「書く」(かく)が出てくる聖書の箇所

「書く」(かく)は口語訳の188か所(旧約45・新約143)に出てきます。「書ける」も含みます。日常訳第1版では259か所。

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出エジプト記(4か所)

出エジプト31:18 主しゅはシナイ山やまでモーセに語かたり終おえられたとき、あかしの板いた二に枚まい、すなわち神かみが指ゆびをもって書かかかれた石いしの板いたをモーセに授さずけられた。

出エジプト34:1 主しゅはモーセに言いわれた、「あなたは前まえのような石いしの板いた二に枚まいを、切きって造つくりなさい。わたしはあなたが砕くだいた初はじめの板いたにあった言葉ことばを、その板いたに書かくであろう。

出エジプト34:28 モーセは主しゅと共ともに、四十よんじゅう日にち四十よんじゅう夜や、そこにいたが、パンも食たべず、水みずも飲のまなかった。そして彼かれは契約けいやくの言葉ことば、十じゅう誡かいを板いたの上うえに書かいた。

出エジプト39:30 また純金じゅんきんをもって、聖せいなる冠かんむりの前板まえいたを作つくり、印しるしの彫刻ちょうこくのように、その上うえに「主しゅに聖せいなる者もの」という文字もじを書かき、

申命記(7か所)

申命記9:10 主しゅは神かみの指ゆびをもって書かきしるした石いしの板いた二に枚まいをわたしに授さずけられた。その上うえには、集会しゅうかいの日ひに主しゅが山やまで火ひの中なかから、あなたがたに告つげられた言葉ことばが、ことごとく書かいてあった。

申命記10:2 さきにおまえが砕くだいた二に枚まいの板いたに書かいてあった言葉ことばを、わたしはその板いたに書かきしるそう。おまえはそれをその箱ばこにおさめなければならない』。

申命記24:1 人ひとが妻つまをめとって、結婚けっこんしたのちに、その女おんなに恥はずべきことのあるのを見みて、好このまなくなったならば、離縁りえん状じょうを書かいて彼女かのじょの手てに渡わたし、家いえを去さらせなければならない。

申命記24:3 後あとの夫おっとも彼女かのじょをきらって、離縁りえん状じょうを書かき、その手てに渡わたして家いえを去さらせるか、または妻つまにめとった後あとの夫おっとが死しんだときは、

申命記31:9 モーセはこの律法りっぽうを書かいて、主しゅの契約けいやくの箱ばこをかつぐレビの子孫しそんである祭司さいしおよびイスラエルのすべての長老ちょうろうたちに授さずけた。

申命記31:22 モーセはその日ひ、この歌うたを書かいてイスラエルの人々ひとびとに教おしえた。

申命記31:24 モーセがこの律法りっぽうの言葉ことばを、ことごとく書物しょもつに書かき終おわった時とき、

サムエル記下(2か所)

サムエル第二11:14 朝あさになってダビデはヨアブにあてた手紙てがみを書かき、ウリヤの手てに託たくしてそれを送おくった。

サムエル第二11:15 彼かれはその手紙てがみに、「あなたがたはウリヤを激はげしい戦たたかいの最さい前線ぜんせんに出だし、彼かれの後あとから退しりぞいて、彼かれを討死うちじにさせよ」と書かいた。

列王紀上(1か所)

列王紀上21:8 彼女かのじょはアハブの名なで手紙てがみを書かき、彼かれの印しるしをおして、ナボテと同おなじように、その町まちに住すんでいる長老ちょうろうたちと身分みぶんの尊とうとい人々ひとびとに、その手紙てがみを送おくった。

列王紀下(1か所)

列王紀下5:5 スリヤ王おうは言いった、「それでは行いきなさい。わたしはイスラエルの王おうに手紙てがみを書かきましょう」。そこで彼かれは銀ぎん十じゅうタラントと、金きん六千ろくせんシケルと、晴はれ着ぎ十じゅう着ちゃくを携たずさえて行いった。

歴代志上(1か所)

歴代志上28:19 ダビデはすべての工作こうさくが計画けいかくにしたがってなされるため、これについて主しゅの手てによって書かかかれたものにより、これをことごとく明あきらかにした。

エズラ記(2か所)

エズラ記4:6 アハスエロスの治世ちせい、すなわちその治世ちせいの初はじめに、彼かれらはユダとエルサレムの住民じゅうみんを訴うったえる告訴こくそ状じょうを書かいた。

エズラ記4:7 またアルタシャスタの世よにビシラム、ミテレダテ、タビエルおよびその他たの同僚どうりょうも、ペルシャ王おうアルタシャスタに手紙てがみを書かいた。その手紙てがみの文ぶんはアラム語ごで書かかかれて訳やくされていた。

エステル記(8か所)

エステル記3:9 もし王おうがよしとされるならば、彼かれらを滅ほろぼせと詔みことのりをお書かきください。そうすればわたしは王おうの事ことをつかさどる者ものたちの手てに銀ぎん一いち万まんタラントを量はかりわたして、王おうの金庫きんこに入いれさせましょう」。

エステル記3:12 そこで正月しょうがつの十じゅう三さん日にちに王おうの書記しょき官かんが召めし集あつめられ、王おうの総督そうとく、各州かくしゅうの知事ちじおよび諸民しょみんのつかさたちにハマンが命めいじたことをことごとく書かきしるした。すなわち各州かくしゅうに送おくるものにはその文字もじを用もちい、諸民しょみんに送おくるものにはその言語げんごを用もちい、おのおのアハシュエロス王おうの名なをもってそれを書かき、王おうの指輪ゆびわをもってそれに印しるしを押おした。

