「自由」(じゆう)が出てくる聖書の箇所

「自由」(じゆう)は日常訳第1版の107か所(旧約52・新約55)に出てきます。口語訳では56か所。

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創世記(1か所)

創世記2:16 主しゅなる神かみは人ひとにこう命めいじた。「園そののどの木きからでも、自由じゆうに取とって食たべていい。

出エジプト記(5か所)

出エジプト21:2 ヘブライ人じんの奴隷どれいを買かった場合ばあい、その人ひとは六ろく年間ねんかん働はたらき、七なな年ねん目めには自由じゆうの身みとなって、代金だいきんを払はらわずに出でていける。

出エジプト21:5 しかし、もしその奴隷どれいが「わたしは主人しゅじんと妻つまと子こどもたちを愛あいしています。自由じゆうになって出でていきたくありません」とはっきり言ゆうなら、

出エジプト21:11 もし、この三みっつを彼女かのじょにしないなら、彼女かのじょは代金だいきんを払はらわずに自由じゆうに出でていける。

出エジプト21:26 人ひとが自分じぶんの男おとこの奴隷どれいや女おんなの奴隷どれいの目めを打うち、それをだめにしてしまった場合ばあい、その目めの代かわりに、奴隷どれいを自由じゆうにして去さらせなければならない。

出エジプト21:27 また、男おとこの奴隷どれいや女おんなの奴隷どれいの歯はを打うち折おった場合ばあいも、その歯はの代かわりに、奴隷どれいを自由じゆうにして去さらせなければならない。

レビ記(3か所)

レビ記19:20 ある男おとこが女おんなと寝ねて交まじわったとする。その女おんながほかの男おとこのものになると決きまった女じょ奴隷どれいで、まだ買かい戻もどされておらず、自由じゆうの身みにもなっていない場合ばあい、二人ふたりは罰ばつを受うける。だが、女おんながまだ自由じゆうの身みではなかったのだから、死刑しけいにしてはならない。

レビ記21:18 体からだに欠陥けっかんのある者ものは、だれも近ちかづいてはならない。目めの見みえない者もの、足あしの不ふ自由じゆうな者もの、顔かおの傷きずついた者もの、手足てあしの釣つり合あわない者もの、

レビ記25:54 もし、これらの方法ほうほうで買かい戻もどされなくても、彼かれはヨベルの年としに自由じゆうの身みとなる。彼かれも、その子こどもたちも一緒いっしょに。

申命記(7か所)

申命記15:12 同胞どうほうのヘブライ人じんの男おとこか女おんながあなたに売うられ、六ろく年間ねんかんあなたに仕つかえたら、七なな年ねん目めには自由じゆうの身みにして去さらせなさい。

申命記15:13 その人ひとを自由じゆうの身みにして去さらせるとき、手てぶらで行いかせてはいけない。

申命記15:18 その人ひとを自由じゆうの身みにして去さらせるとき、それをつらいと思おもってはいけない。その人ひとは六ろく年間ねんかん、雇やとい人にんの二に倍ばいも働はたらいて、あなたに仕つかえてくれたのだ。そうすれば、あなたの神かみである主しゅは、あなたがすることすべてを祝福しゅくふくしてくださる。

申命記21:14 もし彼女かのじょを気きに入はいらなくなったら、自由じゆうにして、行いきたいところへ行いかせる。決けっしてお金かねで売うってはならない。奴隷どれいのように扱あつかってもならない。あなたが彼女かのじょをはずかしめたのだから。

申命記24:5 男おとこの人ひとが新あたらしく妻つまをめとったら、その人ひとは戦争せんそうに行いかなくてよい。どんな務つとめも課かしてはならない。一いち年ねんの間あいだは家いえで自由じゆうに過すごし、めとった妻つまを幸しあわせにしてあげなさい。

