「心」(こころ)が出てくる聖書の箇所

「心」(こころ)は口語訳の1253か所(旧約925・新約328)に出てきます。「こころ」も含みます。日常訳第1版では1321か所。

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1253か所を200か所ずつ7ページに分けています(6ページ目)。

ルカによる福音書(41か所)

ルカ7:39 イエスを招まねいたパリサイ人にんがそれを見みて、心こころの中なかで言いった、「もしこの人ひとが預言よげん者しゃであるなら、自分じぶんにさわっている女おんながだれだか、どんな女おんなかわかるはずだ。それは罪つみの女おんななのだから」。

ルカ7:49 すると同席どうせきの者ものたちが心こころの中なかで言いいいはじめた、「罪つみをゆるすことさえするこの人ひとは、いったい、何者なにものだろう」。

ルカ8:12 道みちばたに落おちたのは、聞きいたのち、信しんじることも救すくわれることもないように、悪魔あくまによってその心こころから御言みことが奪うばい取とられる人ひとたちのことである。

ルカ8:15 良よい地ちに落おちたのは、御言みことを聞きいたのち、これを正ただしい良よい心こころでしっかりと守まもり、耐たえ忍しのんで実じつを結むすぶに至いたる人ひとたちのことである。

ルカ9:47 イエスは彼かれらの心こころの思おもいを見抜みぬき、ひとりの幼おさな子ごを取とりあげて自分じぶんのそばに立たたたせ、彼かれらに言いわれた、

ルカ10:21 そのとき、イエスは聖霊せいれいによって喜よろこびあふれて言いわれた、「天地てんちの主しゅなる父ちちよ。あなたをほめたたえます。これらの事ことを知恵ちえのある者ものや賢かしこい者ものに隠かくして、幼おさな子ごにあらわしてくださいました。父ちちよ、これはまことに、みこころにかなった事ことでした。

ルカ10:27 彼かれは答こたえて言いった、「『心こころをつくし、精神せいしんをつくし、力ちからをつくし、思おもいをつくして、主しゅなるあなたの神かみを愛あいせよ』。また、『自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ』とあります」。

ルカ10:40 ところが、マルタは接待せったいのことで忙いそがしくて心こころをとりみだし、イエスのところにきて言いった、「主しゅよ、妹いもうとがわたしだけに接待せったいをさせているのを、なんともお思おもいになりませんか。わたしの手伝てつだいをするように妹いもうとにおっしゃってください」。

ルカ10:41 主しゅは答こたえて言いわれた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多おおくのことに心こころを配くばって思おもいわずらっている。

ルカ12:17 そこで彼かれは心こころの中なかで、『どうしようか、わたしの作物さくもつをしまっておく所ところがないのだが』と思おもいめぐらして

ルカ12:32 恐おそれるな、小ちいさい群むれよ。御お国くにを下くださることは、あなたがたの父ちちのみこころなのである。

ルカ12:34 あなたがたの宝たからのある所ところには、心こころもあるからである。

ルカ12:45 しかし、もしその僕ぼくが、主人しゅじんの帰かえりがおそいと心こころの中なかで思おもい、男女だんじょの召使めしつかいたちを打うちたたき、そして食たべたり、飲のんだりして酔よいはじめるならば、

ルカ12:47 主人しゅじんのこころを知しっていながら、それに従したがって用意よういもせず勤つとめもしなかった僕ぼくは、多おおくむち打うたれるであろう。

ルカ16:3 この家令かれいは心こころの中なかで思おもった、『どうしようか。主人しゅじんがわたしの職しょくを取とり上あげようとしている。土つちを掘ほるには力ちからがないし、物ものごいするのは恥はずかしい。

ルカ16:15 そこで彼かれらにむかって言いわれた、「あなたがたは、人々ひとびとの前まえで自分じぶんを正ただしいとする人ひとたちである。しかし、神かみはあなたがたの心こころをご存ぞんじである。人々ひとびとの間あいだで尊とうとばれるものは、神かみのみまえでは忌いみきらわれる。

ルカ18:4 彼かれはしばらくの間あいだきき入いれないでいたが、そののち、心こころのうちで考かんがえた、『わたしは神かみをも恐おそれず、人ひとを人ひととも思おもわないが、

ルカ21:14 だから、どう答弁とうべんしようかと、前まえもって考かんがえておかないことに心こころを決きめなさい。

ルカ21:34 あなたがたが放縦ほうしょうや、泥酔でいすいや、世よの煩わずらいのために心こころが鈍にぶっているうちに、思おもいがけないとき、その日ひがわなのようにあなたがたを捕とらえることがないように、よく注意ちゅういしていなさい。

ルカ22:42 「父ちちよ、みこころならば、どうぞ、この杯さかずきをわたしから取とりのけてください。しかし、わたしの思おもいではなく、みこころが成なるようにしてください」。

ルカ24:25 そこでイエスが言いわれた、「ああ、愚おろかで心こころのにぶいため、預言よげん者しゃたちが説といたすべての事ことを信しんじられない者ものたちよ。

ルカ24:32 彼かれらは互たがいに言いった、「道々みちみちお話はなしになったとき、また聖書せいしょを説とき明あかしてくださったとき、お互たがいの心こころが内うちに燃もえたではないか」。

ルカ24:38 そこでイエスが言いわれた、「なぜおじ惑まどっているのか。どうして心こころに疑うたがいを起おこすのか。

ルカ24:45 そこでイエスは、聖書せいしょを悟さとらせるために彼かれらの心こころを開ひらいて

ヨハネによる福音書(22か所)

ヨハネ1:47 イエスはナタナエルが自分じぶんの方ほうに来くるのを見みて、彼かれについて言いわれた、「見みよ、あの人ひとこそ、ほんとうのイスラエル人にんである。その心こころには偽いつわりがない」。

ヨハネ2:25 また人ひとについてあかしする者ものを、必要ひつようとされなかったからである。それは、ご自身じしん人にんの心こころの中なかにあることを知しっておられたからである。

