「姿」(すがた)が出てくる聖書の箇所
「姿」(すがた)は日常訳第1版の166か所(旧約105・新約61)に出てきます。口語訳では48か所。
創世記(6か所)
創世記5:3 アダムは百三十歳になったとき、自分に似た、自分と同じ姿の男の子をもうけ、その子をセツと名づけた。
創世記16:13 そこでハガルは、自分に語りかけた主のことを、こう呼んだ。「あなたは、わたしを見ていてくださる神です。」ハガルはこう言った。「わたしは、わたしを見ていてくださる方の姿を、ここで見たのだ。」
創世記18:1 主はマムレの木立のそばで、アブラハムの前に姿を現した。日ざかりのころ、アブラハムはテントの入り口にすわっていた。
創世記29:17 レアは目がやさしく、ラケルは姿も顔立ちも美しかった。
創世記44:28 兄弟のひとりは出かけたきり、わたしのところに戻らなかった。きっと獣に引き裂かれてしまったのだと思った。今もまだ、その子の姿を見ていない。
創世記44:34 この子を連れずに、どうしてわたしは父のもとへ帰れるだろう。父が打ちのめされる姿を、わたしは見たくない。
出エジプト記(3か所)
出エジプト20:4 自分のために偶像を造ってはならない。上の天にあるもの、下の地にあるもの、地の下の水の中にあるもの、その姿に似せたものは、どんなものも造ってはならない。
出エジプト34:3 だれもあなたと一緒に登ってはならない。山のどこにも人の姿があってはならない。羊や牛も、その山のふもとで草を食べてはならない。」
出エジプト36:8 仕事をする者たちの中で、心に知恵のある職人たちはみな、幕屋を作った。撚り糸で織った亜麻布と、青、紫、緋色の糸を使い、ケルビムの姿を織り込んで、十枚の幕を作った。
レビ記(1か所)
レビ記9:4 さらに雄牛と雄羊を、和解の供え物として主の前にささげなさい。そして油を混ぜた穀物の供え物も。今日、主があなたたちに姿を現されるからだ。』」
民数記(1か所)
民数記12:8 わたしは彼とは口と口で、はっきりと語る。なぞめいた言い方はしない。彼は主であるわたしの姿を見るのだ。それなのに、なぜあなたたちは、わたしのしもべモーセを悪く言うのを恐れなかったのか。」
申命記(6か所)
申命記4:12 主は火の中からあなたたちに語りかけられた。あなたたちは語る声を聞いたが、姿は何も見えなかった。ただ声だけがあった。
申命記4:15 だから、自分の魂をよくよく守りなさい。主がホレブで火の中からあなたたちに語りかけられた日、あなたたちはどんな姿も見なかったのだから。
申命記4:16 堕落して、自分のために偶像を造ることのないようにするためだ。どんな形の像であれ、男や女の姿であれ、
申命記4:17 地上のどんな獣の姿であれ、空を飛ぶどんな翼のある鳥の姿であれ、
申命記4:18 地を這うどんなものの姿であれ、地の下の水にいるどんな魚の姿であれ、それをまねて造ってはならない。
申命記28:32 あなたの息子や娘は、別の民族に引き渡される。あなたは一日中、その姿を目で追い、会いたくてたまらなくなる。でも、あなたには何もできない。
士師記(2か所)
士師記8:18 それからギデオンはゼバとツァルムナに言った。「あなたたちがタボルで殺したのは、どんな男たちだったのか。」二人は答えた。「あなたにそっくりだった。みな、王の子のような姿をしていた。」
士師記13:6 女は家に戻り、夫にこう伝えた。「神の人がわたしのところに来ました。その姿は神の使いのようで、とても恐ろしいほどでした。わたしは、その人がどこから来たのか聞きませんでしたし、その人も自分の名前を教えてくれませんでした。
サムエル記上(7か所)
サムエル第一2:27 一人の神の人がエリのところに来て、こう言った。「主はこう言われる。『あなたの先祖の家がエジプトでファラオの家にいたとき、わたしは彼らにはっきりと姿を現したではないか。
