「言葉」(ことば)が出てくる聖書の箇所

「言葉」(ことば)は口語訳の1215か所(旧約966・新約249)に出てきます。「ことば」も含みます。日常訳第1版では1347か所。

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1215か所を200か所ずつ7ページに分けています(6ページ目)。

マルコによる福音書(16か所)

マルコ13:31 天地てんちは滅ほろびるであろう。しかしわたしの言葉ことばは滅ほろびることがない。

マルコ13:37 目めをさましていなさい。わたしがあなたがたに言いうこの言葉ことばは、すべての人々ひとびとに言いうのである」。

マルコ14:39 また離はなれて行いって同おなじ言葉ことばで祈いのられた。

マルコ14:49 わたしは毎日まいにちあなたがたと一緒いっしょに宮みやにいて教おしえていたのに、わたしをつかまえはしなかった。しかし聖書せいしょの言葉ことばは成就じょうじゅされねばならない」。

マルコ14:72 するとすぐ、にわとりが二に度ど目めに鳴ないた。ペテロは、「にわとりが二に度ど鳴なく前まえに、三さん度どわたしを知しらないと言ゆうであろう」と言いわれたイエスの言葉ことばを思おもい出だし、そして思おもいかえして泣なきつづけた。

マルコ15:28 こうして「彼かれは罪人ざいにんたちのひとりに数かぞえられた」と書かいてある言葉ことばが成就じょうじゅしたのである。〕

マルコ16:17 信しんじる者ものには、このようなしるしが伴ともなう。すなわち、彼かれらはわたしの名なで悪霊あくりょうを追おい出だし、新あたらしい言葉ことばを語かたり、

ルカによる福音書(28か所)

ルカ1:20 時ときが来くれば成就じょうじゅするわたしの言葉ことばを信しんじなかったから、あなたはおしになり、この事ことの起おこる日ひまで、ものが言いえなくなる」。

ルカ1:29 この言葉ことばにマリヤはひどく胸騒むなさわぎがして、このあいさつはなんの事ことであろうかと、思おもいめぐらしていた。

ルカ1:38 そこでマリヤが言いった、「わたしは主しゅのはしためです。お言葉ことばどおりこの身みに成なりますように」。そして御ご使しは彼女かのじょから離はなれて行いった。

ルカ2:29 「主しゅよ、今いまこそ、あなたはみ言葉ことばのとおりにこの僕ぼくを安やすらかに去さらせてくださいます、

ルカ2:50 しかし、両親りょうしんはその語かたられた言葉ことばを悟さとることができなかった。

ルカ3:4 それは、預言よげん者しゃイザヤの言葉ことばの書しょに書かいてあるとおりである。すなわち「荒野こうやで呼よばわる者ものの声こえがする、『主しゅの道みちを備そなえよ、その道筋みちすじをまっすぐにせよ』。

ルカ4:22 すると、彼かれらはみなイエスをほめ、またその口くちから出でて来くるめぐみの言葉ことばに感嘆かんたんして言いった、「この人ひとはヨセフの子こではないか」。

ルカ4:32 その言葉ことばに権威けんいがあったので、彼かれらはその教きょうに驚おどろいた。

ルカ4:36 みんなの者ものは驚おどろいて、互たがいに語かたり合あって言いった、「これは、いったい、なんという言葉ことばだろう。権威けんいと力ちからとをもって汚よごれた霊れいに命めいじられると、彼かれらは出でて行いくのだ」。

ルカ5:5 シモンは答こたえて言いった、「先生せんせい、わたしたちは夜通よどおし働はたらきましたが、何なんも取とれませんでした。しかし、お言葉ことばですから、網あみをおろしてみましょう」。

ルカ6:47 わたしのもとにきて、わたしの言葉ことばを聞きいて行おこなう者ものが、何なんに似にているか、あなたがたに教おしえよう。

ルカ7:1 イエスはこれらの言葉ことばをことごとく人々ひとびとに聞きかせてしまったのち、カペナウムに帰かえってこられた。

ルカ7:7 それですから、自分じぶんでお迎むかえにあがるねうちさえないと思おもっていたのです。ただ、お言葉ことばを下ください。そして、わたしの僕ぼくをなおしてください。

ルカ9:26 わたしとわたしの言葉ことばとを恥はじる者ものに対たいしては、人ひとの子こもまた、自分じぶんの栄光えいこうと、父ちちと聖せいなる御ご使しとの栄光えいこうのうちに現あらわれて来くるとき、その者ものを恥はじるであろう。

ルカ9:44 「あなたがたはこの言葉ことばを耳みみにおさめて置おきなさい。人ひとの子こは人々ひとびとの手てに渡わたされようとしている」。

ルカ14:6 彼かれらはこれに対たいして返かえす言葉ことばがなかった。

ルカ16:14 欲よくの深ふかいパリサイ人にんたちが、すべてこれらの言葉ことばを聞きいて、イエスをあざ笑わらった。

ルカ17:6 そこで主しゅが言いわれた、「もし、からし種しゅ一いち粒つぶほどの信仰しんこうがあるなら、この桑くわの木きに、『抜ぬけ出だして海うみに植うわれ』と言いったとしても、その言葉ことばどおりになるであろう。

ルカ18:23 彼かれはこの言葉ことばを聞きいて非常ひじょうに悲かなしんだ。大おお金持かねもちであったからである。

ルカ18:34 弟子でしたちには、これらのことが何なん一ひとつわからなかった。この言葉ことばが彼かれらに隠かくされていたので、イエスの言いわれた事ことが理解りかいできなかった。

ルカ19:11 人々ひとびとがこれらの言葉ことばを聞きいているときに、イエスはなお一ひとつの譬たとえをお話はなしになった。それはエルサレムに近ちかづいてこられたし、また人々ひとびとが神かみの国くにはたちまち現あらわれると思おもっていたためである。

