「子」(こ)が出てくる聖書の箇所

「子」(こ)は口語訳の2722か所(旧約2291・新約431)に出てきます。日常訳第1版では2272か所。

日常訳第1版で読む · 語句検索で探す

2722か所を200か所ずつ14ページに分けています(13ページ目)。

マルコによる福音書(56か所)

マルコ5:23 しきりに願ねがって言いった、「わたしの幼おさない娘むすめが死しにかかっています。どうぞ、その子こがなおって助たすかりますように、おいでになって、手てをおいてやってください」。

マルコ7:30 そこで、女おんなが家いえに帰かえってみると、その子こは床ゆかの上うえに寝ねており、悪霊あくりょうは出でてしまっていた。

マルコ8:31 それから、人ひとの子こは必かならず多おおくの苦くるしみを受うけ、長老ちょうろう、祭司さいし長ちょう、律法りっぽう学がく者しゃたちに捨すてられ、また殺ころされ、そして三みっ日かの後あとによみがえるべきことを、彼かれらに教おしえはじめ、

マルコ8:38 邪悪じゃあくで罪深つみぶかいこの時代じだいにあって、わたしとわたしの言葉ことばとを恥はじる者ものに対たいしては、人ひとの子こもまた、父ちちの栄光えいこうのうちに聖せいなる御ご使したちと共ともに来くるときに、その者ものを恥はじるであろう」。

マルコ9:7 すると、雲くもがわき起おこって彼かれらをおおった。そして、その雲くもの中なかから声こえがあった、「これはわたしの愛あいする子こである。これに聞きけ」。

マルコ9:9 一同いちどうが山やまを下くだって来くるとき、イエスは「人ひとの子こが死人しにんの中なかからよみがえるまでは、いま見みたことをだれにも話はなしてはならない」と、彼かれらに命めいじられた。

マルコ9:12 イエスは言いわれた、「確たしかに、エリヤが先さきにきて、万事ばんじを元もとどおりに改あらためる。しかし、人ひとの子こについて、彼かれが多おおくの苦くるしみを受うけ、かつ恥はずかしめられると、書かいてあるのはなぜか。

マルコ9:19 イエスは答こたえて言いわれた、「ああ、なんという不ふ信仰しんこうな時代じだいであろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒いっしょにおられようか。いつまで、あなたがたに我慢がまんができようか。その子こをわたしの所ところに連つれてきなさい」。

マルコ9:20 そこで人々ひとびとは、その子こをみもとに連つれてきた。霊れいがイエスを見みるや否いなや、その子こをひきつけさせたので、子こは地ちに倒たおれ、あわを吹ふきながらころげまわった。

マルコ9:22 霊れいはたびたび、この子こを火ひの中なか、水みずの中なかに投なげ入いれて、殺ころそうとしました。しかしできますれば、わたしどもをあわれんでお助たすけください」。

マルコ9:24 その子この父親ちちおやはすぐ叫さけんで言いった、「信しんじます。不ふ信仰しんこうなわたしを、お助たすけください」。

マルコ9:25 イエスは群衆ぐんしゅうが駆かけ寄よって来くるのをごらんになって、けがれた霊れいをしかって言いわれた、「おしとつんぼの霊れいよ、わたしがおまえに命めいじる。この子こから出でて行いけ。二に度どと、はいって来くるな」。

マルコ9:26 すると霊れいは叫さけび声ごえをあげ、激はげしく引ひきつけさせて出でて行いった。その子こは死人しにんのようになったので、多おおくの人ひとは、死しんだのだと言いった。

マルコ9:27 しかし、イエスが手てを取とって起おこされると、その子こは立たち上あがった。

マルコ9:31 それは、イエスが弟子でしたちに教おしえて、「人ひとの子こは人々ひとびとの手てにわたされ、彼かれらに殺ころされ、殺ころされてから三みっ日かの後あとによみがえるであろう」と言いっておられたからである。

マルコ10:24 弟子でしたちはこの言葉ことばに驚おどろき怪あやしんだ。イエスは更さらに言いわれた、「子こたちよ、神かみの国くににはいるのは、なんとむずかしいことであろう。

マルコ10:29 イエスは言いわれた、「よく聞きいておくがよい。だれでもわたしのために、また福音ふくいんのために、家いえ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、母はは、父ちち、子こ、もしくは畑はたけを捨すてた者ものは、

マルコ10:30 必かならずその百ひゃく倍ばいを受うける。すなわち、今いまこの時代じだいでは家いえ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、母はは、子こおよび畑はたけを迫害はくがいと共ともに受うけ、また、きたるべき世よでは永遠えいえんの生命せいめいを受うける。

マルコ10:33 「見みよ、わたしたちはエルサレムへ上のぼって行いくが、人ひとの子こは祭司さいし長ちょう、律法りっぽう学がく者しゃたちの手てに引ひきわたされる。そして彼かれらは死刑しけいを宣告せんこくした上うえ、彼かれを異邦いほう人にんに引ひきわたすであろう。

マルコ10:35 さて、ゼベダイの子このヤコブとヨハネとがイエスのもとにきて言いった、「先生せんせい、わたしたちがお頼たのみすることは、なんでもかなえてくださるようにお願ねがいします」。

マルコ10:45 人ひとの子こがきたのも、仕つかえられるためではなく、仕つかえるためであり、また多おおくの人ひとのあがないとして、自分じぶんの命いのちを与あたえるためである」。

