「分かる」(わかる)が出てくる聖書の箇所

「分かる」(わかる)は日常訳第1版の400か所(旧約215・新約185)に出てきます。「わかる」「分る」も含みます。口語訳では153か所。

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400か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

エゼキエル書(4か所)

エゼキエル書3:5 あなたが送おくられるのは、聞ききき慣なれない言葉ことばや、分わかりにくい言語げんごを話はなす民たみのところではない。イスラエルの家いえのところだ。

エゼキエル書3:6 聞ききき慣なれない言葉ことばや、分わかりにくい言語げんごを話はなす、あなたには言葉ことばの通つうじない多おおくの民たみのところへ送おくるのではない。もしそういう民たみのところへ送おくったなら、彼かれらはきっとあなたの言いうことを聞きいただろう。

エゼキエル書10:20 これは、わたしが以前いぜんケバル川かわのほとりで、イスラエルの神かみの下したに見みた、あの生いき物ものだった。わたしは、それがケルビムだと分わかった。

エゼキエル書17:12 この反逆はんぎゃくの家いえに言いえ。これが何なんを意味いみするか、あなたがたは分わからないのか。言いえ。見みよ、バビロンの王おうがエルサレムに攻せめて来きて、その王おうと高官こうかんたちを捕とらえ、自分じぶんのところ、バビロンへ連つれて行いった。

ダニエル書(7か所)

ダニエル書2:8 王おうは答こたえた。「お前まえたちが時間じかんかせぎをしているのは、よく分わかっている。わたしの決きめたことが変かわらないと、見みて取とったからだ。

ダニエル書2:9 もしその夢ゆめをわたしに教おしえられないなら、お前まえたちへの裁さばきはただ一ひとつだ。お前まえたちは、時ときが変かわるのを待まとうと、示し合わせしめしあわせて偽いつわりのでたらめをわたしの前まえで口くちにするつもりなのだ。だから、その夢ゆめを言いってみよ。そうすれば、お前まえたちがその意味いみも解とき明あかせると分わかる。」

ダニエル書5:9 これを見みて、ベルシャツァル王おうはますますおびえ、顔色かおいろは変かわり果はてた。高官こうかんたちも、どうしてよいかわからず取とり乱みだした。

ダニエル書5:11 この国くにには、聖せいなる神々かみがみの霊れいが宿やどっている人ひとがいます。あなたの父ちち上じょうの時代じだいに、その人ひとのうちに、神々かみがみの知恵ちえのような光ひかりと洞察どうさつと知恵ちえがあることがわかりました。父ちち上うえであるネブカドネツァル王おうは、その人ひとを、魔術まじゅつ師し・まじない師し・カルデアの占星せんせい術師じゅつし・占うらない師したちの長ちょうに任命にんめいなさいました。

ダニエル書5:27 テケル——あなたは秤はかりにかけられ、目方めかたが足たりないとわかった。

ダニエル書10:20 すると、その方かたは言いった。「わたしが何なんのためにあなたのところへ来きたか、分わかっているか。わたしは今いまから戻もどって、ペルシアを治おさめる者ものと戦たたかう。わたしが出でていくと、次つぎはギリシアを治おさめる者ものがやって来くる。

ダニエル書12:8 わたしはそれを聞きいたが、意味いみが分わからなかった。それで尋たずねた。「わたしの主しゅよ、これらのことの行いき着つく先さきは、どうなるのですか。」

ヨナ書(1か所)

ヨナ書1:12 ヨナは答こたえた。「わたしを持もち上あげて、海うみに投なげ込こんでくれ。そうすれば、海うみは静しずまるはずだ。この大おおあらしがあなたたちを襲おそっているのは、わたしのせいだと分わかっているから。」

ナホム書(1か所)

ナホム書3:17 お前まえの見張みはりたちはいなごのようで、役人やくにんたちはバッタの群むれのようだ。寒さむい日ひには石垣いしがきにとまっているが、日ひが昇のぼると飛とび去さり、どこへ行いったのか、その居い場所ばしょさえだれも分わからない。

ゼカリヤ書(2か所)

ゼカリヤ書4:5 すると、わたしと話はなしていた天使てんしは答こたえた。「これが何なんか、あなたにはわからないのか。」わたしは言いった。「いいえ、ご主人しゅじん様さま、わかりません。」

ゼカリヤ書4:13 彼かれはわたしに言いった。「これが何なんか、あなたにはわからないのか。」わたしは答こたえた。「わかりません、ご主人しゅじん様さま。」

マタイによる福音書(22か所)

マタイ1:18 イエス・キリストの誕生たんじょうは、こうして起おこった。母ははマリアはヨセフと婚約こんやくしていた。でも、二人ふたりがまだ一緒いっしょに暮くらし始はじめる前まえに、聖霊せいれいの働はたらきによって子こを宿やどしていることがわかった。

マタイ12:7 『わたしが求もとめるのは、いけにえではなく、あわれみだ』という言葉ことばの意味いみを、もし分わかっていたなら、あなたたちは罪つみのない人ひとたちを責せめたりしなかっただろう。

マタイ12:33 木きを良よいものとすれば、その実みも良よくなる。木きを悪わるいものとすれば、その実みも悪わるくなる。木きのよしあしは、その実みでわかるのだから。

マタイ13:14 こうして、イザヤが語かたった預言よげんが彼かれらの上うえに実現じつげんした。「あなたたちは、聞きくには聞きくが、決けっして理解りかいしない。見みるには見みるが、決けっして分わからない。

マタイ13:19 だれでも御み国くにの言葉ことばを聞きいても、それがわからないと、悪わるい者ものがやってきて、その人ひとの心こころにまかれたものを奪うばい取とってしまう。道みちばたにまかれた種たねとは、こういう人ひとのことだ。

