「この世」(このよ)が出てくる聖書の箇所
「この世」(このよ)は日常訳第1版の108か所(旧約17・新約91)に出てきます。「此の世」も含みます。口語訳では85か所。
ヨシュア記(1か所)
ヨシュア記23:14 見なさい。わたしは今日、この世のすべての人がたどる道を行こうとしている。あなたたちは、心を尽くし、魂を尽くして知っている。あなたたちの神である主が約束してくれた良いことは、一つも実現しなかったものはない。すべてがそのとおりになった。一つもかなわなかったことはなかった。
列王紀上(1か所)
列王紀上2:2 「わたしは今、この世のすべての人が行く道を行こうとしている。強くあれ。そして、一人前の男になりなさい。
歴代志下(2か所)
歴代志下21:20 ヨラムは三十二歳で王となり、エルサレムで八年間、王であった。彼は誰にも惜しまれずにこの世を去った。人々は彼をダビデの町に葬ったが、王たちの墓には葬らなかった。
歴代志下32:19 彼らは、この世の国々の神々をあざけるのと同じように、エルサレムの神のこともあざけった。その神々は、人の手が造ったものにすぎなかった。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記3:16 胎児として隠されたまま、わたしはこの世にいなかったならよかった。光を見ることのなかった赤ん坊のように。
ヨブ記18:18 彼は光からやみへと追いやられ、この世から追い出される。
詩篇(2か所)
詩篇17:14 主よ、あなたの手で、この世の人々からわたしを救ってください。彼らはこの世でごほうびを受け取り、あなたがたくわえた宝で腹を満たしている。子どもがたくさんいて満ち足り、その財産を孫たちにまで残していくのです。
詩篇49:1 すべての民よ、これを聞け。この世に生きるすべての人よ、耳を傾けよ。
伝道の書(7か所)
伝道の書4:1 わたしはあらためて、この世で行われているすべての虐げに目を向けた。虐げられている人たちは涙を流している。でも、その涙をぬぐってくれる人はいない。虐げる者の側には力があるのに、虐げられた人を慰めてくれる人はだれもいない。
伝道の書4:3 いや、その両方よりももっと幸せなのは、まだ生まれていない人だ。この世で行われている悪い行いを、まだ見ていないからだ。
伝道の書4:7 わたしはまた、この世にあるむなしさに目を向けた。
伝道の書5:13 わたしはこの世で、ひどく辛い現実を見た。ためこんだ財産が、持ち主自身を不幸にするのだ。
伝道の書5:18 わたしが見つけた答えはこうだ。神が与えてくれたこの一生の間、この世でどれだけ働いても、その働きの中で食べたり飲んだりして幸せを味わう——それこそが良いこと、ふさわしいことだ。それが人に与えられた取り分なのだから。
伝道の書6:1 この世で、わたしはもう一つの悪を見た。それは人々に重くのしかかっている。
伝道の書6:12 影のように過ぎていく、むなしい人生のわずかな日々の間に、人にとって何が良いことなのか、いったい誰に分かるだろうか。人が去ったあと、この世で何が起こるのか、誰がその人に告げられるだろうか。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書38:11 わたしは言った。「わたしはもう、生きている者の地で主を見ることはない。この世に住む人々とともに、人を見ることも二度とない」と。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書25:26 さらに、北のすべての王たち、近くの者も遠くの者も、次から次へと、そして地の面にあるこの世のすべての国々にも飲ませた。そして最後に、シェシャクの王が飲むことになる。
マタイによる福音書(5か所)
マタイ4:8 次に悪魔は、イエスを非常に高い山へ連れて行った。そして、この世のすべての国々と、その栄華を見せて、
マタイ12:32 また、人の子に逆らうことを言う者は、赦される。でも、聖なる霊に逆らうことを言う者は、赦されない。この世でも、次に来る世でも、赦されないのだ。
マタイ13:22 いばらの中にまかれた種とは、こういう人のことだ。その人はメッセージを聞く。でも、この世の心配ごとや、お金がもたらす誘惑がそのメッセージをふさいでしまう。だから実を結ばなくなる。