マルコ10:46 それから、彼かれらはエリコにきた。そして、イエスが弟子でしたちや大おおぜいの群衆ぐんしゅうと共ともにエリコから出でかけられたとき、テマイの子こ、バルテマイという盲人もうじんのこじきが、道みちばたにすわっていた。

マルコ10:47 ところが、ナザレのイエスだと聞きいて、彼かれは「ダビデの子こイエスよ、わたしをあわれんでください」と叫さけび出だした。

マルコ10:48 多おおくの人々ひとびとは彼かれをしかって黙だまらせようとしたが、彼かれはますます激はげしく叫さけびつづけた、「ダビデの子こイエスよ、わたしをあわれんでください」。

マルコ11:2 「むこうの村むらへ行いきなさい。そこにはいるとすぐ、まだだれも乗のったことのないろばの子こが、つないであるのを見みるであろう。それを解といて引ひいてきなさい。

マルコ11:4 そこで、彼かれらは出でかけて行いき、そして表通おもてどおりの戸口とぐちに、ろばの子こがつないであるのを見みたので、それを解といた。

マルコ11:5 すると、そこに立たっていた人々ひとびとが言いった、「そのろばの子こを解といて、どうするのか」。

マルコ11:7 そこで、弟子でしたちは、そのろばの子こをイエスのところに引ひいてきて、自分じぶんたちの上着うわぎをそれに投なげかけると、イエスはその上うえにお乗のりになった。

マルコ12:6 ここに、もうひとりの者ものがいた。それは彼かれの愛子あいこであった。自分じぶんの子こは敬うやまってくれるだろうと思おもって、最後さいごに彼かれをつかわした。

マルコ12:19 「先生せんせい、モーセは、わたしたちのためにこう書かいています、『もし、ある人ひとの兄あにが死しんで、その残のこされた妻つまに、子こがない場合ばあいには、弟おとうとはこの女おんなをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

マルコ12:20 ここに、七しち人にんの兄弟きょうだいがいました。長男ちょうなんは妻つまをめとりましたが、子こがなくて死しに、

マルコ12:21 次男じなんがその女おんなをめとって、また子こをもうけずに死しに、三さん男なんも同様どうようでした。

マルコ12:35 イエスが宮みやで教おしえておられたとき、こう言いわれた、「律法りっぽう学がく者しゃたちは、どうしてキリストをダビデの子こだと言いうのか。

マルコ12:37 このように、ダビデ自身じしんがキリストを主しゅと呼よんでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子こであろうか」。大おおぜいの群衆ぐんしゅうは、喜よろこんでイエスに耳みみを傾かたむけていた。

マルコ13:12 また兄弟きょうだいは兄弟きょうだいを、父ちちは子こを殺ころすために渡わたし、子こは両親りょうしんに逆さからって立たち、彼かれらを殺ころさせるであろう。

マルコ13:17 その日ひには、身重みおもの女おんなと乳飲ちのみ子こをもつ女おんなとは、不幸ふこうである。

マルコ13:26 そのとき、大おおいなる力ちからと栄光えいこうとをもって、人ひとの子こが雲くもに乗のって来くるのを、人々ひとびとは見みるであろう。

マルコ13:29 そのように、これらの事ことが起おこるのを見みたならば、人ひとの子こが戸口とぐちまで近ちかづいていると知しりなさい。

マルコ13:32 その日ひ、その時ときは、だれも知しらない。天てんにいる御ご使したちも、また子こも知しらない、ただ父ちちだけが知しっておられる。

マルコ14:21 たしかに人ひとの子こは、自分じぶんについて書かいてあるとおりに去さって行いく。しかし、人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、わざわいである。その人ひとは生うまれなかった方ほうが、彼かれのためによかったであろう」。

マルコ14:41 三さん度ど目めにきて言いわれた、「まだ眠ねむっているのか、休やすんでいるのか。もうそれでよかろう。時じがきた。見みよ、人ひとの子こは罪人ざいにんらの手てに渡わたされるのだ。

マルコ14:61 しかし、イエスは黙だまっていて、何なんもお答こたえにならなかった。大だい祭司さいしは再ふたたび聞ききただして言いった、「あなたは、ほむべき者ものの子こ、キリストであるか」。

マルコ14:62 イエスは言いわれた、「わたしがそれである。あなたがたは人ひとの子こが力ちからある者ものの右みぎに座ざし、天てんの雲くもに乗のって来くるのを見みるであろう」。

マルコ15:39 イエスにむかって立たっていた百ひゃく卒そつ長ちょうは、このようにして息いきをひきとられたのを見みて言いった、「まことに、この人ひとは神かみの子こであった」。

ルカによる福音書(88か所)

ルカ1:7 ところが、エリサベツは不妊ふにんの女おんなであったため、彼かれらには子こがなく、そしてふたりともすでに年老としおいていた。

ルカ1:13 そこで御ご使しが彼かれに言いった、「恐おそれるな、ザカリヤよ、あなたの祈いのりが聞ききいれられたのだ。あなたの妻つまエリサベツは男おとこの子こを産うむであろう。その子こをヨハネと名なづけなさい。

ルカ1:16 そして、イスラエルの多おおくの子こらを、主しゅなる彼かれらの神かみに立たち帰かえらせるであろう。

ルカ1:17 彼かれはエリヤの霊れいと力ちからとをもって、みまえに先立さきだって行いき、父ちちの心こころを子こに向むけさせ、逆さからう者ものに義人ぎじんの思おもいを持もたせて、整ととのえられた民たみを主しゅに備そなえるであろう」。

