「呼ぶ」(よぶ)が出てくる聖書の箇所
「呼ぶ」(よぶ)は口語訳の372か所(旧約259・新約113)に出てきます。日常訳第1版では454か所。
372か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。
イザヤ書(31か所)
イザヤ書43:1 ヤコブよ、あなたを創造された主はこう言われる。イスラエルよ、あなたを造られた主はいまこう言われる、「恐れるな、わたしはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。
イザヤ書43:22 ところがヤコブよ、あなたはわたしを呼ばなかった。イスラエルよ、あなたはわたしをうとんじた。
イザヤ書44:5 ある人は「わたしは主のものである」と言い、ある人はヤコブの名をもって自分を呼び、またある人は「主のものである」と手にしるして、イスラエルの名をもって自分を呼ぶ』」。
イザヤ書45:3 あなたに、暗い所にある財宝と、ひそかな所に隠した宝物とを与えて、わたしは主、あなたの名を呼んだイスラエルの神であることをあなたに知らせよう。
イザヤ書45:4 わがしもべヤコブのために、わたしの選んだイスラエルのために、わたしはあなたの名を呼んだ。あなたがわたしを知らなくても、わたしはあなたに名を与えた。
イザヤ書48:13 わが手は地の基をすえ、わが右の手は天をのべた。わたしが呼ぶと、彼らはもろともに立つ。
イザヤ書50:2 わたしが来たとき、なぜひとりもいなかったか。わたしが呼んだとき、なぜひとりも答える者がなかったか。わたしの手が短くて、あがなうことができないのか。わたしは救う力を持たないのか。見よ、わたしが、しかると海はかれ、川は荒野となり、その中の魚は水がないために、かわき死んで悪臭を放つ。
イザヤ書58:9 また、あなたが呼ぶとき、主は答えられ、あなたが叫ぶとき、『わたしはここにおる』と言われる。もし、あなたの中からくびきを除き、指をさすこと、悪い事を語ることを除き、
イザヤ書58:12 あなたの子らは久しく荒れすたれたる所を興し、あなたは代々やぶれた基を立て、人はあなたを『破れを繕う者』と呼び、『市街を繕って住むべき所となす者』と呼ぶようになる。
イザヤ書58:13 もし安息日にあなたの足をとどめ、わが聖日にあなたの楽しみをなさず、安息日を喜びの日と呼び、主の聖日を尊ぶべき日ととなえ、これを尊んで、おのが道を行わず、おのが楽しみを求めず、むなしい言葉を語らないならば、
イザヤ書61:6 しかし、あなたがたは主の祭司ととなえられ、われわれの神の役者と呼ばれ、もろもろの国の富を食べ、彼らの宝を得て喜ぶ。
イザヤ書64:7 あなたの名を呼ぶ者はなく、みずから励んで、あなたによりすがる者はない。あなたはみ顔を隠して、われわれを顧みられず、われわれをおのれの不義の手に渡された。
イザヤ書65:1 わたしはわたしを求めなかった者に問われることを喜び、わたしを尋ねなかった者に見いだされることを喜んだ。わたしはわが名を呼ばなかった国民に言った、「わたしはここにいる、わたしはここにいる」と。
イザヤ書65:12 わたしは、あなたがたをつるぎに渡すことに定めた。あなたがたは皆かがんでほふられる。あなたがたはわたしが呼んだときに答えず、わたしが語ったときに聞かず、わたしの目に悪い事をおこない、わたしの好まなかった事を選んだからだ」。
イザヤ書65:15 あなたがたの残す名はわが選んだ者には、のろいの文句となり、主なる神はあなたがたを殺される。しかし、おのれのしもべたちを、ほかの名をもって呼ばれる。
イザヤ書65:24 彼らが呼ばないさきに、わたしは答え、彼らがなお語っているときに、わたしは聞く。
イザヤ書66:4 わたしもまた彼らのために悩みを選び、彼らの恐れるところのものを彼らに臨ませる。これは、わたしが呼んだときに答える者なく、わたしが語ったときに聞くことをせず、わたしの目に悪い事を行い、わたしの好まなかった事を選んだからである」。
エレミヤ書(22か所)
エレミヤ書1:15 主は言われる、「見よ、わたしは北の国々のすべての民を呼ぶ。彼らは来て、エルサレムの門の入口と、周囲のすべての城壁、およびユダのすべての町々に向かって、おのおのその座を設ける。
エレミヤ書3:4 今あなたは、わたしを呼んで言ったではないか、『わが父よ、あなたはわたしの若い時の友です。
エレミヤ書3:19 どのようにして、あなたをわたしの子どもたちのうちに置き、万国のうちで最も美しい嗣業である良い地をあなたに与えようかと、わたしは思っていた。わたしはまた、あなたがわたしを「わが父」と呼び、わたしに従って離れることはないと思っていた。
エレミヤ書6:30 主が彼らを捨てられたので、彼らは捨てられた銀と呼ばれる」。
