「義」(ぎ)が出てくる聖書の箇所

「義」(ぎ)は口語訳の238か所(旧約122・新約116)に出てきます。日常訳第1版では179か所。

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238か所を200か所ずつ2ページに分けています(1ページ目)。

創世記(1か所)

創世記15:6 アブラムは主しゅを信しんじた。主しゅはこれを彼かれの義ぎと認みとめられた。

出エジプト記(1か所)

出エジプト23:7 あなたは偽いつわり事ことに遠とおざからなければならない。あなたは罪つみのない者ものと正ただしい者ものとを殺ころしてはならない。わたしは悪人あくにんを義ぎとすることはないからである。

申命記(3か所)

申命記6:25 もしわれわれが、命めいじられたとおりに、このすべての命令めいれいをわれわれの神かみ、主しゅの前まえに守まもって行おこなうならば、それはわれわれの義ぎとなるであろう』。

申命記24:13 その質物しちもつは日ひの入はいるまでに、必かならず返かえさなければならない。そうすれば彼かれは自分じぶんの上着うわぎをかけて寝ねることができて、あなたを祝福しゅくふくするであろう。それはあなたの神かみ、主しゅの前まえにあなたの義ぎとなるであろう。

申命記32:4 主しゅは岩いわであって、そのみわざは全まったく、その道みちはみな正ただしい。主しゅは真実しんじつなる神かみであって、偽いつわりなく、義ぎであって、正せいである。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一26:23 主しゅは人ひとおのおのにその義ぎと真実しんじつとに従したがって報むくいられます。主しゅがきょう、あなたをわたしの手てに渡わたされたのに、わたしは主しゅが油あぶらを注そそがれた者ものに向むかって、手てをのべることをしなかったのです。

サムエル記下(2か所)

サムエル第二22:21 主しゅはわたしの義ぎにしたがってわたしに報むくい、わたしの手ての清せいきにしたがってわたしに報むくいかえされた。

サムエル第二22:25 それゆえ、主しゅはわたしの義ぎにしたがい、その目めのまえにわたしの清せいきにしたがって、わたしに報むくいられた。

列王紀上(1か所)

列王紀上8:32 あなたは天てんで聞きいて行おこない、あなたのしもべらをさばき、悪人あくにんを罰ばっして、そのおこないの報むくいをそのこうべに帰かえし、義人ぎじんを義ぎとして、その義ぎにしたがって、その人ひとに報むくいてください。

歴代志下(1か所)

歴代志下6:23 あなたは天てんから聞きいて、行おこない、あなたのしもべらをさばき、悪人あくにんに報むくいをなして、その行おこないの報むくいをそのこうべに帰かえし、義人ぎじんを義ぎとして、その義ぎにしたがってその人ひとに報むくいてください。

ヨブ記(6か所)

ヨブ記6:29 どうぞ、思おもいなおせ、まちがってはならない。さらに思おもいなおせ、わたしの義ぎは、なおわたしのうちにある。

ヨブ記11:2 「言葉ことばが多おおければ、答こたえなしにすまされるだろうか。口くちの達者たっしゃな人ひとは義ぎとされるだろうか。

ヨブ記13:18 見みよ、わたしはすでにわたしの立たち場ばを言い並べいいならべた。わたしは義ぎとされることをみずから知しっている。

ヨブ記27:2 「神かみは生いきておられる。彼かれはわたしの義ぎを奪うばい去さられた。全能ぜんのう者しゃはわたしの魂たましいを悩なやまされた。

ヨブ記27:6 わたしは堅かたくわが義ぎを保たもって捨すてない。わたしは今いままで一日ついたちも心こころに責せめられた事ことがない。

ヨブ記35:8 あなたの悪あくはただあなたのような人ひとにかかわり、あなたの義ぎはただ人ひとの子こにかかわるのみだ。

詩篇(56か所)

詩篇4:1 わたしの義ぎを助たすけ守まもられる神かみよ、わたしが呼よばわる時とき、お答こたえください。あなたはわたしが悩なやんでいた時とき、わたしをくつろがせてくださいました。わたしをあわれみ、わたしの祈いのりをお聞きききください。

詩篇4:5 義ぎのいけにえをささげて主しゅに寄より頼たのみなさい。

詩篇5:8 主しゅよ、わたしのあだのゆえに、あなたの義ぎをもってわたしを導みちびき、わたしの前まえにあなたの道みちをまっすぐにしてください。

詩篇7:8 主しゅはもろもろの民たみをさばかれます。主しゅよ、わたしの義ぎと、わたしにある誠実せいじつとに従したがって、わたしをさばいてください。

詩篇7:9 どうか悪あしき者ものの悪あくを断たち、正まさしき者ものを堅かたく立たたたせてください。義ぎなる神かみよ、あなたは人ひとの心こころと思おもいとを調しらべられます。

