「神」(かみ)が出てくる聖書の箇所

「神」(かみ)は口語訳の4142か所(旧約2850・新約1292)に出てきます。日常訳第1版では4504か所。

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4142か所を200か所ずつ21ページに分けています(16ページ目)。

ルカによる福音書(122か所)

ルカ9:20 彼かれらに言いわれた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言ゆうか」。ペテロが答こたえて言いった、「神かみのキリストです」。

ルカ9:27 よく聞きいておくがよい、神かみの国くにを見みるまでは、死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

ルカ9:43 人々ひとびとはみな、神かみの偉大いだいな力ちからに非常ひじょうに驚おどろいた。みんなの者ものがイエスのしておられた数々かずかずの事ことを不思議ふしぎに思おもっていると、弟子でしたちに言いわれた、

ルカ9:60 彼かれに言いわれた、「その死人しにんを葬ほうむることは、死人しにんに任まかせておくがよい。あなたは、出でて行いって神かみの国くにを告つげひろめなさい」。

ルカ9:62 イエスは言いわれた、「手てをすきにかけてから、うしろを見みる者ものは、神かみの国くににふさわしくないものである」。

ルカ10:9 そして、その町まちにいる病人びょうにんをいやしてやり、『神かみの国くにはあなたがたに近ちかづいた』と言いいいなさい。

ルカ10:11 『わたしたちの足あしについているこの町まちのちりも、ぬぐい捨すてて行いく。しかし、神かみの国くにが近ちかづいたことは、承知しょうちしているがよい』。

ルカ10:27 彼かれは答こたえて言いった、「『心こころをつくし、精神せいしんをつくし、力ちからをつくし、思おもいをつくして、主しゅなるあなたの神かみを愛あいせよ』。また、『自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ』とあります」。

ルカ11:20 しかし、わたしが神かみの指ゆびによって悪霊あくりょうを追おい出だしているのなら、神かみの国くにはすでにあなたがたのところにきたのである。

ルカ11:28 しかしイエスは言いわれた、「いや、めぐまれているのは、むしろ、神かみの言げんを聞きいてそれを守まもる人ひとたちである」。

ルカ11:42 しかし、あなた方かたパリサイ人にんは、わざわいである。はっか、うん香こう、あらゆる野菜やさいなどの十じゅう分ぶんの一いちを宮みやに納おさめておりながら、義ぎと神かみに対たいする愛あいとをなおざりにしている。それもなおざりにはできないが、これは行おこなわねばならない。

ルカ11:49 それゆえに、『神かみの知恵ちえ』も言いっている、『わたしは預言よげん者しゃと使徒しととを彼かれらにつかわすが、彼かれらはそのうちのある者ものを殺ころしたり、迫害はくがいしたりするであろう』。

ルカ12:6 五いつ羽わのすずめは二にアサリオンで売うられているではないか。しかも、その一ひと羽わも神かみのみまえで忘わすれられてはいない。

ルカ12:8 そこで、あなたがたに言ゆう。だれでも人ひとの前まえでわたしを受うけいれる者ものを、人ひとの子こも神かみの使つかいたちの前まえで受うけいれるであろう。

ルカ12:9 しかし、人ひとの前まえでわたしを拒こばむ者ものは、神かみの使つかいたちの前まえで拒こばまれるであろう。

ルカ12:20 すると神かみが彼かれに言いわれた、『愚おろかな者ものよ、あなたの魂たましいは今夜こんやのうちにも取とり去さられるであろう。そしたら、あなたが用意よういした物ものは、だれのものになるのか』。

ルカ12:21 自分じぶんのために宝たからを積つんで神かみに対たいして富とまない者ものは、これと同おなじである」。

ルカ12:24 からすのことを考かんがえて見みよ。まくことも、刈かることもせず、また、納屋なやもなく倉くらもない。それだのに、神かみは彼かれらを養やしなっていて下くださる。あなたがたは鳥とりよりも、はるかにすぐれているではないか。

ルカ12:28 きょうは野のにあって、あすは炉ろに投なげ入いれられる草くさでさえ、神かみはこのように装よそおって下くださるのなら、あなたがたに、それ以上いじょうよくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰しんこうの薄うすい者ものたちよ。

ルカ13:13 手てをその上うえに置おかれた。すると立たちどころに、そのからだがまっすぐになり、そして神かみをたたえはじめた。

ルカ13:18 そこで言いわれた、「神かみの国くには何なんに似にているか。またそれを何なんにたとえようか。

ルカ13:20 また言いわれた、「神かみの国くにを何なんにたとえようか。

ルカ13:28 あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言よげん者しゃたちが、神かみの国くににはいっているのに、自分じぶんたちは外そとに投なげ出だされることになれば、そこで泣なき叫さけんだり、歯はがみをしたりするであろう。

ルカ13:29 それから人々ひとびとが、東ひがしから西にしから、また南みなみから北きたからきて、神かみの国くにで宴会えんかいの席せきにつくであろう。

ルカ14:15 列席れっせき者しゃのひとりがこれを聞きいてイエスに「神かみの国くにで食事しょくじをする人ひとは、さいわいです」と言いった。

ルカ15:10 よく聞きききなさい。それと同おなじように、罪人ざいにんがひとりでも悔くい改あらためるなら、神かみの御ご使したちの前まえでよろこびがあるであろう」。