エステル記8:5 そして言いった、「もし王おうがよしとされ、わたしが王おうの前まえに恵めぐみを得え、またこの事ことが王おうの前まえに正ただしいと見みえ、かつわたしが王おうの目めにかなうならば、アガグびとハンメダタの子こハマンが王おうの諸州しょしゅうにいるユダヤ人にんを滅ほろぼそうとはかって書かき送おくった書しょを取とり消けす旨むねを書かかかせてください。

エステル記8:8 あなたがたは自分じぶんたちの思おもうままに王おうの名なをもってユダヤ人にんについての書しょをつくり、王おうの指輪ゆびわをもってそれに印しるしを押おすがよい。王おうの名なをもって書かき、王おうの指輪ゆびわをもって印しるしを押おした書しょはだれも取とり消けすことができない」。

エステル記8:10 その書しょはアハシュエロス王おうの名なをもって書かかかれ、王おうの指輪ゆびわをもって印しるしを押おし、王おうの御ご用よう馬ばとして、そのうまやに育そだった早馬はやうまに乗のる急使きゅうしによって送おくられた。

エステル記8:13 この書かいた物ものの写うつしを詔みことのりとして各州かくしゅうに伝つたえ、すべての民たみに公示こうじして、ユダヤ人にんに、その日ひのために備そなえして、その敵てきにあだをかえさせようとした。

エステル記9:27 ユダヤ人にんは相あい定さだめ、年々ねんねんその書かかかれているところにしたがい、その定さだめられた時ときにしたがって、この両日りょうじつを守まもり、自分じぶんたちと、その子孫しそんおよびすべて自分じぶんたちにつらなる者ものはこれを行おこない続つづけて廃はいすることなく、

エステル記9:29 さらにアビハイルの娘むすめである王妃おうひエステルとユダヤ人にんモルデカイは、権威けんいをもってこのプリムの第だい二にの書しょを書かき、それを確たしかめた。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記31:35 ああ、わたしに聞きいてくれる者ものがあればよいのだが、(わたしのかきはんがここにある。どうか、全能ぜんのう者しゃがわたしに答こたえられるように。)ああ、わたしの敵てきの書かいた告訴こくそ状じょうがあればよいのだが。

詩篇(1か所)

詩篇45:1 わたしの心こころはうるわしい言葉ことばであふれる。わたしは王おうについてよんだわたしの詩しを語かたる。わたしの舌したはすみやかに物もの書かく人ひとの筆ふでのようだ。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書8:1 主しゅはわたしに言いわれた、「一いち枚まいの大おおきな札さつを取とって、その上うえに普通ふつうの文字もじで、『マヘル・シャラル・ハシ・バズ』と書かきなさい」。

エレミヤ書(7か所)

エレミヤ書29:2 それはエコニヤ王おうと太后たいごうと宦官かんがんおよびユダとエルサレムのつかさたち、および工匠こうしょうと鍛冶たんやとがエルサレムを去さってのちに書かかかれたものであって、

エレミヤ書29:3 エレミヤはその手紙てがみをシャパンの子こエラサおよびヒルキヤの子こゲマリヤの手てによって送おくった。この人々ひとびとはユダの王おうゼデキヤがバビロンに行いかせ、バビロンの王おうネブカデネザルのもとにつかわしたものであった。その手紙てがみには次つぎのように書かいてあった。

エレミヤ書36:8 こうしてネリヤの子こバルクはすべて預言よげん者しゃエレミヤが自分じぶんに命めいじたように、主しゅの宮みやで、その巻物まきものに書かかかれた主しゅの言葉ことばを読よんだ。

エレミヤ書36:10 バルクは主しゅの宮みやの上うえの庭にわで、主しゅの宮みやの新あたらしい門もんの入口いりぐちのかたわらにある書記しょきシャパンの子こであるゲマリヤのへやで、巻物まきものに書かかかれたエレミヤの言葉ことばをすべての民たみに読よみ聞きかせた。

エレミヤ書36:17 そしてバルクに尋たずねて言いった、「このすべての言葉ことばを、あなたがどのようにして書かいたのか話はなしてください。彼かれの口述こうじゅつによるのですか」。

エレミヤ書36:18 バルクは彼かれらに答こたえた、「彼かれがわたしにこのすべての言葉ことばを口述こうじゅつしたので、わたしはそれを墨汁ぼくじゅうで巻物まきものに書かいたのです」。

エレミヤ書36:29 またユダの王おうエホヤキムについて言いいいなさい、『主しゅはこう仰おおせられる、あなたはこの巻物まきものを焼やいて言いった、「どうしてあなたはこの巻物まきものに、バビロンの王おうが必かならず来きてこの地ちを滅ほろぼし、ここから人ひとと獣けものとを絶たやす、と書かいたのか」と。

エゼキエル書(7か所)

エゼキエル書2:10 彼かれがわたしの前まえにこれを開ひらくと、その表ひょうにも裏うらにも文字もじが書かいてあった。その書かかかれていることは悲かなしみと、嘆なげきと、災わざわいの言葉ことばであった。

エゼキエル書9:2 見みよ、北きたに向むかう上うえの門もんの道みちから出でて来くる六ろく人にんの者ものがあった。おのおのその手てに滅ほろぼす武器ぶきを持もち、彼かれらの中なかのひとりは亜あ麻布まふを着き、その腰こしに物ものを書かく墨すみつぼをつけていた。彼かれらははいって来きて、青銅せいどうの祭壇さいだんのかたわらに立たった。

エゼキエル書9:3 ここにイスラエルの神かみの栄光えいこうがその座ざしているケルビムから立たちあがって、宮みやの敷居しきいにまで至いたった。そして主しゅは、亜あ麻布まふを着きて、その腰こしに物ものを書かく墨すみつぼをつけている者ものを呼よび、

