「求める」(もとめる)が出てくる聖書の箇所

「求める」(もとめる)は口語訳の360か所(旧約283・新約77)に出てきます。「もとめる」「求む」も含みます。日常訳第1版では409か所。

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360か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

イザヤ書(25か所)

イザヤ書9:13 しかもなお、この民みんは自分じぶんたちを撃うった者ものに帰かえらず、万まん軍ぐんの主しゅを求もとめない。

イザヤ書10:3 あなたがたは刑罰けいばつの日ひがきたなら、何なんをしようとするのか。大風おおかぜが遠とおくから来くるとき、何なんをしようとするのか。あなたがたはのがれていって、だれに助たすけを求もとめようとするのか。また、どこにあなたがたの富とみを残のこそうとするのか。

イザヤ書10:31 マデメナは逃にげ去さり、ゲビムの民たみは隠かくれ場ばを求もとめた。

イザヤ書16:5 一ひとつの玉座ぎょくざがいつくしみによって堅かたく立たてられ、ダビデの幕屋まくやにあって、さばきをなし、公平こうへいを求もとめ、正義せいぎを行おこなうに、すみやかなる者ものが真実しんじつをもってその上うえに座ざする」。

イザヤ書19:20 これはエジプトの国くにで万まん軍ぐんの主しゅに、しるしとなり、あかしとなる。彼かれらがしえたげる者もののゆえに、主しゅに叫さけび求もとめるとき、主しゅは救すくう者ものをつかわして、彼かれらを守まもり助たすけられる。

イザヤ書20:6 その日ひには、この海うみべに住すむ民たみは言いう、『見みよ、われわれが頼たのみとした国くに、すなわちわれわれがのがれて行いって助たすけを求もとめ、アッスリヤ王おうから救すくい出だされようとした国くにはすでにこのとおりである。われわれはどうしてのがれることができようか』と。」

イザヤ書26:9 わが魂たましいは夜よるあなたを慕したい、わがうちなる霊れいは、せつにあなたを求もとめる。あなたのさばきが地ちに行おこなわれるとき、世よに住すむ者ものは正義せいぎを学まなぶからである。

イザヤ書26:16 主しゅよ、彼かれらは悩なやみのとき、あなたに求もとめた。彼かれらがあなたの懲ちょうしめにあったとき、祈いのりをささげた。

イザヤ書30:2 彼かれらはわが言葉ことばを求もとめず、エジプトへ下くだっていって、パロの保護ほごにたより、エジプトの陰かげに隠かくれようとする。

イザヤ書40:20 貧まずしい者ものは、ささげ物ものとして朽くちることのない木きを選えらび、巧たくみな細工さいく人にんを求もとめて、動うごくことのない像ぞうを立たたたせる。

イザヤ書41:17 貧まずしい者ものと乏とぼしい者ものとは水みずを求もとめても、水みずがなく、その舌したがかわいて焼やけているとき、主しゅなるわたしは彼かれらに答こたえる、イスラエルの神かみなるわたしは彼かれらを捨すてることがない。

イザヤ書56:11 この犬いぬどもは強欲ごうよくで、飽あくことを知しらない。彼かれらはまた悟さとることのできない牧者ぼくしゃで、皆みなおのが道みちにむかいゆき、おのおのみな、おのれの利りを求もとめる。

イザヤ書58:2 彼かれらは日々ひびわたしを尋たずね求もとめ、義ぎを行おこない、神かみのおきてを捨すてない国民こくみんのように、わが道みちを知しることを喜よろこぶ。彼かれらは正ただしいさばきをわたしに求もとめ、神かみに近ちかづくことを喜よろこぶ。

イザヤ書58:3 彼かれらは言いう、『われわれが断食だんじきしたのに、なぜ、ごらんにならないのか。われわれがおのれを苦くるしめたのに、なぜ、ごぞんじないのか』と。見みよ、あなたがたの断食だんじきの日ひには、おのが楽たのしみを求もとめ、その働はたらき人にんをことごとくしえたげる。

イザヤ書58:13 もし安息あんそく日ひにあなたの足あしをとどめ、わが聖日せいじつにあなたの楽たのしみをなさず、安息あんそく日ひを喜よろこびの日ひと呼よび、主しゅの聖日せいじつを尊とうとぶべき日ひととなえ、これを尊とうとんで、おのが道みちを行おこなわず、おのが楽たのしみを求もとめず、むなしい言葉ことばを語かたらないならば、

イザヤ書62:6 エルサレムよ、わたしはあなたの城壁じょうへきの上うえに見張みはり人にんをおいて、昼ひるも夜よるもたえず、もだすことのないようにしよう。主しゅに思おもい出だされることを求もとめる者ものよ、みずから休やすんではならない。

イザヤ書65:1 わたしはわたしを求もとめなかった者ものに問とわれることを喜よろこび、わたしを尋たずねなかった者ものに見みいだされることを喜よろこんだ。わたしはわが名なを呼よばなかった国民こくみんに言いった、「わたしはここにいる、わたしはここにいる」と。