サムエル第一3:21 その後も主はシロで姿を現し続けた。主がシロで、御言葉によってサムエルにご自分を示されたからだ。
サムエル第一14:8 ヨナタンは言った。「よし、あの者たちのところへ渡って行って、こちらの姿を見せよう。
サムエル第一14:11 二人がペリシテ人の陣地に姿を現すと、ペリシテ人は言った。「見ろ、ヘブライ人が、隠れていた穴から出て来たぞ。」
サムエル第一16:12 エッサイは人をやって、その子を連れて来させた。その子は血色がよく、目が美しく、姿の良い少年だった。主は言った。「立って、この子に油を注ぎなさい。この子がその人だ。」
サムエル第一16:18 すると、若者の一人が答えた。「ベツレヘムのエッサイに、竪琴の上手な息子がいます。その人は勇敢な戦士で、話も的確です。姿もよく、しかも主が共におられます。」
サムエル第一28:14 サウルが「どんな姿だ」と尋ねると、女は答えた。「年をとった人が上がってきます。上着をまとっています。」サウルはそれがサムエルだと分かり、顔を地につけて深くひれ伏した。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二17:17 ヨナタンとアヒマアツはエン・ロゲルで待っていた。町に入る姿を見られるわけにはいかなかったからだ。そこで一人の女中が出て行って知らせを伝え、二人はそれを持ってダビデ王のもとへ向かうことになっていた。
列王紀上(4か所)
列王紀上11:9 主はソロモンに怒った。ソロモンの心が、イスラエルの神である主から離れてしまったからだ。主は二度も彼の前に姿を現していた。
列王紀上18:1 それから長い月日がたった。三年目に、主の言葉がエリヤに臨んで言った。「行って、アハブの前に姿を見せなさい。わたしは地に雨を降らせる。」
列王紀上18:2 そこでエリヤは、アハブに姿を見せるために出かけて行った。そのころ、サマリアではききんがひどくなっていた。
列王紀上18:15 エリヤは言った。「わたしが仕えている万軍の主は生きておられる。その主に誓う。わたしは今日、必ずアハブの前に姿を現す。」
列王紀下(2か所)
列王紀下2:12 エリシャはそれを見て叫んだ。「わたしの父よ、わたしの父よ。イスラエルの戦車よ、その騎兵よ。」そして、もうエリヤの姿は見えなくなった。エリシャは自分の服をつかんで、二つに引き裂いた。
列王紀下4:25 こうして彼女は出発し、カルメル山の神の人のところへ着いた。神の人は遠くに彼女の姿を見つけると、召使いのゲハジに言った。「見ろ、あのシュネムの女だ。
歴代志下(2か所)
歴代志下18:29 イスラエルの王はヨシャファトに言った。「わたしは姿を変えて戦いに出る。でも、あなたは自分の王服を着ていてください。」そう言って、イスラエルの王は姿を変え、二人は戦いに出た。
歴代志下30:7 あなたがたの先祖や兄弟たちのようになってはいけない。彼らは先祖の神である主に背いた。だから主は彼らを、あなたがたも今見ているとおりの荒れ果てた姿にされたのだ。
エステル記(1か所)
エステル記2:7 モルデカイは、おじの娘ハダサ、つまりエステルを育てていた。彼女には父も母もいなかったからだ。この娘は姿も顔立ちもとても美しかった。エステルの父と母が亡くなったとき、モルデカイは彼女を自分の娘として引き取ったのだった。
ヨブ記(6か所)
ヨブ記4:16 そのものは立ち止まったが、姿をはっきり見分けることはできなかった。ただ、一つの形がわたしの目の前にあった。あたりは静まりかえり、わたしは一つの声を聞いた。
ヨブ記16:8 あなたはわたしをやせ細らせた。それがわたしを責める証拠になっている。やつれ果てたこの姿が立ち上がり、面と向かってわたしを訴えるのだ。
ヨブ記23:8 見よ、前に進んでも、神はそこにいない。後ろに下がっても、その姿を見つけられない。
ヨブ記30:28 わたしは日の光もないのに、黒ずんだ姿で歩き回った。集まりの中に立ち上がって、助けを求めて叫ぶ。
