「人々」(ひとびと)が出てくる聖書の箇所

「人々」(ひとびと)は口語訳の2104か所(旧約1550・新約554)に出てきます。「人人」も含みます。日常訳第1版では2158か所。

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2104か所を200か所ずつ11ページに分けています(10ページ目)。

ヨハネによる福音書(60か所)

ヨハネ7:26 見みよ、彼かれは公然こうぜんと語かたっているのに、人々ひとびとはこれに対たいして何なんも言いわない。役人やくにんたちは、この人ひとがキリストであることを、ほんとうに知しっているのではなかろうか。

ヨハネ7:30 そこで人々ひとびとはイエスを捕とらえようと計はかったが、だれひとり手てをかける者ものはなかった。イエスの時ときが、まだきていなかったからである。

ヨハネ7:39 これは、イエスを信しんじる人々ひとびとが受うけようとしている御ご霊れいをさして言いわれたのである。すなわち、イエスはまだ栄光えいこうを受うけておられなかったので、御ご霊れいがまだ下くだっていなかったのである。

ヨハネ7:41 ほかの人ひとたちは「このかたはキリストである」と言いいい、また、ある人々ひとびとは、「キリストはまさか、ガリラヤからは出でてこないだろう。

ヨハネ7:44 彼かれらのうちのある人々ひとびとは、イエスを捕とらえようと思おもったが、だれひとり手てをかける者ものはなかった。

ヨハネ7:53 そして、人々ひとびとはおのおの家いえに帰かえって行いった。

ヨハネ8:2 朝あさ早はやくまた宮みやにはいられると、人々ひとびとが皆みなみもとに集あつまってきたので、イエスはすわって彼かれらを教おしえておられた。

ヨハネ8:12 イエスは、また人々ひとびとに語かたってこう言いわれた、「わたしは世よの光ひかりである。わたしに従したがって来くる者ものは、やみのうちを歩あるくことがなく、命いのちの光ひかりをもつであろう」。

ヨハネ8:30 これらのことを語かたられたところ、多おおくの人々ひとびとがイエスを信しんじた。

ヨハネ9:8 近所きんじょの人々ひとびとや、彼かれがもと、こじきであったのを見知みしっていた人々ひとびとが言いった、「この人ひとは、すわってこじきをしていた者ものではないか」。

ヨハネ9:9 ある人々ひとびとは「その人ひとだ」と言いいい、他たの人々ひとびとは「いや、ただあの人ひとに似にているだけだ」と言いった。しかし、本人ほんにんは「わたしがそれだ」と言いった。

ヨハネ9:10 そこで人々ひとびとは彼かれに言いった、「では、おまえの目めはどうしてあいたのか」。

ヨハネ9:12 人々ひとびとは彼かれに言いった、「その人ひとはどこにいるのか」。彼かれは「知しりません」と答こたえた。

ヨハネ9:13 人々ひとびとは、もと盲人もうじんであったこの人ひとを、パリサイ人にんたちのところにつれて行いった。

ヨハネ9:16 そこで、あるパリサイ人にんたちが言いった、「その人ひとは神かみからきた人ひとではない。安息あんそく日ひを守まもっていないのだから」。しかし、ほかの人々ひとびとは言いった、「罪つみのある人ひとが、どうしてそのようなしるしを行おこなうことができようか」。そして彼かれらの間あいだに分争ぶんそうが生しょうじた。

ヨハネ10:21 他ほかの人々ひとびとは言いった、「それは悪霊あくりょうに取とりつかれた者ものの言葉ことばではない。悪霊あくりょうは盲人もうじんの目めをあけることができようか」。

ヨハネ10:35 神かみの言げんを託たくされた人々ひとびとが、神々かみがみといわれておるとすれば、(そして聖書せいしょの言げんは、すたることがあり得えない)

ヨハネ10:41 多おおくの人々ひとびとがイエスのところにきて、互たがいに言いった、「ヨハネはなんのしるしも行おこなわなかったが、ヨハネがこのかたについて言いったことは、皆かいほんとうであった」。

ヨハネ11:41 人々ひとびとは石いしを取とりのけた。すると、イエスは目めを天てんにむけて言いわれた、「父ちちよ、わたしの願ねがいをお聞ききき下くださったことを感謝かんしゃします。

ヨハネ11:42 あなたがいつでもわたしの願ねがいを聞ききいれて下くださることを、よく知しっています。しかし、こう申もうしますのは、そばに立たっている人々ひとびとに、あなたがわたしをつかわされたことを、信しんじさせるためであります」。

ヨハネ11:44 すると、死人しにんは手足てあしを布ぬのでまかれ、顔かおも顔かおおおいで包つつまれたまま、出でてきた。イエスは人々ひとびとに言いわれた、「彼かれをほどいてやって、帰かえらせなさい」。

ヨハネ11:55 さて、ユダヤ人にんの過越すぎこしの祭まつりが近ちかづいたので、多おおくの人々ひとびとは身みをきよめるために、祭まつりの前まえに、地方ちほうからエルサレムへ上のぼった。

ヨハネ11:56 人々ひとびとはイエスを捜さがし求もとめ、宮みやの庭にわに立たって互たがいに言いった、「あなたがたはどう思おもうか。イエスはこの祭まつりにこないのだろうか」。

ヨハネ12:16 弟子でしたちは初はじめにはこのことを悟さとらなかったが、イエスが栄光えいこうを受うけられた時ときに、このことがイエスについて書かかかれてあり、またそのとおりに、人々ひとびとがイエスに対たいしてしたのだということを、思おもい起おこした。

ヨハネ12:20 祭まつりで礼拝れいはいするために上のぼってきた人々ひとびとのうちに、数すう人にんのギリシヤ人にんがいた。

ヨハネ13:29 ある人々ひとびとは、ユダが金入かねいれをあずかっていたので、イエスが彼かれに、「祭まつりのために必要ひつようなものを買かえ」と言いわれたか、あるいは、貧まずしい者ものに何なんか施ほどこさせようとされたのだと思おもっていた。

ヨハネ15:6 人ひとがわたしにつながっていないならば、枝えだのように外そとに投なげすてられて枯かれる。人々ひとびとはそれをかき集あつめ、火ひに投なげ入いれて、焼やいてしまうのである。

