「行う」(おこなう)が出てくる聖書の箇所
「行う」(おこなう)は日常訳第1版の766か所(旧約603・新約163)に出てきます。「おこなう」「行える」も含みます。口語訳では1126か所。
766か所を200か所ずつ4ページに分けています(4ページ目)。
マラキ書(6か所)
マラキ書3:17 「彼らはわたしのものとなる」と、万軍の主は言われる。「わたしが事を行うその日、彼らはわたしの宝となる。人が、自分に仕える息子をいたわるように、わたしは彼らをいたわる。
マラキ書4:1 万軍の主は言われる。見よ、炉のように燃える日がやって来る。その日、高ぶる者も悪を行う者も、みなわらのようになる。やって来るその日は彼らを焼き尽くし、根も枝も残さない。
マラキ書4:3 あなたたちは悪人を踏みつける。わたしが事を行うその日、彼らはあなたたちの足の裏の下で、灰のようになる」と、天の軍勢の主は言われる。
マタイによる福音書(9か所)
マタイ6:10 御国が来ますように。み心が天で行われているとおり、この地でも行われますように。
マタイ7:21 わたしに向かって『主よ、主よ』と言う人がみな天の国に入れるわけではない。わたしの天の父が望むことを実際に行う人が入れるのだ。
マタイ7:22 その日、多くの人がわたしにこう言うだろう。「主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって神の言葉を語り、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によっていくつもの奇跡を行ったではありませんか。」
マタイ11:21 「災いだ、コラジンよ。災いだ、ベツサイダよ。あなたたちの間で行われた数々の奇跡が、もしティルスとシドンで行われていたら、その町の人たちはとっくの昔に、粗い布を身にまとい、灰をかぶって、心を入れ替えていたはずだ。
マタイ11:23 また、カファルナウム、あなたは天まで上げられるとでも思っているのか。あなたは陰府にまで落とされる。あなたの町で行われた数々の奇跡が、もしソドムで行われていたら、その町は今日まで残っていたはずだ。
マタイ12:50 天にいるわたしの父が望むことを行う人は、だれでもわたしの兄弟であり、姉妹であり、母なのだ」
マタイ15:19 悪い考えは心の中から出てくる。人殺し、不倫、みだらな行い、盗み、うその証言、人を傷つける悪口も。
マタイ16:27 人の子は、父の栄光を帯びて、天使たちとともにやって来る。そしてそのとき、それぞれのおこないに応じて報いを与えるのだ。
マタイ24:24 偽キリストや偽預言者が現れて、大きなしるしや不思議なわざを行う。できるなら神に選ばれた人たちさえもだまそうとする。
マルコによる福音書(5か所)
マルコ3:35 神が望むことを行う人こそ、わたしの兄弟であり、姉妹であり、母なのだ。」
マルコ7:21 内側から、つまり人の心から、悪い考えが出てくるからだ。淫らな行い、盗み、殺人、
マルコ7:22 不倫、貪り、悪意、ごまかし、みだらな行い、ねたみ、悪口、高慢、愚かさ。
マルコ9:39 イエスは言った。「やめさせてはいけない。わたしの名で奇跡を行う者が、その後すぐにわたしの悪口を言うことなんてできないのだから。
マルコ14:36 そして言った。「アッバ、父よ。あなたには、どんなことでもできます。この杯をわたしから取りのけてください。でも、わたしが望むことではなく、あなたが望むことが行われますように。」
ルカによる福音書(11か所)
ルカ2:2 これは、クレニオがシリアの総督だったときに行われた、最初の住民登録だった。
ルカ3:8 だったら、心を入れかえたことが行いにあらわれるような実を結びなさい。『自分たちにはアブラハムという先祖がいる』などと思いはじめてはいけない。よく聞きなさい。神はその気になれば、こんな石ころからでもアブラハムの子孫を起こすことができるのだ。
