「人」(ひと)が出てくる聖書の箇所

「人」(ひと)は口語訳の4355か所(旧約3187・新約1168)に出てきます。日常訳第1版では5114か所。

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4355か所を200か所ずつ22ページに分けています(19ページ目)。

ルカによる福音書(201か所)

ルカ16:12 また、もしほかの人ひとのものについて忠実ちゅうじつでなかったら、だれがあなたがたのものを与あたえてくれようか。

ルカ16:15 そこで彼かれらにむかって言いわれた、「あなたがたは、人々ひとびとの前まえで自分じぶんを正ただしいとする人ひとたちである。しかし、神かみはあなたがたの心こころをご存ぞんじである。人々ひとびとの間あいだで尊とうとばれるものは、神かみのみまえでは忌いみきらわれる。

ルカ17:19 それから、その人ひとに言いわれた、「立たって行いきなさい。あなたの信仰しんこうがあなたを救すくったのだ」。

ルカ17:22 それから弟子でしたちに言いわれた、「あなたがたは、人ひとの子この日ひを一日ついたちでも見みたいと願ねがっても見みることができない時ときが来くるであろう。

ルカ17:24 いなずまが天てんの端はしからひかり出でて天てんの端はしへとひらめき渡わたるように、人ひとの子こもその日ひには同おなじようであるだろう。

ルカ17:26 そして、ノアの時ときにあったように、人ひとの子この時ときにも同様どうようなことが起おこるであろう。

ルカ17:30 人ひとの子こが現あらわれる日ひも、ちょうどそれと同様どうようであろう。

ルカ18:2 「ある町まちに、神かみを恐おそれず、人ひとを人ひととも思おもわぬ裁判さいばん官かんがいた。

ルカ18:4 彼かれはしばらくの間あいだきき入いれないでいたが、そののち、心こころのうちで考かんがえた、『わたしは神かみをも恐おそれず、人ひとを人ひととも思おもわないが、

ルカ18:8 あなたがたに言いっておくが、神かみはすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人ひとの子こが来くるとき、地上ちじょうに信仰しんこうが見みられるであろうか」。

ルカ18:9 自分じぶんを義人ぎじんだと自任じにんして他人たにんを見下みさげている人ひとたちに対たいして、イエスはまたこの譬たとえをお話はなしになった。

ルカ18:10 「ふたりの人ひとが祈いのるために宮みやに上のぼった。そのひとりはパリサイ人にんであり、もうひとりは取とり税ぜい人にんであった。

ルカ18:11 パリサイ人にんは立たって、ひとりでこう祈いのった、『神かみよ、わたしはほかの人ひとたちのような貪欲どんよくな者もの、不正ふせいな者もの、姦淫かんいんをする者ものではなく、また、この取とり税ぜい人にんのような人間にんげんでもないことを感謝かんしゃします。

ルカ18:27 イエスは言いわれた、「人ひとにはできない事ことも、神かみにはできる」。

ルカ18:31 イエスは十じゅう二に弟子でしを呼よび寄よせて言いわれた、「見みよ、わたしたちはエルサレムへ上のぼって行いくが、人ひとの子こについて預言よげん者しゃたちがしるしたことは、すべて成就じょうじゅするであろう。

ルカ18:32 人ひとの子こは異邦いほう人にんに引ひきわたされ、あざけられ、はずかしめを受うけ、つばきをかけられ、

ルカ19:2 ところが、そこにザアカイという名なの人ひとがいた。この人ひとは取とり税ぜい人にんのかしらで、金持かねもちであった。

ルカ19:3 彼かれは、イエスがどんな人ひとか見みたいと思おもっていたが、背せが低ひくかったので、群衆ぐんしゅうにさえぎられて見みることができなかった。

ルカ19:9 イエスは彼かれに言いわれた、「きょう、救すくいがこの家いえにきた。この人ひともアブラハムの子こなのだから。

ルカ19:10 人ひとの子こがきたのは、失うしなわれたものを尋たずね出だして救すくうためである」。

ルカ19:12 それで言いわれた、「ある身分みぶんの高たかい人ひとが、王位おういを受うけて帰かえってくるために遠とおい所ところへ旅立たびだつことになった。

ルカ19:14 ところが、本国ほんごくの住民じゅうみんは彼かれを憎にくんでいたので、あとから使者ししゃをおくって、『この人ひとが王おうになるのをわれわれは望のぞんでいない』と言いわせた。

ルカ19:21 あなたはきびしい方ほうで、おあずけにならなかったものを取とりたて、おまきにならなかったものを刈かる人ひとなので、おそろしかったのです』。

ルカ19:25 彼かれらは言いった、『ご主人しゅじん様さま、あの人ひとは既すでに十じゅうミナを持もっています』。

ルカ19:26 『あなたがたに言ゆうが、おおよそ持もっている人ひとには、なお与あたえられ、持もっていない人ひとからは、持もっているものまでも取とり上あげられるであろう。

