「行う」(おこなう)が出てくる聖書の箇所

「行う」(おこなう)は日常訳第1版の766か所(旧約603・新約163)に出てきます。「おこなう」「行える」も含みます。口語訳では1126か所。

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766か所を200か所ずつ4ページに分けています(4ページ目)。

マラキ書(6か所)

マラキ書3:17 「彼かれらはわたしのものとなる」と、万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。「わたしが事ことを行おこなうその日ひ、彼かれらはわたしの宝たからとなる。人ひとが、自分じぶんに仕つかえる息子むすこをいたわるように、わたしは彼かれらをいたわる。

マラキ書4:1 万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。見みよ、炉ろのように燃もえる日ひがやって来くる。その日ひ、高たかぶる者ものも悪あくを行おこなう者ものも、みなわらのようになる。やって来くるその日ひは彼かれらを焼やき尽つくし、根ねも枝えだも残のこさない。

マラキ書4:3 あなたたちは悪人あくにんを踏ふみつける。わたしが事ことを行おこなうその日ひ、彼かれらはあなたたちの足あしの裏うらの下もとで、灰はいのようになる」と、天てんの軍勢ぐんぜいの主しゅは言いわれる。

マタイによる福音書(9か所)

マタイ6:10 御み国くにが来きますように。み心こころが天てんで行おこなわれているとおり、この地ちでも行おこなわれますように。

マタイ7:21 わたしに向むかって『主しゅよ、主しゅよ』と言いう人ひとがみな天てんの国くにに入いれるわけではない。わたしの天てんの父ちちが望のぞむことを実際じっさいに行おこなう人ひとが入いれるのだ。

マタイ7:22 その日ひ、多おおくの人ひとがわたしにこう言ゆうだろう。「主しゅよ、主しゅよ、わたしたちはあなたの名なによって神かみの言葉ことばを語かたり、あなたの名なによって悪霊あくれいを追おい出だし、あなたの名なによっていくつもの奇跡きせきを行おこなったではありませんか。」

マタイ11:21 「災わざわいだ、コラジンよ。災わざわいだ、ベツサイダよ。あなたたちの間あいだで行おこなわれた数々かずかずの奇跡きせきが、もしティルスとシドンで行おこなわれていたら、その町まちの人ひとたちはとっくの昔むかしに、粗あらい布ぬのを身みにまとい、灰はいをかぶって、心こころを入いれ替かえていたはずだ。

マタイ11:23 また、カファルナウム、あなたは天てんまで上あげられるとでも思おもっているのか。あなたは陰府よみにまで落おとされる。あなたの町まちで行おこなわれた数々かずかずの奇跡きせきが、もしソドムで行おこなわれていたら、その町まちは今日きょうまで残のこっていたはずだ。

マタイ12:50 天てんにいるわたしの父ちちが望のぞむことを行おこなう人ひとは、だれでもわたしの兄弟きょうだいであり、姉妹しまいであり、母ははなのだ」

マタイ15:19 悪わるい考かんがえは心こころの中なかから出でてくる。人殺ひとごろし、不倫ふりん、みだらな行おこない、盗ぬすみ、うその証言しょうげん、人ひとを傷きずつける悪口わるぐちも。

マタイ16:27 人ひとの子こは、父ちちの栄光えいこうを帯おびて、天使てんしたちとともにやって来くる。そしてそのとき、それぞれのおこないに応おうじて報むくいを与あたえるのだ。

マタイ24:24 偽にせキリストや偽にせ預言よげん者しゃが現あらわれて、大おおきなしるしや不思議ふしぎなわざを行おこなう。できるなら神かみに選えらばれた人ひとたちさえもだまそうとする。

マルコによる福音書(5か所)

マルコ3:35 神かみが望のぞむことを行おこなう人ひとこそ、わたしの兄弟きょうだいであり、姉妹しまいであり、母ははなのだ。」

マルコ7:21 内側うちがわから、つまり人ひとの心こころから、悪わるい考かんがえが出でてくるからだ。淫みだらな行おこない、盗ぬすみ、殺人さつじん、

マルコ7:22 不倫ふりん、貪むさぼり、悪意あくい、ごまかし、みだらな行おこない、ねたみ、悪口わるぐち、高慢こうまん、愚おろかさ。

マルコ9:39 イエスは言いった。「やめさせてはいけない。わたしの名なで奇跡きせきを行おこなう者ものが、その後あとすぐにわたしの悪口わるぐちを言いうことなんてできないのだから。

マルコ14:36 そして言いった。「アッバ、父ちちよ。あなたには、どんなことでもできます。この杯さかずきをわたしから取とりのけてください。でも、わたしが望のぞむことではなく、あなたが望のぞむことが行おこなわれますように。」

ルカによる福音書(11か所)

ルカ2:2 これは、クレニオがシリアの総督そうとくだったときに行おこなわれた、最初さいしょの住民じゅうみん登録とうろくだった。

ルカ3:8 だったら、心こころを入いれかえたことが行おこないにあらわれるような実みを結むすびなさい。『自分じぶんたちにはアブラハムという先祖せんぞがいる』などと思おもいはじめてはいけない。よく聞きききなさい。神かみはその気きになれば、こんな石いしころからでもアブラハムの子孫しそんを起おこすことができるのだ。

