「死ぬ」(しぬ)が出てくる聖書の箇所

「死ぬ」(しぬ)は口語訳の667か所(旧約509・新約158)に出てきます。「死ねる」も含みます。日常訳第1版では812か所。

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667か所を200か所ずつ4ページに分けています(3ページ目)。

詩篇(12か所)

詩篇88:10 あなたは死しんだ者もののために奇跡きせきを行おこなわれるでしょうか。なき人ひとのたましいは起おきあがってあなたをほめたたえるでしょうか。[セラ

詩篇88:15 わたしは若わかい時ときから苦くるしんで死しぬばかりです。あなたの脅おどしにあって衰おとろえはてました。

詩篇104:29 あなたがみ顔かおを隠かくされると、彼かれらはあわてふためく。あなたが彼かれらの息いきを取とり去さられると、彼かれらは死しんでちりに帰かえる。

詩篇106:28 また彼かれらはペオルのバアルを慕したって、死しんだ者ものにささげた、いけにえを食たべた。

詩篇115:17 死しんだ者ものも、音おとなき所ところに下くだる者ものも、主しゅをほめたたえることはない。

詩篇118:17 わたしは死しぬことなく、生いきながらえて、主しゅのみわざを物語ものがたるであろう。

詩篇143:3 敵てきはわたしをせめ、わがいのちを地ちに踏ふみにじり、死しんで久ひさしく時ときを経へた者もののようにわたしを暗くらい所ところに住すまわせました。

箴言(7か所)

箴言5:23 彼かれは、教訓きょうくんがないために死しに、その愚おろかさの大おおきいことによって滅ほろびる。

箴言10:21 正ただしい者もののくちびるは多おおくの人ひとを養やしない、愚おろかな者ものは知恵ちえがなくて死しぬ。

箴言11:7 悪あしき者ものは死しぬとき、その望のぞみは絶たえ、不ふ信心しんじんな者ものの望のぞみもまた絶たえる。

箴言19:16 戒いましめを守まもる者ものは自分じぶんの魂たましいを守まもる、み言葉ことばを軽かろんじる者ものは死しぬ。

箴言23:13 子こを懲こらすことを、さし控ひかえてはならない、むちで彼かれを打うっても死しぬことはない。

箴言28:17 人ひとを殺ころしてその血ちを身みに負おう者ものは死しぬまで、のがれびとである、だれもこれを助たすけてはならない。

箴言30:7 わたしは二ふたつのことをあなたに求もとめます、わたしの死しなないうちに、これをかなえてください。

伝道の書(8か所)

伝道の書2:16 そもそも、知者ちしゃも愚者ぐしゃも同様どうように長ながく覚おぼえられるものではない。きたるべき日ひには皆みな忘わすれられてしまうのである。知者ちしゃが愚者ぐしゃと同おなじように死しぬのは、どうしたことであろう。

伝道の書3:2 生せいるるに時ときがあり、死しぬるに時ときがあり、植うえるに時ときがあり、植うえたものを抜ぬくに時ときがあり、

伝道の書3:19 人ひとの子こらに臨のぞむところは獣けものにも臨のぞむからである。すなわち一様いちように彼かれらに臨のぞみ、これの死しぬように、彼かれも死しぬのである。彼かれらはみな同様どうようの息いきをもっている。人ひとは獣けものにまさるところがない。すべてのものは空そらだからである。

伝道の書4:2 それで、わたしはなお生いきている生存せいぞん者しゃよりも、すでに死しんだ死者ししゃを、さいわいな者ものと思おもった。

伝道の書7:1 良よき名なは良よき油あぶらにまさり、死しぬる日ひは生うまるる日ひにまさる。

伝道の書7:17 悪わるに過すぎてはならない。また愚おろかであってはならない。あなたはどうして、自分じぶんの時ときのこないのに、死しんでよかろうか。

伝道の書9:5 生いきている者ものは死しぬべき事ことを知しっている。しかし死者ししゃは何事なにごとをも知しらない、また、もはや報むくいを受うけることもない。その記憶きおくに残のこる事ことがらさえも、ついに忘わすれられる。

伝道の書10:1 死しんだはえは、香料こうりょうを造つくる者もののあぶらを臭くくさくし、少すこしの愚痴ぐちは知恵ちえと誉ほまれよりも重おもい。

イザヤ書(16か所)

イザヤ書5:13 それゆえ、わが民みんは無知むちのために、とりこにせられ、その尊とうとき者ものは飢うえて死しに、そのもろもろの民たみは、かわきによって衰おとろえはてる。

イザヤ書6:1 ウジヤ王おうの死しんだ年とし、わたしは主しゅが高たかくあげられたみくらに座ざし、その衣ころものすそが神殿しんでんに満みちているのを見みた。

イザヤ書8:19 人々ひとびとがあなたがたにむかって「さえずるように、ささやくように語かたる巫子みこおよび魔術まじゅつ者しゃに求もとめよ」という時とき、民みんは自分じぶんたちの神かみに求もとむべきではないか。生いける者もののために死しんだ者ものに求もとめるであろうか。

イザヤ書14:28 アハズ王おうの死しんだ年としにこの託宣たくせんがあった、

イザヤ書22:13 見みよ、あなたがたは喜よろこび楽たのしみ、牛うしをほふり、羊ひつじを殺ころし、肉にくを食くい、酒さけを飲のんで言いう、「われわれは食くい、かつ飲のもう、明日あすは死しぬのだから」。

イザヤ書22:14 万まん軍ぐんの主しゅはみずからわたしの耳みみに示しめされた、「まことに、この不義ふぎはあなたがたが死しぬまで、ゆるされることはない」と万まん軍ぐんの神かみ、主しゅは言いわれる。

イザヤ書22:18 ぐるぐるまわして、まりのように広々ひろびろした地ちに投なげられる。主人しゅじんの家いえの恥はじとなる者ものよ、あなたはそこで死しに、あなたの華麗かれいな車くるまはそこに残のこる。

