「死」(し)が出てくる聖書の箇所

「死」(し)は口語訳の203か所(旧約108・新約95)に出てきます。日常訳第1版では197か所。

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203か所を200か所ずつ2ページに分けています(1ページ目)。

創世記(5か所)

創世記35:18 彼女かのじょは死しにのぞみ、魂たましいの去さろうとする時とき、子この名なをベノニと呼よんだ。しかし、父ちちはこれをベニヤミンと名なづけた。

創世記42:2 また言いった、「エジプトに穀物こくもつがあるということだが、あなたがたはそこへ下くだって行いって、そこから、われわれのため穀物こくもつを買かってきなさい。そうすれば、われわれは生いきながらえて、死しを免まぬがれるであろう」。

創世記42:20 そして末すえの弟おとうとをわたしのもとに連つれてきなさい。そうすればあなたがたの言葉ことばのほんとうであることがわかって、死しを免まぬがれるでしょう」。彼かれらはそのようにした。

創世記43:8 ユダは父ちちイスラエルに言いった、「あの子こをわたしと一緒いっしょにやってくだされば、われわれは立たって行いきましょう。そしてわれわれもあなたも、われわれの子供こどもらも生いきながらえ、死しを免まぬがれましょう。

創世記47:19 われわれはどうして田地でんじと一緒いっしょに、あなたの目めの前まえで滅ほろんでよいでしょう。われわれと田地でんじとを食物しょくもつと引ひき替かえで買かってください。われわれは田地でんじと一緒いっしょにパロの奴隷どれいとなりましょう。また種しゅをください。そうすればわれわれは生いきながらえ、死しを免まぬがれて、田地でんじも荒あれないでしょう」。

出エジプト記(2か所)

出エジプト10:17 それで、どうか、もう一いち度どだけ、わたしの罪つみをゆるしてください。そしてあなたがたの神かみ、主しゅに祈願きがんして、ただ、この死しをわたしから離はなれさせてください」。

出エジプト28:35 アロンは務つとむの時とき、これを着きなければならない。彼かれが聖せい所しょにはいって主しゅの前まえにいたる時とき、また出でる時とき、その音おとが聞きこえて、彼かれは死しを免まぬがれるであろう。

レビ記(2か所)

レビ記16:2 主しゅはモーセに言いわれた、「あなたの兄弟きょうだいアロンに告つげて、彼かれが時ときをわかたず、垂幕たれまくの内うちなる聖せい所しょに入はいり、箱ばこの上うえなる贖罪しょくざい所しょの前まえに行いかぬようにさせなさい。彼かれが死しを免まぬがれるためである。なぜなら、わたしは雲くもの中なかにあって贖罪しょくざい所しょの上うえに現あらわれるからである。

レビ記16:13 主しゅの前まえで薫香くんこうをその火ひにくべ、薫香くんこうの雲くもに、あかしの箱ばこの上うえなる贖罪しょくざい所しょをおおわせなければならない。こうして、彼かれは死しを免まぬがれるであろう。

民数記(2か所)

民数記18:32 あなたがたが、その良よいところをささげるときは、それによって、あなたがたは罪つみを負おわないであろう。あなたがたはイスラエルの人々ひとびとの聖せいなる供そなえ物ものを汚よごしてはならない。死しをまぬかれるためである』」。

民数記35:31 あなたがたは死しに当あたる罪つみを犯おかした故こ殺人さつじんの命いのちのあがないしろを取とってはならない。彼かれは必かならず殺ころされなければならない。

申命記(5か所)

申命記21:22 もし人ひとが死しにあたる罪つみを犯おかして殺ころされ、あなたがそれを木きの上うえにかける時ときは、

申命記22:26 その女おんなには何なんもしてはならない。女おんなには死しにあたる罪つみがない。人ひとがその隣人りんじんに立たちむかって、それを殺ころしたと同おなじ事件じけんだからである。

申命記30:15 見みよ、わたしは、きょう、命いのちとさいわい、および死しと災わざわいをあなたの前まえに置おいた。

申命記30:19 わたしは、きょう、天てんと地ちを呼よんであなたがたに対たいする証人しょうにんとする。わたしは命いのちと死しおよび祝福しゅくふくとのろいをあなたの前まえに置おいた。あなたは命いのちを選えらばなければならない。そうすればあなたとあなたの子孫しそんは生いきながらえることができるであろう。

申命記33:6 「ルベンは生いきる、死しにはしない。しかし、その人数にんずうは少すくなくなるであろう」。

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記2:13 そしてわたしの父母ふぼ、兄弟きょうだい、姉妹しまいおよびすべて彼かれらに属ぞくするものを生いきながらえさせ、わたしたちの命いのちを救すくって、死しを免まぬがれさせてください」。

士師記(1か所)

士師記5:18 ゼブルンは命いのちをすてて、死しを恐おそれぬ民たみである。野のの高たかい所ところにおるナフタリもまたそうであった。

サムエル記上(6か所)

サムエル第一14:43 サウルはヨナタンに言いった、「あなたがしたことを、わたしに言いいいなさい」。ヨナタンは言いった、「わたしは確たしかに手てにあったつえの先さきに少すこしばかりの蜜みつをつけて、なめました。わたしはここにいます。死しは覚悟かくごしています」。

サムエル第一14:45 その時とき、民みんはサウルに言いった、「イスラエルのうちにこの大おおいなる勝利しょうりをもたらしたヨナタンが死しななければならないのですか。決けっしてそうではありません。主しゅは生いきておられます。ヨナタンの髪かみの毛け一ひとすじも地ちに落おとしてはなりません。彼かれは神かみと共ともにきょう働はたらいたのです」。こうして民みんはヨナタンを救すくったので彼かれは死しを免まぬがれた。

