「愛」(あい)が出てくる聖書の箇所

「愛」(あい)は口語訳の518か所(旧約243・新約275)に出てきます。「愛す」「愛する」も含みます。日常訳第1版では537か所。

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518か所を200か所ずつ3ページに分けています(2ページ目)。

イザヤ書(8か所)

イザヤ書56:6 また主しゅに連つらなり、主しゅに仕つかえ、主しゅの名なを愛あいし、そのしもべとなり、すべて安息あんそく日ひを守まもって、これを汚よごさず、わが契約けいやくを堅かたく守まもる異邦いほう人にんは――

イザヤ書57:8 また戸とおよび柱はしらのうしろに、あなたのしるしを置おいた。あなたはわたしを離はなれて自分じぶんの床ゆかをあらわし、それにのぼって、その床ゆかをひろくした。また彼かれらと契約けいやくをなし、彼かれらの床ゆかを愛あいし、その裸はだかを見みた。

イザヤ書61:8 主しゅなるわたしは公平こうへいを愛あいし、強奪ごうだつと邪悪じゃあくを憎にくみ、真実しんじつをもって彼かれらに報むくいを与あたえ、彼かれらと、とこしえの契約けいやくを結むすぶからである。

イザヤ書63:9 彼かれらのすべての悩なやみのとき、主しゅも悩なやまれて、そのみ前まえの使つかいをもって彼かれらを救すくい、その愛あいとあわれみとによって彼かれらをあがない、いにしえの日ひ、つねに彼かれらをもたげ、彼かれらを携たずさえられた。

イザヤ書66:10 「すべてエルサレムを愛あいする者ものよ、彼女かのじょと共ともに喜よろこべ、彼女かのじょのゆえに楽たのしめ。すべて彼女かのじょのために悲かなしむ者ものよ、彼女かのじょと共ともに喜よろこび楽たのしめ。

エレミヤ書(12か所)

エレミヤ書2:2 「行いって、エルサレムに住すむ者ものの耳みみに告つげよ、主しゅはこう言いわれる、わたしはあなたの若わかい時ときの純情じゅんじょう、花嫁はなよめの時ときの愛あい、荒野あらのなる、種しゅまかぬ地じでわたしに従したがったことを覚おぼえている。

エレミヤ書2:25 あなたの足あしが、はだしにならないように、のどが、かわかないようにせよ。ところが、あなたは言いった、『それはだめだ、わたしは異ことなる国くにの者ものを愛あいして、それに従したがって行いこう』と。

エレミヤ書3:13 ただあなたは自分じぶんの罪つみを認みとめ、あなたの神かみ、主しゅにそむいてすべての青木あおきの下もとで異ことなる神々かみがみにあなたの愛あいを惜おしまず与あたえたこと、わたしの声こえに聞き従わききしたがわなかったことを言いいあらわせと、主しゅは言いわれる。

エレミヤ書5:31 預言よげん者しゃは偽いつわって預言よげんし、祭司さいしは自分じぶんの手てによって治おさめ、わが民みんはこのようにすることを愛あいしている。しかしあなたがたはその終おわりにはどうするつもりか。

エレミヤ書8:2 彼かれらの愛あいし、仕つかえ、従したがい、求もとめ、また拝おがんだ、日ひと月つきと天てんの衆しゅう群ぐんの前まえにさらされる。その骨ほねは集あつめる者ものも葬ほうむる者ものもなく、地ちのおもてに糞土ふんどのようになる。

エレミヤ書11:15 わが愛あいする者ものは、わたしの家いえで何なんをするのか。すでにこれは悪事あくじを行おこなった。誓願せいがんと犠牲ぎせいの肉にくとがあなたに災わざわいを免まぬがれさせることができるであろうか。それであなたは喜よろこぶことができるであろうか。

エレミヤ書12:7 「わたしはわが家やを離はなれ、わが嗣業しぎょうを捨すて、わが魂たましいの愛あいする者ものを敵てきの手てに渡わたした。

エレミヤ書22:20 「レバノンに登のぼって呼よばわり、バシャンにあなたの声こえをあげ、アバリムから呼よばわれ。あなたの愛あいする者ものがみな滅ほろぼされるからだ。

エレミヤ書22:22 あなたの牧者ぼくしゃはみな、風かぜに追おい立たてられ、あなたの愛あいする者ものは捕とらえ移うつされる。その時とき、あなたは自分じぶんのもろもろの悪あくのために、恥はじ、うろたえる。

エレミヤ書30:14 あなたの愛あいする者ものは皆みなあなたを忘わすれてあなたの事ことを心こころに留とめない。それは、あなたのとがが多おおく、あなたの罪つみがはなはだしいので、わたしがあだを撃うつようにあなたを撃うち、残忍ざんにんな敵てきのように懲こらしたからだ。

エレミヤ書31:3 主しゅは遠とおくから彼かれに現あらわれた。わたしは限かぎりなき愛あいをもってあなたを愛あいしている。それゆえ、わたしは絶たえずあなたに真実しんじつをつくしてきた。

エレミヤ書31:20 主しゅは言いわれる、エフライムはわたしの愛あいする子こ、わたしの喜よろこぶ子こであろうか。わたしは彼かれについて語かたるごとに、なお彼かれを忘わすれることができない。それゆえ、わたしの心こころは彼かれをしたっている。わたしは必かならず彼かれをあわれむ。

哀歌(2か所)

哀歌1:2 これは夜よもすがらいたく泣なき悲かなしみ、そのほおには涙なみだが流ながれている。そのすべての愛あいする者もののうちには、これを慰なぐさめる者ものはひとりもなく、そのすべての友ともはこれにそむいて、その敵てきとなった。

哀歌1:19 わたしはわが愛あいする者ものを呼よんだが、彼かれらはわたしを欺あざむいた。わが祭司さいしおよび長老ちょうろうたちは、その命いのちをささえようと、食物しょくもつを求もとめている間あいだに、町まちのうちで息いき絶たえた。

エゼキエル書(3か所)