申命記31:2 モーセは彼かれらに言いった。「わたしは今日きょうで百ひゃく二十にじゅう歳さいになる。もう自由じゆうに動うごき回まわることはできない。それに主しゅはわたしに、『あなたはこのヨルダン川かわを渡わたってはならない』と言いわれた。

申命記32:36 主しゅは自分じぶんの民たみをさばき、そのしもべたちを憐あわれむ。彼かれらの力ちからが尽つき果はて、束縛そくばくされた者ものも自由じゆうな者ものも、もう誰だれも残のこっていないのを見みるからだ。

サムエル記上(2か所)

サムエル第一14:30 もし民たみが、見みつけた敵てきの分ぶん捕とり物ものを今日きょうきょう自由じゆうに食たべていたら、どれほどよかっただろう。そうすれば、ペリシテ人びとをもっと多おおく打うち倒たおせたはずなのに。」

サムエル第一17:25 イスラエルの兵へいたちはこう言いっていた。「あそこに出でてきた男おとこを見みたか。イスラエルに挑いどもうとして出でてくるんだ。あの男おとこを倒たおした者ものには、王おうが大おおきな富とみを与あたえ、自分じぶんの娘むすめを嫁とつがせ、その父ちちの家いえをイスラエルで自由じゆうの身みにしてくれるそうだ。」

サムエル記下(6か所)

サムエル第二4:4 サウルの子こヨナタンには、足あしの不ふ自由じゆうな息子むすこがいた。サウルとヨナタンの知しらせがイズレエルから届とどいたとき、この子こは五ご歳さいだった。乳母うばは彼かれを抱かかえ上あげて逃にげたが、あわてて逃にげる途中とちゅうで子こどもを落おとしてしまい、それで足あしが不ふ自由じゆうになった。名なをメフィボシェテといった。

サムエル第二5:6 王おうとその部下ぶかたちは、エルサレムに住すむエブス人ひとを攻せめに向むかった。すると彼かれらはダビデに言いった。「おまえはここには入いれない。目めの見みえない者ものや足あしの不ふ自由じゆうな者ものでも、おまえを追おい返かえせるさ。」ダビデはここに入いれない、と思おもっていたのだ。

サムエル第二5:8 その日ひダビデは言いった。「エブス人にんを討うとうとする者ものは、みな水路すいろをよじ登のぼって、ダビデが憎にくむあの足あしの不ふ自由じゆうな者ものや目めの見みえない者ものを討うて。」だから人々ひとびとは、「目めの見みえない者ものや足あしの不ふ自由じゆうな者ものは、この家いえに入はいってはならない」と言いうのだ。

サムエル第二9:3 王おうは言いった。「サウルの家いえに、まだ誰だれか残のこっていないか。その人ひとに神かみの慈いつくしみを示ししめしたいのだ。」ツィバは王おうに答こたえた。「ヨナタンの息子むすこがまだ一人ひとりいます。両足りょうあしの不ふ自由じゆうな人ひとです。」

サムエル第二9:13 こうしてメフィボシェトはエルサレムに住すみ、いつも王おうの食卓しょくたくで食事しょくじをするようになった。彼かれは両足りょうあしが不ふ自由じゆうだった。

サムエル第二19:26 彼かれは答こたえた。「王おうであるわたしの主しゅよ、わたしの召使めしつかいがわたしをだましたのです。このしもべは足あしが不ふ自由じゆうなので、『ろばに鞍くらをつけ、それに乗のって王おうといっしょに行いこう』と思おもっていました。ところが召使めしつかいは用意よういしてくれなかったのです。

列王紀上(2か所)

列王紀上14:10 だから、わたしはヤロブアムの家いえに災わざわいをもたらす。イスラエルにいるヤロブアムの男おとこは、奴隷どれいも自由じゆうな者ものも、ひとり残のこらず断たち切きる。人ひとが糞ふんを焼やきつくすように、わたしはヤロブアムの家いえを焼やきつくし、跡形あとかたもなくする。

