「人々」(ひとびと)が出てくる聖書の箇所

「人々」(ひとびと)は口語訳の2104か所(旧約1550・新約554)に出てきます。「人人」も含みます。日常訳第1版では2158か所。

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2104か所を200か所ずつ11ページに分けています(9ページ目)。

マタイによる福音書(71か所)

マタイ21:26 しかし、もし人ひとからだと言いえば、群衆ぐんしゅうが恐おそろしい。人々ひとびとがみなヨハネを預言よげん者しゃと思おもっているのだから」。

マタイ22:6 またほかの人々ひとびとは、この僕ぼくたちをつかまえて侮辱ぶじょくを加くわえた上うえ、殺ころしてしまった。

マタイ22:8 それから僕ぼくたちに言いった、『婚こん宴えんの用意よういはできているが、招まねかれていたのは、ふさわしくない人々ひとびとであった。

マタイ23:4 また、重おもい荷物にもつをくくって人々ひとびとの肩かたにのせるが、それを動うごかすために、自分じぶんでは指ゆび一いち本ぽんも貸かそうとはしない。

マタイ23:7 広場ひろばであいさつされることや、人々ひとびとから先生せんせいと呼よばれることを好このんでいる。

マタイ23:13 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、天国てんごくを閉とざして人々ひとびとをはいらせない。自分じぶんもはいらないし、はいろうとする人ひとをはいらせもしない。〔

マタイ24:9 そのとき人々ひとびとは、あなたがたを苦くるしみにあわせ、また殺ころすであろう。またあなたがたは、わたしの名なのゆえにすべての民たみに憎にくまれるであろう。

マタイ24:16 そのとき、ユダヤにいる人々ひとびとは山やまへ逃にげよ。

マタイ24:26 だから、人々ひとびとが『見みよ、彼かれは荒野こうやにいる』と言いっても、出でて行いくな。また『見みよ、へやの中なかにいる』と言いっても、信しんじるな。

マタイ24:30 そのとき、人ひとの子このしるしが天てんに現あらわれるであろう。またそのとき、地ちのすべての民族みんぞくは嘆なげき、そして力ちからと大おおいなる栄光えいこうとをもって、人ひとの子こが天てんの雲くもに乗のって来くるのを、人々ひとびとは見みるであろう。

マタイ24:38 すなわち、洪水こうずいの出でる前まえ、ノアが箱舟はこぶねにはいる日ひまで、人々ひとびとは食くい、飲のみ、めとり、とつぎなどしていた。

マタイ25:34 そのとき、王おうは右みぎにいる人々ひとびとに言ゆうであろう、『わたしの父ちちに祝福しゅくふくされた人ひとたちよ、さあ、世よの初はじめからあなたがたのために用意よういされている御お国くにを受うけつぎなさい。

マタイ25:41 それから、左ひだりにいる人々ひとびとにも言ゆうであろう、『のろわれた者ものどもよ、わたしを離はなれて、悪魔あくまとその使つかいたちとのために用意よういされている永遠えいえんの火ひにはいってしまえ。

マタイ26:50 しかし、イエスは彼かれに言いわれた、「友ともよ、なんのためにきたのか」。このとき、人々ひとびとが進すすみ寄よって、イエスに手てをかけてつかまえた。

マタイ26:62 すると、大だい祭司さいしが立たち上あがってイエスに言いった、「何なんも答こたえないのか。これらの人々ひとびとがあなたに対たいして不利ふりな証言しょうげんを申もうし立たてているが、どうなのか」。

マタイ26:71 そう言いって入口いりぐちの方ほうに出でて行いくと、ほかの女中じょちゅうが彼かれを見みて、そこにいる人々ひとびとにむかって、「この人ひとはナザレ人にんイエスと一緒いっしょだった」と言いった。

マタイ26:73 しばらくして、そこに立たっていた人々ひとびとが近寄ちかよってきて、ペテロに言いった、「確たしかにあなたも彼かれらの仲間なかまだ。言葉ことばづかいであなたのことがわかる」。

マタイ27:47 すると、そこに立たっていたある人々ひとびとが、これを聞きいて言いった、「あれはエリヤを呼よんでいるのだ」。

マタイ27:49 ほかの人々ひとびとは言いった、「待まて、エリヤが彼かれを救すくいに来くるかどうか、見みていよう」。

マタイ27:54 百ひゃく卒そつ長ちょう、および彼かれと一緒いっしょにイエスの番ばんをしていた人々ひとびとは、地震じしんや、いろいろのできごとを見みて非常ひじょうに恐おそれ、「まことに、この人ひとは神かみの子こであった」と言いった。

マタイ28:11 女おんなたちが行いっている間あいだに、番人ばんにんのうちのある人々ひとびとが都とに帰かえって、いっさいの出来事できごとを祭司さいし長ちょうたちに話はなした。

マルコによる福音書(66か所)

マルコ1:22 人々ひとびとは、その教きょうに驚おどろいた。律法りっぽう学がく者しゃたちのようにではなく、権威けんいある者もののように、教おしえられたからである。

マルコ1:27 人々ひとびとはみな驚おどろきのあまり、互たがいに論ろんじて言いった、「これは、いったい何事なにごとか。権威けんいある新あたらしい教きょうだ。けがれた霊れいにさえ命めいじられると、彼かれらは従したがうのだ」。

