「人」(ひと)が出てくる聖書の箇所
「人」(ひと)は日常訳第1版の5114か所(旧約2880・新約2234)に出てきます。口語訳では4355か所。
5114か所を200か所ずつ26ページに分けています(23ページ目)。
コリント人への第一の手紙(153か所)
コリント第一2:6 とはいえ、わたしたちも、成熟した人たちの間では知恵を語る。ただし、それはこの世の知恵ではないし、滅びゆくこの世の支配者たちの知恵でもない。
コリント第一2:9 しかし、こう書かれているとおりだ。「目が見たこともなく、耳が聞いたこともなく、人の心に思い浮かんだこともないもの。それを、神はご自分を愛する人たちのために用意してくださった。」
コリント第一2:11 人のことは、その人の中にある霊のほかに、だれが知っているだろう。同じように、神のことは、神の霊のほかにだれも知らない。
コリント第一2:13 だから、わたしたちはそれを語るとき、人の知恵が教える言葉を使わない。霊が教える言葉を使う。こうして、霊に属することを、霊に属する言葉で説き明かしていく。
コリント第一2:14 霊を持たない人は、神の霊に属することを受け入れない。その人にとって、それは愚かなことに思えるからだ。しかも、それは霊によってしか見きわめられないので、その人には理解できない。
コリント第一2:15 けれども、霊を持つ人は、すべてを見きわめる。そして、その人自身は、だれからも見きわめられることがない。
コリント第一3:1 兄弟姉妹のみなさん、わたしはあなたがたに、神の霊に生きる人として語ることができなかった。肉に生きる人、キリストにあってまだ幼い子どものように語るしかなかったのだ。
コリント第一3:4 一人が「わたしはパウロにつく」と言い、別の人が「わたしはアポロにつく」と言う。それなら、あなたがたはただの人間と同じではないか。
コリント第一3:10 神がわたしに与えてくださった恵みによって、わたしは熟練した建築家のように土台を据えた。そして別の人が、その上に建てている。ただし、どのように建てるかは、それぞれがよく気をつけなければならない。
コリント第一3:14 もしだれかが土台の上に建てたものが、その火に耐えて残れば、その人は報いを受ける。
コリント第一3:15 もしだれかの仕事が焼けてしまえば、その人は損をする。でも、本人は救われる。ただし、火の中をくぐり抜けるようにして、かろうじて救われるのだ。
コリント第一3:17 もしだれかが神の神殿を壊すなら、神はその人を滅ぼす。神の神殿は聖なるものだからだ。そして、その神殿とは、あなたがたのことだ。
コリント第一3:18 自分をだましてはいけない。もしあなたがたの中に、自分はこの世で賢いと思っている人がいるなら、その人は愚か者になりなさい。そうすれば、本当に賢くなれる。
コリント第一4:5 だから、時が来る前に何かをさばいてはいけない。主が来られるまで待ちなさい。主は闇に隠れたものを明るみに出し、人の心の思いを明らかにされる。そのとき、それぞれが神からほめられる。
コリント第一4:7 いったい、だれがあなたを他の人より優れていると認めたのか。あなたが持っているもので、もらったのではないものが何かあるだろうか。もらったのなら、なぜもらっていないかのように自慢するのか。
コリント第一4:13 悪く言われれば、おだやかに語りかける。わたしたちは今この時まで、世界のごみのようにされ、すべての人のかすのようにされてきた。
コリント第一5:1 実際、あなたがたの間で性的な不品行があると言われている。しかも、それは神を知らない人たちの間でさえないようなもので、父の妻を自分のものにしている者がいるというのだ。
コリント第一5:9 わたしは前の手紙で、性的に不品行な人たちと交わってはいけない、と書いた。
コリント第一5:10 それは、この世の不品行な人たちや、欲深い人、人をだまし取る人、偶像を拝む人と、いっさい関わるな、という意味ではない。もしそうなら、あなたがたはこの世から出て行かなければならなくなる。
コリント第一5:11 わたしが書いたのは、こういうことだ。仲間だと自分で名乗っていながら、性的に不品行だったり、欲深かったり、偶像を拝んだり、人をののしったり、酒におぼれたり、人をだまし取ったりする者がいるなら、そういう者とは関わってはいけない。一緒に食事をすることさえ、してはいけない。
コリント第一5:12 外部の人たちを裁くことが、わたしと何の関係があるだろうか。あなたがたが裁くべきなのは、内部の人たちではないか。
コリント第一5:13 外部の人たちは、神が裁く。だから、その悪い者を、あなたがたの中から取り除きなさい。
