「分かる」(わかる)が出てくる聖書の箇所

「分かる」(わかる)は口語訳の153か所(旧約28・新約125)に出てきます。「わかる」「分る」も含みます。日常訳第1版では400か所。

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創世記(4か所)

創世記3:7 すると、ふたりの目めが開あけ、自分じぶんたちの裸はだかであることがわかったので、いちじくの葉はをつづり合あわせて、腰こしに巻まいた。

創世記42:20 そして末すえの弟おとうとをわたしのもとに連つれてきなさい。そうすればあなたがたの言葉ことばのほんとうであることがわかって、死しを免まぬがれるでしょう」。彼かれらはそのようにした。

創世記43:22 そして食糧しょくりょうを買かうために、ほかの銀ぎんをも持もって下くだってきました。われわれの銀ぎんを袋ふくろに入いれた者ものが、だれであるかは分わかりません」。

創世記48:19 父ちちは拒こばんで言いった、「わかっている。子こよ、わたしにはわかっている。彼かれもまた一ひとつの民たみとなり、また大おおいなる者ものとなるであろう。しかし弟おとうとは彼かれよりも大おおいなる者ものとなり、その子孫しそんは多おおくの国民こくみんとなるであろう」。

出エジプト記(2か所)

出エジプト32:1 民みんはモーセが山やまを下くだることのおそいのを見みて、アロンのもとに集あつまって彼かれに言いった、「さあ、わたしたちに先立さきだって行いく神かみを、わたしたちのために造つくってください。わたしたちをエジプトの国くにから導みちびきのぼった人ひと、あのモーセはどうなったのかわからないからです」。

出エジプト32:23 彼かれらはわたしに言いいいました、『わたしたちに先立さきだって行いく神かみを、わたしたちのために造つくってください。わたしたちをエジプトの国くにから導みちびきのぼった人ひと、あのモーセは、どうなったのかわからないからです』。

申命記(2か所)

申命記20:20 ただし実じつを結むすばない木きとわかっている木きは切きり倒たおして、あなたと戦たたかっている町まちにむかい、それをもってとりでを築ききずき、陥落かんらくするまで、それを攻せめることができる。

申命記21:1 あなたの神かみ、主しゅが与あたえて獲えさせられる地ちで、殺ころされて野のに倒たおれている人ひとがあって、だれが殺ころしたのかわからない時ときは、

士師記(1か所)

士師記17:13 それでミカは言いった、「今いまわたしはレビびとを祭司さいしに持もつようになったので、主しゅがわたしをお恵めぐみくださることがわかりました」。

ルツ記(1か所)

ルツ記3:18 しゅうとめは言いった、「娘むすめよ、この事ことがどうなるかわかるまでお待まちなさい。あの人ひとは、きょう、その事ことを決定けっていしなければ落おち着つかないでしょう」。

サムエル記上(7か所)

サムエル第一17:28 上うえの兄あにエリアブはダビデが人々ひとびとと語かたるのを聞きいて、ダビデに向むかい怒いかりを発はっして言いった、「なんのために下くだってきたのか。野のにいるわずかの羊ひつじはだれに託たくしたのか。あなたのわがままと悪わるい心こころはわかっている。戦たたかいを見みるために下くだってきたのだ」。

サムエル第一19:2 ヨナタンはダビデに言いった、「父ちちサウルはあなたを殺ころそうとしています。それゆえあすの朝あさ、気きをつけて、わからない場所ばしょに身みを隠かくしていてください。

サムエル第一19:3 わたしは出でて行いって、あなたがいる野原のはらで父ちちのかたわらに立たち、父ちちにあなたのことを話はなしましょう。そして、何なんかわたしにわかれば、あなたに告つげましょう」。

サムエル第一20:9 ヨナタンは言いった、「そのようなことは決けっしてありません。父ちちがあなたに害がいを加くわえる決心けっしんをしていることがわたしにわかっているならば、わたしはそれをあなたに告つげないでおきましょうか」。

サムエル第一22:3 ダビデはそこからモアブのミヅパへ行いき、モアブの王おうに言いった、「神かみがわたしのためにどんなことをされるかわかるまで、どうぞわたしの父母ふぼをあなたの所ところにおらせてください」。

サムエル第一25:8 あなたの若者わかものたちに聞きいてみられるならば、わかります。それゆえ、わたしの若者わかものたちに、あなたの好意こういを示ししめしてください。われわれは祝しゅくの日ひにきたのです。どうぞ、あなたの手てもとにあるものを、贈おくり物ものとして、しもべどもとあなたの子こダビデにください』」。