ルカ16:13 どの僕ぼくでも、ふたりの主人しゅじんに兼かね仕つかえることはできない。一方いっぽうを憎にくんで他方たほうを愛あいし、あるいは、一方いっぽうに親したしんで他方たほうをうとんじるからである。あなたがたは、神かみと富とみとに兼かね仕つかえることはできない」。

ルカ16:15 そこで彼かれらにむかって言いわれた、「あなたがたは、人々ひとびとの前まえで自分じぶんを正ただしいとする人ひとたちである。しかし、神かみはあなたがたの心こころをご存ぞんじである。人々ひとびとの間あいだで尊とうとばれるものは、神かみのみまえでは忌いみきらわれる。

ルカ16:16 律法りっぽうと預言よげん者しゃとはヨハネの時ときまでのものである。それ以来いらい、神かみの国くにが宣のべ伝つたえられ、人々ひとびとは皆みなこれに突入とつにゅうしている。

ルカ17:15 そのうちのひとりは、自分じぶんがいやされたことを知しり、大声おおごえで神かみをほめたたえながら帰かえってきて、

ルカ17:18 神かみをほめたたえるために帰かえってきたものは、この他国たこく人にんのほかにはいないのか」。

ルカ17:20 神かみの国くにはいつ来くるのかと、パリサイ人にんが尋たずねたので、イエスは答こたえて言いわれた、「神かみの国くには、見みられるかたちで来くるものではない。

ルカ17:21 また『見みよ、ここにある』『あそこにある』などとも言いえない。神かみの国くには、実じつにあなたがたのただ中なかにあるのだ」。

ルカ18:2 「ある町まちに、神かみを恐おそれず、人ひとを人ひととも思おもわぬ裁判さいばん官かんがいた。

ルカ18:4 彼かれはしばらくの間あいだきき入いれないでいたが、そののち、心こころのうちで考かんがえた、『わたしは神かみをも恐おそれず、人ひとを人ひととも思おもわないが、

ルカ18:7 まして神かみは、日夜にちや叫さけび求もとめる選民せんみんのために、正ただしいさばきをしてくださらずに長ながい間あいだそのままにしておかれることがあろうか。

ルカ18:8 あなたがたに言いっておくが、神かみはすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人ひとの子こが来くるとき、地上ちじょうに信仰しんこうが見みられるであろうか」。

ルカ18:11 パリサイ人にんは立たって、ひとりでこう祈いのった、『神かみよ、わたしはほかの人ひとたちのような貪欲どんよくな者もの、不正ふせいな者もの、姦淫かんいんをする者ものではなく、また、この取とり税ぜい人にんのような人間にんげんでもないことを感謝かんしゃします。

ルカ18:13 ところが、取とり税ぜい人にんは遠とおく離はなれて立たち、目めを天てんにむけようともしないで、胸むねを打うちながら言いった、『神かみ様さま、罪人ざいにんのわたしをおゆるしください』と。

ルカ18:14 あなたがたに言いっておく。神かみに義ぎとされて自分じぶんの家いえに帰かえったのは、この取とり税ぜい人にんであって、あのパリサイ人にんではなかった。おおよそ、自分じぶんを高たかくする者ものは低ひくされ、自分じぶんを低ひくする者ものは高たかくされるであろう」。

ルカ18:16 するとイエスは幼おさな子ごらを呼よび寄よせて言いわれた、「幼おさな子ごらをわたしのところに来くるままにしておきなさい、止とめてはならない。神かみの国くにはこのような者ものの国くにである。

ルカ18:17 よく聞きいておくがよい。だれでも幼おさな子ごのように神かみの国くにを受うけいれる者ものでなければ、そこにはいることは決けっしてできない」。

ルカ18:19 イエスは言いわれた、「なぜわたしをよき者ものと言いうのか。神かみひとりのほかによい者ものはいない。

ルカ18:24 イエスは彼かれの様子ようすを見みて言いわれた、「財産ざいさんのある者ものが神かみの国くににはいるのはなんとむずかしいことであろう。

ルカ18:25 富とんでいる者ものが神かみの国くににはいるよりは、らくだが針はりの穴あなを通とおる方ほうが、もっとやさしい」。

ルカ18:27 イエスは言いわれた、「人ひとにはできない事ことも、神かみにはできる」。

ルカ18:29 イエスは言いわれた、「よく聞きいておくがよい。だれでも神かみの国くにのために、家いえ、妻つま、兄弟きょうだい、両親りょうしん、子こを捨すてた者ものは、

ルカ18:43 すると彼かれは、たちまち見みえるようになった。そして神かみをあがめながらイエスに従したがって行いった。これを見みて、人々ひとびとはみな神かみをさんびした。

ルカ19:11 人々ひとびとがこれらの言葉ことばを聞きいているときに、イエスはなお一ひとつの譬たとえをお話はなしになった。それはエルサレムに近ちかづいてこられたし、また人々ひとびとが神かみの国くにはたちまち現あらわれると思おもっていたためである。

ルカ19:37 いよいよオリブ山さんの下くだり道みちあたりに近ちかづかれると、大おおぜいの弟子でしたちはみな喜よろこんで、彼かれらが見みたすべての力ちからあるみわざについて、声こえ高たからかに神かみをさんびして言いいいはじめた、

ルカ19:44 おまえとその内うちにいる子こらとを地ちに打うち倒たおし、城内きうちの一ひとつの石いしも他たの石いしの上うえに残のこして置おかない日ひが来くるであろう。それは、おまえが神かみのおとずれの時ときを知しらないでいたからである」。

