「神」(かみ)が出てくる聖書の箇所

「神」(かみ)は口語訳の4142か所(旧約2850・新約1292)に出てきます。日常訳第1版では4504か所。

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4142か所を200か所ずつ21ページに分けています(18ページ目)。

ローマ人への手紙(150か所)

ローマ9:15 神かみはモーセに言いわれた、「わたしは自分じぶんのあわれもうとする者ものをあわれみ、いつくしもうとする者ものを、いつくしむ」。

ローマ9:16 ゆえに、それは人間にんげんの意志いしや努力どりょくによるのではなく、ただ神かみのあわれみによるのである。

ローマ9:18 だから、神かみはそのあわれもうと思おもう者ものをあわれみ、かたくなにしようと思おもう者ものを、かたくなになさるのである。

ローマ9:19 そこで、あなたは言ゆうであろう、「なぜ神かみは、なおも人ひとを責せめられるのか。だれが、神かみの意図いとに逆さからい得えようか」。

ローマ9:20 ああ人ひとよ。あなたは、神かみに言いいい逆さからうとは、いったい、何者なにものなのか。造つくられたものが造つくった者ものに向むかって、「なぜ、わたしをこのように造つくったのか」と言いうことがあろうか。

ローマ9:22 もし、神かみが怒いかりをあらわし、かつ、ご自身じしんの力ちからを知しらせようと思おもわれつつも、滅ほろびることになっている怒いかりの器うつわを、大おおいなる寛容かんようをもって忍しのばれたとすれば、

ローマ9:24 神かみは、このあわれみの器うつわとして、またわたしたちをも、ユダヤ人にんの中なかからだけではなく、異邦いほう人にんの中なかからも召めされたのである。

ローマ9:26 あなたがたはわたしの民たみではないと、彼かれらに言いったその場所ばしょで、彼かれらは生いける神かみの子こらであると、呼よばれるであろう」。

ローマ10:1 兄弟きょうだいたちよ。わたしの心こころの願ねがい、彼かれらのために神かみにささげる祈いのりは、彼かれらが救すくわれることである。

ローマ10:2 わたしは、彼かれらが神かみに対たいして熱心ねっしんであることはあかしするが、その熱心ねっしんは深ふかい知識ちしきによるものではない。

ローマ10:3 なぜなら、彼かれらは神かみの義ぎを知しらないで、自分じぶんの義ぎを立たてようと努つとめ、神かみの義ぎに従したがわなかったからである。

ローマ10:9 すなわち、自分じぶんの口くちで、イエスは主しゅであると告白こくはくし、自分じぶんの心こころで、神かみが死人しにんの中なかからイエスをよみがえらせたと信しんじるなら、あなたは救すくわれる。

ローマ11:1 そこで、わたしは問とう、「神かみはその民たみを捨すてたのであろうか」。断だんじてそうではない。わたしもイスラエル人にんであり、アブラハムの子孫しそん、ベニヤミン族ぞくの者ものである。

ローマ11:2 神かみは、あらかじめ知しっておられたその民たみを、捨すてることはされなかった。聖書せいしょがエリヤについてなんと言いっているか、あなたがたは知しらないのか。すなわち、彼かれはイスラエルを神かみに訴うったえてこう言いった。

ローマ11:8 「神かみは、彼かれらに鈍にぶい心こころと、見みえない目めと、聞きこえない耳みみとを与あたえて、きょう、この日ひに及およんでいる」と書かいてあるとおりである。

ローマ11:21 もし神かみが元木もときの枝えだを惜おしまなかったとすれば、あなたを惜おしむようなことはないであろう。

ローマ11:22 神かみの慈愛じあいと峻厳しゅんげんとを見みよ。神かみの峻厳しゅんげんは倒たおれた者ものたちに向むけられ、神かみの慈愛じあいは、もしあなたがその慈愛じあいにとどまっているなら、あなたに向むけられる。そうでないと、あなたも切きり取とられるであろう。

ローマ11:23 しかし彼かれらも、不ふ信仰しんこうを続つづけなければ、つがれるであろう。神かみには彼かれらを再ふたたびつぐ力ちからがある。

ローマ11:28 福音ふくいんについて言いえば、彼かれらは、あなたがたのゆえに、神かみの敵てきとされているが、選えらびについて言いえば、父祖ふそたちのゆえに、神かみに愛あいせられる者ものである。

ローマ11:29 神かみの賜物たまものと召めしとは、変かえられることがない。

ローマ11:30 あなたがたが、かつては神かみに不ふ従順じゅうじゅんであったが、今いまは彼かれらの不ふ従順じゅうじゅんによってあわれみを受うけたように、

ローマ11:32 すなわち、神かみはすべての人ひとをあわれむために、すべての人ひとを不ふ従順じゅうじゅんのなかに閉とじ込こめたのである。

ローマ11:33 ああ深ぶかいかな、神かみの知恵ちえと知識ちしきとの富とみは。そのさばきは窮きわめがたく、その道みちは測はかりがたい。

ローマ11:36 万物ばんぶつは、神かみからいで、神かみによって成なり、神かみに帰きするのである。栄光えいこうがとこしえに神かみにあるように、アァメン。

ローマ12:1 兄弟きょうだいたちよ。そういうわけで、神かみのあわれみによってあなたがたに勧すすめる。あなたがたのからだを、神かみに喜よろこばれる、生いきた、聖せいなる供そなえ物ものとしてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的れいてきな礼拝れいはいである。

ローマ12:2 あなたがたは、この世よと妥協だきょうしてはならない。むしろ、心こころを新あらたにすることによって、造つくりかえられ、何なんが神かみの御お旨むねであるか、何なんが善ぜんであって、神かみに喜よろこばれ、かつ全ぜんきことであるかを、わきまえ知しるべきである。

