「認める」(みとめる)が出てくる聖書の箇所
「認める」(みとめる)は日常訳第1版の132か所(旧約48・新約84)に出てきます。「したためる」「みとめる」も含みます。口語訳では84か所。
創世記(3か所)
創世記7:1 主はノアに言われた。「あなたも家族もみんな、箱舟に入りなさい。今の時代の人々の中で、わたしの前に正しく生きているのはあなただと、わたしは認めたからだ。
創世記15:6 アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認めた。
創世記20:16 またサラにこう言った。「あなたのお兄さんに、銀を千枚渡しました。これで、あなたと一緒にいるすべての人の前で、あなたに起きたことは償われ、あなたが正しかったと認められる。」
出エジプト記(1か所)
出エジプト23:7 うその訴えには関わってはいけない。罪のない正しい人を殺してはいけない。わたしは、悪い者を正しいとは認めないからだ。
レビ記(3か所)
レビ記7:18 もし交わりのささげ物の肉を三日目に食べたなら、そのささげ物は受け入れられず、ささげた人のために認められることもない。それは汚れたものとなり、それを食べた人は自分の罪を負う。
レビ記14:48 しかし、家を塗り直した後で祭司が来て調べ、症状が家に広がっていなかったら、症状は治まったのだから、祭司はその家を清いと認める。
レビ記26:40 しかし彼らが、自分の罪と先祖の罪を告白するなら――わたしに対して裏切りを重ね、わたしに逆らって歩んだことを認めるなら、
民数記(4か所)
民数記11:16 すると主はモーセに言われた。「イスラエルの長老たちの中から、民の長老、まとめ役だと、あなたが認める者を七十人集めなさい。彼らを会見の天幕に連れて来て、あなたと一緒にそこに立たせなさい。
民数記18:27 そうすれば、あなたがたのそのささげ物は、脱穀場から取れた穀物や、酒ぶねから取れたぶどう酒と同じように認められる。
民数記18:30 また、彼らにこう言いなさい。あなたがたがその中からいちばん良い部分を差し出すなら、それはレビ人にとって、脱穀場や酒ぶねから取れた収穫と同じように認められる。」
民数記30:14 でも、夫が来る日も来る日も何も言わずにいたなら、彼女の誓いも、彼女が負っている義務も、すべてそのまま有効になる。夫は聞いた日に何も言わなかったのだから、それらを認めたことになるのだ。
申命記(7か所)
申命記1:13 あなたたちの部族から、知恵があり、思慮深く、人に認められている人たちを選びなさい。わたしがその人たちを、あなたたちのかしらに立てよう。」
申命記1:15 そこでわたしは、あなたたちの部族のかしらである、知恵があり人に認められている人たちを選び、あなたたちのかしらに任命した。千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長、そして部族ごとの役人にした。
申命記21:17 彼は疎まれている妻の子を長男として認め、自分の持ち物すべての中から二倍の分をその子に与えなければならない。その子は父の力の初めであり、長男としての権利を持っているからだ。
申命記25:1 人と人の間で争いが起きて、裁判に持ち込まれたとき、裁判官はその争いを裁く。正しい方を正しいと認め、悪い方を有罪とする。
申命記26:17 あなたは今日、主があなたの神であることを認め、主の道を歩み、主の掟と命令と定めを守り、主の声に従うと宣言した。
申命記32:31 彼らの岩は、わたしたちの岩とは違う。敵たちでさえ、それを認めている。
申命記33:9 レビは自分の父にも母にも『わたしは知らない』と言い、兄弟たちを親しい者と認めず、自分の子どもたちも気にかけなかった。あなたの言葉を守り、あなたとの契約を大切に守ったからだ。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一8:7 すると主はサムエルに言われた。「民が言うことすべてに耳を貸しなさい。彼らが退けたのはあなたではない。王として認めようとしないのは、このわたしなのだ。
列王紀下(2か所)
列王紀下18:3 彼は、先祖ダビデが行ったことにすべてならい、主が見て正しいと認めることを行った。