マルコ1:30 ところが、シモンのしゅうとめが熱病ねつびょうで床ゆかについていたので、人々ひとびとはさっそく、そのことをイエスに知しらせた。

マルコ1:32 夕暮ゆうぐれになり日ひが沈しずむと、人々ひとびとは病人びょうにんや悪霊あくりょうにつかれた者ものをみな、イエスのところに連つれてきた。

マルコ1:34 イエスは、さまざまの病やまいをわずらっている多おおくの人々ひとびとをいやし、また多おおくの悪霊あくりょうを追おい出だされた。また、悪霊あくりょうどもに、物もの言いうことをお許ゆるしにならなかった。彼かれらがイエスを知しっていたからである。

マルコ1:44 「何なんも人ひとに話はなさないように、注意ちゅういしなさい。ただ行いって、自分じぶんのからだを祭司さいしに見みせ、それから、モーセが命めいじた物ものをあなたのきよめのためにささげて、人々ひとびとに証明しょうめいしなさい」。

マルコ1:45 しかし、彼かれは出でて行いって、自分じぶんの身みに起おこったことを盛さかんに語かたり、また言いいいひろめはじめたので、イエスはもはや表立おもてだっては町まちに、はいることができなくなり、外そとの寂さびしい所ところにとどまっておられた。しかし、人々ひとびとは方々かたがたから、イエスのところにぞくぞくと集あつまってきた。

マルコ2:2 多おおくの人々ひとびとが集あつまってきて、もはや戸口とぐちのあたりまでも、すきまが無ないほどになった。そして、イエスは御言みことを彼かれらに語かたっておられた。

マルコ2:3 すると、人々ひとびとがひとりの中風ちゅうぶの者ものを四よん人にんの人ひとに運はこばせて、イエスのところに連つれてきた。

マルコ2:13 イエスはまた海うみべに出でて行いかれると、多おおくの人々ひとびとがみもとに集あつまってきたので、彼かれらを教おしえられた。

マルコ2:18 ヨハネの弟子でしとパリサイ人にんとは、断食だんじきをしていた。そこで人々ひとびとがきて、イエスに言いった、「ヨハネの弟子でしたちとパリサイ人にんの弟子でしたちとが断食だんじきをしているのに、あなたの弟子でしたちは、なぜ断食だんじきをしないのですか」。

マルコ3:2 人々ひとびとはイエスを訴うったえようと思おもって、安息あんそく日ひにその人ひとをいやされるかどうかをうかがっていた。

マルコ3:4 人々ひとびとにむかって、「安息あんそく日ひに善ぜんを行おこなうのと悪あくを行おこなうのと、命いのちを救すくうのと殺ころすのと、どちらがよいか」と言いわれた。彼かれらは黙だまっていた。

マルコ3:34 そして、自分じぶんをとりかこんで、すわっている人々ひとびとを見みまわして、言いわれた、「ごらんなさい、ここにわたしの母はは、わたしの兄弟きょうだいがいる。

マルコ4:33 イエスはこのような多おおくの譬たとえで、人々ひとびとの聞きく力ちからにしたがって、御言みことを語かたられた。

マルコ5:14 豚ぶたを飼かう者ものたちが逃にげ出だして、町まちや村むらにふれまわったので、人々ひとびとは何事なにごとが起おこったのかと見みにきた。

マルコ5:17 そこで、人々ひとびとはイエスに、この地方ちほうから出でて行いっていただきたいと、頼たのみはじめた。

マルコ5:20 そこで、彼かれは立たち去さり、そして自分じぶんにイエスがしてくださったことを、ことごとくデカポリスの地方ちほうに言いいいひろめ出だしたので、人々ひとびとはみな驚おどろき怪あやしんだ。

マルコ5:35 イエスが、まだ話はなしておられるうちに、会堂かいどう司しの家いえから人々ひとびとがきて言いった、「あなたの娘むすめはなくなりました。このうえ、先生せんせいを煩わずらわすには及およびますまい」。

マルコ5:38 彼かれらが会堂かいどう司しの家いえに着つくと、イエスは人々ひとびとが大声おおごえで泣ないたり、叫さけんだりして、騒さわいでいるのをごらんになり、

マルコ5:40 人々ひとびとはイエスをあざ笑わらった。しかし、イエスはみんなの者ものを外そとに出だし、子供こどもの父母ふぼと供ともの者ものたちだけを連つれて、子供こどものいる所ところにはいって行いかれた。

マルコ6:2 そして、安息あんそく日ひになったので、会堂かいどうで教おしえはじめられた。それを聞きいた多おおくの人々ひとびとは、驚おどろいて言いった、「この人ひとは、これらのことをどこで習ならってきたのか。また、この人ひとの授さずかった知恵ちえはどうだろう。このような力ちからあるわざがその手てで行おこなわれているのは、どうしてか。

マルコ6:14 さて、イエスの名なが知しれわたって、ヘロデ王おうの耳みみにはいった。ある人々ひとびとは「バプテスマのヨハネが、死人しにんの中なかからよみがえってきたのだ。それで、あのような力ちからが彼かれのうちに働はたらいているのだ」と言いいい、

マルコ6:15 他ほかの人々ひとびとは「彼かれはエリヤだ」と言いいい、また他ほかの人々ひとびとは「昔むかしの預言よげん者しゃのような預言よげん者しゃだ」と言いった。

マルコ6:33 ところが、多おおくの人々ひとびとは彼かれらが出でかけて行いくのを見み、それと気きづいて、方々かたがたの町々まちまちからそこへ、一いっせいに駆かけつけ、彼かれらより先さきに着ついた。