ローマ12:3 わたしは、自分じぶんに与あたえられた恵めぐみによって、あなたがたひとりびとりに言ゆう。思おもうべき限度げんどを越こえて思おもいあがることなく、むしろ、神かみが各自かくじに分わけ与あたえられた信仰しんこうの量はかりにしたがって、慎つつしみ深ぶかく思おもうべきである。

ローマ12:19 愛あいする者ものたちよ。自分じぶんで復讐ふくしゅうをしないで、むしろ、神かみの怒いかりに任まかせなさい。なぜなら、「主しゅが言いわれる。復讐ふくしゅうはわたしのすることである。わたし自身じしんが報復ほうふくする」と書かいてあるからである。

ローマ13:1 すべての人ひとは、上うえに立たつ権威けんいに従したがうべきである。なぜなら、神かみによらない権威けんいはなく、おおよそ存在そんざいしている権威けんいは、すべて神かみによって立たてられたものだからである。

ローマ13:2 したがって、権威けんいに逆さからう者ものは、神かみの定さだめにそむく者ものである。そむく者ものは、自分じぶんの身みにさばきを招まねくことになる。

ローマ13:4 彼かれは、あなたに益えきを与あたえるための神かみの僕ぼくなのである。しかし、もしあなたが悪事あくじをすれば、恐おそれなければならない。彼かれはいたずらに剣けんを帯おびているのではない。彼かれは神かみの僕ぼくであって、悪事あくじを行おこなう者ものに対たいしては、怒いかりをもって報むくいるからである。

ローマ13:6 あなたがたが貢みつぎを納おさめるのも、また同おなじ理由りゆうからである。彼かれらは神かみに仕つかえる者ものとして、もっぱらこの務つとむに携たずさわっているのである。

ローマ14:3 食たべる者ものは食たべない者ものを軽かろんじてはならず、食たべない者ものも食たべる者ものをさばいてはならない。神かみは彼かれを受うけいれて下くださったのであるから。

ローマ14:6 日ひを重おもんじる者ものは、主しゅのために重おもんじる。また食たべる者ものも主しゅのために食たべる。神かみに感謝かんしゃして食たべるからである。食たべない者ものも主しゅのために食たべない。そして、神かみに感謝かんしゃする。

ローマ14:10 それだのに、あなたは、なぜ兄弟きょうだいをさばくのか。あなたは、なぜ兄弟きょうだいを軽かろんじるのか。わたしたちはみな、神かみのさばきの座ざの前まえに立たつのである。

ローマ14:11 すなわち、「主しゅが言いわれる。わたしは生いきている。すべてのひざは、わたしに対たいしてかがみ、すべての舌したは、神かみにさんびをささげるであろう」と書かいてある。

ローマ14:12 だから、わたしたちひとりびとりは、神かみに対たいして自分じぶんの言いいいひらきをすべきである。

ローマ14:17 神かみの国くには飲食いんしょくではなく、義ぎと、平和へいわと、聖霊せいれいにおける喜よろこびとである。

ローマ14:18 こうしてキリストに仕つかえる者ものは、神かみに喜よろこばれ、かつ、人ひとにも受うけいれられるのである。

ローマ14:20 食物しょくもつのことで、神かみのみわざを破壊はかいしてはならない。すべての物ものはきよい。ただ、それを食たべて人ひとをつまずかせる者ものには、悪あくとなる。

ローマ14:22 あなたの持もっている信仰しんこうを、神かみのみまえに、自分じぶん自身じしんに持もっていなさい。自みずから良よいと定さだめたことについて、やましいと思おもわない人ひとは、さいわいである。

ローマ15:5 どうか、忍耐にんたいと慰なぐさめとの神かみが、あなたがたに、キリスト・イエスにならって互たがいに同おなじ思おもいをいだかせ、

ローマ15:6 こうして、心こころを一ひとつにし、声こえを合あわせて、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみをあがめさせて下くださるように。

ローマ15:7 こういうわけで、キリストもわたしたちを受うけいれて下くださったように、あなたがたも互たがいに受うけいれて、神かみの栄光えいこうをあらわすべきである。

ローマ15:8 わたしは言いう、キリストは神かみの真実しんじつを明あきらかにするために、割礼かつれいのある者ものの僕ぼくとなられた。それは父祖ふそたちの受うけた約束やくそくを保証ほしょうすると共ともに、

ローマ15:9 異邦いほう人にんもあわれみを受うけて神かみをあがめるようになるためである、「それゆえ、わたしは、異邦いほう人にんの中なかであなたにさんびをささげ、また、御名ぎょめいをほめ歌ううたう」と書かいてあるとおりである。

ローマ15:13 どうか、望のぞみの神かみが、信仰しんこうから来くるあらゆる喜よろこびと平安へいあんとを、あなたがたに満みたし、聖霊せいれいの力ちからによって、あなたがたを、望のぞみにあふれさせて下くださるように。

ローマ15:15 しかし、わたしはあなたがたの記憶きおくを新あらたにするために、ところどころ、かなり思おもいきって書かいた。それは、神かみからわたしに賜たまわった恵めぐみによって、書かいたのである。

ローマ15:16 このように恵めぐみを受うけたのは、わたしが異邦いほう人にんのためにキリスト・イエスに仕つかえる者ものとなり、神かみの福音ふくいんのために祭司さいしの役やくを勤つとめ、こうして異邦いほう人にんを、聖霊せいれいによってきよめられた、御お旨むねにかなうささげ物ものとするためである。

ローマ15:17 だから、わたしは神かみへの奉仕ほうしについては、キリスト・イエスにあって誇ほこりうるのである。

ローマ15:30 兄弟きょうだいたちよ。わたしたちの主しゅイエス・キリストにより、かつ御ご霊れいの愛あいによって、あなたがたにお願ねがいする。どうか、共ともに力ちからをつくして、わたしのために神かみに祈いのってほしい。