列王紀上21:21 主しゅはこう言いわれる。『わたしはお前まえに災わざわいをもたらす。お前まえを根ねこそぎにし、アハブの家いえの男おとこを、イスラエルから一人ひとり残のこらず断たち切きる。奴隷どれいも自由じゆうな者ものも、みな断たち切きる。

列王紀下(3か所)

列王紀下4:13 エリシャはゲハジに言いった。「あの人ひとにこう伝つたえてくれ。『あなたは、わたしたちのためにこれほど心こころを配くばってくれた。何なんかお礼れいをしたい。あなたのことを王おうや軍ぐんの司令しれい官かんに話はなしてあげようか。』」すると彼女かのじょは答こたえた。「いいえ、わたしは自分じぶんの民たみの中なかで不ふ自由じゆうなく暮くらしています。」

列王紀下9:8 アハブの一族いちぞくはすべて滅ほろびる。わたしはアハブに連つらなる男おとこを、奴隷どれいであろうと自由じゆうな者ものであろうと、イスラエルから一人ひとり残のこらず断たち切きる。

列王紀下14:26 主しゅは、イスラエルの苦くるしみがとてもひどいのをご覧らんになったからだ。奴隷どれいも自由じゆうな者ものも残のこらず、イスラエルを助たすける者ものはだれもいなかった。

ヨブ記(4か所)

ヨブ記3:19 小ちいさい者ものも大おおきい者ものも、みんなそこにいる。奴隷どれいも、主人しゅじんから解とき放はなたれて自由じゆうになる。

ヨブ記12:5 何なん不ふ自由じゆうなく暮くらす人ひとは、心こころの中なかで不幸ふこうな人ひとを見下みくだしている。足あしをすべらせかけている人ひとを、待まちかまえているのだ。

ヨブ記29:15 わたしは目めの見みえない人ひとの目めとなり、足あしの不ふ自由じゆうな人ひとの足あしとなった。

ヨブ記39:5 だれが野のろばを放はなって自由じゆうにしたのか。だれが野のろばの綱つなを解といたのか。

詩篇(2か所)

詩篇105:20 王おうが命令めいれいを出だして、彼かれを自由じゆうにした。多おおくの民たみを治おさめる者ものが、彼かれを牢ろうから出だしたのだ。

詩篇119:45 わたしは自由じゆうに歩あゆむことができる。あなたの教おしえを追おい求もとめてきたからだ。

箴言(1か所)

箴言26:7 足あしの不ふ自由じゆうな人ひとの両足りょうあしがだらりと垂たれて役やくに立たたたないように、愚おろか者ものの口くちから出でることわざも役やくに立たたたない。

イザヤ書(5か所)

イザヤ書32:20 でも、あなたたちは幸いさいわいだ。すべての水辺みずべに種たねをまき、牛うしやろばを自由じゆうに放ほうって歩あるかせる人ひとたちよ。

イザヤ書33:23 敵てきの船ふねの綱つなはゆるみ、帆柱ほばしらを支ささえることも、帆ほを張はることもできない。そのとき、山やまのような分捕ぶんどり物ぶつが分わけられ、足あしの不ふ自由じゆうな者ものまでもが略奪りゃくだつの品しなを運はこび去さる。

イザヤ書35:6 そのとき、足あしの不ふ自由じゆうな人ひとは鹿しかのようにとびはね、口くちのきけない人ひとは喜よろこびの声こえをあげる。荒あれ野のに水みずがわき出だし、砂漠さばくに川かわが流ながれるからだ。

イザヤ書58:6 わたしが選えらぶ断食だんじきとは、こういうものではないか。不正ふせいの鎖くさりをほどき、くびきの縄なわを解とき、しいたげられた人ひとを自由じゆうにし、すべてのくびきを打ち砕くうちくだくことだ。

