「神」(かみ)が出てくる聖書の箇所
「神」(かみ)は口語訳の4142か所(旧約2850・新約1292)に出てきます。日常訳第1版では4504か所。
4142か所を200か所ずつ21ページに分けています(16ページ目)。
ルカによる福音書(122か所)
ルカ9:20 彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。ペテロが答えて言った、「神のキリストです」。
ルカ9:27 よく聞いておくがよい、神の国を見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」。
ルカ9:43 人々はみな、神の偉大な力に非常に驚いた。みんなの者がイエスのしておられた数々の事を不思議に思っていると、弟子たちに言われた、
ルカ9:60 彼に言われた、「その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい。あなたは、出て行って神の国を告げひろめなさい」。
ルカ9:62 イエスは言われた、「手をすきにかけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくないものである」。
ルカ10:9 そして、その町にいる病人をいやしてやり、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。
ルカ10:11 『わたしたちの足についているこの町のちりも、ぬぐい捨てて行く。しかし、神の国が近づいたことは、承知しているがよい』。
ルカ10:27 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。
ルカ11:20 しかし、わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのである。
ルカ11:28 しかしイエスは言われた、「いや、めぐまれているのは、むしろ、神の言を聞いてそれを守る人たちである」。
ルカ11:42 しかし、あなた方パリサイ人は、わざわいである。はっか、うん香、あらゆる野菜などの十分の一を宮に納めておりながら、義と神に対する愛とをなおざりにしている。それもなおざりにはできないが、これは行わねばならない。
ルカ11:49 それゆえに、『神の知恵』も言っている、『わたしは預言者と使徒とを彼らにつかわすが、彼らはそのうちのある者を殺したり、迫害したりするであろう』。
ルカ12:6 五羽のすずめは二アサリオンで売られているではないか。しかも、その一羽も神のみまえで忘れられてはいない。
ルカ12:8 そこで、あなたがたに言う。だれでも人の前でわたしを受けいれる者を、人の子も神の使たちの前で受けいれるであろう。
ルカ12:9 しかし、人の前でわたしを拒む者は、神の使たちの前で拒まれるであろう。
ルカ12:20 すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。
ルカ12:21 自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。
ルカ12:24 からすのことを考えて見よ。まくことも、刈ることもせず、また、納屋もなく倉もない。それだのに、神は彼らを養っていて下さる。あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。
ルカ12:28 きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。
ルカ13:13 手をその上に置かれた。すると立ちどころに、そのからだがまっすぐになり、そして神をたたえはじめた。
ルカ13:18 そこで言われた、「神の国は何に似ているか。またそれを何にたとえようか。
ルカ13:20 また言われた、「神の国を何にたとえようか。
ルカ13:28 あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが、神の国にはいっているのに、自分たちは外に投げ出されることになれば、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。
ルカ13:29 それから人々が、東から西から、また南から北からきて、神の国で宴会の席につくであろう。
ルカ14:15 列席者のひとりがこれを聞いてイエスに「神の国で食事をする人は、さいわいです」と言った。
ルカ15:10 よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、神の御使たちの前でよろこびがあるであろう」。
ルカ16:13 どの僕でも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」。
ルカ16:15 そこで彼らにむかって言われた、「あなたがたは、人々の前で自分を正しいとする人たちである。しかし、神はあなたがたの心をご存じである。人々の間で尊ばれるものは、神のみまえでは忌みきらわれる。
