「人」(ひと)が出てくる聖書の箇所
「人」(ひと)は日常訳第1版の5114か所(旧約2880・新約2234)に出てきます。口語訳では4355か所。
5114か所を200か所ずつ26ページに分けています(22ページ目)。
使徒行伝(233か所)
使徒17:25 また、何かが足りないかのように、人の手で世話をされることもありません。むしろ神ご自身が、すべての人に命と息と、あらゆるものを与えているのです。
使徒17:26 神は一人の人からすべての民族を造り、地の全面に住まわせました。そして、それぞれの時代を定め、住む場所の境も決めました。
使徒17:29 わたしたちが神の子孫であるなら、神を、金や銀や石、つまり人の技と考えでかたどったものと同じだ、と考えてはいけません。
使徒17:30 神は、こうした無知の時代を大目に見てきました。しかし今は、どこにいるどんな人にも、心を入れかえるようにと命じています。
使徒17:31 神は、この世界を義によってさばく日を決めているからです。そのさばきを行うのは、神が選んだ一人の人です。神はその人を死者の中から復活させることで、すべての人にその証拠を示したのです。」
使徒17:32 死者の復活のことを聞くと、ある人たちはあざ笑い、またある人たちは「そのことについては、また聞かせてもらおう」と言った。
使徒17:34 しかし、何人かの人たちはパウロについて行き、信じるようになった。その中には、アレオパゴスの議員ディオニシオや、ダマリスという女性、そのほかの人たちもいた。
使徒18:2 そこで、アキラという名前のユダヤ人に出会った。ポントス生まれのこの人は、少し前にイタリアから来ていた。皇帝クラウディウスが、すべてのユダヤ人にローマを出て行くよう命じたからだ。パウロは、妻のプリスキラといっしょにいたこの夫婦のもとを訪ねた。
使徒18:6 しかし彼らが反抗し、口ぎたなくののしったので、パウロは服のちりを払い落として、彼らに言った。「あなたがたが滅びても、その責任はあなたがた自身にある。わたしには関係ない。今からは、ほかの国の人たちのところへ行く。」
使徒18:7 パウロはそこを離れて、神を敬うティティオ・ユストという人の家に入った。その家は、会堂のすぐ隣にあった。
使徒18:8 会堂長のクリスポは、家の者全員とともに主を信じた。また、多くのコリントの人たちも、これを聞いて信じ、洗礼を受けた。
使徒18:14 パウロが口を開こうとすると、ガリオがユダヤ人たちに言った。「ユダヤの人たち、これが何か不正な行いか悪質な犯罪なら、あなたがたの訴えを聞くのも当然だろう。
使徒18:24 そのころ、アポロという名のユダヤ人がいた。アレクサンドリア生まれで、話がうまく、聖書に詳しい人だった。この人がエフェソにやって来た。
使徒19:7 その人たちは、みなで十二人ほどだった。
使徒19:13 ところで、あちこちを巡り歩いて悪霊を追い出すユダヤ人たちの中にも、主イエスの名を使ってみようとする者たちがいた。彼らは悪霊に取りつかれた人に向かって、「パウロが宣べ伝えているあのイエスの名によって、お前たちに命じる」と言うのだった。
使徒19:14 こんなことをしていたのは、ユダヤ人の祭司長スケワという人の七人の息子たちだった。
使徒19:18 信じた人の多くがやって来て、自分のしてきたことを打ち明け、包み隠さず話した。
使徒19:26 ところが、あのパウロという男は、『人の手で造ったものは神ではない』と言って、大勢の人を丸め込み、考えを変えさせている。しかもそれは、このエフェソだけでなく、アジア州のほとんど全体に広がっている。あなたがたも、それを見たり聞いたりしているはずだ。
使徒19:31 また、パウロの友人だったアジア州の役人たちも、劇場には入らないようにと、人をやって頼んだ。
使徒19:32 集まった人々は、口々に違うことを叫んでいた。集会は大混乱で、ほとんどの人は、自分たちがなぜ集まっているのかさえ分かっていなかった。
使徒19:35 そこで、町の書記官が群衆を静めて、こう言った。「エフェソのみなさん、このエフェソの町が、偉大なアルテミスと、天から落ちて来たご神体を守る町だということを、知らない人などいるでしょうか。
使徒19:37 あなたがたが連れて来たこの人たちは、神殿の物を盗んだわけでもなく、わたしたちの女神を悪く言ったわけでもありません。
使徒20:4 彼に同行したのは、ベレアの人でピロの子ソパトロ、テサロニケの人アリスタルコとセクンド、デルベの人ガイオ、それにテモテ、そしてアジア州の人テキコとトロフィモだった。
