「この世」(このよ)が出てくる聖書の箇所

「この世」(このよ)は日常訳第1版の108か所(旧約17・新約91)に出てきます。「此の世」も含みます。口語訳では85か所。

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ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記23:14 見みなさい。わたしは今日きょう、この世よのすべての人ひとがたどる道みちを行いこうとしている。あなたたちは、心こころを尽つくし、魂たましいを尽つくして知しっている。あなたたちの神かみである主しゅが約束やくそくしてくれた良よいことは、一ひとつも実現じつげんしなかったものはない。すべてがそのとおりになった。一ひとつもかなわなかったことはなかった。

列王紀上(1か所)

列王紀上2:2 「わたしは今いま、この世よのすべての人ひとが行いく道みちを行いこうとしている。強つよくあれ。そして、一人前いちにんまえの男おとこになりなさい。

歴代志下(2か所)

歴代志下21:20 ヨラムは三十さんじゅう二に歳さいで王おうとなり、エルサレムで八はち年間ねんかん、王おうであった。彼かれは誰だれにも惜おしまれずにこの世よを去さった。人々ひとびとは彼かれをダビデの町まちに葬ほうむったが、王おうたちの墓はかには葬ほうむらなかった。

歴代志下32:19 彼かれらは、この世よの国々くにぐにの神々かみがみをあざけるのと同おなじように、エルサレムの神かみのこともあざけった。その神々かみがみは、人ひとの手てが造つくったものにすぎなかった。

ヨブ記(2か所)

ヨブ記3:16 胎児たいじとして隠かくされたまま、わたしはこの世よにいなかったならよかった。光ひかりを見みることのなかった赤あかん坊ぼうのように。

ヨブ記18:18 彼かれは光ひかりからやみへと追おいやられ、この世よから追おい出だされる。

詩篇(2か所)

詩篇17:14 主しゅよ、あなたの手てで、この世よの人々ひとびとからわたしを救すくってください。彼かれらはこの世よでごほうびを受うけ取とり、あなたがたくわえた宝たからで腹はらを満みたしている。子こどもがたくさんいて満みち足たり、その財産ざいさんを孫まごたちにまで残のこしていくのです。

詩篇49:1 すべての民たみよ、これを聞きけ。この世よに生いきるすべての人ひとよ、耳みみを傾かたむけよ。

伝道の書(7か所)

伝道の書4:1 わたしはあらためて、この世よで行おこなわれているすべての虐しいたげに目めを向むけた。虐しいたげられている人ひとたちは涙なみだを流ながしている。でも、その涙なみだをぬぐってくれる人ひとはいない。虐しいたげる者ものの側がわには力ちからがあるのに、虐しいたげられた人ひとを慰なぐさめてくれる人ひとはだれもいない。

伝道の書4:3 いや、その両方りょうほうよりももっと幸しあわせなのは、まだ生うまれていない人ひとだ。この世よで行おこなわれている悪わるい行おこないを、まだ見みていないからだ。

伝道の書4:7 わたしはまた、この世よにあるむなしさに目めを向むけた。

伝道の書5:13 わたしはこの世よで、ひどく辛つらい現実げんじつを見みた。ためこんだ財産ざいさんが、持もち主ぬし自身じしんを不幸ふこうにするのだ。

伝道の書5:18 わたしが見みつけた答こたえはこうだ。神かみが与あたえてくれたこの一生いっしょうの間あいだ、この世よでどれだけ働はたらいても、その働はたらきの中なかで食たべたり飲のんだりして幸しあわせを味あじわう——それこそが良よいこと、ふさわしいことだ。それが人ひとに与あたえられた取とり分ぶんなのだから。

