「人々」(ひとびと)が出てくる聖書の箇所

「人々」(ひとびと)は日常訳第1版の2158か所(旧約1667・新約491)に出てきます。「人人」も含みます。口語訳では2104か所。

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2158か所を200か所ずつ11ページに分けています(9ページ目)。

ホセア書(13か所)

ホセア書13:1 エフライムが物ものを言ゆうと、人々ひとびとは恐おそれおののいた。彼かれはイスラエルの中なかで自分じぶんを高たかく持もち上あげた。でも、バアルを拝おがんで罪つみを犯おかし、死しんでしまった。

ホセア書13:2 そして今いまも彼かれらはますます罪つみを重かさねている。自分じぶんたちの銀ぎんで鋳物いものの像ぞうを造つくり、巧たくみに偶像ぐうぞうをこしらえる。それはみな職人しょくにんの手てによる作つくり物ものだ。人々ひとびとはこれについて言ゆう。「いけにえをささげる者ものは、子牛こうしの像ぞうに口くちづけせよ」と。

ホセア書13:16 サマリアは自分じぶんの神かみに背そむいた。だから、その罪つみの報むくいを受うけることになる。人々ひとびとは剣けんに倒たおれ、幼おさない子こどもたちは地面じめんにたたきつけられ、身みごもった女おんなたちは腹はらを裂さかれる。

ホセア書14:7 その陰かげに住すむ人々ひとびとは帰かえって来くる。彼かれらは穀物こくもつのようによみがえり、ぶどうの木きのように花はなを咲さかせる。その名なはレバノンのぶどう酒しゅのように広ひろまる。

ヨエル書(9か所)

ヨエル書1:12 ぶどうの木きは枯かれ、いちじくの木きはしおれた。ざくろも、なつめやしも、りんごも、畑はたけの木きはみな枯かれてしまった。こうして、人々ひとびとの喜よろこびも枯かれ果はててしまったのだ。

ヨエル書2:1 シオンで角笛つのぶえを吹ふき鳴ならせ。わたしの聖せいなる山やまで警報けいほうを鳴ならせ。この地ちに住すむ人々ひとびとよ、みんな震ふるえおののけ。主しゅの日ひが来くる。もうすぐそこまで来きている。

ヨエル書2:6 彼かれらを前まえにして、人々ひとびとはもだえ苦くるしむ。すべての顔かおが青あおざめる。

ヨエル書2:17 神殿しんでんの玄関げんかんと祭壇さいだんの間あいだで、主しゅに仕つかえる祭司さいしたちは泣ないて、こう祈いのれ。「主しゅよ、あなたの民たみを惜おしんでください。あなたのものである民たみを、笑わらいものにしないでください。よその国々くにぐにの支配しはいにゆだねないでください。どうして人々ひとびとに『彼かれらの神かみはどこにいるのか』と言いわせておけるでしょう。」

ヨエル書2:23 シオンの人々ひとびとよ、あなたたちの神かみ、主しゅを喜よろこび、楽たのしめ。主しゅは正ただしく雨あめを降ふらせ、あなたたちに秋あきの雨あめを与あたえてくださった。前まえのように、秋あきの雨あめと春はるの雨あめを降ふらせてくださる。

ヨエル書3:6 ユダの人々ひとびととエルサレムの人々ひとびとをギリシア人じんに売うり渡わたし、彼かれらを自分じぶんたちの土地とちから遠とおくへ引ひき離はなした。

ヨエル書3:8 わたしはおまえたちの息子むすこや娘むすめを、ユダの人々ひとびとの手てに売うり渡わたす。彼かれらはそれをさらに、遠とおくの国くに、シェバの人々ひとびとに売うる。主しゅがこう語かたられたのだ。

ヨエル書3:16 主しゅはシオンからほえ、エルサレムから声こえをとどろかせる。すると天てんも地ちも震ふるえる。だが主しゅは、その民たみの避さけ所どころ、イスラエルの人々ひとびとの砦とりでとなる。

ヨエル書3:19 エジプトは荒あれ果はて、エドムは荒あれ野のとなる。彼かれらがユダの人々ひとびとに暴力ぼうりょくをふるい、その地ちで罪つみのない者ものの血ちを流ながしたからだ。

アモス書(9か所)

アモス書2:11 あなたたちの息子むすこの中なかから預言よげん者しゃを、若者わかものの中なかから神かみにささげられた者ものを立たてた。イスラエルの人々ひとびとよ、そのとおりではないか、と主しゅは言いわれる。

アモス書3:6 町まちで警報けいほうの角笛つのぶえが鳴なれば、人々ひとびとはおびえないだろうか。町まちに災わざわいが起おこれば、それは主しゅがなさったことではないだろうか。

アモス書3:9 アシュドドの宮殿きゅうでんと、エジプトの地ちの宮殿きゅうでんに向むかって、こう告つげなさい。「サマリアの山々やまやまに集あつまって、その町まちの中なかにある大おおきな混乱こんらんと、しいたげられている人々ひとびとを見みよ」と。

アモス書4:2 主しゅなる神かみは、その聖せいなる名なにかけて誓ちかった。「見みよ、お前まえたちにこんな日ひがやって来くる。人々ひとびとはお前まえたちを鉤かぎで引ひっかけ、残のこった者ものを釣つり針ばりで引ひきずっていく。

アモス書5:16 だから、万まん軍ぐんの神かみである主しゅ、わたしの主しゅはこう言ゆう。どの広場ひろばでも嘆なげきの声こえがあがり、どの通とおりでも人々ひとびとは「ああ、ああ」と叫さけぶ。農夫のうふは泣なくために呼よび出だされ、泣なき女おんなは嘆なげきの声こえをあげるために呼よばれる。

アモス書6:1 わざわいだ。シオンで何なんの心配しんぱいもなく暮くらす者ものたち、サマリアの山やまで安心あんしんしきっている者ものたちよ。国々くにぐにの頂点ちょうてんに立たつ国くにの名士めいしとされ、イスラエルの人々ひとびとが頼たよってくる者ものたちよ。

アモス書8:3 その日ひ、神殿しんでんの歌うたは嘆なげきの叫さけびに変かわる、と主しゅなる神かみは告つげる。いたるところに死体したいが転ころがり、人々ひとびとは黙だまってそれを投なげ捨すてる。