ルカ6:46 あなたたちは、なぜわたしを『主しゅよ、主しゅよ』と呼よぶのに、わたしの言いうことを行おこなわないのか。

ルカ6:47 わたしのところに来きて、わたしの言葉ことばを聞ききき、そのとおりに行おこなう人ひとがみな、どんな人ひとに似にているか教おしえよう。

ルカ6:49 でも、わたしの言葉ことばを聞きいても行おこなわない人ひとは、土台どだいなしに地面じめんの上うえに家いえを建たてた人ひとに似にている。川かわの水みずが襲おそいかかると、家いえはたちまち倒たおれ、めちゃくちゃに壊こわれてしまった。」

ルカ8:21 でもイエスは答こたえた。「わたしの母はは、わたしの兄弟きょうだいとは、神かみの言葉ことばを聞きいて、それを行おこなう人ひとたちのことだ。」

ルカ10:13 コラジンよ、あなたは不幸ふこうだ。ベツサイダよ、あなたは不幸ふこうだ。あなたたちの間あいだで行おこなわれた奇跡きせきが、もしティルスとシドンで行おこなわれていたら、その町まちの人ひとたちはとっくに荒布あらめをまとい、灰はいをかぶって座すわり、心こころを入いれ替かえていたはずだ。

ルカ11:42 でも、あなたたちファリサイ派はの人ひとは不幸ふこうだ。ミントやヘンルーダなど、あらゆる野菜やさいは十分じゅうぶんの一いちをきちんと納おさめる。それなのに、正ただしい裁さばきと神かみへの愛あいはおろそかにしている。こちらこそ行おこなうべきなのに、あちらもおろそかにしてはいけなかったのだ。

ルカ13:27 しかし主人しゅじんは言ゆう。『おまえたちがどこの者ものか、わたしは知しらない。悪あくを行おこなう者ものたちよ、みなわたしから離はなれて行いけ。』

ルカ23:8 イエスを見みて、ヘロデはとても喜よろこんだ。前々まえまえからイエスに会あいたいと思おもっていたのだ。うわさをいろいろ聞きいていて、イエスが何なんかしるしを行おこなうのを見みたいと期待きたいしていたからだ。

ルカ23:51 彼かれは、議会ぎかいの決定けっていやその行おこないに賛成さんせいしてはいなかった。ユダヤのアリマタヤという町まちの出身しゅっしんで、神かみの御み国くにを待まち望のぞんでいた。

ヨハネによる福音書(20か所)

ヨハネ2:11 これが、イエスが行おこなった最初さいしょのしるしである。ガリラヤのカナでのことだった。こうしてイエスはご自分じぶんの栄光えいこうを現あらわし、弟子でしたちはイエスを信しんじた。

ヨハネ2:23 イエスが過越すぎこし祭まつりのあいだエルサレムにいたとき、多おおくの人ひとが、イエスの行おこなっていたしるしを見みて、その名なを信しんじた。

ヨハネ3:2 この人ひとがある夜よる、イエスのもとにやって来きて言いった。「先生せんせい、わたしたちはあなたが神かみのもとから来こられた教師きょうしだと分わかっています。神かみが共ともにおられなければ、あなたのなさっているようなしるしを、だれも行おこなうことはできませんから。」

ヨハネ3:21 しかし、真理しんりを行おこなう者ものは光ひかりの方ほうに来くる。自分じぶんの行おこないが神かみによってなされたということが、はっきり示しめされるためである。

ヨハネ4:34 わたしの食たべ物ものとは、わたしを送おくってくださった方かたの望のぞみを行おこない、その仕事しごとを成なし遂とげることだ。

ヨハネ5:27 そして、この方かたに、さばきを行おこなう権威けんいをお与あたえになった。人ひとの子こだからである。

ヨハネ5:29 善ぜんを行おこなった人々ひとびとは、いのちを受うけるためによみがえる。悪あくを行おこなった人々ひとびとは、さばきを受うけるためによみがえる。それぞれ、墓はかから出でてくるのだ。

ヨハネ6:14 人々ひとびとはイエスの行おこなったこのしるしを見みて、こう言いった。「この人ひとこそ、世よに来くるはずの預言よげん者しゃだ。本当ほんとうに間違まちがいない」

ヨハネ6:28 神かみのわざを行おこなうために、わたしたちは何なんをすればいいのでしょうか。

ヨハネ7:4 自分じぶんの存在そんざいを世よに知しってもらいたいと思おもう人ひとで、こっそり物事ものごとを行おこなう人ひとはいない。こうしたことをしているのなら、堂々どうどうと世よに自分じぶんを示ししめしなさい」

ヨハネ7:17 神かみのみこころを行おこなおうとする人ひとなら、だれでも分わかる。わたしが語かたっているこの教おしえが神かみから来きたものか、それともわたし自身じしんが勝手かってに話はなしているだけなのかが。

ヨハネ9:16 ある人ひとたちは言いった。「あの人ひとは安息あんそく日ひを守まもっていない。だから神かみから来きた人ひとではない。」でも、ほかの人ひとたちはこう言いった。「罪人ざいにんに、どうしてこんなしるしが行おこなえるだろう。」こうして、ファリサイ派はの人ひとたちの間あいだで意見いけんが分わかれた。

ヨハネ10:22 そのころ、エルサレムで神殿しんでん奉献ほうけん祭さいが行おこなわれていた。冬ふゆのことだった。

ヨハネ10:37 もしわたしが父ちちのわざを行おこなっていないのなら、わたしを信しんじなくていい。

ヨハネ10:41 多おおくの人ひとがイエスのところにやってきて、こう言い合っいいあった。「ヨハネは一ひとつもしるしを行おこなわなかった。でも、ヨハネがこの人ひとについて言いったことは、全部ぜんぶ本当ほんとうだった」

