「人」(ひと)が出てくる聖書の箇所

「人」(ひと)は口語訳の4355か所(旧約3187・新約1168)に出てきます。日常訳第1版では5114か所。

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4355か所を200か所ずつ22ページに分けています(17ページ目)。

マタイによる福音書(168か所)

マタイ5:41 もし、だれかが、あなたをしいて一いちマイル行いかせようとするなら、その人ひとと共ともに二にマイル行いきなさい。

マタイ6:1 自分じぶんの義ぎを、見みられるために人ひとの前まえで行おこなわないように、注意ちゅういしなさい。もし、そうしないと、天てんにいますあなたがたの父ちちから報むくいを受うけることがないであろう。

マタイ6:2 だから、施ほどこしをする時ときには、偽善ぎぜん者しゃたちが人ひとにほめられるため会堂かいどうや町まちの中なかでするように、自分じぶんの前まえでラッパを吹ふきならすな。よく言いっておくが、彼かれらはその報むくいを受うけてしまっている。

マタイ6:5 また祈いのる時ときには、偽善ぎぜん者しゃたちのようにするな。彼かれらは人ひとに見みせようとして、会堂かいどうや大通おおどおりのつじに立たって祈いのることを好このむ。よく言いっておくが、彼かれらはその報むくいを受うけてしまっている。

マタイ6:15 もし人ひとをゆるさないならば、あなたがたの父ちちも、あなたがたのあやまちをゆるして下くださらないであろう。

マタイ6:16 また断食だんじきをする時ときには、偽善ぎぜん者しゃがするように、陰気いんきな顔かおつきをするな。彼かれらは断食だんじきをしていることを人ひとに見みせようとして、自分じぶんの顔かおを見苦みぐるしくするのである。よく言いっておくが、彼かれらはその報むくいを受うけてしまっている。

マタイ6:18 それは断食だんじきをしていることが人ひとに知しれないで、隠かくれた所ところにおいでになるあなたの父ちちに知しられるためである。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいて下くださるであろう。

マタイ7:1 人ひとをさばくな。自分じぶんがさばかれないためである。

マタイ7:24 それで、わたしのこれらの言葉ことばを聞きいて行おこなうものを、岩いわの上うえに自分じぶんの家いえを建たてた賢かしこい人ひとに比くらべることができよう。

マタイ7:26 また、わたしのこれらの言葉ことばを聞きいても行おこなわない者ものを、砂すなの上うえに自分じぶんの家いえを建たてた愚おろかな人ひとに比くらべることができよう。

マタイ8:11 なお、あなたがたに言ゆうが、多おおくの人ひとが東ひがしから西にしからきて、天国てんごくで、アブラハム、イサク、ヤコブと共ともに宴会えんかいの席せきにつくが、

マタイ8:20 イエスはその人ひとに言いわれた、「きつねには穴あながあり、空そらの鳥とりには巣すがある。しかし、人ひとの子こにはまくらする所ところがない」。

マタイ8:27 彼かれらは驚おどろいて言いった、「このかたはどういう人ひとなのだろう。風かぜも海うみも従したがわせるとは」。

マタイ9:3 すると、ある律法りっぽう学がく者しゃたちが心こころの中なかで言いった、「この人ひとは神かみを汚よごしている」。

マタイ9:6 しかし、人ひとの子こは地上ちじょうで罪つみをゆるす権威けんいをもっていることが、あなたがたにわかるために」と言いいい、中風ちゅうぶの者ものにむかって、「起おきよ、床ゆかを取とりあげて家いえに帰かえれ」と言いわれた。

マタイ9:8 群衆ぐんしゅうはそれを見みて恐おそれ、こんな大おおきな権威けんいを人ひとにお与あたえになった神かみをあがめた。

マタイ9:9 さてイエスはそこから進すすんで行いかれ、マタイという人ひとが収税しゅうぜい所しょにすわっているのを見みて、「わたしに従したがってきなさい」と言いわれた。すると彼かれは立たちあがって、イエスに従したがった。

マタイ9:12 イエスはこれを聞きいて言いわれた、「丈夫じょうぶな人ひとには医者いしゃはいらない。いるのは病人びょうにんである。

マタイ10:11 どの町まち、どの村むらにはいっても、その中なかでだれがふさわしい人ひとか、たずね出だして、立たち去さるまではその人ひとのところにとどまっておれ。

マタイ10:14 もしあなたがたを迎むかえもせず、またあなたがたの言葉ことばを聞きききもしない人ひとがあれば、その家いえや町まちを立たち去さる時ときに、足あしのちりを払はらい落おとしなさい。

マタイ10:22 またあなたがたは、わたしの名なのゆえにすべての人ひとに憎にくまれるであろう。しかし、最後さいごまで耐たえ忍しのぶ者ものは救すくわれる。

マタイ10:23 一ひとつの町まちで迫害はくがいされたなら、他たの町まちへ逃にげなさい。よく言いっておく。あなたがたがイスラエルの町々まちまちを回まわり終おわらないうちに、人ひとの子こは来くるであろう。

