「現れる」(あらわれる)が出てくる聖書の箇所

「現れる」(あらわれる)は口語訳の200か所(旧約89・新約111)に出てきます。「あらわれる」「現われる」も含みます。日常訳第1版では187か所。

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創世記(14か所)

創世記1:9 神かみはまた言いわれた、「天てんの下したの水みずは一ひとつ所ところに集あつまり、かわいた地ちが現あらわれよ」。そのようになった。

創世記8:5 水みずはしだいに減へって、十じゅう月がつになり、十じゅう月がつ一日ついたちに山々やまやまの頂いただきが現あらわれた。

創世記9:14 わたしが雲くもを地ちの上うえに起おこすとき、にじは雲くもの中なかに現あらわれる。

創世記9:16 にじが雲くもの中なかに現あらわれるとき、わたしはこれを見みて、神かみが地上ちじょうにあるすべて肉にくなるあらゆる生いき物ものとの間あいだに立たてた永遠えいえんの契約けいやくを思おもいおこすであろう」。

創世記12:7 時ときに主しゅはアブラムに現あらわれて言いわれた、「わたしはあなたの子孫しそんにこの地ちを与あたえます」。アブラムは彼かれに現あらわれた主しゅのために、そこに祭壇さいだんを築きずいた。

創世記17:1 アブラムの九十きゅうじゅう九きゅう歳さいの時とき、主しゅはアブラムに現あらわれて言いわれた、「わたしは全能ぜんのうの神かみである。あなたはわたしの前まえに歩あゆみ、全ぜんき者しゃであれ。

創世記18:1 主しゅはマムレのテレビンの木きのかたわらでアブラハムに現あらわれられた。それは昼ひるの暑あついころで、彼かれは天幕てんまくの入口いりぐちにすわっていたが、

創世記26:2 その時とき、主しゅは彼かれに現あらわれて言いわれた、「エジプトへ下くだってはならない。わたしがあなたに示しめす地ちにとどまりなさい。

創世記26:24 その夜よる、主しゅは彼かれに現あらわれて言いわれた、「わたしはあなたの父ちちアブラハムの神かみである。あなたは恐おそれてはならない。わたしはあなたと共ともにおって、あなたを祝福しゅくふくし、わたしのしもべアブラハムのゆえにあなたの子孫しそんを増ますであろう」。

創世記31:24 しかし、神かみは夜よるの夢ゆめにアラムびとラバンに現あらわれて言いわれた、「あなたは心こころしてヤコブに、よしあしを言いってはなりません」。

創世記35:1 ときに神かみはヤコブに言いわれた、「あなたは立たってベテルに上のぼり、そこに住すんで、あなたがさきに兄あにエサウの顔かおを避さけてのがれる時とき、あなたに現あらわれた神かみに祭壇さいだんを造つくりなさい」。

創世記35:7 彼かれはそこに祭壇さいだんを築ききずき、その所ところをエル・ベテルと名なづけた。彼かれが兄あにの顔かおを避さけてのがれる時とき、神かみがそこで彼かれに現あらわれたからである。

創世記35:9 さてヤコブがパダンアラムから帰かえってきた時とき、神かみは再ふたたび彼かれに現あらわれて彼かれを祝福しゅくふくされた。

創世記48:3 そしてヤコブはヨセフに言いった、「先さきに全能ぜんのうの神かみがカナンの地ちルズでわたしに現あらわれ、わたしを祝福しゅくふくして、

出エジプト記(9か所)

出エジプト3:2 ときに主しゅの使つかいは、しばの中なかの炎ほのおのうちに彼かれに現あらわれた。彼かれが見みると、しばは火ひに燃もえているのに、そのしばはなくならなかった。

出エジプト3:16 あなたは行いって、イスラエルの長老ちょうろうたちを集あつめて言いいいなさい、『あなたがたの先祖せんぞの神かみ、アブラハム、イサク、ヤコブの神かみである主しゅは、わたしに現あらわれて言いわれました、「わたしはあなたがたを顧かえりみ、あなたがたがエジプトでされている事ことを確たしかに見みた。

出エジプト3:18 彼かれらはあなたの声こえに聞き従うききしたがうであろう。あなたはイスラエルの長老ちょうろうたちと一緒いっしょにエジプトの王おうのところへ行いって言いいいなさい、『ヘブルびとの神かみ、主しゅがわたしたちに現あらわれられました。それで、わたしたちを、三みっ日かの道みちのりほど荒野こうやに行いかせて、わたしたちの神かみ、主しゅに犠牲ぎせいをささげることを許ゆるしてください』と。

出エジプト4:1 モーセは言いった、「しかし、彼かれらはわたしを信しんぜず、またわたしの声こえに聞き従わききしたがわないで言ゆうでしょう、『主しゅはあなたに現あらわれなかった』と」。

出エジプト4:5 これは、彼かれらの先祖せんぞたちの神かみ、アブラハムの神かみ、イサクの神かみ、ヤコブの神かみである主しゅが、あなたに現あらわれたのを、彼かれらに信しんじさせるためである」。

出エジプト5:3 彼かれらは言いった、「ヘブルびとの神かみがわたしたちに現あらわれました。どうか、わたしたちを三みっ日かの道みちのりほど荒野こうやに行いかせ、わたしたちの神かみ、主しゅに犠牲ぎせいをささげさせてください。そうしなければ主しゅは疫病やくびょうか、つるぎをもって、わたしたちを悩なやまされるからです」。

出エジプト6:3 わたしはアブラハム、イサク、ヤコブには全能ぜんのうの神かみとして現あらわれたが、主しゅという名なでは、自分じぶんを彼かれらに知しらせなかった。

出エジプト16:10 それでアロンがイスラエルの人々ひとびとの全ぜん会衆かいしゅうに語かたったとき、彼かれらが荒野あらのの方ほうを望のぞむと、見みよ、主しゅの栄光えいこうが雲くものうちに現あらわれていた。

出エジプト20:26 あなたは階段かいだんによって、わたしの祭壇さいだんに登のぼってはならない。あなたの隠かくし所どころが、その上うえにあらわれることのないようにするためである』。