ルカ19:22 彼かれに言いった、『悪わるい僕ぼくよ、わたしはあなたの言いったその言葉ことばであなたをさばこう。わたしがきびしくて、あずけなかったものを取とりたて、まかなかったものを刈かる人間にんげんだと、知しっているのか。

ルカ21:15 あなたの反対はんたい者しゃのだれもが抗弁こうべんも否定ひていもできないような言葉ことばと知恵ちえとを、わたしが授さずけるから。

ルカ21:33 天地てんちは滅ほろびるであろう。しかしわたしの言葉ことばは決けっして滅ほろびることがない。

ルカ22:61 主しゅは振ふりむいてペテロを見みつめられた。そのときペテロは、「きょう、鶏にわとりが鳴なく前まえに、三さん度どわたしを知しらないと言ゆうであろう」と言いわれた主しゅのお言葉ことばを思おもい出だした。

ルカ24:8 そこで女おんなたちはその言葉ことばを思おもい出だし、

ルカ24:19 「それは、どんなことか」と言いわれると、彼かれらは言いった、「ナザレのイエスのことです。あのかたは、神かみとすべての民衆みんしゅうとの前まえで、わざにも言葉ことばにも力ちからある預言よげん者しゃでしたが、

ルカ24:44 それから彼かれらに対たいして言いわれた、「わたしが以前いぜんあなたがたと一緒いっしょにいた時分じぶんに話はなして聞きかせた言葉ことばは、こうであった。すなわち、モーセの律法りっぽうと預言よげん書しょと詩篇しへんとに、わたしについて書かいてあることは、必かならずことごとく成就じょうじゅする」。

ヨハネによる福音書(39か所)

ヨハネ2:22 それで、イエスが死人しにんの中なかからよみがえったとき、弟子でしたちはイエスがこう言いわれたことを思おもい出だして、聖書せいしょとイエスのこの言葉ことばとを信しんじた。

ヨハネ3:34 神かみがおつかわしになったかたは、神かみの言葉ことばを語かたる。神かみは聖霊せいれいを限かぎりなく賜たまうからである。

ヨハネ4:18 あなたには五ご人にんの夫おっとがあったが、今いまのはあなたの夫おっとではない。あなたの言葉ことばのとおりである」。

ヨハネ4:39 さて、この町まちからきた多おおくのサマリヤ人にんは、「この人ひとは、わたしのしたことを何なんもかも言いいあてた」とあかしした女おんなの言葉ことばによって、イエスを信しんじた。

ヨハネ4:41 そしてなお多おおくの人々ひとびとが、イエスの言葉ことばを聞きいて信しんじた。

ヨハネ4:50 イエスは彼かれに言いわれた、「お帰かえりなさい。あなたのむすこは助たすかるのだ」。彼かれは自分じぶんに言いわれたイエスの言葉ことばを信しんじて帰かえって行いった。

ヨハネ5:24 よくよくあなたがたに言いっておく。わたしの言葉ことばを聞きいて、わたしをつかわされたかたを信しんじる者ものは、永遠えいえんの命いのちを受うけ、またさばかれることがなく、死しから命いのちに移うつっているのである。

ヨハネ5:47 しかし、モーセの書かいたものを信しんじないならば、どうしてわたしの言葉ことばを信しんじるだろうか」。

ヨハネ6:60 弟子でしたちのうちの多おおくの者ものは、これを聞きいて言いった、「これは、ひどい言葉ことばだ。だれがそんなことを聞きいておられようか」。

ヨハネ6:63 人ひとを生いかすものは霊れいであって、肉にくはなんの役やくにも立たたたない。わたしがあなたがたに話はなした言葉ことばは霊れいであり、また命いのちである。

ヨハネ7:36 また、『わたしを捜さがすが、見みつけることはできない。そしてわたしのいる所ところには来くることができないだろう』と言いったその言葉ことばは、どういう意味いみだろう」。

ヨハネ7:40 群衆ぐんしゅうのある者ものがこれらの言葉ことばを聞きいて、「このかたは、ほんとうに、あの預言よげん者しゃである」と言いいい、

ヨハネ8:20 イエスが宮みやの内うちで教おしえていた時とき、これらの言葉ことばをさいせん箱ばこのそばで語かたられたのであるが、イエスの時ときがまだきていなかったので、だれも捕とらえる者ものがなかった。

ヨハネ8:31 イエスは自分じぶんを信しんじたユダヤ人にんたちに言いわれた、「もしわたしの言葉ことばのうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの弟子でしなのである。

ヨハネ8:37 わたしは、あなたがたがアブラハムの子孫しそんであることを知しっている。それだのに、あなたがたはわたしを殺ころそうとしている。わたしの言葉ことばが、あなたがたのうちに根ねをおろしていないからである。

ヨハネ8:43 どうしてあなたがたは、わたしの話はなすことがわからないのか。あなたがたが、わたしの言葉ことばを悟さとることができないからである。

ヨハネ8:47 神かみからきた者ものは神かみの言葉ことばに聞き従うききしたがうが、あなたがたが聞き従わききしたがわないのは、神かみからきた者ものでないからである」。

ヨハネ8:51 よくよく言いっておく。もし人ひとがわたしの言葉ことばを守まもるならば、その人ひとはいつまでも死しを見みることがないであろう」。

ヨハネ8:52 ユダヤ人にんたちが言いった、「あなたが悪霊あくりょうに取とりつかれていることが、今いまわかった。アブラハムは死しに、預言よげん者しゃたちも死しんでいる。それだのに、あなたは、わたしの言葉ことばを守まもる者ものはいつまでも死しを味あじわうことがないであろうと、言いわれる。