ローマ15:32 また、神かみの御お旨むねにより、喜よろこびをもってあなたがたの所ところに行いき、共ともになぐさめ合あうことができるように祈いのってもらいたい。

ローマ15:33 どうか、平和へいわの神かみがあなたがた一同いちどうと共ともにいますように、アァメン。

ローマ16:20 平和へいわの神かみは、サタンをすみやかにあなたがたの足あしの下したに踏み砕くふみくだくであろう。どうか、わたしたちの主しゅイエスの恵めぐみが、あなたがたと共ともにあるように。

ローマ16:25-26 願ねがわくは、わたしの福音ふくいんとイエス・キリストの宣教せんきょうとにより、かつ、長ながき世々せいせいにわたって、隠かくされていたが、今いまやあらわされ、預言よげんの書しょをとおして、永遠えいえんの神かみの命令めいれいに従したがい、信仰しんこうの従順じゅうじゅんに至いたらせるために、もろもろの国人くにびとに告つげ知しらされた奥義おうぎの啓示けいじによって、あなたがたを力ちからづけることのできるかた、

ローマ16:27 すなわち、唯一ゆいいつの知恵ちえ深ふかき神かみに、イエス・キリストにより、栄光えいこうが永遠えいえんより永遠えいえんにあるように、アァメン。

コリント人への第一の手紙(86か所)

コリント第一1:1 神かみの御お旨むねにより召めされてキリスト・イエスの使徒しととなったパウロと、兄弟きょうだいソステネから、

コリント第一1:2 コリントにある神かみの教会きょうかい、すなわち、わたしたちの主しゅイエス・キリストの御名ぎょめいを至いたる所ところで呼よび求もとめているすべての人々ひとびとと共ともに、キリスト・イエスにあってきよめられ、聖徒せいととして召めされたかたがたへ。このキリストは、わたしたちの主しゅであり、また彼かれらの主しゅであられる。

コリント第一1:3 わたしたちの父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

コリント第一1:4 わたしは、あなたがたがキリスト・イエスにあって与あたえられた神かみの恵めぐみを思おもって、いつも神かみに感謝かんしゃしている。

コリント第一1:9 神かみは真実しんじつなかたである。あなたがたは神かみによって召めされ、御子みこ、わたしたちの主しゅイエス・キリストとの交まじわりに、はいらせていただいたのである。

コリント第一1:18 十字じゅうじ架かの言げんは、滅ほろび行いく者ものには愚おろかであるが、救すくいにあずかるわたしたちには、神かみの力ちからである。

コリント第一1:20 知者ちしゃはどこにいるか。学者がくしゃはどこにいるか。この世よの論ろん者しゃはどこにいるか。神かみはこの世よの知恵ちえを、愚おろかにされたではないか。

コリント第一1:21 この世よは、自分じぶんの知恵ちえによって神かみを認みとめるに至いたらなかった。それは、神かみの知恵ちえにかなっている。そこで神かみは、宣教せんきょうの愚おろかさによって、信しんじる者ものを救すくうこととされたのである。

コリント第一1:24 召めされた者もの自身じしんにとっては、ユダヤ人にんにもギリシヤ人にんにも、神かみの力ちから、神かみの知恵ちえたるキリストなのである。

コリント第一1:25 神かみの愚おろかさは人ひとよりも賢かしこく、神かみの弱よわさは人ひとよりも強つよいからである。

コリント第一1:27 それだのに神かみは、知者ちしゃをはずかしめるために、この世よの愚おろかな者ものを選えらび、強つよい者ものをはずかしめるために、この世よの弱よわい者ものを選えらび、

コリント第一1:29 それは、どんな人間にんげんでも、神かみのみまえに誇ほこることがないためである。

コリント第一1:30 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神かみによるのである。キリストは神かみに立たてられて、わたしたちの知恵ちえとなり、義ぎと聖せいとあがないとになられたのである。

コリント第一2:1 兄弟きょうだいたちよ。わたしもまた、あなたがたの所ところに行いったとき、神かみのあかしを宣のべ伝つたえるのに、すぐれた言葉ことばや知恵ちえを用もちいなかった。

コリント第一2:5 それは、あなたがたの信仰しんこうが人ひとの知恵ちえによらないで、神かみの力ちからによるものとなるためであった。

コリント第一2:7 むしろ、わたしたちが語かたるのは、隠かくされた奥義おうぎとしての神かみの知恵ちえである。それは神かみが、わたしたちの受うける栄光えいこうのために、世よの始はじまらぬ先さきから、あらかじめ定さだめておかれたものである。

コリント第一2:9 しかし、聖書せいしょに書かいてあるとおり、「目めがまだ見みず、耳みみがまだ聞きかず、人ひとの心こころに思おもい浮うかびもしなかったことを、神かみは、ご自分じぶんを愛あいする者ものたちのために備そなえられた」のである。

コリント第一2:10 そして、それを神かみは、御ご霊れいによってわたしたちに啓示けいじして下くださったのである。御ご霊れいはすべてのものをきわめ、神かみの深ふかみまでもきわめるのだからである。

コリント第一2:11 いったい、人間にんげんの思おもいは、その内うちにある人間にんげんの霊れい以外いがいに、だれが知しっていようか。それと同おなじように神かみの思おもいも、神かみの御ご霊れい以外いがいには、知しるものはない。

コリント第一2:12 ところが、わたしたちが受うけたのは、この世よの霊れいではなく、神かみからの霊れいである。それによって、神かみから賜たまわった恵めぐみを悟さとるためである。