ルカ6:46 あなたたちは、なぜわたしを『主よ、主よ』と呼ぶのに、わたしの言うことを行わないのか。
ルカ6:47 わたしのところに来て、わたしの言葉を聞き、そのとおりに行う人がみな、どんな人に似ているか教えよう。
ルカ6:49 でも、わたしの言葉を聞いても行わない人は、土台なしに地面の上に家を建てた人に似ている。川の水が襲いかかると、家はたちまち倒れ、めちゃくちゃに壊れてしまった。」
ルカ8:21 でもイエスは答えた。「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて、それを行う人たちのことだ。」
ルカ10:13 コラジンよ、あなたは不幸だ。ベツサイダよ、あなたは不幸だ。あなたたちの間で行われた奇跡が、もしティルスとシドンで行われていたら、その町の人たちはとっくに荒布をまとい、灰をかぶって座り、心を入れ替えていたはずだ。
ルカ11:42 でも、あなたたちファリサイ派の人は不幸だ。ミントやヘンルーダなど、あらゆる野菜は十分の一をきちんと納める。それなのに、正しい裁きと神への愛はおろそかにしている。こちらこそ行うべきなのに、あちらもおろそかにしてはいけなかったのだ。
ルカ13:27 しかし主人は言う。『おまえたちがどこの者か、わたしは知らない。悪を行う者たちよ、みなわたしから離れて行け。』
ルカ23:8 イエスを見て、ヘロデはとても喜んだ。前々からイエスに会いたいと思っていたのだ。うわさをいろいろ聞いていて、イエスが何かしるしを行うのを見たいと期待していたからだ。
ルカ23:51 彼は、議会の決定やその行いに賛成してはいなかった。ユダヤのアリマタヤという町の出身で、神の御国を待ち望んでいた。
ヨハネによる福音書(20か所)
ヨハネ2:11 これが、イエスが行った最初のしるしである。ガリラヤのカナでのことだった。こうしてイエスはご自分の栄光を現し、弟子たちはイエスを信じた。
ヨハネ2:23 イエスが過越祭のあいだエルサレムにいたとき、多くの人が、イエスの行っていたしるしを見て、その名を信じた。
ヨハネ3:2 この人がある夜、イエスのもとにやって来て言った。「先生、わたしたちはあなたが神のもとから来られた教師だと分かっています。神が共におられなければ、あなたのなさっているようなしるしを、だれも行うことはできませんから。」
ヨハネ3:21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。自分の行いが神によってなされたということが、はっきり示されるためである。
ヨハネ4:34 わたしの食べ物とは、わたしを送ってくださった方の望みを行い、その仕事を成し遂げることだ。
ヨハネ5:27 そして、この方に、さばきを行う権威をお与えになった。人の子だからである。
ヨハネ5:29 善を行った人々は、いのちを受けるためによみがえる。悪を行った人々は、さばきを受けるためによみがえる。それぞれ、墓から出てくるのだ。
ヨハネ6:14 人々はイエスの行ったこのしるしを見て、こう言った。「この人こそ、世に来るはずの預言者だ。本当に間違いない」
ヨハネ6:28 神のわざを行うために、わたしたちは何をすればいいのでしょうか。
ヨハネ7:4 自分の存在を世に知ってもらいたいと思う人で、こっそり物事を行う人はいない。こうしたことをしているのなら、堂々と世に自分を示しなさい」
ヨハネ7:17 神のみこころを行おうとする人なら、だれでも分かる。わたしが語っているこの教えが神から来たものか、それともわたし自身が勝手に話しているだけなのかが。
ヨハネ9:16 ある人たちは言った。「あの人は安息日を守っていない。だから神から来た人ではない。」でも、ほかの人たちはこう言った。「罪人に、どうしてこんなしるしが行えるだろう。」こうして、ファリサイ派の人たちの間で意見が分かれた。