ヨハネ4:34 イエスは彼かれらに言いわれた、「わたしの食物しょくもつというのは、わたしをつかわされたかたのみこころを行おこない、そのみわざをなし遂とげることである。

ヨハネ5:21 すなわち、父ちちが死人しにんを起おこして命いのちをお与あたえになるように、子こもまた、そのこころにかなう人々ひとびとに命いのちを与あたえるであろう。

ヨハネ6:38 わたしが天てんから下くだってきたのは、自分じぶんのこころのままを行おこなうためではなく、わたしをつかわされたかたのみこころを行おこなうためである。

ヨハネ6:39 わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与あたえて下くださった者ものを、わたしがひとりも失うしなわずに、終おわりの日ひによみがえらせることである。

ヨハネ6:40 わたしの父ちちのみこころは、子こを見みて信しんじる者ものが、ことごとく永遠えいえんの命いのちを得えることなのである。そして、わたしはその人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう」。

ヨハネ7:17 神かみのみこころを行おこなおうと思おもう者ものであれば、だれでも、わたしの語かたっているこの教きょうが神かみからのものか、それとも、わたし自身じしんから出でたものか、わかるであろう。

ヨハネ8:29 わたしをつかわされたかたは、わたしと一緒いっしょにおられる。わたしは、いつも神かみのみこころにかなうことをしているから、わたしをひとり置おきざりになさることはない」。

ヨハネ9:31 わたしたちはこのことを知しっています。神かみは罪人ざいにんの言いうことはお聞ききいれになりませんが、神かみを敬うやまい、そのみこころを行おこなう人ひとの言いうことは、聞ききいれて下くださいます。

ヨハネ10:13 彼かれは雇人やといにんであって、羊ひつじのことを心こころにかけていないからである。

ヨハネ11:33 イエスは、彼女かのじょが泣なき、また、彼女かのじょと一緒いっしょにきたユダヤ人にんたちも泣ないているのをごらんになり、激はげしく感動かんどうし、また心こころを騒さわがせ、そして言いわれた、

ヨハネ12:27 今いまわたしは心こころが騒さわいでいる。わたしはなんと言いおうか。父ちちよ、この時ときからわたしをお救すくい下ください。しかし、わたしはこのために、この時ときに至いたったのです。

ヨハネ12:40 「神かみは彼かれらの目めをくらまし、心こころをかたくなになさった。それは、彼かれらが目めで見みず、心こころで悟さとらず、悔くい改あらためていやされることがないためである」。

ヨハネ13:2 夕食ゆうしょくのとき、悪魔あくまはすでにシモンの子こイスカリオテのユダの心こころに、イエスを裏切うらぎろうとする思おもいを入いれていたが、

ヨハネ13:21 イエスがこれらのことを言いわれた後あと、その心こころが騒さわぎ、おごそかに言いわれた、「よくよくあなたがたに言いっておく。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切うらぎろうとしている」。

ヨハネ14:1 「あなたがたは、心こころを騒さわがせないがよい。神かみを信しんじ、またわたしを信しんじなさい。

ヨハネ14:21 わたしのいましめを心こころにいだいてこれを守まもる者ものは、わたしを愛あいする者ものである。わたしを愛あいする者ものは、わたしの父ちちに愛あいされるであろう。わたしもその人ひとを愛あいし、その人ひとにわたし自身じしんをあらわすであろう」。

ヨハネ14:27 わたしは平安へいあんをあなたがたに残のこして行いく。わたしの平安へいあんをあなたがたに与あたえる。わたしが与あたえるのは、世よが与あたえるようなものとは異ことなる。あなたがたは心こころを騒さわがせるな、またおじけるな。

ヨハネ16:6 かえって、わたしがこれらのことを言いったために、あなたがたの心こころは憂うれいで満みたされている。

ヨハネ16:22 このように、あなたがたにも今いまは不安ふあんがある。しかし、わたしは再ふたたびあなたがたと会あうであろう。そして、あなたがたの心こころは喜よろこびに満みたされるであろう。その喜よろこびをあなたがたから取とり去さる者ものはいない。

ヨハネ21:17 イエスは三さん度ど目めに言いわれた、「ヨハネの子こシモンよ、わたしを愛あいするか」。ペテロは「わたしを愛あいするか」とイエスが三さん度ども言いわれたので、心こころをいためてイエスに言いった、「主しゅよ、あなたはすべてをご存ぞんじです。わたしがあなたを愛あいしていることは、おわかりになっています」。イエスは彼かれに言いわれた、「わたしの羊ひつじを養やしないなさい。

使徒行伝(32か所)

使徒1:14 彼かれらはみな、婦人ふじんたち、特とくにイエスの母ははマリヤ、およびイエスの兄弟きょうだいたちと共ともに、心こころを合あわせて、ひたすら祈いのりをしていた。

使徒1:24 祈いのって言いった、「すべての人ひとの心こころをご存ぞんじである主しゅよ。このふたりのうちのどちらを選えらんで、

使徒2:26 それゆえ、わたしの心こころは楽たのしみ、わたしの舌したはよろこび歌うたった。わたしの肉体にくたいもまた、望のぞみに生いきるであろう。

使徒2:37 人々ひとびとはこれを聞きいて、強つよく心こころを刺ささされ、ペテロやほかの使徒しとたちに、「兄弟きょうだいたちよ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか」と言いった。

使徒2:46 そして日々ひび心こころを一ひとつにして、絶たえず宮みやもうでをなし、家いえではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事しょくじを共ともにし、

使徒4:32 信しんじた者ものの群むれは、心こころを一ひとつにし思おもいを一ひとつにして、だれひとりその持もち物ものを自分じぶんのものだと主張しゅちょうする者ものがなく、いっさいの物ものを共有きょうゆうにしていた。