マルコ6:40 人々ひとびとは、あるいは百ひゃく人にんずつ、あるいは五十ごじゅう人にんずつ、列れつをつくってすわった。

マルコ6:54 そして舟ふねからあがると、人々ひとびとはすぐイエスと知しって、

マルコ7:32 すると人々ひとびとは、耳みみが聞きこえず口くちのきけない人ひとを、みもとに連つれてきて、手てを置おいてやっていただきたいとお願ねがいした。

マルコ7:36 イエスは、この事ことをだれにも言いってはならぬと、人々ひとびとに口止くちどめをされたが、口止くちどめをすればするほど、かえって、ますます言いいいひろめた。

マルコ8:4 弟子でしたちは答こたえた、「こんな荒野あらので、どこからパンを手てに入いれて、これらの人々ひとびとにじゅうぶん食たべさせることができましょうか」。

マルコ8:6 そこでイエスは群衆ぐんしゅうに地ちにすわるように命めいじられた。そして七ななつのパンを取とり、感謝かんしゃしてこれをさき、人々ひとびとに配くばるように弟子でしたちに渡わたされると、弟子でしたちはそれを群衆ぐんしゅうに配くばった。

マルコ8:7 また小ちいさい魚さかなが少すこしばかりあったので、祝福しゅくふくして、それをも人々ひとびとに配くばるようにと言いわれた。

マルコ8:9 人々ひとびとの数かずはおよそ四千よんせん人にんであった。それからイエスは彼かれらを解散かいさんさせ、

マルコ8:22 そのうちに、彼かれらはベツサイダに着ついた。すると人々ひとびとが、ひとりの盲人もうじんを連つれてきて、さわってやっていただきたいとお願ねがいした。

マルコ8:27 さて、イエスは弟子でしたちとピリポ・カイザリヤの村々むらむらへ出でかけられたが、その途中とちゅうで、弟子でしたちに尋たずねて言いわれた、「人々ひとびとは、わたしをだれと言いっているか」。

マルコ9:13 しかしあなたがたに言いっておく、エリヤはすでにきたのだ。そして彼かれについて書かいてあるように、人々ひとびとは自分じぶんかってに彼かれをあしらった」。

マルコ9:20 そこで人々ひとびとは、その子こをみもとに連つれてきた。霊れいがイエスを見みるや否いなや、その子こをひきつけさせたので、子こは地ちに倒たおれ、あわを吹ふきながらころげまわった。

マルコ9:31 それは、イエスが弟子でしたちに教おしえて、「人ひとの子こは人々ひとびとの手てにわたされ、彼かれらに殺ころされ、殺ころされてから三みっ日かの後あとによみがえるであろう」と言いっておられたからである。

マルコ10:13 イエスにさわっていただくために、人々ひとびとが幼おさな子ごらをみもとに連つれてきた。ところが、弟子でしたちは彼かれらをたしなめた。

マルコ10:21 イエスは彼かれに目めをとめ、いつくしんで言いわれた、「あなたに足たりないことが一ひとつある。帰かえって、持もっているものをみな売うり払はらって、貧まずしい人々ひとびとに施ほどこしなさい。そうすれば、天てんに宝たからを持もつようになろう。そして、わたしに従したがってきなさい」。

マルコ10:40 しかし、わたしの右みぎ、左ひだりにすわらせることは、わたしのすることではなく、ただ備そなえられている人々ひとびとだけに許ゆるされることである」。

マルコ10:42 そこで、イエスは彼かれらを呼よび寄よせて言いわれた、「あなたがたの知しっているとおり、異邦いほう人にんの支配しはい者しゃと見みられている人々ひとびとは、その民たみを治おさめ、また偉えらい人ひとたちは、その民たみの上うえに権力けんりょくをふるっている。

マルコ10:48 多おおくの人々ひとびとは彼かれをしかって黙だまらせようとしたが、彼かれはますます激はげしく叫さけびつづけた、「ダビデの子こイエスよ、わたしをあわれんでください」。

マルコ10:49 イエスは立たちどまって「彼かれを呼よべ」と命めいじられた。そこで、人々ひとびとはその盲人もうじんを呼よんで言いった、「喜よろこべ、立たて、おまえを呼よんでおられる」。

マルコ11:5 すると、そこに立たっていた人々ひとびとが言いった、「そのろばの子こを解といて、どうするのか」。

マルコ11:8 すると多おおくの人々ひとびとは自分じぶんたちの上着うわぎを道みちに敷しき、また他ほかの人々ひとびとは葉はのついた枝えだを野原のはらから切きってきて敷しいた。

マルコ11:15 それから、彼かれらはエルサレムにきた。イエスは宮みやに入はいり、宮みやの庭にわで売うり買かいしていた人々ひとびとを追おい出だしはじめ、両替りょうがえ人にんの台だいや、はとを売うる者ものの腰掛こしかけをくつがえし、

マルコ11:32 しかし、人ひとからだと言いえば……」。彼かれらは群衆ぐんしゅうを恐おそれていた。人々ひとびとが皆みな、ヨハネを預言よげん者しゃだとほんとうに思おもっていたからである。

マルコ12:9 このぶどう園えんの主人しゅじんは、どうするだろうか。彼かれは出でてきて、農夫のうふたちを殺ころし、ぶどう園えんを他ほかの人々ひとびとに与あたえるであろう。

マルコ12:13 さて、人々ひとびとはパリサイ人にんやヘロデ党とうの者ものを数すう人にん、イエスのもとにつかわして、その言葉ことばじりを捕とらえようとした。

マルコ13:11 そして、人々ひとびとがあなたがたを連つれて行いって引ひきわたすとき、何なんを言いおうかと、前まえもって心配しんぱいするな。その場合ばあい、自分じぶんに示しめされることを語かたるがよい。語かたる者ものはあなたがた自身じしんではなくて、聖霊せいれいである。

