ローマ人への手紙 4章10節(ローマ4:10)
この節を含む箇所信仰によって義とされたアブラハムローマ4:1-1210 では、どういう時にそう認められたのだろうか。割礼を受けてからだろうか、それともまだ受けていない時だろうか。受けてからではなく、まだ受けていない時のことだった。
前後の聖句(4章8–12節)
8 罪を主に数え入れられることのない人は、幸いである。」
9 アブラハムの信仰が義と認められた、とわたしたちは言う。では、この幸せは割礼を受けた者だけのものなのか。それとも、割礼を受けていない者にも及ぶのか。
10 では、どういう時にそう認められたのだろうか。割礼を受けてからだろうか、それともまだ受けていない時だろうか。受けてからではなく、まだ受けていない時のことだった。
11 そしてアブラハムは、割礼というしるしを受けた。それは、まだ割礼を受けていないときに、信仰によって義と認められていたことを証明する印だった。こうして彼は、割礼を受けていなくても信じるすべての人の父となった。その人たちも義と認められるためである。
12 わたしたちの父アブラハムは、まだ割礼を受けていないときに信仰を持っていた。神はその信仰の足あとをたどって歩む人々の父にもなるためだった。つまり、ただ割礼を受けているというだけでなく、そういう人々の父となるためである。