エレミヤ書7:13 主は言われる、今あなたがたはこれらのすべてのことを行っている。またわたしはあなたがたに、しきりに語ったけれども、あなたがたは聞かず、あなたがたを呼んだけれども答えなかった。
エレミヤ書7:27 たといあなたが彼らにこのすべての言葉を語っても彼らは聞かない。また彼らを呼んでもあなたに答えない。
エレミヤ書7:32 主は言われる、それゆえに見よ、その所をトペテ、またはベンヒンノムの谷と呼ばないで、ほふりの谷と呼ぶ日が来る。それはほかに場所がないので、トペテに葬るからである。
エレミヤ書9:17 万軍の主はこう言われる、「よく考えて、泣き女を呼べ。また人をつかわして巧みな女を招け。
エレミヤ書11:11 それゆえ主はこう言われる、見よ、わたしは災を彼らの上に下す。彼らはそれを免れることはできない。彼らがわたしを呼んでも、わたしは聞かない。
エレミヤ書11:16 主はあなたを、かつては『良い実のなる美しい青々としたオリブの木』と呼ばれたが、激しい暴風のとどろきと共に、主はそれに火をかけ、その枝を焼き払われるのである。
エレミヤ書14:9 なぜ、あなたは、うろたえている人のようにし、また人を救いえない勇士のようになさらねばならないのですか。主よ、あなたはわれわれのうちにいらせられます。われわれは、み名によって呼ばれている者です。われわれを見捨てないでください」。
エレミヤ書14:12 彼らが断食しても、わたしは彼らの呼ぶのを聞かない。燔祭と素祭をささげても、わたしはそれを受けない。かえって、つるぎと、ききん、および疫病をもって、彼らを滅ぼしてしまう」。
エレミヤ書16:16 主は言われる、見よ、わたしは多くの漁夫を呼んできて、彼らをすなどらせ、また、そののち多くの猟師を呼んできて、もろもろの山、もろもろの丘、および岩の裂け目から彼らをかり出させる。
エレミヤ書19:6 主は言われる、それゆえ、見よ、この所をトペテまたはベンヒンノムの谷と呼ばないで、虐殺の谷と呼ぶ日がくる。
エレミヤ書20:3 その翌日パシュルがエレミヤを足かせから解き放した時、エレミヤは彼に言った、「主はあなたの名をパシュルとは呼ばないで、『恐れが周囲にある』と呼ばれる。
エレミヤ書25:29 見よ、わたしの名をもって呼ばれるこの町にさえ災を下すのだ。どうしてあなたがたが罰を免れることができようか。あなたがたは罰を免れることはできない。わたしがつるぎを呼び寄せて、地に住むすべての者を攻めるからであると、万軍の主は仰せられる』。
エレミヤ書30:17 主は言われる、わたしはあなたの健康を回復させ、あなたの傷をいやす。それは、人があなたを捨てられた者とよび、『だれも心に留めないシオン』というからである。
エレミヤ書32:34 彼らは憎むべき物を、わが名をもって呼ばれている家にすえつけて、そこを汚し、
エレミヤ書35:17 それゆえ万軍の神、主、イスラエルの神はこう仰せられる、見よ、わたしはユダとエルサレムに住む者とに、わたしが彼らの上に宣告した災を下す。わたしが彼らに語っても聞かず、彼らを呼んでも答えなかったからである」。
エレミヤ書36:4 そこでエレミヤはネリヤの子バルクを呼んだ。バルクはエレミヤの口述にしたがって、主が彼にお告げになった言葉をことごとく巻物に書きしるした。
エレミヤ書46:17 エジプトの王パロの名を、『好機を逸する騒がしい者』と呼べ。
エレミヤ書51:57 わたしはその君たちと知者たち、おさたち、つかさたち、および勇士たちを酔わせる。彼らは、ながい眠りにいり、目をさますことはない。万軍の主と呼ばれる王がこれを言わせる。
哀歌(2か所)
哀歌1:19 わたしはわが愛する者を呼んだが、彼らはわたしを欺いた。わが祭司および長老たちは、その命をささえようと、食物を求めている間に、町のうちで息絶えた。
哀歌3:55 主よ、わたしは深い穴からみ名を呼びました。
エゼキエル書(3か所)
エゼキエル書9:3 ここにイスラエルの神の栄光がその座しているケルビムから立ちあがって、宮の敷居にまで至った。そして主は、亜麻布を着て、その腰に物を書く墨つぼをつけている者を呼び、
エゼキエル書10:13 その輪はわたしの聞いている所で、「回る輪」と呼ばれた。
エゼキエル書48:35 町の周囲は一万八千キュビトあり、この日から後、この町の名は『主そこにいます』と呼ばれる」。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書3:20 またその軍勢の中の力の強い人々を呼んで、シャデラク、メシャクおよびアベデネゴを縛って、彼らを火の燃える炉の中に投げ込めと命じた。
ホセア書(3か所)
ホセア書2:16 主は言われる、その日には、あなたはわたしを『わが夫』と呼び、もはや『わがバアル』とは呼ばない。