エゼキエル書9:11 時ときに、かの亜あ麻布まふを着き、物ものを書かく墨すみつぼを腰こしにつけていた人ひとが報告ほうこくして言いった、「わたしはあなたがお命めいじになったように行おこないました」。

エゼキエル書37:16 「人ひとの子こよ、あなたは一いち本ぽんの木きを取とり、その上うえに『ユダおよびその友ともであるイスラエルの子孫しそんのために』と書かき、また一いち本ぽんの木きを取とって、その上うえに『ヨセフおよびその友ともであるイスラエルの全ぜん家いえのために』と書かけ。これはエフライムの木きである。

エゼキエル書37:20 あなたが文字もじを書かいた木きが、彼かれらの目めの前まえで、あなたの手てにあるとき、

エゼキエル書43:11 彼かれらがその犯おかしたすべての事ことを恥はじたら、彼かれらに、この宮みやの建たて方かた、設備せつび、出口でぐち、入口いりぐち、すべての形式けいしき、すべてのおきて、すべての規定きていを示しめせ。これを彼かれらの目めの前まえに書かき、彼かれらにそのすべての規定きていと、おきてとを守まもり行おこなわせよ。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書5:5 すると突然とつぜん人ひとの手ての指ゆびがあらわれて、燭台しょくだいと相対そうたいする王おうの宮殿きゅうでんの塗ぬり壁かべに物ものを書かいた。王おうはその物ものを書かいた手ての先さきを見みた。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書2:2 主しゅはわたしに答こたえて言いわれた、「この幻まぼろしを書かき、これを板いたの上うえに明あきらかにしるし、走はしりながらも、これを読よみうるようにせよ。

マタイによる福音書(12か所)

マタイ4:4 イエスは答こたえて言いわれた、「『人ひとはパンだけで生いきるものではなく、神かみの口くちから出でる一ひとつ一ひとつの言げんで生いきるものである』と書かいてある」。

マタイ4:6 言いった、「もしあなたが神かみの子こであるなら、下したへ飛とびおりてごらんなさい。『神かみはあなたのために御ご使したちにお命めいじになると、あなたの足あしが石いしに打うちつけられないように、彼かれらはあなたを手てでささえるであろう』と書かいてありますから」。

マタイ4:7 イエスは彼かれに言いわれた、「『主しゅなるあなたの神かみを試こころみてはならない』とまた書かいてある」。

マタイ4:10 するとイエスは彼かれに言いわれた、「サタンよ、退のけ。『主しゅなるあなたの神かみを拝はいし、ただ神かみにのみ仕つかえよ』と書かいてある」。

マタイ11:10 『見みよ、わたしは使つかいをあなたの先さきにつかわし、あなたの前まえに、道みちを整ととのえさせるであろう』と書かいてあるのは、この人ひとのことである。

マタイ21:13 そして彼かれらに言いわれた、「『わたしの家いえは、祈いのりの家いえととなえらるべきである』と書かいてある。それだのに、あなたがたはそれを強盗ごうとうの巣すにしている」。

マタイ22:32 『わたしはアブラハムの神かみ、イサクの神かみ、ヤコブの神かみである』と書かいてある。神かみは死しんだ者ものの神かみではなく、生いきている者ものの神かみである」。

マタイ26:24 たしかに人ひとの子こは、自分じぶんについて書かいてあるとおりに去さって行いく。しかし、人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、わざわいである。その人ひとは生うまれなかった方ほうが、彼かれのためによかったであろう」。

マタイ26:31 そのとき、イエスは弟子でしたちに言いわれた、「今夜こんや、あなたがたは皆みなわたしにつまずくであろう。『わたしは羊飼ひつじかいを打うつ。そして、羊ひつじの群むれは散ちらされるであろう』と、書かいてあるからである。

マタイ26:54 しかし、それでは、こうならねばならないと書かいてある聖書せいしょの言葉ことばは、どうして成就じょうじゅされようか」。

マタイ26:56 しかし、すべてこうなったのは、預言よげん者しゃたちの書かいたことが、成就じょうじゅするためである」。そのとき、弟子でしたちは皆みなイエスを見捨みすてて逃にげ去さった。

マタイ27:37 そしてその頭あたまの上うえの方ほうに、「これはユダヤ人にんの王おうイエス」と書かいた罪状ざいじょう書かきをかかげた。

マルコによる福音書(11か所)

マルコ1:3 荒野こうやで呼よばわる者ものの声こえがする、『主しゅの道みちを備そなえよ、その道筋みちすじをまっすぐにせよ』」と書かいてあるように、

マルコ7:6 イエスは言いわれた、「イザヤは、あなたがた偽善ぎぜん者しゃについて、こう書かいているが、それは適切てきせつな預言よげんである、『この民みんは、口くちさきではわたしを敬ううやまうが、その心こころはわたしから遠とおく離はなれている。

マルコ9:12 イエスは言いわれた、「確たしかに、エリヤが先さきにきて、万事ばんじを元もとどおりに改あらためる。しかし、人ひとの子こについて、彼かれが多おおくの苦くるしみを受うけ、かつ恥はずかしめられると、書かいてあるのはなぜか。

マルコ9:13 しかしあなたがたに言いっておく、エリヤはすでにきたのだ。そして彼かれについて書かいてあるように、人々ひとびとは自分じぶんかってに彼かれをあしらった」。

マルコ10:4 彼かれらは言いった、「モーセは、離縁りえん状じょうを書かいて妻つまを出だすことを許ゆるしました」。

マルコ10:5 そこでイエスは言いわれた、「モーセはあなたがたの心こころが、かたくななので、あなたがたのためにこの定さだめを書かいたのである。

マルコ11:17 そして、彼かれらに教おしえて言いわれた、「『わたしの家いえは、すべての国民こくみんの祈いのりの家いえととなえらるべきである』と書かいてあるではないか。それだのに、あなたがたはそれを強盗ごうとうの巣すにしてしまった」。