ヨハネ10:22 そのころ、エルサレムで神殿奉献祭が行われていた。冬のことだった。
ヨハネ10:37 もしわたしが父のわざを行っていないのなら、わたしを信じなくていい。
ヨハネ10:41 多くの人がイエスのところにやってきて、こう言い合った。「ヨハネは一つもしるしを行わなかった。でも、ヨハネがこの人について言ったことは、全部本当だった」
ヨハネ12:18 群衆がイエスを迎えに出たのは、イエスがこのしるしを行ったと聞いていたからだ。
ヨハネ12:37 これほど多くのしるしを人々の前で行ったのに、彼らはイエスを信じなかった。
ヨハネ14:10 わたしが父の中にいて、父がわたしの中にいる。それが信じられないのか。わたしがあなたたちに話している言葉は、わたしが自分から話しているのではない。わたしの中にいる父が、そのわざを行っているんだ。
ヨハネ15:14 あなたがたは、わたしが命じることを行うなら、わたしの友だ。
ヨハネ20:30 イエスは弟子たちの前で、ほかにもたくさんのしるしを行った。それはこの本には書かれていない。
使徒行伝(20か所)
使徒1:1 テオフィロさん、わたしは最初の書で、イエスが行い、また教え始めたすべてのことを書きました。
使徒2:22 イスラエルのみなさん、この言葉を聞いてください。ナザレのイエスは、神があなたがたに証しされた方です。神はこのイエスを通して、あなたがたの間で力あるわざと不思議としるしを行われました。あなたがた自身がよく知っているとおりです。
使徒2:43 人々はみな、おそれを感じました。そして使徒たちを通して、多くの不思議なわざとしるしが行われました。
使徒5:12 使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議なことが人々の間で行われた。そして、信じる人たちはみな、心を一つにして、ソロモンの回廊に集まっていた。
使徒6:8 さて、ステファノは恵みと力に満ちていて、人々の間で数々の驚くべきしるしや奇跡を行っていた。
使徒7:22 モーセはエジプト人のあらゆる知恵を教え込まれ、言葉でも行いでも力のある人になった。
使徒7:36 このモーセが、エジプトの地で、また紅海で、さらに四十年にわたる荒れ野で、数々の不思議なわざとしるしを行い、人々を導き出したのである。
使徒8:6 群衆は、フィリポの話に耳を傾け、彼が行う奇跡を目にして、心を一つにして聞き入った。
使徒10:35 どの国の人であっても、神を敬い、正しいことを行う人を、神は受け入れてくださいます。
使徒10:39 わたしたちは、イエスがユダヤ人の地とエルサレムで行ったすべてのことの証人です。人々はそのイエスを木にかけて殺しました。
使徒13:22 そして神はサウロを退け、代わりにダビデを立てて彼らの王とされた。神はダビデについて、こう証しされた。『わたしはエッサイの子ダビデを見つけた。彼はわたしの心にかなう者で、わたしの望むことをすべて行う。』
使徒13:41 「見よ、人を見下す者たち。驚き、そして滅び去れ。わたしはあなたたちの時代に、一つのことを行う。それは、だれかが説明しても、あなたたちが決して信じないようなことだ。」
使徒15:12 すると、集まっていた人たちはみな静かになった。そして、バルナバとパウロが、神が自分たちを通して外国の人たちの間で行われた数々のしるしや不思議を語るのに、じっと耳を傾けた。
使徒15:17 それは、残された人たちが、そしてわたしの名で呼ばれるすべての外国の人たちが、主を求めるようになるためだ。これらのことを行う主が、そう言われる。
使徒16:21 ローマ人であるわたしたちが受け入れることも、行うことも許されない習慣を広めているのです。」
使徒17:31 神は、この世界を義によってさばく日を決めているからです。そのさばきを行うのは、神が選んだ一人の人です。神はその人を死者の中から復活させることで、すべての人にその証拠を示したのです。」
