「死ぬ」(しぬ)が出てくる聖書の箇所
「死ぬ」(しぬ)は口語訳の667か所(旧約509・新約158)に出てきます。「死ねる」も含みます。日常訳第1版では812か所。
667か所を200か所ずつ4ページに分けています(3ページ目)。
詩篇(12か所)
詩篇88:10 あなたは死んだ者のために奇跡を行われるでしょうか。なき人のたましいは起きあがってあなたをほめたたえるでしょうか。[セラ
詩篇88:15 わたしは若い時から苦しんで死ぬばかりです。あなたの脅しにあって衰えはてました。
詩篇104:29 あなたがみ顔を隠されると、彼らはあわてふためく。あなたが彼らの息を取り去られると、彼らは死んでちりに帰る。
詩篇106:28 また彼らはペオルのバアルを慕って、死んだ者にささげた、いけにえを食べた。
詩篇115:17 死んだ者も、音なき所に下る者も、主をほめたたえることはない。
詩篇118:17 わたしは死ぬことなく、生きながらえて、主のみわざを物語るであろう。
詩篇143:3 敵はわたしをせめ、わがいのちを地に踏みにじり、死んで久しく時を経た者のようにわたしを暗い所に住まわせました。
箴言(7か所)
箴言5:23 彼は、教訓がないために死に、その愚かさの大きいことによって滅びる。
箴言10:21 正しい者のくちびるは多くの人を養い、愚かな者は知恵がなくて死ぬ。
箴言11:7 悪しき者は死ぬとき、その望みは絶え、不信心な者の望みもまた絶える。
箴言19:16 戒めを守る者は自分の魂を守る、み言葉を軽んじる者は死ぬ。
箴言23:13 子を懲らすことを、さし控えてはならない、むちで彼を打っても死ぬことはない。
箴言28:17 人を殺してその血を身に負う者は死ぬまで、のがれびとである、だれもこれを助けてはならない。
箴言30:7 わたしは二つのことをあなたに求めます、わたしの死なないうちに、これをかなえてください。
伝道の書(8か所)
伝道の書2:16 そもそも、知者も愚者も同様に長く覚えられるものではない。きたるべき日には皆忘れられてしまうのである。知者が愚者と同じように死ぬのは、どうしたことであろう。
伝道の書3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
伝道の書3:19 人の子らに臨むところは獣にも臨むからである。すなわち一様に彼らに臨み、これの死ぬように、彼も死ぬのである。彼らはみな同様の息をもっている。人は獣にまさるところがない。すべてのものは空だからである。
伝道の書4:2 それで、わたしはなお生きている生存者よりも、すでに死んだ死者を、さいわいな者と思った。
伝道の書7:1 良き名は良き油にまさり、死ぬる日は生るる日にまさる。
伝道の書7:17 悪に過ぎてはならない。また愚かであってはならない。あなたはどうして、自分の時のこないのに、死んでよかろうか。
伝道の書9:5 生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、ついに忘れられる。
伝道の書10:1 死んだはえは、香料を造る者のあぶらを臭くし、少しの愚痴は知恵と誉よりも重い。
イザヤ書(16か所)
イザヤ書5:13 それゆえ、わが民は無知のために、とりこにせられ、その尊き者は飢えて死に、そのもろもろの民は、かわきによって衰えはてる。
イザヤ書6:1 ウジヤ王の死んだ年、わたしは主が高くあげられたみくらに座し、その衣のすそが神殿に満ちているのを見た。
イザヤ書8:19 人々があなたがたにむかって「さえずるように、ささやくように語る巫子および魔術者に求めよ」という時、民は自分たちの神に求むべきではないか。生ける者のために死んだ者に求めるであろうか。
イザヤ書14:28 アハズ王の死んだ年にこの託宣があった、
イザヤ書22:13 見よ、あなたがたは喜び楽しみ、牛をほふり、羊を殺し、肉を食い、酒を飲んで言う、「われわれは食い、かつ飲もう、明日は死ぬのだから」。
イザヤ書22:14 万軍の主はみずからわたしの耳に示された、「まことに、この不義はあなたがたが死ぬまで、ゆるされることはない」と万軍の神、主は言われる。
イザヤ書22:18 ぐるぐるまわして、まりのように広々した地に投げられる。主人の家の恥となる者よ、あなたはそこで死に、あなたの華麗な車はそこに残る。
イザヤ書26:14 死んだ者はまた生きない。亡霊は生き返らない。それで、あなたは彼らを罰して滅ぼし、彼らの思い出をことごとく消し去られた。