ヨブ記38:14 地は粘土に印章が押されて形が浮かび上がるように姿を変え、すべてが衣のようにくっきりと現れる。
ヨブ記41:9 見よ、それを捕らえようという望みは裏切られる。その姿を見ただけで、人は打ちのめされる。
詩篇(8か所)
詩篇17:15 わたしは正しさのうちに、あなたの顔を見る。目が覚めるとき、あなたの姿を見て、満ち足りる。
詩篇21:9 主よ、あなたが姿を現すとき、あなたは彼らを燃えさかる炉のようにする。主は怒りに燃えて彼らを飲み込み、火が彼らを焼き尽くす。
詩篇44:24 どうして顔を背けるのですか。わたしたちの苦しみと、しいたげられている姿を忘れてしまうのですか。
詩篇49:14 羊のように、彼らは死の世界へと追いやられ、死が彼らを飼う羊飼いとなる。だが朝が来れば、正しい人たちが彼らを支配する。彼らの姿は朽ち果て、立派な住まいを遠く離れて、死の世界へと消えていく。
詩篇73:12 見よ、これが悪い者たちの姿だ。いつも安らかで、どんどん豊かになっていく。
詩篇84:7 彼らは力から力へと進み、シオンで神の前に姿を現す。
詩篇102:16 主がシオンを建て直し、その栄光の姿を現されるからだ。
詩篇139:3 あなたはわたしの歩みも横になる姿も見抜き、わたしのすべての道を知り尽くしておられる。
伝道の書(1か所)
伝道の書5:16 これもまた、ひどく辛い現実だ。来たときとそっくり同じ姿で去っていく。風のために働いて、いったい何の得があるだろう。
雅歌(3か所)
雅歌2:14 岩の裂け目、崖の隠れ場所にいるわたしの鳩よ。あなたの姿を見せて。あなたの声を聞かせて。あなたの声は心地よく、あなたの姿は愛らしいから。
雅歌5:15 その足は、純金の台の上に立てられた大理石の柱のよう。その姿はレバノンの山のようで、杉の木のように堂々としている。
雅歌7:7 すらりとしたあなたの姿はナツメヤシの木のよう。あなたの胸は、その実の房のよう。
イザヤ書(10か所)
イザヤ書20:6 その日、この海辺に住む人々は言う。「見ろ、これがわたしたちの頼みの姿だ。アッシリアの王から助かろうとして、助けを求めて逃げ込んだ相手がこれだ。わたしたちは、どうやって逃げ延びられるだろうか。」
イザヤ書24:12 町に残されたのは荒れ果てた姿だけ。門は打ち砕かれ、がれきとなった。
イザヤ書33:17 あなたの目は、美しい姿の王を見る。はるか遠くまで広がる地を見渡すのだ。
イザヤ書37:2 そして、宮廷をあずかるエルヤキム、書記官シェブナ、それに祭司たちの長老を、みな粗布をまとった姿で、アモツの子である預言者イザヤのもとへ送った。
イザヤ書40:18 それなら、あなたたちは神をだれになぞらえるのか。どんな姿と比べられるというのか。
イザヤ書44:13 木を削る職人は、ものさしを当てて線を引き、とがった道具で形をしるし、かんなで削り、コンパスで印をつける。そうして人の姿に、美しい人間の形に彫り上げ、家に置くために造る。
イザヤ書49:9 そして、捕らわれ人には『出て来い』と言い、闇の中にいる者には『姿を現せ』と言う。彼らは道ばたでも草を食み、どの裸の丘も彼らの牧草地になる。
イザヤ書52:14 多くの人が彼を見て、ぞっとしたように、彼の姿は、人とは思えないほど損なわれ、その顔かたちは、人の子とは見えないほどだった。
イザヤ書53:2 彼は主の前で、若い芽のように、乾いた地に張った根のように育った。目を引くような姿も、輝きもなく、わたしたちが心引かれるような見た目でもなかった。
イザヤ書66:5 主の言葉におののく者たちよ、主の言葉を聞け。あなたたちを憎み、わたしの名のためにあなたたちを追い出した兄弟たちは、こう言っている。「主が栄光を現されるがいい。そうすれば、あなたたちの喜ぶ姿を見てやろう。」だが、恥を見るのは彼らのほうだ。
エレミヤ書(5か所)