コリント第一2:14 生うまれながらの人ひとは、神かみの御ご霊れいの賜物たまものを受うけいれない。それは彼かれには愚おろかなものだからである。また、御ご霊れいによって判断はんだんされるべきであるから、彼かれはそれを理解りかいすることができない。

コリント第一3:6 わたしは植うえ、アポロは水みずをそそいだ。しかし成長せいちょうさせて下くださるのは、神かみである。

コリント第一3:7 だから、植うえる者ものも水みずをそそぐ者ものも、ともに取とるに足たりない。大事だいじなのは、成長せいちょうさせて下くださる神かみのみである。

コリント第一3:9 わたしたちは神かみの同どう労ろう者しゃである。あなたがたは神かみの畑はたけであり、神かみの建物たてものである。

コリント第一3:10 神かみから賜たまわった恵めぐみによって、わたしは熟練じゅくれんした建築けんちく師しのように、土台どだいをすえた。そして他ほかの人ひとがその上うえに家いえを建たてるのである。しかし、どういうふうに建たてるか、それぞれ気きをつけるがよい。

コリント第一3:16 あなたがたは神かみの宮みやであって、神かみの御ご霊れいが自分じぶんのうちに宿やどっていることを知しらないのか。

コリント第一3:17 もし人ひとが、神かみの宮みやを破壊はかいするなら、神かみはその人ひとを滅ほろぼすであろう。なぜなら、神かみの宮みやは聖せいなるものであり、そして、あなたがたはその宮みやなのだからである。

コリント第一3:19 なぜなら、この世よの知恵ちえは、神かみの前まえでは愚おろかなものだからである。「神かみは、知者ちしゃたちをその悪あく知恵ちえによって捕とらえる」と書かいてあり、

コリント第一3:23 そして、あなたがたはキリストのもの、キリストは神かみのものである。

コリント第一4:1 このようなわけだから、人ひとはわたしたちを、キリストに仕つかえる者もの、神かみの奥義おうぎを管理かんりしている者ものと見みるがよい。

コリント第一4:5 だから、主しゅがこられるまでは、何事なにごとについても、先走さきばしりをしてさばいてはいけない。主しゅは暗くらい中なかに隠かくれていることを明あかるみに出だし、心こころの中なかで企くわだてられていることを、あらわにされるであろう。その時ときには、神かみからそれぞれほまれを受うけるであろう。

コリント第一4:9 わたしはこう考かんがえる。神かみはわたしたち使徒しとを死刑しけい囚しゅうのように、最後さいごに出場しゅつじょうする者ものとして引ひき出だし、こうしてわたしたちは、全ぜん世界せかいに、天使てんしにも人々ひとびとにも見みせ物ものにされたのだ。

コリント第一4:20 神かみの国くには言葉ことばではなく、力ちからである。

コリント第一5:12 外そとの人ひとたちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき者ものは、内うちの人ひとたちではないか。外そとの人ひとたちは、神かみがさばくのである。

コリント第一6:9 それとも、正ただしくない者ものが神かみの国くにをつぐことはないのを、知しらないのか。まちがってはいけない。不ふ品行ひんこうな者もの、偶像ぐうぞうを礼拝れいはいする者もの、姦淫かんいんをする者もの、男娼だんしょうとなる者もの、男色だんしょくをする者もの、盗ぬすむ者もの、

コリント第一6:10 貪欲どんよくな者もの、酒さけに酔よう者もの、そしる者もの、略奪りゃくだつする者ものは、いずれも神かみの国くにをつぐことはないのである。

コリント第一6:11 あなたがたの中なかには、以前いぜんはそんな人ひともいた。しかし、あなたがたは、主しゅイエス・キリストの名なによって、またわたしたちの神かみの霊れいによって、洗あらわれ、きよめられ、義ぎとされたのである。

コリント第一6:13 食物しょくもつは腹はらのため、腹はらは食物しょくもつのためである。しかし神かみは、それもこれも滅ほろぼすであろう。からだは不ふ品行ひんこうのためではなく、主しゅのためであり、主しゅはからだのためである。

コリント第一6:14 そして、神かみは主しゅをよみがえらせたが、その力ちからで、わたしたちをもよみがえらせて下くださるであろう。

コリント第一6:19 あなたがたは知しらないのか。自分じぶんのからだは、神かみから受うけて自分じぶんの内うちに宿やどっている聖霊せいれいの宮みやであって、あなたがたは、もはや自分じぶん自身じしんのものではないのである。

コリント第一6:20 あなたがたは、代価だいかを払はらって買かいとられたのだ。それだから、自分じぶんのからだをもって、神かみの栄光えいこうをあらわしなさい。

コリント第一7:7 わたしとしては、みんなの者ものがわたし自身じしんのようになってほしい。しかし、ひとりびとり神かみからそれぞれの賜物たまものをいただいていて、ある人ひとはこうしており、他たの人ひとはそうしている。

コリント第一7:15 しかし、もし不ふ信者しんじゃの方ほうが離はなれて行いくのなら、離はなれるままにしておくがよい。兄弟きょうだいも姉妹しまいも、こうした場合ばあいには、束縛そくばくされてはいない。神かみは、あなたがたを平和へいわに暮くらさせるために、召めされたのである。

コリント第一7:17 ただ、各自かくじは、主しゅから賜たまわった分ぶんに応おうじ、また神かみに召めされたままの状態じょうたいにしたがって、歩あゆむべきである。これが、すべての教会きょうかいに対たいしてわたしの命めいじるところである。