ルカ19:40 答こたえて言いわれた、「あなたがたに言ゆうが、もしこの人ひとたちが黙だまれば、石いしが叫さけぶであろう」。

ルカ20:4 ヨハネのバプテスマは、天てんからであったか、人ひとからであったか」。

ルカ20:6 しかし、もし人ひとからだと言いえば、民衆みんしゅうはみな、ヨハネを預言よげん者しゃだと信しんじているから、わたしたちを石いしで打うつだろう」。

ルカ20:9 そこでイエスは次つぎの譬たとえを民衆みんしゅうに語かたり出だされた、「ある人ひとがぶどう園えんを造つくって農夫のうふたちに貸かし、長ながい旅たびに出でた。

ルカ20:18 すべてその石いしの上うえに落おちる者ものは打うち砕くだかれ、それがだれかの上うえに落おちかかるなら、その人ひとはこなみじんにされるであろう」。

ルカ20:28 「先生せんせい、モーセは、わたしたちのためにこう書かいています、『もしある人ひとの兄あにが妻つまをめとり、子こがなくて死しんだなら、弟おとうとはこの女おんなをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

ルカ20:38 神かみは死しんだ者ものの神かみではなく、生いきている者ものの神かみである。人ひとはみな神かみに生いきるものだからである」。

ルカ21:4 これらの人ひとたちはみな、ありあまる中なかから献金けんきんを投なげ入いれたが、あの婦人ふじんは、その乏とぼしい中なかから、持もっている生活せいかつ費ひ全部ぜんぶを入いれたからである」。

ルカ21:17 また、わたしの名なのゆえにすべての人ひとに憎にくまれるであろう。

ルカ21:27 そのとき、大おおいなる力ちからと栄光えいこうとをもって、人ひとの子こが雲くもに乗のって来くるのを、人々ひとびとは見みるであろう。

ルカ21:35 その日ひは地ちの全面ぜんめんに住すむすべての人ひとに臨のぞむのであるから。

ルカ21:36 これらの起おころうとしているすべての事ことからのがれて、人ひとの子この前まえに立たつことができるように、絶たえず目めをさまして祈いのっていなさい」。

ルカ22:10 イエスは言いわれた、「市し内ないにはいったら、水みずがめを持もっている男おとこに出会であうであろう。その人ひとがはいる家いえまでついて行いって、

ルカ22:22 人ひとの子こは定さだめられたとおりに、去さって行いく。しかし人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、わざわいである」。

ルカ22:26 しかし、あなたがたは、そうであってはならない。かえって、あなたがたの中なかでいちばん偉えらい人ひとはいちばん若わかい者もののように、指導しどうする人ひとは仕つかえる者もののようになるべきである。

ルカ22:27 食卓しょくたくにつく人ひとと給仕きゅうじする者ものと、どちらが偉えらいのか。食卓しょくたくにつく人ひとの方ほうではないか。しかし、わたしはあなたがたの中なかで、給仕きゅうじをする者もののようにしている。

ルカ22:28 あなたがたは、わたしの試錬しれんのあいだ、わたしと一緒いっしょに最後さいごまで忍しのんでくれた人ひとたちである。

ルカ22:48 そこでイエスは言いわれた、「ユダ、あなたは接吻せっぷんをもって人ひとの子こを裏切うらぎるのか」。

ルカ22:49 イエスのそばにいた人ひとたちは、事ことのなりゆきを見みて、「主しゅよ、つるぎで切きりつけてやりましょうか」と言いって、

ルカ22:56 すると、ある女中じょちゅうが、彼かれが火ひのそばにすわっているのを見み、彼かれを見みつめて、「この人ひともイエスと一緒いっしょにいました」と言いった。

ルカ22:57 ペテロはそれを打うち消けして、「わたしはその人ひとを知しらない」と言いった。

ルカ22:58 しばらくして、ほかの人ひとがペテロを見みて言いった、「あなたもあの仲間なかまのひとりだ」。するとペテロは言いった、「いや、それはちがう」。

ルカ22:59 約やく一いち時間じかんたってから、またほかの者ものが言い張っいいはった、「たしかにこの人ひともイエスと一緒いっしょだった。この人ひともガリラヤ人にんなのだから」。

ルカ22:63 イエスを監視かんししていた人ひとたちは、イエスを嘲弄ちょうろうし、打うちたたき、

ルカ22:69 しかし、人ひとの子こは今いまからのち、全能ぜんのうの神かみの右みぎに座ざするであろう」。

ルカ23:2 そして訴うったえ出でて言いった、「わたしたちは、この人ひとが国民こくみんを惑まどわし、貢みつぎをカイザルに納おさめることを禁きんじ、また自分じぶんこそ王おうなるキリストだと、となえているところを目撃もくげきしました」。

ルカ23:4 そこでピラトは祭司さいし長ちょうたちと群衆ぐんしゅうとにむかって言いった、「わたしはこの人ひとになんの罪つみもみとめない」。

ルカ23:6 ピラトはこれを聞きいて、この人ひとはガリラヤ人にんかと尋たずね、

ルカ23:14 「おまえたちは、この人ひとを民衆みんしゅうを惑まどわすものとしてわたしのところに連つれてきたので、おまえたちの面前めんぜんでしらべたが、訴うったえ出でているような罪つみは、この人ひとに少すこしもみとめられなかった。

