「義」(ぎ)が出てくる聖書の箇所
「義」(ぎ)は口語訳の238か所(旧約122・新約116)に出てきます。日常訳第1版では179か所。
238か所を200か所ずつ2ページに分けています(1ページ目)。
創世記(1か所)
創世記15:6 アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。
出エジプト記(1か所)
出エジプト23:7 あなたは偽り事に遠ざからなければならない。あなたは罪のない者と正しい者とを殺してはならない。わたしは悪人を義とすることはないからである。
申命記(3か所)
申命記6:25 もしわれわれが、命じられたとおりに、このすべての命令をわれわれの神、主の前に守って行うならば、それはわれわれの義となるであろう』。
申命記24:13 その質物は日の入るまでに、必ず返さなければならない。そうすれば彼は自分の上着をかけて寝ることができて、あなたを祝福するであろう。それはあなたの神、主の前にあなたの義となるであろう。
申命記32:4 主は岩であって、そのみわざは全く、その道はみな正しい。主は真実なる神であって、偽りなく、義であって、正である。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一26:23 主は人おのおのにその義と真実とに従って報いられます。主がきょう、あなたをわたしの手に渡されたのに、わたしは主が油を注がれた者に向かって、手をのべることをしなかったのです。
サムエル記下(2か所)
サムエル第二22:21 主はわたしの義にしたがってわたしに報い、わたしの手の清きにしたがってわたしに報いかえされた。
サムエル第二22:25 それゆえ、主はわたしの義にしたがい、その目のまえにわたしの清きにしたがって、わたしに報いられた。
列王紀上(1か所)
列王紀上8:32 あなたは天で聞いて行い、あなたのしもべらをさばき、悪人を罰して、そのおこないの報いをそのこうべに帰し、義人を義として、その義にしたがって、その人に報いてください。
歴代志下(1か所)
歴代志下6:23 あなたは天から聞いて、行い、あなたのしもべらをさばき、悪人に報いをなして、その行いの報いをそのこうべに帰し、義人を義として、その義にしたがってその人に報いてください。
ヨブ記(6か所)
ヨブ記6:29 どうぞ、思いなおせ、まちがってはならない。さらに思いなおせ、わたしの義は、なおわたしのうちにある。
ヨブ記11:2 「言葉が多ければ、答なしにすまされるだろうか。口の達者な人は義とされるだろうか。
ヨブ記13:18 見よ、わたしはすでにわたしの立ち場を言い並べた。わたしは義とされることをみずから知っている。
ヨブ記27:2 「神は生きておられる。彼はわたしの義を奪い去られた。全能者はわたしの魂を悩まされた。
ヨブ記27:6 わたしは堅くわが義を保って捨てない。わたしは今まで一日も心に責められた事がない。
ヨブ記35:8 あなたの悪はただあなたのような人にかかわり、あなたの義はただ人の子にかかわるのみだ。
詩篇(56か所)
詩篇4:1 わたしの義を助け守られる神よ、わたしが呼ばわる時、お答えください。あなたはわたしが悩んでいた時、わたしをくつろがせてくださいました。わたしをあわれみ、わたしの祈をお聞きください。
詩篇4:5 義のいけにえをささげて主に寄り頼みなさい。
詩篇5:8 主よ、わたしのあだのゆえに、あなたの義をもってわたしを導き、わたしの前にあなたの道をまっすぐにしてください。
詩篇7:8 主はもろもろの民をさばかれます。主よ、わたしの義と、わたしにある誠実とに従って、わたしをさばいてください。
詩篇7:9 どうか悪しき者の悪を断ち、正しき者を堅く立たせてください。義なる神よ、あなたは人の心と思いとを調べられます。
詩篇7:11 神は義なるさばきびと、日ごとに憤りを起される神である。
詩篇7:17 わたしは主にむかって、その義にふさわしい感謝をささげ、いと高き者なる主の名をほめ歌うであろう。
詩篇15:2 直く歩み、義を行い、心から真実を語る者、
詩篇17:15 しかしわたしは義にあって、み顔を見、目ざめる時、みかたちを見て、満ち足りるでしょう。
詩篇18:20 主はわたしの義にしたがってわたしに報い、わたしの手の清きにしたがってわたしに報いかえされました。
詩篇18:24 このゆえに主はわたしの義にしたがい、その目の前にわたしの手の清きにしたがってわたしに報いられました。
詩篇24:5 このような人は主から祝福をうけ、その救の神から義をうける。
詩篇31:1 主よ、わたしはあなたに寄り頼みます。とこしえにわたしをはずかしめず、あなたの義をもってわたしをお助けください。
詩篇35:24 わが神、主よ、あなたの義にしたがってわたしをさばき、わたしの事について彼らを喜ばせないでください。
