「語る」(かたる)が出てくる聖書の箇所

「語る」(かたる)は口語訳の624か所(旧約408・新約216)に出てきます。「語れる」も含みます。日常訳第1版では622か所。

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624か所を200か所ずつ4ページに分けています(3ページ目)。

ゼカリヤ書(14か所)

ゼカリヤ書4:5 わたしと語かたる天てんの使つかいは答こたえて、「あなたはそれがなんであるか知しらないのですか」と言いったので、わたしは「わが主しゅよ、知しりません」と言いった。

ゼカリヤ書5:5 わたしと語かたる天てんの使つかいは進すすんで来きて、わたしに「目めをあげて、この出でてきた物ものが、なんであるかを見みなさい」と言いった。

ゼカリヤ書5:10 わたしは、わたしと語かたる天てんの使つかいに言いった、「彼かれらはエパ枡ますを、どこへ持もって行いくのですか」。

ゼカリヤ書6:4 わたしは、わたしと語かたるみ使つかいに尋たずねた、「わが主しゅよ、これらはなんですか」。

ゼカリヤ書8:16 あなたがたのなすべき事ことはこれである。あなたがたは互たがいに真実しんじつを語かたり、またあなたがたの門もんで、真実しんじつと平和へいわのさばきとを、行おこなわなければならない。

ゼカリヤ書10:2 テラピムは、たわごとを言いいい、占うらない師しは偽いつわりを見み、夢ゆめ見みる者ものは偽いつわりの夢ゆめを語かたり、むなしい慰なぐさめを与あたえる。このゆえに、民みんは羊ひつじのようにさまよい、牧者ぼくしゃがないために悩なやむ。

ゼカリヤ書13:3 もし、人ひとが今後こんご預言よげんするならば、その産うみの父母ふぼはこれにむかって、『あなたは主しゅの名なをもって偽いつわりを語かたるゆえ、生いきていることができない』と言いいい、その産うみの父母ふぼは彼かれが預言よげんしている時とき、彼かれを刺さすであろう。

マラキ書(1か所)

マラキ書3:16 そのとき、主しゅを恐おそれる者ものは互たがいに語かたった。主しゅは耳みみを傾かたむけてこれを聞きかれた。そして主しゅを恐おそれる者もの、およびその名なを心こころに留とめている者もののために、主しゅの前まえに一ひとつの覚おぼえ書がきがしるされた。

マタイによる福音書(16か所)

マタイ7:28 イエスがこれらの言げんを語かたり終おえられると、群衆ぐんしゅうはその教きょうにひどく驚おどろいた。

マタイ10:20 語かたる者ものは、あなたがたではなく、あなたがたの中なかにあって語かたる父ちちの霊れいである。

マタイ11:7 彼かれらが帰かえってしまうと、イエスはヨハネのことを群衆ぐんしゅうに語かたりはじめられた、「あなたがたは、何なんを見みに荒野あらのに出でてきたのか。風かぜに揺ゆらぐ葦あしであるか。

マタイ12:34 まむしの子こらよ。あなたがたは悪わるい者ものであるのに、どうして良よいことを語かたることができようか。おおよそ、心こころからあふれることを、口くちが語かたるものである。

マタイ12:36 あなたがたに言ゆうが、審判しんぱんの日ひには、人ひとはその語かたる無益むえきな言葉ことばに対たいして、言い開きいいひらきをしなければならないであろう。

マタイ13:3 イエスは譬たとえで多おおくの事ことを語かたり、こう言いわれた、「見みよ、種たねまきが種たねをまきに出でて行いった。

マタイ13:13 だから、彼かれらには譬たとえで語かたるのである。それは彼かれらが、見みても見みず、聞きいても聞きかず、また悟さとらないからである。

マタイ13:33 またほかの譬たとえを彼かれらに語かたられた、「天国てんごくは、パン種しゅのようなものである。女おんながそれを取とって三さん斗との粉こなの中なかに混まぜると、全体ぜんたいがふくらんでくる」。

マタイ13:34 イエスはこれらのことをすべて、譬たとえで群衆ぐんしゅうに語かたられた。譬たとえによらないでは何事なにごとも彼かれらに語かたられなかった。

マタイ13:35 これは預言よげん者しゃによって言いわれたことが、成就じょうじゅするためである、「わたしは口くちを開ひらいて譬たとえを語かたり、世よの初はじめから隠かくされていることを語かたり出でそう」。

マタイ13:53 イエスはこれらの譬たとえを語かたり終おえてから、そこを立たち去さられた。

マタイ19:1 イエスはこれらのことを語かたり終おえられてから、ガリラヤを去さってヨルダンの向むこうのユダヤの地方ちほうへ行いかれた。

マタイ22:1 イエスはまた、譬たとえで彼かれらに語かたって言いわれた、

マタイ23:1 そのときイエスは、群衆ぐんしゅうと弟子でしたちとに語かたって言いわれた、

マタイ26:1 イエスはこれらの言葉ことばをすべて語かたり終おえてから、弟子でしたちに言いわれた。

マタイ26:13 よく聞きききなさい。全ぜん世界せかいのどこででも、この福音ふくいんが宣のべ伝つたえられる所ところでは、この女おんなのした事ことも記念きねんとして語かたられるであろう」。

マルコによる福音書(12か所)

マルコ1:45 しかし、彼かれは出でて行いって、自分じぶんの身みに起おこったことを盛さかんに語かたり、また言いいいひろめはじめたので、イエスはもはや表立おもてだっては町まちに、はいることができなくなり、外そとの寂さびしい所ところにとどまっておられた。しかし、人々ひとびとは方々かたがたから、イエスのところにぞくぞくと集あつまってきた。

マルコ2:2 多おおくの人々ひとびとが集あつまってきて、もはや戸口とぐちのあたりまでも、すきまが無ないほどになった。そして、イエスは御言みことを彼かれらに語かたっておられた。