イザヤ書38:1 そのころヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。アモツの子預言者イザヤは彼のところに来て言った、「主はこう仰せられます、あなたの家を整えておきなさい。あなたは死にます、生きながらえることはできません」。
イザヤ書50:2 わたしが来たとき、なぜひとりもいなかったか。わたしが呼んだとき、なぜひとりも答える者がなかったか。わたしの手が短くて、あがなうことができないのか。わたしは救う力を持たないのか。見よ、わたしが、しかると海はかれ、川は荒野となり、その中の魚は水がないために、かわき死んで悪臭を放つ。
イザヤ書51:6 目をあげて天を見、また下なる地を見よ。天は煙のように消え、地は衣のようにふるび、その中に住む者は、ぶよのように死ぬ。しかし、わが救はとこしえにながらえ、わが義はくじけることがない。
イザヤ書51:12 「わたしこそあなたを慰める者だ。あなたは何者なれば、死ぬべき人を恐れ、草のようになるべき人の子を恐れるのか。
イザヤ書51:14 身をかがめている捕われ人は、すみやかに解かれて、死ぬことなく、穴にくだることなく、その食物はつきることがない。
イザヤ書59:5 彼らはまむしの卵をかえし、くもの巣を織る。その卵を食べる者は死ぬ。卵が踏まれると破れて毒蛇を出す。
イザヤ書65:20 わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命の日を満たさない老人とは、もはやその中にいない。百歳で死ぬ者も、なお若い者とせられ、百歳で死ぬ者は、のろわれた罪びととされる。
イザヤ書66:24 「彼らは出て、わたしにそむいた人々のしかばねを見る。そのうじは死なず、その火は消えることがない。彼らはすべての人に忌みきらわれる」。
エレミヤ書(28か所)
エレミヤ書8:3 この悪しき民のうちの残っている残りの者はみな、わたしが追いやった場所で、生きることよりも死ぬことを願うようになると、万軍の主は言われる。
エレミヤ書11:21 それゆえ主はアナトテの人々についてこう言われる、彼らはあなたの命を取ろうと求めて言う、「主の名によって預言してはならない。それをするならば、あなたはわれわれの手にかかって死ぬであろう」。
エレミヤ書11:22 それで万軍の主はこう言われる、「見よ、わたしは彼らを罰する。若い人はつるぎで死に、彼らのむすこ娘は、ききんで死に、
エレミヤ書16:4 彼らは死の病にかかって死に、哀悼する者もなく、埋葬する者もなく、地のおもてに、糞土のようになる。またつるぎと、ききんに滅ぼされて、その死体は空の鳥と地の獣の食い物となる。
エレミヤ書16:6 大いなる者も小さき者も、この地に死ぬ。彼らは葬られず、また彼らのために悲しむ者もなく、自分の身を傷つける者もなく、髪をそる者もない。
エレミヤ書18:21 それゆえ、彼らの子どもたちをききんに渡し、彼らをつるぎの刃に渡してください。彼らの妻は子を失い、また寡婦となり、男は疫病にかかって死に、若い者は、戦争でつるぎに殺されますように。
エレミヤ書20:6 パシュルよ、あなたと、あなたの家に住む者とはみな捕え移される。あなたはバビロンに行って、その所で死に、その所に葬られる。あなたも、あなたが偽って預言した言葉に聞き従った友もみなそのようになる」。
エレミヤ書21:6 わたしはまたこの町に住む人と獣とを撃つ。彼らはみな重い疫病にかかって死ぬ。
エレミヤ書21:9 この町にとどまる者は、つるぎと、ききんと、疫病とで死ぬ。しかし、出て行って、あなたがたを攻め囲んでいるカルデヤびとに降伏する者は死を免れ、その命は自分のぶんどり物となる。
エレミヤ書22:10 死んだ者のために泣くことなく、またそのために嘆いてはならない。捕え移されてゆく者のために、激しく泣け。彼はふたたび帰ってきて、その故郷を見ることがないからである。
エレミヤ書22:12 彼はその捕え行かれた所で死に、再びこの地を見ない」。
エレミヤ書22:26 わたしは、あなたと、あなたを産んだ母を、あなたがたの生れた国でない他の国に追いやる。あなたがたはそこで死ぬ。
エレミヤ書26:8 エレミヤが主に命じられたすべての言葉を民に告げ終った時、祭司と預言者および民はみな彼を捕えて言った、「あなたは死ななければならない。
エレミヤ書27:13 どうしてあなたと、あなたの民とが、主がバビロンの王に仕えない国民について言われたように、つるぎと、ききんと、疫病に死んでよかろうか。