マタイ10:32 だから人ひとの前まえでわたしを受うけいれる者ものを、わたしもまた、天てんにいますわたしの父ちちの前まえで受うけいれるであろう。

マタイ10:33 しかし、人ひとの前まえでわたしを拒こばむ者ものを、わたしも天てんにいますわたしの父ちちの前まえで拒こばむであろう。

マタイ10:35 わたしがきたのは、人ひとをその父ちちと、娘むすめをその母ははと、嫁よめをそのしゅうとめと仲なかたがいさせるためである。

マタイ10:36 そして家いえの者ものが、その人ひとの敵てきとなるであろう。

マタイ11:8 では、何なんを見みに出でてきたのか。柔やわらかい着物きものをまとった人ひとか。柔やわらかい着物きものをまとった人々ひとびとなら、王おうの家いえにいる。

マタイ11:10 『見みよ、わたしは使つかいをあなたの先さきにつかわし、あなたの前まえに、道みちを整ととのえさせるであろう』と書かいてあるのは、この人ひとのことである。

マタイ11:14 そして、もしあなたがたが受うけいれることを望のぞめば、この人ひとこそは、きたるべきエリヤなのである。

マタイ11:19 また人ひとの子こがきて、食たべたり飲のんだりしていると、見みよ、あれは食しょくをむさぼる者もの、大酒おおざけを飲のむ者もの、また取とり税ぜい人にん、罪人ざいにんの仲間なかまだ、と言ゆう。しかし、知恵ちえの正ただしいことは、その働はたらきが証明しょうめいする」。

マタイ12:8 人ひとの子こは安息あんそく日ひの主しゅである」。

マタイ12:10 すると、そのとき、片手かたてのなえた人ひとがいた。人々ひとびとはイエスを訴うったえようと思おもって、「安息あんそく日ひに人ひとをいやしても、さしつかえないか」と尋たずねた。

マタイ12:11 イエスは彼かれらに言いわれた、「あなたがたのうちに、一いち匹ひきの羊ひつじを持もっている人ひとがあるとして、もしそれが安息あんそく日ひに穴あなに落おちこんだなら、手てをかけて引ひき上あげてやらないだろうか。

マタイ12:12 人ひとは羊ひつじよりも、はるかにすぐれているではないか。だから、安息あんそく日ひに良よいことをするのは、正ただしいことである」。

マタイ12:13 そしてイエスはその人ひとに、「手てを伸のばしなさい」と言いわれた。そこで手てを伸のばすと、ほかの手てのように良よくなった。

マタイ12:23 すると群衆ぐんしゅうはみな驚おどろいて言いった、「この人ひとが、あるいはダビデの子こではあるまいか」。

マタイ12:24 しかし、パリサイ人にんたちは、これを聞きいて言いった、「この人ひとが悪霊あくりょうを追おい出だしているのは、まったく悪霊あくりょうのかしらベルゼブルによるのだ」。

マタイ12:29 まただれでも、まず強つよい人ひとを縛しばりあげなければ、どうして、その人ひとの家いえに押おし入いって家財かざいを奪うばい取とることができようか。縛しばってから、はじめてその家いえを掠奪りゃくだつすることができる。

マタイ12:31 だから、あなたがたに言いっておく。人ひとには、その犯おかすすべての罪つみも神かみを汚けがす言葉ことばも、ゆるされる。しかし、聖霊せいれいを汚けがす言葉ことばは、ゆるされることはない。

マタイ12:32 また人ひとの子こに対たいして言いいい逆さからう者ものは、ゆるされるであろう。しかし、聖霊せいれいに対たいして言いいい逆さからう者ものは、この世よでも、きたるべき世よでも、ゆるされることはない。

マタイ12:36 あなたがたに言ゆうが、審判しんぱんの日ひには、人ひとはその語かたる無益むえきな言葉ことばに対たいして、言い開きいいひらきをしなければならないであろう。

マタイ12:40 すなわち、ヨナが三みっ日か三さん晩ばん、大魚たいぎょの腹はらの中なかにいたように、人ひとの子こも三みっ日か三さん晩ばん、地ちの中なかにいるであろう。

マタイ12:43 汚よごれた霊れいが人ひとから出でると、休やすみ場ばを求もとめて水みずの無ない所ところを歩あるきまわるが、見みつからない。

マタイ12:45 そこでまた出でて行いって、自分じぶん以上いじょうに悪わるい他ほかの七ななつの霊れいを一緒いっしょに引ひき連つれてきて中なかにはいり、そこに住すみ込こむ。そうすると、その人ひとののちの状態じょうたいは初はじめよりももっと悪わるくなるのである。よこしまな今いまの時代じだいも、このようになるであろう」。

マタイ12:47 それで、ある人ひとがイエスに言いった、「ごらんなさい。あなたの母はは上うえと兄弟きょうだいがたが、あなたに話はなそうと思おもって、外そとに立たっておられます」。

マタイ13:12 おおよそ、持もっている人ひとは与あたえられて、いよいよ豊ゆたかになるが、持もっていない人ひとは、持もっているものまでも取とり上あげられるであろう。

マタイ13:19 だれでも御お国くにの言げんを聞きいて悟さとらないならば、悪わるい者ものがきて、その人ひとの心こころにまかれたものを奪うばいとって行いく。道みちばたにまかれたものというのは、そういう人ひとのことである。

マタイ13:20 石地せきちにまかれたものというのは、御言みことを聞きくと、すぐに喜よろこんで受うける人ひとのことである。

マタイ13:22 また、いばらの中なかにまかれたものとは、御言みことを聞きくが、世よの心こころづかいと富とみの惑まどわしとが御言みことをふさぐので、実じつを結むすばなくなる人ひとのことである。