サムエル第一25:11 どうしてわたしのパンと水みず、またわたしの羊ひつじの毛けを切きる人々ひとびとのためにほふった肉にくをとって、どこからきたのかわからない人々ひとびとに与あたえることができようか」。

サムエル記下(1か所)

サムエル第二10:6 アンモンの人々ひとびとは自分じぶんたちがダビデに憎にくまれていることがわかったので、人ひとをつかわして、ベテ・レホブのスリヤびととゾバのスリヤびととの歩兵ふひょう二に万まん人にんおよびマアカの王おうとその一千いっせん人にん、トブの人ひと一いち万まん二千にせん人にんを雇やとい入いれた。

列王紀上(2か所)

列王紀上1:52 ソロモンは言いった、「もし彼かれがよい人ひととなるならば、その髪かみの毛けひとすじも地ちに落おちることはなかろう。しかし彼かれのうちに悪あくのあることがわかるならば、彼かれは死しななければならない」。

列王紀上22:25 ミカヤは言いった、「あなたが奥おくの間あいだにはいって身みを隠かくすその日ひに、わかるでしょう」。

列王紀下(1か所)

列王紀下18:26 その時ときヒルキヤの子こエリアキムおよびセブナとヨアはラブシャケに言いった、「どうぞ、アラム語ごでしもべどもに話はなしてください。わたしたちは、それがわかるからです。城壁じょうへきの上うえにいる民たみの聞きいているところで、わたしたちにユダヤの言葉ことばで話はなさないでください」。

歴代志上(1か所)

歴代志上19:6 アンモンの人々ひとびとは自分じぶんたちがダビデに憎にくまれることをしたとわかったので、ハヌンおよびアンモンの人々ひとびとは銀ぎん千せんタラントを送おくってメソポタミヤとアラム・マアカ、およびゾバから戦車せんしゃと騎兵きへいを雇やとい入いれた。

伝道の書(1か所)

伝道の書9:1 わたしはこのすべての事ことに心こころを用もちいて、このすべての事ことを明あきらかにしようとした。すなわち正ただしい者ものと賢かしこい者もの、および彼かれらのわざが、神かみの手てにあることを明あきらかにしようとした。愛あいするか憎にくむかは人ひとにはわからない。彼かれらの前まえにあるすべてのことは空そらである。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書6:9 主しゅは言いわれた、「あなたは行いって、この民たみにこう言いいいなさい、『あなたがたはくりかえし聞きくがよい、しかし悟さとってはならない。あなたがたはくりかえし見みるがよい、しかしわかってはならない』と。

イザヤ書36:11 その時とき、エリアキム、セブナおよびヨアはラブシャケに言いった、「どうぞ、アラム語ごでしもべたちに話はなしてください。わたしたちはそれがわかるからです。城壁じょうへきの上うえにいる民たみの聞きいているところで、わたしたちにユダヤの言葉ことばで話はなさないでください」。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書42:4 預言よげん者しゃエレミヤは彼かれらに言いった、「よくわかりました。あなたがたの求もとめにしたがって、あなたがたの神かみ、主しゅに祈いのりましょう。主しゅがあなたがたに答こたえられることを、何事なにごとも隠かくさないであなたがたに言いいいましょう」。

ホセア書(1か所)

ホセア書2:6 それゆえ、わたしはいばらで彼女かのじょの道みちをふさぎ、かきをたてて、彼女かのじょにはその道みちがわからないようにする。

ヨナ書(1か所)

ヨナ書1:12 ヨナは彼かれらに言いった、「わたしを取とって海うみに投なげ入いれなさい。そうしたら海うみは、あなたがたのために静しずまるでしょう。わたしにはよくわかっています。この激はげしい暴風ぼうふうがあなたがたに臨のぞんだのは、わたしのせいです」。

マタイによる福音書(15か所)

マタイ9:6 しかし、人ひとの子こは地上ちじょうで罪つみをゆるす権威けんいをもっていることが、あなたがたにわかるために」と言いいい、中風ちゅうぶの者ものにむかって、「起おきよ、床ゆかを取とりあげて家いえに帰かえれ」と言いわれた。

マタイ12:33 木きが良よければ、その実じつも良よいとし、木きが悪わるければ、その実じつも悪わるいとせよ。木きはその実じつでわかるからである。

マタイ13:51 あなたがたは、これらのことが皆みなわかったか」。彼かれらは「わかりました」と答こたえた。

マタイ15:16 イエスは言いわれた、「あなたがたも、まだわからないのか。

マタイ16:9 まだわからないのか。覚おぼえていないのか。五いつつのパンを五千ごせん人にんに分わけたとき、幾いくかご拾ひろったか。

マタイ20:22 イエスは答こたえて言いわれた、「あなたがたは、自分じぶんが何なんを求もとめているのか、わかっていない。わたしの飲のもうとしている杯さかずきを飲のむことができるか」。彼かれらは「できます」と答こたえた。

