「弟子」(でし)が出てくる聖書の箇所

「弟子」(でし)は口語訳の341か所(旧約28・新約313)に出てきます。日常訳第1版では345か所。

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341か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。

ルカによる福音書(53か所)

ルカ9:46 弟子でしたちの間あいだに、彼かれらのうちでだれがいちばん偉えらいだろうかということで、議論ぎろんがはじまった。

ルカ9:54 弟子でしのヤコブとヨハネとはそれを見みて言いった、「主しゅよ、いかがでしょう。彼かれらを焼やき払はらってしまうように、天てんから火ひをよび求もとめましょうか」。

ルカ10:23 それから弟子でしたちの方ほうに振ふりむいて、ひそかに言いわれた、「あなたがたが見みていることを見みる目めは、さいわいである。

ルカ11:1 また、イエスはある所ところで祈いのっておられたが、それが終おわったとき、弟子でしのひとりが言いった、「主しゅよ、ヨハネがその弟子でしたちに教おしえたように、わたしたちにも祈いのることを教おしえてください」。

ルカ12:1 その間あいだに、おびただしい群衆ぐんしゅうが、互たがいに踏ふみ合あうほどに群むらがってきたが、イエスはまず弟子でしたちに語かたりはじめられた、「パリサイ人にんのパン種しゅ、すなわち彼かれらの偽善ぎぜんに気きをつけなさい。

ルカ12:22 それから弟子でしたちに言いわれた、「それだから、あなたがたに言いっておく。何なんを食たべようかと、命いのちのことで思おもいわずらい、何なんを着きようかとからだのことで思おもいわずらうな。

ルカ14:26 「だれでも、父ちち、母はは、妻つま、子こ、兄弟きょうだい、姉妹しまい、さらに自分じぶんの命いのちまでも捨すてて、わたしのもとに来くるのでなければ、わたしの弟子でしとなることはできない。

ルカ14:27 自分じぶんの十字じゅうじ架かを負おうてわたしについて来くるものでなければ、わたしの弟子でしとなることはできない。

ルカ14:33 それと同おなじように、あなたがたのうちで、自分じぶんの財産ざいさんをことごとく捨すて切きるものでなくては、わたしの弟子でしとなることはできない。

ルカ16:1 イエスはまた、弟子でしたちに言いわれた、「ある金持かねもちのところにひとりの家令かれいがいたが、彼かれは主人しゅじんの財産ざいさんを浪費ろうひしていると、告つげ口ぐちをする者ものがあった。

ルカ17:1 イエスは弟子でしたちに言いわれた、「罪つみの誘惑ゆうわくが来くることは避さけられない。しかし、それをきたらせる者ものは、わざわいである。

ルカ17:22 それから弟子でしたちに言いわれた、「あなたがたは、人ひとの子この日ひを一日ついたちでも見みたいと願ねがっても見みることができない時ときが来くるであろう。

ルカ17:37 弟子でしたちは「主しゅよ、それはどこであるのですか」と尋たずねた。するとイエスは言いわれた、「死体したいのある所ところには、またはげたかが集あつまるものである」。

ルカ18:15 イエスにさわっていただくために、人々ひとびとが幼おさな子ごらをみもとに連つれてきた。ところが、弟子でしたちはそれを見みて、彼かれらをたしなめた。

ルカ18:31 イエスは十じゅう二に弟子でしを呼よび寄よせて言いわれた、「見みよ、わたしたちはエルサレムへ上のぼって行いくが、人ひとの子こについて預言よげん者しゃたちがしるしたことは、すべて成就じょうじゅするであろう。

ルカ18:34 弟子でしたちには、これらのことが何なん一ひとつわからなかった。この言葉ことばが彼かれらに隠かくされていたので、イエスの言いわれた事ことが理解りかいできなかった。

ルカ19:29 そしてオリブという山やまに沿そったベテパゲとベタニヤに近ちかづかれたとき、ふたりの弟子でしをつかわして言いわれた、

ルカ19:37 いよいよオリブ山さんの下くだり道みちあたりに近ちかづかれると、大おおぜいの弟子でしたちはみな喜よろこんで、彼かれらが見みたすべての力ちからあるみわざについて、声こえ高たからかに神かみをさんびして言いいいはじめた、