レビ記(8か所)

レビ記4:14 その犯おかした罪つみが現あらわれた時とき、会衆かいしゅうは雄おすの子牛こうしを罪つみ祭まつりとしてささげなければならない。すなわちそれを会見かいけんの幕屋まくやの前まえに連つれてきて、

レビ記9:4 また主しゅの前まえにささげる酬恩しゅうおん祭さいのために雄牛おうしと雄羊おひつじとを取とり、また油あぶらを混まぜた素す祭まつりを取とりなさい。主しゅがきょうあなたがたに現あらわれたもうからである』」。

レビ記9:6 モーセは言いった、「これは主しゅがあなたがたに、せよと命めいじられたことである。こうして主しゅの栄光えいこうはあなたがたに現あらわれるであろう」。

レビ記9:23 モーセとアロンは会見かいけんの幕屋まくやに入はいり、また出でてきて民みんを祝福しゅくふくした。そして主しゅの栄光えいこうはすべての民たみに現あらわれ、

レビ記13:14 しかし、もし生肉せいにくがその人ひとに現あらわれておれば、汚よごれた者ものである。

レビ記13:43 祭司さいしはこれを見みなければならない。もしそのはげ頭あたままたは、はげ額がくの患部かんぶの腫しゅが白しろく赤あかみをおびて、身みの皮かわにらい病びょうがあらわれているならば、

レビ記13:57 しかし、なおその衣服いふく、あるいは縦糸たていと、あるいは横糸よこいと、あるいはすべて皮かわで作つくった物ものにそれが現あらわれれば、それは再発さいはつしたのである。その患部かんぶのある物ものを火ひで焼やかなければならない。

レビ記16:2 主しゅはモーセに言いわれた、「あなたの兄弟きょうだいアロンに告つげて、彼かれが時ときをわかたず、垂幕たれまくの内うちなる聖せい所しょに入はいり、箱ばこの上うえなる贖罪しょくざい所しょの前まえに行いかぬようにさせなさい。彼かれが死しを免まぬがれるためである。なぜなら、わたしは雲くもの中なかにあって贖罪しょくざい所しょの上うえに現あらわれるからである。

民数記(6か所)

民数記5:13 人ひとが彼女かのじょと寝ねたのに、その事ことが夫おっとの目めに隠かくれて現あらわれず、彼女かのじょはその身みを汚よごしたけれども、それに対たいする証人しょうにんもなく、彼女かのじょもまたその時ときに捕とらえられなかった場合ばあい、

民数記14:10 ところが会衆かいしゅうはみな石いしで彼かれらを撃うち殺ころそうとした。そのとき、主しゅの栄光えいこうが、会見かいけんの幕屋まくやからイスラエルのすべての人ひとに現あらわれた。

民数記14:14 この地ちの住民じゅうみんに告つげるでしょう。彼かれらは、主しゅなるあなたが、この民たみのうちにおられ、主しゅなるあなたが、まのあたり現あらわれ、あなたの雲くもが、彼かれらの上うえにとどまり、昼ひるは雲くもの柱はしらのうちに、夜よるは火ひの柱はしらのうちにあって、彼かれらの前まえに行いかれるのを聞きいたのです。

民数記16:19 そのとき、コラは会衆かいしゅうを、ことごとく会見かいけんの幕屋まくやの入口いりぐちに集あつめて、彼かれらふたりに逆さからわせようとしたが、主しゅの栄光えいこうは全ぜん会衆かいしゅうに現あらわれた。

民数記16:42 会衆かいしゅうが集あつまって、モーセとアロンとに逆さからったとき、会見かいけんの幕屋まくやを望のぞみ見みると、雲くもがこれをおおい、主しゅの栄光えいこうが現あらわれていた。

民数記20:6 そこでモーセとアロンは会衆かいしゅうの前まえを去さり、会見かいけんの幕屋まくやの入口いりぐちへ行いってひれ伏ふした。すると主しゅの栄光えいこうが彼かれらに現あらわれ、

申命記(1か所)

申命記31:15 主しゅは幕屋まくやで雲くもの柱はしらのうちに現あらわれられた。その雲くもの柱はしらは幕屋まくやの入口いりぐちのかたわらにとどまった。

士師記(4か所)

士師記6:12 主しゅの使つかいは彼かれに現あらわれて言いった、「大だい勇士ゆうしよ、主しゅはあなたと共ともにおられます」。

士師記13:3 主しゅの使つかいがその女おんなに現あらわれて言いった、「あなたはうまずめで、子こを産うんだことがありません。しかし、あなたは身みごもって男おとこの子こを産うむでしょう。

士師記13:10 女おんなは急いそぎ走はしって行いって夫おっとに言いった、「さきごろ、わたしに臨のぞまれた人ひとがまたわたしに現あらわれました」。

士師記13:21 主しゅの使つかいはふたたびマノアとその妻つまに現あらわれなかった。その時ときマノアは彼かれが主しゅの使つかいであることを知しった。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一3:21 主しゅはふたたびシロで現あらわれられた。すなわち主しゅはシロで、主しゅの言葉ことばによって、サムエルに自みずからを現あらわされた。こうしてサムエルの言葉ことばは、あまねくイスラエルの人々ひとびとに及およんだ。

サムエル記下(2か所)

サムエル第二22:11 彼かれはケルブに乗のって飛とび、風かぜの翼つばさに乗のってあらわれた。

サムエル第二22:16 主しゅのとがめと、その鼻はなのいぶきとによって、海うみの底そこはあらわれ、世界せかいの基もとが、あらわになった。

列王紀上(3か所)

列王紀上3:5 ギベオンで主しゅは夜よるの夢ゆめにソロモンに現あらわれて言いわれた、「あなたに何なんを与あたえようか、求もとめなさい」。

列王紀上9:2 主しゅはかつてギベオンでソロモンに現あらわれられたように再ふたたび現あらわれて、

列王紀上11:9 このようにソロモンの心こころが転てんじて、イスラエルの神かみ、主しゅを離はなれたため、主しゅは彼かれを怒おこられた。すなわち主しゅがかつて二に度ど彼かれに現あらわれ、

