コリント人への第二の手紙 3章7節(コリント第二3:7)

7 さて、人ひとを死しに導みちびくこの務つとめは、石いしに文字もじで刻きざまれたものだった。それでも栄光えいこうに包つつまれて始はじまり、イスラエルの人々ひとびとはモーセの顔かおを見みつめることができなかった。その顔かおが、やがて消きえていく栄光えいこうで輝かがやいていたからだ。

コリント第二3章全体を読む

この節の翻訳記録を見る(日常訳プロジェクト)

この節を含む箇所新しい契約の栄光コリント第二3:7-18

前後の聖句(3章5–9節)

5 自分じぶんの力ちからで何なんかをやり遂とげられると、わたしたち自身じしんが誇ほこれるわけではない。わたしたちにそれをする力ちからがあるのは、神かみから来きているのだ。

6 その神かみが、わたしたちを新あたらしい契約けいやくに仕つかえる者ものとしてふさわしくしてくださった。それは文字もじによるものではなく、霊れいによるものだ。文字もじは人ひとを殺ころすが、霊れいは命いのちを与あたえるからだ。

7 さて、人ひとを死しに導みちびくこの務つとめは、石いしに文字もじで刻きざまれたものだった。それでも栄光えいこうに包つつまれて始はじまり、イスラエルの人々ひとびとはモーセの顔かおを見みつめることができなかった。その顔かおが、やがて消きえていく栄光えいこうで輝かがやいていたからだ。

8 だとすれば、霊れいによる務つとめは、なおさら栄光えいこうに満みちているはずではないか。

9 人ひとを罪つみに定さだめる務つとめにさえ栄光えいこうがあったのなら、人ひとを義ぎとする務つとめは、はるかに大おおきな栄光えいこうにあふれているはずだ。

有名な聖句をもっと読む