マタイ17:25 ペテロは「納めています」と答えた。そして家に入ると、イエスのほうが先に口を開いて言われた。「シモン、あなたはどう思う。この世の王たちは、だれから税や貢ぎ物を取り立てるのだろう。自分の子どもたちからか、それともよその人たちからか。」
マタイ20:25 そこでイエスは弟子たちを呼び寄せて言った。「知ってのとおり、この世の国々では支配者が人々を上から抑えつけ、権力者が力でその民を押さえつけている。
マルコによる福音書(3か所)
マルコ4:19 でも、この世の心配ごとや、富の誘惑、そのほかいろいろな欲望が入り込んできて、その言葉をふさいでしまう。それで、実らなくなるんだ。
マルコ9:3 服は真っ白に輝いた。この世のどんな職人にも、あれほど白くすることはできないほどだった。
マルコ10:42 そこでイエスは彼らを呼び寄せて言った。「知ってのとおり、この世で支配者と見なされている人たちは、人々を上から押さえつける。偉い人たちは、その力を振りかざす。
ルカによる福音書(6か所)
ルカ4:5 それから悪魔は、イエスを高い所へ連れて行った。そして一瞬のうちに、この世のすべての国々を見せた。
ルカ9:31 二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムでやり遂げようとしている、この世からの旅立ちについて語り合っていた。
ルカ16:8 主人は、この不正な管理人を、うまくやったとほめた。この世の人たちは、自分たちの仲間とうまくやっていくことにかけては、光の子たちよりも賢いのだ。
ルカ18:30 この世で何倍もを受け取り、次に来る世では永遠のいのちを受け取る。」
ルカ20:34 イエスは彼らに言った。「この世の人たちは結婚し、めとったり嫁いだりする。
ルカ22:25 イエスは彼らに言った。「この世の国々の王たちは、人々を支配する。権力をふるう者たちは、『恩人』と呼ばれている。
ヨハネによる福音書(25か所)
ヨハネ3:16 神は、実にこの世を愛して、ひとり子をお与えになった。それは、御子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである。
ヨハネ3:17 神が御子をこの世に送られたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
ヨハネ3:19 さばきとは、こういうことだ。光がこの世に来たのに、人々は光よりも闇の方を愛した。自分の行いが悪かったからである。
ヨハネ6:33 神のパンとは、天から降りてきて、この世に命を与えるものだからだ。」
ヨハネ8:12 わたしは、この世を照らす光である。わたしについて来る人は、暗やみの中を歩くことがない。命の光を持つようになる。
ヨハネ9:39 そこでイエスは言われた。「わたしがこの世に来たのは、さばくためだ。目の見えない人たちが見えるようになり、見えている人たちが見えなくなるためだ。」
ヨハネ11:9 イエスは答えた。「昼間は十二時間あるだろう。昼のうちに歩けば、つまずくことはない。この世の光が見えているからだ。
ヨハネ12:25 自分の命を愛する人は、それを失う。でも、この世で自分の命を惜しまない人は、それを守って永遠の命へと至る。
ヨハネ12:46 わたしは光としてこの世に来た。わたしを信じる人がだれも、暗やみの中にとどまらないためだ。
ヨハネ12:47 もし、わたしの言葉を聞いてそれを守らない人がいても、わたしはその人を裁かない。わたしが来たのは、この世を裁くためではなく、この世を救うためだからだ。
ヨハネ13:1 過越の祭りの前のことである。イエスは、この世を去って父のもとへ行く自分の時が来たことを知っていた。イエスはこの世にいる自分の者たちを愛し、最後まで愛し抜かれた。
ヨハネ14:30 わたしがあなたたちと話せるのは、もうあとわずかだ。この世を支配する者がやって来るからだ。でも、あいつはわたしを思いどおりにはできない。
ヨハネ15:18 もしこの世があなたたちを憎むなら、あなたたちより先にわたしを憎んだことを、知っておいてほしい。
ヨハネ15:19 もしあなたたちがこの世に属していたなら、この世は自分の仲間として愛したはずだ。でも、あなたたちはこの世に属していない。むしろ、わたしがあなたたちをこの世から選び出した。だから、この世はあなたたちを憎むのだ。
ヨハネ16:11 この世を支配する者は、すでに裁かれたからだ。