ホセア書7:7 彼らは皆、炉のように熱くなって、そのさばきびとを焼き滅ぼす。そのもろもろの王は皆たおれる。彼らの中にはわたしを呼ぶ者がひとりもない。
ホセア書7:14 彼らは真心をもってわたしを呼ばず、ただ床の上で悲しみ叫ぶ。彼らは穀物と酒のためには集まるが、わたしに逆らう。
ヨエル書(1か所)
ヨエル書2:32 すべて主の名を呼ぶ者は救われる。それは主が言われたように、シオンの山とエルサレムとに、のがれる者があるからである。その残った者のうちに、主のお召しになる者がある。
アモス書(5か所)
アモス書5:8 プレアデスおよびオリオンを造り、暗黒を朝に変じ、昼を暗くして夜となし、海の水を呼んで、地のおもてに注がれる者、その名は主という。
アモス書5:16 それゆえ、主なる万軍の神、主はこう言われる、「すべての広場で泣くことがあろう。すべてのちまたで人々は『悲しいかな、悲しいかな』と言う。また彼らは農夫を呼んできて嘆かせ、巧みな泣き女を招いて泣かせ、
アモス書7:4 主なる神はこのようにわたしに示された。見よ、主なる神はさばきのために火を呼ばれた。火は大淵を焼き、また地を焼こうとした。
アモス書9:6 主はご自分の高殿を天に築き、大空の基を地の上にすえ、海の水を呼んで、地のおもてに注がれる。その名は主ととなえられる。
アモス書9:12 これは彼らがエドムの残った者、およびわが名をもって呼ばれるすべての国民を所有するためである」とこの事をなされる主は言われる。
ナホム書(1か所)
ナホム書2:8 ニネベは池のようであったが、その水は注ぎ出された。「立ち止まれ、立ち止まれ」と呼んでも、ふりかえるものもない。
ハバクク書(1か所)
ハバクク書1:2 主よ、わたしが呼んでいるのに、いつまであなたは聞きいれて下さらないのか。わたしはあなたに「暴虐がある」と訴えたが、あなたは助けて下さらないのか。
ゼパニヤ書(1か所)
ゼパニヤ書3:9 その時わたしはもろもろの民に清きくちびるを与え、すべて彼らに主の名を呼ばせ、心を一つにして主に仕えさせる。
ゼカリヤ書(2か所)
ゼカリヤ書6:8 すると彼はわたしを呼んで、「北の国をさして行く者どもは、北の国でわたしの心を静まらせてくれた」と言った。
ゼカリヤ書13:9 わたしはこの三分の一を火の中に入れ、銀をふき分けるように、これをふき分け、金を精錬するように、これを精錬する。彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは『彼らはわが民である』と言い、彼らは『主はわが神である』と言う」。
マタイによる福音書(20か所)
マタイ1:23 「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。
マタイ2:7 そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
マタイ2:23 ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちによって、「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と言われたことが、成就するためである。
マタイ4:18 さて、イエスがガリラヤの海べを歩いておられると、ふたりの兄弟、すなわち、ペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレとが、海に網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。
マタイ5:9 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。
マタイ5:19 それだから、これらの最も小さいいましめの一つでも破り、またそうするように人に教えたりする者は、天国で最も小さい者と呼ばれるであろう。しかし、これをおこないまたそう教える者は、天国で大いなる者と呼ばれるであろう。
マタイ10:2 十二使徒の名は、次のとおりである。まずペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、それからゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、
マタイ20:8 さて、夕方になって、ぶどう園の主人は管理人に言った、『労働者たちを呼びなさい。そして、最後にきた人々からはじめて順々に最初にきた人々にわたるように、賃銀を払ってやりなさい』。
マタイ20:32 イエスは立ちどまり、彼らを呼んで言われた、「わたしに何をしてほしいのか」。
マタイ22:3 王はその僕たちをつかわして、この婚宴に招かれていた人たちを呼ばせたが、その人たちはこようとはしなかった。