サムエル第一15:32 時ときにサムエルは言いった、「わたしの所ところにアマレクびとの王おうアガグを引ひいてきなさい」。アガグはうれしそうにサムエルの所ところにきた。アガグは「死しの苦くるしみはきっと過すぎ去さったのだ」と思おもった。

サムエル第一17:46 きょう、主しゅは、おまえをわたしの手てにわたされるであろう。わたしは、おまえを撃うって、首くびをはね、ペリシテびとの軍勢ぐんぜいの死しかばねを、きょう、空そらの鳥とり、地ちの野獣やじゅうのえじきにし、イスラエルに、神かみがおられることを全地ぜんちに知しらせよう。

サムエル第一20:3 しかしダビデは答こたえた、「あなたの父ちちは、わたしがあなたの好意こういをえていることをよく知しっておられます。それで『ヨナタンが悲かなしむことのないように、これを知しらせないでおこう』と思おもっておられるのです。しかし、主しゅは生いきておられ、あなたの魂たましいは生いきています。わたしと死しとの間あいだは、ただ一いち歩ほです」。

サムエル第一20:14 もしわたしがなお生いきながらえているならば、主しゅのいつくしみをわたしに施ほどこし、死しを免まぬがれさせてください。

サムエル記下(3か所)

サムエル第二1:21 ギルボアの山やまよ、露ろはおまえの上うえにおりるな。死しの野のよ、雨あめもおまえの上うえに降ふるな。その所ところに勇士ゆうしたちの盾たては捨すてられ、サウルの盾たては油あぶらを塗ぬらずに捨すてられた。

サムエル第二22:5 死しの波なみはわたしをとりまき、滅ほろびの大水おおみずはわたしを襲おそった。

サムエル第二22:6 陰府よみの綱つなはわたしをとりかこみ、死しのわなはわたしに、たち向むかった。

列王紀上(2か所)

列王紀上2:26 王おうはまた祭司さいしアビヤタルに言いった、「あなたの領地りょうちアナトテへ行いきなさい。あなたは死しに当あたる者ものですが、さきにわたしの父ちちダビデの前まえに神かみ、主しゅの箱ばこをかつぎ、またすべてわたしの父ちちが受うけた苦くるしみを、あなたも共ともに苦くるしんだので、わたしは、きょうは、あなたを殺ころしません」。

列王紀上19:4 自分じぶんは一日ついたちの道みちのりほど荒野こうやにはいって行いって、れだまの木きの下したに座ざし、自分じぶんの死しを求もとめて言いった、「主しゅよ、もはや、じゅうぶんです。今いまわたしの命いのちを取とってください。わたしは先祖せんぞにまさる者ものではありません」。

列王紀下(2か所)

列王紀下2:21 エリシャは水みずの源みなもとへ出でて行いって、塩しおをそこに投なげ入いれて言いった、「主しゅはこう仰おおせられる、『わたしはこの水みずを良よい水みずにした。もはやここには死しも流産りゅうざんも起おこらないであろう』」。

列王紀下7:3 さて町まちの門もんの入口いりぐちに四よん人にんのらい病びょう人にんがいたが、彼かれらは互たがいに言いった、「われわれはどうしてここに座ざして死しを待またねばならないのか。

歴代志下(1か所)

歴代志下32:33 ヒゼキヤはその先祖せんぞたちと共ともに眠ねむったので、ダビデの子孫しそんの墓はかのうちの高たかい所ところに葬ほうむられた。ユダの人々ひとびとおよびエルサレムの住民じゅうみんは皆みなその死しに当あたって彼かれに敬意けいいを表あらわした。その子こマナセが彼かれに代かわって王おうとなった。

ヨブ記(9か所)

ヨブ記3:21 このような人ひとは死しを望のぞんでも来こない、これを求もとめることは隠かくれた宝たからを掘ほるよりも、はなはだしい。

ヨブ記4:21 もしその天幕てんまくの綱つなが彼かれらのうちに取とり去さられるなら、ついに悟さとることもなく、死しにうせるではないか』。

ヨブ記5:20 ききんの時ときには、あなたをあがなって、死しを免まぬがれさせ、いくさの時ときには、つるぎの力ちからを免まぬがれさせられる。

ヨブ記7:15 それゆえ、わたしは息いきの止とまることを願ねがい、わが骨ほねよりもむしろ死しを選えらぶ。

ヨブ記18:13 その皮膚ひふは病やまいによって食くいつくされ、死しのういごは彼かれの手足てあしを食くいつくす。

ヨブ記24:12 町まちの中なかから死しのうめきが起おこり、傷きずついた者ものの魂たましいが助たすけを呼よび求もとめる。しかし神かみは彼かれらの祈いのりを顧かえりみられない。

ヨブ記28:22 滅ほろびも死しも言ゆう、『われわれはそのうわさを耳みみに聞きいただけだ』。

ヨブ記30:23 わたしは知しっている、あなたはわたしを死しに帰かえらせ、すべての生いき物ものの集あつまる家いえに帰かえらせられることを。

ヨブ記38:17 死しの門もんはあなたのために開ひらかれたか。あなたは暗黒あんこくの門もんを見みたことがあるか。

詩篇(25か所)

詩篇6:5 死しにおいては、あなたを覚おぼえるものはなく、陰府よみにおいては、だれがあなたをほめたたえることができましょうか。

詩篇7:13 また死しに至いたらせる武器ぶきを備そなえ、その矢やを火矢ひやとされる。

詩篇9:13 主しゅよ、わたしをあわれんでください。死しの門もんからわたしを引ひきあげられる主しゅよ、あだする者もののわたしを悩なやますのをみそなわしてください。