ヨハネ12:18 群衆ぐんしゅうがイエスを迎むかえに出でたのは、イエスがこのしるしを行おこなったと聞きいていたからだ。

ヨハネ12:37 これほど多おおくのしるしを人々ひとびとの前まえで行おこなったのに、彼かれらはイエスを信しんじなかった。

ヨハネ14:10 わたしが父ちちの中なかにいて、父ちちがわたしの中なかにいる。それが信しんじられないのか。わたしがあなたたちに話はなしている言葉ことばは、わたしが自分じぶんから話はなしているのではない。わたしの中なかにいる父ちちが、そのわざを行おこなっているんだ。

ヨハネ15:14 あなたがたは、わたしが命めいじることを行おこなうなら、わたしの友ともだ。

ヨハネ20:30 イエスは弟子でしたちの前まえで、ほかにもたくさんのしるしを行おこなった。それはこの本ほんには書かかかれていない。

使徒行伝(20か所)

使徒1:1 テオフィロさん、わたしは最初さいしょの書しょで、イエスが行おこない、また教おしえ始はじめたすべてのことを書かきました。

使徒2:22 イスラエルのみなさん、この言葉ことばを聞きいてください。ナザレのイエスは、神かみがあなたがたに証あかしされた方かたです。神かみはこのイエスを通とおして、あなたがたの間あいだで力ちからあるわざと不思議ふしぎとしるしを行おこなわれました。あなたがた自身じしんがよく知しっているとおりです。

使徒2:43 人々ひとびとはみな、おそれを感かんじました。そして使徒しとたちを通とおして、多おおくの不思議ふしぎなわざとしるしが行おこなわれました。

使徒5:12 使徒しとたちの手てによって、多おおくのしるしと不思議ふしぎなことが人々ひとびとの間あいだで行おこなわれた。そして、信しんじる人ひとたちはみな、心こころを一ひとつにして、ソロモンの回廊かいろうに集あつまっていた。

使徒6:8 さて、ステファノは恵めぐみと力ちからに満みちていて、人々ひとびとの間あいだで数々かずかずの驚おどろくべきしるしや奇跡きせきを行おこなっていた。

使徒7:22 モーセはエジプト人じんのあらゆる知恵ちえを教おしえ込こまれ、言葉ことばでも行おこないでも力ちからのある人ひとになった。

使徒7:36 このモーセが、エジプトの地ちで、また紅海こうかいで、さらに四十よんじゅう年ねんにわたる荒あれ野ので、数々かずかずの不思議ふしぎなわざとしるしを行おこない、人々ひとびとを導みちびき出だしたのである。

使徒8:6 群衆ぐんしゅうは、フィリポの話はなしに耳みみを傾かたむけ、彼かれが行おこなう奇跡きせきを目めにして、心こころを一ひとつにして聞き入っききいった。

使徒10:35 どの国くにの人ひとであっても、神かみを敬うやまい、正ただしいことを行おこなう人ひとを、神かみは受うけ入いれてくださいます。

使徒10:39 わたしたちは、イエスがユダヤ人じんの地ちとエルサレムで行おこなったすべてのことの証人しょうにんです。人々ひとびとはそのイエスを木きにかけて殺ころしました。

使徒13:22 そして神かみはサウロを退しりぞけ、代かわりにダビデを立たてて彼かれらの王おうとされた。神かみはダビデについて、こう証あかしされた。『わたしはエッサイの子こダビデを見みつけた。彼かれはわたしの心こころにかなう者もので、わたしの望のぞむことをすべて行おこなう。』

使徒13:41 「見みよ、人ひとを見下みくだす者ものたち。驚おどろき、そして滅ほろび去され。わたしはあなたたちの時代じだいに、一ひとつのことを行おこなう。それは、だれかが説明せつめいしても、あなたたちが決けっして信しんじないようなことだ。」

使徒15:12 すると、集あつまっていた人ひとたちはみな静しずかになった。そして、バルナバとパウロが、神かみが自分じぶんたちを通とおして外国がいこくの人ひとたちの間あいだで行おこなわれた数々かずかずのしるしや不思議ふしぎを語かたるのに、じっと耳みみを傾かたむけた。

使徒15:17 それは、残のこされた人ひとたちが、そしてわたしの名なで呼よばれるすべての外国がいこくの人ひとたちが、主しゅを求もとめるようになるためだ。これらのことを行おこなう主しゅが、そう言いわれる。

使徒16:21 ローマ人じんであるわたしたちが受うけ入いれることも、行おこなうことも許ゆるされない習慣しゅうかんを広ひろめているのです。」

使徒17:31 神かみは、この世界せかいを義ぎによってさばく日ひを決きめているからです。そのさばきを行おこなうのは、神かみが選えらんだ一人ひとりの人ひとです。神かみはその人ひとを死者ししゃの中なかから復活ふっかつさせることで、すべての人ひとにその証拠しょうこを示ししめしたのです。」

使徒19:11 神かみは、パウロの手てを通とおして、並外なみはずれた奇跡きせきを次々つぎつぎに行おこなわれた。

使徒19:19 また、魔術まじゅつを行おこなっていた者ものが大勢おおぜい、自分じぶんの本ほんを持もち寄よって、みなの前まえで焼やき捨すてた。その値段ねだんを計算けいさんしてみると、銀貨ぎんか五ご万まん枚まいにもなった。