イザヤ書26:14 死しんだ者ものはまた生いきない。亡霊ぼうれいは生いき返かえらない。それで、あなたは彼かれらを罰ばっして滅ほろぼし、彼かれらの思おもい出でをことごとく消けし去さられた。

イザヤ書38:1 そのころヒゼキヤは病気びょうきになって死しにかかっていた。アモツの子こ預言よげん者しゃイザヤは彼かれのところに来きて言いった、「主しゅはこう仰おおせられます、あなたの家いえを整ととのえておきなさい。あなたは死しにます、生いきながらえることはできません」。

イザヤ書50:2 わたしが来きたとき、なぜひとりもいなかったか。わたしが呼よんだとき、なぜひとりも答こたえる者ものがなかったか。わたしの手てが短みじかくて、あがなうことができないのか。わたしは救すくう力ちからを持もたないのか。見みよ、わたしが、しかると海うみはかれ、川かわは荒野こうやとなり、その中なかの魚さかなは水みずがないために、かわき死しんで悪臭あくしゅうを放はなつ。

イザヤ書51:6 目めをあげて天てんを見み、また下したなる地ちを見みよ。天てんは煙けむりのように消きえ、地ちは衣ころものようにふるび、その中なかに住すむ者ものは、ぶよのように死しぬ。しかし、わが救すくいはとこしえにながらえ、わが義ぎはくじけることがない。

イザヤ書51:12 「わたしこそあなたを慰なぐさめる者ものだ。あなたは何者なにものなれば、死しぬべき人ひとを恐おそれ、草くさのようになるべき人ひとの子こを恐おそれるのか。

イザヤ書51:14 身みをかがめている捕とらわれ人にんは、すみやかに解とかれて、死しぬことなく、穴あなにくだることなく、その食物しょくもつはつきることがない。

イザヤ書59:5 彼かれらはまむしの卵たまごをかえし、くもの巣すを織おる。その卵たまごを食たべる者ものは死しぬ。卵たまごが踏ふまれると破やぶれて毒蛇どくじゃを出だす。

イザヤ書65:20 わずか数すう日じつで死しぬみどりごと、おのが命いのちの日ひを満みたさない老人ろうじんとは、もはやその中なかにいない。百ひゃく歳さいで死しぬ者ものも、なお若わかい者ものとせられ、百ひゃく歳さいで死しぬ者ものは、のろわれた罪つみびととされる。

イザヤ書66:24 「彼かれらは出でて、わたしにそむいた人々ひとびとのしかばねを見みる。そのうじは死しなず、その火ひは消きえることがない。彼かれらはすべての人ひとに忌いみきらわれる」。

エレミヤ書(28か所)

エレミヤ書8:3 この悪あしき民たみのうちの残のこっている残のこりの者ものはみな、わたしが追おいやった場所ばしょで、生いきることよりも死しぬことを願ねがうようになると、万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

エレミヤ書11:21 それゆえ主しゅはアナトテの人々ひとびとについてこう言いわれる、彼かれらはあなたの命いのちを取とろうと求もとめて言ゆう、「主しゅの名なによって預言よげんしてはならない。それをするならば、あなたはわれわれの手てにかかって死しぬであろう」。

エレミヤ書11:22 それで万まん軍ぐんの主しゅはこう言いわれる、「見みよ、わたしは彼かれらを罰ばっする。若わかい人ひとはつるぎで死しに、彼かれらのむすこ娘むすめは、ききんで死しに、

エレミヤ書16:4 彼かれらは死しの病やまいにかかって死しに、哀悼あいとうする者ものもなく、埋葬まいそうする者ものもなく、地ちのおもてに、糞土ふんどのようになる。またつるぎと、ききんに滅ほろぼされて、その死体したいは空そらの鳥とりと地ちの獣けものの食くい物ものとなる。

エレミヤ書16:6 大おおいなる者ものも小こさき者ものも、この地ちに死しぬ。彼かれらは葬ほうむられず、また彼かれらのために悲かなしむ者ものもなく、自分じぶんの身みを傷きずつける者ものもなく、髪かみをそる者ものもない。

エレミヤ書18:21 それゆえ、彼かれらの子こどもたちをききんに渡わたし、彼かれらをつるぎの刃はに渡わたしてください。彼かれらの妻つまは子こを失うしない、また寡婦かふとなり、男おとこは疫病やくびょうにかかって死しに、若わかい者ものは、戦争せんそうでつるぎに殺ころされますように。

エレミヤ書20:6 パシュルよ、あなたと、あなたの家いえに住すむ者ものとはみな捕とらえ移うつされる。あなたはバビロンに行いって、その所ところで死しに、その所ところに葬ほうむられる。あなたも、あなたが偽いつわって預言よげんした言葉ことばに聞き従っききしたがった友とももみなそのようになる」。

エレミヤ書21:6 わたしはまたこの町まちに住すむ人ひとと獣けものとを撃うつ。彼かれらはみな重おもい疫病やくびょうにかかって死しぬ。

エレミヤ書21:9 この町まちにとどまる者ものは、つるぎと、ききんと、疫病やくびょうとで死しぬ。しかし、出でて行いって、あなたがたを攻せめ囲かこんでいるカルデヤびとに降伏こうふくする者ものは死しを免まぬがれ、その命いのちは自分じぶんのぶんどり物ものとなる。

エレミヤ書22:10 死しんだ者もののために泣なくことなく、またそのために嘆なげいてはならない。捕とらえ移うつされてゆく者もののために、激はげしく泣なけ。彼かれはふたたび帰かえってきて、その故郷こきょうを見みることがないからである。

エレミヤ書22:12 彼かれはその捕とらえ行いかれた所ところで死しに、再ふたたびこの地ちを見みない」。

エレミヤ書22:26 わたしは、あなたと、あなたを産うんだ母ははを、あなたがたの生うまれた国くにでない他ほかの国くにに追おいやる。あなたがたはそこで死しぬ。

エレミヤ書26:8 エレミヤが主しゅに命めいじられたすべての言葉ことばを民たみに告つげ終おわった時とき、祭司さいしと預言よげん者しゃおよび民みんはみな彼かれを捕とらえて言いった、「あなたは死しななければならない。

