「知れる」(しれる)が出てくる聖書の箇所

「知れる」(しれる)は口語訳の86か所(旧約43・新約43)に出てきます。「しれる」も含みます。日常訳第1版では101か所。

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創世記(6か所)

創世記3:22 主しゅなる神かみは言いわれた、「見みよ、人ひとはわれわれのひとりのようになり、善悪ぜんあくを知しるものとなった。彼かれは手てを伸のべ、命いのちの木きからも取とって食たべ、永久えいきゅうに生いきるかも知しれない」。

創世記26:7 その所ところの人々ひとびとが彼かれの妻つまのことを尋たずねたとき、「彼女かのじょはわたしの妹いもうとです」と彼かれは言いった。リベカは美うつくしかったので、その所ところの人々ひとびとがリベカのゆえに自分じぶんを殺ころすかもしれないと思おもって、「わたしの妻つまです」と言いうのを恐おそれたからである。

創世記26:9 そこでアビメレクはイサクを召めして言いった、「彼女かのじょは確たしかにあなたの妻つまです。あなたはどうして『彼女かのじょはわたしの妹いもうとです』と言いわれたのですか」。イサクは彼かれに言いった、「わたしは彼女かのじょのゆえに殺ころされるかもしれないと思おもったからです」。

創世記27:2 イサクは言いった。「わたしは年老としおいて、いつ死しぬかも知しれない。

創世記38:11 そこでユダはその子この妻つまタマルに言いった、「わたしの子こシラが成人せいじんするまで、寡婦かふのままで、あなたの父ちちの家いえにいなさい」。彼かれは、シラもまた兄弟きょうだいたちのように死しぬかもしれないと、思おもったからである。それでタマルは行いって父ちちの家いえにおった。

創世記41:21 腹はらにはいっても、腹はらにはいった事ことが知しれず、やはり初はじめのように醜みにくかった。ここでわたしは目めが覚さめた。

出エジプト記(2か所)

出エジプト2:14 彼かれは言いった、「だれがあなたを立たてて、われわれのつかさ、また裁判さいばん人にんとしたのですか。エジプトびとを殺ころしたように、あなたはわたしを殺ころそうと思おもうのですか」。モーセは恐おそれた。そしてあの事ことがきっと知しれたのだと思おもった。

出エジプト32:30 あくる日ひ、モーセは民みんに言いった、「あなたがたは大おおいなる罪つみを犯おかした。それで今いま、わたしは主しゅのもとに上のぼって行いく。あなたがたの罪つみを償つぐなうことが、できるかも知しれない」。

民数記(3か所)

民数記22:6 どうぞ今いまきてわたしのためにこの民たみをのろってください。彼かれらはわたしよりも強つよいのです。そうしてくだされば、われわれは彼かれらを撃うって、この国くにから追おい払はらうことができるかもしれません。あなたが祝福しゅくふくする者ものは祝福しゅくふくされ、あなたがのろう者しゃはのろわれることをわたしは知しっています」。

民数記22:11 『エジプトから出でてきた民たみがあり、地ちのおもてをおおっています。どうぞ今いまきてわたしのために彼かれらをのろってください。そうすればわたしは戦たたかって、彼かれらを追おい払はらうことができるかもしれません』」。

民数記23:27 バラクはバラムに言いった、「どうぞ、おいでください。わたしはあなたをほかの所ところへお連つれしましょう。神かみはあなたがそこからわたしのために彼かれらをのろうことを許ゆるされるかもしれません」。

申命記(1か所)

申命記13:6 同おなじ母ははに生うまれたあなたの兄弟きょうだい、またはあなたのむすこ、娘むすめ、またはあなたのふところの妻つま、またはあなたと身命しんみょうを共ともにする友ともが、ひそかに誘さそって『われわれは行いって他ほかの神々かみがみに仕つかえよう』と言ゆうかも知しれない。これはあなたも先祖せんぞたちも知しらなかった神々かみがみ、

ヨシュア記(3か所)

ヨシュア記9:7 しかし、イスラエルの人々ひとびとはそのヒビびとたちに言いった、「あなたがたはわれわれのうちに住すんでいるのかも知しれないから、われわれはどうしてあなたがたと契約けいやくが結むすべましょう」。