コリント第一7:19 割礼かつれいがあってもなくても、それは問題もんだいではない。大事だいじなのは、ただ神かみの戒いましめを守まもることである。

コリント第一7:24 兄弟きょうだいたちよ。各自かくじは、その召めされたままの状態じょうたいで、神かみのみまえにいるべきである。

コリント第一7:40 しかし、わたしの意見いけんでは、そのままでいたなら、もっと幸福こうふくである。わたしも神かみの霊れいを受うけていると思おもう。

コリント第一8:3 しかし、人ひとが神かみを愛あいするなら、その人ひとは神かみに知しられているのである。

コリント第一8:4 さて、偶像ぐうぞうへの供そなえ物ものを食たべることについては、わたしたちは、偶像ぐうぞうなるものは実際じっさいは世よに存在そんざいしないこと、また、唯一ゆいいつの神かみのほかには神かみがないことを、知しっている。

コリント第一8:5 というのは、たとい神々かみがみといわれるものが、あるいは天てんに、あるいは地ちにあるとしても、そして、多おおくの神かみ、多おおくの主しゅがあるようではあるが、

コリント第一8:6 わたしたちには、父ちちなる唯一ゆいいつの神かみのみがいますのである。万物ばんぶつはこの神かみから出でて、わたしたちもこの神かみに帰きする。また、唯一ゆいいつの主しゅイエス・キリストのみがいますのである。万物ばんぶつはこの主しゅにより、わたしたちもこの主しゅによっている。

コリント第一8:8 食物しょくもつは、わたしたちを神かみに導みちびくものではない。食たべなくても損そんはないし、食たべても益えきにはならない。

コリント第一9:9 すなわち、モーセの律法りっぽうに、「穀物こくもつをこなしている牛うしに、くつこをかけてはならない」と書かいてある。神かみは、牛うしのことを心こころにかけておられるのだろうか。

コリント第一9:21 律法りっぽうのない人ひとには――わたしは神かみの律法りっぽうの外そとにあるのではなく、キリストの律法りっぽうの中なかにあるのだが――律法りっぽうのない人ひとのようになった。律法りっぽうのない人ひとを得えるためである。

コリント第一10:5 しかし、彼かれらの中なかの大だい多数たすうは、神かみのみこころにかなわなかったので、荒野こうやで滅ほろぼされてしまった。

コリント第一10:13 あなたがたの会あった試錬しれんで、世よの常つねでないものはない。神かみは真実しんじつである。あなたがたを耐たえられないような試錬しれんに会あわせることはないばかりか、試錬しれんと同時どうじに、それに耐たえられるように、のがれる道みちも備そなえて下くださるのである。

コリント第一10:20 そうではない。人々ひとびとが供そなえる物ものは、悪霊あくりょうども、すなわち、神かみならぬ者ものに供そなえるのである。わたしは、あなたがたが悪霊あくりょうの仲間なかまになることを望のぞまない。

コリント第一10:31 だから、飲のむにも食たべるにも、また何事なにごとをするにも、すべて神かみの栄光えいこうのためにすべきである。

コリント第一10:32 ユダヤ人にんにもギリシヤ人にんにも神かみの教会きょうかいにも、つまずきになってはいけない。

コリント第一11:3 しかし、あなたがたに知しっていてもらいたい。すべての男おとこのかしらはキリストであり、女おんなのかしらは男おとこであり、キリストのかしらは神かみである。

コリント第一11:7 男おとこは、神かみのかたちであり栄光えいこうであるから、かしらに物ものをかぶるべきではない。女おんなは、また男おとこの光栄こうえいである。

コリント第一11:12 それは、女おんなが男おとこから出でたように、男おとこもまた女おんなから生うまれたからである。そして、すべてのものは神かみから出でたのである。

コリント第一11:13 あなたがた自身じしんで判断はんだんしてみるがよい。女おんながおおいをかけずに神かみに祈いのるのは、ふさわしいことだろうか。

コリント第一11:16 しかし、だれかがそれに反対はんたいの意見いけんを持もっていても、そんな風習ふうしゅうはわたしたちにはなく、神かみの諸教しょきょう会かいにもない。

コリント第一11:22 あなたがたには、飲のみ食くいをする家いえがないのか。それとも、神かみの教会きょうかいを軽かろんじ、貧まずしい人々ひとびとをはずかしめるのか。わたしはあなたがたに対たいして、なんと言いおうか。あなたがたを、ほめようか。この事ことでは、ほめるわけにはいかない。

コリント第一12:3 そこで、あなたがたに言いっておくが、神かみの霊れいによって語かたる者ものはだれも「イエスはのろわれよ」とは言いわないし、また、聖霊せいれいによらなければ、だれも「イエスは主しゅである」と言いうことができない。

コリント第一12:6 働はたらきは種々しゅじゅあるが、すべてのものの中なかに働はたらいてすべてのことをなさる神かみは、同おなじである。

コリント第一12:18 そこで神かみは御お旨むねのままに、肢体したいをそれぞれ、からだに備そなえられたのである。

コリント第一12:24 麗うるわしい部分ぶぶんはそうする必要ひつようがない。神かみは劣おとっている部分ぶぶんをいっそう見みよくして、からだに調和ちょうわをお与あたえになったのである。

コリント第一12:28 そして、神かみは教会きょうかいの中なかで、人々ひとびとを立たてて、第だい一いちに使徒しと、第だい二にに預言よげん者しゃ、第だい三さんに教師きょうしとし、次つぎに力ちからあるわざを行おこなう者もの、次つぎにいやしの賜物たまものを持もつ者もの、また補助ほじょ者しゃ、管理かんり者しゃ、種々しゅじゅの異言いげんを語かたる者ものをおかれた。

コリント第一14:2 異言いげんを語かたる者ものは、人ひとにむかって語かたるのではなく、神かみにむかって語かたるのである。それはだれにもわからない。彼かれはただ、霊れいによって奥義おうぎを語かたっているだけである。