イザヤ書65:16 それゆえ、地ちにあっておのれのために祝福しゅくふくを求もとめる者ものは、真実しんじつの神かみによっておのれの祝福しゅくふくを求もとめ、地ちにあって誓ちかう者ものは、真実しんじつの神かみをさして誓ちかう。さきの悩なやみは忘わすれられて、わが目めから隠かくれうせるからである。

エレミヤ書(22か所)

エレミヤ書4:30 ああ、荒あらされた女おんなよ、あなたが紅くれないの着物きものをき、金かねの飾かざりで身みをよそおい、目めを塗ぬって大おおきくするのは、なんのためか。あなたが美うつくしくしても、むだである。あなたの恋人こいびとらはあなたを卑いやしめ、あなたの命いのちを求もとめている。

エレミヤ書5:1 エルサレムのちまたを行いきめぐり、見みて、知しるがよい。その広場ひろばを尋たずねて、公平こうへいを行おこない、真実しんじつを求もとめる者ものが、ひとりでもあるか捜さがしてみよ。あれば、わたしはエルサレムをゆるす。

エレミヤ書8:2 彼かれらの愛あいし、仕つかえ、従したがい、求もとめ、また拝おがんだ、日ひと月つきと天てんの衆しゅう群ぐんの前まえにさらされる。その骨ほねは集あつめる者ものも葬ほうむる者ものもなく、地ちのおもてに糞土ふんどのようになる。

エレミヤ書11:21 それゆえ主しゅはアナトテの人々ひとびとについてこう言いわれる、彼かれらはあなたの命いのちを取とろうと求もとめて言ゆう、「主しゅの名なによって預言よげんしてはならない。それをするならば、あなたはわれわれの手てにかかって死しぬであろう」。

エレミヤ書17:16 悪あくをつかわされるようにとは、わたしはたって求もとめませんでした。また災わざわいの日ひを願ねがわなかったのを、あなたはごぞんじです。わたしのくちびるから出でたことは、み前まえにあります。

エレミヤ書19:7 またわたしはこの所ところでユダとエルサレムの計はかりごとを打うち破やぶり、つるぎをもって、彼かれらをその敵てきの前まえと、そのいのちを求もとめる者ものの手てに倒たおれさせ、またその死体したいを空そらの鳥とりと地ちの獣けものの食くい物ものとし、

エレミヤ書19:9 また彼かれらがその敵てきとその命いのちを求もとめる者ものとに囲かこまれて苦くるしみ悩なやむ時とき、わたしは彼かれらに自分じぶんのむすこの肉にく、娘むすめの肉にくを食たべさせる。彼かれらはまた互たがいにその友ともの肉にくを食たべるようになる』。

エレミヤ書21:7 主しゅは言いわれる、この後ご、わたしはユダの王おうゼデキヤとその家来けらいたち、および疫病やくびょうと、つるぎと、ききんを免まぬがれて、この町まちに残のこっている民たみを、バビロンの王おうネブカデレザルの手てと、その敵てきの手て、およびその命いのちを求もとめる者ものの手てに渡わたす。バビロンの王おうはつるぎの刃はにかけて彼かれらを撃うち、彼かれらを惜おしまず、顧かえりみず、またあわれむこともしない』。

エレミヤ書22:25 あなたの命いのちを求もとめる者ものの手て、あなたがその顔かおを恐おそれる者ものの手て、すなわちバビロンの王おうネブカデレザルの手てと、カルデヤびとの手てにあなたを渡わたす。

エレミヤ書26:19 ユダの王おうヒゼキヤと、すべてのユダの人ひとは彼かれを殺ころそうとしたことがあろうか。ヒゼキヤは主しゅを恐おそれ、主しゅの恵めぐみを求もとめたので、主しゅは彼かれらに災わざわいを下くだすとお告つげになったのを思おもいなおされたではないか。しかし、われわれは、自分じぶんの身みに大おおきな災わざわいを招まねこうとしている」。

エレミヤ書29:7 わたしがあなたがたを捕とらえ移うつさせたところの町まちの平安へいあんを求もとめ、そのために主しゅに祈いのるがよい。その町まちが平安へいあんであれば、あなたがたも平安へいあんを得うるからである。

エレミヤ書31:2 主しゅはこう言いわれる、「つるぎをのがれて生いき残のこった民たみは、荒野こうやで恵めぐみを得えた。イスラエルが安息あんそくを求もとめた時とき、

エレミヤ書34:20 わたしはその敵てきの手てと、その命いのちを求もとめる者ものの手てに渡わたす。その死体したいは空そらの鳥とりと野のの獣けものの食物しょくもつとなる。

エレミヤ書34:21 わたしはまたユダの王おうゼデキヤと、そのつかさたちをその敵てきの手て、その命いのちを求もとめる者ものの手て、あなたがたを離はなれて去さったバビロンの王おうの軍勢ぐんぜいの手てに渡わたす。

エレミヤ書37:7 「イスラエルの神かみ、主しゅはこう言いわれる、あなたがたをつかわしてわたしに求もとめたユダの王おうにこう言いいいなさい、『あなたがたを救すくうために出でてきたパロの軍勢ぐんぜいはその国くにエジプトに帰かえろうとしている。