ヨハネ15:20 わたしがあなたがたに『僕ぼくはその主人しゅじんにまさるものではない』と言いったことを、おぼえていなさい。もし人々ひとびとがわたしを迫害はくがいしたなら、あなたがたをも迫害はくがいするであろう。また、もし彼かれらがわたしの言葉ことばを守まもっていたなら、あなたがたの言葉ことばをも守まもるであろう。

ヨハネ16:2 人々ひとびとはあなたがたを会堂かいどうから追おい出だすであろう。更さらにあなたがたを殺ころす者ものがみな、それによって自分じぶんたちは神かみに仕つかえているのだと思おもう時ときが来くるであろう。

ヨハネ17:6 わたしは、あなたが世よから選えらんでわたしに賜たまわった人々ひとびとに、み名なをあらわしました。彼かれらはあなたのものでありましたが、わたしに下くださいました。そして、彼かれらはあなたの言葉ことばを守まもりました。

ヨハネ17:20 わたしは彼かれらのためばかりではなく、彼かれらの言葉ことばを聞きいてわたしを信しんじている人々ひとびとのためにも、お願ねがいいたします。

ヨハネ17:24 父ちちよ、あなたがわたしに賜たまわった人々ひとびとが、わたしのいる所ところに一緒いっしょにいるようにして下ください。天地てんちが造つくられる前まえからわたしを愛あいして下くださって、わたしに賜たまわった栄光えいこうを、彼かれらに見みさせて下ください。

ヨハネ18:21 なぜ、わたしに尋たずねるのか。わたしが彼かれらに語かたったことは、それを聞きいた人々ひとびとに尋たずねるがよい。わたしの言いったことは、彼かれらが知しっているのだから」。

ヨハネ18:25 シモン・ペテロは、立たって火ひにあたっていた。すると人々ひとびとが彼かれに言いった、「あなたも、あの人ひとの弟子でしのひとりではないか」。彼かれはそれをうち消けして、「いや、そうではない」と言いった。

ヨハネ18:28 それから人々ひとびとは、イエスをカヤパのところから官邸かんていにつれて行いった。時ときは夜明よあけであった。彼かれらは、けがれを受うけないで過越すぎこしの食事しょくじができるように、官邸かんていにはいらなかった。

ヨハネ18:34 イエスは答こたえられた、「あなたがそう言いうのは、自分じぶんの考かんがえからか。それともほかの人々ひとびとが、わたしのことをあなたにそう言いったのか」。

ヨハネ19:29 そこに、酢すいぶどう酒しゅがいっぱい入いれてある器うつわがおいてあったので、人々ひとびとは、このぶどう酒しゅを含ふくませた海綿かいめんをヒソプの茎くきに結むすびつけて、イエスの口くちもとにさし出だした。

使徒行伝(97か所)

使徒1:15 そのころ、百ひゃく二十にじゅう名めいばかりの人々ひとびとが、一団いちだんとなって集あつまっていたが、ペテロはこれらの兄弟きょうだいたちの中なかに立たって言いった、

使徒2:11 ユダヤ人にんと改宗かいしゅう者しゃ、クレテ人にんとアラビヤ人にんもいるのだが、あの人々ひとびとがわたしたちの国語こくごで、神かみの大おおきな働はたらきを述のべるのを聞きくとは、どうしたことか」。

使徒2:14 そこで、ペテロが十じゅう一いち人にんの者ものと共ともに立たちあがり、声こえをあげて人々ひとびとに語かたりかけた。「ユダヤの人ひとたち、ならびにエルサレムに住すむすべてのかたがた、どうか、この事ことを知しっていただきたい。わたしの言いうことに耳みみを傾かたむけていただきたい。

使徒2:23 このイエスが渡わたされたのは神かみの定さだめた計画けいかくと予知よちとによるのであるが、あなたがたは彼かれを不法ふほうの人々ひとびとの手てで十字じゅうじ架かにつけて殺ころした。

使徒2:37 人々ひとびとはこれを聞きいて、強つよく心こころを刺ささされ、ペテロやほかの使徒しとたちに、「兄弟きょうだいたちよ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか」と言いった。

使徒2:40 ペテロは、ほかになお多おおくの言葉ことばであかしをなし、人々ひとびとに「この曲まがった時代じだいから救すくわれよ」と言いって勧すすめた。

使徒3:2 生うまれながら足あしのきかない男おとこが、かかえられてきた。この男おとこは、宮みやもうでに来くる人々ひとびとに施ほどこしをこうため、毎日まいにち、「美うつくしの門もん」と呼よばれる宮みやの門もんのところに、置おかれていた者ものである。

使徒3:11 彼かれがなおもペテロとヨハネとにつきまとっているとき、人々ひとびとは皆みなひどく驚おどろいて、「ソロモンの廊ろう」と呼よばれる柱廊ちゅうろうにいた彼かれらのところに駆かけ集あつまってきた。

使徒3:12 ペテロはこれを見みて、人々ひとびとにむかって言いった、「イスラエルの人ひとたちよ、なぜこの事ことを不思議ふしぎに思おもうのか。また、わたしたちが自分じぶんの力ちからや信心しんじんで、あの人ひとを歩あるかせたかのように、なぜわたしたちを見みつめているのか。

使徒4:1 彼かれらが人々ひとびとにこのように語かたっているあいだに、祭司さいしたち、宮守みやもりがしら、サドカイ人にんたちが近寄ちかよってきて、

使徒4:2 彼かれらが人々ひとびとに教きょうを説とき、イエス自身じしんに起おこった死人しにんの復活ふっかつを宣伝せんでんしているのに気きをいら立だて、

使徒4:10 あなたがたご一同いちどうも、またイスラエルの人々ひとびと全体ぜんたいも、知しっていてもらいたい。この人ひとが元気げんきになってみんなの前まえに立たっているのは、ひとえに、あなたがたが十字じゅうじ架かにつけて殺ころしたのを、神かみが死人しにんの中なかからよみがえらせたナザレ人にんイエス・キリストの御名ぎょめいによるのである。

使徒4:13 人々ひとびとはペテロとヨハネとの大胆だいたんな話はなしぶりを見み、また同時どうじに、ふたりが無学むがくな、ただの人ひとたちであることを知しって、不思議ふしぎに思おもった。そして彼かれらがイエスと共ともにいた者ものであることを認みとめ、

使徒4:21 そこで、彼かれらはふたりを更さらにおどしたうえ、ゆるしてやった。みんなの者ものが、この出来事できごとのために、神かみをあがめていたので、その人々ひとびとの手前てまえ、ふたりを罰ばっするすべがなかったからである。