マタイ22:43 イエスは言われた、「それではどうして、ダビデが御霊に感じてキリストを主と呼んでいるのか。
マタイ22:45 このように、ダビデ自身がキリストを主と呼んでいるなら、キリストはどうしてダビデの子であろうか」。
マタイ23:7 広場であいさつされることや、人々から先生と呼ばれることを好んでいる。
マタイ23:8 しかし、あなたがたは先生と呼ばれてはならない。あなたがたの先生は、ただひとりであって、あなたがたはみな兄弟なのだから。
マタイ23:9 また、地上のだれをも、父と呼んではならない。あなたがたの父はただひとり、すなわち、天にいます父である。
マタイ23:10 また、あなたがたは教師と呼ばれてはならない。あなたがたの教師はただひとり、すなわち、キリストである。
マタイ25:6 夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。
マタイ25:14 また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。
マタイ27:8 そのために、この畑は今日まで血の畑と呼ばれている。
マタイ27:47 すると、そこに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「あれはエリヤを呼んでいるのだ」。
マルコによる福音書(7か所)
マルコ3:31 さて、イエスの母と兄弟たちとがきて、外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。
マルコ9:35 そこで、イエスはすわって十二弟子を呼び、そして言われた、「だれでも一ばん先になろうと思うならば、一ばんあとになり、みんなに仕える者とならねばならない」。
マルコ10:49 イエスは立ちどまって「彼を呼べ」と命じられた。そこで、人々はその盲人を呼んで言った、「喜べ、立て、おまえを呼んでおられる」。
マルコ12:37 このように、ダビデ自身がキリストを主と呼んでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子であろうか」。大ぜいの群衆は、喜んでイエスに耳を傾けていた。
マルコ15:12 そこでピラトはまた彼らに言った、「それでは、おまえたちがユダヤ人の王と呼んでいるあの人は、どうしたらよいか」。
マルコ15:35 すると、そばに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「そら、エリヤを呼んでいる」。
マルコ15:44 ピラトは、イエスがもはや死んでしまったのかと不審に思い、百卒長を呼んで、もう死んだのかと尋ねた。
ルカによる福音書(18か所)
ルカ1:76 幼な子よ、あなたは、いと高き者の預言者と呼ばれるであろう。主のみまえに先立って行き、その道を備え、
ルカ6:14 すなわち、ペテロとも呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、
ルカ6:15 マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと、熱心党と呼ばれたシモン、
ルカ6:46 わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。
ルカ7:18 ヨハネの弟子たちは、これらのことを全部彼に報告した。するとヨハネは弟子の中からふたりの者を呼んで、
ルカ8:2 また悪霊を追い出され病気をいやされた数名の婦人たち、すなわち、七つの悪霊を追い出してもらったマグダラと呼ばれるマリヤ、
ルカ14:12 また、イエスは自分を招いた人に言われた、「午餐または晩餐の席を設ける場合には、友人、兄弟、親族、金持の隣り人などは呼ばぬがよい。恐らく彼らもあなたを招きかえし、それであなたは返礼を受けることになるから。
ルカ15:19 もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。
ルカ15:21 むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もうあなたのむすこと呼ばれる資格はありません』。
ルカ15:26 ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。
ルカ16:2 そこで主人は彼を呼んで言った、『あなたについて聞いていることがあるが、あれはどうなのか。あなたの会計報告を出しなさい。もう家令をさせて置くわけにはいかないから』。
ルカ19:13 そこで十人の僕を呼び十ミナを渡して言った、『わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい』。