マルコ12:19 「先生せんせい、モーセは、わたしたちのためにこう書かいています、『もし、ある人ひとの兄あにが死しんで、その残のこされた妻つまに、子こがない場合ばあいには、弟おとうとはこの女おんなをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

マルコ14:21 たしかに人ひとの子こは、自分じぶんについて書かいてあるとおりに去さって行いく。しかし、人ひとの子こを裏切うらぎるその人ひとは、わざわいである。その人ひとは生うまれなかった方ほうが、彼かれのためによかったであろう」。

マルコ14:27 そのとき、イエスは弟子でしたちに言いわれた、「あなたがたは皆みな、わたしにつまずくであろう。『わたしは羊飼ひつじかいを打うつ。そして、羊ひつじは散ちらされるであろう』と書かいてあるからである。

マルコ15:28 こうして「彼かれは罪人ざいにんたちのひとりに数かぞえられた」と書かいてある言葉ことばが成就じょうじゅしたのである。〕

ルカによる福音書(16か所)

ルカ1:63 ザカリヤは書板しょばんを持もってこさせて、それに「その名なはヨハネ」と書かいたので、みんなの者ものは不思議ふしぎに思おもった。

ルカ2:23 それは主しゅの律法りっぽうに「母ははの胎はらを初はじめて開ひらく男おとこの子こはみな、主しゅに聖別せいべつされた者ものと、となえられねばならない」と書かいてあるとおり、幼おさな子ごを主しゅにささげるためであり、

ルカ3:4 それは、預言よげん者しゃイザヤの言葉ことばの書しょに書かいてあるとおりである。すなわち「荒野こうやで呼よばわる者ものの声こえがする、『主しゅの道みちを備そなえよ、その道筋みちすじをまっすぐにせよ』。

ルカ4:4 イエスは答こたえて言いわれた、「『人ひとはパンだけで生いきるものではない』と書かいてある」。

ルカ4:8 イエスは答こたえて言いわれた、「『主しゅなるあなたの神かみを拝はいし、ただ神かみにのみ仕つかえよ』と書かいてある」。

ルカ4:11 また、『あなたの足あしが石いしに打うちつけられないように、彼かれらはあなたを手てでささえるであろう』とも書かいてあります」。

ルカ4:17 すると預言よげん者しゃイザヤの書しょが手渡てわたされたので、その書しょを開ひらいて、こう書かいてある所ところを出だされた、

ルカ7:27 『見みよ、わたしは使つかいをあなたの先さきにつかわし、あなたの前まえに、道みちを整ととのえさせるであろう』と書かいてあるのは、この人ひとのことである。

ルカ10:26 彼かれに言いわれた、「律法りっぽうにはなんと書かいてあるか。あなたはどう読よむか」。

ルカ16:6 『油あぶら百ひゃく樽そんです』と答こたえた。そこで家令かれいが言いった、『ここにあなたの証書しょうしょがある。すぐそこにすわって、五十ごじゅう樽そんと書かき変かえなさい』。

ルカ16:7 次つぎに、もうひとりに、『あなたの負債ふさいはどれだけですか』と尋たずねると、『麦むぎ百石ももいしです』と答こたえた。これに対たいして、『ここに、あなたの証書しょうしょがあるが、八十はちじゅう石こくと書かき変かえなさい』と言いった。

ルカ19:46 彼かれらに言いわれた、「『わが家やは祈いのりの家いえであるべきだ』と書かいてあるのに、あなたがたはそれを盗賊とうぞくの巣すにしてしまった」。

ルカ20:17 そこで、イエスは彼かれらを見みつめて言いわれた、「それでは、『家造いえづくりらの捨すてた石いしが隅すみのかしら石いしになった』と書かいてあるのは、どういうことか。

ルカ20:28 「先生せんせい、モーセは、わたしたちのためにこう書かいています、『もしある人ひとの兄あにが妻つまをめとり、子こがなくて死しんだなら、弟おとうとはこの女おんなをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

ルカ23:38 イエスの上うえには、「これはユダヤ人にんの王おう」と書かいた札さつがかけてあった。

ルカ24:44 それから彼かれらに対たいして言いわれた、「わたしが以前いぜんあなたがたと一緒いっしょにいた時分じぶんに話はなして聞きかせた言葉ことばは、こうであった。すなわち、モーセの律法りっぽうと預言よげん書しょと詩篇しへんとに、わたしについて書かいてあることは、必かならずことごとく成就じょうじゅする」。

ヨハネによる福音書(22か所)

ヨハネ2:17 弟子でしたちは、「あなたの家いえを思おもう熱心ねっしんが、わたしを食くいつくすであろう」と書かいてあることを思おもい出だした。

ヨハネ5:46 もし、あなたがたがモーセを信しんじたならば、わたしをも信しんじたであろう。モーセは、わたしについて書かいたのである。

ヨハネ5:47 しかし、モーセの書かいたものを信しんじないならば、どうしてわたしの言葉ことばを信しんじるだろうか」。

ヨハネ6:31 わたしたちの先祖せんぞは荒野こうやでマナを食たべました。それは『天てんよりのパンを彼かれらに与あたえて食たべさせた』と書かいてあるとおりです」。

ヨハネ6:45 預言よげん者しゃの書しょに、『彼かれらはみな神かみに教おしえられるであろう』と書かいてある。父ちちから聞きいて学まなんだ者ものは、みなわたしに来くるのである。