マルコ4:11 そこでイエスは言いわれた、「あなたがたには神かみの国くにの奥義おうぎが授さずけられているが、ほかの者ものたちには、すべてが譬たとえで語かたられる。

マルコ4:33 イエスはこのような多おおくの譬たとえで、人々ひとびとの聞きく力ちからにしたがって、御言みことを語かたられた。

マルコ4:34 譬たとえによらないでは語かたられなかったが、自分じぶんの弟子でしたちには、ひそかにすべてのことを解とき明あかされた。

マルコ10:32 さて、一同いちどうはエルサレムへ上のぼる途上とじょうにあったが、イエスが先頭せんとうに立たって行いかれたので、彼かれらは驚おどろき怪あやしみ、従したがう者ものたちは恐おそれた。するとイエスはまた十じゅう二に弟子でしを呼よび寄よせて、自分じぶんの身みに起おころうとすることについて語かたりはじめられた、

マルコ12:1 そこでイエスは譬たとえで彼かれらに語かたり出だされた、「ある人ひとがぶどう園えんを造つくり、垣かきをめぐらし、また酒さけぶねの穴あなを掘ほり、やぐらを立たて、それを農夫のうふたちに貸かして、旅たびに出でかけた。

マルコ12:12 彼かれらはいまの譬たとえが、自分じぶんたちに当あてて語かたられたことを悟さとったので、イエスを捕とらえようとしたが、群衆ぐんしゅうを恐おそれた。そしてイエスをそこに残のこして立たち去さった。

マルコ13:11 そして、人々ひとびとがあなたがたを連つれて行いって引ひきわたすとき、何なんを言いおうかと、前まえもって心配しんぱいするな。その場合ばあい、自分じぶんに示しめされることを語かたるがよい。語かたる者ものはあなたがた自身じしんではなくて、聖霊せいれいである。

マルコ14:9 よく聞きききなさい。全ぜん世界せかいのどこででも、福音ふくいんが宣のべ伝つたえられる所ところでは、この女おんなのした事ことも記念きねんとして語かたられるであろう」。

マルコ16:17 信しんじる者ものには、このようなしるしが伴ともなう。すなわち、彼かれらはわたしの名なで悪霊あくりょうを追おい出だし、新あたらしい言葉ことばを語かたり、

マルコ16:19 主しゅイエスは彼かれらに語かたり終おわってから、天てんにあげられ、神かみの右みぎにすわられた。

ルカによる福音書(20か所)

ルカ1:45 主しゅのお語かたりになったことが必かならず成就じょうじゅすると信しんじた女おんなは、なんとさいわいなことでしょう」。

ルカ1:64 すると、立たちどころにザカリヤの口くちが開あけて舌したがゆるみ、語かたり出だして神かみをほめたたえた。

ルカ1:70 古ふるくから、聖せいなる預言よげん者しゃたちの口くちによってお語かたりになったように、

ルカ2:20 羊飼ひつじかいたちは、見聞みきしたことが何なんもかも自分じぶんたちに語かたられたとおりであったので、神かみをあがめ、またさんびしながら帰かえって行いった。

ルカ2:33 父ちちと母ははとは幼おさな子ごについてこのように語かたられたことを、不思議ふしぎに思おもった。

ルカ2:50 しかし、両親りょうしんはその語かたられた言葉ことばを悟さとることができなかった。

ルカ5:36 それからイエスはまた一ひとつの譬たとえを語かたられた、「だれも、新あたらしい着物きものから布ぬのぎれを切きり取とって、古ふるい着物きものにつぎを当あてるものはない。もしそんなことをしたら、新あたらしい着物きものを裂さくことになるし、新あたらしいのから取とった布ぬのぎれも古ふるいのに合あわないであろう。

ルカ6:39 イエスはまた一ひとつの譬たとえを語かたられた、「盲人もうじんは盲人もうじんの手引てびきができようか。ふたりとも穴あなに落おち込こまないだろうか。

ルカ6:45 善人ぜんにんは良よい心こころの倉くらから良よい物ものを取とり出だし、悪人あくにんは悪わるい倉くらから悪わるい物ものを取とり出だす。心こころからあふれ出でることを、口くちが語かたるものである。

ルカ7:24 ヨハネの使つかいが行いってしまうと、イエスはヨハネのことを群衆ぐんしゅうに語かたりはじめられた、「あなたがたは、何なんを見みに荒野あらのに出でてきたのか。風かぜに揺ゆらぐ葦あしであるか。

ルカ8:8 ところが、ほかの種たねは良よい地ちに落おちたので、はえ育そだって百ひゃく倍ばいもの実じつを結むすんだ」。こう語かたられたのち、声こえをあげて「聞きく耳みみのある者ものは聞きくがよい」と言いわれた。

ルカ11:29 さて群衆ぐんしゅうが群むらがり集あつまったので、イエスは語かたり出だされた、「この時代じだいは邪悪じゃあくな時代じだいである。それはしるしを求もとめるが、ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与あたえられないであろう。

ルカ11:37 イエスが語かたっておられた時とき、あるパリサイ人にんが、自分じぶんの家いえで食事しょくじをしていただきたいと申もうし出でたので、はいって食卓しょくたくにつかれた。

ルカ12:1 その間あいだに、おびただしい群衆ぐんしゅうが、互たがいに踏ふみ合あうほどに群むらがってきたが、イエスはまず弟子でしたちに語かたりはじめられた、「パリサイ人にんのパン種しゅ、すなわち彼かれらの偽善ぎぜんに気きをつけなさい。