マタイ13:51 あなたたちは、これがみんなわかったか。」彼かれらは「はい」と答こたえた。

マタイ15:16 イエスは言いわれた。「あなたたちも、まだわからないのか。

マタイ15:17 まだ分わからないのか。口くちに入はいるものは、みな腹はらを通とおって、外そとへ出だされるだけだ。

マタイ16:9 まだわからないのか。五いつつのパンを五千ごせん人にんに分わけたとき、パンくずを何なんかご分ぶん回収かいしゅうしたか、覚おぼえていないのか。

マタイ16:11 わたしが言いったのは、パンのことではない。どうしてそれがわからないのか。気きをつけなさい。ファリサイ派はとサドカイ派はのパン種だねに。」

マタイ16:12 そのとき弟子でしたちは、イエスが注意ちゅういしろと言いったのはパンのパン種だねのことではなく、パリサイ派はとサドカイ派はの教おしえのことだったと分わかった。

マタイ17:13 そのとき弟子でしたちは、イエスがバプテスマのヨハネのことを言いっていたのだと分わかった。

マタイ20:22 イエスは答こたえた。「あなたたちは、自分じぶんが何なんを求もとめているのか分わかっていない。わたしがこれから飲のもうとしている杯さかずきを、あなたたちは飲のむことができるか。」彼かれらは「できます」と答こたえた。

マタイ21:27 そこで彼かれらはイエスに、「わたしたちにはわかりません」と答こたえた。するとイエスも言いった。「では、わたしも、何なんの権威けんいによってこれらのことをしているのか、あなたたちには言いわない。」

マタイ24:32 いちじくの木きから、このたとえを学まなんでほしい。枝えだが柔やわらかくなって葉はが出でてくると、夏なつが近ちかいことがわかる。

マタイ24:42 だから、目めを覚さましていなさい。あなたたちの主しゅがいつ来くるのか、あなたたちには分わからないのだから。

マタイ25:13 だから、目めを覚さましていなさい。その日ひ、その時ときがいつなのか、あなたたちにはわからないのだから。

マタイ25:24 そして、一いちタラントを預あずかった者ものも進すすみ出でて言いった。「ご主人しゅじん様さま、あなたが厳きびしい人ひとだということは分わかっていました。種たねをまいていない所ところで刈かり取とり、散ちらしていない所ところからかき集あつめる方かただと。

マタイ26:70 ペテロはみんなの前まえでそれを打うち消けした。「何なんを言いっているのか、わからない」と。

マタイ26:73 しばらくして、そばに立たっていた人ひとたちがペテロに近ちかづいてきて言いった。「確たしかに、あなたも彼かれらの仲間なかまだ。言葉ことばづかいでそれがわかる」

マタイ27:18 ピラトには、人々ひとびとがねたみからイエスを引ひきわたしたことが、よくわかっていたのだ。

マタイ28:5 天使てんしは女おんなたちに言いった。「こわがらなくていい。あなたたちが十字じゅうじ架かにつけられたイエスを探さがしていることは、わたしにはわかっている。

マルコによる福音書(16か所)

マルコ4:12 それは、彼かれらがいくら見みても本当ほんとうには見みえず、いくら聞きいても本当ほんとうには分わからないためだ。彼かれらが立たち返かえって、赦ゆるされることのないようにするためだ。」

マルコ4:13 そしてイエスは言いった。「このたとえが分わからないのか。それでは、どうしてほかのすべてのたとえが分わかるだろうか。

マルコ4:27 そして、夜よるは眠ねむり、朝あさは起おきる。そうしているうちに、種たねは芽めを出だして育そだっていく。でも、その人ひとにはどうしてそうなるのか分わからない。

マルコ6:52 彼かれらはパンの出来事できごとの意味いみがまだ分わかっておらず、心こころがかたくなになっていたのだ。

マルコ7:18 イエスは言いった。「あなたたちも、そんなに分わからないのか。外そとから人ひとの中なかに入はいるものは、その人ひとを汚けがすことができない。それが分わからないのか。

マルコ8:17 それに気きづいたイエスは、彼かれらに言いった。「どうして、パンがないなどと話はなし合あっているのか。まだ分わからないのか。理解りかいできないのか。あなたがたの心こころは、そんなに鈍にぶくなっているのか。

マルコ8:21 するとイエスは言いった。「まだ分わからないのか。」

マルコ9:6 何なんを言いえばいいのか、ペトロにはわからなかった。三さん人にんはすっかりおびえていたのだ。

マルコ9:32 でも弟子でしたちは、この言葉ことばの意味いみが分わからなかった。しかも、こわくて尋たずねることもできなかった。

マルコ10:38 でもイエスは言いった。「あなたたちは、自分じぶんが何なんを求もとめているのか分わかっていない。わたしが飲のむ杯さかずきを、あなたたちは飲のめるのか。わたしが受うけるバプテスマを、あなたたちは受うけられるのか。」

マルコ11:33 そこで彼かれらはイエスに、「わからない」と答こたえた。するとイエスは言いった。「では、わたしも、何なんの権威けんいがあってこんなことをしているのか教おしえない。」

マルコ13:28 いちじくの木きからたとえを学まなびなさい。枝えだが柔やわらかくなって葉はが出ではじめると、夏なつが近ちかいとわかる。

マルコ13:33 気きをつけて、目めを覚さましていなさい。その時ときがいつ来くるのか、あなたたちにはわからないのだから。

マルコ13:35 だから、目めを覚さましていなさい。家いえの主人しゅじんがいつ帰かえってくるのか、あなたたちにはわからない。夕方ゆうがたか、真ま夜中よなかか、鶏にわとりが鳴なくころか、朝あさ早はやくか、それはわからないのだ。

マルコ14:40 そして戻もどって来くると、また弟子でしたちが眠ねむっているのを見みつけた。彼かれらはまぶたが重おもくなっていて、イエスに何なんと答こたえたらいいのか分わからなかった。