ルカ1:31 見みよ、あなたはみごもって男おとこの子こを産うむでしょう。その子こをイエスと名なづけなさい。

ルカ1:32 彼かれは大おおいなる者ものとなり、いと高たかき者ものの子こと、となえられるでしょう。そして、主しゅなる神かみは彼かれに父ちちダビデの王座おうざをお与あたえになり、

ルカ1:35 御ご使しが答こたえて言いった、「聖霊せいれいがあなたに臨のぞみ、いと高たかき者ものの力ちからがあなたをおおうでしょう。それゆえに、生うまれ出でる子こは聖せいなるものであり、神かみの子こと、となえられるでしょう。

ルカ1:36 あなたの親族しんぞくエリサベツも老年ろうねんながら子こを宿やどしています。不妊ふにんの女おんなといわれていたのに、はや六ろくか月げつになっています。

ルカ1:41 エリサベツがマリヤのあいさつを聞きいたとき、その子こが胎内たいないでおどった。エリサベツは聖霊せいれいに満みたされ、

ルカ1:66 聞きく者ものたちは皆みなそれを心こころに留とめて、「この子こは、いったい、どんな者ものになるだろう」と語かたり合あった。主しゅのみ手てが彼かれと共ともにあった。

ルカ2:17 彼かれらに会あった上うえで、この子こについて自分じぶんたちに告つげ知しらされた事ことを、人々ひとびとに伝つたえた。

ルカ2:27 この人ひとが御ご霊れいに感かんじて宮みやにはいった。すると律法りっぽうに定さだめてあることを行おこなうため、両親りょうしんもその子こイエスを連つれてはいってきたので、

ルカ3:2 アンナスとカヤパとが大だい祭司さいしであったとき、神かみの言げんが荒野あらのでザカリヤの子こヨハネに臨のぞんだ。

ルカ3:7 さて、ヨハネは、彼かれからバプテスマを受うけようとして出でてきた群衆ぐんしゅうにむかって言いった、「まむしの子こらよ、迫せまってきている神かみの怒いかりから、のがれられると、おまえたちにだれが教おしえたのか。

ルカ3:8 だから、悔改くいあらためにふさわしい実じつを結むすべ。自分じぶんたちの父ちちにはアブラハムがあるなどと、心こころの中なかで思おもってもみるな。おまえたちに言いっておく。神かみはこれらの石いしころからでも、アブラハムの子こを起おこすことができるのだ。

ルカ3:22 聖霊せいれいがはとのような姿すがたをとってイエスの上うえに下くだり、そして天てんから声こえがした、「あなたはわたしの愛あいする子こ、わたしの心こころにかなう者ものである」。

ルカ3:23 イエスが宣教せんきょうをはじめられたのは、年としおよそ三十さんじゅう歳さいの時ときであって、人々ひとびとの考かんがえによれば、ヨセフの子こであった。ヨセフはヘリの子こ、

ルカ3:28 メルキ、アデイ、コサム、エルマダム、エル、

ルカ4:3 そこで悪魔あくまが言いった、「もしあなたが神かみの子こであるなら、この石いしに、パンになれと命めいじてごらんなさい」。

ルカ4:9 それから悪魔あくまはイエスをエルサレムに連つれて行いき、宮みやの頂上ちょうじょうに立たたたせて言いった、「もしあなたが神かみの子こであるなら、ここから下したへ飛とびおりてごらんなさい。

ルカ4:22 すると、彼かれらはみなイエスをほめ、またその口くちから出でて来くるめぐみの言葉ことばに感嘆かんたんして言いった、「この人ひとはヨセフの子こではないか」。

ルカ4:41 悪霊あくりょうも「あなたこそ神かみの子こです」と叫さけびながら多おおくの人々ひとびとから出でていった。しかし、イエスは彼かれらを戒いましめて、物ものを言いうことをお許ゆるしにならなかった。彼かれらがイエスはキリストだと知しっていたからである。

ルカ5:10 シモンの仲間なかまであったゼベダイの子こヤコブとヨハネも、同様どうようであった。すると、イエスがシモンに言いわれた、「恐おそれることはない。今いまからあなたは人間にんげんをとる漁師りょうしになるのだ」。

ルカ5:24 しかし、人ひとの子こは地上ちじょうで罪つみをゆるす権威けんいを持もっていることが、あなたがたにわかるために」と彼かれらに対たいして言いいい、中風ちゅうぶの者ものにむかって、「あなたに命めいじる。起おきよ、床ゆかを取とり上あげて家いえに帰かえれ」と言いわれた。

ルカ6:5 また彼かれらに言いわれた、「人ひとの子こは安息あんそく日ひの主しゅである」。

ルカ6:15 マタイとトマス、アルパヨの子こヤコブと、熱心ねっしん党とうと呼よばれたシモン、

ルカ6:16 ヤコブの子こユダ、それからイスカリオテのユダ。このユダが裏切うらぎり者しゃとなったのである。

ルカ6:22 人々ひとびとがあなたがたを憎にくむとき、また人ひとの子このためにあなたがたを排斥はいせきし、ののしり、汚名おめいを着きせるときは、あなたがたはさいわいだ。

ルカ6:35 しかし、あなたがたは、敵てきを愛あいし、人ひとによくしてやり、また何なんも当あてにしないで貸かしてやれ。そうすれば受うける報むくいは大おおきく、あなたがたはいと高たかき者ものの子ことなるであろう。いと高たかき者ものは、恩おんを知しらぬ者ものにも悪人あくにんにも、なさけ深ぶかいからである。