ヨハネ7:38 わたしを信しんじる者ものは、聖書せいしょに書かいてあるとおり、その腹はらから生いける水みずが川かわとなって流ながれ出でるであろう」。

ヨハネ7:42 キリストは、ダビデの子孫しそんから、またダビデのいたベツレヘムの村むらから出でると、聖書せいしょに書かいてあるではないか」と言いった。

ヨハネ8:6 彼かれらがそう言いったのは、イエスをためして、訴うったえる口実こうじつを得えるためであった。しかし、イエスは身みをかがめて、指ゆびで地面じめんに何なんか書かいておられた。

ヨハネ8:8 そしてまた身みをかがめて、地面じめんに物ものを書かきつづけられた。

ヨハネ8:17 あなたがたの律法りっぽうには、ふたりによる証言しょうげんは真実しんじつだと、書かいてある。

ヨハネ10:34 イエスは彼かれらに答こたえられた、「あなたがたの律法りっぽうに、『わたしは言いう、あなたがたは神々かみがみである』と書かいてあるではないか。

ヨハネ12:15 「シオンの娘むすめよ、恐おそれるな。見みよ、あなたの王おうがろばの子こに乗のっておいでになる」と書かいてあるとおりであった。

ヨハネ12:16 弟子でしたちは初はじめにはこのことを悟さとらなかったが、イエスが栄光えいこうを受うけられた時ときに、このことがイエスについて書かかかれてあり、またそのとおりに、人々ひとびとがイエスに対たいしてしたのだということを、思おもい起おこした。

ヨハネ15:25 それは、『彼かれらは理由りゆうなしにわたしを憎にくんだ』と書かいてある彼かれらの律法りっぽうの言葉ことばが成就じょうじゅするためである。

ヨハネ19:19 ピラトは罪状ざいじょう書かきを書かいて、十字じゅうじ架かの上うえにかけさせた。それには「ユダヤ人にんの王おう、ナザレのイエス」と書かいてあった。

ヨハネ19:20 イエスが十字じゅうじ架かにつけられた場所ばしょは都とに近ちかかったので、多おおくのユダヤ人にんがこの罪状ざいじょう書かきを読よんだ。それはヘブル、ローマ、ギリシヤの国語こくごで書かいてあった。

ヨハネ19:21 ユダヤ人にんの祭司さいし長ちょうたちがピラトに言いった、「『ユダヤ人にんの王おう』と書かかかずに、『この人ひとはユダヤ人にんの王おうと自称じしょうしていた』と書かいてほしい」。

ヨハネ19:22 ピラトは答こたえた、「わたしが書かいたことは、書かいたままにしておけ」。

ヨハネ20:30 イエスは、この書しょに書かかかれていないしるしを、ほかにも多おおく、弟子でしたちの前まえで行おこなわれた。

ヨハネ20:31 しかし、これらのことを書かいたのは、あなたがたがイエスは神かみの子こキリストであると信しんじるためであり、また、そう信しんじて、イエスの名なによって命いのちを得えるためである。

ヨハネ21:24 これらの事ことについてあかしをし、またこれらの事ことを書かいたのは、この弟子でしである。そして彼かれのあかしが真実しんじつであることを、わたしたちは知しっている。

ヨハネ21:25 イエスのなさったことは、このほかにまだ数多かずおおくある。もしいちいち書かきつけるならば、世界せかいもその書かかかれた文書ぶんしょを収おさめきれないであろうと思おもう。

使徒行伝(8か所)

使徒1:20 詩篇しへんに、『その屋敷やしきは荒あれ果はてよ、そこにはひとりも住すむ者ものがいなくなれ』と書かいてあり、また『その職しょくは、ほかの者ものに取とらせよ』とあるとおりである。

使徒7:42 そこで、神かみは顔かおをそむけ、彼かれらを天てんの星ほしを拝おがむままに任まかせられた。預言よげん者しゃの書しょにこう書かいてあるとおりである、『イスラエルの家いえよ、四十よんじゅう年ねんのあいだ荒野あらのにいた時ときに、いけにえと供そなえ物ものとを、わたしにささげたことがあったか。

使徒13:29 そして、イエスについて書かいてあることを、皆みななし遂とげてから、人々ひとびとはイエスを木きから取とりおろして墓はかに葬ほうむった。

使徒13:33 神かみは、イエスをよみがえらせて、わたしたち子孫しそんにこの約束やくそくを、お果はてしになった。それは詩篇しへんの第だい二に篇へんにも、『あなたこそは、わたしの子こ。きょう、わたしはあなたを生うんだ』と書かいてあるとおりである。

使徒15:15 預言よげん者しゃたちの言葉ことばも、それと一致いっちしている。すなわち、こう書かいてある、

使徒23:5 パウロは言いった、「兄弟きょうだいたちよ、彼かれが大だい祭司さいしだとは知しらなかった。聖書せいしょに『民みんのかしらを悪わるく言いってはいけない』と、書かいてあるのだった」。

使徒23:25 さらに彼かれは、次つぎのような文面ぶんめんの手紙てがみを書かいた。

使徒24:14 ただ、わたしはこの事ことは認みとめます。わたしは、彼かれらが異端いたんだとしている道みちにしたがって、わたしたちの先祖せんぞの神かみに仕つかえ、律法りっぽうの教おしえるところ、また預言よげん者しゃの書しょに書かいてあることを、ことごとく信しんじ、

ローマ人への手紙(20か所)

ローマ1:17 神かみの義ぎは、その福音ふくいんの中なかに啓示けいじされ、信仰しんこうに始はじまり信仰しんこうに至いたらせる。これは、「信仰しんこうによる義人ぎじんは生いきる」と書かいてあるとおりである。