マタイ13:23 また、良よい地ちにまかれたものとは、御言みことを聞きいて悟さとる人ひとのことであって、そういう人ひとが実じつを結むすび、百ひゃく倍ばい、あるいは六十ろくじゅう倍ばい、あるいは三十さんじゅう倍ばいにもなるのである」。

マタイ13:24 また、ほかの譬たとえを彼かれらに示ししめして言いわれた、「天国てんごくは、良よい種たねを自分じぶんの畑はたけにまいておいた人ひとのようなものである。

マタイ13:31 また、ほかの譬たとえを彼かれらに示ししめして言いわれた、「天国てんごくは、一いち粒つぶのからし種しゅのようなものである。ある人ひとがそれをとって畑はたけにまくと、

マタイ13:37 イエスは答こたえて言いわれた、「良よい種たねをまく者ものは、人ひとの子こである。

マタイ13:41 人ひとの子こはその使つかいたちをつかわし、つまずきとなるものと不法ふほうを行おこなう者ものとを、ことごとく御お国くにからとり集あつめて、

マタイ13:44 天国てんごくは、畑はたけに隠かくしてある宝たからのようなものである。人ひとがそれを見みつけると隠かくしておき、喜よろこびのあまり、行いって持もち物ものをみな売うりはらい、そしてその畑はたけを買かうのである。

マタイ13:54 そして郷里きょうりに行いき、会堂かいどうで人々ひとびとを教おしえられたところ、彼かれらは驚おどろいて言いった、「この人ひとは、この知恵ちえとこれらの力ちからあるわざとを、どこで習ならってきたのか。

マタイ13:55 この人ひとは大工だいくの子こではないか。母はははマリヤといい、兄弟きょうだいたちは、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。

マタイ14:9 王おうは困こまったが、いったん誓ちかったのと、また列座れつざの人ひとたちの手前てまえ、それを与あたえるように命めいじ、

マタイ14:10 人ひとをつかわして、獄中ごくちゅうでヨハネの首くびを切きらせた。

マタイ14:35 するとその土地とちの人々ひとびとはイエスと知しって、その附近ふきん全体ぜんたいに人ひとをつかわし、イエスのところに病人びょうにんをみな連つれてこさせた。

マタイ15:11 口くちにはいるものは人ひとを汚けがすことはない。かえって、口くちから出でるものが人ひとを汚けがすのである」。

マタイ15:18 しかし、口くちから出でて行いくものは、心こころの中なかから出でてくるのであって、それが人ひとを汚けがすのである。

マタイ15:20 これらのものが人ひとを汚けがすのである。しかし、洗あらわない手てで食事しょくじすることは、人ひとを汚けがすのではない」。

マタイ16:13 イエスがピリポ・カイザリヤの地方ちほうに行いかれたとき、弟子でしたちに尋たずねて言いわれた、「人々ひとびとは人ひとの子こをだれと言いっているか」。

マタイ16:14 彼かれらは言いった、「ある人々ひとびとはバプテスマのヨハネだと言いっています。しかし、ほかの人ひとたちは、エリヤだと言いいい、また、エレミヤあるいは預言よげん者しゃのひとりだ、と言いっている者ものもあります」。

マタイ16:23 イエスは振ふり向むいて、ペテロに言いわれた、「サタンよ、引ひきさがれ。わたしの邪魔じゃまをする者ものだ。あなたは神かみのことを思おもわないで、人ひとのことを思おもっている」。

マタイ16:26 たとい人ひとが全ぜん世界せかいをもうけても、自分じぶんの命いのちを損そんしたら、なんの得とくになろうか。また、人ひとはどんな代価だいかを払はらって、その命いのちを買かいもどすことができようか。

マタイ16:27 人ひとの子こは父ちちの栄光えいこうのうちに、御ご使したちを従したがえて来くるが、その時ときには、実際じっさいのおこないに応おうじて、それぞれに報むくいるであろう。

マタイ16:28 よく聞きいておくがよい、人ひとの子こが御お国くにの力ちからをもって来くるのを見みるまでは、死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

マタイ17:9 一同いちどうが山やまを下くだって来くるとき、イエスは「人ひとの子こが死人しにんの中なかからよみがえるまでは、いま見みたことをだれにも話はなしてはならない」と、彼かれらに命めいじられた。

マタイ17:12 しかし、あなたがたに言いっておく。エリヤはすでにきたのだ。しかし人々ひとびとは彼かれを認みとめず、自分じぶんかってに彼かれをあしらった。人ひとの子こもまた、そのように彼かれらから苦くるしみを受うけることになろう」。

マタイ17:14 さて彼かれらが群衆ぐんしゅうのところに帰かえると、ひとりの人ひとがイエスに近寄ちかよってきて、ひざまずいて、言いった、

マタイ17:22 彼かれらがガリラヤで集あつまっていた時とき、イエスは言いわれた、「人ひとの子こは人々ひとびとの手てにわたされ、

マタイ17:24 彼かれらがカペナウムにきたとき、宮みやの納入のうにゅう金きんを集あつめる人ひとたちがペテロのところにきて言いった、「あなたがたの先生せんせいは宮みやの納入のうにゅう金きんを納おさめないのか」。