コリント第一6:1 あなたがたの中に、仲間ともめごとがあるとき、聖なる人たちの前ではなく、正しくない人たちの前で裁いてもらおうとする者がいる。よくそんなことができるものだ。
コリント第一6:2 それとも、知らないのか。聖なる人たちは、いつか世を裁くことになる。その世をあなたがたが裁くというなら、あなたがたはごく小さな争いごとを裁く資格さえない、というのか。
コリント第一6:4 だから、日常のもめごとについて裁くことがあるなら、どうして教会の中で軽んじられている人たちを、裁判官の席に座らせるのか。
コリント第一6:5 恥ずかしいことだと思って、あえて言う。あなたがたの中には、仲間同士の争いを裁ける賢い人が、一人もいないのか。
コリント第一6:6 それどころか、仲間が仲間を訴えている。しかも、それを信じていない人たちの前でしているのだ。
コリント第一6:8 それどころか、あなたがた自身が不当なことをし、人からだまし取っている。しかも、それを仲間に対してしているのだ。
コリント第一6:10 盗む者、欲深い者、酒におぼれる者、人をののしる者、人をだまし取る者は、神の御国を受け継ぐことはない。
コリント第一6:16 遊女と交わる人は、その相手とからだが一つになる。それを知らないのか。「二人は一つのからだになる」と言われているとおりだ。
コリント第一6:17 でも、主と結ばれた人は、主と一つの霊になる。
コリント第一6:18 性的な乱れから逃げなさい。人が犯すほかのどんな罪も、からだの外にあるものだ。でも、性的に乱れる人は、自分自身のからだに対して罪を犯している。
コリント第一7:7 わたしとしては、すべての人がわたしのようであってほしい。でも、人にはそれぞれ神から与えられた賜物があって、ある人はこういう生き方をし、別の人はああいう生き方をするのだ。
コリント第一7:8 次に、結婚していない人や、夫を亡くした人に言う。わたしのように独りでいるのは、その人たちにとって良いことだ。
コリント第一7:10 結婚している人たちには、こう命じる。命じるのはわたしではなく、主だ。妻は夫と別れてはいけない。
コリント第一7:12 その他の人たちには、わたしが言う。主ではなく、わたしだ。ある信者の男性に、信仰を持たない妻がいて、その妻が一緒に暮らすことを望んでいるなら、離縁してはいけない。
コリント第一7:18 割礼を受けた状態で招かれた人は、その跡を消そうとしなくていい。割礼を受けていない状態で招かれた人は、割礼を受けなくていい。
コリント第一7:22 主に招かれたとき奴隷だった人は、主によって自由にされた人だ。同じように、招かれたとき自由だった人は、キリストの奴隷だ。
コリント第一7:23 あなたたちは、代価を払って買い取られた。だから人の奴隷になってはいけない。
コリント第一7:25 さて、結婚していない人たちについて。これについては、主からの命令を受けているわけではない。でも、主のあわれみを受けて信頼できる者とされたわたしとして、自分の考えを伝えておきたい。
コリント第一7:28 でも、もし結婚しても、それは罪ではない。結婚していない女性が結婚しても、罪ではない。ただ、結婚する人たちは、この世の暮らしの中で苦労を抱えることになる。わたしは、あなたたちにそんな思いをさせたくないのだ。
コリント第一7:29 兄弟姉妹よ、わたしが言いたいのはこういうことだ。残された時間は短い。これからは、妻のいる人も、いないかのように生きなさい。
コリント第一7:30 泣いている人も、泣いていないかのように。喜んでいる人も、喜んでいないかのように。物を買った人も、自分のものにしていないかのように生きなさい。
コリント第一7:31 この世と関わっている人も、それにのめり込まないように。今あるこの世界のかたちは、過ぎ去っていくのだから。
コリント第一7:32 わたしは、あなたたちに余計な心配をせずにいてほしい。結婚していない人は、どうすれば主に喜ばれるかと、主のことに心を向ける。
コリント第一7:33 でも、結婚している人は、どうすれば妻に喜ばれるかと、この世のことに心を向ける。
コリント第一7:36 もし、婚約している娘に対して自分がふさわしくないことをしていると思う人がいて、その相手が結婚にふさわしい年ごろになり、どうしても結婚すべきだというなら、その人は思うとおりにすればいい。それは罪ではない。二人は結婚しなさい。
コリント第一7:37 でも、心の中でしっかりと決心している人がいる。無理に迫られてのことではなく、自分の思いをきちんとコントロールできていて、その相手と結婚させないでおこうと心に決めているなら、その人はそれでいい。