エレミヤ書38:4 すると、つかさたちは王おうに言いった、「この人ひとを殺ころしてください。このような言葉ことばをのべて、この町まちに残のこっている兵士へいしの手てと、すべての民たみの手てを弱よわくしているからです。この人ひとは民みんの安泰あんたいを求もとめないで、その災わざわいを求もとめているのです」。

エレミヤ書38:16 その時ときゼデキヤ王おうは、ひそかにエレミヤに誓ちかって言いった、「われわれの魂たましいを造つくられた主しゅは生いきておられる。わたしはあなたを殺ころさない、またあなたの命いのちを求もとめる者ものの手てに、あなたを渡わたすこともしない」。

エレミヤ書44:30 すなわち主しゅはこう言いわれる、見みよ、わたしはユダの王おうゼデキヤを、その命いのちを求もとめる敵てきであるバビロンの王おうネブカデレザルの手てに渡わたしたように、エジプトの王おうパロ・ホフラをその敵てきの手て、その命いのちを求もとめる者ものの手てに渡わたす」。

エレミヤ書45:5 あなたは自分じぶんのために大おおいなる事ことを求もとめるのか、これを求もとめてはならない。見みよ、わたしはすべての人ひとに災わざわいを下くだそうとしている。しかしあなたの命いのちはあなたの行いくすべての所ところで、ぶんどり物ものとしてあなたに与あたえると主しゅは言いわれる」。

エレミヤ書46:26 わたしは彼かれらを、その命いのちを求もとめる者ものの手てと、バビロンの王おうネブカデレザルの手てと、その家来けらいたちの手てに渡わたす。その後ご、エジプトは昔むかしのように人ひとの住すむ所ところとなると、主しゅは言いわれる。

エレミヤ書49:37 主しゅは言いわれる、わたしはエラムをしてその敵てきの前まえ、またその命いのちを求もとめる者ものの前まえに恐おそれさせる。わたしは災わざわいをくだし、激はげしい怒いかりをその上うえにくだす。彼かれらのうしろに、つるぎを送おくって滅ほろぼし尽つくす。

エレミヤ書50:4 主しゅは言いわれる、その日ひその時とき、イスラエルの民たみとユダの民たみは共ともに帰かえってくる。彼かれらは嘆なげきながら帰かえってくる。そしてその神かみ、主しゅを求もとめる。

哀歌(4か所)

哀歌1:11 その民みんはみな嘆なげいて食物しょくもつを求もとめ、その命いのちをささえるために、財宝ざいほうを食物しょくもつにかえた。「主しゅよ、みそなわして、わたしの卑いやしめられるのを顧かえりみてください」。

哀歌1:19 わたしはわが愛あいする者ものを呼よんだが、彼かれらはわたしを欺あざむいた。わが祭司さいしおよび長老ちょうろうたちは、その命いのちをささえようと、食物しょくもつを求もとめている間あいだに、町まちのうちで息いき絶たえた。

哀歌3:8 わたしは叫さけんで助たすけを求もとめたが、彼かれはわたしの祈いのりをしりぞけ、

哀歌4:4 乳ちちのみ子この舌したはかわいて、上うわあごに、ひたとつき、幼おさな子ごらはパンを求もとめても、これに与あたえる者ものがない。

エゼキエル書(12か所)

エゼキエル書3:18 わたしが悪人あくにんに『あなたは必かならず死しぬ』と言いうとき、あなたは彼かれの命いのちを救すくうために彼かれを戒いましめず、また悪人あくにんを戒いましめて、その悪わるい道みちから離はなれるように語かたらないなら、その悪人あくにんは自分じぶんの悪あくのために死しぬ。しかしその血ちをわたしはあなたの手てから求もとめる。

エゼキエル書3:20 また義人ぎじんがその義ぎにそむき、不義ふぎを行おこなうなら、わたしは彼かれの前まえに、つまずきを置おき、彼かれは死しぬ。あなたが彼かれを戒いましめなかったゆえ、彼かれはその罪つみのために死しに、その行いった義ぎは覚おぼえられない。しかしその血ちをわたしはあなたの手てから求もとめる。

エゼキエル書7:25 滅ほろびが来くるとき、彼かれらは平安へいあんを求もとめても得えられない。

エゼキエル書7:26 災わざわいに災わざわいが重かさなりきたり、知しらせに知しらせが相あいつぐ。その時とき、彼かれらは預言よげん者しゃに幻まぼろしを求もとめる。しかし律法りっぽうは祭司さいしのうちに絶たえ、計はかりごとは長老ちょうろうのうちに絶たえる。

エゼキエル書14:7 イスラエルの家いえの者ものおよびイスラエルに宿やどる外国がいこく人にんのだれでも、わたしから離はなれ、その心こころに偶像ぐうぞうを持もち、その顔かおの前まえに罪つみに落おとしいれるところのつまずきを置おきながら、預言よげん者しゃに来きて、心こころのままにわたしに求もとめるときは、主しゅであるわたしは、みずからこれに答こたえをする。

エゼキエル書14:10 彼かれらはその罰ばつを負おう。その預言よげん者しゃの罰ばつは、問とい求もとめる者ものの罰ばつと同様どうようである。

エゼキエル書20:40 主しゅなる神かみは言いわれる、わたしの聖せいなる山やま、イスラエルの高たかい山やまの上うえで、イスラエルの全ぜん家いえはその地ちで、ことごとくわたしに仕つかえる。その所ところでわたしは喜よろこんで彼かれらを受うけいれ、あなたがたのささげ物ものと最上さいじょうの供そなえ物ものとを、その聖せいなるささげ物ものと共ともに求もとめる。