エゼキエル書16:8 わたしは再ふたたびあなたのかたわらをとおって、あなたを見みたが、見みよ、あなたは愛あいせられる年齢ねんれいに達たっしていたので、わたしは着物きもののすそであなたをおおい、あなたの裸はだかをかくし、そしてあなたに誓ちかい、あなたと契約けいやくを結むすんだ。そしてあなたはわたしのものとなったと、主しゅなる神かみは言いわれる。

エゼキエル書33:31 彼かれらは民みんが来くるようにあなたの所ところに来き、わたしの民たみのようにあなたの前まえに座ざして、あなたの言葉ことばを聞きく。しかし彼かれらはそれを行おこなわない。彼かれ等らは口先くちさきでは多おおくの愛あいを現あらわすが、その心こころは利りにおもむいている。

エゼキエル書33:32 見みよ、あなたは彼かれらには、美うつくしい声こえで愛あいの歌うたをうたう者もののように、また楽器がっきをよく奏そうする者もののように思おもわれる。彼かれらはあなたの言葉ことばは聞きくが、それを行おこなおうとはしない。

ダニエル書(4か所)

ダニエル書9:4 すなわちわたしは、わが神かみ、主しゅに祈いのり、ざんげして言いった、「ああ、大おおいなる恐おそるべき神かみ、主しゅ、おのれを愛あいし、おのれの戒いましめを守まもる者もののために契約けいやくを保たもち、いつくしみを施ほどこされる者ものよ、

ダニエル書9:23 あなたが祈いのりを始はじめたとき、み言葉ことばが出でたので、それをあなたに告つげるためにきたのです。あなたは大おおいに愛あいせられている者ものです。ゆえに、このみ言葉ことばを考かんがえて、この幻まぼろしを悟さとりなさい。

ダニエル書10:11 彼かれはわたしに言いった、「大おおいに愛あいせられる人ひとダニエルよ、わたしがあなたに告つげる言葉ことばに心こころを留とめ、立たちあがりなさい。わたしは今いまあなたのもとにつかわされたのです」。彼かれがこの言葉ことばをわたしに告つげているとき、わたしは震ふるえながら立たちあがった。

ダニエル書10:19 言いった、「大おおいに愛あいせられる人ひとよ、恐おそれるには及およばない。安心あんしんしなさい。心こころを強つよくし、勇気ゆうきを出だしなさい」。彼かれがこう言いったとき、わたしは力ちからづいて言いった、「わが主しゅよ、語かたってください。あなたは、わたしに力ちからをつけてくださったから」。

ホセア書(10か所)

ホセア書3:1 主しゅはわたしに言いわれた、「あなたは再ふたたび行いって、イスラエルの人々ひとびとが他ほかの神々かみがみに転てんじて、干ひぶどうの菓子かしを愛あいするにもかかわらず、主しゅがこれを愛あいせられるように、姦夫かんぷに愛あいせられる女おんな、姦淫かんいんを行おこなう女おんなを愛あいせよ」と。

ホセア書4:10 彼かれらは食たべても飽あくことなく、淫行いんこうをなしてもその数かずを増ますことがない。彼かれらは主しゅを捨すてて、淫行いんこうを愛あいしたからである。

ホセア書4:18 彼かれらは酒宴しゅえんのとりことなり、淫行いんこうにふけっている。彼かれらはその光栄こうえいよりも恥はじを愛あいする。

ホセア書6:4 エフライムよ、わたしはあなたに何なんをしようか。ユダよ、わたしはあなたに何なんをしようか。あなたがたの愛あいはあしたの雲くものごとく、また、たちまち消きえる露ろのようなものである。

ホセア書9:1 イスラエルよ、もろもろの民たみのように喜よろこびおどるな。あなたは淫行いんこうをなして、あなたの神かみを離はなれ、すべての穀物こくもつの打うち場ばで受うける淫行いんこうの価あたいを愛あいした。

ホセア書9:10 わたしはイスラエルを荒野あらののぶどうのように見み、あなたがたの先祖せんぞたちを、いちじくの木きの初はじめに結むすんだ初はつなりのように見みた。ところが彼かれらはバアル・ペオルへ行いき、身みをバアルにゆだね、彼かれらが愛あいした物ものと同おなじように憎にくむべき者ものとなった。

ホセア書9:15 彼かれらのすべての悪あくはギルガルにある。わたしはかしこで彼かれらを憎にくんだ。彼かれらのおこないの悪あしきがゆえに、彼かれらをわが家やから追おいだし、重かさねて愛あいすることをしない。その君きみたちはみな、反逆はんぎゃく者しゃである。

ホセア書11:1 わたしはイスラエルの幼おさない時とき、これを愛あいした。わたしはわが子こをエジプトから呼よび出だした。

ホセア書11:4 わたしはあわれみの綱つな、すなわち愛あいのひもで彼かれらを導みちびいた。わたしは彼かれらに対たいしては、あごから、くびきをはずす者もののようになり、かがんで彼かれらに食物しょくもつを与あたえた。

ホセア書14:4 わたしは彼かれらのそむきをいやし、喜よろこんでこれを愛あいする。わたしの怒いかりは彼かれらを離はなれ去さったからである。

アモス書(1か所)

アモス書5:15 悪あくを憎にくみ、善ぜんを愛あいし、門もんで公義きみよしを立たてよ。万まん軍ぐんの神かみ、主しゅは、あるいはヨセフの残のこりの者ものをあわれまれるであろう。

ミカ書(2か所)

ミカ書3:2 あなたがたは善ぜんを憎にくみ、悪あくを愛あいし、わが民たみの身みから皮かわをはぎ、その骨ほねから肉にくをそぎ、

ミカ書6:8 人ひとよ、彼かれはさきによい事ことのなんであるかをあなたに告つげられた。主しゅのあなたに求もとめられることは、ただ公義きみよしをおこない、いつくしみを愛あいし、へりくだってあなたの神かみと共ともに歩あゆむことではないか。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書3:17 あなたの神かみ、主しゅはあなたのうちにいまし、勇士ゆうしであって、勝利しょうりを与あたえられる。彼かれはあなたのために喜よろこび楽たのしみ、その愛あいによってあなたを新あらたにし、祭まつりの日ひのようにあなたのために喜よろこび呼よばわられる」。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書8:19 「万まん軍ぐんの主しゅは、こう仰おおせられる、四よん月がつの断食だんじきと、五ご月がつの断食だんじきと、七なな月がつの断食だんじきと、十じゅう月がつの断食だんじきとは、ユダの家いえの喜よろこび楽たのしみの時ときとなり、よき祝しゅくの時ときとなる。ゆえにあなたがたは、真実しんじつと平和へいわとを愛あいせよ。