使徒21:14 パウロが聞き入れききいれてくれないので、わたしたちは「主しゅのみこころが行おこなわれますように」と言いって、それ以上いじょうは黙だまった。

使徒24:2 パウロが呼よび出だされると、テルティロは訴うったえを始はじめてこう言いった。「わたしたちは、あなたのおかげで大おおきな平安へいあんを保たもっています。そして、あなたの深ふかい配慮はいりょによって、この国くにのためにさまざまな改善かいぜんが行おこなわれています。

ローマ人への手紙(20か所)

ローマ1:18 なぜなら、神かみの怒いかりが天てんから現あらわれるからだ。真理しんりを不正ふせいによって押おさえつけている人々ひとびとの、神かみを敬うやまわないすべての行おこないと、あらゆる不正ふせいに対たいして。

ローマ1:27 同おなじように、男おとこたちも女おんなとの自然しぜんな関係かんけいを捨すて、互たがいへの欲望よくぼうに燃もえ上あがった。男おとこが男おとこと恥はずべきことを行おこない、その道みちを外はずれた生いき方かたにふさわしい報むくいを、自分じぶん自身じしんの身みに受うけたのだ。

ローマ2:2 わたしたちは知しっている。このようなことを行おこなう者ものに対たいして、神かみのさばきが真理しんりにもとづいて下くだることを。

ローマ2:6 神かみは一人ひとりひとりひとりに、その行おこないにしたがって報むくいる。

ローマ2:7 善ぜんを忍耐にんたい強つよく行おこない、栄光えいこうと誉ほまれと朽くちないものを求もとめる人ひとには、永遠えいえんのいのちが与あたえられる。

ローマ2:9 悪あくを行おこなうすべての人ひとには、まずユダヤ人じんに、そしてギリシャ人じんにも、苦くるしみと悩なやみがふりかかる。

ローマ2:10 善ぜんを行おこなうすべての人ひとには、栄光えいこうと誉ほまれと平安へいあんが与あたえられる。まずユダヤ人じんに、そしてギリシャ人じんにも。

ローマ2:14 異邦いほう人にんは律法りっぽうを持もっていない。それでも、その律法りっぽうが命めいじることを生うまれつき行おこなうことがある。そういう人ひとたちは、律法りっぽうを持もたなくても、自分じぶん自身じしんが自分じぶんにとっての律法りっぽうなのだ。

ローマ2:15 彼かれらは律法りっぽうの要求ようきゅうが心こころに記しるされていることを、行おこないによって示ししめしている。彼かれらの良心りょうしんもそれを一緒いっしょに証ししょうしし、心こころの中なかの考かんがえは、あるいは互たがいを責せめ、あるいは弁明べんめいする。

ローマ3:12 すべての人ひとが正ただしい道みちから離はなれ、みんなそろって役やくに立たたたない者ものになってしまった。善ぜんを行おこなう人ひとはいない。ひとりもいない。

ローマ3:28 わたしたちは、こう考かんがえている。人ひとが神かみに正ただしいと認みとめられるのは、律法りっぽうを守まもる行おこないによるのではなく、信仰しんこうによるのだ。

ローマ4:2 アブラハムが自分じぶんの行おこないによって義ぎと認みとめられたのなら、彼かれには誇ほこるものがある。でも、神かみの前まえでは誇ほこれない。

ローマ5:18 だから、こういうことだ。一人ひとりの罪つみによってすべての人ひとが有罪ゆうざいとされたように、一人ひとりの正ただしい行おこないによって、すべての人ひとにいのちを与あたえる義ぎがもたらされる。

ローマ7:18 わたしのうちに、つまりこの肉にくのうちには、良よいものが住すんでいない。それはわかっている。良よいことをしたいという思おもいはあるのに、それを実際じっさいに行おこなうことはできないからだ。

ローマ7:19 わたしは自分じぶんが望のぞんでいる善ぜんは行おこなわず、望のぞんでいない悪あくを行おこなっている。

ローマ9:12 兄あにが弟おとうとに仕つかえるようになる——これは、行おこないによってではなく、召めしてくださる方かたによって決きまる。だから彼女かのじょはこう告つげられたのだ。

ローマ9:32 なぜだろうか。信仰しんこうによってではなく、行おこないによって手てに入いれようとしたからだ。彼かれらは、あのつまずきの石いしにつまずいてしまった。

ローマ10:5 モーセは、律法りっぽうによって義ぎを得える道みちについて、こう書かいている。「律法りっぽうを行おこなう人ひとは、それによって生いきる。」

ローマ11:6 でも、恵めぐみによるのなら、もう行おこないによるのではない。そうでなければ、恵めぐみはもう恵めぐみではなくなってしまう。

ローマ15:18 わたしは、キリストがわたしを通とおしてなさったこと以外いがいは、あえて話はなすつもりはない。キリストは、わたしの言葉ことばと行おこないによって、ユダヤ人じん以外いがいの人々ひとびとを神かみに従したがわせるために働はたらいてくださった。

コリント人への第一の手紙(9か所)

コリント第一11:24 感謝かんしゃの祈いのりをささげてからそれを裂さき、こう言いわれた。「これは、あなたがたのためのわたしの体からだである。わたしを覚おぼえて、これを行おこないなさい。」