ルカ16:16 律法と預言者とはヨハネの時までのものである。それ以来、神の国が宣べ伝えられ、人々は皆これに突入している。
ルカ17:15 そのうちのひとりは、自分がいやされたことを知り、大声で神をほめたたえながら帰ってきて、
ルカ17:18 神をほめたたえるために帰ってきたものは、この他国人のほかにはいないのか」。
ルカ17:20 神の国はいつ来るのかと、パリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、「神の国は、見られるかたちで来るものではない。
ルカ17:21 また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」。
ルカ18:2 「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わぬ裁判官がいた。
ルカ18:4 彼はしばらくの間きき入れないでいたが、そののち、心のうちで考えた、『わたしは神をも恐れず、人を人とも思わないが、
ルカ18:7 まして神は、日夜叫び求める選民のために、正しいさばきをしてくださらずに長い間そのままにしておかれることがあろうか。
ルカ18:8 あなたがたに言っておくが、神はすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」。
ルカ18:11 パリサイ人は立って、ひとりでこう祈った、『神よ、わたしはほかの人たちのような貪欲な者、不正な者、姦淫をする者ではなく、また、この取税人のような人間でもないことを感謝します。
ルカ18:13 ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天にむけようともしないで、胸を打ちながら言った、『神様、罪人のわたしをおゆるしください』と。
ルカ18:14 あなたがたに言っておく。神に義とされて自分の家に帰ったのは、この取税人であって、あのパリサイ人ではなかった。おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」。
ルカ18:16 するとイエスは幼な子らを呼び寄せて言われた、「幼な子らをわたしのところに来るままにしておきなさい、止めてはならない。神の国はこのような者の国である。
ルカ18:17 よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。
ルカ18:19 イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。
ルカ18:24 イエスは彼の様子を見て言われた、「財産のある者が神の国にはいるのはなんとむずかしいことであろう。
ルカ18:25 富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。
ルカ18:27 イエスは言われた、「人にはできない事も、神にはできる」。
ルカ18:29 イエスは言われた、「よく聞いておくがよい。だれでも神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子を捨てた者は、
ルカ18:43 すると彼は、たちまち見えるようになった。そして神をあがめながらイエスに従って行った。これを見て、人々はみな神をさんびした。
ルカ19:11 人々がこれらの言葉を聞いているときに、イエスはなお一つの譬をお話しになった。それはエルサレムに近づいてこられたし、また人々が神の国はたちまち現れると思っていたためである。
ルカ19:37 いよいよオリブ山の下り道あたりに近づかれると、大ぜいの弟子たちはみな喜んで、彼らが見たすべての力あるみわざについて、声高らかに神をさんびして言いはじめた、
ルカ19:44 おまえとその内にいる子らとを地に打ち倒し、城内の一つの石も他の石の上に残して置かない日が来るであろう。それは、おまえが神のおとずれの時を知らないでいたからである」。
ルカ20:21 彼らは尋ねて言った、「先生、わたしたちは、あなたの語り教えられることが正しく、また、あなたは分け隔てをなさらず、真理に基いて神の道を教えておられることを、承知しています。
ルカ20:25 するとイエスは彼らに言われた、「それなら、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。
ルカ20:36 彼らは天使に等しいものであり、また復活にあずかるゆえに、神の子でもあるので、もう死ぬことはあり得ないからである。
ルカ20:37 死人がよみがえることは、モーセも柴の篇で、主を『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と呼んで、これを示した。
ルカ20:38 神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。人はみな神に生きるものだからである」。
