「書く」(かく)が出てくる聖書の箇所
「書く」(かく)は日常訳第1版の259か所(旧約84・新約175)に出てきます。「書ける」も含みます。口語訳では188か所。
259か所を200か所ずつ2ページに分けています(1ページ目)。
出エジプト記(3か所)
出エジプト31:18 主はシナイ山でモーセと語り終えると、二枚の掟の板を彼に授けられた。それは石の板で、神の指で書かれたものだった。
出エジプト32:15 モーセは向き直って、山を下りた。手には二枚のあかしの板があった。板は両面に、表にも裏にも文字が書かれていた。
出エジプト34:1 主はモーセに言われた。「前と同じ石の板を二枚、切り出しなさい。わたしは、あなたが砕いた前の板にあった言葉を、その板に書く。
民数記(1か所)
民数記17:3 レビの杖には、アロンの名を書きなさい。父祖の家の頭一人につき、一本の杖だからだ。
申命記(7か所)
申命記5:22 主はこれらの言葉を、山で、火と雲と濃い闇の中から、あなたたちの全会衆に大きな声で告げられた。それ以上は何も加えられなかった。そして二枚の石の板にそれを書いて、わたしに渡された。
申命記10:2 その板には、あなたが砕いた前の板に書いてあった言葉を、わたしが書く。それを箱に納めなさい。」
申命記10:4 すると主は、前と同じように板に書いてくださった。あなたたちが集まったあの日、主が山で火の中からあなたたちに語った十の言葉である。主はそれをわたしに渡された。
申命記11:20 それを家の戸口の柱に書き、門にも書きなさい。
申命記24:1 男の人が女の人をめとって夫婦になったとする。でも、その女性に何か恥ずべきことを見つけて、彼女が気に入らなくなったら、男は離縁状を書いて彼女の手に渡し、家から送り出す。
申命記24:3 ところが、後の夫も彼女を嫌いになり、離縁状を書いて手に渡し、家から送り出したとする。あるいは、彼女を妻にした後の夫が死んだとする。
申命記31:24 モーセが、この律法の言葉を最後まで一つ残らず巻物に書き終えたとき、
ヨシュア記(3か所)
ヨシュア記1:8 この教えの書を、あなたの口から離してはいけない。昼も夜もそれを口ずさみなさい。そこに書かれていることを、すべてそのまま守り行うためだ。そうすれば、あなたの歩む道は栄え、すべてうまくいく。
ヨシュア記10:13 太陽は止まり、月も動かなかった。民が敵に復讐を果たすまで、そうだった。このことは「ヤシャルの書」に書かれているとおりだ。太陽は空の真ん中で止まり、まる一日ほど、沈もうと急がなかった。
ヨシュア記23:6 だから、しっかりと踏ん張りなさい。モーセの律法の書に書かれていることをすべて守り、そのとおりに行いなさい。右にも左にも、そこからそれてはいけない。
サムエル記下(2か所)
サムエル第二11:14 朝になると、ダビデはヨアブへの手紙を書き、それをウリヤに持たせて送った。
サムエル第二11:15 手紙にはこう書いてあった。「ウリヤを、戦いのいちばん激しい最前線に立たせろ。そして彼を残して後ろに引け。彼が討たれて死ぬようにするのだ。」
列王紀上(6か所)
列王紀上2:3 あなたの神、主の務めを守りなさい。主の道を歩み、モーセの律法に書かれているとおり、主の掟と命令と定めと証しを守るのだ。そうすれば、何をしても、どこへ向かっても、うまくいく。
列王紀上14:19 ヤロブアムのその他の出来事、どのように戦い、どのように国を治めたかは、イスラエルの王たちの歴代誌に書かれている。
列王紀上15:7 アビヤムのその他の事績、彼が行ったすべてのことは、ユダの王たちの歴代誌に書かれているのではないだろうか。アビヤムとヤロブアムの間にも戦いがあった。
列王紀上21:8 そこでイゼベルはアハブの名で手紙を書き、彼の印を押した。そして、ナボトと同じ町に住む長老たちや有力者たちに、その手紙を送った。
列王紀上21:9 手紙にはこう書いてあった。「断食を呼びかけ、ナボトを人々の上座にすわらせなさい。
列王紀上21:11 その町の人々、つまり同じ町に住む長老たちや有力者たちは、イゼベルが送ってきた手紙に書かれていたとおりに実行した。
列王紀下(9か所)
列王紀下1:18 アハズヤが行ったそのほかの出来事は、イスラエルの王たちの歴史を記した書に書かれているとおりである。
列王紀下5:6 彼はイスラエルの王に手紙を届けた。そこにはこう書かれていた。「この手紙が届いたら、家来のナアマンをあなたのもとに送ります。どうか彼の重い皮膚病を治してください。」
列王紀下10:1 さて、アハブにはサマリアに七十人の息子がいた。イエフは手紙を書き、サマリアに送った。あて先は、イズレエルの高官たち、長老たち、そしてアハブの息子たちを育てている養育係たちだった。手紙にはこうあった。