エレミヤ書27:13 どうしてあなたと、あなたの民たみとが、主しゅがバビロンの王おうに仕つかえない国民こくみんについて言いわれたように、つるぎと、ききんと、疫病やくびょうに死しんでよかろうか。

エレミヤ書28:16 それゆえ主しゅは仰おおせられる、『わたしはあなたを地ちのおもてから除のぞく。あなたは主しゅに対たいする反逆はんぎゃくを語かたったので、今年ことしのうちに死しぬのだ』と」。

エレミヤ書28:17 預言よげん者しゃハナニヤはその年としの七なな月がつに死しんだ。

エレミヤ書31:30 人ひとはめいめい自分じぶんの罪つみによって死しぬ。すっぱいぶどうを食たべる人ひとはみな、その歯はがうく。

エレミヤ書34:4 しかしユダの王おうゼデキヤよ、主しゅの言葉ことばを聞きききなさい。主しゅはあなたの事ことについてこう言いわれる、『あなたはつるぎで死しぬことはない。

エレミヤ書34:5 あなたは安やすらかに死しぬ。民たみはあなたの先祖せんぞであるあなたの先さきの王おうたちのために香こうをたいたように、あなたのためにも香こうをたき、またあなたのために嘆なげいて「ああ、主君しゅくんよ」と言ゆう』。わたしがこの言葉ことばをいうのであると主しゅは言いわれる」。

エレミヤ書38:2 彼かれは言いった、「主しゅはこう言いわれる、この町まちにとどまる者ものは、つるぎや、ききんや、疫病やくびょうで死しぬ。しかし出でてカルデヤびとにくだる者ものは死しを免まぬがれる。すなわちその命いのちを自分じぶんのぶんどり物ものとして生いきることができる。

エレミヤ書38:10 王おうはエチオピヤびとエベデメレクに命めいじて言いった、「ここから三さん人にんのひとを連つれて行いって、預言よげん者しゃエレミヤを、死しなないうちに穴あなから引ひき上あげなさい」。

エレミヤ書38:26 あなたは彼かれらに、『わたしは王おうに願ねがって、わたしをヨナタンの家いえに送おくり返かえさず、そこで死しぬことのないようにしてくださいと言いった』と答こたえなさい」。

エレミヤ書42:16 あなたがたの恐おそれているつるぎはエジプトの地ちであなたがたに追おいつき、あなたがたの恐おそれているききんは、すぐあとを追おってエジプトまで行いき、その所ところであなたがたは死しぬ。

エレミヤ書42:17 すべてむりにエジプトへ行いってそこに住すむ者ものは、つるぎと、ききんと、疫病やくびょうで死しぬ。わたしが彼かれらに下くだそうとしている災わざわいをのがれて残のこる者ものはそのうちにない。

エレミヤ書42:22 それゆえ、あなたがたが行いって住すまうことを願ねがっているその所ところで、あなたがたはつるぎと、ききんと、疫病やくびょうで死しぬことを確たしかに知しらなければならない」。

エレミヤ書44:12 またわたしは、エジプトの地ちに住すむために、むりに行おこなったあのユダの残のこりの者ものを取とり除のぞく。彼かれらはみな滅ほろぼされてエジプトの地ちに倒たおれる。彼かれらは、つるぎとききんに滅ほろぼされ、最ももっとも小ちいさい者ものから最ももっとも大おおいなる者ものまで、つるぎとききんによって死しぬ。そして、のろいとなり、恐怖きょうふとなり、ののしりとなり、はずかしめとなる。

エレミヤ書52:11 またゼデキヤの目めをつぶさせた。そしてバビロンの王おうは彼かれを鎖くさりにつないでバビロンへ連つれて行いき、その死しぬ日ひまで獄屋ごくやに入いれて置おいた。

エレミヤ書52:34 彼かれの給与きゅうよとしては、その死しぬ日ひまで一生いっしょうの間あいだ、たえず日々ひびの必要ひつようにしたがって、バビロンの王おうから給与きゅうよを賜たまわった。

哀歌(2か所)

哀歌3:6 遠とおい昔むかしに死しんだ者もののように、暗くらい所ところに住すまわせられた。

哀歌4:9 つるぎで殺ころされる者ものは、飢うえて死しぬ者ものよりもさいわいである。彼かれらは田畑たはたの産物さんぶつの欠乏けつぼうによって、刺ささされた者もののように衰おとろえ行いくからである。

エゼキエル書(31か所)

エゼキエル書3:18 わたしが悪人あくにんに『あなたは必かならず死しぬ』と言いうとき、あなたは彼かれの命いのちを救すくうために彼かれを戒いましめず、また悪人あくにんを戒いましめて、その悪わるい道みちから離はなれるように語かたらないなら、その悪人あくにんは自分じぶんの悪あくのために死しぬ。しかしその血ちをわたしはあなたの手てから求もとめる。

エゼキエル書3:19 しかし、もしあなたが悪人あくにんを戒いましめても、彼かれがその悪あくをも、またその悪わるい道みちをも離はなれないなら、彼かれはその悪あくのために死しぬ。しかしあなたは自分じぶんの命いのちを救すくう。

エゼキエル書3:20 また義人ぎじんがその義ぎにそむき、不義ふぎを行おこなうなら、わたしは彼かれの前まえに、つまずきを置おき、彼かれは死しぬ。あなたが彼かれを戒いましめなかったゆえ、彼かれはその罪つみのために死しに、その行いった義ぎは覚おぼえられない。しかしその血ちをわたしはあなたの手てから求もとめる。

エゼキエル書4:14 そこでわたしは言いった、「ああ、主しゅなる神かみよ、わたしは自分じぶんを汚よごしたことはありません。わたしは幼おさない時ときから今日きょうまで、自然しぜんに死しんだものや、野獣やじゅうに裂さき殺ころされたものを食たべたことはありません。また汚よごれた肉にくがわたしの口くちにはいったことはありません」。