使徒20:5 この人たちは先に行って、トロアスでわたしたちを待っていた。
使徒20:32 そして今、わたしはあなたがたを神に、そしてその恵みの言葉にゆだねます。この言葉には、あなたがたを育て上げ、聖なるものとされたすべての人と共に受け継ぐものを与える力があります。
使徒20:35 わたしはあらゆることで、あなたがたに手本を示してきました。こうして一生懸命働いて、弱い人たちを助けなければならないのです。そして、主イエスご自身が言われた言葉を忘れないでください。「受けるよりも与えるほうが幸いだ。」
使徒21:8 翌日、わたしたちはそこを出てカイサリアに着いた。そして福音を伝える人フィリポの家に入り、そこに泊まった。彼は例の七人のひとりだった。
使徒21:16 カイサリアの弟子たちも何人か、わたしたちといっしょに来た。彼らは、わたしたちを泊めてくれるムナソンという人のところへ案内してくれた。ムナソンはキプロス島の出身で、古くからの弟子だった。
使徒21:20 それを聞いた人々は神をあがめた。そして、パウロにこう言った。「兄弟、あなたも知っているとおり、ユダヤ人の中には信じるようになった人が何万人もいます。しかも、みんな律法を熱心に守る人たちなのです。
使徒21:24 この人たちを連れて行き、いっしょに身を清めてください。そして、彼らが頭をそれるように、費用を出してあげてください。そうすれば、あなたについてのうわさは事実ではなく、あなた自身もきちんと律法を守って生活していることが、みんなにわかるでしょう。
使徒21:28 こう叫んだ。「イスラエルの人たち、助けてくれ。この男は、どこでもだれにでも、わたしたちの民と律法とこの場所に逆らうことを教えている。おまけに、ギリシア人まで神殿に連れ込んで、この聖なる場所を汚したんだ。」
使徒22:4 わたしはこの道を信じる人たちを、死に至らせるほど激しく迫害しました。男も女も縛り上げ、次々と牢に送り込んだのです。
使徒22:9 一緒にいた人たちは、その光は見たものの、わたしに語りかけている方の声は聞き取れませんでした。
使徒22:11 でも、あの光のまばゆい輝きのせいで、わたしは何も見えなくなっていました。それで、一緒にいた人たちに手を引かれて、ダマスコにたどり着いたのです。
使徒22:12 そこに、アナニアという人がいました。律法を忠実に守る信仰深い人で、その町に住むユダヤ人みんなから信頼されていました。
使徒22:15 あなたは、自分が見たこと、聞いたことを、すべての人にその方の証人として伝えることになるからです。
使徒22:18 主がわたしにこう語りかけるのを見たのです。『急ぎなさい。すぐにエルサレムを出て行きなさい。この町の人たちは、わたしについてのあなたの証しを受け入れないからだ。』
使徒22:19 わたしは言いました。『主よ、あの人たちはよく知っています。わたしが、あなたを信じる人たちをあちこちの会堂で捕らえては牢に入れ、打ちたたいていたことを。
使徒22:20 あなたのことを証しした人ステファノが殺されて血を流したときも、わたしはそばに立って、それに賛成し、彼を殺す人たちの上着の番までしていたのです。』
使徒22:21 すると主はわたしに言われました。『行きなさい。わたしはあなたを、遠くにいる外国の人たちのところへ送るのだから。』」
使徒22:26 これを聞いた百人隊長は、千人隊長のところへ行って報告した。「どうなさるおつもりですか。あの人はローマ市民ですよ。」
使徒23:9 大きな叫び声が上がった。ファリサイ派の律法学者の何人かが立ち上がり、激しく主張した。「わたしたちは、この人に何も悪いところを見つけられない。もし霊か天使が彼に語りかけたのなら、どうだろう。」
使徒23:19 千人隊長は若者の手を取り、人のいないところへ連れて行って、そっと尋ねた。「わたしに伝えたいこととは何だい。」
使徒24:15 正しい人も正しくない人も、いつか必ず死者の中から生き返る。わたしはそのことを神に望みをかけて待っています。この人たち自身も、同じ望みを持っているのです。
使徒24:16 だからわたしはいつも、神に対しても人に対しても、うしろめたいところのない心でいられるよう努めています。
使徒24:20 それができないなら、ここにいるこの人たちに言わせてください。わたしが最高法院の前に立ったとき、いったいどんな不正を見つけたというのですか。
使徒25:11 もしわたしが罪を犯し、死刑に当たるようなことをしたのなら、死ぬことを拒みはしません。しかし、この人たちの訴えにまったく根拠がないのなら、だれもわたしを彼らに引き渡すことはできません。わたしは皇帝に上訴します。」