マタイ17:25 ペテロは「納おさめておられます」と言いった。そして彼かれが家いえにはいると、イエスから先さきに話はなしかけて言いわれた、「シモン、あなたはどう思おもうか。この世よの王おうたちは税ぜいや貢みつぎをだれから取とるのか。自分じぶんの子こからか、それとも、ほかの人ひとたちからか」。

マタイ17:26 ペテロが「ほかの人ひとたちからです」と答こたえると、イエスは言いわれた、「それでは、子こは納おさめなくてもよいわけである。

マタイ18:6 しかし、わたしを信しんずるこれらの小ちいさい者もののひとりをつまずかせる者ものは、大おおきなひきうすを首くびにかけられて海うみの深ふかみに沈しずめられる方かたが、その人ひとの益えきになる。

マタイ18:7 この世よは、罪つみの誘惑ゆうわくがあるから、わざわいである。罪つみの誘惑ゆうわくは必かならず来くる。しかし、それをきたらせる人ひとは、わざわいである。

マタイ18:11 人ひとの子こは、滅ほろびる者ものを救すくうためにきたのである。〕

マタイ18:12 あなたがたはどう思おもうか。ある人ひとに百ひゃく匹ひきの羊ひつじがあり、その中なかの一いち匹ひきが迷まよい出でたとすれば、九十きゅうじゅう九きゅう匹ひきを山やまに残のこしておいて、その迷まよい出でている羊ひつじを捜さがしに出でかけないであろうか。

マタイ18:17 もし彼かれらの言いうことを聞きかないなら、教会きょうかいに申もうし出でなさい。もし教会きょうかいの言いうことも聞きかないなら、その人ひとを異邦いほう人にんまたは取とり税ぜい人にん同様どうように扱あつかいなさい。

マタイ18:25 しかし、返かえせなかったので、主人しゅじんは、その人ひと自身じしんとその妻子さいしと持もち物もの全部ぜんぶとを売うって返かえすように命めいじた。

マタイ18:30 しかし承知しょうちせずに、その人ひとをひっぱって行いって、借金しゃっきんを返かえすまで獄ごくに入いれた。

マタイ18:31 その人ひとの仲間なかまたちは、この様子ようすを見みて、非常ひじょうに心こころをいため、行いってそのことをのこらず主人しゅじんに話はなした。

マタイ19:4 イエスは答こたえて言いわれた、「あなたがたはまだ読よんだことがないのか。『創造そうぞう者しゃは初はじめから人ひとを男おとこと女おんなとに造つくられ、

マタイ19:5 そして言いわれた、それゆえに、人ひとは父母ふぼを離はなれ、その妻つまと結むすばれ、ふたりの者ものは一体いったいとなるべきである』。

マタイ19:6 彼かれらはもはや、ふたりではなく一いち体たいである。だから、神かみが合あわせられたものを、人ひとは離はなしてはならない」。

マタイ19:11 するとイエスは彼かれらに言いわれた、「その言葉ことばを受うけいれることができるのはすべての人ひとではなく、ただそれを授さずけられている人々ひとびとだけである。

マタイ19:16 すると、ひとりの人ひとがイエスに近寄ちかよってきて言いった、「先生せんせい、永遠えいえんの生命せいめいを得えるためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。

マタイ19:26 イエスは彼かれらを見みつめて言いわれた、「人ひとにはそれはできないが、神かみにはなんでもできない事ことはない」。

マタイ19:28 イエスは彼かれらに言いわれた、「よく聞きいておくがよい。世よが改あらたまって、人ひとの子こがその栄光えいこうの座ざにつく時ときには、わたしに従したがってきたあなたがたもまた、十じゅう二にの位くらいに座ざしてイスラエルの十じゅう二にの部族ぶぞくをさばくであろう。

マタイ20:4 そして、その人ひとたちに言いった、『あなたがたも、ぶどう園えんに行いきなさい。相当そうとうな賃銀ちんぎんを払はらうから』。

マタイ20:18 「見みよ、わたしたちはエルサレムへ上のぼって行いくが、人ひとの子こは祭司さいし長ちょう、律法りっぽう学がく者しゃたちの手てに渡わたされるであろう。彼かれらは彼かれに死刑しけいを宣告せんこくし、

マタイ20:25 そこで、イエスは彼かれらを呼よび寄よせて言いわれた、「あなたがたの知しっているとおり、異邦いほう人にんの支配しはい者しゃたちはその民たみを治おさめ、また偉えらい人ひとたちは、その民たみの上うえに権力けんりょくをふるっている。

マタイ20:28 それは、人ひとの子こがきたのも、仕つかえられるためではなく、仕つかえるためであり、また多おおくの人ひとのあがないとして、自分じぶんの命いのちを与あたえるためであるのと、ちょうど同おなじである」。

マタイ21:11 そこで群衆ぐんしゅうは、「この人ひとはガリラヤのナザレから出でた預言よげん者しゃイエスである」と言いった。

マタイ21:25 ヨハネのバプテスマはどこからきたのであったか。天てんからであったか、人ひとからであったか」。すると、彼かれらは互たがいに論ろんじて言いった、「もし天てんからだと言いえば、では、なぜ彼かれを信しんじなかったのか、とイエスは言ゆうだろう。