アモス書8:12 人々ひとびとは海うみから海うみへとさまよい、北きたから東ひがしへと歩あるき回まわる。主しゅの言葉ことばを探さがし求もとめて。でも、それは見みつからない。

アモス書9:7 イスラエルの人々ひとびとよ、あなたたちはわたしにとって、クシュの人々ひとびとと何なんも変かわらない、と主しゅは言いわれる。わたしはイスラエルをエジプトの地ちから導みちびき上あげた。でも、それと同おなじように、ペリシテ人びとをカフトルから、アラム人にんをキルから導みちびき上あげたのだ。

オバデヤ書(3か所)

オバデヤ書1:12 あなたは、兄弟きょうだいの不幸ふこうの日ひを平気へいきで眺ながめているべきではなかった。ユダの人々ひとびとが滅ほろびる日ひに、喜よろこんではならなかった。苦難くなんの日ひに、大口おおぐちをたたいてはならなかった。

オバデヤ書1:19 ネゲブに住すむ人々ひとびとはエサウの山やまを、低地ていちの人々ひとびとはペリシテの地ちを受うけ継つぐ。人々ひとびとはエフライムの野のとサマリアの野のを受うけ継つぎ、ベニヤミンはギレアデを受うけ継つぐ。

オバデヤ書1:20 この要塞ようさいから捕とらえ移うつされたイスラエルの人々ひとびとは、ツァレファトまでのカナン人にんの地ちを手てに入いれる。スファラドにいるエルサレムからの捕とらわれ人にんは、ネゲブの町々まちまちを受うけ継つぐ。

ヨナ書(5か所)

ヨナ書1:3 ところがヨナは、主しゅのもとから逃にげようとして、タルシシュへ向むかった。ヨッパに下くだって行いくと、ちょうどタルシシュ行いきの船ふねが見みつかった。ヨナは料金りょうきんを払はらって船ふねに乗のり込こみ、人々ひとびとといっしょに、主しゅのもとを離はなれてタルシシュへ行いこうとした。

ヨナ書1:10 これを聞きいて、人々ひとびとはますますおびえた。そして言いった。「なんてことをしてくれたんだ。」ヨナが主しゅのもとから逃にげていることを、彼かれらはすでに本人ほんにんから聞きいて知しっていたのだ。

ヨナ書1:13 人々ひとびとは必死ひっしで船ふねをこいで、陸りくに戻もどろうとした。でも、どうにもならなかった。海うみがますます荒あれ狂くるって、彼かれらに襲おそいかかってきたからだ。

ヨナ書1:16 これを見みて、人々ひとびとは主しゅをひどく恐おそれた。そして主しゅにいけにえをささげ、誓ちかいを立たてた。

ヨナ書3:5 すると、ニネベの人々ひとびとは神かみを信しんじた。彼かれらは断食だんじきを呼よびかけ、身分みぶんの高たかい者ものから低ひくい者ものまで、みな粗布あらぬのを身みにまとった。

ミカ書(7か所)

ミカ書2:4 その日ひ、人々ひとびとはあなたたちのことで嘲あざけりの歌うたを歌うたい、こう嘆なげく。『わたしたちは何なんもかも奪うばわれた。主しゅはわたしの民たみの分わけ前まえを、他人たにんのものにしてしまう。ああ、主しゅはそれをわたしから取とり上あげ、わたしたちの畑はたけを裏切うらぎり者ものに分わけ与あたえる。』

ミカ書5:3 だから主しゅは、産うみの苦くるしみにある女おんなが子こを産うむときまで、彼かれらを引ひき渡わたしておく。そのあと、その兄弟きょうだいたちの残のこりが、イスラエルの人々ひとびとのもとに帰かえってくる。

ミカ書5:4 彼かれは立たって、主しゅの力ちからにより、その神かみである主しゅの名なの威厳いげんによって、群むれを飼かう。人々ひとびとは安心あんしんして暮くらす。今いまや彼かれが地ちの果はてにまで大おおいなる者ものとなるからだ。

ミカ書6:12 この町まちの金持かねもちは暴力ぼうりょくで満みちている。住すむ人々ひとびとはうそをつき、その口くちの中なかの舌したは、人ひとをあざむいてばかりだ。

ミカ書6:16 あなたはオムリのおきてを守まもり、アハブの家いえのすることをすべてまね、彼かれらの言いいいなりに歩あゆんできた。だから、わたしはあなたを荒あれ果はてさせ、そこに住すむ人々ひとびとをあざけりの的まとにする。あなたたちは、わたしの民たみが受うける恥はじをになうことになる。

ミカ書7:12 その日ひ、人々ひとびとがあなたのもとへやって来くる。アッシリアからも、エジプトの町々まちまちからも。エジプトから大河たいがまで、海うみから海うみまで、山やまから山やままで、みなやって来くる。

ミカ書7:13 そして、地ちはそこに住すむ人々ひとびとのせいで荒あれ果はてる。彼かれらの行おこないが生うんだ結果けっかだ。

ナホム書(5か所)

ナホム書2:8 ニネベは、昔むかしから水みずをたたえた池いけのようだった。でも今いま、人々ひとびとは逃にげ去さっていく。「止とまれ、止とまれ」と叫さけぶ声こえがしても、振ふり返かえる者ものは一人ひとりもいない。

ナホム書2:10 町まちは荒あらされ、空からっぽにされ、廃墟はいきょとなる。人々ひとびとの心こころはくじけ、膝ひざは震ふるえ、体からだはわなないて、顔かおはみな青あおざめる。

ナホム書3:3 騎兵きへいが突つっ込こみ、剣けんがきらめき、槍やりが光ひかる。倒たおれた者ものは数かぞえきれず、死体したいは山やまのよう。しかばねに果はてはなく、人々ひとびとはその死体したいにつまずく。

ナホム書3:4 これはみな、あの遊女ゆうじょの度どを越こしたふしだらのせいだ。美うつくしく、あでやかで、魔術まじゅつをあやつる女おんな。彼女かのじょはふしだらで国々くにぐにを売うり飛とばし、魔術まじゅつで人々ひとびとを売うり渡わたした。

