「神」(かみ)が出てくる聖書の箇所

「神」(かみ)は日常訳第1版の4504か所(旧約3012・新約1492)に出てきます。口語訳では4142か所。

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4504か所を200か所ずつ23ページに分けています(19ページ目)。

ローマ人への手紙(171か所)

ローマ7:22 神かみの律法りっぽうを心こころから喜よろこんでいる。わたしの内側うちがわにある本当ほんとうの自分じぶんは、そう感かんじている。

ローマ7:25 わたしたちの主しゅイエス・キリストによって、神かみに感謝かんしゃします。つまり、わたし自身じしんは、心こころでは神かみの律法りっぽうに仕つかえているのに、肉にくでは罪つみの律法りっぽうに仕つかえているのだ。

ローマ8:3 神かみは、律法りっぽうにできなかったことをしてくださった。律法りっぽうは、わたしたちの弱よわい肉にくのせいで、それができなかった。神かみは、罪つみの肉にくと同おなじ姿すがたをとらせて、罪つみを扱あつかうために、自分じぶんの子こを送おくった。そして、その肉にくにおいて罪つみをさばいたのだ。

ローマ8:7 肉にくの思おもいは神かみに敵対てきたいしている。神かみの律法りっぽうに従したがわないし、従したがうこともできないからだ。

ローマ8:8 だから、自分じぶんの欲望よくぼうのままに生いきる人ひとは、神かみを喜よろこばせることができない。

ローマ8:9 だがあなたたちは、肉にくではなく霊れいの中なかにいる。神かみの霊れいがあなたたちの中なかに住すんでいるならそうだ。もしキリストの霊れいを持もたない人ひとがいるなら、その人ひとはキリストのものではない。

ローマ8:14 神かみの霊れいに導みちびかれている人ひとはみな、神かみの子こである。

ローマ8:15 あなたがたが受うけたのは、人ひとをふたたび恐おそれさせる、奴隷どれいの霊れいではない。あなたがたが受うけたのは、神かみの子こにしてくれる霊れいだ。その霊れいによって、わたしたちは「アバ、父ちちよ」と呼よびかける。

ローマ8:16 霊れいそのものが、わたしたちの霊れいとともに、わたしたちが神かみの子こどもであることを証あかししてくれる。

ローマ8:17 もし子こどもなら、受うけ継つぐ者ものでもある。神かみから受うけ継つぐ者ものであり、キリストとともに受うけ継つぐ者ものだ。キリストと苦くるしみをともにするなら、栄光えいこうもともにするためだ。

ローマ8:19 被ひ造物ぞうぶつは、神かみの子こどもたちが姿すがたを現あらわすその時ときを、今いまか今いまかと待まちわびている。

ローマ8:21 被ひ造物ぞうぶつ自身じしんも、いつか朽くちていく滅ほろびの束縛そくばくから解放かいほうされ、神かみの子こどもたちが手てにする栄光えいこうに満みちた自由じゆうへと導みちびき入いれられる。

ローマ8:23 それだけではない。聖霊せいれいという最初さいしょの贈おくり物ものを受うけているわたしたち自身じしんも、心こころの中なかでうめきながら、神かみの子ことされること、つまりこの体からだが買かい戻もどされて自由じゆうになることを待まち望のぞんでいる。

ローマ8:27 心こころを探さぐる方かたは、御ご霊れいが何なんを思おもっているのかを知しっている。御ご霊れいは、神かみの御み心こころにそって、神かみの民たみのためにとりなしてくれるからだ。

ローマ8:28 神かみを愛あいする人ひとたち、つまり神かみの計画けいかくにそって招まねかれた人ひとたちのためには、すべてのことが協力きょうりょくして良よい方向ほうこうに働はたらく。わたしたちはそのことを知しっている。

ローマ8:29 神かみは、あらかじめ知しっていた人ひとたちを、御子みこと同おなじ姿すがたになるようにと、前まえもって選えらんでおいた。それは、御子みこが多おおくの兄弟きょうだい姉妹しまいの中なかで長男ちょうなんとなるためだ。

ローマ8:30 あらかじめ定さだめた人ひとたちを、神かみは召めし出だした。召めし出だした人ひとたちを、神かみは正ただしい者ものと認みとめた。そして正ただしい者ものと認みとめた人ひとたちに、神かみは栄光えいこうを与あたえた。

ローマ8:31 では、これらのことをどう考かんがえればいいだろう。神かみがわたしたちの味方みかたなら、だれがわたしたちに立たち向むかえるだろう。

ローマ8:33 だれが、神かみに選えらばれた者ものたちを訴うったえるだろうか。神かみが、彼かれらを正ただしい者ものとしてくださるのだ。

ローマ8:34 だれがわたしたちを罪つみある者ものだと決きめつけるのか。キリスト・イエスは死しんで、いや、よみがえって、今いまは神かみの右みぎにいて、わたしたちのために神かみにとりなしてくださっている。

ローマ8:39 高たかいところにあるものも、深ふかいところにあるものも、そのほかどんな造つくられたものも、わたしたちを神かみの愛あいから引ひき離はなすことはできない。この愛あいは、わたしたちの主しゅであるイエス・キリストのうちにある。

ローマ9:4 彼かれらはイスラエルの民たみだ。神かみの子ことされる特権とっけんも、栄光えいこうも、いくつもの契約けいやくも、律法りっぽうが与あたえられたことも、礼拝れいはいも、数々かずかずの約束やくそくも、彼かれらのものだ。

ローマ9:5 先祖せんぞたちも彼かれらのものだ。人ひととしてのキリストも、彼かれらの中なかから生うまれた。そのキリストは、すべてのものの上うえにおられる神かみであり、永遠えいえんにほめたたえられる方かただ。アーメン。

ローマ9:6 しかし、神かみの言葉ことばが無効むこうになったわけではない。イスラエルから出でた人ひとが、みながイスラエルなのではないからだ。

ローマ9:8 つまり、肉にくから生うまれた子こがそのまま神かみの子こになるわけではない。神かみが約束やくそくして生うまれた子ここそが、アブラハムの子孫しそんとして認みとめられるのだ。