ヨシュア記22:24 しかし、われわれは次つぎのことを考かんがえてしたのです。すなわち、のちの日ひになって、あなたがたの子孫しそんが、われわれの子孫しそんにむかって言いうことがあるかも知しれません、『あなたがたは、イスラエルの神かみ、主しゅと、なんの関係かんけいがあるのですか。

ヨシュア記22:25 ルベンの子孫しそんと、ガドの子孫しそんよ、主しゅは、あなたがたと、われわれとの間あいだに、ヨルダンを境さかいとされました。あなたがたは主しゅの民たみの特権とっけんがありません』。こう言いって、あなたがたの子孫しそんが、われわれの子孫しそんに、主しゅを拝おがむことをやめさせるかも知しれないので、

士師記(1か所)

士師記16:9 女おんなはかねて奥おくのへやに人ひとを忍しのばせておいて、サムソンに言いった、「サムソンよ、ペリシテびとがあなたに迫せまっています」。しかしサムソンはその弓弦ゆづるを、あたかも亜麻あま糸いとが火ひにあって断たたたれるように断たち切きった。こうして彼かれの力ちからの秘密ひみつは知しれなかった。

サムエル記上(2か所)

サムエル第一13:12 わたしは、ペリシテびとが今いまにも、ギルガルに下くだってきて、わたしを襲おそうかも知しれないのに、わたしはまだ主しゅの恵めぐみを求もとめることをしていないと思おもい、やむを得えず燔祭はんさいをささげました」。

サムエル第一29:4 しかしペリシテびとの君きみたちは彼かれに向むかって怒おこった。そしてペリシテびとの君きみたちは彼かれに言いった、「この人ひとを帰かえらせて、あなたが彼かれを置おいたもとの所ところへ行いかせなさい。われわれと一緒いっしょに彼かれを戦たたかいに下くだらせてはならない。戦たたかいの時とき、彼かれがわれわれの敵てきとなるかも知しれないからである。この者ものは何なんをもってその主君しゅくんとやわらぐことができようか。ここにいる人々ひとびとの首くびをもってするほかはあるまい。

サムエル記下(5か所)

サムエル第二12:18 七なな日か目めにその子こは死しんだ。ダビデの家来けらいたちはその子こが死しんだことをダビデに告つげるのを恐おそれた。それは彼かれらが、「見みよ、子このなお生いきている間あいだに、われわれが彼かれに語かたったのに彼かれはその言葉ことばを聞ききいれなかった。どうして彼かれにその子この死しんだことを告つげることができようか。彼かれは自みずからを害がいするかも知しれない」と思おもったからである。

サムエル第二12:22 ダビデは言いった、「子この生いきている間あいだに、わたしが断食だんじきして泣ないたのは、『主しゅがわたしをあわれんで、この子こを生いかしてくださるかも知しれない』と思おもったからです。

サムエル第二14:15 わたしがこの事ことを王おう、わが主しゅに言いおうとして来きたのは、わたしが民たみを恐おそれたからです。つかえめは、こう思おもったのです、『王おうに申もうし上あげよう。王おうは、はしための願ねがいのようにしてくださるかもしれない。

サムエル第二16:12 主しゅはわたしの悩なやみを顧かえりみてくださるかもしれない。また主しゅはきょう彼かれののろいにかえて、わたしに善ぜんを報むくいてくださるかも知しれない」。

サムエル第二17:19 女おんなはおおいを取とってきて井戸いどの口くちの上うえにひろげ、麦むぎをその上うえにまき散ちらした。それゆえその事ことは何なんも知しれなかった。

列王紀上(1か所)

列王紀上18:5 アハブはオバデヤに言いった、「国くに中ちゅうのすべての水みずの源みなもとと、すべての川かわに行いってみるがよい。馬うまと騾馬らばを生いかしておくための草くさがあるかもしれない。そうすれば、われわれは家畜かちくをいくぶんでも失うしなわずにすむであろう」。

列王紀下(2か所)