ルカ23:15 ヘロデもまたみとめなかった。現げんに彼かれはイエスをわれわれに送おくりかえしてきた。この人ひとはなんら死しに当あたるようなことはしていないのである。

ルカ23:18 ところが、彼かれらはいっせいに叫さけんで言いった、「その人ひとを殺ころせ。バラバをゆるしてくれ」。

ルカ23:22 ピラトは三さん度ど目めに彼かれらにむかって言いった、「では、この人ひとは、いったい、どんな悪事あくじをしたのか。彼かれには死しに当あたる罪つみは全まったくみとめられなかった。だから、むち打うってから彼かれをゆるしてやることにしよう」。

ルカ23:26 彼かれらがイエスをひいてゆく途中とちゅう、シモンというクレネ人ひとが郊外こうがいから出でてきたのを捕とらえて十字じゅうじ架かを負おわせ、それをになってイエスのあとから行いかせた。

ルカ23:47 百ひゃく卒そつ長ちょうはこの有様ありさまを見みて、神かみをあがめ、「ほんとうに、この人ひとは正ただしい人ひとであった」と言いった。

ルカ23:50 ここに、ヨセフという議員ぎいんがいたが、善良ぜんりょうで正ただしい人ひとであった。

ルカ23:51 この人ひとはユダヤの町まちアリマタヤの出身しゅっしんで、神かみの国くにを待まち望のぞんでいた。彼かれは議会ぎかいの議決ぎけつや行動こうどうには賛成さんせいしていなかった。

ルカ23:52 この人ひとがピラトのところへ行いって、イエスのからだの引取ひきとり方かたを願ねがい出でて、

ルカ24:7 すなわち、人ひとの子こは必かならず罪人ざいにんらの手てに渡わたされ、十字じゅうじ架かにつけられ、そして三みっ日か目めによみがえる、と仰おおせられたではないか」。

ルカ24:9 墓はかから帰かえって、これらいっさいのことを、十じゅう一いち弟子でしや、その他たみんなの人ひとに報告ほうこくした。

ルカ24:21 わたしたちは、イスラエルを救すくうのはこの人ひとであろうと、望のぞみをかけていました。しかもその上うえに、この事ことが起おこってから、きょうが三みっ日か目めなのです。

ヨハネによる福音書(149か所)

ヨハネ1:4 この言げんに命いのちがあった。そしてこの命いのちは人ひとの光ひかりであった。

ヨハネ1:6 ここにひとりの人ひとがあって、神かみからつかわされていた。その名なをヨハネと言いった。

ヨハネ1:7 この人ひとはあかしのためにきた。光ひかりについてあかしをし、彼かれによってすべての人ひとが信しんじるためである。

ヨハネ1:9 すべての人ひとを照しょうすまことの光ひかりがあって、世よにきた。

ヨハネ1:13 それらの人ひとは、血ちすじによらず、肉にくの欲よくによらず、また、人ひとの欲よくにもよらず、ただ神かみによって生うまれたのである。

ヨハネ1:15 ヨハネは彼かれについてあかしをし、叫さけんで言いった、「『わたしのあとに来くるかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先さきにおられたからである』とわたしが言いったのは、この人ひとのことである」。

ヨハネ1:24 つかわされた人ひとたちは、パリサイ人にんであった。

ヨハネ1:27 それがわたしのあとにあとにおいでになる方かたであって、わたしはその人ひとのくつのひもを解とく値ねうちもない」。

ヨハネ1:30 『わたしのあとに来くるかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先さきにおられたからである』とわたしが言いったのは、この人ひとのことである。

ヨハネ1:33 わたしはこの人ひとを知しらなかった。しかし、水みずでバプテスマを授さずけるようにと、わたしをおつかわしになったそのかたが、わたしに言いわれた、『ある人ひとの上うえに、御ご霊れいが下くだってとどまるのを見みたら、その人ひとこそは、御ご霊れいによってバプテスマを授さずけるかたである』。

ヨハネ1:44 ピリポは、アンデレとペテロとの町まちベツサイダの人ひとであった。

ヨハネ1:45 このピリポがナタナエルに出会であって言いった、「わたしたちは、モーセが律法りっぽうの中なかにしるしており、預言よげん者しゃたちがしるしていた人ひと、ヨセフの子こ、ナザレのイエスにいま出会であった」。

ヨハネ1:47 イエスはナタナエルが自分じぶんの方ほうに来くるのを見みて、彼かれについて言いわれた、「見みよ、あの人ひとこそ、ほんとうのイスラエル人にんである。その心こころには偽いつわりがない」。

ヨハネ1:51 また言いわれた、「よくよくあなたがたに言いっておく。天てんが開あけて、神かみの御ご使したちが人ひとの子この上うえに上のぼり下おりするのを、あなたがたは見みるであろう」。

ヨハネ2:10 言いった、「どんな人ひとでも、初はじめによいぶどう酒しゅを出だして、酔よいがまわったころにわるいのを出だすものだ。それだのに、あなたはよいぶどう酒しゅを今いままでとっておかれました」。