伝道の書6:1 この世よで、わたしはもう一ひとつの悪あくを見みた。それは人々ひとびとに重おもくのしかかっている。

伝道の書6:12 影かげのように過すぎていく、むなしい人生じんせいのわずかな日々ひびの間あいだに、人ひとにとって何なんが良よいことなのか、いったい誰だれに分わかるだろうか。人ひとが去さったあと、この世よで何なんが起おこるのか、誰だれがその人ひとに告つげられるだろうか。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書38:11 わたしは言いった。「わたしはもう、生いきている者ものの地ちで主しゅを見みることはない。この世よに住すむ人々ひとびととともに、人ひとを見みることも二に度どとない」と。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書25:26 さらに、北きたのすべての王おうたち、近ちかくの者ものも遠とおくの者ものも、次つぎから次つぎへと、そして地ちの面めんにあるこの世よのすべての国々くにぐににも飲のませた。そして最後さいごに、シェシャクの王おうが飲のむことになる。

マタイによる福音書(5か所)

マタイ4:8 次つぎに悪魔あくまは、イエスを非常ひじょうに高たかい山やまへ連つれて行いった。そして、この世よのすべての国々くにぐにと、その栄華えいがを見みせて、

マタイ12:32 また、人ひとの子こに逆さからうことを言いう者ものは、赦ゆるされる。でも、聖せいなる霊れいに逆さからうことを言いう者ものは、赦ゆるされない。この世よでも、次つぎに来くる世よでも、赦ゆるされないのだ。

マタイ13:22 いばらの中なかにまかれた種たねとは、こういう人ひとのことだ。その人ひとはメッセージを聞きく。でも、この世よの心配しんぱいごとや、お金かねがもたらす誘惑ゆうわくがそのメッセージをふさいでしまう。だから実みを結むすばなくなる。

マタイ17:25 ペテロは「納おさめています」と答こたえた。そして家いえに入はいると、イエスのほうが先さきに口くちを開ひらいて言いわれた。「シモン、あなたはどう思おもう。この世よの王おうたちは、だれから税ぜいや貢みつぎ物ものを取とり立たてるのだろう。自分じぶんの子こどもたちからか、それともよその人ひとたちからか。」

マタイ20:25 そこでイエスは弟子でしたちを呼よび寄よせて言いった。「知しってのとおり、この世よの国々くにぐにでは支配しはい者しゃが人々ひとびとを上うえから抑おさえつけ、権力けんりょく者しゃが力ちからでその民たみを押おさえつけている。

マルコによる福音書(3か所)

マルコ4:19 でも、この世よの心配しんぱいごとや、富とみの誘惑ゆうわく、そのほかいろいろな欲望よくぼうが入はいり込こんできて、その言葉ことばをふさいでしまう。それで、実みのらなくなるんだ。

マルコ9:3 服ふくは真まっ白しろに輝かがやいた。この世よのどんな職人しょくにんにも、あれほど白しろくすることはできないほどだった。

マルコ10:42 そこでイエスは彼かれらを呼よび寄よせて言いった。「知しってのとおり、この世よで支配しはい者しゃと見みなされている人ひとたちは、人々ひとびとを上うえから押おさえつける。偉えらい人ひとたちは、その力ちからを振ふりかざす。

ルカによる福音書(6か所)

ルカ4:5 それから悪魔あくまは、イエスを高たかい所ところへ連つれて行いった。そして一瞬いっしゅんのうちに、この世よのすべての国々くにぐにを見みせた。

ルカ9:31 二人ふたりは栄光えいこうに包つつまれて現あらわれ、イエスがエルサレムでやり遂とげようとしている、この世よからの旅立たびだちについて語かたり合あっていた。

ルカ16:8 主人しゅじんは、この不正ふせいな管理かんり人にんを、うまくやったとほめた。この世よの人ひとたちは、自分じぶんたちの仲間なかまとうまくやっていくことにかけては、光ひかりの子こたちよりも賢かしこいのだ。

ルカ18:30 この世よで何なん倍ばいもを受うけ取とり、次つぎに来くる世よでは永遠えいえんのいのちを受うけ取とる。」

ルカ20:34 イエスは彼かれらに言いった。「この世よの人ひとたちは結婚けっこんし、めとったり嫁とついだりする。

ルカ22:25 イエスは彼かれらに言いった。「この世よの国々くにぐにの王おうたちは、人々ひとびとを支配しはいする。権力けんりょくをふるう者ものたちは、『恩人おんじん』と呼よばれている。