ルカ19:39 ところが、群衆ぐんしゅうの中なかにいたあるパリサイ人にんたちがイエスに言いった、「先生せんせい、あなたの弟子でしたちをおしかり下ください」。

ルカ20:45 民衆みんしゅうがみな聞きいているとき、イエスは弟子でしたちに言いわれた、

ルカ22:3 そのとき、十じゅう二に弟子でしのひとりで、イスカリオテと呼よばれていたユダに、サタンがはいった。

ルカ22:11 その家いえの主人しゅじんに言いいいなさい、『弟子でしたちと一緒いっしょに過越すぎこしの食事しょくじをする座敷ざしきはどこか、と先生せんせいが言いっておられます』。

ルカ22:13 弟子でしたちは出でて行いってみると、イエスが言いわれたとおりであったので、過越すぎこしの食事しょくじの用意よういをした。

ルカ22:19 またパンを取とり、感謝かんしゃしてこれをさき、弟子でしたちに与あたえて言いわれた、「これは、あなたがたのために与あたえるわたしのからだである。わたしを記念きねんするため、このように行おこないなさい」。

ルカ22:23 弟子でしたちは、自分じぶんたちのうちのだれが、そんな事ことをしようとしているのだろうと、互たがいに論ろんじはじめた。

ルカ22:38 弟子でしたちが言いった、「主しゅよ、ごらんなさい、ここにつるぎが二に振ふりございます」。イエスは言いわれた、「それでよい」。

ルカ22:39 イエスは出でて、いつものようにオリブ山さんに行いかれると、弟子でしたちも従したがって行いった。

ルカ22:45 祈いのりを終おえて立たちあがり、弟子でしたちのところへ行いかれると、彼かれらが悲かなしみのはて寝入ねいっているのをごらんになって

ルカ22:47 イエスがまだそう言いっておられるうちに、そこに群衆ぐんしゅうが現あらわれ、十じゅう二に弟子でしのひとりでユダという者ものが先頭せんとうに立たって、イエスに接吻せっぷんしようとして近ちかづいてきた。

ルカ24:9 墓はかから帰かえって、これらいっさいのことを、十じゅう一いち弟子でしや、その他たみんなの人ひとに報告ほうこくした。

ルカ24:13 この日ひ、ふたりの弟子でしが、エルサレムから七ななマイルばかり離はなれたエマオという村むらへ行いきながら、

ルカ24:33 そして、すぐに立たってエルサレムに帰かえって見みると、十じゅう一いち弟子でしとその仲間なかまが集あつまっていて、

ヨハネによる福音書(80か所)

ヨハネ1:35 その翌日よくじつ、ヨハネはまたふたりの弟子でしたちと一緒いっしょに立たっていたが、

ヨハネ1:37 そのふたりの弟子でしは、ヨハネがそう言いうのを聞きいて、イエスについて行いった。

ヨハネ2:2 イエスも弟子でしたちも、その婚礼こんれいに招まねかれた。

ヨハネ2:11 イエスは、この最初さいしょのしるしをガリラヤのカナで行おこない、その栄光えいこうを現あらわされた。そして弟子でしたちはイエスを信しんじた。

ヨハネ2:12 そののち、イエスは、その母はは、兄弟きょうだいたち、弟子でしたちと一緒いっしょに、カペナウムに下くだって、幾いく日かかそこにとどまられた。

ヨハネ2:17 弟子でしたちは、「あなたの家いえを思おもう熱心ねっしんが、わたしを食くいつくすであろう」と書かいてあることを思おもい出だした。

ヨハネ2:22 それで、イエスが死人しにんの中なかからよみがえったとき、弟子でしたちはイエスがこう言いわれたことを思おもい出だして、聖書せいしょとイエスのこの言葉ことばとを信しんじた。

ヨハネ3:22 こののち、イエスは弟子でしたちとユダヤの地ちに行いき、彼かれらと一緒いっしょにそこに滞在たいざいして、バプテスマを授さずけておられた。

ヨハネ3:25 ところが、ヨハネの弟子でしたちとひとりのユダヤ人にんとの間あいだに、きよめのことで争論そうろんが起おこった。

ヨハネ4:1 イエスが、ヨハネよりも多おおく弟子でしをつくり、またバプテスマを授さずけておられるということを、パリサイ人にんたちが聞ききき、それを主しゅが知しられたとき、