列王紀下10:6 すると、イエフは二通目の手紙を書いて送った。「もしあなたたちがわたしの味方で、わたしの言うことを聞くなら、主君の息子たちの首を取り、明日の今ごろ、イズレエルにいるわたしのところへ持って来なさい。」王の息子たち七十人は、彼らを育てている町の有力者たちのもとにいた。
列王紀下20:20 ヒゼキヤのその他の出来事、彼が成し遂げたすべての働き、そして池と水路を造り、水を町に引き入れたことは、ユダの王たちの歴史を記した書に書かれている。
列王紀下22:13 「行って、この見つかった書の言葉について、わたしのため、民のため、ユダのすべての人のために、主に尋ねてほしい。この書に書かれていることを、わたしたちの先祖は聞き従わなかった。だから、わたしたちに向かって燃え上がった主の怒りは大きいのだ。」
列王紀下23:21 王は民全体に命じて言った。「この契約の書に書かれているとおり、あなたがたの神、主のために過越の祭りを行いなさい。」
列王紀下23:24 さらにヨシヤは、死者の霊に問う者や霊媒、家の守り神の像、偶像、そしてユダの地とエルサレムで見られたすべての忌まわしいものを一掃した。それは、祭司ヒルキヤが主の神殿で見つけた書に書かれている律法の言葉を、実現するためだった。
列王紀下23:28 ヨシヤのその他の行いと、彼がしたことはすべて、『ユダの王たちの歴代誌』に書かれている。
歴代志上(1か所)
歴代志上29:29 ダビデ王の始めから終わりまでの働きは、先見者サムエルの記録、預言者ナタンの記録、先見者ガドの記録に書かれている。
歴代志下(10か所)
歴代志下2:11 すると、ティルスの王フラムは手紙にこう書いて、ソロモンに送ってきた。「主はご自分の民を愛しておられます。だからこそ、あなたを彼らの王とされたのです。」
歴代志下9:29 ソロモンのそのほかの出来事は、初めから終わりまで、預言者ナタンの記録、シロ人アヒヤの預言、そして先見者イドがネバトの子ヤロブアムについて見た幻の記録に、書かれているのではないか。
歴代志下12:15 レハブアムの行ったことは、初めから終わりまで、預言者シェマヤの記録と、先見者イドの記録に、家系の記録とともに書かれているではないか。レハブアムとヤロブアムの間には、その間ずっと戦いが続いていた。
歴代志下20:34 ヨシャファトのその他の出来事は、初めから終わりまで、ハナニの子エフーの記録に書かれている。それはイスラエルの王たちの書に収められている。
歴代志下21:12 あるとき、預言者エリヤから一通の手紙がヨラムに届いた。そこにはこう書かれていた。「あなたの父祖ダビデの神、主はこう言われる。あなたは父ヨシャファトの道を歩まず、ユダの王アサの道も歩まなかった。
歴代志下23:18 エホヤダは、主の家の務めを、レビ人である祭司たちの手にゆだねた。彼らは、モーセの律法に書かれているとおりに主にささげる焼き尽くすいけにえをささげるため、ダビデが主の家に組み分けした人々だった。ダビデの定めに従い、喜びと歌をもってこれを行った。
歴代志下30:1 ヒゼキヤはイスラエルとユダの全体に使いを送り、さらにエフライムとマナセにも手紙を書いて、エルサレムにある主の神殿に来て、イスラエルの神である主のために過越の祭りを行うよう呼びかけた。
歴代志下32:17 センナケリブはまた、イスラエルの神、主をあざける手紙を書き、こう言ってののしった。「各地の国々の神々が、自分の民をわたしの手から救い出せなかったように、ヒゼキヤの神も、その民をわたしの手から救い出せはしない。」
歴代志下34:21 「行って、わたしのため、そしてイスラエルとユダに残っている人たちのために、この見つかった書の言葉について主に尋ねてほしい。わたしたちの先祖は、主の言葉を守らず、この書に書かれているとおりに行わなかった。だから、わたしたちに注がれる主の怒りは激しいのだ。」
歴代志下34:24 主はこう言われる。見よ、わたしはこの場所と、そこに住む人々に、わざわいを下す。ユダの王の前で読まれた、あの書に書かれているすべての呪いを下す。
エズラ記(7か所)
エズラ記3:2 そして、ヨツァダクの子ヨシュアと、その仲間の祭司たち、それにシャルティエルの子ゼルバベルとその仲間が立ち上がり、イスラエルの神の祭壇を築いた。神の人モーセの律法に書かれているとおり、その上で焼き尽くすいけにえをささげるためだった。
エズラ記3:4 また、書かれているとおりに仮庵の祭りを行い、毎日決められた数の焼き尽くすいけにえを、その日ごとの定めどおりにささげた。
エズラ記4:6 アハシュエロスの治世の初めには、彼らはユダとエルサレムの住民を訴える手紙を書いた。
エズラ記4:7 また、アルタクセルクセスの時代には、ビシュラム、ミトレダテ、タブエルとその仲間たちが、ペルシアの王アルタクセルクセスに手紙を書いた。その手紙はアラム語で書かれ、アラム語に訳されていた。
エズラ記4:8 司令官レフムと書記官シムシャイは、エルサレムのことでアルタクセルクセス王に、次のような手紙を書いた。