詩篇7:11 神かみは義ぎなるさばきびと、日ひごとに憤いきどおりを起おこされる神かみである。

詩篇7:17 わたしは主しゅにむかって、その義ぎにふさわしい感謝かんしゃをささげ、いと高たかき者ものなる主しゅの名なをほめ歌ううたうであろう。

詩篇15:2 直じかく歩あゆみ、義ぎを行おこない、心こころから真実しんじつを語かたる者もの、

詩篇17:15 しかしわたしは義ぎにあって、み顔かおを見み、目めざめる時とき、みかたちを見みて、満みち足たりるでしょう。

詩篇18:20 主しゅはわたしの義ぎにしたがってわたしに報むくい、わたしの手ての清せいきにしたがってわたしに報むくいかえされました。

詩篇18:24 このゆえに主しゅはわたしの義ぎにしたがい、その目めの前まえにわたしの手ての清せいきにしたがってわたしに報むくいられました。

詩篇24:5 このような人ひとは主しゅから祝福しゅくふくをうけ、その救すくいの神かみから義ぎをうける。

詩篇31:1 主しゅよ、わたしはあなたに寄より頼たのみます。とこしえにわたしをはずかしめず、あなたの義ぎをもってわたしをお助たすけください。

詩篇35:24 わが神かみ、主しゅよ、あなたの義ぎにしたがってわたしをさばき、わたしの事ことについて彼かれらを喜よろこばせないでください。

詩篇35:27 わたしの義ぎを喜よろこぶ者ものをば喜よろこびの声こえをあげて喜よろこばせ、「そのしもべの幸福こうふくを喜よろこばれる主しゅは大おおいなるかな」とつねに言いわせてください。

詩篇35:28 わたしの舌したはひねもすあなたの義ぎと、あなたの誉ほまれとを語かたるでしょう。

詩篇36:6 あなたの義ぎは神かみの山やまのごとく、あなたのさばきは大おおきな淵ふちのようだ。主しゅよ、あなたは人ひとと獣けものとを救すくわれる。

詩篇37:6 あなたの義ぎを光ひかりのように明あきらかにし、あなたの正ただしいことを真昼まひるのように明あきらかにされる。

詩篇45:7 あなたは義ぎを愛あいし、悪あくを憎にくむ。このゆえに神かみ、あなたの神かみは喜よろこびの油あぶらをあなたのともがらにまさって、あなたに注そそがれた。

詩篇50:6 天てんは神かみの義ぎをあらわす、神かみはみずから、さばきぬしだからである。[セラ

詩篇51:14 神かみよ、わが救すくいの神かみよ、血ちを流ながした罪つみからわたしを助たすけ出だしてください。わたしの舌したは声こえ高たからかにあなたの義ぎを歌ううたうでしょう。

詩篇51:19 その時ときあなたは義ぎのいけにえと燔祭はんさいと、全ぜんき燔祭はんさいとを喜よろこばれるでしょう。その時ときあなたの祭壇さいだんに雄牛おうしがささげられるでしょう。

詩篇71:2 あなたの義ぎをもってわたしを助たすけ、わたしを救すくい出だしてください。あなたの耳みみを傾かたむけて、わたしをお救すくいください。

詩篇71:15 わたしの口くちはひねもすあなたの義ぎと、あなたの救すくいとを語かたるでしょう。わたしはその数かずを知しらないからです。

詩篇71:16 わたしは主しゅなる神かみの大だい能のうのみわざを携たずさえゆき、ただあなたの義ぎのみを、ほめたたえるでしょう。

詩篇71:19 神かみよ、あなたの大だい能のうと義ぎとは高たかい天てんにまで及およぶ。あなたは大おおいなる事ことをなされました。神かみよ、だれかあなたに等ひとしい者ものがあるでしょうか。

詩篇71:24 わたしの舌したもまたひねもすあなたの義ぎを語かたるでしょう。わたしをそこなわんとした者ものが恥はじあわてたからです。

詩篇72:1 神かみよ、あなたの公平こうへいを王おうに与あたえ、あなたの義ぎを王おうの子こに与あたえてください。

詩篇72:2 彼かれは義ぎをもってあなたの民たみをさばき、公平こうへいをもってあなたの貧まずしい者ものをさばくように。

詩篇72:3 もろもろの山やまと丘おかとは義ぎによって民みんに平和へいわを与あたえるように。

詩篇72:7 彼あの世よに義ぎは栄さかえ、平和へいわは月つきのなくなるまで豊ゆたかであるように。

詩篇85:10 いつくしみと、まこととは共ともに会あい、義ぎと平和へいわとは互たがいに口くちづけし、

詩篇85:11 まことは地ちからはえ、義ぎは天てんから見みおろすでしょう。

詩篇85:13 義ぎは主しゅのみ前まえに行いき、その足跡あしあとを道みちとするでしょう。

詩篇88:12 あなたの奇跡きせきは暗くらやみに、あなたの義ぎは忘わすれの国くにに知しられるでしょうか。

詩篇89:14 義ぎと公平こうへいはあなたのみくらの基もと、いつくしみと、まことはあなたの前まえに行いきます。

詩篇89:16 ひねもす、み名なによって喜よろこび、あなたの義ぎをほめたたえます。

詩篇96:13 主しゅは来こられる、地ちをさばくために来こられる。主しゅは義ぎをもって世界せかいをさばき、まことをもってもろもろの民たみをさばかれる。

詩篇97:2 雲くもと暗くらやみとはそのまわりにあり、義ぎと正せいとはそのみくらの基もとである。

詩篇97:6 もろもろの天てんはその義ぎをあらわし、よろずの民たみはその栄光えいこうを見みた。

詩篇98:2 主しゅはその勝利しょうりを知しらせ、その義ぎをもろもろの国民こくみんの前まえにあらわされた。

詩篇98:9 主しゅは地ちをさばくために来こられるからである。主しゅは義ぎをもって世界せかいをさばき、公平こうへいをもってもろもろの民たみをさばかれる。

詩篇99:4 大だい能のうの王おうであり、公義きみよしを愛あいする者ものであるあなたは堅かたく公平こうへいを立たて、ヤコブの中なかに正せいと義ぎとを行おこなわれた。