ヨハネ4:2 (しかし、イエスみずからが、バプテスマをお授さずけになったのではなく、その弟子でしたちであった)

ヨハネ4:8 弟子でしたちは食物しょくもつを買かいに町まちに行いっていたのである。

ヨハネ4:27 そのとき、弟子でしたちが帰かえって来きて、イエスがひとりの女おんなと話はなしておられるのを見みて不思議ふしぎに思おもったが、しかし、「何なんを求もとめておられますか」とも、「何なんを彼女かのじょと話はなしておられるのですか」とも、尋たずねる者ものはひとりもなかった。

ヨハネ4:31 その間あいだに弟子でしたちはイエスに、「先生せんせい、召めしあがってください」とすすめた。

ヨハネ4:33 そこで、弟子でしたちが互たがいに言いった、「だれかが、何なんか食たべるものを持もってきてさしあげたのであろうか」。

ヨハネ6:3 イエスは山やまに登のぼって、弟子でしたちと一緒いっしょにそこで座ざにつかれた。

ヨハネ6:8 弟子でしのひとり、シモン・ペテロの兄弟きょうだいアンデレがイエスに言いった、

ヨハネ6:12 人々ひとびとがじゅうぶんに食たべたのち、イエスは弟子でしたちに言いわれた、「少すこしでもむだにならないように、パンくずのあまりを集あつめなさい」。

ヨハネ6:16 夕方ゆうがたになったとき、弟子でしたちは海うみべに下くだり、

ヨハネ6:22 その翌日よくじつ、海うみの向むこう岸ぎしに立たっていた群衆ぐんしゅうは、そこに小舟こぶねが一いっそうしかなく、またイエスは弟子でしたちと一緒いっしょに小舟こぶねにお乗のりにならず、ただ弟子でしたちだけが船出ふなでしたのを見みた。

ヨハネ6:24 群衆ぐんしゅうは、イエスも弟子でしたちもそこにいないと知しって、それらの小舟こぶねに乗のり、イエスをたずねてカペナウムに行いった。

ヨハネ6:60 弟子でしたちのうちの多おおくの者ものは、これを聞きいて言いった、「これは、ひどい言葉ことばだ。だれがそんなことを聞きいておられようか」。

ヨハネ6:61 しかしイエスは、弟子でしたちがそのことでつぶやいているのを見破みやぶって、彼かれらに言いわれた、「このことがあなたがたのつまずきになるのか。

ヨハネ6:66 それ以来いらい、多おおくの弟子でしたちは去さっていって、もはやイエスと行動こうどうを共ともにしなかった。

ヨハネ6:67 そこでイエスは十じゅう二に弟子でしに言いわれた、「あなたがたも去さろうとするのか」。

ヨハネ6:71 これは、イスカリオテのシモンの子こユダをさして言いわれたのである。このユダは、十じゅう二に弟子でしのひとりでありながら、イエスを裏切うらぎろうとしていた。

ヨハネ7:3 そこで、イエスの兄弟きょうだいたちがイエスに言いった、「あなたがしておられるわざを弟子でしたちにも見みせるために、ここを去さりユダヤに行いってはいかがです。

ヨハネ8:31 イエスは自分じぶんを信しんじたユダヤ人にんたちに言いわれた、「もしわたしの言葉ことばのうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの弟子でしなのである。

ヨハネ9:2 弟子でしたちはイエスに尋たずねて言いった、「先生せんせい、この人ひとが生うまれつき盲人もうじんなのは、だれが罪つみを犯おかしたためですか。本人ほんにんですか、それともその両親りょうしんですか」。

ヨハネ9:27 彼かれは答こたえた、「そのことはもう話はなしてあげたのに、聞きいてくれませんでした。なぜまた聞きこうとするのですか。あなたがたも、あの人ひとの弟子でしになりたいのですか」。

ヨハネ9:28 そこで彼かれらは彼かれをののしって言いった、「おまえはあれの弟子でしだが、わたしたちはモーセの弟子でしだ。

ヨハネ11:7 それから弟子でしたちに、「もう一いち度どユダヤに行いこう」と言いわれた。

ヨハネ11:8 弟子でしたちは言いった、「先生せんせい、ユダヤ人にんらが、さきほどもあなたを石いしで殺ころそうとしていましたのに、またそこに行いかれるのですか」。