エゼキエル書5:12 あなたの三さん分ぶんの一いちはあなたの中なかで疫病やくびょうで死しに、ききんで滅ほろび、三さん分ぶんの一いちはあなたのまわりでつるぎに倒たおれ、三さん分ぶんの一いちは四方しほうの風かぜに散ちらされる。わたしはつるぎを抜ぬいてそのあとを追おう。

エゼキエル書6:12 遠とおくにいる者ものは疫病やくびょうで死しに、近ちかくにいる者ものはつるぎに倒たおれる。生いき残のこって身みを全まっとうする者ものはききんによって死しぬ。このようにわたしはわが憤いきどおりを彼かれらの上うえに漏もらし尽つくす。

エゼキエル書7:15 外そとにはつるぎがあり、内うちには疫病やくびょうとききんがある。畑はたけにいる者ものはつるぎに死しに、町まちにいる者ものはききんと疫病やくびょうに滅ほろぼされる。

エゼキエル書11:13 このようにわたしが預言よげんしていた時とき、ベナヤの子こペラテヤが死しんだので、わたしは打うち伏ふして、大声おおごえで叫さけんで言いった、「ああ主しゅなる神かみよ、あなたはイスラエルの残のこりの者ものをことごとく滅ほろぼそうとされるのですか」。

エゼキエル書12:13 わたしはわたしの網あみを彼かれの上うえに打うちかける。彼かれはわたしのわなにかかる。わたしは彼かれをカルデヤびとの地ちのバビロンに引ひいて行いく。しかし彼かれはそれを見みないで、そこで死しぬであろう。

エゼキエル書13:19 あなたがたは少すこしばかりの大麦おおむぎのため、少すこしばかりのパンのために、わが民たみのうちに、わたしを汚よごし、かの偽いつわりを聞ききいれるわが民たみに偽いつわりを述のべて、死しんではならない者ものを死しなせ、生いきていてはならない者ものを生いかす。

エゼキエル書17:16 契約けいやくを破やぶってなおのがれることができようか。主しゅなる神かみは言いわれる、わたしは生いきている、必かならず彼かれは自分じぶんを王おうとなした王おうの住すむ所ところ、彼かれが立たてた誓ちかいを軽かろんじ、その契約けいやくを破やぶった相手あいての王おうのいるバビロンで彼かれは死しぬ。

エゼキエル書18:4 見みよ、すべての魂たましいはわたしのものである。父ちちの魂たましいも子この魂たましいもわたしのものである。罪つみを犯おかした魂たましいは必かならず死しぬ。

エゼキエル書18:13 利息りそくや高利こうりをとって貸かすならば、その子こは生いきるであろうか。彼かれは生いきることはできない。彼かれはこれらの憎にくむべき事ことをしたので、必かならず死しに、その血ちは彼かれ自身じしんに帰きする。

エゼキエル書18:17 その手てをひいて悪あくを行おこなわず、利息りそくや高利こうりをとらず、わたしのおきてを行おこない、わたしの定さだめに歩あゆむならば、彼かれはその父ちちの悪あくのために死しなず、必かならず生いきる。

エゼキエル書18:18 しかしその父ちちは人ひとをかすめ、その兄弟きょうだいの物ものを奪うばい、その民たみの中なかで良よくない事ことを行おこなったゆえ、見みよ、彼かれはその悪あくのために死しぬ。

エゼキエル書18:20 罪つみを犯おかす魂たましいは死しぬ。子こは父ちちの悪あくを負おわない。父ちちは子この悪あくを負おわない。義人ぎじんの義ぎはその人ひとに帰かえし、悪人あくにんの悪あくはその人ひとに帰きする。

エゼキエル書18:21 しかし、悪人あくにんがもしその行いったもろもろの罪つみを離はなれ、わたしのすべての定さだめを守まもり、公道こうどうと正義まさよしとを行おこなうならば、彼かれは必かならず生いきる。死しぬことはない。

エゼキエル書18:24 しかし義人ぎじんがもしその義ぎを離はなれて悪あくを行おこない、悪人あくにんのなすもろもろの憎にくむべき事ことを行おこなうならば、生いきるであろうか。彼かれが行おこなったもろもろの正ただしい事ことは覚おぼえられない。彼かれはその犯おかしたとがと、その犯おかした罪つみとのために死しぬ。

エゼキエル書18:26 義人ぎじんがその義ぎを離はなれて悪あくを行おこない、そのために死しぬならば、彼かれは自分じぶんの行おこなった悪あくのために死しぬのである。

エゼキエル書18:28 彼かれは省かえりみて、その犯おかしたすべてのとがを離はなれたのだから必かならず生いきる。死しぬことはない。

エゼキエル書18:31 あなたがたがわたしに対たいしておこなったすべてのとがを捨すて去さり、新あたらしい心こころと、新あたらしい霊れいとを得えよ。イスラエルの家いえよ、あなたがたはどうして死しんでよかろうか。

エゼキエル書24:18 朝あさのうちに、わたしは人々ひとびとに語かたったが、夕ゆうべには、わたしの妻つまは死しんだ。翌朝よくあさわたしは命めいじられたようにした。

エゼキエル書33:8 わたしが悪人あくにんに向むかって、悪人あくにんよ、あなたは必かならず死しぬと言いう時とき、あなたが悪人あくにんを戒いましめて、その道みちから離はなれさせるように語かたらなかったら、悪人あくにんは自分じぶんの罪つみによって死しぬ。しかしわたしはその血ちを、あなたの手てに求もとめる。

エゼキエル書33:9 しかしあなたが悪人あくにんに、その道みちを離はなれるように戒いましめても、その悪人あくにんがその道みちを離はなれないなら、彼かれは自分じぶんの罪つみによって死しぬ。しかしあなたの命いのちは救すくわれる。

