「死」(し)が出てくる聖書の箇所
「死」(し)は口語訳の203か所(旧約108・新約95)に出てきます。日常訳第1版では197か所。
203か所を200か所ずつ2ページに分けています(1ページ目)。
創世記(5か所)
創世記35:18 彼女は死にのぞみ、魂の去ろうとする時、子の名をベノニと呼んだ。しかし、父はこれをベニヤミンと名づけた。
創世記42:2 また言った、「エジプトに穀物があるということだが、あなたがたはそこへ下って行って、そこから、われわれのため穀物を買ってきなさい。そうすれば、われわれは生きながらえて、死を免れるであろう」。
創世記42:20 そして末の弟をわたしのもとに連れてきなさい。そうすればあなたがたの言葉のほんとうであることがわかって、死を免れるでしょう」。彼らはそのようにした。
創世記43:8 ユダは父イスラエルに言った、「あの子をわたしと一緒にやってくだされば、われわれは立って行きましょう。そしてわれわれもあなたも、われわれの子供らも生きながらえ、死を免れましょう。
創世記47:19 われわれはどうして田地と一緒に、あなたの目の前で滅んでよいでしょう。われわれと田地とを食物と引き替えで買ってください。われわれは田地と一緒にパロの奴隷となりましょう。また種をください。そうすればわれわれは生きながらえ、死を免れて、田地も荒れないでしょう」。
出エジプト記(2か所)
出エジプト10:17 それで、どうか、もう一度だけ、わたしの罪をゆるしてください。そしてあなたがたの神、主に祈願して、ただ、この死をわたしから離れさせてください」。
出エジプト28:35 アロンは務の時、これを着なければならない。彼が聖所にはいって主の前にいたる時、また出る時、その音が聞えて、彼は死を免れるであろう。
レビ記(2か所)
レビ記16:2 主はモーセに言われた、「あなたの兄弟アロンに告げて、彼が時をわかたず、垂幕の内なる聖所に入り、箱の上なる贖罪所の前に行かぬようにさせなさい。彼が死を免れるためである。なぜなら、わたしは雲の中にあって贖罪所の上に現れるからである。
レビ記16:13 主の前で薫香をその火にくべ、薫香の雲に、あかしの箱の上なる贖罪所をおおわせなければならない。こうして、彼は死を免れるであろう。
民数記(2か所)
民数記18:32 あなたがたが、その良いところをささげるときは、それによって、あなたがたは罪を負わないであろう。あなたがたはイスラエルの人々の聖なる供え物を汚してはならない。死をまぬかれるためである』」。
民数記35:31 あなたがたは死に当る罪を犯した故殺人の命のあがないしろを取ってはならない。彼は必ず殺されなければならない。
申命記(5か所)
申命記21:22 もし人が死にあたる罪を犯して殺され、あなたがそれを木の上にかける時は、
申命記22:26 その女には何もしてはならない。女には死にあたる罪がない。人がその隣人に立ちむかって、それを殺したと同じ事件だからである。
申命記30:15 見よ、わたしは、きょう、命とさいわい、および死と災をあなたの前に置いた。
申命記30:19 わたしは、きょう、天と地を呼んであなたがたに対する証人とする。わたしは命と死および祝福とのろいをあなたの前に置いた。あなたは命を選ばなければならない。そうすればあなたとあなたの子孫は生きながらえることができるであろう。
申命記33:6 「ルベンは生きる、死にはしない。しかし、その人数は少なくなるであろう」。
ヨシュア記(1か所)
ヨシュア記2:13 そしてわたしの父母、兄弟、姉妹およびすべて彼らに属するものを生きながらえさせ、わたしたちの命を救って、死を免れさせてください」。
士師記(1か所)
士師記5:18 ゼブルンは命をすてて、死を恐れぬ民である。野の高い所におるナフタリもまたそうであった。
サムエル記上(6か所)
サムエル第一14:43 サウルはヨナタンに言った、「あなたがしたことを、わたしに言いなさい」。ヨナタンは言った、「わたしは確かに手にあったつえの先に少しばかりの蜜をつけて、なめました。わたしはここにいます。死は覚悟しています」。
サムエル第一14:45 その時、民はサウルに言った、「イスラエルのうちにこの大いなる勝利をもたらしたヨナタンが死ななければならないのですか。決してそうではありません。主は生きておられます。ヨナタンの髪の毛一すじも地に落してはなりません。彼は神と共にきょう働いたのです」。こうして民はヨナタンを救ったので彼は死を免れた。
