「命」(いのち)が出てくる聖書の箇所

「命」(いのち)は日常訳第1版の1081か所(旧約801・新約280)に出てきます。「いのち」「命じる」も含みます。口語訳では1131か所。

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1081か所を200か所ずつ6ページに分けています(5ページ目)。

マラキ書(1か所)

マラキ書2:5 「わたしとレビとの契約けいやくは、いのちと平安へいあんを約束やくそくするものだった。わたしはそれを彼かれに与あたえ、彼かれが敬ううやまうようにした。彼かれはわたしを畏おそれ、わたしの名なの前まえでおののいた。

マタイによる福音書(33か所)

マタイ1:24 ヨセフは眠ねむりからさめると、主しゅの使つかいに命めいじられたとおりにして、妻つまを迎むかえ入いれた。

マタイ2:20 「起おきなさい。子こどもとその母ははを連つれて、イスラエルの地ちに行いきなさい。子こどもの命いのちをねらっていた人ひとたちは、もう死しんだのだから」

マタイ4:3 「もしお前まえが神かみの子こなら、この石いしがパンになるように命めいじてみろ」

マタイ4:6 「もしお前まえが神かみの子こなら、飛とび降おりてみろ。こう書かいてあるからだ。『神かみはあなたのために天使てんしたちに命めいじる。あなたの足あしが石いしにぶつからないよう、彼かれらはその手てであなたを支ささえる』」

マタイ5:33 また、こう言いわれていたのを、あなたたちは聞きいている。昔むかしの人ひとたちに命めいじられた言葉ことばだ。「偽いつわって誓ちかってはいけない。誓ちかったことは、必かならず主しゅに対たいして果はたしなさい。」

マタイ5:38 目めには目めを、歯はには歯はを、と命めいじられていた。あなたたちも聞きいてきたはずだ。

マタイ6:25 何なんを食たべようか、何なんを飲のもうかと自分じぶんの命いのちのことで、何なんを着きようかと自分じぶんの体からだのことで、あれこれ心配しんぱいするのはやめなさい。命いのちは食たべ物ものより大切たいせつで、体からだは着きる物ものより大切たいせつなのだから。

マタイ7:14 命いのちにいたる門もんは狭せまく、そこに続つづく道みちも細ほそい。それを見みつける人ひとは少すくない。

マタイ8:4 イエスは彼かれに言いった。「このことは誰だれにも話はなさないように。ただ祭司さいしのところへ行いって、自分じぶんの体からだを見みせなさい。そして、モーセが命めいじた供そなえ物ものをささげなさい。それが人々ひとびとへの証拠しょうこになる」

マタイ8:18 イエスは自分じぶんのまわりに大勢おおぜいの群衆ぐんしゅうが集あつまっているのを見みて、弟子でしたちに向むこう岸ぎしへ渡わたるように命めいじた。

マタイ9:30 すると、ふたりの目めが見みえるようになった。イエスは強つよい口調くちょうで命めいじた。「このことは、だれにも知しられないように気きをつけなさい」

マタイ10:5 十じゅう二に人にんを派遣はけんするとき、イエスは彼かれらにこう命めいじた。「外国がいこく人にんの住すむ地域ちいきへは行いくな。サマリア人にんの町まちにも入はいるな。

マタイ10:39 自分じぶんの命いのちをしっかりつかんでいる人ひとは、それを失ううしなう。でも、わたしのために自分じぶんの命いのちを手放てばなす人ひとは、それを見みつける。

マタイ14:9 王おうは困こまったが、いったん誓ちかってしまった手前てまえ、それに同席どうせきしている客きゃくの手前てまえもあって、それを与あたえるように命めいじた。

マタイ14:19 そして群衆ぐんしゅうに命めいじて草くさの上うえに座すわらせ、五いつつのパンと二に匹ひきの魚さかなを手てに取とった。そして天てんを見上みあげ、神かみに感謝かんしゃの祈いのりをささげてパンを裂さき、弟子でしたちに渡わたした。弟子でしたちはそれを群衆ぐんしゅうに配くばった。

マタイ14:28 ペテロが答こたえた。「主しゅよ、あなたなのですね。それなら、水みずの上うえを歩あるいてそちらへ行いくよう、わたしに命めいじてください」

マタイ16:20 そのときイエスは、自分じぶんがキリストであることをだれにも言いわないようにと、弟子でしたちに強つよく命めいじた。

マタイ16:25 自分じぶんの命いのちを守まもろうとする人ひとは、それを失ううしなう。でも、わたしのために命いのちを捨すてる人ひとは、それを見みつける。

マタイ16:26 たとえ世界せかい中じゅうのすべてを手てに入いれても、自分じぶんのいのちを失うしなってしまったら、何なんの意味いみがあるだろう。人ひとは自分じぶんのいのちと引ひき換かえに、いったい何なんを差さし出だせるだろうか。

マタイ17:9 一行いっこうが山やまを下おりているとき、イエスは彼かれらに命めいじた。「人ひとの子こが死者ししゃの中なかからよみがえるまでは、いま見みたことをだれにも話はなしてはいけない。」

マタイ18:8 もし手てや足あしのせいで罪つみを犯おかしてしまうなら、それを切きって捨すてなさい。両手りょうて両足りょうあしがそろったまま消きえることのない火ひに投なげ込こまれるより、片手かたてや片足かたあしになっても本当ほんとうの命いのちに入はいるほうが、ずっといい。

マタイ18:9 もし片方かたほうの目めのせいで罪つみを犯おかしてしまうなら、その目めをえぐり出だして捨すててしまいなさい。両目りょうめがそろったまま燃もえさかる地獄じごくに投なげ込こまれるより、片目かためで命いのちに入はいるほうがいい。

マタイ18:25 しかし、返かえせるものがなかったので、主人しゅじんはその男おとこ自身じしんも、妻つまも子こどもたちも、持もっているものすべても売うり払はらって返かえすように命めいじた。