詩篇13:3 わが神かみ、主しゅよ、みそなわして、わたしに答こたえ、わたしの目めを明あきらかにしてください。さもないと、わたしは死しの眠ねむりに陥おちいり、

詩篇18:4 死しの綱つなは、わたしを取とり巻まき、滅ほろびの大水おおみずは、わたしを襲おそいました。

詩篇18:5 陰府よみの綱つなは、わたしを囲かこみ、死しのわなは、わたしに立たちむかいました。

詩篇22:15 わたしの力ちからは陶器とうきの破片はへんのようにかわき、わたしの舌したはあごにつく。あなたはわたしを死しのちりに伏ふさせられる。

詩篇23:4 たといわたしは死しの陰かげの谷たにを歩あゆむとも、わざわいを恐おそれません。あなたがわたしと共ともにおられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰なぐさめます。

詩篇30:9 「わたしが墓はかに下くだるならば、わたしの死しになんの益えきがあるでしょうか。ちりはあなたをほめたたえるでしょうか。あなたのまことをのべ伝つたえるでしょうか。

詩篇33:19 これは主しゅが彼かれらの魂たましいを死しから救すくい、ききんの時ときにも生いきながらえさせるためである。

詩篇49:14 彼かれらは陰府よみに定さだめられた羊ひつじのように死しが彼かれらを牧まきするであろう。彼かれらはまっすぐに墓はかに下くだり、そのかたちは消きえうせ、陰府よみが彼かれらのすまいとなるであろう。

詩篇55:4 わたしの心こころはわがうちにもだえ苦くるしみ、死しの恐おそれがわたしの上うえに落おちました。

詩篇55:15 どうぞ、死しを彼かれらに臨のぞませ、生いきたままで陰府よみに下くだらせ、恐おそれをもって彼かれらを墓はかに去さらせてください。

詩篇56:13 あなたはわたしの魂たましいを死しから救すくい、わたしの足あしを守まもって倒たおれることなく、いのちの光ひかりのうちで神かみの前まえにわたしを歩あゆませられたからです。

詩篇68:20 われらの神かみは救すくいの神かみである。死しからのがれ得えるのは主しゅなる神かみによる。

詩篇78:50 神かみはその怒いかりのために道みちを設もうけ、彼かれらの魂たましいを死しから免まぬがれさせず、そのいのちを疫病やくびょうにわたされた。

詩篇79:11 捕とらわれ人にんの嘆なげきをあなたのみ前まえにいたらせ、あなたの大おおいなる力ちからにより、死しに定さだめられた者ものを守まもりながらえさせてください。

詩篇89:48 だれか生いきて死しを見みず、その魂たましいを陰府よみの力ちからから救すくいうるものがあるでしょうか。[セラ

詩篇94:21 彼かれらは相あい結むすんで正ただしい人ひとの魂たましいを責せめ、罪つみのない者ものに死しを宣告せんこくします。

詩篇102:20 これは捕とらわれ人ひとの嘆なげきを聞ききき、死しに定さだめられた者ものを解とき放はなち、

詩篇107:18 彼かれらはすべての食物しょくもつをきらって、死しの門もんに近ちかづいた。

詩篇116:3 死しの綱つながわたしを取とり巻まき、陰府よみの苦くるしみがわたしを捕とらえた。わたしは悩なやみと悲かなしみにあった。

詩篇116:8 あなたはわたしの魂たましいを死しから、わたしの目めを涙なみだから、わたしの足あしをつまずきから助たすけ出だされました。

詩篇116:15 主しゅの聖徒せいとの死しはそのみ前まえにおいて尊とうとい。

詩篇118:18 主しゅはいたくわたしを懲こらされたが、死しにはわたされなかった。

箴言(18か所)

箴言2:18 その家いえは死しに下くだり、その道みちは陰府よみにおもむく。

箴言5:5 その足あしは死しに下くだり、その歩あゆみは陰府よみの道みちにおもむく。

箴言7:27 その家いえは陰府よみへ行いく道みちであって、死しのへやへ下くだって行いく。

箴言8:36 わたしを失ううしなう者ものは自分じぶんの命いのちをそこなう、すべてわたしを憎にくむ者ものは死しを愛あいする者ものである」。

箴言9:18 しかしその人ひとは、死しの影かげがそこにあることを知しらず、彼女かのじょの客きゃくは陰府よみの深ふかみにおることを知しらない。

箴言10:2 不義ふぎの宝たからは益えきなく、正義せいぎは人ひとを救すくい出だして、死しを免まぬがれさせる。

箴言11:4 宝たからは怒いかりの日ひに益えきなく、正義せいぎは人ひとを救すくい出だして、死しを免まぬがれさせる。

箴言11:19 正義せいぎを堅かたく保たもつ者ものは命いのちに至いたり、悪あくを追おい求もとめる者ものは死しを招まねく。

箴言12:28 正義せいぎの道みちには命いのちがある、しかし誤あやまりの道みちは死しに至いたる。

箴言13:14 知恵ちえある人ひとの教きょうは命いのちの泉いずみである、これによって死しのわなをのがれることができる。

箴言14:12 人ひとが見みて自みずから正ただしいとする道みちでも、その終おわりはついに死しに至いたる道みちとなるものがある。

箴言14:27 主しゅを恐おそれることは命いのちの泉いずみである、人ひとを死しのわなからのがれさせる。

箴言15:10 道みちを捨すてる者ものには、きびしい懲ちょうしめがあり、戒いましめを憎にくむ者ものは死しに至いたる。

箴言16:14 王おうの怒いかりは死しの使者ししゃである、知恵ちえある人ひとはこれをなだめる。

箴言16:25 人ひとが見みて自分じぶんで正ただしいとする道みちがあり、その終おわりはついに死しにいたる道みちとなるものがある。

箴言18:21 死しと生なまとは舌したに支配しはいされる、これを愛あいする者ものはその実じつを食たべる。

箴言21:6 偽いつわりの舌したをもって宝たからを得えるのは、吹ふきはらわれる煙けむり、死しのわなである。 偽いつわりの舌したをもって宝たからを得えるのは、吹ふきはらわれる煙けむり、死しのわなである。