ヨハネ10:19 これらの言葉ことばを語かたられたため、ユダヤ人にんの間あいだにまたも分争ぶんそうが生しょうじた。

ヨハネ10:21 他ほかの人々ひとびとは言いった、「それは悪霊あくりょうに取とりつかれた者ものの言葉ことばではない。悪霊あくりょうは盲人もうじんの目めをあけることができようか」。

ヨハネ12:38 それは、預言よげん者しゃイザヤの次つぎの言葉ことばが成就じょうじゅするためである、「主しゅよ、わたしたちの説とくところを、だれが信しんじたでしょうか。また、主しゅのみ腕うではだれに示しめされたでしょうか」。

ヨハネ12:48 わたしを捨すてて、わたしの言葉ことばを受うけいれない人ひとには、その人ひとをさばくものがある。わたしの語かたったその言葉ことばが、終おわりの日ひにその人ひとをさばくであろう。

ヨハネ14:10 わたしが父ちちにおり、父ちちがわたしにおられることをあなたは信しんじないのか。わたしがあなたがたに話はなしている言葉ことばは、自分じぶんから話はなしているのではない。父ちちがわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。

ヨハネ14:23 イエスは彼かれに答こたえて言いわれた、「もしだれでもわたしを愛あいするならば、わたしの言葉ことばを守まもるであろう。そして、わたしの父ちちはその人ひとを愛あいし、また、わたしたちはその人ひとのところに行いって、その人ひとと一緒いっしょに住すむであろう。

ヨハネ14:24 わたしを愛あいさない者ものはわたしの言葉ことばを守まもらない。あなたがたが聞きいている言葉ことばは、わたしの言葉ことばではなく、わたしをつかわされた父ちちの言葉ことばである。

ヨハネ15:3 あなたがたは、わたしが語かたった言葉ことばによって既すでにきよくされている。

ヨハネ15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉ことばがあなたがたにとどまっているならば、なんでも望のぞむものを求もとめるがよい。そうすれば、与あたえられるであろう。

ヨハネ15:20 わたしがあなたがたに『僕ぼくはその主人しゅじんにまさるものではない』と言いったことを、おぼえていなさい。もし人々ひとびとがわたしを迫害はくがいしたなら、あなたがたをも迫害はくがいするであろう。また、もし彼かれらがわたしの言葉ことばを守まもっていたなら、あなたがたの言葉ことばをも守まもるであろう。

ヨハネ15:25 それは、『彼かれらは理由りゆうなしにわたしを憎にくんだ』と書かいてある彼かれらの律法りっぽうの言葉ことばが成就じょうじゅするためである。

ヨハネ16:18 彼かれらはまた言いった、「『しばらくすれば』と言いわれるのは、どういうことか。わたしたちには、その言葉ことばの意味いみがわからない」。

ヨハネ17:6 わたしは、あなたが世よから選えらんでわたしに賜たまわった人々ひとびとに、み名なをあらわしました。彼かれらはあなたのものでありましたが、わたしに下くださいました。そして、彼かれらはあなたの言葉ことばを守まもりました。

ヨハネ17:8 なぜなら、わたしはあなたからいただいた言葉ことばを彼かれらに与あたえ、そして彼かれらはそれを受うけ、わたしがあなたから出でたものであることをほんとうに知しり、また、あなたがわたしをつかわされたことを信しんじるに至いたったからです。

ヨハネ17:20 わたしは彼かれらのためばかりではなく、彼かれらの言葉ことばを聞きいてわたしを信しんじている人々ひとびとのためにも、お願ねがいいたします。

ヨハネ18:9 それは、「あなたが与あたえて下くださった人ひとたちの中なかのひとりも、わたしは失うしなわなかった」とイエスの言いわれた言葉ことばが、成就じょうじゅするためである。

ヨハネ18:32 これは、ご自身じしんがどんな死しにかたをしようとしているかを示しめすために言いわれたイエスの言葉ことばが、成就じょうじゅするためである。

ヨハネ19:8 ピラトがこの言葉ことばを聞きいたとき、ますますおそれ、

ヨハネ19:13 ピラトはこれらの言葉ことばを聞きいて、イエスを外そとへ引ひき出だして行いき、敷石しきいし(ヘブル語ごではガバタ)という場所ばしょで裁判さいばんの席せきについた。

ヨハネ19:36 これらのことが起おこったのは、「その骨ほねはくだかれないであろう」との聖書せいしょの言葉ことばが、成就じょうじゅするためである。

使徒行伝(37か所)

使徒1:16 「兄弟きょうだいたちよ、イエスを捕とらえた者ものたちの手てびきになったユダについては、聖霊せいれいがダビデの口くちをとおして預言よげんしたその言葉ことばは、成就じょうじゅしなければならなかった。

使徒2:4 すると、一同いちどうは聖霊せいれいに満みたされ、御ご霊れいが語かたらせるままに、いろいろの他国たこくの言葉ことばで語かたり出だした。

使徒2:40 ペテロは、ほかになお多おおくの言葉ことばであかしをなし、人々ひとびとに「この曲まがった時代じだいから救すくわれよ」と言いって勧すすめた。

使徒2:41 そこで、彼かれの勧すすめの言葉ことばを受うけいれた者ものたちは、バプテスマを受うけたが、その日ひ、仲間なかまに加くわわったものが三千さんぜん人にんほどあった。

使徒4:14 かつ、彼かれらにいやされた者ものがそのそばに立たっているのを見みては、まったく返かえす言葉ことばがなかった。

使徒4:29 主しゅよ、いま、彼かれらの脅迫きょうはくに目めをとめ、僕ぼくたちに、思おもい切きって大胆だいたんに御お言葉ことばを語かたらせて下ください。

使徒5:5 アナニヤはこの言葉ことばを聞きいているうちに、倒たおれて息いきが絶たえた。このことを伝つたえ聞きいた人々ひとびとは、みな非常ひじょうなおそれを感かんじた。