イザヤ書61:1 主しゅなる神かみの霊れいが、わたしの上うえにある。主しゅがわたしに油あぶらを注そそぎ、苦くるしむ人ひとたちに良よい知しらせを伝つたえるため、わたしを送おくり出だしたからだ。心こころの傷きずついた人ひとを手当ててあてし、捕とらわれた人ひとには自由じゆうを、閉とじ込こめられた人ひとには解放かいほうを告つげるために。

エレミヤ書(11か所)

エレミヤ書2:31 今いまの時代じだいの者ものたちよ、主しゅの言葉ことばに耳みみを傾かたむけよ。わたしはイスラエルにとって、荒あれ野のだったのか。それとも暗闇くらやみの地ちだったのか。それなのに、なぜわたしの民たみは「おれたちは自由じゆうだ。もうあなたのところへは行いかない」と言いうのか。

エレミヤ書31:8 見みよ、わたしは彼かれらを北きたの国くにから連つれ帰かえる。地ちの果はてから彼かれらを集あつめる。その中なかには目めの見みえない人ひとも、足あしの不ふ自由じゆうな人ひとも、身みごもった女おんなも、産うもうとしている女おんなもいる。大おおきな群むれとなって、彼かれらはここへ帰かえって来くる。

エレミヤ書34:9 その契約けいやくとは、それぞれが自分じぶんの男おとこ奴隷どれいや女じょ奴隷どれいであるヘブライ人じんの男女だんじょを自由じゆうにし、同胞どうほうであるユダヤ人じんを二に度どと奴隷どれいとして使つかわない、というものだった。

エレミヤ書34:10 この契約けいやくに加くわわったすべての役人やくにんとすべての民たみは、それぞれ自分じぶんの男おとこ奴隷どれいや女じょ奴隷どれいを自由じゆうにし、二に度どと奴隷どれいとして使つかわないという約束やくそくに従したがった。彼かれらは従したがって、奴隷どれいたちを解放かいほうした。

エレミヤ書34:11 ところがそのあと、彼かれらは考かんがえを変かえた。自由じゆうにしたはずの男おとこ奴隷どれいや女じょ奴隷どれいを連つれ戻もどし、再ふたたび奴隷どれいとして働はたらかせたのだ。

エレミヤ書34:14 『七なな年ねんごとに、あなたたちに売うられた同胞どうほうのヘブライ人じんを、それぞれ自由じゆうにしなさい。その人ひとが六ろく年間ねんかんあなたに仕つかえたら、自由じゆうの身みにして去さらせなさい』と。ところが、あなたたちの先祖せんぞはわたしの言いうことを聞きかず、耳みみを傾かたむけようともしなかった。

エレミヤ書34:15 ところが最近さいきんになって、あなたたちは考かんがえを改あらため、わたしの目めに正ただしいことを行おこなった。それぞれが隣人りんじんに自由じゆうを宣言せんげんし、わたしの名なで呼よばれるこの神殿しんでんで、わたしの前まえで契約けいやくを結むすんだ。

エレミヤ書34:16 しかしそのあと、あなたたちはまた考かんがえを変かえ、わたしの名なを汚よごした。自由じゆうの身みにしてやったはずの男おとこ奴隷どれいや女じょ奴隷どれいを、それぞれ連つれ戻もどし、再ふたたび自分じぶんたちの奴隷どれいとして服従ふくじゅうさせたのだ。

エレミヤ書34:17 だから、主しゅはこう言いわれる。あなたたちは、それぞれ同胞どうほうに、隣人りんじんに自由じゆうを宣言せんげんせよというわたしの言葉ことばを聞きかなかった。それなら見みよ、わたしはあなたたちに『自由じゆう』を宣言せんげんする——主しゅの言葉ことば——剣けんと疫病やくびょうと飢饉ききんに向むかう自由じゆうをだ。わたしはあなたたちを、地上ちじょうのすべての国々くにぐににとって、身みの毛けのよだつものとする。