マルコ14:68 でもペテロは打うち消けした。「何なんのことか、わたしにはさっぱりわからない。」そして彼かれは入いり口ぐちの方ほうへ出でて行いった。すると、にわとりが鳴ないた。

ルカによる福音書(20か所)

ルカ1:4 あなたが教おしえられた事ことがらが確たしかなものだと、はっきり分わかってもらうためだ。

ルカ1:18 ザカリヤは天使てんしに言いった。「どうして、そんなことがわかるのですか。わたしはもう年老としおいていますし、妻つまも年としをとっているのに。」

ルカ2:50 でも二人ふたりには、イエスの言葉ことばの意味いみがわからなかった。

ルカ6:44 木きはどれも、その実みを見みれば何なんの木きかわかる。とげのある茂しげみからいちじくは採とれないし、いばらからぶどうは採とれない。

ルカ7:39 イエスを招まねいたファリサイ派はの人ひとはこれを見みて、心こころの中なかで思おもった。「この人ひとがもし預言よげん者しゃなら、自分じぶんにさわっているのがどんな女おんなか、分わかるはずだ。この女おんなは罪深つみぶかい者ものなのに。」

ルカ8:46 でもイエスは言いった。「だれかがわたしに触ふれた。力ちからがわたしから出でていったのが分わかったのだ。」

ルカ8:47 女性じょせいは、隠かくしきれないと分わかって、震ふるえながら進すすみ出でた。そしてイエスの前まえにひれ伏ふし、なぜ触ふれたのか、そしてどうやってすぐに治なおったのかを、みんなの前まえで打うち明あけた。

ルカ9:33 二人ふたりがイエスのそばを離はなれようとしたとき、ペテロがイエスに言いった。「先生せんせい、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。だから、小屋こやを三みっつ建たてましょう。あなたに一ひとつ、モーセに一ひとつ、エリヤに一ひとつ。」自分じぶんでも何なんを言いっているのか、わかっていなかった。

ルカ9:45 でも、弟子でしたちにはこの言葉ことばの意味いみが分わからなかった。それは彼かれらに隠かくされていて、理解りかいできないようになっていたのだ。そして、彼かれらはその言葉ことばについてイエスに尋たずねるのを怖こわがった。

ルカ18:34 しかし弟子でしたちには、この話はなしが何なん一ひとつ分わからなかった。その意味いみは彼かれらには隠かくされていて、イエスが何なんを言いっているのか理解りかいできなかったのだ。

ルカ20:7 すると彼かれらは、どこから来きたものか分わからない、と答こたえた。

ルカ20:21 彼かれらはイエスに尋たずねた。「先生せんせい、わたしたちは分わかっています。あなたが語かたり、教おしえることは正ただしく、だれかをえこひいきすることなく、ほんとうのこととして神かみの道みちを教おしえておられることを。

ルカ21:30 芽めが出でれば、あなたたちはそれを見みて、もう夏なつが近ちかいと自分じぶんでわかる。

ルカ22:60 でもペテロは言いった。「何なんを言いっているのか、わたしにはわからない。」そして、彼かれがまだ話はなしているうちに、すぐに鶏にわとりが鳴ないた。

ルカ23:7 そして、イエスがヘロデの管轄かんかつ下かにあると分わかると、ヘロデのところへ送おくった。ヘロデもちょうどそのころ、エルサレムに来きていたのだ。

ルカ23:34 イエスは言いった。「父ちちよ、彼かれらを赦ゆるしてください。自分じぶんたちが何なんをしているのか分わかっていないのです。」人々ひとびとはイエスの服ふくを分わけ合あい、くじを引ひいて取とり合あった。

ルカ24:16 でも二人ふたりの目めはさえぎられていて、それがイエスだとはわからなかった。

ルカ24:25 するとイエスは二人ふたりに言いった。「ああ、わかっていない人ひとたちだ。預言よげん者しゃたちが語かたったことを、なかなか信しんじられずにいるんですね。

ルカ24:31 すると二人ふたりの目めが開ひらかれて、それがイエスだと分わかった。しかしイエスは、その姿すがたが見みえなくなった。

ルカ24:35 二人ふたりも、道みちで起おきたことや、パンを裂さいたときにあの方かたがイエスだと分わかったことを話はなした。

ヨハネによる福音書(41か所)

ヨハネ1:39 イエスは言いった。「来きなさい。そうすればわかる。」そこで二人ふたりはついて行いき、イエスが泊とまっている場所ばしょを見みて、その日ひはいっしょに過すごした。時刻じこくは午後ごご四し時じごろだった。

ヨハネ2:25 イエスには、人ひとについて誰だれかに教おしえてもらう必要ひつようなどなかった。人ひとの心こころの中なかに何なんがあるかを、自分じぶんでわかっていたからだ。

ヨハネ3:2 この人ひとがある夜よる、イエスのもとにやって来きて言いった。「先生せんせい、わたしたちはあなたが神かみのもとから来こられた教師きょうしだと分わかっています。神かみが共ともにおられなければ、あなたのなさっているようなしるしを、だれも行おこなうことはできませんから。」

ヨハネ3:8 風かぜは思おもいのままに吹ふく。あなたはその音おとを聞きいても、それがどこから来きてどこへ行いくのかは分わからない。霊れいから生うまれた者ものもみな、それと同おなじだ。」

ヨハネ3:10 イエスは答こたえて言いわれた。「あなたはイスラエルの教師きょうしなのに、こんなことも分わからないのか。

ヨハネ4:42 そして女おんなに言いった。「わたしたちが信しんじるのは、もうあなたが話はなしてくれたからではない。自分じぶんたちで直接ちょくせつ聞きいて、この人ひとこそ本当ほんとうに世界せかいを救すくう方かただと分わかったからだ」

ヨハネ5:13 でも、治なおしてもらったこの人ひとは、それがだれなのかわからなかった。その場ばには大勢おおぜいの人ひとがいて、イエスはそっとその場ばを離はなれていたからだ。