ルカ7:34 また人ひとの子こがきて食たべたり飲のんだりしていると、見みよ、あれは食しょくをむさぼる者もの、大酒おおざけを飲のむ者もの、また取とり税ぜい人にん、罪人ざいにんの仲間なかまだ、と言ゆう。

ルカ7:35 しかし、知恵ちえの正ただしいことは、そのすべての子こが証明しょうめいする」。

ルカ8:28 この人ひとがイエスを見みて叫さけび出だし、みまえにひれ伏ふして大声おおごえで言いった、「いと高たかき神かみの子こイエスよ、あなたはわたしとなんの係かかりわりがあるのです。お願ねがいです、わたしを苦くるしめないでください」。

ルカ8:51 それから家いえにはいられるとき、ペテロ、ヨハネ、ヤコブおよびその子この父母ふぼのほかは、だれも一緒いっしょにはいって来くることをお許ゆるしにならなかった。

ルカ9:22 「人ひとの子こは必かならず多おおくの苦くるしみを受うけ、長老ちょうろう、祭司さいし長ちょう、律法りっぽう学がく者しゃたちに捨すてられ、また殺ころされ、そして三みっ日か目めによみがえる」。

ルカ9:26 わたしとわたしの言葉ことばとを恥はじる者ものに対たいしては、人ひとの子こもまた、自分じぶんの栄光えいこうと、父ちちと聖せいなる御ご使しとの栄光えいこうのうちに現あらわれて来くるとき、その者ものを恥はじるであろう。

ルカ9:35 すると雲くもの中なかから声こえがあった、「これはわたしの子こ、わたしの選えらんだ者ものである。これに聞きけ」。

ルカ9:38 すると突然とつぜん、ある人ひとが群衆ぐんしゅうの中なかから大声おおごえをあげて言いった、「先生せんせい、お願ねがいです。わたしのむすこを見みてやってください。この子こはわたしのひとりむすこですが、

ルカ9:41 イエスは答こたえて言いわれた、「ああ、なんという不ふ信仰しんこうな、曲まがった時代じだいであろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒いっしょにおられようか、またあなたがたに我慢がまんができようか。あなたの子こをここに連つれてきなさい」。

ルカ9:42 ところが、その子こがイエスのところに来くる時ときにも、悪霊あくりょうが彼かれを引ひき倒たおして、引ひきつけさせた。イエスはこの汚よごれた霊れいをしかりつけ、その子供こどもをいやして、父親ちちおやにお渡わたしになった。

ルカ9:44 「あなたがたはこの言葉ことばを耳みみにおさめて置おきなさい。人ひとの子こは人々ひとびとの手てに渡わたされようとしている」。

ルカ9:58 イエスはその人ひとに言いわれた、「きつねには穴あながあり、空そらの鳥とりには巣すがある。しかし、人ひとの子こにはまくらする所ところがない」。

ルカ10:6 もし平安へいあんの子こがそこにおれば、あなたがたの祈いのる平安へいあんはその人ひとの上うえにとどまるであろう。もしそうでなかったら、それはあなたがたの上うえに帰かえって来くるであろう。

ルカ10:22 すべての事ことは父ちちからわたしに任まかせられています。そして、子こがだれであるかは、父ちちのほか知しっている者ものはありません。また父ちちがだれであるかは、子こと、父ちちをあらわそうとして子こが選えらんだ者ものとのほか、だれも知しっている者ものはいません」。

ルカ11:11 あなたがたのうちで、父ちちであるものは、その子こが魚さかなを求もとめるのに、魚さかなの代かわりにへびを与あたえるだろうか。

ルカ11:30 というのは、ニネベの人々ひとびとに対たいしてヨナがしるしとなったように、人ひとの子こもこの時代じだいに対たいしてしるしとなるであろう。

ルカ12:8 そこで、あなたがたに言ゆう。だれでも人ひとの前まえでわたしを受うけいれる者ものを、人ひとの子こも神かみの使つかいたちの前まえで受うけいれるであろう。

ルカ12:10 また、人ひとの子こに言いいい逆さからう者ものはゆるされるであろうが、聖霊せいれいをけがす者ものは、ゆるされることはない。

ルカ12:40 あなたがたも用意よういしていなさい。思おもいがけない時ときに人ひとの子こが来くるからである」。

ルカ12:53 また父ちちは子こに、子こは父ちちに、母ははは娘むすめに、娘むすめは母ははに、しゅうとめは嫁よめに、嫁よめはしゅうとめに、対立たいりつするであろう」。

ルカ13:34 ああ、エルサレム、エルサレム、預言よげん者しゃたちを殺ころし、おまえにつかわされた人々ひとびとを石いしで打うち殺ころす者ものよ。ちょうどめんどりが翼つばさの下したにひなを集あつめるように、わたしはおまえの子こらを幾いくたび集あつめようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応おうじようとしなかった。

ルカ14:26 「だれでも、父ちち、母はは、妻つま、子こ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、さらに自分じぶんの命いのちまでも捨すてて、わたしのもとに来くるのでなければ、わたしの弟子でしとなることはできない。

ルカ15:22 しかし父ちちは僕ぼくたちに言いいつけた、『さあ、早はやく、最上さいじょうの着物きものを出だしてきてこの子こに着きせ、指輪ゆびわを手てにはめ、はきものを足あしにはかせなさい。

ルカ15:30 それだのに、遊女ゆうじょどもと一緒いっしょになって、あなたの身代みのしろを食くいつぶしたこのあなたの子こが帰かえってくると、そのために肥こえた子牛こうしをほふりなさいました』。