使徒5:20 「さあ行いきなさい。そして、宮みやの庭にわに立たち、この命いのちの言葉ことばを漏もれなく、人々ひとびとに語かたりなさい」。

使徒6:11 そこで、彼かれらは人々ひとびとをそそのかして、「わたしたちは、彼かれがモーセと神かみとを汚けがす言葉ことばを吐はくのを聞きいた」と言いわせた。

使徒6:13 それから、偽いつわりの証人しょうにんたちを立たてて言いわせた、「この人ひとは、この聖せい所しょと律法りっぽうとに逆さからう言葉ことばを吐はいて、どうしても、やめようとはしません。

使徒7:22 モーセはエジプト人にんのあらゆる学問がくもんを教おしえ込こまれ、言葉ことばにもわざにも、力ちからがあった。

使徒7:29 モーセは、この言葉ことばを聞きいて逃にげ、ミデアンの地ちに身みを寄よせ、そこで男おとこの子こふたりをもうけた。

使徒7:38 この人ひとが、シナイ山やまで、彼かれに語かたりかけた御ご使しや先祖せんぞたちと共ともに、荒野こうやにおける集会しゅうかいにいて、生いける御お言葉ことばを授さずかり、それをあなたがたに伝つたえたのである。

使徒10:44 ペテロがこれらの言葉ことばをまだ語かたり終おえないうちに、それを聞きいていたみんなの人ひとたちに、聖霊せいれいがくだった。

使徒11:14 この人ひとは、あなたとあなたの全ぜん家族かぞくとが救すくわれる言葉ことばを語かたって下くださるであろう』と告つげた次第しだいを、話はなしてくれた。

使徒11:16 その時ときわたしは、主しゅが『ヨハネは水みずでバプテスマを授さずけたが、あなたがたは聖霊せいれいによってバプテスマを受うけるであろう』と仰おおせになった言葉ことばを思おもい出だした。

使徒13:15 律法りっぽうと預言よげん書しょの朗読ろうどくがあったのち、会堂かいどう司したちが彼かれらのところに人ひとをつかわして、「兄弟きょうだいたちよ、もしあなたがたのうち、どなたか、この人々ひとびとに何なんか奨励しょうれいの言葉ことばがありましたら、どうぞお話はなし下ください」と言いわせた。

使徒13:26 兄弟きょうだいたち、アブラハムの子孫しそんのかたがた、ならびに皆みなさんの中なかの神かみを敬ううやまう人ひとたちよ。この救すくいの言葉ことばはわたしたちに送おくられたのである。

使徒13:27 エルサレムに住すむ人々ひとびとやその指導しどう者しゃたちは、イエスを認みとめずに刑けいに処ししょし、それによって、安息あんそく日にちごとに読よむ預言よげん者しゃの言葉ことばが成就じょうじゅした。

使徒14:3 それにもかかわらず、ふたりは長ながい期間きかんをそこで過すごして、大胆だいたんに主しゅのことを語かたった。主しゅは、彼かれらの手てによってしるしと奇跡きせきとを行おこなわせ、そのめぐみの言葉ことばをあかしされた。

使徒15:7 激はげしい争論そうろんがあった後あと、ペテロが立たって言いった、「兄弟きょうだいたちよ、ご承知しょうちのとおり、異邦いほう人にんがわたしの口くちから福音ふくいんの言葉ことばを聞きいて信しんじるようにと、神かみは初はじめのころに、諸君しょくんの中なかからわたしをお選えらびになったのである。

使徒15:15 預言よげん者しゃたちの言葉ことばも、それと一致いっちしている。すなわち、こう書かいてある、

使徒15:31 人々ひとびとはそれを読よんで、その勧すすめの言葉ことばをよろこんだ。

使徒15:32 ユダとシラスとは共ともに預言よげん者しゃであったので、多おおくの言葉ことばをもって兄弟きょうだいたちを励はげまし、また力ちからづけた。

使徒15:35 パウロとバルナバとはアンテオケに滞在たいざいをつづけて、ほかの多おおくの人ひとたちと共ともに、主しゅの言葉ことばを教おしえかつ宣のべ伝つたえた。

使徒15:36 幾いく日かかの後あと、パウロはバルナバに言いった、「さあ、前まえに主しゅの言葉ことばを伝つたえたすべての町々まちまちにいる兄弟きょうだいたちを、また訪問ほうもんして、みんながどうしているかを見みてこようではないか」。

使徒16:36 そこで、獄吏ごくりはこの言葉ことばをパウロに伝つたえて言いった、「長官ちょうかんたちが、あなたがたを釈放しゃくほうさせるようにと、使つかいをよこしました。さあ、出でてきて、無事ぶじにお帰かえりなさい」。

使徒16:38 警吏けいりらはこの言葉ことばを長官ちょうかんたちに報告ほうこくした。すると長官ちょうかんたちは、ふたりがローマ人にんだと聞きいて恐おそれ、

使徒18:15 これは諸君しょくんの言葉ことばや名称めいしょうや律法りっぽうに関かんする問題もんだいなのだから、諸君しょくんみずから始末しまつするがよかろう。わたしはそんな事ことの裁判さいばん人にんにはなりたくない」。

使徒20:2 そして、その地方ちほうをとおり、多おおくの言葉ことばで人々ひとびとを励はげましたのち、ギリシヤにきた。

使徒20:35 わたしは、あなたがたもこのように働はたらいて、弱よわい者ものを助たすけなければならないこと、また『受うけるよりは与あたえる方ほうが、さいわいである』と言いわれた主しゅイエスの言葉ことばを記憶きおくしているべきことを、万事ばんじについて教え示しおしえしめしたのである」。

使徒22:3 そこで彼かれは言葉ことばをついで言いった、「わたしはキリキヤのタルソで生うまれたユダヤ人にんであるが、この都とで育そだてられ、ガマリエルのひざもとで先祖せんぞ伝来でんらいの律法りっぽうについて、きびしい薫陶くんとうを受うけ、今日きょうの皆みなさんと同おなじく神かみに対たいして熱心ねっしんな者ものであった。