使徒5:5 アナニヤはこの言葉ことばを聞きいているうちに、倒たおれて息いきが絶たえた。このことを伝つたえ聞きいた人々ひとびとは、みな非常ひじょうなおそれを感かんじた。

使徒5:12 そのころ、多おおくのしるしと奇跡きせきとが、次々つぎつぎに使徒しとたちの手てにより人々ひとびとの中なかで行おこなわれた。そして、一同いちどうは心こころを一ひとつにして、ソロモンの廊ろうに集あつまっていた。

使徒5:20 「さあ行いきなさい。そして、宮みやの庭にわに立たち、この命いのちの言葉ことばを漏もれなく、人々ひとびとに語かたりなさい」。

使徒5:26 そこで宮守みやもりがしらが、下役したやくどもと一緒いっしょに出でかけて行いって、使徒しとたちを連つれてきた。しかし、人々ひとびとに石いしで打うち殺ころされるのを恐おそれて、手荒てあらなことはせず、

使徒6:9 すると、いわゆる「リベルテン」の会堂かいどうに属ぞくする人々ひとびと、クレネ人にん、アレキサンドリヤ人にん、キリキヤやアジヤからきた人々ひとびとなどが立たって、ステパノと議論ぎろんしたが、

使徒6:11 そこで、彼かれらは人々ひとびとをそそのかして、「わたしたちは、彼かれがモーセと神かみとを汚けがす言葉ことばを吐はくのを聞きいた」と言いわせた。

使徒7:36 この人ひとが、人々ひとびとを導みちびき出だして、エジプトの地ちにおいても、紅海こうかいにおいても、また四十よんじゅう年ねんのあいだ荒野あらのにおいても、奇跡きせきとしるしとを行おこなったのである。

使徒7:54 人々ひとびとはこれを聞きいて、心こころの底そこから激はげしく怒おこり、ステパノにむかって、歯はぎしりをした。

使徒7:57 人々ひとびとは大声おおごえで叫さけびながら、耳みみをおおい、ステパノを目めがけて、いっせいに殺到さっとうし、

使徒8:5 ピリポはサマリヤの町まちに下くだって行いき、人々ひとびとにキリストを宣のべはじめた。

使徒8:7 汚よごれた霊れいにつかれた多おおくの人々ひとびとからは、その霊れいが大声おおごえでわめきながら出でて行いくし、また、多おおくの中風ちゅうぶをわずらっている者ものや、足あしのきかない者ものがいやされたからである。

使徒8:8 それで、この町まちでは人々ひとびとが、大変たいへんなよろこびかたであった。

使徒8:14 エルサレムにいる使徒しとたちは、サマリヤの人々ひとびとが、神かみの言げんを受うけ入いれたと聞きいて、ペテロとヨハネとを、そこにつかわした。

使徒8:18 シモンは、使徒しとたちが手てをおいたために、御ご霊れいが人々ひとびとに授さずけられたのを見みて、金かねをさし出だし、

使徒9:8 サウロは地ちから起おき上あがって目めを開ひらいてみたが、何なんも見みえなかった。そこで人々ひとびとは、彼かれの手てを引ひいてダマスコへ連つれて行いった。

使徒9:37 ところが、そのころ病気びょうきになって死しんだので、人々ひとびとはそのからだを洗あらって、屋上おくじょうの間あいだに安置あんちした。

使徒9:42 このことがヨッパ中ちゅうに知しれわたり、多おおくの人々ひとびとが主しゅを信しんじた。

使徒10:10 彼かれは空腹くうふくをおぼえて、何なんか食たべたいと思おもった。そして、人々ひとびとが食事しょくじの用意よういをしている間あいだに、夢心地ゆめごこちになった。

使徒10:38 神かみはナザレのイエスに聖霊せいれいと力ちからとを注そそがれました。このイエスは、神かみが共ともにおられるので、よい働はたらきをしながら、また悪魔あくまに押おさえつけられている人々ひとびとをことごとくいやしながら、巡回じゅんかいされました。

使徒10:39 わたしたちは、イエスがこうしてユダヤ人にんの地ちやエルサレムでなさったすべてのことの証人しょうにんであります。人々ひとびとはこのイエスを木きにかけて殺ころしたのです。

使徒10:41 全部ぜんぶの人々ひとびとにではなかったが、わたしたち証人しょうにんとしてあらかじめ選えらばれた者ものたちに現あらわれるようにして下くださいました。わたしたちは、イエスが死人しにんの中なかから復活ふっかつされた後あと、共ともに飲食いんしょくしました。

使徒10:42 それから、イエスご自身じしんが生者しょうじゃと死者ししゃとの審判しんぱん者しゃとして神かみに定さだめられたかたであることを、人々ひとびとに宣のべ伝つたえ、またあかしするようにと、神かみはわたしたちにお命めいじになったのです。

使徒10:48 こう言いって、ペテロはその人々ひとびとに命めいじて、イエス・キリストの名なによってバプテスマを受うけさせた。それから、彼かれらはペテロに願ねがって、なお数すう日じつのあいだ滞在たいざいしてもらった。

使徒11:18 人々ひとびとはこれを聞きいて黙だまってしまった。それから神かみをさんびして、「それでは神かみは、異邦いほう人にんにも命いのちにいたる悔改かいかいめをお与あたえになったのだ」と言いった。

使徒11:19 さて、ステパノのことで起おこった迫害はくがいのために散ちらされた人々ひとびとは、ピニケ、クプロ、アンテオケまでも進すすんで行いったが、ユダヤ人にん以外いがいの者ものには、だれにも御言みことを語かたっていなかった。

使徒11:24 彼かれは聖霊せいれいと信仰しんこうとに満みちた立派りっぱな人ひとであったからである。こうして主しゅに加くわわる人々ひとびとが、大おおぜいになった。

使徒11:26 彼かれを見みつけたうえ、アンテオケに連つれて帰かえった。ふたりは、まる一いち年ねん、ともどもに教会きょうかいで集あつまりをし、大おおぜいの人々ひとびとを教おしえた。このアンテオケで初はじめて、弟子でしたちがクリスチャンと呼よばれるようになった。

