コリント人への第二の手紙 11章23節(コリント第二11:23)

23 彼かれらはキリストの僕ぼくなのか。わたしは気きが狂くるったようになって言ゆう、わたしは彼かれら以上いじょうにそうである。苦労くろうしたことはもっと多おおく、投獄とうごくされたことももっと多おおく、むち打うたれたことは、はるかにおびただしく、死しに面めんしたこともしばしばあった。

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この節を含む箇所パウロの苦難と奉仕コリント第二11:16-33

前後の聖句(11章21–25節)

21 言いうのも恥はずかしいことだが、わたしたちは弱よわすぎたのだ。もしある人ひとがあえて誇ほこるなら、わたしは愚おろか者ものになって言ゆうが、わたしもあえて誇ほころう。

22 彼かれらはヘブル人にんなのか。わたしもそうである。彼かれらはイスラエル人にんなのか。わたしもそうである。彼かれらはアブラハムの子孫しそんなのか。わたしもそうである。

23 彼かれらはキリストの僕ぼくなのか。わたしは気きが狂くるったようになって言ゆう、わたしは彼かれら以上いじょうにそうである。苦労くろうしたことはもっと多おおく、投獄とうごくされたことももっと多おおく、むち打うたれたことは、はるかにおびただしく、死しに面めんしたこともしばしばあった。

24 ユダヤ人にんから四十よんじゅうに一ひとつ足たりないむちを受うけたことが五ご度ど、

25 ローマ人にんにむちで打うたれたことが三さん度ど、石いしで打うたれたことが一いち度ど、難船なんせんしたことが三さん度ど、そして、一いち昼夜ちゅうや、海うみの上うえを漂ただよったこともある。

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