使徒5:3 そこで、ペテロが言いった、「アナニヤよ、どうしてあなたは、自分じぶんの心こころをサタンに奪うばわれて、聖霊せいれいを欺あざむき、地所じしょの代金だいきんをごまかしたのか。

使徒5:9 ペテロは言いった、「あなたがたふたりが、心こころを合あわせて主しゅの御ご霊れいを試こころみるとは、何事なにごとであるか。見みよ、あなたの夫おっとを葬ほうむった人ひとたちの足あしが、そこの門口かどぐちにきている。あなたも運はこび出だされるであろう」。

使徒5:12 そのころ、多おおくのしるしと奇跡きせきとが、次々つぎつぎに使徒しとたちの手てにより人々ひとびとの中なかで行おこなわれた。そして、一同いちどうは心こころを一ひとつにして、ソロモンの廊ろうに集あつまっていた。

使徒7:39 ところが、先祖せんぞたちは彼かれに従したがおうとはせず、かえって彼かれを退しりぞけ、心こころの中なかでエジプトにあこがれて、

使徒7:51 ああ、強情ごうじょうで、心こころにも耳みみにも割礼かつれいのない人ひとたちよ。あなたがたは、いつも聖霊せいれいに逆さからっている。それは、あなたがたの先祖せんぞたちと同おなじである。

使徒7:54 人々ひとびとはこれを聞きいて、心こころの底そこから激はげしく怒おこり、ステパノにむかって、歯はぎしりをした。

使徒8:21 おまえの心こころが神かみの前まえに正ただしくないから、おまえは、とうてい、この事ことにあずかることができない。

使徒8:22 だから、この悪事あくじを悔くいて、主しゅに祈いのれ。そうすればあるいはそんな思おもいを心こころにいだいたことが、ゆるされるかも知しれない。

使徒11:23 彼かれは、そこに着ついて、神かみのめぐみを見みてよろこび、主しゅに対たいする信仰しんこうを揺ゆるがない心こころで持もちつづけるようにと、みんなの者ものを励はげました。

使徒13:22 それから神かみはサウロを退しりぞけ、ダビデを立たてて王おうとされたが、彼かれについてあかしをして、『わたしはエッサイの子こダビデを見みつけた。彼かれはわたしの心こころにかなった人ひとで、わたしの思おもうところを、ことごとく実行じっこうしてくれるであろう』と言いわれた。

使徒14:17 それでも、ご自分じぶんのことをあかししないでおられたわけではない。すなわち、あなたがたのために天てんから雨あめを降ふらせ、実みのりの季節きせつを与あたえ、食物しょくもつと喜よろこびとで、あなたがたの心こころを満みたすなど、いろいろのめぐみをお与あたえになっているのである」。

使徒15:8 そして、人ひとの心こころをご存ぞんじである神かみは、聖霊せいれいをわれわれに賜たまわったと同様どうように彼かれらにも賜たまわって、彼かれらに対たいしてあかしをなし、

使徒15:9 また、その信仰しんこうによって彼かれらの心こころをきよめ、われわれと彼かれらとの間あいだに、なんの分わけへだてもなさらなかった。

使徒15:24 こちらから行いったある者ものたちが、わたしたちからの指示しじもないのに、いろいろなことを言いって、あなたがたを騒さわがせ、あなたがたの心こころを乱みだしたと伝つたえ聞きいた。

使徒16:14 ところが、テアテラ市しの紫布むらさきぬのの商人しょうにんで、神かみを敬ううやまうルデヤという婦人ふじんが聞きいていた。主しゅは彼女かのじょの心こころを開ひらいて、パウロの語かたることに耳みみを傾かたむけさせた。

使徒16:34 さらに、ふたりを自分じぶんの家いえに案内あんないして食事しょくじのもてなしをし、神かみを信しんじる者ものとなったことを、全ぜん家族かぞくと共ともに心こころから喜よろこんだ。

使徒17:11 ここにいるユダヤ人にんはテサロニケの者ものたちよりも素直すなおであって、心こころから教きょうを受うけいれ、果はたしてそのとおりかどうかを知しろうとして、日々ひび聖書せいしょを調しらべていた。

使徒17:16 さて、パウロはアテネで彼かれらを待まっている間あいだに、市し内ないに偶像ぐうぞうがおびただしくあるのを見みて、心こころに憤いきどおりを感かんじた。

使徒18:21 「神かみのみこころなら、またあなたがたのところに帰かえってこよう」と言いって、別わかれを告つげ、エペソから船出ふなでした。

使徒19:9 ところが、ある人ひとたちは心こころをかたくなにして、信しんじようとせず、会衆かいしゅうの前まえでこの道みちをあしざまに言いったので、彼かれは弟子でしたちを引ひき連つれて、その人ひとたちから離はなれ、ツラノの講堂こうどうで毎日まいにち論ろんじた。

使徒20:38 もう二に度どと自分じぶんの顔かおを見みることはあるまいと彼かれが言いったので、特とくに心こころを痛いためた。それから彼かれを舟ふねまで見送みおくった。

使徒21:13 その時ときパウロは答こたえた、「あなたがたは、泣ないたり、わたしの心こころをくじいたりして、いったい、どうしようとするのか。わたしは、主しゅイエスの名なのためなら、エルサレムで縛しばられるだけでなく、死しぬことをも覚悟かくごしているのだ」。

使徒21:14 こうして、パウロが勧告かんこくを聞ききいれてくれないので、わたしたちは「主しゅのみこころが行おこなわれますように」と言いっただけで、それ以上いじょう、何なんも言いわなかった。

使徒24:26 彼かれは、それと同時どうじに、パウロから金かねをもらいたい下したごころがあったので、たびたびパウロを呼よび出だしては語かたり合あった。

使徒26:3 あなたは、ユダヤ人にんのあらゆる慣例かんれいや問題もんだいを、よく知しり抜ぬいておられるかたですから、わたしの申もうすことを、寛大かんだいなお心こころで聞きいていただきたいのです。