使徒22:22 彼かれの言葉ことばをここまで聞きいていた人々ひとびとは、このとき、声こえを張はりあげて言いった、「こんな男おとこは地上ちじょうから取とり除のぞいてしまえ。生いかしおくべきではない」。

使徒26:11 それから、いたるところの会堂かいどうで、しばしば彼かれらを罰ばっして、無理むりやりに神かみをけがす言葉ことばを言いわせようとし、彼かれらに対たいしてひどく荒あれ狂くるい、ついに外国がいこくの町々まちまちにまで、迫害はくがいの手てをのばすに至いたりました。

使徒26:25 パウロが言いった、「フェスト閣下かっかよ、わたしは気きが狂くるってはいません。わたしは、まじめな真実しんじつの言葉ことばを語かたっているだけです。

使徒26:29 パウロが言いった、「説とくことが少すこしであろうと、多おおくであろうと、わたしが神かみに祈いのるのは、ただあなただけでなく、きょう、わたしの言葉ことばを聞きいた人ひともみな、わたしのようになって下くださることです。このような鎖くさりは別べつですが」。

使徒28:28 そこで、あなたがたは知しっておくがよい。神かみのこの救すくいの言葉ことばは、異邦いほう人にんに送おくられたのだ。彼かれらは、これに聞きききしたがうであろう」。〔

ローマ人への手紙(10か所)

ローマ3:4 断だんじてそうではない。あらゆる人ひとを偽いつわり者ものとしても、神かみを真実しんじつなものとすべきである。それは、「あなたが言葉ことばを述のべるときは、義ぎとせられ、あなたがさばきを受うけるとき、勝利しょうりを得えるため」と書かいてあるとおりである。

ローマ3:14 彼かれらの口くちは、のろいと苦にがい言葉ことばとで満みちている。

ローマ8:26 御ご霊れいもまた同おなじように、弱よわいわたしたちを助たすけて下くださる。なぜなら、わたしたちはどう祈いのったらよいかわからないが、御ご霊れいみずから、言葉ことばにあらわせない切せつなるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下くださるからである。

ローマ9:9 約束やくそくの言葉ことばはこうである。「来年らいねんの今いまごろ、わたしはまた来くる。そして、サラに男子だんしが与あたえられるであろう」。

ローマ10:8 では、なんと言いっているか。「言葉ことばはあなたの近ちかくにある。あなたの口くちにあり、心こころにある」。この言葉ことばとは、わたしたちが宣のべ伝つたえている信仰しんこうの言葉ことばである。

ローマ10:17 したがって、信仰しんこうは聞きくことによるのであり、聞きくことはキリストの言葉ことばから来くるのである。

ローマ10:18 しかしわたしは言いう、彼かれらには聞きこえなかったのであろうか。否いな、むしろ「その声こえは全地ぜんちにひびきわたり、その言葉ことばは世界せかいのはてにまで及およんだ」。

ローマ13:9 「姦淫かんいんするな、殺ころすな、盗ぬすむな、むさぼるな」など、そのほかに、どんな戒いましめがあっても、結局けっきょく「自分じぶんを愛あいするようにあなたの隣となり人びとを愛あいせよ」というこの言葉ことばに帰きする。

ローマ15:18 わたしは、異邦いほう人にんを従順じゅうじゅんにするために、キリストがわたしを用もちいて、言葉ことばとわざ、

ローマ16:22 (この手紙てがみを筆記ひっきしたわたしテルテオも、主しゅにあってあなたがたにあいさつの言葉ことばをおくる。)

コリント人への第一の手紙(17か所)

コリント第一1:5 あなたがたはキリストにあって、すべてのことに、すなわち、すべての言葉ことばにもすべての知識ちしきにも恵めぐまれ、

コリント第一1:17 いったい、キリストがわたしをつかわされたのは、バプテスマを授さずけるためではなく、福音ふくいんを宣のべ伝つたえるためであり、しかも知恵ちえの言葉ことばを用もちいずに宣のべ伝つたえるためであった。それは、キリストの十字じゅうじ架かが無力むりょくなものになってしまわないためなのである。

コリント第一2:1 兄弟きょうだいたちよ。わたしもまた、あなたがたの所ところに行いったとき、神かみのあかしを宣のべ伝つたえるのに、すぐれた言葉ことばや知恵ちえを用もちいなかった。

コリント第一2:4 そして、わたしの言葉ことばもわたしの宣教せんきょうも、巧たくみな知恵ちえの言葉ことばによらないで、霊れいと力ちからとの証明しょうめいによったのである。

コリント第一2:13 この賜物たまものについて語かたるにも、わたしたちは人間にんげんの知恵ちえが教おしえる言葉ことばを用もちいないで、御ご霊れいの教おしえる言葉ことばを用もちい、霊れいによって霊れいのことを解釈かいしゃくするのである。

コリント第一4:13 ののしられては優やさしい言葉ことばをかけている。わたしたちは今いまに至いたるまで、この世よのちりのように、人間にんげんのくずのようにされている。

コリント第一4:19 しかし主しゅのみこころであれば、わたしはすぐにでもあなたがたの所ところに行いって、高たかぶっている者ものたちの言葉ことばではなく、その力ちからを見みせてもらおう。

コリント第一4:20 神かみの国くには言葉ことばではなく、力ちからである。

コリント第一12:8 すなわち、ある人ひとには御ご霊れいによって知恵ちえの言葉ことばが与あたえられ、ほかの人ひとには、同おなじ御霊みたまによって知識ちしきの言げん、

コリント第一13:1 たといわたしが、人々ひとびとの言葉ことばや御ご使したちの言葉ことばを語かたっても、もし愛あいがなければ、わたしは、やかましい鐘かねや騒さわがしい鐃にょう鉢ばちと同おなじである。