詩篇35:27 わたしの義を喜ぶ者をば喜びの声をあげて喜ばせ、「そのしもべの幸福を喜ばれる主は大いなるかな」とつねに言わせてください。
詩篇35:28 わたしの舌はひねもすあなたの義と、あなたの誉とを語るでしょう。
詩篇36:6 あなたの義は神の山のごとく、あなたのさばきは大きな淵のようだ。主よ、あなたは人と獣とを救われる。
詩篇37:6 あなたの義を光のように明らかにし、あなたの正しいことを真昼のように明らかにされる。
詩篇45:7 あなたは義を愛し、悪を憎む。このゆえに神、あなたの神は喜びの油をあなたのともがらにまさって、あなたに注がれた。
詩篇50:6 天は神の義をあらわす、神はみずから、さばきぬしだからである。[セラ
詩篇51:14 神よ、わが救の神よ、血を流した罪からわたしを助け出してください。わたしの舌は声高らかにあなたの義を歌うでしょう。
詩篇51:19 その時あなたは義のいけにえと燔祭と、全き燔祭とを喜ばれるでしょう。その時あなたの祭壇に雄牛がささげられるでしょう。
詩篇71:2 あなたの義をもってわたしを助け、わたしを救い出してください。あなたの耳を傾けて、わたしをお救いください。
詩篇71:15 わたしの口はひねもすあなたの義と、あなたの救とを語るでしょう。わたしはその数を知らないからです。
詩篇71:16 わたしは主なる神の大能のみわざを携えゆき、ただあなたの義のみを、ほめたたえるでしょう。
詩篇71:19 神よ、あなたの大能と義とは高い天にまで及ぶ。あなたは大いなる事をなされました。神よ、だれかあなたに等しい者があるでしょうか。
詩篇71:24 わたしの舌もまたひねもすあなたの義を語るでしょう。わたしをそこなわんとした者が恥じあわてたからです。
詩篇72:1 神よ、あなたの公平を王に与え、あなたの義を王の子に与えてください。
詩篇72:2 彼は義をもってあなたの民をさばき、公平をもってあなたの貧しい者をさばくように。
詩篇72:3 もろもろの山と丘とは義によって民に平和を与えるように。
詩篇72:7 彼の世に義は栄え、平和は月のなくなるまで豊かであるように。
詩篇85:10 いつくしみと、まこととは共に会い、義と平和とは互に口づけし、
詩篇85:11 まことは地からはえ、義は天から見おろすでしょう。
詩篇85:13 義は主のみ前に行き、その足跡を道とするでしょう。
詩篇88:12 あなたの奇跡は暗やみに、あなたの義は忘れの国に知られるでしょうか。
詩篇89:14 義と公平はあなたのみくらの基、いつくしみと、まことはあなたの前に行きます。
詩篇89:16 ひねもす、み名によって喜び、あなたの義をほめたたえます。
詩篇96:13 主は来られる、地をさばくために来られる。主は義をもって世界をさばき、まことをもってもろもろの民をさばかれる。
詩篇97:2 雲と暗やみとはそのまわりにあり、義と正とはそのみくらの基である。
詩篇97:6 もろもろの天はその義をあらわし、よろずの民はその栄光を見た。
詩篇98:2 主はその勝利を知らせ、その義をもろもろの国民の前にあらわされた。
詩篇98:9 主は地をさばくために来られるからである。主は義をもって世界をさばき、公平をもってもろもろの民をさばかれる。
詩篇99:4 大能の王であり、公義を愛する者であるあなたは堅く公平を立て、ヤコブの中に正と義とを行われた。
詩篇103:17 しかし主のいつくしみは、とこしえからとこしえまで、主を恐れる者の上にあり、その義は子らの子に及び、
詩篇106:31 これによってピネハスはよろず代まで、とこしえに義とされた。
詩篇111:3 そのみわざは栄光と威厳とに満ち、その義はとこしえに、うせることがない。
詩篇112:3 繁栄と富とはその家にあり、その義はとこしえに、うせることはない。
詩篇112:9 彼は惜しげなく施し、貧しい者に与えた。その義はとこしえに、うせることはない。その角は誉を得てあげられる。
詩篇118:19 わたしのために義の門を開け、わたしはその内にはいって、主に感謝しよう。
詩篇119:40 見よ、わたしはあなたのさとしを慕います。あなたの義をもって、わたしを生かしてください。
詩篇119:121 わたしは正しく義にかなったことを行いました。わたしを捨てて、しえたげる者にゆだねないでください。
詩篇119:142 あなたの義はとこしえに正しく、あなたのおきてはまことです。
詩篇132:9 あなたの祭司たちに義をまとわせ、あなたの聖徒たちに喜び呼ばわらせてください。
詩篇143:2 あなたのしもべのさばきにたずさわらないでください。生ける者はひとりもみ前に義とされないからです。
詩篇143:11 主よ、み名のために、わたしを生かし、あなたの義によって、わたしを悩みから救い出してください。