コリント第一7:38 つまり、その相手と結婚させる人も正しいことをしているし、結婚させない人はもっと良いことをするのだ。
コリント第一8:1 さて、偶像に供えられた肉のことだが、わたしたちはみな知識を持っている、ということはわかっている。でも、知識は人を高ぶらせる。一方、愛は人を育てる。
コリント第一8:2 自分は何かを知っていると思っている人は、本当に知るべきことを、まだ知ってはいない。
コリント第一8:3 でも、神を愛している人は、その神に知られているのだ。
コリント第一8:7 でも、この知識をみんなが持っているわけではない。中には、今までずっと偶像に慣れ親しんできた人たちがいる。彼らはその肉を、今でも偶像に供えられたものとして食べてしまう。すると、その良心は弱いために、汚れてしまうのだ。
コリント第一8:9 ただ、気をつけてほしい。あなたのこの自由が、弱い人たちをつまずかせるものにならないように。
コリント第一8:10 考えてみてほしい。知識を持っているあなたが偶像の神殿で食事をしているのを、だれかが見たとしよう。その人の良心は弱いのに、「自分も偶像に供えられた肉を食べていいんだ」と、かえって背中を押されてしまうのではないか。
コリント第一8:11 そうなると、あなたのその知識のせいで、弱い人が滅びてしまう。キリストがそのために死んでくださった、あの兄弟がだ。
コリント第一9:2 たとえほかの人たちにとって使徒でないとしても、少なくともあなたたちにとっては使徒だ。あなたたち自身が、主にあって、わたしが使徒であることの証しなのだから。
コリント第一9:3 わたしを問いただそうとする人たちへの、わたしの弁明はこうだ。
コリント第一9:7 考えてみてほしい。自分の給料で戦いに行く兵士がいるだろうか。ぶどう畑を作って、その実を食べない人がいるだろうか。羊の群れを飼っていて、その乳を飲まない人がいるだろうか。
コリント第一9:10 そうではなく、わたしたちのために言われているのではないか。もちろん、わたしたちのために書かれたのだ。耕す人は収穫を期待して耕し、脱穀する人は分け前をもらえると期待して働くべきだからだ。
コリント第一9:12 ほかの人たちがあなたがたに頼る権利を持っているのなら、なおさらわたしたちにはその権利があるはずだ。しかし、わたしたちはこの権利を使わなかった。むしろ、どんなことでも我慢している。キリストの福音の邪魔になるようなことを、少しでもしたくないからだ。
コリント第一9:13 神殿の仕事をする人たちが、神殿の物で生活していることを、あなたがたは知らないのか。祭壇に仕える人たちは、祭壇にささげられた物の分け前を受け取っているのだ。
コリント第一9:14 それと同じように、主は、福音を伝える人たちが福音によって生活するようにと定められた。
コリント第一9:19 わたしはだれにも縛られない自由な立場にある。それでも、より多くの人を得るために、自分からすべての人の奴隷になった。
コリント第一9:20 ユダヤ人を得るために、ユダヤ人にはユダヤ人のようになった。律法のもとにある人を得るために、自分は律法のもとにいるわけではないのに、律法のもとにある人にはそのようになった。
コリント第一9:21 律法を持たない人を得るために、その人たちにはそのようになった。とはいえ、わたしは神の律法を無視しているのではなく、キリストの律法のもとにある。
コリント第一9:22 弱い人を得るために、弱い人には弱い人のようになった。すべての人を、なんとかして一人でも多く救うために、わたしはすべての人にすべてのものとなった。
コリント第一9:24 知らないのだろうか。競技場で走る人はみな走るが、賞を受けるのは一人だけだ。だから、あなたたちも賞を得られるように走りなさい。
コリント第一9:25 競技をする人はみな、あらゆる面で自分を厳しく節制する。彼らは朽ちてしまう冠を受けるためにそうするが、わたしたちは朽ちない冠を受けるためにそうするのだ。
コリント第一9:27 むしろ、自分の体を打ちたたいて従わせている。ほかの人に福音を伝えておきながら、自分自身が失格者になってしまわないためだ。
コリント第一10:12 だから、自分は大丈夫だと思っている人こそ、倒れないように気をつけなさい。
コリント第一10:13 あなたたちが直面する誘惑は、どれも人がふつうに経験するものばかりだ。神は真実な方だ。あなたたちが耐えられないほどの誘惑に遭わせることはない。むしろ、誘惑と一緒に、それに耐えられるよう逃げ道も用意してくださる。
コリント第一10:14 だから、愛する人たち、偶像を拝むことから逃げなさい。
コリント第一10:15 わたしは、分別のある人に話すつもりで言う。今から言うことを、自分でよく考えて判断してほしい。