マタイ19:16 先生せんせい、永遠えいえんの命いのちを得えるためには、どんな良よいことをすればいいのでしょうか。

マタイ19:17 「なぜ、良よいことについてわたしに尋たずねるのか。良よい方かたはただひとりだけだ。もし命いのちに入はいりたいなら、戒いましめを守まもりなさい。」

マタイ19:29 すべて、わたしの名なのために家いえや兄弟きょうだい、姉妹しまい、父ちち、母はは、妻つま、子こども、畑はたけを捨すてた人ひとは、その百ひゃく倍ばいを受うけ取とり、永遠えいえんのいのちを受うけ継つぐことになる。

マタイ20:28 「人ひとの子こ」が来きたのも、仕つかえてもらうためではなく、仕つかえるため。そして多おおくの人ひとの身代みがわりとして、自分じぶんの命いのちを差さし出だすためなのだ。

マタイ21:6 弟子でしたちは出でて行いって、イエスが命めいじたとおりにした。

マタイ22:37 イエスは言いわれた。「『心こころを尽つくし、いのちを尽つくし、思おもいを尽つくして、あなたの神かみである主しゅを愛あいしなさい。』

マタイ25:46 そして彼かれらは永遠えいえんの罰ばつを受うけ、正ただしい人ひとたちは永遠えいえんのいのちに入はいる。」

マタイ27:10 主しゅが命めいじられたとおり、それを陶器とうき職人しょくにんの畑はたけを買かうために使つかった。」

マタイ27:58 この人ひとがピラトのところへ行いき、イエスの遺体いたいを渡わたしてほしいと願ねがい出でた。すると、ピラトは渡わたすようにと命めいじた。

マタイ28:20 わたしがあなたたちに命めいじておいたことを、すべて守まもるように教おしえなさい。そして、これを忘わすれないでほしい。わたしは世界せかいの終おわりまで、いつもあなたたちと共ともにいる。」

マルコによる福音書(22か所)

マルコ1:44 そして言いった。「いいか、このことは誰だれにも言ゆうな。ただ祭司さいしのところに行いって、体からだを見みせなさい。そして、モーセが命めいじたとおりに、きれいになったことのささげ物ものをしなさい。人々ひとびとへの証明しょうめいのためだ。」

マルコ3:4 そして人々ひとびとに言いった。「安息あんそく日ひにしてよいのは、善よいことか、それとも悪わるいことか。命いのちを救すくうことか、それとも殺ころすことか。」しかし、彼かれらは黙だまっていた。

マルコ5:43 イエスは、このことをだれにも知しらせないようにと、彼かれらに強つよく命めいじた。そして、少女しょうじょに食たべ物ものを与あたえるようにと言いった。

マルコ6:8 そして、こう命めいじた。「旅たびには杖つえ一いち本ぽんのほかは何なんも持もって行いってはいけない。パンも、袋ふくろも、お金かねも、帯おびに入いれて持もって行いってはいけない。

マルコ6:27 王おうはすぐに死刑しけい執行しっこう人にんを送おくり、ヨハネの首くびを持もってくるよう命めいじた。執行しっこう人にんは出でて行いって、牢ろうの中なかでヨハネの首くびをはねた。

マルコ6:39 そこでイエスは、みんなを組くみごとに分わけて、青草あおくさの上うえに座すわらせるよう弟子でしたちに命めいじた。

マルコ7:36 イエスは、このことをだれにも言いわないようにと命めいじた。でも、命めいじれば命めいじるほど、人々ひとびとはますます言い広めいいひろめた。

マルコ8:6 イエスは群衆ぐんしゅうに、地面じめんに座すわるように命めいじた。そして七ななつのパンを取とり、感謝かんしゃの祈いのりをささげてからそれを裂さき、配くばるようにと弟子でしたちに渡わたした。弟子でしたちはそれを群衆ぐんしゅうに配くばった。

マルコ8:30 すると、イエスは自分じぶんのことをだれにも言いわないようにと、弟子でしたちに強つよく命めいじた。

マルコ8:35 自分じぶんの命いのちを救すくおうとする者ものは、それを失ううしなう。しかし、わたしのため、そして良よい知しらせのために命いのちを失ううしなう者ものは、それを救すくうのだ。

マルコ8:36 人ひとが全ぜん世界せかいを手てに入いれても、自分じぶんの命いのちを失うしなったら、何なんの得とくになるだろうか。

マルコ8:37 人ひとは自分じぶんの命いのちと引ひき換かえに、いったい何なんを差さし出だせるというのか。

マルコ9:9 山やまを下おりながら、イエスは彼かれらに、見みたことをだれにも話はなしてはいけないと命めいじた。人ひとの子こが死者ししゃの中なかからよみがえるときまでは、と。

マルコ9:25 イエスは、群衆ぐんしゅうが駆かけ寄よって来くるのを見みて、その汚よごれた霊れいをしかりつけて言いった。「口くちをきけなくし、耳みみを聞きこえなくする霊れいよ。わたしが命めいじる。この子こから出でて行いけ。もう二に度どと入はいるな。」

マルコ9:43 もしあなたの手てがあなたをつまずかせるなら、切きり捨すててしまいなさい。両手りょうてがそろったまま地獄じごくの、消きえることのない火ひの中なかに落おちるより、片手かたてになっても命いのちに入はいる方ほうがいい。

マルコ9:45 もし足あしがあなたをつまずかせるなら、切きり捨すててしまいなさい。両足りょうあしがそろったまま地獄じごくに投なげ込こまれるより、片足かたあしになっても命いのちに入はいる方ほうがいい。

マルコ10:3 イエスは答こたえた。「モーセはあなたたちに、何なんと命めいじましたか。」

マルコ10:17 イエスが旅たびに出でようとしていると、一人ひとりの男おとこが走はしり寄よってきた。そしてひざまずいて尋たずねた。「善よい先生せんせい、永遠えいえんの命いのちを受うけ継つぐには、何なんをすればいいのでしょうか。」