エレミヤ書37:4 そのころエレミヤは、まだ人々ひとびとの間あいだを自由じゆうに出入でいりしていた。まだ牢ろうに入いれられていなかったからである。

エレミヤ書40:4 さあ、今日きょうわたしは、あなたの手ての鎖くさりを解といて自由じゆうにする。もしわたしと一緒いっしょにバビロンへ来くるのがよければ、来きなさい。わたしがあなたの面倒めんどうを見みよう。だが、わたしと一緒いっしょにバビロンへ来くるのが嫌いやなら、来こなくてよい。見みなさい、この地ちはすべてあなたの前まえに開ひらかれている。あなたがよいと思おもい、正ただしいと思おもう所ところへ、どこへでも行いきなさい。」

マタイによる福音書(4か所)

マタイ11:5 目めの見みえない人ひとが見みえるようになり、足あしの不ふ自由じゆうな人ひとが歩あるき、重おもい皮膚ひふ病びょうの人ひとがきよめられ、耳みみの聞きこえない人ひとが聞きこえるようになる。死しんだ人ひとが生いき返かえり、貧まずしい人ひとには良よい知しらせが伝つたえられている。

マタイ12:10 そこに、片手かたての不ふ自由じゆうな人ひとがいた。人々ひとびとはイエスを訴うったえる口実こうじつを探さがしていて、「安息あんそく日ひに病気びょうきを治なおすのは、律法りっぽうで許ゆるされているのか」と尋たずねた。

マタイ15:30 大勢おおぜいの群衆ぐんしゅうが、足あしの不ふ自由じゆうな人ひと、体からだの不ふ自由じゆうな人ひと、目めの見みえない人ひと、口くちのきけない人ひと、そのほか多おおくの人ひとを連つれて、イエスのところにやって来きた。そして、その人ひとたちをイエスの足あしもとに寝ねかせた。すると、イエスは彼かれらを治なおした。

マタイ15:31 群衆ぐんしゅうは、口くちのきけない人ひとが話はなし、体からだの不ふ自由じゆうな人ひとが治なおり、足あしの不ふ自由じゆうな人ひとが歩あるき、目めの見みえない人ひとが見みえるようになったのを見みて驚おどろいた。そしてイスラエルの神かみをたたえた。

ルカによる福音書(5か所)

ルカ1:64 その瞬間しゅんかん、彼かれの口くちが開ひらき、舌したも自由じゆうになって、話はなし始はじめ、神かみをほめたたえた。

ルカ4:18 「主しゅの霊れいがわたしの上うえにある。貧まずしい人ひとたちに良よい知しらせを伝つたえるため、主しゅはわたしに油あぶらを注そそいだ。そしてわたしを送おくり出だした。捕とらえられた人ひとたちには自由じゆうを、目めの見みえない人ひとたちには見みえるようになることを告つげ、しいたげられた人ひとたちを解放かいほうするために。

ルカ7:22 そしてイエスは二人ふたりにこう答こたえた。「行いって、自分じぶんたちが見みたこと、聞きいたことをヨハネに伝つたえなさい。目めの見みえない人ひとが見みえるようになり、足あしの不ふ自由じゆうな人ひとが歩あるき、重おもい皮膚ひふ病びょうの人ひとがきよめられ、耳みみの聞きこえない人ひとが聞きこえるようになっている。死しんだ人ひとが生いき返かえり、貧まずしい人ひとには良よい知しらせが伝つたえられている。

ルカ14:13 宴会えんかいを開ひらくときは、むしろ貧まずしい人ひとや、体からだの不ふ自由じゆうな人ひと、足あしの悪わるい人ひと、目めの見みえない人ひとを招まねきなさい。

ルカ14:21 召使めしつかいは戻もどって、このことを主人しゅじんに報告ほうこくした。すると主人しゅじんは怒おこって、召使めしつかいにこう言いった。『すぐに町まちの広ひろい通とおりや路地ろじに出でて行いって、貧まずしい人ひと、体からだの不ふ自由じゆうな人ひと、目めの見みえない人ひと、足あしの不ふ自由じゆうな人ひとを、ここに連つれて来きなさい。』