ローマ2:24 聖書せいしょに書かいてあるとおり、「神かみの御名ぎょめいは、あなたがたのゆえに、異邦いほう人にんの間あいだで汚よごされている」。

ローマ3:4 断だんじてそうではない。あらゆる人ひとを偽いつわり者ものとしても、神かみを真実しんじつなものとすべきである。それは、「あなたが言葉ことばを述のべるときは、義ぎとせられ、あなたがさばきを受うけるとき、勝利しょうりを得えるため」と書かいてあるとおりである。

ローマ3:10 次つぎのように書かいてある、「義人ぎじんはいない、ひとりもいない。

ローマ4:17 「わたしは、あなたを立たてて多おおくの国民こくみんの父ちちとした」と書かいてあるとおりである。彼かれはこの神かみ、すなわち、死人しにんを生いかし、無なから有ゆうを呼よび出だされる神かみを信しんじたのである。

ローマ4:23 しかし「義ぎと認みとめられた」と書かいてあるのは、アブラハムのためだけではなく、

ローマ8:36 「わたしたちはあなたのために終日しゅうじつ、死しに定さだめられており、ほふられる羊ひつじのように見みられている」と書かいてあるとおりである。

ローマ9:13 「わたしはヤコブを愛あいしエサウを憎にくんだ」と書かいてあるとおりである。

ローマ9:33 「見みよ、わたしはシオンに、つまずきの石いし、さまたげの岩いわを置おく。それにより頼たのむ者ものは、失望しつぼうに終おわることがない」と書かいてあるとおりである。

ローマ10:5 モーセは、律法りっぽうによる義ぎを行おこなう人ひとは、その義ぎによって生いきる、と書かいている。

ローマ10:15 つかわされなくては、どうして宣のべ伝つたえることがあろうか。「ああ、麗うるわしいかな、良よきおとずれを告つげる者ものの足あしは」と書かいてあるとおりである。

ローマ11:8 「神かみは、彼かれらに鈍にぶい心こころと、見みえない目めと、聞きこえない耳みみとを与あたえて、きょう、この日ひに及およんでいる」と書かいてあるとおりである。

ローマ11:26 こうして、イスラエル人にんは、すべて救すくわれるであろう。すなわち、次つぎのように書かいてある、「救すくう者ものがシオンからきて、ヤコブから不ふ信心しんじんを追おい払はらうであろう。

ローマ12:19 愛あいする者ものたちよ。自分じぶんで復讐ふくしゅうをしないで、むしろ、神かみの怒いかりに任まかせなさい。なぜなら、「主しゅが言いわれる。復讐ふくしゅうはわたしのすることである。わたし自身じしんが報復ほうふくする」と書かいてあるからである。

ローマ14:11 すなわち、「主しゅが言いわれる。わたしは生いきている。すべてのひざは、わたしに対たいしてかがみ、すべての舌したは、神かみにさんびをささげるであろう」と書かいてある。

ローマ15:3 キリストさえ、ご自身じしんを喜よろこばせることはなさらなかった。むしろ「あなたをそしる者もののそしりが、わたしに降ふりかかった」と書かいてあるとおりであった。

ローマ15:4 これまでに書かかかれた事ことがらは、すべてわたしたちの教きょうのために書かかかれたのであって、それは聖書せいしょの与あたえる忍耐にんたいと慰なぐさめとによって、望のぞみをいだかせるためである。

ローマ15:9 異邦いほう人にんもあわれみを受うけて神かみをあがめるようになるためである、「それゆえ、わたしは、異邦いほう人にんの中なかであなたにさんびをささげ、また、御名ぎょめいをほめ歌ううたう」と書かいてあるとおりである。

ローマ15:15 しかし、わたしはあなたがたの記憶きおくを新あらたにするために、ところどころ、かなり思おもいきって書かいた。それは、神かみからわたしに賜たまわった恵めぐみによって、書かいたのである。

ローマ15:21 すなわち、「彼かれのことを宣のべ伝つたえられていなかった人々ひとびとが見み、聞きいていなかった人々ひとびとが悟さとるであろう」と書かいてあるとおりである。

コリント人への第一の手紙(19か所)

コリント第一1:19 すなわち、聖書せいしょに、「わたしは知者ちしゃの知恵ちえを滅ほろぼし、賢かしこい者ものの賢かしこさをむなしいものにする」と書かいてある。

コリント第一1:31 それは、「誇ほこる者ものは主しゅを誇ほこれ」と書かいてあるとおりである。

コリント第一2:9 しかし、聖書せいしょに書かいてあるとおり、「目めがまだ見みず、耳みみがまだ聞きかず、人ひとの心こころに思おもい浮うかびもしなかったことを、神かみは、ご自分じぶんを愛あいする者ものたちのために備そなえられた」のである。

コリント第一3:19 なぜなら、この世よの知恵ちえは、神かみの前まえでは愚おろかなものだからである。「神かみは、知者ちしゃたちをその悪あく知恵ちえによって捕とらえる」と書かいてあり、

コリント第一3:20 更さらにまた、「主しゅは、知者ちしゃたちの論議ろんぎのむなしいことをご存ぞんじである」と書かいてある。

コリント第一4:14 わたしがこのようなことを書かくのは、あなたがたをはずかしめるためではなく、むしろ、わたしの愛児あいじとしてさとすためである。

コリント第一5:9 わたしは前まえの手紙てがみで、不ふ品行ひんこうな者ものたちと交際こうさいしてはいけないと書かいたが、

コリント第一5:11 しかし、わたしが実際じっさいに書かいたのは、兄弟きょうだいと呼よばれる人ひとで、不ふ品行ひんこうな者もの、貪欲どんよくな者もの、偶像ぐうぞう礼拝れいはいをする者もの、人ひとをそしる者もの、酒さけに酔よう者もの、略奪りゃくだつをする者ものがあれば、そんな人ひとと交際こうさいをしてはいけない、食事しょくじを共ともにしてもいけない、ということであった。