使徒28:27 この民たみの心こころは鈍にぶくなり、その耳みみは聞きこえにくく、その目めは閉とじている。それは、彼かれらが目めで見みず、耳みみで聞きかず、心こころで悟さとらず、悔くい改あらためていやされることがないためである』。

ローマ人への手紙(24か所)

ローマ1:21 なぜなら、彼かれらは神かみを知しっていながら、神かみとしてあがめず、感謝かんしゃもせず、かえってその思おもいはむなしくなり、その無知むちな心こころは暗くくらくなったからである。

ローマ1:24 ゆえに、神かみは、彼かれらが心こころの欲情よくじょうにかられ、自分じぶんのからだを互たがいにはずかしめて、汚けがすままに任まかせられた。

ローマ2:5 あなたのかたくなな、悔改くいあらためのない心こころのゆえに、あなたは、神かみの正ただしいさばきの現あらわれる怒いかりの日ひのために神かみの怒いかりを、自分じぶんの身みに積つんでいるのである。

ローマ2:15 彼かれらは律法りっぽうの要求ようきゅうがその心こころにしるされていることを現あらわし、そのことを彼かれらの良心りょうしんも共ともにあかしをして、その判断はんだんが互たがいにあるいは訴うったえ、あるいは弁明べんめいし合あうのである。

ローマ2:29 かえって、隠かくれたユダヤ人にんがユダヤ人にんであり、また、文字もじによらず霊れいによる心こころの割礼かつれいこそ割礼かつれいであって、そのほまれは人ひとからではなく、神かみから来くるのである。

ローマ5:5 そして、希望きぼうは失望しつぼうに終おわることはない。なぜなら、わたしたちに賜たまわっている聖霊せいれいによって、神かみの愛あいがわたしたちの心こころに注そそがれているからである。

ローマ6:17 しかし、神かみは感謝かんしゃすべきかな。あなたがたは罪つみの僕ぼくであったが、伝つたえられた教きょうの基準きじゅんに心こころから服従ふくじゅうして、

ローマ7:23 わたしの肢体したいには別べつの律法りっぽうがあって、わたしの心こころの法則ほうそくに対たいして戦たたかいをいどみ、そして、肢体したいに存在そんざいする罪つみの法則ほうそくの中なかに、わたしをとりこにしているのを見みる。

ローマ7:25 わたしたちの主しゅイエス・キリストによって、神かみは感謝かんしゃすべきかな。このようにして、わたし自身じしんは、心こころでは神かみの律法りっぽうに仕つかえているが、肉にくでは罪つみの律法りっぽうに仕つかえているのである。

ローマ8:23 それだけではなく、御ご霊れいの最初さいしょの実じつを持もっているわたしたち自身じしんも、心こころの内うちでうめきながら、子こたる身分みぶんを授さずけられること、すなわち、からだのあがなわれることを待まち望のぞんでいる。

ローマ8:27 そして、人ひとの心こころを探さぐり知しるかたは、御ご霊れいの思おもうところがなんであるかを知しっておられる。なぜなら、御ご霊れいは、聖徒せいとのために、神かみの御お旨むねにかなうとりなしをして下くださるからである。

ローマ9:2 すなわち、わたしに大おおきな悲かなしみがあり、わたしの心こころに絶たえざる痛いたみがある。

ローマ10:1 兄弟きょうだいたちよ。わたしの心こころの願ねがい、彼かれらのために神かみにささげる祈いのりは、彼かれらが救すくわれることである。

ローマ10:6 しかし、信仰しんこうによる義ぎは、こう言いっている、「あなたは心こころのうちで、だれが天てんに上のぼるであろうかと言ゆうな」。それは、キリストを引ひき降おろすことである。

ローマ10:8 では、なんと言いっているか。「言葉ことばはあなたの近ちかくにある。あなたの口くちにあり、心こころにある」。この言葉ことばとは、わたしたちが宣のべ伝つたえている信仰しんこうの言葉ことばである。

ローマ10:9 すなわち、自分じぶんの口くちで、イエスは主しゅであると告白こくはくし、自分じぶんの心こころで、神かみが死人しにんの中なかからイエスをよみがえらせたと信しんじるなら、あなたは救すくわれる。

ローマ10:10 なぜなら、人ひとは心こころに信しんじて義ぎとされ、口くちで告白こくはくして救すくわれるからである。

ローマ11:8 「神かみは、彼かれらに鈍にぶい心こころと、見みえない目めと、聞きこえない耳みみとを与あたえて、きょう、この日ひに及およんでいる」と書かいてあるとおりである。

ローマ11:34 「だれが、主しゅの心こころを知しっていたか。だれが、主しゅの計画けいかくにあずかったか。

ローマ12:2 あなたがたは、この世よと妥協だきょうしてはならない。むしろ、心こころを新あらたにすることによって、造つくりかえられ、何なんが神かみの御お旨むねであるか、何なんが善ぜんであって、神かみに喜よろこばれ、かつ全ぜんきことであるかを、わきまえ知しるべきである。

ローマ13:14 あなたがたは、主しゅイエス・キリストを着きなさい。肉にくの欲よくを満みたすことに心こころを向むけてはならない。

ローマ14:5 また、ある人ひとは、この日ひがかの日ひよりも大事だいじであると考かんがえ、ほかの人ひとはどの日ひも同おなじだと考かんがえる。各自かくじはそれぞれ心こころの中なかで、確信かくしんを持もっておるべきである。

ローマ15:6 こうして、心こころを一ひとつにし、声こえを合あわせて、わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちなる神かみをあがめさせて下くださるように。

ローマ16:18 なぜなら、こうした人々ひとびとは、わたしたちの主しゅキリストに仕つかえないで、自分じぶんの腹はらに仕つかえ、そして甘言かんげんと美辞びじとをもって、純朴じゅんぼくな人々ひとびとの心こころを欺あざむく者ものどもだからである。

