マタイによる福音書 20章28節(マタイ20:28)

28 それは、人ひとの子こがきたのも、仕つかえられるためではなく、仕つかえるためであり、また多おおくの人ひとのあがないとして、自分じぶんの命いのちを与あたえるためであるのと、ちょうど同おなじである」。

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この節を含む箇所ゼベダイの子らの母の願いマタイ20:20-28

前後の聖句(20章26–30節)

26 あなたがたの間あいだではそうであってはならない。かえって、あなたがたの間あいだで偉えらくなりたいと思おもう者ものは、仕つかえる人ひととなり、

27 あなたがたの間あいだでかしらになりたいと思おもう者ものは、僕ぼくとならねばならない。

28 それは、人ひとの子こがきたのも、仕つかえられるためではなく、仕つかえるためであり、また多おおくの人ひとのあがないとして、自分じぶんの命いのちを与あたえるためであるのと、ちょうど同おなじである」。

29 それから、彼かれらがエリコを出でて行いったとき、大おおぜいの群衆ぐんしゅうがイエスに従したがってきた。

30 すると、ふたりの盲人もうじんが道みちばたにすわっていたが、イエスがとおって行いかれると聞きいて、叫さけんで言いった、「主しゅよ、ダビデの子こよ、わたしたちをあわれんで下ください」。

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