エゼキエル書29:16 これはイスラエルが助たすけを求もとめる時とき、その罪つみを思おもい出だして、再ふたたびイスラエルの家いえの頼たのみとはならない。こうして彼かれらは、わたしが主しゅなる神かみであることを知しる」。

エゼキエル書33:6 しかし見守みまもる者ものが、つるぎの臨のぞむのを見みても、ラッパを吹ふかず、そのため民みんが、みずから警戒けいかいしないでいるうちに、つるぎが臨のぞみ、彼かれらの中なかのひとりを失ううしなうならば、その人ひとは、自分じぶんの罪つみのために殺ころされるが、わたしはその血ちの責任せきにんを、見守みまもる者ものの手てに求もとめる。

エゼキエル書33:8 わたしが悪人あくにんに向むかって、悪人あくにんよ、あなたは必かならず死しぬと言いう時とき、あなたが悪人あくにんを戒いましめて、その道みちから離はなれさせるように語かたらなかったら、悪人あくにんは自分じぶんの罪つみによって死しぬ。しかしわたしはその血ちを、あなたの手てに求もとめる。

エゼキエル書34:10 主しゅなる神かみはこう言いわれる、見みよ、わたしは牧者ぼくしゃらの敵てきとなり、わたしの羊ひつじを彼かれらの手てに求もとめ、彼かれらにわたしの群むれを養やしなうことをやめさせ、再ふたたび牧者ぼくしゃ自身じしんを養やしなわせない。またわが羊ひつじを彼かれらの口くちから救すくって、彼かれらの食物しょくもつにさせない。

エゼキエル書36:37 主しゅなる神かみはこう言いわれる、イスラエルの家いえは、わたしが次つぎのことを彼かれらのためにするように、わたしに求もとめるべきである。すなわち人ひとを群むれのようにふやすこと、

ダニエル書(9か所)

ダニエル書1:8 ダニエルは王おうの食物しょくもつと、王おうの飲のむ酒さけとをもって、自分じぶんを汚よごすまいと、心こころに思おもい定さだめたので、自分じぶんを汚よごさせることのないように、宦官かんがんの長ちょうに求もとめた。

ダニエル書2:13 この命令めいれいが発はっせられたので、知者ちしゃらは殺ころされることになった。またダニエルとその同僚どうりょうをも殺ころそうと求もとめた。

ダニエル書2:18 共ともにこの秘密ひみつについて天てんの神かみのあわれみを請こい、ダニエルとその同僚どうりょうとが、他たのバビロンの知者ちしゃと共ともに滅ほろぼされることのないように求もとめた。

ダニエル書2:23 わが先祖せんぞたちの神かみよ、あなたはわたしに知恵ちえと力ちからとを賜たまい、今いまわれわれがあなたに請こい求もとめたところのものをわたしに示ししめし、王おうの求もとめたことをわれわれに示しめされたので、わたしはあなたに感謝かんしゃし、あなたをさんびします」。

ダニエル書2:27 ダニエルは王おうに答こたえて言いった、「王おうが求もとめられる秘密ひみつは、知者ちしゃ、法術ほうじゅつ士し、博士はかせ、占うらない師しなど、これを王おうに示しめすことはできません。

ダニエル書4:36 この時ときわたしの理性りせいは自分じぶんに帰かえり、またわが国くにの光栄こうえいのために、わが尊厳そんげんと光輝こうきとが、わたしに帰かえった。わが大臣だいじん、わが貴族きぞくらもきて、わたしに求もとめ、わたしは国くにの上うえに堅かたく立たって、前まえにもまさって大おおいなる者ものとなった。

ダニエル書6:7 国くにの総監そうかん、長官ちょうかんおよび総督そうとく、参議さんぎおよび知事ちじらは、相あいはかって、王おうが一ひとつのおきてを立たて、一ひとつの禁令きんれいを定さだめられるよう求もとめることになりました。王おうよ、それはこうです。すなわち今いまから三十さんじゅう日にちの間あいだは、ただあなたにのみ願ねがい事ごとをさせ、もしあなたをおいて、神かみまたは人ひとにこれをなす者ものがあれば、すべてその者ものを、ししの穴あなに投なげ入いれるというのです。

ダニエル書6:11 そこでその人々ひとびとは集あつまってきて、ダニエルがその神かみの前まえに祈いのり、かつ求もとめていることを見みたので、

ダニエル書8:15 われダニエルはこの幻まぼろしを見みて、その意味いみを知しろうと求もとめていた時とき、見みよ、人ひとのように見みえる者ものが、わたしの前まえに立たった。

ホセア書(5か所)

ホセア書5:6 彼かれらは羊ひつじの群むれ、牛うしの群むれを携たずさえて行いって、主しゅを求もとめても、主しゅに会あうことはない。主しゅは彼かれらから離はなれ去さられた。