ルカ20:21 彼かれらは尋たずねて言いった、「先生せんせい、わたしたちは、あなたの語かたり教おしえられることが正ただしく、また、あなたは分わけ隔へだてをなさらず、真理しんりに基もとづいて神かみの道みちを教おしえておられることを、承知しょうちしています。

ルカ20:25 するとイエスは彼かれらに言いわれた、「それなら、カイザルのものはカイザルに、神かみのものは神かみに返かえしなさい」。

ルカ20:36 彼かれらは天使てんしに等ひとしいものであり、また復活ふっかつにあずかるゆえに、神かみの子こでもあるので、もう死しぬことはあり得えないからである。

ルカ20:37 死人しにんがよみがえることは、モーセも柴しばの篇へんで、主しゅを『アブラハムの神かみ、イサクの神かみ、ヤコブの神かみ』と呼よんで、これを示ししめした。

ルカ20:38 神かみは死しんだ者ものの神かみではなく、生いきている者ものの神かみである。人ひとはみな神かみに生いきるものだからである」。

ルカ21:31 このようにあなたがたも、これらの事ことが起おこるのを見みたなら、神かみの国くにが近ちかいのだとさとりなさい。

ルカ22:16 あなたがたに言いって置おくが、神かみの国くにで過越すぎこしが成就じょうじゅする時ときまでは、わたしは二に度どと、この過越すぎこしの食事しょくじをすることはない」。

ルカ22:18 あなたがたに言いっておくが、今いまからのち神かみの国くにが来くるまでは、わたしはぶどうの実じつから造つくったものを、いっさい飲のまない」。

ルカ22:69 しかし、人ひとの子こは今いまからのち、全能ぜんのうの神かみの右みぎに座ざするであろう」。

ルカ22:70 彼かれらは言いった、「では、あなたは神かみの子こなのか」。イエスは言いわれた、「あなたがたの言いうとおりである」。

ルカ23:35 民衆みんしゅうは立たって見みていた。役人やくにんたちもあざ笑わらって言いった、「彼かれは他人たにんを救すくった。もし彼かれが神かみのキリスト、選えらばれた者ものであるなら、自分じぶん自身じしんを救すくうがよい」。

ルカ23:40 もうひとりは、それをたしなめて言いった、「おまえは同おなじ刑けいを受うけていながら、神かみを恐おそれないのか。

ルカ23:47 百ひゃく卒そつ長ちょうはこの有様ありさまを見みて、神かみをあがめ、「ほんとうに、この人ひとは正ただしい人ひとであった」と言いった。

ルカ23:51 この人ひとはユダヤの町まちアリマタヤの出身しゅっしんで、神かみの国くにを待まち望のぞんでいた。彼かれは議会ぎかいの議決ぎけつや行動こうどうには賛成さんせいしていなかった。

ルカ24:19 「それは、どんなことか」と言いわれると、彼かれらは言いった、「ナザレのイエスのことです。あのかたは、神かみとすべての民衆みんしゅうとの前まえで、わざにも言葉ことばにも力ちからある預言よげん者しゃでしたが、

ルカ24:53 絶たえず宮みやにいて、神かみをほめたたえていた。

ヨハネによる福音書(73か所)

ヨハネ1:1 初はじめに言げんがあった。言げんは神かみと共ともにあった。言げんは神かみであった。

ヨハネ1:2 この言げんは初はじめに神かみと共ともにあった。

ヨハネ1:6 ここにひとりの人ひとがあって、神かみからつかわされていた。その名なをヨハネと言いった。

ヨハネ1:12 しかし、彼かれを受うけいれた者もの、すなわち、その名なを信しんじた人々ひとびとには、彼かれは神かみの子ことなる力ちからを与あたえたのである。

ヨハネ1:13 それらの人ひとは、血ちすじによらず、肉にくの欲よくによらず、また、人ひとの欲よくにもよらず、ただ神かみによって生うまれたのである。

ヨハネ1:18 神かみを見みた者ものはまだひとりもいない。ただ父ちちのふところにいるひとり子こなる神かみだけが、神かみをあらわしたのである。

ヨハネ1:29 その翌日よくじつ、ヨハネはイエスが自分じぶんの方ほうにこられるのを見みて言いった、「見みよ、世よの罪つみを取とり除のぞく神かみの小羊こひつじ。

ヨハネ1:34 わたしはそれを見みたので、このかたこそ神かみの子こであると、あかしをしたのである」。

ヨハネ1:36 イエスが歩あるいておられるのに目めをとめて言いった、「見みよ、神かみの小羊こひつじ」。

ヨハネ1:49 ナタナエルは答こたえた、「先生せんせい、あなたは神かみの子こです。あなたはイスラエルの王おうです」。

ヨハネ1:51 また言いわれた、「よくよくあなたがたに言いっておく。天てんが開あけて、神かみの御ご使したちが人ひとの子この上うえに上のぼり下おりするのを、あなたがたは見みるであろう」。

ヨハネ3:2 この人ひとが夜よるイエスのもとにきて言いった、「先生せんせい、わたしたちはあなたが神かみからこられた教師きょうしであることを知しっています。神かみがご一緒いっしょでないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。

ヨハネ3:3 イエスは答こたえて言いわれた、「よくよくあなたに言いっておく。だれでも新あたらしく生うまれなければ、神かみの国くにを見みることはできない」。

ヨハネ3:5 イエスは答こたえられた、「よくよくあなたに言いっておく。だれでも、水みずと霊れいとから生うまれなければ、神かみの国くににはいることはできない。

ヨハネ3:16 神かみはそのひとり子こを賜たまわったほどに、この世よを愛あいして下くださった。それは御子みこを信しんじる者ものがひとりも滅ほろびないで、永遠えいえんの命いのちを得えるためである。