ナホム書3:10 それでもテーベは捕とらえられ、囚とらわれの身みとなって連つれ去さられた。幼おさない子こどもたちは、どの街角まちかどでもたたきつけられて砕くだかれた。人々ひとびとはその高官こうかんたちをくじで分わけ合あい、身分みぶんの高たかい者ものはみな鎖くさりにつながれた。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書2:13 見みよ、これは万まん軍ぐんの主しゅから出でたことではないか。国々くにぐにの民たみが労苦ろうくして築きずいたものは火ひの餌食えじきとなり、人々ひとびとが疲つかれ果はててしたことは、むなしく消きえていく。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書1:17 わたしは人々ひとびとを苦くるしめる。彼かれらは目めの見みえない人ひとのように、さまよい歩あるく。主しゅに対たいして罪つみを犯おかしたからだ。彼かれらの血ちは塵ごみのようにまき散ちらされ、その肉にくは糞ふんのように投なげ捨すてられる。

ゼカリヤ書(21か所)

ゼカリヤ書1:3 だから、人々ひとびとにこう伝つたえなさい。万まん軍ぐんの主しゅはこう言いわれる。『わたしのところに帰かえって来きなさい。そうすれば、わたしもあなたたちのところに帰かえる』と、万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

ゼカリヤ書3:8 大だい祭司さいしヨシュアよ、聞きききなさい。お前まえも、お前まえの前まえに座すわっている仲間なかまたちも聞きききなさい。彼かれらはこれから起おこることのしるしとなる人々ひとびとだ。見みなさい。わたしはわたしのしもべ、「若枝わかえだ」と呼よばれる者ものを連つれて来くる。

ゼカリヤ書4:7 大おおいなる山やまよ、お前まえは何者なにものか。ゼルバベルの前まえでは、お前まえも平地へいちになる。彼かれが最後さいごの石いしを運はこび出だすと、人々ひとびとは『恵めぐみあれ、この石いしに恵めぐみあれ』と歓声かんせいをあげる。」

ゼカリヤ書4:10 小ちいさな始はじまりの日ひを、だれが見下みくだすのか。人々ひとびとは喜よろこんで、ゼルバベルの手てにある下さげ振ふりを見みる。——この七ななつは、全地ぜんちを行いき巡めぐる主しゅの目めである。」

ゼカリヤ書6:10 「捕とらわれの地ちから帰かえって来きた人々ひとびと、ヘルダイ、トビヤ、エダヤから贈おくり物ものを受うけ取とりなさい。その日ひのうちに、バビロンから帰かえって来きた彼かれらが泊とまっているゼファニヤの子こヨシヤの家いえへ行いきなさい。

ゼカリヤ書6:15 遠とおくにいる人々ひとびともやって来きて、主しゅの神殿しんでんを建たてる。そうすれば、あなたがたは万まん軍ぐんの主しゅがわたしをあなたがたのもとに送おくられたことを知しる。これは、あなたがたが自分じぶんの神かみである主しゅの声こえにしっかり聞き従うききしたがうなら、必かならず実現じつげんする。」

ゼカリヤ書7:2 そのころベテルの人々ひとびとは、シャルエツェルとレゲム・メレク、そしてその供ともの者ものたちを送おくり、主しゅに願ねがい求もとめさせた。

ゼカリヤ書8:19 万まん軍ぐんの主しゅはこう言いわれる。「第だい四よんの月つきの断食だんじき、第だい五ごの月つきの断食だんじき、第だい七ななの月つきの断食だんじき、第だい十じゅうの月つきの断食だんじきは、ユダの人々ひとびとにとって、喜よろこびと楽たのしみ、心こころ弾はずむ祭まつりとなる。だから、真実しんじつと平和へいわを愛あいしなさい。」

ゼカリヤ書8:20 万まん軍ぐんの主しゅはこう言いわれる。「これからも、多おおくの民たみ、たくさんの町まちに住すむ人々ひとびとがやって来くる。

ゼカリヤ書8:21 ある町まちに住すむ人々ひとびとが、別べつの町まちへ行いってこう言ゆう。『さあ、行いこう。主しゅにお願ねがいし、万まん軍ぐんの主しゅを求もとめよう。』『わたしも行いく。』

ゼカリヤ書10:1 春はるの雨あめの季節きせつには、主しゅに雨あめを求もとめなさい。雷雲かみなりぐもを作つくるのは主しゅだ。主しゅは人々ひとびとに激はげしい雨あめを降ふらせ、畑はたけの一ひとつ一ひとつに草くさを与あたえてくださる。

ゼカリヤ書10:2 偶像ぐうぞうは無む意味いみなことを語かたり、占うらない師しはうそを見みて、まやかしの夢ゆめを告つげる。その慰なぐさめはむなしい。だから人々ひとびとは羊ひつじのようにさまよい、羊飼ひつじかいがいないので苦くるしんでいる。

ゼカリヤ書11:6 わたしはもう、この地ちに住すむ人々ひとびとを哀あわれまない、と主しゅは言いわれる。見みよ、わたしは一人ひとりひとりひとりを、それぞれ隣人りんじんの手てと王おうの手てに渡わたす。彼かれらはこの地ちを打ち砕くうちくだく。それでもわたしは、彼かれらの手てから救すくい出ださない。」

ゼカリヤ書12:5 そのときユダの一族いちぞくの長ながたちは、心こころの中なかでこう言ゆう。『エルサレムに住すむ人々ひとびとは、その神かみである万まん軍ぐんの主しゅによって、わたしたちの力ちからだ。』

ゼカリヤ書12:7 主しゅはまず、ユダの家々いえいえを救すくう。それは、ダビデの家いえの誉ほまれと、エルサレムに住すむ人々ひとびとの誉ほまれが、ユダよりも大おおきくならないためだ。

ゼカリヤ書12:8 その日ひ、主しゅはエルサレムに住すむ人々ひとびとを守まもる。その日ひ、彼かれらの中なかで最ももっとも弱よわい者ものもダビデのようになり、ダビデの家いえは神かみのように、彼かれらの前まえを進すすむ主しゅの使つかいのようになる。

ゼカリヤ書12:10 わたしはダビデの家いえと、エルサレムに住すむ人々ひとびとの上うえに、恵めぐみと祈いのりの霊れいを注そそぐ。すると彼かれらは、自分じぶんたちが突つき刺さしたわたしを見みつめる。そして、ひとり子ごを失うしなった人ひとのように、その人ひとのために嘆なげき、初はじめての子こを失うしなった人ひとのように、激はげしく悲かなしむ。

ゼカリヤ書13:1 その日ひ、ダビデの家いえとエルサレムに住すむ人々ひとびとのために、一ひとつの泉いずみが開ひらかれる。罪つみと汚よごれを洗あらい清きよめるための泉いずみだ。