マタイ21:27 そこで彼かれらは、「わたしたちにはわかりません」と答こたえた。すると、イエスが言いわれた、「わたしも何なんの権威けんいによってこれらの事ことをするのか、あなたがたに言ゆうまい。

マタイ24:32 いちじくの木きからこの譬たとえを学まなびなさい。その枝えだが柔やわらかになり、葉はが出でるようになると、夏なつの近ちかいことがわかる。

マタイ24:42 だから、目めをさましていなさい。いつの日ひにあなたがたの主しゅがこられるのか、あなたがたには、わからないからである。

マタイ24:43 このことをわきまえているがよい。家いえの主人しゅじんは、盗賊とうぞくがいつごろ来くるかわかっているなら、目めをさましていて、自分じぶんの家いえに押おし入いることを許ゆるさないであろう。

マタイ25:13 だから、目めをさましていなさい。その日ひその時ときが、あなたがたにはわからないからである。

マタイ26:70 するとペテロは、みんなの前まえでそれを打うち消けして言いった、「あなたが何なんを言いっているのか、わからない」。

マタイ26:73 しばらくして、そこに立たっていた人々ひとびとが近寄ちかよってきて、ペテロに言いった、「確たしかにあなたも彼かれらの仲間なかまだ。言葉ことばづかいであなたのことがわかる」。

マタイ27:18 彼かれらがイエスを引ひきわたしたのは、ねたみのためであることが、ピラトにはよくわかっていたからである。

マタイ28:5 この御ご使しは女おんなたちにむかって言いった、「恐おそれることはない。あなたがたが十字じゅうじ架かにおかかりになったイエスを捜さがしていることは、わたしにわかっているが、

マルコによる福音書(14か所)

マルコ1:24 「ナザレのイエスよ、あなたはわたしたちとなんの係かかりわりがあるのです。わたしたちを滅ほろぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。神かみの聖者せいじゃです」。

マルコ2:10 しかし、人ひとの子こは地上ちじょうで罪つみをゆるす権威けんいをもっていることが、あなたがたにわかるために」と彼かれらに言いいい、中風ちゅうぶの者ものにむかって、

マルコ4:13 また彼かれらに言いわれた、「あなたがたはこの譬たとえがわからないのか。それでは、どうしてすべての譬たとえがわかるだろうか。

マルコ7:18 すると、言いわれた、「あなたがたも、そんなに鈍にぶいのか。すべて、外そとから人ひとの中なかにはいって来くるものは、人ひとを汚よごし得えないことが、わからないのか。

マルコ8:17 イエスはそれと知しって、彼かれらに言いわれた、「なぜ、パンがないからだと論ろんじ合あっているのか。まだわからないのか、悟さとらないのか。あなたがたの心こころは鈍にぶくなっているのか。

マルコ9:6 そう言いったのは、みんなの者ものが非常ひじょうに恐おそれていたので、ペテロは何なんを言いってよいか、わからなかったからである。

マルコ10:38 イエスは言いわれた、「あなたがたは自分じぶんが何なんを求もとめているのか、わかっていない。あなたがたは、わたしが飲のむ杯さかずきを飲のみ、わたしが受うけるバプテスマを受うけることができるか」。

マルコ11:33 それで彼かれらは「わたしたちにはわかりません」と答こたえた。するとイエスは言いわれた、「わたしも何なんの権威けんいによってこれらの事ことをするのか、あなたがたに言ゆうまい」。

マルコ13:28 いちじくの木きからこの譬たとえを学まなびなさい。その枝えだが柔やわらかになり、葉はが出でるようになると、夏なつの近ちかいことがわかる。

マルコ13:33 気きをつけて、目めをさましていなさい。その時ときがいつであるか、あなたがたにはわからないからである。

マルコ13:35 だから、目めをさましていなさい。いつ、家いえの主人しゅじんが帰かえって来くるのか、夕方ゆうがたか、夜中よなかか、にわとりの鳴なくころか、明あけ方がたか、わからないからである。

マルコ14:40 またきてごらんになると、彼かれらはまだ眠ねむっていた。その目めが重おもくなっていたのである。そして、彼かれらはどうお答こたえしてよいか、わからなかった。

マルコ14:68 するとペテロはそれを打うち消けして、「わたしは知しらない。あなたの言いうことがなんの事ことか、わからない」と言いって、庭口にわぐちの方ほうに出でて行いった。