ホセア書6:3 わたしたちは主しゅを知しろう、せつに主しゅを知しることを求もとめよう。主しゅはあしたの光ひかりのように必かならず現あらわれいで、冬ふゆの雨あめのように、わたしたちに臨のぞみ、春はるの雨あめのように地ちを潤うるおされる」。

ホセア書7:10 イスラエルの誇ほこりは自みずからに向むかって証言しょうげんしている、彼かれらはこのもろもろの事ことがあっても、なおその神かみ、主しゅに帰かえらず、また主しゅを求もとめない。

ホセア書10:12 あなたがたは自分じぶんのために正義せいぎをまき、いつくしみの実じつを刈かり取とり、あなたがたの新田しんでんを耕たがやせ。今いまは主しゅを求もとむべき時ときである。主しゅは来きて救すくいを雨あめのように、あなたがたに降ふりそそがれる。

ホセア書12:4 彼かれは天てんの使つかいと争あらそって勝かち、泣ないてこれにあわれみを求もとめた。彼かれはベテルで神かみに出会であい、その所ところで神かみは彼かれと語かたられた。

アモス書(5か所)

アモス書5:4 主しゅはイスラエルの家いえにこう言いわれる、「あなたがたはわたしを求もとめよ、そして生いきよ。

アモス書5:5 ベテルを求もとめるな、ギルガルに行いくな。ベエルシバにおもむくな。ギルガルは必かならず捕とらえられて行いき、ベテルは無むに帰きするからである」。

アモス書5:6 あなたがたは主しゅを求もとめよ、そして生いきよ。さもないと主しゅは火ひのようにヨセフの家いえに落おち下くだられる。火ひはこれを焼やくが、ベテルのためにこれを消けす者ものはひとりもない。

アモス書5:14 善ぜんを求もとめよ、悪あくを求もとめるな。そうすればあなたがたは生いきることができる。またあなたがたが言いうように、万まん軍ぐんの神かみ、主しゅはあなたがたと共ともにおられる。

アモス書8:12 彼かれらは海うみから海うみへさまよい歩あるき、主しゅの言葉ことばを求もとめて、こなたかなたへはせまわる、しかしこれを得えないであろう。

ミカ書(2か所)

ミカ書6:8 人ひとよ、彼かれはさきによい事ことのなんであるかをあなたに告つげられた。主しゅのあなたに求もとめられることは、ただ公義きみよしをおこない、いつくしみを愛あいし、へりくだってあなたの神かみと共ともに歩あゆむことではないか。

ミカ書7:3 両手りょうては悪わるい事ことをしようと努つとめてやまない。つかさと裁判さいばん官かんはまいないを求もとめ、大おおいなる人ひとはその心こころの悪わるい欲望よくぼうを言いいあらわし、こうして彼かれらはその悪あくを仕組しくむ。

ナホム書(1か所)

ナホム書3:11 あなたもまた酔よわされて気きを失うしない、あなたは敵てきを避さけて逃にげ場ばを求もとめる。

ゼパニヤ書(2か所)

ゼパニヤ書1:6 主しゅにそむいて従したがわない者もの、主しゅを求もとめず、主しゅを尋たずねない者ものを断たつ」。

ゼパニヤ書2:3 すべて主しゅの命令めいれいを行おこなうこの地ちのへりくだる者ものよ、主しゅを求もとめよ。正義せいぎを求もとめよ。謙遜けんそんを求もとめよ。そうすればあなたがたは主しゅの怒いかりの日ひに、あるいは隠かくされることがあろう。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書8:22 多おおくの民たみおよび強つよい国民こくみんはエルサレムに来きて、万まん軍ぐんの主しゅを求もとめ、主しゅの恵めぐみを請こう。

マラキ書(2か所)

マラキ書1:9 あなたがたは、神かみがわれわれをあわれまれるように、神かみの恵めぐみを求もとめてみよ。このようなあなたがたの手てのささげ物ものをもって、彼かれはあなたがたを受うけいれられるであろうかと、万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

マラキ書3:1 「見みよ、わたしはわが使者ししゃをつかわす。彼かれはわたしの前まえに道みちを備そなえる。またあなたがたが求もとめる所ところの主しゅは、たちまちその宮みやに来くる。見みよ、あなたがたの喜よろこぶ契約けいやくの使者ししゃが来くると、万まん軍ぐんの主しゅが言いわれる。

マタイによる福音書(15か所)

マタイ5:42 求もとめる者ものには与あたえ、借かりようとする者ものを断ことわるな。

マタイ6:8 だから、彼かれらのまねをするな。あなたがたの父ちちなる神かみは、求もとめない先さきから、あなたがたに必要ひつようなものはご存ぞんじなのである。

マタイ6:32 これらのものはみな、異邦いほう人にんが切せつに求もとめているものである。あなたがたの天てんの父ちちは、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要ひつようであることをご存ぞんじである。

マタイ6:33 まず神かみの国くにと神かみの義ぎとを求もとめなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添そえて与あたえられるであろう。

マタイ7:7 求もとめよ、そうすれば、与あたえられるであろう。捜さがせ、そうすれば、見みいだすであろう。門もんをたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