ヨハネ3:17 神かみが御子みこを世よにつかわされたのは、世よをさばくためではなく、御子みこによって、この世よが救すくわれるためである。

ヨハネ3:18 彼かれを信しんじる者ものは、さばかれない。信しんじない者ものは、すでにさばかれている。神かみのひとり子この名なを信しんじることをしないからである。

ヨハネ3:21 しかし、真理しんりを行おこなっている者ものは光ひかりに来くる。その人ひとのおこないの、神かみにあってなされたということが、明あきらかにされるためである。

ヨハネ3:33 しかし、そのあかしを受うけいれる者ものは、神かみがまことであることを、たしかに認みとめたのである。

ヨハネ3:34 神かみがおつかわしになったかたは、神かみの言葉ことばを語かたる。神かみは聖霊せいれいを限かぎりなく賜たまうからである。

ヨハネ3:36 御子みこを信しんじる者ものは永遠えいえんの命いのちをもつ。御子みこに従したがわない者ものは、命いのちにあずかることがないばかりか、神かみの怒いかりがその上うえにとどまるのである」。

ヨハネ4:10 イエスは答こたえて言いわれた、「もしあなたが神かみの賜物たまもののことを知しり、また、『水みずを飲のませてくれ』と言いった者ものが、だれであるか知しっていたならば、あなたの方ほうから願ねがい出でて、その人ひとから生いける水みずをもらったことであろう」。

ヨハネ4:24 神かみは霊れいであるから、礼拝れいはいをする者ものも、霊れいとまこととをもって礼拝れいはいすべきである」。

ヨハネ5:18 このためにユダヤ人にんたちは、ますますイエスを殺ころそうと計はかるようになった。それは、イエスが安息あんそく日ひを破やぶられたばかりではなく、神かみを自分じぶんの父ちちと呼よんで、自分じぶんを神かみと等ひとしいものとされたからである。

ヨハネ5:25 よくよくあなたがたに言いっておく。死しんだ人ひとたちが、神かみの子この声こえを聞きく時ときが来くる。今いますでにきている。そして聞きく人ひとは生いきるであろう。

ヨハネ5:28 このことを驚おどろくには及およばない。墓はかの中なかにいる者ものたちがみな神かみの子この声こえを聞ききき、

ヨハネ5:38 また、神かみがつかわされた者ものを信しんじないから、神かみの御言みことはあなたがたのうちにとどまっていない。

ヨハネ5:42 しかし、あなたがたのうちには神かみを愛あいする愛あいがないことを知しっている。

ヨハネ5:44 互たがいに誉ほまれを受うけながら、ただひとりの神かみからの誉ほまれを求もとめようとしないあなたがたは、どうして信しんじることができようか。

ヨハネ6:27 朽くちる食物しょくもつのためではなく、永遠えいえんの命いのちに至いたる朽くちない食物しょくもつのために働はたらくがよい。これは人ひとの子こがあなたがたに与あたえるものである。父ちちなる神かみは、人ひとの子こにそれをゆだねられたのである」。

ヨハネ6:28 そこで、彼かれらはイエスに言いった、「神かみのわざを行おこなうために、わたしたちは何なんをしたらよいでしょうか」。

ヨハネ6:29 イエスは彼かれらに答こたえて言いわれた、「神かみがつかわされた者ものを信しんじることが、神かみのわざである」。

ヨハネ6:33 神かみのパンは、天てんから下くだってきて、この世よに命いのちを与あたえるものである」。

ヨハネ6:45 預言よげん者しゃの書しょに、『彼かれらはみな神かみに教おしえられるであろう』と書かいてある。父ちちから聞きいて学まなんだ者ものは、みなわたしに来くるのである。

ヨハネ6:46 神かみから出でた者もののほかに、だれかが父ちちを見みたのではない。その者ものだけが父ちちを見みたのである。

ヨハネ6:69 わたしたちは、あなたが神かみの聖者せいじゃであることを信しんじ、また知しっています」。

ヨハネ7:17 神かみのみこころを行おこなおうと思おもう者ものであれば、だれでも、わたしの語かたっているこの教きょうが神かみからのものか、それとも、わたし自身じしんから出でたものか、わかるであろう。

ヨハネ8:29 わたしをつかわされたかたは、わたしと一緒いっしょにおられる。わたしは、いつも神かみのみこころにかなうことをしているから、わたしをひとり置おきざりになさることはない」。

ヨハネ8:40 ところが今いま、神かみから聞きいた真理しんりをあなたがたに語かたってきたこのわたしを、殺ころそうとしている。そんなことをアブラハムはしなかった。

ヨハネ8:41 あなたがたは、あなたがたの父ちちのわざを行おこなっているのである」。彼かれらは言いった、「わたしたちは、不ふ品行ひんこうの結果けっかうまれた者ものではない。わたしたちにはひとりの父ちちがある。それは神かみである」。

ヨハネ8:42 イエスは彼かれらに言いわれた、「神かみがあなたがたの父ちちであるならば、あなたがたはわたしを愛あいするはずである。わたしは神かみから出でた者もの、また神かみからきている者ものであるからだ。わたしは自分じぶんからきたのではなく、神かみからつかわされたのである。