マルコ13:14 荒あらす憎にくむべきものが、立たってはならぬ所ところに立たつのを見みたならば(読者どくしゃよ、悟さとれ)、そのとき、ユダヤにいる人々ひとびとは山やまへ逃にげよ。

マルコ13:26 そのとき、大おおいなる力ちからと栄光えいこうとをもって、人ひとの子こが雲くもに乗のって来くるのを、人々ひとびとは見みるであろう。

マルコ13:37 目めをさましていなさい。わたしがあなたがたに言いうこの言葉ことばは、すべての人々ひとびとに言いうのである」。

マルコ14:4 すると、ある人々ひとびとが憤いきどおって互たがいに言いった、「なんのために香油こうゆをこんなにむだにするのか。

マルコ14:46 人々ひとびとはイエスに手てをかけてつかまえた。

マルコ14:51 ときに、ある若者わかものが身みに亜あ麻布まふをまとって、イエスのあとについて行いったが、人々ひとびとが彼かれをつかまえようとしたので、

マルコ14:57 ついに、ある人々ひとびとが立たちあがり、イエスに対たいして偽証ぎしょうを立たてて言いった、

マルコ14:60 そこで大だい祭司さいしが立たちあがって、まん中なかに進すすみ、イエスに聞ききただして言いった、「何なんも答こたえないのか。これらの人々ひとびとがあなたに対たいして不利ふりな証言しょうげんを申もうし立たてているが、どうなのか」。

マルコ14:69 ところが、先さきの女中じょちゅうが彼かれを見みて、そばに立たっていた人々ひとびとに、またもや「この人ひとはあの仲間なかまのひとりです」と言いいいだした。

マルコ15:6 さて、祭まつりのたびごとに、ピラトは人々ひとびとが願ねがい出でる囚人しゅうじんひとりを、ゆるしてやることにしていた。

マルコ15:21 そこへ、アレキサンデルとルポスとの父ちちシモンというクレネ人ひとが、郊外こうがいからきて通とおりかかったので、人々ひとびとはイエスの十字じゅうじ架かを無理むりに負おわせた。

マルコ15:35 すると、そばに立たっていたある人々ひとびとが、これを聞きいて言いった、「そら、エリヤを呼よんでいる」。

マルコ16:10 マリヤは、イエスと一緒いっしょにいた人々ひとびとが泣なき悲かなしんでいる所ところに行いって、それを知しらせた。

マルコ16:13 このふたりも、ほかの人々ひとびとの所ところに行いって話はなしたが、彼かれらはその話はなしを信しんじなかった。

マルコ16:14 その後ご、イエスは十じゅう一いち弟子でしが食卓しょくたくについているところに現あらわれ、彼かれらの不ふ信仰しんこうと、心こころのかたくななことをお責せめになった。彼かれらは、よみがえられたイエスを見みた人々ひとびとの言いうことを、信しんじなかったからである。

ルカによる福音書(90か所)

ルカ1:1 わたしたちの間あいだに成就じょうじゅされた出来事できごとを、最初さいしょから親したしく見みた人々ひとびとであって、

ルカ1:2 御言みことに仕つかえた人々ひとびとが伝つたえたとおり物語ものがたりに書かき連つらねようと、多おおくの人ひとが手てを着つけましたが、

ルカ1:14 彼かれはあなたに喜よろこびと楽たのしみとをもたらし、多おおくの人々ひとびともその誕生たんじょうを喜よろこぶであろう。

ルカ1:22 ついに彼かれは出でてきたが、物ものが言いえなかったので、人々ひとびとは彼かれが聖せい所内しょないでまぼろしを見みたのだと悟さとった。彼かれは彼かれらに合図あいずをするだけで、引ひきつづき、おしのままでいた。

ルカ1:25 「主しゅは、今いまわたしを心こころにかけてくださって、人々ひとびとの間あいだからわたしの恥はじを取とり除のぞくために、こうしてくださいました」と言いった。

ルカ1:48 この卑いやしい女おんなをさえ、心こころにかけてくださいました。今いまからのち代々だいだいの人々ひとびとは、わたしをさいわいな女おんなと言ゆうでしょう、

ルカ1:58 近所きんじょの人々ひとびとや親族しんぞくは、主しゅが大おおきなあわれみを彼女かのじょにおかけになったことを聞きいて、共ともどもに喜よろこんだ。

ルカ1:59 八よう日か目めになったので、幼おさな子ごに割礼かつれいをするために人々ひとびとがきて、父ちちの名なにちなんでザカリヤという名なにしようとした。

ルカ1:61 人々ひとびとは、「あなたの親族しんぞくの中なかには、そういう名なのついた者ものは、ひとりもいません」と彼女かのじょに言いった。

ルカ1:65 近所きんじょの人々ひとびとはみな恐おそれをいだき、またユダヤの山里やまざとの至いたるところに、これらの事ことがことごとく語かたり伝つたえられたので、

ルカ2:3 人々ひとびとはみな登録とうろくをするために、それぞれ自分じぶんの町まちへ帰かえって行いった。

ルカ2:14 「いと高たかきところでは、神かみに栄光えいこうがあるように、地ちの上うえでは、み心こころにかなう人々ひとびとに平和へいわがあるように」。

ルカ2:17 彼かれらに会あった上うえで、この子こについて自分じぶんたちに告つげ知しらされた事ことを、人々ひとびとに伝つたえた。

ルカ2:18 人々ひとびとはみな、羊飼ひつじかいたちが話はなしてくれたことを聞きいて、不思議ふしぎに思おもった。

ルカ2:38 この老女ろうじょも、ちょうどそのとき近寄ちかよってきて、神かみに感謝かんしゃをささげ、そしてこの幼おさな子ごのことを、エルサレムの救すくいを待まち望のぞんでいるすべての人々ひとびとに語かたりきかせた。