エレミヤ書28:16 それゆえ主は仰せられる、『わたしはあなたを地のおもてから除く。あなたは主に対する反逆を語ったので、今年のうちに死ぬのだ』と」。
エレミヤ書28:17 預言者ハナニヤはその年の七月に死んだ。
エレミヤ書31:30 人はめいめい自分の罪によって死ぬ。すっぱいぶどうを食べる人はみな、その歯がうく。
エレミヤ書34:4 しかしユダの王ゼデキヤよ、主の言葉を聞きなさい。主はあなたの事についてこう言われる、『あなたはつるぎで死ぬことはない。
エレミヤ書34:5 あなたは安らかに死ぬ。民はあなたの先祖であるあなたの先の王たちのために香をたいたように、あなたのためにも香をたき、またあなたのために嘆いて「ああ、主君よ」と言う』。わたしがこの言葉をいうのであると主は言われる」。
エレミヤ書38:2 彼は言った、「主はこう言われる、この町にとどまる者は、つるぎや、ききんや、疫病で死ぬ。しかし出てカルデヤびとにくだる者は死を免れる。すなわちその命を自分のぶんどり物として生きることができる。
エレミヤ書38:10 王はエチオピヤびとエベデメレクに命じて言った、「ここから三人のひとを連れて行って、預言者エレミヤを、死なないうちに穴から引き上げなさい」。
エレミヤ書38:26 あなたは彼らに、『わたしは王に願って、わたしをヨナタンの家に送り返さず、そこで死ぬことのないようにしてくださいと言った』と答えなさい」。
エレミヤ書42:16 あなたがたの恐れているつるぎはエジプトの地であなたがたに追いつき、あなたがたの恐れているききんは、すぐあとを追ってエジプトまで行き、その所であなたがたは死ぬ。
エレミヤ書42:17 すべてむりにエジプトへ行ってそこに住む者は、つるぎと、ききんと、疫病で死ぬ。わたしが彼らに下そうとしている災をのがれて残る者はそのうちにない。
エレミヤ書42:22 それゆえ、あなたがたが行って住まうことを願っているその所で、あなたがたはつるぎと、ききんと、疫病で死ぬことを確かに知らなければならない」。
エレミヤ書44:12 またわたしは、エジプトの地に住むために、むりに行ったあのユダの残りの者を取り除く。彼らはみな滅ぼされてエジプトの地に倒れる。彼らは、つるぎとききんに滅ぼされ、最も小さい者から最も大いなる者まで、つるぎとききんによって死ぬ。そして、のろいとなり、恐怖となり、ののしりとなり、はずかしめとなる。
エレミヤ書52:11 またゼデキヤの目をつぶさせた。そしてバビロンの王は彼を鎖につないでバビロンへ連れて行き、その死ぬ日まで獄屋に入れて置いた。
エレミヤ書52:34 彼の給与としては、その死ぬ日まで一生の間、たえず日々の必要にしたがって、バビロンの王から給与を賜わった。
哀歌(2か所)
哀歌3:6 遠い昔に死んだ者のように、暗い所に住まわせられた。
哀歌4:9 つるぎで殺される者は、飢えて死ぬ者よりもさいわいである。彼らは田畑の産物の欠乏によって、刺された者のように衰え行くからである。
エゼキエル書(31か所)
エゼキエル書3:18 わたしが悪人に『あなたは必ず死ぬ』と言うとき、あなたは彼の命を救うために彼を戒めず、また悪人を戒めて、その悪い道から離れるように語らないなら、その悪人は自分の悪のために死ぬ。しかしその血をわたしはあなたの手から求める。
エゼキエル書3:19 しかし、もしあなたが悪人を戒めても、彼がその悪をも、またその悪い道をも離れないなら、彼はその悪のために死ぬ。しかしあなたは自分の命を救う。
エゼキエル書3:20 また義人がその義にそむき、不義を行うなら、わたしは彼の前に、つまずきを置き、彼は死ぬ。あなたが彼を戒めなかったゆえ、彼はその罪のために死に、その行った義は覚えられない。しかしその血をわたしはあなたの手から求める。
エゼキエル書4:14 そこでわたしは言った、「ああ、主なる神よ、わたしは自分を汚したことはありません。わたしは幼い時から今日まで、自然に死んだものや、野獣に裂き殺されたものを食べたことはありません。また汚れた肉がわたしの口にはいったことはありません」。
エゼキエル書5:12 あなたの三分の一はあなたの中で疫病で死に、ききんで滅び、三分の一はあなたのまわりでつるぎに倒れ、三分の一は四方の風に散らされる。わたしはつるぎを抜いてそのあとを追う。
エゼキエル書6:12 遠くにいる者は疫病で死に、近くにいる者はつるぎに倒れる。生き残って身を全うする者はききんによって死ぬ。このようにわたしはわが憤りを彼らの上に漏らし尽す。
エゼキエル書7:15 外にはつるぎがあり、内には疫病とききんがある。畑にいる者はつるぎに死に、町にいる者はききんと疫病に滅ぼされる。