マラキ書(2か所)

マラキ書1:2 主しゅは言いわれる、「わたしはあなたがたを愛あいした」と。ところがあなたがたは言いう、「あなたはどんなふうに、われわれを愛あいされたか」。主しゅは言いわれる、「エサウはヤコブの兄あにではないか。しかしわたしはヤコブを愛あいし、

マラキ書2:11 ユダは偽いつわりを行おこない、イスラエルおよびエルサレムの中なかには憎にくむべき事ことが行おこなわれた。すなわちユダは主しゅが愛あいしておられる聖せい所しょを汚よごして、他たの神かみに仕つかえる女おんなをめとった。

マタイによる福音書(12か所)

マタイ3:17 また天てんから声こえがあって言いった、「これはわたしの愛あいする子こ、わたしの心こころにかなう者ものである」。

マタイ5:43 『隣となり人びとを愛あいし、敵てきを憎にくめ』と言いわれていたことは、あなたがたの聞きいているところである。

マタイ5:44 しかし、わたしはあなたがたに言ゆう。敵てきを愛あいし、迫害はくがいする者もののために祈いのれ。

マタイ5:46 あなたがたが自分じぶんを愛あいする者ものを愛あいしたからとて、なんの報むくいがあろうか。そのようなことは取とり税ぜい人にんでもするではないか。

マタイ6:24 だれも、ふたりの主人しゅじんに兼かね仕つかえることはできない。一方いっぽうを憎にくんで他方たほうを愛あいし、あるいは、一方いっぽうに親したしんで他方たほうをうとんじるからである。あなたがたは、神かみと富とみとに兼かね仕つかえることはできない。

マタイ10:37 わたしよりも父ちちまたは母ははを愛あいする者ものは、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘むすめを愛あいする者ものは、わたしにふさわしくない。

マタイ12:18 「見みよ、わたしが選えらんだ僕ぼく、わたしの心こころにかなう、愛あいする者もの。わたしは彼かれにわたしの霊れいを授さずけ、そして彼かれは正義せいぎを異邦いほう人にんに宣のべ伝つたえるであろう。

マタイ17:5 彼かれがまだ話はなし終おえないうちに、たちまち、輝かがやく雲くもが彼かれらをおおい、そして雲くもの中なかから声こえがした、「これはわたしの愛あいする子こ、わたしの心こころにかなう者ものである。これに聞きけ」。

マタイ19:19 父ちちと母ははとを敬うやまえ』。また『自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ』」。

マタイ22:37 イエスは言いわれた、「『心こころをつくし、精神せいしんをつくし、思おもいをつくして、主しゅなるあなたの神かみを愛あいせよ』。

マタイ22:39 第だい二にもこれと同様どうようである、『自分じぶんを愛あいするようにあなたの隣となり人びとを愛あいせよ』。

マタイ24:12 また不法ふほうがはびこるので、多おおくの人ひとの愛あいが冷ひえるであろう。

マルコによる福音書(5か所)

マルコ1:11 すると天てんから声こえがあった、「あなたはわたしの愛あいする子こ、わたしの心こころにかなう者ものである」。

マルコ9:7 すると、雲くもがわき起おこって彼かれらをおおった。そして、その雲くもの中なかから声こえがあった、「これはわたしの愛あいする子こである。これに聞きけ」。

マルコ12:30 心こころをつくし、精神せいしんをつくし、思おもいをつくし、力ちからをつくして、主しゅなるあなたの神かみを愛あいせよ』。

マルコ12:31 第だい二にはこれである、『自分じぶんを愛あいするようにあなたの隣となり人びとを愛あいせよ』。これより大事だいじないましめは、ほかにない」。

マルコ12:33 また『心こころをつくし、知恵ちえをつくし、力ちからをつくして神かみを愛あいし、また自分じぶんを愛あいするように隣となり人びとを愛あいする』ということは、すべての燔祭はんさいや犠牲ぎせいよりも、はるかに大事だいじなことです」。

ルカによる福音書(11か所)

ルカ2:52 イエスはますます知恵ちえが加くわわり、背せたけも伸のび、そして神かみと人ひとから愛あいされた。

ルカ3:22 聖霊せいれいがはとのような姿すがたをとってイエスの上うえに下くだり、そして天てんから声こえがした、「あなたはわたしの愛あいする子こ、わたしの心こころにかなう者ものである」。

ルカ6:27 しかし、聞きいているあなたがたに言ゆう。敵てきを愛あいし、憎にくむ者ものに親切しんせつにせよ。

ルカ6:32 自分じぶんを愛あいしてくれる者ものを愛あいしたからとて、どれほどの手柄てがらになろうか。罪人ざいにんでさえ、自分じぶんを愛あいしてくれる者ものを愛あいしている。

ルカ6:35 しかし、あなたがたは、敵てきを愛あいし、人ひとによくしてやり、また何なんも当あてにしないで貸かしてやれ。そうすれば受うける報むくいは大おおきく、あなたがたはいと高たかき者ものの子ことなるであろう。いと高たかき者ものは、恩おんを知しらぬ者ものにも悪人あくにんにも、なさけ深ぶかいからである。

ルカ7:5 わたしたちの国民こくみんを愛あいし、わたしたちのために会堂かいどうを建たててくれたのです」。

ルカ7:42 ところが、返かえすことができなかったので、彼かれはふたり共ともゆるしてやった。このふたりのうちで、どちらが彼かれを多おおく愛あいするだろうか」。

ルカ7:47 それであなたに言ゆうが、この女おんなは多おおく愛あいしたから、その多おおくの罪つみはゆるされているのである。少すこしだけゆるされた者ものは、少すこしだけしか愛あいさない」。