列王紀下22:2 ヨシヤは主が見て正しいと認めることを行い、父祖ダビデの歩んだ道をそのまま歩み、右にも左にもそれなかった。
歴代志下(1か所)
歴代志下32:26 だがヒゼキヤは、自分の心の高ぶりを認めてへりくだり、エルサレムの人々も同じようにした。そのため、ヒゼキヤの生きている間は、主の怒りが彼らに下ることはなかった。
ネヘミヤ記(1か所)
ネヘミヤ記9:8 あなたは、彼の心があなたの前で真実であることを認め、彼と契約を結びました。それは、カナン人、ヒッタイト人、アモリ人、ペリジ人、エブス人、ギルガシ人の土地を、彼の子孫に与えるという契約でした。そしてあなたは、その約束を果たしました。あなたは正しい方だからです。
エステル記(1か所)
エステル記8:11 手紙には、こう書かれていた。王は、どの町にいるユダヤ人にも、こう認める。集まって、自分たちの命を守れ。もし、どの民族であれどの州であれ、彼らを襲う武装した者がいれば、その者たちを、子どもも女も含めて滅ぼし、殺し、絶やしてよい。そして、その財産を奪ってよい。
ヨブ記(7か所)
ヨブ記11:2 言葉が多ければ、それだけで正しいと認められるのか。口の達者な人が、それで正しいとされるのか。
ヨブ記13:18 見よ、わたしはすでに自分の言い分を並べ終えた。わたしは自分が正しいと認められると分かっている。
ヨブ記25:4 わたしたち人間が、どうして神の前で正しいと認められるだろうか。女から生まれた者が、どうして清くいられるだろうか。
ヨブ記27:2 神は生きておられる。でも、その神がわたしの正しさを認めず、全能者がわたしの心を苦しめている。
ヨブ記27:5 わたしは決して、あなたたちを正しいとは認めない。死ぬまで、自分にやましいところはないと言い張り続ける。
ヨブ記33:32 あなたがもし言うべきことがあるなら、答えてほしい。話してくれ。わたしはあなたを正しいと認めたいのだから。
ヨブ記34:5 ヨブはこう言った。「わたしは正しい。それなのに神はわたしの正しさを認めてくれない」と。
詩篇(4か所)
詩篇9:4 あなたはわたしの正しさを認め、わたしの訴えを聞き入れてくださった。正しく裁く方として、王座に着かれたのだ。
詩篇69:27 彼らの罪の上に、さらに罪を加えてください。あなたに正しいと認められることが、彼らにありませんように。
詩篇106:31 それは彼の正しい行いとして認められた。代々、いつまでも。
詩篇143:2 あなたのしもべを裁きにかけないでください。生きている者は、だれ一人あなたの前で正しいと認められないからです。
箴言(1か所)
箴言28:13 自分の罪を隠す人は、うまくいかない。でも罪を認めて、そこから離れる人は、あわれみを受ける。
イザヤ書(4か所)
イザヤ書48:6 あなたはそれを聞いた。さあ、すべてをよく見よ。あなたたちは、それを認めないのか。今からわたしは、新しいことをあなたに聞かせる。あなたの知らない、隠されていたことだ。
イザヤ書50:8 わたしの正しさを認めてくださる方が、すぐそばにいる。だれがわたしと争えるのか。さあ、いっしょに立とう。わたしを訴える者がいるなら、近づいてくればいい。
イザヤ書61:9 彼らの子孫は国々の間で知られ、その末は多くの民の中で知られるようになる。彼らを見る人はみな、この人たちは主に祝福された民だと認める。
イザヤ書63:16 あなたこそ、わたしたちの父です。アブラハムがわたしたちを知らず、イスラエルがわたしたちを認めなくても、主よ、あなたがわたしたちの父です。「わたしたちを救い出す方」、それが昔からのあなたの名です。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書3:13 ただ、自分の罪を認めなさい。あなたは自分の神である主に背き、すべての茂った木の下で異国の神々に身を任せ、わたしの声に聞き従わなかった、と主は言われる。
ダニエル書(4か所)
ダニエル書5:12 この人ダニエルには、すぐれた霊と知識と洞察力があり、夢を解き明かし、なぞを説き、難しい問題を解くことができると認められていました。王は彼にベルテシャツァルという名をつけられました。今すぐダニエルをお呼びください。きっと、その意味を解き明かしてくれるでしょう。」