ヨハネによる福音書(25か所)

ヨハネ3:16 神かみは、実じつにこの世よを愛あいして、ひとり子ごをお与あたえになった。それは、御子みこを信しんじる者ものが一人ひとりも滅ほろびることなく、永遠えいえんの命いのちを得えるためである。

ヨハネ3:17 神かみが御子みこをこの世よに送おくられたのは、世よをさばくためではなく、御子みこによって世よが救すくわれるためである。

ヨハネ3:19 さばきとは、こういうことだ。光ひかりがこの世よに来きたのに、人々ひとびとは光ひかりよりも闇やみの方ほうを愛あいした。自分じぶんの行おこないが悪わるかったからである。

ヨハネ6:33 神かみのパンとは、天てんから降おりてきて、この世よに命いのちを与あたえるものだからだ。」

ヨハネ8:12 わたしは、この世よを照てらす光ひかりである。わたしについて来くる人ひとは、暗くらやみの中なかを歩あるくことがない。命いのちの光ひかりを持もつようになる。

ヨハネ9:39 そこでイエスは言いわれた。「わたしがこの世よに来きたのは、さばくためだ。目めの見みえない人ひとたちが見みえるようになり、見みえている人ひとたちが見みえなくなるためだ。」

ヨハネ11:9 イエスは答こたえた。「昼間ひるまは十じゅう二に時間じかんあるだろう。昼ひるのうちに歩あるけば、つまずくことはない。この世よの光ひかりが見みえているからだ。

ヨハネ12:25 自分じぶんの命いのちを愛あいする人ひとは、それを失ううしなう。でも、この世よで自分じぶんの命いのちを惜おしまない人ひとは、それを守まもって永遠えいえんの命いのちへと至いたる。

ヨハネ12:46 わたしは光ひかりとしてこの世よに来きた。わたしを信しんじる人ひとがだれも、暗くらやみの中なかにとどまらないためだ。

ヨハネ12:47 もし、わたしの言葉ことばを聞きいてそれを守まもらない人ひとがいても、わたしはその人ひとを裁さばかない。わたしが来きたのは、この世よを裁さばくためではなく、この世よを救すくうためだからだ。

ヨハネ13:1 過越すぎこしの祭まつりの前まえのことである。イエスは、この世よを去さって父ちちのもとへ行いく自分じぶんの時ときが来きたことを知しっていた。イエスはこの世よにいる自分じぶんの者ものたちを愛あいし、最後さいごまで愛あいし抜ぬかれた。

ヨハネ14:30 わたしがあなたたちと話はなせるのは、もうあとわずかだ。この世よを支配しはいする者ものがやって来くるからだ。でも、あいつはわたしを思おもいどおりにはできない。

ヨハネ15:18 もしこの世よがあなたたちを憎にくむなら、あなたたちより先さきにわたしを憎にくんだことを、知しっておいてほしい。

ヨハネ15:19 もしあなたたちがこの世よに属ぞくしていたなら、この世よは自分じぶんの仲間なかまとして愛あいしたはずだ。でも、あなたたちはこの世よに属ぞくしていない。むしろ、わたしがあなたたちをこの世よから選えらび出だした。だから、この世よはあなたたちを憎にくむのだ。

ヨハネ16:11 この世よを支配しはいする者ものは、すでに裁さばかれたからだ。

ヨハネ16:20 よくよく言いっておく。あなたがたは泣なき、悲かなしむが、この世よは喜よろこぶ。あなたがたは深ふかく悲かなしむことになる。でも、その悲かなしみは喜よろこびに変かわる。

ヨハネ16:21 子こを産うむとき、女おんなは苦くるしむ。その時ときが来きたからだ。でも赤あかちゃんが生うまれると、その苦くるしみをもう思おもい出ださない。一人ひとりの人ひとがこの世よに生うまれた、という喜よろこびでいっぱいになるからだ。