ルカ12:16 そこで一ひとつの譬たとえを語かたられた、「ある金持かねもちの畑はたけが豊作ほうさくであった。

ルカ13:6 それから、この譬たとえを語かたられた、「ある人ひとが自分じぶんのぶどう園えんにいちじくの木きを植うえて置おいたので、実じつを捜さがしにきたが見みつからなかった。

ルカ14:7 客きゃくに招まねかれた者ものたちが上座かみざを選えらんでいる様子ようすをごらんになって、彼かれらに一ひとつの譬たとえを語かたられた。

ルカ20:9 そこでイエスは次つぎの譬たとえを民衆みんしゅうに語かたり出だされた、「ある人ひとがぶどう園えんを造つくって農夫のうふたちに貸かし、長ながい旅たびに出でた。

ルカ20:19 このとき、律法りっぽう学がく者しゃたちや祭司さいし長ちょうたちはイエスに手てをかけようと思おもったが、民衆みんしゅうを恐おそれた。いまの譬たとえが自分じぶんたちに当あてて語かたられたのだと、悟さとったからである。

ルカ20:21 彼かれらは尋たずねて言いった、「先生せんせい、わたしたちは、あなたの語かたり教おしえられることが正ただしく、また、あなたは分わけ隔へだてをなさらず、真理しんりに基もとづいて神かみの道みちを教おしえておられることを、承知しょうちしています。

ヨハネによる福音書(35か所)

ヨハネ3:11 よくよく言いっておく。わたしたちは自分じぶんの知しっていることを語かたり、また自分じぶんの見みたことをあかししているのに、あなたがたはわたしたちのあかしを受うけいれない。

ヨハネ3:12 わたしが地上ちじょうのことを語かたっているのに、あなたがたが信しんじないならば、天上てんじょうのことを語かたった場合ばあい、どうしてそれを信しんじるだろうか。

ヨハネ3:31 上うえから来くる者ものは、すべてのものの上うえにある。地ちから出でる者ものは、地ちに属ぞくする者ものであって、地ちのことを語かたる。天てんから来くる者ものは、すべてのものの上うえにある。

ヨハネ3:34 神かみがおつかわしになったかたは、神かみの言葉ことばを語かたる。神かみは聖霊せいれいを限かぎりなく賜たまうからである。

ヨハネ7:17 神かみのみこころを行おこなおうと思おもう者ものであれば、だれでも、わたしの語かたっているこの教きょうが神かみからのものか、それとも、わたし自身じしんから出でたものか、わかるであろう。

ヨハネ7:18 自分じぶんから出でたことを語かたる者ものは、自分じぶんの栄光えいこうを求もとめるが、自分じぶんをつかわされたかたの栄光えいこうを求もとめる者ものは真実しんじつであって、その人ひとの内うちには偽いつわりがない。

ヨハネ7:26 見みよ、彼かれは公然こうぜんと語かたっているのに、人々ひとびとはこれに対たいして何なんも言いわない。役人やくにんたちは、この人ひとがキリストであることを、ほんとうに知しっているのではなかろうか。

ヨハネ7:46 下役したやくどもは答こたえた、「この人ひとの語かたるように語かたった者ものは、これまでにありませんでした」。

ヨハネ8:12 イエスは、また人々ひとびとに語かたってこう言いわれた、「わたしは世よの光ひかりである。わたしに従したがって来くる者ものは、やみのうちを歩あるくことがなく、命いのちの光ひかりをもつであろう」。

ヨハネ8:20 イエスが宮みやの内うちで教おしえていた時とき、これらの言葉ことばをさいせん箱ばこのそばで語かたられたのであるが、イエスの時ときがまだきていなかったので、だれも捕とらえる者ものがなかった。

ヨハネ8:26 あなたがたについて、わたしの言ゆうべきこと、さばくべきことが、たくさんある。しかし、わたしをつかわされたかたは真実しんじつなかたである。わたしは、そのかたから聞きいたままを世よにむかって語かたるのである」。

ヨハネ8:30 これらのことを語かたられたところ、多おおくの人々ひとびとがイエスを信しんじた。

ヨハネ8:38 わたしはわたしの父ちちのもとで見みたことを語かたっているが、あなたがたは自分じぶんの父ちちから聞きいたことを行おこなっている」。

ヨハネ8:40 ところが今いま、神かみから聞きいた真理しんりをあなたがたに語かたってきたこのわたしを、殺ころそうとしている。そんなことをアブラハムはしなかった。

ヨハネ8:45 しかし、わたしが真理しんりを語かたっているので、あなたがたはわたしを信しんじようとしない。

ヨハネ8:46 あなたがたのうち、だれがわたしに罪つみがあると責せめうるのか。わたしは真理しんりを語かたっているのに、なぜあなたがたは、わたしを信しんじないのか。

ヨハネ9:29 モーセに神かみが語かたられたということは知しっている。だが、あの人ひとがどこからきた者ものか、わたしたちは知しらぬ」。

ヨハネ10:19 これらの言葉ことばを語かたられたため、ユダヤ人にんの間あいだにまたも分争ぶんそうが生しょうじた。

ヨハネ12:41 イザヤがこう言いったのは、イエスの栄光えいこうを見みたからであって、イエスのことを語かたったのである。

ヨハネ12:48 わたしを捨すてて、わたしの言葉ことばを受うけいれない人ひとには、その人ひとをさばくものがある。わたしの語かたったその言葉ことばが、終おわりの日ひにその人ひとをさばくであろう。

ヨハネ12:49 わたしは自分じぶんから語かたったのではなく、わたしをつかわされた父ちちご自身じしんが、わたしの言ゆうべきこと、語かたるべきことをお命めいじになったのである。

ヨハネ12:50 わたしは、この命令めいれいが永遠えいえんの命いのちであることを知しっている。それゆえに、わたしが語かたっていることは、わたしの父ちちがわたしに仰おおせになったことを、そのまま語かたっているのである」。