ダニエル書6:22 わたしの神が天使を送って、ライオンたちの口をふさいでくださったのです。だからライオンはわたしを傷つけませんでした。神の前で、わたしに罪がないと認められたからです。それに王よ、あなたに対しても、わたしは何も悪いことをしていません。」
ダニエル書11:21 その跡には、卑しい者が立つ。人々は彼に王としての栄誉を認めていなかった。しかし彼は不意にやって来て、甘い言葉で王国を手に入れる。
ダニエル書11:39 彼は、その異国の神の力を借りて、堅固な要塞に攻めかかる。彼を認める者には大きな栄誉を与え、多くの人を治めさせ、代償として土地を分け与える。
ホセア書(1か所)
ホセア書5:15 わたしは自分のところへ帰り、そこにとどまろう。彼らが自分の罪を認め、わたしを求めるようになるまで。彼らは苦しみの中で、わたしを必死に探し求める。
ヨナ書(1か所)
ヨナ書3:10 神は彼らの行いを見て、彼らが悪い道から立ち返ったのを認めた。それで神は、彼らに下すと言っていた災いを思い直し、それを実行しなかった。
ミカ書(1か所)
ミカ書6:11 ごまかしのはかりや、重さをいつわる分銅を袋に入れて使う者を、わたしはどうしてきよいと認められるだろうか。
マタイによる福音書(3か所)
マタイ14:5 ヘロデはヨハネを殺したかったが、群衆をこわがった。人々がヨハネを預言者と認めていたからだ。
マタイ19:3 パリサイ派の人たちがイエスのところに来た。イエスをわなにかけようとして、こう質問した。「どんな理由であっても、夫が妻を離縁するのは律法で認められているのでしょうか」
マタイ23:31 だから、あなたたちは預言者を殺した者の子孫だと、自分で認めているようなものだ。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ10:4 彼らは言った。「モーセは、離婚状を書いて妻を離婚させることを認めました。」
ルカによる福音書(3か所)
ルカ7:29 これを聞いた民衆はみな、徴税人たちも含めて、ヨハネのバプテスマを受けていたので、神は正しいと認めた。
ルカ12:8 言っておく。人々の前でわたしを認める者はみな、人の子も、神の天使たちの前でその人を認める。
ルカ18:14 言っておく。神に正しいと認められて家に帰ったのは、この人のほうで、あのファリサイ派の人ではない。自分を高くする人はみな低くされ、自分を低くする人は高くされるのだ。」
ヨハネによる福音書(5か所)
ヨハネ1:20 ヨハネは包み隠さず、はっきりと認めた。「わたしはキリストではない」と言い切った。
ヨハネ3:33 しかし、その証しを受け入れた者は、神が真実であるということを、はっきりと認めたのだ。
ヨハネ6:27 朽ちてなくなる食べ物のためではなく、いつまでも残る食べ物のために働きなさい。それは永遠の命につながる食べ物で、人の子があなたたちに与えるものだ。父である神が、人の子にそのことを認める印を押されたのだから。」
ヨハネ7:26 見よ、彼は公然と語っているのに、だれも何も言わない。もしかすると議員たちは、この人が本当にキリストだと認めたのだろうか。
ヨハネ9:22 両親がこう答えたのは、ユダヤ人たちを恐れていたからだ。イエスをキリストだと認める者がいれば、その人を会堂から追い出す。ユダヤ人たちはすでにそう決めていたのだ。
使徒行伝(4か所)
使徒13:39 モーセの律法によっては義と認められなかったすべてのことについても、信じる者はみな、このイエスによって義と認められる。
使徒16:15 そして彼女は、家族といっしょに洗礼を受けた。それから、こう言ってわたしたちに頼んだ。「わたしを主を信じる者だと認めてくださるなら、どうかわたしの家に来て泊まってください。」こうして、わたしたちに強く願い込んだ。
使徒23:8 サドカイ派は、復活も天使も霊もないと言い、ファリサイ派はそのどれもあると認めているからだ。
使徒24:14 ただ、これだけは認めます。わたしは、彼らが「分派」と呼んでいるこの道に従って、先祖の神に仕えています。そして、律法に書かれていることも、預言者たちが書き記したことも、すべて信じています。
ローマ人への手紙(28か所)
ローマ1:28 そこで、彼らが神を認めようとしなかったので、神は彼らを、してはならないことをする、ゆがんだ心のままにされた。