ルカ10:27 彼かれは答こたえて言いった、「『心こころをつくし、精神せいしんをつくし、力ちからをつくし、思おもいをつくして、主しゅなるあなたの神かみを愛あいせよ』。また、『自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ』とあります」。

ルカ11:42 しかし、あなた方かたパリサイ人にんは、わざわいである。はっか、うん香こう、あらゆる野菜やさいなどの十じゅう分ぶんの一いちを宮みやに納おさめておりながら、義ぎと神かみに対たいする愛あいとをなおざりにしている。それもなおざりにはできないが、これは行おこなわねばならない。

ルカ16:13 どの僕ぼくでも、ふたりの主人しゅじんに兼かね仕つかえることはできない。一方いっぽうを憎にくんで他方たほうを愛あいし、あるいは、一方いっぽうに親したしんで他方たほうをうとんじるからである。あなたがたは、神かみと富とみとに兼かね仕つかえることはできない」。

ヨハネによる福音書(36か所)

ヨハネ3:16 神かみはそのひとり子こを賜たまわったほどに、この世よを愛あいして下くださった。それは御子みこを信しんじる者ものがひとりも滅ほろびないで、永遠えいえんの命いのちを得えるためである。

ヨハネ3:19 そのさばきというのは、光ひかりがこの世よにきたのに、人々ひとびとはそのおこないが悪わるいために、光ひかりよりもやみの方ほうを愛あいしたことである。

ヨハネ3:35 父ちちは御子みこを愛あいして、万物ばんぶつをその手てにお与あたえになった。

ヨハネ5:20 なぜなら、父ちちは子こを愛あいして、みずからなさることは、すべて子こにお示ししめしになるからである。そして、それよりもなお大おおきなわざを、お示ししめしになるであろう。あなたがたが、それによって不思議ふしぎに思おもうためである。

ヨハネ5:42 しかし、あなたがたのうちには神かみを愛あいする愛あいがないことを知しっている。

ヨハネ8:42 イエスは彼かれらに言いわれた、「神かみがあなたがたの父ちちであるならば、あなたがたはわたしを愛あいするはずである。わたしは神かみから出でた者もの、また神かみからきている者ものであるからだ。わたしは自分じぶんからきたのではなく、神かみからつかわされたのである。

ヨハネ10:17 父ちちは、わたしが自分じぶんの命いのちを捨すてるから、わたしを愛あいして下くださるのである。命いのちを捨すてるのは、それを再ふたたび得えるためである。

ヨハネ11:3 姉妹しまいたちは人ひとをイエスのもとにつかわして、「主しゅよ、ただ今いま、あなたが愛あいしておられる者ものが病気びょうきをしています」と言いわせた。

ヨハネ11:5 イエスは、マルタとその姉妹しまいとラザロとを愛あいしておられた。

ヨハネ11:36 するとユダヤ人にんたちは言いった、「ああ、なんと彼かれを愛あいしておられたことか」。

ヨハネ12:25 自分じぶんの命いのちを愛あいする者ものはそれを失うしない、この世よで自分じぶんの命いのちを憎にくむ者ものは、それを保たもって永遠えいえんの命いのちに至いたるであろう。

ヨハネ13:1 過越すぎこしの祭まつりの前まえに、イエスは、この世よを去さって父ちちのみもとに行いくべき自分じぶんの時ときがきたことを知しり、世よにいる自分じぶんの者ものたちを愛あいして、彼かれらを最後さいごまで愛あいし通とおされた。

ヨハネ13:23 弟子でしたちのひとりで、イエスの愛あいしておられた者ものが、み胸むねに近ちかく席せきについていた。

ヨハネ13:34 わたしは、新あたらしいいましめをあなたがたに与あたえる、互たがいに愛あいし合あいなさい。わたしがあなたがたを愛あいしたように、あなたがたも互たがいに愛あいし合あいなさい。

ヨハネ14:15 もしあなたがたがわたしを愛あいするならば、わたしのいましめを守まもるべきである。

ヨハネ14:21 わたしのいましめを心こころにいだいてこれを守まもる者ものは、わたしを愛あいする者ものである。わたしを愛あいする者ものは、わたしの父ちちに愛あいされるであろう。わたしもその人ひとを愛あいし、その人ひとにわたし自身じしんをあらわすであろう」。

ヨハネ14:23 イエスは彼かれに答こたえて言いわれた、「もしだれでもわたしを愛あいするならば、わたしの言葉ことばを守まもるであろう。そして、わたしの父ちちはその人ひとを愛あいし、また、わたしたちはその人ひとのところに行いって、その人ひとと一緒いっしょに住すむであろう。

ヨハネ14:24 わたしを愛あいさない者ものはわたしの言葉ことばを守まもらない。あなたがたが聞きいている言葉ことばは、わたしの言葉ことばではなく、わたしをつかわされた父ちちの言葉ことばである。

ヨハネ14:28 『わたしは去さって行いくが、またあなたがたのところに帰かえって来くる』と、わたしが言いったのを、あなたがたは聞きいている。もしわたしを愛あいしているなら、わたしが父ちちのもとに行いくのを喜よろこんでくれるであろう。父ちちがわたしより大おおきいかたであるからである。

ヨハネ14:31 しかし、わたしが父ちちを愛あいしていることを世よが知しるように、わたしは父ちちがお命めいじになったとおりのことを行おこなうのである。立たて。さあ、ここから出でかけて行いこう。

ヨハネ15:9 父ちちがわたしを愛あいされたように、わたしもあなたがたを愛あいしたのである。わたしの愛あいのうちにいなさい。

ヨハネ15:10 もしわたしのいましめを守まもるならば、あなたがたはわたしの愛あいのうちにおるのである。それはわたしがわたしの父ちちのいましめを守まもったので、その愛あいのうちにおるのと同おなじである。

ヨハネ15:12 わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛あいしたように、あなたがたも互たがいに愛あいし合あいなさい。

ヨハネ15:13 人ひとがその友とものために自分じぶんの命いのちを捨すてること、これよりも大おおきな愛あいはない。

ヨハネ15:19 もしあなたがたがこの世よから出でたものであったなら、この世よは、あなたがたを自分じぶんのものとして愛あいしたであろう。しかし、あなたがたはこの世よのものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの世よから選えらび出だしたのである。だから、この世よはあなたがたを憎にくむのである。