ルカ21:31 このようにあなたがたも、これらの事が起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい。
ルカ22:16 あなたがたに言って置くが、神の国で過越が成就する時までは、わたしは二度と、この過越の食事をすることはない」。
ルカ22:18 あなたがたに言っておくが、今からのち神の国が来るまでは、わたしはぶどうの実から造ったものを、いっさい飲まない」。
ルカ22:69 しかし、人の子は今からのち、全能の神の右に座するであろう」。
ルカ22:70 彼らは言った、「では、あなたは神の子なのか」。イエスは言われた、「あなたがたの言うとおりである」。
ルカ23:35 民衆は立って見ていた。役人たちもあざ笑って言った、「彼は他人を救った。もし彼が神のキリスト、選ばれた者であるなら、自分自身を救うがよい」。
ルカ23:40 もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。
ルカ23:47 百卒長はこの有様を見て、神をあがめ、「ほんとうに、この人は正しい人であった」と言った。
ルカ23:51 この人はユダヤの町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいた。彼は議会の議決や行動には賛成していなかった。
ルカ24:19 「それは、どんなことか」と言われると、彼らは言った、「ナザレのイエスのことです。あのかたは、神とすべての民衆との前で、わざにも言葉にも力ある預言者でしたが、
ルカ24:53 絶えず宮にいて、神をほめたたえていた。
ヨハネによる福音書(73か所)
ヨハネ1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
ヨハネ1:2 この言は初めに神と共にあった。
ヨハネ1:6 ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
ヨハネ1:12 しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
ヨハネ1:13 それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。
ヨハネ1:18 神を見た者はまだひとりもいない。ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが、神をあらわしたのである。
ヨハネ1:29 その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。
ヨハネ1:34 わたしはそれを見たので、このかたこそ神の子であると、あかしをしたのである」。
ヨハネ1:36 イエスが歩いておられるのに目をとめて言った、「見よ、神の小羊」。
ヨハネ1:49 ナタナエルは答えた、「先生、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です」。
ヨハネ1:51 また言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。天が開けて、神の御使たちが人の子の上に上り下りするのを、あなたがたは見るであろう」。
ヨハネ3:2 この人が夜イエスのもとにきて言った、「先生、わたしたちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。神がご一緒でないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。
ヨハネ3:3 イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」。
ヨハネ3:5 イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。
ヨハネ3:16 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。
ヨハネ3:17 神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。
ヨハネ3:18 彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。
ヨハネ3:21 しかし、真理を行っている者は光に来る。その人のおこないの、神にあってなされたということが、明らかにされるためである。
ヨハネ3:33 しかし、そのあかしを受けいれる者は、神がまことであることを、たしかに認めたのである。
ヨハネ3:34 神がおつかわしになったかたは、神の言葉を語る。神は聖霊を限りなく賜うからである。
ヨハネ3:36 御子を信じる者は永遠の命をもつ。御子に従わない者は、命にあずかることがないばかりか、神の怒りがその上にとどまるのである」。