エズラ記5:7 彼らが王に送った報告には、こう書かれていた。「ダレイオス王へ。ご平安がすべてにありますように。
エズラ記6:2 すると、メディア州にあるアクメタの城で、一つの巻物が見つかりました。そこには、次のような記録が書かれていました。
ネヘミヤ記(7か所)
ネヘミヤ記6:6 そこにはこう書かれていた。「あなたとユダの人たちが反乱を起こそうとしている、と国々の間でうわさになっている。ゲシェムもそう言っている。だからあなたは城壁を築いているのだ。しかもあなたは、そのうわさのとおり、彼らの王になろうとしている。」
ネヘミヤ記7:5 わたしの神は、身分の高い人々や役人、民を集めて家系を登録させようという思いを、わたしの心に授けた。そこでわたしは、最初に帰ってきた人々の系図を見つけた。そこには、こう書かれていた。
ネヘミヤ記8:14 そのとき彼らは、律法にこう書かれているのを見つけた。主がモーセを通して命じたことで、イスラエルの人々は七月の祭りのあいだ、仮小屋に住まなければならない、というものだった。
ネヘミヤ記8:15 そしてすべての町とエルサレムで、こう知らせ、触れ回るようにと書かれていた。「山に出て行って、オリーブの枝、野生のオリーブの枝、ミルトスの枝、なつめやしの枝、葉の茂った木の枝を取ってきなさい。そして、書かれているとおりに仮小屋を作りなさい。」
ネヘミヤ記10:34 また、祭司もレビ人も民も、くじを引いて、たきぎを納める当番を決めた。それは、律法に書いてあるとおり、家ごとに毎年決められた時に、たきぎをわたしたちの神の神殿へ運び込み、わたしたちの神である主の祭壇で燃やすためだ。
ネヘミヤ記10:36 また、律法に書いてあるとおり、わたしたちの息子や家畜のういごを、そして牛や羊の初子を、わたしたちの神の神殿へ運び、そこで仕える祭司たちに渡すこと。
ネヘミヤ記13:1 その日、モーセの書が民の前で読み上げられた。すると、その中にこう書かれているのが見つかった。「アンモン人とモアブ人は、決して神の集まりに加わってはならない。」
エステル記(7か所)
エステル記3:12 第一の月の十三日に、王の書記官たちが呼び集められた。そして、ハマンが命じたとおりのことがすべて書き記された。それは、王の総督たち、各州を治める長官たち、それぞれの民族の首長たちにあてたもので、州ごとにその文字で、民族ごとにその言葉で書かれた。それはアハシュエロス王の名で書かれ、王の指輪で封印された。
エステル記6:1 その夜、王はどうしても眠れなかった。それで、宮廷の記録が書かれた年代記を持ってこさせ、王の前で読み上げさせた。
エステル記8:5 そして言った。「もし王さまがよろしければ、そしてわたしが王さまに気に入られているなら、この願いが王さまにとって正しいと思われ、わたしがお目にかなうなら、どうか命令書を書いてください。アガグ人ハンメダタの子ハマンが書いた手紙、つまり王の全州にいるユダヤ人を滅ぼそうとして送ったあの手紙を、取り消してください。
エステル記8:8 だから、あなたたちがユダヤ人のために、良いと思うとおりに王の名で書き、王の指輪で印を押しなさい。王の名で書かれ、王の指輪で印が押された文書は、取り消すことができないのだから。」
エステル記8:9 そこで、その時、第三の月、つまりシワンの月の二十三日に、王の書記官たちが呼ばれた。そして、モルデカイが命じたとおりに、すべてが書き記された。それはユダヤ人と、インドからエチオピアまでの百二十七州の総督や長官や役人たちに宛てたものだった。各州にはその文字で、各民族にはその言葉で、そしてユダヤ人にはその文字とその言葉で書かれた。
エステル記8:10 モルデカイはアハシュエロス王の名で書き、王の指輪で印を押した。そして、王室の早馬を乗りこなす急使たちの手で、その手紙を送り出した。
エステル記8:11 手紙には、こう書かれていた。王は、どの町にいるユダヤ人にも、こう認める。集まって、自分たちの命を守れ。もし、どの民族であれどの州であれ、彼らを襲う武装した者がいれば、その者たちを、子どもも女も含めて滅ぼし、殺し、絶やしてよい。そして、その財産を奪ってよい。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記31:35 ああ、だれかわたしの言うことを聞いてくれたらいいのに。これがわたしの署名だ。全能者よ、どうかわたしに答えてほしい。わたしを訴える相手が、その告訴状を書いてくれたらいいのに。
詩篇(1か所)
詩篇40:7 そのとき、わたしは言った。「ご覧ください、わたしはここに来ました。巻物の書に、わたしについて書かれています。
箴言(1か所)
箴言22:20 わたしはあなたのために、三十の言葉を書いたではないか。助言と知識に満ちた言葉を。
イザヤ書(3か所)
イザヤ書8:1 主はわたしに言われた。「大きな板を取り、その上に普通の筆で『マヘル・シャラル・ハシュ・バズ』と書きなさい。」