ヨハネ2:24 しかしイエスご自身じしんは、彼かれらに自分じぶんをお任まかせにならなかった。それは、すべての人ひとを知しっておられ、

ヨハネ2:25 また人ひとについてあかしする者ものを、必要ひつようとされなかったからである。それは、ご自身じしん人にんの心こころの中なかにあることを知しっておられたからである。

ヨハネ3:2 この人ひとが夜よるイエスのもとにきて言いった、「先生せんせい、わたしたちはあなたが神かみからこられた教師きょうしであることを知しっています。神かみがご一緒いっしょでないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。

ヨハネ3:4 ニコデモは言いった、「人ひとは年としをとってから生うまれることが、どうしてできますか。もう一いち度ど、母ははの胎はらにはいって生うまれることができましょうか」。

ヨハネ3:13 天てんから下くだってきた者もの、すなわち人ひとの子このほかには、だれも天てんに上のぼった者ものはない。

ヨハネ3:14 そして、ちょうどモーセが荒野あらのでへびを上あげたように、人ひとの子こもまた上あげられなければならない。

ヨハネ3:21 しかし、真理しんりを行おこなっている者ものは光ひかりに来くる。その人ひとのおこないの、神かみにあってなされたということが、明あきらかにされるためである。

ヨハネ3:27 ヨハネは答こたえて言いった、「人ひとは天てんから与あたえられなければ、何なにものも受うけることはできない。

ヨハネ4:10 イエスは答こたえて言いわれた、「もしあなたが神かみの賜物たまもののことを知しり、また、『水みずを飲のませてくれ』と言いった者ものが、だれであるか知しっていたならば、あなたの方ほうから願ねがい出でて、その人ひとから生いける水みずをもらったことであろう」。

ヨハネ4:14 しかし、わたしが与あたえる水みずを飲のむ者ものは、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与あたえる水みずは、その人ひとのうちで泉いずみとなり、永遠えいえんの命いのちに至いたる水みずが、わきあがるであろう」。

ヨハネ4:29 「わたしのしたことを何なんもかも、言いいあてた人ひとがいます。さあ、見みにきてごらんなさい。もしかしたら、この人ひとがキリストかも知しれません」。

ヨハネ4:39 さて、この町まちからきた多おおくのサマリヤ人にんは、「この人ひとは、わたしのしたことを何なんもかも言いいあてた」とあかしした女おんなの言葉ことばによって、イエスを信しんじた。

ヨハネ4:42 彼かれらは女おんなに言いった、「わたしたちが信しんじるのは、もうあなたが話はなしてくれたからではない。自分じぶん自身じしんで親したしく聞きいて、この人ひとこそまことに世よの救主すくいぬしであることが、わかったからである」。

ヨハネ4:45 ガリラヤに着つかれると、ガリラヤの人ひとたちはイエスを歓迎かんげいした。それは、彼かれらも祭まつりに行いっていたので、その祭まつりの時とき、イエスがエルサレムでなされたことをことごとく見みていたからである。

ヨハネ4:47 この人ひとが、ユダヤからガリラヤにイエスのきておられることを聞ききき、みもとにきて、カペナウムに下くだって、彼かれの子こをなおしていただきたいと、願ねがった。その子こが死しにかかっていたからである。

ヨハネ5:5 さて、そこに三十さんじゅう八はち年ねんのあいだ、病気びょうきに悩なやんでいる人ひとがあった。

ヨハネ5:6 イエスはその人ひとが横よこになっているのを見み、また長ながい間あいだわずらっていたのを知しって、その人ひとに「なおりたいのか」と言いわれた。

ヨハネ5:7 この病人びょうにんはイエスに答こたえた、「主しゅよ、水みずが動うごく時ときに、わたしを池いけの中なかに入いれてくれる人ひとがいません。わたしがはいりかけると、ほかの人ひとが先さきに降おりて行いくのです」。

ヨハネ5:9 すると、この人ひとはすぐにいやされ、床ゆかをとりあげて歩あるいて行いった。その日ひは安息あんそく日ひであった。

ヨハネ5:10 そこでユダヤ人にんたちは、そのいやされた人ひとに言いった、「きょうは安息あんそく日ひだ。床ゆかを取とりあげるのは、よろしくない」。

ヨハネ5:12 彼かれらは尋たずねた、「取とりあげて歩あるけと言いった人ひとは、だれか」。

ヨハネ5:13 しかし、このいやされた人ひとは、それがだれであるか知しらなかった。群衆ぐんしゅうがその場ばにいたので、イエスはそっと出でて行いかれたからである。

ヨハネ5:14 そののち、イエスは宮みやでその人ひとに出会であったので、彼かれに言いわれた、「ごらん、あなたはよくなった。もう罪つみを犯おかしてはいけない。何なんかもっと悪わるいことが、あなたの身みに起おこるかも知しれないから」。

ヨハネ5:23 それは、すべての人ひとが父ちちを敬ううやまうと同様どうように、子こを敬ううやまうためである。子こを敬うやまわない者ものは、子こをつかわされた父ちちをも敬うやまわない。

ヨハネ5:25 よくよくあなたがたに言いっておく。死しんだ人ひとたちが、神かみの子この声こえを聞きく時ときが来くる。今いますでにきている。そして聞きく人ひとは生いきるであろう。