コリント人への第一の手紙(15か所)

コリント第一1:10 さて兄弟きょうだいたちよ。わたしたちの主しゅイエス・キリストの名なによって、あなたがたに勧すすめる。みな語かたることを一ひとつにし、お互たがいの間あいだに分争ぶんそうがないようにし、同おなじ心こころ、同おなじ思おもいになって、堅かたく結むすび合あっていてほしい。

コリント第一2:9 しかし、聖書せいしょに書かいてあるとおり、「目めがまだ見みず、耳みみがまだ聞きかず、人ひとの心こころに思おもい浮うかびもしなかったことを、神かみは、ご自分じぶんを愛あいする者ものたちのために備そなえられた」のである。

コリント第一4:5 だから、主しゅがこられるまでは、何事なにごとについても、先走さきばしりをしてさばいてはいけない。主しゅは暗くらい中なかに隠かくれていることを明あかるみに出だし、心こころの中なかで企くわだてられていることを、あらわにされるであろう。その時ときには、神かみからそれぞれほまれを受うけるであろう。

コリント第一4:19 しかし主しゅのみこころであれば、わたしはすぐにでもあなたがたの所ところに行いって、高たかぶっている者ものたちの言葉ことばではなく、その力ちからを見みせてもらおう。

コリント第一4:21 あなたがたは、どちらを望のぞむのか。わたしがむちをもって、あなたがたの所ところに行いくことか、それとも、愛あいと柔和にゅうわな心こころとをもって行いくことであるか。

コリント第一7:32 わたしはあなたがたが、思い煩わおもいわずらわないようにしていてほしい。未婚みこんの男子だんしは主しゅのことに心こころをくばって、どうかして主しゅを喜よろこばせようとするが、

コリント第一7:33 結婚けっこんしている男子だんしはこの世よのことに心こころをくばって、どうかして妻つまを喜よろこばせようとして、その心こころが分わかれるのである。

コリント第一7:34 未婚みこんの婦人ふじんとおとめとは、主しゅのことに心こころをくばって、身みも魂たましいもきよくなろうとするが、結婚けっこんした婦人ふじんはこの世よのことに心こころをくばって、どうかして夫おっとを喜よろこばせようとする。

コリント第一7:37 しかし、彼かれが心こころの内うちで堅かたく決心けっしんしていて、無理むりをしないで自分じぶんの思おもいを制せいすることができ、その上うえで、相手あいてのおとめをそのままにしておこうと、心こころの中なかで決きめたなら、そうしてもよい。

コリント第一9:9 すなわち、モーセの律法りっぽうに、「穀物こくもつをこなしている牛うしに、くつこをかけてはならない」と書かいてある。神かみは、牛うしのことを心こころにかけておられるのだろうか。

コリント第一10:5 しかし、彼かれらの中なかの大だい多数たすうは、神かみのみこころにかなわなかったので、荒野こうやで滅ほろぼされてしまった。

コリント第一14:25 その心こころの秘密ひみつがあばかれ、その結果けっか、ひれ伏ふして神かみを拝おがみ、「まことに、神かみがあなたがたのうちにいます」と告白こくはくするに至いたるであろう。

コリント第一15:38 ところが、神かみはみこころのままに、これにからだを与あたえ、その一ひとつ一ひとつの種しゅにそれぞれのからだをお与あたえになる。

コリント第一16:18 わたしの心こころとあなたがたの心こころとを、安やすらかにしてくれた。こうした人々ひとびとは、重おもんじなければならない。

コリント第一16:19 アジヤの諸教しょきょう会かいから、あなたがたによろしく。アクラとプリスカとその家いえの教会きょうかいから、主しゅにあって心こころからよろしく。

コリント人への第二の手紙(26か所)

コリント第二1:9 心こころのうちで死しを覚悟かくごし、自分じぶん自身じしんを頼たのみとしないで、死人しにんをよみがえらせて下くださる神かみを頼たのみとするに至いたった。

コリント第二1:22 神かみはまた、わたしたちに証印しょういんをおし、その保証ほしょうとして、わたしたちの心こころに御ご霊れいを賜たまわったのである。

コリント第二2:4 わたしは大おおきな患難かんなんと心こころの憂うれいの中なかから、多おおくの涙なみだをもってあなたがたに書かきおくった。それは、あなたがたを悲かなしませるためではなく、あなたがたに対たいしてあふれるばかりにいだいているわたしの愛あいを、知しってもらうためであった。

コリント第二3:2 わたしたちの推薦すいせん状じょうは、あなたがたなのである。それは、わたしたちの心こころにしるされていて、すべての人ひとに知しられ、かつ読よまれている。

コリント第二3:3 そして、あなたがたは自分じぶん自身じしんが、わたしたちから送おくられたキリストの手紙てがみであって、墨すみによらず生いける神かみの霊れいによって書かかかれ、石いしの板いたにではなく人ひとの心こころの板いたに書かかかれたものであることを、はっきりとあらわしている。

コリント第二3:15 今日きょうに至いたるもなお、モーセの書しょが朗読ろうどくされるたびに、おおいが彼かれらの心こころにかかっている。

コリント第二4:6 「やみの中なかから光ひかりが照てりいでよ」と仰おおせになった神かみは、キリストの顔かおに輝かがやく神かみの栄光えいこうの知識ちしきを明あきらかにするために、わたしたちの心こころを照しょうして下くださったのである。

コリント第二5:9 そういうわけだから、肉体にくたいを宿やどとしているにしても、それから離はなれているにしても、ただ主しゅに喜よろこばれる者ものとなるのが、心こころからの願ねがいである。

コリント第二5:12 わたしたちは、あなたがたに対たいして、またもや自己じこ推薦すいせんをしようとするのではない。ただわたしたちを誇ほこる機会きかいを、あなたがたに持もたせ、心こころを誇ほこるのではなくうわべだけを誇ほこる人々ひとびとに答こたえうるようにさせたいのである。