コリント第一11:25 杯さかずきについても同おなじようにされた。食事しょくじのあとで杯さかずきを取とり、こう言いわれた。「この杯さかずきは、わたしの血ちによって結むすばれる新あたらしい契約けいやくである。飲のむたびに、わたしを覚おぼえて、これを行おこないなさい。」

コリント第一12:6 働はたらきにもいろいろな種類しゅるいがある。でも、すべての人ひとの中なかですべてを行おこなう神かみは同おなじ方かただ。

コリント第一12:10 ある人ひとには奇跡きせきを行おこなう力ちからが、ある人ひとには預言よげんが、ある人ひとには霊れいを見分みわける力ちからが、ある人ひとにはいろいろな種類しゅるいの異言いげんが、ある人ひとにはその異言いげんを解とき明あかす力ちからが与あたえられる。

コリント第一12:28 神かみは教会きょうかいの中なかに、いろいろな役割やくわりを置おいてくださった。まず使徒しと、次つぎに預言よげん者しゃ、三さん番ばん目めに教師きょうし。それから奇跡きせきを行おこなう力ちから、病気びょうきを治なおす賜物たまもの、人ひとを助たすける働はたらき、まとめて導みちびく働はたらき、さまざまな種類しゅるいの言葉ことばを語かたる力ちからだ。

コリント第一12:29 みんなが使徒しとなのだろうか。みんなが預言よげん者しゃなのだろうか。みんなが教師きょうしなのだろうか。みんなが奇跡きせきを行おこなう力ちからを持もっているのだろうか。

コリント第一14:40 ただし、すべてのことを、きちんと、秩序ちつじょをもって行おこないなさい。

コリント第一16:4 わたし自身じしんも行おこなったほうがよければ、その人ひとたちはわたしと一緒いっしょに行いくことになる。

コリント第一16:14 何なんをするにも、すべてを愛あいをもって行おこないなさい。

コリント人への第二の手紙(5か所)

コリント第二2:3 だから、わたしはあのことを書かいた。わたしが行おこなったとき、本来ほんらいなら喜よろこばせてくれるはずのあなたたちから、かえって悲かなしみを受うけることのないようにだ。わたしの喜よろこびは、あなたたち全員ぜんいんの喜よろこびでもあると、みんなを信しんじているから。

コリント第二11:15 だから、サタンに仕つかえる者ものたちが、義ぎに仕つかえる者もののように装よそおったところで、たいしたことではない。彼かれらの最後さいごは、その行おこないにふさわしいものとなる。

コリント第二12:12 使徒しとであることのしるしは、あらゆる忍耐にんたいをもって、しるしと不思議ふしぎと力ちからあるわざによって、あなたたちの間あいだで確たしかに行おこなわれた。

コリント第二12:21 そして、もう一いち度どそちらに行いくとき、わたしの神かみがあなたたちの前まえでわたしを打うちのめし、わたしが多おおくの人ひとのことで嘆なげくことになるのではないか。以前いぜんに罪つみを犯おかしながら、その汚よごれた行おこない、みだらな行おこない、放縦ほうしょうな行おこないを悔くい改あらためていない人ひとたちのことで。

コリント第二13:2 二に度ど目めにそちらにいたときにも言いったが、今いまは離はなれていながら、前まえもって言いっておく。以前いぜんに罪つみを犯おかした人ひとたちにも、そのほかのすべての人ひとにも言ゆう。もう一いち度ど行おこなったときには、容赦ようしゃしない。

ガラテヤ人への手紙(5か所)

ガラテヤ2:16 でも、人ひとが義ぎと認みとめられるのは律法りっぽうを行おこなうことによってではなく、ただイエス・キリストへの信仰しんこうによるのだと、わたしたちは知しっている。だからこそ、わたしたち自身じしんもキリスト・イエスを信しんじた。律法りっぽうを行おこなうことによってではなく、キリストへの信仰しんこうによって義ぎと認みとめられるためだ。律法りっぽうを行おこなうことによって義ぎと認みとめられる人ひとは、だれ一人ひとりいないのだから。

ガラテヤ3:2 一ひとつだけ教おしえてほしい。あなたたちが霊れいを受うけたのは、律法りっぽうを守まもる行おこないによってか、それとも聞きいて信しんじたことによってか。

ガラテヤ3:10 律法りっぽうを守まもる行おこないにたよる人ひとは、みな、のろいのもとにいる。こう書かいてあるからだ。「律法りっぽうの書しょに記しるされたすべてのことを守まもり続つづけて、そのとおりに行おこなわない者ものは、みな、のろわれる。」

ガラテヤ3:12 律法りっぽうは信仰しんこうによるものではない。「これらを行おこなう人ひとは、それによって生いきる」とあるとおりだ。

ガラテヤ5:19 肉にくのわざは、はっきりと目めに見みえている。それは、不ふ品行ひんこう、汚よごれ、みだらな行おこない、

エペソ人への手紙(4か所)

エペソ2:3 実じつは、わたしたちもみな同おなじだった。かつては自分じぶんの欲望よくぼうのままに生いき、体からだと心こころの望のぞむことを行おこなっていた。だから生うまれつき、ほかの人ひとたちと同おなじように、神かみの怒いかりを受うけるべき者ものだった。