列王紀下(1か所)

列王紀下2:11 彼かれらが進すすみながら語かたっていた時とき、火ひの車くるまと火ひの馬うまがあらわれて、ふたりを隔へだてた。そしてエリヤはつむじ風かぜに乗のって天てんにのぼった。

歴代志下(3か所)

歴代志下1:7 その夜よる、神かみはソロモンに現あらわれて言いわれた、「あなたに何なんを与あたえようか、求もとめなさい」。

歴代志下3:1 ソロモンはエルサレムのモリアの山やまに主しゅの宮みやを建たてることを始はじめた。そこは父ちちダビデに主しゅが現あらわれられた所ところ、すなわちエブスびとオルナンの打うち場ばにダビデが備そなえた所ところである。

歴代志下7:12 時ときに主しゅは夜よるソロモンに現あらわれて言いわれた、「わたしはあなたの祈いのりを聞ききき、この所ところをわたしのために選えらんで、犠牲ぎせいをささげる家いえとした。

エズラ記(1か所)

エズラ記10:18 祭司さいしの子孫しそんのうちで異邦いほうの女おんなをめとった事ことのあらわれた者ものは、ヨザダクの子こエシュアの子こら、およびその兄弟きょうだいたちのうちではマアセヤ、エリエゼル、ヤリブ、ゲダリヤであった。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記8:2 祭司さいしエズラは七なな月がつの一日ついたちに律法りっぽうを携たずさえて来きて、男女だんじょの会衆かいしゅうおよびすべて聞きいて悟さとることのできる人々ひとびとの前まえにあらわれ、

エステル記(1か所)

エステル記2:23 その事ことが調しらべられて、それに相違そういないことがあらわれたので、彼かれらふたりは木きにかけられた。この事ことは王おうの前まえで日誌にっしの書しょにかきしるされた。

詩篇(5か所)

詩篇18:15 主しゅよ、そのとき、あなたのとがめと、あなたの鼻はなのいぶきとによって、海うみの底そこはあらわれ、地ちの基もとがあらわになったのです。

詩篇97:11 光ひかりは正ただしい人ひとのために現あらわれ、喜よろこびは心こころの正ただしい者もののためにあらわれる。

詩篇102:16 主しゅはシオンを築ききずき、その栄光えいこうをもって現あらわれ、

詩篇112:4 光ひかりは正ただしい者もののために暗黒あんこくの中なかにもあらわれる。主しゅは恵めぐみ深ふかく、あわれみに満みち、正まさしくいらせられる。

詩篇150:1 主しゅをほめたたえよ。その聖せい所しょで神かみをほめたたえよ。その力ちからのあらわれる大空おおぞらで主しゅをほめたたえよ。

箴言(1か所)

箴言26:26 たとい偽いつわりをもってその憎にくしみをかくしても、彼かれの悪あくは会衆かいしゅうの中なかに現あらわれる。

雅歌(1か所)

雅歌2:12 もろもろの花はなは地ちにあらわれ、鳥とりのさえずる時ときがきた。山やまばとの声こえがわれわれの地ちに聞きこえる。

イザヤ書(8か所)

イザヤ書40:5 こうして主しゅの栄光えいこうがあらわれ、人ひとは皆みなともにこれを見みる。これは主しゅの口くちが語かたられたのである」。

イザヤ書47:3 あなたの裸はだかはあらわれ、あなたの恥はじは見みられる。わたしはあだを報むくいて、何なん人にんとをも助たすけない。

イザヤ書53:1 だれがわれわれの聞きいたことを信しんじ得えたか。主しゅの腕うでは、だれにあらわれたか。

イザヤ書56:1 主しゅはこう言いわれる、「あなたがたは公平こうへいを守まもって正義せいぎを行おこなえ。わが救すくいの来くるのは近ちかく、わが助たすけのあらわれるのが近ちかいからだ。

イザヤ書60:2 見みよ、暗くらきは地ちをおおい、やみはもろもろの民たみをおおう。しかし、あなたの上うえには主しゅが朝日あさひのごとくのぼられ、主しゅの栄光えいこうがあなたの上うえにあらわれる。

イザヤ書62:1 シオンの義ぎが朝日あさひの輝かがやきのようにあらわれいで、エルサレムの救すくいが燃もえるたいまつの様ようになるまで、わたしはシオンのために黙もくせず、エルサレムのために休やすまない。

イザヤ書63:15 どうか、天てんから見みおろし、その聖せいなる栄光えいこうあるすみかからごらんください。あなたの熱心ねっしんと、大だい能のうとはどこにありますか。あなたのせつなる同情どうじょうとあわれみとはおさえられて、わたしにあらわれません。

イザヤ書66:15 見みよ、主しゅは火ひの中なかにあらわれて来こられる。その車くるまはつむじ風かぜのようだ。激はげしい怒いかりをもってその憤いきどおりをもらし、火ひの炎ほのおをもって責せめられる。

エレミヤ書(2か所)

エレミヤ書10:2 主しゅはこう言いわれる、「異邦いほうの人ひとの道みちに習ならってはならない。また異邦いほうの人ひとが天てんに現あらわれるしるしを恐おそれても、あなたがたはそれを恐おそれてはならない。

エレミヤ書31:3 主しゅは遠とおくから彼かれに現あらわれた。わたしは限かぎりなき愛あいをもってあなたを愛あいしている。それゆえ、わたしは絶たえずあなたに真実しんじつをつくしてきた。

エゼキエル書(5か所)

エゼキエル書7:18 彼かれらは荒布あらめを身みにまとい、恐おそれが彼かれらをおおい、すべての顔かおには恥はじがあらわれ、すべての頭あたまは髪かみをそり落おとす。

エゼキエル書8:4 見みよ、そこに、わたしがかの平野へいやで見みた幻まぼろしのようなイスラエルの神かみの栄光えいこうがあらわれた。

エゼキエル書10:1 時ときにわたしは見みていたが、見みよ、ケルビムの頭あたまの上うえの大空おおぞらに、サファイヤのようなものが王座おうざの形かたちをして、その上うえに現あらわれた。

