ガラテヤ人への手紙 3章22節(ガラテヤ3:22)

22 しかし、約束やくそくが、信しんじる人々ひとびとにイエス・キリストに対たいする信仰しんこうによって与あたえられるために、聖書せいしょはすべての人ひとを罪つみの下したに閉とじ込こめたのである。

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この節を含む箇所律法の目的ガラテヤ3:15-25

前後の聖句(3章20–24節)

20 仲介ちゅうかい者しゃなるものは、一方いっぽうだけに属ぞくする者ものではない。しかし、神かみはひとりである。

21 では、律法りっぽうは神かみの約束やくそくと相あいいれないものか。断だんじてそうではない。もし人ひとを生いかす力ちからのある律法りっぽうが与あたえられていたとすれば、義ぎはたしかに律法りっぽうによって実現じつげんされたであろう。

22 しかし、約束やくそくが、信しんじる人々ひとびとにイエス・キリストに対たいする信仰しんこうによって与あたえられるために、聖書せいしょはすべての人ひとを罪つみの下したに閉とじ込こめたのである。

23 しかし、信仰しんこうが現あらわれる前まえには、わたしたちは律法りっぽうの下もとで監視かんしされており、やがて啓示けいじされる信仰しんこうの時ときまで閉とじ込こめられていた。

24 このようにして律法りっぽうは、信仰しんこうによって義ぎとされるために、わたしたちをキリストに連つれて行いく養育よういく掛がかりとなったのである。

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