ヨハネ14:25 これらのことは、あなたがたと一緒いっしょにいた時とき、すでに語かたったことである。

ヨハネ14:29 今いまわたしは、そのことが起おこらない先さきにあなたがたに語かたった。それは、事ことが起おこった時ときにあなたがたが信しんじるためである。

ヨハネ14:30 わたしはもはや、あなたがたに、多おおくを語かたるまい。この世よの君きみが来くるからである。だが、彼かれはわたしに対たいして、なんの力ちからもない。

ヨハネ15:3 あなたがたは、わたしが語かたった言葉ことばによって既すでにきよくされている。

ヨハネ15:22 もしわたしがきて彼かれらに語かたらなかったならば、彼かれらは罪つみを犯おかさないですんだであろう。しかし今いまとなっては、彼かれらには、その罪つみについて言いいのがれる道みちがない。

ヨハネ16:1 わたしがこれらのことを語かたったのは、あなたがたがつまずくことのないためである。

ヨハネ16:13 けれども真理しんりの御ご霊れいが来くる時ときには、あなたがたをあらゆる真理しんりに導みちびいてくれるであろう。それは自分じぶんから語かたるのではなく、その聞きくところを語かたり、きたるべき事ことをあなたがたに知しらせるであろう。

ヨハネ17:1 これらのことを語かたり終おえると、イエスは天てんを見みあげて言いわれた、「父ちちよ、時ときがきました。あなたの子こがあなたの栄光えいこうをあらわすように、子この栄光えいこうをあらわして下ください。

ヨハネ17:13 今いまわたしはみもとに参まいります。そして世よにいる間あいだにこれらのことを語かたるのは、わたしの喜よろこびが彼かれらのうちに満みちあふれるためであります。

ヨハネ18:1 イエスはこれらのことを語かたり終おえて、弟子でしたちと一緒いっしょにケデロンの谷たにの向むこうへ行いかれた。そこには園そのがあって、イエスは弟子でしたちと一緒いっしょにその中なかにはいられた。

ヨハネ18:20 イエスは答こたえられた、「わたしはこの世よに対たいして公然こうぜんと語かたってきた。すべてのユダヤ人にんが集あつまる会堂かいどうや宮みやで、いつも教おしえていた。何事なにごとも隠かくれて語かたったことはない。

ヨハネ18:21 なぜ、わたしに尋たずねるのか。わたしが彼かれらに語かたったことは、それを聞きいた人々ひとびとに尋たずねるがよい。わたしの言いったことは、彼かれらが知しっているのだから」。

ヨハネ19:35 それを見みた者ものがあかしをした。そして、そのあかしは真実しんじつである。その人ひとは、自分じぶんが真実しんじつを語かたっていることを知しっている。それは、あなたがたも信しんずるようになるためである。

使徒行伝(47か所)

使徒1:3 イエスは苦難くなんを受うけたのち、自分じぶんの生いきていることを数々かずかずの確たしかな証拠しょうこによって示ししめし、四十よんじゅう日にちにわたってたびたび彼かれらに現あらわれて、神かみの国くにのことを語かたられた。

使徒2:4 すると、一同いちどうは聖霊せいれいに満みたされ、御ご霊れいが語かたらせるままに、いろいろの他国たこくの言葉ことばで語かたり出だした。

使徒2:22 イスラエルの人ひとたちよ、今いまわたしの語かたることを聞きききなさい。あなたがたがよく知しっているとおり、ナザレ人にんイエスは、神かみが彼かれをとおして、あなたがたの中なかで行おこなわれた数々かずかずの力ちからあるわざと奇跡きせきとしるしとにより、神かみからつかわされた者ものであることを、あなたがたに示しめされたかたであった。

使徒2:31 キリストの復活ふっかつをあらかじめ知しって、『彼かれは黄泉こうせんに捨すておかれることがなく、またその肉体にくたいが朽くち果はてることもない』と語かたったのである。

使徒3:22 モーセは言いった、『主しゅなる神かみは、わたしをお立たてになったように、あなたがたの兄弟きょうだいの中なかから、ひとりの預言よげん者しゃをお立たてになるであろう。その預言よげん者しゃがあなたがたに語かたることには、ことごとく聞きききしたがいなさい。

使徒3:24 サムエルをはじめ、その後あとつづいて語かたったほどの預言よげん者しゃはみな、この時ときのことを予告よこくした。

使徒4:1 彼かれらが人々ひとびとにこのように語かたっているあいだに、祭司さいしたち、宮守みやもりがしら、サドカイ人にんたちが近寄ちかよってきて、

使徒4:17 ただ、これ以上いじょうこのことが民衆みんしゅうの間あいだにひろまらないように、今後こんごはこの名なによって、いっさいだれにも語かたってはいけないと、おどしてやろうではないか」。

使徒4:18 そこで、ふたりを呼よび入いれて、イエスの名なによって語かたることも説とくことも、いっさい相あい成ならぬと言いいわたした。

使徒4:20 わたしたちとしては、自分じぶんの見みたこと聞きいたことを、語かたらないわけにはいかない」。

使徒4:29 主しゅよ、いま、彼かれらの脅迫きょうはくに目めをとめ、僕ぼくたちに、思おもい切きって大胆だいたんに御お言葉ことばを語かたらせて下ください。

使徒4:31 彼かれらが祈いのり終おえると、その集あつまっていた場所ばしょが揺ゆれ動うごき、一同いちどうは聖霊せいれいに満みたされて、大胆だいたんに神かみの言げんを語かたり出だした。