サムエル第一15:32 時にサムエルは言った、「わたしの所にアマレクびとの王アガグを引いてきなさい」。アガグはうれしそうにサムエルの所にきた。アガグは「死の苦しみはきっと過ぎ去ったのだ」と思った。
サムエル第一17:46 きょう、主は、おまえをわたしの手にわたされるであろう。わたしは、おまえを撃って、首をはね、ペリシテびとの軍勢の死かばねを、きょう、空の鳥、地の野獣のえじきにし、イスラエルに、神がおられることを全地に知らせよう。
サムエル第一20:3 しかしダビデは答えた、「あなたの父は、わたしがあなたの好意をえていることをよく知っておられます。それで『ヨナタンが悲しむことのないように、これを知らせないでおこう』と思っておられるのです。しかし、主は生きておられ、あなたの魂は生きています。わたしと死との間は、ただ一歩です」。
サムエル第一20:14 もしわたしがなお生きながらえているならば、主のいつくしみをわたしに施し、死を免れさせてください。
サムエル記下(3か所)
サムエル第二1:21 ギルボアの山よ、露はおまえの上におりるな。死の野よ、雨もおまえの上に降るな。その所に勇士たちの盾は捨てられ、サウルの盾は油を塗らずに捨てられた。
サムエル第二22:5 死の波はわたしをとりまき、滅びの大水はわたしを襲った。
サムエル第二22:6 陰府の綱はわたしをとりかこみ、死のわなはわたしに、たち向かった。
列王紀上(2か所)
列王紀上2:26 王はまた祭司アビヤタルに言った、「あなたの領地アナトテへ行きなさい。あなたは死に当る者ですが、さきにわたしの父ダビデの前に神、主の箱をかつぎ、またすべてわたしの父が受けた苦しみを、あなたも共に苦しんだので、わたしは、きょうは、あなたを殺しません」。
列王紀上19:4 自分は一日の道のりほど荒野にはいって行って、れだまの木の下に座し、自分の死を求めて言った、「主よ、もはや、じゅうぶんです。今わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさる者ではありません」。
列王紀下(2か所)
列王紀下2:21 エリシャは水の源へ出て行って、塩をそこに投げ入れて言った、「主はこう仰せられる、『わたしはこの水を良い水にした。もはやここには死も流産も起らないであろう』」。
列王紀下7:3 さて町の門の入口に四人のらい病人がいたが、彼らは互に言った、「われわれはどうしてここに座して死を待たねばならないのか。
歴代志下(1か所)
歴代志下32:33 ヒゼキヤはその先祖たちと共に眠ったので、ダビデの子孫の墓のうちの高い所に葬られた。ユダの人々およびエルサレムの住民は皆その死に当って彼に敬意を表した。その子マナセが彼に代って王となった。
ヨブ記(9か所)
ヨブ記3:21 このような人は死を望んでも来ない、これを求めることは隠れた宝を掘るよりも、はなはだしい。
ヨブ記4:21 もしその天幕の綱が彼らのうちに取り去られるなら、ついに悟ることもなく、死にうせるではないか』。
ヨブ記5:20 ききんの時には、あなたをあがなって、死を免れさせ、いくさの時には、つるぎの力を免れさせられる。
ヨブ記7:15 それゆえ、わたしは息の止まることを願い、わが骨よりもむしろ死を選ぶ。
ヨブ記18:13 その皮膚は病によって食いつくされ、死のういごは彼の手足を食いつくす。
ヨブ記24:12 町の中から死のうめきが起り、傷ついた者の魂が助けを呼び求める。しかし神は彼らの祈を顧みられない。
ヨブ記28:22 滅びも死も言う、『われわれはそのうわさを耳に聞いただけだ』。
ヨブ記30:23 わたしは知っている、あなたはわたしを死に帰らせ、すべての生き物の集まる家に帰らせられることを。
ヨブ記38:17 死の門はあなたのために開かれたか。あなたは暗黒の門を見たことがあるか。
詩篇(25か所)
詩篇6:5 死においては、あなたを覚えるものはなく、陰府においては、だれがあなたをほめたたえることができましょうか。
詩篇7:13 また死に至らせる武器を備え、その矢を火矢とされる。
詩篇9:13 主よ、わたしをあわれんでください。死の門からわたしを引きあげられる主よ、あだする者のわたしを悩ますのをみそなわしてください。
詩篇13:3 わが神、主よ、みそなわして、わたしに答え、わたしの目を明らかにしてください。さもないと、わたしは死の眠りに陥り、
詩篇18:4 死の綱は、わたしを取り巻き、滅びの大水は、わたしを襲いました。