使徒25:16 そこでわたしは彼らにこう答えました。訴えられている者が、告発する者たちと直接顔を合わせ、その罪について弁明する機会を与えられる前に、その人を引き渡すのはローマ人のやり方ではない、と。
使徒25:19 ただ、彼ら自身の宗教についての、いくつかの論点で彼と言い争っていただけでした。それに、死んだはずのイエスという人のことで、パウロはその人が生きていると言い張っていたのです。
使徒26:8 神が死んだ人を生き返らせるということが、なぜあなたがたには信じられないことだと思われるのでしょうか。
使徒26:22 しかし、わたしは今日まで神の助けをいただいて、こうして立っています。そして、身分の低い人にも高い人にも証しをしてきました。わたしが語るのは、預言者たちやモーセが、これから起こると告げていたこと以外の何ものでもありません。
使徒27:12 その港は冬を越すのに適していなかった。それで、大半の人は、そこを出て、なんとかフェニクスまで行って冬を越そうと決めた。フェニクスはクレタ島の港で、南西と北西に開けていた。
使徒27:22 でも今、元気を出してください。あなたがたのうち、命を失う人は一人もいません。失われるのは船だけです。
使徒27:24 こう言ったのです。『パウロ、こわがることはない。あなたは必ず皇帝の前に立つことになる。そして、神は情け深く、あなたと一緒に航海している人たち全員の命を、あなたに与えてくださった。』
使徒27:31 そこでパウロは、百人隊長と兵士たちに言った。「あの人たちが船に残っていなければ、あなたがたは助かりません。」
使徒28:4 島の人々は、まむしが彼の手にぶら下がっているのを見て、互いに言い合った。「この人はきっと人殺しだ。海からは助かったのに、正義の女神が生かしてはおかないのだ。」
使徒28:6 人々は、彼の体が腫れ上がるか、急に倒れて死ぬだろうと思っていた。ところが、いくら待っても彼に何も変わったことが起こらないのを見て、考えを変え、「この人は神さまだ」と言い出した。
使徒28:7 その辺りに、島の長官でポプリオという人の土地があった。彼はわたしたちを迎え入れ、三日間、心をこめてもてなしてくれた。
使徒28:8 ちょうどそのころ、ポプリオの父親が熱と赤痢で寝込んでいた。パウロはその人のところへ行き、祈って手を置き、いやした。
使徒28:14 そこで兄弟姉妹たちに出会い、勧められて一週間その人たちのところに滞在した。こうして、わたしたちはローマへ向かった。
使徒28:30 パウロは、自分で借りた家に丸二年間住み続けた。そして、訪ねて来る人をみな受け入れた。
ローマ人への手紙(131か所)
ローマ1:3 御子についてのものだ。御子は、人としてはダビデの子孫として生まれ、
ローマ1:7 すべてのローマにいる、神に愛され、聖なる者として召された人たちへ。わたしたちの父である神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにありますように。
ローマ1:14 ギリシャ人にも、それ以外の人々にも、知恵のある人にも、ない人にも、わたしは果たすべき責任がある。
ローマ1:16 わたしは、この福音を恥ずかしいとは思わない。福音は、信じるすべての人を救う神の力だからだ。まずユダヤ人に、そしてギリシア人にも。
ローマ1:29 あらゆる不正、悪、貪欲、意地の悪さに満ちている。ねたみ、人殺し、争い、欺き、悪だくみでいっぱいだ。人の陰口を言い、
ローマ1:30 彼らは陰口をたたき、神を憎み、人をばかにし、高慢で、自分を誇り、悪事を次々と考え出し、親に逆らう。
ローマ1:32 そういう者たちは、こうしたことをする人には死がふさわしいという神の定めを知っている。それでも、自分でそれをするだけでなく、それをする人たちを認めて応援さえするのだ。
ローマ2:1 だから、人をさばくあなたには、言い逃れができない。あなたは他人をさばくことで、自分自身に罪を宣告している。さばくあなたも、同じことをしているのだから。
ローマ2:3 あなたは、そういうことをする人たちを裁きながら、自分でも同じことをしている。それなのに、神の裁きから逃げきれると思っているのか。
ローマ2:7 善を忍耐強く行い、栄光と誉れと朽ちないものを求める人には、永遠のいのちが与えられる。
ローマ2:8 党派心を持ち、真理に従わず、不義に従う人たちには、神の怒りと激しい憤りが下る。