ヨハネ16:20 よくよく言っておく。あなたがたは泣き、悲しむが、この世は喜ぶ。あなたがたは深く悲しむことになる。でも、その悲しみは喜びに変わる。
ヨハネ16:21 子を産むとき、女は苦しむ。その時が来たからだ。でも赤ちゃんが生まれると、その苦しみをもう思い出さない。一人の人がこの世に生まれた、という喜びでいっぱいになるからだ。
ヨハネ16:28 わたしは父のもとから出て、この世に来た。そして今、この世を去って、父のもとに帰る。」
ヨハネ16:33 わたしがこれらのことを話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を得るためだ。あなたがたは、この世では苦しみがある。でも、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。」
ヨハネ17:11 わたしはもうこの世にはいなくなる。でも、彼らはこの世に残る。わたしはあなたのもとへ行く。聖なる父よ、あなたがわたしに授けてくださった御名によって、彼らを守ってください。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。
ヨハネ17:13 今わたしはあなたのもとへ行きます。まだこの世にいる間にこう話しているのは、わたしの喜びが彼らの心にあふれるほど満ちるためです。
ヨハネ17:25 正しい父よ、この世はあなたを知りません。でも、わたしはあなたを知っています。そして、この人たちも、あなたがわたしを送ってくださったことを知っています。
ヨハネ18:20 イエスはこう答えた。「わたしはこの世に対して、ずっと堂々と話してきた。ユダヤ人がみんな集まる会堂や神殿で、いつも教えていたんだ。隠れて何かを話したことは一度もない。
ヨハネ18:36 イエスは答えた。「わたしの国はこの世のものではない。もしこの世のものだったら、わたしに仕える者たちが戦って、わたしがユダヤ人たちに引き渡されないようにしただろう。でも実際、わたしの国はこの世のものではないのだ」
ヨハネ18:37 そこでピラトはイエスに言った。「では、あなたは王なのか。」イエスは答えた。「わたしが王だと、あなたが言っている。わたしは真理を証しするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理から出た者はみな、わたしの声に耳を傾ける。」
ローマ人への手紙(3か所)
ローマ5:12 この世に、ひとりの人を通して罪が入り込んだ。そして罪を通して死が入り込んだ。こうして、すべての人が罪を犯したので、死はすべての人に広がった。
ローマ5:13 律法が与えられる前にも、罪はこの世にあった。でも律法がなければ、罪は罪として問われることはない。
ローマ12:2 この世に合わせるのをやめなさい。むしろ、心を新しくして、あなた自身が変えられていきなさい。そうすれば、神が何を望んでいるのか、何が良いことで、神に喜ばれ、そして完全なのかを見分けられるようになる。
コリント人への第一の手紙(14か所)
コリント第一1:20 知恵ある者はどこにいるのか。学者はどこにいるのか。この世の論客はどこにいるのか。神は世の知恵を愚かなものにしたではないか。
コリント第一2:6 とはいえ、わたしたちも、成熟した人たちの間では知恵を語る。ただし、それはこの世の知恵ではないし、滅びゆくこの世の支配者たちの知恵でもない。
コリント第一2:8 この世の支配者たちは、だれ一人この知恵を理解しなかった。もし理解していたら、栄光の主を十字架につけたりはしなかったはずだ。
コリント第一2:12 わたしたちが受けたのは、この世の霊ではなく、神から来る霊だ。それは、神がわたしたちに惜しみなく与えてくださったものを、はっきりと知るためだ。
コリント第一3:18 自分をだましてはいけない。もしあなたがたの中に、自分はこの世で賢いと思っている人がいるなら、その人は愚か者になりなさい。そうすれば、本当に賢くなれる。
コリント第一3:19 なぜなら、この世の知恵は、神の前では愚かだからだ。こう書いてある。「神は、賢い者たちを、その巧妙な策略ごと捕らえる。」
コリント第一5:10 それは、この世の不品行な人たちや、欲深い人、人をだまし取る人、偶像を拝む人と、いっさい関わるな、という意味ではない。もしそうなら、あなたがたはこの世から出て行かなければならなくなる。