エゼキエル書11:13 このようにわたしが預言していた時、ベナヤの子ペラテヤが死んだので、わたしは打ち伏して、大声で叫んで言った、「ああ主なる神よ、あなたはイスラエルの残りの者をことごとく滅ぼそうとされるのですか」。
エゼキエル書12:13 わたしはわたしの網を彼の上に打ちかける。彼はわたしのわなにかかる。わたしは彼をカルデヤびとの地のバビロンに引いて行く。しかし彼はそれを見ないで、そこで死ぬであろう。
エゼキエル書13:19 あなたがたは少しばかりの大麦のため、少しばかりのパンのために、わが民のうちに、わたしを汚し、かの偽りを聞きいれるわが民に偽りを述べて、死んではならない者を死なせ、生きていてはならない者を生かす。
エゼキエル書17:16 契約を破ってなおのがれることができようか。主なる神は言われる、わたしは生きている、必ず彼は自分を王となした王の住む所、彼が立てた誓いを軽んじ、その契約を破った相手の王のいるバビロンで彼は死ぬ。
エゼキエル書18:4 見よ、すべての魂はわたしのものである。父の魂も子の魂もわたしのものである。罪を犯した魂は必ず死ぬ。
エゼキエル書18:13 利息や高利をとって貸すならば、その子は生きるであろうか。彼は生きることはできない。彼はこれらの憎むべき事をしたので、必ず死に、その血は彼自身に帰する。
エゼキエル書18:17 その手をひいて悪を行わず、利息や高利をとらず、わたしのおきてを行い、わたしの定めに歩むならば、彼はその父の悪のために死なず、必ず生きる。
エゼキエル書18:18 しかしその父は人をかすめ、その兄弟の物を奪い、その民の中で良くない事を行ったゆえ、見よ、彼はその悪のために死ぬ。
エゼキエル書18:20 罪を犯す魂は死ぬ。子は父の悪を負わない。父は子の悪を負わない。義人の義はその人に帰し、悪人の悪はその人に帰する。
エゼキエル書18:21 しかし、悪人がもしその行ったもろもろの罪を離れ、わたしのすべての定めを守り、公道と正義とを行うならば、彼は必ず生きる。死ぬことはない。
エゼキエル書18:24 しかし義人がもしその義を離れて悪を行い、悪人のなすもろもろの憎むべき事を行うならば、生きるであろうか。彼が行ったもろもろの正しい事は覚えられない。彼はその犯したとがと、その犯した罪とのために死ぬ。
エゼキエル書18:26 義人がその義を離れて悪を行い、そのために死ぬならば、彼は自分の行った悪のために死ぬのである。
エゼキエル書18:28 彼は省みて、その犯したすべてのとがを離れたのだから必ず生きる。死ぬことはない。
エゼキエル書18:31 あなたがたがわたしに対しておこなったすべてのとがを捨て去り、新しい心と、新しい霊とを得よ。イスラエルの家よ、あなたがたはどうして死んでよかろうか。
エゼキエル書24:18 朝のうちに、わたしは人々に語ったが、夕べには、わたしの妻は死んだ。翌朝わたしは命じられたようにした。
エゼキエル書33:8 わたしが悪人に向かって、悪人よ、あなたは必ず死ぬと言う時、あなたが悪人を戒めて、その道から離れさせるように語らなかったら、悪人は自分の罪によって死ぬ。しかしわたしはその血を、あなたの手に求める。
エゼキエル書33:9 しかしあなたが悪人に、その道を離れるように戒めても、その悪人がその道を離れないなら、彼は自分の罪によって死ぬ。しかしあなたの命は救われる。
エゼキエル書33:11 あなたは彼らに言え、主なる神は言われる、わたしは生きている。わたしは悪人の死を喜ばない。むしろ悪人が、その道を離れて生きるのを喜ぶ。あなたがたは心を翻せ、心を翻してその悪しき道を離れよ。イスラエルの家よ、あなたはどうして死んでよかろうか。
エゼキエル書33:13 わたしが義人に、彼は必ず生きると言っても、もし彼が自分の義をたのんで、罪を犯すなら、彼のすべての義は覚えられない。彼はみずから犯した罪のために死ぬ。
エゼキエル書33:14 また、わたしが悪人に『あなたは必ず死ぬ』と言っても、もし彼がその罪を離れ、公道と正義とを行うならば、
エゼキエル書33:15 すなわちその悪人が質物を返し、奪った物をもどし、命の定めに歩み、悪を行わないならば、彼は必ず生きる。決して死なない。
エゼキエル書33:18 義人がその義を離れて、罪を犯すならば、彼はこれがために死ぬ。
エゼキエル書33:27 あなたは彼らに言いなさい。主なる神はこう言われる、わたしは生きている。かの荒れ跡にいる者は必ずつるぎに倒れる。わたしは野の面にいる者を、獣に与えて食わせ、要害とほら穴とにいる者は疫病で死ぬ。
