コリント人への第二の手紙 5章11節(コリント第二5:11)

11 こうして、主しゅを恐おそれるとはどういうことかを知しっているから、わたしたちは人々ひとびとを説得せっとくしようとしている。わたしたちがどんな者ものかは、神かみにはすっかり分わかっている。そして、あなたがたの心こころにもはっきり分わかってもらえると願ねがっている。

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この節を含む箇所キリストの使者コリント第二5:11-21

前後の聖句(5章9–13節)

9 だから、体からだを住すまいとしていても、そこを離はなれていても、わたしたちが目指めざすのはただ一ひとつ、主しゅに喜よろこばれる者ものでいることだ。

10 なぜなら、わたしたちは皆みな、キリストの裁さばきの座ざの前まえに立たたたなければならないからだ。そこで一人ひとりひとりひとりが、体からだを持もって生いきている間あいだにしたことに応おうじて、その報むくいを受うける。良よいことをしたか、悪わるいことをしたかに応おうじてだ。

11 こうして、主しゅを恐おそれるとはどういうことかを知しっているから、わたしたちは人々ひとびとを説得せっとくしようとしている。わたしたちがどんな者ものかは、神かみにはすっかり分わかっている。そして、あなたがたの心こころにもはっきり分わかってもらえると願ねがっている。

12 これは、また自分じぶんを売うり込こもうとしているのではない。むしろ、わたしたちのことを誇ほこれるきっかけを、あなたがたに与あたえているのだ。心こころではなく見みかけを誇ほこる人ひとたちに、あなたがたが答こたえられるようにするためだ。

13 もしわたしたちが正気しょうきを失うしなっていたのなら、それは神かみのためだった。もし正気しょうきでいるのなら、それはあなたがたのためだ。

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