ローマ2:9 悪を行うすべての人には、まずユダヤ人に、そしてギリシャ人にも、苦しみと悩みがふりかかる。
ローマ2:10 善を行うすべての人には、栄光と誉れと平安が与えられる。まずユダヤ人に、そしてギリシャ人にも。
ローマ2:11 神の前では、人はえこひいきされないからだ。
ローマ2:12 律法を知らずに罪を犯した人は、律法とは関係なく滅びる。律法のもとで罪を犯した人は、律法によって裁かれる。
ローマ2:13 律法を聞くだけの人が神の前で正しいとされるのではない。律法を実行する人こそ、正しいと認められるのだ。
ローマ2:14 異邦人は律法を持っていない。それでも、その律法が命じることを生まれつき行うことがある。そういう人たちは、律法を持たなくても、自分自身が自分にとっての律法なのだ。
ローマ2:16 その日、神はイエス・キリストを通して、人が心の奥に隠していることを裁く。わたしが伝える福音は、そう教えている。
ローマ2:19 あなたは律法の中に知識と真理の形を持っているとして、自分は目の見えない人の案内役、闇の中にいる人の光、
ローマ2:20 愚かな人を教え、幼い者を導く教師だと。あなたは律法の中に、知識と真理を形にしたものを持っていると思っている。
ローマ2:26 もし割礼を受けていない人が律法の求めることを守るなら、その人は割礼を受けていなくても、割礼を受けた者とみなされるのではないだろうか。
ローマ2:27 それは、律法をきちんと守っている、生まれつき割礼を受けていない人が、あなたを裁くことになるからだ。あなたは、聖書の教えと割礼を持っていながら、律法を破っているのだから。
ローマ2:28 ユダヤ人とは、外見だけでユダヤ人である人のことではない。また割礼とは、体に外から加える割礼のことでもない。
ローマ2:29 そうではなく、内側でユダヤ人である人こそ、本当のユダヤ人だ。割礼も、文字ではなく心の、つまり霊による割礼こそが本物だ。そういう人は、人からではなく神からほめられる。
ローマ3:4 断じてそうではない。むしろ、たとえすべての人が偽り者であっても、神は真実な方であるべきだ。聖書にこう書いてあるとおりだ。「あなたが語るとき、あなたは正しいと認められ、裁きを受けるとき、あなたは勝利する。」
ローマ3:8 善をもたらすために悪をしよう、なんてこともあり得ない。わたしたちがそう言っていると悪口を言う人や、実際にそう主張する人たちがいる。でも、彼らが罰せられるのは当然だ。
ローマ3:11 悟る人はいない。神を求める人はいない。
ローマ3:12 すべての人が正しい道から離れ、みんなそろって役に立たない者になってしまった。善を行う人はいない。ひとりもいない。
ローマ3:13 彼らののどは、開いた墓だ。舌で人をだまし、くちびるには毒蛇の毒がある。
ローマ3:19 わたしたちが知っているとおり、律法が語ることはすべて、律法のもとにいる人たちに向けて語られている。それは、すべての口がふさがれ、世界中のすべての人が神の前で責任を問われるようになるためだ。
ローマ3:20 律法を守ることによって神の前で正しいと認められる人は、一人もいないからだ。律法によって明らかになるのは、自分が罪を犯しているという自覚だけである。
ローマ3:22 その神の義は、イエス・キリストを信じる信仰によって、信じるすべての人に与えられる。そこに区別はない。
ローマ3:23 すべての人は罪を犯し、神の栄光を受けられなくなっているからだ。
ローマ3:25 神はこのキリストを、その血によって罪を償ういけにえとして立て、それを信じる信仰によって受け取れるようにされた。それは、これまで人が犯してきた罪を見逃してこられたことについて、ご自身の義を示すためだった。
ローマ3:28 わたしたちは、こう考えている。人が神に正しいと認められるのは、律法を守る行いによるのではなく、信仰によるのだ。
ローマ3:30 神は唯一だ。その神が、割礼を受けた人も信仰によって、割礼を受けていない人も同じ信仰によって、正しい者と認めてくださる。
ローマ4:4 働く人がもらう報酬は、恵みではなく、当然もらうべき報いとして支払われる。
ローマ4:5 しかし、働きがなくても、神を信じる人がいる。罪深い者を正しいと認めてくださる神を信じる人だ。その信仰こそが、義と認められる。
ローマ4:6 ダビデもまた、行いとは関係なく神から義と認められる人の幸いについて、こう語っている。
ローマ4:8 罪を主に数え入れられることのない人は、幸いである。」