詩篇103:17 しかし主しゅのいつくしみは、とこしえからとこしえまで、主しゅを恐おそれる者ものの上うえにあり、その義ぎは子こらの子こに及および、

詩篇106:31 これによってピネハスはよろず代だいまで、とこしえに義ぎとされた。

詩篇111:3 そのみわざは栄光えいこうと威厳いげんとに満みち、その義ぎはとこしえに、うせることがない。

詩篇112:3 繁栄はんえいと富とみとはその家いえにあり、その義ぎはとこしえに、うせることはない。

詩篇112:9 彼かれは惜おしげなく施ほどこし、貧まずしい者ものに与あたえた。その義ぎはとこしえに、うせることはない。その角かどは誉ほまれを得えてあげられる。

詩篇118:19 わたしのために義ぎの門もんを開あけ、わたしはその内うちにはいって、主しゅに感謝かんしゃしよう。

詩篇119:40 見みよ、わたしはあなたのさとしを慕したいます。あなたの義ぎをもって、わたしを生いかしてください。

詩篇119:121 わたしは正ただしく義ぎにかなったことを行おこないました。わたしを捨すてて、しえたげる者ものにゆだねないでください。

詩篇119:142 あなたの義ぎはとこしえに正ただしく、あなたのおきてはまことです。

詩篇132:9 あなたの祭司さいしたちに義ぎをまとわせ、あなたの聖徒せいとたちに喜よろこび呼よばわらせてください。

詩篇143:2 あなたのしもべのさばきにたずさわらないでください。生いける者ものはひとりもみ前まえに義ぎとされないからです。

詩篇143:11 主しゅよ、み名なのために、わたしを生いかし、あなたの義ぎによって、わたしを悩なやみから救すくい出だしてください。

詩篇145:7 彼かれらはあなたの豊ゆたかな恵めぐみの思おもい出でを言いいあらわし、あなたの義ぎを喜び歌うよろこびうたうでしょう。

伝道の書(2か所)

伝道の書7:15 わたしはこのむなしい人生じんせいにおいて、もろもろの事ことを見みた。そこには義人ぎじんがその義ぎによって滅ほろびることがあり、悪人あくにんがその悪わるによって長生ながいきすることがある。

伝道の書7:16 あなたは義ぎに過すぎてはならない。また賢けんきに過すぎてはならない。あなたはどうして自分じぶんを滅ほろぼしてよかろうか。

イザヤ書(28か所)

イザヤ書5:23 彼かれらはまいないによって悪あしき者ものを義ぎとし、義人ぎじんからその義ぎを奪ううばう。

イザヤ書10:22 あなたの民みんイスラエルは海うみの砂すなのようであっても、そのうちの残のこりの者ものだけが帰かえって来くる。滅ほろびはすでに定さだまり、義ぎであふれている。

イザヤ書42:21 主しゅはおのれの義ぎのために、その教きょうを大おおいなるものとし、かつ光栄こうえいあるものとすることを喜よろこばれた。

イザヤ書45:8 天てんよ、上うえより水みずを注そそげ、雲くもは義ぎを降ふらせよ。地ちは開あけて救すくいを生しょうじ、また義ぎをも、生はえさせよ。主しゅなるわたしはこれを創造そうぞうした。

イザヤ書45:13 わたしは義ぎをもってクロスを起おこした。わたしは彼かれのすべての道みちをまっすぐにしよう。彼かれはわが町まちを建たて、わが捕囚ほしゅうを価あたいのためでなく、また報むくいのためでもなく解とき放はなつ」と万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

イザヤ書45:21 あなたがたの言い分いいぶんを持もってきて述のべよ。また共ともに相談そうだんせよ。この事ことをだれがいにしえから示ししめしたか。だれが昔むかしから告つげたか。わたし、すなわち主しゅではなかったか。わたしのほかに神かみはない。わたしは義ぎなる神かみ、救主すくいぬしであって、わたしのほかに神かみはない。

イザヤ書48:18 どうか、あなたはわたしの戒いましめに聞き従うききしたがうように。そうすれば、あなたの平安へいあんは川かわのように、あなたの義ぎは海うみの波なみのようになり、

イザヤ書50:8 わたしを義ぎとする者ものが近ちかくおられる。だれがわたしと争あらそうだろうか、われわれは共ともに立たとう。わたしのあだはだれか、わたしの所ところへ近ちかくこさせよ。

イザヤ書51:1 「義ぎを追おい求もとめ、主しゅを尋たずね求もとめる者ものよ、わたしに聞きけ。あなたがたの切きり出だされた岩いわと、あなたがたの掘ほり出だされた穴あなとを思おもいみよ。

イザヤ書51:5 わが義ぎはすみやかに近ちかづき、わが救すくいは出でて行いった。わが腕うではもろもろの民たみを治おさめる。海沿うみぞいの国々くにぐにはわたしを待まち望のぞみ、わが腕うでに寄より頼たのむ。

イザヤ書51:6 目めをあげて天てんを見み、また下したなる地ちを見みよ。天てんは煙けむりのように消きえ、地ちは衣ころものようにふるび、その中なかに住すむ者ものは、ぶよのように死しぬ。しかし、わが救すくいはとこしえにながらえ、わが義ぎはくじけることがない。

イザヤ書51:7 義ぎを知しる者ものよ、心こころのうちにわが律法りっぽうをたもつ者ものよ、わたしに聞きけ。人ひとのそしりを恐おそれてはならない、彼かれらのののしりに驚おどろいてはならない。

イザヤ書51:8 彼かれらは衣ころものように、しみに食くわれ、羊ひつじの毛けのように虫むしに食くわれるからだ。しかし、わが義ぎはとこしえにながらえ、わが救すくいはよろず代だいに及およぶ」。

イザヤ書53:11 彼かれは自分じぶんの魂たましいの苦くるしみにより光ひかりを見みて満足まんぞくする。義ぎなるわがしもべはその知識ちしきによって、多おおくの人ひとを義ぎとし、また彼かれらの不義ふぎを負おう。