ヨハネ16:27 父ちちご自身じしんがあなたがたを愛あいしておいでになるからである。それは、あなたがたがわたしを愛あいしたため、また、わたしが神かみのみもとからきたことを信しんじたためである。

ヨハネ17:23 わたしが彼かれらにおり、あなたがわたしにいますのは、彼かれらが完全かんぜんに一ひとつとなるためであり、また、あなたがわたしをつかわし、わたしを愛あいされたように、彼かれらをお愛あいしになったことを、世よが知しるためであります。

ヨハネ17:24 父ちちよ、あなたがわたしに賜たまわった人々ひとびとが、わたしのいる所ところに一緒いっしょにいるようにして下ください。天地てんちが造つくられる前まえからわたしを愛あいして下くださって、わたしに賜たまわった栄光えいこうを、彼かれらに見みさせて下ください。

ヨハネ17:26 そしてわたしは彼かれらに御名ぎょめいを知しらせました。またこれからも知しらせましょう。それは、あなたがわたしを愛あいして下くださったその愛あいが彼かれらのうちにあり、またわたしも彼かれらのうちにおるためであります」。

ヨハネ19:26 イエスは、その母ははと愛あい弟子でしとがそばに立たっているのをごらんになって、母ははにいわれた、「婦人ふじんよ、ごらんなさい。これはあなたの子こです」。

ヨハネ20:2 そこで走はしって、シモン・ペテロとイエスが愛あいしておられた、もうひとりの弟子でしのところへ行いって、彼かれらに言いった、「だれかが、主しゅを墓はかから取とり去さりました。どこへ置おいたのか、わかりません」。

ヨハネ21:7 イエスの愛あいしておられた弟子でしが、ペテロに「あれは主しゅだ」と言いった。シモン・ペテロは主しゅであると聞きいて、裸はだかになっていたため、上着うわぎをまとって海うみにとびこんだ。

ヨハネ21:15 彼かれらが食事しょくじをすませると、イエスはシモン・ペテロに言いわれた、「ヨハネの子こシモンよ、あなたはこの人ひとたちが愛あいする以上いじょうに、わたしを愛あいするか」。ペテロは言いった、「主しゅよ、そうです。わたしがあなたを愛あいすることは、あなたがご存ぞんじです」。イエスは彼かれに「わたしの小羊こひつじを養やしないなさい」と言いわれた。

ヨハネ21:16 またもう一いち度ど彼かれに言いわれた、「ヨハネの子こシモンよ、わたしを愛あいするか」。彼かれはイエスに言いった、「主しゅよ、そうです。わたしがあなたを愛あいすることは、あなたがご存ぞんじです」。イエスは彼かれに言いわれた、「わたしの羊ひつじを飼かいなさい」。

ヨハネ21:17 イエスは三さん度ど目めに言いわれた、「ヨハネの子こシモンよ、わたしを愛あいするか」。ペテロは「わたしを愛あいするか」とイエスが三さん度ども言いわれたので、心こころをいためてイエスに言いった、「主しゅよ、あなたはすべてをご存ぞんじです。わたしがあなたを愛あいしていることは、おわかりになっています」。イエスは彼かれに言いわれた、「わたしの羊ひつじを養やしないなさい。

ヨハネ21:20 ペテロはふり返かえると、イエスの愛あいしておられた弟子でしがついて来くるのを見みた。この弟子でしは、あの夕食ゆうしょくのときイエスの胸むね近ちかくに寄よりかかって、「主しゅよ、あなたを裏切うらぎる者ものは、だれなのですか」と尋たずねた人ひとである。

使徒行伝(1か所)

使徒15:25 そこで、わたしたちは人々ひとびとを選えらんで、愛あいするバルナバおよびパウロと共ともに、あなたがたのもとに派遣はけんすることに、衆議しゅうぎ一決いっけつした。

ローマ人への手紙(22か所)

ローマ1:7 ローマにいる、神かみに愛あいされ、召めされた聖徒せいと一同いちどうへ。わたしたちの父ちちなる神かみおよび主しゅイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんとが、あなたがたにあるように。

ローマ5:5 そして、希望きぼうは失望しつぼうに終おわることはない。なぜなら、わたしたちに賜たまわっている聖霊せいれいによって、神かみの愛あいがわたしたちの心こころに注そそがれているからである。

ローマ5:8 しかし、まだ罪人ざいにんであった時とき、わたしたちのためにキリストが死しんで下くださったことによって、神かみはわたしたちに対たいする愛あいを示しめされたのである。

ローマ8:28 神かみは、神かみを愛あいする者ものたち、すなわち、ご計画けいかくに従したがって召めされた者ものたちと共ともに働はたらいて、万事ばんじを益えきとなるようにして下くださることを、わたしたちは知しっている。

ローマ8:35 だれが、キリストの愛あいからわたしたちを離はなれさせるのか。患難かんなんか、苦悩くのうか、迫害はくがいか、飢うえか、裸はだかか、危難きなんか、剣けんか。

ローマ8:37 しかし、わたしたちを愛あいして下くださったかたによって、わたしたちは、これらすべての事ことにおいて勝かち得えて余あまりがある。

ローマ8:39 高たかいものも深ふかいものも、その他たどんな被ひ造物ぞうぶつも、わたしたちの主しゅキリスト・イエスにおける神かみの愛あいから、わたしたちを引ひき離はなすことはできないのである。

ローマ9:13 「わたしはヤコブを愛あいしエサウを憎にくんだ」と書かいてあるとおりである。

ローマ9:25 それは、ホセアの書しょでも言いわれているとおりである、「わたしは、わたしの民たみでない者ものを、わたしの民たみと呼よび、愛あいされなかった者ものを、愛あいされる者ものと呼よぶであろう。

ローマ11:28 福音ふくいんについて言いえば、彼かれらは、あなたがたのゆえに、神かみの敵てきとされているが、選えらびについて言いえば、父祖ふそたちのゆえに、神かみに愛あいせられる者ものである。