ヨハネ4:10 イエスは答えて言われた、「もしあなたが神の賜物のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」。
ヨハネ4:24 神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。
ヨハネ5:18 このためにユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうと計るようになった。それは、イエスが安息日を破られたばかりではなく、神を自分の父と呼んで、自分を神と等しいものとされたからである。
ヨハネ5:25 よくよくあなたがたに言っておく。死んだ人たちが、神の子の声を聞く時が来る。今すでにきている。そして聞く人は生きるであろう。
ヨハネ5:28 このことを驚くには及ばない。墓の中にいる者たちがみな神の子の声を聞き、
ヨハネ5:38 また、神がつかわされた者を信じないから、神の御言はあなたがたのうちにとどまっていない。
ヨハネ5:42 しかし、あなたがたのうちには神を愛する愛がないことを知っている。
ヨハネ5:44 互に誉を受けながら、ただひとりの神からの誉を求めようとしないあなたがたは、どうして信じることができようか。
ヨハネ6:27 朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい。これは人の子があなたがたに与えるものである。父なる神は、人の子にそれをゆだねられたのである」。
ヨハネ6:28 そこで、彼らはイエスに言った、「神のわざを行うために、わたしたちは何をしたらよいでしょうか」。
ヨハネ6:29 イエスは彼らに答えて言われた、「神がつかわされた者を信じることが、神のわざである」。
ヨハネ6:33 神のパンは、天から下ってきて、この世に命を与えるものである」。
ヨハネ6:45 預言者の書に、『彼らはみな神に教えられるであろう』と書いてある。父から聞いて学んだ者は、みなわたしに来るのである。
ヨハネ6:46 神から出た者のほかに、だれかが父を見たのではない。その者だけが父を見たのである。
ヨハネ6:69 わたしたちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています」。
ヨハネ7:17 神のみこころを行おうと思う者であれば、だれでも、わたしの語っているこの教が神からのものか、それとも、わたし自身から出たものか、わかるであろう。
ヨハネ8:29 わたしをつかわされたかたは、わたしと一緒におられる。わたしは、いつも神のみこころにかなうことをしているから、わたしをひとり置きざりになさることはない」。
ヨハネ8:40 ところが今、神から聞いた真理をあなたがたに語ってきたこのわたしを、殺そうとしている。そんなことをアブラハムはしなかった。
ヨハネ8:41 あなたがたは、あなたがたの父のわざを行っているのである」。彼らは言った、「わたしたちは、不品行の結果うまれた者ではない。わたしたちにはひとりの父がある。それは神である」。
ヨハネ8:42 イエスは彼らに言われた、「神があなたがたの父であるならば、あなたがたはわたしを愛するはずである。わたしは神から出た者、また神からきている者であるからだ。わたしは自分からきたのではなく、神からつかわされたのである。
ヨハネ8:47 神からきた者は神の言葉に聞き従うが、あなたがたが聞き従わないのは、神からきた者でないからである」。
ヨハネ8:54 イエスは答えられた、「わたしがもし自分に栄光を帰するなら、わたしの栄光は、むなしいものである。わたしに栄光を与えるかたは、わたしの父であって、あなたがたが自分の神だと言っているのは、そのかたのことである。
ヨハネ8:55 あなたがたはその神を知っていないが、わたしは知っている。もしわたしが神を知らないと言うならば、あなたがたと同じような偽り者であろう。しかし、わたしはそのかたを知り、その御言を守っている。
ヨハネ9:3 イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。
ヨハネ9:16 そこで、あるパリサイ人たちが言った、「その人は神からきた人ではない。安息日を守っていないのだから」。しかし、ほかの人々は言った、「罪のある人が、どうしてそのようなしるしを行うことができようか」。そして彼らの間に分争が生じた。
ヨハネ9:24 そこで彼らは、盲人であった人をもう一度呼んで言った、「神に栄光を帰するがよい。あの人が罪人であることは、わたしたちにはわかっている」。
ヨハネ9:29 モーセに神が語られたということは知っている。だが、あの人がどこからきた者か、わたしたちは知らぬ」。
ヨハネ9:31 わたしたちはこのことを知っています。神は罪人の言うことはお聞きいれになりませんが、神を敬い、そのみこころを行う人の言うことは、聞きいれて下さいます。
ヨハネ9:33 もしあのかたが神からきた人でなかったら、何一つできなかったはずです」。