ルカ15:31 すると父ちちは言いった、『子こよ、あなたはいつもわたしと一緒いっしょにいるし、またわたしのものは全部ぜんぶあなたのものだ。

ルカ16:8 ところが主人しゅじんは、この不正ふせいな家令かれいの利口りこうなやり方かたをほめた。この世よの子こらはその時代じだいに対たいしては、光ひかりの子こらよりも利口りこうである。

ルカ16:25 アブラハムが言いった、『子こよ、思おもい出だすがよい。あなたは生前せいぜんよいものを受うけ、ラザロの方ほうは悪わるいものを受うけた。しかし今いまここでは、彼かれは慰なぐさめられ、あなたは苦くるしみもだえている。

ルカ17:22 それから弟子でしたちに言いわれた、「あなたがたは、人ひとの子この日ひを一日ついたちでも見みたいと願ねがっても見みることができない時ときが来くるであろう。

ルカ17:24 いなずまが天てんの端はしからひかり出でて天てんの端はしへとひらめき渡わたるように、人ひとの子こもその日ひには同おなじようであるだろう。

ルカ17:26 そして、ノアの時ときにあったように、人ひとの子この時ときにも同様どうようなことが起おこるであろう。

ルカ17:30 人ひとの子こが現あらわれる日ひも、ちょうどそれと同様どうようであろう。

ルカ18:8 あなたがたに言いっておくが、神かみはすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人ひとの子こが来くるとき、地上ちじょうに信仰しんこうが見みられるであろうか」。

ルカ18:29 イエスは言いわれた、「よく聞きいておくがよい。だれでも神かみの国くにのために、家いえ、妻つま、兄弟きょうだい、両親りょうしん、子こを捨すてた者ものは、

ルカ18:31 イエスは十じゅう二に弟子でしを呼よび寄よせて言いわれた、「見みよ、わたしたちはエルサレムへ上のぼって行いくが、人ひとの子こについて預言よげん者しゃたちがしるしたことは、すべて成就じょうじゅするであろう。

ルカ18:32 人ひとの子こは異邦いほう人にんに引ひきわたされ、あざけられ、はずかしめを受うけ、つばきをかけられ、

ルカ18:38 声こえをあげて、「ダビデの子こイエスよ、わたしをあわれんで下ください」と言いった。

ルカ18:39 先頭せんとうに立たつ人々ひとびとが彼かれをしかって黙だまらせようとしたが、彼かれはますます激はげしく叫さけびつづけた、「ダビデの子こよ、わたしをあわれんで下ください」。

ルカ19:9 イエスは彼かれに言いわれた、「きょう、救すくいがこの家いえにきた。この人ひともアブラハムの子こなのだから。

ルカ19:10 人ひとの子こがきたのは、失うしなわれたものを尋たずね出だして救すくうためである」。

ルカ19:30 「向むこうの村むらへ行いきなさい。そこにはいったら、まだだれも乗のったことのないろばの子こがつないであるのを見みるであろう。それを解といて、引ひいてきなさい。

ルカ19:33 彼かれらが、そのろばの子こを解といていると、その持もち主ぬしたちが、「なぜろばの子こを解とくのか」と言いったので、

ルカ19:35 そしてそれをイエスのところに引ひいてきて、その子ころばの上うえに自分じぶんたちの上着うわぎをかけてイエスをお乗のせした。

ルカ19:44 おまえとその内うちにいる子こらとを地ちに打うち倒たおし、城内きうちの一ひとつの石いしも他たの石いしの上うえに残のこして置おかない日ひが来くるであろう。それは、おまえが神かみのおとずれの時ときを知しらないでいたからである」。

ルカ20:28 「先生せんせい、モーセは、わたしたちのためにこう書かいています、『もしある人ひとの兄あにが妻つまをめとり、子こがなくて死しんだなら、弟おとうとはこの女おんなをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

ルカ20:29 ところで、ここに七しち人にんの兄弟きょうだいがいました。長男ちょうなんは妻つまをめとりましたが、子こがなくて死しに、

ルカ20:31 七しち人にんとも同様どうように、子こをもうけずに死しにました。

ルカ20:34 イエスは彼かれらに言いわれた、「この世よの子こらは、めとったり、とついだりするが、

ルカ20:36 彼かれらは天使てんしに等ひとしいものであり、また復活ふっかつにあずかるゆえに、神かみの子こでもあるので、もう死しぬことはあり得えないからである。

ルカ20:41 イエスは彼かれらに言いわれた、「どうして人々ひとびとはキリストをダビデの子こだと言いうのか。

ルカ20:44 このように、ダビデはキリストを主しゅと呼よんでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子こであろうか」。

ルカ21:23 その日ひには、身重みおもの女おんなと乳飲ちのみ子こをもつ女おんなとは、不幸ふこうである。地上ちじょうには大おおきな苦難くなんがあり、この民たみにはみ怒いかりが臨のぞみ、

ルカ21:27 そのとき、大おおいなる力ちからと栄光えいこうとをもって、人ひとの子こが雲くもに乗のって来くるのを、人々ひとびとは見みるであろう。

ルカ21:36 これらの起おころうとしているすべての事ことからのがれて、人ひとの子この前まえに立たつことができるように、絶たえず目めをさまして祈いのっていなさい」。

ルカ22:22 人ひとの子こは定さだめられたとおりに、去さって行いく。しかし人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、わざわいである」。