ローマ9:11 まだ二人ふたりは生うまれてもおらず、善よいことも悪わるいこともしていなかった。それでも、神かみの選えらびに基もとづく計画けいかくがゆるがずに続つづくために、

ローマ9:14 では、どう考かんがえればいいのだろう。神かみに不正ふせいがあるというのか。絶対ぜったいにそんなことはない。

ローマ9:15 神かみはモーセにこう言いわれた。「わたしは、あわれもうと思おもう者ものをあわれみ、いつくしもうと思おもう者ものをいつくしむ。」

ローマ9:16 だから、それは人ひとが望のぞむかどうかでも、努力どりょくするかどうかでもない。ただ、あわれみをかけてくださる神かみによる。

ローマ9:18 だから神かみは、あわれもうと思おもう人ひとをあわれみ、かたくなにしようと思おもう人ひとを、かたくなにするのだ。

ローマ9:19 では、あなたはこう言ゆうだろう。「それなら、神かみはなぜまだ人ひとを責せめるのか。だれも神かみの思おもいに逆さからえないのに。」

ローマ9:20 ああ、人ひとよ。神かみに言い返すいいかえすあなたは、いったい何者なにものなのか。作つくられたものが、作つくった者ものに「どうしてわたしをこんなふうに作つくったのか」と言いえるだろうか。

ローマ9:22 神かみは怒いかりを示ししめし、ご自分じぶんの力ちからを知しらせようと思おもわれた。それなのに、滅ほろびることになっていた怒いかりの器うつわを、豊ゆたかな寛容かんようさで耐たえ忍しのばれたとしたら、どうだろう。

ローマ9:23 あわれみの器うつわにはご自分じぶんの栄光えいこうの富とみを知しらせようとされた。それは、栄光えいこうにあずかるようにと、神かみがあらかじめ用意よういしておいた器うつわなのだ。

ローマ9:24 神かみはこのあわれみの器うつわとして、わたしたちを召めしてくださった。それもユダヤ人じんの中なかからだけでなく、外国がいこく人にんの中なかからも召めしてくださったのだ。

ローマ9:26 「あなたたちはわたしの民たみではない」と告つげられたその場所ばしょで、彼かれらは「生いきている神かみの子こら」と呼よばれるようになる。

ローマ10:1 兄弟きょうだい姉妹しまいのみなさん。わたしが心こころから願ねがい、彼かれらのために神かみに祈いのっているのは、彼かれらが救すくわれることだ。

ローマ10:2 わたしは、彼かれらが神かみに対たいして熱心ねっしんであることは認みとめる。でも、その熱心ねっしんは正ただしい知識ちしきに基もとづいたものではない。

ローマ10:3 神かみの義ぎを知しらないまま、自分じぶんの義ぎを打うち立たてようとして、彼かれらは神かみの義ぎに従したがわなかったのだ。

ローマ10:9 もしあなたが「イエスは主しゅだ」と口くちで告白こくはくし、神かみがイエスを死者ししゃの中なかから復活ふっかつさせたと心こころで信しんじるなら、あなたは救すくわれる。

ローマ10:21 イスラエルについては、神かみはこう言いっている。「わたしは一いち日にちじゅう、言いうことを聞きかず、口くちごたえばかりする民たみに向むかって、この手てを差さし伸のべ続つづけた。」

ローマ11:1 では、わたしは問といたい。神かみはご自分じぶんの民たみを見捨みすててしまったのだろうか。決けっしてそんなことはない。わたし自身じしんもイスラエル人じんで、アブラハムの子孫しそんであり、ベニヤミン族ぞくの者ものなのだから。

ローマ11:2 神かみは、あらかじめ選えらんでおいたご自分じぶんの民たみを見捨みすてたりはしなかった。聖書せいしょがエリヤについて何なんと言いっているか、あなたたちは知しらないのだろうか。エリヤはイスラエルを神かみに訴うったえて、こう言いった。

ローマ11:4 でも、そのとき神かみは彼かれに何なんと答こたえたか。「バアルにひざをかがめなかった七千ななせん人にんを、わたしは自分じぶんのために残のこしておいた。」

ローマ11:8 「神かみは彼かれらに、ぼんやりとした心こころと、見みえない目めと、聞きこえない耳みみとをお与あたえになった。それは今日きょうこの日ひまで続つづいている。」と書かいてあるとおりだ。

ローマ11:15 もし彼かれらが退しりぞけられたことで世界せかいが神かみと和解わかいできたのなら、彼かれらが受うけ入いれられることは、死しんだ者ものが生いき返かえるようなものではないだろうか。

ローマ11:16 もし練ねり粉このはじめの一いち片へんが神かみのものなら、練ねり粉こ全体ぜんたいもそうだ。根ねが神かみのものなら、枝えだもそうだ。

ローマ11:21 もし神かみが元々もともとの枝えだを惜おしまなかったのなら、あなたを惜おしむこともないだろう。

ローマ11:22 だから、神かみのやさしさと厳きびしさをよく考かんがえてみてほしい。神かみは倒たおれた人ひとたちには厳きびしいけれど、あなたにはやさしい。ただし、そのやさしさにとどまり続つづけるなら、の話はなしだ。そうでなければ、あなたも切きり取とられてしまう。

ローマ11:23 でも、彼かれらも不ふ信仰しんこうにとどまり続つづけなければ、また接つぎ木きされる。神かみには、彼かれらをもう一いち度ど接つぎ木きする力ちからがあるのだから。

ローマ11:25 兄弟きょうだい姉妹しまいたち、この隠かくされた真理しんりをぜひ知しっておいてほしい。自分じぶんは賢かしこいと思おもい込こまないためだ。イスラエルの一部いちぶの人ひとたちの心こころがかたくなになっている。でもそれは、ほかの国々くにぐにの人ひとたちがみな神かみのもとに入はいるときまでのことだ。