コリント第一14:18 わたしは、あなたがたのうちのだれよりも多おおく異言いげんが語かたれることを、神かみに感謝かんしゃする。

コリント第一14:25 その心こころの秘密ひみつがあばかれ、その結果けっか、ひれ伏ふして神かみを拝おがみ、「まことに、神かみがあなたがたのうちにいます」と告白こくはくするに至いたるであろう。

コリント第一14:28 もし解とく者ものがいない時ときには、教会きょうかいでは黙だまっていて、自分じぶんに対たいしまた神かみに対たいして語かたっているべきである。

コリント第一14:33 神かみは無む秩序ちつじょの神かみではなく、平和へいわの神かみである。聖徒せいとたちのすべての教会きょうかいで行おこなわれているように、

コリント第一14:36 それとも、神かみの言げんはあなたがたのところから出でたのか。あるいは、あなたがただけにきたのか。

コリント第一15:9 実際じっさいわたしは、神かみの教会きょうかいを迫害はくがいしたのであるから、使徒しとたちの中なかでいちばん小ちいさい者ものであって、使徒しとと呼よばれる値ねうちのない者ものである。

コリント第一15:10 しかし、神かみの恵めぐみによって、わたしは今日きょうあるを得えているのである。そして、わたしに賜たまわった神かみの恵めぐみはむだにならず、むしろ、わたしは彼かれらの中なかのだれよりも多おおく働はたらいてきた。しかしそれは、わたし自身じしんではなく、わたしと共ともにあった神かみの恵めぐみである。

コリント第一15:15 すると、わたしたちは神かみにそむく偽証ぎしょう人にんにさえなるわけだ。なぜなら、万一まんいち死人しにんがよみがえらないとしたら、わたしたちは神かみが実際じっさいよみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言いって、神かみに反はんするあかしを立たてたことになるからである。

コリント第一15:24 それから終末しゅうまつとなって、その時ときに、キリストはすべての君きみたち、すべての権威けんいと権力けんりょくとを打うち滅ほろぼして、国くにを父ちちなる神かみに渡わたされるのである。

コリント第一15:27 「神かみは万物ばんぶつを彼かれの足あしもとに従したがわせた」からである。ところが、万物ばんぶつを従したがわせたと言いわれる時とき、万物ばんぶつを従したがわせたかたがそれに含ふくまれていないことは、明あきらかである。

コリント第一15:28 そして、万物ばんぶつが神かみに従したがう時ときには、御子みこ自身じしんもまた、万物ばんぶつを従したがわせたそのかたに従したがうであろう。それは、神かみがすべての者ものにあって、すべてとなられるためである。

コリント第一15:34 目めざめて身みを正ただし、罪つみを犯おかさないようにしなさい。あなたがたのうちには、神かみについて無知むちな人々ひとびとがいる。あなたがたをはずかしめるために、わたしはこう言いうのだ。

コリント第一15:38 ところが、神かみはみこころのままに、これにからだを与あたえ、その一ひとつ一ひとつの種しゅにそれぞれのからだをお与あたえになる。

コリント第一15:50 兄弟きょうだいたちよ。わたしはこの事ことを言いっておく。肉にくと血ちとは神かみの国くにを継つぐことができないし、朽くちるものは朽くちないものを継つぐことがない。

コリント第一15:57 しかし感謝かんしゃすべきことには、神かみはわたしたちの主しゅイエス・キリストによって、わたしたちに勝利しょうりを賜たまわったのである。

コリント人への第二の手紙(71か所)

コリント第二1:1 神かみの御お旨むねによりキリスト・イエスの使徒しととなったパウロと、兄弟きょうだいテモテとから、コリントにある神かみの教会きょうかい、ならびにアカヤ全土ぜんどにいるすべての聖徒せいとたちへ。

コリント第二1:2 わたしたちの父ちちなる神かみと主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

コリント第二1:3 ほむべきかな、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみ、あわれみ深ふかき父ちち、慰なぐさめに満みちたる神かみ。

コリント第二1:4 神かみは、いかなる患難かんなんの中なかにいる時ときでもわたしたちを慰なぐさめて下くださり、また、わたしたち自身じしんも、神かみに慰なぐさめていただくその慰なぐさめをもって、あらゆる患難かんなんの中なかにある人々ひとびとを慰なぐさめることができるようにして下くださるのである。

コリント第二1:9 心こころのうちで死しを覚悟かくごし、自分じぶん自身じしんを頼たのみとしないで、死人しにんをよみがえらせて下くださる神かみを頼たのみとするに至いたった。

コリント第二1:10 神かみはこのような死しの危険きけんから、わたしたちを救すくい出だして下くださった、また救すくい出だして下くださるであろう。わたしたちは、神かみが今後こんごも救すくい出だして下くださることを望のぞんでいる。

コリント第二1:12 さて、わたしたちがこの世よで、ことにあなたがたに対たいし、人間にんげんの知恵ちえによってではなく神かみの恵めぐみによって、神かみの神聖しんせいと真実しんじつとによって行動こうどうしてきたことは、実じつにわたしたちの誇ほこりであって、良心りょうしんのあかしするところである。

コリント第二1:18 神かみの真実しんじつにかけて言ゆうが、あなたがたに対たいするわたしの言葉ことばは、「しかり」と同時どうじに「否いな」というようなものではない。

コリント第二1:19 なぜなら、わたしたち、すなわち、わたしとシルワノとテモテとが、あなたがたに宣のべ伝つたえた神かみの子こキリスト・イエスは、「しかり」となると同時どうじに「否いな」となったのではない。そうではなく、「しかり」がイエスにおいて実現じつげんされたのである。

コリント第二1:20 なぜなら、神かみの約束やくそくはことごとく、彼かれにおいて「しかり」となったからである。だから、わたしたちは、彼かれによって「アァメン」と唱となえて、神かみに栄光えいこうを帰きするのである。