箴言26:18-19 隣となり人びとを欺あざむいて、「わたしはただ戯たわむれにした」という者ものは、燃もえ木ぎまたは矢や、または死しを、投なげつける気違きちがいのようだ。

伝道の書(4か所)

伝道の書7:2 悲かなしみの家いえにはいるのは、宴会えんかいの家いえにはいるのにまさる。死しはすべての人ひとの終おわりだからである。生いきている者ものは、これを心こころにとめる。

伝道の書7:26 わたしは、その心こころが、わなと網あみのような女おんな、その手てが、かせのような女おんなは、死しよりも苦にがい者ものであることを見みいだした。神かみを喜よろこばす者ものは彼女かのじょからのがれる。しかし罪つみびとは彼女かのじょに捕とらえられる。

伝道の書8:8 風かぜをとどめる力ちからをもつ人ひとはない。また死しの日ひをつかさどるものはない。戦たたかいには免除めんじょはない。また悪あくはこれを行おこなう者ものを救すくうことができない。

伝道の書9:4 すべて生いける者ものに連つらなる者ものには望のぞみがある。生いける犬いぬは、死しせるししにまさるからである。

雅歌(1か所)

雅歌8:6 わたしをあなたの心こころに置おいて印しるしのようにし、あなたの腕うでに置おいて印しるしのようにしてください。愛あいは死しのように強つよく、ねたみは墓はかのように残酷ざんこくだからです。そのきらめきは火ひのきらめき、最ももっともはげしい炎ほのおです。

イザヤ書(5か所)

イザヤ書25:8 主しゅはとこしえに死しを滅ほろぼし、主しゅなる神かみはすべての顔かおから涙なみだをぬぐい、その民たみのはずかしめを全地ぜんちの上うえから除のぞかれる。これは主しゅの語かたられたことである。

イザヤ書28:15 あなたがたは言いった、「われわれは死しと契約けいやくをなし、陰府よみと協定きょうていを結むすんだ。みなぎりあふれる災わざわいの過すぎる時ときにも、それはわれわれに来こない。われわれはうそを避さけ所しょとなし、偽いつわりをもって身みをかくしたからである」。

イザヤ書28:18 その時ときあなたがたが死しとたてた契約けいやくは取とり消けされ、陰府よみと結むすんだ協定きょうていは行おこなわれない。みなぎりあふれる災わざわいの過すぎるとき、あなたがたはこれによって打うち倒たおされる。

イザヤ書38:18 陰府よみは、あなたに感謝かんしゃすることはできない。死しはあなたをさんびすることはできない。墓はかにくだる者ものは、あなたのまことを望のぞむことはできない。

イザヤ書53:12 それゆえ、わたしは彼かれに大おおいなる者ものと共ともに物ものを分わかち取とらせる。彼かれは強つよい者ものと共ともに獲物えものを分わかち取とる。これは彼かれが死しにいたるまで、自分じぶんの魂たましいをそそぎだし、とがある者ものと共ともに数かぞえられたからである。しかも彼かれは多おおくの人ひとの罪つみを負おい、とがある者もののためにとりなしをした。

エレミヤ書(5か所)

エレミヤ書9:21 死しがわれわれの窓まどに上のぼって来き、われわれの邸宅ていたくの中なかにはいり、ちまたにいる子こどもらを絶たやし、広場ひろばにいる若わかい人ひとたちを殺ころそうとしているからだ。

エレミヤ書16:4 彼かれらは死しの病やまいにかかって死しに、哀悼あいとうする者ものもなく、埋葬まいそうする者ものもなく、地ちのおもてに、糞土ふんどのようになる。またつるぎと、ききんに滅ほろぼされて、その死体したいは空そらの鳥とりと地ちの獣けものの食くい物ものとなる。

エレミヤ書21:8 あなたはまたこの民たみに言いいいなさい、『主しゅはこう仰おおせられる、見みよ、わたしは命いのちの道みちと死しの道みちとをあなたがたの前まえに置おく。

エレミヤ書21:9 この町まちにとどまる者ものは、つるぎと、ききんと、疫病やくびょうとで死しぬ。しかし、出でて行いって、あなたがたを攻せめ囲かこんでいるカルデヤびとに降伏こうふくする者ものは死しを免まぬがれ、その命いのちは自分じぶんのぶんどり物ものとなる。

エレミヤ書38:2 彼かれは言いった、「主しゅはこう言いわれる、この町まちにとどまる者ものは、つるぎや、ききんや、疫病やくびょうで死しぬ。しかし出でてカルデヤびとにくだる者ものは死しを免まぬがれる。すなわちその命いのちを自分じぶんのぶんどり物ものとして生いきることができる。

哀歌(1か所)

哀歌1:20 主しゅよ、顧かえりみてください、わたしは悩なやみ、わがはらわたはわきかえり、わが心臓しんぞうはわたしの内うちに転倒てんとうしています。わたしは、はなはだしくそむいたからです。外そとにはつるぎがあって、わが子こを奪うばい、家いえの内うちには死しのようなものがある。

エゼキエル書(6か所)

エゼキエル書18:23 主しゅなる神かみは言いわれる、わたしは悪人あくにんの死しを好このむであろうか。むしろ彼かれがそのおこないを離はなれて生いきることを好このんでいるではないか。