ヨハネ8:47 神かみからきた者ものは神かみの言葉ことばに聞き従うききしたがうが、あなたがたが聞き従わききしたがわないのは、神かみからきた者ものでないからである」。

ヨハネ8:54 イエスは答こたえられた、「わたしがもし自分じぶんに栄光えいこうを帰きするなら、わたしの栄光えいこうは、むなしいものである。わたしに栄光えいこうを与あたえるかたは、わたしの父ちちであって、あなたがたが自分じぶんの神かみだと言いっているのは、そのかたのことである。

ヨハネ8:55 あなたがたはその神かみを知しっていないが、わたしは知しっている。もしわたしが神かみを知しらないと言ゆうならば、あなたがたと同おなじような偽いつわり者しゃであろう。しかし、わたしはそのかたを知しり、その御言みことを守まもっている。

ヨハネ9:3 イエスは答こたえられた、「本人ほんにんが罪つみを犯おかしたのでもなく、また、その両親りょうしんが犯おかしたのでもない。ただ神かみのみわざが、彼かれの上うえに現あらわれるためである。

ヨハネ9:16 そこで、あるパリサイ人にんたちが言いった、「その人ひとは神かみからきた人ひとではない。安息あんそく日ひを守まもっていないのだから」。しかし、ほかの人々ひとびとは言いった、「罪つみのある人ひとが、どうしてそのようなしるしを行おこなうことができようか」。そして彼かれらの間あいだに分争ぶんそうが生しょうじた。

ヨハネ9:24 そこで彼かれらは、盲人もうじんであった人ひとをもう一いち度ど呼よんで言いった、「神かみに栄光えいこうを帰きするがよい。あの人ひとが罪人ざいにんであることは、わたしたちにはわかっている」。

ヨハネ9:29 モーセに神かみが語かたられたということは知しっている。だが、あの人ひとがどこからきた者ものか、わたしたちは知しらぬ」。

ヨハネ9:31 わたしたちはこのことを知しっています。神かみは罪人ざいにんの言いうことはお聞ききいれになりませんが、神かみを敬うやまい、そのみこころを行おこなう人ひとの言いうことは、聞ききいれて下くださいます。

ヨハネ9:33 もしあのかたが神かみからきた人ひとでなかったら、何なん一ひとつできなかったはずです」。

ヨハネ10:33 ユダヤ人にんたちは答こたえた、「あなたを石いしで殺ころそうとするのは、よいわざをしたからではなく、神かみを汚よごしたからである。また、あなたは人間にんげんであるのに、自分じぶんを神かみとしているからである」。

ヨハネ10:35 神かみの言げんを託たくされた人々ひとびとが、神々かみがみといわれておるとすれば、(そして聖書せいしょの言げんは、すたることがあり得えない)

ヨハネ10:36 父ちちが聖別せいべつして、世よにつかわされた者ものが、『わたしは神かみの子こである』と言いったからとて、どうして『あなたは神かみを汚けがす者ものだ』と言いうのか。

ヨハネ11:4 イエスはそれを聞きいて言いわれた、「この病気びょうきは死しぬほどのものではない。それは神かみの栄光えいこうのため、また、神かみの子こがそれによって栄光えいこうを受うけるためのものである」。

ヨハネ11:22 しかし、あなたがどんなことをお願ねがいになっても、神かみはかなえて下くださることを、わたしは今いまでも存ぞんじています」。

ヨハネ11:27 マルタはイエスに言いった、「主しゅよ、信しんじます。あなたがこの世よにきたるべきキリスト、神かみの御子みこであると信しんじております」。

ヨハネ11:40 イエスは彼女かのじょに言いわれた、「もし信しんじるなら神かみの栄光えいこうを見みるであろうと、あなたに言いったではないか」。

ヨハネ11:52 ただ国民こくみんのためだけではなく、また散在さんざいしている神かみの子こらを一ひとつに集あつめるために、死しぬことになっていると、言いったのである。

ヨハネ12:40 「神かみは彼かれらの目めをくらまし、心こころをかたくなになさった。それは、彼かれらが目めで見みず、心こころで悟さとらず、悔くい改あらためていやされることがないためである」。

ヨハネ12:43 彼かれらは神かみのほまれよりも、人ひとのほまれを好このんだからである。

ヨハネ13:3 イエスは、父ちちがすべてのものを自分じぶんの手てにお与あたえになったこと、また、自分じぶんは神かみから出でてきて、神かみにかえろうとしていることを思おもい、

ヨハネ13:31 さて、彼かれが出でて行いくと、イエスは言いわれた、「今いまや人ひとの子こは栄光えいこうを受うけた。神かみもまた彼かれによって栄光えいこうをお受うけになった。

ヨハネ13:32 彼かれによって栄光えいこうをお受うけになったのなら、神かみご自身じしんも彼かれに栄光えいこうをお授さずけになるであろう。すぐにもお授さずけになるであろう。

ヨハネ14:1 「あなたがたは、心こころを騒さわがせないがよい。神かみを信しんじ、またわたしを信しんじなさい。

ヨハネ16:2 人々ひとびとはあなたがたを会堂かいどうから追おい出だすであろう。更さらにあなたがたを殺ころす者ものがみな、それによって自分じぶんたちは神かみに仕つかえているのだと思おもう時ときが来くるであろう。

ヨハネ16:27 父ちちご自身じしんがあなたがたを愛あいしておいでになるからである。それは、あなたがたがわたしを愛あいしたため、また、わたしが神かみのみもとからきたことを信しんじたためである。