ヨハネによる福音書(5か所)

ヨハネ5:3 その廊ろうの中なかには、大勢おおぜいの病人びょうにんが横よこたわっていた。目めの見みえない人ひと、足あしの不ふ自由じゆうな人ひと、体からだの動うごかない人ひとたちだった。

ヨハネ8:32 そして、あなたたちは真理しんりを知しる。その真理しんりが、あなたたちを自由じゆうにする。」

ヨハネ8:33 わたしたちはアブラハムの子孫しそんだ。今いままで誰だれかの奴隷どれいになったことなんて一いち度どもない。それなのに、どうして『あなたたちは自由じゆうになる』なんて言いうのか。

ヨハネ8:36 だから、もし子こがあなたたちを自由じゆうにするなら、あなたたちは本当ほんとうに自由じゆうになる。

ヨハネ10:9 わたしは門もんである。わたしを通とおって入はいる者ものは救すくわれる。そして自由じゆうに出入でいりして、牧草ぼくそうにありつくことができる。

使徒行伝(7か所)

使徒3:2 そこには、生うまれつき足あしの不ふ自由じゆうな男おとこの人ひとがいました。彼かれは毎日まいにち運はこばれてきて、「美うつくしの門もん」と呼よばれる神殿しんでんの門もんのそばに置おかれていました。神殿しんでんに入はいる人ひとたちにお金かねを恵めぐんでもらうためです。

使徒4:9 わたしたちが今日きょうここで取とり調しらべを受うけているのは、体からだの不ふ自由じゆうな人ひとにした良よい行おこないのこと、つまりこの人ひとがどうやって治なおったのか、ということですね。

使徒5:4 売うる前まえは、それはあなたのものだったではないか。売うった後あとも、その代金だいきんはあなたの自由じゆうになったはずだ。それなのに、どうしてこんなことを考かんがえたのか。あなたは人ひとを欺あざむいたのではなく、神かみを欺あざむいたのだ。」

使徒8:7 汚よごれた霊れいに取とりつかれていた多おおくの人ひとからは、その霊れいが大声おおごえで叫さけびながら出でて行いった。また、体からだのまひした人ひとや足あしの不ふ自由じゆうな人ひとも、大勢おおぜいいやされた。

使徒9:28 こうしてサウロは彼かれらと行動こうどうを共ともにし、エルサレムの中なかを自由じゆうに出入でいりしながら、主しゅの名なによって堂々どうどうと語かたった。

使徒14:8 リストラに、足あしの不ふ自由じゆうな一人ひとりの男おとこがすわっていた。生うまれつき足あしがきかず、一いち度ども歩あるいたことのない人ひとだった。

使徒24:23 それから百ひゃく人にん隊長たいちょうに命めいじて、パウロを見張みはらせた。ただし、ある程度ていどの自由じゆうは与あたえ、身みの回まわりの世話せわをする仲間なかまたちを妨さまたげないようにと指示しじした。

ローマ人への手紙(3か所)

ローマ6:20 あなたがたが罪つみの奴隷どれいだったときは、義ぎに対たいしては自由じゆうだった。

ローマ8:21 被ひ造物ぞうぶつ自身じしんも、いつか朽くちていく滅ほろびの束縛そくばくから解放かいほうされ、神かみの子こどもたちが手てにする栄光えいこうに満みちた自由じゆうへと導みちびき入いれられる。

ローマ8:23 それだけではない。聖霊せいれいという最初さいしょの贈おくり物ものを受うけているわたしたち自身じしんも、心こころの中なかでうめきながら、神かみの子ことされること、つまりこの体からだが買かい戻もどされて自由じゆうになることを待まち望のぞんでいる。

コリント人への第一の手紙(8か所)