ローマ12:9 愛あいには偽いつわりがあってはならない。悪あくは憎にくみ退しりぞけ、善ぜんには親したしみ結むすび、

ローマ12:10 兄弟きょうだいの愛あいをもって互たがいにいつくしみ、進すすんで互たがいに尊敬そんけいし合あいなさい。

ローマ12:19 愛あいする者ものたちよ。自分じぶんで復讐ふくしゅうをしないで、むしろ、神かみの怒いかりに任まかせなさい。なぜなら、「主しゅが言いわれる。復讐ふくしゅうはわたしのすることである。わたし自身じしんが報復ほうふくする」と書かいてあるからである。

ローマ13:8 互たがいに愛あいし合あうことの外そとは、何なん人にんにも借かりがあってはならない。人ひとを愛あいする者ものは、律法りっぽうを全まっとうするのである。

ローマ13:9 「姦淫かんいんするな、殺ころすな、盗ぬすむな、むさぼるな」など、そのほかに、どんな戒いましめがあっても、結局けっきょく「自分じぶんを愛あいするようにあなたの隣となり人びとを愛あいせよ」というこの言葉ことばに帰きする。

ローマ13:10 愛あいは隣となり人びとに害がいを加くわえることはない。だから、愛あいは律法りっぽうを完成かんせいするものである。

ローマ14:15 もし食物しょくもつのゆえに兄弟きょうだいを苦くるしめるなら、あなたは、もはや愛あいによって歩あるいているのではない。あなたの食物しょくもつによって、兄弟きょうだいを滅ほろぼしてはならない。キリストは彼かれのためにも、死しなれたのである。

ローマ15:30 兄弟きょうだいたちよ。わたしたちの主しゅイエス・キリストにより、かつ御ご霊れいの愛あいによって、あなたがたにお願ねがいする。どうか、共ともに力ちからをつくして、わたしのために神かみに祈いのってほしい。

ローマ16:5 また、彼かれらの家いえの教会きょうかいにも、よろしく。わたしの愛あいするエパネトに、よろしく言いってほしい。彼かれは、キリストにささげられたアジヤの初穂はつほである。

ローマ16:8 主しゅにあって愛あいするアムプリアトに、よろしく。

ローマ16:9 キリストにあるわたしたちの同どう労ろう者しゃウルバノと、愛あいするスタキスとに、よろしく。

ローマ16:12 主しゅにあって労苦ろうくしているツルパナとツルポサとに、よろしく。主しゅにあって一方いっぽうならず労苦ろうくした愛あいするペルシスに、よろしく。

コリント人への第一の手紙(17か所)

コリント第一2:9 しかし、聖書せいしょに書かいてあるとおり、「目めがまだ見みず、耳みみがまだ聞きかず、人ひとの心こころに思おもい浮うかびもしなかったことを、神かみは、ご自分じぶんを愛あいする者ものたちのために備そなえられた」のである。

コリント第一4:17 このことのために、わたしは主しゅにあって愛あいする忠実ちゅうじつなわたしの子こテモテを、あなたがたの所ところにつかわした。彼かれは、キリスト・イエスにおけるわたしの生活せいかつのしかたを、わたしが至いたる所ところの教会きょうかいで教おしえているとおりに、あなたがたに思おもい起おこさせてくれるであろう。

コリント第一4:21 あなたがたは、どちらを望のぞむのか。わたしがむちをもって、あなたがたの所ところに行いくことか、それとも、愛あいと柔和にゅうわな心こころとをもって行いくことであるか。

コリント第一8:1 偶像ぐうぞうへの供そなえ物ものについて答こたえると、「わたしたちはみな知識ちしきを持もっている」ことは、わかっている。しかし、知識ちしきは人ひとを誇ほこらせ、愛あいは人ひとの徳とくを高たかめる。

コリント第一8:3 しかし、人ひとが神かみを愛あいするなら、その人ひとは神かみに知しられているのである。

コリント第一10:14 それだから、愛あいする者ものたちよ。偶像ぐうぞう礼拝れいはいを避さけなさい。

コリント第一13:1 たといわたしが、人々ひとびとの言葉ことばや御ご使したちの言葉ことばを語かたっても、もし愛あいがなければ、わたしは、やかましい鐘かねや騒さわがしい鐃にょう鉢ばちと同おなじである。

コリント第一13:2 たといまた、わたしに預言よげんをする力ちからがあり、あらゆる奥義おうぎとあらゆる知識ちしきとに通つうじていても、また、山やまを移うつすほどの強つよい信仰しんこうがあっても、もし愛あいがなければ、わたしは無むに等ひとしい。

コリント第一13:3 たといまた、わたしが自分じぶんの全ぜん財産ざいさんを人ひとに施ほどこしても、また、自分じぶんのからだを焼やかれるために渡わたしても、もし愛あいがなければ、いっさいは無益むえきである。

コリント第一13:4 愛あいは寛容かんようであり、愛あいは情深なさけぶかい。また、ねたむことをしない。愛あいは高たかぶらない、誇ほこらない、

コリント第一13:8 愛あいはいつまでも絶たえることがない。しかし、預言よげんはすたれ、異言いげんはやみ、知識ちしきはすたれるであろう。

コリント第一13:13 このように、いつまでも存続そんぞくするものは、信仰しんこうと希望きぼうと愛あいと、この三みっつである。このうちで最ももっとも大おおいなるものは、愛あいである。

コリント第一14:1 愛あいを追おい求もとめなさい。また、霊れいの賜物たまものを、ことに預言よげんすることを、熱心ねっしんに求もとめなさい。

コリント第一15:58 だから、愛あいする兄弟きょうだいたちよ。堅かたく立たって動うごかされず、いつも全力ぜんりょくを注そそいで主しゅのわざに励はげみなさい。主しゅにあっては、あなたがたの労苦ろうくがむだになることはないと、あなたがたは知しっているからである。

コリント第一16:14 いっさいのことを、愛あいをもって行おこないなさい。

コリント第一16:22 もし主しゅを愛あいさない者ものがあれば、のろわれよ。マラナ・タ(われらの主しゅよ、きたりませ)。

コリント第一16:24 わたしの愛あいが、キリスト・イエスにあって、あなたがた一同いちどうと共ともにあるように。

コリント人への第二の手紙(14か所)