コリント第二6:11 コリントの人々ひとびとよ。あなたがたに向むかってわたしたちの口くちは開ひらかれており、わたしたちの心こころは広ひろくなっている。

コリント第二6:12 あなたがたは、わたしたちに心こころをせばめられていたのではなく、自分じぶんで心こころをせばめていたのだ。

コリント第二6:13 わたしは子供こどもたちに対たいするように言ゆうが、どうかあなたがたの方ほうでも心こころを広ひろくして、わたしに応おうじてほしい。

コリント第二7:2 どうか、わたしたちに心こころを開ひらいてほしい。わたしたちは、だれにも不義ふぎをしたことがなく、だれをも破滅はめつにおとしいれたことがなく、だれからもだまし取とったことがない。

コリント第二7:3 わたしは、責せめるつもりでこう言いうのではない。前まえにも言いったように、あなたがたはわたしの心こころのうちにいて、わたしたちと生死せいしを共ともにしているのである。

コリント第二7:9 今いまは喜よろこんでいる。それは、あなたがたが悲かなしんだからではなく、悲かなしんで悔くい改あらためるに至いたったからである。あなたがたがそのように悲かなしんだのは、神かみのみこころに添そうたことであって、わたしたちからはなんの損害そんがいも受うけなかったのである。

コリント第二7:10 神かみのみこころに添そうた悲かなしみは、悔くいのない救すくいを得えさせる悔改くいあらために導みちびき、この世よの悲かなしみは死しをきたらせる。

コリント第二7:11 見みよ、神かみのみこころに添そうたその悲かなしみが、どんなにか熱情ねつじょうをあなたがたに起おこさせたことか。また、弁明べんめい、義憤ぎふん、恐おそれ、愛慕あいぼ、熱意ねつい、それから処罰しょばつに至いたらせたことか。あなたがたはあの問題もんだいについては、すべての点てんにおいて潔白けっぱくであることを証明しょうめいしたのである。

コリント第二7:15 また彼かれは、あなたがた一同いちどうが従順じゅうじゅんであって、おそれおののきつつ自分じぶんを迎むかえてくれたことを思おもい出だして、ますます心こころをあなたがたの方ほうに寄よせている。

コリント第二8:5 わたしたちの希望きぼうどおりにしたばかりか、自分じぶん自身じしんをまず、神かみのみこころにしたがって、主しゅにささげ、また、わたしたちにもささげたのである。

コリント第二8:11 だから今いま、それをやりとげなさい。あなたがたが心こころから願ねがっているように、持もっているところに応おうじて、それをやりとげなさい。

コリント第二8:12 もし心こころから願ねがってそうするなら、持もたないところによらず、持もっているところによって、神かみに受うけいれられるのである。

コリント第二8:16 わたしがあなたがたに対たいして持もっている同おなじ熱情ねつじょうを、テトスの心こころにも与あたえて下くださった神かみに感謝かんしゃする。

コリント第二9:5 だから、わたしは兄弟きょうだいたちを促うながして、あなたがたの所ところへ先さきに行いかせ、以前いぜんあなたがたが約束やくそくしていた贈おくり物ものの準備じゅんびをさせておくことが必要ひつようだと思おもった。それをしぶりながらではなく、心こころをこめて用意よういしていてほしい。

コリント第二9:7 各自かくじは惜おしむ心こころからでなく、また、しいられてでもなく、自みずから心こころで決きめたとおりにすべきである。神かみは喜よろこんで施ほどこす人ひとを愛あいして下くださるのである。

コリント第二11:29 だれかが弱よわっているのに、わたしも弱よわらないでおれようか。だれかが罪つみを犯おかしているのに、わたしの心こころが燃もえないでおれようか。

コリント第二12:18 わたしは、テトスに勧すすめてそちらに行いかせ、また、かの兄弟きょうだいを同行どうこうさせた。テトスは、あなたがたからむさぼり取とったことがあろうか。わたしたちは、みな同おなじ心こころで歩あるいたではないか。同おなじ足並あしなみで歩あるいたではないか。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ4:6 このように、あなたがたは子こであるのだから、神かみはわたしたちの心こころの中なかに、「アバ、父ちちよ」と呼よぶ御子みこの霊れいを送おくって下くださったのである。

ガラテヤ6:1 兄弟きょうだいたちよ。もしもある人ひとが罪過ざいかに陥おちいっていることがわかったなら、霊れいの人ひとであるあなたがたは、柔和にゅうわな心こころをもって、その人ひとを正ただしなさい。それと同時どうじに、もしか自分じぶん自身じしんも誘惑ゆうわくに陥おちいることがありはしないかと、反省はんせいしなさい。

エペソ人への手紙(9か所)

エペソ1:18 あなたがたの心こころの目めを明あきらかにして下くださるように、そして、あなたがたが神かみに召めされていだいている望のぞみがどんなものであるか、聖徒せいとたちがつぐべき神かみの国くにがいかに栄光えいこうに富とんだものであるか、

エペソ3:17 また、信仰しんこうによって、キリストがあなたがたの心こころのうちに住すみ、あなたがたが愛あいに根ねざし愛あいを基もととして生活せいかつすることにより、

エペソ4:17 そこで、わたしは主しゅにあっておごそかに勧すすめる。あなたがたは今後こんご、異邦いほう人にんがむなしい心こころで歩あるいているように歩あるいてはならない。