ヨハネ11:12 すると弟子でしたちは言いった、「主しゅよ、眠ねむっているのでしたら、助たすかるでしょう」。

ヨハネ11:13 イエスはラザロが死しんだことを言いわれたのであるが、弟子でしたちは、眠ねむって休やすんでいることをさして言いわれたのだと思おもった。

ヨハネ11:16 するとデドモと呼よばれているトマスが、仲間なかまの弟子でしたちに言いった、「わたしたちも行いって、先生せんせいと一緒いっしょに死しのうではないか」。

ヨハネ11:54 そのためイエスは、もはや公然こうぜんとユダヤ人にんの間あいだを歩あるかないで、そこを出でて、荒野こうやに近ちかい地方ちほうのエフライムという町まちに行いかれ、そこに弟子でしたちと一緒いっしょに滞在たいざいしておられた。

ヨハネ12:4 弟子でしのひとりで、イエスを裏切うらぎろうとしていたイスカリオテのユダが言いった、

ヨハネ12:16 弟子でしたちは初はじめにはこのことを悟さとらなかったが、イエスが栄光えいこうを受うけられた時ときに、このことがイエスについて書かかかれてあり、またそのとおりに、人々ひとびとがイエスに対たいしてしたのだということを、思おもい起おこした。

ヨハネ13:5 それから水みずをたらいに入いれて、弟子でしたちの足あしを洗あらい、腰こしに巻まいた手てぬぐいでふき始はじめられた。

ヨハネ13:22 弟子でしたちはだれのことを言いわれたのか察さっしかねて、互たがいに顔かおを見合みあわせた。

ヨハネ13:23 弟子でしたちのひとりで、イエスの愛あいしておられた者ものが、み胸むねに近ちかく席せきについていた。

ヨハネ13:25 その弟子でしはそのままイエスの胸むねによりかかって、「主しゅよ、だれのことですか」と尋たずねると、

ヨハネ13:35 互たがいに愛あいし合あうならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子でしであることを、すべての者ものが認みとめるであろう」。

ヨハネ15:8 あなたがたが実じつを豊ゆたかに結むすび、そしてわたしの弟子でしとなるならば、それによって、わたしの父ちちは栄光えいこうをお受うけになるであろう。

ヨハネ16:17 そこで、弟子でしたちのうちのある者ものは互たがいに言い合っいいあった、「『しばらくすれば、わたしを見みなくなる。またしばらくすれば、わたしに会あえるであろう』と言いわれ、『わたしの父ちちのところに行いく』と言いわれたのは、いったい、どういうことなのであろう」。

ヨハネ16:29 弟子でしたちは言いった、「今いまはあからさまにお話はなしになって、少すこしも比喩ひゆではお話はなしになりません。

ヨハネ18:1 イエスはこれらのことを語かたり終おえて、弟子でしたちと一緒いっしょにケデロンの谷たにの向むこうへ行いかれた。そこには園そのがあって、イエスは弟子でしたちと一緒いっしょにその中なかにはいられた。

ヨハネ18:2 イエスを裏切うらぎったユダは、その所ところをよく知しっていた。イエスと弟子でしたちとがたびたびそこで集あつまったことがあるからである。

ヨハネ18:15 シモン・ペテロともうひとりの弟子でしとが、イエスについて行いった。この弟子でしは大だい祭司さいしの知しり合あいであったので、イエスと一緒いっしょに大だい祭司さいしの中庭なかにわにはいった。

ヨハネ18:16 しかし、ペテロは外そとで戸口とぐちに立たっていた。すると大だい祭司さいしの知しり合あいであるその弟子でしが、外そとに出でて行いって門番もんばんの女おんなに話はなし、ペテロを内うちに入いれてやった。

ヨハネ18:17 すると、この門番もんばんの女おんながペテロに言いった、「あなたも、あの人ひとの弟子でしのひとりではありませんか」。ペテロは「いや、そうではない」と答こたえた。

ヨハネ18:19 大だい祭司さいしはイエスに、弟子でしたちのことやイエスの教きょうのことを尋たずねた。

ヨハネ18:25 シモン・ペテロは、立たって火ひにあたっていた。すると人々ひとびとが彼かれに言いった、「あなたも、あの人ひとの弟子でしのひとりではないか」。彼かれはそれをうち消けして、「いや、そうではない」と言いった。