詩篇18:5 陰府の綱は、わたしを囲み、死のわなは、わたしに立ちむかいました。
詩篇22:15 わたしの力は陶器の破片のようにかわき、わたしの舌はあごにつく。あなたはわたしを死のちりに伏させられる。
詩篇23:4 たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
詩篇30:9 「わたしが墓に下るならば、わたしの死になんの益があるでしょうか。ちりはあなたをほめたたえるでしょうか。あなたのまことをのべ伝えるでしょうか。
詩篇33:19 これは主が彼らの魂を死から救い、ききんの時にも生きながらえさせるためである。
詩篇49:14 彼らは陰府に定められた羊のように死が彼らを牧するであろう。彼らはまっすぐに墓に下り、そのかたちは消えうせ、陰府が彼らのすまいとなるであろう。
詩篇55:4 わたしの心はわがうちにもだえ苦しみ、死の恐れがわたしの上に落ちました。
詩篇55:15 どうぞ、死を彼らに臨ませ、生きたままで陰府に下らせ、恐れをもって彼らを墓に去らせてください。
詩篇56:13 あなたはわたしの魂を死から救い、わたしの足を守って倒れることなく、いのちの光のうちで神の前にわたしを歩ませられたからです。
詩篇68:20 われらの神は救の神である。死からのがれ得るのは主なる神による。
詩篇78:50 神はその怒りのために道を設け、彼らの魂を死から免れさせず、そのいのちを疫病にわたされた。
詩篇79:11 捕われ人の嘆きをあなたのみ前にいたらせ、あなたの大いなる力により、死に定められた者を守りながらえさせてください。
詩篇89:48 だれか生きて死を見ず、その魂を陰府の力から救いうるものがあるでしょうか。[セラ
詩篇94:21 彼らは相結んで正しい人の魂を責め、罪のない者に死を宣告します。
詩篇102:20 これは捕われ人の嘆きを聞き、死に定められた者を解き放ち、
詩篇107:18 彼らはすべての食物をきらって、死の門に近づいた。
詩篇116:3 死の綱がわたしを取り巻き、陰府の苦しみがわたしを捕えた。わたしは悩みと悲しみにあった。
詩篇116:8 あなたはわたしの魂を死から、わたしの目を涙から、わたしの足をつまずきから助け出されました。
詩篇116:15 主の聖徒の死はそのみ前において尊い。
詩篇118:18 主はいたくわたしを懲らされたが、死にはわたされなかった。
箴言(18か所)
箴言2:18 その家は死に下り、その道は陰府におもむく。
箴言5:5 その足は死に下り、その歩みは陰府の道におもむく。
箴言7:27 その家は陰府へ行く道であって、死のへやへ下って行く。
箴言8:36 わたしを失う者は自分の命をそこなう、すべてわたしを憎む者は死を愛する者である」。
箴言9:18 しかしその人は、死の影がそこにあることを知らず、彼女の客は陰府の深みにおることを知らない。
箴言10:2 不義の宝は益なく、正義は人を救い出して、死を免れさせる。
箴言11:4 宝は怒りの日に益なく、正義は人を救い出して、死を免れさせる。
箴言11:19 正義を堅く保つ者は命に至り、悪を追い求める者は死を招く。
箴言12:28 正義の道には命がある、しかし誤りの道は死に至る。
箴言13:14 知恵ある人の教は命の泉である、これによって死のわなをのがれることができる。
箴言14:12 人が見て自ら正しいとする道でも、その終りはついに死に至る道となるものがある。
箴言14:27 主を恐れることは命の泉である、人を死のわなからのがれさせる。
箴言15:10 道を捨てる者には、きびしい懲しめがあり、戒めを憎む者は死に至る。
箴言16:14 王の怒りは死の使者である、知恵ある人はこれをなだめる。
箴言16:25 人が見て自分で正しいとする道があり、その終りはついに死にいたる道となるものがある。
箴言18:21 死と生とは舌に支配される、これを愛する者はその実を食べる。
箴言21:6 偽りの舌をもって宝を得るのは、吹きはらわれる煙、死のわなである。 偽りの舌をもって宝を得るのは、吹きはらわれる煙、死のわなである。
箴言26:18-19 隣り人を欺いて、「わたしはただ戯れにした」という者は、燃え木または矢、または死を、投げつける気違いのようだ。
伝道の書(4か所)
伝道の書7:2 悲しみの家にはいるのは、宴会の家にはいるのにまさる。死はすべての人の終りだからである。生きている者は、これを心にとめる。
