「この世」(このよ)が出てくる聖書の箇所

「この世」(このよ)は口語訳の85か所(旧約5・新約80)に出てきます。「此の世」も含みます。日常訳第1版では108か所。

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サムエル記上(2か所)

サムエル第一20:31 エッサイの子こがこの世よに生いきながらえている間あいだは、あなたも、あなたの王国おうこくも堅かたく立たっていくことはできない。それゆえ今いま、人ひとをつかわして、彼かれをわたしのもとに連つれてこさせなさい。彼かれは必かならず死しななければならない」。

サムエル第一25:28 どうぞ、はしためのとがを許ゆるしてください。主しゅは必かならずわが君きみのために確たしかな家いえを造つくられるでしょう。わが君きみが主しゅのいくさを戦たたかい、またこの世よに生いきながらえられる間あいだ、あなたのうちに悪わるいことが見みいだされないからです。

詩篇(1か所)

詩篇17:14 主しゅよ、み手てをもって人々ひとびとからわたしをお救すくいください。すなわち自分じぶんの分わけ前まえをこの世よで受うけ、あなたの宝たからをもってその腹はらを満みたされる世よの人々ひとびとからわたしをお救すくいください。彼かれらは多おおくの子こに飽あき足たり、その富とみを幼おさな子ごに残のこすのです。

箴言(1か所)

箴言11:31 もし正ただしい者ものがこの世よで罰ばっせられるならば、悪あしき者ものと罪つみびととは、なおさらである。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書16:9 万まん軍ぐんの主しゅ、イスラエルの神かみはこう言いわれる、見みよ、あなたの目めの前まえで、あなたのなおこの世よにいる間あいだに、わたしは喜よろこびの声こえと楽たのしみの声こえ、花婿はなむこの声こえと花嫁はなよめの声こえとをこの所ところに絶たやしてしまう。

マタイによる福音書(4か所)

マタイ4:8 次つぎに悪魔あくまは、イエスを非常ひじょうに高たかい山やまに連つれて行いき、この世よのすべての国々くにぐにとその栄華えいがとを見みせて

マタイ12:32 また人ひとの子こに対たいして言いいい逆さからう者ものは、ゆるされるであろう。しかし、聖霊せいれいに対たいして言いいい逆さからう者ものは、この世よでも、きたるべき世よでも、ゆるされることはない。

マタイ17:25 ペテロは「納おさめておられます」と言いった。そして彼かれが家いえにはいると、イエスから先さきに話はなしかけて言いわれた、「シモン、あなたはどう思おもうか。この世よの王おうたちは税ぜいや貢みつぎをだれから取とるのか。自分じぶんの子こからか、それとも、ほかの人ひとたちからか」。

マタイ18:7 この世よは、罪つみの誘惑ゆうわくがあるから、わざわいである。罪つみの誘惑ゆうわくは必かならず来くる。しかし、それをきたらせる人ひとは、わざわいである。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ12:30 これらのものは皆みな、この世よの異邦いほう人にんが切せつに求もとめているものである。あなたがたの父ちちは、これらのものがあなたがたに必要ひつようであることを、ご存ぞんじである。

ルカ16:8 ところが主人しゅじんは、この不正ふせいな家令かれいの利口りこうなやり方かたをほめた。この世よの子こらはその時代じだいに対たいしては、光ひかりの子こらよりも利口りこうである。

ルカ20:34 イエスは彼かれらに言いわれた、「この世よの子こらは、めとったり、とついだりするが、

ヨハネによる福音書(29か所)

ヨハネ3:16 神かみはそのひとり子こを賜たまわったほどに、この世よを愛あいして下くださった。それは御子みこを信しんじる者ものがひとりも滅ほろびないで、永遠えいえんの命いのちを得えるためである。

ヨハネ3:17 神かみが御子みこを世よにつかわされたのは、世よをさばくためではなく、御子みこによって、この世よが救すくわれるためである。

ヨハネ3:19 そのさばきというのは、光ひかりがこの世よにきたのに、人々ひとびとはそのおこないが悪わるいために、光ひかりよりもやみの方ほうを愛あいしたことである。