ヨハネ6:6 これはピリポを試ためすために言いったことだった。イエスは自分じぶんが何なんをしようとしているか、ちゃんとわかっていたからだ。

ヨハネ7:17 神かみのみこころを行おこなおうとする人ひとなら、だれでも分わかる。わたしが語かたっているこの教おしえが神かみから来きたものか、それともわたし自身じしんが勝手かってに話はなしているだけなのかが。

ヨハネ7:27 わたしたちは、この人ひとがどこの出身しゅっしんか知しっている。でも、キリストが現あらわれるときは、どこから来くるのか、だれにもわからないはずだ」

ヨハネ7:52 彼かれらはニコデモに答こたえた。「あなたもガリラヤの出身しゅっしんなのか。よく調しらべてみればいい。ガリラヤから預言よげん者しゃは出でない。それがわかるはずだ」

ヨハネ8:28 そこでイエスは言いった。「あなたたちが人ひとの子こを上あげてしまったとき、初はじめてわかる。わたしがその者ものであること、そして自分じぶんから何なんかをしているのではなく、父ちちが教おしえてくれたとおりに話はなしているということが。

ヨハネ8:43 どうしてわたしの話はなすことがわからないのか。それは、わたしの言葉ことばを受うけ入いれることができないからだ。

ヨハネ8:52 ユダヤ人じんたちは言いった。「あなたが悪霊あくれいに取とりつかれていることが、今いまわかった。アブラハムは死しんだし、預言よげん者しゃたちも死しんだ。それなのにあなたは、『わたしの言葉ことばを守まもる人ひとは、決けっして死しを味あじわうことがない』と言ゆう。

ヨハネ9:21 でも、どうして今いま見みえるようになったのか、それはわからない。だれがあの子この目めを開あけてくれたのかも、わたしたちは知しらない。本人ほんにんに聞きいてください。もう大人おとななんだから、自分じぶんのことは自分じぶんで話はなせるはずです。」

ヨハネ9:24 それで人々ひとびとは、目めが見みえなかったその人ひとをもう一いち度ど呼よんで言いった。「神かみに栄光えいこうを帰かえしなさい。あの男おとこが罪つみびとであることは、わたしたちにはわかっているんだ。」

ヨハネ9:25 すると彼かれは答こたえた。「あの方かたが罪深つみぶかい人ひとかどうか、わたしにはわかりません。ただ一ひとつだけわかっていることがあります。わたしは目めが見みえなかったのに、今いまは見みえるということです」

ヨハネ9:30 その人ひとは答こたえた。「これは驚おどろきです。あの方かたがどこから来きたのか、あなたたちにはわからない。それなのに、あの方かたはわたしの目めを開あけてくれたのです。

ヨハネ10:6 イエスはこのたとえを人々ひとびとに話はなした。でも彼かれらは、イエスが何なんのことを話はなしているのか、まったく分わからなかった。

ヨハネ10:38 でも、もし行いっているなら、たとえわたしを信しんじなくても、そのわざを信しんじてほしい。そうすれば、父ちちがわたしのうちにおられ、わたしも父ちちのうちにいることが、はっきりとわかるはずだ。

ヨハネ11:24 マルタは言いった。「終おわりの日ひの復活ふっかつのとき、兄あにが生いき返かえることはわかっています。」

ヨハネ11:49 だが、その中なかのひとり、その年としの大だい祭司さいしだったカヤパが、彼かれらに言いった。「あなたたちは何なんもわかっていない。

ヨハネ11:50 ひとりの人ひとが国民こくみんの代かわりに死しぬほうが、国民こくみん全体ぜんたいが滅ほろびるよりも、あなたたちにとっていいはずだ。それが分わかっていない」

ヨハネ12:16 弟子でしたちは、最初さいしょはこの意味いみがわからなかった。でも、イエスが栄光えいこうを受うけたとき、これがイエスについて書かかかれていたことであり、人々ひとびとがそのとおりのことをイエスにしたのだと思おもい出だした。

ヨハネ12:35 もう少すこしの間あいだだけ、光ひかりはあなたたちと一緒いっしょにいる。光ひかりがある間あいだに歩あるきなさい。そうすれば、闇やみに飲のみ込こまれずにすむ。闇やみの中なかを歩あるく人ひとは、自分じぶんがどこへ向むかっているのか分わかっていない。

ヨハネ13:7 イエスは彼かれに答こたえた。「わたしがしていることは、今いまのあなたにはわからない。でも、あとでわかるようになる」

ヨハネ13:12 こうして弟子でしたちの足あしを洗あらい終おえると、イエスは上着うわぎを着きて、また席せきに戻もどった。そして彼かれらに言いった。「わたしが今いまあなたがたにしたこと、その意味いみがわかるだろうか。

ヨハネ13:17 これらのことがわかったなら、そのとおりに実行じっこうしよう。そうすれば、あなたたちは幸しあわせになる。

ヨハネ13:22 弟子でしたちは、イエスがだれのことを言いっているのかわからず、互たがいに顔かおを見合みあわせた。

ヨハネ13:28 その意味いみを、食卓しょくたくを囲かこんでいた人ひとたちはだれも分わからなかった。イエスがなぜユダにそう言いったのか、だれも気きづかなかったのだ。

ヨハネ13:35 互たがいに愛あいし合あうなら、それによって、あなたたちがわたしの弟子でしだと、すべての人ひとにわかる。

ヨハネ14:5 トマスがイエスに言いった。「主しゅよ、あなたがどこへ行いくのか、わたしたちにはわかりません。どうして、その道みちがわかるでしょうか」

ヨハネ14:9 イエスは言いった。「フィリポ、こんなに長ながい間あいだ、いっしょにいるのに、まだわたしがわからないのか。わたしを見みた人ひとは、父ちちを見みたんだ。それなのに、どうして『父ちちをわたしたちに見みせてください』と言いうのか。