ローマ11:26 こうして、イスラエルはみな救すくわれる。こう書かいてあるとおりだ。「救すくう方かたがシオンから来きて、ヤコブから神かみを無視むしする心こころを取とり除のぞく。

ローマ11:28 福音ふくいんの面めんから見みれば、彼かれらはあなたがたのために神かみに敵対てきたいする者ものとなった。でも、神かみの選えらびという面めんから見みれば、先祖せんぞたちのゆえに神かみに愛あいされている者ものだ。

ローマ11:29 神かみの贈おくり物ものと招まねきは、取とり消けされることがないからだ。

ローマ11:30 あなたたちも、かつては神かみに従したがわなかった。でも今いまは、彼かれらが従したがわなかったおかげで、あわれみを受うけている。

ローマ11:31 彼かれらも今いまは神かみに従したがわなくなっている。でもそれは、あなたがたが受うけたあわれみによって、彼かれら自身じしんも今いま、あわれみを受うけるためなのだ。

ローマ11:32 神かみはすべての人ひとをあわれもうとして、すべての人ひとを不ふ従順じゅうじゅんのなかに閉とじ込こめたのだ。

ローマ11:33 ああ、なんと深ふかいことか。神かみの豊ゆたかさ、その知恵ちえと知識ちしきの深ふかさは。神かみの裁さばきは、人ひとにはとても理解りかいしきれない。神かみの進すすむ道みちは、たどることさえできない。

ローマ11:35 だれが、先さきに神かみに与あたえて、お返かえしを受うけるのか。

ローマ11:36 すべては神かみから始はじまり、神かみによって成なり立たち、神かみへと向むかっている。この神かみに、栄光えいこうがいつまでもありますように。アーメン。

ローマ12:1 だから、兄弟きょうだい姉妹しまいたち、神かみがあなたがたにこれほどの深ふかいあわれみをかけてくれたのだから、わたしはあなたがたに願ねがう。自分じぶんの体からだを、神かみに喜よろこばれる、生いきた聖せいなる供そなえ物ものとしてささげてほしい。それこそが、あなたがたのなすべき本当ほんとうの礼拝れいはいなのだ。

ローマ12:2 この世よに合あわせるのをやめなさい。むしろ、心こころを新あたらしくして、あなた自身じしんが変かえられていきなさい。そうすれば、神かみが何なんを望のぞんでいるのか、何なんが良よいことで、神かみに喜よろこばれ、そして完全かんぜんなのかを見分みわけられるようになる。

ローマ12:3 わたしは、自分じぶんに与あたえられた恵めぐみによって、あなたたち一人ひとりひとりひとりに言ゆう。自分じぶんを過大かだいに評価ひょうかして思おもい上あがってはいけない。むしろ、神かみがそれぞれに分わけ与あたえてくださった信仰しんこうの量はかりに応おうじて、慎つつしみ深ぶかく考かんがえなさい。

ローマ12:19 愛あいする人ひとたちよ、自分じぶんで仕返ししかえしをしてはいけない。それは神かみの怒いかりに任まかせなさい。こう書かいてある。「復讐ふくしゅうはわたしのすること。わたしが報むくいる」と主しゅは言いわれる。

ローマ13:1 すべての人ひとは、上うえに立たつ権威けんいに従したがうべきだ。神かみによらない権威けんいは存在そんざいしないし、いま存在そんざいしている権威けんいはどれも、神かみによって立たてられたものだからだ。

ローマ13:2 だから、権威けんいに逆さからう人ひとは、神かみが定さだめたことに逆さからっている。逆さからう人ひとは、自分じぶんで自分じぶんにさばきを招まねくことになる。

ローマ13:4 彼かれは、あなたに良よいことをもたらすための、神かみに仕つかえる者ものだからだ。でも、もしあなたが悪わるいことをするなら、恐おそれたほうがいい。彼かれが剣けんを帯おびているのは、意味いみのないことではないからだ。彼かれは神かみに仕つかえる者ものであり、悪わるいことをする者ものに怒いかりをもって罰ばつを下くだすのだ。

ローマ13:6 あなたがたが税金ぜいきんを納おさめるのも、同おなじ理由りゆうからだ。彼かれらは神かみに仕つかえる者ものであり、まさにこの務つとめに専念せんねんしているのである。

ローマ14:3 食たべる人ひとは食たべない人ひとを見下みくだしてはいけない。食たべない人ひとも食たべる人ひとを非難ひなんしてはいけない。神かみはその人ひとを受うけ入いれてくださったのだから。

ローマ14:6 日ひを大切たいせつにする人ひとは、主しゅのためにそうしている。食たべる人ひとも、主しゅのために食たべている。神かみに感謝かんしゃして食たべるからだ。食たべない人ひとも、主しゅのために食たべないのであり、その人ひとも神かみに感謝かんしゃしている。

ローマ14:10 それなのに、あなたはなぜ自分じぶんの兄弟きょうだい姉妹しまいを裁さばくのか。なぜ見下みくだすのか。わたしたちはみな、神かみのさばきの座ざの前まえに立たつことになるのだから。

ローマ14:11 「主しゅはこう言いわれる。わたしは生いきている。すべての人ひとがわたしの前まえにひざをかがめ、すべての舌したが神かみをたたえる」と書かいてあるからだ。

ローマ14:17 神かみの国くには食たべたり飲のんだりすることではない。義ぎと、平和へいわと、聖霊せいれいによって与あたえられる喜よろこびである。

ローマ14:18 こうしてキリストに仕つかえる人ひとは、神かみに喜よろこばれ、人ひとにも認みとめられる。

ローマ14:20 食たべ物もののことで、神かみの働はたらきを壊こわしてはいけない。たしかに、すべての物ものはきれいだ。でも、食たべることで人ひとをつまずかせるなら、それはその人ひとにとって悪わるいことになる。

ローマ14:22 あなたが持もっている信仰しんこうは、神かみの前まえで、自分じぶんの心こころのうちに持もっていなさい。自分じぶんが良よいと判断はんだんしたことで、自分じぶんを責せめることのない人ひとは幸いさいわいである。