コリント第二1:21 あなたがたと共ともにわたしたちを、キリストのうちに堅かたくささえ、油あぶらをそそいで下くださったのは、神かみである。

コリント第二1:22 神かみはまた、わたしたちに証印しょういんをおし、その保証ほしょうとして、わたしたちの心こころに御ご霊れいを賜たまわったのである。

コリント第二1:23 わたしは自分じぶんの魂たましいをかけ、神かみを証人しょうにんに呼よび求もとめて言ゆうが、わたしがコリントに行いかないでいるのは、あなたがたに対たいして寛大かんだいでありたいためである。

コリント第二2:14 しかるに、神かみは感謝かんしゃすべきかな。神かみはいつもわたしたちをキリストの凱旋がいせんに伴ともない行いき、わたしたちをとおしてキリストを知しる知識ちしきのかおりを、至いたる所ところに放ほうって下くださるのである。

コリント第二2:15 わたしたちは、救すくわれる者ものにとっても滅ほろびる者ものにとっても、神かみに対たいするキリストのかおりである。

コリント第二2:17 しかし、わたしたちは、多おおくの人ひとのように神かみの言げんを売物うりものにせず、真心まごころをこめて、神かみにつかわされた者ものとして神かみのみまえで、キリストにあって語かたるのである。

コリント第二3:3 そして、あなたがたは自分じぶん自身じしんが、わたしたちから送おくられたキリストの手紙てがみであって、墨すみによらず生いける神かみの霊れいによって書かかかれ、石いしの板いたにではなく人ひとの心こころの板いたに書かかかれたものであることを、はっきりとあらわしている。

コリント第二3:4 こうした確信かくしんを、わたしたちはキリストにより神かみに対たいしていだいている。

コリント第二3:5 もちろん、自分じぶん自身じしんで事ことを定さだめる力ちからが自分じぶんにある、と言いうのではない。わたしたちのこうした力ちからは、神かみからきている。

コリント第二3:6 神かみはわたしたちに力ちからを与あたえて、新あたらしい契約けいやくに仕つかえる者ものとされたのである。それは、文字もじに仕つかえる者ものではなく、霊れいに仕つかえる者ものである。文字もじは人ひとを殺ころし、霊れいは人ひとを生いかす。

コリント第二4:2 恥はずべき隠かくれたことを捨すて去さり、悪巧わるだくみによって歩あるかず、神かみの言げんを曲まげず、真理しんりを明あきらかにし、神かみのみまえに、すべての人ひとの良心りょうしんに自分じぶんを推薦すいせんするのである。

コリント第二4:4 彼かれらの場合ばあい、この世よの神かみが不信ふしんの者ものたちの思おもいをくらませて、神かみのかたちであるキリストの栄光えいこうの福音ふくいんの輝かがやきを、見みえなくしているのである。

コリント第二4:6 「やみの中なかから光ひかりが照てりいでよ」と仰おおせになった神かみは、キリストの顔かおに輝かがやく神かみの栄光えいこうの知識ちしきを明あきらかにするために、わたしたちの心こころを照しょうして下くださったのである。

コリント第二4:7 しかしわたしたちは、この宝たからを土つちの器うつわの中なかに持もっている。その測はかり知しれない力ちからは神かみのものであって、わたしたちから出でたものでないことが、あらわれるためである。

コリント第二4:15 すべてのことは、あなたがたの益えきであって、恵めぐみがますます多おおくの人ひとに増まし加くわわるにつれ、感謝かんしゃが満みちあふれて、神かみの栄光えいこうとなるのである。

コリント第二5:1 わたしたちの住すんでいる地上ちじょうの幕屋まくやがこわれると、神かみからいただく建物たてもの、すなわち天てんにある、人ひとの手てによらない永遠えいえんの家いえが備そなえてあることを、わたしたちは知しっている。

コリント第二5:5 わたしたちを、この事ことにかなう者ものにして下くださったのは、神かみである。そして、神かみはその保証ほしょうとして御ご霊れいをわたしたちに賜たまわったのである。

コリント第二5:11 このようにわたしたちは、主しゅの恐おそるべきことを知しっているので、人々ひとびとに説とき勧すすめる。わたしたちのことは、神かみのみまえには明あきらかになっている。さらに、あなたがたの良心りょうしんにも明あきらかになるようにと望のぞむ。

コリント第二5:13 もしわたしたちが、気きが狂くるっているのなら、それは神かみのためであり、気きが確たしかであるのなら、それはあなたがたのためである。

コリント第二5:18 しかし、すべてこれらの事ことは、神かみから出でている。神かみはキリストによって、わたしたちをご自分じぶんに和解わかいさせ、かつ和解わかいの務むをわたしたちに授さずけて下くださった。

コリント第二5:19 すなわち、神かみはキリストにおいて世よをご自分じぶんに和解わかいさせ、その罪過ざいかの責任せきにんをこれに負おわせることをしないで、わたしたちに和解わかいの福音ふくいんをゆだねられたのである。

コリント第二5:20 神かみがわたしたちをとおして勧すすめをなさるのであるから、わたしたちはキリストの使者ししゃなのである。そこで、キリストに代かわって願ねがう、神かみの和解わかいを受うけなさい。

コリント第二5:21 神かみはわたしたちの罪つみのために、罪つみを知しらないかたを罪つみとされた。それは、わたしたちが、彼かれにあって神かみの義ぎとなるためなのである。

コリント第二6:1 わたしたちはまた、神かみと共ともに働はたらく者ものとして、あなたがたに勧すすめる。神かみの恵めぐみをいたずらに受うけてはならない。

コリント第二6:2 神かみはこう言いわれる、「わたしは、恵めぐみの時ときにあなたの願ねがいを聞ききいれ、救すくいの日ひにあなたを助たすけた」。見みよ、今いまは恵めぐみの時とき、見みよ、今いまは救すくいの日ひである。