伝道の書7:26 わたしは、その心が、わなと網のような女、その手が、かせのような女は、死よりも苦い者であることを見いだした。神を喜ばす者は彼女からのがれる。しかし罪びとは彼女に捕えられる。
伝道の書8:8 風をとどめる力をもつ人はない。また死の日をつかさどるものはない。戦いには免除はない。また悪はこれを行う者を救うことができない。
伝道の書9:4 すべて生ける者に連なる者には望みがある。生ける犬は、死せるししにまさるからである。
雅歌(1か所)
雅歌8:6 わたしをあなたの心に置いて印のようにし、あなたの腕に置いて印のようにしてください。愛は死のように強く、ねたみは墓のように残酷だからです。そのきらめきは火のきらめき、最もはげしい炎です。
イザヤ書(5か所)
イザヤ書25:8 主はとこしえに死を滅ぼし、主なる神はすべての顔から涙をぬぐい、その民のはずかしめを全地の上から除かれる。これは主の語られたことである。
イザヤ書28:15 あなたがたは言った、「われわれは死と契約をなし、陰府と協定を結んだ。みなぎりあふれる災の過ぎる時にも、それはわれわれに来ない。われわれはうそを避け所となし、偽りをもって身をかくしたからである」。
イザヤ書28:18 その時あなたがたが死とたてた契約は取り消され、陰府と結んだ協定は行われない。みなぎりあふれる災の過ぎるとき、あなたがたはこれによって打ち倒される。
イザヤ書38:18 陰府は、あなたに感謝することはできない。死はあなたをさんびすることはできない。墓にくだる者は、あなたのまことを望むことはできない。
イザヤ書53:12 それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に物を分かち取らせる。彼は強い者と共に獲物を分かち取る。これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、とがある者と共に数えられたからである。しかも彼は多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした。
エレミヤ書(5か所)
エレミヤ書9:21 死がわれわれの窓に上って来、われわれの邸宅の中にはいり、ちまたにいる子どもらを絶やし、広場にいる若い人たちを殺そうとしているからだ。
エレミヤ書16:4 彼らは死の病にかかって死に、哀悼する者もなく、埋葬する者もなく、地のおもてに、糞土のようになる。またつるぎと、ききんに滅ぼされて、その死体は空の鳥と地の獣の食い物となる。
エレミヤ書21:8 あなたはまたこの民に言いなさい、『主はこう仰せられる、見よ、わたしは命の道と死の道とをあなたがたの前に置く。
エレミヤ書21:9 この町にとどまる者は、つるぎと、ききんと、疫病とで死ぬ。しかし、出て行って、あなたがたを攻め囲んでいるカルデヤびとに降伏する者は死を免れ、その命は自分のぶんどり物となる。
エレミヤ書38:2 彼は言った、「主はこう言われる、この町にとどまる者は、つるぎや、ききんや、疫病で死ぬ。しかし出てカルデヤびとにくだる者は死を免れる。すなわちその命を自分のぶんどり物として生きることができる。
哀歌(1か所)
哀歌1:20 主よ、顧みてください、わたしは悩み、わがはらわたはわきかえり、わが心臓はわたしの内に転倒しています。わたしは、はなはだしくそむいたからです。外にはつるぎがあって、わが子を奪い、家の内には死のようなものがある。
エゼキエル書(6か所)
エゼキエル書18:23 主なる神は言われる、わたしは悪人の死を好むであろうか。むしろ彼がそのおこないを離れて生きることを好んでいるではないか。
エゼキエル書18:32 わたしは何人との死をも喜ばないのであると、主なる神は言われる。それゆえ、あなたがたは翻って生きよ」。
エゼキエル書28:8 あなたを穴に投げ入れる。あなたは海の中で殺された者のような死を遂げる。
エゼキエル書28:10 あなたは異邦人の手によって割礼を受けない者の死を遂げる。これはわたしが言うのであると、主なる神は言われる」。
エゼキエル書31:14 これは水のほとりのすべての木が、その高さのために誇ることなく、その頂を雲の中におくことなく、水に潤う木が、みずから高ぶり立つことのないためである。これらは皆、死に渡され、下の国に入り、穴に下る者と共に他の人々のうちにいる。
エゼキエル書33:11 あなたは彼らに言え、主なる神は言われる、わたしは生きている。わたしは悪人の死を喜ばない。むしろ悪人が、その道を離れて生きるのを喜ぶ。あなたがたは心を翻せ、心を翻してその悪しき道を離れよ。イスラエルの家よ、あなたはどうして死んでよかろうか。