ローマ15:5 どうか、忍耐にんたいと励はげましを与あたえてくださる神かみが、あなたがたにキリスト・イエスにならって、たがいに同おなじ思おもいを持もたせてくださいますように。

ローマ15:6 そして、心こころを一ひとつにし、声こえを合あわせて、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちである神かみをたたえるようになるためだ。

ローマ15:7 だから、キリストがあなたがたを受うけ入いれてくれたように、あなたがたも互たがいに受うけ入いれ合あいなさい。それが神かみの栄光えいこうにつながるのだ。

ローマ15:8 わたしは言ゆう。キリストは、神かみの真実しんじつを明あきらかにするために、割礼かつれいを受うけた人々ひとびとに仕つかえる者ものとなった。それは、先祖せんぞたちに与あたえられた約束やくそくを確たしかなものとするためであり、

ローマ15:9 異邦いほう人にんもあわれみを受うけて神かみをあがめるようになるためだ。聖書せいしょにこう書かかかれているとおりだ。「だからわたしは、異邦いほう人にんの中なかであなたをたたえ、あなたの名なをほめ歌ううたう。」

ローマ15:13 どうか、希望きぼうの源みなもとである神かみが、信しんじるあなたがたを、あらゆる喜よろこびと平安へいあんで満みたしてくださいますように。そして聖霊せいれいの力ちからによって、あなたがたが希望きぼうにあふれますように。

ローマ15:15 でも、わたしは、あなたたちが一いち度ど知しったことを思おもい出だせるようにと、ところどころかなり思おもいきって書かいた。それは、神かみがわたしに与あたえてくださった恵めぐみによるものだ。

ローマ15:16 わたしがこの恵めぐみを受うけたのは、いろいろな国くにの人々ひとびとのためにキリスト・イエスに仕つかえる者ものとなるためだ。神かみの福音ふくいんを伝つたえる祭司さいしとして働はたらき、いろいろな国くにの人々ひとびとを神かみへのささげ物ものとして差さし出だす。そのささげ物ものが、聖霊せいれいによって聖せいなるものとされ、神かみに喜よろこばれるものとなるためだ。

ローマ15:17 だからわたしは、神かみに仕つかえるこの働はたらきについて、キリスト・イエスにあって誇ほこることができる。

ローマ15:18 わたしは、キリストがわたしを通とおしてなさったこと以外いがいは、あえて話はなすつもりはない。キリストは、わたしの言葉ことばと行おこないによって、ユダヤ人じん以外いがいの人々ひとびとを神かみに従したがわせるために働はたらいてくださった。

ローマ15:19 しるしと不思議ふしぎの力ちからによって、また神かみの霊れいの力ちからによって、それを成なし遂とげてくださった。こうしてわたしは、エルサレムから始はじめて、その周辺しゅうへんをめぐり、イリリコにまで至いたるまで、キリストの福音ふくいんをくまなく伝つたえ尽つくしてきたのだ。

ローマ15:30 兄弟きょうだい姉妹しまいたち、わたしたちの主しゅイエス・キリストによって、そして御ご霊れいが与あたえてくれる愛あいによって、あなたがたにお願ねがいする。わたしのために、神かみへの祈いのりで、わたしと一緒いっしょに力ちからを尽つくして戦たたかってほしい。

ローマ15:32 神かみの望のぞみどおりに、わたしは喜よろこびをもってあなたがたのところへ行いき、あなたがたと共ともに安やすらぎを得えられるように。

ローマ15:33 平和へいわの神かみが、あなたがたみんなと共ともにいてくださいますように。アーメン。

ローマ16:20 平和へいわをくださる神かみは、まもなくサタンをあなたがたの足あしの下したに打うち砕くだいてくださる。わたしたちの主しゅイエス・キリストの恵めぐみが、あなたがたとともにありますように。

ローマ16:25 神かみは、あなたがたをしっかりと立たたたせることができる方かただ。それは、わたしが伝つたえる福音ふくいん、つまりイエス・キリストを宣のべ伝つたえるメッセージによる。そしてそれは、はるか昔むかしからずっと隠かくされてきた奥義おうぎが、今いまあらわにされたことによる——

ローマ16:26 でも今いま、その秘密ひみつは明あきらかにされた。預言よげん者しゃたちの書しょによって示しめされ、永遠えいえんの神かみの命令めいれいにしたがって、すべての民族みんぞくに知しらされた。人々ひとびとが信しんじて従したがうようになるためである。

ローマ16:27 唯一ゆいいつの知恵ちえある神かみに、イエス・キリストを通とおして、栄光えいこうがいつまでもありますように。アーメン。

コリント人への第一の手紙(99か所)

コリント第一1:1 神かみの望のぞみによってキリスト・イエスの使徒しととして召めされたわたしパウロと、兄弟きょうだいのソステネから。

コリント第一1:2 コリントにある神かみの教会きょうかい、つまりキリスト・イエスによって聖せいなる者ものとされ、聖せいなる者ものとして召めされたあなたがたへ。また、わたしたちの主しゅイエス・キリストの名なを、どこにいても呼よび求もとめるすべての人ひとへ。この主しゅは、その人ひとたちの主しゅであり、わたしたちの主しゅでもある。

コリント第一1:3 わたしたちの父ちちである神かみと、主しゅイエス・キリストからの恵めぐみと平和へいわが、あなたがたにありますように。

コリント第一1:4 わたしは、あなたがたのことでいつも神かみに感謝かんしゃしている。キリスト・イエスによってあなたがたに与あたえられた、神かみの恵めぐみのことで。

コリント第一1:7 だから、あなたがたには神かみからの賜物たまものが何なん一ひとつ欠かけていない。そして、わたしたちの主しゅイエス・キリストが現あらわれる日ひを待まち望のぞんでいる。

コリント第一1:9 神かみは真実しんじつな方かただ。この神かみが、御子みこイエス・キリスト、わたしたちの主しゅとの交まじわりへと、あなたがたを招まねいてくださった。