マルコ10:30 今いまこの時ときに、迫害はくがいも受うけながら、その百ひゃく倍ばいの家いえや兄弟きょうだい姉妹しまい、母はは、子こども、畑はたけを受うけ、そして来きたるべき世よで永遠えいえんのいのちを受うけない者ものは、一人ひとりもいない。

マルコ10:45 人ひとの子こも、仕つかえてもらうためではなく、仕つかえるために来きた。そして、多おおくの人ひとを救すくい出だす代かわりの代金だいきんとして、自分じぶんの命いのちを与あたえるために来きたのだ。」

マルコ12:30 あなたは心こころを尽つくし、命いのちを尽つくし、思おもいを尽つくし、力ちからを尽つくして、あなたの神かみである主しゅを愛あいしなさい。』

マルコ16:8 彼女かのじょたちは墓はかから出でて、逃にげ出だした。ふるえが止とまらず、我われを忘わすれていたのだ。そしてこわくて、だれにも何なんも言いわなかった。それから彼女かのじょたちは、命めいじられたことをすべて、ペテロとその仲間なかまに手短てみじかに伝つたえた。その後ご、イエス自身じしんも彼かれらを通とおして、東ひがしから西にしまで、永遠えいえんの救すくいを告つげる聖せいなる、朽くちることのないメッセージを送おくり出だした。アーメン。

ルカによる福音書(20か所)

ルカ4:10 聖書せいしょにはこう書かいてある。『神かみはあなたのために天使てんしたちに命めいじて、あなたを守まもらせる。』

ルカ5:14 イエスは彼かれに、このことをだれにも話はなさないようにと命めいじた。そして言いった。「祭司さいしのところに行いって、体からだを見みせなさい。そして、あなたがきよくなったことのために、モーセが命めいじたとおりのささげ物ものをしなさい。それが人々ひとびとへの証あかしになる。」

ルカ6:9 それからイエスは彼かれらに言いった。「あなたたちに聞きききたい。安息あんそく日ひにしていいのは、良よいことか、悪わるいことか。命いのちを救すくうことか、それとも滅ほろぼすことか。」

ルカ8:25 そしてイエスは弟子でしたちに言いった。「あなたたちの信仰しんこうはどこにあるのか。」彼かれらは恐おそれ、驚おどろいて、互たがいに言い合っいいあった。「いったいこの方かたはどなたなのだろう。風かぜにも水みずにも命めいじると、風かぜも水みずも従したがうなんて。」

ルカ8:29 というのも、イエスがその汚よごれた霊れいに、男おとこから出でていくように命めいじていたからだ。この霊れいは何なん度ども男おとこを襲おそっていた。人々ひとびとは彼かれを鎖くさりと足あしかせでつないで見張みはっていたが、彼かれはそれを引ひきちぎり、悪霊あくれいによって荒あれ野のへ追おい立たてられていたのだった。

ルカ8:31 そして悪霊あくれいたちは、自分じぶんたちを底そこなしの淵ふちへ行いけと命めいじないでほしいと、イエスに願ねがい続つづけた。

ルカ8:56 両親りょうしんはびっくりした。でもイエスは、起おきたことをだれにも話はなさないようにと二人ふたりに命めいじた。

ルカ9:21 するとイエスは、このことを誰だれにも話はなしてはいけないと、彼かれらに強つよく命めいじた。

ルカ9:24 自分じぶんの命いのちを救すくおうとする人ひとは、それを失ううしなう。でも、わたしのために自分じぶんの命いのちを失ううしなう人ひとは、それを救すくうことになる。

ルカ10:25 すると、ある律法りっぽうの専門せんもん家かが立たち上あがり、イエスを試ためそうとして言いった。「先生せんせい、永遠えいえんのいのちを受うけ継つぐには、何なんをすればいいのでしょうか。」

ルカ12:15 そして、みんなに言いった。「よく気きをつけて、どんな欲よくにも警戒けいかいしなさい。人ひとの命いのちは、財産ざいさんがあり余あまっているかどうかで決きまるものではないからだ。」

ルカ12:20 でも神かみは彼かれに言いった。『愚おろか者もの。おまえの命いのちは、今夜こんやのうちに取とり上あげられる。そうしたら、ためこんだ物ものはいったい誰だれのものになるのか。』

ルカ12:22 それからイエスは弟子でしたちに言いった。「だから言いっておく。何なんを食たべようかと自分じぶんの命いのちのことで悩なやんだり、何なんを着きようかと体からだのことで悩なやんだりしてはいけない。

ルカ12:23 命いのちは食たべ物ものより大切たいせつだし、体からだは着きる物ものより大切たいせつなんだ。

ルカ14:26 「わたしのところに来くる人ひとで、自分じぶんの父ちちや母はは、妻つまや子こども、兄弟きょうだいや姉妹しまい、それに自分じぶんの命いのちさえも憎にくまない者ものは、わたしの弟子でしになることはできない。

ルカ17:33 自分じぶんの命いのちを守まもろうとする人ひとは、それを失ううしなう。でも、命いのちを失ううしなう人ひとは、それを保たもつ。

ルカ18:18 すると、ある議員ぎいんがイエスにたずねた。「善よい先生せんせい、永遠えいえんのいのちを受うけ継つぐには、何なんをすればいいのでしょうか。」

ルカ18:30 この世よで何なん倍ばいもを受うけ取とり、次つぎに来くる世よでは永遠えいえんのいのちを受うけ取とる。」

ルカ18:40 イエスは立たち止どまり、その人ひとを連つれて来くるように命めいじた。彼かれが近ちかづくと、イエスは尋たずねた。

ルカ21:19 耐たえ忍しのぶことで、あなたたちは自分じぶんの命いのちを勝かち取とる。

ヨハネによる福音書(46か所)