エゼキエル書18:32 わたしは何なん人にんとの死しをも喜よろこばないのであると、主しゅなる神かみは言いわれる。それゆえ、あなたがたは翻ひるがえって生いきよ」。

エゼキエル書28:8 あなたを穴あなに投なげ入いれる。あなたは海うみの中なかで殺ころされた者もののような死しを遂とげる。

エゼキエル書28:10 あなたは異邦いほう人にんの手てによって割礼かつれいを受うけない者ものの死しを遂とげる。これはわたしが言いうのであると、主しゅなる神かみは言いわれる」。

エゼキエル書31:14 これは水みずのほとりのすべての木きが、その高たかさのために誇ほこることなく、その頂いただきを雲くもの中なかにおくことなく、水みずに潤ううるおう木きが、みずから高たかぶり立たつことのないためである。これらは皆みな、死しに渡わたされ、下したの国くにに入はいり、穴あなに下くだる者ものと共ともに他ほかの人々ひとびとのうちにいる。

エゼキエル書33:11 あなたは彼かれらに言いえ、主しゅなる神かみは言いわれる、わたしは生いきている。わたしは悪人あくにんの死しを喜よろこばない。むしろ悪人あくにんが、その道みちを離はなれて生いきるのを喜よろこぶ。あなたがたは心こころを翻ひるがえせ、心こころを翻ひるがえしてその悪あしき道みちを離はなれよ。イスラエルの家いえよ、あなたはどうして死しんでよかろうか。

ホセア書(1か所)

ホセア書13:14 わたしは彼かれらを陰府よみの力ちからから、あがなうことがあろうか。彼かれらを死しから、あがなうことがあろうか。死しよ、おまえの災わざわいはどこにあるのか。陰府よみよ、おまえの滅ほろびはどこにあるのか。あわれみは、わたしの目めから隠かくされている。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書2:5 また、酒さけは欺あざむくものだ。高たかぶる者ものは定さだまりがない。彼かれの欲よくは陰府よみのように広ひろい。彼かれは死しのようであって、飽あくことなく、万国ばんこくをおのれに集あつめ、万民ばんみんをおのれのものとしてつどわせる」。

マタイによる福音書(4か所)

マタイ4:16 暗黒あんこくの中なかに住すんでいる民たみは大おおいなる光ひかりを見み、死しの地ち、死しの陰かげに住すんでいる人々ひとびとに、光ひかりがのぼった」。

マタイ15:4 神かみは言いわれた、『父ちちと母ははとを敬うやまえ』、また『父ちちまたは母ははをののしる者ものは、必かならず死しに定さだめられる』と。

マタイ16:28 よく聞きいておくがよい、人ひとの子こが御お国くにの力ちからをもって来くるのを見みるまでは、死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

マタイ26:66 あなたがたの意見いけんはどうか」。すると、彼かれらは答こたえて言いった、「彼かれは死しに当あたるものだ」。

マルコによる福音書(3か所)

マルコ7:10 モーセは言いったではないか、『父ちちと母ははとを敬うやまえ』、また『父ちちまたは母ははをののしる者ものは、必かならず死しに定さだめられる』と。

マルコ9:1 また、彼かれらに言いわれた、「よく聞きいておくがよい。神かみの国くにが力ちからをもって来くるのを見みるまでは、決けっして死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

マルコ14:64 あなたがたはこのけがし言ことを聞きいた。あなたがたの意見いけんはどうか」。すると、彼かれらは皆みな、イエスを死しに当あたるものと断定だんていした。

ルカによる福音書(6か所)

ルカ1:79 暗黒あんこくと死しの陰かげとに住すむ者ものを照しょうし、わたしたちの足あしを平和へいわの道みちへ導みちびくであろう」。

ルカ8:42 彼かれに十じゅう二に歳さいばかりになるひとり娘むすめがあったが、死しにかけていた。ところが、イエスが出でて行いかれる途中とちゅう、群衆ぐんしゅうが押おし迫せまってきた。

ルカ9:27 よく聞きいておくがよい、神かみの国くにを見みるまでは、死しを味あじわわない者ものが、ここに立たっている者ものの中なかにいる」。

ルカ22:33 シモンが言いった、「主しゅよ、わたしは獄ごくにでも、また死しに至いたるまでも、あなたとご一緒いっしょに行いく覚悟かくごです」。

ルカ23:15 ヘロデもまたみとめなかった。現げんに彼かれはイエスをわれわれに送おくりかえしてきた。この人ひとはなんら死しに当あたるようなことはしていないのである。

ルカ23:22 ピラトは三さん度ど目めに彼かれらにむかって言いった、「では、この人ひとは、いったい、どんな悪事あくじをしたのか。彼かれには死しに当あたる罪つみは全まったくみとめられなかった。だから、むち打うってから彼かれをゆるしてやることにしよう」。

ヨハネによる福音書(3か所)

ヨハネ5:24 よくよくあなたがたに言いっておく。わたしの言葉ことばを聞きいて、わたしをつかわされたかたを信しんじる者ものは、永遠えいえんの命いのちを受うけ、またさばかれることがなく、死しから命いのちに移うつっているのである。

ヨハネ8:51 よくよく言いっておく。もし人ひとがわたしの言葉ことばを守まもるならば、その人ひとはいつまでも死しを見みることがないであろう」。

ヨハネ8:52 ユダヤ人にんたちが言いった、「あなたが悪霊あくりょうに取とりつかれていることが、今いまわかった。アブラハムは死しに、預言よげん者しゃたちも死しんでいる。それだのに、あなたは、わたしの言葉ことばを守まもる者ものはいつまでも死しを味あじわうことがないであろうと、言いわれる。

使徒行伝(7か所)