コリント第一7:28 でも、もし結婚しても、それは罪ではない。結婚していない女性が結婚しても、罪ではない。ただ、結婚する人たちは、この世の暮らしの中で苦労を抱えることになる。わたしは、あなたたちにそんな思いをさせたくないのだ。
コリント第一7:31 この世と関わっている人も、それにのめり込まないように。今あるこの世界のかたちは、過ぎ去っていくのだから。
コリント第一7:33 でも、結婚している人は、どうすれば妻に喜ばれるかと、この世のことに心を向ける。
コリント第一7:34 こうして心が二つに分かれてしまう。結婚していない女性や、まだ結婚していない娘は、体も心も主のものとしてささげようと、主のことに心を向ける。でも、結婚している女性は、どうすれば夫に喜ばれるかと、この世のことに心を向ける。
コリント第一8:4 そこで、偶像に供えられた肉を食べることについてだが、わたしたちはこう知っている。この世に偶像の神など実在しないし、唯一の神のほかに神はいない、と。
コリント第一10:18 この世のイスラエルの民を見てみなさい。ささげ物を食べる人たちは、祭壇にあずかる仲間になっているではないか。
コリント第一15:19 もしわたしたちがこの世の命だけのためにキリストに望みをかけているのなら、わたしたちはすべての人の中で最もあわれな者だ。
コリント人への第二の手紙(7か所)
コリント第二1:12 わたしたちが誇りとしているのは、これだ。良心が証ししてくれること、つまり、わたしたちがこの世で、そして特にあなたがたに対して、神から出た清さと誠実さをもって歩んできたということ。それは人間的な知恵によるのではなく、神の恵みによるものだった。
コリント第二1:17 こう計画したからといって、わたしが軽い気持ちで動いたとでも言うのだろうか。それとも、この世の人のように、同じ口で「はい、はい」と言いながら「いいえ、いいえ」と言うような、いい加減な計画を立てたとでも言うのだろうか。
コリント第二4:4 この世を支配する神が、信じない人たちの心を見えなくしてしまった。だから彼らは、キリストの栄光を伝える良い知らせの光を、見ることができない。そのキリストこそ、神の姿そのものなのだ。
コリント第二7:10 神のみこころにそった悲しみは、後悔することのない心の向き直りを生み、救いへと導く。しかし、この世の悲しみは死をもたらすだけだ。
コリント第二10:2 お願いだから、そちらに行ったときに、強気に出なくてすむようにしてほしい。わたしたちを、この世のやり方で生きている者だと決めつける一部の人たちには、思いきって強く出るつもりでいるのだから。
コリント第二10:3 確かにわたしたちは生身の人間として生きている。でも、この世のやり方で戦っているのではない。
コリント第二10:4 わたしたちの戦いの武器は、この世のものではない。神の力によって、どんな要塞さえも打ち壊すことができる。わたしたちは、間違った理屈を打ち砕き、
ガラテヤ人への手紙(2か所)
ガラテヤ4:3 わたしたちも同じだった。まだ幼かったころは、この世を支配するもろもろの力のもとで奴隷になっていた。
ガラテヤ4:9 ところが今、あなたたちは神を知った。いや、むしろ神に知られている。それなのに、どうしてまたあの無力で貧しいこの世の力に逆戻りするのか。もう一度その奴隷になりたいのか。
エペソ人への手紙(4か所)
エペソ1:21 すべての支配、権威、力、主権の上に、また、この世だけでなく来るべき世でも呼ばれるあらゆる名の上に、キリストを高く置かれたのだ。
エペソ2:2 その頃のあなたたちは、この世のやり方に流されて生きていた。空中を支配する者、つまり今も神に従わない人たちの中で働いている霊に、従って生きていたのだ。
エペソ2:12 その頃のあなたたちは、キリストと関わりがなかった。イスラエルの民の一員でもなく、神が約束の中で結んだ契約とも無縁だった。この世で希望もなく、神もない者だったのだ。
エペソ6:5 奴隷の人たちよ、この世の主人には、恐れおののきながら、まっすぐな心で従いなさい。キリストに従うのと同じようにしなさい。
ピリピ人への手紙(2か所)
ピリピ1:23 わたしは、二つの思いの間で板挟みになっています。この世を去ってキリストと共にいたい、という願いがあります。そのほうがはるかに良いからです。