エペソ2:9 自分じぶんの行おこないによるのではない。だから、だれも誇ほこることはできない。

エペソ3:20 どうか、わたしたちのうちに働はたらく力ちからによって、わたしたちが求もとめることや思おもうことすべてを、はるかに超こえて行おこなうことのできる方かたに、

エペソ4:19 彼かれらは何なんも感かんじなくなり、自分じぶんを放縦ほうしょうにゆだね、あくなき欲望よくぼうのままに、ありとあらゆる汚よごれた行おこないにふけっている。

コロサイ人への手紙(4か所)

コロサイ1:21 あなたがたも、かつては神かみから離はなれ、悪わるい行おこないによって心こころの中なかで神かみに敵対てきたいしていた。

コロサイ3:5 だから、あなたがたのうちにある地上ちじょう的てきなものを、死しんだものとしなさい。すなわち、みだらな行おこない、汚よごれ、情欲じょうよく、悪わるい欲望よくぼう、そして貪欲どんよくだ。貪欲とんよくは偶像ぐうぞう礼拝れいはいにほかならない。

コロサイ3:17 そして、何なんをするにも、言葉ことばであれ行おこないであれ、すべてを主しゅイエスの名なによって行おこない、イエスを通とおして父ちちである神かみに感謝かんしゃしなさい。

コロサイ3:25 不正ふせいを行おこなう者ものは、自分じぶんがした不正ふせいの報むくいを受うける。そこにえこひいきはない。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一1:3 わたしたちの父ちちである神かみの前まえで、あなたがたのことを思おもい起おこしているのだ。信仰しんこうから生うまれる行おこない、愛あいから生うまれる労苦ろうく、そしてわたしたちの主しゅイエス・キリストに望のぞみを置おいて耐たえ忍しのぶ姿すがたを。

テモテへの第一の手紙(2か所)

テモテ第一5:10 そして、良よい行おこないで知しられている人ひとだ。つまり、子こどもを育そだて、旅人たびびとをもてなし、信しんじる仲間なかまの足あしを洗あらい、困こまっている人ひとを助たすけ、あらゆる善よい行おこないに励はげんできた人ひとのことだ。

テモテ第一5:21 神かみと、キリスト・イエスと、選えらばれた天使てんしたちの前まえで、あなたに強つよく求もとめる。先入せんにゅう観かんを持もたずにこれらのことを守まもり、えこひいきで物事ものごとを行おこなわないでほしい。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二1:9 神かみはわたしたちを救すくい、聖せいなる者ものとして召めしてくださった。それはわたしたちの行おこないによるのではなく、神かみご自身じしんの計画けいかくと恵めぐみによる。この恵めぐみは、永遠えいえんの昔むかしから、キリスト・イエスにあってわたしたちに与あたえられていたものだ。

テトスへの手紙(1か所)

テトス1:16 彼かれらは神かみを知しっていると口くちでは言ゆう。でも、その行おこないでは神かみを否定ひていしている。彼かれらは神かみに嫌きらわれる者もので、神かみに従したがわず、どんな善よい行おこないにも役やくに立たたたない。

ヘブル人への手紙(7か所)

ヘブル6:1 だから、キリストについての初歩しょほの教おしえはもう卒業そつぎょうして、成熟せいじゅくへと進すすんで行いこう。もう一いち度ど、土台どだいを築き直すきずきなおすのはやめよう。つまり、死しんだ行おこないから離はなれて心こころを入いれ替かえることや、神かみを信しんじる信仰しんこう、

ヘブル7:20 しかも、このことは誓ちかいなしに行おこなわれたのではない。ほかの祭司さいしたちは、誓ちかいなしに祭司さいしになった。

ヘブル9:6 これらがこのように整ととのえられると、祭司さいしたちはいつも手前てまえの部屋へやに入はいり、礼拝れいはいの務つとめを行おこなっていた。

ヘブル9:14 それなら、キリストの血ちはどれほどのことができるだろう。キリストは、永遠えいえんの霊れいによって、傷きずのない完全かんぜんなささげ物ものとして、ご自分じぶんを神かみにささげられた。その血ちは、わたしたちの心こころを、死しんだ行おこないから清きよめてくれる。そして、生いきておられる神かみに仕つかえることができるようにしてくれるのだ。

ヘブル10:36 あなたがたに必要ひつようなのは、耐たえ忍しのぶことだ。神かみのみこころを行おこなって、約束やくそくされたものを受うけ取とるためだ。

ヘブル11:33 彼かれらは信仰しんこうによって国々くにぐにを征服せいふくし、義ぎを行おこない、約束やくそくされたものを手てに入いれ、ライオンの口くちをふさぎ、

ヘブル13:21 その神かみが、あなたがたをあらゆる善よいもので整ととのえ、御み心こころを行おこなえるようにしてくださいますように。そして、イエス・キリストを通とおして、神かみに喜よろこばれることをわたしたちのうちに行いってくださいますように。栄光えいこうが、世々せいせい限かぎりなくイエス・キリストにありますように。アーメン。

ヤコブの手紙(7か所)

ヤコブ1:25 でも、自由じゆうを与あたえる完全かんぜんな律法りっぽうをじっと見みつめ、それを守まもり続つづける人ひとは違ちがう。聞きいてすぐ忘わすれる人ひとではなく、実際じっさいに行おこなう人ひとだ。そういう人ひとは、その行おこないによって幸いさいわいになる。