ルカ2:47 聞きく人々ひとびとはみな、イエスの賢かしこさやその答こたえに驚嘆きょうたんしていた。

ルカ3:23 イエスが宣教せんきょうをはじめられたのは、年としおよそ三十さんじゅう歳さいの時ときであって、人々ひとびとの考かんがえによれば、ヨセフの子こであった。ヨセフはヘリの子こ、

ルカ4:18 「主しゅの御ご霊れいがわたしに宿やどっている。貧まずしい人々ひとびとに福音ふくいんを宣のべ伝つたえさせるために、わたしを聖別せいべつしてくださったからである。主しゅはわたしをつかわして、囚人しゅうじんが解放かいほうされ、盲人もうじんの目めが開ひらかれることを告つげ知しらせ、打うちひしがれている者ものに自由じゆうを得えさせ、

ルカ4:31 それから、イエスはガリラヤの町まちカペナウムに下くだって行いかれた。そして安息あんそく日ひになると、人々ひとびとをお教おしえになったが、

ルカ4:38 イエスは会堂かいどうを出でてシモンの家いえにおはいりになった。ところがシモンのしゅうとめが高たかい熱ねつを病やんでいたので、人々ひとびとは彼女かのじょのためにイエスにお願ねがいした。

ルカ4:40 日ひが暮くれると、いろいろな病気びょうきになやむ者ものをかかえている人々ひとびとが、皆みなそれをイエスのところに連つれてきたので、そのひとりびとりに手てを置おいて、おいやしになった。

ルカ4:41 悪霊あくりょうも「あなたこそ神かみの子こです」と叫さけびながら多おおくの人々ひとびとから出でていった。しかし、イエスは彼かれらを戒いましめて、物ものを言いうことをお許ゆるしにならなかった。彼かれらがイエスはキリストだと知しっていたからである。

ルカ5:14 イエスは、だれにも話はなさないようにと彼かれに言い聞かせいいきかせ、「ただ行いって自分じぶんのからだを祭司さいしに見みせ、それからあなたのきよめのため、モーセが命めいじたとおりのささげ物ものをして、人々ひとびとに証明しょうめいしなさい」とお命めいじになった。

ルカ5:17 ある日ひのこと、イエスが教おしえておられると、ガリラヤやユダヤの方々かたがたの村むらから、またエルサレムからきたパリサイ人にんや律法りっぽう学がく者しゃたちが、そこにすわっていた。主しゅの力ちからが働はたらいて、イエスは人々ひとびとをいやされた。

ルカ5:18 その時とき、ある人々ひとびとが、ひとりの中風ちゅうぶをわずらっている人ひとを床ゆかにのせたまま連つれてきて、家いえの中なかに運はこび入いれ、イエスの前まえに置おこうとした。

ルカ5:29 それから、レビは自分じぶんの家いえで、イエスのために盛大せいだいな宴会えんかいを催もよおしたが、取とり税ぜい人にんやそのほか大おおぜいの人々ひとびとが、共ともに食卓しょくたくに着ついていた。

ルカ6:22 人々ひとびとがあなたがたを憎にくむとき、また人ひとの子このためにあなたがたを排斥はいせきし、ののしり、汚名おめいを着きせるときは、あなたがたはさいわいだ。

ルカ6:31 人々ひとびとにしてほしいと、あなたがたの望のぞむことを、人々ひとびとにもそのとおりにせよ。

ルカ6:38 与あたえよ。そうすれば、自分じぶんにも与あたえられるであろう。人々ひとびとはおし入いれ、ゆすり入いれ、あふれ出でるまでに量りょうをよくして、あなたがたのふところに入いれてくれるであろう。あなたがたの量はかるその量はかりで、自分じぶんにも量はかりかえされるであろうから」。

ルカ7:1 イエスはこれらの言葉ことばをことごとく人々ひとびとに聞きかせてしまったのち、カペナウムに帰かえってこられた。

ルカ7:16 人々ひとびとはみな恐おそれをいだき、「大だい預言よげん者しゃがわたしたちの間あいだに現あらわれた」、また、「神かみはその民たみを顧かえりみてくださった」と言いって、神かみをほめたたえた。

ルカ7:21 そのとき、イエスはさまざまの病苦びょうくと悪霊あくりょうとに悩なやむ人々ひとびとをいやし、また多おおくの盲人もうじんを見みえるようにしておられたが、

ルカ7:22 答こたえて言いわれた、「行いって、あなたがたが見聞みきしたことを、ヨハネに報告ほうこくしなさい。盲人もうじんは見みえ、足あしなえは歩あるき、らい病びょう人にんはきよまり、耳じしいは聞きこえ、死人しにんは生いきかえり、貧まずしい人々ひとびとは福音ふくいんを聞きかされている。

ルカ7:25 では、何なんを見みに出でてきたのか。柔やわらかい着物きものをまとった人ひとか。きらびやかに着きかざって、ぜいたくに暮くらしている人々ひとびとなら、宮殿きゅうでんにいる。

ルカ7:31 だから今いまの時代じだいの人々ひとびとを何なんに比くらべようか。彼かれらは何なんに似にているか。

ルカ8:21 するとイエスは人々ひとびとにむかって言いわれた、「神かみの御言みことを聞きいて行おこなう者ものこそ、わたしの母はは、わたしの兄弟きょうだいなのである」。