エゼキエル書33:11 あなたは彼かれらに言いえ、主しゅなる神かみは言いわれる、わたしは生いきている。わたしは悪人あくにんの死しを喜よろこばない。むしろ悪人あくにんが、その道みちを離はなれて生いきるのを喜よろこぶ。あなたがたは心こころを翻ひるがえせ、心こころを翻ひるがえしてその悪あしき道みちを離はなれよ。イスラエルの家いえよ、あなたはどうして死しんでよかろうか。

エゼキエル書33:13 わたしが義人ぎじんに、彼かれは必かならず生いきると言いっても、もし彼かれが自分じぶんの義ぎをたのんで、罪つみを犯おかすなら、彼かれのすべての義ぎは覚おぼえられない。彼かれはみずから犯おかした罪つみのために死しぬ。

エゼキエル書33:14 また、わたしが悪人あくにんに『あなたは必かならず死しぬ』と言いっても、もし彼かれがその罪つみを離はなれ、公道こうどうと正義まさよしとを行おこなうならば、

エゼキエル書33:15 すなわちその悪人あくにんが質物しちもつを返かえし、奪うばった物ものをもどし、命いのちの定さだめに歩あゆみ、悪あくを行おこなわないならば、彼かれは必かならず生いきる。決けっして死しなない。

エゼキエル書33:18 義人ぎじんがその義ぎを離はなれて、罪つみを犯おかすならば、彼かれはこれがために死しぬ。

エゼキエル書33:27 あなたは彼かれらに言いいいなさい。主しゅなる神かみはこう言いわれる、わたしは生いきている。かの荒あれ跡あとにいる者ものは必かならずつるぎに倒たおれる。わたしは野のの面めんにいる者ものを、獣けものに与あたえて食くわせ、要害ようがいとほら穴あなとにいる者ものは疫病やくびょうで死しぬ。

エゼキエル書44:31 祭司さいしは、鳥とりでも獣けものでも、すべて自然しぜんに死しんだもの、または裂さき殺ころされたものを食たべてはならない。

ホセア書(1か所)

ホセア書13:1 エフライムが物もの言いえば、人々ひとびとはおののいた。彼かれはイスラエルの中なかに自分じぶんを高たかくした。しかし彼かれはバアルによって罪つみを犯おかして死しんだ。

アモス書(4か所)

アモス書2:2 それゆえ、わたしはモアブに火ひを送おくり、ケリオテのもろもろの宮殿きゅうでんを焼やき滅ほろぼす。モアブは騒さわぎと、ときの声こえと、ラッパの音おとの中なかに死しぬ。

アモス書6:9 一ひとつの家いえに十じゅう人にんの者ものが残のこっていても、彼かれらは死しに、

アモス書7:11 アモスはこのように言いっています、『ヤラベアムはつるぎによって死しぬ、イスラエルは必かならず捕とらえられて行いって、その国くにを離はなれる』と」。

アモス書7:17 それゆえ、主しゅはこう言いわれる、『あなたの妻つまは町まちで遊女ゆうじょとなり、あなたのむすこ、娘むすめたちはつるぎに倒たおれ、あなたの地ちは測はかりなわで分わかたれる。そしてあなたは汚よごれた地ちで死しに、イスラエルは必かならず捕とらえられて行いって、その国くにを離はなれる』」。

ヨナ書(2か所)

ヨナ書4:3 それで主しゅよ、どうぞ今いまわたしの命いのちをとってください。わたしにとっては、生いきるよりも死しぬ方かたがましだからです」。

ヨナ書4:8 やがて太陽たいようが出でたとき、神かみが暑あつい東風とうふうを備そなえ、また太陽たいようがヨナの頭あたまを照しょうしたので、ヨナは弱よわりはて、死しぬことを願ねがって言いった、「生いきるよりも死しぬ方かたがわたしにはましだ」。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書1:12 わが神かみ、主しゅ、わが聖者せいじゃよ。あなたは永遠えいえんからいますかたではありませんか。わたしたちは死しんではならない。主しゅよ、あなたは彼かれらをさばきのために備そなえられた。岩いわよ、あなたは彼かれらを懲ちょうしめのために立たてられた。

ゼカリヤ書(2か所)

ゼカリヤ書11:9 それでわたしは言いった、「わたしはあなたがたの牧者ぼくしゃとならない。死しぬ者ものは死しに、滅ほろびる者ものは滅ほろび、残のこった者ものはたがいにその肉にくを食くいあうがよい」。

ゼカリヤ書13:8 主しゅは言いわれる、全地ぜんちの人ひとの三さん分ぶんの二には断たたたれて死しに、三さん分ぶんの一いちは生いき残のこる。

マタイによる福音書(14か所)

マタイ2:15 ヘロデが死しぬまでそこにとどまっていた。それは、主しゅが預言よげん者しゃによって「エジプトからわが子こを呼よび出だした」と言いわれたことが、成就じょうじゅするためである。

マタイ2:19 さて、ヘロデが死しんだのち、見みよ、主しゅの使つかいがエジプトにいるヨセフに夢ゆめで現あらわれて言いった、

マタイ2:20 「立たって、幼おさな子ごとその母ははを連つれて、イスラエルの地ちに行いけ。幼おさな子ごの命いのちをねらっていた人々ひとびとは、死しんでしまった」。

マタイ8:25 そこで弟子でしたちはみそばに寄よってきてイエスを起おこし、「主しゅよ、お助たすけください、わたしたちは死しにそうです」と言いった。

マタイ8:32 そこで、イエスが「行いけ」と言いわれると、彼かれらは出でて行いって、豚ぶたの中なかへはいり込こんだ。すると、その群むれ全体ぜんたいが、がけから海うみへなだれを打うって駆かけ下くだり、水みずの中なかで死しんでしまった。

マタイ9:18 これらのことを彼かれらに話はなしておられると、そこにひとりの会堂かいどう司しがきて、イエスを拝はいして言いった、「わたしの娘むすめがただ今いま死しにました。しかしおいでになって手てをその上うえにおいてやって下ください。そうしたら、娘むすめは生いき返かえるでしょう」。