エゼキエル書21:24 それゆえ、主しゅなる神かみはこう言いわれる、あなたがたの罪つみは覚おぼえられ、その反逆はんぎゃくは現あらわれ、その罪つみはすべてのわざに現あらわれる。このようにあなたがたは、すでに覚おぼえられているから、彼かれらの手てに捕とらえられる。

エゼキエル書38:18 しかし主しゅなる神かみは言いわれる、その日ひ、すなわちゴグがイスラエルの地ちに攻せめ入いる日ひに、わが怒いかりは現あらわれる。

ダニエル書(4か所)

ダニエル書5:5 すると突然とつぜん人ひとの手ての指ゆびがあらわれて、燭台しょくだいと相対そうたいする王おうの宮殿きゅうでんの塗ぬり壁かべに物ものを書かいた。王おうはその物ものを書かいた手ての先さきを見みた。

ダニエル書5:27 テケルは、あなたがはかりで量はかられて、その量りょうの足たりないことがあらわれたことをいうのです。

ダニエル書8:13 それから、わたしはひとりの聖者せいじゃの語かたっているのを聞きいた。またひとりの聖者せいじゃがあって、その語かたっている聖者せいじゃにむかって言いった、「常つね供ともの燔祭はんさいと、荒あらすことをなす罪つみと、聖せい所しょとその衆しゅう群ぐんがわたされて、足あしの下したに踏ふみつけられることについて、幻まぼろしにあらわれたことは、いつまでだろうか」と。

ダニエル書10:20 そこで彼かれは言いった、「あなたは、わたしがなんのためにきたかを知しっていますか。わたしは、今いま帰かえっていって、ペルシャの君きみと戦たたかおうとしているのです。彼かれとの戦たたかいがすむと、ギリシヤの君きみがあらわれるでしょう。

ホセア書(4か所)

ホセア書6:3 わたしたちは主しゅを知しろう、せつに主しゅを知しることを求もとめよう。主しゅはあしたの光ひかりのように必かならず現あらわれいで、冬ふゆの雨あめのように、わたしたちに臨のぞみ、春はるの雨あめのように地ちを潤うるおされる」。

ホセア書7:1 わたしがイスラエルをいやすとき、エフライムの不義ふぎと、サマリヤの悪あしきわざとは現あらわれる。彼かれらは偽いつわりをおこない、内うちでは盗とうびとが押おし入いり、外そとでは山賊さんぞくの群むれが襲おそいきたる。

ホセア書10:4 彼かれらはむなしき言葉ことばをいだし、偽いつわりの誓ちかいをもって契約けいやくを結むすぶ。それゆえ、さばきは畑はたけのうねの毒草どくそうのように現あらわれる。

ホセア書13:13 子こを産うむ女おんなの苦くるしみが彼かれに臨のぞむ。彼かれは知恵ちえのない子こである。生うまれる時ときが来きても彼かれは産さん門もんにあらわれない。

ハガイ書(1か所)

ハガイ書1:8 山やまに登のぼり、木きを持もってきて主しゅの家いえを建たてよ。そうすればわたしはこれを喜よろこび、かつ栄光えいこうのうちに現あらわれると主しゅは言いわれる。

ゼカリヤ書(2か所)

ゼカリヤ書6:5 天てんの使つかいは答こたえて、わたしに言いった、「これらは全地ぜんちの主しゅの前まえに現あらわれて後あと、天てんの四方しほうに出でて行いくものです。

ゼカリヤ書9:14 その時とき、主しゅは彼かれらの上うえに現あらわれて、その矢やをいなずまのように射いられる。主しゅなる神かみはラッパを吹ふきならし、南みなみのつむじ風かぜに乗のって出でてこられる。

マラキ書(1か所)

マラキ書3:2 その来くる日ひには、だれが耐たえ得えよう。そのあらわれる時ときには、だれが立たち得えよう。彼かれは金かねをふきわける者ものの火ひのようであり、布ぬのさらしの灰汁あくのようである。

マタイによる福音書(15か所)

マタイ1:20 彼かれがこのことを思おもいめぐらしていたとき、主しゅの使つかいが夢ゆめに現あらわれて言いった、「ダビデの子こヨセフよ、心配しんぱいしないでマリヤを妻つまとして迎むかえるがよい。その胎内たいないに宿やどっているものは聖霊せいれいによるのである。

マタイ2:7 そこで、ヘロデはひそかに博士はかせたちを呼よんで、星ほしの現あらわれた時ときについて詳くわしく聞ききき、

マタイ2:13 彼かれらが帰かえって行いったのち、見みよ、主しゅの使つかいが夢ゆめでヨセフに現あらわれて言いった、「立たって、幼おさな子ごとその母ははを連つれて、エジプトに逃にげなさい。そして、あなたに知しらせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼おさな子ごを捜さがし出だして、殺ころそうとしている」。

マタイ2:19 さて、ヘロデが死しんだのち、見みよ、主しゅの使つかいがエジプトにいるヨセフに夢ゆめで現あらわれて言いった、

マタイ3:1 そのころ、バプテスマのヨハネが現あらわれ、ユダヤの荒野あらので教きょうを宣のべて言いった、

マタイ3:13 そのときイエスは、ガリラヤを出でてヨルダン川かわに現あらわれ、ヨハネのところにきて、バプテスマを受うけようとされた。

マタイ10:26 だから彼かれらを恐おそれるな。おおわれたもので、現あらわれてこないものはなく、隠かくれているもので、知しられてこないものはない。

マタイ13:26 芽めがはえ出でて実じつを結むすぶと、同時どうじに毒麦どくむぎもあらわれてきた。

マタイ17:3 すると、見みよ、モーセとエリヤが彼かれらに現あらわれて、イエスと語かたり合あっていた。

マタイ24:5 多おおくの者ものがわたしの名なを名なのって現あらわれ、自分じぶんがキリストだと言いって、多おおくの人ひとを惑まどわすであろう。

マタイ24:27 ちょうど、いなずまが東ひがしから西にしにひらめき渡わたるように、人ひとの子こも現あらわれるであろう。

マタイ24:30 そのとき、人ひとの子このしるしが天てんに現あらわれるであろう。またそのとき、地ちのすべての民族みんぞくは嘆なげき、そして力ちからと大おおいなる栄光えいこうとをもって、人ひとの子こが天てんの雲くもに乗のって来くるのを、人々ひとびとは見みるであろう。