使徒12:15 人々ひとびとは「あなたは気きが狂くるっている」と言いったが、彼女かのじょは自分じぶんの言いうことに間違まちがいはないと、言い張っいいはった。そこで彼かれらは「それでは、ペテロの御お使つかいだろう」と言いった。

使徒12:20 さて、ツロとシドンとの人々ひとびとは、ヘロデの怒いかりに触ふれていたので、一同いちどううちそろって王おうをおとずれ、王おうの侍従じじゅう官かんブラストに取とりいって、和解わかいかたを依頼いらいした。彼かれらの地方ちほうが、王おうの国くにから食糧しょくりょうを得えていたからである。

使徒12:22 集あつまった人々ひとびとは、「これは神かみの声こえだ、人間にんげんの声こえではない」と叫さけびつづけた。

使徒13:15 律法りっぽうと預言よげん書しょの朗読ろうどくがあったのち、会堂かいどう司したちが彼かれらのところに人ひとをつかわして、「兄弟きょうだいたちよ、もしあなたがたのうち、どなたか、この人々ひとびとに何なんか奨励しょうれいの言葉ことばがありましたら、どうぞお話はなし下ください」と言いわせた。

使徒13:21 その時とき、人々ひとびとが王おうを要求ようきゅうしたので、神かみはベニヤミン族ぞくの人ひと、キスの子こサウロを四十よんじゅう年間ねんかん、彼かれらにおつかわしになった。

使徒13:27 エルサレムに住すむ人々ひとびとやその指導しどう者しゃたちは、イエスを認みとめずに刑けいに処ししょし、それによって、安息あんそく日にちごとに読よむ預言よげん者しゃの言葉ことばが成就じょうじゅした。

使徒13:29 そして、イエスについて書かいてあることを、皆みななし遂とげてから、人々ひとびとはイエスを木きから取とりおろして墓はかに葬ほうむった。

使徒13:31 イエスは、ガリラヤからエルサレムへ一緒いっしょに上のぼった人ひとたちに、幾いく日かものあいだ現あらわれ、そして、彼かれらは今いまや、人々ひとびとに対たいしてイエスの証人しょうにんとなっている。

使徒13:36 事実じじつ、ダビデは、その時代じだいの人々ひとびとに神かみのみ旨むねにしたがって仕つかえたが、やがて眠ねむりにつき、先祖せんぞたちの中なかに加くわえられて、ついに朽くち果はててしまった。

使徒13:42 ふたりが会堂かいどうを出でる時とき、人々ひとびとは次つぎの安息あんそく日ひにも、これと同おなじ話はなしをしてくれるようにと、しきりに願ねがった。

使徒14:4 そこで町まちの人々ひとびとが二に派はに分わかれ、ある人ひとたちはユダヤ人にんの側がわにつき、ある人ひとたちは使徒しとの側がわについた。

使徒14:27 彼かれらは到着とうちゃく早々そうそう、教会きょうかいの人々ひとびとを呼よび集あつめて、神かみが彼かれらと共ともにいてして下くださった数々かずかずのこと、また信仰しんこうの門もんを異邦いほう人にんに開ひらいて下くださったことなどを、報告ほうこくした。

使徒15:3 彼かれらは教会きょうかいの人々ひとびとに見送みおくられ、ピニケ、サマリヤをとおって、道みちすがら、異邦いほう人にんたちの改宗かいしゅうの模様もようをくわしく説明せつめいし、すべての兄弟きょうだいたちを大おおいに喜よろこばせた。

使徒15:17 残のこっている人々ひとびとも、わたしの名なを唱となえているすべての異邦いほう人にんも、主しゅを尋たずね求もとめるようになるためである。

使徒15:22 そこで、使徒しとたちや長老ちょうろうたちは、全教ぜんきょう会かいと協議きょうぎした末すえ、お互たがいの中なかから人々ひとびとを選えらんで、パウロやバルナバと共ともに、アンテオケに派遣はけんすることに決きめた。選えらばれたのは、バルサバというユダとシラスとであったが、いずれも兄弟きょうだいたちの間あいだで重おもんじられていた人ひとたちであった。

使徒15:25 そこで、わたしたちは人々ひとびとを選えらんで、愛あいするバルナバおよびパウロと共ともに、あなたがたのもとに派遣はけんすることに、衆議しゅうぎ一決いっけつした。

使徒15:26 このふたりは、われらの主しゅイエス・キリストの名なのために、その命いのちを投なげ出だした人々ひとびとであるが、

使徒15:30 さて、一行いっこうは人々ひとびとに見送みおくられて、アンテオケに下くだって行いき、会衆かいしゅうを集あつめて、その書面しょめんを手渡てわたした。

使徒15:31 人々ひとびとはそれを読よんで、その勧すすめの言葉ことばをよろこんだ。

使徒15:33 ふたりは、しばらくの時ときを、そこで過すごした後あと、兄弟きょうだいたちから、旅たびの平安へいあんを祈いのられて、見送みおくりを受うけ、自分じぶんらを派遣はけんした人々ひとびとのところに帰かえって行いった。〔

使徒16:4 それから彼かれらは通とおる町々まちまちで、エルサレムの使徒しとたちや長老ちょうろうたちの取とり決きめた事項じこうを守まもるようにと、人々ひとびとにそれを渡わたした。

使徒17:17 そこで彼かれは、会堂かいどうではユダヤ人にんや信心しんじん深ふかい人ひとたちと論ろんじ、広場ひろばでは毎日まいにちそこで出会であう人々ひとびとを相手あいてに論ろんじた。

使徒17:25 また、何なんか不足ふそくでもしておるかのように、人ひとの手てによって仕つかえられる必要ひつようもない。神かみは、すべての人々ひとびとに命いのちと息いきと万物ばんぶつとを与あたえ、

使徒17:27 こうして、人々ひとびとが熱心ねっしんに追おい求もとめて捜さがしさえすれば、神かみを見みいだせるようにして下くださった。事実じじつ、神かみはわれわれひとりびとりから遠とおく離はなれておいでになるのではない。

使徒17:34 しかし、彼かれにしたがって信しんじた者ものも、幾いく人にんかあった。その中なかには、アレオパゴスの裁判さいばん人にんデオヌシオとダマリスという女おんな、また、その他たの人々ひとびともいた。