使徒19:11 神は、パウロの手を通して、並外れた奇跡を次々に行われた。
使徒19:19 また、魔術を行っていた者が大勢、自分の本を持ち寄って、みなの前で焼き捨てた。その値段を計算してみると、銀貨五万枚にもなった。
使徒21:14 パウロが聞き入れてくれないので、わたしたちは「主のみこころが行われますように」と言って、それ以上は黙った。
使徒24:2 パウロが呼び出されると、テルティロは訴えを始めてこう言った。「わたしたちは、あなたのおかげで大きな平安を保っています。そして、あなたの深い配慮によって、この国のためにさまざまな改善が行われています。
ローマ人への手紙(20か所)
ローマ1:18 なぜなら、神の怒りが天から現れるからだ。真理を不正によって押さえつけている人々の、神を敬わないすべての行いと、あらゆる不正に対して。
ローマ1:27 同じように、男たちも女との自然な関係を捨て、互いへの欲望に燃え上がった。男が男と恥ずべきことを行い、その道を外れた生き方にふさわしい報いを、自分自身の身に受けたのだ。
ローマ2:2 わたしたちは知っている。このようなことを行う者に対して、神のさばきが真理にもとづいて下ることを。
ローマ2:6 神は一人ひとりに、その行いにしたがって報いる。
ローマ2:7 善を忍耐強く行い、栄光と誉れと朽ちないものを求める人には、永遠のいのちが与えられる。
ローマ2:9 悪を行うすべての人には、まずユダヤ人に、そしてギリシャ人にも、苦しみと悩みがふりかかる。
ローマ2:10 善を行うすべての人には、栄光と誉れと平安が与えられる。まずユダヤ人に、そしてギリシャ人にも。
ローマ2:14 異邦人は律法を持っていない。それでも、その律法が命じることを生まれつき行うことがある。そういう人たちは、律法を持たなくても、自分自身が自分にとっての律法なのだ。
ローマ2:15 彼らは律法の要求が心に記されていることを、行いによって示している。彼らの良心もそれを一緒に証しし、心の中の考えは、あるいは互いを責め、あるいは弁明する。
ローマ3:12 すべての人が正しい道から離れ、みんなそろって役に立たない者になってしまった。善を行う人はいない。ひとりもいない。
ローマ3:28 わたしたちは、こう考えている。人が神に正しいと認められるのは、律法を守る行いによるのではなく、信仰によるのだ。
ローマ4:2 アブラハムが自分の行いによって義と認められたのなら、彼には誇るものがある。でも、神の前では誇れない。
ローマ5:18 だから、こういうことだ。一人の罪によってすべての人が有罪とされたように、一人の正しい行いによって、すべての人にいのちを与える義がもたらされる。
ローマ7:18 わたしのうちに、つまりこの肉のうちには、良いものが住んでいない。それはわかっている。良いことをしたいという思いはあるのに、それを実際に行うことはできないからだ。
ローマ7:19 わたしは自分が望んでいる善は行わず、望んでいない悪を行っている。
ローマ9:12 兄が弟に仕えるようになる——これは、行いによってではなく、召してくださる方によって決まる。だから彼女はこう告げられたのだ。
ローマ9:32 なぜだろうか。信仰によってではなく、行いによって手に入れようとしたからだ。彼らは、あのつまずきの石につまずいてしまった。
ローマ10:5 モーセは、律法によって義を得る道について、こう書いている。「律法を行う人は、それによって生きる。」
ローマ11:6 でも、恵みによるのなら、もう行いによるのではない。そうでなければ、恵みはもう恵みではなくなってしまう。
ローマ15:18 わたしは、キリストがわたしを通してなさったこと以外は、あえて話すつもりはない。キリストは、わたしの言葉と行いによって、ユダヤ人以外の人々を神に従わせるために働いてくださった。