イザヤ書38:9 ユダの王ヒゼキヤが病気になり、そこから回復したときに書いた詩。
イザヤ書44:5 ある人は『わたしは主のものだ』と言い、ある人はヤコブの名を名のる。ある人は自分の手に『主のもの』と書き、イスラエルの名を自分の名とする。」
エレミヤ書(10か所)
エレミヤ書8:8 どうしてあなたたちは「わたしたちは賢い。主の律法が手もとにある」と言えるのか。見なさい。学者たちの偽りの筆が、それを偽りに書き変えてしまった。
エレミヤ書17:1 ユダの罪は、鉄の筆で書かれている。ダイヤモンドのように硬い先で、彼らの心という板に、そして祭壇の角に、深く刻み込まれている。
エレミヤ書25:13 わたしはこの本に書かれているすべての言葉を、その地に必ず下す。それはわたしがその地について語った言葉であり、エレミヤがすべての国々について預言したものだ。
エレミヤ書29:3 手紙は、シャファンの子エルアサと、ヒルキヤの子ゲマルヤに託された。この二人は、ユダの王ゼデキヤがバビロンの王ネブカドネツァルのもとへ遣わした使者だった。手紙にはこう書かれていた。
エレミヤ書29:25 「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。あなたは自分の名で、エルサレムにいるすべての民と、祭司マアセヤの子ゼパニヤ、そしてすべての祭司たちに、こう書いた手紙を送った。
エレミヤ書36:8 ネリヤの子バルクは、預言者エレミヤに命じられたとおりにすべて行い、主の神殿で巻物に書かれた主の言葉を読み上げた。
エレミヤ書36:10 バルクは主の神殿で、書記官シャファンの子ゲマルヤの部屋から、巻物に書かれたエレミヤの言葉を、すべての民に聞こえるように読み上げた。その部屋は上の庭にあり、主の神殿の新しい門の入り口の近くにあった。
エレミヤ書36:11 シャファンの子ゲマルヤの子ミカヤは、巻物に書かれた主の言葉をすべて聞いた。
エレミヤ書36:29 そして、ユダの王エホヤキムについてこう伝えなさい。主はこう言われる。あなたはあの巻物を焼いて、こう言った。『どうして、バビロンの王が必ず攻めて来てこの地を滅ぼし、人も家畜も絶やす、などと書いたのか』と。
エレミヤ書51:60 エレミヤは、バビロンに降りかかるすべての災いを、一つの巻物に書き記した。それは、バビロンについて書かれた、これらすべての言葉である。
エゼキエル書(2か所)
エゼキエル書2:10 その方はそれをわたしの前に広げた。巻物は表にも裏にも文字で埋まっていて、そこには嘆きと悲しみと呪いの言葉が書かれていた。
エゼキエル書37:16 「人の子よ、一本の木を取り、その上に『ユダと、それに連なるイスラエルの人々のもの』と書け。それからもう一本の木を取り、その上に『ヨセフ―エフライムの木―と、それに連なるイスラエルの全家のもの』と書け。
ダニエル書(3か所)
ダニエル書5:5 ちょうどそのとき、人間の手の指が現れて、王宮の壁の漆喰に文字を書き始めた。明かりの向かい側だった。王は、書いていくその手を見た。
ダニエル書9:11 イスラエルの民はみな、あなたの律法を破り、あなたの声を聞こうとせず、そむき去りました。だから、神のしもべモーセの律法に書かれている、あののろいと誓いのさばきが、わたしたちの上に注がれたのです。わたしたちがあなたに罪を犯したからです。
ダニエル書9:13 モーセの律法に書かれているとおり、このすべての災いがわたしたちの上に降りかかりました。それでもわたしたちは、自分の罪から立ち返り、あなたの真理を悟ろうとして、わたしたちの神である主に願い求めることをしませんでした。
マタイによる福音書(12か所)
マタイ2:5 「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。
マタイ4:4 「イエスは答えた。『こう書いてある。人はパンだけで生きるのではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きるのだ』」
マタイ4:6 「もしお前が神の子なら、飛び降りてみろ。こう書いてあるからだ。『神はあなたのために天使たちに命じる。あなたの足が石にぶつからないよう、彼らはその手であなたを支える』」
マタイ4:7 「主であるあなたの神を試してはならない」と、また聖書にはこう書いてある。
マタイ4:10 「サタンよ、離れろ。聖書にこう書いてある。『あなたの神である主を礼拝し、ただその方だけに仕えなさい』」
マタイ11:10 この人こそ、こう書かれている人だ。「見なさい。わたしはあなたの前に使いを送る。その人があなたの道を、あなたの前に整える。」
マタイ21:13 「こう言われた。『わたしの家は、祈りの家と呼ばれる』と書いてある。それなのに、あなたたちはそこを強盗の巣にしている」