ルカ19:15 さて、彼が王位を受けて帰ってきたとき、だれがどんなもうけをしたかを知ろうとして、金を渡しておいた僕たちを呼んでこさせた。
ルカ20:37 死人がよみがえることは、モーセも柴の篇で、主を『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と呼んで、これを示した。
ルカ20:44 このように、ダビデはキリストを主と呼んでいる。それなら、どうしてキリストはダビデの子であろうか」。
ルカ22:3 そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテと呼ばれていたユダに、サタンがはいった。
ルカ22:25 そこでイエスが言われた、「異邦の王たちはその民の上に君臨し、また、権力をふるっている者たちは恩人と呼ばれる。
ルカ23:33 されこうべと呼ばれている所に着くと、人々はそこでイエスを十字架につけ、犯罪人たちも、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。
ヨハネによる福音書(16か所)
ヨハネ1:42 そしてシモンをイエスのもとにつれてきた。イエスは彼に目をとめて言われた、「あなたはヨハネの子シモンである。あなたをケパ(訳せば、ペテロ)と呼ぶことにする」。
ヨハネ1:48 ナタナエルは言った、「どうしてわたしをご存じなのですか」。イエスは答えて言われた、「ピリポがあなたを呼ぶ前に、わたしはあなたが、いちじくの木の下にいるのを見た」。
ヨハネ2:9 料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)花婿を呼んで
ヨハネ4:16 イエスは女に言われた、「あなたの夫を呼びに行って、ここに連れてきなさい」。
ヨハネ4:25 女はイエスに言った、「わたしは、キリストと呼ばれるメシヤがこられることを知っています。そのかたがこられたならば、わたしたちに、いっさいのことを知らせて下さるでしょう」。
ヨハネ5:2 エルサレムにある羊の門のそばに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があった。そこには五つの廊があった。
ヨハネ5:18 このためにユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうと計るようになった。それは、イエスが安息日を破られたばかりではなく、神を自分の父と呼んで、自分を神と等しいものとされたからである。
ヨハネ9:18 ユダヤ人たちは、彼がもと盲人であったが見えるようになったことを、まだ信じなかった。ついに彼らは、目が見えるようになったこの人の両親を呼んで、
ヨハネ9:24 そこで彼らは、盲人であった人をもう一度呼んで言った、「神に栄光を帰するがよい。あの人が罪人であることは、わたしたちにはわかっている」。
ヨハネ10:3 門番は彼のために門を開き、羊は彼の声を聞く。そして彼は自分の羊の名をよんで連れ出す。
ヨハネ11:16 するとデドモと呼ばれているトマスが、仲間の弟子たちに言った、「わたしたちも行って、先生と一緒に死のうではないか」。
ヨハネ11:28 マルタはこう言ってから、帰って姉妹のマリヤを呼び、「先生がおいでになって、あなたを呼んでおられます」と小声で言った。
ヨハネ13:13 あなたがたはわたしを教師、また主と呼んでいる。そう言うのは正しい。わたしはそのとおりである。
ヨハネ15:15 わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼んだ。わたしの父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたからである。
ヨハネ20:24 十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれているトマスは、イエスがこられたとき、彼らと一緒にいなかった。
ヨハネ21:2 シモン・ペテロが、デドモと呼ばれているトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子らや、ほかのふたりの弟子たちと一緒にいた時のことである。
使徒行伝(26か所)
使徒1:19 そして、この事はエルサレムの全住民に知れわたり、そこで、この地所が彼らの国語でアケルダマと呼ばれるようになった。「血の地所」との意である。)
使徒1:23 そこで一同は、バルサバと呼ばれ、またの名をユストというヨセフと、マッテヤとのふたりを立て、
使徒3:2 生れながら足のきかない男が、かかえられてきた。この男は、宮もうでに来る人々に施しをこうため、毎日、「美しの門」と呼ばれる宮の門のところに、置かれていた者である。