コリント人への第一の手紙(9か所)
コリント第一11:24 感謝の祈りをささげてからそれを裂き、こう言われた。「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしを覚えて、これを行いなさい。」
コリント第一11:25 杯についても同じようにされた。食事のあとで杯を取り、こう言われた。「この杯は、わたしの血によって結ばれる新しい契約である。飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」
コリント第一12:6 働きにもいろいろな種類がある。でも、すべての人の中ですべてを行う神は同じ方だ。
コリント第一12:10 ある人には奇跡を行う力が、ある人には預言が、ある人には霊を見分ける力が、ある人にはいろいろな種類の異言が、ある人にはその異言を解き明かす力が与えられる。
コリント第一12:28 神は教会の中に、いろいろな役割を置いてくださった。まず使徒、次に預言者、三番目に教師。それから奇跡を行う力、病気を治す賜物、人を助ける働き、まとめて導く働き、さまざまな種類の言葉を語る力だ。
コリント第一12:29 みんなが使徒なのだろうか。みんなが預言者なのだろうか。みんなが教師なのだろうか。みんなが奇跡を行う力を持っているのだろうか。
コリント第一14:40 ただし、すべてのことを、きちんと、秩序をもって行いなさい。
コリント第一16:4 わたし自身も行ったほうがよければ、その人たちはわたしと一緒に行くことになる。
コリント第一16:14 何をするにも、すべてを愛をもって行いなさい。
コリント人への第二の手紙(5か所)
コリント第二2:3 だから、わたしはあのことを書いた。わたしが行ったとき、本来なら喜ばせてくれるはずのあなたたちから、かえって悲しみを受けることのないようにだ。わたしの喜びは、あなたたち全員の喜びでもあると、みんなを信じているから。
コリント第二11:15 だから、サタンに仕える者たちが、義に仕える者のように装ったところで、たいしたことではない。彼らの最後は、その行いにふさわしいものとなる。
コリント第二12:12 使徒であることのしるしは、あらゆる忍耐をもって、しるしと不思議と力あるわざによって、あなたたちの間で確かに行われた。
コリント第二12:21 そして、もう一度そちらに行くとき、わたしの神があなたたちの前でわたしを打ちのめし、わたしが多くの人のことで嘆くことになるのではないか。以前に罪を犯しながら、その汚れた行い、みだらな行い、放縦な行いを悔い改めていない人たちのことで。
コリント第二13:2 二度目にそちらにいたときにも言ったが、今は離れていながら、前もって言っておく。以前に罪を犯した人たちにも、そのほかのすべての人にも言う。もう一度行ったときには、容赦しない。
ガラテヤ人への手紙(5か所)
ガラテヤ2:16 でも、人が義と認められるのは律法を行うことによってではなく、ただイエス・キリストへの信仰によるのだと、わたしたちは知っている。だからこそ、わたしたち自身もキリスト・イエスを信じた。律法を行うことによってではなく、キリストへの信仰によって義と認められるためだ。律法を行うことによって義と認められる人は、だれ一人いないのだから。
ガラテヤ3:2 一つだけ教えてほしい。あなたたちが霊を受けたのは、律法を守る行いによってか、それとも聞いて信じたことによってか。
ガラテヤ3:10 律法を守る行いにたよる人は、みな、のろいのもとにいる。こう書いてあるからだ。「律法の書に記されたすべてのことを守り続けて、そのとおりに行わない者は、みな、のろわれる。」
ガラテヤ3:12 律法は信仰によるものではない。「これらを行う人は、それによって生きる」とあるとおりだ。