ヨハネ16:30 あなたはすべてのことをご存ぞんじであり、だれもあなたにお尋たずねする必要ひつようのないことが、今いまわかりました。このことによって、わたしたちはあなたが神かみからこられたかたであると信しんじます」。

ヨハネ17:3 永遠えいえんの命いのちとは、唯一ゆいいつの、まことの神かみでいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知しることであります。

ヨハネ19:7 ユダヤ人にんたちは彼かれに答こたえた、「わたしたちには律法りっぽうがあります。その律法りっぽうによれば、彼かれは自分じぶんを神かみの子ことしたのだから、死罪しざいに当あたる者ものです」。

ヨハネ20:17 イエスは彼女かのじょに言いわれた、「わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父ちちのみもとに上のぼっていないのだから。ただ、わたしの兄弟きょうだいたちの所ところに行いって、『わたしは、わたしの父ちちまたあなたがたの父ちちであって、わたしの神かみまたあなたがたの神かみであられるかたのみもとへ上のぼって行いく』と、彼かれらに伝つたえなさい」。

ヨハネ20:28 トマスはイエスに答こたえて言いった、「わが主しゅよ、わが神かみよ」。

ヨハネ20:31 しかし、これらのことを書かいたのは、あなたがたがイエスは神かみの子こキリストであると信しんじるためであり、また、そう信しんじて、イエスの名なによって命いのちを得えるためである。

ヨハネ21:19 これは、ペテロがどんな死しに方かたで、神かみの栄光えいこうをあらわすかを示しめすために、お話はなしになったのである。こう話はなしてから、「わたしに従したがってきなさい」と言いわれた。

使徒行伝(166か所)

使徒1:3 イエスは苦難くなんを受うけたのち、自分じぶんの生いきていることを数々かずかずの確たしかな証拠しょうこによって示ししめし、四十よんじゅう日にちにわたってたびたび彼かれらに現あらわれて、神かみの国くにのことを語かたられた。

使徒2:11 ユダヤ人にんと改宗かいしゅう者しゃ、クレテ人にんとアラビヤ人にんもいるのだが、あの人々ひとびとがわたしたちの国語こくごで、神かみの大おおきな働はたらきを述のべるのを聞きくとは、どうしたことか」。

使徒2:17 『神かみがこう仰おおせになる。終おわりの時ときには、わたしの霊れいをすべての人ひとに注そそごう。そして、あなたがたのむすこ娘むすめは預言よげんをし、若者わかものたちは幻まぼろしを見み、老人ろうじんたちは夢ゆめを見みるであろう。

使徒2:22 イスラエルの人ひとたちよ、今いまわたしの語かたることを聞きききなさい。あなたがたがよく知しっているとおり、ナザレ人にんイエスは、神かみが彼かれをとおして、あなたがたの中なかで行おこなわれた数々かずかずの力ちからあるわざと奇跡きせきとしるしとにより、神かみからつかわされた者ものであることを、あなたがたに示しめされたかたであった。

使徒2:23 このイエスが渡わたされたのは神かみの定さだめた計画けいかくと予知よちとによるのであるが、あなたがたは彼かれを不法ふほうの人々ひとびとの手てで十字じゅうじ架かにつけて殺ころした。

使徒2:24 神かみはこのイエスを死しの苦くるしみから解とき放はなって、よみがえらせたのである。イエスが死しに支配しはいされているはずはなかったからである。

使徒2:30 彼かれは預言よげん者しゃであって、『その子孫しそんのひとりを王位おういにつかせよう』と、神かみが堅かたく彼かれに誓ちかわれたことを認みとめていたので、

使徒2:32 このイエスを、神かみはよみがえらせた。そして、わたしたちは皆みなその証人しょうにんなのである。

使徒2:33 それで、イエスは神かみの右みぎに上あげられ、父ちちから約束やくそくの聖霊せいれいを受うけて、それをわたしたちに注そそがれたのである。このことは、あなたがたが現げんに見聞みきしているとおりである。

使徒2:36 だから、イスラエルの全ぜん家いえは、この事ことをしかと知しっておくがよい。あなたがたが十字じゅうじ架かにつけたこのイエスを、神かみは、主しゅまたキリストとしてお立たてになったのである」。

使徒2:39 この約束やくそくは、われらの主しゅなる神かみの召めしにあずかるすべての者もの、すなわちあなたがたと、あなたがたの子こらと、遠とおくの者もの一同いちどうとに、与あたえられているものである」。

使徒2:47 神かみをさんびし、すべての人ひとに好意こういを持もたれていた。そして主しゅは、救すくわれる者ものを日々ひび仲間なかまに加くわえて下くださったのである。

使徒3:8 踊おどりあがって立たち、歩あるき出だした。そして、歩あるき回まわったり踊おどったりして神かみをさんびしながら、彼かれらと共ともに宮みやにはいって行いった。

使徒3:9 民衆みんしゅうはみな、彼かれが歩あるき回まわり、また神かみをさんびしているのを見み、

使徒3:13 アブラハム、イサク、ヤコブの神かみ、わたしたちの先祖せんぞの神かみは、その僕ぼくイエスに栄光えいこうを賜たまわったのであるが、あなたがたは、このイエスを引ひき渡わたし、ピラトがゆるすことに決きめていたのに、それを彼かれの面前めんぜんで拒こばんだ。

使徒3:15 いのちの君きみを殺ころしてしまった。しかし、神かみはこのイエスを死人しにんの中なかから、よみがえらせた。わたしたちは、その事ことの証人しょうにんである。