マタイ24:37 人ひとの子この現あらわれるのも、ちょうどノアの時ときのようであろう。

マタイ24:39 そして洪水こうずいが襲おそってきて、いっさいのものをさらって行いくまで、彼かれらは気きがつかなかった。人ひとの子この現あらわれるのも、そのようであろう。

マタイ27:53 そしてイエスの復活ふっかつののち、墓はかから出でてきて、聖せいなる都とにはいり、多おおくの人ひとに現あらわれた。

マルコによる福音書(5か所)

マルコ1:4 バプテスマのヨハネが荒野あらのに現あらわれて、罪つみのゆるしを得えさせる悔改くいあらためのバプテスマを宣のべ伝つたえていた。

マルコ4:22 なんでも、隠かくされているもので、現あらわれないものはなく、秘密ひみつにされているもので、明あかるみに出でないものはない。

マルコ9:4 すると、エリヤがモーセと共ともに彼かれらに現あらわれて、イエスと語かたり合あっていた。

マルコ13:6 多おおくの者ものがわたしの名なを名なのって現あらわれ、自分じぶんがそれだと言いって、多おおくの人ひとを惑まどわすであろう。

マルコ16:14 その後ご、イエスは十じゅう一いち弟子でしが食卓しょくたくについているところに現あらわれ、彼かれらの不ふ信仰しんこうと、心こころのかたくななことをお責せめになった。彼かれらは、よみがえられたイエスを見みた人々ひとびとの言いうことを、信しんじなかったからである。

ルカによる福音書(20か所)

ルカ1:11 すると主しゅの御ご使しが現あらわれて、香こう壇だんの右みぎに立たった。

ルカ1:80 幼おさな子ごは成長せいちょうし、その霊れいも強つよくなり、そしてイスラエルに現あらわれる日ひまで、荒野こうやにいた。

ルカ2:9 すると主しゅの御ご使しが現あらわれ、主しゅの栄光えいこうが彼かれらをめぐり照てらししたので、彼かれらは非常ひじょうに恐おそれた。

ルカ2:13 するとたちまち、おびただしい天てんの軍勢ぐんぜいが現あらわれ、御ご使しと一緒いっしょになって神かみをさんびして言いった、

ルカ2:35 そして、あなた自身じしんもつるぎで胸むねを刺さし貫つらぬかれるでしょう。――それは多おおくの人ひとの心こころにある思おもいが、現あらわれるようになるためです」。

ルカ7:16 人々ひとびとはみな恐おそれをいだき、「大だい預言よげん者しゃがわたしたちの間あいだに現あらわれた」、また、「神かみはその民たみを顧かえりみてくださった」と言いって、神かみをほめたたえた。

ルカ9:8 またある人ひとたちは、エリヤが現あらわれたと言いいい、またほかの人ひとたちは、昔むかしの預言よげん者しゃのひとりが復活ふっかつしたのだと言いっていたからである。

ルカ9:26 わたしとわたしの言葉ことばとを恥はじる者ものに対たいしては、人ひとの子こもまた、自分じぶんの栄光えいこうと、父ちちと聖せいなる御ご使しとの栄光えいこうのうちに現あらわれて来くるとき、その者ものを恥はじるであろう。

ルカ9:31 栄光えいこうの中なかに現あらわれて、イエスがエルサレムで遂とげようとする最後さいごのことについて話はなしていたのである。

ルカ10:25 するとそこへ、ある律法りっぽう学がく者しゃが現あらわれ、イエスを試こころみようとして言いった、「先生せんせい、何なんをしたら永遠えいえんの生命せいめいが受うけられましょうか」。

ルカ12:2 おおいかぶされたもので、現あらわれてこないものはなく、隠かくれているもので、知しられてこないものはない。

ルカ17:30 人ひとの子こが現あらわれる日ひも、ちょうどそれと同様どうようであろう。

ルカ19:11 人々ひとびとがこれらの言葉ことばを聞きいているときに、イエスはなお一ひとつの譬たとえをお話はなしになった。それはエルサレムに近ちかづいてこられたし、また人々ひとびとが神かみの国くにはたちまち現あらわれると思おもっていたためである。

ルカ21:8 イエスが言いわれた、「あなたがたは、惑まどわされないように気きをつけなさい。多おおくの者ものがわたしの名なを名なのって現あらわれ、自分じぶんがそれだとか、時ときが近ちかづいたとか、言ゆうであろう。彼かれらについて行いくな。

ルカ21:25 また日ひと月つきと星ほしとに、しるしが現あらわれるであろう。そして、地上ちじょうでは、諸しょ国民こくみんが悩なやみ、海うみと大波おおなみとのとどろきにおじ惑まどい、

ルカ22:43 そのとき、御ご使しが天てんからあらわれてイエスを力ちからづけた。

ルカ22:47 イエスがまだそう言いっておられるうちに、そこに群衆ぐんしゅうが現あらわれ、十じゅう二に弟子でしのひとりでユダという者ものが先頭せんとうに立たって、イエスに接吻せっぷんしようとして近ちかづいてきた。

ルカ24:4 そのため途方とほうにくれていると、見みよ、輝かがやいた衣ころもを着きたふたりの者ものが、彼かれらに現あらわれた。

ルカ24:23 イエスのからだが見当みあたらないので、帰かえってきましたが、そのとき御お使つかいが現あらわれて、『イエスは生いきておられる』と告つげたと申もうすのです。

ルカ24:34 「主しゅは、ほんとうによみがえって、シモンに現あらわれなさった」と言いっていた。

ヨハネによる福音書(4か所)