ヨハネ19:26 イエスは、その母ははと愛あい弟子でしとがそばに立たっているのをごらんになって、母ははにいわれた、「婦人ふじんよ、ごらんなさい。これはあなたの子こです」。

ヨハネ19:27 それからこの弟子でしに言いわれた、「ごらんなさい。これはあなたの母ははです」。そのとき以来いらい、この弟子でしはイエスの母ははを自分じぶんの家いえに引ひきとった。

ヨハネ19:38 そののち、ユダヤ人にんをはばかって、ひそかにイエスの弟子でしとなったアリマタヤのヨセフという人ひとが、イエスの死体したいを取とりおろしたいと、ピラトに願ねがい出でた。ピラトはそれを許ゆるしたので、彼かれはイエスの死体したいを取とりおろしに行いった。

ヨハネ20:2 そこで走はしって、シモン・ペテロとイエスが愛あいしておられた、もうひとりの弟子でしのところへ行いって、彼かれらに言いった、「だれかが、主しゅを墓はかから取とり去さりました。どこへ置おいたのか、わかりません」。

ヨハネ20:3 そこでペテロともうひとりの弟子でしは出でかけて、墓はかへむかって行いった。

ヨハネ20:4 ふたりは一緒いっしょに走はしり出だしたが、そのもうひとりの弟子でしの方ほうが、ペテロよりも早はやく走はしって先さきに墓はかに着つき、

ヨハネ20:8 すると、先さきに墓はかに着ついたもうひとりの弟子でしもはいってきて、これを見みて信しんじた。

ヨハネ20:10 それから、ふたりの弟子でしたちは自分じぶんの家いえに帰かえって行いった。

ヨハネ20:18 マグダラのマリヤは弟子でしたちのところに行いって、自分じぶんが主しゅに会あったこと、またイエスがこれこれのことを自分じぶんに仰おおせになったことを、報告ほうこくした。

ヨハネ20:19 その日ひ、すなわち、一いち週しゅうの初はじめの日ひの夕方ゆうがた、弟子でしたちはユダヤ人にんをおそれて、自分じぶんたちのおる所ところの戸とをみなしめていると、イエスがはいってきて、彼かれらの中なかに立たち、「安やすかれ」と言いわれた。

ヨハネ20:20 そう言いって、手てとわきとを、彼かれらにお見みせになった。弟子でしたちは主しゅを見みて喜よろこんだ。

ヨハネ20:24 十じゅう二に弟子でしのひとりで、デドモと呼よばれているトマスは、イエスがこられたとき、彼かれらと一緒いっしょにいなかった。

ヨハネ20:25 ほかの弟子でしたちが、彼かれに「わたしたちは主しゅにお目めにかかった」と言ゆうと、トマスは彼かれらに言いった、「わたしは、その手てに釘くぎあとを見み、わたしの指ゆびをその釘くぎあとにさし入いれ、また、わたしの手てをそのわきにさし入いれてみなければ、決けっして信しんじない」。

ヨハネ20:26 八よう日かののち、イエスの弟子でしたちはまた家いえの内うちにおり、トマスも一緒いっしょにいた。戸とはみな閉とざされていたが、イエスがはいってこられ、中なかに立たって「安やすかれ」と言いわれた。

ヨハネ20:30 イエスは、この書しょに書かかかれていないしるしを、ほかにも多おおく、弟子でしたちの前まえで行おこなわれた。

ヨハネ21:1 そののち、イエスはテベリヤの海うみべで、ご自身じしんをまた弟子でしたちにあらわされた。そのあらわされた次第しだいは、こうである。

ヨハネ21:2 シモン・ペテロが、デドモと呼よばれているトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子こらや、ほかのふたりの弟子でしたちと一緒いっしょにいた時ときのことである。

ヨハネ21:4 夜よるが明あけたころ、イエスが岸きしに立たっておられた。しかし弟子でしたちはそれがイエスだとは知しらなかった。

ヨハネ21:7 イエスの愛あいしておられた弟子でしが、ペテロに「あれは主しゅだ」と言いった。シモン・ペテロは主しゅであると聞きいて、裸はだかになっていたため、上着うわぎをまとって海うみにとびこんだ。