コリント第一10:18 この世のイスラエルの民を見てみなさい。ささげ物を食べる人たちは、祭壇にあずかる仲間になっているではないか。
コリント第一10:23 「何をしてもかまわない」と言う。でも、すべてが役に立つわけではない。「何をしてもかまわない。」でも、すべてが人を成長させるわけではない。
コリント第一10:24 だれも自分の利益ばかりを求めず、ほかの人の利益を求めなさい。
コリント第一10:27 信じていない人があなたを食事に招き、あなたが行きたいと思うなら、出されたものは何でも、良心のことで何も詮索せずに食べなさい。
コリント第一10:28 でも、もしだれかが「これはお供え物です」と言ったら、それを教えてくれた人のため、また良心のために、食べてはいけない。
コリント第一10:29 良心といっても、あなた自身の良心のことではなく、その相手の良心のことだ。どうしてわたしの自由が、ほかの人の良心によって裁かれなければならないのか。
コリント第一10:33 わたしも、すべてのことで、すべての人を喜ばせようとしている。自分の利益ではなく、多くの人の利益を求めているのだ。その人たちが救われるためである。
コリント第一11:14 自然そのものが、あなたがたに教えているのではないか。男が長い髪をしているのは、その人にとって恥ずかしいことだ。
コリント第一11:15 でも、女が長い髪をしているのは、その人の栄光だ。長い髪は、かぶり物の代わりに女に与えられているのだから。
コリント第一11:16 もしこのことで言い争いたい人がいても、わたしたちにはそんな習慣はないし、神の諸教会にもない。
コリント第一11:19 あなたがたの間には、派閥のようなものもきっと出てくるだろう。それは、本物と認められる人たちが、あなたがたの中ではっきりと分かるようになるためだ。
コリント第一11:21 というのも、食事のとき、めいめいが自分の分を先に食べてしまうからだ。その結果、お腹をすかせている人がいる一方で、酔っぱらっている人もいる。
コリント第一11:22 食べたり飲んだりする家が、あなたがたにはないというのか。それとも、神の教会を見下して、何も持っていない人たちに恥をかかせているのか。あなたがたに何と言えばいいのだろう。このことであなたがたをほめればいいのか。いや、ほめはしない。
コリント第一11:27 だから、ふさわしくないままに主のパンを食べたり、主の杯を飲んだりする人は、主の体と血を汚す罪を負うことになる。
コリント第一11:29 主の体をわきまえずに食べたり飲んだりする人は、自分自身にさばきを招くことになるのだ。
コリント第一11:30 そのために、あなたがたの中には体の弱い人や病気の人が多く、亡くなった人も少なくない。
コリント第一11:34 空腹の人は、家で食べなさい。あなたがたが集まって、それがさばきを招くことにならないためだ。そのほかのことは、わたしがそちらに行ったときに、きちんと整えよう。
コリント第一12:3 だから、はっきり言っておきたい。神の霊によって語る人はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わない。そして、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできない。
コリント第一12:6 働きにもいろいろな種類がある。でも、すべての人の中ですべてを行う神は同じ方だ。
コリント第一12:8 ある人には霊によって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には同じ霊によって知識の言葉が与えられる。
コリント第一12:9 また、ある人には同じ霊によって信仰が、ほかの人には同じ一つの霊によって病気をいやす賜物が与えられる。
コリント第一12:10 ある人には奇跡を行う力が、ある人には預言が、ある人には霊を見分ける力が、ある人にはいろいろな種類の異言が、ある人にはその異言を解き明かす力が与えられる。
コリント第一12:11 これらはすべて、同じ一つの霊の働きだ。霊はそれぞれの人に、思いのままに賜物を分け与える。
コリント第一12:13 わたしたちはみな、一つの霊によってバプテスマを受け、一つの体となった。ユダヤ人もギリシア人も、奴隷も自由な人も、みな一つの霊を飲ませてもらったのだ。
コリント第一12:28 神は教会の中に、いろいろな役割を置いてくださった。まず使徒、次に預言者、三番目に教師。それから奇跡を行う力、病気を治す賜物、人を助ける働き、まとめて導く働き、さまざまな種類の言葉を語る力だ。
