ヘブル人への手紙 9章26節(ヘブル9:26)

26 もしそうだとすれば、世よの初はじめから、たびたび苦難くなんを受うけねばならなかったであろう。しかし事実じじつ、ご自身じしんをいけにえとしてささげて罪つみを取とり除のぞくために、世よの終おわりに、一いち度どだけ現あらわれたのである。

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この節を含む箇所キリストの血によるあがないヘブル9:11-28

前後の聖句(9章24–28節)

24 ところが、キリストは、ほんとうのものの模型もけいにすぎない、手てで造つくった聖しょう所しょにはいらないで、上うえなる天てんにはいり、今いまやわたしたちのために神かみのみまえに出でて下くださったのである。

25 大だい祭司さいしは、年ねんごとに、自分じぶん以外いがいのものの血ちをたずさえて聖せい所しょにはいるが、キリストは、そのように、たびたびご自身じしんをささげられるのではなかった。

26 もしそうだとすれば、世よの初はじめから、たびたび苦難くなんを受うけねばならなかったであろう。しかし事実じじつ、ご自身じしんをいけにえとしてささげて罪つみを取とり除のぞくために、世よの終おわりに、一いち度どだけ現あらわれたのである。

27 そして、一いち度どだけ死しぬことと、死しんだ後あとさばきを受うけることとが、人間にんげんに定さだまっているように、

28 キリストもまた、多おおくの人ひとの罪つみを負おうために、一いち度どだけご自身じしんをささげられた後あと、彼かれを待まち望のぞんでいる人々ひとびとに、罪つみを負おうためではなしに二に度ど目めに現あらわれて、救すくいを与あたえられるのである。

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