使徒18:13 「この人ひとは、律法りっぽうにそむいて神かみを拝おがむように、人々ひとびとをそそのかしています」。

使徒18:20 人々ひとびとは、パウロにもっと長ながいあいだ滞在たいざいするように願ねがったが、彼かれは聞ききいれないで、

使徒19:4 そこで、パウロが言いった、「ヨハネは悔改くいあらためのバプテスマを授さずけたが、それによって、自分じぶんのあとに来くるかた、すなわち、イエスを信しんじるように、人々ひとびとに勧すすめたのである」。

使徒19:5 人々ひとびとはこれを聞きいて、主しゅイエスの名なによるバプテスマを受うけた。

使徒19:12 たとえば、人々ひとびとが、彼かれの身みにつけている手てぬぐいや前掛まえかけを取とって病人びょうにんにあてると、その病気びょうきが除のぞかれ、悪霊あくりょうが出でて行いくのであった。

使徒19:26 しかるに、諸君しょくんの見聞みきしているように、あのパウロが、手てで造つくられたものは神かみ様さまではないなどと言いって、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体ぜんたいにわたって、大おおぜいの人々ひとびとを説ときつけて誤あやまらせた。

使徒19:28 これを聞きくと、人々ひとびとは怒いかりに燃もえ、大声おおごえで「大おおいなるかな、エペソ人にんのアルテミス」と叫さけびつづけた。

使徒19:29 そして、町中まちなかが大だい混乱こんらんに陥おちいり、人々ひとびとはパウロの道連みちづれであるマケドニヤ人にんガイオとアリスタルコとを捕とらえて、いっせいに劇場げきじょうへなだれ込こんだ。

使徒19:33 そこで、ユダヤ人にんたちが、前まえに押おし出だしたアレキサンデルなる者ものを、群衆ぐんしゅうの中なかのある人ひとたちが促うながしたため、彼かれは手てを振ふって、人々ひとびとに弁明べんめいを試こころみようとした。

使徒20:2 そして、その地方ちほうをとおり、多おおくの言葉ことばで人々ひとびとを励はげましたのち、ギリシヤにきた。

使徒20:7 週しゅうの初はじめの日ひに、わたしたちがパンをさくために集あつまった時とき、パウロは翌日よくじつ出発しゅっぱつすることにしていたので、しきりに人々ひとびとと語かたり合あい、夜中よなかまで語かたりつづけた。

使徒20:11 そして、また上あがって行いって、パンをさいて食たべてから、明あけがたまで長ながいあいだ人々ひとびとと語かたり合あって、ついに出発しゅっぱつした。

使徒20:12 人々ひとびとは生いきかえった若者わかものを連つれかえり、ひとかたならず慰なぐさめられた。

使徒20:32 今いまわたしは、主しゅとその恵めぐみの言げんとに、あなたがたをゆだねる。御言みことには、あなたがたの徳とくをたて、聖別せいべつされたすべての人々ひとびとと共ともに、御お国くにをつがせる力ちからがある。

使徒21:1 さて、わたしたちは人々ひとびとと別わかれて船出ふなでしてから、コスに直航ちょっこうし、次つぎの日ひはロドスに、そこからパタラに着ついた。

使徒21:28 「イスラエルの人々ひとびとよ、加勢かせいにきてくれ。この人ひとは、いたるところで民たみと律法りっぽうとこの場所ばしょにそむくことを、みんなに教おしえている。その上うえに、ギリシヤ人にんを宮みやの内うちに連つれ込こんで、この神聖しんせいな場所ばしょを汚よごしたのだ」。

使徒21:32 そこで、彼かれはさっそく、兵卒へいそつや百ひゃく卒そつ長ちょうたちを率ひきいて、その場ばに駆かけつけた。人々ひとびとは千せん卒そつ長ちょうや兵卒へいそつたちを見みて、パウロを打うちたたくのをやめた。

使徒22:2 パウロが、ヘブル語ごでこう語かたりかけるのを聞きいて、人々ひとびとはますます静粛せいしゅくになった。

使徒22:18 主しゅにまみえたが、主しゅは言いわれた、『急いいそいで、すぐにエルサレムを出でて行いきなさい。わたしについてのあなたのあかしを、人々ひとびとが受うけいれないから』。

使徒22:19 そこで、わたしが言いった、『主しゅよ、彼かれらは、わたしがいたるところの会堂かいどうで、あなたを信しんじる人々ひとびとを獄ごくに投とうじたり、むち打うったりしていたことを、知しっています。

使徒22:22 彼かれの言葉ことばをここまで聞きいていた人々ひとびとは、このとき、声こえを張はりあげて言いった、「こんな男おとこは地上ちじょうから取とり除のぞいてしまえ。生いかしおくべきではない」。

使徒22:23 人々ひとびとがこうわめき立たてて、空中くうちゅうに上着うわぎを投なげ、ちりをまき散ちらす始末しまつであったので、

使徒26:18 それは、彼かれらの目めを開ひらき、彼かれらをやみから光ひかりへ、悪魔あくまの支配しはいから神かみのみもとへ帰かえらせ、また、彼かれらが罪つみのゆるしを得え、わたしを信しんじる信仰しんこうによって、聖別せいべつされた人々ひとびとに加くわわるためである』。

使徒26:20 まず初はじめにダマスコにいる人々ひとびとに、それからエルサレムにいる人々ひとびと、さらにユダヤ全土ぜんど、ならびに異邦いほう人にんたちに、悔くい改あらためて神かみに立たち帰かえり、悔改くいあらためにふさわしいわざを行おこなうようにと、説とき勧すすめました。

使徒26:30 それから、王おうも総督そうとくもベルニケも、また列席れっせきの人々ひとびとも、みな立たちあがった。

使徒27:9 長ながい時ときが経過けいかし、断食だんじき期きも過すぎてしまい、すでに航海こうかいが危険きけんな季節きせつになったので、パウロは人々ひとびとに警告けいこくして言いった、

使徒27:18 わたしたちは、暴風ぼうふうにひどく悩なやまされつづけたので、次つぎの日ひに、人々ひとびとは積荷つみにを捨すてはじめ、

使徒27:29 わたしたちが、万一まんいち暗礁あんしょうに乗のり上あげては大変たいへんだと、人々ひとびとは気きづかって、ともから四よんつのいかりを投なげおろし、夜よるの明あけるのを待まちわびていた。

使徒28:2 土地とちの人々ひとびとは、わたしたちに並々なみなみならぬ親切しんせつをあらわしてくれた。すなわち、降ふりしきる雨あめや寒さむさをしのぐために、火ひをたいてわたしたち一同いちどうをねぎらってくれたのである。