コリント第一13:1 たとえわたしが人の言葉、さらには天使の言葉を話せたとしても、愛がなければ、わたしはただうるさく鳴る銅鑼や、やかましく響くシンバルにすぎない。
コリント第一13:3 たとえ全財産を人に分け与え、自分の体さえ焼かれるために差し出したとしても、愛がなければ、わたしには何の得にもならない。
コリント第一14:2 異言を話す人は、人に向かって話しているのではなく、神に向かって話している。だれにも理解できないのに、霊によって神秘を語っているからだ。
コリント第一14:3 でも、預言する人は、人に向かって話し、その人を成長させ、励まし、慰める。
コリント第一14:4 異言を話す人は自分自身を成長させるが、預言する人は教会を成長させる。
コリント第一14:5 わたしはあなたがた全員に異言を話してほしいと思っている。でも、それ以上に、預言できるようになってほしい。異言を話す人がそれを説き明かして教会を成長させるのでなければ、預言する人のほうが、異言を話す人よりまさっている。
コリント第一14:11 だから、もしわたしがその言葉の意味を知らなければ、話している人にとってわたしは外国人になり、話している人もわたしにとって外国人になる。
コリント第一14:13 だから、異言を話す人は、それを説き明かせるように祈りなさい。
コリント第一14:16 もしあなたが霊だけで神をたたえても、その内容がわからない人は、あなたの感謝に対してどうやって「アーメン」と言えるだろう。あなたが何を言っているのか、その人にはわからないのだから。
コリント第一14:17 あなたの感謝はりっぱでも、もう一人の人は成長できない。
コリント第一14:19 でも、教会の集まりでは、わたしは異言で一万の言葉を話すよりも、自分の理解で五つの言葉を話したい。ほかの人たちにも教えてあげられるからだ。
コリント第一14:22 だから異言は、信じている人たちのためではなく、信じていない人たちのためのしるしだ。一方、預言は、信じていない人たちのためではなく、信じている人たちのためのものだ。
コリント第一14:23 だから、もし教会全体が一つの場所に集まって、みんなが異言で話していたら、そこに何も知らない人や信じていない人が入ってきたとき、彼らは「あなたたちは気が変になっている」と言うのではないだろうか。
コリント第一14:24 でも、もしみんなが預言していたら、そこに信じていない人や何も知らない人が入ってきたとき、その人はみんなの言葉によって自分の罪を示され、みんなの言葉によって問われることになる。
コリント第一14:25 その人の心の隠れた思いがあらわになる。そして、その人はひれ伏して神を礼拝し、「本当に、神はあなたたちの中におられる」と告白するのだ。
コリント第一14:26 では、兄弟姉妹、どうすればいいのだろう。あなたがたが集まるとき、ある人は賛美の歌を、ある人は教えを、ある人は神からの示しを、ある人は異言を、ある人はその解き明かしを持っている。そのすべてを、たがいの成長のために用いなさい。
コリント第一14:27 異言を話す人がいるなら、二人か、多くても三人で、順番に話しなさい。そして、だれか一人がそれを解き明かしなさい。
コリント第一14:28 でも、解き明かす人がいないなら、その人は教会の中では黙っていなさい。そして、自分自身と神に向かって話しなさい。
コリント第一14:29 預言する人は、二人か三人が話し、ほかの人たちはその内容を見きわめなさい。
コリント第一14:30 もし、座っているほかの人に神からの示しが与えられたら、最初に話していた人は黙りなさい。
コリント第一14:32 預言する人の霊は、その預言する人自身がちゃんとコントロールできるものだ。
コリント第一14:33 神は混乱の神ではなく、平和の神だからだ。聖なる人たちのすべての教会でそうであるように。
コリント第一14:37 自分は預言者だ、あるいは霊の人だと思う人がいるなら、わたしがあなたがたに書いていることは主の命令だと、はっきり認めなさい。
コリント第一14:38 もしそれを認めない人がいるなら、その人自身も認められない。
コリント第一15:12 ところで、キリストが死者の中からよみがえらされたと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある人たちは、どうして「死者の復活などない」と言うのか。
コリント第一15:18 そればかりか、キリストを信じて眠りについた人たちも、滅びてしまったことになる。
コリント第一15:19 もしわたしたちがこの世の命だけのためにキリストに望みをかけているのなら、わたしたちはすべての人の中で最もあわれな者だ。