コリント第一7:1 さて、あなたがたが書かいてよこした事ことについて答こたえると、男子だんしは婦人ふじんにふれないがよい。

コリント第一9:9 すなわち、モーセの律法りっぽうに、「穀物こくもつをこなしている牛うしに、くつこをかけてはならない」と書かいてある。神かみは、牛うしのことを心こころにかけておられるのだろうか。

コリント第一9:15 しかしわたしは、これらの権利けんりを一ひとつも利用りようしなかった。また、自分じぶんがそうしてもらいたいから、このように書かくのではない。そうされるよりは、死しぬ方かたがましである。わたしのこの誇ほこりは、何者なにものにも奪うばい去さられてはならないのだ。

コリント第一10:7 だから、彼かれらの中なかのある者ものたちのように、偶像ぐうぞう礼拝れいはい者しゃになってはならない。すなわち、「民みんは座ざして飲のみ食くいをし、また立たって踊おどり戯たわむれた」と書かいてある。

コリント第一10:11 これらの事ことが彼かれらに起おこったのは、他たに対たいする警告けいこくとしてであって、それが書かかかれたのは、世よの終おわりに臨のぞんでいるわたしたちに対たいする訓戒くんかいのためである。

コリント第一14:21 律法りっぽうにこう書かいてある、「わたしは、異国いこくの舌したと異国いこくのくちびるとで、この民たみに語かたるが、それでも、彼かれらはわたしに耳みみを傾かたむけない、と主しゅが仰おおせになる」。

コリント第一14:37 もしある人ひとが、自分じぶんは預言よげん者しゃか霊れいの人ひとであると思おもっているなら、わたしがあなたがたに書かいていることは、主しゅの命令めいれいだと認みとめるべきである。

コリント第一15:3 わたしが最ももっとも大事だいじなこととしてあなたがたに伝つたえたのは、わたし自身じしんも受うけたことであった。すなわちキリストが、聖書せいしょに書かいてあるとおり、わたしたちの罪つみのために死しんだこと、

コリント第一15:4 そして葬ほうむられたこと、聖書せいしょに書かいてあるとおり、三みっ日か目めによみがえったこと、

コリント第一15:45 聖書せいしょに「最初さいしょの人ひとアダムは生いきたものとなった」と書かいてあるとおりである。しかし最後さいごのアダムは命いのちを与あたえる霊れいとなった。

コリント第一15:54 この朽くちるものが朽くちないものを着き、この死しぬものが死しなないものを着きるとき、聖書せいしょに書かいてある言葉ことばが成就じょうじゅするのである。

コリント人への第二の手紙(6か所)

コリント第二1:13 わたしたちが書かいていることは、あなたがたが読よんで理解りかいできないことではない。それを完全かんぜんに理解りかいしてくれるように、わたしは希望きぼうする。

コリント第二2:3 このような事ことを書かいたのは、わたしが行いく時とき、わたしを喜よろこばせてくれるはずの人々ひとびとから、悲かなしい思おもいをさせられたくないためである。わたし自身じしんの喜よろこびはあなたがた全体ぜんたいの喜よろこびであることを、あなたがたすべてについて確信かくしんしているからである。

コリント第二3:3 そして、あなたがたは自分じぶん自身じしんが、わたしたちから送おくられたキリストの手紙てがみであって、墨すみによらず生いける神かみの霊れいによって書かかかれ、石いしの板いたにではなく人ひとの心こころの板いたに書かかかれたものであることを、はっきりとあらわしている。

コリント第二8:15 それは「多おおく得えた者ものも余あまることがなく、少すこししか得えなかった者ものも足たりないことはなかった」と書かいてあるとおりである。

コリント第二9:9 「彼かれは貧まずしい人ひとたちに散ちらして与あたえた。その義ぎは永遠えいえんに続つづくであろう」と書かいてあるとおりである。

コリント第二13:10 こういうわけで、離はなれていて以上いじょうのようなことを書かいたのは、わたしがあなたがたの所ところに行いったとき、倒たおすためではなく高たかめるために主しゅが授さずけて下くださった権威けんいを用もちいて、きびしい処置しょちをする必要ひつようがないようにしたいためである。

ガラテヤ人への手紙(5か所)

ガラテヤ1:20 ここに書かいていることは、神かみのみまえで言ゆうが、決けっして偽いつわりではない。

ガラテヤ3:10 いったい、律法りっぽうの行おこないによる者ものは、皆みなのろいの下したにある。「律法りっぽうの書しょに書かいてあるいっさいのことを守まもらず、これを行おこなわない者ものは、皆みなのろわれる」と書かいてあるからである。

ガラテヤ3:13 キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法りっぽうののろいからあがない出だして下くださった。聖書せいしょに、「木きにかけられる者ものは、すべてのろわれる」と書かいてある。

ガラテヤ4:27 すなわち、こう書かいてある、「喜よろこべ、不妊ふにんの女おんなよ。声こえをあげて喜よろこべ、産うみの苦くるしみを知しらない女おんなよ。ひとり者ものとなっている女おんなは多おおくの子こを産うみ、その数すうは、夫おっとある女おんなの子こらよりも多おおい」。

ガラテヤ6:11 ごらんなさい。わたし自身じしんいま筆ふでをとって、こんなに大おおきい字じで、あなたがたに書かいていることを。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ5:14 明あきらかにされたものは皆みな、光ひかりとなるのである。だから、こう書かいてある、「眠ねむっている者ものよ、起おきなさい。死人しにんのなかから、立たち上あがりなさい。そうすれば、キリストがあなたを照てらしすであろう」。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ3:1 最後さいごに、わたしの兄弟きょうだいたちよ。主しゅにあって喜よろこびなさい。さきに書かいたのと同おなじことをここで繰くり返かえすが、それは、わたしには煩はんらわしいことではなく、あなたがたには安全あんぜんなことになる。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ4:18 パウロ自身じしんが、手てずからこのあいさつを書かく。わたしが獄ごくにつながれていることを、覚おぼえていてほしい。恵めぐみが、あなたがたと共ともにあるように。