マタイ9:24 「あちらへ行いっていなさい。少女しょうじょは死しんだのではない。眠ねむっているだけである」。すると人々ひとびとはイエスをあざ笑わらった。

マタイ22:24 「先生せんせい、モーセはこう言いっています、『もし、ある人ひとが子こがなくて死しんだなら、その弟おとうとは兄あにの妻つまをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

マタイ22:25 さて、わたしたちのところに七しち人にんの兄弟きょうだいがありました。長男ちょうなんは妻つまをめとったが死しんでしまい、そして子こがなかったので、その妻つまを弟おとうとに残のこしました。

マタイ22:27 最後さいごに、その女おんなも死しにました。

マタイ22:32 『わたしはアブラハムの神かみ、イサクの神かみ、ヤコブの神かみである』と書かいてある。神かみは死しんだ者ものの神かみではなく、生いきている者ものの神かみである」。

マタイ26:35 ペテロは言いった、「たといあなたと一緒いっしょに死しなねばならなくなっても、あなたを知しらないなどとは、決けっして申もうしません」。弟子でしたちもみな同おなじように言いった。

マタイ26:38 そのとき、彼かれらに言いわれた、「わたしは悲かなしみのあまり死しぬほどである。ここに待まっていて、わたしと一緒いっしょに目めをさましていなさい」。

マタイ27:5 そこで、彼かれは銀貨ぎんかを聖せい所しょに投なげ込こんで出でて行いき、首くびをつって死しんだ。

マルコによる福音書(10か所)

マルコ5:39 内うちにはいって、彼かれらに言いわれた、「なぜ泣なき騒さわいでいるのか。子供こどもは死しんだのではない。眠ねむっているだけである」。

マルコ9:26 すると霊れいは叫さけび声ごえをあげ、激はげしく引ひきつけさせて出でて行いった。その子こは死人しにんのようになったので、多おおくの人ひとは、死しんだのだと言いった。

マルコ12:19 「先生せんせい、モーセは、わたしたちのためにこう書かいています、『もし、ある人ひとの兄あにが死しんで、その残のこされた妻つまに、子こがない場合ばあいには、弟おとうとはこの女おんなをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

マルコ12:20 ここに、七しち人にんの兄弟きょうだいがいました。長男ちょうなんは妻つまをめとりましたが、子こがなくて死しに、

マルコ12:21 次男じなんがその女おんなをめとって、また子こをもうけずに死しに、三さん男なんも同様どうようでした。

マルコ12:22 こうして、七しち人にんともみな子孫しそんを残のこしませんでした。最後さいごにその女おんなも死しにました。

マルコ12:27 神かみは死しんだ者ものの神かみではなく、生いきている者ものの神かみである。あなたがたは非常ひじょうな思おもい違ちがいをしている」。

マルコ14:31 ペテロは力ちからをこめて言いった、「たといあなたと一緒いっしょに死しなねばならなくなっても、あなたを知しらないなどとは、決けっして申もうしません」。みんなの者ものもまた、同おなじようなことを言いった。

マルコ14:34 「わたしは悲かなしみのあまり死しぬほどである。ここに待まっていて、目めをさましていなさい」。

マルコ15:44 ピラトは、イエスがもはや死しんでしまったのかと不審ふしんに思おもい、百ひゃく卒そつ長ちょうを呼よんで、もう死しんだのかと尋たずねた。

ルカによる福音書(16か所)

ルカ2:26 そして主しゅのつかわす救主すくいぬしに会あうまでは死しぬことはないと、聖霊せいれいの示ししめしを受うけていた。

ルカ7:12 町まちの門もんに近ちかづかれると、ちょうど、あるやもめにとってひとりむすこであった者ものが死しんだので、葬ほうむりに出だすところであった。大おおぜいの町まちの人ひとたちが、その母ははにつきそっていた。

ルカ8:24 そこで、みそばに寄よってきてイエスを起おこし、「先生せんせい、先生せんせい、わたしたちは死しにそうです」と言いった。イエスは起おき上あがって、風かぜと荒浪あらなみとをおしかりになると、止やんでなぎになった。

ルカ8:52 人々ひとびとはみな、娘むすめのために泣なき悲かなしんでいた。イエスは言いわれた、「泣なくな、娘むすめは死しんだのではない。眠ねむっているだけである」。

ルカ8:53 人々ひとびとは娘むすめが死しんだことを知しっていたので、イエスをあざ笑わらった。

ルカ13:33 しかし、きょうもあすも、またその次つぎの日ひも、わたしは進すすんで行いかねばならない。預言よげん者しゃがエルサレム以外いがいの地ちで死しぬことは、あり得えないからである』。

ルカ15:17 そこで彼かれは本心ほんしんに立たちかえって言いった、『父ちちのところには食物しょくもつのあり余あまっている雇人やといにんが大おおぜいいるのに、わたしはここで飢うえて死しのうとしている。

ルカ15:24 このむすこが死しんでいたのに生いき返かえり、いなくなっていたのに見みつかったのだから』。それから祝宴しゅくえんがはじまった。

ルカ15:32 しかし、このあなたの弟おとうとは、死しんでいたのに生いき返かえり、いなくなっていたのに見みつかったのだから、喜よろこび祝いわうのはあたりまえである』」。

ルカ16:22 この貧乏びんぼう人にんがついに死しに、御ご使したちに連つれられてアブラハムのふところに送おくられた。金持かねもちも死しんで葬ほうむられた。

ルカ20:28 「先生せんせい、モーセは、わたしたちのためにこう書かいています、『もしある人ひとの兄あにが妻つまをめとり、子こがなくて死しんだなら、弟おとうとはこの女おんなをめとって、兄あにのために子こをもうけねばならない』。