ヨハネ1:4 この言葉ことばの中なかに、いのちがあった。そのいのちは、人々ひとびとを照てらす光ひかりであった。

ヨハネ3:15 それは、信しんじる者ものがみな、人ひとの子こによって永遠えいえんの命いのちを得えるためである。」

ヨハネ3:16 神かみは、実じつにこの世よを愛あいして、ひとり子ごをお与あたえになった。それは、御子みこを信しんじる者ものが一人ひとりも滅ほろびることなく、永遠えいえんの命いのちを得えるためである。

ヨハネ3:36 子こを信しんじる者ものは永遠えいえんの命いのちを持もつ。しかし、子こに従したがおうとしない者ものは命いのちを見みることがなく、神かみの怒いかりがその上うえにとどまり続つづける。」

ヨハネ4:10 イエスは答こたえた。「もしあなたが、神かみが与あたえようとしている贈おくり物もののことを知しり、そして『水みずを飲のませてほしい』と頼たのんでいるのがだれなのかを知しっていたら、あなたのほうからその人ひとに頼たのんだはずだ。そうすれば、その人ひとはあなたに、いのちを与あたえる水みずをあげただろう。」

ヨハネ4:14 わたしが与あたえる水みずを飲のむ人ひとは、いつまでも渇かわくことがない。それどころか、わたしが与あたえる水みずはその人ひとの中なかで泉いずみとなり、永遠えいえんの命いのちへと湧わき上あがる。

ヨハネ4:36 刈かり取とる人ひとは報酬ほうしゅうを受うけ取とり、永遠えいえんの命いのちに至いたる実みを集あつめている。それは、種たねをまく人ひとも刈かり取とる人ひとも、一緒いっしょに喜よろこぶためだ。

ヨハネ5:21 父ちちが死しんだ人ひとたちをよみがえらせて命いのちを与あたえるように、子こもまた、与あたえたいと思おもう人ひとに命いのちを与あたえる。

ヨハネ5:24 わたしははっきり言いっておく。わたしの言葉ことばを聞きいて、わたしを送おくった方かたを信しんじる人ひとは、永遠えいえんの命いのちを持もっている。その人ひとは裁さばかれることがなく、すでに死しから命いのちへと移うつっているのだ。

ヨハネ5:26 父ちちはいのちを自分じぶんのうちに持もっている。それと同おなじように、子こにも自分じぶんのうちにいのちを持もつことをお与あたえになった。

ヨハネ5:29 善ぜんを行おこなった人々ひとびとは、いのちを受うけるためによみがえる。悪あくを行おこなった人々ひとびとは、さばきを受うけるためによみがえる。それぞれ、墓はかから出でてくるのだ。

ヨハネ5:39 聖書せいしょを調しらべなさい。あなたたちは、その中なかに永遠えいえんの命いのちがあると思おもっているからだ。でも、その聖書せいしょこそ、わたしについて証あかしをするものなのだ。

ヨハネ5:40 わたしのもとに来くれば命いのちを得えられるのに、あなたたちは来こようとしない。

ヨハネ6:27 朽くちてなくなる食たべ物もののためではなく、いつまでも残のこる食たべ物もののために働はたらきなさい。それは永遠えいえんの命いのちにつながる食たべ物もので、人ひとの子こがあなたたちに与あたえるものだ。父ちちである神かみが、人ひとの子こにそのことを認みとめる印しるしを押おされたのだから。」

ヨハネ6:33 神かみのパンとは、天てんから降おりてきて、この世よに命いのちを与あたえるものだからだ。」

ヨハネ6:35 わたしは命いのちのパンである。わたしのもとに来くる人ひとは決けっして飢うえることがなく、わたしを信しんじる人ひとは決けっして渇かわくことがない。」

ヨハネ6:40 わたしの父ちちが望のぞんでいるのは、こうだ。子こを見みて信しんじる人ひとがみな、永遠えいえんの命いのちを得えること。そして、わたしはその人ひとたちを終おわりの日ひによみがえらせる。」

ヨハネ6:47 よくよく言いっておく。信しんじる者ものは永遠えいえんの命いのちを持もっている。

ヨハネ6:48 わたしは命いのちのパンである。

ヨハネ6:51 わたしは、天てんから下くだってきた、命いのちを与あたえる生いきたパンだ。このパンを食たべる人ひとはだれでも、永遠えいえんに生いきる。世界せかいを生いかすためにわたしが与あたえるパン、それはわたしの肉にくのことだ。

ヨハネ6:53 わたしはあなたたちにはっきり言ゆう。人ひとの子この肉にくを食たべ、その血ちを飲のまなければ、あなたたちの中なかに命いのちはない。

ヨハネ6:54 わたしの肉にくを食たべ、わたしの血ちを飲のむ人ひとは、永遠えいえんの命いのちを持もっている。わたしはその人ひとを終おわりの日ひによみがえらせる。

ヨハネ6:63 霊れいこそが人ひとを生いかす。肉にくは何なんの役やくにも立たたたない。わたしがあなたがたに話はなした言葉ことばは、霊れいであり、命いのちである。

ヨハネ6:68 シモン・ペテロが答こたえた。「主しゅよ、わたしたちは、いったいだれのところに行いけばいいのでしょう。永遠えいえんの命いのちの言葉ことばを持もっているのは、あなたです。

ヨハネ8:5 モーセは律法りっぽうの中なかで、こういう女おんなを石いしで打うち殺ころせと命めいじています。あなたはどう考かんがえますか。」

ヨハネ8:12 わたしは、この世よを照てらす光ひかりである。わたしについて来くる人ひとは、暗くらやみの中なかを歩あるくことがない。命いのちの光ひかりを持もつようになる。

ヨハネ10:10 盗人ぬすびとが来くるのは、盗ぬすんだり、殺ころしたり、壊こわしたりするためでしかない。わたしが来きたのは、人々ひとびとが命いのちを得えるため、しかもあふれるほど豊ゆたかに得えるためだ。