ヨハネ14:20 その日ひ、あなたがたにはわかる。わたしは父ちちの中なかにおり、あなたがたはわたしの中なかにおり、わたしもあなたがたの中なかにいる、ということが。

ヨハネ16:18 「『しばらくすれば』って、どういう意味いみなんだろう。何なんを言いっているのか、さっぱりわからない。」

ヨハネ16:30 あなたはすべてを知しっておられ、だれかに質問しつもんされる必要ひつようもない。今いま、それがわかりました。だから、わたしたちはあなたが神かみのもとから来こられたと信しんじます。」

ヨハネ18:4 でもイエスは、自分じぶんの身みにこれから起おこることをすべてわかっていた。それで進すすみ出でて、彼かれらに言いった。「だれを捜さがしているのか」

ヨハネ20:2 マグダラのマリアは走はしって、シモン・ペテロと、イエスが愛あいしていたもう一人ひとりの弟子でしのところへ行いき、こう言いった。「だれかが主しゅをお墓はかから運はこび出だしてしまいました。どこに置おいたのか、わたしたちにはわかりません。」

ヨハネ20:13 すると、その天使てんしたちがマリヤに言いった。「どうして泣ないているのですか。」マリヤは答こたえた。「だれかがわたしの主しゅを運はこび去さってしまったんです。しかも、どこに置おいたのかもわからないんです。」

ヨハネ21:12 イエスは彼かれらに言いった。「さあ、朝あさごはんを食たべなさい。」弟子でしたちは、それが主しゅだと分わかっていたので、だれも「あなたはどなたですか」と尋たずねようとはしなかった。

ヨハネ21:17 イエスは三さん度ど目めに言いった。「ヨハネの子こシモン、わたしを愛あいしているか。」ペテロは、イエスが三さん度ども「わたしを愛あいしているか」と言いったので、悲かなしくなった。そしてイエスに言いった。「主しゅよ、あなたは何なんもかもご存ぞんじです。わたしがあなたを愛あいしていることも、わかってくださっています。」イエスは彼かれに言いった。「わたしの羊ひつじを飼かいなさい。

使徒行伝(27か所)

使徒3:17 さて、兄弟きょうだい姉妹しまいのみなさん。あなたがたが知しらずにあのことをしたのは、わたしにはわかっています。あなたがたの指導しどう者しゃたちも同おなじでした。

使徒4:13 指導しどう者しゃたちは、ペテロとヨハネが堂々どうどうと話はなすのを見みて驚おどろいた。二人ふたりが学問がくもんもない、ふつうの人ひとだとわかったからだ。そして、この二人ふたりがイエスと一緒いっしょにいた人ひとたちだと気きづいた。

使徒7:25 モーセは、自分じぶんの手てを通とおして神かみが同胞どうほうを救すくい出だそうとしていることを、みんなが分わかってくれるだろうと思おもっていた。でも、彼かれらは分わからなかった。

使徒7:40 そしてアロンにこう言いった。「わたしたちの先頭せんとうに立たって導みちびいてくれる神々かみがみを造つくってください。エジプトから連つれ出だしてくれたあのモーセが、どうなったのか分わからないのですから。」

使徒8:23 わたしには分わかる。あなたは苦にがい妬ねたみに満みち、悪わるに縛しばられている。」

使徒8:30 フィリポが走はしり寄よると、その人ひとが預言よげん者しゃイザヤの書しょを読よんでいるのが聞きこえた。そこでフィリポは尋たずねた。「読よんでいることの意味いみが、分わかりますか。」

使徒8:31 するとその人ひとは答こたえた。「導みちびいてくれる人ひとがいなければ、どうして分わかるでしょう。」そして、馬車ばしゃに乗のって一緒いっしょに座すわってほしいと、フィリポに頼たのんだ。

使徒10:34 そこでペテロは話はなし始はじめた。「わたしは今いま、本当ほんとうのことがよく分わかりました。神かみは人ひとを分わけ隔へだてなさらない方かたです。

使徒12:9 ペトロは外そとに出でて、天使てんしについて行いった。でも、天使てんしがしていることが本当ほんとうに起おきているとは分わからなかった。幻まぼろしを見みているのだと思おもっていたのだ。

使徒12:11 ペトロは我われに返かえって言いった。「今いま、本当ほんとうに分わかった。主しゅが天使てんしを送おくって、ヘロデの手てから、そしてユダヤの民たみが待まち望のぞんでいたすべてのことから、わたしを救すくい出だしてくださったのだ。」

使徒12:14 彼女かのじょはペトロの声こえだと分わかると、うれしさのあまり門もんを開あけもせず、家いえの中なかに駆かけ込こんで、ペトロが門もんの前まえに立たっていると知しらせた。

使徒13:27 エルサレムに住すむ人々ひとびととその指導しどう者しゃたちは、イエスがどういう方かたか分わからなかった。安息あんそく日にちごとに読よまれる預言よげん者しゃたちの言葉ことばも理解りかいしなかった。そして、イエスを罪つみありと決きめることで、かえってその預言よげんのとおりのことを実現じつげんさせてしまったのだ。

使徒16:10 パウロがこの幻まぼろしを見みたとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向むかおうとした。神かみがわたしたちを呼よんで、その人ひとたちに福音ふくいんを伝つたえさせようとしているのだと分わかったからだ。

使徒19:15 すると悪霊あくれいが答こたえて言いった。「イエスのことは知しっている。パウロのこともよく分わかっている。だが、お前まえたちはいったい何者なにものだ。」

使徒19:32 集あつまった人々ひとびとは、口々くちぐちに違ちがうことを叫さけんでいた。集会しゅうかいは大だい混乱こんらんで、ほとんどの人ひとは、自分じぶんたちがなぜ集あつまっているのかさえ分わかっていなかった。

使徒19:34 しかし、彼かれがユダヤ人じんだと分わかると、みんなが声こえをそろえて、二に時間じかんほども「エフェソのアルテミスは偉大いだいだ」と叫さけび続つづけた。