ヨハネ16:28 わたしは父ちちのもとから出でて、この世よに来きた。そして今いま、この世よを去さって、父ちちのもとに帰かえる。」

ヨハネ16:33 わたしがこれらのことを話はなしたのは、あなたがたがわたしにあって平安へいあんを得えるためだ。あなたがたは、この世よでは苦くるしみがある。でも、勇気ゆうきを出だしなさい。わたしはすでに世よに勝かっている。」

ヨハネ17:11 わたしはもうこの世よにはいなくなる。でも、彼かれらはこの世よに残のこる。わたしはあなたのもとへ行いく。聖せいなる父ちちよ、あなたがわたしに授さずけてくださった御名ぎょめいによって、彼かれらを守まもってください。わたしたちが一ひとつであるように、彼かれらも一ひとつになるためです。

ヨハネ17:13 今いまわたしはあなたのもとへ行いきます。まだこの世よにいる間あいだにこう話はなしているのは、わたしの喜よろこびが彼かれらの心こころにあふれるほど満みちるためです。

ヨハネ17:25 正ただしい父ちちよ、この世よはあなたを知しりません。でも、わたしはあなたを知しっています。そして、この人ひとたちも、あなたがわたしを送おくってくださったことを知しっています。

ヨハネ18:20 イエスはこう答こたえた。「わたしはこの世よに対たいして、ずっと堂々どうどうと話はなしてきた。ユダヤ人じんがみんな集あつまる会堂かいどうや神殿しんでんで、いつも教おしえていたんだ。隠かくれて何なんかを話はなしたことは一いち度どもない。

ヨハネ18:36 イエスは答こたえた。「わたしの国くにはこの世よのものではない。もしこの世よのものだったら、わたしに仕つかえる者ものたちが戦たたかって、わたしがユダヤ人じんたちに引ひき渡わたされないようにしただろう。でも実際じっさい、わたしの国くにはこの世よのものではないのだ」

ヨハネ18:37 そこでピラトはイエスに言いった。「では、あなたは王おうなのか。」イエスは答こたえた。「わたしが王おうだと、あなたが言いっている。わたしは真理しんりを証あかしするために生うまれ、そのためにこの世よに来きた。真理しんりから出でた者ものはみな、わたしの声こえに耳みみを傾かたむける。」

ローマ人への手紙(3か所)

ローマ5:12 この世よに、ひとりの人ひとを通とおして罪つみが入はいり込こんだ。そして罪つみを通とおして死しが入はいり込こんだ。こうして、すべての人ひとが罪つみを犯おかしたので、死しはすべての人ひとに広ひろがった。

ローマ5:13 律法りっぽうが与あたえられる前まえにも、罪つみはこの世よにあった。でも律法りっぽうがなければ、罪つみは罪つみとして問とわれることはない。

ローマ12:2 この世よに合あわせるのをやめなさい。むしろ、心こころを新あたらしくして、あなた自身じしんが変かえられていきなさい。そうすれば、神かみが何なんを望のぞんでいるのか、何なんが良よいことで、神かみに喜よろこばれ、そして完全かんぜんなのかを見分みわけられるようになる。

コリント人への第一の手紙(14か所)

コリント第一1:20 知恵ちえある者ものはどこにいるのか。学者がくしゃはどこにいるのか。この世よの論客ろんきゃくはどこにいるのか。神かみは世よの知恵ちえを愚おろかなものにしたではないか。

コリント第一2:6 とはいえ、わたしたちも、成熟せいじゅくした人ひとたちの間あいだでは知恵ちえを語かたる。ただし、それはこの世よの知恵ちえではないし、滅ほろびゆくこの世よの支配しはい者しゃたちの知恵ちえでもない。

コリント第一2:8 この世よの支配しはい者しゃたちは、だれ一人ひとりこの知恵ちえを理解りかいしなかった。もし理解りかいしていたら、栄光えいこうの主しゅを十字じゅうじ架かにつけたりはしなかったはずだ。

コリント第一2:12 わたしたちが受うけたのは、この世よの霊れいではなく、神かみから来くる霊れいだ。それは、神かみがわたしたちに惜おしみなく与あたえてくださったものを、はっきりと知しるためだ。