ローマ4:11 そしてアブラハムは、割礼というしるしを受けた。それは、まだ割礼を受けていないときに、信仰によって義と認められていたことを証明する印だった。こうして彼は、割礼を受けていなくても信じるすべての人の父となった。その人たちも義と認められるためである。
ローマ4:16 このようなわけで、約束は信仰によるのだ。それは恵みによるものであり、すべての子孫にこの約束が確かなものとなるためだ。律法に立つ人だけでなく、アブラハムの信仰に生きる人にも、そうなるのだ。このアブラハムは、わたしたちすべての者の父である。
ローマ5:7 わたしたちのうち、正しい人のために死ぬ人はほとんどいない。善い人のためなら、思いきって死ぬ人もいるかもしれないが。
ローマ5:12 この世に、ひとりの人を通して罪が入り込んだ。そして罪を通して死が入り込んだ。こうして、すべての人が罪を犯したので、死はすべての人に広がった。
ローマ5:14 しかし、アダムからモーセまでの間も、死はずっと支配し続けた。アダムのように神の命令を破って罪を犯したわけではない人たちさえ、その支配を免れなかった。このアダムは、これから来る方を指し示す型なのだ。
ローマ5:15 恵みという贈り物は、あの過ちとは同じではない。もし一人の過ちのせいで多くの人が死んだのなら、神の恵みと、一人の人イエス・キリストの恵みによって与えられる贈り物は、なおさら豊かに多くの人にあふれたはずだ。
ローマ5:16 ひとりの人が犯した罪の結果と、この贈り物は違う。裁きの場合は、ひとりの罪から、罪ありとする判決が下された。でも恵みの場合は、多くの人の罪過から、義とされる結果になったのだ。
ローマ5:17 もし一人の人の罪によって、その一人を通して死が支配するようになったのなら、なおさらのこと、あふれるほどの恵みと、義という贈り物を受け取る人たちは、一人のイエス・キリストを通して、いのちの中で支配するようになる。
ローマ5:18 だから、こういうことだ。一人の罪によってすべての人が有罪とされたように、一人の正しい行いによって、すべての人にいのちを与える義がもたらされる。
ローマ5:19 ひとりの人が神に従わなかったことで、多くの人が罪人とされた。それと同じように、ひとりの人が神に従ったことで、多くの人が正しい者とされるのだ。
ローマ6:19 わたしは、あなたがたが人として弱いので、わかりやすい言い方をする。かつてあなたがたは、自分の体の各部分を、汚れと悪の奴隷として差し出し、どんどん悪へと進んでいった。それと同じように、今度は自分の体の各部分を、義の奴隷として差し出しなさい。そうして、聖なる者になっていくのだ。
ローマ7:1 兄弟姉妹よ、あなたがたは知らないのだろうか。わたしは律法を知っている人たちに話しているのだが、律法は人を、その人が生きているあいだだけ支配するのだ。
ローマ8:1 だから、キリスト・イエスと結ばれている人には、もう罪に定められることはない。
ローマ8:5 肉に従って生きる人は、肉が求めることばかりを考える。でも、霊に従って生きる人は、霊が求めることを考える。
ローマ8:8 だから、自分の欲望のままに生きる人は、神を喜ばせることができない。
ローマ8:9 だがあなたたちは、肉ではなく霊の中にいる。神の霊があなたたちの中に住んでいるならそうだ。もしキリストの霊を持たない人がいるなら、その人はキリストのものではない。
ローマ8:14 神の霊に導かれている人はみな、神の子である。
ローマ8:15 あなたがたが受けたのは、人をふたたび恐れさせる、奴隷の霊ではない。あなたがたが受けたのは、神の子にしてくれる霊だ。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼びかける。
ローマ8:28 神を愛する人たち、つまり神の計画にそって招かれた人たちのためには、すべてのことが協力して良い方向に働く。わたしたちはそのことを知っている。
ローマ8:29 神は、あらかじめ知っていた人たちを、御子と同じ姿になるようにと、前もって選んでおいた。それは、御子が多くの兄弟姉妹の中で長男となるためだ。
ローマ8:30 あらかじめ定めた人たちを、神は召し出した。召し出した人たちを、神は正しい者と認めた。そして正しい者と認めた人たちに、神は栄光を与えた。
ローマ9:5 先祖たちも彼らのものだ。人としてのキリストも、彼らの中から生まれた。そのキリストは、すべてのものの上におられる神であり、永遠にほめたたえられる方だ。アーメン。
ローマ9:6 しかし、神の言葉が無効になったわけではない。イスラエルから出た人が、みながイスラエルなのではないからだ。