エレミヤ書13:27 あなたの姦淫、欲望に燃えるいななき、恥知らずな淫らな行い。野の丘の上で、わたしはあなたの忌まわしい姿を見た。ああ、エルサレムよ、あなたはわざわいだ。あなたは清くならない。いったい、いつまでこのままなのか。
エレミヤ書48:47 しかし終わりの日に、わたしはモアブを元の姿に戻す、と主は言われる。ここまでがモアブへのさばきである。
エレミヤ書49:6 だがその後、わたしはアンモン人を元の姿に戻す、と主は言われる。
エレミヤ書49:17 エドムは恐怖の的となる。そばを通る者はみな、その痛ましい姿に驚き、あざけって口笛を吹く。
エレミヤ書51:41 ああ、シェシャクは攻め取られてしまった。全地の誇りが捕らえられてしまった。ああ、バビロンは国々の間で、あきれ果てる姿になってしまった。
哀歌(4か所)
哀歌1:7 エルサレムは、苦しみとさすらいの日々の中で思い出す。昔、自分が持っていたすばらしいものすべてを。民が敵の手に落ち、助けてくれる者が誰もいなかったとき、敵は彼女を見て、その崩れ落ちた姿をあざ笑った。
哀歌1:8 エルサレムは重い罪を犯した。だから、汚れた者のように扱われるようになった。彼女を大切にしていた者たちも、今はみな見下している。彼女の恥ずかしい姿を見てしまったからだ。彼女自身もうめき声をあげ、顔をそむける。
哀歌4:7 この都の貴い人々は、雪よりも清らかで、乳よりも白かった。その体は珊瑚よりも赤く、その姿はサファイアのように輝いていた。
哀歌5:14 長老たちは町の門から姿を消し、若者たちは音楽を奏でなくなった。
エゼキエル書(15か所)
エゼキエル書1:5 その火の中に、四つの生き物のようなものがいた。その姿は人間に似ていた。
エゼキエル書1:13 その生き物の姿は、燃える炭火のようだった。あるいは、たいまつのようにも見えた。その火は生き物たちの間を行き来していた。火は明るく輝き、その火から稲妻がほとばしり出ていた。
エゼキエル書1:26 彼らの頭の上に広がる大空の上には、サファイアのような青い石でできた、王座のようなものがあった。そしてその王座のようなものの上のほうには、人のような姿のものがいた。
エゼキエル書1:28 その周りの輝きは、雨の日に雲にかかる虹のようだった。これこそ、主の栄光の姿だった。わたしはそれを見て、顔を伏せて倒れた。すると、語りかける声が聞こえた。
エゼキエル書8:2 わたしが見ると、火のように見える姿があった。その腰と見えるあたりから下は火で、腰から上は輝きのようで、光り輝く金属のように見えた。
エゼキエル書8:3 その姿は手のようなものを伸ばして、わたしの髪の毛をつかんだ。すると霊がわたしを地と天の間に持ち上げ、神の幻の中でわたしをエルサレムへと運んで行った。そして、内側の門の入り口、北に向いた所に連れて行った。そこには、神のねたみを引き起こす、あの偶像が立っていた。
エゼキエル書8:4 見ると、そこにはイスラエルの神の栄光があった。それは、わたしが平地で見た幻と同じ姿だった。
エゼキエル書10:22 その顔かたちは、わたしがケバル川のほとりで見た、あの顔と同じだった。姿もそのものだった。それぞれ、まっすぐ前に進んでいった。
エゼキエル書11:1 そのとき、霊がわたしを持ち上げ、主の神殿の東の門、東を向いた門へと連れていった。すると門の入り口に、二十五人の男たちがいた。その中に、民の指導者であるアズルの子ヤアザンヤと、ベナヤの子ペラテヤの姿が見えた。
エゼキエル書16:17 あなたは、わたしが与えた金や銀で作った美しい飾りを持ち出し、男の姿をした像を作って、それと淫らなことをした。
エゼキエル書23:14 オホリバは、さらに淫らな行いを重ねた。壁に描かれた男たちを見たのだ。朱色で描かれたカルデア人の姿だった。
エゼキエル書23:15 彼らは腰に帯を締め、頭にはゆったりとしたターバンを巻いていた。みな将校のような姿で、生まれ故郷カルデアのバビロニア人そっくりだった。