マルコ15:10 それは、祭司さいし長ちょうたちがイエスを引ひきわたしたのは、ねたみのためであることが、ピラトにわかっていたからである。

ルカによる福音書(14か所)

ルカ1:18 するとザカリヤは御ご使しに言いった、「どうしてそんな事ことが、わたしにわかるでしょうか。わたしは老人ろうじんですし、妻つまも年としをとっています」。

ルカ4:34 「ああ、ナザレのイエスよ、あなたはわたしたちとなんの係かかりわりがあるのです。わたしたちを滅ほろぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。神かみの聖者せいじゃです」。

ルカ5:24 しかし、人ひとの子こは地上ちじょうで罪つみをゆるす権威けんいを持もっていることが、あなたがたにわかるために」と彼かれらに対たいして言いいい、中風ちゅうぶの者ものにむかって、「あなたに命めいじる。起おきよ、床ゆかを取とり上あげて家いえに帰かえれ」と言いわれた。

ルカ6:44 木きはそれぞれ、その実じつでわかる。いばらからいちじくを取とることはないし、野のばらからぶどうを摘つむこともない。

ルカ7:39 イエスを招まねいたパリサイ人にんがそれを見みて、心こころの中なかで言いった、「もしこの人ひとが預言よげん者しゃであるなら、自分じぶんにさわっている女おんながだれだか、どんな女おんなかわかるはずだ。それは罪つみの女おんななのだから」。

ルカ9:33 このふたりがイエスを離はなれ去さろうとしたとき、ペテロは自分じぶんが何なんを言いっているのかわからないで、イエスに言いった、「先生せんせい、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。それで、わたしたちは小屋こやを三みっつ建たてましょう。一ひとつはあなたのために、一ひとつはモーセのために、一ひとつはエリヤのために」。

ルカ9:45 しかし、彼かれらはなんのことかわからなかった。それが彼かれらに隠かくされていて、悟さとることができなかったのである。また彼かれらはそのことについて尋たずねるのを恐おそれていた。

ルカ12:39 このことを、わきまえているがよい。家いえの主人しゅじんは、盗賊とうぞくがいつごろ来くるかわかっているなら、自分じぶんの家いえに押おし入いらせはしないであろう。

ルカ16:4 そうだ、わかった。こうしておけば、職しょくをやめさせられる場合ばあい、人々ひとびとがわたしをその家いえに迎むかえてくれるだろう』。

ルカ18:34 弟子でしたちには、これらのことが何なん一ひとつわからなかった。この言葉ことばが彼かれらに隠かくされていたので、イエスの言いわれた事ことが理解りかいできなかった。

ルカ22:60 ペテロは言いった、「あなたの言いっていることは、わたしにわからない」。すると、彼かれがまだ言いいい終おわらぬうちに、たちまち、鶏にわとりが鳴ないた。

ルカ23:34 そのとき、イエスは言いわれた、「父ちちよ、彼かれらをおゆるしください。彼かれらは何なんをしているのか、わからずにいるのです」。人々ひとびとはイエスの着物きものをくじ引びきで分わけ合あった。

ルカ24:31 彼かれらの目めが開あけて、それがイエスであることがわかった。すると、み姿すがたが見みえなくなった。

ルカ24:35 そこでふたりの者ものは、途中とちゅうであったことや、パンをおさきになる様子ようすでイエスだとわかったことなどを話はなした。

ヨハネによる福音書(26か所)

ヨハネ1:39 イエスは彼かれらに言いわれた、「きてごらんなさい。そうしたらわかるだろう」。そこで彼かれらはついて行いって、イエスの泊とまっておられる所ところを見みた。そして、その日ひはイエスのところに泊とまった。時ときは午後ごご四し時じごろであった。

ヨハネ3:10 イエスは彼かれに答こたえて言いわれた、「あなたはイスラエルの教師きょうしでありながら、これぐらいのことがわからないのか。

ヨハネ4:42 彼かれらは女おんなに言いった、「わたしたちが信しんじるのは、もうあなたが話はなしてくれたからではない。自分じぶん自身じしんで親したしく聞きいて、この人ひとこそまことに世よの救主すくいぬしであることが、わかったからである」。

ヨハネ7:17 神かみのみこころを行おこなおうと思おもう者ものであれば、だれでも、わたしの語かたっているこの教きょうが神かみからのものか、それとも、わたし自身じしんから出でたものか、わかるであろう。