イザヤ書54:14 あなたは義ぎをもって堅かたく立たち、しえたげから遠とおざかって恐おそれることはない。また恐怖きょうふから遠とおざかる、それはあなたに近ちかづくことがないからである。

イザヤ書54:17 すべてあなたを攻せめるために造つくられる武器ぶきは、その目的もくてきを達たっしない。すべてあなたに逆さからい立たって、争あらそい訴うったえる舌したは、あなたに説とき破やぶられる。これが主しゅのしもべらの受うける嗣業しぎょうであり、また彼かれらがわたしから受うける義ぎである」と主しゅは言いわれる。

イザヤ書57:12 わたしはあなたの義ぎと、あなたのわざを告つげ示しめそう、しかしこれらはあなたを益えきしない。

イザヤ書58:2 彼かれらは日々ひびわたしを尋たずね求もとめ、義ぎを行おこない、神かみのおきてを捨すてない国民こくみんのように、わが道みちを知しることを喜よろこぶ。彼かれらは正ただしいさばきをわたしに求もとめ、神かみに近ちかづくことを喜よろこぶ。

イザヤ書58:8 そうすれば、あなたの光ひかりが暁あかつきのようにあらわれ出でて、あなたは、すみやかにいやされ、あなたの義ぎはあなたの前まえに行いき、主しゅの栄光えいこうはあなたのしんがりとなる。

イザヤ書59:16 主しゅは人ひとのないのを見みられ、仲なかに立たつ者もののないのをあやしまれた。それゆえ、ご自分じぶんのかいなをもって、勝利しょうりを得え、その義ぎをもって、おのれをささえられた。

イザヤ書59:17 主しゅは義ぎを胸当むねあてとしてまとい、救すくいのかぶとをその頭あたまにいただき、報復ほうふくの衣ころもをまとって着物きものとし、熱心ねっしんを外套がいとうとして身みを包つつまれた。

イザヤ書61:3 シオンの中なかの悲かなしむ者ものに喜よろこびを与あたえ、灰はいにかえて冠かんむりを与あたえ、悲かなしみにかえて喜よろこびの油あぶらを与あたえ、憂うれいの心こころにかえて、さんびの衣ころもを与あたえさせるためである。こうして、彼かれらは義ぎのかしの木きととなえられ、主しゅがその栄光えいこうをあらわすために植うえられた者ものととなえられる。

イザヤ書61:10 わたしは主しゅを大おおいに喜よろこび、わが魂たましいはわが神かみを楽たのしむ。主しゅがわたしに救すくいの衣ころもを着きせ、義ぎの上衣うわぎをまとわせて、花婿はなむこが冠かんむりをいただき、花嫁はなよめが宝玉ほうぎょくをもって飾かざるようにされたからである。

イザヤ書61:11 地ちが芽めをいだし、園そのがまいたものを生はやすように、主しゅなる神かみは義ぎと誉ほまれとを、もろもろの国くにの前まえに、生はやされる。

イザヤ書62:1 シオンの義ぎが朝日あさひの輝かがやきのようにあらわれいで、エルサレムの救すくいが燃もえるたいまつの様ようになるまで、わたしはシオンのために黙もくせず、エルサレムのために休やすまない。

イザヤ書62:2 もろもろの国くにはあなたの義ぎを見み、もろもろの王おうは皆みなあなたの栄はえを見みる。そして、あなたは主しゅの口くちが定さだめられる新あたらしい名なをもってとなえられる。

イザヤ書63:1 「このエドムから来くる者もの、深紅しんくの衣ころもを着きて、ボズラから来くる者ものはだれか。その装よそおいは、はなやかに、大おおいなる力ちからをもって進すすみ来くる者ものはだれか」。「義ぎをもって語かたり、救すくいを施ほどこす力ちからあるわたしがそれだ」。

イザヤ書64:5 あなたは喜よろこんで義ぎを行おこない、あなたの道みちにあって、あなたを記念きねんする者ものを迎むかえられる。見みよ、あなたは怒おこられた、われわれは罪つみを犯おかした。われわれは久ひさしく罪つみのうちにあった。われわれは救すくわれるであろうか。

エゼキエル書(11か所)

エゼキエル書3:20 また義人ぎじんがその義ぎにそむき、不義ふぎを行おこなうなら、わたしは彼かれの前まえに、つまずきを置おき、彼かれは死しぬ。あなたが彼かれを戒いましめなかったゆえ、彼かれはその罪つみのために死しに、その行いった義ぎは覚おぼえられない。しかしその血ちをわたしはあなたの手てから求もとめる。

エゼキエル書14:14 たといそこにノア、ダニエル、ヨブの三さん人にんがいても、彼かれらはその義ぎによって、ただ自分じぶんの命いのちを救すくいうるのみであると、主しゅなる神かみは言いわれる。

エゼキエル書14:20 主しゅなる神かみは言いわれる、わたしは生いきている、たといノア、ダニエル、ヨブがそこにいても、彼かれらはそのむすこ娘むすめを救すくうことができない。ただその義ぎによって自分じぶんの命いのちを救すくいうるのみである。

エゼキエル書16:51 サマリヤはあなたの半分はんぶんも罪つみを犯おかさなかった。あなたは彼かれらよりも多おおく憎にくむべき事ことをおこない、あなたのおこなったもろもろの憎にくむべき事ことによって、あなたの姉妹しまいを義ぎと見みせかけた。