ヨハネ5:27 そして子こは人ひとの子こであるから、子こにさばきを行おこなう権威けんいをお与あたえになった。

ヨハネ5:32 わたしについてあかしをするかたはほかにあり、そして、その人ひとがするあかしがほんとうであることを、わたしは知しっている。

ヨハネ5:33 あなたがたはヨハネのもとへ人ひとをつかわしたが、そのとき彼かれは真理しんりについてあかしをした。

ヨハネ5:34 わたしは人ひとからあかしを受うけないが、このことを言いうのは、あなたがたが救すくわれるためである。

ヨハネ5:41 わたしは人ひとからの誉ほまれを受うけることはしない。

ヨハネ5:43 わたしは父ちちの名なによってきたのに、あなたがたはわたしを受うけいれない。もし、ほかの人ひとが彼かれ自身じしんの名なによって来くるならば、その人ひとを受うけいれるのであろう。

ヨハネ5:45 わたしがあなたがたのことを父ちちに訴うったえると、考かんがえてはいけない。あなたがたを訴うったえる者ものは、あなたがたが頼たのみとしているモーセその人ひとである。

ヨハネ6:9 「ここに、大麦おおむぎのパン五いつつと、さかな二にひきとを持もっている子供こどもがいます。しかし、こんなに大おおぜいの人ひとでは、それが何なんになりましょう」。

ヨハネ6:14 人々ひとびとはイエスのなさったこのしるしを見みて、「ほんとうに、この人ひとこそ世よにきたるべき預言よげん者しゃである」と言いった。

ヨハネ6:27 朽くちる食物しょくもつのためではなく、永遠えいえんの命いのちに至いたる朽くちない食物しょくもつのために働はたらくがよい。これは人ひとの子こがあなたがたに与あたえるものである。父ちちなる神かみは、人ひとの子こにそれをゆだねられたのである」。

ヨハネ6:50 しかし、天てんから下くだってきたパンを食たべる人ひとは、決けっして死しぬことはない。

ヨハネ6:52 そこで、ユダヤ人にんらが互たがいに論ろんじて言いった、「この人ひとはどうして、自分じぶんの肉にくをわたしたちに与あたえて食たべさせることができようか」。

ヨハネ6:53 イエスは彼かれらに言いわれた、「よくよく言いっておく。人ひとの子この肉にくを食たべず、また、その血ちを飲のまなければ、あなたがたの内うちに命いのちはない。

ヨハネ6:54 わたしの肉にくを食たべ、わたしの血ちを飲のむ者ものには、永遠えいえんの命いのちがあり、わたしはその人ひとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう。

ヨハネ6:56 わたしの肉にくを食たべ、わたしの血ちを飲のむ者ものはわたしにおり、わたしもまたその人ひとにおる。

ヨハネ6:62 それでは、もし人ひとの子こが前まえにいた所ところに上のぼるのを見みたら、どうなるのか。

ヨハネ6:63 人ひとを生いかすものは霊れいであって、肉にくはなんの役やくにも立たたたない。わたしがあなたがたに話はなした言葉ことばは霊れいであり、また命いのちである。

ヨハネ7:4 自分じぶんを公おおやけにあらわそうと思おもっている人ひとで、隠かくれて仕事しごとをするものはありません。あなたがこれらのことをするからには、自分じぶんをはっきりと世よにあらわしなさい」。

ヨハネ7:11 ユダヤ人にんらは祭まつりの時ときに、「あの人ひとはどこにいるのか」と言いって、イエスを捜さがしていた。

ヨハネ7:12 群衆ぐんしゅうの中なかに、イエスについていろいろとうわさが立たった。ある人々ひとびとは、「あれはよい人ひとだ」と言いいい、他たの人々ひとびとは、「いや、あれは群衆ぐんしゅうを惑まどわしている」と言いった。

ヨハネ7:15 すると、ユダヤ人にんたちは驚おどろいて言いった、「この人ひとは学問がくもんをしたこともないのに、どうして律法りっぽうの知識ちしきをもっているのだろう」。

ヨハネ7:18 自分じぶんから出でたことを語かたる者ものは、自分じぶんの栄光えいこうを求もとめるが、自分じぶんをつかわされたかたの栄光えいこうを求もとめる者ものは真実しんじつであって、その人ひとの内うちには偽いつわりがない。

ヨハネ7:22 モーセはあなたがたに割礼かつれいを命めいじたので、(これは、実じつは、モーセから始はじまったのではなく、先祖せんぞたちから始はじまったものである)あなたがたは安息あんそく日ひにも人ひとに割礼かつれいを施ほどこしている。

ヨハネ7:23 もし、モーセの律法りっぽうが破やぶられないように、安息あんそく日ひであっても割礼かつれいを受うけるのなら、安息あんそく日ひに人ひとの全身ぜんしんを丈夫じょうぶにしてやったからといって、どうして、そんなにおこるのか。

ヨハネ7:24 うわべで人ひとをさばかないで、正ただしいさばきをするがよい」。

ヨハネ7:25 さて、エルサレムのある人ひとたちが言いった、「この人ひとは人々ひとびとが殺ころそうと思おもっている者ものではないか。

ヨハネ7:26 見みよ、彼かれは公然こうぜんと語かたっているのに、人々ひとびとはこれに対たいして何なんも言いわない。役人やくにんたちは、この人ひとがキリストであることを、ほんとうに知しっているのではなかろうか。