コリント第一3:18 自分じぶんをだましてはいけない。もしあなたがたの中なかに、自分じぶんはこの世よで賢かしこいと思おもっている人ひとがいるなら、その人ひとは愚おろか者ものになりなさい。そうすれば、本当ほんとうに賢かしこくなれる。

コリント第一3:19 なぜなら、この世よの知恵ちえは、神かみの前まえでは愚おろかだからだ。こう書かいてある。「神かみは、賢かしこい者ものたちを、その巧妙こうみょうな策略さくりゃくごと捕とらえる。」

コリント第一5:10 それは、この世よの不ふ品行ひんこうな人ひとたちや、欲深よくふかい人ひと、人ひとをだまし取とる人ひと、偶像ぐうぞうを拝おがむ人ひとと、いっさい関かかわるな、という意味いみではない。もしそうなら、あなたがたはこの世よから出でて行いかなければならなくなる。

コリント第一7:28 でも、もし結婚けっこんしても、それは罪つみではない。結婚けっこんしていない女性じょせいが結婚けっこんしても、罪つみではない。ただ、結婚けっこんする人ひとたちは、この世よの暮くらしの中なかで苦労くろうを抱かかえることになる。わたしは、あなたたちにそんな思おもいをさせたくないのだ。

コリント第一7:31 この世よと関かかわっている人ひとも、それにのめり込こまないように。今いまあるこの世界せかいのかたちは、過すぎ去さっていくのだから。

コリント第一7:33 でも、結婚けっこんしている人ひとは、どうすれば妻つまに喜よろこばれるかと、この世よのことに心こころを向むける。

コリント第一7:34 こうして心こころが二ふたつに分わかれてしまう。結婚けっこんしていない女性じょせいや、まだ結婚けっこんしていない娘むすめは、体からだも心こころも主しゅのものとしてささげようと、主しゅのことに心こころを向むける。でも、結婚けっこんしている女性じょせいは、どうすれば夫おっとに喜よろこばれるかと、この世よのことに心こころを向むける。

コリント第一8:4 そこで、偶像ぐうぞうに供そなえられた肉にくを食たべることについてだが、わたしたちはこう知しっている。この世よに偶像ぐうぞうの神かみなど実在じつざいしないし、唯一ゆいいつの神かみのほかに神かみはいない、と。

コリント第一10:18 この世よのイスラエルの民たみを見みてみなさい。ささげ物ものを食たべる人ひとたちは、祭壇さいだんにあずかる仲間なかまになっているではないか。

コリント第一15:19 もしわたしたちがこの世よの命いのちだけのためにキリストに望のぞみをかけているのなら、わたしたちはすべての人ひとの中なかで最ももっともあわれな者ものだ。

コリント人への第二の手紙(7か所)

コリント第二1:12 わたしたちが誇ほこりとしているのは、これだ。良心りょうしんが証あかししてくれること、つまり、わたしたちがこの世よで、そして特とくにあなたがたに対たいして、神かみから出でた清きよさと誠実せいじつさをもって歩あゆんできたということ。それは人間にんげん的てきな知恵ちえによるのではなく、神かみの恵めぐみによるものだった。

コリント第二1:17 こう計画けいかくしたからといって、わたしが軽かるい気持きもちで動うごいたとでも言いうのだろうか。それとも、この世よの人ひとのように、同おなじ口くちで「はい、はい」と言いいいながら「いいえ、いいえ」と言いうような、いい加減かげんな計画けいかくを立たてたとでも言いうのだろうか。

コリント第二4:4 この世よを支配しはいする神かみが、信しんじない人ひとたちの心こころを見みえなくしてしまった。だから彼かれらは、キリストの栄光えいこうを伝つたえる良よい知しらせの光ひかりを、見みることができない。そのキリストこそ、神かみの姿すがたそのものなのだ。

コリント第二7:10 神かみのみこころにそった悲かなしみは、後悔こうかいすることのない心こころの向むき直なおりを生うみ、救すくいへと導みちびく。しかし、この世よの悲かなしみは死しをもたらすだけだ。