ヨハネ7:52 彼かれらは答こたえて言いった、「あなたもガリラヤ出でなのか。よく調しらべてみなさい、ガリラヤからは預言よげん者しゃが出でるものではないことが、わかるだろう」。〔

ヨハネ8:28 そこでイエスは言いわれた、「あなたがたが人ひとの子こを上あげてしまった後あとはじめて、わたしがそういう者ものであること、また、わたしは自分じぶんからは何なんもせず、ただ父ちちが教おしえて下くださったままを話はなしていたことが、わかってくるであろう。

ヨハネ8:43 どうしてあなたがたは、わたしの話はなすことがわからないのか。あなたがたが、わたしの言葉ことばを悟さとることができないからである。

ヨハネ8:52 ユダヤ人にんたちが言いった、「あなたが悪霊あくりょうに取とりつかれていることが、今いまわかった。アブラハムは死しに、預言よげん者しゃたちも死しんでいる。それだのに、あなたは、わたしの言葉ことばを守まもる者ものはいつまでも死しを味あじわうことがないであろうと、言いわれる。

ヨハネ9:24 そこで彼かれらは、盲人もうじんであった人ひとをもう一いち度ど呼よんで言いった、「神かみに栄光えいこうを帰きするがよい。あの人ひとが罪人ざいにんであることは、わたしたちにはわかっている」。

ヨハネ10:6 イエスは彼かれらにこの比喩ひゆを話はなされたが、彼かれらは自分じぶんたちにお話はなしになっているのが何なんのことだか、わからなかった。

ヨハネ11:49 彼かれらのうちのひとりで、その年としの大だい祭司さいしであったカヤパが、彼かれらに言いった、「あなたがたは、何なんもわかっていないし、

ヨハネ12:35 そこでイエスは彼かれらに言いわれた、「もうしばらくの間あいだ、光ひかりはあなたがたと一緒いっしょにここにある。光ひかりがある間あいだに歩あるいて、やみに追おいつかれないようにしなさい。やみの中なかを歩あるく者ものは、自分じぶんがどこへ行いくのかわかっていない。

ヨハネ13:7 イエスは彼かれに答こたえて言いわれた、「わたしのしていることは今いまあなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」。

ヨハネ13:12 こうして彼かれらの足あしを洗あらってから、上着うわぎをつけ、ふたたび席せきにもどって、彼かれらに言いわれた、「わたしがあなたがたにしたことがわかるか。

ヨハネ13:17 もしこれらのことがわかっていて、それを行おこなうなら、あなたがたはさいわいである。

ヨハネ13:28 席せきを共ともにしていた者もののうち、なぜユダにこう言いわれたのか、わかっていた者ものはひとりもなかった。

ヨハネ14:4 わたしがどこへ行いくのか、その道みちはあなたがたにわかっている」。

ヨハネ14:5 トマスはイエスに言いった、「主しゅよ、どこへおいでになるのか、わたしたちにはわかりません。どうしてその道みちがわかるでしょう」。

ヨハネ14:9 イエスは彼かれに言いわれた、「ピリポよ、こんなに長ながくあなたがたと一緒いっしょにいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見みた者ものは、父ちちを見みたのである。どうして、わたしたちに父ちちを示ししめしてほしいと、言いうのか。

ヨハネ14:20 その日ひには、わたしはわたしの父ちちにおり、あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう。

ヨハネ16:18 彼かれらはまた言いった、「『しばらくすれば』と言いわれるのは、どういうことか。わたしたちには、その言葉ことばの意味いみがわからない」。

ヨハネ16:30 あなたはすべてのことをご存ぞんじであり、だれもあなたにお尋たずねする必要ひつようのないことが、今いまわかりました。このことによって、わたしたちはあなたが神かみからこられたかたであると信しんじます」。

ヨハネ20:2 そこで走はしって、シモン・ペテロとイエスが愛あいしておられた、もうひとりの弟子でしのところへ行いって、彼かれらに言いった、「だれかが、主しゅを墓はかから取とり去さりました。どこへ置おいたのか、わかりません」。

ヨハネ20:13 すると、彼かれらはマリヤに、「女おんなよ、なぜ泣ないているのか」と言いった。マリヤは彼かれらに言いった、「だれかが、わたしの主しゅを取とり去さりました。そして、どこに置おいたのか、わからないのです」。

ヨハネ21:12 イエスは彼かれらに言いわれた、「さあ、朝あさの食事しょくじをしなさい」。弟子でしたちは、主しゅであることがわかっていたので、だれも「あなたはどなたですか」と進すすんで尋たずねる者ものがなかった。