使徒5:20 「さあ行いきなさい。そして、宮みやの庭にわに立たち、この命いのちの言葉ことばを漏もれなく、人々ひとびとに語かたりなさい」。

使徒5:40 使徒しとたちを呼よび入いれて、むち打うったのち、今後こんごイエスの名なによって語かたることは相あい成ならぬと言いいわたして、ゆるしてやった。

使徒6:10 彼かれは知恵ちえと御ご霊れいとで語かたっていたので、それに対抗たいこうできなかった。

使徒7:44 わたしたちの先祖せんぞには、荒野こうやにあかしの幕屋まくやがあった。それは、見みたままの型かたにしたがって造つくるようにと、モーセに語かたったかたのご命令めいれいどおりに造つくったものである。

使徒8:6 群衆ぐんしゅうはピリポの話はなしを聞ききき、その行いっていたしるしを見みて、こぞって彼かれの語かたることに耳みみを傾かたむけた。

使徒8:25 使徒しとたちは力強ちからづよくあかしをなし、また主しゅの言げんを語かたった後あと、サマリヤ人にんの多おおくの村々むらむらに福音ふくいんを宣のべ伝つたえて、エルサレムに帰かえった。

使徒8:33 彼かれは、いやしめられて、そのさばきも行おこなわれなかった。だれが、彼かれの子孫しそんのことを語かたることができようか、彼かれの命いのちが地上ちじょうから取とり去さられているからには」。

使徒9:28 それ以来いらい、彼かれは使徒しとたちの仲間なかまに加くわわり、エルサレムに出入でいりし、主しゅの名なによって大胆だいたんに語かたり、

使徒10:44 ペテロがこれらの言葉ことばをまだ語かたり終おえないうちに、それを聞きいていたみんなの人ひとたちに、聖霊せいれいがくだった。

使徒10:46 それは、彼かれらが異言いげんを語かたって神かみをさんびしているのを聞きいたからである。そこで、ペテロが言いいい出だした、

使徒11:14 この人ひとは、あなたとあなたの全ぜん家族かぞくとが救すくわれる言葉ことばを語かたって下くださるであろう』と告つげた次第しだいを、話はなしてくれた。

使徒11:15 そこでわたしが語かたり出だしたところ、聖霊せいれいが、ちょうど最初さいしょわたしたちの上うえにくだったと同おなじように、彼かれらの上うえにくだった。

使徒11:19 さて、ステパノのことで起おこった迫害はくがいのために散ちらされた人々ひとびとは、ピニケ、クプロ、アンテオケまでも進すすんで行いったが、ユダヤ人にん以外いがいの者ものには、だれにも御言みことを語かたっていなかった。

使徒13:45 するとユダヤ人にんたちは、その群衆ぐんしゅうを見みてねたましく思おもい、パウロの語かたることに口くちぎたなく反対はんたいした。

使徒13:46 パウロとバルナバとは大胆だいたんに語かたった、「神かみの言げんは、まず、あなたがたに語かたり伝つたえられなければならなかった。しかし、あなたがたはそれを退しりぞけ、自分じぶん自身じしんを永遠えいえんの命いのちにふさわしからぬ者ものにしてしまったから、さあ、わたしたちはこれから方向ほうこうをかえて、異邦いほう人にんたちの方ほうに行いくのだ。

使徒14:1 ふたりは、イコニオムでも同おなじようにユダヤ人にんの会堂かいどうにはいって語かたった結果けっか、ユダヤ人にんやギリシヤ人にんが大おおぜい信しんじた。

使徒14:3 それにもかかわらず、ふたりは長ながい期間きかんをそこで過すごして、大胆だいたんに主しゅのことを語かたった。主しゅは、彼かれらの手てによってしるしと奇跡きせきとを行おこなわせ、そのめぐみの言葉ことばをあかしされた。

使徒14:9 この人ひとがパウロの語かたるのを聞きいていたが、パウロは彼かれをじっと見みて、いやされるほどの信仰しんこうが彼かれにあるのを認みとめ、

使徒14:12 彼かれらはバルナバをゼウスと呼よび、パウロはおもに語かたる人ひとなので、彼かれをヘルメスと呼よんだ。

使徒14:22 弟子でしたちを力ちからづけ、信仰しんこうを持もちつづけるようにと奨励しょうれいし、「わたしたちが神かみの国くににはいるのには、多おおくの苦難くなんを経へなければならない」と語かたった。

使徒14:25 ペルガで御言みことを語かたった後あと、アタリヤにくだり、

使徒15:13 ふたりが語かたり終おえた後あと、ヤコブはそれに応おうじて述のべた、「兄弟きょうだいたちよ、わたしの意見いけんを聞きいていただきたい。

使徒16:6 それから彼かれらは、アジヤで御言みことを語かたることを聖霊せいれいに禁きんじられたので、フルギヤ・ガラテヤ地方ちほうをとおって行いった。

使徒16:14 ところが、テアテラ市しの紫布むらさきぬのの商人しょうにんで、神かみを敬ううやまうルデヤという婦人ふじんが聞きいていた。主しゅは彼女かのじょの心こころを開ひらいて、パウロの語かたることに耳みみを傾かたむけさせた。

使徒16:32 それから、彼かれとその家族かぞく一同いちどうとに、神かみの言げんを語かたって聞きかせた。

使徒17:19 そこで、彼かれらはパウロをアレオパゴスの評議ひょうぎ所しょに連つれて行いって、「君きみの語かたっている新あたらしい教きょうがどんなものか、知しらせてもらえまいか。

使徒18:9 すると、ある夜よる、幻まぼろしのうちに主しゅがパウロに言いわれた、「恐おそれるな。語かたりつづけよ、黙だまっているな。

使徒18:25 この人ひとは主しゅの道みちに通つうじており、また、霊れいに燃もえてイエスのことを詳くわしく語かたったり教おしえたりしていたが、ただヨハネのバプテスマしか知しっていなかった。