ガラテヤ5:19 肉のわざは、はっきりと目に見えている。それは、不品行、汚れ、みだらな行い、
エペソ人への手紙(4か所)
エペソ2:3 実は、わたしたちもみな同じだった。かつては自分の欲望のままに生き、体と心の望むことを行っていた。だから生まれつき、ほかの人たちと同じように、神の怒りを受けるべき者だった。
エペソ2:9 自分の行いによるのではない。だから、だれも誇ることはできない。
エペソ3:20 どうか、わたしたちのうちに働く力によって、わたしたちが求めることや思うことすべてを、はるかに超えて行うことのできる方に、
エペソ4:19 彼らは何も感じなくなり、自分を放縦にゆだね、あくなき欲望のままに、ありとあらゆる汚れた行いにふけっている。
コロサイ人への手紙(4か所)
コロサイ1:21 あなたがたも、かつては神から離れ、悪い行いによって心の中で神に敵対していた。
コロサイ3:5 だから、あなたがたのうちにある地上的なものを、死んだものとしなさい。すなわち、みだらな行い、汚れ、情欲、悪い欲望、そして貪欲だ。貪欲は偶像礼拝にほかならない。
コロサイ3:17 そして、何をするにも、言葉であれ行いであれ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスを通して父である神に感謝しなさい。
コロサイ3:25 不正を行う者は、自分がした不正の報いを受ける。そこにえこひいきはない。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一1:3 わたしたちの父である神の前で、あなたがたのことを思い起こしているのだ。信仰から生まれる行い、愛から生まれる労苦、そしてわたしたちの主イエス・キリストに望みを置いて耐え忍ぶ姿を。
テモテへの第一の手紙(2か所)
テモテ第一5:10 そして、良い行いで知られている人だ。つまり、子どもを育て、旅人をもてなし、信じる仲間の足を洗い、困っている人を助け、あらゆる善い行いに励んできた人のことだ。
テモテ第一5:21 神と、キリスト・イエスと、選ばれた天使たちの前で、あなたに強く求める。先入観を持たずにこれらのことを守り、えこひいきで物事を行わないでほしい。
テモテへの第二の手紙(1か所)
テモテ第二1:9 神はわたしたちを救い、聖なる者として召してくださった。それはわたしたちの行いによるのではなく、神ご自身の計画と恵みによる。この恵みは、永遠の昔から、キリスト・イエスにあってわたしたちに与えられていたものだ。
テトスへの手紙(1か所)
テトス1:16 彼らは神を知っていると口では言う。でも、その行いでは神を否定している。彼らは神に嫌われる者で、神に従わず、どんな善い行いにも役に立たない。
ヘブル人への手紙(7か所)
ヘブル6:1 だから、キリストについての初歩の教えはもう卒業して、成熟へと進んで行こう。もう一度、土台を築き直すのはやめよう。つまり、死んだ行いから離れて心を入れ替えることや、神を信じる信仰、
ヘブル7:20 しかも、このことは誓いなしに行われたのではない。ほかの祭司たちは、誓いなしに祭司になった。
ヘブル9:6 これらがこのように整えられると、祭司たちはいつも手前の部屋に入り、礼拝の務めを行っていた。
ヘブル9:14 それなら、キリストの血はどれほどのことができるだろう。キリストは、永遠の霊によって、傷のない完全なささげ物として、ご自分を神にささげられた。その血は、わたしたちの心を、死んだ行いから清めてくれる。そして、生きておられる神に仕えることができるようにしてくれるのだ。
ヘブル10:36 あなたがたに必要なのは、耐え忍ぶことだ。神のみこころを行って、約束されたものを受け取るためだ。
ヘブル11:33 彼らは信仰によって国々を征服し、義を行い、約束されたものを手に入れ、ライオンの口をふさぎ、