使徒3:18 神かみはあらゆる預言よげん者しゃの口くちをとおして、キリストの受難じゅなんを予告よこくしておられたが、それをこのように成就じょうじゅなさったのである。

使徒3:20 それは、主しゅのみ前まえから慰なぐさめの時ときがきて、あなたがたのためにあらかじめ定さだめてあったキリストなるイエスを、神かみがつかわして下くださるためである。

使徒3:21 このイエスは、神かみが聖せいなる預言よげん者しゃたちの口くちをとおして、昔むかしから預言よげんしておられた万物ばんぶつ更新こうしんの時ときまで、天てんにとどめておかれねばならなかった。

使徒3:22 モーセは言いった、『主しゅなる神かみは、わたしをお立たてになったように、あなたがたの兄弟きょうだいの中なかから、ひとりの預言よげん者しゃをお立たてになるであろう。その預言よげん者しゃがあなたがたに語かたることには、ことごとく聞きききしたがいなさい。

使徒3:25 あなたがたは預言よげん者しゃの子こであり、神かみがあなたがたの先祖せんぞたちと結むすばれた契約けいやくの子こである。神かみはアブラハムに対たいして、『地上ちじょうの諸しょ民族みんぞくは、あなたの子孫しそんによって祝福しゅくふくを受うけるであろう』と仰おおせられた。

使徒3:26 神かみがまずあなたがたのために、その僕ぼくを立たてて、おつかわしになったのは、あなたがたひとりびとりを、悪わるから立たちかえらせて、祝福しゅくふくにあずからせるためなのである」。

使徒4:10 あなたがたご一同いちどうも、またイスラエルの人々ひとびと全体ぜんたいも、知しっていてもらいたい。この人ひとが元気げんきになってみんなの前まえに立たっているのは、ひとえに、あなたがたが十字じゅうじ架かにつけて殺ころしたのを、神かみが死人しにんの中なかからよみがえらせたナザレ人にんイエス・キリストの御名ぎょめいによるのである。

使徒4:19 ペテロとヨハネとは、これに対たいして言いった、「神かみに聞き従うききしたがうよりも、あなたがたに聞き従うききしたがう方かたが、神かみの前まえに正ただしいかどうか、判断はんだんしてもらいたい。

使徒4:21 そこで、彼かれらはふたりを更さらにおどしたうえ、ゆるしてやった。みんなの者ものが、この出来事できごとのために、神かみをあがめていたので、その人々ひとびとの手前てまえ、ふたりを罰ばっするすべがなかったからである。

使徒4:24 一同いちどうはこれを聞きくと、口くちをそろえて、神かみにむかい声こえをあげて言いった、「天てんと地ちと海うみと、その中なかのすべてのものとの造つくりぬしなる主しゅよ。

使徒4:31 彼かれらが祈いのり終おえると、その集あつまっていた場所ばしょが揺ゆれ動うごき、一同いちどうは聖霊せいれいに満みたされて、大胆だいたんに神かみの言げんを語かたり出だした。

使徒5:4 売うらずに残のこしておけば、あなたのものであり、売うってしまっても、あなたの自由じゆうになったはずではないか。どうして、こんなことをする気きになったのか。あなたは人ひとを欺あざむいたのではなくて、神かみを欺あざむいたのだ」。

使徒5:29 これに対たいして、ペテロをはじめ使徒しとたちは言いった、「人間にんげんに従したがうよりは、神かみに従したがうべきである。

使徒5:30 わたしたちの先祖せんぞの神かみは、あなたがたが木きにかけて殺ころしたイエスをよみがえらせ、

使徒5:32 わたしたちはこれらの事ことの証人しょうにんである。神かみがご自身じしんに従したがう者ものに賜たまわった聖霊せいれいもまた、その証人しょうにんである」。

使徒5:39 しかし、もし神かみから出でたものなら、あの人ひとたちを滅ほろぼすことはできまい。まかり違ちがえば、諸君しょくんは神かみを敵てきにまわすことになるかも知しれない」。そこで彼かれらはその勧告かんこくにしたがい、

使徒6:2 そこで、十じゅう二に使徒しとは弟子でし全体ぜんたいを呼よび集あつめて言いった、「わたしたちが神かみの言げんをさしおいて、食卓しょくたくのことに携たずさわるのはおもしろくない。

使徒6:7 こうして神かみの言げんは、ますますひろまり、エルサレムにおける弟子でしの数かずが、非常ひじょうにふえていき、祭司さいしたちも多数たすう、信仰しんこうを受うけいれるようになった。

使徒6:11 そこで、彼かれらは人々ひとびとをそそのかして、「わたしたちは、彼かれがモーセと神かみとを汚けがす言葉ことばを吐はくのを聞きいた」と言いわせた。

使徒7:2 そこで、ステパノが言いった、「兄弟きょうだいたち、父ちちたちよ、お聞ききき下ください。わたしたちの父祖ふそアブラハムが、カランに住すむ前まえ、まだメソポタミヤにいたとき、栄光えいこうの神かみが彼かれに現あらわれて

使徒7:4 そこで、アブラハムはカルデヤ人にんの地ちを出でて、カランに住すんだ。そして、彼かれの父ちちが死しんだのち、神かみは彼かれをそこから、今いまあなたがたの住すんでいるこの地ちに移住いじゅうさせたが、