ヨハネ10:11 わたしは、良よい羊飼ひつじかいである。良よい羊飼ひつじかいは、羊ひつじのために自分じぶんの命いのちを投なげ出だす。

ヨハネ10:15 父ちちがわたしを知しっておられ、わたしも父ちちを知しっている。それと同おなじだ。だから、わたしは羊ひつじたちのために命いのちを投なげ出だす。

ヨハネ10:17 父ちちがわたしを愛あいしてくださるのは、わたしが自分じぶんの命いのちを捨すてるからだ。命いのちを捨すてるのは、それをもう一いち度ど受うけ取とるためだ。

ヨハネ10:18 だれかがわたしから命いのちを奪ううばうのではない。わたしが自分じぶんから、進すすんで捨すてるのだ。わたしには命いのちを捨すてる力ちからがあり、それをもう一いち度ど受うけ取とる力ちからもある。これは、わたしが父ちちから受うけた指図さしずなのだ。」

ヨハネ10:28 わたしは彼かれらに永遠えいえんの命いのちを与あたえる。だから彼かれらは決けっして滅ほろびることがなく、彼かれらをわたしの手てから奪うばい取とる者ものもいない。

ヨハネ11:25 イエスはマルタに言いった。「わたしはよみがえりであり、命いのちである。わたしを信しんじる人ひとは、死しんでも生いきる。

ヨハネ12:25 自分じぶんの命いのちを愛あいする人ひとは、それを失ううしなう。でも、この世よで自分じぶんの命いのちを惜おしまない人ひとは、それを守まもって永遠えいえんの命いのちへと至いたる。

ヨハネ12:49 わたしは自分じぶんから語かたったのではない。わたしを送おくってくださった父ちちご自身じしんが、何なんを言ゆうべきか、何なんを語かたるべきかを、わたしに命めいじられたのだ。

ヨハネ12:50 わたしは、この命令めいれいが永遠えいえんのいのちだと知しっている。だから、わたしが語かたることは、父ちちがわたしに言いわれたとおりに語かたっているのだ」

ヨハネ13:37 ペテロは言いった。「主しゅよ、どうして今いまはついて行いけないのですか。あなたのためなら、わたしは命いのちだって捨すてます。」

ヨハネ13:38 イエスは答こたえた。「わたしのために命いのちを捨すてるって言いうのか。よく聞きいてほしい。鶏にわとりが鳴なく前まえに、あなたは三さん度ど、わたしなんて知しらないと言いうことになる」

ヨハネ14:6 イエスは彼かれに言いわれた。「わたしは道みちであり、真理しんりであり、命いのちである。わたしを通とおしてでなければ、だれも父ちちのもとに行いくことはできない。

ヨハネ14:31 しかし、わたしが父ちちを愛あいしていることを、世よが知しるためだ。だからわたしは、父ちちが命めいじたとおりのことをする。さあ、立たって。ここから出でかけよう。

ヨハネ15:13 友とものために自分じぶんの命いのちを捨すてること。これ以上いじょうに大おおきな愛あいはない。

ヨハネ15:14 あなたがたは、わたしが命めいじることを行おこなうなら、わたしの友ともだ。

ヨハネ15:17 これらのことを命めいじるのは、あなたがたが互たがいに愛あいし合あうためだ。

ヨハネ17:2 あなたが子こに、すべての人ひとを治おさめる権威けんいをお与あたえになったのは、子こが、あなたから任まかされた人ひとみんなに、永遠えいえんのいのちを与あたえるためです。

ヨハネ17:3 わたしたちの永遠えいえんの命いのちとは、唯一ゆいいつのまことの神かみであるあなたと、あなたが送おくってくださったイエス・キリストを知しることである。

ヨハネ20:31 これらのことを書かいたのは、イエスこそが救すくい主ぬしキリスト、神かみの子こであると、あなたがたに信しんじてほしいからだ。そして信しんじることで、イエスの名なによっていのちを得えてほしいからである。

使徒行伝(50か所)

使徒1:4 そして、彼かれらと一緒いっしょにいるとき、イエスはこう命めいじました。「エルサレムを離はなれず、父ちちが約束やくそくしてくださったものを待まちなさい。それは、あなたがたがわたしから聞きいたことだ。

使徒2:28 あなたは、いのちの道みちをわたしに教おしえてくださった。あなたのみ前まえで、わたしを喜よろこびで満みたしてくださる。』

使徒3:15 そして、いのちの源みなもとである方かたを殺ころしたのです。しかし神かみは、この方かたを死者ししゃの中なかからよみがえらせました。わたしたちは、そのことの証人しょうにんです。

使徒4:15 そこで彼かれらは二人ふたりに議会ぎかいの外そとへ出でるように命めいじ、こう話はなし合あった。

使徒4:18 そして二人ふたりを呼よび戻もどし、イエスの名なで語かたることも教おしえることも、いっさいしてはならないと命めいじた。

使徒5:20 「行いきなさい。神殿しんでんに立たって、この命いのちの言葉ことばをすべて、人々ひとびとに語かたりなさい。」

使徒5:28 「あの名なを使つかって教おしえてはならないと、あれほどきつく命めいじておいたはずだ。それなのに、おまえたちはエルサレム中じゅうに自分じぶんたちの教おしえを広ひろめてしまった。しかも、あの男おとこが殺ころされた責任せきにんをわたしたちに負おわせようとしている。」

使徒5:34 ところが、最高さいこう法ほう院いんの中なかの一人ひとりが立たち上あがった。ガマリエルという名なのファリサイ派はの人ひとで、律法りっぽうの教師きょうしとして民たみ全体ぜんたいから尊敬そんけいされていた。彼かれは、使徒しとたちをしばらく外そとに出だすように命めいじてから、

使徒5:40 そして使徒しとたちを呼よび入いれ、鞭むちで打うってから、イエスの名なによって語かたってはならないと命めいじ、釈放しゃくほうした。

使徒7:44 わたしたちの先祖せんぞは、荒あれ野ので証あかしの幕屋まくやを持もっていた。それは、モーセに語かたりかけた方かたが、彼かれが見みせられた型かたのとおりに造つくるよう命めいじたものだった。