テサロニケ人への第二の手紙(1か所)

テサロニケ第二3:17 ここでパウロ自身じしんが、手てずからあいさつを書かく。これは、わたしのどの手紙てがみにも書かく印しるしである。わたしは、このように書かく。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一3:14 わたしは、あなたの所ところにすぐ行いきたいと望のぞみながら、この手紙てがみを書かいている。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二3:16 聖書せいしょは、すべて神かみの霊感れいかんを受うけて書かかかれたものであって、人ひとを教おしえ、戒いましめ、正ただしくし、義ぎに導みちびくのに有益ゆうえきである。

ピレモンへの手紙(1か所)

ピレモン1:21 わたしはあなたの従順じゅうじゅんを堅かたく信しんじて、この手紙てがみを書かく。あなたは、確たしかにわたしが言いう以上いじょうのことをしてくれるだろう。

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル10:7 その時とき、わたしは言いった、『神かみよ、わたしにつき、巻物まきものの書物しょもつに書かいてあるとおり、見みよ、御お旨むねを行おこなうためにまいりました』」。

ヘブル13:22 兄弟きょうだいたちよ。どうかわたしの勧すすめの言葉ことばを受うけいれてほしい。わたしは、ただ手てみじかに書かいたのだから。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ4:5 それとも、「神かみは、わたしたちの内うちに住すまわせた霊れいを、ねたむほどに愛あいしておられる」と聖書せいしょに書かいてあるのは、むなしい言葉ことばだと思おもうのか。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一1:16 聖書せいしょに、「わたしが聖せいなる者ものであるから、あなたがたも聖せいなる者ものになるべきである」と書かいてあるからである。

ペテロ第一2:6 聖書せいしょにこう書かいてある、「見みよ、わたしはシオンに、選えらばれた尊とうとい石いし、隅すみのかしら石いしを置おく。それにより頼たのむ者ものは、決けっして、失望しつぼうに終おわることがない」。

ヨハネの第二の手紙(2か所)

ヨハネ第二1:5 婦人ふじんよ。ここにお願ねがいしたいことがある。それは、新あたらしい戒いましめを書かくわけではなく、初はじめから持もっていた戒いましめなのであるが、わたしたちは、みんな互たがいに愛あいし合あおうではないか。

ヨハネ第二1:12 あなたがたに書かきおくることはたくさんあるが、紙かみと墨すみとで書かくことはすまい。むしろ、あなたがたのところに行いき、直接ちょくせつはなし合あって、共ともに喜よろこびに満みちあふれたいものである。

ヨハネの第三の手紙(1か所)

ヨハネ第三1:13 あなたに書かきおくりたいことはたくさんあるが、墨すみと筆ふでとで書かくことはすまい。

ヨハネの黙示録(9か所)

黙示録1:3 この預言よげんの言葉ことばを朗読ろうどくする者ものと、これを聞きいて、その中なかに書かかかれていることを守まもる者ものたちとは、さいわいである。時じが近ちかづいているからである。

黙示録2:17 耳みみのある者ものは、御ご霊れいが諸教しょきょう会かいに言いうことを聞きくがよい。勝利しょうりを得える者ものには、隠かくされているマナを与あたえよう。また、白しろい石いしを与あたえよう。この石いしの上うえには、これを受うける者もののほかだれも知しらない新あたらしい名なが書かいてある』。

黙示録5:1 わたしはまた、御座ぎょざにいますかたの右みぎの手てに、巻物まきものがあるのを見みた。その内側うちがわにも外側そとがわにも字じが書かいてあって、七ななつの封印ふういんで封ふうじてあった。

黙示録14:1 なお、わたしが見みていると、見みよ、小羊こひつじがシオンの山やまに立たっていた。また、十じゅう四よん万まん四千よんせんの人々ひとびとが小羊こひつじと共ともにおり、その額がくに小羊こひつじの名なとその父ちちの名なとが書かかかれていた。

黙示録20:12 また、死しんでいた者ものが、大おおいなる者ものも小こさき者ものも共ともに、御座ぎょざの前まえに立たっているのが見みえた。かずかずの書物しょもつが開ひらかれたが、もう一ひとつの書物しょもつが開ひらかれた。これはいのちの書しょであった。死人しにんはそのしわざに応おうじ、この書物しょもつに書かかかれていることにしたがって、さばかれた。

黙示録21:12 それには大おおきな、高たかい城壁じょうへきがあって、十じゅう二にの門もんがあり、それらの門もんには、十じゅう二にの御ご使しがおり、イスラエルの子こらの十じゅう二に部ぶ族ぞくの名なが、それに書かいてあった。

黙示録21:14 また都との城壁じょうへきには十じゅう二にの土台どだいがあり、それには小羊こひつじの十じゅう二に使徒しとの十じゅう二にの名なが書かいてあった。

黙示録22:18 この書しょの預言よげんの言葉ことばを聞きくすべての人々ひとびとに対たいして、わたしは警告けいこくする。もしこれに書かき加くわえる者ものがあれば、神かみはその人ひとに、この書しょに書かかかれている災害さいがいを加くわえられる。

黙示録22:19 また、もしこの預言よげんの書しょの言葉ことばをとり除のぞく者ものがあれば、神かみはその人ひとの受うけくべき分ぶんを、この書しょに書かかかれているいのちの木きと聖せいなる都とから、とり除のぞかれる。

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