ホセア書(1か所)
ホセア書13:14 わたしは彼らを陰府の力から、あがなうことがあろうか。彼らを死から、あがなうことがあろうか。死よ、おまえの災はどこにあるのか。陰府よ、おまえの滅びはどこにあるのか。あわれみは、わたしの目から隠されている。
ハバクク書(1か所)
ハバクク書2:5 また、酒は欺くものだ。高ぶる者は定まりがない。彼の欲は陰府のように広い。彼は死のようであって、飽くことなく、万国をおのれに集め、万民をおのれのものとしてつどわせる」。
マタイによる福音書(4か所)
マタイ4:16 暗黒の中に住んでいる民は大いなる光を見、死の地、死の陰に住んでいる人々に、光がのぼった」。
マタイ15:4 神は言われた、『父と母とを敬え』、また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。
マタイ16:28 よく聞いておくがよい、人の子が御国の力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」。
マタイ26:66 あなたがたの意見はどうか」。すると、彼らは答えて言った、「彼は死に当るものだ」。
マルコによる福音書(3か所)
マルコ7:10 モーセは言ったではないか、『父と母とを敬え』、また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。
マルコ9:1 また、彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。神の国が力をもって来るのを見るまでは、決して死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」。
マルコ14:64 あなたがたはこのけがし言を聞いた。あなたがたの意見はどうか」。すると、彼らは皆、イエスを死に当るものと断定した。
ルカによる福音書(6か所)
ルカ1:79 暗黒と死の陰とに住む者を照し、わたしたちの足を平和の道へ導くであろう」。
ルカ8:42 彼に十二歳ばかりになるひとり娘があったが、死にかけていた。ところが、イエスが出て行かれる途中、群衆が押し迫ってきた。
ルカ9:27 よく聞いておくがよい、神の国を見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」。
ルカ22:33 シモンが言った、「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」。
ルカ23:15 ヘロデもまたみとめなかった。現に彼はイエスをわれわれに送りかえしてきた。この人はなんら死に当るようなことはしていないのである。
ルカ23:22 ピラトは三度目に彼らにむかって言った、「では、この人は、いったい、どんな悪事をしたのか。彼には死に当る罪は全くみとめられなかった。だから、むち打ってから彼をゆるしてやることにしよう」。
ヨハネによる福音書(3か所)
ヨハネ5:24 よくよくあなたがたに言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、またさばかれることがなく、死から命に移っているのである。
ヨハネ8:51 よくよく言っておく。もし人がわたしの言葉を守るならば、その人はいつまでも死を見ることがないであろう」。
ヨハネ8:52 ユダヤ人たちが言った、「あなたが悪霊に取りつかれていることが、今わかった。アブラハムは死に、預言者たちも死んでいる。それだのに、あなたは、わたしの言葉を守る者はいつまでも死を味わうことがないであろうと、言われる。
使徒行伝(7か所)
使徒2:24 神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせたのである。イエスが死に支配されているはずはなかったからである。
使徒13:28 また、なんら死に当る理由が見いだせなかったのに、ピラトに強要してイエスを殺してしまった。
使徒22:4 そして、この道を迫害し、男であれ女であれ、縛りあげて獄に投じ、彼らを死に至らせた。
使徒25:11 もしわたしが悪いことをし、死に当るようなことをしているのなら、死を免れようとはしません。しかし、もし彼らの訴えることに、なんの根拠もないとすれば、だれもわたしを彼らに引き渡す権利はありません。わたしはカイザルに上訴します」。