コリント第一1:18 十字じゅうじ架かの言葉ことばは、滅ほろんでいく者ものにとっては愚おろかなものだ。でも、救すくわれるわたしたちにとっては、神かみの力ちからなのだ。

コリント第一1:20 知恵ちえある者ものはどこにいるのか。学者がくしゃはどこにいるのか。この世よの論客ろんきゃくはどこにいるのか。神かみは世よの知恵ちえを愚おろかなものにしたではないか。

コリント第一1:21 世よは、神かみの知恵ちえのなかにありながら、自分じぶんの知恵ちえでは神かみを知しることができなかった。だから神かみは、愚おろかに見みえるこの宣のべ伝つたえられる言葉ことばによって、信しんじる者ものを救すくおうとされたのだ。

コリント第一1:24 けれども、神かみに招まねかれた人ひとたちにとっては、ユダヤ人じんであれギリシア人じんであれ、このキリストこそ神かみの力ちからであり、神かみの知恵ちえなのだ。

コリント第一1:25 神かみの愚おろかさは、人ひとの知恵ちえよりも賢かしこく、神かみの弱よわさは、人ひとの強つよさよりも強つよいからだ。

コリント第一1:27 でも神かみは、世よの中なかで愚おろかだとされているものをあえて選えらばれた。賢かしこい者ものに恥はじをかかせるためだ。世よの中なかで弱よわいとされているものを選えらばれたのも、強つよい者ものに恥はじをかかせるためだった。

コリント第一1:28 神かみは、世よの中なかで身分みぶんが低ひくいとされ、見下みくだされているもの、取とるに足たらないものを選えらばれた。ひとかどのものとされているものを、無力むりょくにするためだ。

コリント第一1:29 だれ一人ひとり、神かみの前まえで誇ほこることがないようにするためだ。

コリント第一1:30 あなたたちがキリスト・イエスにつながっているのは、神かみのおかげだ。このキリストは、神かみからわたしたちに与あたえられた知恵ちえとなり、また、義ぎと、聖せいなる者ものとされることと、贖あがないとなってくださった。

コリント第一2:1 兄弟きょうだい姉妹しまいよ、わたしがあなたたちのところへ行いったとき、神かみからの証あかしを、すぐれた話はなしぶりや知恵ちえをもって伝つたえたわけではなかった。

コリント第一2:4 わたしの語かたる言葉ことばも、宣のべ伝つたえる内容ないようも、人ひとを丸まるめ込こむような知恵ちえの言葉ことばによるものではなかった。むしろ、神かみの霊れいと力ちからがはっきりと示しめされることによるものだった。

コリント第一2:5 それは、あなたたちの信仰しんこうが、人ひとの知恵ちえではなく、神かみの力ちからによって支ささえられるためだ。

コリント第一2:7 むしろ、わたしたちが語かたるのは、神かみの知恵ちえだ。それは、これまで隠かくされてきた、秘ひめられた知恵ちえだ。神かみは世界せかいが始はじまる前まえから、わたしたちを栄光えいこうへと導みちびくために、この知恵ちえを用意よういしておられた。

コリント第一2:9 しかし、こう書かかかれているとおりだ。「目めが見みたこともなく、耳みみが聞きいたこともなく、人ひとの心こころに思おもい浮うかんだこともないもの。それを、神かみはご自分じぶんを愛あいする人ひとたちのために用意よういしてくださった。」

コリント第一2:10 そのすべてを、神かみは霊れいを通とおしてわたしたちに明あきらかにしてくださった。霊れいは、あらゆることを探さぐり、神かみの深ふかいところまで見みきわめるからだ。

コリント第一2:11 人ひとのことは、その人ひとの中なかにある霊れいのほかに、だれが知しっているだろう。同おなじように、神かみのことは、神かみの霊れいのほかにだれも知しらない。

コリント第一2:12 わたしたちが受うけたのは、この世よの霊れいではなく、神かみから来くる霊れいだ。それは、神かみがわたしたちに惜おしみなく与あたえてくださったものを、はっきりと知しるためだ。

コリント第一2:14 霊れいを持もたない人ひとは、神かみの霊れいに属ぞくすることを受うけ入いれない。その人ひとにとって、それは愚おろかなことに思おもえるからだ。しかも、それは霊れいによってしか見みきわめられないので、その人ひとには理解りかいできない。

コリント第一3:1 兄弟きょうだい姉妹しまいのみなさん、わたしはあなたがたに、神かみの霊れいに生いきる人ひととして語かたることができなかった。肉にくに生いきる人ひと、キリストにあってまだ幼おさない子こどものように語かたるしかなかったのだ。

コリント第一3:6 わたしは植うえ、アポロは水みずをやった。でも、成長せいちょうさせたのは神かみだ。

コリント第一3:7 だから、植うえる者ものも水みずをやる者ものも、たいしたものではない。大切たいせつなのは、成長せいちょうさせてくださる神かみだ。

コリント第一3:9 わたしたちは、神かみのもとで共ともに働はたらく者ものだ。そしてあなたがたは、神かみの畑はたけであり、神かみの建物たてものなのだ。

コリント第一3:10 神かみがわたしに与あたえてくださった恵めぐみによって、わたしは熟練じゅくれんした建築けんちく家かのように土台どだいを据すえた。そして別べつの人ひとが、その上うえに建たてている。ただし、どのように建たてるかは、それぞれがよく気きをつけなければならない。

コリント第一3:16 あなたがたは、自分じぶんが神かみの神殿しんでんであることを知しらないのか。神かみの霊れいが、あなたがたの中なかに住すんでいるのだ。

コリント第一3:17 もしだれかが神かみの神殿しんでんを壊こわすなら、神かみはその人ひとを滅ほろぼす。神かみの神殿しんでんは聖せいなるものだからだ。そして、その神殿しんでんとは、あなたがたのことだ。

コリント第一3:19 なぜなら、この世よの知恵ちえは、神かみの前まえでは愚おろかだからだ。こう書かいてある。「神かみは、賢かしこい者ものたちを、その巧妙こうみょうな策略さくりゃくごと捕とらえる。」