ヨハネ6:33 神かみのパンは、天てんから下くだってきて、この世よに命いのちを与あたえるものである」。

ヨハネ8:23 イエスは彼かれらに言いわれた、「あなたがたは下したから出でた者ものだが、わたしは上うえからきた者ものである。あなたがたはこの世よの者ものであるが、わたしはこの世よの者ものではない。

ヨハネ9:5 わたしは、この世よにいる間あいだは、世よの光ひかりである」。

ヨハネ9:39 そこでイエスは言いわれた、「わたしがこの世よにきたのは、さばくためである。すなわち、見みえない人ひとたちが見みえるようになり、見みえる人ひとたちが見みえないようになるためである」。

ヨハネ11:9 イエスは答こたえられた、「一いち日にちには十じゅう二に時間じかんあるではないか。昼間ひるまあるけば、人ひとはつまずくことはない。この世よの光ひかりを見みているからである。

ヨハネ11:27 マルタはイエスに言いった、「主しゅよ、信しんじます。あなたがこの世よにきたるべきキリスト、神かみの御子みこであると信しんじております」。

ヨハネ12:25 自分じぶんの命いのちを愛あいする者ものはそれを失うしない、この世よで自分じぶんの命いのちを憎にくむ者ものは、それを保たもって永遠えいえんの命いのちに至いたるであろう。

ヨハネ12:31 今いまはこの世よがさばかれる時ときである。今いまこそこの世よの君きみは追おい出だされるであろう。

ヨハネ12:46 わたしは光ひかりとしてこの世よにきた。それは、わたしを信しんじる者ものが、やみのうちにとどまらないようになるためである。

ヨハネ12:47 たとい、わたしの言いうことを聞きいてそれを守まもらない人ひとがあっても、わたしはその人ひとをさばかない。わたしがきたのは、この世よをさばくためではなく、この世よを救すくうためである。

ヨハネ13:1 過越すぎこしの祭まつりの前まえに、イエスは、この世よを去さって父ちちのみもとに行いくべき自分じぶんの時ときがきたことを知しり、世よにいる自分じぶんの者ものたちを愛あいして、彼かれらを最後さいごまで愛あいし通とおされた。

ヨハネ14:17 それは真理しんりの御ご霊れいである。この世よはそれを見みようともせず、知しろうともしないので、それを受うけることができない。あなたがたはそれを知しっている。なぜなら、それはあなたがたと共ともにおり、またあなたがたのうちにいるからである。

ヨハネ14:30 わたしはもはや、あなたがたに、多おおくを語かたるまい。この世よの君きみが来くるからである。だが、彼かれはわたしに対たいして、なんの力ちからもない。

ヨハネ15:18 もしこの世よがあなたがたを憎にくむならば、あなたがたよりも先さきにわたしを憎にくんだことを、知しっておくがよい。

ヨハネ15:19 もしあなたがたがこの世よから出でたものであったなら、この世よは、あなたがたを自分じぶんのものとして愛あいしたであろう。しかし、あなたがたはこの世よのものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの世よから選えらび出だしたのである。だから、この世よはあなたがたを憎にくむのである。

ヨハネ16:11 さばきについてと言いったのは、この世よの君きみがさばかれるからである。

ヨハネ16:20 よくよくあなたがたに言いっておく。あなたがたは泣なき悲かなしむが、この世よは喜よろこぶであろう。あなたがたは憂うれえているが、その憂うれいは喜よろこびに変かわるであろう。

ヨハネ16:21 女おんなが子こを産うむ場合ばあいには、その時ときがきたというので、不安ふあんを感かんじる。しかし、子こを産うんでしまえば、もはやその苦くるしみをおぼえてはいない。ひとりの人ひとがこの世よに生うまれた、という喜よろこびがあるためである。

ヨハネ16:28 わたしは父ちちから出でてこの世よにきたが、またこの世よを去さって、父ちちのみもとに行いくのである」。

ヨハネ16:33 これらのことをあなたがたに話はなしたのは、わたしにあって平安へいあんを得えるためである。あなたがたは、この世よではなやみがある。しかし、勇気ゆうきを出だしなさい。わたしはすでに世よに勝かっている」。

ヨハネ17:9 わたしは彼かれらのためにお願ねがいします。わたしがお願ねがいするのは、この世よのためにではなく、あなたがわたしに賜たまわった者ものたちのためです。彼かれらはあなたのものなのです。