エゼキエル書26:16 そのとき、海の君主たちは皆、王座から降り、上着を脱ぎ、刺繍の衣を脱ぎ捨てる。彼らは恐れに包まれ、地に座り込み、絶え間なく震えて、お前の姿にぼう然とする。
エゼキエル書29:14 わたしはエジプトを元の姿に戻し、彼らを故郷であるパトロスの地に連れ帰る。そこで彼らは、小さく弱い国となる。
エゼキエル書40:3 主がわたしをそこへ連れて行くと、ひとりの人がいた。その姿は青銅のように輝いていて、手には麻のひもと測るための竿を持ち、門のところに立っていた。
ダニエル書(10か所)
ダニエル書2:31 王さま、あなたは幻を見ていました。目の前に、一つの大きな像が立っていたのです。その像はとても大きく、まばゆく輝いていて、その姿は見る者を恐れさせるものでした。
ダニエル書3:25 王は言った。「見ろ。縄を解かれた四人の男が、火の中を歩いているではないか。しかも、少しも傷ついていない。その四人目の姿は、神々の子のようだ。」
ダニエル書7:3 そして、四頭の大きな獣が海から上がってきた。どれも姿がそれぞれ違っていた。
ダニエル書7:5 見ると、もう一頭、二番目の獣がいた。熊のような姿で、体の片側を持ち上げていた。口の中の歯の間には、三本の肋骨をくわえていた。その獣に、こう告げる声がした。「立ち上がれ。肉をたらふく食らえ。」
ダニエル書7:6 その後、さらに見ていると、もう一頭の獣がいた。ヒョウのような姿で、背中には鳥の翼が四つあった。その獣には頭が四つあり、支配する力が与えられた。
ダニエル書7:20 また、その頭にあった十本の角についても知りたかった。さらに、あとから生えてきた一本の角のことも。その角が出てくると、前にあった三本が抜け落ちた。その角には目があり、大きなことを語る口があって、その姿はほかの角よりも大きく見えた。
ダニエル書8:15 わたしダニエルがこの幻を見て、その意味を知ろうとしていたとき、見よ、人のような姿のものが、わたしの前に立っていた。
ダニエル書10:16 すると、人の姿をしたものが、わたしの唇に触れた。わたしは口を開いて話し始め、目の前に立つ方に言った。「わたしの主よ、この幻のために激しい苦しみに襲われ、力が残っていません。
ダニエル書10:18 すると、人の姿をしたものが再びわたしに触れ、わたしを力づけてくれた。
ダニエル書11:19 それから彼は自分の国の砦に目を向ける。しかし、つまずいて倒れ、そのまま姿を消してしまう。
ホセア書(1か所)
ホセア書2:3 そうしないと、わたしは彼女を裸にはぎ取り、生まれた日のような姿にさらす。彼女を荒れ野のようにし、乾いた地のようにして、渇きで死なせる。
ヨエル書(2か所)
ヨエル書2:4 その姿は馬のよう。まるで騎兵のように駆けてくる。
ヨエル書3:1 見よ、その日、その時、わたしはユダとエルサレムをもとの姿に取り戻す。
ナホム書(1か所)
ナホム書2:4 戦車は通りを狂ったように走り回り、広場を行き交う。その姿はたいまつのようで、稲妻のように駆けめぐる。
ハガイ書(1か所)
ハガイ書2:3 『あなたがたの中で、この神殿がかつて栄光に満ちていたころの姿を見た者が、まだ残っているだろうか。今、あなたがたの目には、これがどう映っているか。まるで無いも同然に見えるのではないか。
ゼカリヤ書(2か所)
ゼカリヤ書3:1 主はわたしに、大祭司ヨシュアの姿を見せた。ヨシュアは主の使いの前に立っていた。そしてサタンがその右に立ち、ヨシュアを訴えようとしていた。
ゼカリヤ書5:6 わたしは聞いた。「これは何ですか。」すると彼は言った。「出て来るこれは一つのエファ升だ。」そして言った。「これは、全地における彼らの罪の姿だ。」
マタイによる福音書(3か所)
マタイ17:2 すると、彼らの目の前でイエスの姿が変わった。顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。