エゼキエル書16:52 あなたはその姉妹しまいを有利ゆうりにさばいたことによって、あなたもまた自分じぶんのはずかしめを負おわなければならない。それはあなたが彼かれらよりも、さらに憎にくむべきことをした罪つみによって、彼かれらはあなたよりも義ぎとされるからである。それであなたも恥はじを受うけ、はずかしめを負おわなければならない。それはあなたがその姉妹しまいを義ぎと見みせかけたからである。

エゼキエル書18:20 罪つみを犯おかす魂たましいは死しぬ。子こは父ちちの悪あくを負おわない。父ちちは子この悪あくを負おわない。義人ぎじんの義ぎはその人ひとに帰かえし、悪人あくにんの悪あくはその人ひとに帰きする。

エゼキエル書18:24 しかし義人ぎじんがもしその義ぎを離はなれて悪あくを行おこない、悪人あくにんのなすもろもろの憎にくむべき事ことを行おこなうならば、生いきるであろうか。彼かれが行おこなったもろもろの正ただしい事ことは覚おぼえられない。彼かれはその犯おかしたとがと、その犯おかした罪つみとのために死しぬ。

エゼキエル書18:26 義人ぎじんがその義ぎを離はなれて悪あくを行おこない、そのために死しぬならば、彼かれは自分じぶんの行おこなった悪あくのために死しぬのである。

エゼキエル書33:12 人ひとの子こよ、あなたの民たみの人々ひとびとに言いえ、義人ぎじんの義ぎは、彼かれが罪つみを犯おかす時ときには、彼かれを救すくわない。悪人あくにんの悪あくは、彼かれがその悪あくを離はなれる時とき、その悪あくのために倒たおれることはない。義人ぎじんは彼かれが罪つみを犯おかす時とき、その義ぎのために生いきることはできない。

エゼキエル書33:13 わたしが義人ぎじんに、彼かれは必かならず生いきると言いっても、もし彼かれが自分じぶんの義ぎをたのんで、罪つみを犯おかすなら、彼かれのすべての義ぎは覚おぼえられない。彼かれはみずから犯おかした罪つみのために死しぬ。

エゼキエル書33:18 義人ぎじんがその義ぎを離はなれて、罪つみを犯おかすならば、彼かれはこれがために死しぬ。

ダニエル書(4か所)

ダニエル書4:27 それゆえ王おうよ、あなたはわたしの勧告かんこくをいれ、義ぎを行おこなって罪つみを離はなれ、しえたげられる者ものをあわれんで、不義ふぎを離はなれなさい。そうすれば、あるいはあなたの繁栄はんえいが、長ながく続つづくかもしれません」。

ダニエル書9:18 わが神かみよ、耳みみを傾かたむけて聞きいてください。目めを開ひらいて、われわれの荒あれたさまを見み、み名なをもってとなえられる町まちをごらんください。われわれがあなたの前まえに祈いのりをささげるのは、われわれの義ぎによるのではなく、ただあなたの大おおいなるあわれみによるのです。

ダニエル書9:24 あなたの民たみと、あなたの聖せいなる町まちについては、七十ななじゅう週しゅうが定さだめられています。これはとがを終おわらせ、罪つみに終おわりを告つげ、不義ふぎをあがない、永遠えいえんの義ぎをもたらし、幻まぼろしと預言よげん者しゃを封ふうじ、いと聖せいなる者ものに油あぶらを注そそぐためです。

ダニエル書12:3 賢かしこい者ものは、大空おおぞらの輝かがやきのように輝かがやき、また多おおくの人ひとを義ぎに導みちびく者ものは、星ほしのようになって永遠えいえんにいたるでしょう。

ヨエル書(1か所)

ヨエル書2:23 シオンの子こらよ、あなたがたの神かみ、主しゅによって喜よろこび楽たのしめ。主しゅはあなたがたを義ぎとするために秋あきの雨あめを賜たまい、またあなたがたのために豊ゆたかに雨あめを降ふらせ、前まえのように、秋あきの雨あめと春はるの雨あめとを降ふらせられる。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書3:5 その中なかにいます主しゅは義ぎであって、不義ふぎを行おこなわれない。朝あさごとにその公義きみよしを現あらわして、誤あやまることがない。しかし不義ふぎな者ものは恥はじを知しらない。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書9:9 シオンの娘むすめよ、大おおいに喜よろこべ、エルサレムの娘むすめよ、呼よばわれ。見みよ、あなたの王おうはあなたの所ところに来くる。彼かれは義ぎなる者ものであって勝利しょうりを得え、柔和にゅうわであって、ろばに乗のる。すなわち、ろばの子こである子馬こうまに乗のる。

マラキ書(2か所)

マラキ書3:3 彼かれは銀ぎんをふきわけて清きよめる者もののように座ざして、レビの子孫しそんを清きよめ、金銀きんぎんのように彼かれらを清きよめる。そして彼かれらは義ぎをもって、ささげ物ものを主しゅにささげる。

マラキ書4:2 しかしわが名なを恐おそれるあなたがたには、義ぎの太陽たいようがのぼり、その翼つばさには、いやす力ちからを備そなえている。あなたがたは牛舎ぎゅうしゃから出でる子牛こうしのように外そとに出でて、とびはねる。

マタイによる福音書(6か所)

マタイ5:6 義ぎに飢うえかわいている人ひとたちは、さいわいである、彼かれらは飽あき足たりるようになるであろう。

マタイ5:10 義ぎのために迫害はくがいされてきた人ひとたちは、さいわいである、天国てんごくは彼かれらのものである。

マタイ5:20 わたしは言いっておく。あなたがたの義ぎが律法りっぽう学がく者しゃやパリサイ人にんの義ぎにまさっていなければ、決けっして天国てんごくに、はいることはできない。