使徒18:26 彼かれは会堂かいどうで大胆だいたんに語かたり始はじめた。それをプリスキラとアクラとが聞きいて、彼かれを招まねきいれ、さらに詳くわしく神かみの道みちを解とき聞きかせた。

使徒19:6 そして、パウロが彼かれらの上うえに手てをおくと、聖霊せいれいが彼かれらにくだり、それから彼かれらは異言いげんを語かたったり、預言よげんをしたりし出だした。

使徒20:7 週しゅうの初はじめの日ひに、わたしたちがパンをさくために集あつまった時とき、パウロは翌日よくじつ出発しゅっぱつすることにしていたので、しきりに人々ひとびとと語かたり合あい、夜中よなかまで語かたりつづけた。

使徒26:22 しかし、わたしは今日きょうに至いたるまで神かみの加護かごを受うけ、このように立たって、小ちいさい者ものにも大おおきい者ものにもあかしをなし、預言よげん者しゃたちやモーセが、今後こんご起おこるべきだと語かたったことを、そのまま述のべてきました。

使徒26:25 パウロが言いった、「フェスト閣下かっかよ、わたしは気きが狂くるってはいません。わたしは、まじめな真実しんじつの言葉ことばを語かたっているだけです。

使徒28:23 そこで、日ひを定さだめて、大おおぜいの人ひとが、パウロの宿やどにつめかけてきたので、朝あさから晩ばんまで、パウロは語かたり続つづけ、神かみの国くにのことをあかしし、またモーセの律法りっぽうや預言よげん者しゃの書しょを引ひいて、イエスについて彼かれらの説得せっとくにつとめた。

使徒28:25 互たがいに意見いけんが合あわなくて、みんなの者ものが帰かえろうとしていた時とき、パウロはひとこと述のべて言いった、「聖霊せいれいはよくも預言よげん者しゃイザヤによって、あなたがたの先祖せんぞに語かたったものである。

ローマ人への手紙(4か所)

ローマ3:19 さて、わたしたちが知しっているように、すべて律法りっぽうの言いうところは、律法りっぽうのもとにある者ものたちに対たいして語かたられている。それは、すべての口くちがふさがれ、全ぜん世界せかいが神かみのさばきに服ふくするためである。

ローマ7:1 それとも、兄弟きょうだいたちよ。あなたがたは知しらないのか。わたしは律法りっぽうを知しっている人々ひとびとに語かたるのであるが、律法りっぽうは人ひとをその生いきている期間きかんだけ支配しはいするものである。

ローマ9:1 わたしはキリストにあって真実しんじつを語かたる。偽いつわりは言いわない。わたしの良心りょうしんも聖霊せいれいによって、わたしにこうあかしをしている。

ローマ15:19 しるしと不思議ふしぎとの力ちから、聖霊せいれいの力ちからによって、働はたらかせて下くださったことの外そとには、あえて何なんも語かたろうとは思おもわない。こうして、わたしはエルサレムから始はじまり、巡めぐりめぐってイルリコに至いたるまで、キリストの福音ふくいんを満みたしてきた。

コリント人への第一の手紙(28か所)

コリント第一1:10 さて兄弟きょうだいたちよ。わたしたちの主しゅイエス・キリストの名なによって、あなたがたに勧すすめる。みな語かたることを一ひとつにし、お互たがいの間あいだに分争ぶんそうがないようにし、同おなじ心こころ、同おなじ思おもいになって、堅かたく結むすび合あっていてほしい。

コリント第一2:6 しかしわたしたちは、円熟えんじゅくしている者ものの間あいだでは、知恵ちえを語かたる。この知恵ちえは、この世よの者ものの知恵ちえではなく、この世よの滅ほろび行いく支配しはい者しゃたちの知恵ちえでもない。

コリント第一2:7 むしろ、わたしたちが語かたるのは、隠かくされた奥義おうぎとしての神かみの知恵ちえである。それは神かみが、わたしたちの受うける栄光えいこうのために、世よの始はじまらぬ先さきから、あらかじめ定さだめておかれたものである。

コリント第一2:13 この賜物たまものについて語かたるにも、わたしたちは人間にんげんの知恵ちえが教おしえる言葉ことばを用もちいないで、御ご霊れいの教おしえる言葉ことばを用もちい、霊れいによって霊れいのことを解釈かいしゃくするのである。

コリント第一12:3 そこで、あなたがたに言いっておくが、神かみの霊れいによって語かたる者ものはだれも「イエスはのろわれよ」とは言いわないし、また、聖霊せいれいによらなければ、だれも「イエスは主しゅである」と言いうことができない。

コリント第一12:28 そして、神かみは教会きょうかいの中なかで、人々ひとびとを立たてて、第だい一いちに使徒しと、第だい二にに預言よげん者しゃ、第だい三さんに教師きょうしとし、次つぎに力ちからあるわざを行おこなう者もの、次つぎにいやしの賜物たまものを持もつ者もの、また補助ほじょ者しゃ、管理かんり者しゃ、種々しゅじゅの異言いげんを語かたる者ものをおかれた。

コリント第一12:30 みんながいやしの賜物たまものを持もっているのだろうか。みんなが異言いげんを語かたるのだろうか。みんなが異言いげんを解とくのだろうか。

コリント第一13:1 たといわたしが、人々ひとびとの言葉ことばや御ご使したちの言葉ことばを語かたっても、もし愛あいがなければ、わたしは、やかましい鐘かねや騒さわがしい鐃にょう鉢ばちと同おなじである。

コリント第一13:11 わたしたちが幼おさな子ごであった時ときには、幼おさな子ごらしく語かたり、幼おさな子ごらしく感かんじ、また、幼おさな子ごらしく考かんがえていた。しかし、おとなとなった今いまは、幼おさな子ごらしいことを捨すててしまった。