使徒28:4 土地とちの人々ひとびとは、この生いきものがパウロの手てからぶら下さがっているのを見みて、互たがいに言いった、「この人ひとは、きっと人殺ひとごろしに違ちがいない。海うみからはのがれたが、ディケーの神かみ様さまが彼かれを生いかしてはおかないのだ」。

使徒28:30 パウロは、自分じぶんの借かりた家いえに満まん二に年ねんのあいだ住すんで、たずねて来くる人々ひとびとをみな迎むかえ入いれ、

ローマ人への手紙(13か所)

ローマ2:16 そして、これらのことは、わたしの福音ふくいんによれば、神かみがキリスト・イエスによって人々ひとびとの隠かくれた事ことがらをさばかれるその日ひに、明あきらかにされるであろう。

ローマ3:8 むしろ、「善ぜんをきたらせるために、わたしたちは悪あくをしようではないか」(わたしたちがそう言いっていると、ある人々ひとびとはそしっている)。彼かれらが罰ばっせられるのは当然とうぜんである。

ローマ4:12 かつ、割礼かつれいの者ものの父ちちとなるためなのである。割礼かつれいの者ものというのは、割礼かつれいを受うけた者ものばかりではなく、われらの父ちちアブラハムが無む割礼かつれいの時ときに持もっていた信仰しんこうの足跡あしあとを踏ふむ人々ひとびとをもさすのである。

ローマ4:14 もし、律法りっぽうに立たつ人々ひとびとが相続そうぞく人にんであるとすれば、信仰しんこうはむなしくなり、約束やくそくもまた無効むこうになってしまう。

ローマ5:15 しかし、恵めぐみの賜物たまものは罪過ざいかの場合ばあいとは異ことなっている。すなわち、もしひとりの罪過ざいかのために多おおくの人ひとが死しんだとすれば、まして、神かみの恵めぐみと、ひとりの人ひとイエス・キリストの恵めぐみによる賜物たまものとは、さらに豊ゆたかに多おおくの人々ひとびとに満みちあふれたはずではないか。

ローマ7:1 それとも、兄弟きょうだいたちよ。あなたがたは知しらないのか。わたしは律法りっぽうを知しっている人々ひとびとに語かたるのであるが、律法りっぽうは人ひとをその生いきている期間きかんだけ支配しはいするものである。

ローマ15:21 すなわち、「彼かれのことを宣のべ伝つたえられていなかった人々ひとびとが見み、聞きいていなかった人々ひとびとが悟さとるであろう」と書かいてあるとおりである。

ローマ15:26 なぜなら、マケドニヤとアカヤとの人々ひとびとは、エルサレムにおる聖徒せいとの中なかの貧まずしい人々ひとびとを援助えんじょすることに賛成さんせいしたからである。

ローマ15:27 たしかに、彼かれらは賛成さんせいした。しかし同時どうじに、彼かれらはかの人々ひとびとに負債ふさいがある。というのは、もし異邦いほう人にんが彼かれらの霊れいの物ものにあずかったとすれば、肉にくの物ものをもって彼かれらに仕つかえるのは、当然とうぜんだからである。

ローマ16:7 わたしの同族どうぞくであって、わたしと一緒いっしょに投獄とうごくされたことのあるアンデロニコとユニアスとに、よろしく。彼かれらは使徒しとたちの間あいだで評判ひょうばんがよく、かつ、わたしよりも先さきにキリストを信しんじた人々ひとびとである。

ローマ16:17 さて兄弟きょうだいたちよ。あなたがたに勧告かんこくする。あなたがたが学まなんだ教きょうにそむいて分裂ぶんれつを引ひき起おこし、つまずきを与あたえる人々ひとびとを警戒けいかいし、かつ彼かれらから遠とおざかるがよい。

ローマ16:18 なぜなら、こうした人々ひとびとは、わたしたちの主しゅキリストに仕つかえないで、自分じぶんの腹はらに仕つかえ、そして甘言かんげんと美辞びじとをもって、純朴じゅんぼくな人々ひとびとの心こころを欺あざむく者ものどもだからである。

ローマ16:19 あなたがたの従順じゅうじゅんは、すべての人々ひとびとの耳みみに達たっしており、それをあなたがたのために喜よろこんでいる。しかし、わたしの願ねがうところは、あなたがたが善ぜんにさとく、悪わるには、うとくあってほしいことである。

コリント人への第一の手紙(17か所)

コリント第一1:2 コリントにある神かみの教会きょうかい、すなわち、わたしたちの主しゅイエス・キリストの御名ぎょめいを至いたる所ところで呼よび求もとめているすべての人々ひとびとと共ともに、キリスト・イエスにあってきよめられ、聖徒せいととして召めされたかたがたへ。このキリストは、わたしたちの主しゅであり、また彼かれらの主しゅであられる。

コリント第一4:9 わたしはこう考かんがえる。神かみはわたしたち使徒しとを死刑しけい囚しゅうのように、最後さいごに出場しゅつじょうする者ものとして引ひき出だし、こうしてわたしたちは、全ぜん世界せかいに、天使てんしにも人々ひとびとにも見みせ物ものにされたのだ。

コリント第一4:18 しかしある人々ひとびとは、わたしがあなたがたの所ところに来くることはあるまいとみて、高たかぶっているということである。

コリント第一7:12 そのほかの人々ひとびとに言ゆう。これを言いうのは、主しゅではなく、わたしである。ある兄弟きょうだいに不ふ信者しんじゃの妻つまがあり、そして共ともにいることを喜よろこんでいる場合ばあいには、離婚りこんしてはいけない。

コリント第一7:28 しかし、たとい結婚けっこんしても、罪つみを犯おかすのではない。また、おとめが結婚けっこんしても、罪つみを犯おかすのではない。ただ、それらの人々ひとびとはその身みに苦難くなんを受うけるであろう。わたしは、あなたがたを、それからのがれさせたいのだ。

コリント第一8:7 しかし、この知識ちしきをすべての人ひとが持もっているのではない。ある人々ひとびとは、偶像ぐうぞうについての、これまでの習慣しゅうかん上じょう、偶像ぐうぞうへの供そなえ物ものとして、それを食たべるが、彼かれらの良心りょうしんが、弱よわいために汚よごされるのである。