コリント第二2:4 わたしは大おおきな患難かんなんと心こころの憂うれいの中なかから、多おおくの涙なみだをもってあなたがたに書かきおくった。それは、あなたがたを悲かなしませるためではなく、あなたがたに対たいしてあふれるばかりにいだいているわたしの愛あいを、知しってもらうためであった。

コリント第二2:8 そこでわたしは、彼かれに対たいして愛あいを示しめすように、あなたがたに勧すすめる。

コリント第二5:14 なぜなら、キリストの愛あいがわたしたちに強つよく迫せまっているからである。わたしたちはこう考かんがえている。ひとりの人ひとがすべての人ひとのために死しんだ以上いじょう、すべての人ひとが死しんだのである。

コリント第二6:6 真実しんじつと知識ちしきと寛容かんようと、慈愛じあいと聖霊せいれいと偽いつわりのない愛あいと、

コリント第二7:1 愛あいする者ものたちよ。わたしたちは、このような約束やくそくを与あたえられているのだから、肉にくと霊れいとのいっさいの汚よごれから自分じぶんをきよめ、神かみをおそれて全まったく清きよくなろうではないか。

コリント第二8:7 さて、あなたがたがあらゆる事ことがらについて富とんでいるように、すなわち、信仰しんこうにも言葉ことばにも知識ちしきにも、あらゆる熱情ねつじょうにも、また、あなたがたに対たいするわたしたちの愛あいにも富とんでいるように、この恵めぐみのわざにも富とんでほしい。

コリント第二8:8 こう言いっても、わたしは命令めいれいするのではない。ただ、他たの人ひとたちの熱情ねつじょうによって、あなたがたの愛あいの純真じゅんしんさをためそうとするのである。

コリント第二8:24 だから、あなたがたの愛あいと、また、あなたがたについてわたしたちがいだいている誇ほこりとが、真実しんじつであることを、諸教しょきょう会かいの前まえで彼かれらにあかししていただきたい。

コリント第二9:7 各自かくじは惜おしむ心こころからでなく、また、しいられてでもなく、自みずから心こころで決きめたとおりにすべきである。神かみは喜よろこんで施ほどこす人ひとを愛あいして下くださるのである。

コリント第二11:11 なぜであるか。わたしがあなたがたを愛あいしていないからか。それは、神かみがご存ぞんじである。

コリント第二12:15 そこでわたしは、あなたがたの魂たましいのためには、大おおいに喜よろこんで費用ひようを使つかい、また、わたし自身じしんをも使つかいつくそう。わたしがあなたがたを愛あいすれば愛あいするほど、あなたがたからますます愛あいされなくなるのであろうか。

コリント第二12:19 あなたがたは、わたしたちがあなたがたに対たいして弁明べんめいをしているのだと、今いままでずっと思おもってきたであろう。しかし、わたしたちは、神かみのみまえでキリストにあって語かたっているのである。愛あいする者ものたちよ。これらすべてのことは、あなたがたの徳とくを高たかめるためなのである。

コリント第二13:11 最後さいごに、兄弟きょうだいたちよ。いつも喜よろこびなさい。全ぜんき者はとなりなさい。互たがいに励はげまし合あいなさい。思おもいを一ひとつにしなさい。平和へいわに過すごしなさい。そうすれば、愛あいと平和へいわの神かみがあなたがたと共ともにいて下くださるであろう。

コリント第二13:13 主しゅイエス・キリストの恵めぐみと、神かみの愛あいと、聖霊せいれいの交まじわりとが、あなたがた一同いちどうと共ともにあるように。

ガラテヤ人への手紙(5か所)

ガラテヤ2:20 生いきているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生いきておられるのである。しかし、わたしがいま肉にくにあって生いきているのは、わたしを愛あいし、わたしのためにご自身じしんをささげられた神かみの御子みこを信しんじる信仰しんこうによって、生いきているのである。

ガラテヤ5:6 キリスト・イエスにあっては、割礼かつれいがあってもなくても、問題もんだいではない。尊とうといのは、愛あいによって働はたらく信仰しんこうだけである。

ガラテヤ5:13 兄弟きょうだいたちよ。あなたがたが召めされたのは、実じつに、自由じゆうを得えるためである。ただ、その自由じゆうを、肉にくの働はたらく機会きかいとしないで、愛あいをもって互たがいに仕つかえなさい。

ガラテヤ5:14 律法りっぽうの全体ぜんたいは、「自分じぶんを愛あいするように、あなたの隣となり人びとを愛あいせよ」というこの一句いっくに尽つきるからである。

ガラテヤ5:22 しかし、御ご霊れいの実じつは、愛あい、喜よろこび、平和へいわ、寛容かんよう、慈愛じあい、善意ぜんい、忠実ちゅうじつ、

エペソ人への手紙(17か所)

エペソ1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神かみの子こたる身分みぶんを授さずけるようにと、御お旨むねのよしとするところに従したがい、愛あいのうちにあらかじめ定さだめて下くださったのである。

エペソ1:6 これは、その愛あいする御子みこによって賜たまわった栄光えいこうある恵めぐみを、わたしたちがほめたたえるためである。

エペソ1:15 こういうわけで、わたしも、主しゅイエスに対たいするあなたがたの信仰しんこうと、すべての聖徒せいとに対たいする愛あいとを耳みみにし、

エペソ2:4 しかるに、あわれみに富とむ神かみは、わたしたちを愛あいして下くださったその大おおきな愛あいをもって、

エペソ3:17 また、信仰しんこうによって、キリストがあなたがたの心こころのうちに住すみ、あなたがたが愛あいに根ねざし愛あいを基もととして生活せいかつすることにより、

エペソ3:19 また人知じんちをはるかに越こえたキリストの愛あいを知しって、神かみに満みちているもののすべてをもって、あなたがたが満みたされるように、と祈いのる。