ヨハネ7:27 わたしたちはこの人ひとがどこからきたのか知しっている。しかし、キリストが現あらわれる時ときには、どこから来くるのか知しっている者ものは、ひとりもいない」。

ヨハネ7:31 しかし、群衆ぐんしゅうの中なかの多おおくの者ものが、イエスを信しんじて言いった、「キリストがきても、この人ひとが行おこなったよりも多おおくのしるしを行おこなうだろうか」。

ヨハネ7:35 そこでユダヤ人にんたちは互たがいに言いった、「わたしたちが見みつけることができないというのは、どこへ行いこうとしているのだろう。ギリシヤ人にんの中なかに離散りさんしている人ひとたちのところにでも行いって、ギリシヤ人にんを教おしえようというのだろうか。

ヨハネ7:41 ほかの人ひとたちは「このかたはキリストである」と言いいい、また、ある人々ひとびとは、「キリストはまさか、ガリラヤからは出でてこないだろう。

ヨハネ7:45 さて、下役したやくどもが祭司さいし長ちょうたちやパリサイ人にんたちのところに帰かえってきたので、彼かれらはその下役したやくどもに言いった、「なぜ、あの人ひとを連つれてこなかったのか」。

ヨハネ7:46 下役したやくどもは答こたえた、「この人ひとの語かたるように語かたった者ものは、これまでにありませんでした」。

ヨハネ7:51 「わたしたちの律法りっぽうによれば、まずその人ひとの言い分いいぶんを聞ききき、その人ひとのしたことを知しった上うえでなければ、さばくことをしないのではないか」。

ヨハネ8:15 あなたがたは肉にくによって人ひとをさばくが、わたしはだれもさばかない。

ヨハネ8:28 そこでイエスは言いわれた、「あなたがたが人ひとの子こを上あげてしまった後あとはじめて、わたしがそういう者ものであること、また、わたしは自分じぶんからは何なんもせず、ただ父ちちが教おしえて下くださったままを話はなしていたことが、わかってくるであろう。

ヨハネ8:33 そこで、彼かれらはイエスに言いった、「わたしたちはアブラハムの子孫しそんであって、人ひとの奴隷どれいになったことなどは、一いち度どもない。どうして、あなたがたに自由じゆうを得えさせるであろうと、言いわれるのか」。

ヨハネ8:51 よくよく言いっておく。もし人ひとがわたしの言葉ことばを守まもるならば、その人ひとはいつまでも死しを見みることがないであろう」。

ヨハネ9:2 弟子でしたちはイエスに尋たずねて言いった、「先生せんせい、この人ひとが生うまれつき盲人もうじんなのは、だれが罪つみを犯おかしたためですか。本人ほんにんですか、それともその両親りょうしんですか」。

ヨハネ9:8 近所きんじょの人々ひとびとや、彼かれがもと、こじきであったのを見知みしっていた人々ひとびとが言いった、「この人ひとは、すわってこじきをしていた者ものではないか」。

ヨハネ9:9 ある人々ひとびとは「その人ひとだ」と言いいい、他たの人々ひとびとは「いや、ただあの人ひとに似にているだけだ」と言いった。しかし、本人ほんにんは「わたしがそれだ」と言いった。

ヨハネ9:12 人々ひとびとは彼かれに言いった、「その人ひとはどこにいるのか」。彼かれは「知しりません」と答こたえた。

ヨハネ9:13 人々ひとびとは、もと盲人もうじんであったこの人ひとを、パリサイ人にんたちのところにつれて行いった。

ヨハネ9:16 そこで、あるパリサイ人にんたちが言いった、「その人ひとは神かみからきた人ひとではない。安息あんそく日ひを守まもっていないのだから」。しかし、ほかの人々ひとびとは言いった、「罪つみのある人ひとが、どうしてそのようなしるしを行おこなうことができようか」。そして彼かれらの間あいだに分争ぶんそうが生しょうじた。

ヨハネ9:17 そこで彼かれらは、もう一いち度どこの盲人もうじんに聞きいた、「おまえの目めをあけてくれたその人ひとを、どう思おもうか」。「預言よげん者しゃだと思おもいます」と彼かれは言いった。

ヨハネ9:18 ユダヤ人にんたちは、彼かれがもと盲人もうじんであったが見みえるようになったことを、まだ信しんじなかった。ついに彼かれらは、目めが見みえるようになったこの人ひとの両親りょうしんを呼よんで、

ヨハネ9:24 そこで彼かれらは、盲人もうじんであった人ひとをもう一いち度ど呼よんで言いった、「神かみに栄光えいこうを帰きするがよい。あの人ひとが罪人ざいにんであることは、わたしたちにはわかっている」。

ヨハネ9:26 そこで彼かれらは言いった、「その人ひとはおまえに何なんをしたのか。どんなにしておまえの目めをあけたのか」。

ヨハネ9:27 彼かれは答こたえた、「そのことはもう話はなしてあげたのに、聞きいてくれませんでした。なぜまた聞きこうとするのですか。あなたがたも、あの人ひとの弟子でしになりたいのですか」。