ヨハネ21:17 イエスは三さん度ど目めに言いわれた、「ヨハネの子こシモンよ、わたしを愛あいするか」。ペテロは「わたしを愛あいするか」とイエスが三さん度ども言いわれたので、心こころをいためてイエスに言いった、「主しゅよ、あなたはすべてをご存ぞんじです。わたしがあなたを愛あいしていることは、おわかりになっています」。イエスは彼かれに言いわれた、「わたしの羊ひつじを養やしないなさい。

使徒行伝(24か所)

使徒3:17 さて、兄弟きょうだいたちよ、あなたがたは知しらずにあのような事ことをしたのであり、あなたがたの指導しどう者しゃたちとても同様どうようであったことは、わたしにわかっている。

使徒7:40 『わたしたちを導みちびいてくれる神々かみがみを造つくって下ください。わたしたちをエジプトの地ちから導みちびいてきたあのモーセがどうなったのか、わかりませんから』とアロンに言いった。

使徒8:23 おまえには、まだ苦にがい胆汁たんじゅうがあり、不義ふぎのなわ目めがからみついている。それが、わたしにわかっている」。

使徒8:30 そこでピリポが駆かけて行いくと、預言よげん者しゃイザヤの書しょを読よんでいるその人ひとの声こえが聞きこえたので、「あなたは、読よんでいることが、おわかりですか」と尋たずねた。

使徒8:31 彼かれは「だれかが、手てびきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう」と答こたえた。そして、馬車ばしゃに乗のって一緒いっしょにすわるようにと、ピリポにすすめた。

使徒10:35 神かみを敬うやまい義ぎを行おこなう者ものはどの国民こくみんでも受うけいれて下くださることが、ほんとうによくわかってきました。

使徒12:11 その時ときペテロはわれにかえって言いった、「今いまはじめて、ほんとうのことがわかった。主しゅが御ご使しをつかわして、ヘロデの手てから、またユダヤ人にんたちの待まちもうけていたあらゆる災わざわいから、わたしを救すくい出だして下くださったのだ」。

使徒12:12 ペテロはこうとわかってから、マルコと呼よばれているヨハネの母ははマリヤの家いえに行いった。その家いえには大おおぜいの人ひとが集あつまって祈いのっていた。

使徒12:14 ペテロの声こえだとわかると、喜よろこびのあまり、門もんをあけもしないで家いえに駆かけ込こみ、ペテロが門口かどぐちに立たっていると報告ほうこくした。

使徒19:15 すると悪霊あくりょうがこれに対たいして言いった、「イエスなら自分じぶんは知しっている。パウロもわかっている。だが、おまえたちは、いったい何者なにものだ」。

使徒19:19 それから、魔術まじゅつを行おこなっていた多おおくの者ものが、魔術まじゅつの本ほんを持もち出だしてきては、みんなの前まえで焼やき捨すてた。その値段ねだんを総計そうけいしたところ、銀ぎん五ご万まんにも上のぼることがわかった。

使徒19:32 中なかでは、集会しゅうかいが混乱こんらんに陥おちいってしまって、ある者ものはこのことを、ほかの者ものはあのことを、どなりつづけていたので、大だい多数たすうの者ものは、なんのために集あつまったのかも、わからないでいた。

使徒19:34 ところが、彼かれがユダヤ人にんだとわかると、みんなの者ものがいっせいに「大おおいなるかな、エペソ人にんのアルテミス」と二に時間じかんばかりも叫さけびつづけた。

使徒20:22 今いまや、わたしは御ご霊れいに迫せまられてエルサレムへ行いく。あの都とで、どんな事ことがわたしの身みにふりかかって来くるか、わたしにはわからない。

使徒21:24 この人ひとたちを連つれて行いって、彼かれらと共ともにきよめを行おこない、また彼かれらの頭あたまをそる費用ひようを引ひき受うけてやりなさい。そうすれば、あなたについて、うわさされていることは、根ねも葉はもないことで、あなたは律法りっぽうを守まもって、正ただしい生活せいかつをしていることが、みんなにわかるであろう。

使徒21:34 しかし、群衆ぐんしゅうがそれぞれ違ちがったことを叫さけびつづけるため、騒さわがしくて、確たしかなことがわからないので、彼かれはパウロを兵営へいえいに連つれて行いくように命めいじた。

使徒22:29 そこで、パウロを取とり調しらべようとしていた人ひとたちは、ただちに彼かれから身みを引ひいた。千せん卒そつ長ちょうも、パウロがローマの市民しみんであること、また、そういう人ひとを縛しばっていたことがわかって、恐おそれた。

使徒23:29 ところが、彼かれはユダヤ人にんの律法りっぽうの問題もんだいで訴うったえられたものであり、なんら死刑しけいまたは投獄とうごくに当あたる罪つみのないことがわかりました。