ルカ8:35 人々ひとびとはこの出来事できごとを見みに出でてきた。そして、イエスのところにきて、悪霊あくりょうを追おい出だしてもらった人ひとが着物きものを着きて、正気しょうきになってイエスの足あしもとにすわっているのを見みて、恐おそれた。

ルカ8:45 イエスは言いわれた、「わたしにさわったのは、だれか」。人々ひとびとはみな自分じぶんではないと言いったので、ペテロが「先生せんせい、群衆ぐんしゅうがあなたを取とり囲かこんで、ひしめき合あっているのです」と答こたえた。

ルカ8:52 人々ひとびとはみな、娘むすめのために泣なき悲かなしんでいた。イエスは言いわれた、「泣なくな、娘むすめは死しんだのではない。眠ねむっているだけである」。

ルカ8:53 人々ひとびとは娘むすめが死しんだことを知しっていたので、イエスをあざ笑わらった。

ルカ9:14 というのは、男おとこが五千ごせん人にんばかりもいたからである。しかしイエスは弟子でしたちに言いわれた、「人々ひとびとをおおよそ五十ごじゅう人にんずつの組くみにして、すわらせなさい」。

ルカ9:43 人々ひとびとはみな、神かみの偉大いだいな力ちからに非常ひじょうに驚おどろいた。みんなの者ものがイエスのしておられた数々かずかずの事ことを不思議ふしぎに思おもっていると、弟子でしたちに言いわれた、

ルカ9:44 「あなたがたはこの言葉ことばを耳みみにおさめて置おきなさい。人ひとの子こは人々ひとびとの手てに渡わたされようとしている」。

ルカ10:8 どの町まちへはいっても、人々ひとびとがあなたがたを迎むかえてくれるなら、前まえに出だされるものを食たべなさい。

ルカ10:10 しかし、どの町まちへはいっても、人々ひとびとがあなたがたを迎むかえない場合ばあいには、大通おおどおりに出でて行いって言いいいなさい、

ルカ11:15 その中なかのある人々ひとびとが、「彼かれは悪霊あくりょうのかしらベルゼブルによって、悪霊あくりょうどもを追おい出だしているのだ」と言いいい、

ルカ11:16 またほかの人々ひとびとは、イエスを試こころみようとして、天てんからのしるしを求もとめた。

ルカ11:30 というのは、ニネベの人々ひとびとに対たいしてヨナがしるしとなったように、人ひとの子こもこの時代じだいに対たいしてしるしとなるであろう。

ルカ11:31 南みなみの女王じょおうが、今いまの時代じだいの人々ひとびとと共ともにさばきの場ばに立たって、彼かれらを罪つみに定さだめるであろう。なぜなら、彼女かのじょはソロモンの知恵ちえを聞きくために、地ちの果はてからはるばるきたからである。しかし見みよ、ソロモンにまさる者ものがここにいる。

ルカ11:32 ニネベの人々ひとびとが、今いまの時代じだいの人々ひとびとと共ともにさばきの場ばに立たって、彼かれらを罪つみに定さだめるであろう。なぜなら、ニネベの人々ひとびとはヨナの宣教せんきょうによって悔くい改あらためたからである。しかし見みよ、ヨナにまさる者ものがここにいる。

ルカ11:44 あなたがたは、わざわいである。人目ひとめにつかない墓はかのようなものである。その上うえを歩あるいても人々ひとびとは気きづかないでいる」。

ルカ12:15 それから人々ひとびとにむかって言いわれた、「あらゆる貪欲どんよくに対たいしてよくよく警戒けいかいしなさい。たといたくさんの物ものを持もっていても、人ひとのいのちは、持もち物ものにはよらないのである」。

ルカ13:1 ちょうどその時とき、ある人々ひとびとがきて、ピラトがガリラヤ人にんたちの血ちを流ながし、それを彼かれらの犠牲ぎせいの血ちに混まぜたことを、イエスに知しらせた。

ルカ13:24 そこでイエスは人々ひとびとにむかって言いわれた、「狭せまい戸口とぐちからはいるように努つとめなさい。事実じじつ、はいろうとしても、はいれない人ひとが多おおいのだから。

ルカ13:29 それから人々ひとびとが、東ひがしから西にしから、また南みなみから北きたからきて、神かみの国くにで宴会えんかいの席せきにつくであろう。

ルカ13:34 ああ、エルサレム、エルサレム、預言よげん者しゃたちを殺ころし、おまえにつかわされた人々ひとびとを石いしで打うち殺ころす者ものよ。ちょうどめんどりが翼つばさの下したにひなを集あつめるように、わたしはおまえの子こらを幾いくたび集あつめようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応おうじようとしなかった。

ルカ14:1 ある安息あんそく日ひのこと、食事しょくじをするために、あるパリサイ派はのかしらの家いえにはいって行いかれたが、人々ひとびとはイエスの様子ようすをうかがっていた。

ルカ14:14 そうすれば、彼かれらは返礼へんれいができないから、あなたはさいわいになるであろう。正ただしい人々ひとびとの復活ふっかつの際さいには、あなたは報むくいられるであろう」。

ルカ14:23 主人しゅじんが僕ぼくに言いった、『道みちやかきねのあたりに出でて行いって、この家いえがいっぱいになるように、人々ひとびとを無理むりやりにひっぱってきなさい。

ルカ16:4 そうだ、わかった。こうしておけば、職しょくをやめさせられる場合ばあい、人々ひとびとがわたしをその家いえに迎むかえてくれるだろう』。

ルカ16:15 そこで彼かれらにむかって言いわれた、「あなたがたは、人々ひとびとの前まえで自分じぶんを正ただしいとする人ひとたちである。しかし、神かみはあなたがたの心こころをご存ぞんじである。人々ひとびとの間あいだで尊とうとばれるものは、神かみのみまえでは忌いみきらわれる。