マタイ26:24 たしかに、人の子は聖書に書いてあるとおりに去っていく。でも、人の子を裏切るその人は、不幸だ。その人は、生まれてこなかったほうがよかった。
マタイ26:31 そのとき、イエスは弟子たちに言った。「今夜、あなたたちは皆わたしにつまずく。こう書いてあるからだ。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散り散りになる。』
マタイ26:54 でも、そうなったら「こうならなければならない」と書いてある聖書の言葉は、どうやって実現するのだろう」
マタイ26:56 これはすべて、預言者たちが書いたことが実現するために起こったのだ。」そのとき、弟子たちはみなイエスを見捨てて逃げ去った。
マタイ27:37 頭の上には、罪状を書いた札が掲げられた。そこにはこう書かれていた。「これはユダヤ人の王イエスである。」
マルコによる福音書(11か所)
マルコ1:2 預言者イザヤの書に、こう書いてある。「見なさい、わたしはあなたより先に使者を送る。その使者が、あなたの道を整える。
マルコ7:6 イエスは彼らに言った。「イザヤは、あなたたち偽善者について、こう見事に預言している。書いてあるとおりだ。『この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。
マルコ9:12 イエスは答えた。「たしかに、まずエリヤが来て、すべてを元どおりに整える。ではなぜ、人の子について、多くの苦しみを受け、見下されると書かれているのだろうか。
マルコ9:13 でも、あなたたちに言っておく。エリヤはもう来たんだ。そして人々は、彼について書かれているとおり、思いのままに彼を扱った。」
マルコ10:4 彼らは言った。「モーセは、離婚状を書いて妻を離婚させることを認めました。」
マルコ10:5 イエスは彼らに言った。「モーセがその命令を書いたのは、あなたたちの心がかたくなだからだ。
マルコ11:17 そして、彼らにこう教えた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。』それなのに、あなたたちはそこを強盗の巣にしてしまった。」
マルコ14:21 人の子は、聖書に書いてあるとおりに去って行く。でも、人の子を裏切るその人は、不幸だ。その人は、生まれてこなかったほうがよかった。」
マルコ14:27 イエスは弟子たちに言った。「あなたたちはみんな、わたしのことでつまずいて離れていく。聖書にこう書いてあるからだ。『わたしは羊飼いを打つ。すると羊たちは散らされる。』
マルコ15:26 イエスの罪状を記した札には、「ユダヤ人の王」と書かれていた。
マルコ15:28 こうして、「彼は罪人たちの一人に数えられた」と聖書に書いてある言葉が実現した。
ルカによる福音書(20か所)
ルカ1:3 そこでわたしも、すべてを初めから丁寧に調べたうえで、あなたのために順を追って書くことにした。尊敬するテオフィロさん、
ルカ1:63 ザカリヤは書く板を持ってこさせて、「この子の名はヨハネ」と書いた。すると、みんな驚いた。
ルカ2:23 主の律法にこう書かれているとおりだ。「母の胎を開く初めての男の子はみな、主にささげられた聖なるものと呼ばれる。」
ルカ3:4 これは預言者イザヤの書に書いてあるとおりだ。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。主の道を用意しろ。主の通る道をまっすぐにしろ。
ルカ4:4 イエスは答えた。「聖書にはこう書いてある。『人はパンだけで生きるのではない。』」
ルカ4:8 イエスは答えた。「聖書にはこう書いてある。『あなたの神である主を拝み、ただこの方だけに仕えなさい。』」
ルカ4:10 聖書にはこう書いてある。『神はあなたのために天使たちに命じて、あなたを守らせる。』
ルカ4:11 またこうも書いてある。『天使たちは両手であなたを支える。あなたの足が石に打ちつけられないように。』」
ルカ4:17 預言者イザヤの書が手渡された。イエスがその巻物を開くと、こう書かれた箇所が見つかった。
ルカ7:27 この人こそ、こう書かれている人物だ。『見よ、わたしはあなたの前に使いを送る。その者が、あなたの前で道を整える。』
ルカ10:26 イエスは彼に言った。「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか。」
ルカ18:31 イエスは十二人を呼び寄せて言った。「さあ、わたしたちはこれからエルサレムに上って行く。そこで、預言者たちが人の子について書いたことが、すべてそのとおりになる。
ルカ19:46 そして言った。「こう書いてある。『わたしの家は祈りの家となる。』それなのに、お前たちはそこを強盗の隠れ家にしてしまった。」