コリント第一6:12 「わたしには、何なんをする自由じゆうもある。」でも、すべてが益えきになるわけではない。「わたしには、何なんをする自由じゆうもある。」でも、わたしは何なんかに支配しはいされたりはしない。

コリント第一7:21 奴隷どれいの身分みぶんで招まねかれたのなら、それを気きにしなくていい。もし自由じゆうになれるのなら、むしろその機会きかいを生いかしなさい。

コリント第一7:22 主しゅに招まねかれたとき奴隷どれいだった人ひとは、主しゅによって自由じゆうにされた人ひとだ。同おなじように、招まねかれたとき自由じゆうだった人ひとは、キリストの奴隷どれいだ。

コリント第一8:9 ただ、気きをつけてほしい。あなたのこの自由じゆうが、弱よわい人ひとたちをつまずかせるものにならないように。

コリント第一9:1 わたしは自由じゆうではないのか。使徒しとではないのか。わたしたちの主しゅイエスを、この目めで見みたのではないか。あなたたちは、主しゅにあってわたしが働はたらいた成果せいかではないか。

コリント第一9:19 わたしはだれにも縛しばられない自由じゆうな立場たちばにある。それでも、より多おおくの人ひとを得えるために、自分じぶんからすべての人ひとの奴隷どれいになった。

コリント第一10:29 良心りょうしんといっても、あなた自身じしんの良心りょうしんのことではなく、その相手あいての良心りょうしんのことだ。どうしてわたしの自由じゆうが、ほかの人ひとの良心りょうしんによって裁さばかれなければならないのか。

コリント第一12:13 わたしたちはみな、一ひとつの霊れいによってバプテスマを受うけ、一ひとつの体からだとなった。ユダヤ人じんもギリシア人じんも、奴隷どれいも自由じゆうな人ひとも、みな一ひとつの霊れいを飲のませてもらったのだ。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二3:17 ここでいう主しゅとは、霊れいのことだ。そして、主しゅの霊れいがいるところには、自由じゆうがある。

ガラテヤ人への手紙(10か所)

ガラテヤ2:4 この問題もんだいが起おきたのは、こっそりまぎれ込こんできたにせの仲間なかまたちのせいだった。彼かれらは、わたしたちがキリスト・イエスにあって持もっている自由じゆうを、こっそり探さぐりに入はいり込こんできた。わたしたちをまた奴隷どれいのようにしばりつけるためだ。

ガラテヤ3:28 ユダヤ人じんもギリシア人じんもない。奴隷どれいも自由じゆうな人ひともない。男おとこも女おんなもない。あなたたちはみな、キリスト・イエスにあって一ひとつだからだ。

ガラテヤ4:5 それは、律法りっぽうのもとにいる人々ひとびとを買かい取とって自由じゆうにし、わたしたちを神かみの子ことして迎むかえるためだった。

ガラテヤ4:22 こう書かいてある。アブラハムには二人ふたりの息子むすこがいた。一人ひとりは奴隷どれいの女おんなから、もう一人ひとりは自由じゆうな女おんなから生うまれた。

ガラテヤ4:23 奴隷どれいの女おんなから生うまれた子こは、ふつうの人ひととしての生うまれ方かたで生うまれた。でも、自由じゆうな女おんなから生うまれた子こは、神かみの約束やくそくによって生うまれたのだ。

ガラテヤ4:26 でも、天てんにあるエルサレムは自由じゆうだ。これがわたしたちの母ははである。

ガラテヤ4:30 しかし、聖書せいしょは何なんと言いっているだろうか。「奴隷どれいの女おんなとその息子むすこを追おい出だしなさい。奴隷どれいの女おんなの息子むすこは、自由じゆうな女おんなの息子むすこといっしょに財産ざいさんを受うけ継つぐことは決けっしてないのだから。」