ゼカリヤ書14:10 全地ぜんちは、ゲバからエルサレムの南みなみのリモンまで、平地へいちのように変かわる。だがエルサレムは高たかくそびえ、もとの場所ばしょにとどまる。ベニヤミンの門もんから、もとの門もんの場所ばしょ、そして隅すみの門もんまで、さらにハナンエルのやぐらから王おうのぶどう搾しぼり場ばまで、人々ひとびとが住すむ。

ゼカリヤ書14:11 人々ひとびとはそこに住すむ。もう二に度どと、滅ほろぼし尽つくされることはない。エルサレムは安心あんしんして住すめる町まちとなる。

ゼカリヤ書14:13 その日ひ、主しゅは彼かれらの中なかに大おおきなパニックを起おこす。人々ひとびとは互たがいの手てをつかみ合あい、相手あいてに手てを上あげて襲おそいかかる。

マラキ書(2か所)

マラキ書1:4 エドムはこう言ゆうかもしれない。「わたしたちは打うちのめされた。でも、廃墟はいきょをもう一いち度ど建たて直なおす」と。しかし万まん軍ぐんの主しゅはこう言いわれる。「彼かれらが建たてても、わたしが壊こわす。人々ひとびとは彼かれらを『悪あくの国くに』と呼よび、主しゅがいつまでも怒おこり続つづける民たみと呼よぶ。」

マラキ書2:7 祭司さいしの唇くちびるは知識ちしきを守まもり、人々ひとびとはその口くちから教おしえを求もとめる。祭司さいしは、万まん軍ぐんの主しゅの使者ししゃだからだ。

マタイによる福音書(72か所)

マタイ2:3 ヘロデ王おうはこの話はなしを聞きいて動揺どうようした。エルサレムの人々ひとびともみな、同おなじように不安ふあんになった。

マタイ3:5 エルサレムとユダヤ全土ぜんど、そしてヨルダン川かわ沿そい一帯いったいの人々ひとびとが、みんなヨハネのところに出でてきた。

マタイ4:16 暗黒あんこくの中なかに住すむ民たみは大おおいなる光ひかりを見みた。死しの地ち、死しの陰かげに住すむ人々ひとびとに、光ひかりが昇のぼった」

マタイ4:23 イエスはガリラヤ全土ぜんどを巡めぐり歩あるいた。あちこちの会堂かいどうで教おしえ、御み国くにの福音ふくいんを宣のべ伝つたえ、人々ひとびとのあらゆる病気びょうきや患わずらいをいやしていった。

マタイ4:24 そこで、イエスのうわさはシリア全域ぜんいきに広ひろまった。人々ひとびとは、いろいろな病気びょうきや苦くるしみに悩なやむ人ひと、悪霊あくれいにとりつかれた人ひと、てんかんの人ひと、体からだがまひした人ひとなど、あらゆる病人びょうにんをイエスのところに連つれてきた。イエスは、その人ひとたちをいやした。

マタイ5:3 心こころの貧まずしい人々ひとびとは、幸いさいわいである。天てんの国くにはその人ひとたちのものだから。

マタイ5:4 悲かなしむ人々ひとびとは、幸いさいわいである。その人ひとたちは慰なぐさめられるから。

マタイ5:5 柔和にゅうわな人々ひとびとは、幸いさいわいである。その人ひとたちは地ちを受うけ継つぐから。

マタイ5:6 義ぎに飢うえ渇かわく人々ひとびとは、幸いさいわいである。その人ひとたちは満みたされるから。

マタイ5:7 あわれみ深ふかい人々ひとびとは、幸いさいわいである。その人ひとたちはあわれみを受うけるから。

マタイ5:8 心こころの清きよい人々ひとびとは、幸いさいわいである。その人ひとたちは神かみを見みるから。

マタイ5:9 平和へいわをつくる人々ひとびとは、幸いさいわいである。その人ひとたちは神かみの子こと呼よばれるから。

マタイ5:10 義ぎのために迫害はくがいされる人々ひとびとは、幸いさいわいである。天てんの国くにはその人ひとたちのものだから。

マタイ5:11 わたしのために人々ひとびとがあなたがたをののしり、迫害はくがいし、うそをついてありもしない悪口わるぐちをあれこれ言いうとき、あなたがたは幸いさいわいである。

マタイ5:13 あなたがたは地ちの塩しおだ。でも、塩しおの塩気しおけがなくなったら、どうやってその味あじを取とり戻もどせるだろう。もう何なんの役やくにも立たたたず、外そとに捨すてられて人々ひとびとに踏ふみつけられるだけだ。

マタイ5:16 あなたがたの光ひかりも、同おなじように人々ひとびとの前まえで輝かかがやかせなさい。人々ひとびとがあなたがたの良よい行おこないを見みて、天てんにおられるあなたがたの父ちちをあがめるようになるためだ。

マタイ8:4 イエスは彼かれに言いった。「このことは誰だれにも話はなさないように。ただ祭司さいしのところへ行いって、自分じぶんの体からだを見みせなさい。そして、モーセが命めいじた供そなえ物ものをささげなさい。それが人々ひとびとへの証拠しょうこになる」

マタイ8:16 夕方ゆうがたになると、人々ひとびとは悪霊あくれいに取とりつかれた大勢おおぜいの人ひとをイエスのところに連つれてきた。イエスは言葉ことばだけで悪霊あくれいを追おい出だし、病気びょうきの人ひとをみんな治なおした。

マタイ8:27 「いったいこの人ひとは何者なにものなんだ。風かぜも海うみも、言いうことを聞きくなんて。」人々ひとびとはそう言いって驚おどろいた。

マタイ8:33 飼かっていた者ものたちは逃にげ出だし、町まちへ行いって、悪霊あくれいにとりつかれていた人ひとたちのことなど、何なんもかもを人々ひとびとに伝つたえた。

マタイ9:2 わたしのところに、人々ひとびとが中風ちゅうぶの人ひとを寝床ねどこに寝ねかせたまま運はこんできた。イエスは彼かれらの信仰しんこうを見みて、その人ひとに言いった。「子こよ、しっかりしなさい。あなたの罪つみは赦ゆるされた。」