ルカ20:17 でもイエスは彼らをじっと見つめて言った。「では、こう書かれているのは、どういう意味だろうか。『家を建てる者たちが捨てた石、それが土台の隅の石になった。』
ルカ21:22 それは、書かれていることがすべて実現する、報いの日だからだ。
ルカ22:37 言っておく。わたしについてこう書かれていることが、実現しなければならない。『彼は犯罪者たちの仲間に数えられた』。そう、わたしについて書かれたことは、いま実現しようとしているのだ。」
ルカ23:38 イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。
ルカ24:27 そしてイエスは、モーセからすべての預言者に至るまで、聖書全体にわたって、自分について書かれていることを二人に説き明かした。
ルカ24:44 それからイエスは言った。「まだ一緒にいたころ、わたしはあなたたちにこう話した。モーセの律法と預言者の書、それに詩編に、わたしについて書かれていることは、すべて実現しなければならない、と。」
ルカ24:46 そしてイエスは言った。「こう書いてある。キリストは苦しみを受け、三日目に死者の中からよみがえる。
ヨハネによる福音書(24か所)
ヨハネ1:45 フィリポはナタナエルを見つけて、こう言った。「わたしたちは、モーセが律法に書き、預言者たちも書いた、あの方に出会った。ナザレ出身の、ヨセフの子イエスだ。」
ヨハネ2:17 弟子たちは、「あなたの家を思う熱い思いが、わたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。
ヨハネ5:46 もし本当にモーセを信じているなら、わたしのことも信じるはずだ。モーセはわたしについて書いたのだから。
ヨハネ5:47 モーセの書いたものを信じないのなら、どうしてわたしの言葉を信じられるだろうか。」
ヨハネ6:31 わたしたちの先祖は、荒れ野でマナを食べました。『神は天からのパンを彼らに与えて食べさせた』と書いてあるとおりです」
ヨハネ6:45 父たちに神が伝えたことを記した書には、こう書いてある。「彼らはみな、神から教えを受ける。」父から聞いて学んだ者は、みなわたしのところに来る。
ヨハネ7:38 わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水の川が流れ出る。」
ヨハネ7:42 ダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から現れると、聖書に書いてあるじゃないか」
ヨハネ8:6 彼らがこう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を見つけるためだった。でもイエスは身をかがめて、指で地面に何かを書いていた。
ヨハネ8:8 そして、イエスはまた身をかがめて、地面に何かを書き続けた。
ヨハネ8:17 あなたがたの律法にも、「二人の証言は真実である」と書いてある。
ヨハネ10:34 イエスは彼らに答えた。「あなたたちの律法に、『わたしは言った、あなたたちは神々である』と書いてあるではないか。
ヨハネ12:14 イエスはろばの子を見つけて、その上に乗った。それは、こう書いてあるとおりだった。
ヨハネ12:16 弟子たちは、最初はこの意味がわからなかった。でも、イエスが栄光を受けたとき、これがイエスについて書かれていたことであり、人々がそのとおりのことをイエスにしたのだと思い出した。
ヨハネ13:18 わたしは、あなたたち全員のことを言っているのではない。わたしは自分が選んだ人たちを知っている。でも、こう書かれた聖書のことばが実現するためなんだ。『わたしのパンを食べていた者が、わたしに逆らってかかとを上げた。』
ヨハネ15:25 それは、彼らの律法に「彼らは理由もなくわたしを憎んだ」と書いてある言葉が実現するためだった。
ヨハネ19:19 ピラトは罪状書きを書いて、十字架に取りつけた。そこにはこう書いてあった。「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」
ヨハネ19:20 イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。それはヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書かれていた。
ヨハネ19:21 ユダヤ人の祭司長たちはピラトにこう言った。「『ユダヤ人の王』とは書かないでください。『この男は、自分はユダヤ人の王だと言った』と書いてください。」
ヨハネ19:22 ピラトは答えた。「わたしが書いたものは、書いたままにしておく」
ヨハネ20:30 イエスは弟子たちの前で、ほかにもたくさんのしるしを行った。それはこの本には書かれていない。
