マタイによる福音書 6章24節(マタイ6:24)

24 だれも、ふたりの主人しゅじんに兼かね仕つかえることはできない。一方いっぽうを憎にくんで他方たほうを愛あいし、あるいは、一方いっぽうに親したしんで他方たほうをうとんじるからである。あなたがたは、神かみと富とみとに兼かね仕つかえることはできない。

マタイ6章全体を読む
この節を含む箇所からだのあかりは目マタイ6:22-24

前後の聖句(6章22–26節)

22 目めはからだのあかりである。だから、あなたの目めが澄すんでおれば、全身ぜんしんも明あかるいだろう。

23 しかし、あなたの目めが悪わるければ、全身ぜんしんも暗くらいだろう。だから、もしあなたの内うちなる光ひかりが暗くらければ、その暗くらさは、どんなであろう。

24 だれも、ふたりの主人しゅじんに兼かね仕つかえることはできない。一方いっぽうを憎にくんで他方たほうを愛あいし、あるいは、一方いっぽうに親したしんで他方たほうをうとんじるからである。あなたがたは、神かみと富とみとに兼かね仕つかえることはできない。

25 それだから、あなたがたに言いっておく。何なんを食たべようか、何なんを飲のもうかと、自分じぶんの命いのちのことで思おもいわずらい、何なんを着きようかと自分じぶんのからだのことで思おもいわずらうな。命いのちは食物しょくもつにまさり、からだは着物きものにまさるではないか。

26 空そらの鳥とりを見みるがよい。まくことも、刈かることもせず、倉くらに取とりいれることもしない。それだのに、あなたがたの天てんの父ちちは彼かれらを養やしなっていて下くださる。あなたがたは彼かれらよりも、はるかにすぐれた者ものではないか。

有名な聖句をもっと読む