コリント第一14:9 それと同様どうように、もしあなたがたが異言いげんではっきりしない言葉ことばを語かたれば、どうしてその語かたることがわかるだろうか。それでは、空そらにむかって語かたっていることになる。

コリント第一14:10 世よには多種たしゅ多様たようの言葉ことばがあるだろうが、意味いみのないものは一ひとつもない。

コリント第一14:11 もしその言葉ことばの意味いみがわからないなら、語かたっている人ひとにとっては、わたしは異国いこく人にんであり、語かたっている人ひとも、わたしにとっては異国いこく人にんである。

コリント第一14:16 そうでないと、もしあなたが霊れいで祝福しゅくふくの言葉ことばを唱となえても、初心しょしん者しゃの席せきにいる者ものは、あなたの感謝かんしゃに対たいして、どうしてアァメンと言いえようか。あなたが何なんを言いっているのか、彼かれには通つうじない。

コリント第一14:19 しかし教会きょうかいでは、一いち万まんの言葉ことばを異言いげんで語かたるよりも、ほかの人ひとたちをも教おしえるために、むしろ五いつつの言葉ことばを知性ちせいによって語かたる方ほうが願ねがわしい。

コリント第一15:2 もしあなたがたが、いたずらに信しんじないで、わたしの宣のべ伝つたえたとおりの言葉ことばを固かたく守まもっておれば、この福音ふくいんによって救すくわれるのである。

コリント第一15:54 この朽くちるものが朽くちないものを着き、この死しぬものが死しなないものを着きるとき、聖書せいしょに書かいてある言葉ことばが成就じょうじゅするのである。

コリント人への第二の手紙(5か所)

コリント第二1:18 神かみの真実しんじつにかけて言ゆうが、あなたがたに対たいするわたしの言葉ことばは、「しかり」と同時どうじに「否いな」というようなものではない。

コリント第二6:7 真理しんりの言葉ことばと神かみの力ちからとにより、左右さゆうに持もっている義ぎの武器ぶきにより、

コリント第二8:7 さて、あなたがたがあらゆる事ことがらについて富とんでいるように、すなわち、信仰しんこうにも言葉ことばにも知識ちしきにも、あらゆる熱情ねつじょうにも、また、あなたがたに対たいするわたしたちの愛あいにも富とんでいるように、この恵めぐみのわざにも富とんでほしい。

コリント第二10:11 そういう人ひとは心得こころえているがよい。わたしたちは、離はなれていて書かきおくる手紙てがみの言葉ことばどおりに、一緒いっしょにいる時ときでも同おなじようにふるまうのである。

コリント第二12:4 パラダイスに引ひき上あげられ、そして口くちに言い表わせいいあらわせない、人間にんげんが語かたってはならない言葉ことばを聞きいたのを、わたしは知しっている。

エペソ人への手紙(6か所)

エペソ1:13 あなたがたもまた、キリストにあって、真理しんりの言葉ことば、すなわち、あなたがたの救すくいの福音ふくいんを聞ききき、また、彼かれを信しんじた結果けっか、約束やくそくされた聖霊せいれいの証印しょういんをおされたのである。

エペソ4:29 悪わるい言葉ことばをいっさい、あなたがたの口くちから出だしてはいけない。必要ひつようがあれば、人ひとの徳とくを高たかめるのに役立やくだつような言葉ことばを語かたって、聞きいている者ものの益えきになるようにしなさい。

エペソ5:4 また、卑いやしい言葉ことばと愚おろかな話はなしやみだらな冗談じょうだんを避さけなさい。これらは、よろしくない事ことである。それよりは、むしろ感謝かんしゃをささげなさい。

エペソ5:6 あなたがたは、だれにも不ふ誠実せいじつな言葉ことばでだまされてはいけない。これらのことから、神かみの怒いかりは不ふ従順じゅうじゅんの子こらに下くだるのである。

エペソ5:26 キリストがそうなさったのは、水みずで洗あらうことにより、言葉ことばによって、教会きょうかいをきよめて聖せいなるものとするためであり、

エペソ6:19 また、わたしが口くちを開ひらくときに語かたるべき言葉ことばを賜たまわり、大胆だいたんに福音ふくいんの奥義おうぎを明あきらかに示ししめしうるように、わたしのためにも祈いのってほしい。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ2:15 それは、あなたがたが責せめられるところのない純真じゅんしんな者ものとなり、曲まがった邪悪じゃあくな時代じだいのただ中なかにあって、傷きずのない神かみの子ことなるためである。あなたがたは、いのちの言葉ことばを堅かたく持もって、彼かれらの間あいだで星ほしのようにこの世よに輝かがやいている。

コロサイ人への手紙(6か所)

コロサイ1:5 この愛あいは、あなたがたのために天てんにたくわえられている望のぞみに基もとづくものであり、その望のぞみについては、あなたがたはすでに、あなたがたのところまで伝つたえられた福音ふくいんの真理しんりの言葉ことばによって聞きいている。

コロサイ2:4 わたしがこう言いうのは、あなたがたが、だれにも巧たくみな言葉ことばで迷まよわされることのないためである。

コロサイ3:8 しかし今いまは、これらいっさいのことを捨すて、怒いかり、憤いきどおり、悪意あくい、そしり、口くちから出でる恥はずべき言葉ことばを、捨すててしまいなさい。

コロサイ3:16 キリストの言葉ことばを、あなたがたのうちに豊ゆたかに宿やどらせなさい。そして、知恵ちえをつくして互たがいに教おしえまた訓戒くんかいし、詩しとさんびと霊れいの歌うたとによって、感謝かんしゃして心こころから神かみをほめたたえなさい。