ヨハネ20:31 これらのことを書いたのは、イエスこそが救い主キリスト、神の子であると、あなたがたに信じてほしいからだ。そして信じることで、イエスの名によっていのちを得てほしいからである。
ヨハネ21:24 この弟子が、これらのことを証しし、書いた人である。そして、その証しが真実であることを、わたしたちは知っている。
ヨハネ21:25 イエスがなさったことは、このほかにもたくさんある。もしそれをいちいち書いていったら、書かれた本はこの世界にも収まりきらないだろう。わたしはそう思う。
使徒行伝(11か所)
使徒1:1 テオフィロさん、わたしは最初の書で、イエスが行い、また教え始めたすべてのことを書きました。
使徒1:20 詩編にはこう書いてあります。『彼の住まいは荒れ果て、そこに住む者はいなくなれ。』また、『彼の役目はほかの者が引き継げ。』
使徒7:42 すると神は背を向け、彼らが天の星々を拝むままにされた。預言者たちの書にこう書いてあるとおりだ。「イスラエルの家よ、あなたがたは四十年の間、荒れ野でわたしにいけにえや供え物をささげたか。
使徒13:29 そして、イエスについて書かれていたことがすべて実現すると、人々はイエスを木から降ろし、墓に納めた。
使徒13:33 その約束を、神はイエスをよみがえらせることで、その子であるわたしたちに実現してくれた。詩編の第二編にもこう書かれているとおりだ。「あなたはわたしの子。わたしは今日、あなたを生んだ。」
使徒15:15 預言者たちの言葉も、このことと一致しています。こう書かれているとおりです。
使徒18:27 アポロがアカイアへ渡りたいと思ったので、兄弟姉妹たちは彼を励まし、向こうの弟子たちに彼を歓迎してくれるよう手紙を書いた。到着すると、彼は恵みによって信じた人々を大いに助けた。
使徒23:5 パウロは言った。「兄弟のみなさん、彼が大祭司だとは知りませんでした。『あなたの民の指導者を悪く言ってはならない』と書いてありますから。」
使徒23:25 そして千人隊長は、次のような手紙を書いた。
使徒24:14 ただ、これだけは認めます。わたしは、彼らが「分派」と呼んでいるこの道に従って、先祖の神に仕えています。そして、律法に書かれていることも、預言者たちが書き記したことも、すべて信じています。
使徒25:26 ところが、この男について、陛下に書き送れるような確かなことが、わたしには何もありません。そこで、皆さんの前に、特にアグリッパ王、あなたの前に彼を引き出しました。取り調べをしたうえで、何か書けることが得られればと思ったのです。
ローマ人への手紙(20か所)
ローマ1:17 神の義は、この福音の中で明らかにされる。それは初めから終わりまで、ただ信仰による。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりだ。
ローマ2:24 「神の名は、あなたがたのせいで、ほかの国の人々の間で悪く言われている」と聖書に書いてあるとおりだ。
ローマ3:4 断じてそうではない。むしろ、たとえすべての人が偽り者であっても、神は真実な方であるべきだ。聖書にこう書いてあるとおりだ。「あなたが語るとき、あなたは正しいと認められ、裁きを受けるとき、あなたは勝利する。」
ローマ4:17 「あなたを多くの民族の父とした」と書いてあるとおりだ。アブラハムは、この神を信じた。死んだ者を生き返らせ、存在しないものを存在するものとして呼び出す神である。
ローマ4:23 アブラハムのためだけに「彼は義と認められた」と書かれたのではない。
ローマ9:13 「わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ」と書いてあるとおりだ。
ローマ9:25 ホセア書にもこう書いてある。「わたしは、わたしの民でなかった者を、わたしの民と呼ぶ。愛されなかった者を、愛される者と呼ぶ。」
ローマ9:33 「見よ、わたしはシオンに、つまずきの石、人をつまずかせる岩を置く。でも、その方に信頼を置く者は、決して失望させられることがない」と書いてあるとおりだ。
ローマ10:5 モーセは、律法によって義を得る道について、こう書いている。「律法を行う人は、それによって生きる。」
ローマ10:15 送られなければ、どうして伝えることができるだろう。聖書にこう書いてあるとおりだ。「良い知らせを伝える人の足は、なんと美しいことか。」
ローマ11:8 「神は彼らに、ぼんやりとした心と、見えない目と、聞こえない耳とをお与えになった。それは今日この日まで続いている。」と書いてあるとおりだ。
ローマ11:26 こうして、イスラエルはみな救われる。こう書いてあるとおりだ。「救う方がシオンから来て、ヤコブから神を無視する心を取り除く。
ローマ12:19 愛する人たちよ、自分で仕返しをしてはいけない。それは神の怒りに任せなさい。こう書いてある。「復讐はわたしのすること。わたしが報いる」と主は言われる。