ルカ22:48 そこでイエスは言いわれた、「ユダ、あなたは接吻せっぷんをもって人ひとの子こを裏切うらぎるのか」。

ルカ22:69 しかし、人ひとの子こは今いまからのち、全能ぜんのうの神かみの右みぎに座ざするであろう」。

ルカ22:70 彼かれらは言いった、「では、あなたは神かみの子こなのか」。イエスは言いわれた、「あなたがたの言いうとおりである」。

ルカ23:29 『不妊ふにんの女おんなと子こを産うまなかった胎はらと、ふくませなかった乳房ちぶさとは、さいわいだ』と言いう日ひが、いまに来くる。

ルカ24:7 すなわち、人ひとの子こは必かならず罪人ざいにんらの手てに渡わたされ、十字じゅうじ架かにつけられ、そして三みっ日か目めによみがえる、と仰おおせられたではないか」。

ヨハネによる福音書(61か所)

ヨハネ1:12 しかし、彼かれを受うけいれた者もの、すなわち、その名なを信しんじた人々ひとびとには、彼かれは神かみの子ことなる力ちからを与あたえたのである。

ヨハネ1:14 そして言げんは肉体にくたいとなり、わたしたちのうちに宿やどった。わたしたちはその栄光えいこうを見みた。それは父ちちのひとり子ことしての栄光えいこうであって、めぐみとまこととに満みちていた。

ヨハネ1:18 神かみを見みた者ものはまだひとりもいない。ただ父ちちのふところにいるひとり子こなる神かみだけが、神かみをあらわしたのである。

ヨハネ1:34 わたしはそれを見みたので、このかたこそ神かみの子こであると、あかしをしたのである」。

ヨハネ1:42 そしてシモンをイエスのもとにつれてきた。イエスは彼かれに目めをとめて言いわれた、「あなたはヨハネの子こシモンである。あなたをケパ(訳やくせば、ペテロ)と呼よぶことにする」。

ヨハネ1:45 このピリポがナタナエルに出会であって言いった、「わたしたちは、モーセが律法りっぽうの中なかにしるしており、預言よげん者しゃたちがしるしていた人ひと、ヨセフの子こ、ナザレのイエスにいま出会であった」。

ヨハネ1:49 ナタナエルは答こたえた、「先生せんせい、あなたは神かみの子こです。あなたはイスラエルの王おうです」。

ヨハネ1:51 また言いわれた、「よくよくあなたがたに言いっておく。天てんが開あけて、神かみの御ご使したちが人ひとの子この上うえに上のぼり下おりするのを、あなたがたは見みるであろう」。

ヨハネ3:13 天てんから下くだってきた者もの、すなわち人ひとの子このほかには、だれも天てんに上のぼった者ものはない。

ヨハネ3:14 そして、ちょうどモーセが荒野あらのでへびを上あげたように、人ひとの子こもまた上あげられなければならない。

ヨハネ3:16 神かみはそのひとり子こを賜たまわったほどに、この世よを愛あいして下くださった。それは御子みこを信しんじる者ものがひとりも滅ほろびないで、永遠えいえんの命いのちを得えるためである。

ヨハネ3:18 彼かれを信しんじる者ものは、さばかれない。信しんじない者ものは、すでにさばかれている。神かみのひとり子この名なを信しんじることをしないからである。

ヨハネ4:5 そこで、イエスはサマリヤのスカルという町まちにおいでになった。この町まちは、ヤコブがその子こヨセフに与あたえた土地とちの近ちかくにあったが、

ヨハネ4:12 あなたは、この井戸いどを下くださったわたしたちの父ちちヤコブよりも、偉えらいかたなのですか。ヤコブ自身じしんも飲のみ、その子こらも、その家畜かちくも、この井戸いどから飲のんだのですが」。

ヨハネ4:47 この人ひとが、ユダヤからガリラヤにイエスのきておられることを聞ききき、みもとにきて、カペナウムに下くだって、彼かれの子こをなおしていただきたいと、願ねがった。その子こが死しにかかっていたからである。

ヨハネ4:51 その下くだって行いく途中とちゅう、僕ぼくたちが彼かれに出会であい、その子こが助たすかったことを告つげた。

ヨハネ5:19 さて、イエスは彼かれらに答こたえて言いわれた、「よくよくあなたがたに言いっておく。子こは父ちちのなさることを見みてする以外いがいに、自分じぶんからは何事なにごともすることができない。父ちちのなさることであればすべて、子こもそのとおりにするのである。

ヨハネ5:20 なぜなら、父ちちは子こを愛あいして、みずからなさることは、すべて子こにお示ししめしになるからである。そして、それよりもなお大おおきなわざを、お示ししめしになるであろう。あなたがたが、それによって不思議ふしぎに思おもうためである。

ヨハネ5:21 すなわち、父ちちが死人しにんを起おこして命いのちをお与あたえになるように、子こもまた、そのこころにかなう人々ひとびとに命いのちを与あたえるであろう。

ヨハネ5:22 父ちちはだれをもさばかない。さばきのことはすべて、子こにゆだねられたからである。

ヨハネ5:23 それは、すべての人ひとが父ちちを敬ううやまうと同様どうように、子こを敬ううやまうためである。子こを敬うやまわない者ものは、子こをつかわされた父ちちをも敬うやまわない。

ヨハネ5:25 よくよくあなたがたに言いっておく。死しんだ人ひとたちが、神かみの子この声こえを聞きく時ときが来くる。今いますでにきている。そして聞きく人ひとは生いきるであろう。