ガラテヤ4:31 だから兄弟きょうだい姉妹しまいよ。わたしたちは奴隷どれいの女おんなの子こどもではなく、自由じゆうな女おんなの子こどもなのだ。

ガラテヤ5:1 この自由じゆうを得えさせるために、キリストはわたしたちを自由じゆうにしてくれた。だから、しっかり立たっていよう。もう二に度どと、奴隷どれいのくびきをつけられてはいけない。

ガラテヤ5:13 兄弟きょうだい姉妹しまいよ。あなたたちは自由じゆうになるために招まねかれた。でも、その自由じゆうを、自分じぶん勝手かってな欲望よくぼうを満みたすための口実こうじつにしてはいけない。むしろ、愛あいによって互たがいに仕つかえ合あいなさい。

エペソ人への手紙(3か所)

エペソ1:14 この霊れいは、わたしたちが受うけ継つぐものの保証ほしょうだ。神かみのものとされた人々ひとびとが完全かんぜんに自由じゆうにされ、神かみの栄光えいこうがたたえられる、その日ひまでの手付てつけ金きんなのだ。

エペソ4:30 神かみの聖せいなる霊れいを悲かなしませてはいけない。あなたがたは、この霊れいによって、贖あがない(買かい戻もどされ自由じゆうにされること)の日ひのために証印しょういんを押おされているのだから。

エペソ6:8 良よいことをすれば、奴隷どれいであっても自由じゆうな身みであっても、それぞれが主しゅからその報むくいを受うけることを、あなたたちは知しっているのだから。

コロサイ人への手紙(2か所)

コロサイ1:14 この御子みこによって、わたしたちは自由じゆうにされ、罪つみを赦ゆるされている。

コロサイ3:11 そこにはもう、ギリシア人じんもユダヤ人じんもなく、割礼かつれいを受うけた者ものも受うけていない者ものもなく、未開みかいの人ひともスキタイ人にんも、奴隷どれいも自由じゆうな人ひともない。キリストがすべてであり、すべての人ひとのうちにおられる。

ヤコブの手紙(2か所)

ヤコブ1:25 でも、自由じゆうを与あたえる完全かんぜんな律法りっぽうをじっと見みつめ、それを守まもり続つづける人ひとは違ちがう。聞きいてすぐ忘わすれる人ひとではなく、実際じっさいに行おこなう人ひとだ。そういう人ひとは、その行おこないによって幸いさいわいになる。

ヤコブ2:12 だから、自由じゆうをもたらす律法りっぽうによって裁さばかれる者ものらしく、語かたり、行動こうどうしなさい。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:16 あなたたちは自由じゆうな者ものとして生いきなさい。ただし、その自由じゆうを悪あくの言い訳いいわけに使つかってはいけない。神かみに仕つかえる者ものとして生いきなさい。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二2:19 彼かれらはその人ひとたちに自由じゆうを約束やくそくする。ところが自分じぶん自身じしんは、滅ほろびの奴隷どれいなのだ。人ひとは、自分じぶんを打うち負まかすものの奴隷どれいになるからだ。

ヨハネの黙示録(3か所)

黙示録6:15 地上ちじょうの王おうたち、身分みぶんの高たかい者ものたち、軍ぐんを率ひきいる者ものたち、金持かねもちや権力けんりょく者しゃたち、そして奴隷どれいも自由じゆうな者ものも、みな洞穴ほらあなや山やまの岩いわかげに身みを隠かくした。

黙示録13:16 また、身分みぶんの低ひくい者ものも高たかい者ものも、富とむ者ものも貧まずしい者ものも、自由じゆうな人ひとも奴隷どれいも、すべての人ひとの右手みぎてか額がくに刻印こくいんを受うけさせた。

黙示録19:18 王おうたちの肉にく、指揮しき官かんたちの肉にく、勇士ゆうしたちの肉にく、馬うまと乗のり手てたちの肉にくを食たべるためだ。自由じゆうな者ものも奴隷どれいも、身分みぶんの低ひくい者ものも高たかい者ものも、すべての人ひとの肉にくを食たべるためだ。」

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