コリント第一15:20 しかし今、キリストは確かに死者の中からよみがえらされた。眠りについた人たちの中で、最初の実として。
コリント第一15:21 というのも、一人の人によって死が来たように、一人の人によって死者の復活も来たからだ。
コリント第一15:22 アダムにあってすべての人が死ぬように、キリストにあってすべての人が生かされることになる。
コリント第一15:23 ただし、それぞれ順序がある。最初の実であるキリスト、次に、キリストが来られるときに、キリストに属する人たちだ。
コリント第一15:29 もしそうでないなら、死んだ人たちのためにバプテスマを受ける人は、どうなるのだろう。死者がまったく復活しないのなら、なぜその人たちのためにバプテスマを受けるのか。
コリント第一15:34 正気に戻り、正しく生きなさい。もう罪を犯してはいけない。あなたがたの中には、神を知らない人がいる。恥ずかしいことだが、あえてこう言う。
コリント第一15:35 でも、こう言う人がいるだろう。「死者はどのようにして復活するのか。どんな体で来るのか」と。
コリント第一15:36 愚かな人だ。あなたが蒔くものは、死ななければ生き返らない。
コリント第一15:45 こう書いてあるとおりだ。「最初の人アダムは、生きるものとなった。」その最後のアダムは、命を与える霊となった。
コリント第一15:47 最初の人は地の土から造られた者。二番目の人は天から来た者だ。
コリント第一15:48 土から造られた者と同じように、地に属する人たちもそうだ。そして天から来た者と同じように、天に属する人たちもそうなる。
コリント第一15:52 それは一瞬のうち、まばたきする間に起こる。最後のラッパが鳴るときのことだ。ラッパが鳴り響くと、死んだ人たちは朽ちない者としてよみがえり、わたしたちも変えられる。
コリント第一16:3 わたしがそちらに着いたら、あなたたちが認めた人たちに紹介状を持たせ、あなたたちの贈り物をエルサレムに届けさせよう。
コリント第一16:4 わたし自身も行ったほうがよければ、その人たちはわたしと一緒に行くことになる。
コリント第一16:15 兄弟姉妹よ、お願いがある。あなたたちも知っているとおり、ステファナの家の人たちはアカイアで最初に信じた人たちで、神の民に仕えることに自分をささげてきた。
コリント第一16:16 だから、こういう人たちや、一緒に働き、労してくれるすべての人に、あなたたちも従ってほしい。
コリント第一16:17 ステファナとフォルトナトとアカイコが来てくれて、わたしはうれしい。あなたたちがそばにいてくれない分を、この人たちが埋めてくれたのだから。
コリント第一16:18 彼らはわたしの心を元気づけ、あなたたちの心も元気づけてくれた。だから、こういう人たちを大切にしてほしい。
コリント第一16:22 もし主を愛さない者がいるなら、その人はのろわれよ。主よ、来てください。
コリント人への第二の手紙(69か所)
コリント第二1:1 神の御心によってキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟テモテから、コリントにある神の教会へ。そして、アカイア全土にいるすべての聖なる人たちへ。
コリント第二1:4 神は、どんな苦しみのときにもわたしたちを励ましてくださる。だからわたしたちも、あらゆる苦しみの中にいる人たちを励ますことができる。神ご自身から受けたその励ましによって、他の人を励ませるのだ。
コリント第二1:11 あなたがたも祈りによって、わたしたちのために力を合わせてほしい。そうすれば、多くの人の祈りに応えてわたしたちに与えられた恵みのために、多くの人がわたしたちのことで感謝をささげることになる。
コリント第二1:17 こう計画したからといって、わたしが軽い気持ちで動いたとでも言うのだろうか。それとも、この世の人のように、同じ口で「はい、はい」と言いながら「いいえ、いいえ」と言うような、いい加減な計画を立てたとでも言うのだろうか。
コリント第二2:5 もし誰かが悲しみをもたらしたのなら、その人はわたしを悲しませたのではなく、ある意味であなたたち全員を悲しませたのだ。言い過ぎにならないように、こう言っておく。
コリント第二2:6 そういう人には、多くの人から受けたあの罰で、もう十分だ。
コリント第二2:7 だから今は逆に、その人を赦し、励ましてあげるべきだ。深すぎる悲しみに、その人がのみ込まれてしまわないようにだ。
コリント第二2:8 だからお願いする。その人への愛を、はっきり示してあげてほしい。
コリント第二2:9 わたしがあの手紙を書いたのは、あなたたちがどんなことにも従ってくれる人かどうか、その本気を確かめたかったからでもある。