詩篇145:7 彼らはあなたの豊かな恵みの思い出を言いあらわし、あなたの義を喜び歌うでしょう。
伝道の書(2か所)
伝道の書7:15 わたしはこのむなしい人生において、もろもろの事を見た。そこには義人がその義によって滅びることがあり、悪人がその悪によって長生きすることがある。
伝道の書7:16 あなたは義に過ぎてはならない。また賢きに過ぎてはならない。あなたはどうして自分を滅ぼしてよかろうか。
イザヤ書(28か所)
イザヤ書5:23 彼らはまいないによって悪しき者を義とし、義人からその義を奪う。
イザヤ書10:22 あなたの民イスラエルは海の砂のようであっても、そのうちの残りの者だけが帰って来る。滅びはすでに定まり、義であふれている。
イザヤ書42:21 主はおのれの義のために、その教を大いなるものとし、かつ光栄あるものとすることを喜ばれた。
イザヤ書45:8 天よ、上より水を注げ、雲は義を降らせよ。地は開けて救を生じ、また義をも、生えさせよ。主なるわたしはこれを創造した。
イザヤ書45:13 わたしは義をもってクロスを起した。わたしは彼のすべての道をまっすぐにしよう。彼はわが町を建て、わが捕囚を価のためでなく、また報いのためでもなく解き放つ」と万軍の主は言われる。
イザヤ書45:21 あなたがたの言い分を持ってきて述べよ。また共に相談せよ。この事をだれがいにしえから示したか。だれが昔から告げたか。わたし、すなわち主ではなかったか。わたしのほかに神はない。わたしは義なる神、救主であって、わたしのほかに神はない。
イザヤ書48:18 どうか、あなたはわたしの戒めに聞き従うように。そうすれば、あなたの平安は川のように、あなたの義は海の波のようになり、
イザヤ書50:8 わたしを義とする者が近くおられる。だれがわたしと争うだろうか、われわれは共に立とう。わたしのあだはだれか、わたしの所へ近くこさせよ。
イザヤ書51:1 「義を追い求め、主を尋ね求める者よ、わたしに聞け。あなたがたの切り出された岩と、あなたがたの掘り出された穴とを思いみよ。
イザヤ書51:5 わが義はすみやかに近づき、わが救は出て行った。わが腕はもろもろの民を治める。海沿いの国々はわたしを待ち望み、わが腕に寄り頼む。
イザヤ書51:6 目をあげて天を見、また下なる地を見よ。天は煙のように消え、地は衣のようにふるび、その中に住む者は、ぶよのように死ぬ。しかし、わが救はとこしえにながらえ、わが義はくじけることがない。
イザヤ書51:7 義を知る者よ、心のうちにわが律法をたもつ者よ、わたしに聞け。人のそしりを恐れてはならない、彼らのののしりに驚いてはならない。
イザヤ書51:8 彼らは衣のように、しみに食われ、羊の毛のように虫に食われるからだ。しかし、わが義はとこしえにながらえ、わが救はよろず代に及ぶ」。
イザヤ書53:11 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。
イザヤ書54:14 あなたは義をもって堅く立ち、しえたげから遠ざかって恐れることはない。また恐怖から遠ざかる、それはあなたに近づくことがないからである。
イザヤ書54:17 すべてあなたを攻めるために造られる武器は、その目的を達しない。すべてあなたに逆らい立って、争い訴える舌は、あなたに説き破られる。これが主のしもべらの受ける嗣業であり、また彼らがわたしから受ける義である」と主は言われる。
イザヤ書57:12 わたしはあなたの義と、あなたのわざを告げ示そう、しかしこれらはあなたを益しない。
イザヤ書58:2 彼らは日々わたしを尋ね求め、義を行い、神のおきてを捨てない国民のように、わが道を知ることを喜ぶ。彼らは正しいさばきをわたしに求め、神に近づくことを喜ぶ。
イザヤ書58:8 そうすれば、あなたの光が暁のようにあらわれ出て、あなたは、すみやかにいやされ、あなたの義はあなたの前に行き、主の栄光はあなたのしんがりとなる。
イザヤ書59:16 主は人のないのを見られ、仲に立つ者のないのをあやしまれた。それゆえ、ご自分のかいなをもって、勝利を得、その義をもって、おのれをささえられた。
イザヤ書59:17 主は義を胸当としてまとい、救のかぶとをその頭にいただき、報復の衣をまとって着物とし、熱心を外套として身を包まれた。
イザヤ書61:3 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂いの心にかえて、さんびの衣を与えさせるためである。こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために植えられた者ととなえられる。
イザヤ書61:10 わたしは主を大いに喜び、わが魂はわが神を楽しむ。主がわたしに救の衣を着せ、義の上衣をまとわせて、花婿が冠をいただき、花嫁が宝玉をもって飾るようにされたからである。