列王紀下2:16 彼かれに言いった、「しもべらの所ところに力ちからの強つよい者ものが五十ごじゅう人にんいます。どうぞ彼かれらをつかわして、あなたの主人しゅじんを尋たずねさせてください。主しゅの霊れいが彼かれを引ひきあげて、彼かれを山やまか谷たにに投なげたのかも知しれません」。エリシャは「つかわしてはならない」と言いったが、

列王紀下19:4 あなたの神かみ、主しゅはラブシャケがその主君しゅくんアッスリヤの王おうにつかわされて、生いける神かみをそしったもろもろの言葉ことばを聞きかれたかもしれません。そしてあなたの神かみ、主しゅはその聞きいた言葉ことばをとがめられるかもしれません。それゆえ、この残のこっている者もののために祈いのりをささげてください』」。

エステル記(1か所)

エステル記2:22 その事ことがモルデカイに知しれたので、彼かれはこれを王妃おうひエステルに告つげ、エステルはこれをモルデカイの名なをもって王おうに告つげた。

ヨブ記(5か所)

ヨブ記1:5 そのふるまいの日ひがひとめぐり終おわるごとに、ヨブは彼かれらを呼よび寄よせて聖別せいべつし、朝あさ早はやく起おきて、彼かれらすべての数かずにしたがって燔祭はんさいをささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪つみを犯おかし、その心こころに神かみをのろったかもしれない」と思おもったからである。ヨブはいつも、このように行おこなった。

ヨブ記3:16 なにゆえ、わたしは人ひと知しれずおりる胎児たいじのごとく、光ひかりを見みないみどりごのようでなかったのか。

ヨブ記9:10 彼かれが大おおいなる事ことをされることは測はかりがたく、不思議ふしぎな事ことをされることは数かず知しれない。

ヨブ記26:2 「あなたは力ちからのない者ものをどれほど助たすけたかしれない。気力きりょくのない腕うでをどれほど救すくったかしれない。

ヨブ記26:3 知恵ちえのない者ものをどれほど教おしえたかしれない。悟さとりをどれほど多おおく示ししめしたかしれない。

雅歌(1か所)

雅歌6:8 王妃おうひは六十ろくじゅう人にん、そばめは八十はちじゅう人にん、また数かずしれぬおとめがいる。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書37:4 あなたの神かみ、主しゅは、あるいはラブシャケのもろもろの言葉ことばを聞きかれたかもしれません。彼かれはその主君しゅくんアッスリヤの王おうにつかわされて、生いける神かみをそしりました。あなたの神かみ、主しゅはその言葉ことばを聞きいて、あるいは責せめられるかもしれません。それゆえ、この残のこっている者もののために祈いのりをささげてください』」。

イザヤ書47:12 あなたが若わかい時ときから勤つとめ行いったあなたの魔法まほうと、多おおくの魔術まじゅつとをもって立たちむかってみよ、あるいは成功せいこうするかもしれない、あるいは敵てきを恐おそれさせるかもしれない。

エレミヤ書(5か所)

エレミヤ書21:2 「バビロンの王おうネブカデレザルがわれわれを攻せめようとしているゆえ、われわれのために主しゅに尋たずねてほしい。主しゅはそのもろもろの不思議ふしぎなわざをもって、われわれを助たすけ、バビロンの王おうをわれわれから退しりぞかせられるかも知しれない」と言いわせた。その時とき、主しゅの言葉ことばがエレミヤに臨のぞんだ。

エレミヤ書26:3 彼かれらが聞きいて、おのおのその悪わるい道みちを離はなれることがあるかも知しれない。そのとき、わたしは彼かれらの行おこないの悪わるいために、災わざわいを彼かれらに下くだそうとしたのを思おもいなおす。

エレミヤ書36:3 ユダの家いえがわたしの下くだそうとしているすべての災わざわいを聞きいて、おのおのその悪わるい道みちを離はなれて帰かえることもあろう。そうすれば、わたしはそのとがとその罪つみをゆるすかも知しれない」。