使徒24:8 彼かれを訴うったえた人ひとたちには、閣下かっかのところに来くるようにと命めいじました。〕それで、閣下かっかご自身じしんでお調しらべになれば、わたしたちが彼かれを訴うったえ出でた理由りゆうが、全部ぜんぶおわかりになるでしょう」。

使徒24:11 お調しらべになればわかるはずですが、わたしが礼拝れいはいをしにエルサレムに上のぼってから、まだ十じゅう二に日にちそこそこにしかなりません。

使徒25:20 これらの問題もんだいを、どう取とり扱あつかってよいかわからなかったので、わたしは彼かれに、『エルサレムに行いって、これらの問題もんだいについて、そこでさばいてもらいたくはないか』と尋たずねてみた。

使徒27:28 そこで、水みずの深ふかさを測はかってみたところ、二十にじゅうひろであることがわかった。それから少すこし進すすんで、もう一いち度ど測はかってみたら、十じゅう五ごひろであった。

使徒27:39 夜よるが明あけて、どこの土地とちかよくわからなかったが、砂浜すなはまのある入江いりえが見みえたので、できれば、それに舟ふねを乗のり入いれようということになった。

使徒28:1 わたしたちが、こうして救すくわれてからわかったが、これはマルタと呼よばれる島しまであった。

ローマ人への手紙(3か所)

ローマ7:10 わたしは死しんだ。そして、いのちに導みちびくべき戒いましめそのものが、かえってわたしを死しに導みちびいて行いくことがわかった。

ローマ7:15 わたしは自分じぶんのしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分じぶんの欲ほっする事ことは行おこなわず、かえって自分じぶんの憎にくむ事ことをしているからである。

ローマ8:26 御ご霊れいもまた同おなじように、弱よわいわたしたちを助たすけて下くださる。なぜなら、わたしたちはどう祈いのったらよいかわからないが、御ご霊れいみずから、言葉ことばにあらわせない切せつなるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下くださるからである。

コリント人への第一の手紙(7か所)

コリント第一3:13 それぞれの仕事しごとは、はっきりとわかってくる。すなわち、かの日ひは火ひの中なかに現あらわれて、それを明あきらかにし、またその火ひは、それぞれの仕事しごとがどんなものであるかを、ためすであろう。

コリント第一7:16 なぜなら、妻つまよ、あなたが夫おっとを救すくいうるかどうか、どうしてわかるか。また、夫おっとよ、あなたも妻つまを救すくいうるかどうか、どうしてわかるか。

コリント第一8:1 偶像ぐうぞうへの供そなえ物ものについて答こたえると、「わたしたちはみな知識ちしきを持もっている」ことは、わかっている。しかし、知識ちしきは人ひとを誇ほこらせ、愛あいは人ひとの徳とくを高たかめる。

コリント第一14:2 異言いげんを語かたる者ものは、人ひとにむかって語かたるのではなく、神かみにむかって語かたるのである。それはだれにもわからない。彼かれはただ、霊れいによって奥義おうぎを語かたっているだけである。

コリント第一14:9 それと同様どうように、もしあなたがたが異言いげんではっきりしない言葉ことばを語かたれば、どうしてその語かたることがわかるだろうか。それでは、空そらにむかって語かたっていることになる。

コリント第一14:11 もしその言葉ことばの意味いみがわからないなら、語かたっている人ひとにとっては、わたしは異国いこく人にんであり、語かたっている人ひとも、わたしにとっては異国いこく人にんである。

コリント第一15:32 もし、わたしが人間にんげんの考かんがえによってエペソで獣けものと戦たたかったとすれば、それはなんの役やくに立たつのか。もし死人しにんがよみがえらないのなら、「わたしたちは飲のみ食くいしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ」。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二9:13 すなわち、この援助えんじょを行おこなった結果けっかとして、あなたがたがキリストの福音ふくいんの告白こくはくに対たいして従順じゅうじゅんであることや、彼かれらにも、すべての人ひとにも、惜おしみなく施ほどこしをしていることがわかってきて、彼かれらは神かみに栄光えいこうを帰かえし、

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ6:1 兄弟きょうだいたちよ。もしもある人ひとが罪過ざいかに陥おちいっていることがわかったなら、霊れいの人ひとであるあなたがたは、柔和にゅうわな心こころをもって、その人ひとを正ただしなさい。それと同時どうじに、もしか自分じぶん自身じしんも誘惑ゆうわくに陥おちいることがありはしないかと、反省はんせいしなさい。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ3:4 あなたがたはそれを読よめば、キリストの奥義おうぎをわたしがどう理解りかいしているかがわかる。