使徒3:11 彼がなおもペテロとヨハネとにつきまとっているとき、人々は皆ひどく驚いて、「ソロモンの廊」と呼ばれる柱廊にいた彼らのところに駆け集まってきた。
使徒4:36 クプロ生れのレビ人で、使徒たちにバルナバ(「慰めの子」との意)と呼ばれていたヨセフは、
使徒8:10 それで、小さい者から大きい者にいたるまで皆、彼について行き、「この人こそは『大能』と呼ばれる神の力である」と言っていた。
使徒9:10 さて、ダマスコにアナニヤというひとりの弟子がいた。この人に主が幻の中に現れて、「アナニヤよ」とお呼びになった。彼は「主よ、わたしでございます」と答えた。
使徒10:1 さて、カイザリヤにコルネリオという名の人がいた。イタリヤ隊と呼ばれた部隊の百卒長で、
使徒10:3 ある日の午後三時ごろ、神の使が彼のところにきて、「コルネリオよ」と呼ぶのを、幻ではっきり見た。
使徒10:5 ついては今、ヨッパに人をやって、ペテロと呼ばれるシモンという人を招きなさい。
使徒10:7 このお告げをした御使が立ち去ったのち、コルネリオは、僕ふたりと、部下の中で信心深い兵卒ひとりとを呼び、
使徒10:18 そして声をかけて、「ペテロと呼ばれるシモンというかたが、こちらにお泊まりではございませんか」と尋ねた。
使徒10:32 そこでヨッパに人を送ってペテロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は皮なめしシモンの海沿いの家に泊まっている』。
使徒10:33 それで、早速あなたをお呼びしたのです。ようこそおいで下さいました。今わたしたちは、主があなたにお告げになったことを残らず伺おうとして、みな神のみ前にまかり出ているのです」。
使徒11:13 すると彼はわたしたちに、御使が彼の家に現れて、『ヨッパに人をやって、ペテロと呼ばれるシモンを招きなさい。
使徒11:26 彼を見つけたうえ、アンテオケに連れて帰った。ふたりは、まる一年、ともどもに教会で集まりをし、大ぜいの人々を教えた。このアンテオケで初めて、弟子たちがクリスチャンと呼ばれるようになった。
使徒12:12 ペテロはこうとわかってから、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家に行った。その家には大ぜいの人が集まって祈っていた。
使徒12:25 バルナバとサウロとは、その任務を果したのち、マルコと呼ばれていたヨハネを連れて、エルサレムから帰ってきた。
使徒13:1 さて、アンテオケにある教会には、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、領主ヘロデの乳兄弟マナエン、およびサウロなどの預言者や教師がいた。
使徒14:12 彼らはバルナバをゼウスと呼び、パウロはおもに語る人なので、彼をヘルメスと呼んだ。
使徒23:17 そこでパウロは、百卒長のひとりを呼んで言った、「この若者を千卒長のところに連れて行ってください。何か報告することがあるようですから」。
使徒23:18 この百卒長は若者を連れて行き、千卒長に引きあわせて言った、「囚人のパウロが、この若者があなたに話したいことがあるので、あなたのところに連れて行ってくれるようにと、わたしを呼んで頼みました」。
使徒23:23 それから彼は、百卒長ふたりを呼んで言った、「歩兵二百名、騎兵七十名、槍兵二百名を、カイザリヤに向け出発できるように、今夜九時までに用意せよ。
使徒27:8 その岸に沿って進み、かろうじて「良き港」と呼ばれる所に着いた。その近くにラサヤの町があった。
使徒27:14 すると間もなく、ユーラクロンと呼ばれる暴風が、島から吹きおろしてきた。
使徒28:1 わたしたちが、こうして救われてからわかったが、これはマルタと呼ばれる島であった。
ローマ人への手紙(5か所)
ローマ7:3 であるから、夫の生存中に他の男に行けば、その女は淫婦と呼ばれるが、もし夫が死ねば、その律法から解かれるので、他の男に行っても、淫婦とはならない。
ローマ8:15 あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。
ローマ9:7 また、アブラハムの子孫だからといって、その全部が子であるのではないからである。かえって「イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるであろう」。
ローマ9:25 それは、ホセアの書でも言われているとおりである、「わたしは、わたしの民でない者を、わたしの民と呼び、愛されなかった者を、愛される者と呼ぶであろう。
ローマ9:26 あなたがたはわたしの民ではないと、彼らに言ったその場所で、彼らは生ける神の子らであると、呼ばれるであろう」。