マタイ27:53 そしてイエスが生き返ったあと、彼らは墓から出て聖なる都に入り、多くの人の前に姿を現した。
マタイ28:3 その姿はいなずまのように輝き、着ている服は雪のように真っ白だった。
マルコによる福音書(4か所)
マルコ9:2 それから六日後、イエスはペトロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に登った。ほかにはだれもいなかった。すると、彼らの目の前でイエスの姿が変わった。
マルコ16:9 イエスは週の初めの日の朝早く、よみがえった。そしてまず、マグダラのマリアの前に姿を現した。かつてイエスが七つの悪霊を追い出してあげた女性だ。
マルコ16:11 でも彼らは、イエスが生きていて、マリアがその姿を見たと聞いても、信じなかった。
マルコ16:12 その後、イエスは彼らのうちの二人に、別の姿で現れた。二人は歩いて田舎へ向かっているところだった。
ルカによる福音書(8か所)
ルカ3:22 聖霊が鳩のような姿をとって、イエスの上に降りてきた。すると天から声がした。「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを心から喜ぶ。」
ルカ10:33 ところが、旅をしていた一人のサマリア人は、その人のところに来て、その姿を見ると、かわいそうでたまらなくなった。
ルカ17:30 人の子が姿を現す日も、それと同じだ。
ルカ18:24 その姿を見てイエスは言った。「財産を持っている人が神の国に入るのは、なんと難しいことか。
ルカ19:41 イエスはエルサレムに近づき、都を見ると、その姿を見て泣いた。
ルカ24:23 イエスの遺体が見つからなかった、と言って帰ってきました。そのうえ、天使たちの姿を見た、その天使たちがイエスは生きていると告げた、と言うんです。
ルカ24:24 それで、仲間の何人かがお墓に行ってみると、確かに女性たちの言ったとおりでした。でも、イエスの姿は見当たりませんでした。」
ルカ24:31 すると二人の目が開かれて、それがイエスだと分かった。しかしイエスは、その姿が見えなくなった。
ヨハネによる福音書(2か所)
ヨハネ5:37 またわたしを送ってくださった父ご自身が、わたしについて証ししてくださった。あなたたちはこれまで、その声を聞いたことも、その姿を見たこともない。
ヨハネ12:36 光がある間に、その光を信じなさい。そうすれば、あなたたちは光の子になれる。」イエスはこう話すと、その場を去って、人々の前から姿を隠した。
使徒行伝(8か所)
使徒1:3 イエスは苦しみを受けて死んだ後、使徒たちの前に生きた姿で現れ、自分が生きていることを数多くの確かなしるしで示しました。四十日にわたって彼らに姿を見せ、神の国について語りました。
使徒8:39 二人が水から上がると、主の霊がフィリポを連れ去った。宦官はもう二度と彼の姿を見ることはなかった。でも宦官は喜びながら旅を続けた。
使徒8:40 一方フィリポは、アゾトの町に姿を現した。そして各地を巡り、すべての町で良い知らせを伝えながら、カイサリアまでやって来た。
使徒9:7 サウロと一緒に旅をしていた人たちは、言葉を失って立ち尽くしていた。声は聞こえるのに、だれの姿も見えなかったのだ。
使徒9:35 リダとシャロンに住む人たちはみな、その姿を見て、主に立ち返った。
使徒13:31 そのイエスは、ガリラヤからエルサレムまで一緒に上ってきた人たちの前に、何日にもわたって姿を現した。その人たちは今、人々に対してイエスの証人となっている。
使徒14:11 群衆は、パウロがしたことを見て、リカオニアの言葉で声を張り上げた。「神々が人間の姿になって、わたしたちのところに降りて来たんだ。」
使徒25:7 パウロが姿を現すと、エルサレムから下って来たユダヤ人たちが彼を取り囲み、いくつもの重い罪をぶつけて訴えた。しかし、それを証明することはできなかった。
ローマ人への手紙(5か所)