エレミヤ書40:15 カレヤの子こヨハナンはミヅパでひそかにゲダリヤに言いった、「わたしが行いって、人ひとに知しれないように、ネタニヤの子こイシマエルを殺ころしましょう。どうして彼かれがあなたを殺ころして、あなたの周囲しゅういに集あつまっているユダヤ人にんを散ちらし、ユダの残のこった者ものを滅ほろぼしてよいでしょう」。

エレミヤ書51:8 バビロンはたちまち倒たおれて破やぶれた。これがために嘆なげけ。その傷きずのために乳香にゅうこうを取とれ。あるいは、いえるかも知しれない。

ダニエル書(1か所)

ダニエル書4:27 それゆえ王おうよ、あなたはわたしの勧告かんこくをいれ、義ぎを行おこなって罪つみを離はなれ、しえたげられる者ものをあわれんで、不義ふぎを離はなれなさい。そうすれば、あるいはあなたの繁栄はんえいが、長ながく続つづくかもしれません」。

ヨナ書(1か所)

ヨナ書3:9 あるいは神かみはみ心こころをかえ、その激はげしい怒いかりをやめて、われわれを滅ほろぼされないかもしれない。だれがそれを知しるだろう」。

マラキ書(1か所)

マラキ書1:4 もしエドムが「われわれは滅ほろぼされたけれども、荒あれた所ところを再ふたたび建たてる」と言ゆうならば、万まん軍ぐんの主しゅは「彼かれらは建たてるかもしれない。しかしわたしはそれを倒たおす。人々ひとびとは、彼かれらを悪あしき国くにととなえ、とこしえに主しゅの怒いかりをうける民たみととなえる」と言いわれる。

マタイによる福音書(5か所)

マタイ6:18 それは断食だんじきをしていることが人ひとに知しれないで、隠かくれた所ところにおいでになるあなたの父ちちに知しられるためである。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいて下くださるであろう。

マタイ9:30 すると彼かれらの目めが開ひらかれた。イエスは彼かれらをきびしく戒いましめて言いわれた、「だれにも知しれないように気きをつけなさい」。

マタイ13:29 彼かれは言いった、『いや、毒麦どくむぎを集あつめようとして、麦むぎも一緒いっしょに抜ぬくかも知しれない。

マタイ26:5 しかし彼かれらは言いった、「祭まつりの間あいだはいけない。民衆みんしゅうの中なかに騒さわぎが起おこるかも知しれない」。

マタイ27:64 ですから、三みっ日か目めまで墓はかの番ばんをするように、さしずをして下ください。そうしないと、弟子でしたちがきて彼かれを盗ぬすみ出だし、『イエスは死人しにんの中なかから、よみがえった』と、民衆みんしゅうに言いいふらすかも知しれません。そうなると、みんなが前まえよりも、もっとひどくだまされることになりましょう」。

マルコによる福音書(4か所)

マルコ6:14 さて、イエスの名なが知しれわたって、ヘロデ王おうの耳みみにはいった。ある人々ひとびとは「バプテスマのヨハネが、死人しにんの中なかからよみがえってきたのだ。それで、あのような力ちからが彼かれのうちに働はたらいているのだ」と言いいい、

マルコ7:24 さて、イエスは、そこを立たち去さって、ツロの地方ちほうに行いかれた。そして、だれにも知しれないように、家いえの中なかにはいられたが、隠かくれていることができなかった。

マルコ13:36 あるいは急きゅうに帰かえってきて、あなたがたの眠ねむっているところを見みつけるかも知しれない。

マルコ14:2 彼かれらは、「祭まつりの間あいだはいけない。民衆みんしゅうが騒さわぎを起おこすかも知しれない」と言いっていた。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ8:31 悪霊あくりょうどもは、底そこ知しれぬ所ところに落おちて行いくことを自分じぶんたちにお命めいじにならぬようにと、イエスに願ねがいつづけた。

ルカ14:8 「婚こん宴えんに招まねかれたときには、上座かみざにつくな。あるいは、あなたよりも身分みぶんの高たかい人ひとが招まねかれているかも知しれない。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ4:29 「わたしのしたことを何なんもかも、言いいあてた人ひとがいます。さあ、見みにきてごらんなさい。もしかしたら、この人ひとがキリストかも知しれません」。