ヨハネ1:31 わたしはこのかたを知しらなかった。しかし、このかたがイスラエルに現あらわれてくださるそのことのために、わたしはきて、水みずでバプテスマを授さずけているのである」。

ヨハネ7:27 わたしたちはこの人ひとがどこからきたのか知しっている。しかし、キリストが現あらわれる時ときには、どこから来くるのか知しっている者ものは、ひとりもいない」。

ヨハネ9:3 イエスは答こたえられた、「本人ほんにんが罪つみを犯おかしたのでもなく、また、その両親りょうしんが犯おかしたのでもない。ただ神かみのみわざが、彼かれの上うえに現あらわれるためである。

ヨハネ21:14 イエスが死人しにんの中なかからよみがえったのち、弟子でしたちにあらわれたのは、これで既すでに三さん度ど目めである。

使徒行伝(14か所)

使徒1:3 イエスは苦難くなんを受うけたのち、自分じぶんの生いきていることを数々かずかずの確たしかな証拠しょうこによって示ししめし、四十よんじゅう日にちにわたってたびたび彼かれらに現あらわれて、神かみの国くにのことを語かたられた。

使徒2:3 また、舌したのようなものが、炎ほのおのように分わかれて現あらわれ、ひとりびとりの上うえにとどまった。

使徒7:2 そこで、ステパノが言いった、「兄弟きょうだいたち、父ちちたちよ、お聞ききき下ください。わたしたちの父祖ふそアブラハムが、カランに住すむ前まえ、まだメソポタミヤにいたとき、栄光えいこうの神かみが彼かれに現あらわれて

使徒7:26 翌日よくじつモーセは、彼かれらが争あらそい合あっているところに現あらわれ、仲裁ちゅうさいしようとして言いった、『まて、君きみたちは兄弟きょうだい同志どうしではないか。どうして互たがいに傷きずつけ合あっているのか』。

使徒7:30 四十よんじゅう年ねんたった時とき、シナイ山やまの荒野あらのにおいて、御ご使しが柴しばの燃もえる炎ほのおの中なかでモーセに現あらわれた。

使徒7:35 こうして、『だれが、君きみを支配しはい者しゃや裁判さいばん人にんにしたのか』と言いって排斥はいせきされたこのモーセを、神かみは、柴しばの中なかで彼かれに現あらわれた御ご使しの手てによって、支配しはい者しゃ、解放かいほう者しゃとして、おつかわしになったのである。

使徒7:55 しかし、彼かれは聖霊せいれいに満みたされて、天てんを見みつめていると、神かみの栄光えいこうが現あらわれ、イエスが神かみの右みぎに立たっておられるのが見みえた。

使徒9:10 さて、ダマスコにアナニヤというひとりの弟子でしがいた。この人ひとに主しゅが幻まぼろしの中なかに現あらわれて、「アナニヤよ」とお呼よびになった。彼かれは「主しゅよ、わたしでございます」と答こたえた。

使徒9:17 そこでアナニヤは、出でかけて行いってその家いえにはいり、手てをサウロの上うえにおいて言いった、「兄弟きょうだいサウロよ、あなたが来くる途中とちゅうで現あらわれた主しゅイエスは、あなたが再ふたたび見みえるようになるため、そして聖霊せいれいに満みたされるために、わたしをここにおつかわしになったのです」。

使徒9:27 ところが、バルナバは彼かれの世話せわをして使徒しとたちのところへ連つれて行いき、途中とちゅうで主しゅが彼かれに現あらわれて語かたりかけたことや、彼かれがダマスコでイエスの名なで大胆だいたんに宣のべ伝つたえた次第しだいを、彼かれらに説明せつめいして聞きかせた。

使徒10:41 全部ぜんぶの人々ひとびとにではなかったが、わたしたち証人しょうにんとしてあらかじめ選えらばれた者ものたちに現あらわれるようにして下くださいました。わたしたちは、イエスが死人しにんの中なかから復活ふっかつされた後あと、共ともに飲食いんしょくしました。

使徒11:13 すると彼かれはわたしたちに、御ご使しが彼かれの家いえに現あらわれて、『ヨッパに人ひとをやって、ペテロと呼よばれるシモンを招まねきなさい。

使徒13:31 イエスは、ガリラヤからエルサレムへ一緒いっしょに上のぼった人ひとたちに、幾いく日かものあいだ現あらわれ、そして、彼かれらは今いまや、人々ひとびとに対たいしてイエスの証人しょうにんとなっている。

使徒26:16 さあ、起おきあがって、自分じぶんの足あしで立たちなさい。わたしがあなたに現あらわれたのは、あなたがわたしに会あった事ことと、あなたに現あらわれて示しめそうとしている事こととをあかしし、これを伝つたえる務つとむに、あなたを任にんじるためである。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ2:5 あなたのかたくなな、悔改くいあらためのない心こころのゆえに、あなたは、神かみの正ただしいさばきの現あらわれる怒いかりの日ひのために神かみの怒いかりを、自分じぶんの身みに積つんでいるのである。

ローマ7:13 では、善ぜんなるものが、わたしにとって死しとなったのか。断だんじてそうではない。それはむしろ、罪つみの罪つみたることが現あらわれるための、罪つみのしわざである。すなわち、罪つみは、戒いましめによって、はなはだしく悪性あくせいなものとなるために、善ぜんなるものによってわたしを死しに至いたらせたのである。

コリント人への第一の手紙(6か所)

コリント第一1:7 こうして、あなたがたは恵めぐみの賜物たまものにいささかも欠かけることがなく、わたしたちの主しゅイエス・キリストの現あらわれるのを待まち望のぞんでいる。

コリント第一3:13 それぞれの仕事しごとは、はっきりとわかってくる。すなわち、かの日ひは火ひの中なかに現あらわれて、それを明あきらかにし、またその火ひは、それぞれの仕事しごとがどんなものであるかを、ためすであろう。