ヘブル13:21 その神が、あなたがたをあらゆる善いもので整え、御心を行えるようにしてくださいますように。そして、イエス・キリストを通して、神に喜ばれることをわたしたちのうちに行ってくださいますように。栄光が、世々限りなくイエス・キリストにありますように。アーメン。
ヤコブの手紙(7か所)
ヤコブ1:25 でも、自由を与える完全な律法をじっと見つめ、それを守り続ける人は違う。聞いてすぐ忘れる人ではなく、実際に行う人だ。そういう人は、その行いによって幸いになる。
ヤコブ2:18 しかし、こう言う人もいるだろう。「あなたには信仰があり、わたしには行いがある」と。それなら、行いのないあなたの信仰を見せてほしい。わたしは自分の行いによって、信仰を見せよう。
ヤコブ2:21 わたしたちの父祖アブラハムは、息子イサクを祭壇にささげたとき、その行いによって義と認められたのではないか。
ヤコブ2:22 わかるだろう。信仰は彼の行いとともに働き、その行いによって信仰は完成されたのだ。
ヤコブ2:24 このように、人が義と認められるのは行いによるのであって、信仰だけによるのではない。
ヤコブ2:25 同じように、遊女ラハブも、使いの者たちを迎え入れ、別の道から逃がしてやったとき、その行いによって義と認められたのではないか。
ヤコブ4:11 兄弟姉妹よ、たがいに悪口を言ってはいけない。仲間の悪口を言ったり、仲間を裁いたりする人は、律法の悪口を言い、律法を裁いているのだ。もし律法を裁くなら、あなたは律法を行う者ではなく、裁く者になっている。
ペテロの第一の手紙(7か所)
ペテロ第一1:17 また、人をえこひいきせず、それぞれの行いに応じて公平に裁く方を「父」と呼んでいるのなら、この地上に仮に住んでいる間、その方を畏れて生きなさい。
ペテロ第一2:14 また、王から送られてくる知事たちであっても、従いなさい。彼らは、悪を行う者を罰し、善を行う者をほめるために送られているのだ。
ペテロ第一3:6 サラがアブラハムに従い、彼を「主人」と呼んだように。あなたたちも善を行い、どんなことにもおびえないなら、サラの子となるのだ。
ペテロ第一3:11 悪から離れて善を行い、平和を求め、それを追い求めよ。
ペテロ第一3:12 主の目は正しい人たちに注がれ、その耳は彼らの祈りに傾けられる。しかし主の顔は、悪を行う者たちに立ち向かう。」
ペテロ第一3:17 もし神が望まれるのなら、善を行って苦しむほうが、悪を行って苦しむよりもずっとよい。
ペテロ第一4:3 神を知らない人たちが好むように生きた時間は、もう十分すぎるほどだ。あなたたちはこれまで、みだらな行い、欲望、酒におぼれること、どんちゃん騒ぎ、飲み会、そして許されない偶像礼拝にふけってきた。
ペテロの第二の手紙(1か所)
ペテロ第二3:10 しかし、主の日は盗人のように突然やって来る。その日、天は激しい音を立てて消え去り、すべての要素は焼けて崩れ落ち、地とそこで行われたすべてのことがあらわにされる。
ヨハネの第一の手紙(5か所)
ヨハネ第一2:17 世も、その欲も、過ぎ去っていく。でも、神が望むことを行う人は、いつまでもとどまる。
ヨハネ第一2:29 キリストが正しい方だとわかっているなら、義を行う人がみな、キリストから生まれた者だということも、あなたたちにはわかるはずだ。
ヨハネ第一3:7 子どもたちよ、だれにもだまされてはいけない。正しいことを行う人は、キリストが正しいのと同じように、正しい人なのだ。
ヨハネ第一3:10 こうして、だれが神の子どもで、だれが悪魔の子どもかがはっきりする。正しいことを行わない人はみな、神から出た者ではない。兄弟姉妹を愛さない人も同じだ。
ヨハネ第一3:22 そして、求めるものは何でも神から与えられる。わたしたちが神の命令を守り、神に喜ばれることを行っているからだ。
ヨハネの第二の手紙(1か所)
ヨハネ第二1:11 その人にあいさつをする人は、その悪い行いに加わることになるからです。