エペソ4:18 彼かれらの知力ちりょくは暗くくらくなり、その内うちなる無知むちと心こころの硬化こうかとにより、神かみのいのちから遠とおく離はなれ、

エペソ4:23 心こころの深ふかみまで新あらたにされて、

エペソ5:19 詩しとさんびと霊れいの歌うたとをもって語かたり合あい、主しゅにむかって心こころからさんびの歌うたをうたいなさい。

エペソ5:21 キリストに対たいする恐おそれの心こころをもって、互たがいに仕つかえ合あうべきである。

エペソ6:6 人ひとにへつらおうとして目先めさきだけの勤つとめをするのでなく、キリストの僕ぼくとして心こころから神かみの御お旨むねを行おこない、

エペソ6:22 彼かれをあなたがたのもとに送おくるのは、あなたがたがわたしたちの様子ようすを知しり、また彼かれによって心こころに励はげましを受うけるようになるためなのである。

ピリピ人への手紙(10か所)

ピリピ1:7 わたしが、あなたがた一同いちどうのために、そう考かんがえるのは当然とうぜんである。それは、わたしが獄ごくに捕とらわれている時ときにも、福音ふくいんを弁明べんめいし立証りっしょうする時ときにも、あなたがたをみな、共ともに恵めぐみにあずかる者ものとして、わたしの心こころに深ふかく留とめているからである。

ピリピ1:16 後者こうしゃは、わたしが福音ふくいんを弁明べんめいするために立たてられていることを知しり、愛あいの心こころでキリストを伝つたえ、

ピリピ1:17 前者ぜんしゃは、わたしの入獄にゅうごくの苦くるしみに更さらに患難かんなんを加くわえようと思おもって、純真じゅんしんな心こころからではなく、党派とうは心しんからそうしている。

ピリピ1:27 ただ、あなたがたはキリストの福音ふくいんにふさわしく生活せいかつしなさい。そして、わたしが行いってあなたがたに会あうにしても、離はなれているにしても、あなたがたが一ひとつの霊れいによって堅かたく立たち、一ひとつ心こころになって福音ふくいんの信仰しんこうのために力ちからを合あわせて戦たたかい、

ピリピ2:2 どうか同おなじ思おもいとなり、同おなじ愛あいの心こころを持もち、心こころを合あわせ、一ひとつ思おもいになって、わたしの喜よろこびを満みたしてほしい。

ピリピ2:3 何事なにごとも党派とうは心しんや虚栄きょえいからするのでなく、へりくだった心こころをもって互たがいに人ひとを自分じぶんよりすぐれた者ものとしなさい。

ピリピ2:20 テモテのような心こころで、親身しんみになってあなたがたのことを心配しんぱいしている者ものは、ほかにひとりもない。

ピリピ4:7 そうすれば、人知じんちではとうてい測はかり知しることのできない神かみの平安へいあんが、あなたがたの心こころと思おもいとを、キリスト・イエスにあって守まもるであろう。

ピリピ4:8 最後さいごに、兄弟きょうだいたちよ。すべて真実しんじつなこと、すべて尊とうとぶべきこと、すべて正ただしいこと、すべて純真じゅんしんなこと、すべて愛あいすべきこと、すべてほまれあること、また徳とくといわれるもの、称賛しょうさんに値あたいするものがあれば、それらのものを心こころにとめなさい。

ピリピ4:10 さて、わたしが主しゅにあって大おおいに喜よろこんでいるのは、わたしを思おもう心こころが、あなたがたに今いままたついに芽めばえてきたことである。実じつは、あなたがたは、わたしのことを心こころにかけてくれてはいたが、よい機会きかいがなかったのである。

コロサイ人への手紙(10か所)

コロサイ1:10 主しゅのみこころにかなった生活せいかつをして真しんに主しゅを喜よろこばせ、あらゆる良よいわざを行おこなって実じつを結むすび、神かみを知しる知識ちしきをいよいよ増まし加くわえるに至いたることである。

コロサイ1:21 あなたがたも、かつては悪わるい行おこないをして神かみから離はなれ、心こころの中なかで神かみに敵対てきたいしていた。

コロサイ2:2 それは彼かれらが、心こころを励はげまされ、愛あいによって結むすび合あわされ、豊ゆたかな理解りかい力りょくを十分じゅうぶんに与あたえられ、神かみの奥義おうぎなるキリストを知しるに至いたるためである。

コロサイ3:2 あなたがたは上うえにあるものを思おもうべきであって、地上ちじょうのものに心こころを引ひかれてはならない。

コロサイ3:12 だから、あなたがたは、神かみに選えらばれた者もの、聖せいなる、愛あいされている者ものであるから、あわれみの心こころ、慈愛じあい、謙けんそん、柔和にゅうわ、寛容かんようを身みに着つけなさい。

コロサイ3:15 キリストの平和へいわが、あなたがたの心こころを支配しはいするようにしなさい。あなたがたが召めされて一体いったいとなったのは、このためでもある。いつも感謝かんしゃしていなさい。

コロサイ3:16 キリストの言葉ことばを、あなたがたのうちに豊ゆたかに宿やどらせなさい。そして、知恵ちえをつくして互たがいに教おしえまた訓戒くんかいし、詩しとさんびと霊れいの歌うたとによって、感謝かんしゃして心こころから神かみをほめたたえなさい。

コロサイ3:21 父ちちたる者ものよ、子供こどもをいらだたせてはいけない。心こころがいじけるかも知しれないから。

コロサイ3:23 何なんをするにも、人ひとに対たいしてではなく、主しゅに対たいしてするように、心こころから働はたらきなさい。

コロサイ4:8 わたしが彼かれをあなたがたのもとに送おくるのは、わたしたちの様子ようすを知しり、また彼かれによって心こころに励はげましを受うけるためなのである。

テサロニケ人への第一の手紙(8か所)

テサロニケ第一2:3 いったい、わたしたちの宣教せんきょうは、迷まよいや汚よごれた心こころから出でたものでもなく、だましごとでもない。

テサロニケ第一2:4 かえって、わたしたちは神かみの信任しんにんを受うけて福音ふくいんを託たくされたので、人間にんげんに喜よろこばれるためではなく、わたしたちの心こころを見分みわける神かみに喜よろこばれるように、福音ふくいんを語かたるのである。