ローマ9:10 それだけではない。リベカも、一人の人、つまりわたしたちの父イサクによって子どもを身ごもった。
ローマ9:16 だから、それは人が望むかどうかでも、努力するかどうかでもない。ただ、あわれみをかけてくださる神による。
ローマ9:18 だから神は、あわれもうと思う人をあわれみ、かたくなにしようと思う人を、かたくなにするのだ。
ローマ9:19 では、あなたはこう言うだろう。「それなら、神はなぜまだ人を責めるのか。だれも神の思いに逆らえないのに。」
ローマ9:20 ああ、人よ。神に言い返すあなたは、いったい何者なのか。作られたものが、作った者に「どうしてわたしをこんなふうに作ったのか」と言えるだろうか。
ローマ9:33 「見よ、わたしはシオンに、つまずきの石、人をつまずかせる岩を置く。でも、その方に信頼を置く者は、決して失望させられることがない」と書いてあるとおりだ。
ローマ10:4 キリストは律法の終わりだ。信じる人すべてが義とされるためである。
ローマ10:5 モーセは、律法によって義を得る道について、こう書いている。「律法を行う人は、それによって生きる。」
ローマ10:12 ユダヤ人とギリシャ人の間に区別はない。同じ主がすべての人の主であり、その方を呼び求める人すべてを豊かに恵んでくださるからだ。
ローマ10:13 主の名を呼び求める人は、だれでも救われる。」
ローマ10:14 では、信じたことのない方を、どうやって呼び求めるのだろう。聞いたことのない方を、どうやって信じるのだろう。そして、伝える人がいなければ、どうやって聞くことができるのだろう。
ローマ10:15 送られなければ、どうして伝えることができるだろう。聖書にこう書いてあるとおりだ。「良い知らせを伝える人の足は、なんと美しいことか。」
ローマ10:16 でも、すべての人が福音に聞き従ったわけではない。イザヤもこう言っている。「主よ、わたしたちが伝えたことを、だれが信じたでしょうか」
ローマ10:20 わたしを求めていなかった人たちに、わたしは見つけられた。わたしをたずねなかった人たちに、わたしは自分をあらわした。
ローマ11:3 主よ、あの人たちはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇を壊しました。残されたのはわたし一人。その上、あの人たちはわたしの命まで狙っているのです。
ローマ11:5 それと同じように、今この時代にも、恵みによって選ばれ、残された人たちがいる。
ローマ11:11 そこで、わたしは問いたい。彼らがつまずいたのは、そのまま倒れてしまうためだったのだろうか。決してそうではない。むしろ、彼らのあやまちのおかげで、救いが他の国々の人たちに届いた。イスラエルの人たちに、その人たちをうらやましく思わせるためだ。
ローマ11:22 だから、神のやさしさと厳しさをよく考えてみてほしい。神は倒れた人たちには厳しいけれど、あなたにはやさしい。ただし、そのやさしさにとどまり続けるなら、の話だ。そうでなければ、あなたも切り取られてしまう。
ローマ11:24 もしあなたが、もともと野生のオリーブの木から切り取られ、本来の性質に逆らって栽培種の良いオリーブに接ぎ木されたのなら、まして本来の枝であるこの人たちが、自分のもとの木に接ぎ木されるのは、どれほどたやすいことだろう。
ローマ11:25 兄弟姉妹たち、この隠された真理をぜひ知っておいてほしい。自分は賢いと思い込まないためだ。イスラエルの一部の人たちの心がかたくなになっている。でもそれは、ほかの国々の人たちがみな神のもとに入るときまでのことだ。
ローマ11:32 神はすべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のなかに閉じ込めたのだ。
ローマ11:33 ああ、なんと深いことか。神の豊かさ、その知恵と知識の深さは。神の裁きは、人にはとても理解しきれない。神の進む道は、たどることさえできない。
ローマ12:8 勧める人は、人を励ますことに。分け与える人は、惜しみなく。人をまとめる人は、熱心に。人を思いやる人は、明るい心で。
ローマ12:14 あなたを迫害する人たちを祝福しなさい。祝福するのであって、のろってはいけない。
ローマ12:15 喜んでいる人と一緒に喜び、泣いている人と一緒に泣きなさい。
ローマ12:16 互いに同じ思いを持ちなさい。高いことを望まず、かえって身分の低い人たちと一緒に歩みなさい。自分は賢いなどと思い上がってはいけない。