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一5:11 しかし、わたしが実際に書いたのは、兄弟と呼ばれる人で、不品行な者、貪欲な者、偶像礼拝をする者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪をする者があれば、そんな人と交際をしてはいけない、食事を共にしてもいけない、ということであった。
コリント第一15:9 実際わたしは、神の教会を迫害したのであるから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者である。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ4:6 このように、あなたがたは子であるのだから、神はわたしたちの心の中に、「アバ、父よ」と呼ぶ御子の霊を送って下さったのである。
エペソ人への手紙(2か所)
エペソ2:11 だから、記憶しておきなさい。あなたがたは以前には、肉によれば異邦人であって、手で行った肉の割礼ある者と称せられる人々からは、無割礼の者と呼ばれており、
エペソ3:15 天上にあり地上にあって「父」と呼ばれているあらゆるものの源なる父に祈る。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ4:11 また、ユストと呼ばれているイエスからもよろしく。割礼の者の中で、この三人だけが神の国のために働く同労者であって、わたしの慰めとなった者である。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二2:4 彼は、すべて神と呼ばれたり拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する。
テモテへの第二の手紙(1か所)
テモテ第二2:19 しかし、神のゆるがない土台はすえられていて、それに次の句が証印として、しるされている。「主は自分の者たちを知る」。また「主の名を呼ぶ者は、すべて不義から離れよ」。
ヘブル人への手紙(6か所)
ヘブル2:11 実に、きよめるかたも、きよめられる者たちも、皆ひとりのかたから出ている。それゆえに主は、彼らを兄弟と呼ぶことを恥とされない。
ヘブル7:11 もし全うされることがレビ系の祭司制によって可能であったら――民は祭司制の下に律法を与えられたのであるが――なんの必要があって、なお、「アロンに等しい」と呼ばれない、別な「メルキゼデクに等しい」祭司が立てられるのであるか。
ヘブル9:2 すなわち、まず幕屋が設けられ、その前の場所には燭台と机と供えのパンとが置かれていた。これが、聖所と呼ばれた。
ヘブル9:3 また第二の幕の後に、別の場所があり、それは至聖所と呼ばれた。
ヘブル11:16 しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった。だから神は、彼らの神と呼ばれても、それを恥とはされなかった。事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである。
ヘブル11:18 この子については、「イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるであろう」と言われていたのであった。
ペテロの第一の手紙(2か所)
ペテロ第一1:17 あなたがたは、人をそれぞれのしわざに応じて、公平にさばくかたを、父と呼んでいるからには、地上に宿っている間を、おそれの心をもって過ごすべきである。
ペテロ第一3:6 たとえば、サラはアブラハムに仕えて、彼を主と呼んだ。あなたがたも、何事にもおびえ臆することなく善を行えば、サラの娘たちとなるのである。
ヨハネの第一の手紙(1か所)
ヨハネ第一3:1 わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである。世がわたしたちを知らないのは、父を知らなかったからである。
ヨハネの黙示録(4か所)
黙示録6:1 小羊がその七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「きたれ」と呼ぶのを聞いた。
黙示録12:9 この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された。
黙示録19:11 またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。
黙示録19:13 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。