テサロニケ第一2:12 御お国くにとその栄光えいこうとに召めして下くださった神かみのみこころにかなって歩あるくようにと、勧すすめ、励はげまし、また、さとしたのである。

テサロニケ第一2:17 兄弟きょうだいたちよ。わたしたちは、しばらくの間あいだ、あなたがたから引ひき離はなされていたので――心こころにおいてではなく、からだだけではあるが――なおさら、あなたがたの顔かおを見みたいと切せつにこいねがった。

テサロニケ第一3:13 そして、どうか、わたしたちの主しゅイエスが、そのすべての聖せいなる者ものと共ともにこられる時とき、神かみのみまえに、あなたがたの心こころを強つよめ、清きよく、責せめられるところのない者ものにして下くださるように。

テサロニケ第一4:3 神かみのみこころは、あなたがたが清きよくなることである。すなわち、不ふ品行ひんこうを慎つつしみ、

テサロニケ第一4:8 こういうわけであるから、これらの警告けいこくを拒こばむ者ものは、人ひとを拒こばむのではなく、聖霊せいれいをあなたがたの心こころに賜たまわる神かみを拒こばむのである。

テサロニケ第一5:23 どうか、平和へいわの神かみご自身じしんが、あなたがたを全まったくきよめて下くださるように。また、あなたがたの霊れいと心こころとからだとを完全かんぜんに守まもって、わたしたちの主しゅイエス・キリストの来臨らいりんのときに、責せめられるところのない者ものにして下くださるように。

テサロニケ人への第二の手紙(3か所)

テサロニケ第二2:2 霊れいにより、あるいは言葉ことばにより、あるいはわたしたちから出でたという手紙てがみによって、主しゅの日ひはすでにきたとふれまわる者ものがあっても、すぐさま心こころを動うごかされたり、あわてたりしてはいけない。

テサロニケ第二2:17 あなたがたの心こころを励はげまし、あなたがたを強つよめて、すべての良よいわざを行おこない、正ただしい言葉ことばを語かたる者ものとして下くださるように。

テサロニケ第二3:5 どうか、主しゅがあなたがたの心こころを導みちびいて、神かみの愛あいとキリストの忍耐にんたいとを持もたせて下くださるように。

テモテへの第一の手紙(5か所)

テモテ第一1:5 わたしのこの命令めいれいは、清きよい心こころと正ただしい良心りょうしんと偽いつわりのない信仰しんこうとから出でてくる愛あいを目標もくひょうとしている。

テモテ第一2:3 これは、わたしたちの救主すくいぬしである神かみのみまえに良よいことであり、また、みこころにかなうことである。

テモテ第一4:13 わたしがそちらに行いく時ときまで、聖書せいしょを朗読ろうどくすることと、勧すすめをすることと、教おしえることとに心こころを用もちいなさい。

テモテ第一5:4 やもめに子こか孫まごかがある場合ばあいには、これらの者ものに、まず自分じぶんの家いえで孝養こうようをつくし、親おやの恩おんに報むくいることを学まなばせるべきである。それが、神かみのみこころにかなうことなのである。

テモテ第一6:4 彼かれは高慢こうまんであって、何なんも知しらず、ただ論議ろんぎと言葉ことばの争あらそいとに病やみついている者ものである。そこから、ねたみ、争あらそい、そしり、さいぎの心こころが生しょうじ、

テモテへの第二の手紙(5か所)

テモテ第二2:22 そこで、あなたは若わかい時ときの情欲じょうよくを避さけなさい。そして、きよい心こころをもって主しゅを呼よび求もとめる人々ひとびとと共ともに、義ぎと信仰しんこうと愛あいと平和へいわとを追おい求もとめなさい。

テモテ第二2:25 反対はんたいする者ものを柔和にゅうわな心こころで教おしえ導みちびくべきである。おそらく神かみは、彼かれらに悔改くいあらための心こころを与あたえて、真理しんりを知しらせ、

テモテ第二3:6 彼かれらの中なかには、人ひとの家いえにもぐり込こみ、そして、さまざまの欲よくに心こころを奪うばわれて、多おおくの罪つみを積つみ重かさねている愚おろかな女おんなどもを、とりこにしている者ものがある。

テモテ第二4:2 御言みことを宣のべ伝つたえなさい。時じが良よくても悪わるくても、それを励はげみ、あくまでも寛容かんような心こころでよく教おしえて、責せめ、戒いましめ、勧すすめなさい。

テモテ第二4:8 今いまや、義ぎの冠かんむりがわたしを待まっているばかりである。かの日ひには、公平こうへいな審判しんぱん者しゃである主しゅが、それを授さずけて下くださるであろう。わたしばかりではなく、主しゅの出現しゅつげんを心こころから待まち望のぞんでいたすべての人ひとにも授さずけて下くださるであろう。

テトスへの手紙(2か所)

テトス1:10 実じつは、法ほうに服ふくさない者もの、空論くうろんに走はしる者もの、人ひとの心こころを惑まどわす者ものが多おおくおり、とくに、割礼かつれいのある者ものの中なかに多おおい。

テトス2:10 盗ぬすみをせず、どこまでも心こころをこめた真実しんじつを示しめすようにと、勧すすめなさい。そうすれば、彼かれらは万事ばんじにつけ、わたしたちの救主すくいぬしなる神かみの教きょうを飾かざることになろう。

ピレモンへの手紙(3か所)

ピレモン1:7 兄弟きょうだいよ。わたしは、あなたの愛あいによって多おおくの喜よろこびと慰なぐさめとを与あたえられた。聖徒せいとたちの心こころが、あなたによって力ちからづけられたからである。

ピレモン1:12 彼かれをあなたのもとに送おくりかえす。彼かれはわたしの心こころである。

ピレモン1:20 兄弟きょうだいよ。わたしはあなたから、主しゅにあって何なんか益えきを得えたいものである。わたしの心こころを、主しゅにあって力ちからづけてもらいたい。

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