使徒8:33 彼かれは低くひくくされ、正ただしい裁さばきも奪うばわれた。彼かれの世代せだいのことを、だれが語かたり伝つたえられるだろう。彼かれのいのちが、地上ちじょうから取とり去さられるのだから。」

使徒10:33 それですぐに、あなたのところへ人ひとをやりました。よく来きてくださいました。今いま、わたしたちはみんな、神かみの前まえにこうして集あつまっています。主しゅがあなたにお命めいじになったことを、すべて聞きかせていただくためです。」

使徒10:42 そしてイエスは、わたしたちにこう命めいじました。生いきている人ひとにも死しんだ人ひとにも、神かみが裁さばく者ものとしてお立たてになったのはこのイエスだと、人々ひとびとに宣のべ伝つたえ、しっかり証あかしするように、と。

使徒10:48 そしてペテロは、イエス・キリストの名なによってバプテスマを受うけるよう、その人ひとたちに命めいじました。すると彼かれらは、もう数すう日じついてほしいとペテロに頼たのみました。

使徒11:18 これを聞きいた人々ひとびとは静しずかになり、神かみをたたえて言いった。「それでは、神かみはユダヤ人じん以外いがいの人々ひとびとにも、命いのちへと導みちびく悔くい改あらためを与あたえてくださったのだ。」

使徒12:19 ヘロデはペトロを捜ささがさせたが、見みつからなかった。それで番兵ばんぺいたちを取とり調しらべたうえで、処刑しょけいするように命めいじた。その後ご、ヘロデはユダヤからカイサリアに下くだって、しばらくそこに滞在たいざいした。

使徒13:46 すると、パウロとバルナバは堂々どうどうとこう言いった。「神かみの言葉ことばは、まずあなたたちに語かたられなければならなかった。でも、あなたたちはそれを拒こばみ、自分じぶんには永遠えいえんのいのちを受うける資格しかくがないと決きめてしまった。だから、わたしたちはこれから、ほかの国々くにぐにの人ひとたちのところへ向むかう。

使徒13:47 主しゅはわたしたちに、こう命めいじているのだ。『わたしはあなたを、多おおくの国々くにぐにを照てらす光ひかりとした。あなたが、地ちの果はてにまで救すくいをもたらすためだ。』」

使徒13:48 これを聞きいて、ほかの国々くにぐにの人ひとたちは喜よろこび、主しゅの言葉ことばをたたえた。そして、永遠えいえんのいのちに定さだめられていた人ひとたちは、みな信しんじた。

使徒15:5 ところが、ファリサイ派はの中なかから信者しんじゃになっていた人ひとたちが立たち上あがり、こう言いった。「外国がいこくの人ひとたちにも割礼かつれいを受うけさせ、モーセの律法りっぽうを守まもるように命めいじなければならない。」

使徒15:26 この二人ふたりは、わたしたちの主しゅイエス・キリストの名なのために、自分じぶんの命いのちをかけてきた人ひとたちです。

使徒16:18 彼女かのじょは何なん日にちもこれを続つづけた。パウロはうんざりして、振ふり向むいて霊れいに言いった。「イエス・キリストの名なによって命めいじる。この女おんなから出でて行いけ。」すると霊れいは、その場ばですぐに出でて行いった。

使徒16:22 群衆ぐんしゅうも一緒いっしょになって二人ふたりを責せめたてた。高官こうかんたちは二人ふたりの服ふくをはぎ取とり、むちで打うつように命めいじた。

使徒16:23 何なん度どもむちで打うったあと、二人ふたりを牢ろうに入いれ、看守かんしゅにしっかり見張みはるように命めいじた。

使徒17:25 また、何なんかが足たりないかのように、人ひとの手てで世話せわをされることもありません。むしろ神かみご自身じしんが、すべての人ひとに命いのちと息いきと、あらゆるものを与あたえているのです。

使徒17:30 神かみは、こうした無知むちの時代じだいを大目おおめに見みてきました。しかし今いまは、どこにいるどんな人ひとにも、心こころを入いれかえるようにと命めいじています。

使徒18:2 そこで、アキラという名前なまえのユダヤ人じんに出会であった。ポントス生うまれのこの人ひとは、少すこし前まえにイタリアから来きていた。皇帝こうていクラウディウスが、すべてのユダヤ人じんにローマを出でて行いくよう命めいじたからだ。パウロは、妻つまのプリスキラといっしょにいたこの夫婦ふうふのもとを訪たずねた。

使徒19:13 ところで、あちこちを巡めぐり歩あるいて悪霊あくれいを追おい出だすユダヤ人じんたちの中なかにも、主しゅイエスの名なを使つかってみようとする者ものたちがいた。彼かれらは悪霊あくれいに取とりつかれた人ひとに向むかって、「パウロが宣のべ伝つたえているあのイエスの名なによって、お前まえたちに命めいじる」と言いうのだった。

使徒20:24 でも、わたしは自分じぶんの命いのちを少すこしも惜おしいとは思おもっていません。自分じぶんの走はしるべき道みちを走はしり抜ぬき、主しゅイエスから受うけた務つとめを果はたせるなら、それでいいのです。その務つとめとは、神かみの恵めぐみの福音ふくいんを伝つたえることです。

使徒21:33 そこで隊長たいちょうは近ちかづいてパウロを捕とらえ、鎖くさり二に本ぽんでつなぐように命めいじた。そして、この男おとこはだれで、何なんをしたのかと尋たずねた。

使徒21:34 しかし群衆ぐんしゅうの中なかでは、めいめいが勝手かってなことを叫さけんでいた。騒さわぎがひどくて確たしかなことがわからなかったので、隊長たいちょうはパウロを兵営へいえいに連つれて行いくように命めいじた。

