとの心こころに思おもい浮うかびもしなかったことを、神かみは、ご自分じぶんを愛あいする者ものたちのために備そなえられた」のである。

コリント第一12:16 また、もし耳みみが、わたしは目めではないから、からだに属ぞくしていないと言いっても、それで、からだに属ぞくさないわけではない。

コリント第一12:17 もしからだ全体ぜんたいが目めだとすれば、どこで聞きくのか。もし、からだ全体ぜんたいが耳みみだとすれば、どこでかぐのか。

コリント第一12:21 目めは手てにむかって、「おまえはいらない」とは言いえず、また頭あたまは足あしにむかって、「おまえはいらない」とも言いえない。

コリント第一16:13 目めをさましていなさい。信仰しんこうに立たちなさい。男おとこらしく、強つよくあってほしい。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二4:18 わたしたちは、見みえるものにではなく、見みえないものに目めを注そそぐ。見みえるものは一時いちじ的てきであり、見みえないものは永遠えいえんにつづくのである。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ3:1 ああ、物ものわかりのわるいガラテヤ人にんよ。十字じゅうじ架かにつけられたイエス・キリストが、あなたがたの目めの前まえに描えがき出だされたのに、いったい、だれがあなたがたを惑まどわしたのか。

ガラテヤ4:15 その時ときのあなたがたの感激かんげきは、今いまどこにあるのか。はっきり言ゆうが、あなたがたは、できることなら、自分じぶんの目めをえぐり出だしてでも、わたしにくれたかったのだ。

エペソ人への手紙(2か所)

エペソ1:18 あなたがたの心こころの目めを明あきらかにして下くださるように、そして、あなたがたが神かみに召めされていだいている望のぞみがどんなものであるか、聖徒せいとたちがつぐべき神かみの国くにがいかに栄光えいこうに富とんだものであるか、

エペソ6:18 絶たえず祈いのりと願ねがいをし、どんな時ときでも御ご霊れいによって祈いのり、そのために目めをさましてうむことがなく、すべての聖徒せいとのために祈いのりつづけなさい。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ3:17 兄弟きょうだいたちよ。どうか、わたしにならう者ものとなってほしい。また、あなたがたの模範もはんにされているわたしたちにならって歩あるく人ひとたちに、目めをとめなさい。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ4:2 目めをさまして、感謝かんしゃのうちに祈いのり、ひたすら祈いのり続つづけなさい。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一5:6 だから、ほかの人々ひとびとのように眠ねむっていないで、目めをさまして慎つつしんでいよう。

ヘブル人への手紙(4か所)

ヘブル4:13 そして、神かみのみまえには、あらわでない被ひ造物ぞうぶつはひとつもなく、すべてのものは、神かみの目めには裸はだかであり、あらわにされているのである。この神かみに対たいして、わたしたちは言い開きいいひらきをしなくてはならない。

ヘブル10:33 そしられ苦くるしめられて見みせ物ものにされたこともあれば、このようなめに会あった人々ひとびとの仲間なかまにされたこともあった。

ヘブル11:36 なおほかの者ものたちは、あざけられ、むち打うたれ、しばり上あげられ、投獄とうごくされるほどのめに会あった。

ヘブル13:17 あなたがたの指導しどう者しゃたちの言いうことを聞ききいれて、従したがいなさい。彼かれらは、神かみに言いいいひらきをすべき者ものとして、あなたがたのたましいのために、目めをさましている。彼かれらが嘆なげかないで、喜よろこんでこのことをするようにしなさい。そうでないと、あなたがたの益えきにならない。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一3:12 主しゅの目めは義人ぎじんたちに注そそがれ、主しゅの耳みみは彼かれらの祈いのりにかたむく。しかし主しゅの御お顔かおは、悪あくを行おこなう者ものに対たいして向むかう」。

ペテロ第一5:8 身みを慎つつしみ、目めをさましていなさい。あなたがたの敵てきである悪魔あくまが、ほえたけるししのように、食くいつくすべきものを求もとめて歩あるき回まわっている。

ペテロの第二の手紙(2か所)

ペテロ第二1:19 こうして、預言よげんの言葉ことばは、わたしたちにいっそう確実かくじつなものになった。あなたがたも、夜よるが明あけ、明星みょうじょうがのぼって、あなたがたの心こころの中なかを照てらしすまで、この預言よげんの言葉ことばを暗くらやみに輝かがやくともしびとして、それに目めをとめているがよい。

ペテロ第二2:14 その目めは淫行いんこうを追おい、罪つみを犯おかして飽あくことを知しらない。彼かれらは心こころの定さだまらない者ものを誘惑ゆうわくし、その心こころは貪欲どんよくに慣なれ、のろいの子ことなっている。

ヨハネの第一の手紙(4か所)

ヨハネ第一1:1 初はじめからあったもの、わたしたちが聞きいたもの、目めで見みたもの、よく見みて手てでさわったもの、すなわち、いのちの言げんについて――

ヨハネ第一2:11 兄弟きょうだいを憎にくむ者ものは、やみの中なかにおり、やみの中なかを歩あるくのであって、自分じぶんではどこへ行いくのかわからない。やみが彼かれの目めを見みえなくしたからである。