ヨハネ17:11 わたしはもうこの世よにはいなくなりますが、彼かれらはこの世よに残のこっており、わたしはみもとに参まいります。聖せいなる父ちちよ、わたしに賜たまわった御名ぎょめいによって彼かれらを守まもって下ください。それはわたしたちが一ひとつであるように、彼かれらも一ひとつになるためであります。

ヨハネ17:25 正ただしい父ちちよ、この世よはあなたを知しっていません。しかし、わたしはあなたを知しり、また彼かれらも、あなたがわたしをおつかわしになったことを知しっています。

ヨハネ18:20 イエスは答こたえられた、「わたしはこの世よに対たいして公然こうぜんと語かたってきた。すべてのユダヤ人にんが集あつまる会堂かいどうや宮みやで、いつも教おしえていた。何事なにごとも隠かくれて語かたったことはない。

ヨハネ18:36 イエスは答こたえられた、「わたしの国くにはこの世よのものではない。もしわたしの国くにがこの世よのものであれば、わたしに従したがっている者ものたちは、わたしをユダヤ人にんに渡わたさないように戦たたかったであろう。しかし事実じじつ、わたしの国くにはこの世よのものではない」。

ヨハネ18:37 そこでピラトはイエスに言いった、「それでは、あなたは王おうなのだな」。イエスは答こたえられた、「あなたの言いうとおり、わたしは王おうである。わたしは真理しんりについてあかしをするために生うまれ、また、そのためにこの世よにきたのである。だれでも真理しんりにつく者ものは、わたしの声こえに耳みみを傾かたむける」。

ローマ人への手紙(3か所)

ローマ3:6 断だんじてそうではない。もしそうであったら、神かみはこの世よを、どうさばかれるだろうか。

ローマ5:12 このようなわけで、ひとりの人ひとによって、罪つみがこの世よにはいり、また罪つみによって死しがはいってきたように、こうして、すべての人ひとが罪つみを犯おかしたので、死しが全ぜん人類じんるいにはいり込こんだのである。

ローマ12:2 あなたがたは、この世よと妥協だきょうしてはならない。むしろ、心こころを新あらたにすることによって、造つくりかえられ、何なんが神かみの御お旨むねであるか、何なんが善ぜんであって、神かみに喜よろこばれ、かつ全ぜんきことであるかを、わきまえ知しるべきである。

コリント人への第一の手紙(18か所)

コリント第一1:20 知者ちしゃはどこにいるか。学者がくしゃはどこにいるか。この世よの論ろん者しゃはどこにいるか。神かみはこの世よの知恵ちえを、愚おろかにされたではないか。

コリント第一1:21 この世よは、自分じぶんの知恵ちえによって神かみを認みとめるに至いたらなかった。それは、神かみの知恵ちえにかなっている。そこで神かみは、宣教せんきょうの愚おろかさによって、信しんじる者ものを救すくうこととされたのである。

コリント第一1:27 それだのに神かみは、知者ちしゃをはずかしめるために、この世よの愚おろかな者ものを選えらび、強つよい者ものをはずかしめるために、この世よの弱よわい者ものを選えらび、

コリント第一1:28 有力ゆうりょくな者ものを無力むりょくな者ものにするために、この世よで身分みぶんの低ひくい者ものや軽かろんじられている者もの、すなわち、無なきに等ひとしい者ものを、あえて選えらばれたのである。

コリント第一2:6 しかしわたしたちは、円熟えんじゅくしている者ものの間あいだでは、知恵ちえを語かたる。この知恵ちえは、この世よの者ものの知恵ちえではなく、この世よの滅ほろび行いく支配しはい者しゃたちの知恵ちえでもない。

コリント第一2:8 この世よの支配しはい者しゃたちのうちで、この知恵ちえを知しっていた者ものは、ひとりもいなかった。もし知しっていたなら、栄光えいこうの主しゅを十字じゅうじ架かにつけはしなかったであろう。

コリント第一2:12 ところが、わたしたちが受うけたのは、この世よの霊れいではなく、神かみからの霊れいである。それによって、神かみから賜たまわった恵めぐみを悟さとるためである。