使徒20:22 そして今いま、わたしは霊れいに促うながされるようにしてエルサレムへ向むかおうとしています。そこで自分じぶんの身みに何なんが起おこるのか、わたしには分わかりません。

使徒20:25 そして今いま、はっきり分わかっています。御み国くにを宣のべ伝つたえながら共ともに過すごしてきたあなたがた皆みなが、もう二に度どとわたしの顔かおを見みることはないでしょう。

使徒20:29 わたしには分わかっています。わたしが去さった後あと、どう猛もうな狼おおかみがあなたがたの中なかに入はいり込こみ、群むれを容赦ようしゃなく襲おそうでしょう。

使徒21:24 この人ひとたちを連つれて行いき、いっしょに身みを清きよめてください。そして、彼かれらが頭あたまをそれるように、費用ひようを出だしてあげてください。そうすれば、あなたについてのうわさは事実じじつではなく、あなた自身じしんもきちんと律法りっぽうを守まもって生活せいかつしていることが、みんなにわかるでしょう。

使徒21:34 しかし群衆ぐんしゅうの中なかでは、めいめいが勝手かってなことを叫さけんでいた。騒さわぎがひどくて確たしかなことがわからなかったので、隊長たいちょうはパウロを兵営へいえいに連つれて行いくように命めいじた。

使徒22:29 それで、パウロを取とり調しらべようとしていた者ものたちは、すぐに彼かれから手てを引ひいた。千せん人にん隊長たいちょうも、パウロがローマ市民しみんだと分わかり、しかも彼かれを縛しばっていたことに気きづいて、恐おそろしくなった。

使徒23:34 総督そうとくは手紙てがみを読よみ、パウロがどの州しゅうの出身しゅっしんかを尋たずねた。そして、キリキアの出身しゅっしんだと分わかると、

使徒25:20 わたしは、こうした問題もんだいをどう調しらべたらよいか分わからなかったので、パウロに、エルサレムに行いって、そこでこれらの件けんについて裁判さいばんを受うける気きがあるかどうか尋たずねました。

使徒26:27 アグリッパ王おうよ、あなたは預言よげん者しゃたちの言葉ことばを信しんじておられますか。信しんじておられると、わたしにはわかっています。」

使徒27:39 夜よるが明あけても、そこがどこの陸地りくちなのか、だれにもわからなかった。ただ、砂浜すなはまのある入いり江えが目めに入はいった。できれば、そこに船ふねを乗のり入いれようと考かんがえた。

使徒28:26 『この民たみのところへ行いって、こう言いいいなさい。あなたがたは聞きくには聞きくが、決けっして理解りかいしない。見みるには見みるが、決けっして分わからない。

ローマ人への手紙(9か所)

ローマ4:19 およそ百ひゃく歳さいになり、自分じぶんの体からだはもう死しんだも同然どうぜんで、サラの胎はらも子こを宿しゅくせないとわかっていた。それでもアブラハムの信仰しんこうは弱よわらなかった。

ローマ6:19 わたしは、あなたがたが人ひととして弱よわいので、わかりやすい言いいい方かたをする。かつてあなたがたは、自分じぶんの体からだの各かく部分ぶぶんを、汚よごれと悪あくの奴隷どれいとして差さし出だし、どんどん悪わるへと進すすんでいった。それと同おなじように、今度こんどは自分じぶんの体からだの各かく部分ぶぶんを、義ぎの奴隷どれいとして差さし出だしなさい。そうして、聖せいなる者ものになっていくのだ。

ローマ7:10 わたしは死しんだ。命いのちに導みちびくはずのその戒いましめが、かえってわたしを死しに導みちびくものだと分わかった。

ローマ7:15 わたしは自分じぶんのしていることが分わからない。自分じぶんがしたいと思おもうことはせず、かえって自分じぶんが嫌きらっていることをしているからだ。

ローマ7:18 わたしのうちに、つまりこの肉にくのうちには、良よいものが住すんでいない。それはわかっている。良よいことをしたいという思おもいはあるのに、それを実際じっさいに行おこなうことはできないからだ。

ローマ7:21 だから、こういう法則ほうそくがあるのがわかる。善ぜんをしたいと思おもっているこのわたしに、いつも悪あくがぴったりくっついている、という法則ほうそくだ。

ローマ8:26 霊れいもまた同おなじように、弱よわいわたしたちを助たすけてくれる。わたしたちは、何なんをどう祈いのればいいのかわからない。でも、霊れいみずからが、言葉ことばにならないうめきをもって、わたしたちのためにとりなしてくれるのだ。

ローマ10:19 だが、わたしは言いおう。イスラエルは分わからなかったのだろうか。まず、モーセがこう言いっている。「わたしは、国民こくみんでもない者ものを使つかって、あなたがたにねたみを起おこさせる。分わからず屋やの国民こくみんを使つかって、あなたがたを怒おこらせる。」

ローマ13:11 そして、あなたがたは今いまがどんな時ときかをわかっている。もう眠ねむりから目めを覚さますべき時ときが来きているのだ。わたしたちが信しんじ始はじめたころよりも、救すくいは今いま、いっそう近ちかづいているのだから。

コリント人への第一の手紙(6か所)

コリント第一7:16 妻つまよ、あなたが夫おっとを救すくえるかどうか、どうしてわかるだろう。夫おっとよ、あなたが妻つまを救すくえるかどうか、どうしてわかるだろう。

コリント第一8:1 さて、偶像ぐうぞうに供そなえられた肉にくのことだが、わたしたちはみな知識ちしきを持もっている、ということはわかっている。でも、知識ちしきは人ひとを高たかぶらせる。一方いっぽう、愛あいは人ひとを育そだてる。

コリント第一11:19 あなたがたの間あいだには、派閥はばつのようなものもきっと出でてくるだろう。それは、本物ほんものと認みとめられる人ひとたちが、あなたがたの中なかではっきりと分わかるようになるためだ。