イザヤ書61:11 地が芽をいだし、園がまいたものを生やすように、主なる神は義と誉とを、もろもろの国の前に、生やされる。
イザヤ書62:1 シオンの義が朝日の輝きのようにあらわれいで、エルサレムの救が燃えるたいまつの様になるまで、わたしはシオンのために黙せず、エルサレムのために休まない。
イザヤ書62:2 もろもろの国はあなたの義を見、もろもろの王は皆あなたの栄えを見る。そして、あなたは主の口が定められる新しい名をもってとなえられる。
イザヤ書63:1 「このエドムから来る者、深紅の衣を着て、ボズラから来る者はだれか。その装いは、はなやかに、大いなる力をもって進み来る者はだれか」。「義をもって語り、救を施す力あるわたしがそれだ」。
イザヤ書64:5 あなたは喜んで義を行い、あなたの道にあって、あなたを記念する者を迎えられる。見よ、あなたは怒られた、われわれは罪を犯した。われわれは久しく罪のうちにあった。われわれは救われるであろうか。
エゼキエル書(11か所)
エゼキエル書3:20 また義人がその義にそむき、不義を行うなら、わたしは彼の前に、つまずきを置き、彼は死ぬ。あなたが彼を戒めなかったゆえ、彼はその罪のために死に、その行った義は覚えられない。しかしその血をわたしはあなたの手から求める。
エゼキエル書14:14 たといそこにノア、ダニエル、ヨブの三人がいても、彼らはその義によって、ただ自分の命を救いうるのみであると、主なる神は言われる。
エゼキエル書14:20 主なる神は言われる、わたしは生きている、たといノア、ダニエル、ヨブがそこにいても、彼らはそのむすこ娘を救うことができない。ただその義によって自分の命を救いうるのみである。
エゼキエル書16:51 サマリヤはあなたの半分も罪を犯さなかった。あなたは彼らよりも多く憎むべき事をおこない、あなたのおこなったもろもろの憎むべき事によって、あなたの姉妹を義と見せかけた。
エゼキエル書16:52 あなたはその姉妹を有利にさばいたことによって、あなたもまた自分のはずかしめを負わなければならない。それはあなたが彼らよりも、さらに憎むべきことをした罪によって、彼らはあなたよりも義とされるからである。それであなたも恥を受け、はずかしめを負わなければならない。それはあなたがその姉妹を義と見せかけたからである。
エゼキエル書18:20 罪を犯す魂は死ぬ。子は父の悪を負わない。父は子の悪を負わない。義人の義はその人に帰し、悪人の悪はその人に帰する。
エゼキエル書18:24 しかし義人がもしその義を離れて悪を行い、悪人のなすもろもろの憎むべき事を行うならば、生きるであろうか。彼が行ったもろもろの正しい事は覚えられない。彼はその犯したとがと、その犯した罪とのために死ぬ。
エゼキエル書18:26 義人がその義を離れて悪を行い、そのために死ぬならば、彼は自分の行った悪のために死ぬのである。
エゼキエル書33:12 人の子よ、あなたの民の人々に言え、義人の義は、彼が罪を犯す時には、彼を救わない。悪人の悪は、彼がその悪を離れる時、その悪のために倒れることはない。義人は彼が罪を犯す時、その義のために生きることはできない。
エゼキエル書33:13 わたしが義人に、彼は必ず生きると言っても、もし彼が自分の義をたのんで、罪を犯すなら、彼のすべての義は覚えられない。彼はみずから犯した罪のために死ぬ。
エゼキエル書33:18 義人がその義を離れて、罪を犯すならば、彼はこれがために死ぬ。
ダニエル書(4か所)
ダニエル書4:27 それゆえ王よ、あなたはわたしの勧告をいれ、義を行って罪を離れ、しえたげられる者をあわれんで、不義を離れなさい。そうすれば、あるいはあなたの繁栄が、長く続くかもしれません」。
ダニエル書9:18 わが神よ、耳を傾けて聞いてください。目を開いて、われわれの荒れたさまを見、み名をもってとなえられる町をごらんください。われわれがあなたの前に祈をささげるのは、われわれの義によるのではなく、ただあなたの大いなるあわれみによるのです。
ダニエル書9:24 あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。これはとがを終らせ、罪に終りを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐためです。
ダニエル書12:3 賢い者は、大空の輝きのように輝き、また多くの人を義に導く者は、星のようになって永遠にいたるでしょう。
ヨエル書(1か所)
ヨエル書2:23 シオンの子らよ、あなたがたの神、主によって喜び楽しめ。主はあなたがたを義とするために秋の雨を賜い、またあなたがたのために豊かに雨を降らせ、前のように、秋の雨と春の雨とを降らせられる。
ゼパニヤ書(1か所)