コリント第一14:2 異言いげんを語かたる者ものは、人ひとにむかって語かたるのではなく、神かみにむかって語かたるのである。それはだれにもわからない。彼かれはただ、霊れいによって奥義おうぎを語かたっているだけである。

コリント第一14:3 しかし預言よげんをする者ものは、人ひとに語かたってその徳とくを高たかめ、彼かれを励はげまし、慰なぐさめるのである。

コリント第一14:4 異言いげんを語かたる者ものは自分じぶんだけの徳とくを高たかめるが、預言よげんをする者ものは教会きょうかいの徳とくを高たかめる。

コリント第一14:5 わたしは実際じっさい、あなたがたがひとり残のこらず異言いげんを語かたることを望のぞむが、特とくに預言よげんをしてもらいたい。教会きょうかいの徳とくを高たかめるように異言いげんを解とかない限かぎり、異言いげんを語かたる者ものよりも、預言よげんをする者ものの方ほうがまさっている。

コリント第一14:6 だから、兄弟きょうだいたちよ。たといわたしがあなたがたの所ところに行いって異言いげんを語かたるとしても、啓示けいじか知識ちしきか預言よげんか教きょうかを語かたらなければ、あなたがたに、なんの役やくに立たつだろうか。

コリント第一14:9 それと同様どうように、もしあなたがたが異言いげんではっきりしない言葉ことばを語かたれば、どうしてその語かたることがわかるだろうか。それでは、空そらにむかって語かたっていることになる。

コリント第一14:11 もしその言葉ことばの意味いみがわからないなら、語かたっている人ひとにとっては、わたしは異国いこく人にんであり、語かたっている人ひとも、わたしにとっては異国いこく人にんである。

コリント第一14:13 このようなわけであるから、異言いげんを語かたる者ものは、自分じぶんでそれを解とくことができるように祈いのりなさい。

コリント第一14:18 わたしは、あなたがたのうちのだれよりも多おおく異言いげんが語かたれることを、神かみに感謝かんしゃする。

コリント第一14:19 しかし教会きょうかいでは、一いち万まんの言葉ことばを異言いげんで語かたるよりも、ほかの人ひとたちをも教おしえるために、むしろ五いつつの言葉ことばを知性ちせいによって語かたる方ほうが願ねがわしい。

コリント第一14:21 律法りっぽうにこう書かいてある、「わたしは、異国いこくの舌したと異国いこくのくちびるとで、この民たみに語かたるが、それでも、彼かれらはわたしに耳みみを傾かたむけない、と主しゅが仰おおせになる」。

コリント第一14:23 もし全教ぜんきょう会かいが一緒いっしょに集あつまって、全員ぜんいんが異言いげんを語かたっているところに、初心しょしん者しゃか不ふ信者しんじゃかがはいってきたら、彼かれらはあなたがたを気違きちがいだと言ゆうだろう。

コリント第一14:26 すると、兄弟きょうだいたちよ。どうしたらよいのか。あなたがたが一緒いっしょに集あつまる時とき、各自かくじはさんびを歌うたい、教きょうをなし、啓示けいじを告つげ、異言いげんを語かたり、それを解とくのであるが、すべては徳とくを高たかめるためにすべきである。

コリント第一14:27 もし異言いげんを語かたる者ものがあれば、ふたりか、多おおくて三さん人にんの者ものが、順々じゅんじゅんに語かたり、そして、ひとりがそれを解とくべきである。

コリント第一14:28 もし解とく者ものがいない時ときには、教会きょうかいでは黙だまっていて、自分じぶんに対たいしまた神かみに対たいして語かたっているべきである。

コリント第一14:29 預言よげんをする者ものの場合ばあいにも、ふたりか三さん人にんかが語かたり、ほかの者ものはそれを吟味ぎんみすべきである。

コリント第一14:34 婦人ふじんたちは教会きょうかいでは黙だまっていなければならない。彼かれらは語かたることが許ゆるされていない。だから、律法りっぽうも命めいじているように、服従ふくじゅうすべきである。

コリント第一14:35 もし何なんか学まなびたいことがあれば、家いえで自分じぶんの夫おっとに尋たずねるがよい。教会きょうかいで語かたるのは、婦人ふじんにとっては恥はずべきことである。

コリント第一14:39 わたしの兄弟きょうだいたちよ。このようなわけだから、預言よげんすることを熱心ねっしんに求もとめなさい。また、異言いげんを語かたることを妨さまたげてはならない。

コリント人への第二の手紙(8か所)

コリント第二2:17 しかし、わたしたちは、多おおくの人ひとのように神かみの言げんを売物うりものにせず、真心まごころをこめて、神かみにつかわされた者ものとして神かみのみまえで、キリストにあって語かたるのである。

コリント第二3:12 こうした望のぞみをいだいているので、わたしたちは思おもいきって大胆だいたんに語かたり、

コリント第二4:13 「わたしは信しんじた。それゆえに語かたった」としるしてあるとおり、それと同おなじ信仰しんこうの霊れいを持もっているので、わたしたちも信しんじている。それゆえに語かたるのである。

コリント第二7:14 そして、わたしは彼かれに対たいしてあなたがたのことを少すこしく誇ほこったが、それはわたしの恥はじにならないですんだ。あなたがたにいっさいのことを真実しんじつに語かたったように、テトスに対たいして誇ほこったことも真実しんじつとなってきたのである。

コリント第二12:1 わたしは誇ほこらざるを得えないので、無益むえきではあろうが、主しゅのまぼろしと啓示けいじとについて語かたろう。

コリント第二12:4 パラダイスに引ひき上あげられ、そして口くちに言い表わせいいあらわせない、人間にんげんが語かたってはならない言葉ことばを聞きいたのを、わたしは知しっている。