コリント第一3:23 そして、あなたがたはキリストのもの、キリストは神かみのものなのだ。

コリント第一4:1 だから、わたしたちのことは、キリストに仕つかえる者もの、そして神かみの秘ひめられた計画けいかくを任まかされた管理かんり者しゃだと考かんがえてほしい。

コリント第一4:5 だから、時ときが来くる前まえに何なんかをさばいてはいけない。主しゅが来こられるまで待まちなさい。主しゅは闇やみに隠かくれたものを明あかるみに出だし、人ひとの心こころの思おもいを明あきらかにされる。そのとき、それぞれが神かみからほめられる。

コリント第一4:9 わたしはこう思おもう。神かみはわたしたち使徒しとを、死刑しけいを宣告せんこくされた者もののように、いちばん最後さいごに引ひき出だして見みせ物ものにされた。わたしたちは、この世界せかいにとって、また天使てんしにとっても人間にんげんにとっても、見みせ物ものになっているのだ。

コリント第一4:20 神かみの御み国くには、言葉ことばではなく力ちからにあるからだ。

コリント第一5:1 実際じっさい、あなたがたの間あいだで性的せいてきな不ふ品行ひんこうがあると言いわれている。しかも、それは神かみを知しらない人ひとたちの間あいだでさえないようなもので、父ちちの妻つまを自分じぶんのものにしている者ものがいるというのだ。

コリント第一5:13 外部がいぶの人ひとたちは、神かみが裁さばく。だから、その悪わるい者ものを、あなたがたの中なかから取とり除のぞきなさい。

コリント第一6:9 知しらないのか。正ただしくない者ものは、神かみの御み国くにを受うけ継つぐことはない。だまされてはいけない。性的せいてきに不ふ品行ひんこうな者もの、偶像ぐうぞうを拝おがむ者もの、姦淫かんいんをする者もの、男娼だんしょうとなる者もの、男おとこどうしで交まじわる者もの、

コリント第一6:10 盗ぬすむ者もの、欲深よくふかい者もの、酒さけにおぼれる者もの、人ひとをののしる者もの、人ひとをだまし取とる者ものは、神かみの御み国くにを受うけ継つぐことはない。

コリント第一6:11 あなたがたの中なかにも、以前いぜんはそういう者ものがいた。でも、あなたがたは洗あらいきよめられ、聖せいなる者ものとされ、そして主しゅイエスの名なと、わたしたちの神かみの霊れいによって、義ぎと認みとめられたのだ。

コリント第一6:13 「食たべ物ものはお腹なかのため、お腹なかは食たべ物もののため。」でも、神かみはそのどちらも滅ほろぼされる。からだは、性的せいてきな乱みだれのためにあるのではなく、主しゅのためにある。そして主しゅは、からだのためにいてくださる。

コリント第一6:14 その神かみは、主しゅを死しから復活ふっかつさせた。そして、その力ちからによって、わたしたちも復活ふっかつさせてくださる。

コリント第一6:19 あなたがたのからだは、あなたがたの中なかにいる聖霊せいれいが住すまう神殿しんでんだ。それを知しらないのか。この聖霊せいれいは、神かみから与あたえられたものだ。あなたがたは、もう自分じぶん自身じしんのものではない。

コリント第一6:20 あなたがたは、代価だいかを払はらって買かい取とられたのだ。だから、自分じぶんのからだで神かみをあがめなさい。

コリント第一7:7 わたしとしては、すべての人ひとがわたしのようであってほしい。でも、人ひとにはそれぞれ神かみから与あたえられた賜物たまものがあって、ある人ひとはこういう生いき方かたをし、別べつの人ひとはああいう生いき方かたをするのだ。

コリント第一7:14 信仰しんこうを持もたない夫おっとは、信しんじる妻つまと結むすばれていることで神かみのものとされ、信仰しんこうを持もたない妻つまも、信しんじる夫おっとと結むすばれていることで神かみのものとされているからだ。そうでなければ、あなたたちの子こどもは汚よごれていることになる。でも実際じっさいには、神かみのものとされている。

コリント第一7:15 でも、信仰しんこうを持もたない相手あいてが離はなれていくのなら、離はなれさせなさい。そういう場合ばあいには、信しんじる男性だんせいも女性じょせいも、しばられることはない。神かみはわたしたちを、平和へいわのうちに生いきるように招まねいてくださったのだから。

コリント第一7:17 ともかく、主しゅが一人ひとりひとりひとりに分わけ与あたえてくださったとおりに、そして神かみが招まねいてくださったときの姿すがたのままに、それぞれ生いきていきなさい。わたしはどの教会きょうかいでも、こう指示しじしている。

コリント第一7:19 割礼かつれいを受うけているかどうかは、どちらも問題もんだいではない。大切たいせつなのは、神かみの命令めいれいを守まもることだ。

コリント第一7:24 兄弟きょうだい姉妹しまいよ、それぞれ招まねかれたときの立場たちばのままで、神かみとともに生いきていきなさい。

コリント第一7:40 だが、わたしの考かんがえでは、そのまま独ひとりでいるほうが幸しあわせだ。わたしも神かみの霊れいをいただいていると思おもう。

コリント第一8:3 でも、神かみを愛あいしている人ひとは、その神かみに知しられているのだ。

コリント第一8:4 そこで、偶像ぐうぞうに供そなえられた肉にくを食たべることについてだが、わたしたちはこう知しっている。この世よに偶像ぐうぞうの神かみなど実在じつざいしないし、唯一ゆいいつの神かみのほかに神かみはいない、と。

コリント第一8:6 わたしたちには、ただひとりの神かみ、父ちちがおられるだけだ。すべてのものはこの父ちちから出でていて、わたしたちもこの父ちちのために生いきている。そして、ただひとりの主しゅ、イエス・キリストがおられるだけだ。すべてのものはこの主しゅを通とおして造つくられ、わたしたちもこの主しゅを通とおして生いきている。