使徒2:24 神かみはこのイエスを死しの苦くるしみから解とき放はなって、よみがえらせたのである。イエスが死しに支配しはいされているはずはなかったからである。

使徒13:28 また、なんら死しに当あたる理由りゆうが見みいだせなかったのに、ピラトに強要きょうようしてイエスを殺ころしてしまった。

使徒22:4 そして、この道みちを迫害はくがいし、男おとこであれ女おんなであれ、縛しばりあげて獄ごくに投とうじ、彼かれらを死しに至いたらせた。

使徒25:11 もしわたしが悪わるいことをし、死しに当あたるようなことをしているのなら、死しを免まぬがれようとはしません。しかし、もし彼かれらの訴うったえることに、なんの根拠こんきょもないとすれば、だれもわたしを彼かれらに引ひき渡わたす権利けんりはありません。わたしはカイザルに上訴じょうそします」。

使徒25:25 しかし、彼かれは死しに当あたることは何なんもしていないと、わたしは見みているのだが、彼かれ自身じしんが皇帝こうていに上訴じょうそすると言いいい出だしたので、彼かれをそちらへ送おくることに決きめた。

使徒26:31 退場たいじょうしてから、互たがいに語かたり合あって言いった、「あの人ひとは、死しや投獄とうごくに当あたるようなことをしてはいない」。

使徒28:18 彼かれらはわたしを取とり調しらべた結果けっか、なんら死しに当あたる罪状ざいじょうもないので、わたしを釈放しゃくほうしようと思おもったのであるが、

ローマ人への手紙(22か所)

ローマ4:25 主しゅは、わたしたちの罪過ざいかのために死しに渡わたされ、わたしたちが義ぎとされるために、よみがえらされたのである。

ローマ5:10 もし、わたしたちが敵てきであった時ときでさえ、御子みこの死しによって神かみとの和解わかいを受うけたとすれば、和解わかいを受うけている今いまは、なおさら、彼かれのいのちによって救すくわれるであろう。

ローマ5:12 このようなわけで、ひとりの人ひとによって、罪つみがこの世よにはいり、また罪つみによって死しがはいってきたように、こうして、すべての人ひとが罪つみを犯おかしたので、死しが全ぜん人類じんるいにはいり込こんだのである。

ローマ5:14 しかし、アダムからモーセまでの間あいだにおいても、アダムの違反いはんと同おなじような罪つみを犯おかさなかった者ものも、死しの支配しはいを免まぬがれなかった。このアダムは、きたるべき者ものの型かたである。

ローマ5:17 もし、ひとりの罪過ざいかによって、そのひとりをとおして死しが支配しはいするに至いたったとすれば、まして、あふれるばかりの恵めぐみと義ぎの賜物たまものとを受うけている者ものたちは、ひとりのイエス・キリストをとおし、いのちにあって、さらに力強ちからづよく支配しはいするはずではないか。

ローマ5:21 それは、罪つみが死しによって支配しはいするに至いたったように、恵めぐみもまた義ぎによって支配しはいし、わたしたちの主しゅイエス・キリストにより、永遠えいえんのいのちを得えさせるためである。

ローマ6:3 それとも、あなたがたは知しらないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受うけたわたしたちは、彼かれの死しにあずかるバプテスマを受うけたのである。

ローマ6:4 すなわち、わたしたちは、その死しにあずかるバプテスマによって、彼かれと共ともに葬ほうむられたのである。それは、キリストが父ちちの栄光えいこうによって、死人しにんの中なかからよみがえらされたように、わたしたちもまた、新あたらしいいのちに生いきるためである。

ローマ6:5 もしわたしたちが、彼かれに結むすびついてその死しの様ようにひとしくなるなら、さらに、彼かれの復活ふっかつの様ようにもひとしくなるであろう。

ローマ6:9 キリストは死人しにんの中なかからよみがえらされて、もはや死しぬことがなく、死しはもはや彼かれを支配しはいしないことを、知しっているからである。

ローマ6:16 あなたがたは知しらないのか。あなたがた自身じしんが、だれかの僕ぼくになって服従ふくじゅうするなら、あなたがたは自分じぶんの服従ふくじゅうするその者ものの僕ぼくであって、死しに至いたる罪つみの僕ぼくともなり、あるいは、義ぎにいたる従順じゅうじゅんの僕ぼくともなるのである。

ローマ6:21 その時ときあなたがたは、どんな実じつを結むすんだのか。それは、今いまでは恥はじとするようなものであった。それらのものの終極しゅうきょくは、死しである。

ローマ6:23 罪つみの支払しはらう報酬ほうしゅうは死しである。しかし神かみの賜物たまものは、わたしたちの主しゅキリスト・イエスにおける永遠えいえんのいのちである。

ローマ7:5 というのは、わたしたちが肉にくにあった時ときには、律法りっぽうによる罪つみの欲情よくじょうが、死しのために実じつを結むすばせようとして、わたしたちの肢体したいのうちに働はたらいていた。

ローマ7:10 わたしは死しんだ。そして、いのちに導みちびくべき戒いましめそのものが、かえってわたしを死しに導みちびいて行いくことがわかった。

ローマ7:13 では、善ぜんなるものが、わたしにとって死しとなったのか。断だんじてそうではない。それはむしろ、罪つみの罪つみたることが現あらわれるための、罪つみのしわざである。すなわち、罪つみは、戒いましめによって、はなはだしく悪性あくせいなものとなるために、善ぜんなるものによってわたしを死しに至いたらせたのである。

ローマ7:24 わたしは、なんというみじめな人間にんげんなのだろう。だれが、この死しのからだから、わたしを救すくってくれるだろうか。

ローマ8:2 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御ご霊れいの法則ほうそくは、罪つみと死しとの法則ほうそくからあなたを解放かいほうしたからである。