マタイ21:26 しかし、もし人ひとからだと言いえば、群衆ぐんしゅうが恐おそろしい。人々ひとびとがみなヨハネを預言よげん者しゃと思おもっているのだから」。

マタイ21:28 あなたがたはどう思おもうか。ある人ひとにふたりの子こがあったが、兄あにのところに行いって言いった、『子こよ、きょう、ぶどう園えんへ行いって働はたらいてくれ』。

マタイ21:44 またその石いしの上うえに落おちる者ものは打うち砕くだかれ、それがだれかの上うえに落おちかかるなら、その人ひとはこなみじんにされるであろう」。

マタイ22:3 王おうはその僕ぼくたちをつかわして、この婚こん宴えんに招まねかれていた人ひとたちを呼よばせたが、その人ひとたちはこようとはしなかった。

マタイ22:4 そこでまた、ほかの僕ぼくたちをつかわして言いった、『招まねかれた人ひとたちに言いいいなさい。食事しょくじの用意よういができました。牛うしも肥こえた獣けものもほふられて、すべての用意よういができました。さあ、婚こん宴えんにおいでください』。

マタイ22:9 だから、町まちの大通おおどおりに出でて行いって、出会であった人ひとはだれでも婚こん宴えんに連つれてきなさい』。

マタイ22:10 そこで、僕ぼくたちは道みちに出でて行いって、出会であう人ひとは、悪人あくにんでも善人ぜんにんでもみな集あつめてきたので、婚こん宴えんの席せきは客きゃくでいっぱいになった。

マタイ22:11 王おうは客きゃくを迎むかえようとしてはいってきたが、そこに礼服れいふくをつけていないひとりの人ひとを見みて、

マタイ22:16 そして、彼かれらの弟子でしを、ヘロデ党とうの者ものたちと共ともに、イエスのもとにつかわして言いわせた、「先生せんせい、わたしたちはあなたが真実しんじつなかたであって、真理しんりに基もとづいて神かみの道みちを教おしえ、また、人ひとに分わけ隔へだてをしないで、だれをもはばかられないことを知しっています。

マタイ22:24 「先生せんせい、モーセはこう言いっています、『もし、ある人ひとが子こがなくて死しんだなら、その弟おとうとは兄あにの妻つまをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

マタイ23:5 そのすることは、すべて人ひとに見みせるためである。すなわち、彼かれらは経けい札さつを幅広はばひろくつくり、その衣ころものふさを大おおきくし、

マタイ23:11 そこで、あなたがたのうちでいちばん偉えらい者ものは、仕つかえる人ひとでなければならない。

マタイ23:13 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、天国てんごくを閉とざして人々ひとびとをはいらせない。自分じぶんもはいらないし、はいろうとする人ひとをはいらせもしない。〔

マタイ23:17 愚おろかな盲目もうもくな人ひとたちよ。黄金おうごんと、黄金おうごんを神聖しんせいにする神殿しんでんと、どちらが大事だいじなのか。

マタイ23:19 盲目もうもくな人ひとたちよ。供そなえ物ものと供そなえ物ものを神聖しんせいにする祭壇さいだんとどちらが大事だいじなのか。

マタイ23:28 このようにあなたがたも、外側そとがわは人ひとに正ただしく見みえるが、内側うちがわは偽善ぎぜんと不法ふほうとでいっぱいである。

マタイ23:37 ああ、エルサレム、エルサレム、預言よげん者しゃたちを殺ころし、おまえにつかわされた人ひとたちを石いしで打うち殺ころす者ものよ。ちょうど、めんどりが翼つばさの下したにそのひなを集あつめるように、わたしはおまえの子こらを幾いくたび集あつめようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応おうじようとしなかった。

マタイ24:4 そこでイエスは答こたえて言いわれた、「人ひとに惑まどわされないように気きをつけなさい。

マタイ24:5 多おおくの者ものがわたしの名なを名なのって現あらわれ、自分じぶんがキリストだと言いって、多おおくの人ひとを惑まどわすであろう。

マタイ24:10 そのとき、多おおくの人ひとがつまずき、また互たがいに裏切うらぎり、憎にくみ合あうであろう。

マタイ24:11 また多おおくのにせ預言よげん者しゃが起おこって、多おおくの人ひとを惑まどわすであろう。

マタイ24:12 また不法ふほうがはびこるので、多おおくの人ひとの愛あいが冷ひえるであろう。

マタイ24:27 ちょうど、いなずまが東ひがしから西にしにひらめき渡わたるように、人ひとの子こも現あらわれるであろう。

マタイ24:30 そのとき、人ひとの子このしるしが天てんに現あらわれるであろう。またそのとき、地ちのすべての民族みんぞくは嘆なげき、そして力ちからと大おおいなる栄光えいこうとをもって、人ひとの子こが天てんの雲くもに乗のって来くるのを、人々ひとびとは見みるであろう。

マタイ24:33 そのように、すべてこれらのことを見みたならば、人ひとの子こが戸口とぐちまで近ちかづいていると知しりなさい。

マタイ24:37 人ひとの子この現あらわれるのも、ちょうどノアの時ときのようであろう。

マタイ24:39 そして洪水こうずいが襲おそってきて、いっさいのものをさらって行いくまで、彼かれらは気きがつかなかった。人ひとの子この現あらわれるのも、そのようであろう。