コリント第一14:7 笛ふえや竪琴たてごとのような、命いのちのない楽器がっきでさえそうだ。もし音おとに区別くべつがなければ、笛ふえの音おとなのか竪琴たてごとの音おとなのか、どうやってわかるだろう。

コリント第一14:9 あなたがたも同おなじだ。舌したでわかりやすい言葉ことばを話はなさなければ、何なんを話はなしているのか、どうやって伝つたわるだろう。それでは空気くうきに向むかって話はなしているようなものだ。

コリント第一14:16 もしあなたが霊れいだけで神かみをたたえても、その内容ないようがわからない人ひとは、あなたの感謝かんしゃに対たいしてどうやって「アーメン」と言いえるだろう。あなたが何なんを言いっているのか、その人ひとにはわからないのだから。

コリント人への第二の手紙(8か所)

コリント第二1:14 あなたがたはもう一部いちぶは分わかってくれている。わたしたちの主しゅイエスが来こられるその日ひに、あなたがたがわたしたちの誇ほこりであるように、わたしたちもあなたがたの誇ほこりなのだと。

コリント第二5:11 こうして、主しゅを恐おそれるとはどういうことかを知しっているから、わたしたちは人々ひとびとを説得せっとくしようとしている。わたしたちがどんな者ものかは、神かみにはすっかり分わかっている。そして、あなたがたの心こころにもはっきり分わかってもらえると願ねがっている。

コリント第二7:8 たとえあの手紙てがみであなたがたを悲かなしませたとしても、わたしは後悔こうかいしていない。一時いちじは後悔こうかいもした。あの手紙てがみが、しばらくの間あいだあなたがたを悲かなしませたのはわかっているからだ。

コリント第二10:12 わたしたちは、自分じぶんを売うり込こむ人ひとたちの仲間なかまに入はいったり、自分じぶんを彼かれらと比くらべたりする気きはない。彼かれらは、自分じぶんで自分じぶんをものさしにして測はかり、自分じぶんどうしを比くらべ合あっている。それでは、何なんもわかっていないというものだ。

コリント第二12:2 わたしは、キリストにある一人ひとりの人ひとを知しっている。その人ひとは十じゅう四よん年ねん前まえ、第だい三さんの天てんにまで引ひき上あげられた。それが体からだのままだったのか、体からだを離はなれてだったのか、わたしにはわからない。神かみがご存ぞんじだ。

コリント第二12:3 そう、わたしはこの人ひとを知しっている。体からだのままだったのか、体からだを離はなれてだったのかはわからない。神かみがご存ぞんじだ。

コリント第二13:5 自分じぶん自身じしんをよく調しらべてみなさい。信仰しんこうのうちにあるのかどうか。自分じぶんを試ためしてみなさい。イエス・キリストが自分じぶんの内うちにおられることが、わからないのだろうか。もしわからないなら、あなたたちは試験しけんに落おちた者ものだ。

コリント第二13:6 でも、わたしたちが試験しけんに落おちた者ものではないと、あなたたちにわかってもらえると思おもっている。

ガラテヤ人への手紙(3か所)

ガラテヤ2:7 それどころか、彼かれらはこう分わかってくれた。ペテロが割礼かつれいを受うけた人ひとたちへの福音ふくいんをまかされたように、わたしは割礼かつれいを受うけていない人ひとたちへの福音ふくいんをまかされている、と。

ガラテヤ2:17 では、キリストにあって義ぎと認みとめられようとした結果けっか、わたしたち自身じしんも「罪人ざいにん」だと分わかったとしたら、キリストは罪つみに仕つかえる者ものだということになるのだろうか。決けっしてそんなことはない。

ガラテヤ4:20 できることなら、今いますぐそばに行いって、話はなし方かたも変かえたい。あなたたちのことが、どうしたらいいのか分わからなくなっているのだ。

エペソ人への手紙(2か所)

エペソ1:18 また、あなたがたの心こころの目めが明あかるく開ひらかれて、次つぎのことがわかるように。神かみが招まねいてくださったことにどんな望のぞみがあるのか。神かみのものとされた人々ひとびとが受うけ継つぐものが、どれほど栄光えいこうに満みちて豊ゆたかなのか。

エペソ3:4 それを読よめば、キリストの秘ひめられた計画けいかくについて、わたしがどれだけ理解りかいしているかが、あなたがたにも分わかるはずだ。

ピリピ人への手紙(3か所)

ピリピ1:19 というのも、あなたがたの祈いのりと、イエス・キリストの霊れいの助たすけによって、このことが結局けっきょくわたしの救すくいになると、分わかっているからです。

ピリピ1:22 けれども、この体からだで生いき続つづけることが、実みのりある働はたらきになるのなら、どちらを選えらべばいいのか、わたしには分わかりません。

ピリピ1:25 こう確信かくしんしているので、わたしには分わかっています。わたしはこの世よにとどまり、あなたがたみんなと共ともに生いき続つづけるのです。あなたがたが信仰しんこうにおいて成長せいちょうし、喜よろこびをもてるようになるためです。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ4:6 あなたがたの言葉ことばは、いつも恵めぐみにあふれ、塩しおで味あじつけされたものでありなさい。そうすれば、一人ひとりひとりひとりにどう答こたえたらよいかがわかる。

テモテへの第一の手紙(5か所)

テモテ第一1:7 彼かれらは律法りっぽうの教師きょうしになりたがっています。でも、自分じぶんが何なんを言いっているのか、何なんを自信じしんたっぷりに主張しゅちょうしているのか、自分じぶんでも分わかっていないのです。

テモテ第一1:13 わたしは以前いぜん、神かみを口くちぎたなくののしり、信しんじる人ひとたちを迫害はくがいし、乱暴らんぼうを働はたらく者ものでした。でも、あわれみを受うけたのです。それは、まだ信しんじておらず、何なんも分わからずにしたことだったからです。