コリント第二10:2 お願ねがいだから、そちらに行いったときに、強気つよきに出でなくてすむようにしてほしい。わたしたちを、この世よのやり方かたで生いきている者ものだと決きめつける一部いちぶの人ひとたちには、思おもいきって強つよく出でるつもりでいるのだから。

コリント第二10:3 確たしかにわたしたちは生身なまみの人間にんげんとして生いきている。でも、この世よのやり方かたで戦たたかっているのではない。

コリント第二10:4 わたしたちの戦たたかいの武器ぶきは、この世よのものではない。神かみの力ちからによって、どんな要塞ようさいさえも打ぶち壊こわすことができる。わたしたちは、間違まちがった理屈りくつを打うち砕くだき、

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ4:3 わたしたちも同おなじだった。まだ幼おさなかったころは、この世よを支配しはいするもろもろの力ちからのもとで奴隷どれいになっていた。

ガラテヤ4:9 ところが今いま、あなたたちは神かみを知しった。いや、むしろ神かみに知しられている。それなのに、どうしてまたあの無力むりょくで貧まずしいこの世よの力ちからに逆戻ぎゃくもどりするのか。もう一いち度どその奴隷どれいになりたいのか。

エペソ人への手紙(4か所)

エペソ1:21 すべての支配しはい、権威けんい、力ちから、主権しゅけんの上うえに、また、この世よだけでなく来きたるべき世よでも呼よばれるあらゆる名なの上うえに、キリストを高たかく置おかれたのだ。

エペソ2:2 その頃ころのあなたたちは、この世よのやり方かたに流ながされて生いきていた。空中くうちゅうを支配しはいする者もの、つまり今いまも神かみに従したがわない人ひとたちの中なかで働はたらいている霊れいに、従したがって生いきていたのだ。

エペソ2:12 その頃ころのあなたたちは、キリストと関かかわりがなかった。イスラエルの民たみの一員いちいんでもなく、神かみが約束やくそくの中なかで結むすんだ契約けいやくとも無縁むえんだった。この世よで希望きぼうもなく、神かみもない者ものだったのだ。

エペソ6:5 奴隷どれいの人ひとたちよ、この世よの主人しゅじんには、恐おそれおののきながら、まっすぐな心こころで従したがいなさい。キリストに従したがうのと同おなじようにしなさい。

ピリピ人への手紙(2か所)

ピリピ1:23 わたしは、二ふたつの思おもいの間あいだで板挟いたばさみになっています。この世よを去さってキリストと共ともにいたい、という願ねがいがあります。そのほうがはるかに良よいからです。

ピリピ1:25 こう確信かくしんしているので、わたしには分わかっています。わたしはこの世よにとどまり、あなたがたみんなと共ともに生いき続つづけるのです。あなたがたが信仰しんこうにおいて成長せいちょうし、喜よろこびをもてるようになるためです。

コロサイ人への手紙(3か所)

コロサイ2:8 気きをつけなさい。むなしい哲学てつがくやまやかしで、あなたがたをとりこにする者ものがいないように。それは人間にんげんの言い伝えいいつたえや、この世よを支配しはいする力ちからに従したがったもので、キリストに従したがうものではない。

コロサイ2:20 あなたがたはキリストとともに死しんで、この世よを支配しはいする力ちからから解とき放はなたれた。それなのに、どうしてまだこの世よに生いきているかのように、規則きそくに縛しばられているのか。

コロサイ3:22 奴隷どれいたちよ、どんなことでもこの世よの主人しゅじんに従したがいなさい。人ひとに気きに入はいられようとして見みているときだけ働はたらくのではなく、まごころをこめて、主しゅを恐おそれながら働はたらきなさい。

テモテへの第一の手紙(3か所)

テモテ第一1:15 「キリスト・イエスは、罪人ざいにんを救すくうためにこの世よに来こられた」――この言葉ことばは本当ほんとうで、だれもが受うけ入いれるにふさわしいものです。わたしは、その罪人ざいにんの中なかで一番いちばんの者ものです。