コリント第一15:5 ケパに現あらわれ、次つぎに、十じゅう二に人にんに現あらわれたことである。

コリント第一15:6 そののち、五百ごひゃく人にん以上いじょうの兄弟きょうだいたちに、同時どうじに現あらわれた。その中なかにはすでに眠ねむった者ものたちもいるが、大だい多数たすうはいまなお生存せいぞんしている。

コリント第一15:7 そののち、ヤコブに現あらわれ、次つぎに、すべての使徒しとたちに現あらわれ、

コリント第一15:8 そして最後さいごに、いわば、月足つきたらずに生うまれたようなわたしにも、現あらわれたのである。

コリント人への第二の手紙(7か所)

コリント第二3:11 もし消きえ去さるべきものが栄光えいこうをもって現あらわれたのなら、まして永えい存そんすべきものは、もっと栄光えいこうのあるべきものである。

コリント第二4:7 しかしわたしたちは、この宝たからを土つちの器うつわの中なかに持もっている。その測はかり知しれない力ちからは神かみのものであって、わたしたちから出でたものでないことが、あらわれるためである。

コリント第二4:10 いつもイエスの死しをこの身みに負おうている。それはまた、イエスのいのちが、この身みに現あらわれるためである。

コリント第二4:11 わたしたち生いきている者ものは、イエスのために絶たえず死しに渡わたされているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死しぬべき肉体にくたいに現あらわれるためである。

コリント第二5:10 なぜなら、わたしたちは皆みな、キリストのさばきの座ざの前まえにあらわれ、善ぜんであれ悪わるであれ、自分じぶんの行おこなったことに応おうじて、それぞれ報むくいを受うけねばならないからである。

コリント第二8:19 そのうえ、彼かれは、主しゅご自身じしんの栄光えいこうがあらわれるため、また、わたしたちの好意こういを示しめすために、骨ほねを折おって贈おくり物ものを集あつめているわたしたちの同伴どうはん者しゃとして、諸教しょきょう会かいから選えらばれたのである。

コリント第二12:9 ところが、主しゅが言いわれた、「わたしの恵めぐみはあなたに対たいして十分じゅうぶんである。わたしの力ちからは弱よわいところに完全かんぜんにあらわれる」。それだから、キリストの力ちからがわたしに宿やどるように、むしろ、喜よろこんで自分じぶんの弱よわさを誇ほころう。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ3:23 しかし、信仰しんこうが現あらわれる前まえには、わたしたちは律法りっぽうの下もとで監視かんしされており、やがて啓示けいじされる信仰しんこうの時ときまで閉とじ込こめられていた。

ガラテヤ3:25 しかし、いったん信仰しんこうが現あらわれた以上いじょう、わたしたちは、もはや養育よういく掛がかりのもとにはいない。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ3:4 わたしたちのいのちなるキリストが現あらわれる時ときには、あなたがたも、キリストと共ともに栄光えいこうのうちに現あらわれるであろう。

テサロニケ人への第二の手紙(4か所)

テサロニケ第二1:7 それは、主しゅイエスが炎ほのおの中なかで力ちからある天使てんしたちを率ひきいて天てんから現あらわれる時ときに実現じつげんする。

テサロニケ第二2:3 だれがどんな事ことをしても、それにだまされてはならない。まず背教はいきょうのことが起おこり、不法ふほうの者もの、すなわち、滅ほろびの子こが現あらわれるにちがいない。

テサロニケ第二2:6 そして、あなたがたが知しっているとおり、彼かれが自分じぶんに定さだめられた時ときになってから現あらわれるように、いま彼かれを阻止そししているものがある。

テサロニケ第二2:8 その時ときになると、不法ふほうの者ものが現あらわれる。この者ものを、主しゅイエスは口くちの息いきをもって殺ころし、来臨らいりんの輝かがやきによって滅ほろぼすであろう。

テモテへの第一の手紙(2か所)

テモテ第一3:16 確たしかに偉大いだいなのは、この信心しんじんの奥義おうぎである、「キリストは肉にくにおいて現あらわれ、霊れいにおいて義ぎとせられ、御ご使したちに見みられ、諸しょ国民こくみんの間あいだに伝つたえられ、世界せかいの中なかで信しんじられ、栄光えいこうのうちに天てんに上あげられた」。

テモテ第一4:15 すべての事ことにあなたの進歩しんぽがあらわれるため、これらの事ことを実行じっこうし、それを励はげみなさい。

テトスへの手紙(2か所)

テトス2:11 すべての人ひとを救すくう神かみの恵めぐみが現あらわれた。

テトス3:4 ところが、わたしたちの救主すくいぬしなる神かみの慈悲じひと博愛はくあいとが現あらわれたとき、

ヘブル人への手紙(5か所)

ヘブル7:19 (律法りっぽうは、何事なにごとをも全まっとうし得えなかったからである)、他方たほうでは、さらにすぐれた望のぞみが現あらわれてきて、わたしたちを神かみに近ちかづかせるのである。

ヘブル9:11 しかしキリストがすでに現あらわれた祝福しゅくふくの大だい祭司さいしとしてこられたとき、手てで造つくられず、この世界せかいに属ぞくさない、さらに大おおきく、完全かんぜんな幕屋まくやをとおり、

ヘブル9:26 もしそうだとすれば、世よの初はじめから、たびたび苦難くなんを受うけねばならなかったであろう。しかし事実じじつ、ご自身じしんをいけにえとしてささげて罪つみを取とり除のぞくために、世よの終おわりに、一いち度どだけ現あらわれたのである。

ヘブル9:28 キリストもまた、多おおくの人ひとの罪つみを負おうために、一いち度どだけご自身じしんをささげられた後あと、彼かれを待まち望のぞんでいる人々ひとびとに、罪つみを負おうためではなしに二に度ど目めに現あらわれて、救すくいを与あたえられるのである。

ヘブル11:3 信仰しんこうによって、わたしたちは、この世界せかいが神かみの言葉ことばで造つくられたのであり、したがって、見みえるものは現あらわれているものから出でてきたのでないことを、悟さとるのである。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ4:14 あなたがたは、あすのこともわからぬ身みなのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あいだあらわれて、たちまち消きえ行いく霧きりにすぎない。