マタイ7:8 すべて求もとめる者ものは得え、捜さがす者ものは見みいだし、門もんをたたく者ものはあけてもらえるからである。

マタイ7:9 あなたがたのうちで、自分じぶんの子こがパンを求もとめるのに、石いしを与あたえる者ものがあろうか。

マタイ7:10 魚さかなを求もとめるのに、へびを与あたえる者ものがあろうか。

マタイ7:11 このように、あなたがたは悪わるい者ものであっても、自分じぶんの子供こどもには、良よい贈おくり物ものをすることを知しっているとすれば、天てんにいますあなたがたの父ちちはなおさら、求もとめてくる者ものに良よいものを下くださらないことがあろうか。

マタイ12:39 すると、彼かれらに答こたえて言いわれた、「邪悪じゃあくで不義ふぎな時代じだいは、しるしを求もとめる。しかし、預言よげん者しゃヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与あたえられないであろう。

マタイ12:43 汚よごれた霊れいが人ひとから出でると、休やすみ場ばを求もとめて水みずの無ない所ところを歩あるきまわるが、見みつからない。

マタイ16:4 邪悪じゃあくで不義ふぎな時代じだいは、しるしを求もとめる。しかし、ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与あたえられないであろう」。そして、イエスは彼かれらをあとに残のこして立たち去さられた。

マタイ20:22 イエスは答こたえて言いわれた、「あなたがたは、自分じぶんが何なんを求もとめているのか、わかっていない。わたしの飲のもうとしている杯さかずきを飲のむことができるか」。彼かれらは「できます」と答こたえた。

マタイ21:22 また、祈いのりのとき、信しんじて求もとめるものは、みな与あたえられるであろう」。

マタイ26:59 さて、祭司さいし長ちょうたちと全ぜん議会ぎかいとは、イエスを死刑しけいにするため、イエスに不利ふりな偽証ぎしょうを求もとめようとしていた。

マルコによる福音書(3か所)

マルコ8:11 パリサイ人にんたちが出でてきて、イエスを試こころみようとして議論ぎろんをしかけ、天てんからのしるしを求もとめた。

マルコ8:12 イエスは、心こころの中なかで深ふかく嘆息たんそくして言いわれた、「なぜ、今いまの時代じだいはしるしを求もとめるのだろう。よく言い聞かせいいきかせておくが、しるしは今いまの時代じだいには決けっして与あたえられない」。

マルコ10:38 イエスは言いわれた、「あなたがたは自分じぶんが何なんを求もとめているのか、わかっていない。あなたがたは、わたしが飲のむ杯さかずきを飲のみ、わたしが受うけるバプテスマを受うけることができるか」。

ルカによる福音書(15か所)

ルカ6:30 あなたに求もとめる者ものには与あたえてやり、あなたの持もち物ものを奪ううばう者ものからは取とりもどそうとするな。

ルカ11:9 そこでわたしはあなたがたに言ゆう。求もとめよ、そうすれば、与あたえられるであろう。捜さがせ、そうすれば見みいだすであろう。門もんをたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

ルカ11:10 すべて求もとめる者ものは得え、捜さがす者ものは見みいだし、門もんをたたく者ものはあけてもらえるからである。

ルカ11:11 あなたがたのうちで、父ちちであるものは、その子こが魚さかなを求もとめるのに、魚さかなの代かわりにへびを与あたえるだろうか。

ルカ11:12 卵たまごを求もとめるのに、さそりを与あたえるだろうか。

ルカ11:13 このように、あなたがたは悪わるい者ものであっても、自分じぶんの子供こどもには、良よい贈おくり物ものをすることを知しっているとすれば、天てんの父ちちはなおさら、求もとめて来くる者ものに聖霊せいれいを下くださらないことがあろうか」。

ルカ11:16 またほかの人々ひとびとは、イエスを試こころみようとして、天てんからのしるしを求もとめた。

ルカ11:24 汚よごれた霊れいが人ひとから出でると、休やすみ場ばを求もとめて水みずの無ない所ところを歩あるきまわるが、見みつからないので、出でてきた元もとの家いえに帰かえろうと言いって、

ルカ11:29 さて群衆ぐんしゅうが群むらがり集あつまったので、イエスは語かたり出だされた、「この時代じだいは邪悪じゃあくな時代じだいである。それはしるしを求もとめるが、ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与あたえられないであろう。

ルカ12:30 これらのものは皆みな、この世よの異邦いほう人にんが切せつに求もとめているものである。あなたがたの父ちちは、これらのものがあなたがたに必要ひつようであることを、ご存ぞんじである。

ルカ12:31 ただ、御お国くにを求もとめなさい。そうすれば、これらのものは添そえて与あたえられるであろう。

ルカ12:48 しかし、知しらずに打うたれるようなことをした者ものは、打うたれ方かたが少すくないだろう。多おおく与あたえられた者ものからは多おおく求もとめられ、多おおく任まかせられた者ものからは更さらに多おおく要求ようきゅうされるのである。

ルカ13:7 そこで園丁えんていに言いった、『わたしは三さん年間ねんかんも実じつを求もとめて、このいちじくの木きのところにきたのだが、いまだに見みあたらない。その木きを切きり倒たおしてしまえ。なんのために、土地とちをむだにふさがせて置おくのか』。