マタイ9:24 「あちらへ行いっていなさい。この子こは死しんだんじゃない。ただ眠ねむっているだけだ。」すると人々ひとびとはイエスをあざ笑わらった。

マタイ9:32 彼かれらが出でて行いくと、人々ひとびとが悪霊あくれいにとりつかれて口くちのきけない人ひとをイエスのところに連つれてきた。

マタイ10:17 人々ひとびとに気きをつけなさい。彼かれらはあなたたちを裁判さいばんの場ばに引ひき渡わたし、会堂かいどうであなたたちをむち打うつからだ。

マタイ10:18 またあなたがたは、わたしのために総督そうとくや王おうたちの前まえに引ひき出だされる。それは、その人ひとたちと外国がいこくの人々ひとびとに対たいしてあかしをするためだ。

マタイ10:32 だから、人々ひとびとの前まえでわたしを自分じぶんの主しゅだと言い表すいいあらわす人ひとのことを、わたしも天てんにいる父ちちの前まえで、この人ひとはわたしのものだと言い表すいいあらわす。

マタイ10:33 でも、人々ひとびとの前まえでわたしを知しらないと言いう者ものを、わたしも天てんにいるわたしの父ちちの前まえで、この人ひとを知しらないと言ゆう。

マタイ11:18 ヨハネがやって来きて、食たべも飲のみもしなかった。すると人々ひとびとは「あれは悪霊あくれいに取とりつかれている」と言ゆう。

マタイ11:19 人ひとの子こが来きて、食たべたり飲のんだりしていると、人々ひとびとは「見みろ、あの男おとこは大食おおぐいの大おお酒飲さけのみだ。取とり税ぜい人にんや罪人ざいにんの仲間なかまだ」と言ゆう。でも、知恵ちえが正ただしいことは、その行おこないが証明しょうめいする。

マタイ11:20 そのころイエスは、いちばん多おおくの奇跡きせきを見みせた町々まちまちを責せめはじめた。人々ひとびとが心こころを入いれかえなかったからだ。

マタイ12:10 そこに、片手かたての不ふ自由じゆうな人ひとがいた。人々ひとびとはイエスを訴うったえる口実こうじつを探さがしていて、「安息あんそく日ひに病気びょうきを治なおすのは、律法りっぽうで許ゆるされているのか」と尋たずねた。

マタイ12:16 そして、自分じぶんのことを人々ひとびとに言い広めいいひろめないようにと、彼かれらに強つよく言い聞かせいいきかせた。

マタイ12:41 ニネベの人々ひとびとは、今いまの時代じだいの人々ひとびとと一緒いっしょに裁さばきの場ばに立たって、この人ひとたちを罪つみに定さだめる。ニネベの人々ひとびとはヨナの語かたる言葉ことばを聞きいて、心こころを入いれ替かえたからだ。見みてほしい。ここにヨナよりも偉大いだいな者ものがいる。

マタイ12:42 南みなみの国くにの女王じょおうが、今いまの時代じだいの人々ひとびとと一緒いっしょにさばきの場ばに立たって、彼かれらを罪つみに定さだめる。この女王じょおうははるか地ちの果はてから、ソロモンの知恵ちえを聞きくためにやって来きたからだ。でも見みなさい。ここには、そのソロモンよりも偉大いだいな者ものがいる。

マタイ13:10 それから、弟子でしたちがイエスのところに来きて、こう尋たずねた。「どうして人々ひとびとにはたとえで話はなすのですか」

マタイ13:24 イエスはまた、別べつのたとえを人々ひとびとに話はなした。「天てんの国くには、自分じぶんの畑はたけに良よい種たねをまいた人ひとにたとえられる。

マタイ13:25 人々ひとびとが眠ねむっている間あいだに、その人ひとの敵てきがやって来きた。敵てきは麦むぎの中なかに毒麦どくむぎをまいて、去さっていった。

マタイ13:42 炉ろの火ひの中なかに投なげ込こむ。そこでは、人々ひとびとが泣なきわめき、歯はぎしりする。

マタイ13:48 網あみがいっぱいになると、人々ひとびとは岸きしに引ひき上あげた。そして座すわって、良よいものは入いれ物ものに集あつめ、悪わるいものは外そとに捨すてた。

マタイ13:50 炉ろの火ひの中なかに投なげ込こむ。そこでは、人々ひとびとが泣なきわめき、歯はぎしりする。

マタイ13:54 イエスは自分じぶんの故郷こきょうに戻もどり、そこの会堂かいどうで人々ひとびとを教おしえた。すると人々ひとびとは驚おどろいて言いった。「この人ひとは、こんな知恵ちえとこれほどの力ちからあるわざを、いったいどこで身みにつけたんだ。

マタイ13:57 人々ひとびとはイエスに反発はんぱつした。でも、イエスは彼かれらに言いった。「預言よげん者しゃはどこででも敬うやまわれる。ただ、自分じぶんの故郷こきょうと自分じぶんの家いえでは別べつだ。」

マタイ13:58 だが、人々ひとびとが信しんじようとしなかったので、そこでは奇跡きせきをたくさんはなさらなかった。

マタイ14:5 ヘロデはヨハネを殺ころしたかったが、群衆ぐんしゅうをこわがった。人々ひとびとがヨハネを預言よげん者しゃと認みとめていたからだ。

マタイ14:35 その土地とちの人々ひとびとはイエスだと気きづき、あたりの地域ちいき一帯いったいに人ひとを送おくった。そして病気びょうきの人ひとをみんなイエスのところに連つれてきた。

マタイ14:36 そして人々ひとびとは、せめてイエスの服ふくのふさにでも触ふれさせてほしいと願ねがった。触ふれた人ひとはみんな治なおった。

マタイ15:9 人々ひとびとにわたしを拝おがませても、むなしいだけだ。彼かれらが教おしえるのは、人間にんげんが作つくった決きまりごとにすぎないのだから』」

マタイ16:13 イエスはピリポ・カイザリヤの地方ちほうにやって来きた。そこで弟子でしたちに尋たずねた。「人々ひとびとは、人ひとの子このことをだれだと言いっているだろうか」

マタイ17:12 でも、あなたがたに言いっておく。エリヤはもう来きたのだ。それなのに人々ひとびとは彼かれだと気きづかず、好すき勝手かってに彼かれを扱あつかった。人ひとの子こも同おなじように、彼かれらから苦くるしみを受うけることになる。」

マタイ17:22 彼かれらがガリラヤに集あつまっていたとき、イエスはこう言いった。「人ひとの子こは人々ひとびとの手てに引ひき渡わたされる。

マタイ17:23 そして人々ひとびとはイエスを殺ころしてしまう。でも三みっ日か目めに、イエスは生いき返かえる。」これを聞きいて、弟子でしたちはひどく悲かなしんだ。