コロサイ3:17 そして、あなたのすることはすべて、言葉ことばによるとわざによるとを問とわず、いっさい主しゅイエスの名なによってなし、彼かれによって父ちちなる神かみに感謝かんしゃしなさい。

コロサイ4:6 いつも、塩しおで味あじつけられた、やさしい言葉ことばを使つかいなさい。そうすれば、ひとりびとりに対たいしてどう答こたえるべきか、わかるであろう。

テサロニケ人への第一の手紙(6か所)

テサロニケ第一1:5 なぜなら、わたしたちの福音ふくいんがあなたがたに伝つたえられたとき、それは言葉ことばだけによらず、力ちからと聖霊せいれいと強つよい確信かくしんとによったからである。わたしたちが、あなたがたの間あいだで、みんなのためにどんなことをしたか、あなたがたの知しっているとおりである。

テサロニケ第一1:8 すなわち、主しゅの言葉ことばはあなたがたから出でて、ただマケドニヤとアカヤとに響ひびきわたっているばかりではなく、至いたるところで、神かみに対たいするあなたがたの信仰しんこうのことが言いいいひろめられたので、これについては何なんも述のべる必要ひつようはないほどである。

テサロニケ第一2:5 わたしたちは、あなたがたが知しっているように、決けっしてへつらいの言葉ことばを用もちいたこともなく、口実こうじつを設もうけて、むさぼったこともない。それは、神かみがあかしして下くださる。

テサロニケ第一2:13 これらのことを考かんがえて、わたしたちがまた絶たえず神かみに感謝かんしゃしているのは、あなたがたがわたしたちの説といた神かみの言げんを聞きいた時ときに、それを人間にんげんの言葉ことばとしてではなく、神かみの言げんとして――事実じじつそのとおりであるが――受うけいれてくれたことである。そして、この神かみの言げんは、信しんじるあなたがたのうちに働はたらいているのである。

テサロニケ第一4:15 わたしたちは主しゅの言葉ことばによって言ゆうが、生いきながらえて主しゅの来臨らいりんの時ときまで残のこるわたしたちが、眠ねむった人々ひとびとより先さきになることは、決けっしてないであろう。

テサロニケ第一4:18 だから、あなたがたは、これらの言葉ことばをもって互たがいに慰なぐさめ合あいなさい。

テサロニケ人への第二の手紙(5か所)

テサロニケ第二2:2 霊れいにより、あるいは言葉ことばにより、あるいはわたしたちから出でたという手紙てがみによって、主しゅの日ひはすでにきたとふれまわる者ものがあっても、すぐさま心こころを動うごかされたり、あわてたりしてはいけない。

テサロニケ第二2:15 そこで、兄弟きょうだいたちよ。堅かたく立たって、わたしたちの言葉ことばや手紙てがみで教おしえられた言伝いいつたえを、しっかりと守まもり続つづけなさい。

テサロニケ第二2:17 あなたがたの心こころを励はげまし、あなたがたを強つよめて、すべての良よいわざを行おこない、正ただしい言葉ことばを語かたる者ものとして下くださるように。

テサロニケ第二3:1 最後さいごに、兄弟きょうだいたちよ。わたしたちのために祈いのってほしい。どうか主しゅの言葉ことばが、あなたがたの所ところと同おなじように、ここでも早はやく広ひろまり、また、あがめられるように。

テサロニケ第二3:14 もしこの手紙てがみにしるしたわたしたちの言葉ことばに聞き従わききしたがわない人ひとがあれば、そのような人ひとには注意ちゅういをして、交際こうさいしないがよい。彼かれが自みずから恥はじるようになるためである。

テモテへの第一の手紙(8か所)

テモテ第一1:15 「キリスト・イエスは、罪人ざいにんを救すくうためにこの世よにきて下くださった」という言葉ことばは、確実かくじつで、そのまま受うけいれるに足たるものである。わたしは、その罪人ざいにんのかしらなのである。

テモテ第一1:18 わたしの子こテモテよ。以前いぜんあなたに対たいしてなされた数々かずかずの預言よげんの言葉ことばに従したがって、この命令めいれいを与あたえる。あなたは、これらの言葉ことばに励はげまされて、信仰しんこうと正ただしい良心りょうしんとを保たもちながら、りっぱに戦たたかいぬきなさい。

テモテ第一3:1 「もし人ひとが監督かんとくの職しょくを望のぞむなら、それは良よい仕事しごとを願ねがうことである」とは正ただしい言葉ことばである。

テモテ第一4:6 これらのことを兄弟きょうだいたちに教おしえるなら、あなたは、信仰しんこうの言葉ことばとあなたの従したがってきた良よい教きょうの言葉ことばとに養やしなわれて、キリスト・イエスのよい奉仕ほうし者しゃになるであろう。

テモテ第一4:9 これは確実かくじつで、そのまま受うけいれるに足たる言葉ことばである。

テモテ第一4:12 あなたは、年ねんが若わかいために人ひとに軽かろんじられてはならない。むしろ、言葉ことばにも、行状ぎょうじょうにも、愛あいにも、信仰しんこうにも、純潔じゅんけつにも、信者しんじゃの模範もはんになりなさい。

テモテ第一6:3 もし違ちがったことを教おしえて、わたしたちの主しゅイエス・キリストの健全けんぜんな言葉ことば、ならびに信心しんじんにかなう教きょうに同意どういしないような者ものがあれば、

テモテ第一6:4 彼かれは高慢こうまんであって、何なんも知しらず、ただ論議ろんぎと言葉ことばの争あらそいとに病やみついている者ものである。そこから、ねたみ、争あらそい、そしり、さいぎの心こころが生しょうじ、

テモテへの第二の手紙(5か所)