コリント第一3:18 だれも自分じぶんを欺あざむいてはならない。もしあなたがたのうちに、自分じぶんがこの世よの知者ちしゃだと思おもう人ひとがいるなら、その人ひとは知者ちしゃになるために愚おろかになるがよい。

コリント第一3:19 なぜなら、この世よの知恵ちえは、神かみの前まえでは愚おろかなものだからである。「神かみは、知者ちしゃたちをその悪あく知恵ちえによって捕とらえる」と書かいてあり、

コリント第一4:13 ののしられては優やさしい言葉ことばをかけている。わたしたちは今いまに至いたるまで、この世よのちりのように、人間にんげんのくずのようにされている。

コリント第一5:10 それは、この世よの不ふ品行ひんこうな者もの、貪欲どんよくな者もの、略奪りゃくだつをする者もの、偶像ぐうぞう礼拝れいはいをする者ものなどと全然ぜんぜん交際こうさいしてはいけないと、言いったのではない。もしそうだとしたら、あなたがたはこの世よから出でて行いかねばならないことになる。

コリント第一6:3 あなたがたは知しらないのか、わたしたちは御ご使しをさえさばく者ものである。ましてこの世よの事件じけんなどは、いうまでもないではないか。

コリント第一6:4 それだのに、この世よの事件じけんが起おこると、教会きょうかいで軽かろんじられている人ひとたちを、裁判さいばんの席せきにつかせるのか。

コリント第一7:31 世よと交渉こうしょうのある者ものは、それに深入ふかいりしないようにすべきである。なぜなら、この世よの有様ありさまは過すぎ去さるからである。

コリント第一7:33 結婚けっこんしている男子だんしはこの世よのことに心こころをくばって、どうかして妻つまを喜よろこばせようとして、その心こころが分わかれるのである。

コリント第一7:34 未婚みこんの婦人ふじんとおとめとは、主しゅのことに心こころをくばって、身みも魂たましいもきよくなろうとするが、結婚けっこんした婦人ふじんはこの世よのことに心こころをくばって、どうかして夫おっとを喜よろこばせようとする。

コリント第一11:32 しかし、さばかれるとすれば、それは、この世よと共ともに罪つみに定さだめられないために、主しゅの懲こらしめを受うけることなのである。

コリント第一15:19 もしわたしたちが、この世よの生活せいかつでキリストにあって単たんなる望のぞみをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人ひとの中なかで最ももっともあわれむべき存在そんざいとなる。

コリント人への第二の手紙(3か所)

コリント第二1:12 さて、わたしたちがこの世よで、ことにあなたがたに対たいし、人間にんげんの知恵ちえによってではなく神かみの恵めぐみによって、神かみの神聖しんせいと真実しんじつとによって行動こうどうしてきたことは、実じつにわたしたちの誇ほこりであって、良心りょうしんのあかしするところである。

コリント第二4:4 彼かれらの場合ばあい、この世よの神かみが不信ふしんの者ものたちの思おもいをくらませて、神かみのかたちであるキリストの栄光えいこうの福音ふくいんの輝かがやきを、見みえなくしているのである。

コリント第二7:10 神かみのみこころに添そうた悲かなしみは、悔くいのない救すくいを得えさせる悔改くいあらために導みちびき、この世よの悲かなしみは死しをきたらせる。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ4:3 それと同おなじく、わたしたちも子供こどもであった時ときには、いわゆるこの世よのもろもろの霊力れいりょくの下したに、縛しばられていた者ものであった。

ガラテヤ6:14 しかし、わたし自身じしんには、わたしたちの主しゅイエス・キリストの十字じゅうじ架か以外いがいに、誇ほこりとするものは、断だんじてあってはならない。この十字じゅうじ架かにつけられて、この世よはわたしに対たいして死しに、わたしもこの世よに対たいして死しんでしまったのである。

エペソ人への手紙(2か所)

エペソ1:21 彼かれを、すべての支配しはい、権威けんい、権力けんりょく、権勢けんせいの上うえにおき、また、この世よばかりでなくきたるべき世よにおいても唱となえられる、あらゆる名なの上うえにおかれたのである。