ヤコブ2:18 しかし、こう言いう人ひともいるだろう。「あなたには信仰しんこうがあり、わたしには行おこないがある」と。それなら、行おこないのないあなたの信仰しんこうを見みせてほしい。わたしは自分じぶんの行おこないによって、信仰しんこうを見みせよう。

ヤコブ2:21 わたしたちの父祖ふそアブラハムは、息子むすこイサクを祭壇さいだんにささげたとき、その行おこないによって義ぎと認みとめられたのではないか。

ヤコブ2:22 わかるだろう。信仰しんこうは彼かれの行おこないとともに働はたらき、その行おこないによって信仰しんこうは完成かんせいされたのだ。

ヤコブ2:24 このように、人ひとが義ぎと認みとめられるのは行おこないによるのであって、信仰しんこうだけによるのではない。

ヤコブ2:25 同おなじように、遊女ゆうじょラハブも、使つかいの者ものたちを迎むかえ入いれ、別べつの道みちから逃にがしてやったとき、その行おこないによって義ぎと認みとめられたのではないか。

ヤコブ4:11 兄弟きょうだい姉妹しまいよ、たがいに悪口わるぐちを言いってはいけない。仲間なかまの悪口わるぐちを言いったり、仲間なかまを裁さばいたりする人ひとは、律法りっぽうの悪口わるぐちを言いいい、律法りっぽうを裁さばいているのだ。もし律法りっぽうを裁さばくなら、あなたは律法りっぽうを行おこなう者ものではなく、裁さばく者ものになっている。

ペテロの第一の手紙(7か所)

ペテロ第一1:17 また、人ひとをえこひいきせず、それぞれの行おこないに応おうじて公平こうへいに裁さばく方かたを「父ちち」と呼よんでいるのなら、この地上ちじょうに仮かりに住すんでいる間あいだ、その方かたを畏おそれて生いきなさい。

ペテロ第一2:14 また、王おうから送おくられてくる知事ちじたちであっても、従したがいなさい。彼かれらは、悪あくを行おこなう者ものを罰ばっし、善ぜんを行おこなう者ものをほめるために送おくられているのだ。

ペテロ第一3:6 サラがアブラハムに従したがい、彼かれを「主人しゅじん」と呼よんだように。あなたたちも善ぜんを行おこない、どんなことにもおびえないなら、サラの子ことなるのだ。

ペテロ第一3:11 悪あくから離はなれて善ぜんを行おこない、平和へいわを求もとめ、それを追おい求もとめよ。

ペテロ第一3:12 主しゅの目めは正ただしい人ひとたちに注そそがれ、その耳みみは彼かれらの祈いのりに傾かたむけられる。しかし主しゅの顔かおは、悪あくを行おこなう者ものたちに立たち向むかう。」

ペテロ第一3:17 もし神かみが望のぞまれるのなら、善ぜんを行おこなって苦くるしむほうが、悪あくを行おこなって苦くるしむよりもずっとよい。

ペテロ第一4:3 神かみを知しらない人ひとたちが好このむように生いきた時間じかんは、もう十分じゅうぶんすぎるほどだ。あなたたちはこれまで、みだらな行おこない、欲望よくぼう、酒さけにおぼれること、どんちゃん騒さわぎ、飲のみ会かい、そして許ゆるされない偶像ぐうぞう礼拝れいはいにふけってきた。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二3:10 しかし、主しゅの日ひは盗人ぬすびとのように突然とつぜんやって来くる。その日ひ、天てんは激はげしい音おとを立たてて消きえ去さり、すべての要素ようそは焼やけて崩くずれ落おち、地ちとそこで行おこなわれたすべてのことがあらわにされる。

ヨハネの第一の手紙(5か所)

ヨハネ第一2:17 世よも、その欲よくも、過すぎ去さっていく。でも、神かみが望のぞむことを行おこなう人ひとは、いつまでもとどまる。

ヨハネ第一2:29 キリストが正ただしい方かただとわかっているなら、義ぎを行おこなう人ひとがみな、キリストから生うまれた者ものだということも、あなたたちにはわかるはずだ。

ヨハネ第一3:7 子こどもたちよ、だれにもだまされてはいけない。正ただしいことを行おこなう人ひとは、キリストが正ただしいのと同おなじように、正ただしい人ひとなのだ。

ヨハネ第一3:10 こうして、だれが神かみの子こどもで、だれが悪魔あくまの子こどもかがはっきりする。正ただしいことを行おこなわない人ひとはみな、神かみから出でた者ものではない。兄弟きょうだい姉妹しまいを愛あいさない人ひとも同おなじだ。

ヨハネ第一3:22 そして、求もとめるものは何なんでも神かみから与あたえられる。わたしたちが神かみの命令めいれいを守まもり、神かみに喜よろこばれることを行おこなっているからだ。

ヨハネの第二の手紙(1か所)

ヨハネ第二1:11 その人ひとにあいさつをする人ひとは、その悪わるい行おこないに加くわわることになるからです。

ヨハネの第三の手紙(1か所)

ヨハネ第三1:11 愛あいする友ともよ。悪あくをまねてはいけない。まねるなら善ぜんのほうだ。善ぜんを行おこなう人ひとは神かみから出でた人ひとであり、悪あくを行おこなう人ひとは神かみを見みたことがない。

ユダの手紙(2か所)