使徒25:25 しかし、彼は死に当ることは何もしていないと、わたしは見ているのだが、彼自身が皇帝に上訴すると言い出したので、彼をそちらへ送ることに決めた。
使徒26:31 退場してから、互に語り合って言った、「あの人は、死や投獄に当るようなことをしてはいない」。
使徒28:18 彼らはわたしを取り調べた結果、なんら死に当る罪状もないので、わたしを釈放しようと思ったのであるが、
ローマ人への手紙(22か所)
ローマ4:25 主は、わたしたちの罪過のために死に渡され、わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのである。
ローマ5:10 もし、わたしたちが敵であった時でさえ、御子の死によって神との和解を受けたとすれば、和解を受けている今は、なおさら、彼のいのちによって救われるであろう。
ローマ5:12 このようなわけで、ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだのである。
ローマ5:14 しかし、アダムからモーセまでの間においても、アダムの違反と同じような罪を犯さなかった者も、死の支配を免れなかった。このアダムは、きたるべき者の型である。
ローマ5:17 もし、ひとりの罪過によって、そのひとりをとおして死が支配するに至ったとすれば、まして、あふれるばかりの恵みと義の賜物とを受けている者たちは、ひとりのイエス・キリストをとおし、いのちにあって、さらに力強く支配するはずではないか。
ローマ5:21 それは、罪が死によって支配するに至ったように、恵みもまた義によって支配し、わたしたちの主イエス・キリストにより、永遠のいのちを得させるためである。
ローマ6:3 それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。
ローマ6:4 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。
ローマ6:5 もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。
ローマ6:9 キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。
ローマ6:16 あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。
ローマ6:21 その時あなたがたは、どんな実を結んだのか。それは、今では恥とするようなものであった。それらのものの終極は、死である。
ローマ6:23 罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。
ローマ7:5 というのは、わたしたちが肉にあった時には、律法による罪の欲情が、死のために実を結ばせようとして、わたしたちの肢体のうちに働いていた。
ローマ7:10 わたしは死んだ。そして、いのちに導くべき戒めそのものが、かえってわたしを死に導いて行くことがわかった。
ローマ7:13 では、善なるものが、わたしにとって死となったのか。断じてそうではない。それはむしろ、罪の罪たることが現れるための、罪のしわざである。すなわち、罪は、戒めによって、はなはだしく悪性なものとなるために、善なるものによってわたしを死に至らせたのである。
ローマ7:24 わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。
ローマ8:2 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。
ローマ8:6 肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安とである。
ローマ8:32 ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜わらないことがあろうか。
ローマ8:36 「わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている」と書いてあるとおりである。
ローマ8:38 わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、