エペソ4:2 できる限かぎり謙虚けんきょで、かつ柔和にゅうわであり、寛容かんようを示ししめし、愛あいをもって互たがいに忍しのびあい、

エペソ4:15 愛あいにあって真理しんりを語かたり、あらゆる点てんにおいて成長せいちょうし、かしらなるキリストに達たっするのである。

エペソ4:16 また、キリストを基もととして、全身ぜんしんはすべての節々ふしぶしの助たすけにより、しっかりと組くみ合あわされ結むすび合あわされ、それぞれの部分ぶぶんは分ぶんに応おうじて働はたらき、からだを成長せいちょうさせ、愛あいのうちに育そだてられていくのである。

エペソ5:1 こうして、あなたがたは、神かみに愛あいされている子供こどもとして、神かみにならう者ものになりなさい。

エペソ5:2 また愛あいのうちを歩あるきなさい。キリストもあなたがたを愛あいして下くださって、わたしたちのために、ご自身じしんを、神かみへのかんばしいかおりのささげ物もの、また、いけにえとしてささげられたのである。

エペソ5:25 夫おっとたる者ものよ。キリストが教会きょうかいを愛あいしてそのためにご自身じしんをささげられたように、妻つまを愛あいしなさい。

エペソ5:28 それと同おなじく、夫おっとも自分じぶんの妻つまを、自分じぶんのからだのように愛あいさねばならない。自分じぶんの妻つまを愛あいする者ものは、自分じぶん自身じしんを愛あいするのである。

エペソ5:33 いずれにしても、あなたがたは、それぞれ、自分じぶんの妻つまを自分じぶん自身じしんのように愛あいしなさい。妻つまもまた夫おっとを敬うやまいなさい。

エペソ6:21 わたしがどういう様子ようすか、何なんをしているかを、あなたがたに知しってもらうために、主しゅにあって忠実ちゅうじつに仕つかえている愛あいする兄弟きょうだいテキコが、いっさいの事ことを報告ほうこくするであろう。

エペソ6:23 父ちちなる神かみとわたしたちの主しゅイエス・キリストから平安へいあんならびに信仰しんこうに伴ともなう愛あいが、兄弟きょうだいたちにあるように。

エペソ6:24 変かわらない真実しんじつをもって、わたしたちの主しゅイエス・キリストを愛あいするすべての人々ひとびとに、恵めぐみがあるように。

ピリピ人への手紙(7か所)

ピリピ1:9 わたしはこう祈いのる。あなたがたの愛あいが、深ふかい知識ちしきにおいて、するどい感覚かんかくにおいて、いよいよ増まし加くわわり、

ピリピ1:16 後者こうしゃは、わたしが福音ふくいんを弁明べんめいするために立たてられていることを知しり、愛あいの心こころでキリストを伝つたえ、

ピリピ2:1 そこで、あなたがたに、キリストによる勧すすめ、愛あいの励はげまし、御ご霊れいの交まじわり、熱愛ねつあいとあわれみとが、いくらかでもあるなら、

ピリピ2:2 どうか同おなじ思おもいとなり、同おなじ愛あいの心こころを持もち、心こころを合あわせ、一ひとつ思おもいになって、わたしの喜よろこびを満みたしてほしい。

ピリピ2:12 わたしの愛あいする者ものたちよ。そういうわけだから、あなたがたがいつも従順じゅうじゅんであったように、わたしが一緒いっしょにいる時ときだけでなく、いない今いまは、いっそう従順じゅうじゅんでいて、恐おそれおののいて自分じぶんの救すくいの達成たっせいに努つとめなさい。

ピリピ4:1 だから、わたしの愛あいし慕したっている兄弟きょうだいたちよ。わたしの喜よろこびであり冠かんである愛あいする者ものたちよ。このように、主しゅにあって堅かたく立たちなさい。

ピリピ4:8 最後さいごに、兄弟きょうだいたちよ。すべて真実しんじつなこと、すべて尊とうとぶべきこと、すべて正ただしいこと、すべて純真じゅんしんなこと、すべて愛あいすべきこと、すべてほまれあること、また徳とくといわれるもの、称賛しょうさんに値あたいするものがあれば、それらのものを心こころにとめなさい。

コロサイ人への手紙(12か所)

コロサイ1:4 これは、キリスト・イエスに対たいするあなたがたの信仰しんこうと、すべての聖徒せいとに対たいしていだいているあなたがたの愛あいとを、耳みみにしたからである。

コロサイ1:5 この愛あいは、あなたがたのために天てんにたくわえられている望のぞみに基もとづくものであり、その望のぞみについては、あなたがたはすでに、あなたがたのところまで伝つたえられた福音ふくいんの真理しんりの言葉ことばによって聞きいている。

コロサイ1:7 あなたがたはこの福音ふくいんを、わたしたちと同おなじ僕ぼくである、愛あいするエペフラスから学まなんだのであった。彼かれはあなたがたのためのキリストの忠実ちゅうじつな奉仕ほうし者しゃであって、

コロサイ1:8 あなたがたが御ご霊れいによっていだいている愛あいを、わたしたちに知しらせてくれたのである。

コロサイ1:13 神かみは、わたしたちをやみの力ちからから救すくい出だして、その愛あいする御子みこの支配しはい下かに移うつして下くださった。

コロサイ2:2 それは彼かれらが、心こころを励はげまされ、愛あいによって結むすび合あわされ、豊ゆたかな理解りかい力りょくを十分じゅうぶんに与あたえられ、神かみの奥義おうぎなるキリストを知しるに至いたるためである。

コロサイ3:12 だから、あなたがたは、神かみに選えらばれた者もの、聖せいなる、愛あいされている者ものであるから、あわれみの心こころ、慈愛じあい、謙けんそん、柔和にゅうわ、寛容かんようを身みに着つけなさい。

コロサイ3:14 これらいっさいのものの上うえに、愛あいを加くわえなさい。愛あいは、すべてを完全かんぜんに結むすぶ帯おびである。

コロサイ3:19 夫おっとたる者ものよ、妻つまを愛あいしなさい。つらくあたってはいけない。

コロサイ4:7 わたしの様子ようすについては、主しゅにあって共ともに僕ぼくであり、また忠実ちゅうじつに仕つかえている愛あいする兄弟きょうだいテキコが、あなたがたにいっさいのことを報告ほうこくするであろう。

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