コリント第一9:12 もしほかの人々ひとびとが、あなたがたに対たいするこの権利けんりにあずかっているとすれば、わたしたちはなおさらのことではないか。しかしわたしたちは、この権利けんりを利用りようせず、かえってキリストの福音ふくいんの妨さまたげにならないようにと、すべてのことを忍しのんでいる。

コリント第一10:20 そうではない。人々ひとびとが供そなえる物ものは、悪霊あくりょうども、すなわち、神かみならぬ者ものに供そなえるのである。わたしは、あなたがたが悪霊あくりょうの仲間なかまになることを望のぞまない。

コリント第一11:22 あなたがたには、飲のみ食くいをする家いえがないのか。それとも、神かみの教会きょうかいを軽かろんじ、貧まずしい人々ひとびとをはずかしめるのか。わたしはあなたがたに対たいして、なんと言いおうか。あなたがたを、ほめようか。この事ことでは、ほめるわけにはいかない。

コリント第一12:28 そして、神かみは教会きょうかいの中なかで、人々ひとびとを立たてて、第だい一いちに使徒しと、第だい二にに預言よげん者しゃ、第だい三さんに教師きょうしとし、次つぎに力ちからあるわざを行おこなう者もの、次つぎにいやしの賜物たまものを持もつ者もの、また補助ほじょ者しゃ、管理かんり者しゃ、種々しゅじゅの異言いげんを語かたる者ものをおかれた。

コリント第一13:1 たといわたしが、人々ひとびとの言葉ことばや御ご使したちの言葉ことばを語かたっても、もし愛あいがなければ、わたしは、やかましい鐘かねや騒さわがしい鐃にょう鉢ばちと同おなじである。

コリント第一15:29 そうでないとすれば、死者ししゃのためにバプテスマを受うける人々ひとびとは、なぜそれをするのだろうか。もし死者ししゃが全まったくよみがえらないとすれば、なぜ人々ひとびとが死者ししゃのためにバプテスマを受うけるのか。

コリント第一15:34 目めざめて身みを正ただし、罪つみを犯おかさないようにしなさい。あなたがたのうちには、神かみについて無知むちな人々ひとびとがいる。あなたがたをはずかしめるために、わたしはこう言いうのだ。

コリント第一15:48 この土つちに属ぞくする人ひとに、土つちに属ぞくしている人々ひとびとは等ひとしく、この天てんに属ぞくする人ひとに、天てんに属ぞくしている人々ひとびとは等ひとしいのである。

コリント第一16:3 わたしが到着とうちゃくしたら、あなたがたが選えらんだ人々ひとびとに手紙てがみをつけ、あなたがたの贈おくり物ものを持もたせて、エルサレムに送おくり出だすことにしよう。

コリント第一16:16 どうか、このような人々ひとびとと、またすべて彼かれらと共ともに働はたらき共ともに労ろうする人々ひとびととに、従したがってほしい。

コリント第一16:18 わたしの心こころとあなたがたの心こころとを、安やすらかにしてくれた。こうした人々ひとびとは、重おもんじなければならない。

コリント人への第二の手紙(15か所)

コリント第二1:4 神かみは、いかなる患難かんなんの中なかにいる時ときでもわたしたちを慰なぐさめて下くださり、また、わたしたち自身じしんも、神かみに慰なぐさめていただくその慰なぐさめをもって、あらゆる患難かんなんの中なかにある人々ひとびとを慰なぐさめることができるようにして下くださるのである。

コリント第二1:11 そして、あなたがたもまた祈いのりをもって、ともどもに、わたしたちを助たすけてくれるであろう。これは多おおくの人々ひとびとの願ねがいによりわたしたちに賜たまわった恵めぐみについて、多おおくの人ひとが感謝かんしゃをささげるようになるためである。

コリント第二2:3 このような事ことを書かいたのは、わたしが行いく時とき、わたしを喜よろこばせてくれるはずの人々ひとびとから、悲かなしい思おもいをさせられたくないためである。わたし自身じしんの喜よろこびはあなたがた全体ぜんたいの喜よろこびであることを、あなたがたすべてについて確信かくしんしているからである。

コリント第二2:13 兄弟きょうだいテトスに会あえなかったので、わたしは気きが気きでなく、人々ひとびとに別わかれて、マケドニヤに出でかけて行いった。

コリント第二3:1 わたしたちは、またもや、自己じこ推薦すいせんをし始はじめているのだろうか。それとも、ある人々ひとびとのように、あなたがたにあてた、あるいは、あなたがたからの推薦すいせん状じょうが必要ひつようなのだろうか。

コリント第二5:11 このようにわたしたちは、主しゅの恐おそるべきことを知しっているので、人々ひとびとに説とき勧すすめる。わたしたちのことは、神かみのみまえには明あきらかになっている。さらに、あなたがたの良心りょうしんにも明あきらかになるようにと望のぞむ。

コリント第二5:12 わたしたちは、あなたがたに対たいして、またもや自己じこ推薦すいせんをしようとするのではない。ただわたしたちを誇ほこる機会きかいを、あなたがたに持もたせ、心こころを誇ほこるのではなくうわべだけを誇ほこる人々ひとびとに答こたえうるようにさせたいのである。

コリント第二6:4 かえって、あらゆる場合ばあいに、神かみの僕ぼくとして、自分じぶんを人々ひとびとにあらわしている。すなわち、極度きょくどの忍苦にんくにも、患難かんなんにも、危機ききにも、行いき詰づまりにも、

コリント第二6:11 コリントの人々ひとびとよ。あなたがたに向むかってわたしたちの口くちは開ひらかれており、わたしたちの心こころは広ひろくなっている。

コリント第二8:13 それは、ほかの人々ひとびとに楽らくをさせて、あなたがたに苦労くろうをさせようとするのではなく、持もち物ものを等ひとしくするためである。

コリント第二9:2 わたしは、あなたがたの好意こういを知しっており、そのために、あなたがたのことをマケドニヤの人々ひとびとに誇ほこって、アカヤでは昨年さくねん以来いらい、すでに準備じゅんびをしているのだと言いった。そして、あなたがたの熱心ねっしんは、多おおくの人ひとを奮起ふんきさせたのである。

コリント第二10:2 わたしたちを肉にくに従したがって歩あるいているかのように思おもっている人々ひとびとに対たいしては、わたしは勇敢ゆうかんに行動こうどうするつもりであるが、あなたがたの所ところでは、どうか、そのような思おもいきったことをしないですむようでありたい。