ユダ1:7 ソドムとゴモラ、そしてその周まわりの町々まちまちも同おなじだ。彼かれらも同おなじように、みだらな行おこないにふけり、不ふ自然しぜんな欲望よくぼうを追おい求もとめた。そして今いま、永遠えいえんの火ひの罰ばつを受うけ、見みせしめとして示しめされている。

ユダ1:15 すべての人ひとをさばくためだ。そして、神かみを敬うやまわない者ものたちすべてを責せめるためだ。彼かれらが神かみを無視むしして行いったすべての行おこないと、神かみを敬うやまわない罪人ざいにんたちが主しゅに逆さからって語かたったすべての暴言ぼうげんについて、責せめるためだ。」

ヨハネの黙示録(15か所)

黙示録2:5 だから、自分じぶんがどこから落おちてしまったのかを思おもい出だしなさい。悔くい改あらためて、最初さいしょのころの行おこないに戻もどりなさい。もし悔くい改あらためないなら、わたしはあなたのところへ行いき、あなたの燭台しょくだいをその場所ばしょから取とりのけてしまう。

黙示録2:23 また、彼女かのじょの子こたちを死しによって滅ほろぼす。こうしてすべての教会きょうかいは、わたしが人ひとの思おもいと心こころをさぐる者ものであることを知しるだろう。わたしは、あなたがた一人ひとりひとりひとりに、その行おこないに応おうじて報むくいる。

黙示録6:10 彼かれらは大声おおごえで叫さけんだ。「聖せいなるまことの主しゅよ。いつまでですか。あなたはいつになったらさばきを行おこない、地ちに住すむ者ものたちに、わたしたちの血ちの復讐ふくしゅうをしてくださるのですか。」

黙示録13:13 この獣けものは、目めを見張みはるようなしるしを行おこなった。人々ひとびとの目めの前まえで、天てんから地ちへ火ひを降ふらせたりもした。

黙示録13:14 そして、最初さいしょの獣けものの前まえで行おこなうことを許ゆるされたしるしを使つかって、地ちに住すむ人ひとたちをだました。獣けものは、地ちに住すむ人ひとたちにこう命めいじた。剣けんで傷きずを受うけながらも生いき返かえった、あの最初さいしょの獣けものの像ぞうを造つくれ、と。

黙示録14:7 天使てんしは大おおきな声こえで言いった。「神かみを恐おそれ、神かみに栄光えいこうをささげなさい。神かみが裁さばきを行おこなう時ときが来きたからだ。天てんと地ち、海うみと水みずの湧わき出でる泉いずみを造つくった方かたを拝おがみなさい。」

黙示録16:14 これらは悪霊あくれいの霊れいで、さまざまなしるしを行おこなう。そして、全ぜん世界せかいの王おうたちのところへ出でて行いく。全能ぜんのう者しゃである神かみの大おおいなる日ひの戦たたかいのために、王おうたちを集あつめるのだ。

黙示録18:6 あの都みやこがしたとおりに、あの都みやこに仕返ししかえしをしなさい。その行おこないに応おうじて、倍ばいにして返かえしなさい。あの都みやこが注そそいだ杯さかずきに、倍ばいの量りょうを注そそいでやりなさい。

黙示録19:20 その獣けものは捕とらえられた。獣けものの前まえでしるしを行おこない、それによって、獣けものの刻印こくいんを受うけた者ものたちや、獣けものの像ぞうを拝おがんだ者ものたちを惑まどわした、あの偽にせ預言よげん者しゃも一緒いっしょに捕とらえられた。二人ふたりは生いきたまま、硫黄いおうで燃もえる火ひの池いけに投なげ込こまれた。

黙示録20:12 そして、わたしは死者ししゃたちが、身分みぶんの高たかい者ものも低ひくい者ものも、王座おうざの前まえに立たっているのを見みた。いくつかの書物しょもつが開ひらかれ、もう一ひとつの書物しょもつ、つまりいのちの書しょも開ひらかれた。死者ししゃたちは、その書物しょもつに記しるされていることに従したがい、それぞれの行おこないに応おうじて裁さばかれた。

黙示録20:13 海うみは、その中なかにいた死者ししゃたちを差さし出だした。死しも、死者ししゃの世界せかいも、その中なかにいた死者ししゃたちを差さし出だした。そして、一人ひとりひとりひとりが自分じぶんの行おこないに応おうじて裁さばかれた。

黙示録21:27 しかし、汚よごれたものは何なん一ひとつ、この都みやこに入はいることができない。忌いまわしいことをする者ものも、偽いつわりを行おこなう者ものも入いれない。入いれるのは、子羊こひつじのいのちの書しょに名なが記しるされている人ひとたちだけだ。

黙示録22:11 不正ふせいを行おこなう者ものは、そのまま不正ふせいを行おこない続つづけるがいい。汚よごれた者ものは、そのまま汚よごれているがいい。正ただしい者ものは、そのまま義ぎを行おこない続つづけなさい。聖せいなる者ものは、そのまま聖きよくあり続つづけなさい。」

黙示録22:12 「見みよ、わたしはすぐに来くる。報むくいを携たずさえて来きて、それぞれの行おこないに応おうじて、一人ひとりひとりひとりに与あたえる。

黙示録22:15 しかし外そとに残のこされるのは、犬いぬのような者ものたち、魔術まじゅつを使つかう者もの、みだらなことをする者もの、人ひとを殺ころす者もの、偶像ぐうぞうを拝おがむ者もの、そして偽いつわりを愛あいし、偽いつわりを行おこなうすべての者ものだ。

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