コリント第二2:13 でも、わたしの心は落ち着かなかった。兄弟テトスに会えなかったからだ。それで、その人たちに別れを告げて、マケドニアへ向かった。
コリント第二3:1 わたしたちは、また自分を売り込もうとしているのだろうか。それとも、ある人たちのように、あなたたちへの推薦状や、あなたたちからの推薦状が必要なのだろうか。
コリント第二3:2 あなたたち自身が、わたしたちの推薦状だ。それはわたしたちの心に書かれていて、すべての人に知られ、読まれている。
コリント第二3:3 あなたたちが、わたしたちの働きから生まれたキリストの手紙であることは、はっきりしている。この手紙は、インクではなく、生きた神の霊によって書かれた。石の板ではなく、人の心という板に書かれたのだ。
コリント第二3:6 その神が、わたしたちを新しい契約に仕える者としてふさわしくしてくださった。それは文字によるものではなく、霊によるものだ。文字は人を殺すが、霊は命を与えるからだ。
コリント第二3:7 さて、人を死に導くこの務めは、石に文字で刻まれたものだった。それでも栄光に包まれて始まり、イスラエルの人々はモーセの顔を見つめることができなかった。その顔が、やがて消えていく栄光で輝いていたからだ。
コリント第二3:9 人を罪に定める務めにさえ栄光があったのなら、人を義とする務めは、はるかに大きな栄光にあふれているはずだ。
コリント第二4:2 むしろ、恥ずべき隠れた行いを、わたしたちはきっぱり捨てた。ずる賢くふるまったりせず、神の言葉をねじ曲げたりもしない。ただ真理をありのままに示すことで、神の前で、すべての人の良心に対して自分自身を証しするのだ。
コリント第二4:3 でも、もしわたしたちの伝える良い知らせにおおいがかかっているとしたら、それは滅びに向かっている人たちにとっておおわれているのだ。
コリント第二4:4 この世を支配する神が、信じない人たちの心を見えなくしてしまった。だから彼らは、キリストの栄光を伝える良い知らせの光を、見ることができない。そのキリストこそ、神の姿そのものなのだ。
コリント第二4:15 すべては、あなたがたのためだ。恵みがより多くの人に広がり、感謝があふれて、神の栄光となるためなのだ。
コリント第二4:16 だから、わたしたちは落胆しない。たとえ外側の人が衰えていっても、内側の人は日ごとに新しくされている。
コリント第二5:1 わたしたちは知っている。地上にあるこの住まい、つまり仮のテントのようなこの体が壊されても、神が備えてくださった建物が、わたしたちにはある。それは人の手によらない、天にある永遠の住まいだ。
コリント第二5:12 これは、また自分を売り込もうとしているのではない。むしろ、わたしたちのことを誇れるきっかけを、あなたがたに与えているのだ。心ではなく見かけを誇る人たちに、あなたがたが答えられるようにするためだ。
コリント第二5:14 というのも、キリストの愛がわたしたちを突き動かしているからだ。わたしたちはこう確信している。一人の方がすべての人のために死んでくださった。だから、すべての人が死んだのだ。
コリント第二5:15 その方がすべての人のために死んでくださったのは、生きている人たちが、もはや自分のためではなく、自分たちのために死んでよみがえってくださった方のために生きるようになるためだ。
コリント第二5:17 だから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者だ。古いものは過ぎ去り、見よ、すべてが新しくなったのだ。
コリント第二6:3 わたしたちは、この働きが非難されないように、どんなことでも人のつまずきになるようなことはしない。
コリント第二6:8 栄光のときも、辱めのときも、悪く言われるときも、よく言われるときも、変わらない。わたしたちは人をだます者のように見られても、真実な者であり、
コリント第二6:10 悲しんでいるようでいて、いつも喜んでいる。貧しいようでいて、多くの人を豊かにする。何も持っていないようでいて、すべてを持っている。
コリント第二6:11 コリントの人たち、わたしたちはあなたがたに向かって口を開き、包み隠さず語ってきた。心も広く開いている。
コリント第二6:14 信じていない人たちと、つり合わないくびきを共に負ってはいけない。義と不法に、どんな関わりがあるだろう。光と闇に、どんな交わりがあるだろう。
コリント第二6:15 キリストとベリアルに、どんな調和があるだろう。信じる人と信じない人に、分け合えるものなど何があるだろう。