コリント第一8:8 でも、食たべ物ものがわたしたちを神かみの前まえに立たたたせてくれるわけではない。食たべても何なんかが増ふえるわけではないし、食たべなくても何なんかが減へるわけでもない。

コリント第一9:9 モーセの律法りっぽうにはこう書かいてある。「脱穀だっこくしている牛うしに口輪くちわをはめてはならない。」神かみが気きにかけているのは、本当ほんとうに牛うしのことだろうか。

コリント第一9:21 律法りっぽうを持もたない人ひとを得えるために、その人ひとたちにはそのようになった。とはいえ、わたしは神かみの律法りっぽうを無視むししているのではなく、キリストの律法りっぽうのもとにある。

コリント第一10:3 みな同おなじ、神かみからの食たべ物ものを食たべ、

コリント第一10:4 みな同おなじ、神かみからの飲のみ物ものを飲のんだ。彼かれらについて来きた神かみの岩いわから飲のんだのだ。その岩いわとはキリストだった。

コリント第一10:5 でも、その大半たいはんを神かみは喜よろこばれなかった。彼かれらは荒あれ野ので倒たおれ、死しんでいったのだ。

コリント第一10:13 あなたたちが直面ちょくめんする誘惑ゆうわくは、どれも人ひとがふつうに経験けいけんするものばかりだ。神かみは真実しんじつな方かただ。あなたたちが耐たえられないほどの誘惑ゆうわくに遭あわせることはない。むしろ、誘惑ゆうわくと一緒いっしょに、それに耐たえられるよう逃にげ道みちも用意よういしてくださる。

コリント第一10:20 そうではなく、人々ひとびとがささげ物ものをするとき、それは神かみにではなく悪霊あくれいにささげているのだ。わたしは、あなたたちが悪霊あくれいとかかわる仲間なかまになってほしくない。

コリント第一10:31 だから、食たべるにも飲のむにも、何なんをするにも、すべて神かみの栄光えいこうのためにしなさい。

コリント第一10:32 ユダヤ人じんにも、ギリシア人じんにも、神かみの教会きょうかいにも、つまずきを与あたえないようにしなさい。

コリント第一11:3 ただ、これだけは知しっておいてほしい。すべての男おとこの頭あたまはキリストであり、女おんなの頭あたまは男おとこであり、キリストの頭あたまは神かみである。

コリント第一11:7 男おとこは頭あたまに何なんもかぶるべきではない。男おとこは神かみのかたちであり、神かみの栄光えいこうを映うつすものだからだ。一方いっぽう、女おんなは男おとこの栄光えいこうを映うつすものである。

コリント第一11:12 女おんなが男おとこから出でたように、男おとこも女おんなから生うまれてくる。そして、すべては神かみから出でているのだ。

コリント第一11:13 自分じぶんたちで考かんがえてみてほしい。女おんなが頭あたまに何なんもかぶらないで神かみに祈いのるのは、ふさわしいことだろうか。

コリント第一11:16 もしこのことで言い争いいいあらそいたい人ひとがいても、わたしたちにはそんな習慣しゅうかんはないし、神かみの諸教しょきょう会かいにもない。

コリント第一11:22 食たべたり飲のんだりする家いえが、あなたがたにはないというのか。それとも、神かみの教会きょうかいを見下みくだして、何なんも持もっていない人ひとたちに恥はじをかかせているのか。あなたがたに何なんと言いえばいいのだろう。このことであなたがたをほめればいいのか。いや、ほめはしない。

コリント第一12:2 あなたがたも知しっているとおり、まだ神かみを知しらなかったころ、あなたがたは誘さそわれるまま、ものを言いえない偶像ぐうぞうのところへ引ひき寄よせられていた。

コリント第一12:3 だから、はっきり言いっておきたい。神かみの霊れいによって語かたる人ひとはだれも「イエスはのろわれよ」とは言いわない。そして、聖霊せいれいによらなければ、だれも「イエスは主しゅです」と言いうことはできない。

コリント第一12:6 働はたらきにもいろいろな種類しゅるいがある。でも、すべての人ひとの中なかですべてを行おこなう神かみは同おなじ方かただ。

コリント第一12:18 でも実際じっさいには、神かみがそれぞれの部分ぶぶんを、思おもいのままに体からだの中なかに置おいてくださった。

コリント第一12:24 見栄みばえのする部分ぶぶんには、そんな心配しんぱいはいらない。神かみは体からだを組くみ合あわせ、劣おとって見みえる部分ぶぶんにこそ、より大おおきな心遣こころづかいを与あたえてくださった。

コリント第一12:28 神かみは教会きょうかいの中なかに、いろいろな役割やくわりを置おいてくださった。まず使徒しと、次つぎに預言よげん者しゃ、三さん番ばん目めに教師きょうし。それから奇跡きせきを行おこなう力ちから、病気びょうきを治なおす賜物たまもの、人ひとを助たすける働はたらき、まとめて導みちびく働はたらき、さまざまな種類しゅるいの言葉ことばを語かたる力ちからだ。

コリント第一14:2 異言いげんを話はなす人ひとは、人ひとに向むかって話はなしているのではなく、神かみに向むかって話はなしている。だれにも理解りかいできないのに、霊れいによって神秘しんぴを語かたっているからだ。

コリント第一14:16 もしあなたが霊れいだけで神かみをたたえても、その内容ないようがわからない人ひとは、あなたの感謝かんしゃに対たいしてどうやって「アーメン」と言いえるだろう。あなたが何なんを言いっているのか、その人ひとにはわからないのだから。

コリント第一14:18 わたしは、あなたがた誰だれよりも多おおく異言いげんを話はなすことを、神かみに感謝かんしゃしている。

コリント第一14:25 その人ひとの心こころの隠かくれた思おもいがあらわになる。そして、その人ひとはひれ伏ふして神かみを礼拝れいはいし、「本当ほんとうに、神かみはあなたたちの中なかにおられる」と告白こくはくするのだ。