ルカ14:32 もし自分じぶんの力ちからにあまれば、敵てきがまだ遠とおくにいるうちに、使者ししゃを送おくって、和わを求もとめるであろう。

ルカ18:7 まして神かみは、日夜にちや叫さけび求もとめる選民せんみんのために、正ただしいさばきをしてくださらずに長ながい間あいだそのままにしておかれることがあろうか。

ヨハネによる福音書(11か所)

ヨハネ4:23 しかし、まことの礼拝れいはいをする者ものたちが、霊れいとまこととをもって父ちちを礼拝れいはいする時ときが来くる。そうだ、今いまきている。父ちちは、このような礼拝れいはいをする者ものたちを求もとめておられるからである。

ヨハネ4:27 そのとき、弟子でしたちが帰かえって来きて、イエスがひとりの女おんなと話はなしておられるのを見みて不思議ふしぎに思おもったが、しかし、「何なんを求もとめておられますか」とも、「何なんを彼女かのじょと話はなしておられるのですか」とも、尋たずねる者ものはひとりもなかった。

ヨハネ5:30 わたしは、自分じぶんからは何事なにごともすることができない。ただ聞きくままにさばくのである。そして、わたしのこのさばきは正ただしい。それは、わたし自身じしんの考かんがえでするのではなく、わたしをつかわされたかたの、み旨むねを求もとめているからである。

ヨハネ5:44 互たがいに誉ほまれを受うけながら、ただひとりの神かみからの誉ほまれを求もとめようとしないあなたがたは、どうして信しんじることができようか。

ヨハネ7:18 自分じぶんから出でたことを語かたる者ものは、自分じぶんの栄光えいこうを求もとめるが、自分じぶんをつかわされたかたの栄光えいこうを求もとめる者ものは真実しんじつであって、その人ひとの内うちには偽いつわりがない。

ヨハネ8:50 わたしは自分じぶんの栄光えいこうを求もとめてはいない。それを求もとめるかたが別べつにある。そのかたは、またさばくかたである。

ヨハネ15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉ことばがあなたがたにとどまっているならば、なんでも望のぞむものを求もとめるがよい。そうすれば、与あたえられるであろう。

ヨハネ15:16 あなたがたがわたしを選えらんだのではない。わたしがあなたがたを選えらんだのである。そして、あなたがたを立たてた。それは、あなたがたが行いって実じつをむすび、その実じつがいつまでも残のこるためであり、また、あなたがたがわたしの名なによって父ちちに求もとめるものはなんでも、父ちちが与あたえて下くださるためである。

ヨハネ16:23 その日ひには、あなたがたがわたしに問とうことは、何なんもないであろう。よくよくあなたがたに言いっておく。あなたがたが父ちちに求もとめるものはなんでも、わたしの名なによって下くださるであろう。

ヨハネ16:24 今いままでは、あなたがたはわたしの名なによって求もとめたことはなかった。求もとめなさい、そうすれば、与あたえられるであろう。そして、あなたがたの喜よろこびが満みちあふれるであろう。

ヨハネ16:26 その日ひには、あなたがたは、わたしの名なによって求もとめるであろう。わたしは、あなたがたのために父ちちに願ねがってあげようとは言ゆうまい。

使徒行伝(1か所)

使徒9:2 ダマスコの諸しょ会堂かいどうあての添書てんしょを求もとめた。それは、この道みちの者ものを見みつけ次第しだい、男女だんじょの別べつなく縛しばりあげて、エルサレムにひっぱって来くるためであった。

ローマ人への手紙(4か所)

ローマ2:7 すなわち、一方いっぽうでは、耐たえ忍しのんで善ぜんを行おこなって、光栄こうえいとほまれと朽くちぬものとを求もとめる人ひとに、永遠えいえんのいのちが与あたえられ、

ローマ3:11 悟さとりのある人ひとはいない、神かみを求もとめる人ひとはいない。

ローマ10:20 イザヤも大胆だいたんに言いっている、「わたしは、わたしを求もとめない者ものたちに見みいだされ、わたしを尋たずねない者ものに、自分じぶんを現あらわした」。

ローマ11:3 「主しゅよ、彼かれらはあなたの預言よげん者しゃたちを殺ころし、あなたの祭壇さいだんをこぼち、そして、わたしひとりが取とり残のこされたのに、彼かれらはわたしのいのちをも求もとめています」。

コリント人への第一の手紙(7か所)

コリント第一1:22 ユダヤ人にんはしるしを請こい、ギリシヤ人にんは知恵ちえを求もとめる。

コリント第一10:24 だれでも、自分じぶんの益えきを求もとめないで、ほかの人ひとの益えきを求もとめるべきである。

コリント第一10:33 わたしもまた、何事なにごとにもすべての人ひとに喜よろこばれるように努つとめ、多おおくの人ひとが救すくわれるために、自分じぶんの益えきではなく彼かれらの益えきを求もとめている。

コリント第一13:5 不ふ作法さほうをしない、自分じぶんの利益りえきを求もとめない、いらだたない、恨うらみをいだかない。

コリント第一14:1 愛あいを追おい求もとめなさい。また、霊れいの賜物たまものを、ことに預言よげんすることを、熱心ねっしんに求もとめなさい。

コリント第一14:12 だから、あなたがたも、霊れいの賜物たまものを熱心ねっしんに求もとめている以上いじょうは、教会きょうかいの徳とくを高たかめるために、それを豊ゆたかにいただくように励はげむがよい。