ローマ1:32 そういう者たちは、こうしたことをする人には死がふさわしいという神の定めを知っている。それでも、自分でそれをするだけでなく、それをする人たちを認めて応援さえするのだ。
ローマ2:13 律法を聞くだけの人が神の前で正しいとされるのではない。律法を実行する人こそ、正しいと認められるのだ。
ローマ3:4 断じてそうではない。むしろ、たとえすべての人が偽り者であっても、神は真実な方であるべきだ。聖書にこう書いてあるとおりだ。「あなたが語るとき、あなたは正しいと認められ、裁きを受けるとき、あなたは勝利する。」
ローマ3:20 律法を守ることによって神の前で正しいと認められる人は、一人もいないからだ。律法によって明らかになるのは、自分が罪を犯しているという自覚だけである。
ローマ3:24 そして、キリスト・イエスによる贖いを通して、神の恵みにより、ただで義と認められる。
ローマ3:26 神はこれまで忍耐して罪を見逃してこられた。そして今この時に、ご自分の義を示された。それは、神ご自身が正しくあり、同時にイエスを信じる者を義と認める方であるためだ。
ローマ3:28 わたしたちは、こう考えている。人が神に正しいと認められるのは、律法を守る行いによるのではなく、信仰によるのだ。
ローマ3:30 神は唯一だ。その神が、割礼を受けた人も信仰によって、割礼を受けていない人も同じ信仰によって、正しい者と認めてくださる。
ローマ4:2 アブラハムが自分の行いによって義と認められたのなら、彼には誇るものがある。でも、神の前では誇れない。
ローマ4:3 聖書は何と言っているだろうか。「アブラハムは神を信じた。それが彼の義と認められた」とあるとおりだ。
ローマ4:5 しかし、働きがなくても、神を信じる人がいる。罪深い者を正しいと認めてくださる神を信じる人だ。その信仰こそが、義と認められる。
ローマ4:6 ダビデもまた、行いとは関係なく神から義と認められる人の幸いについて、こう語っている。
ローマ4:9 アブラハムの信仰が義と認められた、とわたしたちは言う。では、この幸せは割礼を受けた者だけのものなのか。それとも、割礼を受けていない者にも及ぶのか。
ローマ4:10 では、どういう時にそう認められたのだろうか。割礼を受けてからだろうか、それともまだ受けていない時だろうか。受けてからではなく、まだ受けていない時のことだった。
ローマ4:11 そしてアブラハムは、割礼というしるしを受けた。それは、まだ割礼を受けていないときに、信仰によって義と認められていたことを証明する印だった。こうして彼は、割礼を受けていなくても信じるすべての人の父となった。その人たちも義と認められるためである。
ローマ4:22 だから、彼は義と認められた。
ローマ4:23 アブラハムのためだけに「彼は義と認められた」と書かれたのではない。
ローマ4:24 わたしたちのためでもある。わたしたちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じるわたしたちも、義と認められるのだ。
ローマ5:1 わたしたちは、こうして信仰によって義と認められた。だから、わたしたちの主イエス・キリストによって、神との間に平和を得ている。
ローマ5:9 わたしたちは、今、キリストの血によって義と認められた。だから、キリストによって神の怒りから救われる。これは、いっそう確かなことだ。
ローマ7:16 もし自分が望まないことをしているなら、律法は正しいと、わたし自身も認めていることになる。
ローマ8:30 あらかじめ定めた人たちを、神は召し出した。召し出した人たちを、神は正しい者と認めた。そして正しい者と認めた人たちに、神は栄光を与えた。
ローマ9:8 つまり、肉から生まれた子がそのまま神の子になるわけではない。神が約束して生まれた子こそが、アブラハムの子孫として認められるのだ。
ローマ10:2 わたしは、彼らが神に対して熱心であることは認める。でも、その熱心は正しい知識に基づいたものではない。
ローマ12:17 だれに対しても、悪に悪で仕返しをしてはいけない。すべての人の前で、良いと認められることを心がけなさい。
ローマ14:18 こうしてキリストに仕える人は、神に喜ばれ、人にも認められる。