ゼパニヤ書3:5 その中にいます主は義であって、不義を行われない。朝ごとにその公義を現して、誤ることがない。しかし不義な者は恥を知らない。
ゼカリヤ書(1か所)
ゼカリヤ書9:9 シオンの娘よ、大いに喜べ、エルサレムの娘よ、呼ばわれ。見よ、あなたの王はあなたの所に来る。彼は義なる者であって勝利を得、柔和であって、ろばに乗る。すなわち、ろばの子である子馬に乗る。
マラキ書(2か所)
マラキ書3:3 彼は銀をふきわけて清める者のように座して、レビの子孫を清め、金銀のように彼らを清める。そして彼らは義をもって、ささげ物を主にささげる。
マラキ書4:2 しかしわが名を恐れるあなたがたには、義の太陽がのぼり、その翼には、いやす力を備えている。あなたがたは牛舎から出る子牛のように外に出て、とびはねる。
マタイによる福音書(6か所)
マタイ5:6 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。
マタイ5:10 義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
マタイ5:20 わたしは言っておく。あなたがたの義が律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、決して天国に、はいることはできない。
マタイ6:1 自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。
マタイ6:33 まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
マタイ21:32 というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義の道を説いたのに、あなたがたは彼を信じなかった。ところが、取税人や遊女は彼を信じた。あなたがたはそれを見たのに、あとになっても、心をいれ変えて彼を信じようとしなかった。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ11:42 しかし、あなた方パリサイ人は、わざわいである。はっか、うん香、あらゆる野菜などの十分の一を宮に納めておりながら、義と神に対する愛とをなおざりにしている。それもなおざりにはできないが、これは行わねばならない。
ルカ18:14 あなたがたに言っておく。神に義とされて自分の家に帰ったのは、この取税人であって、あのパリサイ人ではなかった。おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」。
ヨハネによる福音書(2か所)
ヨハネ16:8 それがきたら、罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう。
ヨハネ16:10 義についてと言ったのは、わたしが父のみもとに行き、あなたがたは、もはやわたしを見なくなるからである。
使徒行伝(4か所)
使徒10:35 神を敬い義を行う者はどの国民でも受けいれて下さることが、ほんとうによくわかってきました。
使徒13:38 だから、兄弟たちよ、この事を承知しておくがよい。すなわち、このイエスによる罪のゆるしの福音が、今やあなたがたに宣べ伝えられている。そして、モーセの律法では義とされることができなかったすべての事についても、
使徒13:39 信じる者はもれなく、イエスによって義とされるのである。
使徒17:31 神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである」。
ローマ人への手紙(45か所)
ローマ1:17 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。
ローマ2:13 なぜなら、律法を聞く者が、神の前に義なるものではなく、律法を行う者が、義とされるからである。
ローマ3:4 断じてそうではない。あらゆる人を偽り者としても、神を真実なものとすべきである。それは、「あなたが言葉を述べるときは、義とせられ、あなたがさばきを受けるとき、勝利を得るため」と書いてあるとおりである。
ローマ3:5 しかし、もしわたしたちの不義が、神の義を明らかにするとしたら、なんと言うべきか。怒りを下す神は、不義であると言うのか(これは人間的な言い方ではある)。
ローマ3:20 なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。
ローマ3:21 しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。
ローマ3:22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。