ヨハネ5:14 そののち、イエスは宮みやでその人ひとに出会であったので、彼かれに言いわれた、「ごらん、あなたはよくなった。もう罪つみを犯おかしてはいけない。何なんかもっと悪わるいことが、あなたの身みに起おこるかも知しれないから」。

使徒行伝(8か所)

使徒1:19 そして、この事ことはエルサレムの全ぜん住民じゅうみんに知しれわたり、そこで、この地所じしょが彼かれらの国語こくごでアケルダマと呼よばれるようになった。「血ちの地所じしょ」との意いである。)

使徒4:16 言いった、「あの人ひとたちを、どうしたらよかろうか。彼かれらによって著いちじるしいしるしが行おこなわれたことは、エルサレムの住民じゅうみん全体ぜんたいに知しれわたっているので、否定ひていしようもない。

使徒5:39 しかし、もし神かみから出でたものなら、あの人ひとたちを滅ほろぼすことはできまい。まかり違ちがえば、諸君しょくんは神かみを敵てきにまわすことになるかも知しれない」。そこで彼かれらはその勧告かんこくにしたがい、

使徒7:13 二に回かい目めの時ときに、ヨセフが兄弟きょうだいたちに、自分じぶんの身みの上うえを打うち明あけたので、彼かれの親族しんぞく関係かんけいがパロに知しれてきた。

使徒8:22 だから、この悪事あくじを悔くいて、主しゅに祈いのれ。そうすればあるいはそんな思おもいを心こころにいだいたことが、ゆるされるかも知しれない。

使徒9:42 このことがヨッパ中ちゅうに知しれわたり、多おおくの人々ひとびとが主しゅを信しんじた。

使徒19:17 このことがエペソに住すむすべてのユダヤ人にんやギリシヤ人にんに知しれわたって、みんな恐怖きょうふに襲おそわれ、そして、主しゅイエスの名ながあがめられた。

使徒23:9 そこで、大騒おおさわぎとなった。パリサイ派はのある律法りっぽう学がく者しゃたちが立たって、強つよく主張しゅちょうして言いった、「われわれは、この人ひとには何なんも悪わるいことがないと思おもう。あるいは、霊れいか天使てんしかが、彼かれに告つげたのかも知しれない」。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ10:7 また、「だれが底そこ知しれぬ所ところに下くだるであろうかと言ゆうな」。それは、キリストを死人しにんの中なかから引ひき上あげることである。

コリント人への第一の手紙(3か所)

コリント第一7:5 互たがいに拒こばんではいけない。ただし、合意ごういの上うえで祈いのりに専心せんしんするために、しばらく相あい別わかれ、それからまた一緒いっしょになることは、さしつかえない。そうでないと、自制じせい力りょくのないのに乗じじょうじて、サタンがあなたがたを誘惑ゆうわくするかも知しれない。

コリント第一9:27 すなわち、自分じぶんのからだを打うちたたいて服従ふくじゅうさせるのである。そうしないと、ほかの人ひとに宣のべ伝つたえておきながら、自分じぶんは失格しっかく者しゃになるかも知しれない。

コリント第一16:6 あなたがたの所ところでは、たぶん滞在たいざいするようになり、あるいは冬ふゆを過すごすかも知しれない。そうなれば、わたしがどこへゆくにしても、あなたがたに送おくってもらえるだろう。

コリント人への第二の手紙(2か所)

コリント第二2:7 あなたがたはむしろ彼かれをゆるし、また慰なぐさめてやるべきである。そうしないと、その人ひとはますます深ふかい悲かなしみに沈しずむかも知しれない。