ローマ8:6 肉にくの思おもいは死しであるが、霊れいの思おもいは、いのちと平安へいあんとである。

ローマ8:32 ご自身じしんの御子みこをさえ惜おしまないで、わたしたちすべての者もののために死しに渡わたされたかたが、どうして、御子みこのみならず万物ばんぶつをも賜たまわらないことがあろうか。

ローマ8:36 「わたしたちはあなたのために終日しゅうじつ、死しに定さだめられており、ほふられる羊ひつじのように見みられている」と書かいてあるとおりである。

ローマ8:38 わたしは確信かくしんする。死しも生うも、天使てんしも支配しはい者しゃも、現在げんざいのものも将来しょうらいのものも、力ちからあるものも、

コリント人への第一の手紙(7か所)

コリント第一3:22 パウロも、アポロも、ケパも、世界せかいも、生なまも、死しも、現在げんざいのものも、将来しょうらいのものも、ことごとく、あなたがたのものである。

コリント第一10:10 また、ある者ものたちがつぶやいたように、つぶやいてはならない。つぶやいた者ものは、「死しの使し」に滅ほろぼされた。

コリント第一11:26 だから、あなたがたは、このパンを食ししょくし、この杯さかずきを飲のむごとに、それによって、主しゅがこられる時ときに至いたるまで、主しゅの死しを告つげ知しらせるのである。

コリント第一15:21 それは、死しがひとりの人ひとによってきたのだから、死人しにんの復活ふっかつもまた、ひとりの人ひとによってこなければならない。

コリント第一15:26 最後さいごの敵てきとして滅ほろぼされるのが、死しである。

コリント第一15:55 「死しは勝利しょうりにのまれてしまった。死しよ、おまえの勝利しょうりは、どこにあるのか。死しよ、おまえのとげは、どこにあるのか」。

コリント第一15:56 死しのとげは罪つみである。罪つみの力ちからは律法りっぽうである。

コリント人への第二の手紙(9か所)

コリント第二1:9 心こころのうちで死しを覚悟かくごし、自分じぶん自身じしんを頼たのみとしないで、死人しにんをよみがえらせて下くださる神かみを頼たのみとするに至いたった。

コリント第二1:10 神かみはこのような死しの危険きけんから、わたしたちを救すくい出だして下くださった、また救すくい出だして下くださるであろう。わたしたちは、神かみが今後こんごも救すくい出だして下くださることを望のぞんでいる。

コリント第二2:16 後者こうしゃにとっては、死しから死しに至いたらせるかおりであり、前者ぜんしゃにとっては、いのちからいのちに至いたらせるかおりである。いったい、このような任務にんむに、だれが耐たえ得えようか。

コリント第二3:7 もし石いしに彫ほりつけた文字もじによる死しの務つとむが栄光えいこうのうちに行おこなわれ、そのためイスラエルの子こらは、モーセの顔かおの消きえ去さるべき栄光えいこうのゆえに、その顔かおを見みつめることができなかったとすれば、

コリント第二4:10 いつもイエスの死しをこの身みに負おうている。それはまた、イエスのいのちが、この身みに現あらわれるためである。

コリント第二4:11 わたしたち生いきている者ものは、イエスのために絶たえず死しに渡わたされているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死しぬべき肉体にくたいに現あらわれるためである。

コリント第二4:12 こうして、死しはわたしたちのうちに働はたらき、いのちはあなたがたのうちに働はたらくのである。

コリント第二7:10 神かみのみこころに添そうた悲かなしみは、悔くいのない救すくいを得えさせる悔改くいあらために導みちびき、この世よの悲かなしみは死しをきたらせる。

コリント第二11:23 彼かれらはキリストの僕ぼくなのか。わたしは気きが狂くるったようになって言ゆう、わたしは彼かれら以上いじょうにそうである。苦労くろうしたことはもっと多おおく、投獄とうごくされたことももっと多おおく、むち打うたれたことは、はるかにおびただしく、死しに面めんしたこともしばしばあった。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ2:21 わたしは、神かみの恵めぐみを無むにはしない。もし、義ぎが律法りっぽうによって得えられるとすれば、キリストの死しはむだであったことになる。

ピリピ人への手紙(2か所)

ピリピ2:8 おのれを低ひくして、死しに至いたるまで、しかも十字じゅうじ架かの死しに至いたるまで従順じゅうじゅんであられた。

ピリピ3:10 すなわち、キリストとその復活ふっかつの力ちからとを知しり、その苦難くなんにあずかって、その死しのさまとひとしくなり、

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ1:22 しかし今いまでは、御子みこはその肉にくのからだにより、その死しをとおして、あなたがたを神かみと和解わかいさせ、あなたがたを聖せいなる、傷きずのない、責せめられるところのない者ものとして、みまえに立たたたせて下くださったのである。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二1:10 そして今いまや、わたしたちの救主すくいぬしキリスト・イエスの出現しゅつげんによって明あきらかにされた恵めぐみによるのである。キリストは死しを滅ほろぼし、福音ふくいんによっていのちと不死ふしとを明あきらかに示しめされたのである。

ヘブル人への手紙(10か所)

ヘブル2:9 ただ、「しばらくの間あいだ、御ご使したちよりも低ひくい者ものとされた」イエスが、死しの苦くるしみのゆえに、栄光えいこうとほまれとを冠かんむりとして与あたえられたのを見みる。それは、彼かれが神かみの恵めぐみによって、すべての人ひとのために死しを味あじわわれるためであった。

ヘブル2:14 このように、子こたちは血ちと肉にくとに共ともにあずかっているので、イエスもまた同様どうように、それらをそなえておられる。それは、死しの力ちからを持もつ者もの、すなわち悪魔あくまを、ご自分じぶんの死しによって滅ほろぼし、