ルカ20:29 ところで、ここに七しち人にんの兄弟きょうだいがいました。長男ちょうなんは妻つまをめとりましたが、子こがなくて死しに、

ルカ20:31 七しち人にんとも同様どうように、子こをもうけずに死しにました。

ルカ20:32 のちに、その女おんなも死しにました。

ルカ20:36 彼かれらは天使てんしに等ひとしいものであり、また復活ふっかつにあずかるゆえに、神かみの子こでもあるので、もう死しぬことはあり得えないからである。

ルカ20:38 神かみは死しんだ者ものの神かみではなく、生いきている者ものの神かみである。人ひとはみな神かみに生いきるものだからである」。

ヨハネによる福音書(28か所)

ヨハネ4:49 この役人やくにんはイエスに言いった、「主しゅよ、どうぞ、子供こどもが死しなないうちにきて下ください」。

ヨハネ5:25 よくよくあなたがたに言いっておく。死しんだ人ひとたちが、神かみの子この声こえを聞きく時ときが来くる。今いますでにきている。そして聞きく人ひとは生いきるであろう。

ヨハネ6:49 あなたがたの先祖せんぞは荒野こうやでマナを食たべたが、死しんでしまった。

ヨハネ6:50 しかし、天てんから下くだってきたパンを食たべる人ひとは、決けっして死しぬことはない。

ヨハネ6:58 天てんから下くだってきたパンは、先祖せんぞたちが食たべたが死しんでしまったようなものではない。このパンを食たべる者ものは、いつまでも生いきるであろう」。

ヨハネ8:21 さて、また彼かれらに言いわれた、「わたしは去さって行いく。あなたがたはわたしを捜さがし求もとめるであろう。そして自分じぶんの罪つみのうちに死しぬであろう。わたしの行いく所ところには、あなたがたは来くることができない」。

ヨハネ8:24 だからわたしは、あなたがたは自分じぶんの罪つみのうちに死しぬであろうと、言いったのである。もしわたしがそういう者ものであることをあなたがたが信しんじなければ、罪つみのうちに死しぬことになるからである」。

ヨハネ8:52 ユダヤ人にんたちが言いった、「あなたが悪霊あくりょうに取とりつかれていることが、今いまわかった。アブラハムは死しに、預言よげん者しゃたちも死しんでいる。それだのに、あなたは、わたしの言葉ことばを守まもる者ものはいつまでも死しを味あじわうことがないであろうと、言いわれる。

ヨハネ8:53 あなたは、わたしたちの父ちちアブラハムより偉えらいのだろうか。彼かれも死しに、預言よげん者しゃたちも死しんだではないか。あなたは、いったい、自分じぶんをだれと思おもっているのか」。

ヨハネ11:4 イエスはそれを聞きいて言いわれた、「この病気びょうきは死しぬほどのものではない。それは神かみの栄光えいこうのため、また、神かみの子こがそれによって栄光えいこうを受うけるためのものである」。

ヨハネ11:13 イエスはラザロが死しんだことを言いわれたのであるが、弟子でしたちは、眠ねむって休やすんでいることをさして言いわれたのだと思おもった。

ヨハネ11:14 するとイエスは、あからさまに彼かれらに言いわれた、「ラザロは死しんだのだ。

ヨハネ11:16 するとデドモと呼よばれているトマスが、仲間なかまの弟子でしたちに言いった、「わたしたちも行いって、先生せんせいと一緒いっしょに死しのうではないか」。

ヨハネ11:21 マルタはイエスに言いった、「主しゅよ、もしあなたがここにいて下くださったなら、わたしの兄弟きょうだいは死しななかったでしょう。

ヨハネ11:25 イエスは彼女かのじょに言いわれた、「わたしはよみがえりであり、命いのちである。わたしを信しんじる者ものは、たとい死しんでも生いきる。

ヨハネ11:26 また、生いきていて、わたしを信しんじる者ものは、いつまでも死しなない。あなたはこれを信しんじるか」。

ヨハネ11:32 マリヤは、イエスのおられる所ところに行いってお目めにかかり、その足あしもとにひれ伏ふして言いった、「主しゅよ、もしあなたがここにいて下くださったなら、わたしの兄弟きょうだいは死しななかったでしょう」。

ヨハネ11:37 しかし、彼かれらのある人ひとたちは言いった、「あの盲人もうじんの目めをあけたこの人ひとでも、ラザロを死しなせないようには、できなかったのか」。

ヨハネ11:39 イエスは言いわれた、「石いしを取とりのけなさい」。死しんだラザロの姉妹しまいマルタが言いった、「主しゅよ、もう臭くくさくなっております。四よん日かもたっていますから」。

ヨハネ11:50 ひとりの人ひとが人民じんみんに代かわって死しんで、全ぜん国民こくみんが滅ほろびないようになるのがわたしたちにとって得とくだということを、考かんがえてもいない」。

ヨハネ11:52 ただ国民こくみんのためだけではなく、また散在さんざいしている神かみの子こらを一ひとつに集あつめるために、死しぬことになっていると、言いったのである。

ヨハネ12:24 よくよくあなたがたに言いっておく。一いち粒つぶの麦むぎが地ちに落おちて死しななければ、それはただ一いち粒つぶのままである。しかし、もし死しんだなら、豊ゆたかに実じつを結むすぶようになる。

ヨハネ12:33 イエスはこう言いって、自分じぶんがどんな死しに方かたで死しのうとしていたかを、お示ししめしになったのである。

ヨハネ18:14 カヤパは前まえに、ひとりの人ひとが民たみのために死しぬのはよいことだと、ユダヤ人にんに助言じょげんした者ものであった。

ヨハネ18:32 これは、ご自身じしんがどんな死しにかたをしようとしているかを示しめすために言いわれたイエスの言葉ことばが、成就じょうじゅするためである。

ヨハネ19:33 しかし、彼かれらがイエスのところにきた時とき、イエスはもう死しんでおられたのを見みて、その足あしを折おることはしなかった。

ヨハネ21:19 これは、ペテロがどんな死しに方かたで、神かみの栄光えいこうをあらわすかを示しめすために、お話はなしになったのである。こう話はなしてから、「わたしに従したがってきなさい」と言いわれた。