ローマ16:10 キリストにあって本物だと認められたアペレに、よろしく。アリストブロの家の人たちに、よろしく。
コリント人への第一の手紙(7か所)
コリント第一4:4 やましいことは何も思い当たらない。でも、だからといって正しいと認められるわけではない。わたしをさばくのは主だ。
コリント第一4:7 いったい、だれがあなたを他の人より優れていると認めたのか。あなたが持っているもので、もらったのではないものが何かあるだろうか。もらったのなら、なぜもらっていないかのように自慢するのか。
コリント第一6:11 あなたがたの中にも、以前はそういう者がいた。でも、あなたがたは洗いきよめられ、聖なる者とされ、そして主イエスの名と、わたしたちの神の霊によって、義と認められたのだ。
コリント第一11:19 あなたがたの間には、派閥のようなものもきっと出てくるだろう。それは、本物と認められる人たちが、あなたがたの中ではっきりと分かるようになるためだ。
コリント第一14:37 自分は預言者だ、あるいは霊の人だと思う人がいるなら、わたしがあなたがたに書いていることは主の命令だと、はっきり認めなさい。
コリント第一14:38 もしそれを認めない人がいるなら、その人自身も認められない。
コリント第一16:3 わたしがそちらに着いたら、あなたたちが認めた人たちに紹介状を持たせ、あなたたちの贈り物をエルサレムに届けさせよう。
コリント人への第二の手紙(3か所)
コリント第二10:18 自分で自分を推薦する人が認められるのではない。主が認めてくださる人こそ、本物なのだ。
コリント第二11:12 でも、わたしは今していることをこれからも続ける。わたしたちと同じ土俵に立ちたいと機会をねらっている者たちから、その機会を奪ってしまうためだ。彼らは自分の誇るところで、わたしたちと同じだと認められたがっているのだから。
コリント第二11:21 言うのも恥ずかしいが、その点ではわたしたちは弱かったと認めよう。でも、だれかが何かを堂々と誇るなら――愚か者になったつもりで言うが――わたしも堂々と誇ろう。
ガラテヤ人への手紙(7か所)
ガラテヤ1:10 では、わたしは今、人に認められようとしているのだろうか。それとも神にだろうか。人に気に入られようとしているのだろうか。もし今もまだ人に気に入られようとしているなら、わたしはキリストに仕える者ではない。
ガラテヤ2:16 でも、人が義と認められるのは律法を行うことによってではなく、ただイエス・キリストへの信仰によるのだと、わたしたちは知っている。だからこそ、わたしたち自身もキリスト・イエスを信じた。律法を行うことによってではなく、キリストへの信仰によって義と認められるためだ。律法を行うことによって義と認められる人は、だれ一人いないのだから。
ガラテヤ2:17 では、キリストにあって義と認められようとした結果、わたしたち自身も「罪人」だと分かったとしたら、キリストは罪に仕える者だということになるのだろうか。決してそんなことはない。
ガラテヤ3:6 アブラハムのことを考えてみてほしい。彼は神を信じた。それで、その信仰が義と認められたのだ。
ガラテヤ3:8 聖書は、神が信仰によって異邦の人たちを義と認めると前もって知って、アブラハムにこの良い知らせを先に告げていた。「あなたによって、すべての民族が祝福される。」
ガラテヤ3:11 律法によって神の前で義と認められる人はだれもいない。それははっきりしている。「義とされた人は信仰によって生きる」からだ。
ガラテヤ3:24 こうして律法は、わたしたちをキリストへと導く付き添い役となった。それは、わたしたちが信仰によって義と認められるためだ。
ピリピ人への手紙(1か所)
ピリピ3:9 そして、キリストの中にいる者と認められたい。自分自身の義、つまり律法から来る義ではなく、キリストを信じる信仰によって与えられる義、信仰にもとづいて神から来る義を持つ者として。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一2:4 むしろ、わたしたちは神に認められ、福音を任せてもらった者として語っている。人に気に入られようとするのではなく、わたしたちの心を見抜く神に喜ばれようとして語っているのだ。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二1:5 それは、神のさばきが正しいことのあらわれです。あなたがたはこの神の御国のために苦しんでいるのであり、その御国にふさわしい者と認められるのです。