エゼキエル書44:31 祭司は、鳥でも獣でも、すべて自然に死んだもの、または裂き殺されたものを食べてはならない。
ホセア書(1か所)
ホセア書13:1 エフライムが物言えば、人々はおののいた。彼はイスラエルの中に自分を高くした。しかし彼はバアルによって罪を犯して死んだ。
アモス書(4か所)
アモス書2:2 それゆえ、わたしはモアブに火を送り、ケリオテのもろもろの宮殿を焼き滅ぼす。モアブは騒ぎと、ときの声と、ラッパの音の中に死ぬ。
アモス書6:9 一つの家に十人の者が残っていても、彼らは死に、
アモス書7:11 アモスはこのように言っています、『ヤラベアムはつるぎによって死ぬ、イスラエルは必ず捕えられて行って、その国を離れる』と」。
アモス書7:17 それゆえ、主はこう言われる、『あなたの妻は町で遊女となり、あなたのむすこ、娘たちはつるぎに倒れ、あなたの地は測りなわで分かたれる。そしてあなたは汚れた地で死に、イスラエルは必ず捕えられて行って、その国を離れる』」。
ヨナ書(2か所)
ヨナ書4:3 それで主よ、どうぞ今わたしの命をとってください。わたしにとっては、生きるよりも死ぬ方がましだからです」。
ヨナ書4:8 やがて太陽が出たとき、神が暑い東風を備え、また太陽がヨナの頭を照したので、ヨナは弱りはて、死ぬことを願って言った、「生きるよりも死ぬ方がわたしにはましだ」。
ハバクク書(1か所)
ハバクク書1:12 わが神、主、わが聖者よ。あなたは永遠からいますかたではありませんか。わたしたちは死んではならない。主よ、あなたは彼らをさばきのために備えられた。岩よ、あなたは彼らを懲しめのために立てられた。
ゼカリヤ書(2か所)
ゼカリヤ書11:9 それでわたしは言った、「わたしはあなたがたの牧者とならない。死ぬ者は死に、滅びる者は滅び、残った者はたがいにその肉を食いあうがよい」。
ゼカリヤ書13:8 主は言われる、全地の人の三分の二は断たれて死に、三分の一は生き残る。
マタイによる福音書(14か所)
マタイ2:15 ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたことが、成就するためである。
マタイ2:19 さて、ヘロデが死んだのち、見よ、主の使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて言った、
マタイ2:20 「立って、幼な子とその母を連れて、イスラエルの地に行け。幼な子の命をねらっていた人々は、死んでしまった」。
マタイ8:25 そこで弟子たちはみそばに寄ってきてイエスを起し、「主よ、お助けください、わたしたちは死にそうです」と言った。
マタイ8:32 そこで、イエスが「行け」と言われると、彼らは出て行って、豚の中へはいり込んだ。すると、その群れ全体が、がけから海へなだれを打って駆け下り、水の中で死んでしまった。
マタイ9:18 これらのことを彼らに話しておられると、そこにひとりの会堂司がきて、イエスを拝して言った、「わたしの娘がただ今死にました。しかしおいでになって手をその上においてやって下さい。そうしたら、娘は生き返るでしょう」。
マタイ9:24 「あちらへ行っていなさい。少女は死んだのではない。眠っているだけである」。すると人々はイエスをあざ笑った。
マタイ22:24 「先生、モーセはこう言っています、『もし、ある人が子がなくて死んだなら、その弟は兄の妻をめとって、兄のために子をもうけねばならない』。
マタイ22:25 さて、わたしたちのところに七人の兄弟がありました。長男は妻をめとったが死んでしまい、そして子がなかったので、その妻を弟に残しました。
マタイ22:27 最後に、その女も死にました。
マタイ22:32 『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』と書いてある。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」。
マタイ26:35 ペテロは言った、「たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません」。弟子たちもみな同じように言った。
マタイ26:38 そのとき、彼らに言われた、「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一緒に目をさましていなさい」。