ローマ12:17 だれに対しても、悪に悪で仕返しをしてはいけない。すべての人の前で、良いと認められることを心がけなさい。
ローマ12:18 できることなら、あなたの側で、すべての人と平和に暮らしなさい。
ローマ12:19 愛する人たちよ、自分で仕返しをしてはいけない。それは神の怒りに任せなさい。こう書いてある。「復讐はわたしのすること。わたしが報いる」と主は言われる。
ローマ12:20 でも、あなたに敵がいて、その人が飢えているなら、食べさせてあげなさい。のどが渇いているなら、飲ませてあげなさい。そうすれば、あなたはその人の頭に燃える炭火を積むことになる。
ローマ13:1 すべての人は、上に立つ権威に従うべきだ。神によらない権威は存在しないし、いま存在している権威はどれも、神によって立てられたものだからだ。
ローマ13:2 だから、権威に逆らう人は、神が定めたことに逆らっている。逆らう人は、自分で自分にさばきを招くことになる。
ローマ13:3 支配者を恐れているのは、悪いことをする人だ。正しいことをしている人なら、恐れることはない。あなたは権力を恐れずにいたいだろうか。それなら、正しいことをしなさい。そうすれば、権力者からほめられる。
ローマ13:7 すべての人に、支払うべきものをきちんと支払おう。税金を納めるべき相手には税金を、関税を納めるべき相手には関税を、敬うべき相手には敬いを、うやまうべき相手には尊敬を払おう。
ローマ13:8 誰に対しても、借りを残してはいけない。ただ、互いに愛し合うこと、これだけは別だ。人を愛する者は、律法をすべて果たしたことになる。
ローマ14:1 信仰の弱い人を受け入れなさい。その人の考え方をめぐって議論をふっかけるためではない。
ローマ14:2 ある人は、何を食べても大丈夫だと信じている。でも、信仰の弱い人は野菜だけを食べる。
ローマ14:3 食べる人は食べない人を見下してはいけない。食べない人も食べる人を非難してはいけない。神はその人を受け入れてくださったのだから。
ローマ14:4 あなたは、他人の使用人を裁くいったい何者なのか。その人が仕事を続けられるかどうかは、主人が決めることだ。そして、その人はちゃんと立っていられる。主人にはその人を立たせる力があるからだ。
ローマ14:5 ある人はある日が別の日よりも大切だと考え、別の人はどの日も同じだと考える。それぞれが自分の心の中で、しっかりと確信を持っていればいい。
ローマ14:6 日を大切にする人は、主のためにそうしている。食べる人も、主のために食べている。神に感謝して食べるからだ。食べない人も、主のために食べないのであり、その人も神に感謝している。
ローマ14:7 だれひとり、自分のためだけに生きている人はいない。自分のためだけに死ぬ人もいない。
ローマ14:9 キリストが死んで、また生き返ったのは、死んだ人にも生きている人にも主となるためだった。
ローマ14:11 「主はこう言われる。わたしは生きている。すべての人がわたしの前にひざをかがめ、すべての舌が神をたたえる」と書いてあるからだ。
ローマ14:14 わたしは主イエスにあって知っている。いや、確信している。それ自体で汚れているものは何一つない。ただ、それを汚れていると考える人にとってだけ、それは汚れているのだ。
ローマ14:15 もし食べ物のことで兄弟姉妹を悲しませているなら、あなたはもう愛によって歩んではいない。あなたの食べ物のことで、その人を滅ぼしてはいけない。その人のためにも、キリストは死んでくださったのだ。
ローマ14:18 こうしてキリストに仕える人は、神に喜ばれ、人にも認められる。
ローマ14:20 食べ物のことで、神の働きを壊してはいけない。たしかに、すべての物はきれいだ。でも、食べることで人をつまずかせるなら、それはその人にとって悪いことになる。
ローマ14:22 あなたが持っている信仰は、神の前で、自分の心のうちに持っていなさい。自分が良いと判断したことで、自分を責めることのない人は幸いである。
ローマ14:23 疑いながら食べる人は、罪に定められる。信仰にもとづいて食べていないからだ。信仰にもとづかないことは、すべて罪なのだ。
ローマ15:1 わたしたち強い者は、強くない人たちの弱さを引き受けるべきだ。自分の満足だけを求めてはいけない。
ローマ15:12 エッサイの根から一つの芽が出て、すべての民を治めるために立ち上がる。すべての民は、その人に望みをかける。