ヨハネ10:33 ユダヤ人たちは答えた、「あなたを石で殺そうとするのは、よいわざをしたからではなく、神を汚したからである。また、あなたは人間であるのに、自分を神としているからである」。
ヨハネ10:35 神の言を託された人々が、神々といわれておるとすれば、(そして聖書の言は、すたることがあり得ない)
ヨハネ10:36 父が聖別して、世につかわされた者が、『わたしは神の子である』と言ったからとて、どうして『あなたは神を汚す者だ』と言うのか。
ヨハネ11:4 イエスはそれを聞いて言われた、「この病気は死ぬほどのものではない。それは神の栄光のため、また、神の子がそれによって栄光を受けるためのものである」。
ヨハネ11:22 しかし、あなたがどんなことをお願いになっても、神はかなえて下さることを、わたしは今でも存じています」。
ヨハネ11:27 マルタはイエスに言った、「主よ、信じます。あなたがこの世にきたるべきキリスト、神の御子であると信じております」。
ヨハネ11:40 イエスは彼女に言われた、「もし信じるなら神の栄光を見るであろうと、あなたに言ったではないか」。
ヨハネ11:52 ただ国民のためだけではなく、また散在している神の子らを一つに集めるために、死ぬことになっていると、言ったのである。
ヨハネ12:40 「神は彼らの目をくらまし、心をかたくなになさった。それは、彼らが目で見ず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである」。
ヨハネ12:43 彼らは神のほまれよりも、人のほまれを好んだからである。
ヨハネ13:3 イエスは、父がすべてのものを自分の手にお与えになったこと、また、自分は神から出てきて、神にかえろうとしていることを思い、
ヨハネ13:31 さて、彼が出て行くと、イエスは言われた、「今や人の子は栄光を受けた。神もまた彼によって栄光をお受けになった。
ヨハネ13:32 彼によって栄光をお受けになったのなら、神ご自身も彼に栄光をお授けになるであろう。すぐにもお授けになるであろう。
ヨハネ14:1 「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。
ヨハネ16:2 人々はあなたがたを会堂から追い出すであろう。更にあなたがたを殺す者がみな、それによって自分たちは神に仕えているのだと思う時が来るであろう。
ヨハネ16:27 父ご自身があなたがたを愛しておいでになるからである。それは、あなたがたがわたしを愛したため、また、わたしが神のみもとからきたことを信じたためである。
ヨハネ16:30 あなたはすべてのことをご存じであり、だれもあなたにお尋ねする必要のないことが、今わかりました。このことによって、わたしたちはあなたが神からこられたかたであると信じます」。
ヨハネ17:3 永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。
ヨハネ19:7 ユダヤ人たちは彼に答えた、「わたしたちには律法があります。その律法によれば、彼は自分を神の子としたのだから、死罪に当る者です」。
ヨハネ20:17 イエスは彼女に言われた、「わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父のみもとに上っていないのだから。ただ、わたしの兄弟たちの所に行って、『わたしは、わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神であられるかたのみもとへ上って行く』と、彼らに伝えなさい」。
ヨハネ20:28 トマスはイエスに答えて言った、「わが主よ、わが神よ」。
ヨハネ20:31 しかし、これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである。
ヨハネ21:19 これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。
使徒行伝(166か所)
使徒1:3 イエスは苦難を受けたのち、自分の生きていることを数々の確かな証拠によって示し、四十日にわたってたびたび彼らに現れて、神の国のことを語られた。
使徒2:11 ユダヤ人と改宗者、クレテ人とアラビヤ人もいるのだが、あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを聞くとは、どうしたことか」。
使徒2:17 『神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。
使徒2:22 イスラエルの人たちよ、今わたしの語ることを聞きなさい。あなたがたがよく知っているとおり、ナザレ人イエスは、神が彼をとおして、あなたがたの中で行われた数々の力あるわざと奇跡としるしとにより、神からつかわされた者であることを、あなたがたに示されたかたであった。
使徒2:23 このイエスが渡されたのは神の定めた計画と予知とによるのであるが、あなたがたは彼を不法の人々の手で十字架につけて殺した。