ヨハネ5:26 それは、父ちちがご自分じぶんのうちに生命せいめいをお持もちになっていると同様どうように、子こにもまた、自分じぶんのうちに生命せいめいを持もつことをお許ゆるしになったからである。

ヨハネ5:27 そして子こは人ひとの子こであるから、子こにさばきを行おこなう権威けんいをお与あたえになった。

ヨハネ5:28 このことを驚おどろくには及およばない。墓はかの中なかにいる者ものたちがみな神かみの子この声こえを聞ききき、

ヨハネ6:27 朽くちる食物しょくもつのためではなく、永遠えいえんの命いのちに至いたる朽くちない食物しょくもつのために働はたらくがよい。これは人ひとの子こがあなたがたに与あたえるものである。父ちちなる神かみは、人ひとの子こにそれをゆだねられたのである」。

ヨハネ6:40 わたしの父ちちのみこころは、子こを見みて信しんじる者ものが、ことごとく永遠えいえんの命いのちを得えることなのである。そして、わたしはその人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう」。

ヨハネ6:42 そして言いった、「これはヨセフの子こイエスではないか。わたしたちはその父母ふぼを知しっているではないか。わたしは天てんから下くだってきたと、どうして今いまいうのか」。

ヨハネ6:53 イエスは彼かれらに言いわれた、「よくよく言いっておく。人ひとの子この肉にくを食たべず、また、その血ちを飲のまなければ、あなたがたの内うちに命いのちはない。

ヨハネ6:62 それでは、もし人ひとの子こが前まえにいた所ところに上のぼるのを見みたら、どうなるのか。

ヨハネ6:71 これは、イスカリオテのシモンの子こユダをさして言いわれたのである。このユダは、十じゅう二に弟子でしのひとりでありながら、イエスを裏切うらぎろうとしていた。

ヨハネ8:28 そこでイエスは言いわれた、「あなたがたが人ひとの子こを上あげてしまった後あとはじめて、わたしがそういう者ものであること、また、わたしは自分じぶんからは何なんもせず、ただ父ちちが教おしえて下くださったままを話はなしていたことが、わかってくるであろう。

ヨハネ8:35 そして、奴隷どれいはいつまでも家いえにいる者ものではない。しかし、子こはいつまでもいる。

ヨハネ8:36 だから、もし子こがあなたがたに自由じゆうを得えさせるならば、あなたがたは、ほんとうに自由じゆうな者ものとなるのである。

ヨハネ8:39 彼かれらはイエスに答こたえて言いった、「わたしたちの父ちちはアブラハムである」。イエスは彼かれらに言いわれた、「もしアブラハムの子こであるなら、アブラハムのわざをするがよい。

ヨハネ9:35 イエスは、その人ひとが外そとへ追おい出だされたことを聞きかれた。そして彼かれに会あって言いわれた、「あなたは人ひとの子こを信しんじるか」。

ヨハネ10:36 父ちちが聖別せいべつして、世よにつかわされた者ものが、『わたしは神かみの子こである』と言いったからとて、どうして『あなたは神かみを汚けがす者ものだ』と言いうのか。

ヨハネ11:4 イエスはそれを聞きいて言いわれた、「この病気びょうきは死しぬほどのものではない。それは神かみの栄光えいこうのため、また、神かみの子こがそれによって栄光えいこうを受うけるためのものである」。

ヨハネ11:52 ただ国民こくみんのためだけではなく、また散在さんざいしている神かみの子こらを一ひとつに集あつめるために、死しぬことになっていると、言いったのである。

ヨハネ12:14 イエスは、ろばの子こを見みつけて、その上うえに乗のられた。それは

ヨハネ12:15 「シオンの娘むすめよ、恐おそれるな。見みよ、あなたの王おうがろばの子こに乗のっておいでになる」と書かいてあるとおりであった。

ヨハネ12:23 すると、イエスは答こたえて言いわれた、「人ひとの子こが栄光えいこうを受うける時ときがきた。

ヨハネ12:34 すると群衆ぐんしゅうはイエスにむかって言いった、「わたしたちは律法りっぽうによって、キリストはいつまでも生いきておいでになるのだ、と聞きいていました。それだのに、どうして人ひとの子こは上あげられねばならないと、言いわれるのですか。その人ひとの子ことは、だれのことですか」。

ヨハネ12:36 光ひかりのある間あいだに、光ひかりの子ことなるために、光ひかりを信しんじなさい」。イエスはこれらのことを話はなしてから、そこを立たち去さって、彼かれらから身みをお隠かくしになった。

ヨハネ13:2 夕食ゆうしょくのとき、悪魔あくまはすでにシモンの子こイスカリオテのユダの心こころに、イエスを裏切うらぎろうとする思おもいを入いれていたが、

ヨハネ13:26 イエスは答こたえられた、「わたしが一いちきれの食物しょくもつをひたして与あたえる者ものが、それである」。そして、一いちきれの食物しょくもつをひたしてとり上あげ、シモンの子こイスカリオテのユダにお与あたえになった。

ヨハネ13:31 さて、彼かれが出でて行いくと、イエスは言いわれた、「今いまや人ひとの子こは栄光えいこうを受うけた。神かみもまた彼かれによって栄光えいこうをお受うけになった。

ヨハネ13:33 子こたちよ、わたしはまだしばらく、あなたがたと一緒いっしょにいる。あなたがたはわたしを捜さがすだろうが、すでにユダヤ人にんたちに言いったとおり、今いまあなたがたにも言ゆう、『あなたがたはわたしの行いく所ところに来くることはできない』。