ローマ14:11 「主はこう言われる。わたしは生きている。すべての人がわたしの前にひざをかがめ、すべての舌が神をたたえる」と書いてあるからだ。
ローマ15:3 キリストでさえ、自分を喜ばせることはしなかった。むしろ、こう書いてある。「あなたをののしる人々のののしりが、わたしに降りかかった。」
ローマ15:4 聖書に昔から書かれてきたことは、すべてわたしたちに教えるために書かれた。それは、聖書が与えてくれる忍耐と励ましによって、わたしたちが希望を持ち続けるためである。
ローマ15:9 異邦人もあわれみを受けて神をあがめるようになるためだ。聖書にこう書かれているとおりだ。「だからわたしは、異邦人の中であなたをたたえ、あなたの名をほめ歌う。」
ローマ15:15 でも、わたしは、あなたたちが一度知ったことを思い出せるようにと、ところどころかなり思いきって書いた。それは、神がわたしに与えてくださった恵みによるものだ。
ローマ15:21 でも、こう書いてある。「彼のことを知らされていなかった人々が見る。聞いたことのなかった人々が悟る。」そのとおりだ。
ローマ16:22 この手紙を書いているわたしテルティオも、主にあってあなたがたにあいさつを送る。
コリント人への第一の手紙(21か所)
コリント第一1:19 こう書いてある。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを無にする。」
コリント第一1:31 それは、聖書に「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりだ。
コリント第一2:9 しかし、こう書かれているとおりだ。「目が見たこともなく、耳が聞いたこともなく、人の心に思い浮かんだこともないもの。それを、神はご自分を愛する人たちのために用意してくださった。」
コリント第一3:19 なぜなら、この世の知恵は、神の前では愚かだからだ。こう書いてある。「神は、賢い者たちを、その巧妙な策略ごと捕らえる。」
コリント第一3:20 また、こうも書いてある。「主は、賢い者たちの考えが、むなしいものだと知っておられる。」
コリント第一4:6 兄弟姉妹よ、わたしはこれらのことを、あなたたちのために、わたし自身とアポロに当てはめて語ってきた。「書かれていることを越えてはならない」ということを、わたしたちの例から学んでほしかったからだ。そうすれば、あなたたちが一方をかつぎ上げ、もう一方を見下して高ぶることもなくなる。
コリント第一4:14 こう書いているのは、あなたたちに恥をかかせるためではない。わたしの愛する子どもとして、注意しているのだ。
コリント第一5:9 わたしは前の手紙で、性的に不品行な人たちと交わってはいけない、と書いた。
コリント第一5:11 わたしが書いたのは、こういうことだ。仲間だと自分で名乗っていながら、性的に不品行だったり、欲深かったり、偶像を拝んだり、人をののしったり、酒におぼれたり、人をだまし取ったりする者がいるなら、そういう者とは関わってはいけない。一緒に食事をすることさえ、してはいけない。
コリント第一7:1 さて、あなたがたが手紙に書いてきたことについて答えよう。男が女性に触れないのは良いことだ。
コリント第一9:9 モーセの律法にはこう書いてある。「脱穀している牛に口輪をはめてはならない。」神が気にかけているのは、本当に牛のことだろうか。
コリント第一9:10 そうではなく、わたしたちのために言われているのではないか。もちろん、わたしたちのために書かれたのだ。耕す人は収穫を期待して耕し、脱穀する人は分け前をもらえると期待して働くべきだからだ。
コリント第一9:15 だが、わたしはこうした権利を一つも使ったことがない。そして、今こう書いているのも、そうしてもらいたいからではない。そんなことになるくらいなら、死んだほうがましだ。この誇りを、誰にも奪わせはしない。
コリント第一10:7 彼らの中のある者たちのように、偶像を拝む者になってはいけない。こう書かれているとおりだ。「民は座って食べたり飲んだりし、立ち上がって遊びにふけった。」
コリント第一14:21 律法にはこう書いてある。「わたしは、外国の言葉で、外国人の唇によって、この民に語りかける。それでも、彼らはわたしの言うことを聞こうとしない」と主は言われる。
コリント第一14:37 自分は預言者だ、あるいは霊の人だと思う人がいるなら、わたしがあなたがたに書いていることは主の命令だと、はっきり認めなさい。
コリント第一15:3 わたしは、自分も受け取ったいちばん大切なことを、まずあなたがたに伝えた。それは、キリストがわたしたちの罪のために死なれたということ。これは聖書に書かれているとおりだ。
コリント第一15:4 そして葬られたこと、さらに三日目によみがえらされたこと。これも聖書に書かれているとおりだ。