使徒2:24 神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせたのである。イエスが死に支配されているはずはなかったからである。
使徒2:30 彼は預言者であって、『その子孫のひとりを王位につかせよう』と、神が堅く彼に誓われたことを認めていたので、
使徒2:32 このイエスを、神はよみがえらせた。そして、わたしたちは皆その証人なのである。
使徒2:33 それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。このことは、あなたがたが現に見聞きしているとおりである。
使徒2:36 だから、イスラエルの全家は、この事をしかと知っておくがよい。あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は、主またキリストとしてお立てになったのである」。
使徒2:39 この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである」。
使徒2:47 神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。
使徒3:8 踊りあがって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神をさんびしながら、彼らと共に宮にはいって行った。
使徒3:9 民衆はみな、彼が歩き回り、また神をさんびしているのを見、
使徒3:13 アブラハム、イサク、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、その僕イエスに栄光を賜わったのであるが、あなたがたは、このイエスを引き渡し、ピラトがゆるすことに決めていたのに、それを彼の面前で拒んだ。
使徒3:15 いのちの君を殺してしまった。しかし、神はこのイエスを死人の中から、よみがえらせた。わたしたちは、その事の証人である。
使徒3:18 神はあらゆる預言者の口をとおして、キリストの受難を予告しておられたが、それをこのように成就なさったのである。
使徒3:20 それは、主のみ前から慰めの時がきて、あなたがたのためにあらかじめ定めてあったキリストなるイエスを、神がつかわして下さるためである。
使徒3:21 このイエスは、神が聖なる預言者たちの口をとおして、昔から預言しておられた万物更新の時まで、天にとどめておかれねばならなかった。
使徒3:22 モーセは言った、『主なる神は、わたしをお立てになったように、あなたがたの兄弟の中から、ひとりの預言者をお立てになるであろう。その預言者があなたがたに語ることには、ことごとく聞きしたがいなさい。
使徒3:25 あなたがたは預言者の子であり、神があなたがたの先祖たちと結ばれた契約の子である。神はアブラハムに対して、『地上の諸民族は、あなたの子孫によって祝福を受けるであろう』と仰せられた。
使徒3:26 神がまずあなたがたのために、その僕を立てて、おつかわしになったのは、あなたがたひとりびとりを、悪から立ちかえらせて、祝福にあずからせるためなのである」。
使徒4:10 あなたがたご一同も、またイスラエルの人々全体も、知っていてもらいたい。この人が元気になってみんなの前に立っているのは、ひとえに、あなたがたが十字架につけて殺したのを、神が死人の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのである。
使徒4:19 ペテロとヨハネとは、これに対して言った、「神に聞き従うよりも、あなたがたに聞き従う方が、神の前に正しいかどうか、判断してもらいたい。
使徒4:21 そこで、彼らはふたりを更におどしたうえ、ゆるしてやった。みんなの者が、この出来事のために、神をあがめていたので、その人々の手前、ふたりを罰するすべがなかったからである。
使徒4:24 一同はこれを聞くと、口をそろえて、神にむかい声をあげて言った、「天と地と海と、その中のすべてのものとの造りぬしなる主よ。
使徒4:31 彼らが祈り終えると、その集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされて、大胆に神の言を語り出した。
使徒5:4 売らずに残しておけば、あなたのものであり、売ってしまっても、あなたの自由になったはずではないか。どうして、こんなことをする気になったのか。あなたは人を欺いたのではなくて、神を欺いたのだ」。
使徒5:29 これに対して、ペテロをはじめ使徒たちは言った、「人間に従うよりは、神に従うべきである。
使徒5:30 わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木にかけて殺したイエスをよみがえらせ、
使徒5:32 わたしたちはこれらの事の証人である。神がご自身に従う者に賜わった聖霊もまた、その証人である」。
使徒5:39 しかし、もし神から出たものなら、あの人たちを滅ぼすことはできまい。まかり違えば、諸君は神を敵にまわすことになるかも知れない」。そこで彼らはその勧告にしたがい、