ヨハネ21:8 しかし、ほかの弟子でしたちは舟ふねに乗のったまま、魚さかなのはいっている網あみを引ひきながら帰かえって行いった。陸りくからはあまり遠とおくない五十ごじゅう間けんほどの所ところにいたからである。

ヨハネ21:12 イエスは彼かれらに言いわれた、「さあ、朝あさの食事しょくじをしなさい」。弟子でしたちは、主しゅであることがわかっていたので、だれも「あなたはどなたですか」と進すすんで尋たずねる者ものがなかった。

ヨハネ21:14 イエスが死人しにんの中なかからよみがえったのち、弟子でしたちにあらわれたのは、これで既すでに三さん度ど目めである。

ヨハネ21:20 ペテロはふり返かえると、イエスの愛あいしておられた弟子でしがついて来くるのを見みた。この弟子でしは、あの夕食ゆうしょくのときイエスの胸むね近ちかくに寄よりかかって、「主しゅよ、あなたを裏切うらぎる者ものは、だれなのですか」と尋たずねた人ひとである。

ヨハネ21:21 ペテロはこの弟子でしを見みて、イエスに言いった、「主しゅよ、この人ひとはどうなのですか」。

ヨハネ21:23 こういうわけで、この弟子でしは死しぬことがないといううわさが、兄弟きょうだいたちの間あいだにひろまった。しかし、イエスは彼かれが死しぬことはないと言いわれたのではなく、ただ「たとい、わたしの来くる時ときまで彼かれが生いき残のこっていることを、わたしが望のぞんだとしても、あなたにはなんの係かかりわりがあるか」と言いわれただけである。

ヨハネ21:24 これらの事ことについてあかしをし、またこれらの事ことを書かいたのは、この弟子でしである。そして彼かれのあかしが真実しんじつであることを、わたしたちは知しっている。

使徒行伝(29か所)

使徒1:6 さて、弟子でしたちが一緒いっしょに集あつまったとき、イエスに問とうて言いった、「主しゅよ、イスラエルのために国くにを復興ふっこうなさるのは、この時ときなのですか」。

使徒6:1 そのころ、弟子でしの数かずがふえてくるにつれて、ギリシヤ語ごを使つかうユダヤ人にんたちから、ヘブル語ごを使つかうユダヤ人にんたちに対たいして、自分じぶんたちのやもめらが、日々ひびの配給はいきゅうで、おろそかにされがちだと、苦情くじょうを申もうし立たてた。

使徒6:2 そこで、十じゅう二に使徒しとは弟子でし全体ぜんたいを呼よび集あつめて言いった、「わたしたちが神かみの言げんをさしおいて、食卓しょくたくのことに携たずさわるのはおもしろくない。

使徒6:7 こうして神かみの言げんは、ますますひろまり、エルサレムにおける弟子でしの数かずが、非常ひじょうにふえていき、祭司さいしたちも多数たすう、信仰しんこうを受うけいれるようになった。

使徒9:1 さてサウロは、なおも主しゅの弟子でしたちに対たいする脅迫きょうはく、殺害さつがいの息いきをはずませながら、大だい祭司さいしのところに行いって、

使徒9:10 さて、ダマスコにアナニヤというひとりの弟子でしがいた。この人ひとに主しゅが幻まぼろしの中なかに現あらわれて、「アナニヤよ」とお呼よびになった。彼かれは「主しゅよ、わたしでございます」と答こたえた。

使徒9:19 また食事しょくじをとって元気げんきを取とりもどした。サウロは、ダマスコにいる弟子でしたちと共ともに数すう日間にちかんを過すごしてから、

使徒9:25 そこで彼かれの弟子でしたちが、夜よるの間あいだに彼かれをかごに乗のせて、町まちの城壁じょうへきづたいにつりおろした。

使徒9:26 サウロはエルサレムに着ついて、弟子でしたちの仲間なかまに加くわわろうと努つとめたが、みんなの者ものは彼かれを弟子でしだとは信しんじないで、恐おそれていた。

使徒9:36 ヨッパにタビタ(これを訳やくすと、ドルカス、すなわち、かもしか)という女じょ弟子でしがいた。数々かずかずのよい働はたらきや施ほどこしをしていた婦人ふじんであった。

使徒9:38 ルダはヨッパに近ちかかったので、弟子でしたちはペテロがルダにきていると聞ききき、ふたりの者ものを彼かれのもとにやって、「どうぞ、早はやくこちらにおいで下ください」と頼たのんだ。