マタイ27:5 そこで、彼は銀貨を聖所に投げ込んで出て行き、首をつって死んだ。
マルコによる福音書(10か所)
マルコ5:39 内にはいって、彼らに言われた、「なぜ泣き騒いでいるのか。子供は死んだのではない。眠っているだけである」。
マルコ9:26 すると霊は叫び声をあげ、激しく引きつけさせて出て行った。その子は死人のようになったので、多くの人は、死んだのだと言った。
マルコ12:19 「先生、モーセは、わたしたちのためにこう書いています、『もし、ある人の兄が死んで、その残された妻に、子がない場合には、弟はこの女をめとって、兄のために子をもうけねばならない』。
マルコ12:20 ここに、七人の兄弟がいました。長男は妻をめとりましたが、子がなくて死に、
マルコ12:21 次男がその女をめとって、また子をもうけずに死に、三男も同様でした。
マルコ12:22 こうして、七人ともみな子孫を残しませんでした。最後にその女も死にました。
マルコ12:27 神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。あなたがたは非常な思い違いをしている」。
マルコ14:31 ペテロは力をこめて言った、「たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません」。みんなの者もまた、同じようなことを言った。
マルコ14:34 「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、目をさましていなさい」。
マルコ15:44 ピラトは、イエスがもはや死んでしまったのかと不審に思い、百卒長を呼んで、もう死んだのかと尋ねた。
ルカによる福音書(16か所)
ルカ2:26 そして主のつかわす救主に会うまでは死ぬことはないと、聖霊の示しを受けていた。
ルカ7:12 町の門に近づかれると、ちょうど、あるやもめにとってひとりむすこであった者が死んだので、葬りに出すところであった。大ぜいの町の人たちが、その母につきそっていた。
ルカ8:24 そこで、みそばに寄ってきてイエスを起し、「先生、先生、わたしたちは死にそうです」と言った。イエスは起き上がって、風と荒浪とをおしかりになると、止んでなぎになった。
ルカ8:52 人々はみな、娘のために泣き悲しんでいた。イエスは言われた、「泣くな、娘は死んだのではない。眠っているだけである」。
ルカ8:53 人々は娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑った。
ルカ13:33 しかし、きょうもあすも、またその次の日も、わたしは進んで行かねばならない。預言者がエルサレム以外の地で死ぬことは、あり得ないからである』。
ルカ15:17 そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。
ルカ15:24 このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。
ルカ15:32 しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。
ルカ16:22 この貧乏人がついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。金持も死んで葬られた。
ルカ20:28 「先生、モーセは、わたしたちのためにこう書いています、『もしある人の兄が妻をめとり、子がなくて死んだなら、弟はこの女をめとって、兄のために子をもうけねばならない』。
ルカ20:29 ところで、ここに七人の兄弟がいました。長男は妻をめとりましたが、子がなくて死に、
ルカ20:31 七人とも同様に、子をもうけずに死にました。
ルカ20:32 のちに、その女も死にました。
ルカ20:36 彼らは天使に等しいものであり、また復活にあずかるゆえに、神の子でもあるので、もう死ぬことはあり得ないからである。
ルカ20:38 神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。人はみな神に生きるものだからである」。
ヨハネによる福音書(28か所)
ヨハネ4:49 この役人はイエスに言った、「主よ、どうぞ、子供が死なないうちにきて下さい」。
ヨハネ5:25 よくよくあなたがたに言っておく。死んだ人たちが、神の子の声を聞く時が来る。今すでにきている。そして聞く人は生きるであろう。