ヨハネ9:29 モーセに神かみが語かたられたということは知しっている。だが、あの人ひとがどこからきた者ものか、わたしたちは知しらぬ」。

ヨハネ9:31 わたしたちはこのことを知しっています。神かみは罪人ざいにんの言いうことはお聞ききいれになりませんが、神かみを敬うやまい、そのみこころを行おこなう人ひとの言いうことは、聞ききいれて下くださいます。

ヨハネ9:32 生うまれつき盲もうであった者ものの目めをあけた人ひとがあるということは、世界せかいが始はじまって以来いらい、聞きいたことがありません。

ヨハネ9:33 もしあのかたが神かみからきた人ひとでなかったら、何なん一ひとつできなかったはずです」。

ヨハネ9:35 イエスは、その人ひとが外そとへ追おい出だされたことを聞きかれた。そして彼かれに会あって言いわれた、「あなたは人ひとの子こを信しんじるか」。

ヨハネ9:37 イエスは彼かれに言いわれた、「あなたは、もうその人ひとに会あっている。今いまあなたと話はなしているのが、その人ひとである」。

ヨハネ9:39 そこでイエスは言いわれた、「わたしがこの世よにきたのは、さばくためである。すなわち、見みえない人ひとたちが見みえるようになり、見みえる人ひとたちが見みえないようになるためである」。

ヨハネ10:5 ほかの人ひとには、ついて行いかないで逃にげ去さる。その人ひとの声こえを知しらないからである」。

ヨハネ10:8 わたしよりも前まえにきた人ひとは、みな盗人ぬすびとであり、強盗ごうとうである。羊ひつじは彼かれらに聞き従わききしたがわなかった。

ヨハネ11:1 さて、ひとりの病人びょうにんがいた。ラザロといい、マリヤとその姉妹しまいマルタの村むらベタニヤの人ひとであった。

ヨハネ11:3 姉妹しまいたちは人ひとをイエスのもとにつかわして、「主しゅよ、ただ今いま、あなたが愛あいしておられる者ものが病気びょうきをしています」と言いわせた。

ヨハネ11:9 イエスは答こたえられた、「一いち日にちには十じゅう二に時間じかんあるではないか。昼間ひるまあるけば、人ひとはつまずくことはない。この世よの光ひかりを見みているからである。

ヨハネ11:10 しかし、夜よるあるけば、つまずく。その人ひとのうちに、光ひかりがないからである」。

ヨハネ11:37 しかし、彼かれらのある人ひとたちは言いった、「あの盲人もうじんの目めをあけたこの人ひとでも、ラザロを死しなせないようには、できなかったのか」。

ヨハネ11:47 そこで、祭司さいし長ちょうたちとパリサイ人にんたちとは、議会ぎかいを召集しょうしゅうして言いった、「この人ひとが多おおくのしるしを行おこなっているのに、お互たがいは何なんをしているのだ。

ヨハネ11:50 ひとりの人ひとが人民じんみんに代かわって死しんで、全ぜん国民こくみんが滅ほろびないようになるのがわたしたちにとって得とくだということを、考かんがえてもいない」。

ヨハネ12:5 「なぜこの香油こうゆを三百さんびゃくデナリに売うって、貧まずしい人ひとたちに、施ほどこさなかったのか」。

ヨハネ12:6 彼かれがこう言いったのは、貧まずしい人ひとたちに対たいする思おもいやりがあったからではなく、自分じぶんが盗人ぬすびとであり、財布さいふを預あずかっていて、その中身なかみをごまかしていたからであった。

ヨハネ12:8 貧まずしい人ひとたちはいつもあなたがたと共ともにいるが、わたしはいつも共ともにいるわけではない」。

ヨハネ12:23 すると、イエスは答こたえて言いわれた、「人ひとの子こが栄光えいこうを受うける時ときがきた。

ヨハネ12:26 もしわたしに仕つかえようとする人ひとがあれば、その人ひとはわたしに従したがって来くるがよい。そうすれば、わたしのおる所ところに、わたしに仕つかえる者ものもまた、おるであろう。もしわたしに仕つかえようとする人ひとがあれば、その人ひとを父ちちは重おもんじて下くださるであろう。

ヨハネ12:29 すると、そこに立たっていた群衆ぐんしゅうがこれを聞きいて、「雷かみなりがなったのだ」と言いいい、ほかの人ひとたちは、「御ご使しが彼かれに話はなしかけたのだ」と言いった。

ヨハネ12:32 そして、わたしがこの地ちから上あげられる時ときには、すべての人ひとをわたしのところに引ひきよせるであろう」。

ヨハネ12:34 すると群衆ぐんしゅうはイエスにむかって言いった、「わたしたちは律法りっぽうによって、キリストはいつまでも生いきておいでになるのだ、と聞きいていました。それだのに、どうして人ひとの子こは上あげられねばならないと、言いわれるのですか。その人ひとの子ことは、だれのことですか」。