コリント人への第一の手紙(7か所)
コリント第一3:22 パウロも、アポロも、ケパも、世界も、生も、死も、現在のものも、将来のものも、ことごとく、あなたがたのものである。
コリント第一10:10 また、ある者たちがつぶやいたように、つぶやいてはならない。つぶやいた者は、「死の使」に滅ぼされた。
コリント第一11:26 だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである。
コリント第一15:21 それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。
コリント第一15:26 最後の敵として滅ぼされるのが、死である。
コリント第一15:55 「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
コリント第一15:56 死のとげは罪である。罪の力は律法である。
コリント人への第二の手紙(9か所)
コリント第二1:9 心のうちで死を覚悟し、自分自身を頼みとしないで、死人をよみがえらせて下さる神を頼みとするに至った。
コリント第二1:10 神はこのような死の危険から、わたしたちを救い出して下さった、また救い出して下さるであろう。わたしたちは、神が今後も救い出して下さることを望んでいる。
コリント第二2:16 後者にとっては、死から死に至らせるかおりであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせるかおりである。いったい、このような任務に、だれが耐え得ようか。
コリント第二3:7 もし石に彫りつけた文字による死の務が栄光のうちに行われ、そのためイスラエルの子らは、モーセの顔の消え去るべき栄光のゆえに、その顔を見つめることができなかったとすれば、
コリント第二4:10 いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。
コリント第二4:11 わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。
コリント第二4:12 こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのである。
コリント第二7:10 神のみこころに添うた悲しみは、悔いのない救を得させる悔改めに導き、この世の悲しみは死をきたらせる。
コリント第二11:23 彼らはキリストの僕なのか。わたしは気が狂ったようになって言う、わたしは彼ら以上にそうである。苦労したことはもっと多く、投獄されたことももっと多く、むち打たれたことは、はるかにおびただしく、死に面したこともしばしばあった。
ガラテヤ人への手紙(1か所)
ガラテヤ2:21 わたしは、神の恵みを無にはしない。もし、義が律法によって得られるとすれば、キリストの死はむだであったことになる。
ピリピ人への手紙(2か所)
ピリピ2:8 おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。
ピリピ3:10 すなわち、キリストとその復活の力とを知り、その苦難にあずかって、その死のさまとひとしくなり、
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ1:22 しかし今では、御子はその肉のからだにより、その死をとおして、あなたがたを神と和解させ、あなたがたを聖なる、傷のない、責められるところのない者として、みまえに立たせて下さったのである。
テモテへの第二の手紙(1か所)
テモテ第二1:10 そして今や、わたしたちの救主キリスト・イエスの出現によって明らかにされた恵みによるのである。キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不死とを明らかに示されたのである。
ヘブル人への手紙(10か所)
ヘブル2:9 ただ、「しばらくの間、御使たちよりも低い者とされた」イエスが、死の苦しみのゆえに、栄光とほまれとを冠として与えられたのを見る。それは、彼が神の恵みによって、すべての人のために死を味わわれるためであった。
ヘブル2:14 このように、子たちは血と肉とに共にあずかっているので、イエスもまた同様に、それらをそなえておられる。それは、死の力を持つ者、すなわち悪魔を、ご自分の死によって滅ぼし、