エペソ2:2 かつてはそれらの中なかで、この世よのならわしに従したがい、空中くうちゅうの権けんをもつ君きみ、すなわち、不ふ従順じゅうじゅんの子こらの中なかに今いまも働はたらいている霊れいに従したがって、歩あるいていたのである。

ピリピ人への手紙(2か所)

ピリピ1:23 わたしは、これら二ふたつのものの間あいだに板いたばさみになっている。わたしの願ねがいを言いえば、この世よを去さってキリストと共ともにいることであり、実じつは、その方ほうがはるかに望のぞましい。

ピリピ2:15 それは、あなたがたが責せめられるところのない純真じゅんしんな者ものとなり、曲まがった邪悪じゃあくな時代じだいのただ中なかにあって、傷きずのない神かみの子ことなるためである。あなたがたは、いのちの言葉ことばを堅かたく持もって、彼かれらの間あいだで星ほしのようにこの世よに輝かがやいている。

コロサイ人への手紙(2か所)

コロサイ1:26 その言げんの奥義おうぎは、代々だいだいにわたってこの世よから隠かくされていたが、今いまや神かみの聖徒せいとたちに明あきらかにされたのである。

コロサイ2:20 もしあなたがたが、キリストと共ともに死しんで世よのもろもろの霊力れいりょくから離はなれたのなら、なぜ、なおこの世よに生いきているもののように、

テモテへの第一の手紙(3か所)

テモテ第一1:15 「キリスト・イエスは、罪人ざいにんを救すくうためにこの世よにきて下くださった」という言葉ことばは、確実かくじつで、そのまま受うけいれるに足たるものである。わたしは、その罪人ざいにんのかしらなのである。

テモテ第一6:7 わたしたちは、何なんひとつ持もたないでこの世よにきた。また、何なんひとつ持もたないでこの世よを去さって行いく。

テモテ第一6:17 この世よで富とんでいる者ものたちに、命めいじなさい。高慢こうまんにならず、たよりにならない富とみに望のぞみをおかず、むしろ、わたしたちにすべての物ものを豊ゆたかに備そなえて楽たのしませて下くださる神かみに、のぞみをおくように、

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二4:10 デマスはこの世よを愛あいし、わたしを捨すててテサロニケに行いってしまい、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行いった。

テトスへの手紙(1か所)

テトス2:12 そして、わたしたちを導みちびき、不ふ信心しんじんとこの世よの情欲じょうよくとを捨すてて、慎つつしみ深ぶかく、正ただしく、信心しんじん深ふかくこの世よで生活せいかつし、

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル10:5 それだから、キリストがこの世よにこられたとき、次つぎのように言いわれた、「あなたは、いけにえやささげ物ものを望のぞまれないで、わたしのために、からだを備そなえて下くださった。

ヘブル11:38 (この世よは彼かれらの住すむ所ところではなかった)、荒野こうやと山やまの中なかと岩いわの穴あなと土つちの穴あなとを、さまよい続つづけた。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ2:5 愛あいする兄弟きょうだいたちよ。よく聞きききなさい。神かみは、この世よの貧まずしい人ひとたちを選えらんで信仰しんこうに富とませ、神かみを愛あいする者ものたちに約束やくそくされた御お国くにの相続そうぞく者しゃとされたではないか。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:11 愛あいする者ものたちよ。あなたがたに勧すすめる。あなたがたは、この世よの旅人たびびとであり寄留きりゅう者しゃであるから、たましいに戦たたかいをいどむ肉にくの欲よくを避さけなさい。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二2:20 彼かれらが、主しゅまた救主すくいぬしなるイエス・キリストを知しることにより、この世よの汚よごれからのがれた後あと、またそれに巻まき込こまれて征服せいふくされるならば、彼かれらの後あとの状態じょうたいは初はじめよりも、もっと悪わるくなる。

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一4:17 わたしたちもこの世よにあって彼かれのように生いきているので、さばきの日ひに確信かくしんを持もって立たつことができる。そのことによって、愛あいがわたしたちに全まっとうされているのである。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録11:15 第だい七ななの御ご使しが、ラッパを吹ふき鳴ならした。すると、大おおきな声々こえごえが天てんに起おこって言いった、「この世よの国くには、われらの主しゅとそのキリストとの国くにとなった。主しゅは世々せいせい限かぎりなく支配しはいなさるであろう」。

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