テモテ第一6:7 わたしたちは、何なんひとつ持もたずにこの世よに生うまれてきた。だから、何なんひとつ持もって出でていくこともできない。

テモテ第一6:17 今いまのこの世よで富とんでいる人ひとたちに命めいじなさい。思おもい上あがってはいけない。頼たよりにならない富とみにではなく、わたしたちが楽たのしめるように、すべてのものを豊ゆたかに与あたえてくださる神かみに望のぞみを置おきなさい、と。

テモテへの第二の手紙(2か所)

テモテ第二4:6 わたし自身じしんは、もういけにえの酒さけのように注そそぎ出だされようとしている。この世よを去さる時ときが近ちかづいているのだ。

テモテ第二4:10 デマスはこの世よを愛あいして、わたしを見捨みすて、テサロニケへ行いってしまった。クレスケンスはガラテヤへ、テトスはダルマテヤへ行いった。

テトスへの手紙(1か所)

テトス2:12 その恵めぐみは、わたしたちにこう教おしえている。神かみを無視むしする生いき方かたや、この世よ的てきな欲よくを捨すて、今いまのこの時代じだいを、慎つつしみ深ぶかく、正ただしく、神かみを大切たいせつにして生いきるようにと。

ヘブル人への手紙(4か所)

ヘブル1:6 さらに神かみは、その長男ちょうなんである御子みこをこの世よに送おくり出だすとき、こう言いっている。「神かみの天使てんしたちは、みな彼かれを礼拝れいはいせよ。」

ヘブル9:1 さて、最初さいしょの契約けいやくにも、礼拝れいはいについての決きまりがあり、この世よに属ぞくする聖しょう所しょがあった。

ヘブル10:5 だから、キリストはこの世よに入はいられるとき、こう言いわれた。「あなたは、いけにえもささげ物ものも望のぞまれなかった。その代かわりに、わたしのために体からだを用意よういしてくださった。

ヘブル11:38 この世よは、そんな彼かれらにはふさわしくなかった。彼かれらは荒あれ野のをさまよい、山やまや、洞穴ほらあなや、地ちの裂さけ目めで暮くらした。

ヤコブの手紙(2か所)

ヤコブ2:5 わたしの愛あいする兄弟きょうだい姉妹しまいたち、よく聞きいてほしい。神かみは、この世よで貧まずしい人ひとたちを選えらんで、信仰しんこうにおいて豊ゆたかな者ものとし、神かみを愛あいする人ひとたちに約束やくそくされた御み国くにを受うけ継つぐ者ものとしてくださったのではないか。

ヤコブ4:4 神かみを裏切うらぎる者ものたち。この世よと親したしくなることは、神かみに敵対てきたいすることだと知しらないのか。だから、この世よの友ともになろうとする人ひとは、だれでも神かみの敵てきになるのだ。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一1:1 イエス・キリストの使徒しとペトロから。ポント、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアの各地かくちに散ちらされ、この世よで仮住かりずまいのように生いきている、神かみに選えらばれた人ひとたちへ。

ペテロ第一2:11 愛あいする人ひとたち。あなたたちは、この世よでは旅人たびびとであり、仮住かりずまいの者ものだ。だから、あなたたちにお願ねがいする。心こころと戦たたかう肉にくの欲よくを遠とおざけなさい。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二2:20 彼かれらは、わたしたちの主しゅであり救すくい主ぬしであるイエス・キリストを知しって、この世よの汚よごれから逃のがれた。それなのに、また汚よごれにからめとられ、打うち負まかされてしまうなら、その人ひとの後あとの状態じょうたいは、初はじめよりももっと悪わるくなる。

ヨハネの第一の手紙(2か所)

ヨハネ第一4:2 神かみの霊れいはこうして見分みわけられる。イエス・キリストが人ひととなってこの世よに来こられたと認みとめる霊れいは、みな神かみから出でたものだ。

ヨハネ第一4:17 こうして、愛あいはわたしたちの中なかで完全かんぜんなものになった。だから、わたしたちは裁さばきの日ひにも堂々どうどうとしていられる。この世よで、わたしたちもキリストと同おなじようになっているからだ。

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