ヨハネ第一2:16 すべて世よにあるもの、すなわち、肉にくの欲よく、目めの欲よく、持もち物ものの誇ほこりは、父ちちから出でたものではなく、世よから出でたものである。

ヨハネ第一4:20 「神かみを愛あいしている」と言いいいながら兄弟きょうだいを憎にくむ者ものは、偽いつわり者しゃである。現げんに見みている兄弟きょうだいを愛あいさない者ものは、目めに見みえない神かみを愛あいすることはできない。

ヨハネの黙示録(15か所)

黙示録1:7 見みよ、彼かれは、雲くもに乗のってこられる。すべての人ひとの目め、ことに、彼かれを刺さしとおした者ものたちは、彼かれを仰あおぎ見みるであろう。また地上ちじょうの諸族しょぞくはみな、彼かれのゆえに胸むねを打うって嘆なげくであろう。しかり、アァメン。

黙示録1:12 そこでわたしは、わたしに呼よびかけたその声こえを見みようとしてふりむいた。ふりむくと、七ななつの金かねの燭台しょくだいが目めについた。

黙示録1:14 そのかしらと髪かみの毛けとは、雪ゆきのように白しろい羊毛ようもうに似にて真白まっしろであり、目めは燃もえる炎ほのおのようであった。

黙示録2:18 テアテラにある教会きょうかいの御ご使しに、こう書かきおくりなさい。『燃もえる炎ほのおのような目めと光ひかり輝かがやくしんちゅうのような足あしとを持もった神かみの子こが、次つぎのように言いわれる。

黙示録3:2 目めをさましていて、死しにかけている残のこりの者ものたちを力ちからづけなさい。わたしは、あなたのわざが、わたしの神かみのみまえに完全かんぜんであるとは見みていない。

黙示録3:3 だから、あなたが、どのようにして受うけたか、また聞きいたかを思おもい起おこして、それを守まもりとおし、かつ悔くい改あらためなさい。もし目めをさましていないなら、わたしは盗人ぬすびとのように来くるであろう。どんな時ときにあなたのところに来くるか、あなたには決けっしてわからない。

黙示録3:17 あなたは、自分じぶんは富とんでいる、豊ゆたかになった、なんの不ふ自由じゆうもないと言いっているが、実じつは、あなた自身じしんがみじめな者もの、あわれむべき者もの、貧まずしい者もの、目めの見みえない者もの、裸はだかな者ものであることに気きがついていない。

黙示録3:18 そこで、あなたに勧すすめる。富とむ者ものとなるために、わたしから火ひで精錬せいれんされた金かねを買かい、また、あなたの裸はだかの恥はじをさらさないため身みに着つけるように、白しろい衣ころもを買かいなさい。また、見みえるようになるため、目めにぬる目薬めぐすりを買かいなさい。

黙示録4:6 御座ぎょざの前まえは、水晶すいしょうに似にたガラスの海うみのようであった。御座ぎょざのそば近ちかくそのまわりには、四よんつの生いき物ものがいたが、その前まえにも後あとにも、一面いちめんに目めがついていた。

黙示録4:8 この四よんつの生いき物ものには、それぞれ六むいつの翼つばさがあり、その翼つばさのまわりも内側うちがわも目めで満みちていた。そして、昼ひるも夜よるも、絶たえ間まなくこう叫さけびつづけていた、「聖せいなるかな、聖せいなるかな、聖せいなるかな、全能ぜんのう者しゃにして主しゅなる神かみ。昔むかしいまし、今いまいまし、やがてきたるべき者もの」。

黙示録5:6 わたしはまた、御座ぎょざと四よんつの生いき物ものとの間あいだ、長老ちょうろうたちの間あいだに、ほふられたとみえる小羊こひつじが立たっているのを見みた。それに七ななつの角かどと七ななつの目めとがあった。これらの目めは、全ぜん世界せかいにつかわされた、神かみの七ななつの霊れいである。

黙示録7:17 御座ぎょざの正面しょうめんにいます小羊こひつじは彼かれらの牧者ぼくしゃとなって、いのちの水みずの泉いずみに導みちびいて下くださるであろう。また神かみは、彼かれらの目めから涙なみだをことごとくぬぐいとって下くださるであろう」。

黙示録16:15 (見みよ、わたしは盗人ぬすびとのように来くる。裸はだかのままで歩あるかないように、また、裸はだかの恥はじを見みられないように、目めをさまし着物きものを身みに着つけている者ものは、さいわいである。)

黙示録19:12 その目めは燃もえる炎ほのおであり、その頭あたまには多おおくの冠かんむりがあった。また、彼かれ以外いがいにはだれも知しらない名ながその身みにしるされていた。

黙示録21:4 人ひとの目めから涙なみだを全まったくぬぐいとって下くださる。もはや、死しもなく、悲かなしみも、叫さけびも、痛いたみもない。先さきのものが、すでに過すぎ去さったからである」。

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