ヨハネの第三の手紙(1か所)
ヨハネ第三1:11 愛する友よ。悪をまねてはいけない。まねるなら善のほうだ。善を行う人は神から出た人であり、悪を行う人は神を見たことがない。
ユダの手紙(2か所)
ユダ1:7 ソドムとゴモラ、そしてその周りの町々も同じだ。彼らも同じように、みだらな行いにふけり、不自然な欲望を追い求めた。そして今、永遠の火の罰を受け、見せしめとして示されている。
ユダ1:15 すべての人をさばくためだ。そして、神を敬わない者たちすべてを責めるためだ。彼らが神を無視して行ったすべての行いと、神を敬わない罪人たちが主に逆らって語ったすべての暴言について、責めるためだ。」
ヨハネの黙示録(15か所)
黙示録2:5 だから、自分がどこから落ちてしまったのかを思い出しなさい。悔い改めて、最初のころの行いに戻りなさい。もし悔い改めないなら、わたしはあなたのところへ行き、あなたの燭台をその場所から取りのけてしまう。
黙示録2:23 また、彼女の子たちを死によって滅ぼす。こうしてすべての教会は、わたしが人の思いと心をさぐる者であることを知るだろう。わたしは、あなたがた一人ひとりに、その行いに応じて報いる。
黙示録6:10 彼らは大声で叫んだ。「聖なるまことの主よ。いつまでですか。あなたはいつになったらさばきを行い、地に住む者たちに、わたしたちの血の復讐をしてくださるのですか。」
黙示録13:13 この獣は、目を見張るようなしるしを行った。人々の目の前で、天から地へ火を降らせたりもした。
黙示録13:14 そして、最初の獣の前で行うことを許されたしるしを使って、地に住む人たちをだました。獣は、地に住む人たちにこう命じた。剣で傷を受けながらも生き返った、あの最初の獣の像を造れ、と。
黙示録14:7 天使は大きな声で言った。「神を恐れ、神に栄光をささげなさい。神が裁きを行う時が来たからだ。天と地、海と水の湧き出る泉を造った方を拝みなさい。」
黙示録16:14 これらは悪霊の霊で、さまざまなしるしを行う。そして、全世界の王たちのところへ出て行く。全能者である神の大いなる日の戦いのために、王たちを集めるのだ。
黙示録18:6 あの都がしたとおりに、あの都に仕返しをしなさい。その行いに応じて、倍にして返しなさい。あの都が注いだ杯に、倍の量を注いでやりなさい。
黙示録19:20 その獣は捕らえられた。獣の前でしるしを行い、それによって、獣の刻印を受けた者たちや、獣の像を拝んだ者たちを惑わした、あの偽預言者も一緒に捕らえられた。二人は生きたまま、硫黄で燃える火の池に投げ込まれた。
黙示録20:12 そして、わたしは死者たちが、身分の高い者も低い者も、王座の前に立っているのを見た。いくつかの書物が開かれ、もう一つの書物、つまりいのちの書も開かれた。死者たちは、その書物に記されていることに従い、それぞれの行いに応じて裁かれた。
黙示録20:13 海は、その中にいた死者たちを差し出した。死も、死者の世界も、その中にいた死者たちを差し出した。そして、一人ひとりが自分の行いに応じて裁かれた。
黙示録21:27 しかし、汚れたものは何一つ、この都に入ることができない。忌まわしいことをする者も、偽りを行う者も入れない。入れるのは、子羊のいのちの書に名が記されている人たちだけだ。
黙示録22:11 不正を行う者は、そのまま不正を行い続けるがいい。汚れた者は、そのまま汚れているがいい。正しい者は、そのまま義を行い続けなさい。聖なる者は、そのまま聖くあり続けなさい。」
黙示録22:12 「見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて、一人ひとりに与える。
黙示録22:15 しかし外に残されるのは、犬のような者たち、魔術を使う者、みだらなことをする者、人を殺す者、偶像を拝む者、そして偽りを愛し、偽りを行うすべての者だ。