マタイ6:1 自分じぶんの義ぎを、見みられるために人ひとの前まえで行おこなわないように、注意ちゅういしなさい。もし、そうしないと、天てんにいますあなたがたの父ちちから報むくいを受うけることがないであろう。

マタイ6:33 まず神かみの国くにと神かみの義ぎとを求もとめなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添そえて与あたえられるであろう。

マタイ21:32 というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義ぎの道みちを説といたのに、あなたがたは彼かれを信しんじなかった。ところが、取とり税ぜい人にんや遊女ゆうじょは彼かれを信しんじた。あなたがたはそれを見みたのに、あとになっても、心こころをいれ変かえて彼かれを信しんじようとしなかった。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ11:42 しかし、あなた方かたパリサイ人にんは、わざわいである。はっか、うん香こう、あらゆる野菜やさいなどの十じゅう分ぶんの一いちを宮みやに納おさめておりながら、義ぎと神かみに対たいする愛あいとをなおざりにしている。それもなおざりにはできないが、これは行おこなわねばならない。

ルカ18:14 あなたがたに言いっておく。神かみに義ぎとされて自分じぶんの家いえに帰かえったのは、この取とり税ぜい人にんであって、あのパリサイ人にんではなかった。おおよそ、自分じぶんを高たかくする者ものは低ひくされ、自分じぶんを低ひくする者ものは高たかくされるであろう」。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ16:8 それがきたら、罪つみと義ぎとさばきとについて、世よの人ひとの目めを開ひらくであろう。

ヨハネ16:10 義ぎについてと言いったのは、わたしが父ちちのみもとに行いき、あなたがたは、もはやわたしを見みなくなるからである。

使徒行伝(4か所)

使徒10:35 神かみを敬うやまい義ぎを行おこなう者ものはどの国民こくみんでも受うけいれて下くださることが、ほんとうによくわかってきました。

使徒13:38 だから、兄弟きょうだいたちよ、この事ことを承知しょうちしておくがよい。すなわち、このイエスによる罪つみのゆるしの福音ふくいんが、今いまやあなたがたに宣のべ伝つたえられている。そして、モーセの律法りっぽうでは義ぎとされることができなかったすべての事ことについても、

使徒13:39 信しんじる者ものはもれなく、イエスによって義ぎとされるのである。

使徒17:31 神かみは、義ぎをもってこの世界せかいをさばくためその日ひを定さだめ、お選えらびになったかたによってそれをなし遂とげようとされている。すなわち、このかたを死人しにんの中なかからよみがえらせ、その確証かくしょうをすべての人ひとに示しめされたのである」。

ローマ人への手紙(45か所)

ローマ1:17 神かみの義ぎは、その福音ふくいんの中なかに啓示けいじされ、信仰しんこうに始はじまり信仰しんこうに至いたらせる。これは、「信仰しんこうによる義人ぎじんは生いきる」と書かいてあるとおりである。

ローマ2:13 なぜなら、律法りっぽうを聞きく者ものが、神かみの前まえに義ぎなるものではなく、律法りっぽうを行おこなう者ものが、義ぎとされるからである。

ローマ3:4 断だんじてそうではない。あらゆる人ひとを偽いつわり者ものとしても、神かみを真実しんじつなものとすべきである。それは、「あなたが言葉ことばを述のべるときは、義ぎとせられ、あなたがさばきを受うけるとき、勝利しょうりを得えるため」と書かいてあるとおりである。

ローマ3:5 しかし、もしわたしたちの不義ふぎが、神かみの義ぎを明あきらかにするとしたら、なんと言ゆうべきか。怒いかりを下くだす神かみは、不義ふぎであると言いうのか(これは人間にんげん的てきな言いいい方かたではある)。

ローマ3:20 なぜなら、律法りっぽうを行おこなうことによっては、すべての人間にんげんは神かみの前まえに義ぎとせられないからである。律法りっぽうによっては、罪つみの自覚じかくが生しょうじるのみである。

ローマ3:21 しかし今いまや、神かみの義ぎが、律法りっぽうとは別べつに、しかも律法りっぽうと預言よげん者しゃとによってあかしされて、現あらわされた。

ローマ3:22 それは、イエス・キリストを信しんじる信仰しんこうによる神かみの義ぎであって、すべて信しんじる人ひとに与あたえられるものである。そこにはなんらの差別さべつもない。

ローマ3:24 彼かれらは、価あたいなしに、神かみの恵めぐみにより、キリスト・イエスによるあがないによって義ぎとされるのである。

ローマ3:25 神かみはこのキリストを立たてて、その血ちによる、信仰しんこうをもって受うけくべきあがないの供そなえ物ものとされた。それは神かみの義ぎを示しめすためであった。すなわち、今いままでに犯おかされた罪つみを、神かみは忍耐にんたいをもって見みのがしておられたが、

ローマ3:26 それは、今いまの時ときに、神かみの義ぎを示しめすためであった。こうして、神かみみずからが義ぎとなり、さらに、イエスを信しんじる者ものを義ぎとされるのである。

ローマ3:28 わたしたちは、こう思おもう。人ひとが義ぎとされるのは、律法りっぽうの行おこないによるのではなく、信仰しんこうによるのである。

ローマ3:30 まことに、神かみは唯一ゆいいつであって、割礼かつれいのある者ものを信仰しんこうによって義ぎとし、また、無む割礼かつれいの者ものをも信仰しんこうのゆえに義ぎとされるのである。