コリント第一14:39 わたしの兄弟きょうだいたちよ。このようなわけだから、預言よげんすることを熱心ねっしんに求もとめなさい。また、異言いげんを語かたることを妨さまたげてはならない。

コリント人への第二の手紙(2か所)

コリント第二12:14 さて、わたしは今いま、三さん度ど目めにあなたがたの所ところに行いく用意よういをしている。しかし、負担ふたんはかけないつもりである。わたしの求もとめているのは、あなたがたの持もち物ものではなく、あなたがた自身じしんなのだから。いったい、子供こどもは親おやのために財ざいをたくわえて置おく必要ひつようはなく、親おやが子供こどものためにたくわえて置おくべきである。

コリント第二13:3 なぜなら、あなたがたが、キリストのわたしにあって語かたっておられるという証拠しょうこを求もとめているからである。キリストは、あなたがたに対たいして弱よわくはなく、あなたがたのうちにあって強つよい。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ2:17 しかし、キリストにあって義ぎとされることを求もとめることによって、わたしたち自身じしんが罪人ざいにんであるとされるのなら、キリストは罪つみに仕つかえる者ものなのであろうか。断だんじてそうではない。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ3:20 どうか、わたしたちのうちに働はたらく力ちからによって、わたしたちが求もとめまた思おもうところのいっさいを、はるかに越こえてかなえて下くださることができるかたに、

ピリピ人への手紙(3か所)

ピリピ2:21 人ひとはみな、自分じぶんのことを求もとめるだけで、キリスト・イエスのことは求もとめていない。

ピリピ4:6 何事なにごとも思おもい煩わずらってはならない。ただ、事ことごとに、感謝かんしゃをもって祈いのりと願ねがいとをささげ、あなたがたの求もとめるところを神かみに申もうし上あげるがよい。

ピリピ4:17 わたしは、贈おくり物ものを求もとめているのではない。わたしの求もとめているのは、あなたがたの勘定かんじょうをふやしていく果実かじつなのである。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ3:1 このように、あなたがたはキリストと共ともによみがえらされたのだから、上うえにあるものを求もとめなさい。そこではキリストが神かみの右みぎに座ざしておられるのである。

テサロニケ人への第一の手紙(2か所)

テサロニケ第一2:6 また、わたしたちは、キリストの使徒しととして重おもんじられることができたのであるが、あなたがたからにもせよ、ほかの人々ひとびとからにもせよ、人間にんげんからの栄誉えいよを求もとめることはしなかった。

テサロニケ第一5:18 すべての事ことについて、感謝かんしゃしなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神かみがあなたがたに求もとめておられることである。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一6:10 金銭きんせんを愛あいすることは、すべての悪あくの根ねである。ある人々ひとびとは欲よくばって金銭きんせんを求もとめたため、信仰しんこうから迷まよい出でて、多おおくの苦痛くつうをもって自分じぶん自身じしんを刺さしとおした。

ヘブル人への手紙(4か所)

ヘブル11:6 信仰しんこうがなくては、神かみに喜よろこばれることはできない。なぜなら、神かみに来くる者ものは、神かみのいますことと、ご自身じしんを求もとめる者ものに報むくいて下くださることとを、必かならず信しんじるはずだからである。

ヘブル11:14 そう言いいあらわすことによって、彼かれらがふるさとを求もとめていることを示ししめしている。

ヘブル12:17 あなたがたの知しっているように、彼かれはその後ご、祝福しゅくふくを受うけ継つごうと願ねがったけれども、捨すてられてしまい、涙なみだを流ながしてそれを求もとめたが、悔改くいあらための機会きかいを得えなかったのである。

ヘブル13:14 この地上ちじょうには、永遠えいえんの都とはない。きたらんとする都みやここそ、わたしたちの求もとめているものである。

ヤコブの手紙(2か所)

ヤコブ4:2 あなたがたは、むさぼるが得えられない。そこで人殺ひとごろしをする。熱望ねつぼうするが手てに入いれることができない。そこで争あらそい戦たたかう。あなたがたは、求もとめないから得えられないのだ。

ヤコブ4:3 求もとめても与あたえられないのは、快楽かいらくのために使つかおうとして、悪わるい求もとめ方かたをするからだ。

ペテロの第一の手紙(3か所)

ペテロ第一3:11 悪あくを避さけて善ぜんを行おこない、平和へいわを求もとめて、これを追おえ。

ペテロ第一3:15 ただ、心こころの中なかでキリストを主しゅとあがめなさい。また、あなたがたのうちにある望のぞみについて説明せつめいを求もとめる人ひとには、いつでも弁明べんめいのできる用意よういをしていなさい。

ペテロ第一5:8 身みを慎つつしみ、目めをさましていなさい。あなたがたの敵てきである悪魔あくまが、ほえたけるししのように、食くいつくすべきものを求もとめて歩あるき回まわっている。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録9:6 その時ときには、人々ひとびとは死しを求もとめても与あたえられず、死しにたいと願ねがっても、死しは逃にげて行いくのである。

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