ヨハネ14:13 わたしの名なによって願ねがうことは、なんでもかなえてあげよう。父ちちが子こによって栄光えいこうをお受うけになるためである。

ヨハネ16:21 女おんなが子こを産うむ場合ばあいには、その時ときがきたというので、不安ふあんを感かんじる。しかし、子こを産うんでしまえば、もはやその苦くるしみをおぼえてはいない。ひとりの人ひとがこの世よに生うまれた、という喜よろこびがあるためである。

ヨハネ17:1 これらのことを語かたり終おえると、イエスは天てんを見みあげて言いわれた、「父ちちよ、時ときがきました。あなたの子こがあなたの栄光えいこうをあらわすように、子この栄光えいこうをあらわして下ください。

ヨハネ17:2 あなたは、子こに賜たまわったすべての者ものに、永遠えいえんの命いのちを授さずけさせるため、万民ばんみんを支配しはいする権威けんいを子こにお与あたえになったのですから。

ヨハネ17:12 わたしが彼かれらと一緒いっしょにいた間あいだは、あなたからいただいた御名ぎょめいによって彼かれらを守まもり、また保護ほごしてまいりました。彼かれらのうち、だれも滅ほろびず、ただ滅ほろびの子こだけが滅ほろびました。それは聖書せいしょが成就じょうじゅするためでした。

ヨハネ19:7 ユダヤ人にんたちは彼かれに答こたえた、「わたしたちには律法りっぽうがあります。その律法りっぽうによれば、彼かれは自分じぶんを神かみの子ことしたのだから、死罪しざいに当あたる者ものです」。

ヨハネ19:26 イエスは、その母ははと愛あい弟子でしとがそばに立たっているのをごらんになって、母ははにいわれた、「婦人ふじんよ、ごらんなさい。これはあなたの子こです」。

ヨハネ20:31 しかし、これらのことを書かいたのは、あなたがたがイエスは神かみの子こキリストであると信しんじるためであり、また、そう信しんじて、イエスの名なによって命いのちを得えるためである。

ヨハネ21:2 シモン・ペテロが、デドモと呼よばれているトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子こらや、ほかのふたりの弟子でしたちと一緒いっしょにいた時ときのことである。

ヨハネ21:5 イエスは彼かれらに言いわれた、「子こたちよ、何なんか食たべるものがあるか」。彼かれらは「ありません」と答こたえた。

ヨハネ21:15 彼かれらが食事しょくじをすませると、イエスはシモン・ペテロに言いわれた、「ヨハネの子こシモンよ、あなたはこの人ひとたちが愛あいする以上いじょうに、わたしを愛あいするか」。ペテロは言いった、「主しゅよ、そうです。わたしがあなたを愛あいすることは、あなたがご存ぞんじです」。イエスは彼かれに「わたしの小羊こひつじを養やしないなさい」と言いわれた。

ヨハネ21:16 またもう一いち度ど彼かれに言いわれた、「ヨハネの子こシモンよ、わたしを愛あいするか」。彼かれはイエスに言いった、「主しゅよ、そうです。わたしがあなたを愛あいすることは、あなたがご存ぞんじです」。イエスは彼かれに言いわれた、「わたしの羊ひつじを飼かいなさい」。

ヨハネ21:17 イエスは三さん度ど目めに言いわれた、「ヨハネの子こシモンよ、わたしを愛あいするか」。ペテロは「わたしを愛あいするか」とイエスが三さん度ども言いわれたので、心こころをいためてイエスに言いった、「主しゅよ、あなたはすべてをご存ぞんじです。わたしがあなたを愛あいしていることは、おわかりになっています」。イエスは彼かれに言いわれた、「わたしの羊ひつじを養やしないなさい。

使徒行伝(20か所)

使徒1:13 彼かれらは、市し内ないに行いって、その泊とまっていた屋上おくじょうの間あいだにあがった。その人ひとたちは、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子こヤコブと熱心ねっしん党とうのシモンとヤコブの子こユダとであった。

使徒2:39 この約束やくそくは、われらの主しゅなる神かみの召めしにあずかるすべての者もの、すなわちあなたがたと、あなたがたの子こらと、遠とおくの者もの一同いちどうとに、与あたえられているものである」。

使徒3:25 あなたがたは預言よげん者しゃの子こであり、神かみがあなたがたの先祖せんぞたちと結むすばれた契約けいやくの子こである。神かみはアブラハムに対たいして、『地上ちじょうの諸しょ民族みんぞくは、あなたの子孫しそんによって祝福しゅくふくを受うけるであろう』と仰おおせられた。

使徒4:36 クプロ生うまれのレビ人にんで、使徒しとたちにバルナバ(「慰なぐさめの子こ」との意い)と呼よばれていたヨセフは、

使徒7:5 そこでは、遺産いさんとなるものは何なん一ひとつ、一いち歩ほの幅はばの土地とちすらも、与あたえられなかった。ただ、その地ちを所領しょりょうとして授さずけようとの約束やくそくを、彼かれと、そして彼かれにはまだ子こがなかったのに、その子孫しそんとに与あたえられたのである。

使徒7:16 それから彼かれらは、シケムに移うつされて、かねてアブラハムがいくらかの金かねを出だしてこの地ちのハモルの子こらから買かっておいた墓はかに、葬ほうむられた。

使徒7:20 モーセが生うまれたのは、ちょうどこのころのことである。彼かれはまれに見みる美うつくしい子こであった。三さんか月げつの間あいだは、父ちちの家いえで育そだてられたが、

語句索引に戻る