使徒22:24 そこで千せん人にん隊長たいちょうはパウロを兵営へいえいの中なかに入いれるように命めいじた。そして、人々ひとびとがなぜこれほど彼かれに向むかって叫さけぶのか、その理由りゆうを知しろうとして、鞭むちで打うって取とり調しらべるように言いった。

使徒22:30 翌日よくじつ、千せん人にん隊長たいちょうは、ユダヤ人じんがパウロを訴うったえている本当ほんとうの理由りゆうを知しろうとして、彼かれの縄なわを解といた。そして祭司さいし長ちょうたちと最高さいこう法ほう院いんの全員ぜんいんを集あつめるように命めいじ、パウロを連つれて行いって、彼かれらの前まえに立たたたせた。

使徒23:2 すると大だい祭司さいしアナニアは、そばに立たっている者ものたちに、パウロの口くちを打うつように命めいじた。

使徒23:3 それでパウロは彼かれに言いった。「白しろく塗ぬった壁かべのようなあなたを、神かみが打うたれる。あなたは律法りっぽうに従したがってわたしを裁さばくために座すわっていながら、その律法りっぽうを破やぶって、わたしを打うてと命めいじるのか。」

使徒23:10 対立たいりつがますます激はげしくなったので、千せん人にん隊長たいちょうはパウロが彼かれらに引ひき裂さかれてしまうのを恐おそれた。そして兵士へいしたちに、下おりて行いって彼かれらの中なかからパウロを力ちからずくで連つれ出だし、兵営へいえいに連つれて行いくように命めいじた。

使徒23:22 そこで千せん人にん隊長たいちょうは、「このことをわたしに知しらせたと、だれにも言ゆうな」と命めいじて、若者わかものを帰かえらせた。

使徒23:30 ところが、この男おとこを殺ころそうとする計画けいかくがあると知しらせを受うけたので、すぐに彼かれをあなたのもとへ送おくります。訴うったえる者ものたちにも、あなたの前まえで彼かれについて申もうし立たてるよう命めいじておきました。」

使徒23:31 そこで兵士へいしたちは、命めいじられたとおりにパウロを引ひき取とり、夜よるのうちにアンティパトリスまで連つれて行いった。

使徒23:35 「お前まえを訴うったえる者ものたちが来きたら、詳くわしく調しらべよう」と言いった。そして、ヘロデの官邸かんていでパウロを見張みはっておくように命めいじた。

使徒24:23 それから百ひゃく人にん隊長たいちょうに命めいじて、パウロを見張みはらせた。ただし、ある程度ていどの自由じゆうは与あたえ、身みの回まわりの世話せわをする仲間なかまたちを妨さまたげないようにと指示しじした。

使徒25:6 フェストは彼かれらのもとで八よう日かか十とお日かほど過すごしてから、カイサリアへ下くだって行いった。そして翌日よくじつ、裁判さいばんの席せきに着つき、パウロを連つれて来くるように命めいじた。

使徒25:17 そういうわけで、彼かれらがここに集あつまったとき、わたしは少すこしも延のばさず、翌日よくじつには裁判さいばんの席せきに着つき、その男おとこを連つれて来くるように命めいじました。

使徒25:21 けれどもパウロは、皇帝こうていの判断はんだんを仰あおぐまで身柄みがらを留とめ置おいてほしいと願ねがい出でました。そこでわたしは、彼かれを皇帝こうていのもとに送おくるときまで、そのまま拘留こうりゅうしておくように命めいじたのです。」

使徒25:23 そして翌日よくじつ、アグリッパとベルニケは、盛大せいだいな装よそおいでやって来きた。そして、軍ぐんの指揮しき官かんたちや町まちのおもだった人々ひとびとと一緒いっしょに広間ひろまに入はいった。フェストゥスが命めいじると、パウロが連つれて来こられた。

使徒27:10 「みなさん、この航海こうかいは危険きけんだと思おもいます。積つみ荷にや船ふねだけでなく、わたしたちの命いのちまで失ううしなう、大おおきな損害そんがいになるでしょう。」

使徒27:22 でも今いま、元気げんきを出だしてください。あなたがたのうち、命いのちを失ううしなう人ひとは一人ひとりもいません。失うしなわれるのは船ふねだけです。

使徒27:24 こう言いったのです。『パウロ、こわがることはない。あなたは必かならず皇帝こうていの前まえに立たつことになる。そして、神かみは情なさけ深ぶかく、あなたと一緒いっしょに航海こうかいしている人ひとたち全員ぜんいんの命いのちを、あなたに与あたえてくださった。』

使徒27:43 しかし、百ひゃく人にん隊長たいちょうはパウロを助たすけたいと思おもい、その計画けいかくをやめさせた。そして、泳およげる者ものにはまず海うみに飛とび込こんで陸りくに上あがるように命めいじ、

使徒27:44 残のこりの者ものには、板いたや船ふねの壊こわれた部分ぶぶんにつかまって上あがるように命めいじた。こうして、全員ぜんいんが無事ぶじに陸りくにたどり着ついた。

ローマ人への手紙(15か所)

ローマ2:7 善ぜんを忍耐にんたい強つよく行おこない、栄光えいこうと誉ほまれと朽くちないものを求もとめる人ひとには、永遠えいえんのいのちが与あたえられる。

ローマ2:14 異邦いほう人にんは律法りっぽうを持もっていない。それでも、その律法りっぽうが命めいじることを生うまれつき行おこなうことがある。そういう人ひとたちは、律法りっぽうを持もたなくても、自分じぶん自身じしんが自分じぶんにとっての律法りっぽうなのだ。

ローマ5:10 わたしたちは神かみに敵対てきたいしていた。それでも、神かみの子この死しによって神かみと和解わかいさせてもらえた。だとすれば、和解わかいした今いま、その子このいのちによって救すくわれるのは、なおさら確実かくじつなことだ。