マタイ24:44 だから、あなたがたも用意よういをしていなさい。思おもいがけない時ときに人ひとの子こが来くるからである。

マタイ25:14 また天国てんごくは、ある人ひとが旅たびに出でるとき、その僕ぼくどもを呼よんで、自分じぶんの財産ざいさんを預あずけるようなものである。

マタイ25:24 一いちタラントを渡わたされた者ものも進すすみ出でて言いった、『ご主人しゅじん様さま、わたしはあなたが、まかない所しょから刈かり、散ちらさない所ところから集あつめる酷こくな人ひとであることを承知しょうちしていました。

マタイ25:29 おおよそ、持もっている人ひとは与あたえられて、いよいよ豊ゆたかになるが、持もっていない人ひとは、持もっているものまでも取とり上あげられるであろう。

マタイ25:31 人ひとの子こが栄光えいこうの中なかにすべての御ご使したちを従したがえて来くるとき、彼かれはその栄光えいこうの座ざにつくであろう。

マタイ25:34 そのとき、王おうは右みぎにいる人々ひとびとに言ゆうであろう、『わたしの父ちちに祝福しゅくふくされた人ひとたちよ、さあ、世よの初はじめからあなたがたのために用意よういされている御お国くにを受うけつぎなさい。

マタイ26:2 「あなたがたが知しっているとおり、ふつかの後あとには過越すぎこしの祭まつりになるが、人ひとの子こは十字じゅうじ架かにつけられるために引ひき渡わたされる」。

マタイ26:9 それを高たかく売うって、貧まずしい人ひとたちに施ほどこすことができたのに」。

マタイ26:11 貧まずしい人ひとたちはいつもあなたがたと一緒いっしょにいるが、わたしはいつも一緒いっしょにいるわけではない。

マタイ26:18 イエスは言いわれた、「市し内ないにはいり、かねて話はなしてある人ひとの所ところに行いって言いいいなさい、『先生せんせいが、わたしの時ときが近ちかづいた、あなたの家いえで弟子でしたちと一緒いっしょに過越すぎこしを守まもろうと、言いっておられます』」。

マタイ26:24 たしかに人ひとの子こは、自分じぶんについて書かいてあるとおりに去さって行いく。しかし、人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、わざわいである。その人ひとは生うまれなかった方ほうが、彼かれのためによかったであろう」。

マタイ26:28 これは、罪つみのゆるしを得えさせるようにと、多おおくの人ひとのために流ながすわたしの契約けいやくの血ちである。

マタイ26:45 それから弟子でしたちの所ところに帰かえってきて、言いわれた、「まだ眠ねむっているのか、休やすんでいるのか。見みよ、時ときが迫せまった。人ひとの子こは罪人ざいにんらの手てに渡わたされるのだ。

マタイ26:48 イエスを裏切うらぎった者ものが、あらかじめ彼かれらに、「わたしの接吻せっぷんする者ものが、その人ひとだ。その人ひとをつかまえろ」と合図あいずをしておいた。

マタイ26:57 さて、イエスをつかまえた人ひとたちは、大だい祭司さいしカヤパのところにイエスを連つれて行いった。そこには律法りっぽう学がく者しゃ、長老ちょうろうたちが集あつまっていた。

マタイ26:61 言いった、「この人ひとは、わたしは神かみの宮みやを打うちこわし、三みっ日かの後あとに建たてることができる、と言いいいました」。

マタイ26:64 イエスは彼かれに言いわれた、「あなたの言いうとおりである。しかし、わたしは言いっておく。あなたがたは、間まもなく、人ひとの子こが力ちからある者ものの右みぎに座ざし、天てんの雲くもに乗のって来くるのを見みるであろう」。

マタイ26:67 それから、彼かれらはイエスの顔かおにつばきをかけて、こぶしで打うち、またある人ひとは手てのひらでたたいて言いった、

マタイ26:71 そう言いって入口いりぐちの方ほうに出でて行いくと、ほかの女中じょちゅうが彼かれを見みて、そこにいる人々ひとびとにむかって、「この人ひとはナザレ人にんイエスと一緒いっしょだった」と言いった。

マタイ26:72 そこで彼かれは再ふたたびそれを打うち消けして、「そんな人ひとは知しらない」と誓ちかって言いった。

マタイ26:74 彼かれは「その人ひとのことは何なんも知しらない」と言いって、激はげしく誓ちかいはじめた。するとすぐ鶏にわとりが鳴ないた。

マタイ27:4 言いった、「わたしは罪つみのない人ひとの血ちを売うるようなことをして、罪つみを犯おかしました」。しかし彼かれらは言いった、「それは、われわれの知しったことか。自分じぶんで始末しまつするがよい」。

マタイ27:19 また、ピラトが裁判さいばんの席せきについていたとき、その妻つまが人ひとを彼かれのもとにつかわして、「あの義人ぎじんには関係かんけいしないでください。わたしはきょう夢ゆめで、あの人ひとのためにさんざん苦くるしみましたから」と言いわせた。

マタイ27:23 しかし、ピラトは言いった、「あの人ひとは、いったい、どんな悪事あくじをしたのか」。すると彼かれらはいっそう激はげしく叫さけんで、「十字じゅうじ架かにつけよ」と言いった。