コリント第一14:26 では、兄弟きょうだい姉妹しまい、どうすればいいのだろう。あなたがたが集あつまるとき、ある人ひとは賛美さんびの歌うたを、ある人ひとは教おしえを、ある人ひとは神かみからの示ししめしを、ある人ひとは異言いげんを、ある人ひとはその解とき明あかしを持もっている。そのすべてを、たがいの成長せいちょうのために用もちいなさい。

コリント第一14:28 でも、解とき明あかす人ひとがいないなら、その人ひとは教会きょうかいの中なかでは黙だまっていなさい。そして、自分じぶん自身じしんと神かみに向むかって話はなしなさい。

コリント第一14:30 もし、座すわっているほかの人ひとに神かみからの示ししめしが与あたえられたら、最初さいしょに話はなしていた人ひとは黙だまりなさい。

コリント第一14:33 神かみは混乱こんらんの神かみではなく、平和へいわの神かみだからだ。聖せいなる人ひとたちのすべての教会きょうかいでそうであるように。

コリント第一14:36 それとも、神かみの言葉ことばはあなたがたから出でたとでもいうのか。あるいは、あなたがただけに届とどいたとでもいうのか。

コリント第一15:9 わたしは使徒しとたちの中なかでいちばん小ちいさな者ものだ。使徒しとと呼よばれる資格しかくもない。神かみの教会きょうかいを迫害はくがいしたのだから。

コリント第一15:10 けれども、今いまのわたしがあるのは神かみの恵めぐみによる。わたしに注そそがれたその恵めぐみは、無駄むだにはならなかった。わたしはだれよりも懸命けんめいに働はたらいた。いや、働はたらいたのはわたしではなく、わたしとともにあった神かみの恵めぐみだ。

コリント第一15:15 それどころか、わたしたちは神かみについて偽いつわりを語かたる証人しょうにんだということになる。神かみがキリストをよみがえらせたと、神かみに反はんして証言しょうげんしたことになるからだ。もし本当ほんとうに死者ししゃがよみがえらされないのなら、神かみはキリストをよみがえらせてなどいないことになる。

コリント第一15:24 それから、終おわりが来くる。そのとき、キリストはすべての支配しはい、すべての権威けんいと力ちからを滅ほろぼし、御み国くにを父ちちである神かみに引ひき渡わたされる。

コリント第一15:27 「神かみは、すべてのものをキリストの足あしの下したに従したがわせた」からだ。でも、「すべてのものが従したがわされた」と言いわれるとき、すべてをキリストに従したがわせた方かた自身じしんは、その中なかに含ふくまれない。これははっきりしている。

コリント第一15:28 すべてのものがキリストに従したがわされると、そのとき御子みこ自身じしんも、すべてをご自分じぶんに従したがわせた方かたに従したがわれる。こうして、神かみがすべてにおいてすべてとなるためだ。

コリント第一15:34 正気しょうきに戻もどり、正ただしく生いきなさい。もう罪つみを犯おかしてはいけない。あなたがたの中なかには、神かみを知しらない人ひとがいる。恥はずかしいことだが、あえてこう言ゆう。

コリント第一15:38 でも神かみは、その種たねに、思おもいのままの体からだを与あたえる。それぞれの種たねに、それにふさわしい体からだを与あたえるのだ。

コリント第一15:50 兄弟きょうだい姉妹しまい、わたしが言いいいたいのはこういうことだ。肉にくと血ちでできた体からだは、神かみの国くにを受うけ継つぐことができない。朽くちるものは、朽くちないものを受うけ継つげないのだ。

コリント第一15:57 でも、神かみに感謝かんしゃしよう。神かみは、わたしたちの主しゅイエス・キリストによって、わたしたちに勝利しょうりを与あたえてくださる。

コリント第一16:1 さて、神かみの民たみのために献金けんきんを集あつめる件けんだけど。ガラテヤの諸教しょきょう会かいに指示しじしたとおり、あなたたちもやってほしい。

コリント第一16:15 兄弟きょうだい姉妹しまいよ、お願ねがいがある。あなたたちも知しっているとおり、ステファナの家いえの人ひとたちはアカイアで最初さいしょに信しんじた人ひとたちで、神かみの民たみに仕つかえることに自分じぶんをささげてきた。

コリント人への第二の手紙(73か所)

コリント第二1:1 神かみの御み心こころによってキリスト・イエスの使徒しととなったパウロと、兄弟きょうだいテモテから、コリントにある神かみの教会きょうかいへ。そして、アカイア全土ぜんどにいるすべての聖せいなる人ひとたちへ。

コリント第二1:2 わたしたちの父ちちである神かみと、主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんがあなたがたにありますように。

コリント第二1:3 わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちである神かみをほめたたえよう。この方かたは、あわれみに満みちた父ちちであり、あらゆる励はげましを与あたえてくださる神かみだ。

コリント第二1:4 神かみは、どんな苦くるしみのときにもわたしたちを励はげましてくださる。だからわたしたちも、あらゆる苦くるしみの中なかにいる人ひとたちを励はげますことができる。神かみご自身じしんから受うけたその励はげましによって、他たの人ひとを励はげませるのだ。

コリント第二1:9 わたしたちは心こころの中なかで、死しを宣告せんこくされたようなものだと感かんじていた。でもそれは、自分じぶん自身じしんではなく、死しんだ者ものを生いき返かえらせてくださる神かみに頼たよるためだった。

コリント第二1:10 神かみは、これほど大おおきな死しの危険きけんからわたしたちを救すくい出だしてくださった。そして、これからも救すくい出だしてくださる。わたしたちはこの神かみに望のぞみをかけている。神かみはこれからも救すくってくださると。

コリント第二1:12 わたしたちが誇ほこりとしているのは、これだ。良心りょうしんが証あかししてくれること、つまり、わたしたちがこの世よで、そして特とくにあなたがたに対たいして、神かみから出でた清きよさと誠実せいじつさをもって歩あゆんできたということ。それは人間にんげん的てきな知恵ちえによるのではなく、神かみの恵めぐみによるものだった。

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