ローマ3:24 彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。
ローマ3:25 神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、
ローマ3:26 それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。
ローマ3:28 わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。
ローマ3:30 まことに、神は唯一であって、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである。
ローマ4:2 もしアブラハムが、その行いによって義とされたのであれば、彼は誇ることができよう。しかし、神のみまえでは、できない。
ローマ4:3 なぜなら、聖書はなんと言っているか、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」とある。
ローマ4:5 しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、その信仰が義と認められるのである。
ローマ4:6 ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、次のように言っている、
ローマ4:9 さて、この幸福は、割礼の者だけが受けるのか。それとも、無割礼の者にも及ぶのか。わたしたちは言う、「アブラハムには、その信仰が義と認められた」のである。
ローマ4:11 そして、アブラハムは割礼というしるしを受けたが、それは、無割礼のままで信仰によって受けた義の証印であって、彼が、無割礼のままで信じて義とされるに至るすべての人の父となり、
ローマ4:13 なぜなら、世界を相続させるとの約束が、アブラハムとその子孫とに対してなされたのは、律法によるのではなく、信仰の義によるからである。
ローマ4:22 だから、彼は義と認められたのである。
ローマ4:23 しかし「義と認められた」と書いてあるのは、アブラハムのためだけではなく、
ローマ4:24 わたしたちのためでもあって、わたしたちの主イエスを死人の中からよみがえらせたかたを信じるわたしたちも、義と認められるのである。
ローマ4:25 主は、わたしたちの罪過のために死に渡され、わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのである。
ローマ5:1 このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。
ローマ5:9 わたしたちは、キリストの血によって今は義とされているのだから、なおさら、彼によって神の怒りから救われるであろう。
ローマ5:16 かつ、この賜物は、ひとりの犯した罪の結果とは異なっている。なぜなら、さばきの場合は、ひとりの罪過から、罪に定めることになったが、恵みの場合には、多くの人の罪過から、義とする結果になるからである。
ローマ5:17 もし、ひとりの罪過によって、そのひとりをとおして死が支配するに至ったとすれば、まして、あふれるばかりの恵みと義の賜物とを受けている者たちは、ひとりのイエス・キリストをとおし、いのちにあって、さらに力強く支配するはずではないか。
ローマ5:18 このようなわけで、ひとりの罪過によってすべての人が罪に定められたように、ひとりの義なる行為によって、いのちを得させる義がすべての人に及ぶのである。
ローマ5:21 それは、罪が死によって支配するに至ったように、恵みもまた義によって支配し、わたしたちの主イエス・キリストにより、永遠のいのちを得させるためである。
ローマ6:13 また、あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。
ローマ6:16 あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。
ローマ6:18 罪から解放され、義の僕となった。
ローマ6:19 わたしは人間的な言い方をするが、それは、あなたがたの肉の弱さのゆえである。あなたがたは、かつて自分の肢体を汚れと不法との僕としてささげて不法に陥ったように、今や自分の肢体を義の僕としてささげて、きよくならねばならない。
ローマ6:20 あなたがたが罪の僕であった時は、義とは縁のない者であった。
ローマ8:10 もし、キリストがあなたがたの内におられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きているのである。