マタイ19:13 そのとき、イエスに手てを置おいて祈いのってもらおうと、人々ひとびとが子こどもたちを連つれてきた。でも、弟子でしたちはその人ひとたちをしかった。

マタイ20:25 そこでイエスは弟子でしたちを呼よび寄よせて言いった。「知しってのとおり、この世よの国々くにぐにでは支配しはい者しゃが人々ひとびとを上うえから抑おさえつけ、権力けんりょく者しゃが力ちからでその民たみを押おさえつけている。

マタイ21:10 エルサレムに入はいると、町中まちなかが大騒おおさわぎになった。人々ひとびとは「これは、いったい何者なにものなんだ」と言いった。

マタイ21:46 イエスを捕つかまえようとしたが、群衆ぐんしゅうを恐おそれた。人々ひとびとがイエスを預言よげん者しゃだと思おもっていたからだ。

マタイ22:13 すると、王おうは召使めしつかいたちに言いった。「この男おとこの手てと足あしを縛しばって、外そとの暗くらやみに放ほうり出だせ。そこで人々ひとびとは泣なきわめき、歯はぎしりすることになる。」

マタイ22:30 復活ふっかつのとき、人々ひとびとは結婚けっこんもしないし、結婚けっこんさせられることもない。天てんにいる神かみの使つかいのような存在そんざいになるのだ。

マタイ23:4 重おもい荷物にもつをまとめて人々ひとびとの肩かたにのせる。でも、それを動うごかすのに自分じぶんは指ゆび一いち本ぽんさえ貸かそうとしない。

マタイ23:7 広場ひろばであいさつされることや、人々ひとびとから「先生せんせい」と呼よばれることが大好だいすきなのだ。

マタイ23:13 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、ファリサイ派はの人ひとたち。あなたたちは不幸ふこうだ。人々ひとびとの前まえで天てんの国くにを閉とざしているからだ。自分じぶんも入はいらないし、入はいろうとしている人ひとたちも入はいらせない。

マタイ24:9 そのとき人々ひとびとは、あなたがたを苦くるしみに引ひき渡わたし、殺ころすだろう。あなたがたは、わたしの名なのせいで、すべての国くにの人々ひとびとに憎にくまれる。

マタイ24:26 だから、たとえ人々ひとびとが「見みて、あの人ひとは荒あれ野のにいる」と言いっても、出でて行いってはいけない。「見みて、あの人ひとは奥おくの部屋へやにいる」と言いっても、信しんじてはいけない。

マタイ24:34 よく聞きいてほしい。これらのことが全部ぜんぶ起おこるまで、今いまの時代じだいの人々ひとびとが滅ほろびてしまうことは決けっしてない。

マタイ24:38 洪水こうずいが起おこる前まえのこと。ノアが箱舟はこぶねに入はいるその日ひまで、人々ひとびとは食たべたり飲のんだり、結婚けっこんしたり嫁とつがせたりしていた。

マタイ24:51 彼かれを厳きびしく罰ばっし、うわべだけの者ものたちと同おなじ扱あつかいをする。人々ひとびとはそこで泣なき叫さけび、歯はぎしりをすることになる。

マタイ25:32 すべての国民こくみんがイエスの前まえに集あつめられる。そしてイエスは、羊飼ひつじかいが羊ひつじとヤギを分わけるように、人々ひとびとを二ふたつに分わける。

マタイ26:50 イエスは彼かれに言いった。「友ともよ、何なんをしに来きたのか。」すると人々ひとびとが進すすみ出でて、イエスに手てをかけて捕とらえた。

マタイ27:9 そのとき、預言よげん者しゃエレミヤが語かたった言葉ことばが実現じつげんした。「彼かれらは銀貨ぎんか三十さんじゅう枚まいを受うけ取とった。それは、イスラエルの人々ひとびとが値あたいをつけた、あの値あたいをつけられた人ひとの代金だいきんだ。

マタイ27:18 ピラトには、人々ひとびとがねたみからイエスを引ひきわたしたことが、よくわかっていたのだ。

マタイ27:23 ピラトは言いった。「いったい、この人ひとがどんな悪わるいことをしたのか。」しかし、人々ひとびとはますます激はげしく叫さけんだ。「十字じゅうじ架かにつけろ。」

マタイ27:64 だから、三みっ日か目めまで墓はかをしっかり見張みはるように命令めいれいしてください。そうしないと、弟子でしたちが来きて遺体いたいを盗ぬすみ出だし、『あの人ひとは死者ししゃの中なかから生いき返かえった』と人々ひとびとに言いいふらすかもしれません。そうなれば、あとの惑まどわしは前まえよりもっとひどいものになります」

マタイ28:19 だから、あなたがたは行いって、すべての国くにの人々ひとびとをわたしの弟子でしにしなさい。そして、父ちちと子こと聖霊せいれいの名なによって彼かれらにバプテスマを授さずけ、

マルコによる福音書(56か所)

マルコ1:5 すると、ユダヤ全土ぜんどの人々ひとびとや、エルサレムの住民じゅうみんが皆みな、ヨハネのもとへ出でて行いった。そして自分じぶんの罪つみを告白こくはくし、ヨルダン川かわでヨハネから洗礼せんれいを受うけた。

マルコ1:22 人々ひとびとはその教おしえに驚おどろいた。イエスが、律法りっぽう学がく者しゃのようにではなく、権威けんいを持もつ者ものとして教おしえていたからだ。

マルコ1:30 シモンのしゅうとめが熱ねつを出だして寝込ねこんでいたので、人々ひとびとはさっそくそのことをイエスに伝つたえた。

マルコ1:32 夕方ゆうがたになり、日ひが沈しずむと、人々ひとびとは病気びょうきの人ひとや悪霊あくれいにとりつかれた人ひとをみな、イエスのもとに連つれて来きた。

マルコ1:44 そして言いった。「いいか、このことは誰だれにも言ゆうな。ただ祭司さいしのところに行いって、体からだを見みせなさい。そして、モーセが命めいじたとおりに、きれいになったことのささげ物ものをしなさい。人々ひとびとへの証明しょうめいのためだ。」