ピリピ1:25 こう確信しているので、わたしには分かっています。わたしはこの世にとどまり、あなたがたみんなと共に生き続けるのです。あなたがたが信仰において成長し、喜びをもてるようになるためです。
コロサイ人への手紙(3か所)
コロサイ2:8 気をつけなさい。むなしい哲学やまやかしで、あなたがたをとりこにする者がいないように。それは人間の言い伝えや、この世を支配する力に従ったもので、キリストに従うものではない。
コロサイ2:20 あなたがたはキリストとともに死んで、この世を支配する力から解き放たれた。それなのに、どうしてまだこの世に生きているかのように、規則に縛られているのか。
コロサイ3:22 奴隷たちよ、どんなことでもこの世の主人に従いなさい。人に気に入られようとして見ているときだけ働くのではなく、まごころをこめて、主を恐れながら働きなさい。
テモテへの第一の手紙(3か所)
テモテ第一1:15 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」――この言葉は本当で、だれもが受け入れるにふさわしいものです。わたしは、その罪人の中で一番の者です。
テモテ第一6:7 わたしたちは、何ひとつ持たずにこの世に生まれてきた。だから、何ひとつ持って出ていくこともできない。
テモテ第一6:17 今のこの世で富んでいる人たちに命じなさい。思い上がってはいけない。頼りにならない富にではなく、わたしたちが楽しめるように、すべてのものを豊かに与えてくださる神に望みを置きなさい、と。
テモテへの第二の手紙(2か所)
テモテ第二4:6 わたし自身は、もういけにえの酒のように注ぎ出されようとしている。この世を去る時が近づいているのだ。
テモテ第二4:10 デマスはこの世を愛して、わたしを見捨て、テサロニケへ行ってしまった。クレスケンスはガラテヤへ、テトスはダルマテヤへ行った。
テトスへの手紙(1か所)
テトス2:12 その恵みは、わたしたちにこう教えている。神を無視する生き方や、この世的な欲を捨て、今のこの時代を、慎み深く、正しく、神を大切にして生きるようにと。
ヘブル人への手紙(4か所)
ヘブル1:6 さらに神は、その長男である御子をこの世に送り出すとき、こう言っている。「神の天使たちは、みな彼を礼拝せよ。」
ヘブル9:1 さて、最初の契約にも、礼拝についての決まりがあり、この世に属する聖所があった。
ヘブル10:5 だから、キリストはこの世に入られるとき、こう言われた。「あなたは、いけにえもささげ物も望まれなかった。その代わりに、わたしのために体を用意してくださった。
ヘブル11:38 この世は、そんな彼らにはふさわしくなかった。彼らは荒れ野をさまよい、山や、洞穴や、地の裂け目で暮らした。
ヤコブの手紙(2か所)
ヤコブ2:5 わたしの愛する兄弟姉妹たち、よく聞いてほしい。神は、この世で貧しい人たちを選んで、信仰において豊かな者とし、神を愛する人たちに約束された御国を受け継ぐ者としてくださったのではないか。
ヤコブ4:4 神を裏切る者たち。この世と親しくなることは、神に敵対することだと知らないのか。だから、この世の友になろうとする人は、だれでも神の敵になるのだ。
ペテロの第一の手紙(2か所)
ペテロ第一1:1 イエス・キリストの使徒ペトロから。ポント、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアの各地に散らされ、この世で仮住まいのように生きている、神に選ばれた人たちへ。
ペテロ第一2:11 愛する人たち。あなたたちは、この世では旅人であり、仮住まいの者だ。だから、あなたたちにお願いする。心と戦う肉の欲を遠ざけなさい。
ペテロの第二の手紙(1か所)
ペテロ第二2:20 彼らは、わたしたちの主であり救い主であるイエス・キリストを知って、この世の汚れから逃れた。それなのに、また汚れにからめとられ、打ち負かされてしまうなら、その人の後の状態は、初めよりももっと悪くなる。
ヨハネの第一の手紙(2か所)
ヨハネ第一4:2 神の霊はこうして見分けられる。イエス・キリストが人となってこの世に来られたと認める霊は、みな神から出たものだ。
ヨハネ第一4:17 こうして、愛はわたしたちの中で完全なものになった。だから、わたしたちは裁きの日にも堂々としていられる。この世で、わたしたちもキリストと同じようになっているからだ。