ペテロの第一の手紙(6か所)

ペテロ第一1:7 こうして、あなたがたの信仰しんこうはためされて、火ひで精錬せいれんされても朽くちる外そとはない金かねよりもはるかに尊とうといことが明あきらかにされ、イエス・キリストの現あらわれるとき、さんびと栄光えいこうとほまれとに変かわるであろう。

ペテロ第一1:13 それだから、心こころの腰こしに帯おびを締しめ、身みを慎つつしみ、イエス・キリストの現あらわれる時ときに与あたえられる恵めぐみを、いささかも疑うたがわずに待まち望のぞんでいなさい。

ペテロ第一1:20 キリストは、天地てんちが造つくられる前まえから、あらかじめ知しられていたのであるが、この終おわりの時ときに至いたって、あなたがたのために現あらわれたのである。

ペテロ第一4:13 むしろ、キリストの苦くるしみにあずかればあずかるほど、喜よろこぶがよい。それは、キリストの栄光えいこうが現あらわれる際さいに、よろこびにあふれるためである。

ペテロ第一5:1 そこで、あなたがたのうちの長老ちょうろうたちに勧すすめる。わたしも、長老ちょうろうのひとりで、キリストの苦難くなんについての証人しょうにんであり、また、やがて現あらわれようとする栄光えいこうにあずかる者ものである。

ペテロ第一5:4 そうすれば、大だい牧者ぼくしゃが現あらわれる時ときには、しぼむことのない栄光えいこうの冠かんむりを受うけるであろう。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二2:1 しかし、民みんの間あいだに、にせ預言よげん者しゃが起おこったことがあるが、それと同おなじく、あなたがたの間あいだにも、にせ教師きょうしが現あらわれるであろう。彼かれらは、滅ほろびに至いたらせる異端いたんをひそかに持もち込こみ、自分じぶんたちをあがなって下くださった主しゅを否定ひていして、すみやかな滅亡めつぼうを自分じぶんの身みに招まねいている。

ヨハネの第一の手紙(6か所)

ヨハネ第一1:2 このいのちが現あらわれたので、この永遠えいえんのいのちをわたしたちは見みて、そのあかしをし、かつ、あなたがたに告つげ知しらせるのである。この永遠えいえんのいのちは、父ちちと共ともにいましたが、今いまやわたしたちに現あらわれたものである――

ヨハネ第一2:18 子供こどもたちよ。今いまは終おわりの時ときである。あなたがたがかねて反はんキリストが来くると聞きいていたように、今いまや多おおくの反はんキリストが現あらわれてきた。それによって今いまが終おわりの時ときであることを知しる。

ヨハネ第一2:28 そこで、子こたちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、彼かれが現あらわれる時ときに、確信かくしんを持もち、その来臨らいりんに際さいして、みまえに恥はじいることがないためである。

ヨハネ第一3:2 愛あいする者ものたちよ。わたしたちは今いまや神かみの子こである。しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明あきらかではない。彼かれが現あらわれる時とき、わたしたちは、自分じぶんたちが彼かれに似にるものとなることを知しっている。そのまことの御お姿すがたを見みるからである。

ヨハネ第一3:5 あなたがたが知しっているとおり、彼かれは罪つみをとり除のぞくために現あらわれたのであって、彼かれにはなんらの罪つみがない。

ヨハネ第一3:8 罪つみを犯おかす者ものは、悪魔あくまから出でた者ものである。悪魔あくまは初はじめから罪つみを犯おかしているからである。神かみの子こが現あらわれたのは、悪魔あくまのわざを滅ほろぼしてしまうためである。

ユダの手紙(1か所)

ユダ1:18 彼かれらはあなたがたにこう言いった、「終おわりの時ときに、あざける者ものたちがあらわれて、自分じぶんの不ふ信心しんじんな欲よくのままに生活せいかつするであろう」。

ヨハネの黙示録(7か所)

黙示録4:3 その座ざにいますかたは、碧玉へきぎょくや赤あかめのうのように見みえ、また、御座ぎょざのまわりには、緑玉りょくぎょくのように見みえるにじが現あらわれていた。

黙示録8:7 第だい一いちの御ご使しが、ラッパを吹ふき鳴ならした。すると、血ちのまじった雹ひょうと火ひとがあらわれて、地上ちじょうに降ふってきた。そして、地ちの三さん分ぶんの一いちが焼やけ、木きの三さん分ぶんの一いちが焼やけ、また、すべての青草あおくさも焼やけてしまった。

黙示録12:1 また、大おおいなるしるしが天てんに現あらわれた。ひとりの女おんなが太陽たいようを着きて、足あしの下したに月つきを踏ふみ、その頭あたまに十じゅう二にの星ほしの冠かんむりをかぶっていた。

黙示録12:3 また、もう一ひとつのしるしが天てんに現あらわれた。見みよ、大おおきな、赤あかい龍りゅうがいた。それに七ななつの頭あたまと十じゅうの角かどとがあり、その頭あたまに七ななつの冠かんむりをかぶっていた。

黙示録12:10 その時ときわたしは、大おおきな声こえが天てんでこう言いうのを聞きいた、「今いまや、われらの神かみの救すくいと力ちからと国くにと、神かみのキリストの権威けんいとは、現あらわれた。われらの兄弟きょうだいらを訴うったえる者もの、夜よる昼ひるわれらの神かみのみまえで彼かれらを訴うったえる者ものは、投なげ落おとされた。

黙示録15:4 主しゅよ、あなたをおそれず、御名ぎょめいをほめたたえない者ものが、ありましょうか。あなただけが聖せいなるかたであり、あらゆる国民こくみんはきて、あなたを伏ふし拝おがむでしょう。あなたの正ただしいさばきが、あらわれるに至いたったからであります」。

黙示録16:18 すると、いなずまと、もろもろの声こえと、雷鳴らいめいとが起おこり、また激はげしい地震じしんがあった。それは人間にんげんが地上ちじょうにあらわれて以来いらい、かつてなかったようなもので、それほどに激はげしい地震じしんであった。

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