ピリピ人への手紙(2か所)

ピリピ1:22 しかし、肉体にくたいにおいて生いきていることが、わたしにとっては実みのり多おおい働はたらきになるのだとすれば、どちらを選えらんだらよいか、わたしにはわからない。

ピリピ2:23 そこで、この人ひとを、わたしの成行なりゆきがわかりしだい、すぐにでも、そちらへ送おくりたいと願ねがっている。

コロサイ人への手紙(3か所)

コロサイ2:1 わたしが、あなたがたとラオデキヤにいる人ひとたちのため、また、直接ちょくせつにはまだ会あったことのない人々ひとびとのために、どんなに苦闘くとうしているか、わかってもらいたい。

コロサイ4:1 主人しゅじんたる者ものよ、僕ぼくを正まさしく公平こうへいに扱あつかいなさい。あなたがたにも主しゅが天てんにいますことが、わかっているのだから。

コロサイ4:6 いつも、塩しおで味あじつけられた、やさしい言葉ことばを使つかいなさい。そうすれば、ひとりびとりに対たいしてどう答こたえるべきか、わかるであろう。

テモテへの第一の手紙(2か所)

テモテ第一1:7 律法りっぽうの教師きょうしたることを志こころざしていながら、自分じぶんの言いっていることも主張しゅちょうしていることも、わからないでいる。

テモテ第一5:24 ある人ひとの罪つみは明白めいはくであって、すぐ裁判さいばんにかけられるが、ほかの人ひとの罪つみは、あとになってわかって来くる。

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル3:19 こうして、彼かれらがはいることのできなかったのは、不ふ信仰しんこうのゆえであることがわかる。

ヘブル7:4 そこで、族長ぞくちょうのアブラハムが最ももっともよいぶんどり品しなの十じゅう分ぶんの一いちを与あたえたのだから、この人ひとがどんなにすぐれた人物じんぶつであったかが、あなたがたにわかるであろう。

ヤコブの手紙(4か所)

ヤコブ2:24 これでわかるように、人ひとが義ぎとされるのは、行おこないによるのであって、信仰しんこうだけによるのではない。

ヤコブ3:1 わたしの兄弟きょうだいたちよ。あなたがたのうち多おおくの者ものは、教師きょうしにならないがよい。わたしたち教師きょうしが、他たの人ひとたちよりも、もっときびしいさばきを受うけることが、よくわかっているからである。

ヤコブ4:14 あなたがたは、あすのこともわからぬ身みなのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あいだあらわれて、たちまち消きえ行いく霧きりにすぎない。

ヤコブ5:11 忍しのび抜ぬいた人ひとたちはさいわいであると、わたしたちは思おもう。あなたがたは、ヨブの忍耐にんたいのことを聞きいている。また、主しゅが彼かれになさったことの結末けつまつを見みて、主しゅがいかに慈愛じあいとあわれみとに富とんだかたであるかが、わかるはずである。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二3:16 彼かれは、どの手紙てがみにもこれらのことを述のべている。その手紙てがみの中なかには、ところどころ、わかりにくい箇所かしょもあって、無学むがくで心こころの定さだまらない者ものたちは、ほかの聖書せいしょについてもしているように、無理むりな解釈かいしゃくをほどこして、自分じぶんの滅亡めつぼうを招まねいている。

ヨハネの第一の手紙(4か所)

ヨハネ第一2:11 兄弟きょうだいを憎にくむ者ものは、やみの中なかにおり、やみの中なかを歩あるくのであって、自分じぶんではどこへ行いくのかわからない。やみが彼かれの目めを見みえなくしたからである。

ヨハネ第一2:29 彼かれの義ぎなるかたであることがわかれば、義ぎを行おこなう者ものはみな彼かれから生うまれたものであることを、知しるであろう。

ヨハネ第一3:19 それによって、わたしたちが真理しんりから出でたものであることがわかる。そして、神かみのみまえに心こころを安やすんじていよう。

ヨハネ第一5:15 そして、わたしたちが願ねがい求もとめることは、なんでも聞ききいれて下くださるとわかれば、神かみに願ねがい求もとめたことはすでにかなえられたことを、知しるのである。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録3:3 だから、あなたが、どのようにして受うけたか、また聞きいたかを思おもい起おこして、それを守まもりとおし、かつ悔くい改あらためなさい。もし目めをさましていないなら、わたしは盗人ぬすびとのように来くるであろう。どんな時ときにあなたのところに来くるか、あなたには決けっしてわからない。

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