使徒6:2 そこで、十二使徒は弟子全体を呼び集めて言った、「わたしたちが神の言をさしおいて、食卓のことに携わるのはおもしろくない。
使徒6:7 こうして神の言は、ますますひろまり、エルサレムにおける弟子の数が、非常にふえていき、祭司たちも多数、信仰を受けいれるようになった。
使徒6:11 そこで、彼らは人々をそそのかして、「わたしたちは、彼がモーセと神とを汚す言葉を吐くのを聞いた」と言わせた。
使徒7:2 そこで、ステパノが言った、「兄弟たち、父たちよ、お聞き下さい。わたしたちの父祖アブラハムが、カランに住む前、まだメソポタミヤにいたとき、栄光の神が彼に現れて
使徒7:4 そこで、アブラハムはカルデヤ人の地を出て、カランに住んだ。そして、彼の父が死んだのち、神は彼をそこから、今あなたがたの住んでいるこの地に移住させたが、
使徒7:6 神はこう仰せになった、『彼の子孫は他国に身を寄せるであろう。そして、そこで四百年のあいだ、奴隷にされて虐待を受けるであろう』。
使徒7:8 そして、神はアブラハムに、割礼の契約をお与えになった。こうして、彼はイサクの父となり、これに八日目に割礼を施し、それから、イサクはヤコブの父となり、ヤコブは十二人の族長たちの父となった。
使徒7:9 族長たちは、ヨセフをねたんで、エジプトに売りとばした。しかし、神は彼と共にいまして、
使徒7:17 神がアブラハムに対して立てられた約束の時期が近づくにつれ、民はふえてエジプト全土にひろがった。
使徒7:25 彼は、自分の手によって神が兄弟たちを救って下さることを、みんなが悟るものと思っていたが、実際はそれを悟らなかったのである。
使徒7:32 『わたしは、あなたの先祖たちの神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である』。モーセは恐れおののいて、もうそれを見る勇気もなくなった。
使徒7:35 こうして、『だれが、君を支配者や裁判人にしたのか』と言って排斥されたこのモーセを、神は、柴の中で彼に現れた御使の手によって、支配者、解放者として、おつかわしになったのである。
使徒7:37 この人が、イスラエル人たちに、『神はわたしをお立てになったように、あなたがたの兄弟たちの中から、ひとりの預言者をお立てになるであろう』と言ったモーセである。
使徒7:42 そこで、神は顔をそむけ、彼らを天の星を拝むままに任せられた。預言者の書にこう書いてあるとおりである、『イスラエルの家よ、四十年のあいだ荒野にいた時に、いけにえと供え物とを、わたしにささげたことがあったか。
使徒7:43 あなたがたは、モロクの幕屋やロンパの星の神を、かつぎ回った。それらは、拝むために自分で造った偶像に過ぎぬ。だからわたしは、あなたがたをバビロンのかなたへ、移してしまうであろう』。
使徒7:45 この幕屋は、わたしたちの先祖が、ヨシュアに率いられ、神によって諸民族を彼らの前から追い払い、その所領をのり取ったときに、そこに持ち込まれ、次々に受け継がれて、ダビデの時代に及んだものである。
使徒7:46 ダビデは、神の恵みをこうむり、そして、ヤコブの神のために宮を造営したいと願った。
使徒7:55 しかし、彼は聖霊に満たされて、天を見つめていると、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた。
使徒7:56 そこで、彼は「ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておいでになるのが見える」と言った。
使徒8:10 それで、小さい者から大きい者にいたるまで皆、彼について行き、「この人こそは『大能』と呼ばれる神の力である」と言っていた。
使徒8:12 ところが、ピリポが神の国とイエス・キリストの名について宣べ伝えるに及んで、男も女も信じて、ぞくぞくとバプテスマを受けた。
使徒8:14 エルサレムにいる使徒たちは、サマリヤの人々が、神の言を受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネとを、そこにつかわした。
使徒8:20 そこで、ペテロが彼に言った、「おまえの金は、おまえもろとも、うせてしまえ。神の賜物が、金で得られるなどと思っているのか。
使徒8:21 おまえの心が神の前に正しくないから、おまえは、とうてい、この事にあずかることができない。
使徒8:37 これに対して、ピリポは、「あなたがまごころから信じるなら、受けてさしつかえはありません」と言った。すると、彼は「わたしは、イエス・キリストを神の子と信じます」と答えた。〕
使徒9:20 ただちに諸会堂でイエスのことを宣べ伝え、このイエスこそ神の子であると説きはじめた。
使徒10:2 信心深く、家族一同と共に神を敬い、民に数々の施しをなし、絶えず神に祈をしていた。
使徒10:3 ある日の午後三時ごろ、神の使が彼のところにきて、「コルネリオよ」と呼ぶのを、幻ではっきり見た。