ローマ6:5 もしわたしたちが、キリストと結びついてその死と同じ姿になったのなら、必ず復活とも同じ姿になる。
ローマ8:3 神は、律法にできなかったことをしてくださった。律法は、わたしたちの弱い肉のせいで、それができなかった。神は、罪の肉と同じ姿をとらせて、罪を扱うために、自分の子を送った。そして、その肉において罪をさばいたのだ。
ローマ8:19 被造物は、神の子どもたちが姿を現すその時を、今か今かと待ちわびている。
ローマ8:29 神は、あらかじめ知っていた人たちを、御子と同じ姿になるようにと、前もって選んでおいた。それは、御子が多くの兄弟姉妹の中で長男となるためだ。
ローマ9:29 そして、イザヤは前にこう言っていた。「もし、天の軍勢を率いる主が、わたしたちに子孫を残してくださらなかったら、わたしたちはソドムのようになり、ゴモラと同じ姿になっていただろう。」
コリント人への第一の手紙(4か所)
コリント第一7:17 ともかく、主が一人ひとりに分け与えてくださったとおりに、そして神が招いてくださったときの姿のままに、それぞれ生きていきなさい。わたしはどの教会でも、こう指示している。
コリント第一13:12 今、わたしたちが見ているのは、鏡に映るぼんやりした姿のようなものだ。でもそのときには、顔と顔を合わせて見ることになる。今わたしが知っているのは一部だけだが、そのときには、わたしが完全に知られているのと同じように、わたしも完全に知るようになる。
コリント第一15:5 キリストはケファに姿を現し、それから十二人の弟子たちに現れた。
コリント第一15:49 わたしたちは土からできた者の姿を身につけてきた。だから同じように、天から来た者の姿も身につけることになる。
コリント人への第二の手紙(4か所)
コリント第二3:18 わたしたちはみな、覆いを取り除かれた顔で、鏡のように主の栄光を映し出している。そして、栄光から栄光へと、主と同じ姿へ造り変えられていく。これは、霊である主の働きによるのだ。
コリント第二4:4 この世を支配する神が、信じない人たちの心を見えなくしてしまった。だから彼らは、キリストの栄光を伝える良い知らせの光を、見ることができない。そのキリストこそ、神の姿そのものなのだ。
コリント第二10:11 そういう人は、こう考えるべきだ。離れているとき手紙の言葉で示すわたしたちの姿と、そちらに行ったときの行動とは、まったく同じなのだ。
コリント第二12:20 というのも、わたしは心配しているのだ。そちらに行ったとき、あなたたちが期待どおりの姿でなく、わたしのほうもあなたたちの望まない者だと思われるのではないか、と。そこには争いやねたみ、怒りや自分勝手な対立、悪口やかげ口、思い上がりや混乱があるのではないか。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ4:19 わたしの子どもたちよ。あなたたちの中にキリストの姿ができあがるまで、わたしはもう一度、産みの苦しみを味わっている。
ピリピ人への手紙(3か所)
ピリピ2:7 それどころか、自分を空っぽにして、奴隷の姿を取り、人間と同じ者になりました。人としての姿をもって現れ、
ピリピ3:10 こうしてわたしは、キリストご自身を知り、その復活の力を知り、その苦しみを分かち合いたい。キリストの死と同じ姿にされることで、
ピリピ3:21 キリストは、わたしたちの弱く卑しい体を、ご自分の栄光の体と同じ姿に造り変えてくださる。すべてのものを従わせることさえできる、その力によって。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ1:15 御子は、目に見えない神の姿そのものだ。すべての造られたものより先に生まれた方であり、そのすべての上に立つ方だ。
テサロニケ人への第一の手紙(2か所)