コリント第二10:12 わたしたちは、自己じこ推薦すいせんをするような人々ひとびとと自分じぶんを同列どうれつにおいたり比較ひかくしたりはしない。彼かれらは仲間なかま同志どうしで互たがいにはかり合あったり、互たがいに比くらべ合あったりしているが、知恵ちえのないしわざである。

コリント第二11:13 こういう人々ひとびとはにせ使徒しと、人ひとをだます働はたらき人にんであって、キリストの使徒しとに擬装ぎそうしているにすぎないからである。

コリント第二13:2 わたしは、前まえに罪つみを犯おかした者ものたちやその他たのすべての人々ひとびとに、二に度ど目めに滞在たいざいしていたとき警告けいこくしておいたが、離はなれている今いままたあらかじめ言いっておく。今度こんど行いった時ときには、決けっして容赦ようしゃはしない。

ガラテヤ人への手紙(7か所)

ガラテヤ1:1 人々ひとびとからでもなく、人ひとによってでもなく、イエス・キリストと彼かれを死人しにんの中なかからよみがえらせた父ちちなる神かみとによって立たてられた使徒しとパウロ、

ガラテヤ1:7 それは福音ふくいんというべきものではなく、ただ、ある種しゅの人々ひとびとがあなたがたをかき乱みだし、キリストの福音ふくいんを曲まげようとしているだけのことである。

ガラテヤ2:2 そこに上のぼったのは、啓示けいじによってである。そして、わたしが異邦いほう人にんの間あいだに宣のべ伝つたえている福音ふくいんを、人々ひとびとに示ししめし、「重じゅうだった人ひとたち」には個人こじん的てきに示ししめした。それは、わたしが現げんに走はしっており、またすでに走はしってきたことが、むだにならないためである。

ガラテヤ2:10 ただ一ひとつ、わたしたちが貧まずしい人々ひとびとをかえりみるようにとのことであったが、わたしはもとより、この事ことのためにも大おおいに努つとめてきたのである。

ガラテヤ2:12 というのは、ヤコブのもとからある人々ひとびとが来くるまでは、彼かれは異邦いほう人にんと食しょくを共ともにしていたのに、彼かれらがきてからは、割礼かつれいの者ものどもを恐おそれ、しだいに身みを引ひいて離はなれて行いったからである。

ガラテヤ3:22 しかし、約束やくそくが、信しんじる人々ひとびとにイエス・キリストに対たいする信仰しんこうによって与あたえられるために、聖書せいしょはすべての人ひとを罪つみの下したに閉とじ込こめたのである。

ガラテヤ6:16 この法則ほうそくに従したがって進すすむ人々ひとびとの上うえに、平和へいわとあわれみとがあるように。また、神かみのイスラエルの上うえにあるように。

エペソ人への手紙(6か所)

エペソ2:3 また、わたしたちもみな、かつては彼かれらの中なかにいて、肉にくの欲よくに従したがって日ひを過すごし、肉にくとその思おもいとの欲ほっするままを行おこない、ほかの人々ひとびとと同おなじく、生うまれながらの怒いかりの子こであった。

エペソ2:11 だから、記憶きおくしておきなさい。あなたがたは以前いぜんには、肉にくによれば異邦いほう人にんであって、手てで行おこなった肉にくの割礼かつれいある者ものと称しょうせられる人々ひとびとからは、無む割礼かつれいの者ものと呼よばれており、

エペソ4:8 そこで、こう言いわれている、「彼かれは高たかいところに上のぼった時とき、とりこを捕とらえて引ひき行いき、人々ひとびとに賜物たまものを分わけ与あたえた」。

エペソ4:14 こうして、わたしたちはもはや子供こどもではないので、だまし惑まどわす策略さくりゃくにより、人々ひとびとの悪巧わるだくみによって起おこる様々さまざまな教きょうの風かぜに吹ふきまわされたり、もてあそばれたりすることがなく、

エペソ4:28 盗ぬすんだ者ものは、今後こんご、盗ぬすんではならない。むしろ、貧まずしい人々ひとびとに分わけ与あたえるようになるために、自分じぶんの手てで正当せいとうな働はたらきをしなさい。

エペソ6:24 変かわらない真実しんじつをもって、わたしたちの主しゅイエス・キリストを愛あいするすべての人々ひとびとに、恵めぐみがあるように。

ピリピ人への手紙(2か所)

ピリピ1:13 すなわち、わたしが獄ごくに捕とらわれているのはキリストのためであることが、兵営へいえい全体ぜんたいにもそのほかのすべての人々ひとびとにも明あきらかになり、

ピリピ2:29 こういうわけだから、大おおいに喜よろこんで、主しゅにあって彼かれを迎むかえてほしい。また、こうした人々ひとびとは尊重そんちょうせねばならない。

コロサイ人への手紙(3か所)

コロサイ2:1 わたしが、あなたがたとラオデキヤにいる人ひとたちのため、また、直接ちょくせつにはまだ会あったことのない人々ひとびとのために、どんなに苦闘くとうしているか、わかってもらいたい。

コロサイ2:18 あなたがたは、わざとらしい謙けんそんと天使てんし礼拝れいはいとにおぼれている人々ひとびとから、いろいろと悪評あくひょうされてはならない。彼かれらは幻まぼろしを見みたことを重おもんじ、肉にくの思おもいによっていたずらに誇ほこるだけで、

コロサイ4:13 わたしは、彼かれがあなたがたのため、またラオデキヤとヒエラポリスの人々ひとびとのために、ひじょうに心労しんろうしていることを、証言しょうげんする。

テサロニケ人への第一の手紙(9か所)

テサロニケ第一2:6 また、わたしたちは、キリストの使徒しととして重おもんじられることができたのであるが、あなたがたからにもせよ、ほかの人々ひとびとからにもせよ、人間にんげんからの栄誉えいよを求もとめることはしなかった。

テサロニケ第一4:12 そうすれば、外部がいぶの人々ひとびとに対たいして品位ひんいを保たもち、まただれの世話せわにもならずに、生活せいかつできるであろう。

テサロニケ第一4:13 兄弟きょうだいたちよ。眠ねむっている人々ひとびとについては、無知むちでいてもらいたくない。望のぞみを持もたない外そとの人々ひとびとのように、あなたがたが悲かなしむことのないためである。

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