コリント第二6:4 かえって、あらゆる場合ばあいに、神かみの僕ぼくとして、自分じぶんを人々ひとびとにあらわしている。すなわち、極度きょくどの忍苦にんくにも、患難かんなんにも、危機ききにも、行いき詰づまりにも、

コリント第二6:7 真理しんりの言葉ことばと神かみの力ちからとにより、左右さゆうに持もっている義ぎの武器ぶきにより、

コリント第二6:8 ほめられても、そしられても、悪評あくひょうを受うけても、好評こうひょうを博はくしても、神かみの僕ぼくとして自分じぶんをあらわしている。わたしたちは、人ひとを惑まどわしているようであるが、しかも真実しんじつであり、

コリント第二6:16 神かみの宮みやと偶像ぐうぞうとなんの一致いっちがあるか。わたしたちは、生いける神かみの宮みやである。神かみがこう仰おおせになっている、「わたしは彼かれらの間あいだに住すみ、かつ出入でいりをするであろう。そして、わたしは彼かれらの神かみとなり、彼かれらはわたしの民たみとなるであろう」。

コリント第二7:1 愛あいする者ものたちよ。わたしたちは、このような約束やくそくを与あたえられているのだから、肉にくと霊れいとのいっさいの汚よごれから自分じぶんをきよめ、神かみをおそれて全まったく清きよくなろうではないか。

コリント第二7:6 しかるに、うちしおれている者ものを慰なぐさめる神かみは、テトスの到来とうらいによって、わたしたちを慰なぐさめて下くださった。

コリント第二7:9 今いまは喜よろこんでいる。それは、あなたがたが悲かなしんだからではなく、悲かなしんで悔くい改あらためるに至いたったからである。あなたがたがそのように悲かなしんだのは、神かみのみこころに添そうたことであって、わたしたちからはなんの損害そんがいも受うけなかったのである。

コリント第二7:10 神かみのみこころに添そうた悲かなしみは、悔くいのない救すくいを得えさせる悔改くいあらために導みちびき、この世よの悲かなしみは死しをきたらせる。

コリント第二7:11 見みよ、神かみのみこころに添そうたその悲かなしみが、どんなにか熱情ねつじょうをあなたがたに起おこさせたことか。また、弁明べんめい、義憤ぎふん、恐おそれ、愛慕あいぼ、熱意ねつい、それから処罰しょばつに至いたらせたことか。あなたがたはあの問題もんだいについては、すべての点てんにおいて潔白けっぱくであることを証明しょうめいしたのである。

コリント第二7:12 だから、わたしがあなたがたに書かきおくったのは、不義ふぎをした人ひとのためでも、不義ふぎを受うけた人ひとのためでもなく、わたしたちに対たいするあなたがたの熱情ねつじょうが、神かみの前まえにあなたがたの間あいだで明あきらかになるためである。

コリント第二8:1 兄弟きょうだいたちよ。わたしたちはここで、マケドニヤの諸教しょきょう会かいに与あたえられた神かみの恵めぐみを、あなたがたに知しらせよう。

コリント第二8:5 わたしたちの希望きぼうどおりにしたばかりか、自分じぶん自身じしんをまず、神かみのみこころにしたがって、主しゅにささげ、また、わたしたちにもささげたのである。

コリント第二8:12 もし心こころから願ねがってそうするなら、持もたないところによらず、持もっているところによって、神かみに受うけいれられるのである。

コリント第二8:16 わたしがあなたがたに対たいして持もっている同おなじ熱情ねつじょうを、テトスの心こころにも与あたえて下くださった神かみに感謝かんしゃする。

コリント第二9:7 各自かくじは惜おしむ心こころからでなく、また、しいられてでもなく、自みずから心こころで決きめたとおりにすべきである。神かみは喜よろこんで施ほどこす人ひとを愛あいして下くださるのである。

コリント第二9:8 神かみはあなたがたにあらゆる恵めぐみを豊ゆたかに与あたえ、あなたがたを常つねにすべてのことに満みち足たらせ、すべての良よいわざに富とませる力ちからのあるかたなのである。

コリント第二9:11 こうして、あなたがたはすべてのことに豊ゆたかになって、惜おしみなく施ほどこし、その施ほどこしはわたしたちの手てによって行おこなわれ、神かみに感謝かんしゃするに至いたるのである。

コリント第二9:12 なぜなら、この援助えんじょの働はたらきは、聖徒せいとたちの欠乏けつぼうを補おぎなえだけではなく、神かみに対たいする多おおくの感謝かんしゃによってますます豊ゆたかになるからである。

コリント第二9:13 すなわち、この援助えんじょを行おこなった結果けっかとして、あなたがたがキリストの福音ふくいんの告白こくはくに対たいして従順じゅうじゅんであることや、彼かれらにも、すべての人ひとにも、惜おしみなく施ほどこしをしていることがわかってきて、彼かれらは神かみに栄光えいこうを帰かえし、

コリント第二9:14 そして、あなたがたに賜たまわったきわめて豊ゆたかな神かみの恵めぐみのゆえに、あなたがたを慕したい、あなたがたのために祈いのるのである。

コリント第二9:15 言いいいつくせない賜物たまもののゆえに、神かみに感謝かんしゃする。

コリント第二10:4 わたしたちの戦たたかいの武器ぶきは、肉にくのものではなく、神かみのためには要塞ようさいをも破壊はかいするほどの力ちからあるものである。わたしたちはさまざまな議論ぎろんを破やぶり、

コリント第二10:5 神かみの知恵ちえに逆さからって立たてられたあらゆる障害しょうがい物ぶつを打うちこわし、すべての思おもいをとりこにしてキリストに服従ふくじゅうさせ、

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