ローマ4:2 もしアブラハムが、その行おこないによって義ぎとされたのであれば、彼かれは誇ほこることができよう。しかし、神かみのみまえでは、できない。

ローマ4:3 なぜなら、聖書せいしょはなんと言いっているか、「アブラハムは神かみを信しんじた。それによって、彼かれは義ぎと認みとめられた」とある。

ローマ4:5 しかし、働はたらきはなくても、不ふ信心しんじんな者ものを義ぎとするかたを信しんじる人ひとは、その信仰しんこうが義ぎと認みとめられるのである。

ローマ4:6 ダビデもまた、行おこないがなくても神かみに義ぎと認みとめられた人ひとの幸福こうふくについて、次つぎのように言いっている、

ローマ4:9 さて、この幸福こうふくは、割礼かつれいの者ものだけが受うけるのか。それとも、無む割礼かつれいの者ものにも及およぶのか。わたしたちは言いう、「アブラハムには、その信仰しんこうが義ぎと認みとめられた」のである。

ローマ4:11 そして、アブラハムは割礼かつれいというしるしを受うけたが、それは、無む割礼かつれいのままで信仰しんこうによって受うけた義ぎの証印しょういんであって、彼かれが、無む割礼かつれいのままで信しんじて義ぎとされるに至いたるすべての人ひとの父ちちとなり、

ローマ4:13 なぜなら、世界せかいを相続そうぞくさせるとの約束やくそくが、アブラハムとその子孫しそんとに対たいしてなされたのは、律法りっぽうによるのではなく、信仰しんこうの義ぎによるからである。

ローマ4:22 だから、彼かれは義ぎと認みとめられたのである。

ローマ4:23 しかし「義ぎと認みとめられた」と書かいてあるのは、アブラハムのためだけではなく、

ローマ4:24 わたしたちのためでもあって、わたしたちの主しゅイエスを死人しにんの中なかからよみがえらせたかたを信しんじるわたしたちも、義ぎと認みとめられるのである。

ローマ4:25 主しゅは、わたしたちの罪過ざいかのために死しに渡わたされ、わたしたちが義ぎとされるために、よみがえらされたのである。

ローマ5:1 このように、わたしたちは、信仰しんこうによって義ぎとされたのだから、わたしたちの主しゅイエス・キリストにより、神かみに対たいして平和へいわを得えている。

ローマ5:9 わたしたちは、キリストの血ちによって今いまは義ぎとされているのだから、なおさら、彼かれによって神かみの怒いかりから救すくわれるであろう。

ローマ5:16 かつ、この賜物たまものは、ひとりの犯おかした罪つみの結果けっかとは異ことなっている。なぜなら、さばきの場合ばあいは、ひとりの罪過ざいかから、罪つみに定さだめることになったが、恵めぐみの場合ばあいには、多おおくの人ひとの罪過ざいかから、義ぎとする結果けっかになるからである。

ローマ5:17 もし、ひとりの罪過ざいかによって、そのひとりをとおして死しが支配しはいするに至いたったとすれば、まして、あふれるばかりの恵めぐみと義ぎの賜物たまものとを受うけている者ものたちは、ひとりのイエス・キリストをとおし、いのちにあって、さらに力強ちからづよく支配しはいするはずではないか。

ローマ5:18 このようなわけで、ひとりの罪過ざいかによってすべての人ひとが罪つみに定さだめられたように、ひとりの義ぎなる行為こういによって、いのちを得えさせる義ぎがすべての人ひとに及およぶのである。

ローマ5:21 それは、罪つみが死しによって支配しはいするに至いたったように、恵めぐみもまた義ぎによって支配しはいし、わたしたちの主しゅイエス・キリストにより、永遠えいえんのいのちを得えさせるためである。

ローマ6:13 また、あなたがたの肢体したいを不義ふぎの武器ぶきとして罪つみにささげてはならない。むしろ、死人しにんの中なかから生いかされた者ものとして、自分じぶん自身じしんを神かみにささげ、自分じぶんの肢体したいを義ぎの武器ぶきとして神かみにささげるがよい。

ローマ6:16 あなたがたは知しらないのか。あなたがた自身じしんが、だれかの僕ぼくになって服従ふくじゅうするなら、あなたがたは自分じぶんの服従ふくじゅうするその者ものの僕ぼくであって、死しに至いたる罪つみの僕ぼくともなり、あるいは、義ぎにいたる従順じゅうじゅんの僕ぼくともなるのである。

ローマ6:18 罪つみから解放かいほうされ、義ぎの僕ぼくとなった。

ローマ6:19 わたしは人間にんげん的てきな言いいい方かたをするが、それは、あなたがたの肉にくの弱よわさのゆえである。あなたがたは、かつて自分じぶんの肢体したいを汚よごれと不法ふほうとの僕ぼくとしてささげて不法ふほうに陥おちいったように、今いまや自分じぶんの肢体したいを義ぎの僕ぼくとしてささげて、きよくならねばならない。

ローマ6:20 あなたがたが罪つみの僕ぼくであった時ときは、義ぎとは縁えんのない者ものであった。

ローマ8:10 もし、キリストがあなたがたの内うちにおられるなら、からだは罪つみのゆえに死しんでいても、霊れいは義ぎのゆえに生いきているのである。

ローマ8:30 そして、あらかじめ定さだめた者ものたちを更さらに召めし、召めした者ものたちを更さらに義ぎとし、義ぎとした者ものたちには、更さらに栄光えいこうを与あたえて下くださったのである。