マルコ1:45 ところがその人ひとは出でて行いくと、この出来事できごとをあちこちで言いいふらし始はじめた。それで、イエスはもう公然こうぜんと町まちに入はいることができなくなり、外そとの人ひとけのない場所ばしょにとどまっていた。それでも人々ひとびとは、あちこちからイエスのところにやって来きた。

マルコ2:12 すると、その人ひとはすぐに起おき上あがり、担架たんかをかついで、みんなの前まえを出でていった。これを見みた人々ひとびとはみな驚おどろき、神かみをたたえて言いった。「こんなことは、今いままで一いち度ども見みたことがない。」

マルコ2:18 ヨハネの弟子でしたちとファリサイ派はの人ひとたちは、断食だんじきをしていた。人々ひとびとがイエスのところに来きて言いった。「ヨハネの弟子でしやファリサイ派はの弟子でしは断食だんじきをするのに、どうしてあなたの弟子でしは断食だんじきをしないのですか。」

マルコ3:2 人々ひとびとはイエスを見張みはっていた。安息あんそく日ひにその人ひとをいやすかどうか、じっと見みていたのだ。イエスを訴うったえる口実こうじつにしようとしていた。

マルコ3:4 そして人々ひとびとに言いった。「安息あんそく日ひにしてよいのは、善よいことか、それとも悪わるいことか。命いのちを救すくうことか、それとも殺ころすことか。」しかし、彼かれらは黙だまっていた。

マルコ3:7 イエスは弟子でしたちと一緒いっしょに、そこを離はなれて湖みずうみのほうへ行いった。すると、ガリラヤから大勢おおぜいの人々ひとびとがついて来きた。ユダヤ、

マルコ3:30 イエスがこう言いったのは、人々ひとびとが「あの人ひとは汚よごれた霊れいに取とりつかれている」と言いっていたからだ。

マルコ4:1 イエスはまた、湖みずうみのほとりで教おしえ始はじめた。とても大勢おおぜいの人ひとが集あつまってきたので、イエスは舟ふねに乗のり込こみ、湖みずうみの上うえに座すわった。人々ひとびとはみな、岸辺きしべに立たって湖みずうみの方ほうを向むいていた。

マルコ4:33 イエスは、このようなたとえをたくさん使つかって、人々ひとびとが聞きいて受うけ止とめられるように、みことばを語かたった。

マルコ5:14 豚ぶたを飼かっていた人ひとたちは逃にげ出だし、町まちや村むらでこのことを伝つたえた。人々ひとびとは、何なんが起おきたのかを見みに来きた。

マルコ5:15 そしてイエスのところに来きて、あの男おとこを見みた。大勢おおぜいの悪霊あくれいに取とりつかれていた男おとこが、服ふくを着きて、正気しょうきに返かえって座すわっていたのだ。それを見みて、人々ひとびとは怖こわくなった。

マルコ5:16 見みていた人ひとたちは、悪霊あくれいに取とりつかれていた男おとこに何なんが起おきたのか、また豚ぶたのことを、人々ひとびとに話はなして聞きかせた。

マルコ5:17 すると人々ひとびとは、この地方ちほうから出でて行いってほしいと、イエスに願ねがい始はじめた。

マルコ5:20 男おとこは立たち去さり、イエスが自分じぶんにしてくださったことを、デカポリス地方ちほうで言い広めいいひろめ始はじめた。人々ひとびとはみな驚おどろいた。

マルコ5:35 イエスがまだ話はなしているうちに、会堂かいどうの責任せきにん者しゃの家いえから人々ひとびとが来きて言いった。「あなたの娘むすめさんは亡なくなりました。もう先生せんせいを煩わわずらわせることはないでしょう。」

マルコ5:38 一行いっこうが会堂かいどうの責任せきにん者しゃの家いえに着つくと、イエスは、人々ひとびとが取とり乱みだし、大声おおごえで泣なきわめいているのを見みた。

マルコ5:39 イエスは中なかに入はいって、人々ひとびとに言いった。「なぜ取とり乱みだして泣ないているのか。子こどもは死しんだのではない。眠ねむっているだけだ。」

マルコ5:40 すると人々ひとびとはイエスをあざ笑わらった。しかしイエスは全員ぜんいんを外そとに出だし、子こどもの父ちちと母はは、そして連つれて来きた弟子でしたちだけを連つれて、子こどものいる部屋へやに入はいった。

マルコ5:42 すると少女しょうじょはすぐに立たち上あがり、歩あるき始はじめた。もう十じゅう二に歳さいだったのだ。それを見みた人々ひとびとは、あまりのことに、すっかり驚おどろいてしまった。

マルコ6:3 この人ひとは、あの大工だいくではないか。マリアの息子むすこで、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄あにではないか。妹いもうとたちも、ここでわたしたちと一緒いっしょに暮くらしているではないか。」こうして人々ひとびとは、イエスにつまずいた。

マルコ6:6 そして、人々ひとびとが信しんじようとしないことに、イエスは驚おどろいた。それからイエスは、近ちかくの村々むらむらを回まわって教おしえて歩あるいた。

マルコ6:12 こうして弟子でしたちは出でかけて行いき、人々ひとびとに、心こころを入いれかえるようにと伝つたえた。

マルコ6:14 さて、イエスの名なは広ひろく知しれわたっていたので、ヘロデ王おうもそのうわさを耳みみにした。人々ひとびとは、「バプテスマを授さずけていたヨハネが、死者ししゃの中なかから生いき返かえったのだ。だから、あの人ひとにはこんな力ちからがはたらいているのだ」と言いっていた。

マルコ6:40 人々ひとびとは百ひゃく人にんずつ、五十ごじゅう人にんずつ、列れつを作つくって座すわった。

マルコ6:46 そして人々ひとびとと別わかれると、祈いのるために山やまへ登のぼった。

マルコ6:54 舟ふねから下おりると、人々ひとびとはすぐにイエスだと気きづいた。

マルコ6:55 そして人々ひとびとはその地方ちほう一帯いったいを走はしり回まわり、イエスがいると聞きいた場所ばしょへ、病人びょうにんを床ゆかに乗のせて運はこび始はじめた。

マルコ6:56 村むらでも町まちでも田舎いなかでも、イエスが入はいって行いく先々さきざきで、人々ひとびとは病人びょうにんを広場ひろばに寝ねかせた。そして、せめてイエスの服ふくのすそにでも触ふれさせてほしいと願ねがった。触ふれた人ひとはみな、いやされた。