ローマ5:17 もし一人ひとりの人ひとの罪つみによって、その一人ひとりを通とおして死しが支配しはいするようになったのなら、なおさらのこと、あふれるほどの恵めぐみと、義ぎという贈おくり物ものを受うけ取とる人ひとたちは、一人ひとりのイエス・キリストを通とおして、いのちの中なかで支配しはいするようになる。

ローマ5:18 だから、こういうことだ。一人ひとりの罪つみによってすべての人ひとが有罪ゆうざいとされたように、一人ひとりの正ただしい行おこないによって、すべての人ひとにいのちを与あたえる義ぎがもたらされる。

ローマ5:21 罪つみが死しによって支配しはいしていたように、恵めぐみもまた、義ぎによってわたしたちを支配しはいし、わたしたちの主しゅイエス・キリストを通とおして、永遠えいえんのいのちへと導みちびくためだ。

ローマ6:4 だから、わたしたちはこの洗礼せんれいによって、キリストの死しにあずかり、キリストとともに葬ほうむられた。それは、キリストが父ちちの栄光えいこうによって死者ししゃの中なかから復活ふっかつしたように、わたしたちも新あたらしいいのちを生いきるためである。

ローマ6:22 でも今いまは違ちがう。あなたがたは罪つみから解放かいほうされ、神かみに仕つかえる者ものとなった。その実みとして、あなたがたは清きよめられていき、たどり着つく先さきは永遠えいえんのいのちだ。

ローマ6:23 罪つみが支払しはらう報酬ほうしゅうは死し。でも神かみが与あたえてくれる贈おくり物ものは、わたしたちの主しゅイエス・キリストのもとにある永遠えいえんの命いのちだ。

ローマ7:10 わたしは死しんだ。命いのちに導みちびくはずのその戒いましめが、かえってわたしを死しに導みちびくものだと分わかった。

ローマ8:2 キリスト・イエスにある、いのちを与あたえる御ご霊れいの原理げんりが、罪つみと死しの原理げんりからあなたを解放かいほうしたからだ。

ローマ8:6 肉にくに従したがう思おもいは死しにつながる。でも御ご霊れいに従したがう思おもいは、いのちと平安へいあんをもたらす。

ローマ8:38 わたしは確信かくしんしている。死しも、いのちも、天使てんしも、目めに見みえない力ちからある存在そんざいも、今いまあるものも、これから来くるものも、どんな力ちからも、

ローマ11:3 主しゅよ、あの人ひとたちはあなたの預言よげん者しゃたちを殺ころし、あなたの祭壇さいだんを壊こわしました。残のこされたのはわたし一人ひとり。その上うえ、あの人ひとたちはわたしの命いのちまで狙ねらっているのです。

ローマ16:4 彼かれらは、わたしの命いのちを救すくうために、自分じぶんの首くびを差さし出だしてくれた。わたしだけでなく、外国がいこく人にんの教会きょうかいすべてが、彼かれらに感謝かんしゃしている。

コリント人への第一の手紙(6か所)

コリント第一3:22 パウロも、アポロも、ケファも、世界せかいも、命いのちも、死しも、今いまあるものも、これから来くるものも、すべてはあなたがたのものだ。

コリント第一7:10 結婚けっこんしている人ひとたちには、こう命めいじる。命めいじるのはわたしではなく、主しゅだ。妻つまは夫おっとと別わかれてはいけない。

コリント第一11:17 さて、次つぎのことを命めいじるにあたって、わたしはあなたがたをほめるわけにはいかない。あなたがたの集あつまりが、良よい方向ほうこうにではなく、かえって悪わるい方向ほうこうに向むかっているからだ。

コリント第一14:7 笛ふえや竪琴たてごとのような、命いのちのない楽器がっきでさえそうだ。もし音おとに区別くべつがなければ、笛ふえの音おとなのか竪琴たてごとの音おとなのか、どうやってわかるだろう。

コリント第一15:19 もしわたしたちがこの世よの命いのちだけのためにキリストに望のぞみをかけているのなら、わたしたちはすべての人ひとの中なかで最ももっともあわれな者ものだ。

コリント第一15:45 こう書かいてあるとおりだ。「最初さいしょの人ひとアダムは、生いきるものとなった。」その最後さいごのアダムは、命いのちを与あたえる霊れいとなった。

コリント人への第二の手紙(7か所)

コリント第二1:23 わたしは自分じぶんの命いのちをかけて、神かみを証人しょうにんとして呼よび求もとめる。わたしがまだコリントへ行いかずにいるのは、あなたがたをかばうためだ。

コリント第二2:16 滅ほろびていく人々ひとびとにとっては、死しから死しへと導みちびく香かおり。救すくわれていく人々ひとびとにとっては、命いのちから命いのちへと導みちびく香かおりだ。こんな務つとめを、いったい誰だれが果はたせるだろう。

コリント第二3:6 その神かみが、わたしたちを新あたらしい契約けいやくに仕つかえる者ものとしてふさわしくしてくださった。それは文字もじによるものではなく、霊れいによるものだ。文字もじは人ひとを殺ころすが、霊れいは命いのちを与あたえるからだ。

コリント第二4:10 わたしたちはいつも、イエスの死しをこの身みに負おって生いきている。それは、イエスのいのちもまた、わたしたちのこの身みに現あらわれるためだ。

コリント第二4:11 生いきているわたしたちは、イエスのためにいつも死しに引ひき渡わたされている。それは、イエスのいのちが、わたしたちの死しぬべき身みに現あらわれるためだ。

コリント第二4:12 こうして、死しはわたしたちの中なかで働はたらき、いのちはあなたがたの中なかで働はたらいている。

コリント第二5:4 この幕屋まくやのような体からだの中なかにいるわたしたちは、重荷おもにを負おってうめいている。今いまの体からだを脱ぬぎ捨すてたいからではなく、その上うえに天てんの住すまいを着きたいからだ。そうして、死しぬべきものが、いのちにのみ込こまれるためだ。

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