テモテ第二1:13 あなたは、キリスト・イエスに対たいする信仰しんこうと愛あいとをもって、わたしから聞きいた健全けんぜんな言葉ことばを模範もはんにしなさい。

テモテ第二2:11 次つぎの言葉ことばは確実かくじつである。「もしわたしたちが、彼かれと共ともに死しんだなら、また彼かれと共ともに生いきるであろう。

テモテ第二2:14 あなたは、これらのことを彼かれらに思おもい出ださせて、なんの益えきもなく、聞きいている人々ひとびとを破滅はめつにおとしいれるだけである言葉ことばの争あらそいをしないように、神かみのみまえでおごそかに命めいじなさい。

テモテ第二2:15 あなたは真理しんりの言葉ことばを正ただしく教おしえ、恥はじるところのない錬れん達たっした働はたらき人にんになって、神かみに自分じぶんをささげるように努つとめはげみなさい。

テモテ第二2:17 彼かれらの言葉ことばは、がんのように腐くされひろがるであろう。その中なかにはヒメナオとピレトとがいる。

テトスへの手紙(3か所)

テトス1:9 教きょうにかなった信頼しんらいすべき言葉ことばを守まもる人ひとでなければならない。それは、彼かれが健全けんぜんな教きょうによって人ひとをさとし、また、反対はんたい者しゃの誤あやまりを指摘してきすることができるためである。

テトス2:8 非難ひなんのない健全けんぜんな言葉ことばを用もちいなさい。そうすれば、反対はんたい者しゃも、わたしたちについてなんの悪口わるぐちも言いえなくなり、自みずから恥はじいるであろう。

テトス3:8 この言葉ことばは確実かくじつである。わたしは、あなたがそれらのことを主張しゅちょうするのを願ねがっている。それは、神かみを信しんじている者ものたちが、努つとめて良よいわざを励はげむことを心こころがけるようになるためである。これは良よいことであって、人々ひとびとの益えきとなる。

ヘブル人への手紙(9か所)

ヘブル1:3 御子みこは神かみの栄光えいこうの輝かがやきであり、神かみの本質ほんしつの真しんの姿すがたであって、その力ちからある言葉ことばをもって万物ばんぶつを保たもっておられる。そして罪つみのきよめのわざをなし終おえてから、いと高たかき所ところにいます大だい能のう者しゃの右みぎに、座ざにつかれたのである。

ヘブル5:13 すべて乳ちちを飲のんでいる者ものは、幼おさな子ごなのだから、義ぎの言葉ことばを味あじわうことができない。

ヘブル6:5 また、神かみの良よきみ言葉ことばと、きたるべき世よの力ちからとを味あじわった者ものたちが、

ヘブル11:3 信仰しんこうによって、わたしたちは、この世界せかいが神かみの言葉ことばで造つくられたのであり、したがって、見みえるものは現あらわれているものから出でてきたのでないことを、悟さとるのである。

ヘブル12:5 また子こたちに対たいするように、あなたがたに語かたられたこの勧すすめの言葉ことばを忘わすれている、「わたしの子こよ、主しゅの訓練くんれんを軽かろんじてはいけない。主しゅに責せめられるとき、弱よわり果はててはならない。

ヘブル12:19 また、ラッパの響ひびきや、聞きいた者ものたちがそれ以上いじょう、耳みみにしたくないと願ねがったような言葉ことばがひびいてきた山やまではない。

ヘブル12:20 そこでは、彼かれらは、「けものであっても、山やまに触ふれたら、石いしで打うち殺ころされてしまえ」という命令めいれいの言葉ことばに、耐たえることができなかったのである。

ヘブル12:27 この「もう一いち度ど」という言葉ことばは、震ふるわれないものが残のこるために、震ふるわれるものが、造つくられたものとして取とり除のぞかれることを示ししめしている。

ヘブル13:22 兄弟きょうだいたちよ。どうかわたしの勧すすめの言葉ことばを受うけいれてほしい。わたしは、ただ手てみじかに書かいたのだから。

ヤコブの手紙(5か所)

ヤコブ1:18 父ちちは、わたしたちを、いわば被ひ造物ぞうぶつの初穂はつほとするために、真理しんりの言葉ことばによって御お旨むねのままに、生うみ出だして下くださったのである。

ヤコブ2:8 しかし、もしあなたがたが、「自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ」という聖書せいしょの言葉ことばに従したがって、このきわめて尊とうとい律法りっぽうを守まもるならば、それは良よいことである。

ヤコブ2:23 こうして、「アブラハムは神かみを信しんじた。それによって、彼かれは義ぎと認みとめられた」という聖書せいしょの言葉ことばが成就じょうじゅし、そして、彼かれは「神かみの友とも」と唱となえられたのである。

ヤコブ3:2 わたしたちは皆みな、多おおくのあやまちを犯おかすものである。もし、言葉ことばの上うえであやまちのない人ひとがあれば、そういう人ひとは、全身ぜんしんをも制御せいぎょすることのできる完全かんぜんな人ひとである。

ヤコブ4:5 それとも、「神かみは、わたしたちの内うちに住すまわせた霊れいを、ねたむほどに愛あいしておられる」と聖書せいしょに書かいてあるのは、むなしい言葉ことばだと思おもうのか。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一1:8 あなたがたは、イエス・キリストを見みたことはないが、彼かれを愛あいしている。現在げんざい、見みてはいないけれども、信しんじて、言葉ことばにつくせない、輝かがやきにみちた喜よろこびにあふれている。

ペテロ第一1:25 しかし、主しゅの言葉ことばは、とこしえに残のこる」。これが、あなたがたに宣のべ伝つたえられた御お言葉ことばである。

ペテロの第二の手紙(2か所)

ペテロ第二1:19 こうして、預言よげんの言葉ことばは、わたしたちにいっそう確実かくじつなものになった。あなたがたも、夜よるが明あけ、明星みょうじょうがのぼって、あなたがたの心こころの中なかを照てらしすまで、この預言よげんの言葉ことばを暗くらやみに輝かがやくともしびとして、それに目めをとめているがよい。

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