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一3:16 だれもが認めるように、わたしたちの信仰が明かす真理は本当に偉大だ。キリストは肉体をもって現れ、霊によって義と認められ、天使たちに見られ、いろいろな国の人々に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに天に上げられた。
テモテへの第二の手紙(1か所)
テモテ第二2:15 あなたは、神に認められる者となるよう努めなさい。恥じることのない働き手として、真理の言葉をまっすぐに扱いなさい。
テトスへの手紙(1か所)
テトス3:7 こうしてわたしたちは、神の恵みによって義と認められ、永遠の命を望みながら、それを受け継ぐ者となったのだ。
ヘブル人への手紙(5か所)
ヘブル7:7 だれもが認めるとおり、より低い者が、より高い者から祝福を受ける。
ヘブル11:2 昔の人たちは、この信仰によって神に認められた。
ヘブル11:4 信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたささげ物を神にささげた。その信仰によって、彼は正しい人だと認められた。神が彼のささげ物を良しとされたからだ。アベルは死んでしまったが、今もその信仰を通して語りかけている。
ヘブル11:5 信仰によって、エノクは死を経験することなく天に移された。神が彼を移されたので、その姿は見あたらなくなった。移される前から、彼は神に喜ばれていたと認められていた。
ヘブル11:13 この人たちはみな、信仰を持ったまま死んでいった。約束されたものを手に入れることはなかったが、はるか遠くにそれを見て、喜んで迎え、自分たちは地上ではよそ者であり、旅人なのだと、はっきり認めていた。
ヤコブの手紙(5か所)
ヤコブ1:12 試練にじっと耐える人は、幸いである。そういう人はためされて本物と認められ、いのちの冠を受け取るからだ。それは、神が、ご自分を愛する人たちに約束されたものだ。
ヤコブ2:21 わたしたちの父祖アブラハムは、息子イサクを祭壇にささげたとき、その行いによって義と認められたのではないか。
ヤコブ2:23 そして、「アブラハムは神を信じた。それが彼の義と認められた」という聖書のことばが実現し、彼は神の友と呼ばれた。
ヤコブ2:24 このように、人が義と認められるのは行いによるのであって、信仰だけによるのではない。
ヤコブ2:25 同じように、遊女ラハブも、使いの者たちを迎え入れ、別の道から逃がしてやったとき、その行いによって義と認められたのではないか。
ヨハネの第一の手紙(4か所)
ヨハネ第一1:9 もし、自分の罪を認めるなら、神は真実で正しい方だから、わたしたちの罪を赦し、すべての悪からわたしたちを清めてくださる。
ヨハネ第一2:23 子を否定する人は、だれも父を持っていない。子を認める人は、父も持っている。
ヨハネ第一4:2 神の霊はこうして見分けられる。イエス・キリストが人となってこの世に来られたと認める霊は、みな神から出たものだ。
ヨハネ第一4:3 だが、イエスを認めない霊は、どれも神から出たものではない。それは反キリストの霊だ。それが来ると聞いていただろう。その霊は、もう今、世に来ているのだ。
ヨハネの第二の手紙(1か所)
ヨハネ第二1:7 なぜなら、人をだます者が大勢、世に出てきたからです。彼らは、イエス・キリストが人となって来られたことを認めません。こういう者こそ、人をだます者であり、反キリストです。
ユダの手紙(1か所)
ユダ1:8 それなのに、この者たちも同じことをしている。彼らは夢に酔いしれ、自分の体を汚し、権威を認めず、栄光ある者たちをののしっている。
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録3:2 目を覚ましなさい。そして、死にかけている残りのものを力づけなさい。わたしは、あなたの行いが、わたしの神の前で完全なものだとは認めていないからだ。