ヨハネ21:23 こういうわけで、この弟子でしは死しぬことがないといううわさが、兄弟きょうだいたちの間あいだにひろまった。しかし、イエスは彼かれが死しぬことはないと言いわれたのではなく、ただ「たとい、わたしの来くる時ときまで彼かれが生いき残のこっていることを、わたしが望のぞんだとしても、あなたにはなんの係かかりわりがあるか」と言いわれただけである。

使徒行伝(11か所)

使徒2:24 神かみはこのイエスを死しの苦くるしみから解とき放はなって、よみがえらせたのである。イエスが死しに支配しはいされているはずはなかったからである。

使徒2:29 兄弟きょうだいたちよ、族長ぞくちょうダビデについては、わたしはあなたがたにむかって大胆だいたんに言いうことができる。彼かれは死しんで葬ほうむられ、現げんにその墓はかが今日きょうに至いたるまで、わたしたちの間あいだに残のこっている。

使徒5:10 すると女おんなは、たちまち彼かれの足あしもとに倒たおれて、息いきが絶たえた。そこに若者わかものたちがはいってきて、女おんなが死しんでしまっているのを見み、それを運はこび出だしてその夫おっとのそばに葬ほうむった。

使徒7:4 そこで、アブラハムはカルデヤ人にんの地ちを出でて、カランに住すんだ。そして、彼かれの父ちちが死しんだのち、神かみは彼かれをそこから、今いまあなたがたの住すんでいるこの地ちに移住いじゅうさせたが、

使徒7:15 こうして、ヤコブはエジプトに下くだり、彼かれ自身じしんも先祖せんぞたちもそこで死しに、

使徒9:37 ところが、そのころ病気びょうきになって死しんだので、人々ひとびとはそのからだを洗あらって、屋上おくじょうの間あいだに安置あんちした。

使徒14:19 ところが、あるユダヤ人にんたちはアンテオケやイコニオムから押おしかけてきて、群衆ぐんしゅうを仲間なかまに引ひき入いれたうえ、パウロを石いしで打うち、死しんでしまったと思おもって、彼かれを町まちの外そとに引ひきずり出だした。

使徒20:9 ユテコという若者わかものが窓まどに腰こしをかけていたところ、パウロの話はなしがながながと続つづくので、ひどく眠ねむけがさしてきて、とうとうぐっすり寝入ねいってしまい、三さん階かいから下したに落おちた。抱だき起おこしてみたら、もう死しんでいた。

使徒21:13 その時ときパウロは答こたえた、「あなたがたは、泣ないたり、わたしの心こころをくじいたりして、いったい、どうしようとするのか。わたしは、主しゅイエスの名なのためなら、エルサレムで縛しばられるだけでなく、死しぬことをも覚悟かくごしているのだ」。

使徒25:19 ただ、彼かれと争あらそい合あっているのは、彼かれら自身じしんの宗教しゅうきょうに関かんし、また、死しんでしまったのに生いきているとパウロが主張しゅちょうしているイエスなる者ものに関かんする問題もんだいに過すぎない。

使徒28:6 彼かれらは、彼かれが間まもなくはれ上あがるか、あるいは、たちまち倒たおれて死しぬだろうと、様子ようすをうかがっていた。しかし、長ながい間あいだうかがっていても、彼かれの身みになんの変かわったことも起おこらないのを見みて、彼かれらは考かんがえを変かえて、「この人ひとは神かみ様さまだ」と言いいい出だした。

ローマ人への手紙(27か所)

ローマ1:32 彼かれらは、こうした事ことを行おこなう者ものどもが死しに価あたいするという神かみの定さだめをよく知しりながら、自みずからそれを行おこなうばかりではなく、それを行おこなう者ものどもを是認ぜにんさえしている。

ローマ4:19 すなわち、およそ百ひゃく歳さいとなって、彼かれ自身じしんのからだが死しんだ状態じょうたいであり、また、サラの胎はらが不妊ふにんであるのを認みとめながらも、なお彼かれの信仰しんこうは弱よわらなかった。

ローマ5:6 わたしたちがまだ弱よわかったころ、キリストは、時ときいたって、不ふ信心しんじんな者ものたちのために死しんで下くださったのである。

ローマ5:7 正ただしい人ひとのために死しぬ者ものは、ほとんどいないであろう。善人ぜんにんのためには、進すすんで死しぬ者ものもあるいはいるであろう。

ローマ5:8 しかし、まだ罪人ざいにんであった時とき、わたしたちのためにキリストが死しんで下くださったことによって、神かみはわたしたちに対たいする愛あいを示しめされたのである。

ローマ5:15 しかし、恵めぐみの賜物たまものは罪過ざいかの場合ばあいとは異ことなっている。すなわち、もしひとりの罪過ざいかのために多おおくの人ひとが死しんだとすれば、まして、神かみの恵めぐみと、ひとりの人ひとイエス・キリストの恵めぐみによる賜物たまものとは、さらに豊ゆたかに多おおくの人々ひとびとに満みちあふれたはずではないか。

ローマ6:2 断だんじてそうではない。罪つみに対たいして死しんだわたしたちが、どうして、なお、その中なかに生いきておれるだろうか。

ローマ6:7 それは、すでに死しんだ者ものは、罪つみから解放かいほうされているからである。

ローマ6:8 もしわたしたちが、キリストと共ともに死しんだなら、また彼かれと共ともに生いきることを信しんじる。

ローマ6:9 キリストは死人しにんの中なかからよみがえらされて、もはや死しぬことがなく、死しはもはや彼かれを支配しはいしないことを、知しっているからである。

ローマ6:10 なぜなら、キリストが死しんだのは、ただ一いち度ど罪ざいに対たいして死しんだのであり、キリストが生いきるのは、神かみに生いきるのだからである。

ローマ6:11 このように、あなたがた自身じしんも、罪つみに対たいして死しんだ者ものであり、キリスト・イエスにあって神かみに生いきている者ものであることを、認にんむべきである。

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