マルコ7:32 人々ひとびとが、耳みみが聞きこえず、うまく話はなせない人ひとをイエスのところへ連つれて来きた。そして、その人ひとに手てを置おいてやってほしいと願ねがった。

マルコ7:36 イエスは、このことをだれにも言いわないようにと命めいじた。でも、命めいじれば命めいじるほど、人々ひとびとはますます言い広めいいひろめた。

マルコ7:37 人々ひとびとは非常ひじょうに驚おどろいて言いった。「この方かたのすることは、何なんもかもすばらしい。耳みみの聞きこえない人ひとを聞きこえるようにし、話はなせない人ひとを話はなせるようにしてくださるのだから。」

マルコ8:11 すると、ファリサイ派はの人々ひとびとがやって来きて、イエスと議論ぎろんを始はじめた。天てんからのしるしを求もとめて、イエスを試ためそうとしたのだ。

マルコ8:22 それから、彼かれらはベツサイダに着ついた。人々ひとびとが一人ひとりの目めの見みえない人ひとをイエスのところに連つれて来きて、この人ひとにさわってほしいと願ねがった。

マルコ8:27 イエスは弟子でしたちと一緒いっしょに、フィリポ・カイサリアの村々むらむらへ出でかけた。その道みちの途中とちゅうで、イエスは弟子でしたちにたずねた。「人々ひとびとはわたしのことを、だれだと言いっているのか。」

マルコ9:13 でも、あなたたちに言いっておく。エリヤはもう来きたんだ。そして人々ひとびとは、彼かれについて書かかかれているとおり、思おもいのままに彼かれを扱あつかった。」

マルコ9:20 そこで人々ひとびとはその子こをイエスのところへ連つれてきた。すると霊れいはイエスを見みるなり、すぐに子こどもを激はげしくひきつけさせた。子こどもは地面じめんに倒たおれ、泡あわをふきながら転ころげ回まわった。

マルコ9:31 弟子でしたちにこう教おしえていたからだ。「人ひとの子こは人々ひとびとの手てに引ひき渡わたされ、殺ころされる。そして殺ころされて三みっ日か後ごによみがえる。」

マルコ10:13 そのころ、人々ひとびとが子こどもたちをイエスのところに連つれてきた。イエスに触ふれてもらうためだった。でも弟子でしたちは、その人ひとたちを叱しかった。

マルコ10:34 人々ひとびとは人ひとの子こをあざけり、つばを吐はきかけ、むちで打うち、そして殺ころす。しかし人ひとの子こは、三みっ日か後ごによみがえる。」

マルコ10:42 そこでイエスは彼かれらを呼よび寄よせて言いった。「知しってのとおり、この世よで支配しはい者しゃと見みなされている人ひとたちは、人々ひとびとを上うえから押おさえつける。偉えらい人ひとたちは、その力ちからを振ふりかざす。

マルコ10:49 イエスは立たち止どまって、「あの人ひとを呼よびなさい」と言いった。そこで人々ひとびとは、その目めの見みえない人ひとを呼よんで言いった。「安心あんしんしなさい。さあ、立たって。イエスがあなたを呼よんでいるよ。」

マルコ13:9 あなたがたは、自分じぶんのことに気きをつけていなさい。人々ひとびとはあなたがたを捕とらえて裁判さいばんにかけ、会堂かいどうでむち打うつだろう。また、わたしのために、総督そうとくや王おうたちの前まえに立たたされる。それが、彼かれらへの証あかしとなる。

マルコ13:11 人々ひとびとがあなたがたを捕とらえて引ひいていくとき、何なんを話はなそうかと前まえもって心配しんぱいしてはいけない。そのとき与あたえられる言葉ことばを、そのまま話はなしなさい。話はなすのはあなたがたではなく、聖霊せいれいなのだから。

マルコ13:14 荒廃こうはいをもたらす、あの忌いまわしいものが、立たってはならない場所ばしょに立たっているのを見みたら——読よむ人ひとは、この意味いみを悟さとってほしい——そのとき、ユダヤにいる人々ひとびとは山やまへ逃にげなさい。

マルコ13:26 そしてそのとき、人々ひとびとは、人ひとの子こが大おおきな力ちからと栄光えいこうをまとって雲くもに乗のって来くるのを見みる。

マルコ14:46 すると人々ひとびとはイエスに手てをかけて、捕つかまえた。

マルコ14:51 ひとりの若者わかものが、素肌すはだに亜あ麻布まふを一いち枚まいまとってイエスについて行いっていた。人々ひとびとはその若者わかものを捕つかまえようとした。

マルコ14:53 人々ひとびとはイエスを大だい祭司さいしのところへ連つれて行いった。そこには祭司さいし長ちょうたち、長老ちょうろうたち、律法りっぽう学がく者しゃたちがみな集あつまって来きた。

マルコ15:6 ところで、祭まつりのたびにピラトは、人々ひとびとが願ねがい出でる囚人しゅうじんを一人ひとり、釈放しゃくほうするのが常つねだった。

マルコ15:29 そこを通とおりかかった人々ひとびとは、頭あたまを振ふりながらイエスをののしった。「おい、神殿しんでんを壊こわして三みっ日かで建たて直なおす人ひとよ、

マルコ15:41 この女おんなたちは、イエスがガリラヤにいたころから従したがって、その世話せわをしていた人々ひとびとである。ほかにも、イエスといっしょにエルサレムに上のぼって来きた女おんなたちが大勢おおぜいいた。

ルカによる福音書(92か所)

ルカ1:10 香こうをたくその時間じかん、大勢おおぜいの人々ひとびとはみな外そとで祈いのっていた。

ルカ1:16 そして、イスラエルの多おおくの人々ひとびとを、彼かれらの神かみである主しゅのもとへ立たち返かえらせる。

ルカ1:21 人々ひとびとはザカリヤを待まっていて、彼かれが聖せい所しょの中なかでこんなに手間取てまどっているのを不思議ふしぎに思おもっていた。

ルカ1:22 ところが、出でてきたザカリヤは人々ひとびとに話はなすことができなかった。それで人々ひとびとは、彼かれが聖せい所しょの中なかで幻まぼろしを見みたのだと気きづいた。ザカリヤは身みぶりで示しめすばかりで、口くちがきけないままだった。

ルカ1:25 「主しゅは今いま、こうしてわたしに目めを向むけてくださった。人々ひとびとの間あいだでわたしが受うけてきた恥はじを、取とり去さってくださったのだ。」

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