使徒11:26 彼かれを見みつけたうえ、アンテオケに連つれて帰かえった。ふたりは、まる一いち年ねん、ともどもに教会きょうかいで集あつまりをし、大おおぜいの人々ひとびとを教おしえた。このアンテオケで初はじめて、弟子でしたちがクリスチャンと呼よばれるようになった。

使徒11:29 そこで弟子でしたちは、それぞれの力ちからに応おうじて、ユダヤに住すんでいる兄弟きょうだいたちに援助えんじょを送おくることに決きめた。

使徒13:52 弟子でしたちは、ますます喜よろこびと聖霊せいれいとに満みたされていた。

使徒14:20 しかし、弟子でしたちがパウロを取とり囲かこんでいる間あいだに、彼かれは起おきあがって町まちにはいって行いった。そして翌日よくじつには、バルナバと一緒いっしょにデルベにむかって出でかけた。

使徒14:21 その町まちで福音ふくいんを伝つたえて、大おおぜいの人ひとを弟子でしとした後あと、ルステラ、イコニオム、アンテオケの町々まちまちに帰かえって行いき、

使徒14:22 弟子でしたちを力ちからづけ、信仰しんこうを持もちつづけるようにと奨励しょうれいし、「わたしたちが神かみの国くににはいるのには、多おおくの苦難くなんを経へなければならない」と語かたった。

使徒14:28 そして、ふたりはしばらくの間あいだ、弟子でしたちと一緒いっしょに過すごした。

使徒15:10 しかるに、諸君しょくんはなぜ、今いまわれわれの先祖せんぞもわれわれ自身じしんも、負おいきれなかったくびきをあの弟子でしたちの首くびにかけて、神かみを試こころみるのか。

使徒16:1 それから、彼かれはデルベに行いき、次つぎにルステラに行いった。そこにテモテという名なの弟子でしがいた。信者しんじゃのユダヤ婦人ふじんを母ははとし、ギリシヤ人にんを父ちちとしており、

使徒18:23 そこにしばらくいてから、彼かれはまた出でかけ、ガラテヤおよびフルギヤの地方ちほうを歴訪れきほうして、すべての弟子でしたちを力ちからづけた。

使徒18:27 それから、アポロがアカヤに渡わたりたいと思おもっていたので、兄弟きょうだいたちは彼かれを励はげまし、先方せんぽうの弟子でしたちに、彼かれをよく迎むかえるようにと、手紙てがみを書かき送おくった。彼かれは到着とうちゃくして、すでにめぐみによって信者しんじゃになっていた人ひとたちに、大おおいに力ちからになった。

使徒19:1 アポロがコリントにいた時とき、パウロは奥地おくちをとおってエペソにきた。そして、ある弟子でしたちに出会であって、

使徒19:9 ところが、ある人ひとたちは心こころをかたくなにして、信しんじようとせず、会衆かいしゅうの前まえでこの道みちをあしざまに言いったので、彼かれは弟子でしたちを引ひき連つれて、その人ひとたちから離はなれ、ツラノの講堂こうどうで毎日まいにち論ろんじた。

使徒19:30 パウロは群衆ぐんしゅうの中なかにはいって行いこうとしたが、弟子でしたちがそれをさせなかった。

使徒20:1 騒さわぎがやんだ後あと、パウロは弟子でしたちを呼よび集あつめて激励げきれいを与あたえた上うえ、別わかれのあいさつを述のべ、マケドニヤへ向むかって出発しゅっぱつした。

使徒20:30 また、あなたがた自身じしんの中なかからも、いろいろ曲まがったことを言いって、弟子でしたちを自分じぶんの方ほうに、ひっぱり込こもうとする者ものらが起おこるであろう。

使徒21:4 わたしたちは、弟子でしたちを捜さがし出だして、そこに七なな日間かかん泊とまった。ところが彼かれらは、御ご霊れいの示ししめしを受うけて、エルサレムには上のぼって行いかないようにと、しきりにパウロに注意ちゅういした。

使徒21:16 カイザリヤの弟子でしたちも数すう人にん、わたしたちと同行どうこうして、古ふるくからの弟子でしであるクプロ人にんマナソンの家いえに案内あんないしてくれた。わたしたちはその家いえに泊とまることになっていたのである。

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