ローマ8:33 だれが、神かみの選えらばれた者ものたちを訴うったえるのか。神かみは彼かれらを義ぎとされるのである。

ローマ9:30 では、わたしたちはなんと言いおうか。義ぎを追おい求もとめなかった異邦いほう人にんは、義ぎ、すなわち、信仰しんこうによる義ぎを得えた。

ローマ9:31 しかし、義ぎの律法りっぽうを追おい求もとめていたイスラエルは、その律法りっぽうに達たっしなかった。

ローマ10:3 なぜなら、彼かれらは神かみの義ぎを知しらないで、自分じぶんの義ぎを立たてようと努つとめ、神かみの義ぎに従したがわなかったからである。

ローマ10:4 キリストは、すべて信しんじる者ものに義ぎを得えさせるために、律法りっぽうの終おわりとなられたのである。

ローマ10:5 モーセは、律法りっぽうによる義ぎを行おこなう人ひとは、その義ぎによって生いきる、と書かいている。

ローマ10:6 しかし、信仰しんこうによる義ぎは、こう言いっている、「あなたは心こころのうちで、だれが天てんに上のぼるであろうかと言ゆうな」。それは、キリストを引ひき降おろすことである。

ローマ10:10 なぜなら、人ひとは心こころに信しんじて義ぎとされ、口くちで告白こくはくして救すくわれるからである。

ローマ14:17 神かみの国くには飲食いんしょくではなく、義ぎと、平和へいわと、聖霊せいれいにおける喜よろこびとである。

コリント人への第一の手紙(3か所)

コリント第一1:30 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神かみによるのである。キリストは神かみに立たてられて、わたしたちの知恵ちえとなり、義ぎと聖せいとあがないとになられたのである。

コリント第一4:4 わたしは自みずから省かえりみて、なんらやましいことはないが、それで義ぎとされているわけではない。わたしをさばくかたは、主しゅである。

コリント第一6:11 あなたがたの中なかには、以前いぜんはそんな人ひともいた。しかし、あなたがたは、主しゅイエス・キリストの名なによって、またわたしたちの神かみの霊れいによって、洗あらわれ、きよめられ、義ぎとされたのである。

コリント人への第二の手紙(7か所)

コリント第二3:9 もし罪つみを宣告せんこくする務つとむが栄光えいこうあるものだとすれば、義ぎを宣告せんこくする務つとむは、はるかに栄光えいこうに満みちたものである。

コリント第二5:21 神かみはわたしたちの罪つみのために、罪つみを知しらないかたを罪つみとされた。それは、わたしたちが、彼かれにあって神かみの義ぎとなるためなのである。

コリント第二6:7 真理しんりの言葉ことばと神かみの力ちからとにより、左右さゆうに持もっている義ぎの武器ぶきにより、

コリント第二6:14 不ふ信者しんじゃと、つり合あわないくびきを共ともにするな。義ぎと不義ふぎとなんの係かかりわりがあるか。光ひかりとやみとなんの交まじわりがあるか。

コリント第二9:9 「彼かれは貧まずしい人ひとたちに散ちらして与あたえた。その義ぎは永遠えいえんに続つづくであろう」と書かいてあるとおりである。

コリント第二9:10 種しゅまく人にんに種しゅと食たべるためのパンとを備そなえて下くださるかたは、あなたがたにも種しゅを備そなえ、それをふやし、そしてあなたがたの義ぎの実じつを増まして下くださるのである。

コリント第二11:15 だから、たといサタンの手下てしたどもが、義ぎの奉仕ほうし者しゃのように擬装ぎそうしたとしても、不思議ふしぎではない。彼かれらの最期さいごは、そのしわざに合あったものとなろう。

ガラテヤ人への手紙(10か所)

ガラテヤ2:16 人ひとの義ぎとされるのは律法りっぽうの行おこないによるのではなく、ただキリスト・イエスを信しんじる信仰しんこうによることを認みとめて、わたしたちもキリスト・イエスを信しんじたのである。それは、律法りっぽうの行おこないによるのではなく、キリストを信しんじる信仰しんこうによって義ぎとされるためである。なぜなら、律法りっぽうの行おこないによっては、だれひとり義よしとされることがないからである。

ガラテヤ2:17 しかし、キリストにあって義ぎとされることを求もとめることによって、わたしたち自身じしんが罪人ざいにんであるとされるのなら、キリストは罪つみに仕つかえる者ものなのであろうか。断だんじてそうではない。

ガラテヤ2:21 わたしは、神かみの恵めぐみを無むにはしない。もし、義ぎが律法りっぽうによって得えられるとすれば、キリストの死しはむだであったことになる。

ガラテヤ3:6 このように、アブラハムは「神かみを信しんじた。それによって、彼かれは義ぎと認みとめられた」のである。

ガラテヤ3:8 聖書せいしょは、神かみが異邦いほう人にんを信仰しんこうによって義ぎとされることを、あらかじめ知しって、アブラハムに、「あなたによって、すべての国民こくみんは祝福しゅくふくされるであろう」との良よい知しらせを、予告よこくしたのである。

ガラテヤ3:11 そこで、律法りっぽうによっては、神かみのみまえに義ぎとされる者ものはひとりもないことが、明あきらかである。なぜなら、「信仰しんこうによる義人ぎじんは生いきる」からである。

ガラテヤ3:21 では、律法りっぽうは神かみの約束やくそくと相あいいれないものか。断だんじてそうではない。もし人ひとを生いかす力ちからのある律法りっぽうが与あたえられていたとすれば、義ぎはたしかに律法りっぽうによって実現じつげんされたであろう。

ガラテヤ3:24 このようにして律法りっぽうは、信仰しんこうによって義ぎとされるために、わたしたちをキリストに連つれて行いく養育よういく掛がかりとなったのである。

ガラテヤ5:4 律法りっぽうによって義ぎとされようとするあなたがたは、キリストから離はなれてしまっている。恵めぐみから落おちている。

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