コリント第二12:19 あなたがたは、わたしたちがあなたがたに対たいして弁明べんめいをしているのだと、今いままでずっと思おもってきたであろう。しかし、わたしたちは、神かみのみまえでキリストにあって語かたっているのである。愛あいする者ものたちよ。これらすべてのことは、あなたがたの徳とくを高たかめるためなのである。

コリント第二13:3 なぜなら、あなたがたが、キリストのわたしにあって語かたっておられるという証拠しょうこを求もとめているからである。キリストは、あなたがたに対たいして弱よわくはなく、あなたがたのうちにあって強つよい。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ4:16 それだのに、真理しんりを語かたったために、わたしはあなたがたの敵てきになったのか。

エペソ人への手紙(5か所)

エペソ4:15 愛あいにあって真理しんりを語かたり、あらゆる点てんにおいて成長せいちょうし、かしらなるキリストに達たっするのである。

エペソ4:25 こういうわけだから、あなたがたは偽いつわりを捨すてて、おのおの隣となり人びとに対たいして、真実しんじつを語かたりなさい。わたしたちは、お互たがいに肢体したいなのであるから。

エペソ4:29 悪わるい言葉ことばをいっさい、あなたがたの口くちから出だしてはいけない。必要ひつようがあれば、人ひとの徳とくを高たかめるのに役立やくだつような言葉ことばを語かたって、聞きいている者ものの益えきになるようにしなさい。

エペソ6:19 また、わたしが口くちを開ひらくときに語かたるべき言葉ことばを賜たまわり、大胆だいたんに福音ふくいんの奥義おうぎを明あきらかに示ししめしうるように、わたしのためにも祈いのってほしい。

エペソ6:20 わたしはこの福音ふくいんのための使節しせつであり、そして鎖くさりにつながれているのであるが、つながれていても、語かたるべき時ときには大胆だいたんに語かたれるように祈いのってほしい。

ピリピ人への手紙(3か所)

ピリピ1:14 そして兄弟きょうだいたちのうち多おおくの者ものは、わたしの入獄にゅうごくによって主しゅにある確信かくしんを得え、恐おそれることなく、ますます勇敢ゆうかんに、神かみの言げんを語かたるようになった。

ピリピ1:20 そこで、わたしが切実せつじつな思おもいで待まち望のぞむことは、わたしが、どんなことがあっても恥はじることなく、かえって、いつものように今いまも、大胆だいたんに語かたることによって、生いきるにも死しぬにも、わたしの身みによってキリストがあがめられることである。

ピリピ3:18 わたしがそう言いうのは、キリストの十字じゅうじ架かに敵対てきたいして歩あるいている者ものが多おおいからである。わたしは、彼かれらのことをしばしばあなたがたに話はなしたが、今いままた涙なみだを流ながして語かたる。

コロサイ人への手紙(2か所)

コロサイ4:3 同時どうじにわたしたちのためにも、神かみが御言みことのために門もんを開ひらいて下くださって、わたしたちがキリストの奥義おうぎを語かたれるように(わたしは、実じつは、そのために獄ごくにつながれているのである)、

コロサイ4:4 また、わたしが語かたるべきことをはっきりと語かたれるように、祈いのってほしい。

テサロニケ人への第一の手紙(3か所)

テサロニケ第一2:2 それどころか、あなたがたが知しっているように、わたしたちは、先さきにピリピで苦くるしめられ、はずかしめられたにもかかわらず、わたしたちの神かみに勇気ゆうきを与あたえられて、激はげしい苦闘くとうのうちに神かみの福音ふくいんをあなたがたに語かたったのである。

テサロニケ第一2:4 かえって、わたしたちは神かみの信任しんにんを受うけて福音ふくいんを託たくされたので、人間にんげんに喜よろこばれるためではなく、わたしたちの心こころを見分みわける神かみに喜よろこばれるように、福音ふくいんを語かたるのである。

テサロニケ第一2:16 わたしたちが異邦いほう人にんに救すくいの言げんを語かたるのを妨さまたげて、絶たえず自分じぶんの罪つみを満みたしている。そこで、神かみの怒いかりは最ももっとも激はげしく彼かれらに臨のぞむに至いたったのである。

テサロニケ人への第二の手紙(1か所)

テサロニケ第二2:17 あなたがたの心こころを励はげまし、あなたがたを強つよめて、すべての良よいわざを行おこない、正ただしい言葉ことばを語かたる者ものとして下くださるように。

テトスへの手紙(2か所)

テトス2:1 しかし、あなたは、健全けんぜんな教きょうにかなうことを語かたりなさい。

テトス2:15 あなたは、権威けんいをもってこれらのことを語かたり、勧すすめ、また責せめなさい。だれにも軽かろんじられてはならない。

ヘブル人への手紙(13か所)

ヘブル1:1 神かみは、むかしは、預言よげん者しゃたちにより、いろいろな時ときに、いろいろな方法ほうほうで、先祖せんぞたちに語かたられたが、

ヘブル1:2 この終おわりの時ときには、御子みこによって、わたしたちに語かたられたのである。神かみは御子みこを万物ばんぶつの相続そうぞく者しゃと定さだめ、また、御子みこによって、もろもろの世界せかいを造つくられた。

ヘブル2:2 というのは、御ご使したちをとおして語かたられた御言みことが効力こうりょくを持もち、あらゆる罪過ざいかと不ふ従順じゅうじゅんとに対たいして正当せいとうな報むくいが加くわえられたとすれば、

ヘブル2:3 わたしたちは、こんなに尊とうとい救すくいをなおざりにしては、どうして報むくいをのがれることができようか。この救すくいは、初はじめ主しゅによって語かたられたものであって、聞きいた人々ひとびとからわたしたちにあかしされ、

ヘブル2:5 いったい、神かみは、わたしたちがここで語かたっているきたるべき世界せかいを、御ご使したちに服従ふくじゅうさせることは、なさらなかった。

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