ヘブル2:15 死の恐怖のために一生涯、奴隷となっていた者たちを、解き放つためである。
ヘブル3:17 また、四十年の間、神がいきどおられたのはだれに対してであったか。罪を犯して、その死かばねを荒野にさらした者たちに対してではなかったか。
ヘブル5:7 キリストは、その肉の生活の時には、激しい叫びと涙とをもって、ご自分を死から救う力のあるかたに、祈と願いとをささげ、そして、その深い信仰のゆえに聞きいれられたのである。
ヘブル7:23 かつ、死ということがあるために、務を続けることができないので、多くの人々が祭司に立てられるのである。
ヘブル9:16 いったい、遺言には、遺言者の死の証明が必要である。
ヘブル9:17 遺言は死によってのみその効力を生じ、遺言者が生きている間は、効力がない。
ヘブル11:5 信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。神がお移しになったので、彼は見えなくなった。彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである。
ヘブル11:21 信仰によって、ヤコブは死のまぎわに、ヨセフの子らをひとりびとり祝福し、そしてそのつえのかしらによりかかって礼拝した。
ヤコブの手紙(3か所)
ヤコブ1:15 欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す。
ヤコブ3:8 ところが、舌を制しうる人は、ひとりもいない。それは、制しにくい悪であって、死の毒に満ちている。
ヤコブ5:20 かように罪人を迷いの道から引きもどす人は、そのたましいを死から救い出し、かつ、多くの罪をおおうものであることを、知るべきである。
ヨハネの第一の手紙(3か所)
ヨハネ第一3:14 わたしたちは、兄弟を愛しているので、死からいのちへ移ってきたことを、知っている。愛さない者は、死のうちにとどまっている。
ヨハネ第一5:16 もしだれかが死に至ることのない罪を犯している兄弟を見たら、神に願い求めなさい。そうすれば神は、死に至ることのない罪を犯している人々には、いのちを賜わるであろう。死に至る罪がある。これについては、願い求めよ、とは言わない。
ヨハネ第一5:17 不義はすべて、罪である。しかし、死に至ることのない罪もある。
ヨハネの黙示録(13か所)
黙示録1:18 また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉とのかぎを持っている。
黙示録2:10 あなたの受けようとする苦しみを恐れてはならない。見よ、悪魔が、あなたがたのうちのある者をためすために、獄に入れようとしている。あなたがたは十日の間、苦難にあうであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、いのちの冠を与えよう。
黙示録2:11 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者は、第二の死によって滅ぼされることはない』。
黙示録3:2 目をさましていて、死にかけている残りの者たちを力づけなさい。わたしは、あなたのわざが、わたしの神のみまえに完全であるとは見ていない。
黙示録6:8 そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。
黙示録9:6 その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである。
黙示録12:11 兄弟たちは、小羊の血と彼らのあかしの言葉とによって、彼にうち勝ち、死に至るまでもそのいのちを惜しまなかった。
黙示録18:8 それゆえ、さまざまの災害が、死と悲しみとききんとが、一日のうちに彼女を襲い、そして、彼女は火で焼かれてしまう。彼女をさばく主なる神は、力強いかたなのである。
黙示録20:6 この第一の復活にあずかる者は、さいわいな者であり、また聖なる者である。この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストと共に千年の間、支配する。
黙示録20:13 海はその中にいる死人を出し、死も黄泉もその中にいる死人を出し、そして、おのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。