テサロニケ第一1:3 わたしたちの父である神の前で、あなたがたのことを思い起こしているのだ。信仰から生まれる行い、愛から生まれる労苦、そしてわたしたちの主イエス・キリストに望みを置いて耐え忍ぶ姿を。
テサロニケ第一2:17 兄弟姉妹よ、わたしたちは少しの間あなたたちと引き離された。離れていたのは姿だけで、心は離れていない。それでいっそう、強く望んで、あなたたちの顔をひと目見たいと願ってきた。
テサロニケ人への第二の手紙(4か所)
テサロニケ第二1:7 苦しめられているあなたがたには、わたしたちとともに安らぎを与えてくださいます。それは、主イエスが力ある天使たちを従えて、天から姿を現すときのことです。
テサロニケ第二2:3 どんな形であれ、だれにもだまされないように。その日が来る前に、まず神に背く動きが起こり、あの滅びの子、無法者が姿を現すからだ。
テサロニケ第二2:6 そして今、彼を押しとどめているものが何かを、あなたがたは知っている。定められた時に、彼が姿を現すためだ。
テサロニケ第二2:8 その時、あの無法者が姿を現す。しかし主イエスは、その口から出る息でこの者を滅ぼし、来られるときの輝きで、跡形もなく消し去ってしまう。
テモテへの第二の手紙(1か所)
テモテ第二3:10 けれども、あなたはわたしの教えにも、生き方にも、目指すものにも、信仰にも、忍耐にも、愛にも、耐え抜く姿にも、ずっとついてきてくれた。
ヘブル人への手紙(6か所)
ヘブル1:3 御子は神の栄光の輝きであり、神という存在そのものを写し出す姿である。そして力に満ちた言葉によって、すべてのものを支えている。御子はわたしたちの罪をきよめる働きを成しとげたあと、天の高いところで、偉大な神の右の座に着いた。
ヘブル9:24 というのも、キリストが入られたのは、人の手で造られた聖なる場所ではないからだ。それは本物の写しにすぎない。キリストは天そのものに入られた。そして今、わたしたちのために、神の前に姿を現してくださっているのだ。
ヘブル9:26 もしそうなら、世界が造られたときから何度も苦しまなければならなかったはずだ。しかし実際には、キリストは今、時代の終わりに、ただ一度だけ姿を現された。ご自分をささげることで、罪を取り除くためだ。
ヘブル9:28 それと同じように、キリストも多くの人の罪を背負うために、ただ一度だけささげられた。そしてもう一度、今度は罪とは関係なく、ご自分を待ち望んでいる人たちを救うために姿を現される。
ヘブル10:1 律法には、これから来るすばらしいものの影があるだけで、その実物の姿はない。だから、年ごとに絶えず同じささげ物をくり返しても、神に近づこうとする人たちを完全にすることは決してできない。
ヘブル11:5 信仰によって、エノクは死を経験することなく天に移された。神が彼を移されたので、その姿は見あたらなくなった。移される前から、彼は神に喜ばれていたと認められていた。
ヤコブの手紙(2か所)
ヤコブ1:11 太陽が昇って照りつけると、草は枯れ、その花は散り、美しい姿は失われてしまう。それと同じように、豊かな人も、あれこれ動きまわっているうちにしぼんでいくのだ。
ヤコブ1:24 自分の姿をよく見ても、立ち去ったとたん、自分がどんな姿だったかをすぐに忘れてしまうのだ。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一1:20 キリストは、世界が造られる前から選ばれていた。そして今、この終わりの時代に、あなたたちのために姿を現された。
ヨハネの黙示録(2か所)
黙示録5:6 そして、わたしは見た。王座と四つの生き物の中央、そして長老たちの真ん中に、一頭の子羊が立っていた。それはほふられたような姿をしていた。子羊には七つの角と七つの目があった。この目は、全世界に送り出された神の七つの霊である。
黙示録9:7 そのいなごの姿は、戦いのために備えられた馬に似ていた。頭には金の冠のようなものをつけ、顔は人間の顔のようだった。