ヨハネ6:49 あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった。
ヨハネ6:50 しかし、天から下ってきたパンを食べる人は、決して死ぬことはない。
ヨハネ6:58 天から下ってきたパンは、先祖たちが食べたが死んでしまったようなものではない。このパンを食べる者は、いつまでも生きるであろう」。
ヨハネ8:21 さて、また彼らに言われた、「わたしは去って行く。あなたがたはわたしを捜し求めるであろう。そして自分の罪のうちに死ぬであろう。わたしの行く所には、あなたがたは来ることができない」。
ヨハネ8:24 だからわたしは、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬであろうと、言ったのである。もしわたしがそういう者であることをあなたがたが信じなければ、罪のうちに死ぬことになるからである」。
ヨハネ8:52 ユダヤ人たちが言った、「あなたが悪霊に取りつかれていることが、今わかった。アブラハムは死に、預言者たちも死んでいる。それだのに、あなたは、わたしの言葉を守る者はいつまでも死を味わうことがないであろうと、言われる。
ヨハネ8:53 あなたは、わたしたちの父アブラハムより偉いのだろうか。彼も死に、預言者たちも死んだではないか。あなたは、いったい、自分をだれと思っているのか」。
ヨハネ11:4 イエスはそれを聞いて言われた、「この病気は死ぬほどのものではない。それは神の栄光のため、また、神の子がそれによって栄光を受けるためのものである」。
ヨハネ11:13 イエスはラザロが死んだことを言われたのであるが、弟子たちは、眠って休んでいることをさして言われたのだと思った。
ヨハネ11:14 するとイエスは、あからさまに彼らに言われた、「ラザロは死んだのだ。
ヨハネ11:16 するとデドモと呼ばれているトマスが、仲間の弟子たちに言った、「わたしたちも行って、先生と一緒に死のうではないか」。
ヨハネ11:21 マルタはイエスに言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう。
ヨハネ11:25 イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。
ヨハネ11:26 また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」。
ヨハネ11:32 マリヤは、イエスのおられる所に行ってお目にかかり、その足もとにひれ伏して言った、「主よ、もしあなたがここにいて下さったなら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう」。
ヨハネ11:37 しかし、彼らのある人たちは言った、「あの盲人の目をあけたこの人でも、ラザロを死なせないようには、できなかったのか」。
ヨハネ11:39 イエスは言われた、「石を取りのけなさい」。死んだラザロの姉妹マルタが言った、「主よ、もう臭くなっております。四日もたっていますから」。
ヨハネ11:50 ひとりの人が人民に代って死んで、全国民が滅びないようになるのがわたしたちにとって得だということを、考えてもいない」。
ヨハネ11:52 ただ国民のためだけではなく、また散在している神の子らを一つに集めるために、死ぬことになっていると、言ったのである。
ヨハネ12:24 よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。
ヨハネ12:33 イエスはこう言って、自分がどんな死に方で死のうとしていたかを、お示しになったのである。
ヨハネ18:14 カヤパは前に、ひとりの人が民のために死ぬのはよいことだと、ユダヤ人に助言した者であった。
ヨハネ18:32 これは、ご自身がどんな死にかたをしようとしているかを示すために言われたイエスの言葉が、成就するためである。
ヨハネ19:33 しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。
ヨハネ21:19 これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。
ヨハネ21:23 こういうわけで、この弟子は死ぬことがないといううわさが、兄弟たちの間にひろまった。しかし、イエスは彼が死ぬことはないと言われたのではなく、ただ「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか」と言われただけである。