使徒7:6 神かみはこう仰おおせになった、『彼かれの子孫しそんは他国たこくに身みを寄よせるであろう。そして、そこで四百よんひゃく年ねんのあいだ、奴隷どれいにされて虐待ぎゃくたいを受うけるであろう』。

使徒7:8 そして、神かみはアブラハムに、割礼かつれいの契約けいやくをお与あたえになった。こうして、彼かれはイサクの父ちちとなり、これに八よう日か目めに割礼かつれいを施ほどこし、それから、イサクはヤコブの父ちちとなり、ヤコブは十じゅう二に人にんの族長ぞくちょうたちの父ちちとなった。

使徒7:9 族長ぞくちょうたちは、ヨセフをねたんで、エジプトに売うりとばした。しかし、神かみは彼かれと共ともにいまして、

使徒7:17 神かみがアブラハムに対たいして立たてられた約束やくそくの時期じきが近ちかづくにつれ、民みんはふえてエジプト全土ぜんどにひろがった。

使徒7:25 彼かれは、自分じぶんの手てによって神かみが兄弟きょうだいたちを救すくって下くださることを、みんなが悟さとるものと思おもっていたが、実際じっさいはそれを悟さとらなかったのである。

使徒7:32 『わたしは、あなたの先祖せんぞたちの神かみ、アブラハム、イサク、ヤコブの神かみである』。モーセは恐おそれおののいて、もうそれを見みる勇気ゆうきもなくなった。

使徒7:35 こうして、『だれが、君きみを支配しはい者しゃや裁判さいばん人にんにしたのか』と言いって排斥はいせきされたこのモーセを、神かみは、柴しばの中なかで彼かれに現あらわれた御ご使しの手てによって、支配しはい者しゃ、解放かいほう者しゃとして、おつかわしになったのである。

使徒7:37 この人ひとが、イスラエル人にんたちに、『神かみはわたしをお立たてになったように、あなたがたの兄弟きょうだいたちの中なかから、ひとりの預言よげん者しゃをお立たてになるであろう』と言いったモーセである。

使徒7:42 そこで、神かみは顔かおをそむけ、彼かれらを天てんの星ほしを拝おがむままに任まかせられた。預言よげん者しゃの書しょにこう書かいてあるとおりである、『イスラエルの家いえよ、四十よんじゅう年ねんのあいだ荒野あらのにいた時ときに、いけにえと供そなえ物ものとを、わたしにささげたことがあったか。

使徒7:43 あなたがたは、モロクの幕屋まくややロンパの星ほしの神かみを、かつぎ回まわった。それらは、拝おがむために自分じぶんで造つくった偶像ぐうぞうに過すぎぬ。だからわたしは、あなたがたをバビロンのかなたへ、移うつしてしまうであろう』。

使徒7:45 この幕屋まくやは、わたしたちの先祖せんぞが、ヨシュアに率ひきいられ、神かみによって諸しょ民族みんぞくを彼かれらの前まえから追おい払はらい、その所領しょりょうをのり取とったときに、そこに持もち込こまれ、次々つぎつぎに受うけ継つがれて、ダビデの時代じだいに及およんだものである。

使徒7:46 ダビデは、神かみの恵めぐみをこうむり、そして、ヤコブの神かみのために宮みやを造営ぞうえいしたいと願ねがった。

使徒7:55 しかし、彼かれは聖霊せいれいに満みたされて、天てんを見みつめていると、神かみの栄光えいこうが現あらわれ、イエスが神かみの右みぎに立たっておられるのが見みえた。

使徒7:56 そこで、彼かれは「ああ、天てんが開あけて、人ひとの子こが神かみの右みぎに立たっておいでになるのが見みえる」と言いった。

使徒8:10 それで、小ちいさい者ものから大おおきい者ものにいたるまで皆みな、彼かれについて行いき、「この人ひとこそは『大だい能のう』と呼よばれる神かみの力ちからである」と言いっていた。

使徒8:12 ところが、ピリポが神かみの国くにとイエス・キリストの名なについて宣のべ伝つたえるに及およんで、男おとこも女おんなも信しんじて、ぞくぞくとバプテスマを受うけた。

使徒8:14 エルサレムにいる使徒しとたちは、サマリヤの人々ひとびとが、神かみの言げんを受うけ入いれたと聞きいて、ペテロとヨハネとを、そこにつかわした。

使徒8:20 そこで、ペテロが彼かれに言いった、「おまえの金かねは、おまえもろとも、うせてしまえ。神かみの賜物たまものが、金かねで得えられるなどと思おもっているのか。

使徒8:21 おまえの心こころが神かみの前まえに正ただしくないから、おまえは、とうてい、この事ことにあずかることができない。

使徒8:37 これに対たいして、ピリポは、「あなたがまごころから信しんじるなら、受うけてさしつかえはありません」と言いった。すると、彼かれは「わたしは、イエス・キリストを神かみの子こと信しんじます」と答こたえた。〕

使徒9:20 ただちに諸しょ会堂かいどうでイエスのことを宣のべ伝つたえ、このイエスこそ神かみの子こであると説ときはじめた。

使徒10:2 信心しんじん深ふかく、家族かぞく一同いちどうと共ともに神かみを敬うやまい、民みんに数々かずかずの施ほどこしをなし、絶たえず神かみに祈いのりをしていた。

使徒10:3 ある日ひの午後ごご三さん時じごろ、神かみの使つかいが彼かれのところにきて、「コルネリオよ」と呼よぶのを、幻まぼろしではっきり見みた。

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