コリント第二12:6 もっとも、わたしが誇ほころうとすれば、ほんとうの事ことを言いうのだから、愚おろか者ものにはならないだろう。しかし、それはさし控ひかえよう。わたしがすぐれた啓示けいじを受うけているので、わたしについて見みたり聞きいたりしている以上いじょうに、人ひとに買かいかぶられるかも知しれないから。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ3:21 父ちちたる者ものよ、子供こどもをいらだたせてはいけない。心こころがいじけるかも知しれないから。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一3:6 彼かれはまた、信者しんじゃになって間まもないものであってはならない。そうであると、高慢こうまんになって、悪魔あくまと同おなじ審判しんぱんを受うけるかも知しれない。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二3:9 しかし、彼かれらはそのまま進すすんでいけるはずがない。彼かれらの愚おろかさは、あのふたりの場合ばあいと同おなじように、多おおくの人ひとに知しれて来くるであろう。

ピレモンへの手紙(1か所)

ピレモン1:15 彼かれがしばらくの間あいだあなたから離はなれていたのは、あなたが彼かれをいつまでも留とめておくためであったかも知しれない。

ヘブル人への手紙(3か所)

ヘブル3:12 兄弟きょうだいたちよ。気きをつけなさい。あなたがたの中なかには、あるいは、不ふ信仰しんこうな悪わるい心こころをいだいて、生いける神かみから離はなれ去さる者ものがあるかも知しれない。

ヘブル4:11 したがって、わたしたちは、この安息あんそくにはいるように努力どりょくしようではないか。そうでないと、同おなじような不ふ従順じゅうじゅんの悪例あくれいにならって、落おちて行いく者ものが出でるかもしれない。

ヘブル8:11 彼かれらは、それぞれ、その同胞どうほうに、また、それぞれ、その兄弟きょうだいに、主しゅを知しれ、と言いって教おしえることはなくなる。なぜなら、大だいなる者ものから小こなる者ものに至いたるまで、彼かれらはことごとく、わたしを知しるようになるからである。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ5:9 兄弟きょうだいたちよ。互たがいに不平ふへいを言い合っいいあってはならない。さばきを受うけるかも知しれないから。見みよ、さばき主ぬしが、すでに戸口とぐちに立たっておられる。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一1:6 そのことを思おもって、今いましばらくのあいだは、さまざまな試錬しれんで悩なやまねばならないかも知しれないが、あなたがたは大おおいに喜よろこんでいる。

ヨハネの黙示録(7か所)

黙示録9:1 第だい五ごの御ご使しが、ラッパを吹ふき鳴ならした。するとわたしは、一ひとつの星ほしが天てんから地ちに落おちて来くるのを見みた。この星ほしに、底そこ知しれぬ所ところの穴あなを開ひらくかぎが与あたえられた。

黙示録9:2 そして、この底そこ知しれぬ所ところの穴あなが開ひらかれた。すると、その穴あなから煙けむりが大おおきな炉ろの煙けむりのように立たちのぼり、その穴あなの煙けむりで、太陽たいようも空気くうきも暗くくらくなった。

黙示録9:11 彼かれらは、底そこ知しれぬ所ところの使つかいを王おうにいただいており、その名なをヘブル語ごでアバドンと言いいい、ギリシヤ語ごではアポルオンと言ゆう。

黙示録11:7 そして、彼かれらがそのあかしを終おえると、底そこ知しれぬ所ところからのぼって来くる獣けものが、彼かれらと戦たたかって打うち勝かち、彼かれらを殺ころす。

黙示録17:8 あなたの見みた獣けものは、昔むかしはいたが、今いまはおらず、そして、やがて底そこ知しれぬ所ところから上のぼってきて、ついには滅ほろびに至いたるものである。地ちに住すむ者もののうち、世よの初はじめからいのちの書しょに名なをしるされていない者ものたちは、この獣けものが、昔むかしはいたが今いまはおらず、やがて来くるのを見みて、驚おどろきあやしむであろう。

黙示録20:1 またわたしが見みていると、ひとりの御ご使しが、底そこ知しれぬ所ところのかぎと大おおきな鎖くさりとを手てに持もって、天てんから降おりてきた。

黙示録20:3 そして、底そこ知しれぬ所ところに投なげ込こみ、入口いりぐちを閉とじてその上うえに封印ふういんし、千せん年ねんの期間きかんが終おわるまで、諸しょ国民こくみんを惑まどわすことがないようにしておいた。その後ご、しばらくの間あいだだけ解放かいほうされることになっていた。

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