ローマ15:20 わたしがいつも目標にしてきたのは、キリストの名がまだ知られていない場所で福音を伝えることだ。すでに他の人が築いた土台の上に建てるようなことは、したくなかったからだ。
ローマ15:26 マケドニアとアカイアの人たちが、エルサレムにいる信者のうち、貧しい人たちを助けたいと、心から願ったからだ。
ローマ15:27 彼らは確かに、それを喜んでした。でも同時に、彼らはエルサレムの人たちに借りがある。異邦人が彼らの霊的な恵みを分けてもらったのなら、物質的なもので彼らを助けるのは当然だからだ。
ローマ15:31 ユダヤにいる、信じようとしない人たちからわたしが守られ、そしてエルサレムに向けたわたしの奉仕が、そこの信じる人たちに喜んで受け入れられますように。
ローマ16:2 どうか、この人を主にある姉妹として、聖なる人たちにふさわしく迎え入れてほしい。そして、彼女が必要としていることがあれば、どんなことでも手を貸してあげてほしい。彼女はこれまで、多くの人を支え、このわたし自身も支えてくれたのだから。
ローマ16:5 またあなたたちは、彼らの家に集まる教会にもよろしく伝えてほしい。わたしの大切なエパイネトにもよろしく。彼は、アジア州で最初にキリストを信じた人だ。
ローマ16:7 アンドロニコとユニアによろしく。二人はわたしの同胞で、いっしょに牢に入れられたこともある仲間だ。使徒たちの間でもよく知られていて、わたしより先にキリストを信じるようになった人たちだ。
ローマ16:10 キリストにあって本物だと認められたアペレに、よろしく。アリストブロの家の人たちに、よろしく。
ローマ16:11 同族のヘロデオンによろしく。ナルキソの家の人たちのうち、主につながっている人たちにもよろしく。
ローマ16:13 主にあって選ばれた人、ルフォスによろしく。それに彼のお母さんにも。彼女はわたしにとっても母のような人だ。
ローマ16:14 アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマス、それにこの人たちと一緒にいる兄弟姉妹によろしく伝えてほしい。
ローマ16:15 ピロロゴとユリアに、ネレオとその姉妹、それにオルンパと、彼らと一緒にいるすべての聖なる人たちに、よろしく伝えてほしい。
ローマ16:17 兄弟姉妹たち、お願いがある。あなたがたが学んだ教えに反して、仲間割れを引き起こし、人をつまずかせる者たちに気をつけてほしい。そういう人たちからは離れなさい。
ローマ16:18 こういう人たちは、わたしたちの主キリストではなく、自分の欲に仕えている。そして口当たりのいい言葉やほめ言葉で、何も疑わない素直な人たちの心をだましているのだ。
ローマ16:19 あなたがたの従順は、すべての人に知れ渡っている。だから、わたしはあなたがたのことを喜んでいる。でも、こう願っている。あなたがたが善にはさとく、悪には染まらないでいてほしい。
ローマ16:23 ガイオからもよろしく。わたしを泊めてくれていて、教会全体もこの人の家に集まっている。町の会計係のエラストと、兄弟のクアルトからもよろしく。
コリント人への第一の手紙(153か所)
コリント第一1:2 コリントにある神の教会、つまりキリスト・イエスによって聖なる者とされ、聖なる者として召されたあなたがたへ。また、わたしたちの主イエス・キリストの名を、どこにいても呼び求めるすべての人へ。この主は、その人たちの主であり、わたしたちの主でもある。
コリント第一1:11 わたしの兄弟姉妹よ、クロエの家の人たちから、あなたがたのことで知らせがあった。あなたがたの間で争いが起きているというのだ。
コリント第一1:16 そういえば、ステファナの家の人たちにも洗礼を授けた。そのほかはだれかに授けたかどうか、覚えていない。
コリント第一1:24 けれども、神に招かれた人たちにとっては、ユダヤ人であれギリシア人であれ、このキリストこそ神の力であり、神の知恵なのだ。
コリント第一1:25 神の愚かさは、人の知恵よりも賢く、神の弱さは、人の強さよりも強いからだ。
コリント第一1:26 兄弟姉妹よ、自分たちが招かれたときのことを考えてみてほしい。人の目から見て賢い人は多くなかったし、力のある人も、家柄のよい人も多くはなかった。
コリント第一2:4 わたしの語る言葉も、宣べ伝える内容も、人を丸め込むような知恵の言葉によるものではなかった。むしろ、神の霊と力がはっきりと示されることによるものだった。
コリント第一2:5 それは、あなたたちの信仰が、人の知恵ではなく、神の力によって支えられるためだ。