コリント第二7:1 愛する人たち。わたしたちにはこれらの約束が与えられている。だから、体と心を汚すものすべてから自分をきよめ、神を畏れながら、聖なる生き方を完成させていこう。
コリント第二7:12 だから、わたしがあなたがたに手紙を書いたのは、不当なことをした人のためでも、それをされた人のためでもない。あなたがたがわたしたちのことをどれほど真剣に思っているか、それが神の前ではっきりと示されるためだった。
コリント第二8:8 これは命令として言っているのではない。ほかの人たちの熱心さを引き合いに出して、あなたがたの愛が本物かどうかを確かめたいのだ。
コリント第二8:12 進んでする気持ちさえあれば、その人が持っているものに応じて受け入れられる。持っていないものが求められるわけではない。
コリント第二8:13 ほかの人が楽をして、あなたがたが苦しむようにということではない。公平になるためだ。
コリント第二8:18 わたしたちは、彼といっしょにひとりの兄弟を送った。この人は、福音のことですべての教会から高く評価されている。
コリント第二8:19 それだけではない。この人は、わたしたちがこの恵みの働きを進めるとき、旅をともにする者として諸教会から選ばれたのだ。この奉仕は、主ご自身の栄光のためであり、わたしたちの熱意を示すためでもある。
コリント第二8:21 主の前だけでなく、人の前でも正しくあろうと心がけているからだ。
コリント第二8:22 わたしたちは、もうひとりの兄弟も彼らといっしょに送った。この人は、いろいろな場面で何度も熱心さを確かめてきた人だ。しかも今は、あなたがたを深く信頼しているので、ますます熱心になっている。
コリント第二9:2 あなたがたの熱意は、よく知っている。わたしはそれをマケドニアの人たちに誇って、「アカイアの人たちは去年から準備ができている」と話してきた。あなたがたの熱心さは、多くの人を奮い立たせたのだ。
コリント第二9:4 もしマケドニアの人たちがわたしといっしょに行って、あなたがたの準備ができていないのを見たら、こんなに信頼していたのに、わたしたちは恥をかくことになる。いや、あなたがたこそ恥をかくことになるだろう。
コリント第二9:6 覚えておいてほしい。わずかしか種をまかない人は、わずかしか刈り取れない。たっぷり種をまく人は、たっぷり刈り取ることができるのだ。
コリント第二9:7 一人ひとりが、心で決めたとおりに出せばいい。しぶしぶでもなく、仕方なくでもなく。神は、よろこんで与える人を愛してくださるからだ。
コリント第二9:9 こう書いてあるとおりだ。「その人は惜しみなく分け与え、貧しい人たちに施した。その義はいつまでも変わらずに続く。」
コリント第二9:10 種をまく人に種を与え、食べるためのパンを与えてくださる神は、あなたがたにも種をたっぷり与え、それを増やし、あなたがたの義が実らせる収穫を豊かにしてくださる。
コリント第二9:12 この奉仕の働きは、神の民の足りないものを満たすだけではない。多くの人があふれるほど神に感謝をささげることにもつながっていく。
コリント第二9:13 この奉仕によってあなたがたの真実が証しされ、人々は神をたたえるだろう。あなたがたがキリストの福音を告白し、それに従っていること、そして彼らにも、すべての人にも惜しみなく分け合っていることを見て、神をあがめるのだ。
コリント第二10:2 お願いだから、そちらに行ったときに、強気に出なくてすむようにしてほしい。わたしたちを、この世のやり方で生きている者だと決めつける一部の人たちには、思いきって強く出るつもりでいるのだから。
コリント第二10:7 あなたがたは、うわべだけを見ている。自分はキリストのものだと確信している人がいるなら、その人はもう一度考えてほしい。その人がキリストのものであるように、わたしたちもまた、キリストのものなのだ。
コリント第二10:10 というのも、こう言う人がいるからだ。「彼の手紙は重々しくて力強いが、実際に会ってみると弱々しく、話もたいしたことがない。」
コリント第二10:11 そういう人は、こう考えるべきだ。離れているとき手紙の言葉で示すわたしたちの姿と、そちらに行ったときの行動とは、まったく同じなのだ。
コリント第二10:12 わたしたちは、自分を売り込む人たちの仲間に入ったり、自分を彼らと比べたりする気はない。彼らは、自分で自分をものさしにして測り、自分どうしを比べ合っている。それでは、何もわかっていないというものだ。
コリント第二10:15 だから、他の人が苦労した働きを、自分の手柄のように限度を超えて自慢したりはしない。むしろ、あなたがたの信仰が成長するにつれて、わたしたちの活動の範囲もあなたがたの間で大きく広がっていくことを願っている。