使徒行伝(11か所)
使徒2:24 神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせたのである。イエスが死に支配されているはずはなかったからである。
使徒2:29 兄弟たちよ、族長ダビデについては、わたしはあなたがたにむかって大胆に言うことができる。彼は死んで葬られ、現にその墓が今日に至るまで、わたしたちの間に残っている。
使徒5:10 すると女は、たちまち彼の足もとに倒れて、息が絶えた。そこに若者たちがはいってきて、女が死んでしまっているのを見、それを運び出してその夫のそばに葬った。
使徒7:4 そこで、アブラハムはカルデヤ人の地を出て、カランに住んだ。そして、彼の父が死んだのち、神は彼をそこから、今あなたがたの住んでいるこの地に移住させたが、
使徒7:15 こうして、ヤコブはエジプトに下り、彼自身も先祖たちもそこで死に、
使徒9:37 ところが、そのころ病気になって死んだので、人々はそのからだを洗って、屋上の間に安置した。
使徒14:19 ところが、あるユダヤ人たちはアンテオケやイコニオムから押しかけてきて、群衆を仲間に引き入れたうえ、パウロを石で打ち、死んでしまったと思って、彼を町の外に引きずり出した。
使徒20:9 ユテコという若者が窓に腰をかけていたところ、パウロの話がながながと続くので、ひどく眠けがさしてきて、とうとうぐっすり寝入ってしまい、三階から下に落ちた。抱き起してみたら、もう死んでいた。
使徒21:13 その時パウロは答えた、「あなたがたは、泣いたり、わたしの心をくじいたりして、いったい、どうしようとするのか。わたしは、主イエスの名のためなら、エルサレムで縛られるだけでなく、死ぬことをも覚悟しているのだ」。
使徒25:19 ただ、彼と争い合っているのは、彼ら自身の宗教に関し、また、死んでしまったのに生きているとパウロが主張しているイエスなる者に関する問題に過ぎない。
使徒28:6 彼らは、彼が間もなくはれ上がるか、あるいは、たちまち倒れて死ぬだろうと、様子をうかがっていた。しかし、長い間うかがっていても、彼の身になんの変ったことも起らないのを見て、彼らは考えを変えて、「この人は神様だ」と言い出した。
ローマ人への手紙(27か所)
ローマ1:32 彼らは、こうした事を行う者どもが死に価するという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばかりではなく、それを行う者どもを是認さえしている。
ローマ4:19 すなわち、およそ百歳となって、彼自身のからだが死んだ状態であり、また、サラの胎が不妊であるのを認めながらも、なお彼の信仰は弱らなかった。
ローマ5:6 わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時いたって、不信心な者たちのために死んで下さったのである。
ローマ5:7 正しい人のために死ぬ者は、ほとんどいないであろう。善人のためには、進んで死ぬ者もあるいはいるであろう。
ローマ5:8 しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。
ローマ5:15 しかし、恵みの賜物は罪過の場合とは異なっている。すなわち、もしひとりの罪過のために多くの人が死んだとすれば、まして、神の恵みと、ひとりの人イエス・キリストの恵みによる賜物とは、さらに豊かに多くの人々に満ちあふれたはずではないか。
ローマ6:2 断じてそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なお、その中に生きておれるだろうか。
ローマ6:7 それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。
ローマ6:8 もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。
ローマ6:9 キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。
ローマ6:10 なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。
ローマ6:11 このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。