ローマ8:30 そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。
ローマ8:33 だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである。
ローマ9:30 では、わたしたちはなんと言おうか。義を追い求めなかった異邦人は、義、すなわち、信仰による義を得た。
ローマ9:31 しかし、義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法に達しなかった。
ローマ10:3 なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。
ローマ10:4 キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終りとなられたのである。
ローマ10:5 モーセは、律法による義を行う人は、その義によって生きる、と書いている。
ローマ10:6 しかし、信仰による義は、こう言っている、「あなたは心のうちで、だれが天に上るであろうかと言うな」。それは、キリストを引き降ろすことである。
ローマ10:10 なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。
ローマ14:17 神の国は飲食ではなく、義と、平和と、聖霊における喜びとである。
コリント人への第一の手紙(3か所)
コリント第一1:30 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。
コリント第一4:4 わたしは自ら省みて、なんらやましいことはないが、それで義とされているわけではない。わたしをさばくかたは、主である。
コリント第一6:11 あなたがたの中には、以前はそんな人もいた。しかし、あなたがたは、主イエス・キリストの名によって、またわたしたちの神の霊によって、洗われ、きよめられ、義とされたのである。
コリント人への第二の手紙(7か所)
コリント第二3:9 もし罪を宣告する務が栄光あるものだとすれば、義を宣告する務は、はるかに栄光に満ちたものである。
コリント第二5:21 神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。
コリント第二6:7 真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、
コリント第二6:14 不信者と、つり合わないくびきを共にするな。義と不義となんの係わりがあるか。光とやみとなんの交わりがあるか。
コリント第二9:9 「彼は貧しい人たちに散らして与えた。その義は永遠に続くであろう」と書いてあるとおりである。
コリント第二9:10 種まく人に種と食べるためのパンとを備えて下さるかたは、あなたがたにも種を備え、それをふやし、そしてあなたがたの義の実を増して下さるのである。
コリント第二11:15 だから、たといサタンの手下どもが、義の奉仕者のように擬装したとしても、不思議ではない。彼らの最期は、そのしわざに合ったものとなろう。
ガラテヤ人への手紙(10か所)
ガラテヤ2:16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。
ガラテヤ2:17 しかし、キリストにあって義とされることを求めることによって、わたしたち自身が罪人であるとされるのなら、キリストは罪に仕える者なのであろうか。断じてそうではない。
ガラテヤ2:21 わたしは、神の恵みを無にはしない。もし、義が律法によって得られるとすれば、キリストの死はむだであったことになる。
ガラテヤ3:6 このように、アブラハムは「神を信じた。それによって、彼は義と認められた」のである。
ガラテヤ3:8 聖書は、神が異邦人を信仰によって義とされることを、あらかじめ知って、アブラハムに、「あなたによって、すべての国民は祝福されるであろう」との良い知らせを、予告したのである。
ガラテヤ3:11 そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、「信仰による義人は生きる」からである。
ガラテヤ3:21 では、律法は神の約束と相いれないものか。断じてそうではない。もし人を生かす力のある律法が与えられていたとすれば、義はたしかに律法によって実現されたであろう。
ガラテヤ3:24 このようにして律法は、信仰によって義とされるために、わたしたちをキリストに連れて行く養育掛となったのである。
ガラテヤ5:4 律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。