マタイ27:24 ピラトは手てのつけようがなく、かえって暴動ぼうどうになりそうなのを見みて、水みずを取とり、群衆ぐんしゅうの前まえで手てを洗あらって言いった、「この人ひとの血ちについて、わたしには責任せきにんがない。おまえたちが自分じぶんで始末しまつをするがよい」。

マタイ27:53 そしてイエスの復活ふっかつののち、墓はかから出でてきて、聖せいなる都とにはいり、多おおくの人ひとに現あらわれた。

マタイ27:54 百ひゃく卒そつ長ちょう、および彼かれと一緒いっしょにイエスの番ばんをしていた人々ひとびとは、地震じしんや、いろいろのできごとを見みて非常ひじょうに恐おそれ、「まことに、この人ひとは神かみの子こであった」と言いった。

マタイ27:55 また、そこには遠とおくの方ほうから見みている女おんなたちも多おおくいた。彼かれらはイエスに仕つかえて、ガリラヤから従したがってきた人ひとたちであった。

マタイ27:57 夕方ゆうがたになってから、アリマタヤの金持かねもちで、ヨセフという名なの人ひとがきた。彼かれもまたイエスの弟子でしであった。

マタイ27:58 この人ひとがピラトの所ところへ行いって、イエスのからだの引取ひきとりかたを願ねがった。そこで、ピラトはそれを渡わたすように命めいじた。

マタイ28:4 見張みはりをしていた人ひとたちは、恐おそろしさの余あまり震ふるえあがって、死人しにんのようになった。

マルコによる福音書(109か所)

マルコ1:25 イエスはこれをしかって、「黙だまれ、この人ひとから出でて行いけ」と言いわれた。

マルコ1:26 すると、けがれた霊れいは彼かれをひきつけさせ、大声おおごえをあげて、その人ひとから出でて行いった。

マルコ1:42 すると、らい病びょうが直ただちに去さって、その人ひとはきよくなった。

マルコ1:44 「何なんも人ひとに話はなさないように、注意ちゅういしなさい。ただ行いって、自分じぶんのからだを祭司さいしに見みせ、それから、モーセが命めいじた物ものをあなたのきよめのためにささげて、人々ひとびとに証明しょうめいしなさい」。

マルコ2:3 すると、人々ひとびとがひとりの中風ちゅうぶの者ものを四よん人にんの人ひとに運はこばせて、イエスのところに連つれてきた。

マルコ2:7 「この人ひとは、なぜあんなことを言いうのか。それは神かみをけがすことだ。神かみひとりのほかに、だれが罪つみをゆるすことができるか」。

マルコ2:10 しかし、人ひとの子こは地上ちじょうで罪つみをゆるす権威けんいをもっていることが、あなたがたにわかるために」と彼かれらに言いいい、中風ちゅうぶの者ものにむかって、

マルコ2:15 それから彼かれの家いえで、食事しょくじの席せきについておられたときのことである。多おおくの取とり税ぜい人にんや罪人ざいにんたちも、イエスや弟子でしたちと共ともにその席せきに着ついていた。こんな人ひとたちが大おおぜいいて、イエスに従したがってきたのである。

マルコ2:17 イエスはこれを聞きいて言いわれた、「丈夫じょうぶな人ひとには医者いしゃはいらない。いるのは病人びょうにんである。わたしがきたのは、義人ぎじんを招まねくためではなく、罪人ざいにんを招まねくためである」。

マルコ2:27 また彼かれらに言いわれた、「安息あんそく日ひは人ひとのためにあるもので、人ひとが安息あんそく日ひのためにあるのではない。

マルコ2:28 それだから、人ひとの子こは、安息あんそく日ひにもまた主しゅなのである」。

マルコ3:1 イエスがまた会堂かいどうにはいられると、そこに片手かたてのなえた人ひとがいた。

マルコ3:2 人々ひとびとはイエスを訴うったえようと思おもって、安息あんそく日ひにその人ひとをいやされるかどうかをうかがっていた。

マルコ3:3 すると、イエスは片手かたてのなえたその人ひとに、「立たって、中なかへ出でてきなさい」と言いいい、

マルコ3:5 イエスは怒いかりを含ふくんで彼かれらを見みまわし、その心こころのかたくななのを嘆なげいて、その人ひとに「手てを伸のばしなさい」と言いわれた。そこで手てを伸のばすと、その手ては元もとどおりになった。

マルコ3:10 それは、多おおくの人ひとをいやされたので、病苦びょうくに悩なやむ者ものは皆みなイエスにさわろうとして、押おし寄よせてきたからである。

マルコ3:12 イエスは御ご自身じしんのことを人ひとにあらわさないようにと、彼かれらをきびしく戒いましめられた。

マルコ3:27 だれでも、まず強つよい人ひとを縛しばりあげなければ、その人ひとの家いえに押おし入いって家財かざいを奪うばい取とることはできない。縛しばってからはじめて、その家いえを略奪りゃくだつすることができる。

マルコ3:28 よく言い聞かせいいきかせておくが、人ひとの子こらには、その犯おかすすべての罪つみも神かみをけがす言葉ことばも、ゆるされる。

マルコ3:31 さて、イエスの母ははと兄弟きょうだいたちとがきて、外そとに立たち、人ひとをやってイエスを呼よばせた。

マルコ4:15 道みちばたに御言みことがまかれたとは、こういう人ひとたちのことである。すなわち、御言みことを聞きくと、すぐにサタンがきて、彼かれらの中なかにまかれた御言みことを、奪うばって行いくのである。