ルカ16:16 律法りっぽうと預言よげん者しゃとはヨハネの時ときまでのものである。それ以来いらい、神かみの国くにが宣のべ伝つたえられ、人々ひとびとは皆みなこれに突入とつにゅうしている。

ルカ17:23 人々ひとびとはあなたがたに、『見みよ、あそこに』『見みよ、ここに』と言ゆうだろう。しかし、そちらへ行いくな、彼かれらのあとを追おうな。

ルカ17:25 しかし、彼かれはまず多おおくの苦くるしみを受うけ、またこの時代じだいの人々ひとびとに捨すてられねばならない。

ルカ17:27 ノアが箱舟はこぶねにはいる日ひまで、人々ひとびとは食くい、飲のみ、めとり、とつぎなどしていたが、そこへ洪水こうずいが襲おそってきて、彼かれらをことごとく滅ほろぼした。

ルカ17:28 ロトの時ときにも同おなじようなことが起おこった。人々ひとびとは食くい、飲のみ、買かい、売うり、植うえ、建たてなどしていたが、

ルカ18:1 また、イエスは失望しつぼうせずに常つねに祈いのるべきことを、人々ひとびとに譬たとえで教おしえられた。

ルカ18:15 イエスにさわっていただくために、人々ひとびとが幼おさな子ごらをみもとに連つれてきた。ところが、弟子でしたちはそれを見みて、彼かれらをたしなめた。

ルカ18:22 イエスはこれを聞きいて言いわれた、「あなたのする事ことがまだ一ひとつ残のこっている。持もっているものをみな売うり払はらって、貧まずしい人々ひとびとに分わけてやりなさい。そうすれば、天てんに宝たからを持もつようになろう。そして、わたしに従したがってきなさい」。

ルカ18:26 これを聞きいた人々ひとびとが、「それでは、だれが救すくわれることができるのですか」と尋たずねると、

ルカ18:39 先頭せんとうに立たつ人々ひとびとが彼かれをしかって黙だまらせようとしたが、彼かれはますます激はげしく叫さけびつづけた、「ダビデの子こよ、わたしをあわれんで下ください」。

ルカ18:43 すると彼かれは、たちまち見みえるようになった。そして神かみをあがめながらイエスに従したがって行いった。これを見みて、人々ひとびとはみな神かみをさんびした。

ルカ19:7 人々ひとびとはみな、これを見みてつぶやき、「彼かれは罪人ざいにんの家いえにはいって客きゃくとなった」と言いった。

ルカ19:11 人々ひとびとがこれらの言葉ことばを聞きいているときに、イエスはなお一ひとつの譬たとえをお話はなしになった。それはエルサレムに近ちかづいてこられたし、また人々ひとびとが神かみの国くにはたちまち現あらわれると思おもっていたためである。

ルカ19:24 そして、そばに立たっていた人々ひとびとに、『その一いちミナを彼かれから取とり上あげて、十じゅうミナを持もっている者ものに与あたえなさい』と言いった。

ルカ19:36 そして進すすんで行いかれると、人々ひとびとは自分じぶんたちの上着うわぎを道みちに敷しいた。

ルカ20:1 ある日ひ、イエスが宮みやで人々ひとびとに教おしえ、福音ふくいんを宣のべておられると、祭司さいし長ちょうや律法りっぽう学がく者しゃたちが、長老ちょうろうたちと共ともに近寄ちかよってきて、

ルカ20:16 彼かれは出でてきて、この農夫のうふたちを殺ころし、ぶどう園えんを他ほかの人々ひとびとに与あたえるであろう」。人々ひとびとはこれを聞きいて、「そんなことがあってはなりません」と言いった。

ルカ20:39 律法りっぽう学がく者しゃのうちのある人々ひとびとが答こたえて言いった、「先生せんせい、仰おおせのとおりです」。

ルカ20:41 イエスは彼かれらに言いわれた、「どうして人々ひとびとはキリストをダビデの子こだと言いうのか。

ルカ21:5 ある人々ひとびとが、見事みごとな石いしと奉納ほうのう物ぶつとで宮みやが飾かざられていることを話はなしていたので、イエスは言いわれた、

ルカ21:12 しかし、これらのあらゆる出来事できごとのある前まえに、人々ひとびとはあなたがたに手てをかけて迫害はくがいをし、会堂かいどうや獄ごくに引ひき渡わたし、わたしの名なのゆえに王おうや総督そうとくの前まえにひっぱって行いくであろう。

ルカ21:21 そのとき、ユダヤにいる人々ひとびとは山やまへ逃にげよ。市し中ちゅうにいる者ものは、そこから出でて行いくがよい。また、いなかにいる者ものは市し内ないにはいってはいけない。

ルカ21:26 人々ひとびとは世界せかいに起おころうとする事ことを思おもい、恐怖きょうふと不安ふあんで気絶きぜつするであろう。もろもろの天体てんたいが揺ゆり動うごかされるからである。

ルカ21:27 そのとき、大おおいなる力ちからと栄光えいこうとをもって、人ひとの子こが雲くもに乗のって来くるのを、人々ひとびとは見みるであろう。

ルカ22:54 それから人々ひとびとはイエスを捕とらえ、ひっぱって大だい祭司さいしの邸宅ていたくへつれて行いった。ペテロは遠とおくからついて行いった。

ルカ22:55 人々ひとびとは中庭なかにわのまん中なかに火ひをたいて、一緒いっしょにすわっていたので、ペテロもその中なかにすわった。

ルカ23:30 そのとき、人々ひとびとは山やまにむかって、われわれの上うえに倒たおれかかれと言いいい、また丘おかにむかって、われわれにおおいかぶされと言いいい出だすであろう。