テモテ第一3:10 この人ひとたちも、まず見極みきわめられてから奉仕ほうしに就づくべきだ。責せめられるところがないとわかってからだ。

テモテ第一4:15 これらのことに励はげみ、それに打うち込こみなさい。あなたの成長せいちょうが、みんなにはっきりと分わかるようになるためだ。

テモテ第一6:4 その人ひとは思おもい上あがっていて、何なんもわかっていない。議論ぎろんや言葉ことばの争あらそいに病的びょうてきにのめり込こんでいる。そこから、ねたみ、争あらそい、悪口わるぐち、悪意あくいある疑うたがいが生うまれ、

ピレモンへの手紙(1か所)

ピレモン1:21 あなたが応おうじてくれると信しんじて、わたしはこの手紙てがみを書かいた。あなたがわたしの言いう以上いじょうのことをしてくれると分わかっているからだ。

ヘブル人への手紙(4か所)

ヘブル3:19 こうしてわたしたちには分わかる。彼かれらが安息あんそくに入いれなかったのは、信しんじなかったからだ。

ヘブル4:15 この大だい祭司さいしは、わたしたちの弱よわさを分わかってくれないような方かたではない。むしろ、あらゆる点てんでわたしたちと同おなじように試こころみに遭あわれた。それでいて、罪つみは犯おかさなかった。

ヘブル10:25 ある人ひとたちの習慣しゅうかんのように集あつまりから離はなれたりせず、むしろ励はげまし合あおう。あの日ひが近ちかづいているのがわかるのだから、なおさらそうしよう。

ヘブル11:23 信仰しんこうによって、モーセは生うまれたとき、両親りょうしんの手てで三さんか月げつの間あいだかくまわれた。美うつくしい子こだと分わかったからで、両親りょうしんは王おうの命令めいれいを恐おそれなかったのだ。

ヤコブの手紙(3か所)

ヤコブ2:22 わかるだろう。信仰しんこうは彼かれの行おこないとともに働はたらき、その行おこないによって信仰しんこうは完成かんせいされたのだ。

ヤコブ4:14 でも、あなたたちは、あすのことさえ分わかっていない。あなたたちの命いのちとは、いったい何なんなのか。ほんの少すこしの間あいだだけ現あらわれて、すぐに消きえていく霧きりのようなものだ。

ヤコブ4:17 だから、良よいことだと分わかっていながら、それをしないなら、それはその人ひとにとって罪つみになる。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:15 善よい行おこないをすることで、何なんも分わかっていない愚おろかな人ひとたちの口くちを封ふうじる。それが神かみの望のぞみだからだ。

ヨハネの第一の手紙(11か所)

ヨハネ第一2:3 神かみの命令めいれいを守まもっているなら、それによってわたしたちは、自分じぶんが神かみを知しっていることが分わかる。

ヨハネ第一2:5 でも、神かみの言葉ことばを守まもっている人ひとの中なかでは、神かみの愛あいが本当ほんとうに完成かんせいしている。それによって、わたしたちが神かみの中なかにいることが分わかる。

ヨハネ第一2:11 でも、兄弟きょうだい姉妹しまいを憎にくんでいる人ひとは、闇やみの中なかにいて、闇やみの中なかを歩あるいている。自分じぶんがどこへ向むかっているのかも分わからない。闇やみがその目めを見みえなくしてしまったからだ。

ヨハネ第一2:18 子こどもたちよ。今いまは終おわりの時ときだ。あなたたちは、キリストに敵対てきたいする者ものが来くると聞きいていた。ところが今いま、そういう者ものが大勢おおぜい現あらわれている。それで、今いまが終おわりの時ときだと分わかる。

ヨハネ第一2:29 キリストが正ただしい方かただとわかっているなら、義ぎを行おこなう人ひとがみな、キリストから生うまれた者ものだということも、あなたたちにはわかるはずだ。

ヨハネ第一3:2 愛あいする人ひとたち。わたしたちは今いま、神かみの子こどもだ。これから自分じぶんがどうなるのかは、まだ明あきらかにされていない。でも、こういうことはわかっている。キリストが現あらわれるとき、わたしたちはキリストのような者ものになる。ありのままのキリストを、見みることになるからだ。

ヨハネ第一3:19 こうして、わたしたちは自分じぶんが真理しんりから出でた者ものだと分わかる。そして神かみの前まえで、心こころを安心あんしんさせることができる。

ヨハネ第一3:24 神かみの命令めいれいを守まもる人ひとは神かみの中なかにとどまり、神かみもその人ひとの中なかにとどまってくださる。神かみがわたしたちの中なかにとどまっておられることは、神かみが与あたえてくださった霊れいによって分わかる。

ヨハネ第一4:13 神かみがわたしたちにご自分じぶんの霊れいを与あたえてくださった。だから、わたしたちが神かみの中なかにとどまり、神かみがわたしたちの中なかにおられることが分わかるのだ。

ヨハネ第一5:2 神かみを愛あいし、その命令めいれいを実行じっこうするとき、わたしたちが神かみの子こどもたちを愛あいしていることがわかる。

ヨハネ第一5:15 そして、願ねがうことを神かみが聞きいてくださると分わかっているなら、神かみに願ねがったものはもう手てに入はいっていると分わかる。

ユダの手紙(1か所)

ユダ1:10 ところが、この者ものたちは自分じぶんに理解りかいできないことをののしる。そして、理性りせいを持もたない動物どうぶつのように本能ほんのうで分わかることによって、自分じぶん自身じしんを滅ほろぼしている。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録3:3 だから、あなたがどのように受うけ、また聞きいたかを思おもい出だしなさい。それを守まもり、悔くい改あらためなさい。もし目めを覚さまさないなら、わたしは盗人ぬすびとのように来くる。いつあなたのところに来くるのか、あなたには決けっしてわからない。

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