ヨハネ12:43 彼かれらは神かみのほまれよりも、人ひとのほまれを好このんだからである。

ヨハネ12:47 たとい、わたしの言いうことを聞きいてそれを守まもらない人ひとがあっても、わたしはその人ひとをさばかない。わたしがきたのは、この世よをさばくためではなく、この世よを救すくうためである。

ヨハネ12:48 わたしを捨すてて、わたしの言葉ことばを受うけいれない人ひとには、その人ひとをさばくものがある。わたしの語かたったその言葉ことばが、終おわりの日ひにその人ひとをさばくであろう。

ヨハネ13:18 あなたがた全部ぜんぶの者ものについて、こう言いっているのではない。わたしは自分じぶんが選えらんだ人ひとたちを知しっている。しかし、『わたしのパンを食たべている者ものが、わたしにむかってそのかかとをあげた』とある聖書せいしょは成就じょうじゅされなければならない。

ヨハネ13:31 さて、彼かれが出でて行いくと、イエスは言いわれた、「今いまや人ひとの子こは栄光えいこうを受うけた。神かみもまた彼かれによって栄光えいこうをお受うけになった。

ヨハネ14:21 わたしのいましめを心こころにいだいてこれを守まもる者ものは、わたしを愛あいする者ものである。わたしを愛あいする者ものは、わたしの父ちちに愛あいされるであろう。わたしもその人ひとを愛あいし、その人ひとにわたし自身じしんをあらわすであろう」。

ヨハネ14:23 イエスは彼かれに答こたえて言いわれた、「もしだれでもわたしを愛あいするならば、わたしの言葉ことばを守まもるであろう。そして、わたしの父ちちはその人ひとを愛あいし、また、わたしたちはその人ひとのところに行いって、その人ひとと一緒いっしょに住すむであろう。

ヨハネ15:5 わたしはぶどうの木き、あなたがたはその枝えだである。もし人ひとがわたしにつながっており、またわたしがその人ひととつながっておれば、その人ひとは実じつを豊ゆたかに結むすぶようになる。わたしから離はなれては、あなたがたは何なん一ひとつできないからである。

ヨハネ15:6 人ひとがわたしにつながっていないならば、枝えだのように外そとに投なげすてられて枯かれる。人々ひとびとはそれをかき集あつめ、火ひに投なげ入いれて、焼やいてしまうのである。

ヨハネ15:13 人ひとがその友とものために自分じぶんの命いのちを捨すてること、これよりも大おおきな愛あいはない。

ヨハネ16:8 それがきたら、罪つみと義ぎとさばきとについて、世よの人ひとの目めを開ひらくであろう。

ヨハネ16:21 女おんなが子こを産うむ場合ばあいには、その時ときがきたというので、不安ふあんを感かんじる。しかし、子こを産うんでしまえば、もはやその苦くるしみをおぼえてはいない。ひとりの人ひとがこの世よに生うまれた、という喜よろこびがあるためである。

ヨハネ18:8 イエスは答こたえられた、「わたしがそれであると、言いったではないか。わたしを捜さがしているのなら、この人ひとたちを去さらせてもらいたい」。

ヨハネ18:9 それは、「あなたが与あたえて下くださった人ひとたちの中なかのひとりも、わたしは失うしなわなかった」とイエスの言いわれた言葉ことばが、成就じょうじゅするためである。

ヨハネ18:14 カヤパは前まえに、ひとりの人ひとが民たみのために死しぬのはよいことだと、ユダヤ人にんに助言じょげんした者ものであった。

ヨハネ18:17 すると、この門番もんばんの女おんながペテロに言いった、「あなたも、あの人ひとの弟子でしのひとりではありませんか」。ペテロは「いや、そうではない」と答こたえた。

ヨハネ18:25 シモン・ペテロは、立たって火ひにあたっていた。すると人々ひとびとが彼かれに言いった、「あなたも、あの人ひとの弟子でしのひとりではないか」。彼かれはそれをうち消けして、「いや、そうではない」と言いった。

ヨハネ18:26 大だい祭司さいしの僕ぼくのひとりで、ペテロに耳みみを切きりおとされた人ひとの親族しんぞくの者ものが言いった、「あなたが園そのであの人ひとと一緒いっしょにいるのを、わたしは見みたではないか」。

ヨハネ18:29 そこで、ピラトは彼かれらのところに出でてきて言いった、「あなたがたは、この人ひとに対たいしてどんな訴うったえを起おこすのか」。

ヨハネ18:30 彼かれらはピラトに答こたえて言いった、「もしこの人ひとが悪事あくじをはたらかなかったなら、あなたに引ひき渡わたすようなことはしなかったでしょう」。

ヨハネ18:31 そこでピラトは彼かれらに言いった、「あなたがたは彼かれを引ひき取とって、自分じぶんたちの律法りっぽうでさばくがよい」。ユダヤ人にんらは彼かれに言いった、「わたしたちには、人ひとを死刑しけいにする権限けんげんがありません」。

ヨハネ18:38 ピラトはイエスに言いった、「真理しんりとは何なんか」。こう言いって、彼かれはまたユダヤ人にんの所ところに出でて行いき、彼かれらに言いった、「わたしには、この人ひとになんの罪つみも見みいだせない。

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