ルカ23:33 されこうべと呼よばれている所ところに着つくと、人々ひとびとはそこでイエスを十字じゅうじ架かにつけ、犯罪はんざい人にんたちも、ひとりは右みぎに、ひとりは左ひだりに、十字じゅうじ架かにつけた。

ルカ23:34 そのとき、イエスは言いわれた、「父ちちよ、彼かれらをおゆるしください。彼かれらは何なんをしているのか、わからずにいるのです」。人々ひとびとはイエスの着物きものをくじ引びきで分わけ合あった。

ヨハネによる福音書(60か所)

ヨハネ1:12 しかし、彼かれを受うけいれた者もの、すなわち、その名なを信しんじた人々ひとびとには、彼かれは神かみの子ことなる力ちからを与あたえたのである。

ヨハネ1:22 そこで、彼かれらは言いった、「あなたはどなたですか。わたしたちをつかわした人々ひとびとに、答こたえを持もって行いけるようにしていただきたい。あなた自身じしんをだれだと考かんがえるのですか」。

ヨハネ2:16 はとを売うる人々ひとびとには「これらのものを持もって、ここから出でて行いけ。わたしの父ちちの家いえを商売しょうばいの家いえとするな」と言いわれた。

ヨハネ2:23 過越すぎこしの祭まつりの間あいだ、イエスがエルサレムに滞在たいざいしておられたとき、多おおくの人々ひとびとは、その行おこなわれたしるしを見みて、イエスの名なを信しんじた。

ヨハネ3:19 そのさばきというのは、光ひかりがこの世よにきたのに、人々ひとびとはそのおこないが悪わるいために、光ひかりよりもやみの方ほうを愛あいしたことである。

ヨハネ3:23 ヨハネもサリムに近ちかいアイノンで、バプテスマを授さずけていた。そこには水みずがたくさんあったからである。人々ひとびとがぞくぞくとやってきてバプテスマを受うけていた。

ヨハネ4:28 この女おんなは水みずがめをそのままそこに置おいて町まちに行いき、人々ひとびとに言いった、

ヨハネ4:30 人々ひとびとは町まちを出でて、ぞくぞくとイエスのところへ行いった。

ヨハネ4:38 わたしは、あなたがたをつかわして、あなたがたがそのために労苦ろうくしなかったものを刈かりとらせた。ほかの人々ひとびとが労苦ろうくし、あなたがたは、彼かれらの労苦ろうくの実じつにあずかっているのである」。

ヨハネ4:41 そしてなお多おおくの人々ひとびとが、イエスの言葉ことばを聞きいて信しんじた。

ヨハネ5:21 すなわち、父ちちが死人しにんを起おこして命いのちをお与あたえになるように、子こもまた、そのこころにかなう人々ひとびとに命いのちを与あたえるであろう。

ヨハネ5:29 善ぜんをおこなった人々ひとびとは、生命せいめいを受うけるためによみがえり、悪あくをおこなった人々ひとびとは、さばきを受うけるためによみがえって、それぞれ出でてくる時ときが来くるであろう。

ヨハネ6:5 イエスは目めをあげ、大おおぜいの群衆ぐんしゅうが自分じぶんの方ほうに集あつまって来くるのを見みて、ピリポに言いわれた、「どこからパンを買かってきて、この人々ひとびとに食たべさせようか」。

ヨハネ6:10 イエスは「人々ひとびとをすわらせなさい」と言いわれた。その場所ばしょには草くさが多おおかった。そこにすわった男おとこの数かずは五千ごせん人にんほどであった。

ヨハネ6:11 そこで、イエスはパンを取とり、感謝かんしゃしてから、すわっている人々ひとびとに分わけ与あたえ、また、さかなをも同様どうようにして、彼かれらの望のぞむだけ分わけ与あたえられた。

ヨハネ6:12 人々ひとびとがじゅうぶんに食たべたのち、イエスは弟子でしたちに言いわれた、「少すこしでもむだにならないように、パンくずのあまりを集あつめなさい」。

ヨハネ6:14 人々ひとびとはイエスのなさったこのしるしを見みて、「ほんとうに、この人ひとこそ世よにきたるべき預言よげん者しゃである」と言いった。

ヨハネ6:15 イエスは人々ひとびとがきて、自分じぶんをとらえて王おうにしようとしていると知しって、ただひとり、また山やまに退しりぞかれた。

ヨハネ6:23 しかし、数すうそうの小舟こぶねがテベリヤからきて、主しゅが感謝かんしゃされたのちパンを人々ひとびとに食たべさせた場所ばしょに近ちかづいた。

ヨハネ6:40 わたしの父ちちのみこころは、子こを見みて信しんじる者ものが、ことごとく永遠えいえんの命いのちを得えることなのである。そして、わたしはその人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう」。

ヨハネ6:44 わたしをつかわされた父ちちが引ひきよせて下くださらなければ、だれもわたしに来くることはできない。わたしは、その人々ひとびとを終おわりの日ひによみがえらせるであろう。

ヨハネ7:12 群衆ぐんしゅうの中なかに、イエスについていろいろとうわさが立たった。ある人々ひとびとは、「あれはよい人ひとだ」と言いいい、他たの人々ひとびとは、「いや、あれは群衆ぐんしゅうを惑まどわしている」と言いった。

ヨハネ7:25 さて、エルサレムのある人ひとたちが言いった、「この人ひとは人々ひとびとが殺ころそうと思おもっている者ものではないか。

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