ヘブル2:15 死しの恐怖きょうふのために一いち生涯しょうがい、奴隷どれいとなっていた者ものたちを、解とき放はなつためである。

ヘブル3:17 また、四十よんじゅう年ねんの間あいだ、神かみがいきどおられたのはだれに対たいしてであったか。罪つみを犯おかして、その死しかばねを荒野あらのにさらした者ものたちに対たいしてではなかったか。

ヘブル5:7 キリストは、その肉にくの生活せいかつの時ときには、激はげしい叫さけびと涙なみだとをもって、ご自分じぶんを死しから救すくう力ちからのあるかたに、祈いのりと願ねがいとをささげ、そして、その深ふかい信仰しんこうのゆえに聞ききいれられたのである。

ヘブル7:23 かつ、死しということがあるために、務つとむを続つづけることができないので、多おおくの人々ひとびとが祭司さいしに立たてられるのである。

ヘブル9:16 いったい、遺言ゆいごんには、遺言ゆいごん者しゃの死しの証明しょうめいが必要ひつようである。

ヘブル9:17 遺言ゆいごんは死しによってのみその効力こうりょくを生しょうじ、遺言ゆいごん者しゃが生いきている間あいだは、効力こうりょくがない。

ヘブル11:5 信仰しんこうによって、エノクは死しを見みないように天てんに移うつされた。神かみがお移うつしになったので、彼かれは見みえなくなった。彼かれが移うつされる前まえに、神かみに喜よろこばれた者ものと、あかしされていたからである。

ヘブル11:21 信仰しんこうによって、ヤコブは死しのまぎわに、ヨセフの子こらをひとりびとり祝福しゅくふくし、そしてそのつえのかしらによりかかって礼拝れいはいした。

ヤコブの手紙(3か所)

ヤコブ1:15 欲よくがはらんで罪つみを生うみ、罪つみが熟じゅくして死しを生うみ出だす。

ヤコブ3:8 ところが、舌したを制せいしうる人ひとは、ひとりもいない。それは、制せいしにくい悪わるであって、死しの毒どくに満みちている。

ヤコブ5:20 かように罪人ざいにんを迷まよいの道みちから引ひきもどす人ひとは、そのたましいを死しから救すくい出だし、かつ、多おおくの罪つみをおおうものであることを、知しるべきである。

ヨハネの第一の手紙(3か所)

ヨハネ第一3:14 わたしたちは、兄弟きょうだいを愛あいしているので、死しからいのちへ移うつってきたことを、知しっている。愛あいさない者ものは、死しのうちにとどまっている。

ヨハネ第一5:16 もしだれかが死しに至いたることのない罪つみを犯おかしている兄弟きょうだいを見みたら、神かみに願ねがい求もとめなさい。そうすれば神かみは、死しに至いたることのない罪つみを犯おかしている人々ひとびとには、いのちを賜たまわるであろう。死しに至いたる罪つみがある。これについては、願ねがい求もとめよ、とは言いわない。

ヨハネ第一5:17 不義ふぎはすべて、罪つみである。しかし、死しに至いたることのない罪つみもある。

ヨハネの黙示録(13か所)

黙示録1:18 また、生いきている者ものである。わたしは死しんだことはあるが、見みよ、世々せいせい限かぎりなく生いきている者ものである。そして、死しと黄泉よみとのかぎを持もっている。

黙示録2:10 あなたの受うけようとする苦くるしみを恐おそれてはならない。見みよ、悪魔あくまが、あなたがたのうちのある者ものをためすために、獄ごくに入いれようとしている。あなたがたは十とお日かの間あいだ、苦難くなんにあうであろう。死しに至いたるまで忠実ちゅうじつであれ。そうすれば、いのちの冠かんむりを与あたえよう。

黙示録2:11 耳みみのある者ものは、御ご霊れいが諸教しょきょう会かいに言いうことを聞きくがよい。勝利しょうりを得える者ものは、第だい二にの死しによって滅ほろぼされることはない』。

黙示録3:2 目めをさましていて、死しにかけている残のこりの者ものたちを力ちからづけなさい。わたしは、あなたのわざが、わたしの神かみのみまえに完全かんぜんであるとは見みていない。

黙示録6:8 そこで見みていると、見みよ、青白あおじろい馬うまが出でてきた。そして、それに乗のっている者ものの名なは「死し」と言いいい、それに黄泉よみが従したがっていた。彼かれらには、地ちの四よん分ぶんの一いちを支配しはいする権威けんい、および、つるぎと、ききんと、死しと、地ちの獣けものらとによって人ひとを殺ころす権威けんいとが、与あたえられた。

黙示録9:6 その時ときには、人々ひとびとは死しを求もとめても与あたえられず、死しにたいと願ねがっても、死しは逃にげて行いくのである。

黙示録12:11 兄弟きょうだいたちは、小羊こひつじの血ちと彼かれらのあかしの言葉ことばとによって、彼かれにうち勝かち、死しに至いたるまでもそのいのちを惜おしまなかった。

黙示録18:8 それゆえ、さまざまの災害さいがいが、死しと悲かなしみとききんとが、一いち日にちのうちに彼女かのじょを襲おそい、そして、彼女かのじょは火ひで焼やかれてしまう。彼女かのじょをさばく主しゅなる神かみは、力強ちからづよいかたなのである。

黙示録20:6 この第だい一いちの復活ふっかつにあずかる者ものは、さいわいな者ものであり、また聖せいなる者ものである。この人ひとたちに対たいしては、第だい二にの死しはなんの力ちからもない。彼かれらは神かみとキリストとの祭司さいしとなり、キリストと共ともに千せん年ねんの間あいだ、支配しはいする。

黙示録20:13 海うみはその中なかにいる死人しにんを出だし、死しも黄泉こうせんもその中なかにいる死人しにんを出だし、そして、おのおのそのしわざに応おうじて、さばきを受うけた。

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