マルコ4:16 同おなじように、石地せきちにまかれたものとは、こういう人ひとたちのことである。御言みことを聞きくと、すぐに喜よろこんで受うけるが、

マルコ4:18 また、いばらの中なかにまかれたものとは、こういう人ひとたちのことである。御言みことを聞きくが、

マルコ4:20 また、良よい地ちにまかれたものとは、こういう人ひとたちのことである。御言みことを聞きいて受うけいれ、三十さんじゅう倍ばい、六十ろくじゅう倍ばい、百ひゃく倍ばいの実じつを結むすぶのである」。

マルコ4:25 だれでも、持もっている人ひとは更さらに与あたえられ、持もっていない人ひとは、持もっているものまでも取とり上あげられるであろう」。

マルコ4:26 また言いわれた、「神かみの国くには、ある人ひとが地ちに種しゅをまくようなものである。

マルコ4:27 夜よる昼ひる、寝起ねおきしている間あいだに、種しゅは芽めを出だして育そだって行いくが、どうしてそうなるのか、その人ひとは知しらない。

マルコ5:2 それから、イエスが舟ふねからあがられるとすぐに、けがれた霊れいにつかれた人ひとが墓場はかばから出でてきて、イエスに出会であった。

マルコ5:3 この人ひとは墓場はかばをすみかとしており、もはやだれも、鎖くさりでさえも彼かれをつなぎとめて置おけなかった。

マルコ5:6 ところが、この人ひとがイエスを遠とおくから見みて、走はしり寄よって拝はいし、

マルコ5:8 それは、イエスが、「けがれた霊れいよ、この人ひとから出でて行いけ」と言いわれたからである。

マルコ5:15 そして、イエスのところにきて、悪霊あくりょうにつかれた人ひとが着物きものを着きて、正気しょうきになってすわっており、それがレギオンを宿やどしていた者ものであるのを見みて、恐おそれた。

マルコ5:16 また、それを見みた人ひとたちは、悪霊あくりょうにつかれた人ひとの身みに起おこった事ことと豚ぶたのこととを、彼かれらに話はなして聞きかせた。

マルコ5:18 イエスが舟ふねに乗のろうとされると、悪霊あくりょうにつかれていた人ひとがお供ともをしたいと願ねがい出でた。

マルコ6:2 そして、安息あんそく日ひになったので、会堂かいどうで教おしえはじめられた。それを聞きいた多おおくの人々ひとびとは、驚おどろいて言いった、「この人ひとは、これらのことをどこで習ならってきたのか。また、この人ひとの授さずかった知恵ちえはどうだろう。このような力ちからあるわざがその手てで行おこなわれているのは、どうしてか。

マルコ6:3 この人ひとは大工だいくではないか。マリヤのむすこで、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟きょうだいではないか。またその姉妹しまいたちも、ここにわたしたちと一緒いっしょにいるではないか」。こうして彼かれらはイエスにつまずいた。

マルコ6:17 このヘロデは、自分じぶんの兄弟きょうだいピリポの妻つまヘロデヤをめとったが、そのことで、人ひとをつかわし、ヨハネを捕とらえて獄ごくにつないだ。

マルコ6:20 それはヘロデが、ヨハネは正ただしくて聖せいなる人ひとであることを知しって、彼かれを恐おそれ、彼かれに保護ほごを加くわえ、またその教きょうを聞きいて非常ひじょうに悩なやみながらも、なお喜よろこんで聞きいていたからである。

マルコ6:21 ところが、よい機会きかいがきた。ヘロデは自分じぶんの誕生たんじょう日ひの祝しゅくに、高官こうかんや将校しょうこうやガリラヤの重立おもだった人ひとたちを招まねいて宴会えんかいを催もよおしたが、

マルコ6:22 そこへ、このヘロデヤの娘むすめがはいってきて舞まいをまい、ヘロデをはじめ列座れつざの人ひとたちを喜よろこばせた。そこで王おうはこの少女しょうじょに「ほしいものはなんでも言いいいなさい。あなたにあげるから」と言いいい、

マルコ6:26 王おうは非常ひじょうに困こまったが、いったん誓ちかったのと、また列座れつざの人ひとたちの手前てまえ、少女しょうじょの願ねがいを退しりぞけることを好このまなかった。

マルコ6:31 するとイエスは彼かれらに言いわれた、「さあ、あなたがたは、人ひとを避さけて寂さびしい所ところへ行いって、しばらく休やすむがよい」。それは、出入でいりする人ひとが多おおくて、食事しょくじをする暇ひまもなかったからである。

マルコ6:32 そこで彼かれらは人ひとを避さけ、舟ふねに乗のって寂さびしい所ところへ行いった。

マルコ7:3 もともと、パリサイ人にんをはじめユダヤ人にんはみな、昔むかしの人ひとの言伝いいつたえをかたく守まもって、念入ねんいりに手てを洗あらってからでないと、食事しょくじをしない。

マルコ7:5 そこで、パリサイ人にんと律法りっぽう学がく者しゃたちとは、イエスに尋たずねた、「なぜ、あなたの弟子でしたちは、昔むかしの人ひとの言伝いいつたえに従したがって歩あゆまないで、不浄ふじょうな手てでパンを食たべるのですか」。

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